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ここはすでにアジアになく

Perken Son & Rayment 16.5cmF5
タルソスの町並みが気に入ったので他にもそんなところがないかと検索すると、シブリヒサルという町がやはり古い家が多く魅力的だとトルコ政府観光局のサイトに記載されていました。
この町の紹介で気に入ったのは写真が無くて、文章だけではどんなところか分からなかったことです。
その文章も日本滞在歴が長くて日本語は完璧に話すけど、文章を書かせるとやはり日本人が書いたのとは少し違うなと気付かせるもので、その微妙な拙さが旅愁を誘うようでまた気になりました。
アンカラからそう遠くないとのことで、アンカラへの行き方をホテルに相談すると、隣の旅行代理店に聞けばと言われアンカラ行きのバスに乗りたくて、できればそこからシブリヒサルへの行き方も調べてもらえるとありがたいと相談すると、ここメルシンから著効で行けるとのことです。
バスチケットを買おうとしたら、ウチは航空券専門なのでバスはバス会社に行ってと言われました。
アンカラまで飛行機で行くと思ったホテルマンの誤解で、わたしはよい情報を得ることができたということのようです。

バスターミナルに行くとシブリヒサル方面を通ってアンカラに行くバスが、シブリヒサルで降ろしてくれるそうで、出発は夕方6時半で朝の5時に着くとのことです。
これなら昨日行ったタルソスを再訪できるのでチケットを購入して、タルソス方向に行く路線バスに乗りました。
これまで乗ったバスは大型ワゴンなどをバスとして利用しているもので運転手か車掌に直接料金を手渡していましたが、路線バスはICカードを持っていないと乗車できないそうです。
当然、乗車拒否されると思ったのに、運転手はわたしの次の客にカードを2回タッチするよう命じてわたしを乗せてくれました。
その客のところに行って料金分を現金で渡そうとしますが、気にするなハハハと笑って受け取ってくれません。
言葉も通じないだけにきちんとお礼も言えず、ただただ申し訳なく感じるばかりです。

このバスは直行でタルソスまで行けば、時間ぎりぎりまでタルソスにいてバスターミナルへ直行しようと思っていたのですが、あと数キロのところで道を外れるらしく違う小型バスに移るように言われました。
運転手は昨日と同じクレオパトラの門のところで降りるように言い、昨日同様に歩いたのですが、夕方と昼日中ではだいぶ違います。
テレビの天気予報を見ると、トルコの多くの町が最高気温は35度前後まで上がりますが、最低気温は20度以下にまで下がります。
日中と夕方では歩くにしても大きな違いがあるのです。
散策はそこそこにランチを食べに昨日とは違うレストランに入ってみました。
非常に幸運なことに英語ができるスタッフがいて、きちんとメニューを説明してくれるのはありがたかったのですが、手の形を影絵のキツネにして写真を撮られライブ配信されると、トルコ中の仲間から同じポーズの写真が返信されてきて恥ずかしい思いをさせられました。
(筆者註、キツネの手の形はトルコではオオカミを指すそうで、何か意味があるらしいのですがニヤニヤ笑うばかりでそれを教えてくれませんでした)

彼らはこの後メルシンで用事があるそうで、メルシンまで送ってくれることになりました。
仕事が終わるまでの30分間、適当に散策して戻ってくることになりました。
やはり暑くてうだうだ歩いていると、オープンのレストランのオヤジさんとその息子と思しきふたりが手招きして写真を撮ってくれと言っているようです。
写真を撮ると、その液晶画像に喜び、チキンのサンドイッチをおごってくれました。
言葉は通じませんが、だからこそ、写真を撮ったり、ご馳走したりというコミュニケーションが成り立つんだということを教わったような気がします。
食べろと勧められましたが、いま食事したばかりでお腹いっぱいというジェスチャーをすると紙に包装してくれました。
これから夜行バスに乗るので食事をどうしようかと思っていましたが、これで大いに助けられましたし、バスの中で食べると確かに今までとは違う美味しさで、アツアツをその場で食べなかったことが少し悔やまれました。

レストランに戻るとふたりがメルシンに用事があるそうで、彼らの後部座席に乗ってメルシン方面へ向かいました。
ひとりは、タルソスの農産物関連の貿易商社の管理職で羽振りがいいのか、ボロい車が多く走るメルシンで新車のフィアットに乗っているのが目立ちます。
まだバスの時間に余裕があったので、カフェに行くことになりました。
海沿いの瀟洒な建物の中にお洒落なカフェがあって、ここではビールが飲めるので、みんなで乾杯しました。
よく言われるようにトルコは全面的に親日家の国で、一説によれば、それは日露戦争に勝利して仇敵のロシアを日本がギャフンと言わせたことに由来したとか聞きますが、彼らもまた日本が大好きで理由はよく分かりませんが中国嫌いでした。
ただ、ソウルのこともよく言っていたので、ソウルは韓国だというと非常に恥ずかしがっていました。
彼らの感覚では日中間の好い部分は日本に、悪い部分は中国にと勝手に解釈しているのかなと思いました。
用事にはまだ時間があるといって10キロ以上離れたバスターミナルまで送ってくれた彼らをわたしは他の国の人間と記憶違いしないように気を付けなければなりません。

作例は、タルソスの町でもいちばん立派と思われる建物です。
若いカップルがふたり道端に腰掛けていますが、メルシンやタルソスなどこのあたりでは同じように腰掛けている風景をよく目にしました。
キリスト教の聖人パウロにゆかりの遺跡がこのすぐ裏にあって、訪れる人は少なくないようです。
しかし、タルソス(彼らの発音はタルッソスと聞こえる)は名前からしてギリシャに由来してそうで、由来不明のクレオパトラ門も含めて、ギリシャ、ローマ、エジプト、オスマントルコ、セルジュークトルコ、キリストと多くの文明や文化がクロスした東西の十字路だったように思えます。
もしそうであるなら、私の旅もついにアジアからヨーロッパに移りつつあるということになります。
そもそもトルコってアジアなのかヨーロッパなのか、またそれを決める基準は何なのか、些細なことが気になり始めました。
【Alpha7/Perken Son & Rayment 16.5cmF5 F5】
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thema:ペッツバール genre:写真
Perken Son & Rayment 16.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/08/10 Mon
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