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がんばれJICA

Leica Sonnar 5.8cmF1.5
安い宿に連れてきてくれて、ざっくばらんなイスラムの礼拝に参加させてくれて、かつその中で食事もさせたくれた男性はすごくいい人かといえば、わたしにはそうは言えません。
3回の待ち合わせのすべてに遅れてきて、時間を守れない人間は日本では信用されないと言っても知らん顔、観光に興味ないと言ってもツアーへの参加を勧めたり、朝食やカフェなどわたしの許可なくオーダーして支払い時に礼も言わない、日本人的感覚ではふざけた男でした。
ギリシャ正教の修道院や何とか遺跡などに連れて行ってくれましたが、そもそも観光には興味がないと言っただろと喧嘩になってしまいます。
そもそもジェリコーは標高が海抜以下の低い盆地のためとても暑く、真夏の日中に観光するようなところではありません。
昨日モスクで知り合った人たちと、冷房の効いたカフェで雑談しているとかがいちばん楽しかっただろうと思います。
この男はわたしとの会話を好まないようで、わたしのことやどういう旅をしているかなど一切聞きもしないので、話が合うはずもありません。

ちょうど書くことも何もないので、昨日予告したイスラエルとパレスティナの国境について言及したいと思います。
はっきりとは知らなかったので、現地の人に聞いたりして、ようやく状況がつかめたイスラエルとパレスティナの領土がいまどうなっているかについてです。
まずパレスティナはガザ地区とヨルダン川西岸地区(英語ではWest Bank)がイスラエルからも領土として認められていますが、パレスティナは国家として承認されていないので、パレスティナが自治は行っているものの管理はイスラエルの手によります。
イスラエルに陸路入国できるのはヨルダンからだけで、この国境の管理はイスラエルが行い、この地から西岸地区のジェリコーに行く場合、ジェリコーでパレスティナの入境審査があり、エルサレムに行く場合はエルサレムがイスラエルによっても統治されているので、とくにパスポートの検査はありません。
ところが、エルサレムから西岸地区に行く場合は、検問所のようなところはあるものの無人で、パレスティナの入境審査がありません。
なぜジェリコーにだけあるのかよく分かりませんが、恐らくガザにも入境審査があるようです。

面白いのはジェリコーを含めて西岸地区の車は基本的にパレスティナ人が運転するパレスティナナンバーですが、イスラエルナンバーの車もときどき走っていて、前者がイスラエルには入れないのに対して、後者は両国を行き来できます。
また、アラブ社会ではイスラエルを国家として認めておらず、パスポートにイスラエルのスタンプがあるとアラブ諸国では入国を拒否されます。
イスラエルではそれを承知していて、最初からパスポートにはスタンプを押さずに、別途、顔写真入りの簡易なカードをビザとして発給してくれます。
わたしが求婚したイスラエル娘も、これがビザだから失くさないでねと言って、パスポートに挟んで手渡してくれました。
むかし、何かの本で、イスラエルでは必ずスタンプは押さないよう依頼することと読みましたが、今では黙っていても別紙をくれるのがイスラエル的ないじらしさを感じさせてくれます。

そういえば、昨日の礼拝に参加していた人の中に、自分はユダヤ人で比較的最近イスラムに改宗したという人がいました。
しかし、わたしには鬚をのばしたその人の顔を見ても、アラブ人かユダヤ人かなんてことはまったく分かりません。
宗教が違うし、長らく土地を失っていたユダヤ人がアラブ人と混血しているとはあまり考えられないのですが、どちらか区別のつかない顔はよく見ました。
しかし、一般的に言って、ユダヤ人はもはやヨーロッパ人と言い切れるほど西洋的な顔立ちの人がほとんどのようですし、パレスティナ人は毛深くて足の大きな典型的なアラブ人顔がほとんどだと思います。
小銃を持った兵士をいたるところで目にしますが、そういう中には黒人の姿も多く見ました。
兵隊への志願が少ないので、外国から条件を緩めて国籍を与えることで兵士を集めているのかと思われました。
実際に去年はパレスティナと戦闘状態になったわけですし、兵隊になんかなりたくないという若者も多いでしょう。
女性兵士も多く見たので、徴兵もあるのかも知れませんが。

一方で、パレスティナの兵隊はいっさい見かけませんでした。
昨年のニュースでは、イスラエルが爆撃を仕掛ける理由としてハマスがトンネルを掘って地下から攻撃してくるのに対抗するのは爆撃だけだと言っていました。
あるいはパレスティナの軍隊というのはハマスのことになるのかも知れません。
パレスティナの友人のモハンメド君はハマスはパレスティナの政党だと言っていましたが、人々にそれなりに支持されているとのことでした。
日本ではタリバンとかアルカイダのようなテロリスト集団と思われていると言ったら、怒られてしまったことを思い出します。
あまり関心が無かったので忘れてしまいましたが、アラファトの時代に休戦協定が結ばれたはずと記憶しています。
反故になってしまったのでしょうか。
ジェリコーの街角にアラファト議長のイラストが貼ってあったので、その場の青年に彼が好きかと尋ねたら、当たり前だろうという顔でイエスと回答がありました。
彼の精神が生きているなら、和平への道も閉ざされてはいないのでしょう。

JICAが活躍してくれたおかげで、ジェリコーの町の人はみな日本びいきだと聞いていたのに、歩いているとチャイニーズと聞かれたり、ニーハオと声をかけられることが多くありました。JICAが中国の組織と勘違いされていないか心配です。
もっとも昨日子どもたちにジャッキー・チェンだとはやし立てられたように、パレスティナ人から見れば、日本も中国も違いはないのかも知れません。
わたしたちがサウジアラビアとヨルダンはおろか、イスラエルとパレスティナの区別がつかないのと同じように。
これはジェリコーに限らず、わたしが訪れたアラブ社会すべてに言えることですが、何しろタバコ好きであちこちで煙があがっているのにはほとほと困りました。
アルコールが禁じられる反動でみんなタバコを吸うようになったのか、アラブの街角で煙を避けるのは不可能です。
子どもがいてもかまわず吸っていて、たばこの害について知識がないのかと疑わしくなります。
モハンメドの教えに逆らわなければ、何をしても問題ないと言う風潮があるのかなあと
そんな気がしました。
【Alpha7/Perken Son & Rayment 16.5cmF5 F5】
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thema:ペッツバール genre:写真
Perken Son & Rayment 16.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/07/31 Fri
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