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テロルの決算書

C.C.Harrison 14cmF4
バスが河口に着いたのは夜中の2時でしたが、バスターミナルに隣接して2軒のホテルがあって助かりました。
選択肢はふたつですが、まよわず安い方を選びます。
向かいに食堂がまだやっていたのでビールを買い、部屋でちびちび飲んでいるといつの間にか寝てしまいました。
朝7時にぴたりと目が覚めますが、8時にイミグレーションが開くと聞いていたのでぴったりです。
1階に降りるとフロントの兄さんはソファーに掛布団1枚で熟睡していました。
チェックアウトせずにそのままベトナムを目指しました。

こんな小さな町にも路線バスが走っていてバスターミナルとイミグレーション付近を結んでいます。
道路に沿って川が流れていましたがその向う側がベトナムなのは、建物の看板の”Hotel XX”などの表記で分かりました。
中国なら「XX賓館」か「XX酒店」です。
長い行列も覚悟しましたが、中国側出国審査もベトナム側入国審査も数人がいるだけです。
それぞれ自国民は別の列に並んでいて、その列は少々長めですが、スタンプを押すまでの時間はそちらの方が圧倒的に早いので、どちらも待ち時間は3分以内と言うところです。
この1か月の間に日本、韓国、中国、モンゴル、また中国と来て5ヶ国目となるのがベトナムです。
ただ、中越国境で写真を1枚撮っただけで、中国へとんぼ返りしました。
ベトナム滞在は1分だけです。

明日の午後の便で帰国するので今日が実質的な最終日です。
ここでもたもたせずに、昆明への途中にある古鎮に寄るつもりでした。
路線バスを待つのももどかしく、タクシーでホテルに戻りチェックアウトし、バスターミナルまで歩きます。
目的の石屏や建水へのバスは早朝だけで、同方向へは30分おきに出ている蒙自行きと言うのがありました。
蒙自と建水でバスに乗り継ぐパターンで石屏には3時頃に到着します。
建水にも古鎮があるのですが、時間的には1か所しか回れそうにないので、どちらかひとつと言われれば石屏でした。
石屏のバスターミナルからは路線バスがあるとのことですが、帰りのバスの時間もあってタクシーを利用しました。
このタクシーの運転手が面白い人で話が弾んだのですが、あなたはどこから来たのか聞かれて外国(ワイグォ)からと答えたところ、ワイコという新疆のどこかから来た中国人だと思っていたそうです。
最後に日本人だと知った彼は目が飛び出さんばかりに驚いていました。

外国人が来そうもないマイナーな古鎮に来たからそういう誤解を生んだのだと思いますが、
そのことが思わぬ展開を生むことになります。
村の入り口にあった雑貨屋でジュースを買い、代わりにトランクを預かってもらって散策を始めたのですが、しばらく撮影しながら歩いていて、ふと周囲を見ると警察官に囲まれていることに気付きました。
8人もいて妙な緊張感でしたが、ひとりがそれを打ち消すように笑顔で近付いてきました。
あなたはどこから来たのかねと、続いて、手錠をジャラジャラさせた若手警官も近づいてきます。
もしかしたらここは外国人立ち入り禁止村でタクシーの運転手にチクラレたかと思いましたが、事情説明したうえでパスポート提出すると、警官がホッとした顔をしています。
雑貨屋のところに戻りトランクを開けて中を見せたところで、一気に緊張感が緩むのが分かりました。

署長だという最初の警官の説明はこういうことでした。
カメラを提げた新疆人らしき男が村を歩き回っている、汚いカバンを放置しているが爆弾テロかも知れない、そう村人から通報があったそうです。
わたしはこの周辺の古鎮に来たかったので紹介されていた本のコピーを持っていて、それを警官に見せると、へえっと警官同士で感心しながら見ています。
それでわたしが偽造パスポートを所持したテロリストではないことを了解してくれたようです。
わたしもようやく安心して、周囲を見渡すと、驚くことに村人がざっと100人くらい、やや遠巻きにしてわたしと警官のやり取りを見ていました。
それだけでも、わたしをテロリストとして通報したのが冗談ではなかったのだと理解して、背筋が凍る思いでした。
ふたりの警官とは握手して別れましたが、よく見るとそのふたりを含めて8名すべての警官が拳銃を携帯しています。
運悪くトランクを持って歩いているところだったら、ホールドアップを命じられていたかも知れません。
万一、撃たれでもしたら国際問題への進展を恐れる地方政府によって、もみ消されていた可能性も高かったのではと考えます。
足跡を残していないわたしは、ベトナムに出国したまま失踪したとの扱いだったのではと想像は膨らみます。
そうならないためにもブログを毎日更新して位置情報を発信できればよいのですが、残念ながら中国ではほとんどの日本のブログを更新できないばかりか、閲覧すらブロックされているのが現状で、アラブの春で活躍したフェイスブックやツイッターは言わずもがなです。

それはともかく、こんなことに巻き込んでしまって申し訳ないと思ったのか、警察署長と顔見知りで村の役員を務めるという男性が、よければ村を案内するし、特別に村一番の豪商だった家の内部を見せてあげようと申し出てくれました。
ありがたい話で、わたしは彼の解説でいろいろな施設を見て回りましたが、さすが豪商の家はすべての装飾が念入りに作られていて、こんなものを現在建て直したらいくらかかるか分からないというほどに凝った作り込みに感心しました。
終バスの時間ぎりぎりまで見て廻ってバス停のところまで送ってくれたのですが、それからバスは一向にやって来ません。
男性はバスの時間を間違えたようで戸惑っていましたが、畑から戻って来た三輪のバイクを停止させると、何やら交渉して自らバイクにまたがりわたしに荷台に乗ってくださいと言います。
がたがたと20分ほど走らせると町に出て、ここからならまだ石屏に戻る車があると探してくれ、しかも料金を支払いまでしてわたしを見送りました。
彼は、漢族ではなく彝族だと言っていました。
もしかしたらこの男性が通報した本人で申し訳ないのでわたしに親切にしてくれたのかと思いましたが、きっと彝族には人に親切にする伝統があるのだろうと思うことにします。
【Alpha7/C.C.Harrison 14cmF4】
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thema:ペッツバール genre:写真
C.C.Harisson 14cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/03/24 Tue
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