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ブダペストの思い出

Nikkor 5cmF1.5
今日の午前中の飛行機で、ブダペストからヘルシンキ経由でいったん帰国します。
昨日目の当たりにした難民の様子はとても気になりましたし、空港の比較的近くに蚤の市があって行ってみようかとも思いました。
しかし、疲れがだいぶたまっているようで気力が追い付かず、どこにも寄らないで空港を目指すことにしました。
宿から地下鉄駅までは目と鼻の先で、切符売り場で空港まで行きたい旨告げると、地下鉄は2つ先の駅で乗り換えて終点まで行き、そこから空港行きのバスに乗るようにと丁寧に説明してくれました。
さすがに空港までの道のりは前夜に調べておいたのですが、まったくそのとおりの説明に安心することができ、切符については地下鉄の分とバスの分と発券してくれ、手間が省けました
ブダペストは地下鉄、トラム、バスが走る交通至便な町ですが、地下鉄に乗車すると車内の電光掲示で次の駅名と接続するトラムやバスの番号も表示され、ここまで徹底している町は珍しいのではと感心させられます。

逆にがっかりなのが空港です。
出発ロビーが狭すぎる上に椅子もほとんどなく、人でごった返していました。
わたしはずいぶん早めに着いてしまったので、混雑の中、することもなく、椅子もなくでぼんやりするばかりでした。
しかし、いざチェックインを終えて出国審査を過ぎると免税店に直行して、ワインを物色します。
バックパックにはスペースがあって、お土産を入れて帰る準備をしていました。
ハンガリーでワインと言えば、貴腐ワインで有名なトカイがあります。
広い売り場に所狭しと何種ものトカイが並んでいて選択に悩みましたが、残念ながら最高級のエッセンシアはありません。
これでワイン通の友人を驚かすことはできなくなり残念ですが、ソムリエ風のお姉さんがに相談して数本をセレクトしました。
デザートワインなので、ワインを飲まない人にも受け入れてもらえるでしょうか、空港免税店とはいえ、めずらしく土地のお土産が買えてよかったと思います。
これで今回の旅を終了して日本に帰ることになります。

ところで、今から24年前、わたしはブダペストを旅行したことがありました。
その数年前に卒業旅行でヨーロッパを周遊していて、2回目に選んだのがウィーンとハンガリーでした。
その前の旅行でドイツやフランスなど西側世界を覗き見たので、社会人になって最初の旅行で当時民主化したばかりの東側世界に足を踏み入れてみたいと思っていました。
ユーゴスラビアとかルーマニアなどもっとディープな東欧世界もありましたが、治安などの心配もあって消極的になって選んだのがハンガリーです。
ウィーンで音楽が聴きたいと言う欲求もあって両者を組み合わせるプチ東欧ツアーをひとり敢行しました。
ウィーン学友協会のホールではロシアのオーケストラがショスタコーヴィチの交響曲を演奏した記憶があり、立見席のわたしは座り込んで目を閉じ、演奏はクライバーとウィーンフィルによるものだとその時心酔していた音楽家の演奏を聴いていたつもりになったりしていました。
そのとき立見席にわたし以外ただひとりいた地元の女性と親しくなります。
同い年の保母さんをしていた若い女性で、英語が同じくらいしゃべれない同士でコミュニケーションがとれる面白さに、半分徹夜で音楽のことや互いの文化のことを話し合いました。

そのせいか、翌日のウィーン西駅到着が遅れてしまいました。
ぎりぎりのタイミングで列車を探してやっと見つかったと思った列車が発車してしまいます。
走って追いかけて行き、最後尾の車両のドアのところで見送りの人に手を振っていた女性にわたしの手を引っ張ってもらってぎりぎり列車に乗ることができました。
終着のブダペストでは、ガイドブックに書かれていたとおり、個人経営のペンションのおばさんがプラカードを持って何人か行き交っているのが見えました。
車両から降りようとしているわたしのところへひとりのおばさんがすっ飛んできて、荷物を降ろすのを助けてくれ、わたしはそのまま彼女のアパートに向かいました。
ウィーンからブダペストの国際列車では乗るときも降りるときも女性に助けられたことになります。
地下鉄に揺られてまた15分も歩くと彼女のアパートがあり、もともと娘の部屋だったというきれいな一部屋をあてがわれました。
旦那さんと男の子もいましたが英語ができるのは彼女だけで、あいさつを済ますとふたりとも恥ずかしそうに自室に引っ込んでしまいました。
料金は20ドル。
民主化したものの自由主義の大海に放り出された政権は不安定で、自国通貨はあまり信頼されず当時存在しなかったユーロの変わりは米ドルだったのです。

アパートのおばさんはとても親切で、スーパーまで案内してくれたり、食事やフルーツなどを分けてくれたりもしました。
親切なのは彼女だけでなく、美術館の係員の老人はわたしをランチに誘いご馳走してくれまでしました。
ヘレンドの専門店のショーウインドーにベートーヴェンの胸像があって気になっていました。
モノとしてはとても安いのですが、割れ物を持ち帰る心配があったのです。
最終日にどうしても欲しくなり店に行きましたが、まだ閉まっていて、開店までまだ1時間もありました。
しかし、なぜかややすると店員が出勤してきて、わたしが事情を説明するとショーウインドーに入って行ってベートーヴェンを取り出し、開店前だと言うのに売ってくれたのです。
梱包が雑だったので、かばんには入れずにずっと抱えるようにして持ち帰ったことを思い出します。
細かい数々の親切や気持ちよいあいさつなども含めて、ブダペストはわたしにとってすばらしい町という印象しか残っていません。

最初の卒業旅行の時にも同じ気持ちだったかも知れませんが、わたしはこのときのウィーンとブダペストの旅で自分の旅のスタイルと言うべきものを決定づけられたような気がします。
つまり、観光は二の次、何となく自分の気になるところへ行き、土地の人に会い、できれば親しくなる。
こんなのでは旅とは言えないかも知れない、そんな旅がこの時を機に確立したと思えば、わたしの旅の故郷はここブダペストだと言えるのかも知れません。
さて、作例ですが、本日は写真撮影をしませんでしたので、前日に撮った1枚になります。
彼らがなんの活動をしているのかはよく分かりません。
しかし、何だかとても楽しそうだったので、写真を撮らせてくれと言うと喜んで応じてくれました。
全員の笑顔がすばらしいですが、たぶん、わたしが最初にブダペストを訪れたときも同じような笑顔で旅していたのかなあと思ったりします。
【Alpha7/Nikkor S・C 5cmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Nikkor S・C 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2015/09/14 Mon
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Comment

お疲れさま!
「いったん帰国」ということは、旅はまだ続くのですね。
ただの旅行ではなく、
現地の人たちとコミュニケートしながら、
まるで水戸黄門のように、
あるがままの人情、風土を記して行く、本物の旅。
本当に感嘆し続けています。
まずは、気をつけてお帰りください。
2015/09/23 Wed| URL | sha-sindbad [ 編集 ]
sha-sindbadさん、コメントありがとうございます。
応援いただいて嬉しいです。
現地の人の親切に助けられているのは間違いありませんが、旅は精神的にも厳しく、日本からの声援も支えになっています。
個人的には印籠を持たないので黄門様ではなく、トランクか抱えた寅さんを標榜しています。
帰国時には、また、撮影や食事ができたらと思っていますので、よろしくお願いします。
2015/09/27 Sun| URL | zunow [ 編集 ]

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