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握手は拒んだが

Voigtlander 20.5cmF4
ダッカのレストランのポスターにあった古い建物のことをホテルのマネージャー、モハンメド君に話すと、それはプティヤのことだと思うと説明してくれました。
ラッシャヒからバスで1時間かからないとのことで、さっそく今朝出掛けてみました。
モハンメド君はとても親切で、通りまでいっしょに降りてきてくれてバスの出発地点まで行くようオートリキシャに交渉してくれました。
こういうケースではリキシャからコミッションを取るホテルマンが多いのですが、リキシャ料金はわずか30円ですので、この真面目な青年がそこから10円ピンハネしているとかちょっと考えられません。
プティヤを通るというバスがちょうど発車するところに到着して、リキシャマンがバスの車掌に何やら告げると入り口の人がさっと道をあけて通してくれました。
恐らくモハンメド君は料金交渉のみならず、わたしが乗るバスを見つけるようにも言いさそらにバスで不便がないよう車掌に伝えろということまで指示したようです。
座席は埋まっていたはずなのに子どもが移動したりして1席空き、そこへ座ってと促されました。

そんな乗車をしたのでそのあとが少したいへんでした。
周囲の人から、ユア・カントリー? に始まり、名前を聞かれ、年齢を聞かれ、仕事を聞かれし、それは他の座席の人にも伝言ゲームのように伝わり、わたしのプライバシーは乗客全員に筒抜けなばかりか、後から乗車した人にまでわたしに気付いていないのに、その情報がもたらされてしまっているようでした。
好奇心の眼がすべてわたしに注がれているような状況ですが、どうしてこんなことになるかと考えると、それはひとえに外国人がまったくいないからということでしょう。
空港を除いて、わたしはダッカで2人西洋人を見かけたほかは一切の外国人をも目撃すらしていません。
見かけた西洋人のうちひとりはカナダから来た英語の先生でしたが、もう30年もいろいろな国で英語教師をしていると言う人で、もうひとりも別に見ましたが旅行者風でなかったので同僚だったかも知れません。
わたしはただのひとりも外国人旅行者を見ていないということになります。
これまでの東南アジア諸国ではヨーロッパを中心に実に多くの外国人旅行者を見たり、会話したり、宿が一緒だったりと接してきましたが、なぜかバングラデシュには旅行者がまったくいないのですが、その理由が分かりません。

プティヤに着くと、さあどうぞという感じで周囲の乗客にうながされ、古い建物があるのは向こうの方ですと教えてもらいながら下車します。
乗り込む人はバスが発車しかけている中なので、なんであいつにだけ親切なんだと不思議に思ったかも知れません。
テンプルはあっちと表示があったので、町の道を10分も歩くと忽然と作例の建物が現れました。
何もないようなところで突然見たヒンズー寺院は衝撃です。
いずれも遺跡なのでわたしの本来の好みではありませんが、18~20世紀に王朝もあったため建築様式の違うヒンズー寺院が10基ほども残されたというのは、歴史的に見ればたいへんなことです。
建築ファンの人、遺跡マニアの人は、知名度が低いバングラデシュのプティヤは観光客がほとんどない中でじっくり見物できることからもお勧めしたいと思います。
ラッシャヒのエリアにはこのほかにも実に多くの遺跡があると聞きましたので、併せて行かれてみてはいかがでしょう。

バスを降りたところに戻って食事をしようと考えていたのですが、暑さとバングラデシュのワンパターンの食事を考えると気が進みません。
そんな時、電車の中などでラッシャヒに行ったらマンゴーが名物なので食べるよう言われていたことを思い出しました。
道端に自分の家で採って来たと思われるマンゴーをいっぱい並べた朴訥とした農家のおじさんがいたので、マンゴーはここで切ってもらえるか聞きましたが、言葉が通じません。
しかし、この程度のことなら言葉はなくとも仕草で通じるものです。
マンゴー3個を切ってもらいその場でぱくぱくと一気にいただきました。
よく言う熟しきったものとは違うみずみずしいタイプで、癖のない自然の甘さが舌でとろけてこんなに旨い果物は何年も食べていないと思えるほどでした。
いくらか聞くと、食べっぷりのよさを気に入ったのか、金はいらないというではないですか。
いや、そんなわけにはいかないと押し問答になりましたが、ついに1円たりとも受け取ってもらえませんでした。
わたしがあったバングラデシュ人の中でいちばんフレンドリーだったと言えるのがこの人です。
このやり取りのせいで、人がわっと集まったので、この中からおじさんのマンゴーを買ってくれた人がいればよいのですが。

モハンメド君は、時間があればさらにナトールという町にも同様の遺跡があるのでいかがかと勧めてくれていました。
ナトールは地図で見るとラッシャヒの少し離れた隣町という存在で、そのちょぅど真ん中にプティヤの町があります。
つまりさっき乗ったのと同じ方向のバスに乗れば、バングラデシュの文字が読めなくても、仮に言葉が通じなくても簡単に行けるはずと気付いた通り、わたしにしてはごく簡単にナトールまで到着しました。
しかし、遺跡まで行くとゲートがあって入場料500タカ(約800円)ほどだと言います。
バングラデシュ人の料金は10タカだというので、そんな極端な二重価格を付けるからこの国には外国人が来ないんじゃないかとチケット売り場で悪態をついて、切符購入をあきらめました。
せっかく来たのですから見ない手はないのかも知れませんが、あっさりあきらめるところがわたしが遺跡に関心が薄いことを示しているのです。
仕方なく遺跡の入り口近くのお茶屋さんで紅茶を飲みましたが、支払い時に値段を聞くと4本指を立てたので40タカ(65円くらい)渡すと、違う4タカだと怒られました。
ティーバッグとは言え熱い紅茶が7円弱とは、これで商売になるんでしょうか。

ナトールでは親しげに話かけてきた人たちと話をしているうちに、ロンギーを買うことになりました。
わたしはミャンマーで愛用していたロンジーが、バングラデシュではロンギーとして愛好されていることを知ってここでも着続けていたのですが、違いがあるのか聞いたところ、それなら買ってしまってはどうかと言われたのです。
ロンギーは、ロンジーよりも2まわりくらい大きいことが分かりました。
ロンジーはウエストのところで巻いていましたが、ロンギーではお腹のところくらいで巻かないと下を擦ってしまいます。
そんなことが分かっただけでも購入の価値ありと思って彼らに礼を言って別れようとすると、我々は仕事がない金をくれと言われました。
それまで友達だなんだと言って接していただけにショックを受けて、わたしの友達には貧乏な奴もいるが金の無心をされたことは誰一人としてない、すまんが今まで話したことはすべて忘れてくれと彼らの握手を拒否して立ち去りました。
お互いにかなり後味が悪かったと思います。
お金をくれの部分はともかく、バングラデシュの地方に来れば仕事がないは現実でしょう。
貧乏旅行というレトリックに富んだ言葉が、しばらくわたしの頭から離れませんでした。
【Alpha7/ZK 5cmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zorki ZK 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/17 Wed
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