スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --

懐かしの響きを聞こうとは

Xenon 5cmF1.5
朝の5時にアダンが鳴り響いて、バングラディシュ、中東、トルコと早朝にたたき起こされ続けたことを思い出されました。
昨夜セルビアのニシュからバスでコソボの首都プリシュティナに着いた時はモスクがあるなんて気付きもしませんでした。
それどころか、恥ずかしながらコソボがイスラム圏だということすらまったく認識してなかったのです。
ボスニアにしてもそうですが、あれだけ激しく内戦があって分離独立するのですから、まずは宗教的な対立があったということを想像できていなければなりません。
実は、独自の通貨が無くてユーロを使用しているということもその場で知ったのです
確かに独立したばかりの国が新たに通貨を発行したりするのはたいへんですし、セルビアのお金を使い続けるのも屈辱でしょうから、ユーロを通貨にするのは良いアイディアのようです。
それと、ゲストハウスのオーナーは穏やかな人が多いですが、宿泊したプリシュティナの宿はわずかに傲慢な感じがあって、それが宗教から来ているのではないことを願いたいです。
早朝から小雨のプリシュティナの町を歩き回りましたが、何一つとして関心を惹くものがありません。
宿のそばには博物館がありましたが、扉は閉ざされたままで、開館時間等の掲示がなぜかないのです。
ツーリストインフォメーションをやっと見つけたと思ったら、やはり閉じていて長い間オープンしていないのが明瞭に分かります。
旅行者に対して町が鎖国してしまったかのような印象を持たざるを得ませんでした。

プリシュティナはコソボの首都で、一通り歩いてみると確かにモダンな建築物など都会の外観ですが、人通りが極端に少なくて活気のない殺風景な町に感じられます。
コソボが独立国としての体裁を保つために無理やり大きな都市に見せているような気さえしました。
なんの収穫もなしに宿に戻ると周辺が市場ということに気付きました。
宿の門のところにまでわずかな野菜を持って来て商売している人がいて、あまり儲かっている気配もないその人にどいてもらって建物に入るのが申し訳なくなってきます。
本日の作例は、ニンジンを買いに来たお客さんに計量してパッキングする商人の様子です。
当地のニンジンはこういう品種なのか、土地が悪くて育ちも今一つなのか、ゴボウのような太さで、何となく硬くて美味しくなさそうに見えてしまいます。
上皿天秤で軽量していましたが、その分銅のでかさが気に入りました。
中学生くらいの時の理科の時間に薬品を量った分銅の小ささが懐かしく思い出されます。
ふたりの孫たちがニンジン食べて、分銅のように大きく健康に育つよう願わずにいられません。

宿でバスターミナルの位置と行き方を聞いて早々に出発しました。
プリシュティナにもきっと面白いところがあるに違いありませんが、それを探したいという気にもなれません。
しかし、今日は日曜なのでバスターミナルから少し行ったところで蚤の市があるというので、それをコソボでの唯一の楽しみにしようと考えました。
宿のそばのバス停で待っている人にバスターミナルはこちらでいいか聞くと、タクシーに乗れと言われます。
バスで行けることは確認していて、ここか反対車線側のバス停かを確認したいだけだと言いますが、英語のできる女性がすでにタクシーと交渉してこれに乗れと合図しました。
いくらか確認すると50セントだと言います。
中を見て理由が分かりました。
みな同じ方向に行く3人がすでに乗っている乗合タクシーだったのです。
ここから5分歩けばバスターミナルだと教えてもらってタクシーを降りました。
ドライバーも他の乗客も話しかけて来たりフレンドリーな雰囲気でした。

マケドニアのオフリドに行きたかったのですが直行バスは無く、首都スコピエで乗り換えだと聞きました。
10分後にスコピエ行きがありましたが、3時間後のバスにして先ほど聞いた蚤の市に行ってみることにしました。
何かを買うなどほとんど期待していませんが、せっかく週1度の市の日にあたったので、何か出会いがあるかも知れません。
オフリドには20年ほど前に滞在したことがあって、夜着になっても構わないという余裕がありました。
歩いて行ける距離とのことですが分かりにくい場所だそうで、タクシーを呼んでもらいました。
バスターミナルには何台もタクシーが停まっていますが、交渉制で高いのでと言ってメーターのタクシーに来てもらったのです。
しかし、これが使えないタクシーで、近くのスーパーまで行ってくれるもののそこからどう行くのか分からないのでと言ってスーパーで降ろされてしまいます。
道が分かりにくいからタクシーを利用したのにこれでは意味がありません。
スーパーで聞いても誰も分からず、ひとりがあっち方面だという方に歩いて行くと軍隊の基地があり遠くから撮影したら兵士が飛んできて、撮影不可だデリートしろと命じられます。
パスポートの提示も求められ小型カメラで撮影されたので、わたしも写真をデリートしたのだから身元確認後問題なければデリートしてくれと言うと笑っていました。
彼らは最初わたしの身元が分からず怖い顔をしていましたが、わたしが日本人と分かると態度が友好的に変わりました。
コソボの兵士ではなく国連軍だそうで、オーストリアから派遣されてきたとても若い兵隊でした。
結局、蚤の市はどこをどう歩いても見つからず、コソボの言葉でフリーマーケットとは軍隊のスラングなのかと解釈せざるを得ません。
無駄な3時間になってしまいました。

コソボの首都プリシュティナからマケドニアの首都スコピエまでは快適な道のりでした。
スコピエでオフリド行きのバスチケットを買おうとしていた時です。
数人並んでわたしの順番になった時、後ろからいかにも悪そうなオヤジが割り込んできて行先を告げて金を出し窓口も対応したので、こいつは並んでいないとわたしが窓口に言いましたが聞いてもらえずでチケットを手渡そうとしていました。
わたしは腹が立ってそいつのスーツケースを軽く蹴飛ばしました。
そのスーツケースは安定が悪かったようで、軽いショックにもかかわらず、バランスを失ってかなりの音を立てながら倒れてしまいました。
わたしは全身が凍る思いでしたが、平静を装っていると割り込みオヤジもまずいと気付いたのが、黙ってスーツケースを直して立ち去りました。
わたしも場の雰囲気と、そもそもマケドニアの通貨を持っていないのでチケットを買えないことに気付いていたので、その場から逃げ去りました。

バスチケットはあらためて買って、オフリドに着いたのは夜の9時過ぎになってからでした。
途中、峠道のようなところを超えてそのあたりで休憩があったのですが、バスから降りてみると気温は明らかに10度を下回っていてシャツ1枚ではかなり寒く感じられました。
オフリドはそこほどではありませんが、やはり夜の気温は10度前後のようでかなりの肌寒さです。
バスターミナルに到着するとアコモデーション? と聞いてくる女性がいて、うなづくと1泊10ユーロだと彼女の住むアパートに案内してくれました。
民泊と言うか自分の住んでいる家の空いている部屋を貸す商売をしている人は東欧には多く、彼女のようにバスターミナルや駅などで宿泊施設を探している旅行者がやって来るのを待たなければなりません。
以前なら待っていればかなりの確率で宿泊する人が来たでしょうが、今では安宿でもネット予約できるのでそう簡単には宿泊したいという人も見つからないのが現状だと思います。
住宅地にあって中心からは離れてましたが、時間が時間ですのでOKします。
紅茶を淹れてくれ、食事がまだだというとレストランまで案内してくれました。
日本のことはあまり知らないようですが、自分がわたしと一回り違う午年だということを知って、ヒノエウマと言うことまで知っているなど、驚かされました。
旅していると、意外なところに日本との接点を感じさせてくれる人がいたりするものなのです。
【α7/Schneider Xenon 5cmF1.5 F1.5】
スポンサーサイト
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schneider Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/26 Sat
<< かつてヒッチハイクで来た町 | home | ドラギ―、ついにあなたの町へ >>

Comment


Comment form


管理者にだけ表示

Trackback

この記事のトラックバックURL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

| home |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。