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吊り橋怖い

Squire & Co 14cmF3.6
本日、夜のフライトでドバイに行くつもりですが、そのチケットが購入できません。
満席で予約が入らないという理由ではなく、いちばん安い24000円のチケットのオンライン決済がうまくいかず、タイムアウトしてしまうのです。
2日間何度試してもダメだったので諦めざるを得ず、近くの代理店で購入することにしました。
代理店は星の数ほどあって、ボッてくる店もあるので、1軒で決めずに何軒か比較する必要があります。
最初の5軒は同じような値段で、そこいらが相場かとあきらめましたが、ここが最後と入った店は他より4000円も安かったので購入しました。
たかが、4000円と思う向きもあるでしょうが、この地でのホテル2泊分、節約する人だったら食事代5日分といえば歩いた報酬としては十分と感じます。
しかし、航空券代は30000万円になってしまったので、オンライン決済の不調のためにこれでも4000円損しています。

ホテルに戻ってチェックアウトを済まし、夜のフライトの時間までどうしたらよいものかと相談すると、地図を手渡してくれたうえでいくつかのスポットにマークを入れてくれました。
無目的に歩いて何も見なくてもいいのですが、どこの土産物屋でもぶら下がっているTシャツなどに描かれていたブッダの眼がカトマンズの象徴だと思いだし、どこかの寺院に行けば見られるかと思い聞いたのですが、ホテルから2~3キロほどとのことで歩いて行ってみることにしました。
もちろん正式な名前のある寺院ですが、いま思い出せないので別称のモンキー・テンプルと呼ぶことにします。
このホテルのマネージャーはヒンズー教なので別のヒンズー寺院に行くことを勧められましたが、ホテルから仏教寺院とは反対方向にあって歩くのはたいへんそうです。
空港までのタクシーをホテルに依頼して支払いもしてしまったので、あとは昼食代と夕食代分くらいしか残っておらず、移動にタクシーが使えません。
もうひとつホテルから近いダルバール広場も行くべきと勧められたので、ここを通って仏教寺院で1日過ごすことにしました。

しかし、ダルバール広場に着くと職員に呼び止められて入場料を払うように言われました。
広場なのに入場料が必要なのかとしぶしぶ財布を出すと、750ルピーと言われて驚きのあまり言葉を失います。
ネパールのかつての王宮建築やら何やら、この国を代表するものが揃っているとの説明ですが、物価を考えると1000円というのはだいぶ高すぎるような気がします。
地震当初のニュースで、歴史ある建物が完全に倒壊してしまいましたと報じていたのがここだったようで、入場料はその修復に充てられるのかも知れませんが、それにしてもここで支払ってしまうとほぼ食事抜きになってしまいます。
旅行者には厳しい価格設定ですね、本日、帰国なので現金の持ち合わせがないので見学はあきらめますと言ってUターンしました。
職員も申し訳なさげでした。

地図を眺めながらモンキー・テンプルを目指すと、町中だというのに小さな川に吊り橋がかかっています。
ルンピニ~ポカラ、ポカラ~カトマンズとバスの中で何度か峡谷の中の吊り橋があって、あの高さと長さではわたしには渡る勇気は出ないだろうなとおぼろげに考えましたが、ここなら問題なく渡ることができます。
しかし、下の川を見ると真っ黒に汚れていて、落ちた場合の恐怖は峡谷の橋に勝るとも劣らずです。
絶妙のタイミングで子どもが手をつないでやって来たので、本日の作例とさせていただきました。
橋から20分ほど歩いてようやくモンキー・テンプルに到着しましたが、なるほど別称の由来でしょうサルがあちこち駆け回っています。
しかし、俺はヒンズー教だからブッダなんて知ったこっちゃないよと言う態度の現地人たちが、大きな仏像の膝や掌の上に無神経に腰掛けていました。
山頂のストゥーパに描かれたブッダの眼が悲しげに見下ろしているように見えます。
マホメットの風刺画を描かれて怒るイスラム教徒の気持ちが少しだけわかったような気がしました。

またタメルエリアに戻ると昨日、楽器演奏を披露してくれた男性にまた出合いました。
あと数日で田舎へ戻らなければいけないので朝からずっと外国人に声を掛けているとのこと。
たまたま中国語で話している中年男性がとおりかかったので、助けにならないかと中国語で楽器や学校のことなど事情説明しましたが、興味なさげに立ち去っていきました。
少し中国語ができるので説明してみたんだけど相手にしてもらえなかったと報告すると、中国人は自分のことしか考えない人たち、日本人や西洋人でないと理解してもらえないですという、返事でした。
少なくとも彼は中国人をよく思っていないのは態度からも理解できましたが、過去に嫌な思いをしたのか、ネパール人自体がそういう印象を持っているだけなのか、少し気になりました。
タメルには日本料理、韓国料理、チベット料理、イタリア料理などの各国レストランがあって、町に溶け込むようなたたずまいですが、中国料理店のみ真っ赤な巨大看板を掲げた店が目立っていてあきらかに浮いています。
こういうところからもネパール人の中国に対する反感が広がっているような気がしました。

夕方遅くなってなおも歩いていると、またダルバール広場前に出てしまいました。
チケットオフィスにはすでに人影がありません。
それを狙って来たせこいヤツのようで気まずいということもあって、写真を撮ったりはせずに建物だけ見て通り過ぎました。
絶望的なくらいすごいがれきの山と被害を免れた建物でも倒壊の可能性があるものには近寄れないようロープで規制しているのが目につきます。
がれきというと、福島県の津波によるがれきを自治体で分担して受け入れるという時に、拒否した市があったりしたことを思いますが、そういう不愉快なことを除くと、地震が日本国民の気持ちをひとつにしたというか、逆境によって向かうべき方向性を示してくれたようなところがあったような気がします。
ネパールではどうなのでしょうか。
同じようなことは言えるだろうと期待しますし、地震被害国同士で日本に親しみを感じたネパール人も多くいたのではと思っています。
しかし、インドやネパールで感じた彼らの自分だけよければという考え方が、復興の障害になっていないか心配です。
楽器演奏の男性が、家は倒れてしまったが今度は地震でも大丈夫な家を建て直したいと言っていたように、彼らの生活が地震以前よりよくなってくれることを願わずにいられません。
【Alpha7/Squire & Co. 14cmF3.6 F3.6】
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thema:ペッツバール genre:写真
Squire & Co. 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/07/17 Fri
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