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そして誰もいなくなった

C.C.Harrison 14cmF4
麗江から40分ほどで着く鶴慶を訪れたのは、重慶市の松溉の時と同じような理由です。
旨い麺屋があり、親しくなった人々がいるからですが、松溉では誰ひとりとも再会できなかったので、リベンジのつもりで意気込んでやってきました。
しかし、いきなり出鼻をくじかれます。
わたしが食べた麺類の中で5本の指に入ると自信を持って言える、鶴翔園という店の把肉餌丝が、なんとわたしの直前で売り切れになってしまったのでした。
わたしが未練タラタラこれを食べるために日本から来たのにと言うと、店員が申し訳ない、明日の8時に開けるのでまた来てくれと恐縮しています。
じゃあ、明日は必ず8時に来るからと言ったりしていると、ぎりぎり食することができた地元の人たちが、麺をすするのも忘れてぽかんとわたしたちのやり取りを聞いているのに気付きました。
俺たちがいま食っているのって、わざわざ外国から食べにくるようなものだったんだと驚いたことでしょう。

続いて前回お世話になったホテルに向かいますが、外国人は宿泊できないと追っ払われてしまいました。
2年前に泊ったのにと抵抗しますが、ダメなものはダメと相手にしてくれないし、もうひとりいた従業員もこのホテルは外国人がわざわざ泊まりに来てくれる…、などとは思ってくれていないようです。
そのあと、午後に出向いたビールの店も、店はそのままありましたが、経営者が変わってしまっていて親しくなったピンピンの名前を出しても誰も知りませんでした。
ずっと会話した懐かしいおぱあちゃんの家はいくら探してもどうしたことか見つかりません。
粘って買った骨董の店は、おばさんではなく眼光鋭いおっさんが鎮座して、あのおばさんいますかとは聞きづらい雰囲気です。
とても信じられないことに、松溉同様、ここ鶴慶でも何人かいた顔見知りの誰ひとりとして再会することができなかったのです。
この旅で、まさか2度も自分が浦島太郎になったような気分を味わうとは想像もしていませんでした。

把肉餌丝はこのあたりの名物なので違う店で食べてみましたが、確かに旨かったもののやはり少々物足りなさが残ります。
やはりあの店でないとダメなのでしょう、明日は絶対に朝一で食べないと。
もうひとつありました。
2年前利用した洗濯屋さんを今回も利用してみたのですが、前回対応してくれた女性はいませんでした。
しかも、翌日仕上げはできないとの主張でしたが、アイロンがけは不要なのでと説明して無理やり受けてもらうことはできました。
ただ、襟にホチキス留めするためのタグに、洗濯枚数分自分の名前を書かされたのが中国式です。

鶴慶はとくにこれといった特徴がある町ではなく、今回、鶴慶辺古寨という遺跡があるとの情報を得たものの、バスに乗ろうとするとすでに閉鎖されているよと運転手に笑われるようなところなのですが、古民家がかなり残っていて、旨い食べ物があって、なぜか骨董品屋ストリートまであって、それらに増して人々が温かいのでわたしは魅力を感じています。
食べ物をもうひとつ紹介すると、シート状に伸ばした小麦を練ったものをのり巻きのように丸めてから1センチ幅ほどに切っていったきしめんのような麺、寒天状の塊を包丁でスライスさせて麺のようにしたもの、雲南名物の米紛と呼ばれる麺類の3種を混ぜ合わせて、独特の酸味のあるタレをかけて混ぜ合わせる新食感麺(?)です。
これにも繁盛店があって列が少々できたりしていたのですが、麺の名前を聞けば、ちょっと考えて没有、店の名前を聞いても恥ずかしそうに没有と何とも紹介しづらいものなのでした。

この日の夜は、目星を付けていた鶴慶老字号と書かれた老舗レストランに行ってみたのですが、残念ながら結婚式披露宴で貸切のため追い返されてしまいました。
仕方なくごく平凡な食堂に行くと、田舎でよくある、メニューのない冷蔵庫の食材を見て自分でオーダーする方式でした。
この中から食材をチョイスしてこのように調理してとやり取りできるほどのレベルでないわたしは、若者たちが食べている大盛りの炒飯を見て、この野菜をスープに、それからその腸詰と卵を入れた炒飯をと頼みました。
スープも炒飯も期待通りの味でしたが、炒飯に入っているはずの卵が目玉焼きになって乗っていたのには苦笑せざるを得ませんでした。
田舎で炒飯を頼むと卵をいっしょに炒めないケースが多かったのでわざわざ卵をと頼んだのですが、これからはきちんと卵は目玉ではなくご飯といっしょに炒めてねと言わなければとの教訓になりました。
さて、これで会計するとジャスト10元(200円)。
老字号の豪華な食事を想定していたのが、すっかり安く収めることになってしまいました。

さて、本日の作例ですが、鶴慶の市場辺りで見かけた納西族の女の子です。
鶴慶は麗江空港のすぐそばにあるので麗江市に属しているように感じますが、じつは大理市の北端にあたります。
麗江は納西族、大理は白族と民族がはっきり分かれているので、鶴慶も基本的には白族がマジョリティです。
しかし、漢族、納西族、彝族、傈僳族等もいて、わたしには外観の区別がつきませんが、それぞれの暮らしをしています。
少女はどこか近辺の村から出てきたのでしょう、きっと自分たちのアイデンティティへのこだわりがあって民族衣装を着てやってきてくれたのだと思います。
写真を撮らせてと言うと本人以上にお母さんが喜んでいたのがとても印象的でした。
【Alpha7/C.C.Harrison 14cmF4】
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thema:ペッツバール genre:写真
C.C.Harisson 14cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/03/21 Sat
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