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わたしから買ってください

Nokton 50mmF1.5
「コン・ニオン・ハーイ」。
これが、わたしが覚えた唯一のモン族の言葉で、こんにちはの意味だそうです。
何しろ出合ったモン族の人は英語を器用に操るので、彼らの言葉を知ろうとする旅行者はみかけず、わたしのみが連発していました。
最後のハーイは、英語でハーイと伸ばして挨拶するのと同じイントネーションでしたので、発音しやすかったのですが、あるいは外国人の挨拶を聞いて自分たちの挨拶にも採り入れたのかも知れないなどと思いました。
ちなみにベトナム語のこんにちはは「シン・チャオ」ですが、このチャオの部分もイタリア語から採られたのではと勝手に想像しています。
また、日本語のはい・いいえのはいは、広東語から採用されたそうです。
すれ違うモン族の人々にコン・ニオン・ハーイとやると、だいたい7割くらいの確率でコン・ニオン・ハーイと返ってきていましたので、FCバルセロナのボゼッションと同じ程度の率で迎え入れてもらっていた感覚でした。

モン族はとても温厚で真面目な民族であるとの印象を持ちましたが、もちろん良いことばかりではありません。
これは本来彼らの責任ではなく、観光化に伴い外国人が多く現れてモン族の価値観を一変させるほどの現金が持ち込まれたことに起因するものでしょうが、あらゆる人々がモノを買ってくれとしつこく迫ってくるのには苦しめられました。
サバ到着日は日曜で学校が休みだからでしょう、それこそ年端もいかない少女から老婆までが観光客を見かけると、わっと近づいていってブレスレットだ刺繍の財布だと言って、買ってくれ買ってくれと複数人に囲まれます。
脈ありと見られるとかなりしつこいので、お金がないのでごめんねとか言っても、1個50円のもあると言って離してくれません。
ようやく解放されても、10歩も歩かないうちに別の物売りに囲まれてでなかなか前へ進めません。

ハイキングの途中の村では小学生くらいの女の子が4人並んで低い声で歌いながら現れました。
讃美歌のように美しい響きでしたが、よくよく聞くと「Buy One For Me. Buy One For Me.」をひたすら繰り返していました。
それが懇願するような顔ではなく、まったく無表情だったので何かその旋律とあいまってハイカーの悲しみを誘うようなところがあります。
いつまでも耳から離れませんでした。
ガイドのパオ自体がまたモノを売りたがっている雰囲気でしたので、通りすがりの人から何か買ってしまうと、後であの少女から買ったのにわたしからは何にも買ってくれないのと言われそうで、彼女の家に着くまでは耐えるしかないと思っていました。
案の定、到着早々何か買ってくれると嬉しいと来ましたが、それは彼女自身だけでなく、パオの妹だという女性と仲良くなった14歳の娘からもあり、必要のないテーブルクロスとカメラのバッテリー入れに転用できそうな財布、これはまったく使い道の思いつかない唇の間に挟んではじくことで妙な音を出す伝統楽器をそれぞれ購入せざるを得なくなりました。
テーブルクロスは、それを使って食事しているようなおしゃれな生活する誰かへのお土産にしたいと思いますが、そんな知り合いを思いつきません。
藍染の手製のものですが、どなたかもらっていただけないでしょうか。

さて、今日がハイキングの最終日ですが、依然としてパオの顔色が冴えませんし、昨夜も4歳の孫が調子悪くなって夜中に泣き叫んだこともあって、無理せずそのままサパに向かって歩いてもらいました。
夕方のバスでラオカイに行って、夜汽車でハノイに行くか、ラオカイに1泊して朝のバスでハノイに向かうかすることにしたのです。
お昼はサパの食堂でしたが、体調不良で日程が短縮されたようなかたちになったので、パオがご馳走してくれました。
ただ、料金は約束通り3日分30ドル相当のベトナム紙幣を支払います。
中日は3食付で、初日の朝食と3日目の夕食はなかったので、一律1日10ドルというのも変なのですが、それ以上に楽しませてもらっているので何も文句はありません。

道すがら、ホテルの並ぶ通りからわずかばかり離れてポツンと建つ1軒のホテルが気になっていました。
各部屋にベランダがあって花が飾られており、そのベランダの正面には山々が対峙していて、目隠しでここに連れてこられたらヨーロッパ・アルプスのどこかのホテルと間違えてしまいそうです。
時間に余裕があったので、ここでビア・ハノイをいただきました。
ビールの国のチェコ人、ヤコブもこのビア・ハノイを絶賛していましたが、ビールのまずい中国から来ると最高の幸せを感じられます。
ビールを飲みながらホテルのレセプションの女の子に、ハノイへの列車の時間を調べられるか聞いてみました。
すると、どうしても鉄道で行きたいのですかと尋ねられます。
フオンから鉄道もバスも時間はあまり変わらないので、寝台列車で行った方が楽だと聞いていたのでそのように言うと、何でも少し前に高速道路が開通したのでバスならそれまでの10時間が半分の5時間で行けるようになったとのことでした。
それはたいへんな朗報です。
時間が短縮した分徒歩では行けなかった奥地の村を訪ねるべく、その情報をいただいたホテルに敬意を表して宿泊することにしました。

村への訪問についてもレセプションの少女は手を貸してくれて、そこまで行くならバイクがいいとスクーターを手配してくれました。
さっそく跨りましたが、ビールが効いてふらふらしていて、それではバイクは危険だと止められてしまいました。
そもそもわたしはスクーターを運転したことがなくどうやるのか聞いたことが、事故ってバイクを壊されると不安にさせたのでしょう、結局、運転手付きのバイクがやって来て彼の後ろに乗っていくことになりました。
30キロ近く離れたタイ族の村まで行きましたが、これだけ奥地まで行けばより素朴な生活が見られると期待したのですが、確かに観光客やモノ売りはまったくいないものの家屋も村の雰囲気もそれほど変化なくちょっと期待外れでした。
作例は19歳の美少女ですが、ここまてで来た甲斐あったと盛り上がりましたが、よく見れば背中にはしっかり彼女の子がすやすや休んでいるのでした。
【Alpha7/Nokton 50mmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Voigtlander Nokton 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(6) | 2015/04/15 Wed
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Comment

キティ
キティちゃんですね。それに、なかなか良さそうなおんぶひもですね。
2015/04/30 Thu| URL | ksmt [ 編集 ]
google mapで追いかけてますが、いやはや私には想像も付かないエリアですね。でも上空からの写真画像でみると結構開けているところもあって、文化のぶつかり合いが聞こえてくるようです。どんなところでも必ず活路を見つけ、元気で歩かれる中将さんのバイタリティには恐れ入ります。
2015/04/30 Thu| URL | kinoplasmat [ 編集 ]
素敵な女性ですね。
ペッツヴァールは持参されなかったのですね。
でも、ノクトンの開放が生きていますね。
ノクトンがあれば、なんでも撮れるという感じ。
私はハノイに10日間滞在した経験しかありませんが、
かなり美しい顔立ちの女性、とくに瞳が美しい女性がかなりいますね。
どんどん撮って下さい。
2015/04/30 Thu| URL | sha-sindbad [ 編集 ]
ksmtさん、こんばんは。
このくらい田舎まで来ると、キティちゃんが日本製とは知らないだろうと思われます。
彼女は写真拒絶気味だったので、こんな写真で申し訳ないですが、今回の旅でいちばんの美人でした。
2015/05/01 Fri| URL | 中将姫光学研究所 [ 編集 ]
kinoplasmatさん、こんばんは。
kinoさんをして想像もつかないと言っていただけるのは、最大の褒め言葉のようなものですが、このあたりは西洋人旅行者には以前から知られた土地ではあったようです。
一般にマジョリティとの民族紛争に敗れて山岳エリアに追いやられて定住するようになったと言われますが、このあたりは村ごとに民族が違っていて、その辺のしのぎ合いのような歴史と文化を感じさせます。
別途書いたように、地域のアクセスが格段に良くなって、ホテルや食事はすばらしいので、次回再訪時にはお誘いしますね。
2015/05/01 Fri| URL | 中将姫光学研究所 [ 編集 ]
sha-sindbadさん、こんばんは。
ペッツバールも持参していましたが、彼女は写真は勘弁してと言われたので、強引にこの1枚だけ許してもらったためノクトンになりました。
わたしも1ヶ所定住型の旅の方が好きですが、これだけ激しく移動するのも自虐的意味で楽しく感じています。
逆にわたしはハノイでは美人を見かけませんでした。
可愛らしい女性は多かったですが。
2015/05/01 Fri| URL | 中将姫光学研究所 [ 編集 ]

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