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アカバ湾へ、シリアの国境へ

Perken Son & Rayment 16.5cmF5
昨日の深夜に帰国したので、ブログは今日から1週間後にソフィアにUターンするまでの間、ドバイ~ソフィアの旅を振り返ってという内容になります。
旅の最中のブログは、旅日記ないしは旅の備忘録なので、本来的にはここで旅の考察を書き留めたいのですが、そんなに難しいことは書けないので雑学ノートを目指すことにします。
旅先では夜になって寝るまでのあいだ部屋のベッドにゴロンとなってとか、バスの待ち時間とか、そのバスの中で揺れと戦いながらとか、ブログの書き込みに集中してきましたが、外ではWIFIがないのはもちろん、ホテルでもWIFIが微弱で接続が悪いとなると、地図や地名などが確認できなくて記憶で適当なことを書いてしまうことがあります。
自宅では逐一確認できるので、記載内容の精度は高まっているでしょうし、ネタにも事欠かなくなって、入力がはかどるような気になります。

今回のルートは、ドバイからスタートしていますが航空機の遅延により滞在時間は僅かで、さらに航空券のトラブルで1日滞在できるはずだったオマーンに立ち寄れなくなり、実質的にヨルダンから旅が始まっています。
アンマンは、気候的に日本より過ごしやすく、西洋的な部分があって滞在しやすいという印象もあって中東にあってこんなに滞在が楽なのかと気付きました。
ヨルダンは東西・南北とも200キロに満たない小さな国なので、ぐるっと廻ってみたいと考えます。
しかし、宿泊していたホテルが悪く、オーナー兄弟とけんかしてほとんどどこにも行かないうちにヨルダンを飛び出してしまいました。
怒りで飛び出したというのは半分ウソで、ガザ行きという任務があったので早めにパレスティナに行こうと発想を切り替えたというのが事実です。

地図を見るとヨルダンは、エジプト、サウジアラビア、イラク、シリア、パレスティナ、イスラエルに囲まれていて、海は無いように見えます。
しかし、地図を拡大してみると、南端のわずかに数キロが紅海の細長くなった部分の北端に接していて、実は海があるということが分かりました。
その南端の町はアカバという名前で、紅海の細長い部分はアカバ湾となっていました。
アカバという地名は紅海の紅を連想させ、漢字で記すなら紅場としたくなります。
その紅場に何があるのか分かりませんが、地図を見ながら、ここへ行ってみたかったと後悔の念がよぎります。
ヨルダンで観光というと圧倒的に有名なのがペトラという地で、いくつもの時代に分かれる遺跡が群立する考古学者垂涎の地だそうですが、そもそもここに行かなければヨルダンに来た意味が無いのでとツアーに参加させようとしたホテルのオーナーと喧嘩になったくらいで、わたしにはもともと興味はなく、むしろそれなら絶対行かないと意地になっていました。
次に有名なのが死海ですが、以前に記載の通りここにはパレスティナへ向かう途中連れてきてもらって、湖水の中を歩こうとして泥に足を踏み入れずぶずぶと底なし沼のように沈んでしまいました。
異変に気付いたオーナーの弟に助けられましたが、誰でも浮かぶはずの死海で溺死するという不名誉から助けてくれたのが侮蔑していた彼からとは情けない話です。

もうひとつ地図上で気になったのが、北部のシリアと国境を接する部分でした。
この国境線は200キロくらいはありそうですが、まっすぐに伸びた直線で、このことから当地には国境ラインを引くための川や地形的特徴のない砂漠であることが想像できます。
砂漠と言っても砂の丘だけが見晴らす限り連なる鳥取砂丘のようなところではなく、岩やところによっては草木も見られるしかし広漠とした不毛に近い土地のようなところではないかと思われます。
そんな200キロの直線をシリアはISISからどのように守っているのでしょうか。
後藤健二さんとの人質交換にアンマンの結婚式場で自爆テロ未遂を起こした女性を解放するようISISから要求されましたが、シリアとの国境を防御しなければ同じようなテロリストの出入りが自由になってヨルダン政府は国民を守ることができません。
あるいはアンマンに潜伏されて、滞在中の外国人を北朝鮮のように拉致して連れ帰られれば財源が確保できるとも言えるし、ヨルダンの安全性は失墜します。
わたしは臆病なので国境に立ちたいなどとは微塵も思いませんが、優秀だと言われるヨルダン軍が国境警備している姿を遠巻きにでも眺め激励したいと思いました。

ヨルダンで話を聞く機会があったのですが、ISISが基盤としているような国は、国内情勢に問題があるところだとのことで、シリアに接していながらヨルダンがまったく安全な理由も、国内情勢が安定しているからにつきると説明してもらいました。
もうひとつは、シーア派とスンニ派の対立の問題で、ヨルダンやサウジアラビアなど安定している国は穏健なスンニ派が大多数だからとも聞きました。
シーア派のすべてが過激思想といった単純な話ではありませんが、イスラムの歴史を簡単に見ると、マホメット以降の指導者をどうするかを決める際、民主的に決定しようとしたのがスンニ派で、マホメットの子孫から選ぼうとした純血主義がシーア派ということのようです。
単純な事例解釈で申し訳ないですが、マホメットの子どもが5人兄弟だとすれば、長男を支持するもの、次男を支持するものと分裂して、敗れた方の支持者が過激思想に向かうということは想像に難くありません。
シーア派の女性に教育は不要との蔑視の問題もあるので、あらためてシーア派本来のコーランに基づく思想を全体が取り戻すよう切に願いたいと思います。

さて、今日の作例は、アンマンの中心部にあるローマ劇場です。
市内の子どもたちが引率の先生に連れられて、野外学習にやって来たようでした。
アンマンはからっとしているので日陰にいると日中でも涼しさを感じるのですが、さすがに照り返しのあるこのような場所はかなりの暑さを感じてわたしはへばっていました。
しかし、子どもたちは元気に動き回っていたので、あちこちに分散してくれて劇場のスケール感がより分かりやすくなったと思います。
また、逃げ回る子が多かった中で、彼女だけが唯一カメラの前で静止してくれました。
ところで、ボケているので分かりにくいですが、いちばん上にヨルダンの3人の指導者の肖像が大きく掲げられています。
先代のフセイン1世国王、現在のアブドラ2世国王、後継者のフセイン2世王子です。
いずれも世襲ですが、国民からの指示は絶大だそうで、彼らの求心力が政治を安定させ、つまりはISISから旅行者を守ってくれていることを考えると感謝しないといけません。
ちなみにフセイン2世王子は、FIFAの副会長を務めていて、会長のプラッターが辞任したことから次期会長になる可能性もあるようです。
それを聞いて思い出すのが北京オリンピックの時に物議を醸したハンドボールの「中東の笛」問題です。
ハンドボールはアジア連盟の会長がクウェート人でいろいろと問題が発生しましたが、サッカー界でも金銭問題に続いて不可解ジャッジ問題が発生しないか危ぶむ声が聞こえてきそうです。
【Alpha7/Perken Son & Rayment 16.5cmF5 F5】
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thema:ペッツバール genre:写真
Perken Son & Rayment 16.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/08/18 Tue
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