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夏は鍋焼きうどんか

C.C.Harrison 14cmF4
北京からの夜行バスは、恐らく運転手の予定通りの朝5時に二連浩特に到着しました。
二連浩特は、北京から北北西に500数十キロ、中国内モンゴル自治州の北の外れ、モンゴルとの国境に作られた人工的な町のようです。
アールリェンフォトと発音されますが、内モンゴル最大の都市が呼和浩特(フフホト)というので、浩特の部分はモンゴル語の町のような意味の単語を中国語に音訳したものではないかと想像します。
二連は、わたしの想像では、中国軍の内蒙古第二連隊を略したもので、かつて内モンゴルを取り返しにモンゴル軍が侵攻してくるのを恐れて、国境沿いに連隊を配備した名残なのではと、この奇妙な地名に思いをいたします。

この二連浩特からモンゴル側のザミンウードへの越境には、3つの手段があるようでした。
ひとつは鉄道、もうひとつはバスですが、いずれも確認すると午後に1本あるだけのようで、いちばん現実的な手段である、モンゴルの車に同乗させてもらうという手段を取らざるを得ませんでした。
モンゴル人が中国へ入るのは割と自由なようで、また中国製品をモンゴルに小規模に輸入する人が多くいるようで、モンゴルナンバーの車がそこかしこに見られ、彼らに依頼して出入国審査に乗せてもらうのだと聞きました。
ひとり80元だというのを粘って70元に下げましたが、どうやら4人くらい揃わないと発車しないらしくしばらく待たされることに。
同様の車がたくさんあるので、これでは人なんか来ないのではと心配していると、手配師みたいのもいるらしく、小一時間で3人揃って無事出発と相成ります。

二連浩特の繁華街は、モンゴルから買い物に来るひとたちのための小型商店が集まったマーケットで、日本人には魅力的なところではありませんが、逆にモンゴル人が何を求めているのかが商品構成で理解できて面白いと思えるところがありました。
衣類、靴、ゲームなどのおもちゃ、携帯電話、食品…、そんな順番で店が繰り返し並んでいるように見えます。
そこで、型落ちのパジェロに乗り中国側の国境まで5分ほど、朝一の出国審査はスムーズで、やはり数分で全員通過してしまいます。
出口でまた先の車に乗るのですが、これがなかなかやって来ません。
運んでいる荷物を徹底的に調べられているのか1時間以上もかかってやってきましたが、同行のモンゴル人たちがいたから落ち着いていましたが、金を先払いしてあったのでかなり気をもみました。
モンゴル側の国境へは車で1~2分で、ここで入国カードをもらって書き込み、列に並びます。
わたしたちの車が遅かったので、同様の後からの車の人たちに追い越されたからですが、それでも列は10人に満たず、これも10分とかからず入国してしまいました。
モンゴルは、比較的最近、日本人へのビザを免除したばかりだそうで、意外と行き来しやすい国だという感想です。
今度は車もスムーズにやって来てくれ、また2~3分車を走らせてザミンウードの駅前まで運んでくれました。

ザミンウードも二連浩特と同様の人工的な町のようで、滞在する意味はなさそうなので列車でウランバートルを目指すことにしましたが夜行列車までないのでタクシーで行ってはどうかと勧められます。
地図上では600キロほどあって、いくら物価が安くてもタクシーは無理だと言うと乗合なので安いと言い1台と交渉してくれました。
なるほど、200元だというので4000円ほどですし、5時間で着くと言うので同意しました。
何の役にも立ちませんが日本語のナビが付いたエスティマですので、車中も快適そうです。
ちょうどわたしが最後の一人でしたので、すぐに出発と相成りました。

同行者が5人いたので中国人もいるかと思い中国語で話しかけましたが、中国語は分からないとの冷たい返事が英語でかえってきて、こちらもスミマセンとかえすしかありませんでした。
モンゴル語の会話が飛び交う車内での沈黙の2時間が過ぎてお昼休憩になり、メニューが読めずに運転手が勧めるのを頼むとチキンのモモ肉が出てきましたが、その運転手はモモ肉を4本も頼んでいて、きれいに平らげたのには驚かされました。
さらに驚いたのは、青年から中国のどこ出身ですかと話しかけられ、中国人ではなく日本人ですと答えたところ、あなた、日本人? と日本語で聞かれたことでした。
彼は青年実業家のチンジュルク君で、日本に8年間滞在して、現在ウランバートルでいろいろな事業に挑戦しているところだと自己紹介を受けました。
以降、わたしは彼の隣に座り、ウランバートル到着までずっと彼と話をしていました。
もともと行く予定がなく、予備知識のないモンゴルについて詳しく知ることができたのは彼のおかげです。
中国国境の小さな町からの乗り合いタクシーで、日本語ぺらぺらの現地人に会う確率とはどんなものかと聞きますが、ゴビ砂漠のど真ん中を歩いていてオアシスを見つけたようなものだろうと言ったら、そんなものかもと笑われました。

この日ほぼ撮影時間が無かったので、作例は、翌日朝に撮ったものです。
3月初旬のウランバートルの最低気温はマイナス20度と聞きましたが、天気の好い朝なので多少は暖かだったかも知れませんが、まさか、子どもがアイスを食べているとは。
これだけ寒いとアイスを食べると逆に体が温まるのでしょうか。
わたしは手袋を持っていましたが、それでも手がかじかんでしまいポケットに入れっ放しで、なかなか首から提げたカメラを構えることもできませんでした。
こんなんで風邪ひかないかなあと不安でしたが、その心配はすぐに現実になってしまいました。
【Alpha7/C.C.Harrison 14cmF4】
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thema:ペッツバール genre:写真
C.C.Harisson 14cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/03/07 Sat
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