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ポークとワインに舌鼓

Perken Son & Rayment 16.5cmF5
国際夜行バスにはWIFIが付いていたので、ソフィアの宿泊を予約してしまおうかと考えていたのですが、思い立ってトルコ同様に古い町並みが残る場所はないかと検索して、コプリシュシティツァという町を見つけました。
ソフィアからバスか電車で2時間ほどで行けるようです。
こことソフィアに1泊ずつして帰国の途につくことにしました。
朝の5時、バスはいかにも郊外という場所に到着して、ソフィアに着いたぞと降ろされました。
バスステーションはないのか聞くと少し先に見えている建物がそうだと言います。
そこはトルコのバスステーション同様、いくつものバス会社のカウンターが並んだ建物で、コプリシュシティツァに行くバスを探しますが見つかりません。
インフォメーションのカウンターもありましたが、朝が早すぎて開いていないので自分で探すしかないのです。
外で清掃していたおじさんが外にあるカウンターだよと教えてくれたのですが、カウンターは閉まっていて、入り口の表示ではコプリシュシティツァ行きは9時発となっていてまだだいぶ待たないといけません。

バスの時間にはまだ3時間以上あるので、鉄道駅に行ってみることにしました。
路線バスやトラムが走っていますがどれに乗ればいいのか分からず、さきほどの掃除のおじさんに駅はどこだと聞くとコプリシュシティツァはバスで行けと言って譲りません。
9時出発まで待たなくてはいけないからと説明しますが、そもそも英語が通じていないのでよく分かってもらえないのです。
そこでコプリシュシティツァはあきらめて別の場所に切り替えたフリをして地名を告げて、強引に駅への行き方を聞いてみると、駅ならあっちと別の建物を指さします。
殺風景なところでバスを降ろされたので勝手に郊外かと早合点していましたが、ここは、中央駅と中央バスターミナルのあるソフィアの中心に近い場所だったのです。
かつての社会主義圏らしい洗練されていない町並みの風景がそのまま残っていたということが誤解の原因です。
駅の窓口で聞くと1時間後くらいに出る列車がコプリシュシティツァに停車するというのでチケットを購入しました。

ブルガリアの鉄道がまた洗練されていない困った乗り物でした。
駅には刑事がどこにもなくて何番線から乗ればいいのかまったく分かりません。
ホームに出れば分かるだろうと思い地下通路を通っていくと8番線くらいまであって、適当に上がってみましたが、やはりそこにも表示はなく、たまたま停まっていた列車にも行先などは書かれていません。
もっとも書かれていたところで、ブルガリア語はロシアと同じキリル文字が使われているので読めないし、切符には列車の番号はありますが終着駅が書かれていないので乗ることはできないでしょう。
エレベーターはなぜか動いておらずトランクを持って階段を降りたところで駅員がいたので、切符を見せてどれに乗ればいいのか聞きます。
さすが駅員は英語で対応してくれますが、さすがなのはそれだけで、何番線のどこ行きに乗るかなどということは分からないようで、どこかに携帯で電話して聞いています。
8番線だと言いますが、本人も不安なようでいっしょに電車のところまで行ってくれるようです。
どのように確認するのかと思ったら、列車に乗っている人にコプリシュシティツァに行くか聞いていて、そうだということで乗車しました。
そう教えてくれた乗客がどうやって調べたのか気になりましたが、その謎は最後まで分からないままでした。

バスでは2時間かかるという話でしたが、電車の方がずっと早く1時間30分ほどで着いてしまいました。
距離のある西の外れのブルガス行きでしたので、急行か特急だからでしょうか。
座席指定の切符でしたが、列車は空いていたので窓側の席に移って窓枠に肘をついてずっと寝てしまったので途中駅をどの程度通過したなどよく分かりません。
ただ車内アナウンスが無く、駅の表示もほとんど分からないため、到着時間をあらかじめ車掌に聞いて5分前にはドアのところに待機して駅名確認して降りました。
ブルガリアの鉄道は上級者向け乗り物というか、すべてがミステリートレインのようなものです。
違う行先の列車に乗ってしまったり、乗り過ごしたりのリスクがとても高いので、鉄道過保護な国から来たわたしたちには不便極まりありません。
掃除のおじさんがバスを勧めた理由がそれかと思いましたが恐らくもうひとつあるということに気付きました。
駅は町から10キロも離れていてバスに乗り換えなくてはいけないことが分かりました。
ただし、鉄道の時間に合わせてマイクロバスが待機しているようで、下車した6人全員がそのバスに乗ってコプリシュシティツァの町へ向かいます。

町はとてもコンパクトで、表示されていた地図を見ると今日の午後だけで町全体を巡ってしまえそうです。
トルコの古民家と少し似た、しかしより個性的で古そうな家が並んでいて、そのうち8家屋ほどは古民家博物館として公開されていました。
やはり宿泊してこれらをゆっくり見て回りたいので、荷物を置くためにホテルを探します。
町中には独立したホテルはなく、道路沿いのレストランにホテルを兼ねていると表示がありましたが、住宅の中にもゲストハウスとプレートを出している家がみつかり宿泊させてもらうことにしました。
わたしが泊まったのは築100年くらいだという平屋で、中の3室にそれぞれシャワーとトイレを設置する改装をしたそうで、所謂民泊とは違いますが、かわいらしい芝生の中庭があるなど、貸別荘のような味わいがあって気に入りました。
ソフィアから近いこともあって観光客は少なくありませんが、そのほとんどがブルガリア人のようで少なくとも東洋人の姿はなく、そのせいか歩いているとときどき地元の人からハローなどと声を掛けられます。
アップダウンのある街は石畳の道が広がっていて、その多くが古民家なのでとても風情がありました。
作例は、いちばん迫力のあった建物ですが、直線的な石の壁に木の曲線を組み合わせた優雅さは、この町の建築の多くに共通するところです。

小さな町をさっさと見て別の町へ移ったりソフィアに戻る手もありましたが、とどまったことでよいことが2つありました。
明日、フェスティバルがあるそうで、民族衣装を着た女性たちの歌や踊りが見られるというのと、今夜は古民家でヴァイオリンとピアノのデュオの演奏会が聴けるということでした。
イスタンブールに滞在するかで悩んだり、ソフィアに着いてからもここまでどうやって行くのか苦労したりしましたが、結果的には選択が成功して、頑張ってきたことが報われたことになります。
お昼と夜にはそれぞれ別のレストランに入りましたが、メニューにポークがあり、ビールやワインがあるのに興奮しました。
料金も安く、マッシュルームのスープ、自家製ソーセージ、チーズのついたパン、グラスワインで600円ほとでしたし、正直、トルコの料理よりわたしにはずっと美味しく感じられます。
また、ビールは店で買うととても安く、500mlの地元ビールは100円もせず、ペットボトルのビールがあったり、2リットルの巨大なビールも普通に店頭に置かれています。
夕食後、ビールを飲もうと買いに行ったら、店の横で盛り上がる若者グループにつかまりました。
酔っぱらいですし、英語が通じませんが、何だか分からないうちに彼らの中に座っていっしょに飲んでいました。
イスラム圏の呪縛から解放されたからか、いつもなら避けて通る酔っぱらいのノリに合わせて、歌まで歌わされてしまいました。
酔っぱらいの騒ぎ方や歌いたがることなど、こういう感覚は世界共通なんだなあと実感します。
飲んだのはウーゾというアルコールが50度くらいの強い酒で、これを乾杯してはストレートでぐいぐい飲むので、あっという間にこちらも酔っぱらってしまいます。
彼らはチェイサーも合間合間に飲んでいましたが、よく見るとそれは水ではなく、ブルガリアらしいヨーグルトだったのには感心してしまいました。
【Alpha7/Leica Sonnar 5.8cmF1.5 F1.5】
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thema:ペッツバール genre:写真
Perken Son & Rayment 16.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/08/14 Fri
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