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日独同盟の夜

Perken Son & Rayment 16.5cmF5
【Alpha7/Perken Son & Rayment 16.5cmF5 F5】
コプリシュシティツァの夜はっこう気温が下がります。
日中は30度近くあったのですが、夜は15度を切っているような印象で、朝も少し冷え込みました。
冬場はかなり寒くなるのでしょう、窓はすべて二重窓になっています。
100年前の建築と聞きましたが、窓がその当時からこのようになっていたのかは聞き忘れました。
これから、旅は暑さよりも、寒さを意識することになるのでしょう。
ヨーロッパに入って、宗教や食事が変わったということはすでに実感していましたが、季節の変化も感じていくことになります。

町の中心の広場にステージが設置されていて、フェスティバルの民族音楽が歌われました。
歌詞内容は分かりませんが、伝統的な音楽はハーモニーが美しいので楽しく聴いていられます。
作例では男性がひとり写っていますが、歌のほとんどが女声のみのコーラスで、面白いのはかなり低音のパートも女性が歌っていて、それが新鮮に響くことでした。
午後1時にはダンスのパフォーマンスがあるというので大いに期待します。
というのは、土産物屋さんに可愛らしい女性店員がいて、店に入ったところ彼女はダンスに登場するとのことでした。
お父さんから手作りのジャムを買うと2016年カレンダーのカードをくれたのですが、その表紙が民族衣装の女の子で、これはと聞くとやはり娘だという返事で、そこまでしている娘のダンスに大いに期待していたのです。
しかし、非常に不運なことにお昼を食べていたところ、雷が鳴って激しい雨が降って来ました。
雨は30分以上も続いたため、ダンスは3時に時間変更になってしまったとのことです。
3時半のバスでソフィアに行くことにしていたので、ダンスのさわりでも見られるかと思っていましたが、このあたりがブルガリア的なのか、時間になっても誰も現れず、後ろ髪引かれながらバスに乗り込むしかありませんでした。

2時間半かかってソフィアに着きましたが、到着したのは昨日のイスタンブールからのバスが到着したのと同じ中央バスステーションで、あらかじめそれを想定して、ホテルを予約していました。
この旅ではホテルはなるべく予約しないポリシーですが、最後の夜ですし、ソフィアのような都会では予約した方が無難かと硬く考えました。
サフランボルで中国の女の子がしたのを真似して地図アプリを見ながらホテルを目指しましたが、2キロ近く離れていたにもかかわらず、ずいぶんあっさりと着いてしまって、モバイルを活用する旅の楽さ加減を実感しました。
予約したのは新しい経済的ホテルですが、建物は古いビルで、内装こそピカピカですが、ソフィアのアパートに住むような感覚が、昨日のゲストハウス同様正しい選択と思わせでくれます。
もうひとつ調べておいたことがあって、今日、土曜日はサッカーのブルガリアリーグの試合が開催されるので、感染したいと思っていました。
夕方に着いたので、チェックインするや否や少々慌ててスタジアムに向かいました。

ソフィアには4チームが在籍するそうですが、この日は3チームがアウェーなので唯一のソフィアでの試合になるレフスキー・ソフィアのゲームを見に行きます。
レフスキー・スタジアムというところで開催されると聞いてタクシーに乗ったのですが、到着したスタジアムには人がおらず試合の気配がありません。
警備員に聞くと、英語が通じないので正確に分かりませんが、連れてこられたのは国立競技場のようです(話題になっている日本のではなくブルガリアのです)。
後で調べるとバジル・レフスキー・ナショナル・スタジアムという名前で、わたしが行きたかったのはフットボール・クラブ・レフスキー・スタジアムだそうです。
こんな名前がそっくりでは間違えて当たり前ですね。
レフスキーのサッカーが見たいと訴えるとタクシーで行けと言っているようですが、警備員はわたしに通じているか不安なようで、通りかかった青年に英語ができないか聞いています。
青年はできると答えましたが、ちょっと様子が変です。
英語はできてもブルガリア語が理解できないのです。
彼がドイツ人だからで、聞くと、驚くべきことに彼もレフスキーの試合を見に来てタクシーでここに連れてこられたとのこと。
わたしの話を聞くと、警備員の説明を聞きながらタクシーでいっしょに正しいスタジアムに向かおうということになりました。

タクシーの中で自己紹介し合います。
彼はベルリンから来たマルコという30代の青年で、もともと出身はハンブルクから北海に沿ってずっと東に行った旧東ドイツの出身です。
地元にはハンザ・ロストクという、今では3部リーグに落ちてしまっていますが、サポーターが熱いことでドイツ国内に知られる名門クラブがあり、彼はこのクラブを愛し続け、さらにはドイツ代表、ドイツの各クラブチームのことに精通したサッカー小僧のようです。
ソフィアには仕事で来ていてアパート暮らしですが、まだ来てから1週間程度なので、ただいまソフィアを開拓中とのことでした。
わたしがドイツの青年とブルガリアで会ったということで思い出していたのが1994年のワールドカップ・アメリカ大会での準々決勝の対戦でした。
そのことを言うと、実は俺もそれを考えていたとマルコは言います。
試合の詳細はよく覚えていませんが、ドイツ有利と思われていた試合でマテウスのPKで先制したものの、ストイチコフの目の覚めるようなフリーキックで追いつかれて、延長だったかにレチコフの距離のあるヘッドで逆転されました。
そうわたしがはっきり記憶しているのはその時のレチコフの頭の薄かったことと得点後のどうだ、見たか言う喜びの表情によります。
そんなことをマルコと話していると、彼はわたしをサッカー通と誤解したようですが、たまたまあれが鮮烈だっただけで、他のことは一切覚えてないよと逃げるしかありませんでした。

ただしいレフスキー・スタジアムでは、前半だいぶ苦戦したものの、レフスキーが後半に2得点して余裕の勝利でした。
マルコはサッカー全体をよく見ていましたが、それ以上にサポーターが適切な時期に応援歌を歌ったり、選手名をコールしたりするのに感心してすばらしいを連呼していました。
このスタジアムは奇妙なことに半分改修中でメインスタンド側の半分に観衆が集まっていましたが、マルコの見立てで残念ながら5千人しか入っておらず、胸にスポンサーの無い対戦相手のモンタナは20人くらいしか応援に来ていないようでした。
そして、恐らく外国人で観戦に来たのは彼とわたしの二人だけでしょう。
そんなただ二人の外国人が違う場所で出会って、いっしょに観戦したというのはなんという運命のめぐり合わせでしょうか。
10時に試合が終わってふたりともお腹ペコペコです。
タクシーに教えてもらったレストランに入ればよかったのですが、他に客がいないのは不味いか高いからだと敬遠して、ふたりして散策してレストランを探しますが、満席だったり、閉店間際だったりでなかなか見つかりません。
ピザ屋があったので、最悪レストランが見つからない場合はあそこにしようと言っていたら、ナイスなと表現したくなるようなレストランが見つかりました。
どこがナイスかと言えば、ウェイトレスがみんなきれいでしかもミニスカートだったこと、ユニセフとタイアップしていて売り上げを寄付していること、そして料理はリーズナブルで美味しかったことです。
彼は1時間そこそこのあいだに大ジョッキのビールを3杯も飲んで、俺はドイツ人だからと頭を1杯でそれなりに酔っているわたしに恐縮していました。
わたしは、明日帰国ですが、来週またここソフィアを振り出しに旅を始めるので、またビールを飲みに行ければと思いましたが、何でもマルコのガールフレンドがベルリンから来てブルガリアの黒海沿岸を旅する予定とかで、再会は難しいかも知れません。
にも関わらず、彼は十台に見える可愛らしいウェイトレスのヴェロニカに、明日、会わないかと声をかけていました。
ナンパかと言えばけっしてそうではなく、彼女が来るまでにソフィアを知っておきたいので案内して欲しいとのお願いでした。
ヴェロニカは明日も仕事だからと断りますが、空いている短時間でいいからと引き下がりません。
一見するとやはりナンパにしか見えませんでしたが、わたしには分かります。
彼はとてもいい奴なので、来週訪れる彼女のためにただ必死になっているのだと。
【Alpha7/Perken Son & Rayment 16.5cmF5 F5】
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thema:ペッツバール genre:写真
Perken Son & Rayment 16.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/08/15 Sat
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