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2014的3個失敗

Hermagis 12.5cmF3.6
今年もいろいろなトラブルに見舞われてきましたが、1年を通して苦労し続けたのが携帯電話の問題でした。
中国では安いスマートフォンを使っていてその便利さを享受していることで、日本の折り畳み携帯では中国語が入力できない不便さがイヤになり、スマートフォンに移行することを考えていました。
周囲ではみなiPhoneがいいと言うのでそうしたかったのですが、毎月8000円プラス通話料程度かかると説明を聞いて諦めました。
そんなにスマートフォンを使う機会は無いのに、年間10万円かかると聞いたらiPhoneユーザーになる期待感は一気にしぼみました。

そこで目を付けたのが、SIMカードを買ってIP電話に切り替える作戦でした。
SIMフリーのスマートフォンを買う必要がありますが、香港に行けば簡単に購入可能なので、わたしにとってはハードルが低いように感じられたのですが。
しかし、香港でもiPhoneはバカに高く、アンドロイドの安い機種でもそんなに使わないのなら大差ないとの指摘も受けたのですが、どうも日本語入力ができない機種が多いとか、入力方法もかなり手間だとかの情報錯そうで手が出せませんでした。

そこで最初の大きな失敗が、iPhoneでも前のタイプの4Sなら安いし、香港版のSIMフリータイプや"脱獄"してどのSIMでも対応したものが日本でも売られているという情報に飛びついて、その脱獄版4S中古の新品同様品を2万円ほどで購入したことでした。
設定手順などのレクチャーもあるということでしたが、これがなかなか繋がりません。
電話販売業者とSIMカード会社のサポートと両方に5回ずつくらい問合せして、それでもダメで返品しようとしていたところ、なぜか突然使用可能になりました。

何か分かりませんが設定をひとつ変えたのがよかったようですが、そこで第2の失敗がこれで大丈夫と過信したことでした。
中国で格安スマートフォンを使っていたのを止めて、当然、SIMの入れ替えによる4Sへの統一を図ろうとしたのですが、中国でまったく使えず、携帯キャリアの支店に持ち込んでもダメで、結局もしものために持ち込んだ格安スマートフォンの出番になってしまいました。
そして、今度は帰国後日本SIMを挿入するも、購入当初そうだったようにピクリとも反応しなくなってしまいました。
中国で設定をぐちゃぐちゃにしてしまったからですね。
使用可能になるまで2週間近くを要することになります。

こんな風に書いていたら紙数がいくらあっても足りないので端折りますが、結局4Sを見切ってSIM2つのスロットの付いたアンドロイドスマートフォンを香港で購入しました。
これもうまいこといったと言えるほどスムーズには使えなかったのですが、どうにかこうにか、日本と中国で使用し始めることはできました。
ところが、先日カンボジアに行ったときに充電器を失くしてしまい、当地で買って充電開始したところ、電圧で飛んだのか(とは信じられないですが)、電源が入らなくなってしまいました。
いろいろな土地に足を延ばして当地てはSIMカードを買い、旅先の情報をすぐさま引き出せるまさにスマートな旅人のスタイルを実践するつもりが、なぜかまったくそうはならずに、日本での使用すらままならないなんて。

追い打ちをかけるように、今度はPCが壊れてしまいました。
液晶の1/4くらいがブラックアウト状態で、ウィンドウをすぼめながら今でも不便な使い方をしています。
修理に出すと1週間かかるとみてその間PCを触れない不便をかこつことになり、新品PCを買うのも悔しいなどと考えると踏ん切り付かない状態が続いてしまうものです。
そこでふと考えたのが、電話機能も持ったタブレットの購入でした。
これがあればノートPCを止められるし、スマートフォンが直るまでこれを電話に使えるしで一石二鳥じゃないかと浅はかに考えたのが、3度目の失敗だったようです。
このタブレットもSIM挿入しても電話機能が使えるようにならないのです。
PC代わりにするというのもまったく無理がありました。
試しにこのブログを1日分タブレットで書いてみようとしましたが、文字入力がたいへん面倒で挫折しました。
安物にせずにキーボード脱着タイプのタブレットにすればよかったと後悔するも遅し。
そんなところに修理からスマートフォンが戻って来て、タブレットの存在感が一気に薄れてしまいました。

結局、今年の下半期だけで、中途半端なスマートフォンを3台も買ったということになります。
しかも、そのいずれにも完全に満足はしていない…。
デュアルSIMのスマートフォンは現在のところ活躍してくれていますが、音楽をランダムに聴こうとシャッフルにするとipodなどでは万遍なく一通りがかかるのに、わたしのスマートフォンでは、同じ曲が何度もかかって、ダウンロードしたのに未だに聞けてない曲がいくつもあるような状態です。
他にもいろいろありますが、そもそもわたしはスマートフォンを使いこなせるような人間ではないので、まずはその反省からスタートさせるべきでしょう。

作例は、昨日の続きで銀座にて目撃したわたしにとっての不思議な光景です。
中国人のツアーでは、日本は物価が安い買い物天国なので手ぶらで行って、買ったものは現地調達のスーツケース3~4個に入れて持ち帰ればOKよ、などという感覚で日本に来て、銀座を闊歩しているということなのでしょうか。
わたしも今日から年末年始休暇なので、小さなスーツケースに荷物を詰めてぶらっと出掛けるつもりです。
行く先々で、この国はこんなに物価が高いのかと嘆きながら歩くことになるでしょう。
ただ、失敗その3のタブレットは現地のSIMを挿入してPC兼スマートフォンとして使用する予定でいます。
うまく接続できて、タブレットとしても大活躍、旅に無くてはならないアイテムだ、となってくれれば、失敗という烙印は取り消して他の2つの失敗も大目に見ようかなと考えています。

何だかとりとめもない話が2014年の最終回になってしまいました。
毎度こんなかたちで恐縮ですが、これをもちましてお世話になりました皆様への感謝のご挨拶とさせていただきます。
どうもありがとうございました。
とても寒い12月ですが、ご自愛いただき、好いお年をお迎えにならんことを心より願っております。
【Alpha7/Hermagis 12.5cmF3.6 F3.6】
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thema:ペッツバール genre:写真
Hermagis 12.5cmF3.6 | trackback(0) | comment(4) | 2014/12/29 Mon

相機様式

Hermagis 12.5cmF3.6
先日、カメラを何代持っていますかと聞かれる機会があって、数えるのも面倒なので適当に答えてしまいました。
何しろ買ったものの使っていないカメラがいくつかあるので、防湿庫やガラクタ箱の中を見たりしなければならず、だいたいの数すら把握していません。
記憶で数えられるのはM型ライカくらいのもので、手許にはM3、M4、M6、M8、CLの5台があるはずです。

以前はM3とM6ばかりを使っていたので、とくにこの2台には思い入れがあります。
M6は、わたしがカメラを始めるようになった時のライカの現役カメラでしたが、いきなり新品と言うわけにもいかず中古で手に入れました。
操作感がとてもよくファインダーの見え方もたいへん気に入りましたが、M3はずっといいと聞きこれも手に入れました。
なるほどM3こそが本物のライカで、M6はその簡略版だということが分かりました。
それでもM6は十分にすばらしいカメラであるとの考えに変わりはありません。

さすがにM6はすでに現行機ではなくなってしまい、AEのM7に切り替わっています。
デジタル全盛でフィルムを買ったり現像したりが面倒になってきたこの時代に高価なライカM7がどれだけ売れるのか心配になりますが、これ以外にもフィルム・ライカが売られていると知って驚いてしまいました。
それがライカMPですが、M3そっくりな外観をしています。
しかし、よく見るとM6と同様の露出計用バッテリー室やファインダー窓の枠があるのが分かります。
このMPというカメラはどういう位置づけのライカなのでしょうか。

わたしは、10数年前にM6を新品で購入して、それまで使ってきたM6は売ってしまいましたが、限定版ブラックペイントをアメリカの販売店の販売価格は40万円ほどでした。
現行のM7は日本での販売価格が75万円、MPでは60万円くらいです。
M7とMPの価格が逆なのではと思ったのですが、AEの分M7の方が高いということなのでしょうか。
このことだけで判断してはいけませんが、MPは外観だけM3風にしたものの内部機構はM6と同様なもので、ファインダーやシャッターなどにM3のメカニズムを導入しているということではないということのようです。
繰り返して言えばM6はわたしにとって十分以上のカメラですので、MPも同様のことが言えるのは間違いないでしょうが。

そのMPというカメラがあることを教えてくれたのが、今日の作例の男性でした。
銀座で偶然お会いして相互に撮りあった(?)のですが、彼はアメリカのネブラスカ州出身の写真家、ジョン・サイパルさんです。
ジョンさんが構えているのがブラックペイントのMPですが、わたしがM3ですかと聞いたところ、MPの存在を教えてくれました。
レンズはクロームのエルマー50mmF2.8で、ジョンさんはブラックペイントのカメラにクロームのレンズを組み合わせるのが好きだと言っていましたが、わたしもM6のブラックペイントを使うようになってからはずっとそうでした。
作例では分かりにくいですが、上部のふちのブラックペイントが剥がれて真鍮が露出しているところがとてもかっこいいです。
使い込まれたライカの証です。

ジョンさんは、ライカのスナップショットで定期的に個展を開いているライカの名手ですが、一方で東京カメラスタイルという東京で撮影する人々の器材を撮影して紹介する活動もしています。
彼のサイトでは、日々更新される人々愛用のカメラがずらっと見られますが、なんとライカの多いことかとため息が出てきました。
しかし、それぞれに個性があってみなかっこいい。
これを見たら、わたしもライカが欲しいと思う人は多く出で来るでしょう。
問題は、手に入れようとして価格を見たとき、どう思うだろうかと言うことです。
【Alpha7/Hermagis 12.5cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Hermagis 12.5cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/28 Sun

不想去俄羅斯

Hermagis 12.5cmF3.6
銀座に出てくるのも久し振りで、思い出すのは8月に銀座の打ち水を見物に行ったときですから、4ヶ月振りということになりそうです。
かつては高級店が軒を連ねる敷居の高かったエリアも、歩いているのは家族連れに外国人が多くて、ごく稀に見る着物の男性とか遠くからでも上品な空気に包まれたような中年ご夫婦などに、かつての銀座の姿を想像するしかありません。
外国人だって、もはや日本全国目にしない場所はないという中国人の団体さんや、一見ヨーロッパ風ですが会話を聞くと分かるロシア人のグループが目立ちます。

もっとも後者は最近のルーブル下落で海外旅行どころではなくなってしまったでしょう。
それに比べれば、作為的とはいえ円安はゆるやかで、影響が最小限なのがいいと思っている日本人は多いのかも知れないですね。
しかし、ほんの2年ほど前には1ドルが80円切っていたのが、今や120円ですから、ドルの価値が1.5倍になったというか、、円が50%下がったということです。
わたしにはちっともゆるやかに円安が進行したという感覚はありません。
ロシア・ルーブルはここ1ヶ月で1ドルが45ルーブルから70ルーブルほどに下げたということなので、期間の短さは別にしてもやはり50%程度下がったと言うことでは日本円と変わりません。

ロシアに旅行にでもすれば、円安のデメリット感がなくていいのかも知れないですが、とてもそんな気になれません。
インタビューの第2弾はぜひプーチンを、第3弾は習近平をとりあげて欲しいと切に願います。
どちらもサイバー攻撃がすごそうですが。

先日出掛けたラオスは夜行フライトのバンコク経由だったので、乗り継ぎの時間までバンコクの町を散策しました。
朝食に食べたのが屋台のソバですが、わたしはタイ語はできないのにソバ代の30バーツという言葉は理解できます。
サムシップバーツというのがさんじゅうばーつというのと似ているということもありますが、だいぶ以前に行ったときから変わらず30バーツのままだから覚えていたのです。
それまでの30バーツは日本円で90円ほどですが、現在のレートだと110円になります。
わずか20円の差ですが、100円以内で済んでいたのと、100円出しても足りないというところには、大きな差があるように感じてなりません。

そんな小さな買い物ではなく、このブログらしくレンズの話を書きましょう。
ずっと探していたアメリカ最高峰といえる19世紀のレンズメーカー、C.C.ハリスンのペッツバールレンズを見つけました。
ここ2~3年の間にC.C.ハリスンのペッツバールは4回ほどしか見ていません。
いずれも海外オークションの場のみです。
そもそもカメラを愛好している人はもとよりレンズに詳しいという人でもC.C.ハリスンなんて名前を知っている人がどれだけいるでしょぅか。
グローブレンズという超広角がレンズ史の中で重要であると称えられていますが、それすらキングスレークの本の愛読者でもない限り聞いたことがないのが普通です。

にも関わらず、C.C.ハリスンのオークションは入札がばんばん入って瞬く間に高額になってしまいます。
たぶんデジタルに反旗を翻すような人が大判にのめりこんで、そんな中のアメリカ人はぜひ母国のレンズを使いたいと、C.C.ハリスンのペッツバールを血眼になって探しているのではと想像しています。
そんな中、Buy It nowで599ドルの表示はずいぶん安く感じられたので、喜び勇んで落札してしまいました。
しかし、重厚なペッツバールは送料が高く、関税関係もしっかりと取られて、84000円くらいになってしまいました。
これが円高時代なら56000円と言うことになるのでずいぶんと違います。
いやいや、こんな計算をしてしまうと3万円近く高くなっているじゃないかと、ますます損した気分になりました。
作例の人は芸能人らしいのですが、あまりテレビを見ないのでよく分かりません。
着物にギターなので、銀座のクラブをまわる流しの人かと思い撮影したのですが、気付いたらまわりに6~7人が携帯で撮影しながら誰それだなどと言っていたので、テレビに出ているような人なのだなと気付いた次第です。
「は」の意味は不明。
【Alpha7/Hermagis 12.5cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Hermagis 12.5cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/27 Sat

真的路易威登

Hermagis 12.5cmF3.6
メリークリスマス! そうメールを送ったら返信が来ました。
昨年秋にハノイで出合った女子大生フオンです。
それまで週2回くらいのペースでメールをくれていたのですが、夏頃からぱたりとそれが途絶えてしまっていました。
彼女は大学4年生でずっと就職活動をしていたのですが、なかなか就職先が見つからず英語教師の教育実習も受けて、先生になろうかと言っていたのですがそれもままならず、このままでは卒業と同時に失業者になってしまうと冗談っぽいメールまで来たのですが、真剣に悩んでいることは十分に伝わっていました。

最後に来たメールはよく覚えていて、一時実家に戻って家の農業を手伝っている、家の周囲はネット環境が無いのであまりメールできない、それにしても暑い中の農作業はとても厳しい、このまま仕事が見つからなければ家の仕事を続けるしかないのでたいへんだ、というような内容です。
それっきり音信不通でしたので、まさか仕事が見つからないのを苦に…、などと縁起でもないことを想像したりもしてしまっていました。
彼女によれば、その間も何回もメールしていたのに、1度も返信がなかったので、忙しいんだなあと思っていたとのことでした。

さて、彼女は無事仕事を見つけたようです。
英語を教えていると書いてあります。
勤務地は故郷のラオカイの高校だと言います。
短文のメールを読むとこんなことが書いてありました。
 ぜひウチの高校に遊びに来てください、
 生徒は全員少数民族の子どもたちです、
 みな貧しく冬用の服を買うお金が無い子供もたくさんいます、
 でも彼らは勉強熱心ですし心は豊かです、
 どうぞ彼らに会いに来てください。

ベトナムの高校のことは一切分かりませんが、中国の少数民族の村の学校のことは何冊もの本や現地新聞記事の翻訳などで読みましたが、給料は1万円にも満たず、仕事の過酷さから言えばボランティアのようなものだと言われています。
フオンの仕事もきっとそれに近いものでしょう。
そんな中で彼女は、子どもたちを慕いながら溌剌と英語を教えているようです。
メリークリスマスどころか、切ない気持ちになって来るではありませんか。

いますぐにでもその学校へ行きたくなりましたし、もうすぐ年末年始休暇なのでどうにかならないものかと考えますが、すでに違う場所への航空券を購入済みです。
そもそもラオカイと言う地があまりに遠く、ハノイから夜行列車にひと晩揺られないと着かないので、東京~ハノイの往復に丸2日かかって、ハノイ~ラオカイも同様とすれば、最低1週間ないととても向える場所ではないと諦めたことがあります。
ただ、昆明からだとバスで数時間でラオカイに隣接する町に着き、その国境は外国人にも開放されているようですので、このルートで行けば極端なところ4日間あれば何とか現地に2日滞在できるので、強行する価値はあるかもしれないというところです。

そんなことを考えつつ、今日の作例は、築地から銀座方面に歩いて、歩行者天国の途中で出合った謎の男性です。
全身、ルイ・ヴィトンのモノグラム柄で統一された衣装とアクセサリーに身を包んでいますが、その目的とするところがよく分かりません。
しかもルイ・ヴィトンの店舗の前で、ポーズを決めてくれているのはいいのですが、このスタイルは店からクレームが付くことがないのか心配になってしまいました。
いや、もしかしたらこの自信に満ちた表情、ルイ・ヴィトンに依頼してオーダーで作らせたものなのかも知れません。
いっしょにこの方を撮影していた男性はニコンのジャンパーを着ていましたが、当然カメラはニコンですし、ストラップはおなじみの黄色のニコンロゴ入りで、ニコンのカメラバッグを肩から下げていましたので、ルイ・ヴィトンと同じような趣向です。
【Alpha7/Hermagis 12.5cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Hermagis 12.5cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/26 Fri

報紙上找到

Hermagis 12.5cmF3.6
古いカメラやレンズの話をすると関心を示してくれる人は多いのですが、ここまで熱心に聞いてくださる方もなかなかいるものではありません。
しゃがみ込んで楽しそうに話しているのはとっとり観光親善大使のお嬢さんですが、その話し相手はksmtさんです。
何を話したのかは聞いていませんが、ダルマイヤーのペッツバールの話から切り出していたようでしたので、江戸時代の古いレンズだという話と今日から使い始めたライカの話で盛り上がっているのに違いありません。

客観的に見ると、古典レンズを自慢する相手に社交辞令的にすごいと言ってくれる人が50%くらい、最初から興味もないという反応が15%というところでしょうか。
確かに古いし凄そうなのでちょっとだけなら話を聞いてもいいですよ的リアクションが30%、それはすごいそんなので撮れるんですか詳しく教えてくださいが5%、とまあそんな割合ではないかと思います。
宿場祭りとか時代祭り的なところなら、古いものが好きな人の割合は比較的高いでしょうから、それを割り引くと、一般的な場所で、ましてやミスに選出されるような美人が文字通り膝突き合わせるように話を聞くというのは奇跡のような出来事と言えます。

これは奇跡と言っては大袈裟ですが、今日のサンスポに彼女の写真が比較的大きく掲載されていたのでびっくりしてしまいました。
同新聞社を訪れたのだと思いますが、鳥取県の指定の宿に宿泊して応募すると抽選で500人に同県産の松葉ガニが当たるというキャンペーンが紹介されています。
これだけ大きく写真が取り上げられているのは、カニをもらえるキャンペーンがすごいからではあきらかになく、彼女が編集者の好みの美人だったからでしょう。

この写真を見たので、今日のブログはこの写真で行こうと考えたわけではなく、今週の予定はすべて決めていたところ、偶然にも彼女の写真をスポーツ新聞に見つけたのは何かの符合かも知れず、鳥取旅行をすべきかも知れませんね。
同紙によれば、彼女の名前は稲井巳幸さん、31歳だそうです。
そういえば、わたしが愚かにも大学生ですかと聞いたところ、30超えていますと聞いたことを思い出しました。
普段は仕事をしているともおっしゃっていて、土日に築地でみっちりキャンペーンして、月曜の朝から仕事となるととても地元のことが好きでないとやっていられないでしょう。

わたしは鳥取と島根の位置関係が東西どちらかだったか区別がつかないくらいですから、鳥取には行ったことがありません。
島根もないはずと思っていましたが、卒業旅行が萩・津和野でしたので、島根県には行ったことになっています。
一度出掛けてみたいものですが、なかなか機会がありません。
倉吉や若桜は古い町並みが知られているところですので出掛けてみたいですが、関東方面からだと飛行機で行くしかないのでやはりかなり遠いという印象が強いです。

昨日の秋田おばこが木村伊兵衛なら、鳥取といえば植田正治がいますね。
米子に近い植田正治写真美術館はとても有名で、個人の写真美術館が鳥取にあることがとても興味を惹きます。
残念ながら、わたしは植田の写真はそれほど見たことがありませんが、そのうちのほとんどが数人の家族などがそれぞれにそっぽを向いていたりする写真で、わたしにはさっぱり分からないものでした。
わたしのような素人には理解できなくても、美術館は多くの人を引き付けているのでしょう。
そういえば、山形県酒田市には土門拳記念館がありますが、わが神奈川には濱谷浩の長年暮らした家があるので、記念館として広く多くの人に知ってもらえるようにしてもらえないものでしょうか。
【Alpha7/Hermagis 12.5cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Hermagis 12.5cmF3.6 | trackback(0) | comment(8) | 2014/12/25 Thu

2015十大新聞

Hermagis 12.5cmF3.6
年の瀬になりましたので、今年の私的10大ニュースでも選んでみようと考えたのですが、10個もニュースなんてなかったかと気付きこの企画は撤回します。
身の回りのニュースの数は少なかったですが、ベスト3くらいまでなら選ぶことができそうです。
あまり深く考えずに個人的な今年の三大ニュース(内容はかなり地味)を決定してみました。

3位は、何だか分からないうちに、1年間でアセアン10ヶ国すべてに足を踏み入れたことにしましょう。
アセアン各国を旅して来たというには、あまりに短い滞在でしたので、足跡を付けたという程度の表現に止めますが、12か月で10ヶ国ですからまたやれと言われてももうわたしにはできることではありません。
タイとシンガポールを除くと直行便を利用していないこともあって、ただでさえ短い時間を圧迫しました。
都会と田舎の両方に少しずつでも滞在できるのが面白いのですが、次の機会には、田舎を通り越して未開のエリアの先住民を訪れるような旅がしてみたいものです。

続いて2位ですが、これは機材のさらなる充実ということにしましょう。
円安でレンズが買えなくなったと騒ぎ続けながら、今年1年で20本ほどのレンズを買ってしまいました。
1本だけエルノスター5cmF2という距離計連動ライカマウント改造レンズを買いましたが、それ以外はすべてペッツバールです。
ペッツバールなんて5本も買えば普通なら持て余してしまうところですが、数が少ないこともあって、1つ入手するとまた1つと欲しくなっていってしまいました。
ライフワークと言える状態ですが、さらになんちゃってサンダーソンも加わり、趣味も邪道の粋に入ってしまったなあと嘆く日々です。

そして第1位ですが、これはごく最近のことで、長く写真に関することに携わっているご夫婦と知り合ったことがわたしにとって今年いちばんの出来事でした。
写真家濱谷浩さんとたいへん関係の深かった方でお住まいもすぐ近くですが、のみならず非常に多くの写真家と知己であり、また写真展の恐らくはプロデュースをなさっている方でもあります。
わたしがニエプスとか下岡蓮杖のことを聞いても、それ以上の知識で話を返してくださるような、写真史への造詣の深さも持たれています。
と言っても、評論家のようなどこか自慢気な説明などではなく、熱心かつ誠実に受け答えしてくれるので、ぐいぐいと引き込まれるてしまいました。

詳しいことは控えさせていただきますが、写真についてこれだけの経験と知識を持っている方と言うのは、恐らく世界を見回してもそうそうはおられないだろうなあと思わせられるだけの話をうかがいました。
写真家の現場を知っている、写真家の考えていることも理解している、写真そのものに自分の考えを持っている、写真の始まりから現代まで豊富な知識を持っている、しかし、けっして評論家ではなく撮影者と鑑賞者の双方の考え方や見方を持っている、そんな人ですとしかわたしには伝えるすべがありません。
理解いただけますでしょうか。

写真家濱谷浩は、日本で5指に入るような重要な写真家なのだと思いますが、木村伊兵衛、土門拳などと比べると知名度で後塵を拝しているように思われます。
第一、わたし自身が、名前とか裏日本と言う写真集のタイトルくらいしか思い出すことができない程度の知識しかありません。
大判での仕事が多かったようですが、ライカでの撮影も少なくなく写真展の表紙に濱谷がズマール付きのライカを構える写真が使われるほどです。
残念ながら写真集は古本ばかりになってしまうようですが、まずは手に入れてじっくり眺めてみようと思います。
これは2015年からのライフワークということになるでしょうか。
【Alpha7/Hermagis 12.5cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Hermagis 12.5cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/24 Wed

后面的美女

Hermagis 12.5cmF3.6
昨日に続いて秋田美人です。
作例がまずくてそうは見えないですが、ハタハタフェスティバル(以下ハタフェスと勝手に略します)のステージの司会を務めていた女性はかなりきれいでしたし、トークも並ではありません。
やはり調べると、元秋田放送アナウンサーの吉村優さんだと判明しました。
もっと何枚も撮っておけばよかったと後悔します。

そういえば、この後銀座までksmtさんと歩いたのですが、吉村さんのことは一切話題になっていた訳ではないのに、道すがらksmtさんが同級生にアナウンサーをやっていた人がいるという話をして、わたしも呼応するようにわたしの高校の同級生も地方放送のアナウンサーだった人がいると答えました。
ちなみに、わたしの同級生の方は、日曜の昼のワイドショー的な番組を食事しながらぼんやり見ていたら、突然新潟放送だかのアナウンサーとして出てきたのでびっくりしてしまいました。
やはり彼も放送局を辞してフリーランスのアナウンサーになったようですが、フリーの方が儲かるからなのか、地方の放送局は人間関係で揉めたりするからなのか、吉村さんに聞いてみたかったです。

しかし、その吉村さんはプロフィールを見ると出身が京都府になっていました。
秋田美人としたことを訂正いたします。
そこで代理の秋田美人として登場するのが、背後に大きく掲げられた「あきたびじん」です。
鈍感なわたしは気付いていなかったのですが、ksmtさんに指摘されてハッと思いました。
これは有名な木村伊兵衛さんの作品です。

この日本人離れしたとも思える顔立ちの美女は、発表当時、木村伊兵衛らしい秋田の農村での農作業中の娘を撮った写真などと信じられたようですが、どうみても化粧しているように見えるし、表情もモデルのようで、どうもおかしいという議論が起こり、ついには当時の様子が確認されるまでになったそうです。
タイトルは「おばこ」で、秋田の娘っ子のような意味です。
モデルになったのは当時19際の女性で、大曲で行われた当地のミスコンに高校3年の時に入選したのだそうです。
これだけの美人で優勝しなかったのですから、秋田美人のレベルの高さが窺い知れます。

大曲の写真家が彼女の美しさに着目して、「おばこ」とはまた違う彼女の魅力的な写真を撮り、写真サロンで優勝します。
その後、秋田に足繁く通うようになった木村がその写真家と交流する中で、彼女を紹介してもらい「おばこ」を撮影したのだといいます。
検索してみたところ、そのような内容の記述が多くのサイトに記載されていましたので、これはよく知られたエピソードのようです。
この女性の名前もその後の人生についても記録が残っていますが、意外にもその後モデルの依頼は断って、結婚後アメリカに渡り、ロサンゼルス近郊の町で2010年に77歳で亡くなられたとのことでした。

ところで、われわれとしてはこの傑作写真がどのレンズで撮影されたのかが気になるところです。
木村伊兵衛と言えばライカだと誰もが思いますが、この時使用されたのはS型のニコンだったと記述があるのを見つけました。
確かにこの写真が最初に発表されたのは、ニコンサロンブックス4というタイトルの冊子で、ニッコールクラブの会員に無料配布されたということがそれを裏付けています。
撮影は昭和28年(1953年)のことで、ニコンSの発売が1951年、S2が1954年なので、ニコンがSPのプロトタイプを貸与したなどのことでもなければ、ニコンSで撮影したのは間違いありません。
問題はレンズですが、これがさっぱり分からないのです。
たいへんシャープな画像ですが、ニッコールをF4以上に絞ったほどのシャープさでは無いように見えます。
また笠から服まで深度の深さがうかがえるので、あえて言えば35mmF2.5レンズでF2.8にわずかに絞ったというのが、わたしの根拠希薄な推理になります。
ニッコールに詳しい人なら、この描写で言い当てることができるのかも知れません。
【Alpha7/Hermagis 12.5cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Hermagis 12.5cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/23 Tue

秋田小町小姐

Hermagis 12.5cmF3.6
今日から日本国内篇に復帰いたします。
作例の女性は秋田美人ですが、残念ながら訪問先は秋田ではなく、東京・築地です。
少々前に、秋田・鳥取ハタハタフェスティバル2014というユニークなイベントを見物に行ったときに撮影させていただきました。
彼女は、ミスあきたこまちだと聞きましたが、そういえばあきたこまちのテレビCMで同じ装束の女性がほっぺに米粒を付けてご飯を手にするのが比較的最近あったと記憶していますが、もしかしたらまさに彼女がそのCM出演者だったのではと気になっています。

この日、ライカに挑戦したいというksmtさんに2台のブラックペイントのバルナックライカをお貸しする約束で、築地に行ったのですが、この1枚だけでも思わぬ収穫です。
もちろんペッツバールレンズの話もして、この古いレンズに関心を持ってもらいます。
そんなところから、少し小首を傾げた可愛らしいポーズを取ってもらえたのかなと、喜びも増しています。

イベント自体はハタハタフェスティバルなので、この魚の屋台がいくつも出ていましたが、その他秋田県と鳥取県の海産物の屋台も賑わっていて、そういう状況を想定してかなりの空腹で出掛けたのですが、正直何を食べたらいいのか悩むようなところもまた楽しめました。
カニ汁を食べましたが、他にもおかず系が豊富だったので、せっかくですから、ミスあきたこまちがあきたこまちをよそってくれて、炊き立てをいただくことができれば言うことなしだったと思います。

日曜日の築地本願寺境内(?)ということで、かなりの人出を予想していましたが、人は多いものの想定よりずっと空いている印象です。
すぐ背後には築地市場が控えているので、しばしば築地に来ているような人やハタハタの熱狂的なファンなら参加するのでしょうが、一般には食事を含めてスルーして築地に向かってしまう確率が高いということなのでしょうね。
食のイベントを築地でやる良し悪しと言うことでしょうか。
おかげで、わたしたちはあまり待つことなく椅子を確保でき、食事の場所に困るということもありませんでした。

さて、食事をしながらわたしはふたつのライカをksmtさんに手渡しました。
2台とも1920年代に製造されたもので、コンディションもまずまず良好な美しいカメラです。
ブラックペイントのカメラですので、レンズはニッケルのものをと、エルマー5cmF3.5とズマール5cmF2を付けています。
フィルムはksmtさんが途中でT-maxなどを用意していましたので、まずは装填方法から説明しなくてはなりませんが、何しろ5年あるいは10年以上もバルナックを使用していなかったので手つきがおぼつきません。
バルナックライカのフィルム装填はちょっとしたコツがいるのですが、例のテレフォンカード滑り込ませ式を説明すると、器用なksmtさんは軽くこなしてしまいました。

心配だったのは長らく使っていなかったシャッターで、せっかく撮影しながら速度不安定で露出が合っていないなんてことになれば申し訳なかったのですが、さいわいそのようなことはなく、撮影結果はなかなかに良好でした。
撮影結果:http://www.ksmt.com/panorama/141130tsukijifilm/141130tsukijifilm.htm
カメラ等:http://www.ksmt.com/blog/?p=126 他
早くも影響されて、わたしもフィルムを復活しようとM6をカバンの中に忍ばせるようにしています。
来年は、ペッツバールのポートレイトとライカのスナップの二刀流でいってみるとしましょう。
【Alpha7/Hermagis 12.5cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Hermagis 12.5cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/22 Mon

他的妹妹

Derogy 15cmF4
ルアンパバンの旅の最終回です。
滞在最終日はお昼のフライトで時間まで散策するつもりでいましたが、結局、写真はあまり撮らず、何となく古い町並みを見て終了です。
早朝の托鉢を見終わってから部屋に戻りシャワーを浴びていた時に、カームロイ君がやって来て、朝食を食べに行き、長話などしたため時間が無くなってしまったのでした。

そのため、今日の作例は、前日に行った高校女子寮で撮らせてもらった丸顔の生徒さんです。
可愛いね、写真撮らせてと声をかけると、最初は引いていたものの、日本からラオスの美女を探しにやって来たと出鱈目な説明をしたところあっさり撮影許可してくれました。
カメラを構えると、寮の仲間から、ヒュー、ヒューと冷やかしが飛んできて、少し表情に恥ずかしさが見え隠れしています。
しかし、顔にピントが来ていません。
胸元を狙ったような写真になってしまいました。
カームロイ君の妹には会えませんでしたが、いたとすればこんな感じだっただろうかと言うことで。

前日、カームロイ君にはある相談を受けていました。
わたしが彼の前で、中国人観光客と雑談しているのを見て彼は興奮しています。
ルアンパバンを訪れる中国人はとても多いので、中国語を勉強したいとずっと思っていたとのことでした。
彼はレストランでバイトしていて、外国人観光客に英語で接していますが、中国人はまったく英語が通じず、中国語を勉強する必要を感じているともらしました。
それに、郊外へ出ると気付きますが、進出している中国企業が多く、中心からちょっと外れると中国料理のレストランが多く見られます。
彼は、中国語をものして、卒業後に中国企業か中国と接点のある会社で働きたいと考えていると語りました。

そこで彼からの相談があり、それは、大学で中国語のセミナーがあるのだが、別料金のため今のぎりぎりの生活では受けることができない、少しでいいので援助してくれということでした。
中国語をいま教えてほしいとのリクエストを受けて、勉強したことがあるのかと聞けばまったくないとの返事で、ではといくつかの簡単な言葉を発音しても知っているはニーハオだけで、シェシェもツァイジェンも聞いたことがないということでした。
しかし、ラオス人のほとんどが同様の状況なので、話せるようになれば即戦力になると張り切っています。

わたしが中国人なら彼の考えを歓迎していたでしょう。
しかし、わたしは片言程度の中国語を話しますし、中国にほぼ毎月行っていますが、もちろん中国のすべてが好きという訳ではなく。
むしろ腹立たしいことの方が多く、政府が進める海洋進出や見返りを求める援助には不快感を感じているので、ラオスへの中国人の増加もそういったこととの関連を考えると、とても愉快なこととは思えません。
中国政府はアセアン諸国でインフラ整備の援助と称して巨大建築物などを造っていますが、それが周りと不釣り合いで景観を壊す問題があったり、工事そのものを中国企業が受注して中国人技術者・労働者を流入させるため地元に金が落ちないし技術も伝わらないなどの問題があるばかりか、プロジェクト自体が当事国の政治家を買収して環境団体の反対を封じ込めているなどということは、しばしば噂にのぼることです。
そんな国の言葉を学びたいから、援助してくれ…?

この日、一緒に朝食を食べながら、わたしは中国と言う国が世界でどのように思われているか、日本やフィリピン、ヴェトナムが領土を一方的に失う可能性があり、ラオスだって例外ではないかも知れないことなどを話しました。
だから、ビジネスとしての中国語を勉強するのは反対しないが、君は中国を知れば知るほどあの国が嫌いになるだろうから、それは覚悟するようにと前置きして、財布から3千円取り出して彼に手渡しました
昨日近隣の村に連れて行ってくれたのは友だちとしてだと言っていましたし、給油や食事代はわたしがもっていますので心付けは不要なのですが、この3千円をガイド料として払うことにしたのです。
中国語のセミナー料にはまったく不足でしょうが、ガイド料としては多いくらいだと判断しました。
彼は日本円を不思議そうな顔を眺めながらサンキューと言い、いくらくらいなのかと聞きます。
USD25くらいだと答えましたが、彼は表情を変えなかったので、その額に不満なのかはわたしには分かりません出した。
【Alpha7/Derogy 15cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Derogy 15cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/21 Sun

毎天早上的

Derogy 15cmF4
村から宿に戻って、少しだけ寝てから夕食に向かうつもりでしたが、目を覚まして時計を見ると12時を指しています。
6時くらいに宿に戻ってきたはずなので、6時間も眠っていたことになります。
今回、珍しくも古建築のなかなかの高級ゲストハウスに宿泊したのですが、ベッドの固さがわたしにフィットしていて、それも熟睡した原因でしょう。
慌てて外に飛び出してみますが、レセプションのお兄さんに、もうこの時間ではみんな閉まっていますと引き止められました。

一応、どこかやっていないか散策してみましたが、すべてが扉を閉ざしていました。
夕食なしですが、仕方ありません。
またベッドの上で参ったなあなどと考えているうちに寝てしまいました。
考えてみれば、ここへ来るまでに忙しい日が続いていて、前夜も羽田発の夜行フライトでのわずかな睡眠でしたので、寝心地の好いここで爆睡になったのも致し方ないことです。

しかし、結果的にこれが正解でした。
朝6時に目覚めたので、合計12時間も寝ていたことになりますが、6時と言うのがまさに托鉢の始まる時間でした。
わたしが寝ていたのは2階の角部屋で、テラスがあるのですが、そのテラスは当然のようにL字型に長く、籐のイスとテーブルが置かれていて朝夕のお茶タイムなどを優雅に過ごせるようになっています。

その椅子に腰かけて待っていると、まだ暗い中、遠くに僧侶の列がゆっくりとこちらに向かってくるのが見えました。
部屋にカメラを取りに戻り、慌てて真下を通る僧侶たちを次々撮影します。
なかなかこういう位置から托鉢を見る機会はないだろうなあと思うものの、写真としてはパッとしません。
やはり横着せずに通りに出なくてはいけないですね。

昨日も宿付近で撮影しましたが、自分が宿泊していながら言うのも身勝手ですが、ゲストハウスが多いこのあたりは欧米人が目立ってしまい、ローカルな雰囲気が希薄でした。
地元民ばかりのところはないものかと、通りをひたすら進んで行ってみました。
1キロ近く歩いたでしょうか、お寺にぶつかって道は途絶えてしまい、結局観光客が存在しないところはないという結論になりました。
観光の町ルアンパバンですから仕方ないですし、それならいっそローカルとツーリストが並んでタンブンする姿を撮るのがこの土地ならではで良いのではと思うことにしました。

タンブンとは喜捨のことで、確かこれを行うことで来世は幸せになれるのだということだったと思います。
篭に入った例のスティッキーライスは観光客向けに用意されていて、おかずとともに僧侶ひとりひとりに喜捨します。
托鉢の終点付近なので、作例の僧侶のおひつのような入れ物からお米が満杯で見えていますね。
僧侶の食事は午前中一度だけですが、さすがにこれ全部食べたら太ってしまうでしょう。
こっそりと僧侶の後を付いて行くと、お寺に入って行って、数ある仏像ひとつひとつにお供えしてまわっていました。
他にも貧しい家に逆喜捨(?)したりもするそうで、食べ物はけっして粗末にしないようです。
美しい習慣は、どんなに観光化されてしまっても、ぎりぎりのところで仏教の教えを守って日々続けられていくということなのでしょう。
【Alpha7/Derogy 15cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Derogy 15cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/20 Sat

農村的士高

Zunow 3.5cmF1.7
バイクに跨ったときにはまだまだ日が高かったですし、1日行動しているうちにわたしの意思を理解するようになってしまったのか、帰途、道路沿いの村に立ち寄ってくれたのでした。
ここでも突然の珍客に騒然となったりもしましたが、ここでも暖かく迎え入れてくれたような気がします。
竹細工のおじさんのこれ以上無いような柔和な顔がそれを象徴しているような気がします。

この村は、先に訪れたバン・ホーアイ・イエン村と比べるとずっと小さいですし、道路に面しているせいで中途半端に近代化しているような、あまり魅力を感じられない村でした。
こういうところは、村に素朴さを求めるわたしの身勝手なのですが。
例えば、2つの村を訪れたとした場合、どうしても2つを比較してしまいます。
それぞれに特徴がある村を訪れないと、最初がよかった場合、どうしても後の村が見劣りしてしまうということは考えなくてはいけません。

しかし、この村でも何が何だか分からないお祝いが行われていたのです。
大音量のラオスのポピュラー音楽が流れていたので、その方向に行ってみると、高さの余りない小さな高床式住宅に踊っている人が群れているのが見えました。
四畳半ほどの狭い部屋に10人くらいの老若男女がひしめきながら、音楽に合わせて体をくねらせています。
ディスコ大会をやっているようでした。
驚いて見ていると、わたしたちも仲間に加われと中に招じられました。
ええっ、と当惑しているとビールが回って来て、一気飲みさせられ、続いて手を取られてこうやって踊ってと指導してくれます。

カームロイ君にどういうことか訳してもらおうとしましたが、音楽が大音量過ぎて聞き取ることができません。
そのうちに誰かが大笑いを始めてそれがみんなに伝染し、10名くらいが大笑いしながら踊り狂っているのは、我ながら異常な光景だったでしょう。
20分くらいそうしていると、今度は手を取られて、扉の奥の部屋に招かれました。
そこは老人たちが数名、厳かな雰囲気の中で食事をしているところでした。
家の主と思われる老人の隣に座らされ、何か挨拶めいたことを話しかけられるや、酒の入ったコップを手渡されます。
午前中同様の展開に動じず、こちらも厳かな身のこなしで応じて、余裕で酒を飲み干しました。

あまり長居して暗くなってしまってはいけないので、そこそこにお暇を告げてルアンパバンへの道を急ぎました。
中国の若者とは違って、彼は省エネ運転で、後ろから一体あれは何だったのと聞いてみました。
いや、分かりません、たぶんおじいさんの誕生日とかではなかったかと思います、との返事です。
村の名前はと聞きましたが、答えはやはり分からない、でした。
では、なぜあの村に寄ったのかと聞くと、あの村はカム族ではなくモン族の村なので、われわとどう違うのか興味があったから、とのこと。
なんだ、わたしのために立ち寄ってくれたわけではなかったのか…。

帰りにまた彼の下宿先に寄ったのですが、そこでは大家さんたちが仲間と野外で祝宴を挙げていて、今日は午前中から宴会ふたつ掛け持ちで散々ビールや酒を飲んだのでと断るわたしにどしどしビールを注いで寄こします。
前の村のディスコ大会の酒が完全に醒めきらないうちに、ここでも短時間で4人でビール5本くらい開けてしまいました。
今日1日だいぶ飲み過ぎてしまったのを後悔しましたが、それでも厳格なイスラム圏を訪れて暑いのにビールが飲めないというよりはずっとよかったと開き直るしかありません。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/19 Fri

看藤球比賽

Zunow 3.5cmF1.7
もう一度学校に戻ってくると、校庭の一部でセパタクローの試合が行われていました。
誰もいなければバレーボールのコートにしか見えませんが、セパタクローのコートだったのですね。
少し眺めていましたが、高校生なのにみなうまく、ほぼ日本の高校で行われるバレーボールの試合と同等の試合展開を見せてくれています。
カームロイ君にラオスの人はみなセパタクローができるのかと聞きましたが、話が通じません。
どうやらラオスではセパタクローとは言わずに違う名前があるようなのですが、何と言うのか忘れてしまいました。

何と言うのか調べるべくラオスのセパタクローと検索したら、それとは関係なく上位にヒットしたのが、先の仁川アジア大会のセパタクロー競技で、ラオス代表が準決勝の試合開始時間を勘違いしたため韓国が不戦勝で決勝進出したという記事でした。
韓国の国際スポーツでは、そのアジア大会でのボクシング判定とかソチ五輪でのキムヨナ準優勝の抗議とか物議を醸す出来事が多くありましたが、まさかこれもそのひとつなのではと心配になります(ウィキペディアに大会の疑惑一覧が出ていますがさすがにこの一件はない)。
きっとセパタクローはラオスの国技のようなもので、オリンピックでは採用されていないのでアジア大会が最大の競技大会だったのでしょうが、まさか時間間違えで失格とは気の毒すぎます。

カームロイ君は男子たるもの誰もがこの協議の経験者だと言い、僕もかなりの名手だと、上着を私に託して勝手にコートに入って行ってしまいました。
気が弱そうな少年のところに行き、君は外へ出てと指示して彼らと真剣勝負を始めます。
しかし、しばらくプレーしていないのは見た目に明らかで、空振りとホームランの連続に高校生から冷ややかな目で見られるというマンガのようなパターンを地で行ってしまうトホホ振りでした。
セパタクローは一般にまったく馴染みのない競技ですが、高校生たちの協議でも間近で見るとひとつひとつのプレーがテクニック、スピード、迫力と三拍子そろっていて、実に楽しめる競技だと実感できました。

それからまた女子寮のところに行ってみましたが、やはりカームロイ君の妹さんは戻っていませんでした。
セパタクローでいいところを見せられず、自慢の妹も紹介できずで、すっかり落胆してしまうカームロイ君です。
わたしに妹を紹介したいというより、妹に外国人の友だちがいるんだぞ、オレたちは英語で会話しているんだぞ、すごいだろうと自慢したかったのでしょうが、その目論見が外れた落胆具合は、わたしの想像を超えたものだったことを申し添えておきます。

わたしの方はこっそりラオスの高校の女子寮の中を撮影できたので、落胆することはありませんでした。
寮はもともと後者だったのではと言う作りですが、平屋の建物が50メートル近い長さもあって、8部屋ほどに分かれています。
その部屋には2段ベッドが8台も入っていて、1部屋の定員が16人だということが分かります。
高校には制服は無いようで、着るものは作例のように物干しのような棒が部屋を貫通していて、ハンガーで吊るしています。
そういえば外には物干し場があって、大量に干された衣類が壮観でしたが、恐らくは平日は授業が忙しくて土日に一気に選択するのでしょう。

中国の大学寮の部屋の写真を見たことがありますが、同様に窮屈なもののさすがにこれよりは余裕があり、毎人ごとに小さな机も設置されていました。
ラオスでは、ちゃぶ台で小さくなって勉強しているのが、ひたむきな姿に見えて何だか切なくなってしまいます。
カームロイ君は普通な顔をしていたので、彼の妹も彼自身も同じような恰好で勉強したのでしょう。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/18 Thu

年軽船工

Zunow 3.5cmF1.7
あちこち歩き回って酔いもほどほど醒めてきたところで、食事の準備ができたと声を掛けられました。
高床の階段をまた上って部屋に戻ると、2列に並んだ皿の行列に対峙するように男性たちが4列になっていて、日本の忘年会を思い出させるものがありました。
ただ、料理の皿をよく見れば、先に降りたときに女性たちが食べていたものと同じだとすぐに気づきます。
男尊女卑的な習慣がある中でレディファーストの文化も見たような気がしました。

食事の最中もアルコール度数のきつい米酒を回し飲みします。
下戸の人はいないようで皆が均等に飲むのがよいですが、たぶん飲めない人はこういう席には来ないというだけのことでしょう。
それにしても、これだけ飲みながらあからさまに酔っぱらう人がいないのが日本とは違うところでしょうか。
中国のように大声で会話するというのでもなく、静かで和やかな雰囲気です。
歓迎されているので居心地もよろしい。

このままでは、夕食も食べて行けとか、泊って行けとかなりそうな勢いでしたが、カームロイ君と目配せして適当なタイミンクを見計らいお暇することにしました。
実際には、その場にいた青年がウチにも寄って行ってほしいと言って招待され、そこでも1時間くらい雑談をして過ごしました。
ここでは山奥で採ってきたという薬草をつけたお酒をご馳走になりましたが、こんなに苦い酒を飲んだのはハンガリーのウニクム以来です。

その家に宴の主人公である村を出る少年の父親が現れ、今日はよくぞ来てくれましたとあいさつに現れました。
しかし、ついぞその主人公の少年を見ることはありませんでした。
早々に酔っぱらってどこかで寝ているのだろうとはカームロイ君の弁です。
その父親と家の家族たち、それに昨日の作例の少女たちが見送ってくれてわたしたちは村を後にしました。

船着き場には少年がひとりいるだけでしたが、彼がパドルを手にしているので船頭さんと言うことなのでしょう。
長いカヌーのような船を準備しながら、にこりともせずに座るように促します。
川幅は50メートルほどでしょうか、水深不明ですが流れはゆるやかでよほどのことがなければ、落ちても死ぬことはないと思います。
それでも断面がV字型の船はちょっと操作を誤ればすぐにひっくり返りそうな危うさがあって、命を少年の手に預けたようなちょっとしたスリルがありました。

作例をよく見ると、船着き場のところに少女が立っていますが、昨日の作例の女のではないですか。
どうやら見送りに来てくれていたのですね。
この時はまた酔っぱらっていたので不注意にも気付きませんでした。
せめて手を振って上げられれば良かったと後悔しています。
川幅はそれほど広くなくても、川向うにある村とはそれ以上の隔たりを感じてしまうものです。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/17 Wed

頭脳集団

Zunow 3.5cmF1.7
ズノー35mmF1.7レンズの構成が分からずにイライラしていたのですが、探していた本は見つからなかったものの、レンズ構成調べと言えばここだというサイトがあったのを思い出しました。
その秘密のサイトには帝国光学/ズノー光学だけで1ページ割かれていて、15本ものレンズが紹介されています。
ライカマウント大口径御三家の35mmF1.7、50mmF1.1、100mmF2をはじめ、ミランダ用の50mmF1.9やシネ用38mmF1.1があって、なんと幻のズノー・ペンタフレックスカメラ用の4本のレンズが出ているではないですか。
すごい資料です。

本題の35mmF1.7の構成は、4群6枚の一般的なダブルガウスの第1群の前にメニスカスを1枚置いた5群7枚でした。
ライカレンズで例えると、ズマリット(クセノンやズミルックス50mmも同様)を前後ひっくり返した構成、もしくは8枚玉ズミクロンの最後群を取っ払った構成と言えば分かりやすいでしょうか(ますます分からない?)。
実は意外なところに似た構成があって、なんと幻レンズのズノー・ペンタフレックス58mmF1.2が同様の5群7枚です。
もちろん同じ設計ではありませんが、35mmF1.7は優秀な設計で、社運を賭けた自社カメラの看板レンズにそれが受け継がれたのではと想像すると興奮を禁じ得なくなります。

とは言え、やはりズノー35mmF1.7は、性能を云々するのは厳しいレンズです。
昨日、一昨日と絞った作例でせっかくシャープなのに周辺がケラレていてちょっとがっかりなのに、今日の開放に戻した作例では、背景が凄まじいまでに暴れまくってしまっていてため息が出るばかりです。
発売当時に入手した真面目なカメラファンたちは、撮影結果を見てさぞかしがっかりしたことでしょう。
もっともこのレンズが発売された1955年には、まだ明るい35mmレンズはほとんどなかったので、暗い中でも撮影可能になったことで十分な価値があったのかも知れないですが。

ただ、この描写はレンズ本来の調子が出ていない可能性があることにも言及しておいた方がフェアでしょう。
ズノーに関する記述で、50mmF1.1の話になるのですが、ガラスの製造が安定していなかったために隙間や鏡胴との間に職人が詰め物をして微調整していたということを読んだことがありました。
詳細はよく覚えていませんが、その辺の事情を知らずにオーバーホールしたリペアマンが詰め物を元に戻せずに組み上げたために本来の描写を失ったという同レンズが多く存在しているようだというような内容でした。
50mmF1.1ほど微妙な調整をしていなかったのかも知れませんが、35mmF1.7だって同様なことが言えるでしょう。

わたしのズノーはオリジナルの売りではないのではないかと思い、他に開放の作例が出ているサイトなどないかと探しているのですが、参考になるものが見つかりませんでした。、
高価なコレクター向けレンズを持っている人の多くはわたしのように使わずに所蔵して、将来の値上がり時まで防湿庫に眠ったままだとよく聞きますが、ズノーあたりはそういう憂き目に合っている個体が多いのかも知れないですね。
もともとの製造数がかなり少なかったことは言うまでもありませんが。

作例の描写を見て思うのは、このレンズがライカ用ではなく、シネレンズの転用なのではと思えることです。
35mmシネ用レンズにこんな描写のレンズがいかにもありそうに思えるのですがいかがでしょう。
わたしは、こんな表現のレンズは他に替えがたいと愛着を覚える人間ですが、中央の少女やお母さんなどがやはり何とも味のある描写をしていることにより注目したいと思います。
まさかシラミを取ってもらっていたわけではないと思うのですが、そうだと言われればシラミつぶしの母娘というタイトルでも納得できる描写だという風に見えてしまうのです。
ちなみにこの少女はこの表情が語るように外国人にも物怖じしない好奇心の塊で、この後わたしの行く先にずっと付いて来たのでした。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/16 Tue

老撾的民族

Zunow 3.5cmF1.7
タイ北部、ミャンマー東部、ベトナム北部、中国雲南省、貴州省と並んでラオスも少数民族のたいへんに多いところです。
いまあげた地域は山岳地帯が多く、交通の便は未だ良いとは言えない場所がかなりのパーセンテージを占めます。
例えばタイ人や漢族などマジョリティである支配民族に追われて、生活しやすいとは言えないものの危険に脅かされることのない山間の地域に住まざるを得なくなったマイノリティの歴史の悲愴を表しているのではないかと思ってしまいます。
交通が遮断されていたことによってさまざまな独自文化が生き残っているという皮肉も含めて、なぜにここの人々は斜面に家を建てたり、最寄りのバス停から2時間も歩くような辺鄙なところに住まざるを得なくなったのかと考えると、つらい気持ちになるのを抑えることができなくなります。

カームロイ君が連れて来てくれた村は、バン・ホーアイ・イエン村という名前だそうですが、ここもカム族という少数民族の村だと教えてもらいました。
実は、カームロイ君自身もカム族で、妹が村の近くの高校で寄宿生活しているのもそのことと関係あるのだと想像できます。
カム族は独自の言葉を持っているということでしたので、カム語というのか彼ら自身の言葉で会話すれば、初対面同士でも警戒心はすぐに解かれることでしょう。
わたしたちが村で歓迎された理由はそういうことだったのだと後で知りました。

ラオスのマジョリティは、ラオス人とかラオ族と呼ばれる人たちです。
民族分布などの確認を怠ってしまい、ラオ族とカム族の人口比や、民族同士の近親度合いはよく分かりませんし、わたしは会う人ごとにあなた何族と聞いて歩いていたわけではないので、偏った感想かも知れないことを恐れずにいうと、ラオ族は色白で中国人と区別がつかない人もいそうな印象で、カム族は総じて浅黒い人が多く、東南アジア的です。

盆地と言うか谷あいの狭いエリアに家が密集するような小さな村ですが、全体で30世帯以上あるとのことでしたので、人口は150人以上はいるということでしょうか。
子どもが5人いるとか、うちは7人だなどと会話したので、人口300人くらいと推計してもはずれではなさそうです。
村には小学校もあって、看板にフランス国旗のマークが付いていたので、旧宗主国が一定程度の補助をしたのだと思われます。
こういうケースでは授業でフランス語も勉強するのかも知れませんが、英語もフランス語も話す人はまったくいない様子でした。
民族的な対立は少なくとも表立ってはないと思いますが、ラオ族はヴィエンチャン周辺など平地に多く、カム族はルアンパバン周辺から北部の山岳地帯に多いという棲み分けになっているようでした。

そういえば、民族衣装と言うと語弊があるかもしれませんが、昨日や一昨日の作例の女性が履いているズボンは、あきらかに既製品とは違います。
もしかしたら、以前は上下ともにオリジナルの柄や刺繍の入ったカム族の衣装を着ていたが、グローバル化によって西洋式のシャツが当たり前になったものの、ズボンには辛うじてこだわりを残しているということかなあと思わせます。
そのことを質問せずに村を後にしたことがたいへん悔やまれました。

わたしは風景写真をあまり撮らない習慣になってしまっているので、いつも帰国後にしまった、村の全体像が分かるような写真を撮っておけばよかったと後悔することしばしばなのですが、今回は35mmレンズを久々に持参したせいか今日の作例のような村の建物が分かる写真も撮っていました。
作例ですぐに気付くようにこの村には比較的最近電気が敷かれたそうです。
川の水がありますし、山には泉も豊富だそうで水にも困っていないのが自慢のようでした。
冒頭に辺鄙なところに追い詰められてというようなことを書いてしまいましたが、意外とライフラインとかインフラなど一概にひどいといえないところも多いということのようです。
暑さを除くと、案外住みやすい村のように見えてきました。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/15 Mon

越絞越黒

Zunow 3.5cmF1.7
あまり外国人がやって来ないような、写真に抵抗感が無いような村では、広角で被写体にぐっと寄るのが昔のわたしのスタイルです。
本当は昔からのスタイルですと書きたいところですが、今は、ほぼペッツバール一筋になりかけているので、遠目から被写体をそっと捉えるのが今のスタイルです、というのが正しいでしょう。
もしくは、声をかけてポートレイト風に撮るのがといえばよいか。
ルアンパバンの古い町並みを背景に現地の人の生活を写すというような目的で、今回は35mmレンズをお供にしていましたが、これが村では大いに役立ちました。

ライカでもノーファインダーは一般的な撮影法と言っても言い過ぎではないと思いますが、α7ではノーファインダーながら液晶をチラ見することで、フレーミングを完璧にすることができます。
そんな撮り方ならこういう村では、撮影されていることにほとんど誰も気付きません。
作例の手前の女の子はカメラを意識しているのではなく、突然現れた外国人に好奇心を寄せているだけです。
その他のふたりはもちろん、犬だって、わたしが撮影していることに気付かずにあらぬ方向を向いてしまっています。

この液晶チラ見ノーファインダーが正統派スナップがとても楽しいかと言えば、そこまでいかず、まあまあ楽しいがしばらくすると飽きるというくらいが本音です。
自然な姿を撮るのは面白いのですが、声掛けしたり、カメラを意識しているところでも、純粋な彼らは超然としていたり、逆にカメラを意識して固くなってしまったり、さまざまな表情を見ることになるので、それもまたよし、あるいはその方がコミュニケーションがあって楽しいと感じてしまいます。
どういうやり方でもよくて、好きなように試せばいいという程度のことですね。

使用したレンズはずいぶん久しぶりに引っ張り出したズノーの35mmF1.7でした。
フイルムでは何度か使いましたが、デジタルの35mmフルサイズで使うのは初めてで、まずこのレンズで撮ると4隅がケラレることを知りませんでした。
これも近距離では光量落ち程度であまり気にならなくなりますが、無限遠などではかなり目立つようです。
絞れば軽減されるのではと考えるのは浅はかで、作例はF5.6に絞っていますが、むしろかえって4隅の黒さが目立ってしまっています。

現行レンズでこんなにケラレてしまうようなら、ますば雑誌などでさんざん叩かれるでしょうし、売れなくなることは間違いありません。
しかし、1950年代はまだおおらかな時代で、暗いが全画面均等に写る広角と、とても明るいが周辺は使いものにならない広角があれば、後者を支持する人が多くいたということでしょう。
事実関係を調べていませんが、確か当時日本光学が世界最高速35mmとしてF1.8という高性能を出して話題になり、それをわずかでも上回ろうとしたのがズノーだったのではと記憶しています。
開放でのボケの豪快さもすごいですが、いくら明るいとはいえ、この写りで高価なレンズを買った人からクレームが来なかったのか気になります。

当たり前ですが、絞ればシャープで解像力もぐっと上がるようですが、それではわざわざこんな高速で高価なレンズを買う意味がありません。
ズノー光学と前身の帝国光学は、ズノー50mmF1.1初期型の通称ピンポン玉で、とても商品になるとは思えないような写りのレンズを世に出す前科がありますし、大博打と言われたズノー・カメラが大失敗で脆くも消滅してしまった光学メーカーです。
しかし、わたしは50mmF1.1の後期型を持っていますが、頼りなげな描写ながらも繊細で美しい表現をする魅力的レンズだと思っています。
現在になっても、一部の代わりろモノレンズファンにしかアピールしないレンズばかり世に問うてきたズノー光学を再評価したいのですが、何しろ手に入るレンズが少なすぎて広がりを見せることができないでいます。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(2) | 2014/12/14 Sun

女性的円卓

Zunow 3.5cmF1.7
今日、開設したもののまったく使っていなかったフェイスブックにメッセージが届いていました。
開くとラオスからのようで、おっ、カームロイ君からかと思ったものの違っていて、誰から7日ちょっとピンと来ません。
内容を一読してみて、思い出したのが宿泊したホテルのレセプションをしていたアルバイトの大学生でした。
古民家を改築した小さなゲストハウスのようなホテルで、わたしはスーツケースのハンドルが壊れてしまったので、そのレセプションの青年に直してくれるカバン屋とか修理店のようなところはないかと聞いたところ、知らないが僕が直そうと買って出てくれました。
彼の奮闘努力も実らずハンドルは直りませんでしたが、30分以上も頑張ってくれたので少額のチップを渡してしばらく話し込んだのでした。

彼はこれから1時間かけて実家に帰るのだと言っていました。
タイミングが合えば連れて行ってもらいたかったなあと言うと、貧しい家だけど、次回ここに来た時はぜひ案内するからと言って彼は去って行きました。
その時わたしは彼にアドレスを渡していなかったように記憶していますが、彼はわたしの名前で検索してフェイスブックに辿り着いたのでしょう。
あなたがいなくなって1週間になり寂しい、またここへ来てください、わたしの家族もみなあなたを歓迎します、などという内容でした。

まったくどうでもよいことですが、フェイスブックでメッセージを返信したときに端の方に「知り合いかも」と何人かの顔写真と名前が出ています。
ラオス人とやり取りしたからなのでしょう、知り合いかもはことごとくラオス人でしたが、それがみな若い女性なのです。
しかも加工されているからか、みな美少女ばかり。
「友達になる」を片っ端からクリックしていきたくなってしまいました。
ラオスでの会員数を延ばすために、フェイスブックでサクラの女の子を集めたとかではないかとの疑惑も感じます。

閑話休題。
まだ午前中だというのに、現地のご馳走をいっぱい出され、次々と酒を飲まされして、このままではこの場でぶっ倒れるのではと、皆さんに断って少し散策することにしました。
どうも高床住居の2階は男性向け宴会場の趣で、下に降りてみると女性たちが食事の真っただ中でした。
米酒こそ飲んでませんが、中央にはラオス国産ビールのビア・ラオがどんと置かれ、いける女性はけっこういるようでした。
わたしは飲むとすぐに真っ赤っかになりますが、見ていた限りこちらの人はどんなに飲んでも顔色を変えませんので、どの人が飲んでというのがよく分かりません。

今日祝ってもらってる青年が若くして村を離れてしまうように、若い人はどんどんと出て行ってしまうのでしょう、この集まりの中にいるのは明らかに主婦っぽい人か小学生くらいの子どもしかいません。
カームロイ君やホテルの青年のように、地方からルアンパバンに来た大学生の多くは観光産業でアルバイトするパターンが多いようですので、書き入れ時の土日にはなかなか実家に戻れない実情も影響していると想像できます。
中国だと春節と呼ばれる正月にみな帰省しますが、ラオスではタイ同様の水かけ祭りのソンクラーンがお正月になるのだそうです。
だいたい5月がソンクラーンでその時期なら、帰省した学生などにも会えたことでしょう。

作例に写っている料理は絶品だったトリと野菜のスープです。
タイでもおなじみのステンレスのスプーンでいただきます。
いちばん手前のラーメンどんぶりのような入れ物に入って赤い液体は何だか想像つくでしょうか。
潰したブタの血の中に煮込んだ肉やモツなどを入れた、名前不明の食べ物です。
美味しいし体にいいから試してご覧と言われましたが、さすがにこれを食べるのは勇気がいりました。
ブタの血は生臭くないですが美味しいも感じられないやはり血は血であるという味わいで、毎週豚の脂の豚骨ラーメン食べているんだから血くらいどうってことないと言い聞かせながらどうやら食することができました。
ラオスには爬虫類や昆虫なども食べるのがそれほど珍しいことでは無いようなのですが、幸いそれが出で来ることはなく、全般に美味しいものばかりだったのは幸運だったと思っています。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/13 Sat

在楼上喝米酒

Zunow 3.5cmF1.7
村人に呼び止められてカームロイ君が何やら話し込んでいました。
外国人を連れて来られちゃ困るよなどと咎められる可能性があります。
ラオスは社会主義の国なので、外国人がどの程度踏み込んでいいのかわたしには分かりませんし、カームロイ君だってそんなことに詳しいとは思えません。
ひとしきり話を聞き終わったところでふたりに笑顔が見られたので、どうも悪い話ではなさそうです。
カームロイ君が、これからお酒を飲みに行くのですがよろしいでしょうかと聞いてきました。

村人に案内されて高床式の住宅にお邪魔することになりました。
階下には女性がたくさんいて、わいわいと調理したりそれをつまんだりと何やら盛り上がっている雰囲気です。
2階に上がると床が抜けてしまうのではと心配するほどの人口密度で人が集まっていました。
彼らはわたしたちを見るなりスペースを作ってくれ、どうぞどうぞとばかりに座らされました。

今度は、長老とも呼べるような年配の男性にカームロイ君が話を聞いています。
彼の翻訳によれば、何でもこの家の長男が学校を卒業してルアンパバンの学校に行くことになったので、村中の人が集まってお祝いしているのだそうです。
そんなところへ外来の人が来てくれて、しかも外国人だというのだから、長男の前途は明るいとみんなが幸運を感じているとの説明までありました。

早速、グラスを渡されて甕から白い液体をどくどくと注いでくれます。
さあと飲むように合図され、恐る恐る飲んでみると、ややぶくぶくいっているような軽い酒です。
若い米のお酒ですかと聞くとそうだとうなづくので、これは間違いなく日本のドブロクそのものです。
日本でも手製のものを1度だけいただいたことがありますが、ぶくぶくしているのが同じで、味も爽やかな酸味があって、まるでリンゴの炭酸割りのようだというのがそっくりでした。
美味しいですねと言うと、すぐさまカームロイ君が翻訳してくれて、よかったというように人々がどっと笑いました。
それが村人の歓迎の合図の代わりだというかのように。

続いて出てきたのは、トリのスープと例のもち米でした。
朝食は1時間も前に食べたばかりですが、このトリが絶品で美味しくいただきます。
カームロイ君によると、この記念すべき日のためにブタ1頭と多くのニワトリが絞められたそうで、彼自身もこれほどに美味しいトリは初めて食べたと興奮気味です。
そうこうしているうちに今度は瓶に入った無色透明の液体をコップ半分くらい注がれました。

今度は聞くまでもなく、米の蒸留酒で、たぶんアルコール度数50度前後のものです。
飲めるかと聞かれたので少々と答えましたが、さすがに午前中からこれは厳しいです。
しかし、コップ半分を一気に飲み干すと拍手が起こり、またコップ半分ほど注がれました。
えっと思うと、そのコップをわたしの左隣の人に渡すように言われます。
車座に座っているのでこのように順番に酒を飲んでいくのが、この村のしきたりのようでした。
小さな村のことで、みなが等しく飲もう、ということなのではないかと思いました。
彼らは誰ひとりとして英語を話せませんでしたが、ドブロクと米焼酎(?)ですっかりわたしは村人の仲間入りを果たしていたのです。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(2) | 2014/12/12 Fri

過河村落

Derogy 15cmF4
20分ほどバイクに跨っていたでしょうか、ヴィエンチャンまで3百何十キロという表示が出ている山道を越えて、さらにずっと行った先の平坦な土地に目的地がありました。
路地を50mも入ると土地が開けて、ここがカームロイ君の妹が通う高校だと言います。
わたしに紹介しようと探したのですが、どうやら休みということで、友だちとどこかへ出掛けてしまったとのことで彼は残念がっていました。
もちろんわたしもたいへん残念です。

妹の高校と言っても彼らの家がこのあたりにある訳ではないそうです。
実家はルアンパバンからバイクで4時間もかかる僻地だそうで、貧しい家だと語ってくれました。
彼は4人兄弟の長男で、本人と親の夢だったのでしょう、必死に勉強してルアンパバンの大学に入り、英語を勉強しています。
妹も学力があるからなのか、ルアンパバン郊外のこの高校の寄宿舎で生活しているので、彼を追ってルアンパバンの大学を目指すのだと思います。
もともと首都だった文化都市ルアンパバンには、複数の大学があるようです。

わたしたちは高校の校庭を突っ切って、500メートルくらい歩き、最後は背が高く前方の視界が効かないトウモロコシ畑の農道を進んで、さほど幅の広くない川のほとりに出ました。
ここから20円ほどの料金を払って渡し船に乗せてもらい対岸で降ろしてもらいます。
そこにカームロイ君がわたしを連れてこようとした村がありました。
妹のいる高校には何度か来たことがありましたが、その時に1度だけ散策してこの素朴な村も歩いたので、ここならわたしも気に入るだろうと考えたとのことです。

ラオスでは土日は学校が休みなのだそうで、道々に子どもが駆け回っています。
そんな姿を見られる村の第一印象は悪くありません。
見掛けた子どもたちを手当たり次第に撮影していきましたが、カメラを持った人がそうそう来ることもないだろうこの村で、騒ぐでもなく逃げるでもなく、好奇心の目でこちらを見る程度の好いモデルになってくれたケースが多かったのはありがたいことでした。

今日の作例は、そんな子どもたちのうちのひとりです。
気温が30度前後でポロシャツ1枚のわたしが汗だくになる前で、ダウンジャケットのような上着を着ているのがわたしには衝撃的でした。
ふと思って、この日撮った写真をざっと見たところ、もちろん半袖の人も多くいましたが、老若男女を問わず上着を着ている人が多くいました。
特に日焼けしないためとかではなくて、彼らにとっては涼しいくらいの感じなのでしょう。
夜は実際かなり涼しいので、そのまま脱いでいないだけかも知れませんが、汗まみれのわたしからはやはり信じがたい姿です。、

それともうひとつは、鼻水ですね。
彼女が風邪をひいていて上着を着て鼻水垂らしているという訳ではありません。
小さな子どものほとんどは、同じように鼻水を垂らしながら遊んでいたのです。
日本では鼻水の子なんて赤ちゃんくらいしか見なくなりましたが、わたしが子どもの頃は当たり前によく見たというか、わたし自身もハナタレ小僧だったような気がします。
それが昭和のいつかの時点で、鼻水垂らしていてはみっともないと、ディッシュでチーンを常時行うのが当たり前になってハナタレ小僧はいつの間にやら姿を消してしまったのではないでしょうか。
作例に思わず懐かしさを感じてしまいました。
【Alpha7/Derogy 15cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Derogy 15cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/11 Thu

芸術橋

Derogy 15cmF4
朝食のことをもう少し詳しく書くと、購入したのはメコン川の焼き魚(レンギョとかソウギョなどのあまり馴染みのない魚?)、メコン川の海藻(彼らはそう呼んでいましたがモズクのような食べ物)、ブタ肉の炒め物、豆腐の炒め物、トリ肉のスープ、それに蒸したもち米です。
もち米は彼らの家でも製造途中で、コンロのような器具の炭で鍋の水を沸騰させ、その鍋の上に竹の籠を置いてバナナの葉に包まれたもち米をゆっくりと蒸しているのを見せてくれました。
素朴な仕組みですが、これでいつでも熱々のご飯は食べられるということが理解できます。

もち米はスティッキーライスと英語で言うそうです。
くっ付きやすいご飯ということですから、餅のイメージとも合致する表現です。
ただ、ご飯を手で食べるとき、ちょうどお寿司くらいの分量をとって右手で数回ぎゅっと握って若干固めつつ形を整えるのですが、このときにけっして手にstickyになることはなく、手をべとべとにするような感じにはなりません。
たぶん日本の米で同じようなことをすれば、手がべたべたになるだろうし、うまい具合の固さになったり形が整ったりしないだろうし、手で食事するのにはよほどスティッキーライスの方が向いていることが分かります。

そうして米をおかずの上に乗せながら肉とか野菜を手で米に付けてそのまま口の中に入れて食べます。
スープも米を浸しすことで味が付いて美味しく食べられるのですが、やはり日本の米だとスープに浸せばいくらかはスープ側にぽろっと落ちてしまうでしょうが、スティッキーライスはここでも威力を発揮して、しっかりスープを吸収しつつ口の中まで届けてくれます。
以前、インドなどでカレーを手で食したことがありましたが、インディカ米はぱさぱさでにぎってもうまくまとまらず、しかもカレーが熱くて指が熱い熱い言いながら、米をぽたぽたこぼしながら悪戦苦闘したことを覚えています。
その点、ラオスでの手の食事は見様見真似ですぐに慣れ、そのスタイルも実に気に入りました。

しかし、みんなでおかずをシェアするこのスタイルは衛生的とは言い難いものがあります。
どうしても指におかずの汁などが付いてしまうのですが、それをこっそりぺろっと下で舐めざるを得ず、同じ指で共同の米から取って、シェアするおかずに指を付けて、またそれを舐めての繰り返しになります。
誰かが肝炎などに感染していれば、それが広まるのを防ぐことはできないでしょう。
いや、実を言えば、食事の前に誰も手洗いしていないので、スタート時点でかなり不衛生です。

満腹になって、さあ出発ですが、みんなから美味しかったですありがとうと声をかけられました。
ラオスでは食事前に仏様への感謝を捧げるのだそうですが、彼らのあいさつはご馳走様の代わりなのかも知れません。
彼らのアパートは小さなレンガ造りですが、2階建てで8部屋あって住人のほとんどは大学生のようでした。
ラオス版シェアハウスですが、となりの部屋が女子大生3人組で彼らとも親しかったようなので、どうせなら彼女たちともいっしょに食事したかったです。
扉がオープンなのでこっそり覗くと、じっと鏡を見ている子やら服を床に並べて何を着ようか悩んでいる(?)子、勉強している小とそれぞれで、こういう感じは世界共通なのかと思いました。

アパートの前のダートロードを大学方面に走り出すと早々に降りてくれとカームロイ君が言います。
先方に小さな橋があって、崩れかけているので危険だということのようでした。
木の板を組んだような手作り感が強い橋でしたが、下の支えが抜けてしまったのか中央に向けて急こう配で、歪みも加わったことでねじれかけたような形状になっています。
それでいて板木は割れたり隙間ができたりということなく、いったいどうすればこのような乱れ方をするのか理解できません。
手すり部分もジェットコースターのレールさながらで、もしかしたら美術学部の作品なのではと思うような世にも奇妙な橋なのでした。
【Alpha7/Derogy 15cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Derogy 15cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/10 Wed

白天学習晩上上班

Zunow 3.5cmF1.7
昨夜は暗くなってからの到着でナイトマーケットを冷やかして食事して終わったと書きました。
実際その通りなのですが、食事の時に翌日の行動を決する出合いがありました。
そう言うと大げさになってしまいますが、ウェイターの青年が話しかけてきたときにわたしも彼もヒマだったので延々と話をしたのですが、翌日は観光化されていない田舎に行くつもりだというわたしに、それなら僕がバイクで連れてってあげるよと話がまとまってしまったのです。

彼はカームロイという名前で、ルアンパパン市内の大学で英語を勉強しているのだと言います。
メコン川を見下ろす小さな野外レストランのウェイターをやっていますが、バイトの内容はそれだけではなく、夜の閉店から朝の開店まで店番というか、店内で寝ているのだそうです。
店長と経理を掛け持ちというのはよく聞きますが、ウェイターと警備の掛け持ちもアジアではありがちなようですが、考えてみれば拘束時間の長いたいへかな仕事です。
ウィークデイは大学に行っているというので、毎日厳しい生活だということが想像できます。

それでは、労をねぎらって、かつ明日の景気付けでもと、店を閉めてからビールで乾杯しようということになりました。
1時間後にということだったので、わたしはレストランの向かいにあるマッサージ屋でフットマッサージを受けることにしました。
英語がほとんど通じない女の子にラオス語を教わりながら施術を受けます。
ラオス語と東北部のタイ語はほぼ同じだと聞いたことがありましたが、ということはラオス語はタイ語の方言のようなものかも知れません。
ありがとうのタイ語はコップクン・クラップですが、ラオス語ではコップクン・チャイ、こんにちははタイ語でサワディー・カップですが、ラオス語ではサバイディーとさすがに少しは似ていることが分かります(他はすっかり忘れましたし、例にあげた2つも聞き間違えているかも知れません)。

マッサージ中に早くもカームロイ君がやって来て、わたしたちの会話を手助けしてくれました。
今日は金曜だというのにお客さんが来ないので、定時より30分前に閉店になったということだそうです。
1時間600円ほどのマッサージを終えて再び向かいのレストランに戻ると、照明の消えた薄暗い店内でビールを出してもらい乾杯します。
そのうち、彼の友だちの同級生の青年と、マッサージ屋の英語が少し話せる女の子と加わって、4人で飲み続けます。
と言っても総勢4名でビール大瓶5本ですから可愛いものです。
女の子も20歳だと言っていたので全員同年齢でしたが、ビールが好きなようでした。
1本150円は彼らにとってけっして安いものではないのでしょう。
ちなみに、カームロイ君は月何日間働くのか聞き忘れましたが、月給はたったの15000円だと自嘲気味に話してくれました。

翌日の朝もここで食べるのかと思っていたら、途中で買って僕の家で食べましょうと彼が提案します。
朝、総菜屋さんのような調理済みの食べ物を売る店が何軒もあるのはタイとよく似ていると思いました。
やはりスープやカレーなどを頼むと、小さなビニール袋にいれて口をゴムでうまく縛って手渡してくれるところまでそっくりでした。
全5品を買って800円くらいになったのは朝食しては高いと感じます。
昨日のレストランも高かったのですが、そこは観光客用だと思えばむしろ当たり前ですが、完全にローカル向けの店でもこんなにするとはルアンパバンは物価が高いということになります。
それとも最近の円安の恩恵でしょうか。
今週末の選挙では、旅行しては損をして、レンズを買いたくても高くて替えない状況を考えると、少なくとも得意になって景気を上向かせたとうそぶいているあの党には絶対投票できません。

余計な話はともかく、彼の大学のそばの下宿先に着いてびっくりだったのは、ルームメイトがいるとは聞いていたものの、それが3人もいたからでした。
4畳半ほどの部屋にはたち前後のお兄さんたちが4人で寝食をともにするとはすごいものです。
作例のように円座になって、みな箸を使わず手で器用に食べます。
わたしには箸を用意してくれましたが、郷に入れば郷に従えでわたしも手の食事に挑戦します。
日本では寿司の時のみ手で食べると説明しましたが、考えてみるとパンやハンバーガーなんかは手づかみなので、世界中手で食事するのはそう珍しいことではないのですね。
米はもち米で、ちょっと指先で握って形を整えてから、お惣菜の浸けて一口で食べるのが地元の粋な食事法です。
不器用なわたしですが、これにはすぐ慣れて彼らに負けずに朝食を目一杯摂ることに成功しました。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/09 Tue

第十個国家

Zunow 3.5cmF1.7
先週までのカンボジアの作例の余りのように思われるかも知れません。
自分で書いていて恐ろしいのですが、これはカンボジアではなくラオスでの作例写真です。
カンボジアへ友人と旅することが決まった後、わたしはカレンダーを眺めながら、スケジュール的にはぎりぎりどうにかりそうだと結論して、フィリピンとラオスへの航空券を立て続けに予約しました。
その理由はただひとつ、アセアン10ヶ国年間制覇という、意味を持たない記録を達成するためだけのものです。

フィリピンはたまたま航空会社のプロモーション中で格安でチケットを手に入れることができたのですが、さすがにラオスはそうはいきません。
そもそも直行便が無いのは言うまでもないですが、乗り継ぐにしてもあまり効率的なものが見つかりませんでした。
いつもの香港(深圳)経由は諦めざるを得ないのですが、他の路線にしても現地滞在が1日だけになってしまい、さすがにそれで行くわけにもいきません。

熟慮を重ねて到達した結論は、JALのバンコク便の活用でした。
あまり利用はしたくないのですが、往路復路とも夜行便というタフな日程を組むことで、現地滞在を2日に引伸ばせそうです。
この日程で考えられるのは首都ヴィエンチャンか古都ルアンパパンかの選択です。
古い町並みが残るラオスの京都とも呼ばれるルアンパパンの方が滞在時間は短くなるものの、魅力で上回るのは間違いありません。
躊躇なく、タイのLLCであるバンコク航空のオンライン予約を入れて、羽田→バンコク→ルアンパパン→バンコク→羽田のルートを確定させました。

行きは、仕事を終えてから一旦帰宅して夕食とシャワーの後、慌てて羽田空港へ向い、帰りはバンコクからの夜行フライトで6時に羽田に到着してそのまま勤務先に向かうという体に厳しい日程です。
そこまでしながら、乗り継ぎが悪いため、往路バンコクに朝5時に到着して午後3時のフライトまで時間を潰さなければならず、復路バンコクに午後2時に到着して10時まで時間があるという、ルアンパパンとバンコクの滞在時間がそれほど変わらないのではというバランスの悪さが際立つようなことになってしまいました。
実際、バンコクでは昼食以外特にすることもなく、早朝のカフェでタイのコーヒーを啜り、腕時計のベルトが切れかけていたので交換しようとMBKというショッピングモールに行ったものの高くて替えそびれるなど中途半端に時間を過ごすばかりでした。

ルアンパパン行きの便も1時間遅れになってしまい、現地着が6時近かったのですが、そのため期待していた夕日は辛うじて機内で見るだけで、空港を出る頃には真っ暗です。
短期旅行での1時間のロスは痛いものだと身に染みました。
待望の初日は、夕食とビール、それに現地の名物であるナイトマーケットを冷やかす程度で終了です。
日本とタイとの間には2時間の時差があるので、この日は26時間を過ごししたということになるのですが、その時間の長さの割には移動ばかりでほとんど何事もない無駄な1日と言っていいでしょう。

そのような訳で今日の作例は、その翌朝の僧侶の托鉢の様子を撮影したものです。
世界遺産登録されていることもあって超ツーリスティックな町であるルアンパパンでは、西洋人が僧侶に向かって托鉢しており、何とも不思議な世界でした。
まだ6時半くらいで薄暗く、カメラのISO感度をどーんと上げないと撮影不可な状況です。
観光客のストロボの嵐のようなところもありました。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/08 Mon

猫子不是中心

Elmarit R 28mmF2.8
海野宿の最終回です。
その家並みの美しさを紹介できるような作例を1枚も出さないうちに終わってしまい申し訳ありません。
ただ、今日の作例は気に入っているので、これで締めくくれるのは個人的には、まあよしとしましょうくらいには言えるかと考えています。

久し振りのR用エルマリートはとてもよく写って、オールドレンズとは言えないとがっくりでしたが、現代レンズらしい逆光での強さはわたしの他のレンズにはなかなかないもので、この光線状態ではベストの写りだと思っています。
コントラストの良さからでしょうか、こんな逆光で色がこれだけ表現されるとは思わなかったので、そこがまずいいなと思います。
これは偶然ですが、人物に当たる太陽光の輪郭線が室に美しいですね。

そして、これが気に入っている最大の理由ですが、猫の白毛が見事にレフ板の役割を果たして中央の少女の顔を照らしていたので、これだとこの位置で図々しく撮らせてもらったのです。
撫でられている猫も幸せそうな表情をしていて、子どもの顔と猫の顔とがいっしょになるポジショニングを取りかけましたが、幸いにしてわたしはあまり猫の写真には撮るのも見るのも関心が向かないのでそえはならず、猫毛レフ板を見出してこれだと撮影することができました。

もうひとつお気に入りになった理由は28mmの距離感の記憶がよみがえったことです。
昔、カメラを始めたころは広角の使用頻度が高くて、とくにRではないM用の2代目エルマリートをM6と組み合わせてよく使っていました。
その頃はスナップで、人物を取り入れたものを狙っていましたが、28mmという画角は被写体にかなり寄らないと面白い写真になりりません。
普通にしている人にカメラを持って寄ると警戒されてしまうというか、そもそも自分にそんな行動をする勇気がありませんので、狙いは何かに集中している人にぐっと近付く作戦でした、

被写体は子どもが多くなってしまいますが、スナップのうち何枚かに1枚はそうやって撮った写真で、自分で見る限り面白い写真と言えるのはそういう写真ばかりでした。
今日の作例を見て、そういえば10年以上前にライカで撮っていた時は、こういう写真を撮ろうとしてたっけと思い出させてくれたのです。
エルマリート28mmはRもMも少し大きすぎるので、35mmレンズを何か付けて、M6スナップを復活させたくて少しワクワク状態です。

海野への小さな日帰りの旅は、天気に恵まれ、モデルに恵まれ、食事も大満足と絶好調だったのですが、最後に失態があったことを付け加えてお詫びとしましょう。
翌日もお休みだったので、せっかく信州まで来たのだし、夜に地酒を呑みながらそばを食べてゆっくり帰ろうと段取っていたのですが、さて、駅前温泉に浸かって汗を流し、調べておいたそば屋に行くとなんとお休みだったのです。
閉まっているのに気付かずこの辺のはずなんだけどとずんずん歩いて、しまいには走って探してで大汗をかいてしまいました。
仕方なく上田に出て、そばは何とかいただけたものの、時間の都合で慌てることになってしまい、最後のドタバタが愉しかった1日に水を差した格好です。
ローカルのお店が東京の感覚で土日や夜も開いていると考えてはいけないのだと思い知らされました。
【Alpha7/Elmarit R 28mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmarit 28mmF2.8(R) | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/07 Sun

徕卡M4美女

Dallmeyer 11cmF4
カメラを持っている人が多くいると、どんなカメラを使っているのかなと気になることしばしばです。
人のカメラをチェックして、珍しいカメラやレンズを見つけると、こっそり撮影したり、声を掛けたりもします。
鎌倉や京都などを散策しているとライカやローライなどの遭遇率は高いですし、あれは何だろうかというようなカメラやミラーレスに判別不能なレンズを取り付けているのを見たりもしてなかなか気が抜けません。

しかし、○○祭りなどのイベント系にはなかなかそういう出合いが無いのが現実です。
カメラの名機や珍しカメラでそういうものを撮りに来る人はそもそも少ないのでしょうが、人物撮影なので面白いポートレイトレンズやソフトレンズなどを持ち込んでいる人が少しはいてもよさそうなものなのに、自分たち以外に変わりレンズを持っている人は皆無に近いようです。
逆に言えば、そういうイベントでは現行カメラに純正レンズの一眼レフばかりですから、メーカーにとってはイベント様様と言えるでしょう。

海野宿でもそれは同様で寂しく感じていたのですが、同じように考える人が製作したのでしょうか、今ほどニュースを見ていたら間に流れたJR東日本のCMで、ライカM3にエルマー90mmか何かを付けたカメラで鉄道の写真を一眼レフのおじいさんたちに紛れて撮影するというのが流れました。
なぜライカで鉄道写真なのか分からず、CMの女の子もライカに慣れているようにも見えませんでしたが、三脚に据えさせて写真を撮っているのでISO25の低感度モノクロフィルムを絞って撮っているのかと思わせるところが面白い演出なのかと思いました。

もしかしたらと思いましたが、検索するとやはりもうこういうのはYouTubeに動画でアップされているのですね。
あらためてみるとカメラはM3ではなくM4でしたし、レンズはエルマーではなくエルマリート90mmのようです。
なぜかフードは90mm用のIUFOOではなく35mm/50mm用のIROOAが付いています。
こういうところは、敢えてよく見るとおかしいという伏線を敷いておいて、ライカファンなどが突っ込んで話題にしてくれるのを狙っているのでしょう。
M4にエルマリートを準備するような小道具担当がフードを間違えるようなことは考えにくいです。

それと、わたしの勝手な推測では、先に述べたように、カメラマンが集まって10人が10人とも現行デジタル一眼レフというのでは面白くない、ということを表現した演出のように見えるのです。
カメラもレンズもすごく進歩してしまって同じような位置から同じような最新デジタルで撮っても同じような"優秀"な写真ができあがるだけですが、それで楽しいですかと。
それが証拠にCMの最後が、頭が入っちゃったと、目の前の人の頭が入り込んでしまう失敗を気にも止めずに笑いながら言うというオチになっているのですが、その頭を写された当人は撮影後の液晶でのチェックを真面目腐ってしているという対照的な配置にしているのです。
わたしが海野宿でも体験したことがそのままCMになったような気がしてなりません。

それはそうと、このCMの影響ではありませんが、今度久し振りにM6を使ってみようと考えました。
まわりでフィルムを使いだした人がいたということがあり、ミラーレスにしてからライカをまったく使わなくなって恋しくなってきたということもあってのことです。
作例の美人ふたりは20歳とのことでしたが、いまひとつペッツバールには関心を持ってもらえませんでした。
ライカだと言ってもそれは同様だと思うのですが、この中にはフィルムという科学の長い紙が入っていると言ったらどういう反応なのか気になります。
フィルムを知っているかもしれませんが、もしかしたらフィルムってなにと関心を示してくれるのではと思うのです。
【Alpha7/Dallmeyer 2833 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(4) | 2014/12/06 Sat

鹿肉三明治

Elmarit R 28mmF2.8
さすが信州と感心したのが、小さな宿場の祭りにもかかわらず食べ物が豊富にあったことです。
結果的には、種類が多すぎて食べ切ることができませんでしたし、食べようと思っていたものが早々に売り切れて食べることができずということもありました。
この祭りに出掛ける人はかなりの空腹で出掛けて、帰るときはお腹をぱんぱんにふくらませることになるでしょう。

わたしたちがお昼に選んだのはジビエ・サンドで、何でも鹿肉のメンチのサンドイッチとのことでしたが、市内のワイナリーで正装しているというシードルとも相性よく美味しくいただくと、それだけで満腹になってしまいました。
祭りの売りは、安く提供している2種類のほうとうだったのですが、食べることができません。もうひとつの名物のくるみのおはぎをknpmさんとシェアしていただきました。
他にも各家の自慢の食べ物や野菜・果物の販売もありましたが、見ている余裕なくことごとく売り切れてしまっていました。

2日前の作例の美人姉妹は畑で栽培したキウイを販売していたのですが、これも気付いたときには売り切れていて、そのことをきっかけにknpmさんが話をしているうちに写真を撮らせてもらったという経緯があるので、売り切れてモノがなくなっても諦めるのは早いという教訓になりました。
最初話を聞いたときはキュウリかと思って、わざわざここでキュウリをと思いましたが、さすがにフルーツどころの信州ではキウイなのかと確認できました。

いろいろと話を聞いていると、売り切れる理由がよく分かります。
祭りで外から人が来るとなれば、少々高めでも売れそうなものなのに、お祭りなのでと安く販売しているようなのです。
それならわたしたちもいろいろと買い込めばいいかといえば、荷物が増えてただでさえ、替えレンズなどで膨れたバッグが重たくなるのは避けなければなりません。
最後にささっと欲しいものをまとめ買いができればよかったのですが、多くが売り切れで残念でした。

特に残念なのがワインで、市内にはワイナリーがいくつかあって、いずれも勝沼や塩尻などとともに日本のトップクラスと評されているそうです。
勝沼が甲州ぶどうにこだわっているのに対して、こちらではフランスの優良品種のメルローやカベルネを栽培していることからフランスワインと区別がつかないほどのクオリティまでに高品質なワインを製造していて人気が高く、入手が難しいものもあると聞きました。
それらは当然高価ですが、その時飲んだメルローはリーズナブルながらもふくよかな果実味に富んでいて、料理と合わせなくても美味しく飲めるミディアムボディでした。
聞けば、オーナーはあのエッセイストの玉村豊男さんとのことでした。

作例の古建築のお宅には、持ち帰りが楽な豆や梅干しなど自家製のものを安く販売されていたので、いただいて帰りました。
それどころか室内の写真も撮らせていただき、たいへん感謝しています。
どうして、ここにだけ古い建築が残ったのでしょうと野暮な質問をしてしまったのですが、実に明快なお答えをいただきました。
多くの村では長男などが町に出るとなると、家族が揃って町に住むのが普通だったのですが、海野宿では、頑張ってひとりでやって来い、その間家はわたしたちが守るからと送り出すようにしていたそうです。
その間お互いにたいへん厳しい生活を強いられたのだと想像しますが、きっと家族を思う心が強く、どうにか凌いで故郷に錦を飾ったりすることができたのでしょう。
古い町並みを今に残す背景には、家族の絆が何より必要で、村全体でそれを守り通そうとしたということだったのですね。
【Alpha7/Elmarit R 28mmF2.8 F2.8】
thema:ペッツバール genre:写真
Leitz Elmarit 28mmF2.8(R) | trackback(0) | comment(2) | 2014/12/05 Fri

緑色鏡胴

Elmarit R 28mmF2.8
赤レンガ倉庫にヴィンテージカーを見に行ったときは、直前に見つからなかったフィルターがやっと手に入ったこともあって、マクロ・プラズマートを久々に使いました。
ペッツバール以外のレンズも久し振りでしたし、ライカを使わなくなってからノンライツレンズを使うのもどれくらい振りのことか思い出せないくらいです。

今回は、長らくそのフードを探して見つからず、諦めていたところひょっこり手に入ったので、早速そのレンズを持ちだすというマクロ・プラズマートと同様のパターンで選択したレンズを持って行きました。
それが、エルマリート28mmF2.8のライカR用レンズです。
このレンズのフードは、35mmF2や35mmF2.8などと共有できる一般的なものなので入手困難ということはありません。
しかし、わたしのエルマリートはR3サファリ用のオリーヴグリーンと言われる緑色の鏡胴なので、同色のフードをずっと探していたのですが、フード単独ではまったく見つかりませんでした。

レンズの達人から、欲しいレンズのことを念じていれば、やがてそれは通じてレンズは向うからやって来てくれるものですという、レンズ蒐集家のための格言を教わりました。
実際わたしは日々念じることで、いつくもの希少レンズを手に入れてきたのですが、先に挙げたマクロ・プラズマートはその最たるものですし、最小絞りF8のゾナー5cmF1.5、アンジェニュー35mmF2.5、初代クロームのズミルックス35mmF1.4、ズノー35mmF1.7、シムラー5cmF1.5などはどれもがそうやって手に入れたオリジナル・レンズですが、当時の相場でもびっくりするくらい安く購入していますが、今の価格と比較すると4分の1とか5分の1といった値段だと思います。

ところが、せっかく4万円ほどと相場よりはかなり安く元箱付で入手したサファリレンズの専用フードはいくら念じても、まつたく姿を現しませんでした。
同時にR用ズミクロンの初代ライカフレックス用クローム鏡胴もやはり念ずるものの買うことができません。
R用クローム・ズミクロンは実は時々目にしていたのですが、どれもとても高価で買う気が起きなかったのですが。
もうサファリレンズを持っていることを忘れた、恐らくレンズ入手から10年以上経ったつい先日、このフードがロンドンのライカに強い店のウェブカタログににぽろっと出ていたのです。
即刻入手して、ついに念願を叶え、今回の海野宿でのダルマイヤーのペッツバールとともに持参するレンズに加えることにしました。

ライカR3サファリは1978年に限定2500台が製造されたようです。
軍用を意識したオリーヴグリーンのボディの限定ライカとなれば高価に取引されるのではと考えがちですが、R3自体がベースモデルがミノルタということもあって不人気で、それほど高い価格で取引されている訳ではないようです。
それにしても、28mmF2.8サファリカラーはボディより製造数が少なかったはずで、たぶん1000からせいぜい1500本くらいの製造なのではと想像しますが、わたしが入手した時は普通の黒鏡胴の同レンズよりむしろ安く売られていて、不思議な気持ちで購入しました。
最近使っていませんがライカSLを持っているのでそれと組み合わせて使いましたが、とても好く写るレンズで、M用のエルマリートより全然いいじゃないかと興奮しました。

今回、あらためて使ってみますと、写りがいかにも現代レンズのそれで、今の自分にとっては関心の持てないレンズになってしまっています。
それはそのはずで、レンズの製造も1978年ですからもはやクラシックレンズとは言えないちょっと古いという程度のレンズです。
それでもたまに持ち出すのにはいいと思いますし、珍しいサファリレンズなので他の人の興味を惹くのは間違いありません。
と思っていたのに当日は誰からも声がかかることはなかったばかりか、同行のknpmさんですらまったくの無視状態です。
色違いだけのレンズというのはダメだということを゜意味するのでしょうね。
【Alpha7/Elmarit R 28mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmarit 28mmF2.8(R) | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/04 Thu

你笑什麼

Dallmeyer 11cmF4
海野宿ふれあい祭りには、いくつかの催しがタイムテーブルに連なっていて、適度に見物客を飽きないようにさせる工夫が伝わります。
巫女さんの舞のような神事から、子どもずもう、流し踊りのような祭りの定番、人力車への乗車では古い町並みを少し高い目線で眺めることができ、そしてわたしたちのような人物撮影が主体のレンズ愛好家にはなくてはならない時代衣装行列があります。

しながわ宿場祭りは規模の上でまったく比較になりませんが、大磯宿場祭りや与野大正時代まつりとは肩を並べるところがあると言えます。
例えば、実感としての通りの長さは、大磯、与野、海野宿はほぼ同等のように思えます。
時代装束の人数でいうと、与野が多く、大磯は少ないですが、海野宿も大磯ほどではないですが少なめな印象があります。
大磯では、本格的コスチュームがほとんど無い代わりに、住民や販売屋台を出す皆さんが着物になるなど、全体が祭りを盛り上げようという機運を感じられるのに対して、海野宿ではその部分が弱いのが残念です。
昨日の作例の美人姉妹などはぜひとも来年は着物で来てもらいたいものです。

それに大磯では、ゲスト参加というか衣装自前で祭りを盛り上げる人たちの存在が大きい。
紋次郎さんはじめ、乞食コスチュームの男性、ヴァイオリン弾き、ガマの油売り等々、おなじみの皆さんが独自のスタイルで祭りを盛り上げています。
与野でも同じメンバーの方がいたり、やはり自前の大正ロマンスタイルで飛び入り参加する人が多く、祭りをより楽しませる重要な要素になっています。

とはいえ、やはり時代衣装行列の存在は重要で、これがあるからこそ海野宿までやってきたというのは間違いありません。
それがなくても海野宿の家並みはたいへん魅力的ですが、いつか訪れるならこのような機会があればそれに越したことはありません。
また、何もない静かな時にも再訪してみたいと思わないではないですが。

さて、今日の作例は、保母さん4人組で時代衣装行列に参加していた内のおひとりに登場願いました。
いつもの通り、江戸時代にイギリスで製造されたレンズなので、江戸時代のコスチュームの美人を撮らせてもらいたいとお願いしてモデルになってもらったのですが、一度ポーズを取ってもらうと次々とカメラマンがやって来て、ピント合わせに手間取るわたしはシャッターを切るタイミングがありません。
撮ろうとして別のカメラマンが前を塞ぎの連続で、そのまごまご振りが受けたのでしょう、笑われてしまいました。

そんなことがあっても、彼女はしっかりとこちらに目線をくれましたので、わたしはちつとも問題にすることはありません。
しかし。この日もそうでしたが、このようなシチュエーションで不愉快な思いをすることがしばしばあります。
ひとつは、ポーズを強要したり、しつこく注文付けたり、ちょっと高圧的な印象を与えるような人が必ずいるということです。
撮らせていただいているというのに、モデルを雇ってやっているという態度なのを見ると、それは違うのではと言いたくもなります。
もうひとつは大勢で撮っていると、中の人同士が小競り合いというか揉め事というか、ちょっとしたことが原因で大人気ないことになってしまうというこがよくあるのです。
わたしたちにとっては反面教師ですが、本人は気付いていないのがたちの悪いところです。
モデルになった女の子が笑ってますよ、と言ってあげればいいのかなあと思ったりしています。
【Alpha7/Dallmeyer 2833 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2014/12/03 Wed

白平衡問題

Dallmeyer 11cmF4
昨年は雨だったと聞いたのですが、今年の海野宿ふれあい祭りは好天に恵まれました。
ただ、大地震が前夜あって、集落は相当揺れたそうです。
人生最大の地震体験だと語る人もいたくらいでした。
県下でいちばん被害が大きかった小谷村は直線距離で70キロほど離れていて、海野の古建築には被害がなかったのは幸いでした。
もちろん、先の自信で被害に合われた皆さまには、お見舞い申し上げなくてはいけません。

とにかく好天だったことで、思った以上に暖かだったのはよかったのですが、そのことをないがしろにしたための失敗がありました。
ホワイトバランスの設定です。
幅の狭い街道の左右に古建築が並んでいて、日なたと日陰をはっきりと分けていたのですが、カメラの設定を太陽光にしていたためでしょう、昨日と今日の作例では日陰が青っぽくなってしまいました。
フィルムでもこういう失敗はしばしばありますが、デジタルはその場で確認できますし、何よりRAW現像して色味も調整するのが普通なようなので、どうにかしなければならないところでした。

わたしは横着な人間なので、後で写真を修整してよくしたいという気が起こりません。
さらに悪いことには、最初にホワイトバランスを設定してしまうと、天候の変化にも反応せずにそのまま撮り続けてしまいます。
旅に出て、前夜に蛍光灯下で撮影するので、蛍光灯に設定して、翌朝は晴天下の撮影にも関わらず、設定そのままに撮り続けて途中で気付くなどと言うことを当たり前のように繰り返しているくらいです。
適当なスナップを撮っている分には自業自得で構わないのですが、頼んでポートレイトなどを撮らせてもらっているのに、自らの性質の問題で、色がおかしかったりしては申し訳ない限りです。

今日の作例のふたりは、たぶん、海野宿でたいへん評判の美人姉妹です。
美人は今や全国津々浦々どこにも存在しますが、器量好し、性格好し、加えてこの子とてもいいなあと思わせるところがあって、すっかりお気に入りになってしまいました。
また来てくださいねと言ってくれたのですが、もちろん社交辞令とは知りつつも、こういう子たちに言われるとすっかりその気になってしまうのがもてない男の困ったところです。

困ったついでに言えば、色温度以外にも長焦点のレンズでふたりを正面からとらえなかったことも今日の作例では致命的な失敗ですね。
お姉さんがボケて妹さんの引き立て役のようになってしまいました。
ふたりが並んだ写真はどうも交戦状態が酷かったり、そもそもふたりともにピントが合っていなかったりで、これを採用せざるを得なかったと言い訳しておきます。

ところで、彼女たちもそうでしたが、海野宿の皆さんはペッツバールの説明をすると大いに関心を持ってくれたのが、今やペッツバール運動推進委員になったわたしにとって、とても嬉しいことでした。
また、祭りに来ている人のほとんどは近隣からのようで、東京から来たというと先方でも喜んでくれていたので、これはお互いさまのようなところがあります。
古い町に行くと古いレンズがより光るのは、住んでいる人たちの好奇心と素養によるのだということを再確認しました。
【Alpha7/Dallmeyer 2833 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/02 Tue

第三個古鎮

Elmarit R 28mmF2.8
酷暑のカンボジアから一気に飛んで、今日からは肌寒かった海野宿のふれあい祭りの作例を紹介したいと思います。
海野宿と言ってどこにあるか分かる方は残念ながらあまり多くないかも知れません。
しかし、海野宿は東御市にありますと言っても、ますます分からなくなってしまうばかりでしょう。
東御市は長野県で、ちょうど10年前に東部町と北御牧村が合併した市だと言ってもまだピンと来ないでしょうか。
長野と軽井沢の間の上田市から私鉄で10分ほどのところと言えば、ようやくだいたいの位置が分かってもらえると思うのですがいかがでしょう。

長野県の古い町並みというと、妻籠と奈良井があまりに高名です。
わたしも4年前に奈良井宿を訪れましたが、旧街道沿いに古建築が驚くほど長く連なっていて、これだけの町並みが残っているのかと感嘆したものです。
それ以外にも県内には町並みの美しいところは多いので、関東なら川越や栃木などの小江戸と呼ばれる町に匹敵するところは多くあるようです。
しかし、海野宿は知名度はそれほどでもないかも知れませんが、旧街道の左右に古建築が密集している点において、前述の妻籠・奈良井に準ずる日本の古鎮と評価しています。

交通についても紹介すると、東京から新幹線で上田駅までおよそ1時間半、しなの鉄道に乗り換えて10分、田中駅で下車、歩いて15分少々で海野宿に到着します。
時間はかかっても安く行きたいという向きには東御から池袋・新宿方面に直通高速バスが走っています。
自家用車では、上信越自動車道の東部湯の丸インターを降りてすぐのところです。
新幹線や高速を使えるのはアクセス的にやはりとても便利で、関東から見た場合は、海野が妻籠・奈良井に勝る点です。

今回は、knpmさんとふたり旅でしたが、新幹線で向かいました。
せっかくの信州の旅なので、1泊して温泉に浸かったり、他の町も見たりすることができればよかったのですが、11月の3連休で宿の手配や現地での移動手段の問題などから泣く泣く日帰りすることになりました。
8時12分発の新幹線に乗り込んで、レンズ話などに花を咲かせていると早くも10時半には現地についていました。

メジャーでない町のあまり宣伝をしていなそうな歴史祭りですが、海野宿自体の規模が小さいので、到着時はけっこうな人でごった返していました。
カメラマンも大勢いますが、馬車道まつりの時に感じたのと同様、定年退職世代くらいの片がほとんどでした。
というよりは、若いカメラマンはまったく見かけません。
ほんとにわたしが最年少だったのではないかというくらいで、20代のカメラを持った人がいたと思ったら装束を着た参加者の友だちで、雄姿を撮影しに来ただけのようでした。

もうひとつは老若を問わず女性カメラマンがほとんどいなかったのが不思議でした。
東京や横浜では男女比が変わらないのではというくらい女性カメラマンも活躍しているのが実感できるのですが、地方に来るとなかなかそういうわけにはいかないのかなあと考え込まされました。
わたしは、おばあちゃんとか若い女性とかがメカニカルなカメラなんかを使いこなしているのをみたら嬉しくなるようなたちなので、ちょっと残念な気がしました。
作例の少年もきっと同じ思いだったのか、がっかりした様子が表情や仕草に表れてしまっています。
【Alpha7/Elmarit R 28mmF2.8 F2.8】
thema:ペッツバール genre:写真
Leitz Elmarit 28mmF2.8(R) | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/01 Mon
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