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やり済ましとは何のこと

Perken Son & Rayment 16.5cmF5
トルコ語はまったくできませんし、せっかく覚えた、こんにちは、ありがとうを何というのかも今や忘れてしまいました(さよならだけは、グレグレと覚えやすいので忘れてませんが)。
同じイスラム圏でもUAEやヨルダン、パレスティナではアラビア文字のアラビア語が
公用語だったのに対し、トルコではアルファベットを用いたトルコ語です。
アルファベットと言っても、ドイツ語のウムラウトやフランスのアクサンシルコンフレックスのようなマークが多用されていて、そのままローマ字読みでは通じない場合も時にあるようですが、案外と普通に読んで分かってもらえるようです。
作例は、タルソスという町で撮影したものですが、このタルソスはTarsusという綴りで、グーグルマップではタルススとなっていましたので、ローマ字読みのパターンです。
わたしは調べもせずに現地の人の言うのを真似してタルソスと表記しましたが、たぶん多くの日本人にはタルッソスというように聞こえると思います。

タルススと聞くとわたしは樽煤という古いワイン醸造所の倉庫を連想しますが、トルコのわずか数日間で日本語を連想させる地名とか張り紙をところどころで見たので、あまり意味もなく紹介したいと思います。
タルソスから近く遺跡を見に行ったのがSilifkeという町で、これはそのままシリフケで好いようですが、「尻拭け!」とはすごい名前の町ですね。
タルソスで知り合った人たちにシリフケは日本語で、Clean up my ass!という意味だとそのポーズをとったら、当たり前ですが大うけで、彼らのレストランでは、わたしが考案した尻を拭けというポーズが流行して、撮影し合ってシリフケ在住の友人にこれがお前の住んでいる町の名の日本語の意味だとフェイスブックに投稿していました。

彼らのレストランの向かいのレストランには立派なプレートが掲げられていて、トルコのミシュランみたいなグルメ本で表彰されたものかなと思わせました。
読めないトルコ語を読んでみると、Yarismasiなんとかと書かれていました。
これを何と読むのかは分かりませんが、まあ、ヤリスマシで合っているでしょう。
「やり済まし」という言葉にトルコで流行している新手のオレオレ詐欺を連想しました。
やり済まし詐欺です。
孫から電話があって、大切な会社の金を電車の網棚に忘れてしまったのでばあちゃん少しでいいから立て替えてくれと言われ、指定した場所に行くと孫の同僚を名乗る男がいて、ここではまずいのでレストランで食事をしながら金を渡すことになります。
男は高価なものばかり頼んで支払いは俺がするからと言ってレジに向かったままいつまで経っても戻って来ません。
おばあさんはお金ばかりでなく、食事の支払いまで肩代わりさせられるというトルコ中を震撼させている詐欺です。

わたしがイスタンブールに到着したとき、イスタンブールの滞在は後回しにしよう、まずは適当に東に向かって徐々にイスタンブール方向を目指そうと考えたのですが、空港でいくつかある行先を航空券料金と比較しながら決めたのがアダナという町です。
アダナはトルコの中央南部にありますが、地図を見るとISISが自国の首都だと主張するシリアのアレッポまで200キロも離れていません。
こんなところに行って大丈夫なんだろうか、拉致されたジャーナリストたちは同じルートでシリア入りを目指して、アダナ空港で変なヤツに声掛けられて騙され軟禁されたのではと心配になりました。
果たして空港で町への行き方が分からず戸惑っていると、男から声を掛けられました。
彼はメルシンという町まで行くとバスに乗ったのに付いて行ってしまいましたが、メルシンこそシリアとの国境の町では。
しかし、わたしの心配をよそに彼は居眠りしてしまい、恐怖の町、メルシンに到着、申し合わせていた彼の友だちがふたり車で待っていて、近くに安いホテルがあるので連れて行くと言います。
非常に危険な展開でしたが、彼らの言いなりになって車に乗り込むとホテルがありましたが素通りし、ますますやばくなってきます。
しかし、すぐ先の小さなホテルの前に車を停めて、さっきのホテルは高そうだったろうと言って笑っていました。
いい奴らだったのです。
メルシンはシリアとは逆方向で、先日も書きましたが、このあとアダナでテロがあったので、この移動は大正解でした。
彼の名はマークというので、アダナで知り合った彼にドイツ・マルクとあだ名を付けました。

最後は、シブリヒサルでのことです。
散策していると駐車してある車のリアガラスの上部に”NECOBABA”と書かれたステッカーが貼られていました。
日本人の誰もがネコババしてきた車だと思うでしょう。
これは写真に撮って今日の作例にしないとと思いました。
滞在した他の町でもそうでしたが、野良ネコがたくさんいるので、そのネコと人間をうまく配置した演出的写真を狙いました。
小さな町のこと、人間がなかなか通りませんがネコはちらほら見かけるので、まずは捕まえて確保しておき人が通ったタイミングで放って一気に撮影しようと考えました。
しかし、ここの野良はみんな人を恐れて逃げてしまいます。
わたしなりに必死に格闘しましたが、捕獲は不可能と諦めざるを得ません。
それよりも人間です。20分ほど待ちましたが、ついに誰一人ネコババの車の近くを通るものは現れませんでした。

最後に滞在したサフランボルでも日本語のようなトルコ語探しをしようと考えていたのですが、前に書きました通り中国人と行動することになってしまい、この地では成果を得られていません。
したがってこの企画はここで終了とさせていただきます。
そういえば、以前中国語を習っていた時に教えてもらった中国語をひとつご教示申しあげることにいたします。
自動車のBMWは確かバイエルン自動車会社みたいな意味の名称の略語だったと思いますが、経済が発展する前の中国ではこの車を持つことがたいへんなステータスでした。
そのためお金持ちがどこか路上駐車しようものならみんな寄って来てべたべたと触りたがります。
いつも車体に指紋を付けられて怒った車が叫びました。
「別摸我!(Bie Mo Wo.オレに触るなの意味)」。
何年か前まで、BMWはこの別摸我の略だと本当に思っていた中国人は意外に多かったと聞きました。
【Alpha7/Perken Son & Rayment 16.5cmF5 F5】
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thema:ペッツバール genre:写真
Perken Son & Rayment 16.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/08/22 Sat
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