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脱税の片棒担ぎつつ

Leica Sonnar 5.8cmF1.5
ホテルにはわたしの他に、カリフォルニア在住のフィリピン人男性とオランダから来ている学生、住み込みで働いているイタリア人女性が宿泊していました。
ホテルがボロくて移動したかったのですが、彼らとすぐに親しくなったことで、延泊を決意しました。
一方でホテルのオーナーとその弟はイヤな奴らで、悪いムスリムの典型のような連中です。
しつこくパックツアーへの参加を勧めるのには閉口しましたが、もっとひどいのは犯罪への加担をさせられたことです。
別に強盗を手伝わされた訳ではないですが、ビールが飲みたくないか、飲みたければデューティーフリーショップに連れて行ってやる、安く買えるぞと、半ば強制的にどこそこのホテルの施設内の免税店に車で連れて行ったかと思うと、ビールを買わせるのを口実にわたしのパスポートを使って、大量に免税のタバコを買っていました。
いつもこうやって安くタバコを買っているのでしょう、せこい奴らです。
ちなみに免税店はヨルダンの警察が管理していて、わたしのパスポートのヨルダン入国スタンプの真下に警察のスタンプを押されていました。
出入国以外でパスポートにハンコを押されたのは初めての経験ですが、それがまさか犯罪に加担してのものだとは…。

フィリピン人のおじさんは、パックツアーに参加するらしく、今朝、出て行ってしまいました。
残されたオランダ人のクラスとイタリア人のセレーナと3人でおしゃべりしながら朝食をとります。
朝食の内容は、インドのチャパティに似た円形のパンをちぎって、ヨーグルトのようなものとかジャムとか卵を付けて食べる、典型的な中東の朝食とのことです。
これがなかなかいけますし、ふたりのヨーロッパ人も気に入ってかなり食べていました。
オランダ人のクラスは卒業レポート作成のために滞在していて、その内容とはヨルダンに逃れてきているシリア人難民を取材してまとめるというものでした。
その許可を消息筋を通して申請中だそうで、認可されれば、ヨルダンとシリアの国境の町で、シリア側にあと10キロくらいのところにある難民キャンプで活動開始するとのことです。
そんな話を聞いて思い出したのが、昨年、ISISの犠牲になった後藤健二さんのことです。
彼ももともとはシリア難民を取材していて、その後何らかの問題が起こってシリア入りして人質になってしまったということだと記憶しています。
クラスの場合は取材ではなく卒業リポートですが、例えばISISとパイプを持つ難民により詳しいリポートはわたしの実家まで来てくれればよく分かるなどとそそのかされて、シリアに足を踏み入れた瞬間にISISに売り飛ばされるなんてことがあるかも知れず、何があってもシリア側に行ってはいけないと念を押しました。
中東問題専攻の学生には釈迦に説法ですが、とにかく彼が無事に卒業できるよう余計なことでも言わずにいられませんでした。

朝食後にひとり散策を開始します。
ホテルから5分も歩くとローマ時代に造られた噴水跡があり、さらに3分歩くと同じくローマ時代の劇場の遺跡があります。
地中海沿岸の国々は、イスラムと十字軍がしのぎを削ってきたために双方の遺跡がよく残っていますが、とくにアンマンにはローマ様式のそれが多いようで、2つの遺跡を見下ろす高台にはシタデルというやはりローマ時代の神殿があって、保存状態がよくないものの、遺跡ファンにアピールするところは大きいようです。
残念ながらわたしは遺跡とか、観光名所とかにはあまり興味がなくささっと流しながら見学しただけで、レストランが少ないこの町でランチをどうするかの方が気になっていました。
どうしようかと歩いていると、ちっちゃな女の子にカモン、ウェルカムと手招きされたので入ると雑貨屋で、暑さの中をぐるっと歩いてばて気味だったので、ヨーグルトとクッキーを買ってささやかなお昼にしました。

ホテルに戻るとオーナーのイヤなオヤジが手ぐすね引いて待っていました。
ツアーを何としても売り込もうとしていますが、わたしは観光にあまり関心がないし、何しろ高すぎると断っているのに、それならいくらなら出せるかとしつこく閉口しました。
終いには、ローカル料理が食べられるがどうするかと聞くので、それならいいよと申し込むと1500円ほどと高かったのですが、めんどくさいのでOKしてしまいました。
パレスティナ人の友人のモハンメド君とはフェイスブックで連絡を取り合っていたのですが、そんな時にアンマンにヨルダン人の友だちがいるからと電話番号を送って来ました。
公衆電話はどこかにないかオーナーに聞くとオレの携帯を使えと手渡してきました。
すまないと借りてモハンメドの友人と話すと、今から行くから飯でもいっしょに食べようと言ってきました。
先ほどのローカル料理はキャンセルしなくちゃと思いながら電話を返すと、電話代1500円払えと言ってきます。
えっ、タダで使えと言ったんじゃないのかと思ったものの、強欲な男は10分ほどの携帯の通話料が1500円だと言い放ちます。
そしたら、それは払うから料理をキャンセルしてくれと頼みましたが、もう申し込んだキャンセルではないと即答したので、わたしはこいつはダメだと思い、分かった、もうここには宿泊しないから直ちにチェックアウトさせてくれというと、なぜだ理由を教えてくれと真面目に聞いてきました。
しつこいツアーのセールス、電話を使わせて後で高額請求、少し前のことをキャンセルしたいと言っても確認もせずにダメだと言う、こんなのが立て続けにあって怒っているのは明白だろうに、理由が分からないとは本当にいい加減にしてくれと言いたくなります。
ここは、やり取りを聞いていたセレーナが間をとりもって、電話代を払う必要なしとして宿泊は続けることになりましたが、料理はすっかり無駄になってしまいました。

モハンメドの友人だと言う青年はヨルダン人で割と気さくでした。
家で食事に招待すると言って、15キロほど離れた彼の家に車で連れて行ってもらいます。
アンマン市内ですが、郊外の丘陵地帯のような町並みで、ヤギを放牧しているところもあって、何より静かでのどかなところがわたしには魅力的に見えました。
放牧地にテントが張られていて、シリア人労働者の家だと教えてくれました。
難民は働けないはずで、ベトウィンは例外的に認められているのかも知れません。
青年は35歳ですが、すでに3人の可愛い子どもたちがいて、とても幸せそうです。
とくに女の子が可愛らしく、自然の巻き髪と彫の深い整った顔立ちは、有名なハリウッド女優の子どものころだと言われても信じてしまうのではと思うほどの美形で、思わずレンズを向けてしまいました。
家は、真新しくて5年前に建てたばかりだと言います。
彼は、いま夏休みでマレーシアから一時帰国していますが、10日ほど後にはクアラルンプールに戻り、来年経済博士号を取得予定とのことです。
どうやって家を建てたかと問うと、ヨルダンでは息子が卒業するくらいの時期に親が家を建ててやるというのが普通なのだそうで、この家もそうして建ててもらったのだということでした。
土地はもともとあって、建物だけで800万円ほどと日本よりは安いですが、それにしてもヨルダンの父親はたいへんなようです。

それにしても、この土地は素晴らしく、夕方の日が落ちる前に玄関前のスペースにみんなで椅子を並べて、庭のブドウを食べながらのんびりおしゃべりしているだけで、心地よい風の中で幸せな気分になります。
砂漠を少し開拓したような土地で、北に100キロも行けばすぐシリアという位置にあって、この平和な雰囲気はとても予想できないことでした。
美味しい食事をいただいていると、近くに住む親せきがやって来ては食事に加わったり、わたしたちとおしゃべりしたりします。
最後は、みんなで玄関に出て、メッカの方向に向いてお祈りしていました。
お暇する間際になって、初めて奥さんがやってきてあいさつするのですが、残念ながらヘジャブによって顔は隠れていて眼だけが確認できるだけです。
あんなに美しい娘の母親なのでさぞかし美人だろうと思うのですが、イスラムのルールでは確認することを許してはくれないようでした。
【Alpha7/Leica Sonnar 5.8cmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leica-Sonnar 5.8cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/07/28 Tue
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