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粘土の仏様

Grubb 20cmF3.5
ハノイからビエンチャンへは南西に700キロほども離れていますが、この距離を実感したのはバスで過ごした時間よりも、気温の高さによるものの方が大きかったといえます。
気温を記録しているわけではないので感覚的なものですが、夏日のハノイから猛暑日のビエンチャンに移動したような感覚です。
確かラオスの正月もタイ同様の水かけ祭りソンクラーンで、先週のことだったはずです。
ソンクラーンは乾季のいちばん暑い時期に雨乞いの水かけが起源だったはずなので、酷暑の時期にラオスに来てしまったということでしょう。
朝起きてから外に出るとすでにじりじりと暑くて、半ば涼むために入った国立博物館には扇風機すらなく、なぜか1室だけ設置されていたエアコンの前でしばらく休憩してしまいました。

隣にはナイター設備のあるサッカー場があって中に入ってみましたが、さすがにこの暑さの中では練習する人すらいません。
ワールドカップアジア予選でラオスと同じ組に入ればアウェイ戦はここで試合することになるのかも知れないスタジアムですが、芝生のコンディションの悪さはこの暑さが続くのだから仕方ないだろうなあなどと同国サッカーに同情したくなります。
ただし、欧州サッカーの観戦はとても人気があって、ベトナムでもそうですが、日本より2時間遅れの時差が中継時間も日本より見やすい時間にしてくれることにも一因するように思います。

昼はバスがいっしょだった日本人青年の竜クンと待ち合わせして食べました。
彼は20代後半の若者ですが、すっかりアジアに染まってしまい、何度も旅を重ねる猛者でした。
言語センスに優れていて、タイ語、ラオス語、中国語を少々操ることができます。
旅においてもっとも重要なツールは言葉だと考えるわたしには、羨ましい能力でした。
彼は昨年ラオスを訪れたときにルアンプラバンですばらしい出会いがあったそうで、そのこともあって今夜のバスで当地へ向かうことに決めていました。
わたしもその話の内容を聞いて同行したくなりましたが、彼の邪魔にならないよう遠慮します。
わたしもいずれルアンプラバンには行くつもりですが、10時間もかかるというので、その中間のどこか田舎に寄ってから向かいたいと話すと、バンビエンというところがよいですと教えてもらいました。

昼食後また別れて、わたしは近くにあった骨董屋を見に行きました。
アジアの骨董はどうにも胡散臭いのですが、この店には大量の小型の仏像が置かれていて、安いものがけっこうあります。
まっ先に10センチに満たない木彫りの像に惹かれましたが、これは20年ほどしか経っていない骨董とは言えないものだと親切な店員が教えてくれました。
値段も2000円程度でしたが、ただいまセール期間のため20%引きだとのこと。
もうひとつ気になったのが軽石のような素材の仏像で、これはクレーでつくられていて90年前にシエンクワーンという町のものだとのことです。
古さや希少性にもかかわらずこちらも30ドルほどで、それは状態がそれほどよくないことによるとのことでした。
なるほどクレーでもきれいなものが100ドルくらいであって、わたしが骨董マニアであればそちらを選択するのでしょうが、旅の記念程度に考えているので安い方で十分、先ほどの木のものと二体いただきました。

3時くらいになってやや涼しくなってきたので、自転車を借りてあちこち走ってみることにしました。
レンタル料が300円ほどだったのを、もうこんな時間だからと100円まけてもらって、メコン川とは反対に北へ向かって漕ぎ出します。
ビエンチャンは一国の首都でありながら都会的な雰囲気が微塵も感じられない可愛らしい町のようで、自転車でうろうろするにはうってつけでした。
すぐに市場があって売り子のおばさんにカメラを向けても全然嫌がらないのがよいです。
向かいには学校があって終業時間と重なったらしく学生が大挙して出てきます。
小さな店で飲み物を買う子が大勢いて、これは日本だと買い食いだと叱られそうですが、猛暑の中勉強していた彼らには許されるでしょうし、暑さに不慣れな旅行者のわたしも列の後に並んでメロンのスムージーをたのみました。
外国人の多いエリアでは150円くらい、町中では100円くらいしますし、東京だと500円はとられそうですが、ここでは70円とさすが小学生価格で安さに笑ってしまいました。

さらに走るともうひとつ学校があり、ここは華僑の学校でした。
作例の少女は校門前で声かけて撮ったものですが、日本でそんなことすれば即刻警察を呼ばれてしまうところでしょう。
これはラオスに限らずですが、東南アジアで写真を撮らせてといって断られることはほとんどありません。
撮ってもらえることを感謝されて、撮影後にサンキューと言われるほどです。
彼女も中国系だそうで、中国語ができるというのでしばし英語から切り替えて会話しました。
来年には上海に留学するつもりだと言っていたので、ラオス人としては裕福な家庭の子供のようです。
またしばらく走って寺院を見物してから宿方面に戻りました。
ちょうどルアンプラバンに向かうという竜クンの出発に間に合い、見送りすることができました。
彼が思い出の人と再会することをクレーと木の仏様にお祈りしながら。
【Alpha7/Grubb 20cmF3.5 F3.5】
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thema:ペッツバール genre:写真
Grubb 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/04/21 Tue
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