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餅つきにあらじ

Xenon 5cmF1.5
コルチャにはモスクは見つからず、立派な大聖堂が町の中心にありました。
他にも見どころはあったらしいのですが、オフリドのタクシー運転手からアルバニアに行くならジロカステルに行くべきと聞いていたので、すぐに目指すことにしました。
コルチャのバスターミナルもバスが1台も停まっていない、ワゴン車が並んでいるだけの普通の駐車場のようなところでした。
ここにバスがまったくないかと言えばそんなことはなくて、市内の路線バスがときどき走っているのを見ました。
そんな大型バスを走らせるほど、国内の移動に需要が無いということなのでしょうか。
ジロカステル行きのバスは1日1本ですでに出てしまっていました。
明日出直して来いと言われますが、いくらなんでも200キロくらいしか離れていないのですから、乗り継ぐなりすれば行けるだろうと思っていたら、別の車の運転手がオレのに乗れば途中乗り換えてジロカステルに着けると教えくれました。

200キロしかないのに到着まで6時間かかりました。
地図で確認すると恐ろしく遠回りしていて、例えるなら東京から静岡に行くのに中央道に乗って、諏訪湖辺りから南下してくるような感じです。
ただ、道はずっと美しい緑の中を走り、途中、峡谷のような道も通って、景色としては最高でした。
乗り換えさせられたのはバスではなくタクシーで、最初2700円ほどだと言われ断ろうか悩んでいると、ラッキーなことにもうひとりジロカステルに行くという女性が現れたので半額になりました。
さらに幸運なことに彼女はジロカステル在住で、到着前に大学生の息子に電話して車で迎えにこさせ、わたしをゲストハウスまで送ってくれました。
車はピカピカのベンツでしたが、彼女は小学校の先生、旦那さんは弁護士とのこと。
かなりのお金持ちのようです。
彼女の名前はアイーダさんと聞いたので、ゲストハウスの玄関に入るとき、わたしの頭

ジロカステルは中世の町並みが残る美しい町で、山腹に旧市街が形成され、さらに山頂には城がそびえ立っています。
四方はさらに高い山に囲われていて自然の美しさの中に、古い町並みが溶け込んで比類ない景観を生み出していました。
しかし、町中での移動は急坂の昇り降りがかなり堪えます。
宿は山の中腹にありましたが、数百メートル先にある石畳の急坂を上って中心に行くのが一苦労でした。
地元の人が運転する車もあえぎながらどうにか進んでいる感じで、下るときも慎重に降りないとタイヤが滑ってしまいそうです。
この町で生まれ育ったら相当の足腰の強さを獲得できるでしょう。
長袖で歩いていたらすぐに汗だくになってしまいました。
水分を強く欲しているうえに空気がからっとしていることもあって、野外のレストランで飲んだビールの美味しかったこと。
銘柄を読むとコルチャとありましたので、先ほどまで滞在していた町で作られたビールのようでした。

中心部には屋台が出ていて、特産物や土産が売られていましたが、それらは近隣の村のもので、イタリアの農業団体と共同で村の伝統の品をPRするイベントとのことでした。
各種のジャムなどがありましたが、村のウリは蒸留酒だとのことでパイプのおばけのような真鍮筒を使った伝統的な製法でブドウを蒸留するところが実演されていました。
試飲しましたがワイルドな味で、それほど美味しいとは感じられません。
製品にするにはさらに精製する過程があるからだそうで、しかし、むかしはこの味のまま飲んでたんだろうなあとアルバニア製のブランデー(ラキア)の荒々しい味わいを楽しませてもらいました。
アルバニアはイスラム教国とばかり思っていましたが、町によってはオーソドックスのところがあったり、カソリックのところがあったり、それらの混合だったりと一様ではないとのことでした。
ジロカステルには3者が混在しているそうで、町の外れの方を散策していて偶然ロマネスク様式の教会を見つけたときには興奮しました。

もう宿に戻ろうかと言うときに幸運に恵まれました。
民族衣装を着た少女が歩いていたので写真を撮らせてもらったのですが、これからトルコ関連のイベントがあるので見に来ませんかと誘われたのです。
トルココーヒー団体主催の普及イベントで古城の入り口脇の古い建物のホテルが会場でした。
待っている間ペッツバールで撮影していると周囲の人たちの目に留まり、それは何だと話題になったので説明したりしました。
トルコのコーヒー文化についてレクチャーした女性が特に興味津々で、ポートレイトを撮るとこんなに古いレンズがどうしてよく写るのかと聞かれ、ペッツバールは周辺が乱れるが小さなフォーマットではその影響が出ないのでよく写るものの、乱れた周辺を含めてレンズにあったフォーマットで撮った方が面白いということも理解してもらいました。
そんなこともあって、コーヒーの試飲も特別に許可してもらいました。
トルココーヒーはトルコ旅行中に飲んでいた時は薬のようなものでしたが、さすがプロフェッショナルの淹れたものは味がまったく違ってとてもまろやかです。
美味しかった理由が作例写真に隠されています。
おばあさんが石臼のようなものと格闘して、背後の少女は煙の中で何事かしているように見えます。
実はこのおばあさんが藁の火のところでコーヒー豆をローストしたあと、石の中に入れて鉄棒で豆を砕いていたのです。
これが、大昔からこの地に伝わる伝統的なコーヒーの曳き方だそうで、その後ヨーロッパには真鍮製のグラインダーが伝わってアルバニア人のどの家庭でも使われるようになり、今ではこんなやり方をするのは特別な時だけだそうですが、何しろこうやって手間暇かけた方がずっと美味しいというのがおばあさんの弁でした。

トルココーヒーを美味しくいただいた後、旧市街の中心を歩いていた時に古いコーヒー用の真鍮製のグラインダーが何本か置いてあるのに気付きました。
今では普通のコーヒーミルを使うか店で曳いてもらうので、グラインダーも各家庭からなくなり、せいぜいレストランのディスプレイに使われるか、多くは捨てられてしまうことが多かったそうです。
見つけたのは土産物屋でしたが、半ばアンティーク扱いでグラインダーを探して売っているのだとのことでした。
何しろ一家庭一個でしたから大量生産されたらしく、モノとしては数があり新しくなればなるほど粗悪になるので、戦前に製造されたものを扱っているそうです。
しかし30センチもある真鍮の筒なのでペッツバール以上に重たくて、その手の民芸品的なものが好きな私ですら大きさと重さに閉口してしまいます。
そういうと若い店主がこんなのもあるんですよと、奥から長さも重さも半分くらいのコンパクトなグラインダーを見せてくれました。
大きい方はお客さんが来ても一気に曳けるよう大人数タイプ、小さいのは2~3人用で、製造数が少ないもののわたしのようなことを言う旅行者のために何本か見つけ出していて、これが最後の1本だと言います。
緑青が噴いていて汚らしいですが、店主が集めた中で恐らくいちばん古いもの、1910年前後の製造ではないかと言います。
そんな話を聞いていたら、先ほどトルココーヒーとの縁もあったしなどと考えてついついお買い上げしてしまいました。
トランクが重くなるのがイヤでしたし、何しろボロでしたが、持ち帰ってきれいにしてコーヒーを曳いてみたいと思っています。
トルコでは現代のトルココーヒーを、ここジロキャストルでは古典的手法のトルココーヒーを飲みましたので、自宅ではその間に造られていたグラインダーで、古き良き時代のトルココーヒーを楽しめたらと思っています。
さすがに、おばあさんのあの味には及ばないでしょうけれど。
【α7/Schneider Xenon 5cmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schneider Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/28 Mon
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