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仕立て屋にすべてを賭ける


ホテルの朝食はメニューから選べると言うので、コーンフレークを食べることにしました。
シリアルは菜食主義者の朝食の定番のような気がしましたし、毎日、辛くこってりしたインド料理を食べていれば、長らく食べていなかったコーンフレークはより美味しく感じられるように思われました。
帰国後インドでいちばん美味しかったものはと聞かれて、コーンフレークという意外過ぎる答えができるかも知れません。
しかし、しばし待ってでてきたそれは、あまりに牛乳が少なくてコーンフレークがふやけるところまでいかず、すべてぱりぱり食べなければいれないインドならではの食べ物で、うまいまずいの判定すらできないような代物にがっかりしました。

町に向かって歩き出します。
昨日確認しておいた洗濯屋にシャツとパンツを持ち込むと、昨日のおやじさんが、おお、来てくれたんだねと言うように歓待してくれます。
枚数をチェックすると225ルピーとのことです。
400円強ですが、これまでのハノイとヤンゴンのランドリーでも400~500円でした。
洗濯料の相場は国を超えて大差ないものなのだと思わせます。
本来は自分で洗濯するつもりで洗剤も中国で購入以来トランクに入ったままですが、きれいな洗面台、物干しスペース、何よりも洗濯する元気という条件が揃わないと実行する気にはなれず、中国で一度して以来、洗濯は外注になってしまいました。

プシュカルの中心には浅草の仲見世のごとく土産物屋が軒を連ねていますが、パッと見た感じで浅草同様、欲しくなるようなものは一切ありません。
聖地らしい記念品か何かでしょうしばしばインド人が買い物したり、着心地のよい綿のパンツなどを物色する西洋人が見られたりしますが、1日の売り上げゼロと言う店も多いのではと心配になります。
建物の最上階にWIFIの使えるカフェが何軒かありランチや休憩で使わせてもらいました。
コルカタで飲んだラッシーが日本のブルガリアヨーグルトそっくりで美味しいと書きましたが、それは加糖されたスイートラッシーというものでした。
ほんとに美味しいのはプレーンラッシーの方で、こちらもブルガリアヨーグルトの砂糖をいれていないものにそっくりな味でした。

人々が町の外れに向かって歩いて行くのに気付いて付いていきました。
何かあるのかと思ったのですが、逆に近隣の村人がこの日の催しにプシュカルにやって来て戻るところだったようです。
2015年7月はヒンズー教にとってとても大切な月なのだそうで、この日の朝、多くの人がお参りにやってきたのでした。
彼らについていけば小さな素朴な村を訪れることができると期待したのですが、1時間歩いても村はなく、そのうちに人々を見失って戻るしかなくなりました。
作例は、歩きながら村人の流れを追ったときのものです。
そういえば、多くの人が歩いていながら誰ひとりわたしに話しかけてくる人はいませんでした。
帰り道でバスが通りかかったので乗せてもらい近くの村までとお願いしましたが、途中でここから歩けばプシュカルに着くからと降ろされてしまいました。
パスからも乗車拒否とは。

歩いている途中、とても風通しの好いところがありました。
若干小高いところでしたが、止まることなく吹き渡る風が心地よい場所です。
その中心は砂漠のようなところなのですが、貧しい人々がトタンやビニールシートでこしらえた家に居住している広大な空間になっていました。
そこで水汲みしている少女に声をかけられました。
わたしの家に遊びに来ませんか、チャイをお出ししますよ、わたしの母は踊りがとても上手いのでぜひ見てください、そういって熱心にわたしを誘うのです。
そのあとになって金を出せと言ってもめるか、ひどければチャイに睡眠薬が入っていて気付いたら身ぐるみ剥がされて砂漠にひとり寝かされているのがオチでしょうか。
そうは思いつつもわたしは少女の誘いにあえて乗ってみようか悩みました。
しかし、バイクの青年が来て、ヘイ、ジャパニーズ、どこへ行くんだいと話しに割り込んできて、不快な気持ちになり少女の誘いも同時に断ってしまいました。
彼女のことは風の丘のナウシカと勝手に名付けましたが、せめて写真を撮っておけばよかったと後悔しています。

夕方、まだ洗濯物を取りに行くには時間があるなと考えていたころ、すごいレンズですねと声をかけられました。
その男はシャツの仕立て屋で古い足踏みミシンの自慢を始めたのが面白く、しばしレンズとミシン、古道具の話で盛り上がりました。
人とこんなに話をしたのはインドに着いて初めてのことで、すっかり信用して彼にシャツを作ってもらうことにしました。
近所の店で生地を買ってトータルで1800円と安くはないですが、2時間超スピード仕上げするしその行程を見せてくれると言うので洗濯物までの時間つぶしにちょうどよいと考えました。
普通はシングルで済ますところをすべてダブルステッチで仕上げるのが彼の自慢だそうですが、それにしてもすばらしい手捌きというか職人技と言うか、彼の頭の中には完成形のシャツが寸法ごとインプットされていて、そのとおりに手を動かすとシャツが出来上がると言った三次元プリンターの作業を見るようでした。
喜んでいたら、わたしのホテルが遠いのを知って送ってくれるとも言ってくれます。
彼はインドで出合った唯一の友人とも呼べる人物だと感動しました、が、わたしはインドをまだまだ甘く見ていたようです。
指定の料金にバイクで送ってもらった分として100ルピー上乗せしてわたしたのですが、ここから、彼の、家が貧しい、子どもの養育費が必要、父が病気だ等、饒舌な話が始まりもっと寄越せ攻撃が始まるのでした。
【Alpha7/Squire & Co. 14cmF3.6 F3.6】
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thema:ペッツバール genre:写真
Squire & Co. 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/07/09 Thu
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