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私立校の精鋭たち

Squire & Co 14cmF3.6
そろそろ帰国の日程を意識しなくてはならない時期になりました。
理想とするコースはインド、パキスタン、イランでしたので、イランから近く、ハブ空港であることから他の都市ともアクセスの好さそうなドバイからの帰国便を往復購入済みです。
しかし、旅はインドからネパールへ東進する形になってしまったので、空路は極力避けるつもりが、カトマンズからドバイへのフライトを使わざるを得なくなりました。
ドバイへは以前も旅したことがあって、わたしにとってシンガポールと並んで滞在する価値のない町という評価なので、1泊で十分とし、カトマンズも大都市だし震災復興の邪魔になるとも考えて1泊にして、ポカラをもう1泊増やしました。
ポカラには3泊ということになりますが、そんなに気に入ったかと問われればそうでもなく、体調が思わしくなくなってきて移動するのが面倒でついつい滞在延長いうのが本音です。

もう出かけるところがなければ、湖畔のカフェで風に吹かれながら読書をしようと考えていたのですが、オールドバザールという古い町並みがわずかに残る場所があるとのこと。
バスで行こうとしましたが、タクシーを勧められコミッションがわずかでも欲しいのだろうと察し、行きのみタクシーを使うことに同意しました。
なるほど100年ほど前に建てられたという、全体の煉瓦と窓枠の装飾的な木を組み合わせた美しい建築が数軒残っていました。
しかし、オールドバザールという名前から想像した昔から変わらない活気ある市場のようなものは見られませんでした。
かつて市場だったのか、朝一が9時にはもう跳ねてしまったのか、期待したほどではない感じです。

ヒンズー寺院の参道で休憩しようとオープンレストランに入ってラッシーを飲んでいると、いかにも人の好さそうな主人が現れて、あなたは日本人かと話しかけてきました。
今は引退したが、ずっと山岳ガイドをやっていて日本人と何回も6000メートル級以上の山に登ったとのこと。
みんな相当な登山の猛者なんでしょうが、わたしでも登れますかと聞くとまったく大丈夫と、そんなこと聞くまでもないのにという顔で返事します。
遭難の経験はないそうですが、これまでに2度グループの中で死者が出たと教えてくれました。
1度は個人のテントで寝ていた人が翌朝になってもそのまま起きてこなかった、もういちどはキャップ地に着いて腰掛けていた人がよく見ると息をしていなかったというブラックジョークのような話でした。
次回、ネパールに来たらいっしょに登山しましょうと誘われましたが、丁重にお断り申し上げました。

タクシードライバーからはこの近くにもチベット難民キャップがあってバスで行けると聞いていました。
バスとはワゴン車の中に椅子を並べた一見するとバスとは絶対気付かないようなもので、そのためか外国人が乗るはずはないと最初から無視するように何台か通るバスを停めようとしてもみんな通り過ぎてしまいました。
客を降ろそうとしていたバスに強引に乗って難民キャップと告げると、乗客全員が不思議そうな目でこちらを見ています。
オールドバザールでもそうですが、こちら側のエリアには外国人はほとんど来ないようです。
こちら側のチベット難民キャップでもチベット絨毯のショールームや民芸品売り場がありましたが、恐らく訪れる人はめったにいないのでしょうし、ここで何か売れることはまずなさそうです。
修行中のお坊さんばかりで暇そうな人と話をすることもできず、そそくさと退散しました。

ところで、5月に発生した地震についてですが、滞在中は余震等はいちどもなく予想通り危険を感じるようなこともありませんでした。
なぜ予想通りといえば、ニューデリーの旅行代理店のウソつき職員が、ネパールはまた地震が来るから危険だ行かない方がよいを繰り返していたからむしろ安全だと思ったというだけのことで、それ以外の根拠はありません。
東日本大震災でも何ヶ月にもわたって余震が続いたことを考えれば、たまたま何もないタイミングで旅行しただけで幸運だったということかもしれません。
ポカラはカトマンズに比べてずっと揺れが小さかったので、被害はほとんどなかったそうですが、山岳の村でいくつか村全体が壊滅的被害にあったということも聞きました。
一部の村では石積みと泥を組み合わせた非常に簡素な家だけのところがあって、さらに地盤が弱かったなどの理由も重なったのでしょう、そんな村ではわずかな揺れで倒壊してしまったのだそうです。
ただ、幸いなことに地震の発生が日中だったため、みんな農作業や学校に行ってたりで崩れた家に押しつぶされて亡くなるということはなかったようです。
前回の大地震も70年前の話で人々の記憶にはなく、当然、対策というものも皆無だったと思われます。
それどころか、日本でも大地震があって津波で1万人近くが亡くなっていることを知らない人が多いのには驚きました。
日本の津波でもスマトラ地震の津波を教訓にできませんでしたが、他国のできごとを対岸の火事とせず、痛みを分かち合いつつ自身の対策に役立たせるような取組が必要なのではと素人ながらに思うのでした。

さて作例は、たまたま目の前に停車したスクールバスです。
たぶんネパールでも状況は同じだと思いますので、インドで聞いた話をもとに少々説明します。
インドでは授業料がほとんど無料の公立学校と、だいたい1ヶ月5千円くらいからの私立学校が小学校から存在します。
公務員の給料が安いせいで公立学校の教師の質が低いからと、誰もが無理してでも子供を私立学校に通わせたがります。
私立学校はスクールバスを持っているので、校門前に10台くらいバスが停まっている学校があって驚くこともありました。
公立学校の生徒は授業料が不要な分、毎日、徒歩で登下校するのでしょうが、誰もが私立校に入れたがる状況で公立学校がたくさんあるとも思えず、毎日1~2時間かけて歩く子供の姿を想像すると不憫に思います。
インドでも、ネパールでもみな競うように可愛らしい制服が採用されているものの、びしっとした印象もあって、これはもともとがイギリスの古い学校の制服をもとにしているからなのではと想像できました。
子どもたちも学校や制服が自慢だからでしょう、カメラを向けると喜んでポーズしてくれました。
ところで、作例の子どもたちがなぜ手を出しているかというと、どうも右手の建物はヒンズーの聖なる祠のようで、きっと両親からあそこに停まったら手を伸ばして触りなさい、頭が良くなるからとか言われているのではないかと思います。
【Alpha7/Squire & Co. 14cmF3.6 F3.6】
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thema:ペッツバール genre:写真
Squire & Co. 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/07/15 Wed
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