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食事ができない理由とは

Voigtlander 20.5cmF4
ラッシャヒへ来たのが鉄道だったので、ダッカへ戻るのはバスにしようと考えていました。
昨日のナトールからのバスはちょうど鉄道駅前のバスステーション行きでしたので、翌日のダッカ行のバスを探しましたが、どうもボロボロのバスばかりで所要時間も鉄道と変わらぬ6時間だと言うので考えてしまいました。
ダッカでの空港までの移動時間を考えると空港まで行って近くのホテルを取るべきと考えましたが、空港に行くバスは少ないらしく中途半端な時間ばかりです。
例えば朝の9時半発があると聞きましたが、3時半ダッカ着とすると朝はこちらで何もできず、夕方もホテルに到着して一服ついているうちに薄暗くなってしまって1日何もしないうちに終わってしまいます。
バスチケット屋は会社ごとに何軒も並んでいますが、なぜかどこも横柄で、時間の質問にすら答えないところもありイライラしてチケット購入をあきらめ、駅に行くと午後4時の列車のチケットならあると言うので購入してしまいました。
そういうわけで、今日は3時くらいまで何かすることができます。

ラッシャヒのホテルのWIFIはなかなか快調でしたので、前夜のうちに何かないか調べてみることにしました。
しかし検索すれど情報はほとんど見つかりません。
これはあとで分かったのですが、少なくともわたしにはラッシャヒと聞こえていてそう表記してきましたが、メジャー旅行サイトなどではラージシャーヒと記載されていて、さらにラシャヒと書くところまであって地名が日本語として統一されていないため情報が得られなかったのでした。
そういえば、ミャンマーのチェントンもチェイントンとかチャイントンとまで表記しているものがあります。
マイナーな地名にはよくあることですが、統一してもらわないとひとつの町が複数存在するかのような誤解を生じるのでどうにかすべきと思うのですが…。

昨日のバスの中で出合った人がバッガモスクというモスクがすばらしいと言っていたので、遺跡ではなく現役の宗教施設が見てみたいと行ってみることにしました。
しかし、どこにあるのか聞き忘れていました。
頼りにしていたホテルのマネージャーのモハンメド君は今日は出勤時間が遅いらしくいません。
代わりに青年に頼むと、バッガモスクの写真が入ったコピーを見つけて手渡してくれました。
このコピー写真1枚を頼りに、場所不明のモスクまでたどり着けるでしょうか。

少なくとも徒歩圏ではなさそうでしたので、駅前のバスステーションまで行って、リキシャが停めた目の前のバスにここに行きたいんだがと聞くと、まさにそのバスがそうだとのことです。
なるほど車掌がバカ、バカ、バカと連呼しているように聞こえるのは、行先のバッガ、バッガと言っていたのですね。
時間を聞くともう少ししたら発車だと言うし、所要1時間だと言うので安心してバスに乗り込んだのですが、これが大失敗でした。

まずバスは人が揃わないからとなかなか出ないし、1時間は真っ赤な嘘で2時間かかりました。
バッカは田舎町なのでバス本数が少なそうで、12時に到着しましたが1時のバスに乗らないと4時の列車には間に合いません。
結局、待ち時間を入れると5時間近くかかって、モスクと周辺を45分見ただけです。
作例はそのモスクの祈りのシーンですが、厳粛な雰囲気の中カメラを首から提げて立っていると、何やっているんだ撮るんだというジェスチャーのおやじさんがいたので、図々しく撮影したものです。
祈りの先には扇風機が轟音を立てていて、偶像崇拝を禁ずるイスラム教でもこういう物に向かって祈るのは許されるのだと知りました。
おまけに外国人だからと行きも帰りも運転手のすぐ後ろの席に座らされたのですが、これがクラクションがうるさくて落ち着いて座っていられないような席でした。

さて、慌ててホテルに戻りましたが3時過ぎだとどのレストランもクローズしていたので(これはあとあとでラマダンに入ったためだと分かりました)、駅に向かい向かいの露店でまたマンゴーを食べました。
今度のおやじは理解力が無く、3つカットしてくれと言っているのに1つカットした後に、何個買うんだと聞いてきます。
もう2個は何度頼んでも剥いてくれず、1個を30タカ払って駅に向かうしかありませんでした。
昼食は揚げ物を売っている売店で全6種類をひとつずつ袋に入れてもらいました。
電車の中で味わってみましたが、味覚的にはかなり微妙な食べ物でした。
来た時の列車ではアナウンスがなかったのですが、この列車では駅に着くたびに放送が流れ、お時間になるとコーランが流れたり、両隣の人が椅子に正座してお祈りを始めたりたいへんな車両でした。

空港そばに泊ろうと考えていたのですが、結局、ダッカ駅まで行って駅前の前回よりはマシなホテルに宿泊しました。
チェックインするとホテルを仕切っているのは俺だと言う態度のおじさんが、日本人か、何かあればわたしに言うようにと名刺をくれたのですが、その言葉の通り彼のおかげで大いに助けられました。
明日のフライトに合う鉄道のチケットを買いに行ったのですが、明日の列車は明日買いに来い、だったら時間だけでも教えてくれ、明日教えてやるさ、というふざけたやり取りになり窓口を閉めたのでわたしが扉をガンガンたたいたら、そのガラスの扉が割れてしまいました。
まずいと思っていたら警察がやって来て何事だと聞きますが英語が通じず説明できません。
そこで、ホテルまで同行してもらったのですが、警官が事務所までわたしを連行しようとしました。
わたしはくだんのホテルのおじさんに事情説明してちょっと叩いただけなのに割れちゃったんだよと言うと、お前は警察に行く必要はないと言いだし、警察を説得して追い返してしまいました。
あわや留置場に一拍の可能性もあったのかも知れませんが、さすがホテルを仕切るおやじでした。
駅の訴えでまた警官が戻ってくるかもと不安な夜を過ごすところでしたが、気付いたら熟睡していました。
相当疲れていたようです。
(前注のとおりわたしはこの日からラマダンがスタートしていたのに気付きませんでしたが、あるいはマンゴー屋が1個しか食べさせてくれなかったことや、駅員が早く帰りたくて窓口を閉めたことなどはラマダンと関係があったことをうかがわせます。基本的には事前に調べないことを自分の旅のルールのようにしていますが、イスラム関連についてはこれを緩めるべきかと検討しているところです)
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
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thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/18 Thu
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