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助けてくれた彼を助けられず

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
長く旅を続けているとその間にはいろいろな偶然を体験することがあります。
しかし、それは旅人自らが引き起こしたということでいえば、必然と言った方が正しいのかも知れません。
なぜなら、ウクライナのルヴィフから次に向かったポーランドのクラコフへの珍道中は、必然と偶然が相互作用したものと考えてしまうからです。
それは、オペラ座地下のカフェで駅への行き方を聞いたところから話は始まります。
トラムの駅があるべきところに線路はなく、反対方向に歩いたところで見つかったので、待っていた人にこのトラムは駅まで行くのかと聞くと、イエスと返事が返ってきました。
しかし、11時が終電と聞いていたのに5分過ぎてもトラムは来ません。
焦り始めていると、バスが通って来て少し離れたところに停まりました。
先ほどの青年が、あれだと指さしふたりして走りましたが、バスは我々に気付かず行ってしまいました。
わたしが呆然としていると、彼は、駅まで歩くしかないな、いっしょに行こうと平然としています。

駅まではたぶん3キロくらいですので、30分少々で着ければ、クラコフ行きの列車には間に合います。
しかし、念のため彼には、クラコフ行きの列車が12時発なのでそれに乗りたいが大丈夫かと聞きました。
すると彼はエッという顔をして、わたしもクラコフに行くがバスだ、バスも駅前から出るんだよ、何だかずいぶんと奇遇だねなどと話しだします。
駅まではやはり約30分の道のりでしたが、その間、ずっと互いに自己紹介し合ったり、わたしがこれまでの旅の話をしたり、彼がクラコフの仕事の話をしたりでほとんど時間の長さを感じないうちに到着しました。
彼の名はアンドレイ。
明日また会おうという話になり、クラコフの到着時間を互いに確認し、わたしが予約したホテルを控えて、明日はわたしが車で町を案内するからと言ってもらいました。
互いに終バスを逃して歩いた縁で、すっかり親しくなってしまったのでした。

最初の悲劇は、駅の中でわたしの方に襲いかかりました。
列車のホームが見つからないので確認すると、発車時間は11:59ではなく、10:59でした。
もうすでに列車は行ってしまった後です。
切符の購入やり取りの時に最初に10:59と聞いていて、確認時に11時だと言いなおされて時間を混同してしまったか、最初から聞き間違いだったのか、いずれにしても切符を確認していればよいものを思い込みだけで駅に行ったわたしの大きなミスです。
普通ならこれで、ルヴィフにもう1泊ということになりますが、アンドレイはむしろ喜んでいて、いっしょにバスで行こうとわたしを落ち着かせてくれました。
列車の切符も、彼が窓口に行って事情を説明したところ、半額近くが払い戻されました、
日本のシステムはよく分かりませんが、たぶん、乗り遅れた列車の切符を持って行っても1円とて返してくれないのではないでしょうか。
12:30発のバスの座席には余裕があったようで、英語の通じない運転手から切符を買っておいたからと支払いの建て替えまでしてもらいました。
バスの中では、彼は持参のPCで旅の写真などいろいろ見せて話を続け、日本には興味があるそうで多様な質問をするなど、他の乗客が寝静まっている中、ふたりで盛り上がっていました。
不思議だったのは、こんにちはやありがとうという日本語は知らなかったのに、1から10まで日本語で言えたことです。
大きな謎ですが、類推すると、ウクライナ軍にいたことがあったと言っていたので、軍隊で空手か何かを習って1から10までの掛け声とともに訓練していたのかなと考えられます。
他にも彼にはいろいろと不思議なことがありましたが、彼のプライバシーを著しく侵害しますのでここには伏せておくことにしましょう。

もうひとつの悲劇は、ウクライナとポーランドの国境で彼の方に起こりました。
ウクライナの出国はバスに乗ったままパスポートのみが回収され、しばらくすると別の係官により返却されました。
ポーランドの入国では全員が降りて、入国審査を受けます。
日本人はビザが不要ですが、隣国ウクライナの人々は事前にビザ取得してあり、なんで日本人は不要で俺たちは必要なんだとアンドリューが怒っています。
バスには20人ほど乗客がいて、簡単な質疑応答の後、順次パスポートにスタンプが押されていきますが、わたしはノルウェイから会議のために来ていた高齢の女性ふたり組のうちひとりの足が悪かったので、介助を買って出てアンドリューと別々になってしまいました。
また女性に手を貸してバスに乗るとアンドリューの姿がありません。
おかしいと思っているうちにバスが発車してしまったので、こちらは半ばパニックになり、彼がまだ乗っていないと運転手に言うものの説明するウクライナ語が理解できず困ってしまいました。
別の乗客が、彼はビザに問題があってポーランドに入国できなかったんだと通訳してくれました。
列車に乗り遅れたと分かった時いっしょに行けると喜び、バス代を立て替えてくれ、何よりルヴィフで出合った時から親しくなったアンドリューとこんなかたちで別れなくてはいけないなんて。
ひとり乗客が減ってしまったバスの中では、彼の笑顔や語ったことなどが次々と思いだされて寝ることができませんでした。
 
ノルウェイのふたりのために空港行きのバスを探し荷物を持って案内すると、目に涙をたたえてありがとうと言いながらハグして別れました。
昨夜のアンドリューとも、あそこでお別れだとしてもせめてハグしたかったと悔やまれます。
ポーランドに入るとウクライナより格段に物価が上がるため、ここクラクフでもわたしは安ホテルを予約していました。シングルではいちばん安かった若者向けのホステルですが、旧市街に隣接したロケーションは便利ですし、少々待たされたりベッドメークを手伝わされたものの早目のチェックインを認めてもらいました。
バスであまり寝られなかった分、すぐにも寝るつもりでしたがやはり寝つけず、昨夜の動揺が続いていることを実感しました。
とにかく何か手を打たないとと考え、レセプションの親切な青年に国際電話をかける方法が無いか聞いてみましたが、SIMカードを買って携帯のカードを入れ替えるしかないだろうとのこと。
中国でそれをやって日中の電話ともしばらく使えなかったことを考えると気が進みません。
何か手はないだろうかと考えて、迷惑をかけるので気が進まないものの、こういう話にはいちばん理解してもらえそうな友人から連絡を取ってもらうことにしました。
職業上、英語を毎日使っているしその他4ヶ国語もどうにかいけ、それ以上にわたしの旅のことをよく理解してくれている人なので、世界一周中でしてという無駄な説明が省けるだけでもありがたい話でした。
事情説明すると、仕事中にもかかわらず、国境で拘束されたかも知れないアンドリューとわたしの再会と言うミッションインポシブルに果敢に挑戦してくれました。
アンドリューとは今日会う約束で電話番号を交換しておいたので、そこに電話して再会のためのアポをとってもらうというウクライナ、ポーランド、日本が関係する国際問題は解決なるでしょうか。

今まで触れずにいたもうひとつの問題が引っ掛かって、さらにロシアとチェコの2国がこれに関わってきました。
実は、アンドリューは英語があまりしゃべれないのです。
わたしとはボディランゲージも交えてどうにか会話が成立していましたが、電話でそれができるのか。
たぶんわたしの友だちが日本から電話してきた理由は理解したと思いますが、自分の意思が伝えられないと考えたのでしょう、彼のチェコにいるというロシア人のガールフレンドが折り返しわたしの友人に電話で事情説明してきて、彼は何とかポーランドに入国できるように努力していて、今日中にも達成できるだろうというようなことを、こちらはきれいな英語で説明したそうです。
たぶん、彼は明日にでもホテルに直接来ることでしょう。
わたしは大いに安堵して町を散策しましたが、ちょうど教会でバッハの無伴奏チェロ組曲の1~3番の演奏会があるのを見つけて聴くことにしました。
さすがに寝ていなかったので、眠ってしまうのが心配でしたが、すばらしい演奏がそうはさせてくれませんでした。
眠ることは忘れ、申し訳ないがアンドリューのことも忘れ、バッハの深淵の世界にただ浸っていました。
近くでとった食事もとても美味しく、すっかりいい気分でホテルに戻ると、こちらを何やらじっと見つめる女性がいます。
どうしたのだろうと思っていると、彼女が脇にいた男性の背中を叩きました。
振り返ったのは、まさにアンドリューその人でした。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
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thema:ペッツバール genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/10 Thu
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