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ドラギ―、ついにあなたの町へ

Voigtlander 20.5cmF3.6
ベオグラードの中心には2つのツーリストインフォメーションがあります。
昨日書いたベオグラード市のインフォとセルビア全体を旅行するためのインフォです。
わたしはセルビアに続いてコソボを訪れるつもりでしたので、そのことについて市のインフォに聞くと、セルビアのインフォの場所を教えてくれ、そこで相談するようアドバイスしてくれました。
コソボは紛争の地として名前のみはよく知られていると思います。
紛争後にコソボ政府が独立を宣言しましたが、セルビアが認めていないのはもちろん、多くの国からも承認されていない微妙な国です。
自由の国アメリカはセルビアと戦ったこともあって、コソボを承認しており、常にアメリカ追従の日本も同様の立場のようです。
国内に分離独立の動きがあるスペイン、イギリス、中国その他の国はコソボを承認していないでしょう。
そんな状況にあって、セルビアからダイレクトにコソボに行けるのか、通貨はセルビアと共通か、治安はどうかなどを聞きに行ったのです。
そのことは後述するとして、思い出したことがあって、ついでに尋ねてみました。
ドラガン・ストイコビッチはニシュの出身ではなかったかと。
インフォの答えはイエスで、そのニシュはベオグラードからコソボに向かう途中にあるので、まずは寄ってみることにしました。

ニシュはニーシと表記されることもあるセルビアでは大きな町ですが、名前に反して東南の方角にあります。
高速バスでぴったり3時間、こんな移動が慣れっこのわたしにはあっという間の到着に感じられました。
バスターミナルでコソボの首都プリシュティナ行きのバスはあるか聞くと、毎日夕方6時発で3時間の行程とのこと。
ちなみにベオグラードで聞くとプリシュティナ行きは早朝と午後の2便で、7時間かかるとのことですから、直行するよりなぜかニシュで乗り継いだ方が乗車時間が1時間短くなります。
ニシュ到着は11時でしたので宿泊せずに、7時間ほど過ごしてそのままプリシュティナを目指すことにします。
短時間にバルカンを廻り切る日程なので、その日のうちにコソボに行けるのは助かりました。

バスターミナルの向かいが市場になっていたので覗いてみましたが、通常の野菜や肉の他に日用雑貨の店が多いのが目立ちました。
セルビアは地方に来るとモノが何でもスーパーで手に入るということでもなくて、市場が生活を支えているように見えます。
別のところでは100円ショップのような店だと思うのですが、上海市場という名前のところがありました。
運送コストを考えると、東欧のどこかで中国製品のようなものを製造できないものかと考えてしまいます。
市場の周りには車がびっしり停まっていましたが、その半数以上が20年前、30年前のたいへん古いセミ・クラシックカーでした。
この国でもかつて車を製造していて、その名もずばりユーゴという名前だったようですが、案外と小じゃれたデザインは、こういう車が好きな人はたぶんタダ同然でしょうから日本に持って帰りたくなるのではと思わせます。

市場では、ナゴヤ、ジャパンとおじさんから声を掛けられました。
わたしがすかさずドラガン・ストイコビッチ? と開けゴマのように答えると、おじさんが嬉しそうにわたしの手を取って近くの野菜売り場に連れて行きました。
パプリカを売っている男性がストイコビッチの親戚とのこと。
名前もドラギシュア・ストイコビッチと言うそうでよく似ていました。
日本からよく来たねと、手元にあったワインを開けてくれふたりで乾杯しました。
セルビアの国民的英雄の親戚が市場でパプリカを売るものだろうかと疑問に感じつつも、疑うのは止めにして、帰国したらサッカー好きの友だちにストイコビッチの親戚からワインをご馳走になったと自慢したいと思います。
ちなみに、カズの奥さんのいとこがわたしの中学の同級生で、覚えてはいませんが飴くらいもらったことはあると思うので、日本とセルビアのサッカーのレジェンドの親戚からご馳走になる栄誉を手に入れたことになります。

市場を過ぎると市の中心との境にローマ時代の遺跡を公園にした施設があって、家族連れでにぎわっていました。
その入り口にツーリストインフォメーションがあるのですが、どういう訳か土曜日が休みでした。
町中にレンタサイクルがあったので、これだと思い申し込もうとしましたが、土曜は3時までというので諦めました。
ニシュの土曜はどうも他の町とは違うようです。
対応してくれた女性に撮影させてとお願いすると快く引受けてくれましたが、彼女は地元ではなく、ドイツから友だちと自転車で旅行に来ていて自転車トラブルでここに寄ったとのこと。
ペッツバールレンズにたいへん興味を示してくれて、今度は東京か彼女の実家のあるアーヘンで会おうと約束して別れました。
その数キロ離れたところには、しゃれこうべを並べて建てた不気味なモニュメントがありました。
カンボジアのキリングフィールドを思い出させますが、こちらはオスマントルコが進行した際にセルビア軍を撃破して、兵士の首を切り落としてトルコに持ち帰ったものを返還後にモニュメントにしたそうです。
この地が戦場だったので弔っているのでしょうが、公開の仕方が社会主義のさらし首や公開処刑を連想させます。
小学生くらいの子どもたちが遠足か何かで見学に来ていましたが、これを見てどう思ったか、あるいはトルコに対する復讐心が芽生えたりするものなのでしょうか。

しゃれこうべの施設からはバスで中心に戻りましたが、まだ時間があるので中心では降りずにバスに乗り続けてみました。
錆びついたSLが置かれた線路が見えましたがやり過ごし、住宅街の終点まで行ってみました。
バス停のそばにカフェがあってサッカーの写真が額装して何枚も飾られていました。
言葉は通じませんがコーヒーを飲んでいた老人が写真1枚1枚について、説明してくれました。
中にはストイコビッチの写真もあったので、若いウェイトレスに誰だか分かるか聞きましたが知らないとあっさり言われてしまいました。
サッカーに興味のない若者にはもはや名前だけ知られる存在になってしまったようです。
知らなかった罰ゲームではないですが、セルビア人らしい美人だったので撮影させてもらったのが本日の作例です。
実際にはあどけない顔をした18歳くらいの女の子でしたが、わたしのフォクトレンダーは随分とセクシーに写るようです。
最後に先ほどのSLのところに歩いて戻って撮影していると、やはり日本から来たの、ピクシー・ストイコビッチなどと声をかけられ、ビールをご馳走になりました。
とても人の好い連中という感じで楽しかったのですが、残念ながら英語はほとんど通じません。
それにも関わらず、ひとりの男性が、日本のごま塩とシイタケは美味しいと日本語で言ったのに驚かされました。
他の日本語は一切しゃべれなかったのに。
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF3.8 F3.8】
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thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF3.8 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/26 Sat
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