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北駅から汽車に乗って

Nikkor 5cmF1.5
5時半に起きてシャワーを浴び、寝静まったホテルを出ました。
チェックインしたときはラブホテルのように感じられましたが、きっとドイツ語堪能な女性オーナーの赤やピンク好きが高じて内装が可愛らしくなっただけで普通のホテルなのだと思いなおしました。
早すぎてその女性とは会うことができず、小さな声でヴィーダーゼーエンと言ってバスステーションに向かいます。
この地方の主要都市であるルセまでのバスが6時45分と7時10分にあったので、早い方のバスに乗りました。
少し小型のバスで乗っている10名ほどはみなお年寄りです。
車がないと生活しづらいブルガリアの地方ではこういうバスに乗るのは老人と決まっているようです。
隣村の名前がガゴボとポポボの姉妹のような名前でしたが、美しい教会とモスクがあって、ここにはホテルもレストランもなさそうなものの、こちらに泊まりたかったと後悔させます。
この辺一帯にはブドウ畑があって収穫の最中でした。
生食用かワインになるのか分かりませんが、作業をじっくり見られなかったのも残念です。

1時間半でルセのバスターミナルに到着しました。
町の規模の割には小さなターミナルですが、英語の通じるインフォメーションがあって、ルーマニア方面はブカレスト行きがあり、次の便は12時半と教えてくれました。
チケットは1500円ほどと予想された価格で国境を超えると使えなくなるブルガリア・レフの残額が昼食とビールでちょうどなくなる計算通りです。
ただ、想定外だったのはバスの時間で、4時間近くも空いてしまいます。
荷物を預けて、ルセの町を散策してみることにしました。
バスターミナルの隣が鉄道駅で、その前にバスが停まっていて、女性運転士に聞くとルセの中心まで行くというので飛び乗りました。
この1レフ出費のために昼食代がなくなり再度ATMで降ろさなければならなくなりましたが、中心部でトクダ銀行という日本の医療法人のような銀行を見つけて最低額の700円相当を降ろし、余る部分はお菓子を買ったりして使い切りました。

ルセの町はポポボなどより見どころの多い、ドナウ川を隔てて対岸がルーマニアという国境の町なので、4時間あっても足りないくらいです。
この辺りかというところでバスを降りると、自動車が入れない大通りがあって、まさしくそこがルセの中心部でした。
少し歩くと恐らくブタの皮を空気で膨らませてそれを出すことで音を奏でる民族楽器を演奏するおじさんがいました。
写真を撮るポーズをするとオーバーアクションで演奏して、歌まで披露する歓迎ぶりで、まだATMに行く前だったので、手前に置かれたケースに1ドル札を入れると、脇に座っていた仲間となんでドルなのとばかりあれれという顔で笑っていました。
しばらく歩くとツーリストインフォメーションがあって、バスターミナルまで歩いて20分ほどだというので、それに合わせてのんびり付近を散策しながら戻ることにしました。
バスでちょうどいい位置まで行って歩いて戻るというのは、待ち時間の使い方としてはベストだったでしょう。

ブカレスト行はバスとなっていましたが、やって来たのは9人乗りのワゴン車でした。
乗客はブルガリア人が3人、ドイツ人旅行者2人とわたしで、運転手を含めて全員が20代と若く、わたしはアジア人だからということよりも、歳のせいで浮いている感じがしました。
100キロほどしかないブカレストまで2時間半くらいかかると言われます。
ドナウの橋のところでつかえていましたが、所要時間の半分は出入国の混雑に時間を取られるということのようでした。
トルコからブルガリアの国境では全員がバスを降りて出入国審査を受けましたが、ここでは車に乗ったままなのが香港深圳間と似ています。
ブルガリアの出国は素通りで、ルーマニアの入国はパスポートをチェックします。
ブルガリア人はパスポートではなくIDカードで入国していました。
わたしとトルコ系と思われるドイツ人のうちのひとりが引っ掛かったようで、車に乗ったまま待たされますが、10分ほどかかってパスポートにスタンプをもらい無事にルーマニア入国です。

ルーマニアはEUに加盟しているようですが、運転手によればユーロは導入されておらず、通貨はレイ(単数形はレウ)というそうです。
ブルガリアのレヴァ(単数形はレフ)と似ています。
ローマ人の末裔を名乗るだけあってルーマニアの言葉はラテン語系の言語に似ているようです。
ワゴン車はバスターミナルではなく市街の中心で降ろされ、ソフィアよりはるかに都会だったブカレストには滞在したくないわたしはブラショフという町を目指すため、地下鉄でガラデノルデというところまで行くよう言われたのですが、ガラドノルドはGara de Nordeと書くと表示されていて、フランス語のできないわたしにもフランス語の北駅とそっくりだと気付かされました。
果たして着いたのは国鉄ブカレスト北駅で、ここからはブラショフ行きのバスがなかったので、鉄道で行くことにしました。
地下鉄のアナウンスでアテンティエのように聞こえるのがあり、これはアテンションのルーマニア語だろうと想像できるなど、少なくともブルガリア語よりはとっつきやすい言語なのではと思われました。
通貨のレウが複数形でレイになるのもイタリア語に通じますし、何しろキリル文字でなくなったことだけでもわたしには大助かりでした。
ルーマニアもビールが安くて350mlのものが100円程度でしたし、大きなチーズとハムのパンは60円でしたので列車の中でいただいたらすぐに眠くなってしまいました。
となりのルーマニア娘は早々に寝ていたのですが、彼女がよっかかってきていて淡い香水の香りにわたしも熟睡してしまいました。

およそ3時間後の7時半に到着しました。
熟睡の女の子がこのバスで中心部に行くと案内してくれたところまで順調でしたが、それからがたいへんでした。
簡単に見つかると思っていたゲストハウスや安ホテルが無く、金曜の夜でごった返す人波をいくらかき分けて進もうともそれは見つかりませんでした。
2時間近く彷徨ってヘロヘロになり、多少高くても泊まるかと思って聞いた中心部のホテルは1万円オーバーでやめて、レストランに入ってWIFIで予約サイトからホテルを見つけました。
ルーマニア料理を楽しみにしていましたが、そのレストランはイタリアンでした。
イタリアはルーマニア人から見れば兄弟のようなものなのでしょうか、店のどこにもイタリアの文字は無く、メニューを開いて初めて気付いたのですが、さすがにここへ来て引っ込みつかず腹を据えてオーダーしました。
野菜のクリームスープ、パルマハム、カルボナーラで1000円ちょっとの計算でしたが、グラスワインが高く、しかも美味だったのでおかわりしてしまい、2000円オーバーです。
ちなみにパルマハムはたったの200円で量はそこそこあって、元を取るために翌日のランチでハムとパンとワインだけ頼んでやろうかと思いました。
最高級ではないのでしょうが、久しぶりの生ハム&ワインはイスラム圏では絶対にないものなので、舌鼓を打ちながらありがたくいただきました。
作例は、ブラショフの町並みです。
宿探しに懸命で、こんなものしか撮影はしていませんでした。
そういえば、卒業旅行でヨーロッパに初めて来たとき撮っていたのも、こんな捨身ばっかりだったのを思い出しました。
【Alpha7/Nikkor S・C 5cmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Nikkor S・C 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/08/28 Fri
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