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ペクトパーとカパオケ

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
セスクさんからは朝に駅にチケットを買いに行くべきと言われていたのですが、ホテルの隣の部屋が若きロシア人たちで、深夜と早朝に大声で何やら話していて、何度も起こされて眠れなくなりチェックアウトが11時になってしまいました。
アジアでは中国人が、ヨーロッパではロシア人が傍若無人にホテルで迷惑をかけていると言えばそれは言い過ぎかも知れませんが、レセプションで彼らはロシア人なのでと聞いた時、思わずプーチン・チルドレンとつぶやいてしまいました。
昨日の夜もそうしたのですが、タクシーは何としても共産時代の遺物と言えるラダに乗って駅に向かおうと考えました。
ラダなどのソ連=ウクライナ製のオールドカーは10台に1台くらいの高確率で走っているのですが、そのタクシーはなかなかなくて、昨晩と今日の待ち時間から15分に1台の出現率と仮定できるようです。
運転手とは会話困難でしたが、利用した車は1983年製ということは数字のやり取りで分かりました。
下車時に撮影させてくれというとご機嫌で、発進時にはものすごいエンジン音をさせてタイヤを激しく軋ませながら去っていきました。

さて、リヴィフ行きの寝台ですが、出足が悪かったせいですべて売り切れのため、座席になってしまいました。
深夜の12時半発6時着ですので、4~500キロ離れているのだと思いますが、料金はわずかに120円。
駅に荷物を預けるとなんと切符より高い140円。
ちなみにホテルから駅までのタクシーは、確実にボラレているとは思いますが、それでも6キロほど離れていてわずか250円です。
実は、セスクさんは昨朝、1等寝台コンパートメント4ベッドすべてを買って、たったの35ユーロだと言っていたのです。
この町に長く滞在したら、自分の中の物価の感覚が壊れてしまうのではと真面目に心配になりました。

駅を出ると激しい雨が降っていました。
2月に旅を始めてから天気にはかなり恵まれていて、雪に降られたことはもちろんありませんでしたし、大雨と言うのもほぼなく、ここまで降られたのは初めてだと思います。
少々先にカフェが見えたので、傘を差してダッシュしましたが足元はかなり濡れてしまいました。
おばさんがひとりでやっているカフェで、食事できるか聞きますが困ったという顔をしています。
やはり英語ができないようですが、ドイッチュというのが聞き取れたので、ドイツ語はできるかと思い、エッセン?と聞くとヤーとの返事をもらいホッとしました。
ブルガリアのポポボのホテル以来のドイツ語ですが、単語を少しばかり知っているだけなので、それからがたいへんでした。
スープはズッペと知っていても、相手になんのスープかと聞かれても答えられないし、チキンのスープとキノコのスープのどちらかと言われても分からないでしょう。
本日のスープのつもりでズッペ・ターク、唯一知っていた料理名にポテトを加えてシュニッツェル・ミット・ボム、それにビールをとウント・ビールと言ったら何だか通じてしまったようで、どうにかそれっぽいランチをとることに成功しました(なぜ、こんな細かく記載するかと言うと、ポポボでの1件でドイツ語ができるのかと誤解を与えてしまったようなので、そうではないことを示したかったのです)。

食事のことを書いたので思い出しましたが、むかし誰かのエッセイでロシアではレストランのことをペクトパーというと冗談で書いているものを読みました。
このヘクトパーはウクライナでも同じで、PECTOPAHと書きますが、ロシア語やウクライナ語ではこれをレストランと読むので、もちろんペクトパーと言っても通じません。
読めなかったとしてもレストランなら外観で分かりますので、お腹が減ったと入ってしまうと、英語のメニューが無い限りかなり辛いことになります。
アルファベットが使われているメニューならば何語であっても、多少の間違いがあってもそれっぽく読めますが、キリル文字は知識がなければ読めないからです。
読めても読めなくても自分の意思でオーダーできないのは違いないのですが、読めないと言うのはストレスですし、メニューの上を目が泳ぐ自分に気付いてむなしさを感じもします。
仕方なくボルシチはあるかと知っているロシア料理を言ってみるしかありません。
ただ、知っているのはそれくらいで、ピロシキはカレーパンみたいなものだったでしょうし、ビーフストロガノフがロシア料理だったか、ロシア人が発明した他国料理だったかも思い出せませんでしたからほとんど意味のないことになります。

運が良ければウクライナ語もアルファベット表記もそう変わらないケースもあって、KAPAOKEという看板を見れば、日本人なら誰でもカパオケとは何だとは思わず、カラオケのことだなと気付くと思います。
ロシア語とウクライナ語はどのくらい違うのかはよく分かりませんでしたが、違うことは間違いありませんでした。
こんにちは、ありがとう、さようならは、ロシア語でズドラーストビチェ、スパシーバ、ダスビダーニャということは知っていましたが、ウクライナ語ではドブリーデーニ、ディヤクユ、ド・ポバーチェンニャというそうです。
どこが似てるんだと言う話になりそうですが、ロシア語でもドブリーデンという言い方で通じるそうですので、あいさつ等以外に共通のあるいは似ている単語があるのではと推測できます。
ただ、ドブリーデンないしはそれにかなり近い言葉は、チェコ語やブルガリア語などでも使われていて、頭のドブリの語尾変化ドブロは良いという意味で多くの東欧の国で通じます。
また、今回旅しているブルガリア、ルーマニア、モルドヴァ、ウクライナはYESのことをダーと言います。
よく電話中の人が相手の話を聞きながら、ダー、ダー、ダーと相槌打っているのを聞きますが、アントニオ猪木の1,2,3ダーの掛け声も彼は北朝鮮と親密なようなので東欧のYESから採ったんでしょうかね。

閑話休題。
ウクライナでウクライナ語やロシア語ができないとなれば、英語が通じると分かっている昨日と同じレストランに行くしかありません。
さすがに高級レストランに2日続けて行けばみんなよく覚えていて、案内はマネージャーが買って出てくれて昨日と同じ席でよいかと聞いてきました。
わたしもバルセロナの方と知り合った場所だし、彼は一足先に出発してしまったが、思い出の場所なので同じ席にとお願いしました。
ウクライナの高級レストランに自分の馴染みの席があるなんてと自慢したくなります。
昨日ダンスまで見せてくれた給仕の女の子は残念ながらお休みでしたが、替わりの女の子がわたしは英語は得意でないのと心配そうに来て、それだけしゃべればわたしには十分だと返したりしました。
ウクライナは寒いとのイメージで知らなかったのですが、彼女にウクライナにもワインがあると勧められます。
南の黒海に面したあたりはワインの産地があるそうで、なかなか芯の強いこの赤ワインはオデッサのものだと聞きました。
地図を見るとオデッサは、あのワインしかなかったモルドヴァから近く、納得できました。
機会があれば、今度はウクライナの南部を廻ってみたいなあと旨いワインに舌鼓を打ちました。
さて、作例は、マネージャーの彼女の可能性ありの美人バイス・マネージャーで、玄関ホール部分に鏡があったので、確かマネの絵にこんな構図のが無かったっけと真似して撮ってみました。
店を出るときに彼女ではなくマネージャーの男性がまたやって来てわたしに握手しながら、今夜この町を出てしまうのは残念ですが、あなたはきっとまたこの店に来てくれるでしょうと予言するかのような別れの言葉を告げました。
わたしも、ぜひまた来ますと答えます。
たた、ここの店にひとりで来るのはさみしいので、次は誰か相手を連れてやって来ますよと付け加え、まだ雨の上がらない町を駅に向かい歩き始めました。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
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Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/07 Mon
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