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息子を下して愛人を拾う

Xenon 5cmF1.5
ついに、というべきか、携帯が壊れました。
朝の目覚ましアラームが鳴らず、どうしたのかといじっているとフリーズしてしまいました。
購入したのは去年の何月だったか、1年持たなかったような気がします。
香港で買った韓国製なので、
レンズ仲間のご隠居に知られたら、ほら見たことかと笑われるでしょうか。
目覚ましは安い時計を買えばいいですし、タブレットPCがあるのでメールやネットも問題ありません。
しかし、外国でも日本へ国内料金でかけられる電話と、バスや鉄道の長時間移動に威力を発揮する音楽プレイヤー機能、さっと見れる天気予報、辞書、その国の言葉の単語帳etc.少し考えただけで、携帯がつかえない損失は想像を超えるような気がします。
時間があればこの辺で修理屋を探しますが、今回、香港経由で帰国するので、安い携帯を買った方がいいかなとも思います。

いずれにしても目覚ましが鳴らないのは大きな問題で、朝にあるようですよと聞いていた次の目的地コトル行きの
バスに間に合う時間に起きることができませんでした。
首都ティラナでもバスターミナルはないそうで、外国行きのバスが多く停まっているあたりまで行って、近くにあるバス会社のオフィスを一軒一軒訪ねてコトル行きがあるか聞いて回らないといけないようです。
バス会社は周辺に何軒あるのか、ざっと見渡した限り6、7軒見えましたが路地を入ればまだまだありそうで、それぞれに得意なエリアを持っていたり、同じ行先でも会社によって時間や料金が違ったり、ベストな選択をするには相当な労力を強いられそうです。
さいわい運よく3件目でコトル行きのバスが見つかったので、価格を気にせずチケットを購入してしまいました。
1時に目の前からバスが出るとのことです。
まだ4時間ほどあるので荷物を預かってもらって散策でもすることにしました。
携帯の故障による無駄な時間で、コトル到着も夕方遅い時間になるようです。

ホテルで料金に含まれていた朝食は摂っていましたが、11時半頃には食べなくてはならない昼食に向けて歩き回ることでお腹を空かす必要があります。
地図を見ながら、昨日散策しなかったあたりを歩いてみることにしました。
給与が安い分を副業で補っていると聞きましたが、なるほど歩き出した一角はメインストリートに沿ってアパートがあり、それぞれの階段部分には服やら靴やらを並べて商売している人が等間隔に見られて、アルバニアならではの風景を形成しています。
商売しているのは住民なのか、それともアパート管理者に場所代を払って商いしに来ているのか、いずれにしてもこれがどのくらいの利益になるのかは少ない人通りから推して知るべしとしか言いようがありません。
今回、歩き方が足りず市場を見つけることができませんでしたが、裏通りのあまり邪魔にならなそうなところで、農家から来ましたという雰囲気の人たちが数人で野菜やフルーツを商っているのを何度か見ました。
一方で警ら中の警官も多くみられ、商売している人と激しく口論している現場にも出くわしました。
路上の商売は実際には違法で、社会秩序を守ってますという顔したお巡りさんが、みかじめ料を徴収に回っているのでしょうか。
昨日の青年の、アルバニアは未だ共産主義のままだという説明が思い出されます。

バスはメルセデス製の大きなワゴンで、乗り心地が良く、スピードは出るし、他の乗客はひとりだけでこれはラッキーとほくそ笑んだのですが、アルバニアはそんなに甘くないと徐々に気付かされることになります。
まず、もう一人の客は運転手の息子で、わたしが2列目のシートに彼がその後ろのシートに座っていたのですが、こいつがわたしの頭越しに大声でおやじとしゃべり続けるのです。
会話したければ助手席に行ってくれとお願いしますが、彼らふたりとも英語が通じず理解してくれません。
おまけに息子は自分の目的地に行くためのタダ乗りで、地図で見る限りコースをけっこうはずれた町で降りていきました。
やれやれで、しばらくは海岸沿いの風光明美な道を走っていましたが、モンテネグロに入るとき今度は運転手がウン・ミヌートと言って、民家の前に停車し10分近く待たせて中年女性を助手席に乗せます。
わたしが見てないと思ったのか、驚くべきことに運転中もふたりは手をつないでいました。
ここまですごいスピードで次々と車を追い越していたのに、今や明らかに速度ダウンして追い越され出しました。
息子は紹介したのに彼女のことは何も言わないところをみると、奥さんではなさそうです。
国境を越えたからといって、客には公然と密会しているのでしょうか。
6時到着予定が1時間近く遅れてうす暗くなってしまいました。

コトルは、内湾に面したとても小さな町ですが、さらに三面を城壁に背後を切り立った岩山に囲まれていることで、圧縮間のあるコンパクトな町並みを形成させています。
まるで巨人ゴリアテが町を潰そうとして城壁をぐいぐいと押したため、普通サイズだったのが圧縮されて小さな町になってしまったかのような。
城壁内はすべてが200年以上前の建築物で、長年人が通りすがったことでつるつるに磨かれたような石畳とあいまって、美しい中世の世界が取り残されたように鎮座しているのです。
作例は、お城からの坂道ですが、石畳があまりにつるつる滑るので、みんながとても慎重に一列になって恐る恐る降りているところです。
氷の上を歩いているような状況でした。
門のところにツーリストインフォメーションがあって、安いホテルを教えてくれました。
旧市街内は建築物が限られているので需要過多になるからでしょう、ホテルはずいぶんと高いようです。
部屋をひとまわり小さくしたダブルベッドが置かれただけの、荷物を置く場所にも困るような部屋で40ユーロもするというので、残念そうな顔で予算が30ユーロまでなのでと立ち去ろうとする芝居をしたら、朝食付きのままでOKしてくれました。
この時間ではもはや新たに客は来そうにないので、10ユーロくらい下げても泊まらせた方がいいと判断したのか、ホテル予約サイトを通してないのでコミッション分下げてくれたのか、あるいはその両方のような気がします。
わたしはすっかり気をよくして、併設のレストランで食事すると宿泊者は10%引きとのことです。
レストランも高めでしたが、いろいろと下げてもらったのでトータルでよしとします。

ホテルの向かいがアンティークショップだったので覗いていたら、日本ファンだという店主の青年に椅子を勧められ、禅とか瞑想とかいろいろ質問されて、かなり怪しげな説明をしてきました。
彼自身はセルビアの出身で、1990年代の小学校の頃、戦火が激しくなってドイツに逃れ、ユーゴが平和を取り戻すまでハンブルクで暮らしたそうです。
戦争難民としてドイツまで逃れたということでは、現在のシリア難民などと同じ立場なので、やはり彼らに対してはたいへん同情していました。
あのような状況で困っている人は助けなくてはならないと。
彼のようなリアルな体験をしてきた人に反論や疑問をぶつける勇気がわたしにはありませんでした。
最後に彼はすてきな話を教えてくれました。
100年以上前、コトルの船乗りが遠く日本まで行って当地の人々と親交を持ったそうです。
寒い季節にもかかわらず赤い美しい花が咲いていたので褒めると、苗を植えるよう手渡されその花は翌年、コトルの地で同じようにきれいな花を開きました。
それは椿で、後年、船乗りが受けた親切を記念して、花の季節にはお祭りが開かれるようになったとのことでした。
その時のお返しです、そう言って彼は祖国の英雄ニコラ・テスラが図案になった旧ユーゴの5万ディナール紙幣をわたしにくれました。
もちろん売り物ですが、アンティークショップで金を払わずにプレゼントされたなんて、わたしにとって初めての体験です。
【α7/Schneider Xenon 5cmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schneider Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/10/01 Thu
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