礼貌新娘

Ernostar 5cmF2
シエムリアプの旅はあっという間に終わりを迎え、今日が最後の作例なのできれいなお嬢さんに登場してもらいましたょう。
いえ、彼女はお嬢さんというか花嫁さんで、水たまりのようなトンレサッブ湖から帰る途中にたまたま結婚式をやっていたので、図々しく呼び出して撮影させてもらったものです。
化粧が強烈なので歳が分かりにくいですが、友だちがみな20歳前後だったので、彼女もその前後くらいだと思われます。

普通に立っているところを撮影し終わったら、ありがとうのタイ語でいうところのワイをしてくれたのですが、そのポーズ良いですねとさらにともう1枚撮らせてもらいました。
少し暗いところでしたが、半逆光の位置に回り込んで露出をかなりオーバー目にしてみたら、華やかな雰囲気になっておめでたい雰囲気が増したように思います。
わたしのエルノスターは逆光に強いレンズとはとうてい言えないのですが、先日の作例と言い今回と言い、コントラストが落ちるくらいの逆光すれすれで撮ると好い表現をしてくれるようです。

写真を撮れて満足気に立ち去ろうとすると、出口近くのテーブルの長老とも言えそうな老人が手招きして、何か言っています。
近くの青年が英語に翻訳してくれて、どこから来たのか、日本から、日本は素晴らしい国じゃぜひとも食事して行ってくださいと座席を作ってくれました。
10人ほどのテーブルにはご馳走が満載でしたが、みんな満腹してしまっていて食事が余ってしまうのでしょう、勿体ないから食べてってという意味でもあったようです。

座るやいなやビールが出てきて乾杯し、しばらくすると例の村の手作りの酒がやって来ます。
これ飲んじゃったらやばいだろうなと心配しましたが、結婚式用だからなのか味はまろやかでアルコール度数も低いようでした。
とはいえ、そういう酒の方がかえって危険とは承知しているのでちびちび飲みながら、魚や鶏にぱくりと食いつきます。
ここの料理もさすがに旨くて、シエムリアプのレストランといい、町中のソバといい、ビゾルさんの奥さんの手料理といい、カンボジアの食事は全部美味しくいただけました。
カンボジアもかつてフランス領だった国でバゲットはとても美味だと言いますし、アンコールワットに退屈し、トンレサッブ湖の小ささに嘆いたわたしも、この国の料理には満足することができました。

先ほどの通訳をかってくれた青年は中学で英語を教える先生だそうで、なるほど発音がきれいな訳です。
彼は、熱心にカンボジアの未来についてわたしに語り掛けました。
日本のように優れた国民がみな必死に働いたからこそ敗戦から日本は復興することができた。
そんな手本がありながら、わたちたちの国では教育が立ち遅れ、若者に責任感が育たず、真面目に働こうとするものが少なすぎる、これではどうして発展していくことができるだろうか、彼はそう言って嘆いています。
またカンボジアへ来る機会があればウチに泊ってくれとアドレスをわたしにくれながら再会を楽しみにしていると言いました。
そういえば、ビゾルも次回来た時はシエムリアプよりここに泊った方がいいぞ、ぜひウチに泊りに来てくれとアドレスを渡してくれましたっけ。

正直なところ、また来たいという気持ちはまったくなかったのですが、見ることができなかった大きなトンレサッブ湖を見に、何より彼らに会いに再訪してもいいかなくらいの気持ちにはならないではありません。
そういえば、この度の計画は友人がして、その話からわたしは別の計画を思い立ったのです。
今年になってから、ベトナム、シンガポール、インドネシア、タイ、マレーシア、ブルネイ、ミャンマーと東南アジアの国を短期で訪れていました。
行けるのはせいぜいこれくらいかと思っていたところ、友人からカンボジアのお誘いがあったのです。
これら8ヶ国はいずれも東南アジア諸国連合に加盟していますが、そのASEAN加盟国は10ヶ国で、確認すると残りの2つはフィリピンとラオスだけです。
そこで、カンボジア行きが決まった次にフィリピンに行ってみるかと考え、いつもの香港経由の便が格安プロモーションをやっていていきなり実現してしまいました。
続くこのカンボジアが9ヶ国目となり、1年間でASEAN制覇にリーチがかかります。
ペッツバールレンズを集めているときの勢いで、アジアのあちこちに行ってしまっているのでした。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
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thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/30 Sun

比琵琶湖三倍大

Ernostar 5cmF2
食事は素朴な肉野菜炒めとスープでしたが、長粒種のご飯を含めて不思議とどれも美味しくいただきました。
すると、これも飲んでみてとポリ容器に入った透明な液体を、ビールを飲み終わったコップにビゾルさんが注いでくれます。
米の蒸留酒です。
アルコール度数は40度くらいだそうですが、オレたちはビールは高いんでいつもこっちを飲むのさ、どうだい旨いか、と言った調子で聞いてきます。
わたしにとっては中国でよく飲んだ馴染みの味で、不味いとはいいませんが、酒には弱いので、わたしが昼間から飲む酒ではないなあと答えてふたりして笑いました。

友好的なビゾルさんなので、ここからトンレサッブ湖に連れて行ってくれないかとお願いしてみました。
トンレサッブならこの道ではなく1本東側の道だというので、そちらに行って50ドル取られそうになったんだと説明すると、彼は日本語ガイドをやっているくらいなので、みんなそこで金を払っているよと言うので、わたしは正直に手持ちがそんなにないのでと告げ、この道をまっすぐ行ったら湖が見えないのかと聞きます。
彼の答えは不思議なことに、先月くらいまでなら湖が見えたのだか…、でした。

どういうことかと言えば、カンボジアは雨季が明けたばかりで、先月くらいまでは豪雨が続くような日々だったのが、日照りが続いて湖の面積が一気に減少したということのようです。
なんと雨季になると通常期の5倍に面積が増え、水深も同様だということです。
見たかった湖付近の高床式住宅は、地上5メートルほどの高さにあると聞いていたので、なるほどと合点がいきます。

それでも湖があった名残は見えるというので、バイクで連れて行ってくれることになりました。
周りはずっと畑と田んぼで、雨季の間はだいたい水没しているとのことです、雨季が過ぎればメコン川から流れ込んだ水が栄養分も運んできてくれるので、大地の肥沃さは年単位で更新されるということのようです。
その田畑は個人の所有ではなく、村で所有していてみんなで農業をやって収穫は公平に分配されるのだそうです。
カンボジアの政治体制によるものなのか、この村が自主的にやっているのかは聞きそびれましたが、これだけ面積が広ければ社会主義的効率の悪さでもどうにかなるのだろうなと納得できるものがあります。

ようやく池というよりは水たまりという大きさのものがいくつか見えてきましたが、そこからどんなに目を凝らしてもどこにも湖らしきものは見えません。
面積が半分に縮小くらいなら見えるかも知れませんが、5分の1になったといえば、まだまだずっと先まで行かなければ湖などなさそうです。
もともと心細い細さだった道が、さらにバイクで走るには厳しくなって来たとき、投網を持っているおじさんがいました。
もちろんビゾルさんとも友だちで、わたしのことを紹介しながら漁の具合を聞いているようです。
やはり近くに湖があるのか、ビクの中の15センチくらいの魚を見せてくれます。

ビゾルさんがオレが一丁やってやるかと投網を受け取って、そのまま水たまりに降りていました。
まさかと思いましたが、その水たまりで投網を投じます。
そしてわずか4~5匹でしたが同じくらいのサイズの魚を獲っています。
湖がどんどん縮小する中で取り残された魚なんでしょうね。
2~3センチの小エビが網の中で踊っていましたが、これはそのまま食べて美味しいよと教えられて、3人で食べましたが、確かに微妙な甘みがあって悪くはありません。
そういうわけで、乾季でさえ琵琶湖の3倍あるというトンレサッブ湖は、わたしにとって水たまりサイズの泳ぐこともできない湖だったのでした。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/29 Sat

漂亮裙子

Ernostar 5cmF2
村の道は未舗装でしたが、車が入ってこないからでしょうか、アスファルトの道なみに平坦で歩きやすく埃も立ちません。
しばらく真っ直ぐだったので、明らかにトンレサッブ湖に行こうとしたときにトゥクトゥクで通った道と並行していると思えたので、このまま行けば湖に出られるのではとの期待が高まりました。
おとといの作例のような森を切り開いたような道が伸びていますが、ぽつりぽつりと民家が点在しています。
家はどこも高床式で、階下の日陰スペースに子どもや何か作業する人がいるケースが多く、見かけるたびにカメラを向けたり、あいさつしたりしますが、彼らの方では警戒心などなく手を振ってくれたりで、アジア的なホスピタリティーというのでしょうか、心優しい気持ちになる瞬間が連続します。

高床式家屋は、大きく2種類あって、クラシックタイプとモダンタイプと名付けました。
昨日の作例のような現代住宅を高床にした木製のがモダンで、今日の作例のような自然素材そのままのような手作りハウス的なのがクラシックです。
家自体がしっかりしていそうなのはモダンですが、クラシックの方が涼しげな外観から快適性では勝るのではと想像しました。
何より、見た目ではクラシックの方が誰もが美しいと思うでしょう。

臼と杵で餅つきのような動作をしている女性が気になって、ハローと言いながら近づいて行きました。
田舎のおばさんなので英語は通じませんが、いつもならこんにちは、さようなら、ありがとうくらいの現地語は覚えてから旅する習慣があるのに、アンコールワットに期待していなかったため、それを怠ったことを後悔します。
しかし、カンボジアの田舎でも、ハローやサンキューは通じるようで、コミュニケーションはまったくない訳ではありません。

餅つきに見えたのは、家禽のエサを作っているようでした。
足元にいるのは、鵞鳥、アヒル、それともカモ、よく分かりませんが、アジアの各地で似たような鳥類を見ますが、こんな黒いのは初めてかも知れません。
ぐわっぐわっとうるさいかといえば、全然鳴かず不思議とおとなしかったのが印象的です。
それよりも良かったのが女性の巻きスカートのような衣装です。
伝統的な布による民族衣装とも呼べるものだと思いますが、ずっと着続けられているのでしょう、いい感じに枯れた雰囲気になっていました。

撮影後、さらに道を進むと広場になっているようなところがありました。
そこでなんと、「どこから来たのですか」と日本語で声を掛ける男性がいます。
あっちからと来た方向を指さす間抜けな回答をしたところ、いえ、日本のどこから来たのですかと再質問されてしまいました。
小さな商店にいた恰幅のいい男性は、ビソルという名前だと名乗り、店の前の椅子に座るようにうながします。
暑かったので、ちょうどいい休憩になると思い、ビールを頼みました。
このあたりには電気は来ていないのですが、車のバッテリーを改造して数世帯の電気を賄っているそうで、冷蔵庫から出てきたビールはキンキンに冷えていて、思わぬところで至福の時を得ることができました。

なんでこんな田舎に日本語を話す人がいるのでしょう。
ビゾルさんの説明では、アンコールワットで日本語ガイドをしているからというあまり面白くないものでしたが、彼の人生自体は拝聴に値するすごいものだったようです。
彼は少年時代から軍隊に入って、政府軍の一員としてポルポト兵や彼らが逃げ去ってからのゲリラと、地上戦を戦い続けた人生だったそうです。
恰幅がいいのもそのためで、体には戦闘によるキズが生々しく刻まれているとも笑っていました。
話を聞いているうちに、奥さんがお昼を準備していて、わたしの前にもご飯を置いています。
ほんの10分ほど前に知り合ったばかりなのに、いきなりご馳走になることになってしまいました。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
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Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/28 Fri

王湖的影響

Ernostar 5cmF2
エルノスターの入手にこだわった理由を掻き忘れていたので、3日連続になってしまいますが、レンズのことを少々記させていただこうと思います。
これはキングスレークによるところが非常に大きく、その部分を再確認します。
「写真レンズの歴史」には13章までの章立てがされていますが、真ん中の第7章が「トリプレットとその改良型」と題され、エルノスターがカテゴライズされているところです。

Ⅰ.クックのトリプレット
Ⅱ.ヘリアーとその変形
Ⅲ.スピーディック型
Ⅳ.エルノスターとゾナー
Ⅴ.ライツの改良型トリプレット
Ⅵ.レイの明るいレントゲン・カメラ用レンズ

このうち、Ⅰ.クックのトリプレットはライカマウントに改造できる焦点距離の短いものが見つかっておらず、Ⅵ.レイのレントゲン・レンズはバックフォーカスがミリ単位で写真撮影はほとんど不可能なレンズのため除外します。
Ⅱ.のヘリアーは、51mmF4.5を入手、Ⅲ.のスピーディック型でもクックのシリーズX51mmF2.5というレンズがそれに該当します。
Ⅴ.のライカのトリプレットと言えば、エルマー90mmF4がありますが、変形の貼り合わせ付では、ヘクトール50mmF2.5を代表に据えたいと思います。

問題となるⅣ.ですが、原型と言えるガンドラックのウルトラスティグマット50mmF1.9をまず手に入れ、ゾナーではコンタックス用初期のブラックペイント&ニッケルのゾナー50mmF1.5、50mmF2を続けて購入しました。
そうなると、ウルトラスティグマットからゾナーへの空白を埋めるエルノスターが、他のレンズと同様の50mmという焦点距離のもので見つけ出す必要が出てくるということになり、このたびようやく念願がかないました。

ゾナーもそうですが、エルノスターにはバリエーションが多く、ベルテレが設計した以外にもこの型に入れるべきか悩むレンズはいくつも存在します。
ペレテレの3つのエルノスターを見るとトリプレットの1枚目と2枚目の間に貼り合わせの分厚いメニスカスが入るという共通点があり、これがエルノスター型の定義だと言えそうです。
例えば、マイヤーのプリモプランはこの定義に当てはまるのでエルノスター型と呼びたいですが、プリモプラン型と独自の方であるという言い方がされることがあるようです。

ケルンのボレックス用スイター50mmF1.4もほぼ同じ形のエルノスター型です。
有名なマクロスイターも定義からは外れますが、トリプレットの1枚目と2枚目、2枚目と3枚目のそれぞれの間に正と負の貼り合わせメニスカスを入れている点で、エルノスター型と言えるとわたしは思っています(F1.8のマクロスイターは2群目が貼り合わせ出なく単玉)。
ただ、マクロスイターをエルノスターだと言っているのはわたしくらいなもののようで、マクロスイター型というような独自の型と位置付けるのが一般的なようです。

希少レンズの情報と研究の宝庫と言えるwww.oldlens.comにライカマウントに改造されたエルノスターが出ています。
正面の銘板部分がわたしのレンズとそっくりですが、シリアル番号はわたしのものの方が古いです。
鏡胴デザインは違いますが、見比べた限り同じレンズなのではないかと思ってしまいそうです。
ところが、焦点距離が5.2cmとなっていて、レンズ構成が4郡4枚となっています。
少なくともわたしのレンズはレンズ枚数が4枚ではないし貼り合わせもあるので同じ構成ではなさそうですが、短命のエルノスターで同じような焦点距離でこれだけ違う構成のレンズが存在するとは、不思議な気がします。
同じ設計のレンズか比較する機会があればいいなあと思っています。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/27 Thu

回首美女

Ernostar 5cmF2
エルノスターの製造本数は分かっていませんが、キングスレークによれば製造された期間はれほど長くはなかったよううです。
1919年に開発された後、ドイツ各地にあった光学機器メーカーが大合併したためで、1926年にエルネマン社はツァイス傘下になり、ベルテレはツァイスの社員になります。
以降もエルノスターは製造を続けましたが、それは短い期間だったということです。
ベルテレがエルノスターを改良したゾナーを設計するのが1932年のことですので、そのあたりにはエルノスターの製造は終わっていたのでしょう。

わたしは長らくエルノスターを探していましたが、ツァイス銘のものも見たことがありましたが、それはわずか2回だけのことです。
1926年以降製造されたエルノスターは極端に少ないかも知れません。
ツァイスの台帳で確認できればよいのですが、手許に無く未確認なのは申し訳ありません。

製造数が少ない理由を想像するのは、ベルテレがゾナーを開発したことと結び付ければ容易です。
ゾナーと同時に発表されたコンタックスがツァイスの35mmカメラの嚆矢なので、それまでの製造数の少ないカメラにのみ採用されていたエルノスターの製造数も多くなかったということです。
ベルテレがゾナーを開発できなければ、エルノスターがコンタックスに採用されてこのレンズもさらなる栄光に浴したかもしれなかったのですが、あるいはライカに対抗して開発されたコンタックスが何としても新しい高性能レンズを必要としたのだとすれば、エルノスターを隅に追いやったのは間接的にはライカだったと言えるかもしれないですね。

製造数の少なかったこともそうですが、35mmカメラ用レンズが無いことも長らく探しながらエルノスターを入手できなかった原因になりました。
主要なエルノスターを大別すると、10cmF2や8.5cmF1,8を中心としたエルマノックス等の中判用、5cmF2、4.2cmF1.5などの35mmを完全にはカバーしないシネ用、4.2cmF2などボベッテをはじめとした小型蛇腹カメラ用の3種があるようです。
蛇腹用は壊れたカメラを安く入手できたとしてもレンズシャッター付なので、ライカマウント用の改造に適しているとは言えません。
8.5cmF1.8用は比較的入手が容易で、高性能でもあることから入手の機会をうかがっていたのですが、大口径レンズの価格高騰などあって、入手困難になってしまいました。

もともとライカで50mmレンズを愛用したこともあって、5cmF2のエルノスターがわたしにとっての大本命でしたが、これなどはますます出て来ないレンズでした。
何度か見かける機会があったもののとても高価で手が出ません。
別のレンズを購入したドイツ人からエルノスターを持っているが買わないかとのオファーがあったものの実現しませんでした。
彼の話では焦点距離がライカ基準の51.6mmよりも長い52mmほどの焦点距離があるため、距離計連動できないということで、結局、エルノスターを売ってもらう話は立ち消えになってしまいました。
それが、もう5年ほども前のことになります。

さて、今日の作例は、トンレサッブ湖手前の村の市場を抜けると一本道があったのでさらに歩いて行ったところ、中学生と思われる女の子が自転車で来たのでハローと声をかけながらカメラを向けました。
村の人はみなフレンドリーでしたが、この子もハローと返してくれた上に、通り過ぎてからもこちらに笑顔をくれました。
4隅はケラレていますが、日の丸構図にしているためその他のアラは目立っていません。
戦前のノンコートレンズなので逆光には弱そうなものですが、意識してレンズの角度をわずかに下げたことでコントラストの低下を防ぐことができ、必ずしも逆光では使えないレンズではないことを証明できたと思っています。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2014/11/26 Wed

年軽人鏡頭

Ernostar 5cmF2
つい先日、久し振りにペッツバール以外のレンズを手に入れました。
エルノスター5cmF2。
シネレンズをMSオプティカルのヘリコイドでライカに距離計連動するよう改造された、小さなレンズです。
ただし、レンズヘッドを購入して宮崎さんに改造依頼したのではなく、購入時、すでにMSオプティカルの改造が施されて販売されていました。
名高いエルノスターを入手して宮崎さんに改造してもらった前オーナーが、何らかの事情で手放したレンズと言うことのようです。

作例を見ると、無限遠では4隅がケラレて、近接ではどうにか周辺光量落ちレベルで留まります。
しかし、中心部がシャープなのに比べて上下1/3くらいは非点収差等の影響を受けて像が流れてしまうこところを鑑みると、シネはシネでも35mmではなく16mm用のシネカメラのために設計されたレンズではないかと考えざるを得ません。
この使いづらさが、手放した理由なのではと想像しました。
APSサイズなら問題はだいぶ解消されるので、前のオーナーも距離計連動にするくらいですから、ライカでこのレンズを使いたかったのでしょう。

そんなマイナスを知ったうえで、わたしはエルノスターを購入しました。
ひとつは、これがあったのが渋谷区に今年オープンしたレンズ店だったからで、店主はわたしなぞをはるかに凌ぐレンズ研究と撮影に情熱を燃やす青年で、彼の店でこのレンズを入手したことに意味があったということです。
店には、5~6回しか行ったことがありませんし、申し訳ないくらい買い物もしていなかったのですが、それでも無駄話するわたしにお相手してくれ、いろいろな知識を提供してくれる彼とこれからも付き合っていくのに、このレンズが役立ってくれることでしょう。

もうひとつは何と言ってもエルノスターのレンズ史における価値です。
レンズ史上重要なレンズをあげろと言われてすぐに思いつくものをあげるとすれば、ペッツバール、プラナー、テッサー、トリプレットなどと並んで必ず指を折らなければいけない名前です。
1919年に当時のドイツ・エルマネン社に在籍していた、ベルテレが弱冠23歳で設計したのがこのエルノスターです。
エルマノックスというカメラに付けて販売されましたが、写真家ザロモンが政治家や各界の著名人を室内撮影した写真が、エルノスター付のエルマノックスで撮ったものであることがよく知られています。

圧倒的な明るさを持ち高性能だったエルノスターは、当初のF2から画角を広げたF1.8、さらには簡素化されたF2.7までベルテレによって生み出されたとキングスレークは「写真レンズの歴史」に記しています。
今回使用した5cmF2の正確な構成は不明ですが、購入時に店主とレンズ仲間の友人が反射面から4郡6枚であることを導き出し、そうであればF2ではなく、F1.8と同型なのではないかと推定しました。
しかし、あらためて今見てみると、絞りより後半に単玉が2枚あるようで、キングスレークの本にある絞りより後ろに両凸レンズが1枚というのとは違います。
絞りより前もわたしには貼り合わせがひとつしか見えないので、2群4枚ではなく、2群3枚のように思えます。
あるいはF1.8をシネ用に簡素化した設計なのではと想像しますが、正確ではないことを申し添えておきましょう。

さて、今日の作例ですが、学校のあった村は路地を進んでいくと小さなしかし村の規模を考えるとけっこう立派な市場があって、農産物などを売り買いする光景が見られました。
しかし、11時前とすでにピークは過ぎ去っていて、のんびりとしたものでした。
東南アジアではよく見られるハンモックになかなかきれいな女性が寝ています。
カメラを向けると、周りの男性たちが何やらカンボジア語ではやし立てますが意味不明です。
○○子ちゃん、外国人がお前の写真を撮っているぞ、ほら、起きろ、とでも言っているのでしょうが、熟睡中の彼女はまったく気付く様子もありません。
わたしも数回ハンモックで寝たことがありますが、とても寝心地がよくて、日中木陰でハンモックに横になって本を読んでいるとたちまち寝てしまったことを思い出しました。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/25 Tue

波尔布特的渣油

Jamin et Darlot 15.5cmF4
昨日書いたように、人相よろしくないトンレサッブ湖の検問所のようなところにいた連中にポルポト派の残党かと怒りをぶつけてしまいました。
暑い国を心地よく旅する秘訣は自分が熱くならないことですし、タイ同様、仏教への信仰心に篤い微笑みの国カンボジアで怒ったりしてはいけないのですが、理不尽な言い分にやられてしまいます。
しかし、アンコールワットに大量の観光客が日参さるのを見たトンレサッブの住民が、ウチにも来る外国人から金をせしめようとするのは、ツーリズムやグローバル化の過程として止むを得ないことなのかも知れません。
やがて、こんな料金を取っていては人が来なくなってしまうことを知り、値下げするか、そもそもここはアンコールワットのような観光資源があるわけではないので、料金をとろうとしたのが間違っていたと気付くようになるでしょう。

ポルポト派と聞いても1970年代の話なので、今の学生には何のことか分からないでしょうか。
わたしが学生の頃は、しばしばニュースで耳にする言葉で、強引に言えば、今で言う金正恩政権やイスラム国のようなものです。
権力維持のために自分たちに都合の悪い人たちを次々と粛清していったからです。
しかし、その残酷さ規模の大きさは金政権やイスラム国の比ではなく、ナチスのホロコーストに並ぶほどのものです。
100万人以上の国民がポルポトの政策により大量虐殺されており、その残虐性を後世に記録すべく彼らが行った処刑方法を展示した記念館や、虐殺現場に大量の遺骨を展示した慰霊塔を建てたキリングフィールドと呼ばれる施設があります。

それらはプノンペンにすべてあって、アンコールワットがあるシエムリアプは、快適に遺跡観光してもらうために負の歴史を知らせないよう、忘れさせようと努力しているのだろうと思います。
アンコールワットには首のない彫刻が多くありましたが、これらはポルポトを支援したクメールルージュによる破壊とされていますが、ツアーガイドはそのことには一度も触れません。
何より、遺跡周辺には未だに多くの地雷が残っていますが、それらがカンボジアの新政権に対抗したポルポト派の残党によるものだとの説明もなし。
世界遺産アンコールワットを見に来た人には、今のカンボジア人のことなどどうでもよいことなのでしょうが。

とは言え、カンボジアの近代は複雑で分かりにくいというのも事実で、シアヌーク、ポルポト、ヘンサムリンがそれぞれに対立したかと言えばそうではないようですし、それ以外にも多くの指導者が出て、今の日本の野党のように離合集散を繰り返したようなところがあるようです。
また、カンボジアと戦争になったベトナムに対抗するアメリカ、中国、タイが立場上ポルポト政権を支持してしまったことが事態をより複雑化させていたようです。
当時、カンボジアで大量虐殺が起きていると難民が訴えても、上述の3国では、難民の方が嘘をついていると認めない状況が続いたと聞きます。
日本でもアメリカと同じ立場が取られましたし、知識層が共産主義礼賛のために虐殺を否定するということもあって正確な情報が伝わりませんでした。

旅の2週間ほど前に、1984年に書かれた大石芳野さんの「女の国になったカンボジア ポル・ポト派は何をしたか」という本を見つけることがてきました。
当時は、ポル・ポト政権は駆逐されて新政権がスタートしたばかりのことで、カンボジアの内情はほとんど成果に知らされていませんでした。
取材の許可を受けた大石さんは、国民ひとりひとりに話を聞いて、噂とされていた大量虐殺が現実であったことを証明していきます。
同時に、ようやくポルポト派とクメールルージュによる恐怖政治から解放された、人々が自由の喜びを噛みしめながらも貧しさの中を懸命に生きる様も描かれています。

大石さんは報道写真家として名高いですが、わたしは以前NHKで穏やかな表情の彼女がライカを手にインタビューを受けていたのを見た記憶があります。
ジャーナリスティックな写真の力強さと、同じ場所で暮らす人々の写真の優しいまなざしの対称が印象に残りました。
先の本を読み終えて、慌てて「カンボジア 苦界転生」という同時期に撮影された写真集を注文します。
20年前の古い本で絶版でしたが、幸いきれいな新古本があって、旅する2日前に手にすることができました。
長いトンネルをようやく抜けたものの、未だ内戦の暗い影は宿して当時のカンボジアをとらえたすばらしい写真集です。
わたしは2日目の遺跡ツアー参加をドタキャンさせてもらい、友人には申し訳ないですが、ひとり田舎を訪れる決意をしたのでした。
【Alpha7/Jamin et Darlot 15.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Jamin et Darlot 15.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/24 Mon

坐船還是回去

Ernostar 5cmF2
さあ、着きましたよ、運転手は妙なことを言いだしました。
わたしはトンレサッブ湖の高床式住宅がある村に行きたいと告げてトゥクトゥクに乗り込んだのに、湖も家もまったく無いようなところで降ろされたのです。
そこには小屋があって、中国人の女の子と小屋の男が激しく揉めていました。
その様子にすべてを察することができました。
案の定、わたしが近づいて行くと、人相の好いとは言えない男が金のことを言い始めました。

彼の話はこういうことです。
湖に行くにはここで50ドル払ってもらい、この先にあるボートに乗らなくてはならない、金を払わなくてはここを通すわけにはいかない…。
湖に行くのにそんな金は払えない、ふざけるな、とわたしははき捨てました。
中国人の女の子たちに話を聞くと、4人で来ているがひとり25ドル出せと言われたと憤っています。

小屋の新しさを見ると比較的最近できたようです。
わたしはブログの旅行記を読んでトンレサッブ行きを決断しましたが、それは去年の話でしたがどこにも船代は5ドルとなっていて、25ドルとか50ドルなんてことは書かれていません。
小屋には何とかアソシエーションと書かれていて4人いる男たちは首からライセンスのようなカードをぶらさげていますが、政府がそんなもの認可するものだろうかといぶかしく思うばかりです。

湖を見たいだけで船には乗りたくないと言ってもそこを通さないの一点張りで話になりません。
あげくにトゥクトゥク運転手までもが、やつらの側にまわって50ドル払えば行けるからと言うのをみると、彼はいくらかコミッションを取るということのようです。
腹が立ったので、お前らポルポト派の残党だろう、そんな奴らの資金源にされるくらいなら引き返すとトゥクトゥクに乗り込みました。
ポルポトと言ったのがまずかったが、わたしの態度に腹を立てたのか年嵩の男が来て何やらしゃべり出しましたが、訛りが強くて言葉が聞き取れません。
中国人の女の子たちに別れを告げて、引き返しました。

運転手は、トゥクトゥクを走らせながら、オレが40ドルにしてもらえるよう頼んでやるなどとまだしつこく言ってきますが、ポルポト派に出す金は無いときっぱり断りました。
本当を言えば、財布の中に25ドルくらいしか入っていなくて、50ドルでも40ドルでも払うことはできなかったのですが。
男が4人いていずれも人相が悪かったので、咄嗟にポルポト派ではなどと口をついたのですが、運転手はそんなものはいないと苦笑いしながら否定していました。

再度、トンレサッブ湖に行く手段はないのかと聞きましたが、カンボジア人ならあそこを素通りできるが、外国人は金を払わなければ通してくれないのでどうしようもないとの説明です。
であれば、残念ですがきっぱりあきらめましょう。
このまま帰ってしまうのはばかばかしいので、昨日の作例の女の子の学校があるあたりの村が魅力的に見えたので、そこを散策するプランに切り替えることにしました。
学校のそばに、オープンの床屋さんがあったので、そこから散策開始です。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/23 Sun

Center是中心的意思

Ernostar 5cmF2
バイタクが見つからなかったのはラッキーだったかも知れません。
滞在中のシエムリアプは熱暑で、とくに日差しが強かったので、完全露出するバイクよりも屋根で直射日光を遮れるトゥクトゥクの便利さが分かりました。
時速40キロくらいの一定速度で走行していましたが、受ける風が心地よくあまり暑さを感じずに済みました。
前日のツアーは冷房ガンガンのワゴンで、車内では涼しかったのですが、外に出たときの気温差と恐らくエアコンにあたっていたことから体に影響したのではないかと思うのですが、やたら熱く感じられ干からびないかと心配になるくらい汗をかきました。

ただ、トゥクトゥクの弱点は適度に遅いことで、幹線道路を走っているときはほとんどの車に追い抜かれるのですが、少しだけトゥクトゥクより速いダンプに追い越されると、その排気ガス攻撃が延々と続くことになるのにはまいりました。
ただ、サスペンションの調整が効いているのか、硬すぎず柔らかすぎずで座り心地よく、道路の凹凸でガクンガクン揺れてお尻が痛くなるのではとの懸念はすぐに払しょくされました。
運転手とも会話可能で、時おり、あれは何かと聞いたりすることができ、タイのトゥクトゥクよりも静かで快適と言うことかも知れません。

道は、シエムリアプからプノンペンに向かう幹線道路で、これを30分近く直進していきます。
最初は左右に新しい長屋住宅のような建築が続いていて、それが農家のような建物に変わってまばらになって行きます。
同時に田園風景のようになり、牧場のようなところに牛が飼われているところもありました。
アンコールワット付近は、もともとジャングルで、その中にあったため長らく忘れられた状態だったわけですが、カンボジア全土では農村のような風景の方がずっと多いのだろうと思われます。

案内表示のないところをひょいと曲がりました。
車がすれ違うのも難しいくらいの細い道に入ります。
途中で舗装もなくなって赤土のよく踏み固められたような道が続きました。
もう数キロで湖が見えてくるはずです。

しかし、途中の村で学校があるのが見えました。
授業と授業の合間なのか子どもたちが教室や校庭で歩いたり遊んだりしています。
トゥクトゥクを停めてもらって、少し見に行ってみることにしました。
カンボジア語の表記の下に英語でプライマリー・スクールとセコンダリー・スクールと書かれていて、小さい村の学校だからでしょう、ひとつの敷地に小学校と中学校が併設されているのが分かりました。

以前、中国のいなかの小学校に無断で入って行って写真を撮っていたら先生に見つかって、職員室に連行されて写真をその場で削除させられたことがありましたが、あの先生は共産党員だったに違いありません。
それ以外は中国を含めあらゆる学校で歓迎されるか、少なくとも自由にさせてもらっていますので、この時も図々しく教室のそばまで行ったところ、なかなかきれいな顔立ちの中学生にグッドモーニングと声をかけられました。
そこで写真を撮らせてくれとお願いしたのですが、拒否されてしまいました。
そんなやり取りをしているうちに彼女の友だちも数人来て、どうかしたのというようなやり取りが始まったので、あらためて写真が撮りたいとお願いすると、最初の彼女以外はOKの返事です。
さすがにその彼女も仕方ないとあきらめ一緒に写ってくれることになったのですが、嫌だと言っていた割には真ん中にに入って来て、なかなか好い表情をしてくれているではないですか。
レンズの性格もあって、作例自体は、4人の友だちが嫌だと言っていた少女を引き立てるような写真になってしまいました。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/22 Sat

用美元包車

Ernostar 5cmF2
翌朝は、より遠くの遺跡を見に行くツアーに申し込んでいた友人が早くから出て行くのを見送って、アクションを起こしました。
事前調査によれば、シエムリアプからほど近いところにトンレサップ湖という巨大な湖があって、独特の水上家屋に暮らす当地の人々の暮らしが見られるということです。
わたしにとってはアンコールの遺跡よりもはるかに魅力的で、友人には申し訳ないですが、そちらへ向かうことにしました。

問題はどのように行くかで、トゥクトゥクというバイクの後ろに4人乗りの荷台を連結した乗り物が、シエムリアプではタクシーのように走りまわっていたので、これを掴まえて価格交渉するしかなさそうです。。
これは、タイのトゥクトゥクと同じ名前ですが、タイではエンジン音がトゥクトゥクと言っているのでその名前がありますが、シエムリアプは普通の小型バイクなのでトゥクトゥク言っておらず、似て非なるものと呼びたいです。

当初はバイクタクシーを考えていたのですが、多くの国で庶民の足になっているバイタクがなぜか、ここでは見つけられませんでした。
料金は割高になってしまうでしょうが、トゥクトゥクを使わざるを得なくなりました。
ホテル付近でたむろしているバイタクと交渉すると9時から2時までチャーターして20キロ近く離れたトンレサッブの集落まで行って15ドルとのこと。
安いか高いかよく分かりませんが、一応値切ってみると協定料金のようになっているので、値引きには応じられないと言います。
悔しいので、4時までに延長して、途中寄りたいところに自由に停車するというオプション事項を付けて15ドルのままとしてもらいました。

言い忘れていましたが、カンボジアにはリエルという通貨があるにも関わらず、主要通貨として米ドルが流通しています。
外国人だけが使用している訳ではなく、現地人も普通に米ドルを使うし、料金表示もリエルとドルの2本立てだったりします。
ただ少額のお釣りではリエルを渡されることになっていて、セント単位までは米ドルが使われるわけではありません。
米ドルが使えるのはミャンマーでも同じですが、ミャンマーでは現地通貨のチャットの通用度はより高いように思います。
現地通貨の信頼度がこのような結果を生むのでしょうが、アメリカ自体はこのようなことを黙認していて経済の影響がないのか不思議です。

ちなみに現地の銀行ATMでは米ドルをキャッシングすることも可能でした。
米ドルの両替は日本国内の銀行か両替所で行うのがベストですが、最近の急速な円安で大金をドルに変える気になれず、どうせ買い物もする気が無かったので50ドルし替えなかったのですが、考えてみれば食事とトゥクトゥクに飲み代などで3日もいれば足りなくなってしまうのを想像できないとはお粗末な話です。
現地のATMのレートは不明ですが、50ドルキャッシングして5ドルもコミッションを取られてしまいました。

まあ、こういう小銭失いのミスはわたしの旅ではしばしば起こるので気にしないことにします。
その分トゥクトゥクをフル活用して元を取ることにしましょう。
というわけで、出発してすぐにあった市場を覗いてみることにしました。
申し訳ないですが、わたしには遺跡よりも市場の方がずっと楽しいことが分かりました。
作例は、市場の中でいちばんイケていた、ピンクゴールドのネックレスをしていたお嬢さんです。
前ピンになってしまったのが残念ですが、照れたような表情がまたいいですね。
それよりも売り場であぐらをかいていることとか、その前にスレンダーな鶏足(?)が横たわっているところとか、商品と篭などの雑然と整然の表裏一体とか、とてもアジア的な1枚になりました。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/21 Fri

吴哥窟三姐妹

Ernostar 5cmF2
予告通り、もうアンコールワットの写真はありません。
翌日も友人は遺跡を見たいからとやはりツアーを申し込もうとしていましたが、実質的に最終日なのでわたしは勘弁してもらって違うところに行くことにしました。
もし友人の方がブログをやるとすれば、毎日、すばらしい遺跡郡の写真満載で充実した内容になっていたでしょうから、わたしの作例ではアンコールワットに申し訳ない気持ちです。

今日からは、せっかくのアンコールワットなどのらしさはなくなり、タイやミャンマーやマレーシアの時などと区別がつかないような写真が連続します。
例えば、今日の作例を見て、相当なアジア通の人でも、これがカンボジアの写真と分かる人は皆無でしょう。
わたし自身も何か月か経過してからこれを見ても、あれっ、この写真どこで撮ったんだっけとなる可能性大です。
そういう写真というのは、意味のないものなのでしょうか。

さて、夕方にツアーが終了して、何気なく行った店で美味しい食事をすることができました。、
シエムリアプでの数回の食事でカンボジア料理の何が分かったなどと言うつもりはありませんが、食した料理を端的に表現すると「(タイ料理+雲南料理)-激辛」と表現できるように思います。
たまたま利用したところがそうだっただけという可能性は高いですが、タイ料理のようなスパイシーな料理は大好きだけど激辛だけは苦手という人にはぴったりと言うものばかり食べました。
実は、わたしは激辛好きなので、少々物足りなさ感があったのですが。

さて、食後は土産物探しの友人にお付き合いで、ナイトマーケットに向かいます。
ナイトマーケットという名前は、アジアの主要都市でよく耳にしますが、簡単に言えば、外国人向けの土産物売り市場と言うことです。
日中は暑いので、夜少し涼しくなってから財布のひもを緩めさそうと観光マーケットが開くのです。
こういうところはだいたい例外なく、ろくでもないものしか売っていません。
Tシャツは値切ると2ドルと安いのですが、デザインがひどくて欲しくなるようなものがなくすべてパスでした。
他も五十歩百歩で、生活賭けて一生懸命売り込む現地の人たちには申し訳ないですが、もう少しマーケティングに努力していただけないものでしょうか。

今日の作例は、お母さんと美少女三姉妹ですが、実はこんなにこやかな彼女たちにいっぱい食わされたのです。
携帯用の充電コードを忘れてしまってこのお店で購入したのですが、5ドルと友人に馬鹿にされるくらい高かったのに、これでトラブルが起こりました。
その夜ホテルで充電セットして翌朝起きると、わたしの携帯はぴくりとも動かなくなっていました。
店でおばさんに充電してもらったときにはうまくいっていたので、どういうことか分かりません。
帰国後も試しましたが、携帯は故障してしまったのかうんともすんとも言ってくれません。
別の携帯で試すと、その充電コードもうんともすんとも言いません。

電圧の違いで携帯が壊れたのか、電圧は問題なかったのにコードが過熱して携帯とコード自身をダメにしてしまったのか、何だか分かりませんが、いま携帯が使えなくなってたいへん不便を感じています。
撮影時は可愛らしき姉妹に見えた彼女たちですが、作例を見直すと、どうだ、ざまあみろ、という憎々しい顔をしているように見えてきてしまいました。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/20 Thu

休日就上班

Jamin et Darlot 15.5cmF4
アンコールワットの写真は今日で終わりですといえば、多くの人が失望するでしょうか。
さすがに3枚しか撮らなかったということはないですが、わたしが撮影したのは敷地内で髪を梳かしてもらっている現地の女の子とか、遺跡のくぼみに小さく座って物思いにふけるお坊さんとか、彫刻をすごい集中力で観察しているおじさんとかそんなものばかりで、遺跡そのものを撮った写真は1枚もありません。
別に遺跡が好きとか嫌いとかということと関係なく、普段通りに散策して何か見つけたらカメラを構えるということを繰り返した結果がそれです。

今日の作例は遺跡の中に設置されているゴミ箱と、その中身を自転車に乗って回収に現れた少女です。
少女はせいぜい小学校4年生くらい、声をかけましたが残念ながら英語は通じません。
広い敷地にどれだけのゴミ箱が設置されているのか分かりませんが、恐らくは1日ぐるっとそれらを廻ってペットボトルや空き缶を集めて家を助けているのでしょう。
平日は、学校に通っていると信じることにしますが、日曜の彼女の稼ぎはいくらくらいなのか。
100円? 200円? 何だか切ない気持ちになります。

今のカンボジア政府がどれだけ信用できるか分かりませんが、貧困対策がそんなに簡単に行くはずがないことは理解できます。
ホテルのそばに旅行者用のマーケットがあって、店員の1/3くらいはやはり18歳以下の子どもでした。
両親を助けて働いているのだと思いますが、例えばTシャツがあって値段を聞くと5ドルとか6ドルとか英語で答えてくれます。
本当は別の店で交渉して1枚2ドルだと知っているのですが、高い2ドルにしろとは、相手が子どもだけになかなか言いにくいです。

日経関連の記事にカンボジア人の平均年収は1016米ドルと書かれていました。
この平均が国民全体なのか労働者なのかでだいぶ変わりますが、労働者の平均だとすると月収は1万円となりますが、実際には例えば現金収入の少ない農民とかも入れての月収でしょうから、観光地シエムリアプで言えば、その倍くらいが平均化も知れません。
それでも日本や欧米の1/10以下ですから、そんな彼らがわたしたちをどのような眼で見ているのかが気になって仕方ありません。

幸いにも、今回の旅でホームレスとか物乞いする人を見かけることはありませんでした。
カンボジアの大地は豊かで、農業をやれば何とか食べてはいけるからでしょうか。
観光エリアを外れると、農地や牧場、漁業のエリアも見えてきたりして、生活はそれなりに満たされているように見受けられました。

それでも、日中韓や欧米の人と接する距離感で暮らすシエムリアプの住民は複雑な気持ちにならざるを得ません。。
アンコールワットの入場料は1日券で20ドルもします。
入場者は入り口で顔写真入りのチケットを買って、あちこちにいる監視員にチケットを所持していることが分かるように首からそのチケットを吊るしていなければなりません。
チケット代だけで自分たちの月収の1/10だと知った住人は心中穏やかざるところでしょう。
【Alpha7/Jamin et Darlot 15.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Jamin et Darlot 15.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/19 Wed

法衣的顔色

Ernostar 5cmF2
シェムリアプ到着の翌朝、アンコール・ワット見物に繰り出しました。
観光事情は調べていませんでしたが、わたしたちのような超短期の旅行者はガイド付きツアーを申し込むのが無難のようです。
アンコール・ワットの入場券は1日、3日、1週間と別れていて、1週間廻る人は自転車を借りて自力で回るという人も多いようですが、1日のみの人にはアンコールワットは広大過ぎて案内が無ければどうにもならないということのようです。
これは現地で分かったのですが、アンコールトムにも廻っていて、この地域を1日で巡るハイライトというところでしょう。

プランを組んでくれた友人には申し訳ないですが、遺跡自体に興味がないばかりか、ガイドツアーというものがわたしは最悪なくらい苦手です。
予想できることですが、朝から同じようなガイドツアーの人たちが黒山の人だかりで、アンコール遺跡を取り囲んでいます。

国籍別でみるトップスリーは、日本、中国、韓国で、ざっとこの三ヶ国で7~8割のシェアというところでしょうか。
さらに台湾、タイ、オーストラリア、フランス、イタリア、ポーランド、ブラジルのグループが確認できました。
なぜそこまで知っているかというと、遺跡見物は無関心な人にはかなり暇があって、別のガイドの説明を聞いたり、話しかけたりしたからでした。
ちなみに昨日の作例のご夫婦はオーストラリア人でした。

また、フランス人のいかにもカメラ好きそうな男性に、"Jamin et Darlot"をどう発音するのかと聞いたところ、カタカナに起こすと「ジャマン・エ・ダフロウ」と言っているように、わたしに聞こえました。
わたしは第二外国語がフランス語だったのでよく知っているのですが、フランス語の"R"の発音は何しろ難しいし、それをラリルレロで表記するのには無理があります。
ところで、そのおじさんはダルローなんてレンズメーカーは知らないよ、と言ってました。

そうでした、もうひとつよく見かけたグループがあったことを忘れていました。
カンボジア人です。
と言っても一般の人ではなく、法衣をまとったお坊さんや若い修行僧たちです。
彼らがアンコールワットの中を歩いている姿は一見すると絵になる風景でしたが、しかし、どうも石の遺跡にお坊さんというのは似合わないような気がしてしまうのは、わたしがこのツアーを愉しんでいなかったからでしょうか。

中国でもタイでもミャンマーでもそうでしたが、お坊さんたちは茶色の法衣に身を包みます。
作例の白の法衣は尼僧だからです。
そういえば、ミャンマーでは尼僧は可愛らしいピンクでしたが、男性がアジア共通なのに対して、女性はなぜかそうなっていないようですね。
理由は不明ですが、もともとはどこも白だったのが、ミャンマーはせっかくだから可愛いピンクにしましょうと自主的変更をしたのではと思っているのですがいかがなものでしょう。
白だと汚れも目立つので、赤土のカンボジアでは厳しいような気もします。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/18 Tue

吴哥窟之旅

Ernostar 5cmF2
今週は、またアジアに飛んでいまして、友人とアンコールワットを見に行っておりました。
というのも、おおむね年1回、いっしょに旅行している友達がいるのですが、その人のたっての希望ではるか遠いアンコールの遺跡群を見学に行くことになったのです。
というのも、わたしは古い町並みを見るのは大好きなのですが、遺跡にはほとんど関心がなく、今回のアンコールワットで感動のあまり遺跡ファンになるかもとの淡い期待を持っての旅です。

アンコールワットには隣接するシェムリアプ国際空港というのがあってアクセスとしては便利なようなのですが、当然ながら日本からの直行便は無く、主にソウル経由、香港経由、ハノイ経由の選択肢からスケジュールと金額を見て決めることになります。
できることなら香港経由でいつものフライトを利用できればよかったのですが、金額的にはずっとハノイ経由の方が安く、有無を言わしてもらえずにこの便になってしまいました。

ハノイに短時間でも寄れるならそれも悪くはないですが、日程的には行き帰りとも2時間ほどの乗り継ぎ時間しかなく、空港内で時間を潰すしかありません。
しかし、ハノイには去年に2回も行っていて社会主義国の空港らしくとても質素で、退屈するだけの時間だと知っていました。
せめてベトナム名物のフォーを食べたり、現地人の生活の一端でも見られればと、航空機を降りてからトランジットではなくイミグレーションをめざしてベトナムに入国してみました。

経験上、空港種変には何もないことは想像できていましたが、町に出るにはタクシーで30分以上かかるので往復すれば何もする時間がありません。
ターミナルビルから見渡して、空港と町を結ぶ道路を渡ったところに人の集まりが見えたので、そこまで行ってみることにしました。
着いてみるとそこは空港で働く人のためのバイク駐輪場で、無数にバイクが停めてあるほかは屋台のひとつしてありません。

仕方なく少し歩くとタクシー会社の施設があって、中にカフェが見えます。
最低限コーヒーが飲めると中に入ると、突然の外国人の訪問に店員とタクシー運転手と思われる客2名が驚いていました。
フォーはないかと聞きましたが、英語はさっぱりできないらしく、フォーという単語もアクセントの問題か彼らに通じません。
落語のようにフォーを食べる真似をしてみるとようやく理解してくれたようで、待つよう言われます。
ところが、出てきたのはフォーではなく、インスタントラーメンに野菜をいれたソバです。
結局、フォーというのは通じておらず、ベトナムでの食事はがっかりになってしまったのですが、このインスタントラーメンも野菜が美味しくて悪くはなかったことを報告しておきましょう。

疲れたので休みたいと言っていた友人が待つ空港内の登場口付近にある待合所に行ってみると、友人は去年なかったはずのフォー・ショップが新規オープンしていて予期せぬフォーを食べられたとご満悦の表情でした。
ただ、美味しかったとのことですが、さすがに高くて5ドルもしたそうですから、東京で食べるのと変わりません。
わたしの食べたインスタントラーメンのことを笑っていましたが、そちらは100円しないくらいでした。
ベトナムで食べる究極の選択は、5ドルもするフォーか、はたまた1ドルのインスタントラーメンということになりますが、なかなかに悩むところでしょうか。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2014/11/17 Mon

三日一月

Abraham 10cmF3.6
大磯シリーズも残念ながら今日が最終回、湘南台、横浜馬車道、横浜赤レンガ倉庫、大磯と続いた、神奈川県ローカルイベント4連荘シリーズの最終回ともなります。
芸術の秋はイベントの秋でもあって、週末のイベントカレンダーは記事満載でどれに行ったらいいのか悩むほどです。
そこで、今回は3週間の間に比較的近隣であったイベントに出掛けて行って、ポートレイトもどきをぱかぱか撮らせてもらい、いつもの1週間単位ではなく2週間に4本のイベントの作例を詰め込むことにしました。
しかし、大磯ではレンズの光軸がずれて、作例のほとんどに偏ボケが出てしまったので、短縮したのはちょうどよいという結果になりました。

今日の作例は、大磯にある三日月さんというパウンドケーキ専門店の出店で撮らせていただいた1枚です。
素敵な着物ですねと声をかけたところ、雨が降りそうだったのでポリエステルの着物なんですと笑いながら答えてくれました。
そんなことも分からなくて恥ずかしいですが、予報がよければもっと素晴らしい出で立ちで来られたのでしょうから、来年の楽しみになります。

肝心のパウンドケーキは早々に売り切れてしまっていて味わうことができなかったのですが、さすが専門店で美味しいとファンの多いお店のようです。
朝から来ていたので気付いてはいたのですが、てっきり平凡な洋菓子かと思って、購入を見送っているうちに地元の方などが次々買って行って売り切れてしまったようなのです。
5年ほど前に大磯という町が気に入って、祭り会場の近くにパウンドケーキ屋さんをオープンさせてとのことでした。

作例の屈託ない笑顔に表れているように、話していてとても好い人たちだなあと感じましたが、この印象は間違いないでしょう。
話をする時間があまりなくて残念でしたが、その時はまた来年会えるでしょうからというものでしたが、あらためてこの記事をアップするにあたり、お店のブログを見つけて読んだところ、すぐにも食べてみたくなりました。
パウンドケーキのバリエーションがものすごい数で、「チーズ&チーズのパウンドケーキ 塩味と渋み、苦みのあるブルーチーズにクリームチーズのまろやかさをプラス」をぜひ購入したいと思います。

また、このブログによって、おふたりが姉妹だと分かりました。
昌子さんと明子さんというお名前だそうです。
このふたりの名前が三日月という店名の由来だそうです。
なるほど。
通販もありますが、店舗の営業は金土日の11時半から品切れまでとあります。
スープが切れるまでの有名ラーメン店のようですが、品切れにならなければ閉店できないということですから、必ず品切れする人気のパウンドケーキだということが分かりました。

大磯には、他にも個性的なお店があるそうで、公開されている旧島崎藤村邸や湘南発祥の地とも言われる茅葺の俳諧道場・鴫立庵、海に面した別荘地のあたりを散策しながら買い物したりするのはお勧めのコースです。
しかし、食事の良いところは知らなくて、祭りの帰りも駅前の喫茶店を利用するしかありませんでした。
単純にグルメサイトなどで調べて行くのは面白くないので、大磯で知り合った人たちに教えてもらったりして、近々大磯を再訪したいと考えています。
【Alpha7 with Sanderson/Abraham 10cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Abraham 10cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/16 Sun

奶奶的和服

Abraham 10cmF3.6
わたしは太陽にほえろを見て育った世代ですが、今のハイテク警察と比較すると当時の刑事ドラマは足と根気で事件を解決するというのが捜査の基本だということを子ども心に教えられたような気がします。
その典型的シーンは、容疑者の自宅付近での張り込みと写真を持っての聞き込みでしょう。
前者は、駐車禁止が普及している現在だったら容疑者に怪しまれるであろう、家の斜向かいくらいにずっと車を停めっぱなしで刑事が交代で張り込んでいるシーンがその象徴で、早番の交代は必ずアンパンと牛乳を差し入れで持ち込みつつ怪しい動きはありませんでしたなどと申し送りして長い張り込み業務についていたものです。

後者は、内ポケットに忍ばせた容疑者か被害者の写真を見せつつ、この人を見ませんでしたかと来る人来る人に聞いてまわるものですが、聞かれた方のリアクションは決まって、さあ、知らないねえです。
太陽にほえろであれば、地域は新宿区矢追町に限定されていたとはいえ、刑事の仕事はなんてたいへんなんだと誰しも思ったところです。

ところで、今回、地道な刑事の仕事を大磯で体験しましたと言うと大げさですが、ksmtさんがプリントして持参した何十枚かの写真のうち、何人かの写真が誰かが不明でご存じないですかと聞いて歩くことになりました。
そうとう聞いて歩いても身元が分からないままの写真の方もいましたが、努力のかいあってほとんどがご本人の手に渡り喜んでいただけたのはksmtさんも頑張ってプリントした甲斐があったと思われたことでしょう。

いくつか残念なことはやはりあって、一昨年お腹の大きかったところを撮影させていただき、去年はその赤ちゃんといっしょに写させていただいた、いちばんお会いしたかった女性は残念ながら今年は不在でした。
品川宿から海苔屋さんで出店していたきれいな奥さんと美少女の娘さんも不在で、話を聞くと彼女たちは海苔屋さんではなく品川宿場祭りの実行委員で、去年は当番で大磯にやって来ていたということでした。
酒屋さんのイギリス青年は、今回、サンダーソンを持ち出した理由でもあったのですが、奥さんがおめでたで欠席とのことなので、来年は同じ機材で父子写真を撮らせてもらうとしましょうか。
パン屋のお嬢さんは美人で親切、わたしたちのお気に入りでしたが、幸いお会いすることができたものの、途中用事でいなくなってしまい、今年の撮影が叶いませんでした。

ただ、今年も愉しい出合いはあって、ご主人が写真家関連の仕事をされていたご婦人に興味深い話をうかがうことができました。
昨日の作例にも登場の紋次郎さんのお仲間にもお会いし、写真をお送りする約束をしたのに、わたしの携帯が請われてしまい、メールできていないばかりか、お名前も分からなくなってしまいました。
スミマセン、復旧まで待ってください。
平塚在住のアメリカ人青年は日本語堪能でフィラデルフィア出身と胸を張っていましたが、フィラデルフィアの名前を知っていてもそれが何州なのかがさっぱり分からず失望させてしまいました。

いずれもレンズのテープ剥離トラブルで、写真が滅茶苦茶になってしまったのですが、来年また撮影して汚名挽回できればと思います。
作例の女の子は、ピントのアラがでなかったので、本日の作例とさせていただくことにしました。
おばあちゃんの着物をリメイクしたそうですが、色合いが彼女らぴったり合っていますし、びっしりとした柄は子どもには重く感じられそうなところむしろ彼女を上品に引き立てているように見えて、わたしのセンスでは祭りのベストドレッサー賞を差し上げたいと思います。
それにしても、何十年前の着物が今に違和感なく蘇るというところはペッツバールレンズとよく似ていますね。
名品は色褪せません。
【Alpha7 with Sanderson/Abraham 10cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Abraham 10cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/15 Sat

不管我的事情

Abraham 10cmF3.6
横浜は昨日で一区切り、神奈川県シリーズ第4弾は、赤レンガでのヒストリック・カーのイベントの翌日に行われた大磯宿場祭りの作例になります。
天気予報はほとんど100%近い雨の予報だったのですが、どうしたわけか雨は降らず、途中から陽が顔をのぞかせるような天気になってしまい、祭りを存分に愉しむことができました。
思えば去年も同様の天気だったので、大磯宿場祭りは、毎年不安定な天候下で開催されているとも、予報が悪くても降らない天気に強いとも言える不思議な祭りです。

この祭りは、藤沢のわたしの家からはそれなりに地元祭りに近い感じなのですが、まったく存在を知らず、4年前にksmtさんが品川宿場祭りで知り合った紋次郎さんから教えてもらい、その翌年わたしもksmtさんに連れて行ってもらって今年で3年目、常連メンバー入りに近付いて来たところです。
今回も、ksmtさんとは現地待ち合わせしていたのですが、いくら探せどその姿がありません。
電話してみると、朝起きたらけっこうな雨が降っていたので、寝なおしたとのこと。
こちらは全然降っていませんよと告げると、これから出て来ますと一気に目が覚めた様子です。

それにしても、開始時に中止ではないですよと伝えて、これから行きますと普通に言えるのが地元祭りだなあと確信しました。
ksmtさんは、昨年の写真をセレクトしてプリントしていて、それぞれモデルになってくれた人たちにプレゼントしていました。
これは予想以上の大好評で、写真を店頭に飾る人たちもいました。
普通に写真を持ってきてもらえただけでも嬉しいと思うのですが、それが祭りのテーマになっている江戸自体のレンズだと言われれば、感慨も一入でしょう。

わたしは、与野に続き、バージョンアップさせたサンダーソンのトロピカルカメラにエイブラハムのペッツバールを付けたイギリスバージョン写真師カメラで撮影に向かいました。
さすがに江戸自体祭りなので、与野のときのような怪しげなコスチュームは控えて普段着です。
できれば、着物くらい着て行けるよう、安物を見繕わなければとは毎回思うことです。

ここでもカメラは大いに受けたのですが、大きな失敗は、与野の時そのままにカメラをケアせずに出かけたところ、テープ止めしていたレンズがやや剥がれてきていたのに気付かなかったことがありました。
テープが剥がれたことで左右どちらかにズレが生じて光軸も真っ直ぐでなくなったため、部分的にピントの合っていない写真ばかりになってしまいました。
写真をお送りする約束をしたり、来年プリントして持って行こうかと考えたこともダメになったのは申し訳ないことです。
デリケートな器材を扱うのですから、より手厚いケアが必要なことを徹底しないといけません。

今日の作例は、ピントがおかしいところが目立ちないもので、皆さんの記念写真を撮らせてもらおうとしたところ、紋次郎さんが笠を外そうと準備しているときに露出テスト的に撮影したものです。
たまたま紋次郎さんのポーズと皆さんの表情が、ドラマの中で町人に感謝されつつも、あっしには関わり合いのねえことですんでと捨て台詞とともに立ち去るシーンを連想させる雰囲気があってとても気に入りました。
紋次郎さんは、品川と大磯でかなりの数のポートレイトを撮らせていただいていますが、むしろドラマや映画のワンシーンを再現するようなスナップを考えた方がご本人にも気に入ってもらえるのではと考えたりもしています。
【Alpha7 with Sanderson/Abraham 10cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Abraham 10cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/14 Fri

入口在前面

Makro-Plasmat 5cmF2.7
昨日のトヨタ2000GTは、わたしの少年時代の憧れのスーパーカーでしたが、中年時代の今でも憧れであることは変わりありません。
しかし、嗜好はだいぶ変わっていて、今日の作例のような車にも強く惹かれます。
ちょっと信じがたいかも知れませんが、この車はBMWです。
名称は、BMW600と言いますが、興味のある方は検索してみてください。
日本にはわずか5台残るだけのたいへん珍しい小型乗用車です。

ところで、BMWは今では誰もがビー・エム・ダブリューと呼んでいますが、わたしの少年時代はベー・エム・ヴェーとドイツ語で呼ばれていました。
むかし、金大中をきんだいちゅうと呼んでいたのがキムデジュンに、金日成をきんにっせいと呼んでいたのがキムジョンイルにというように現地語化するのが普通のパターンなのに逆行するのがよく分かりません。
時計のことを調べていたら、バセロン・コンスタンチンなんて今では呼ばず、ヴァシュロン・コンスタンタンと書くのが当たり前になっていました。
コーヒーのネッスルだって社名変更でネスレになるくらいですから、そのうちベー・エム・ヴェーも復活するとわたしは見ます。

名前が2つもあっては紛らわしいですし、何よりそれがために検索に引っかからなくなるのは問題なので、レンズ名の表記にはこれまでいろいろと気を砕いて来たつもりです。
今回使用したレンズ、Makro-Plasmatはマクロ・プラズマットとも表記されますが、MacroではなくMakroとしているところからドイツ語だと考えれば、マクロ・プラズマートとした方がドイツ語風で正しいだろうなどと判断しているのです。

しかし、これがなかなか一筋縄ではいかない問題もあって、例えばDallmeyerは習慣的にダルメイヤーと表記されることが多いのですが、meyer部分はメイヤーよりマイヤーの方がずっと近いだろうとわたしはダルマイヤーと表記したのですが、キングスレークの本の訳ではダルメヤーと書かれていて、さらに発音に忠実な表記はドールマイヤーだという話も聞いてどれを摂ったらいいか分かりません。
まあ、こうなってくると適当にならざるを得ないですね。
たぶんイギリス人の発音だって、ロンドンっ子と北アイルランド人では発音がまったく違って聞こえるでしょうし。

さて、ヒストリックカー・デイのイベントの後、その足で渋谷のレンズ屋さんに行ったことは昨日も書きました。
お店には申し訳ないですが、財布の中が寂しく特に欲しいものも無しで、レンズ話をしに行ったという程度の考えでいました。
しかし、knpmさんが以前にオーダーしていたレンズを受け取るのを見て、knpmさんのエボラ熱が伝染したかのようにわたしもレンズが欲しくなってしまい、いろいろと見せてもらったあげくやはり高価なレンズお買い上げとなってしまいました。

購入したのはペッツバールではありません。
久し振りにペッツバール以外のレンズを買ったような気がします。
今回のマクロ・プラズマートもそうですが、ライカM8からミラーレス一眼に切り替えて距離計連動の縛りから解かれたことで、ライカ用レンズを離れてしまったリバウンドが徐々に起こり始めているようです。
と言ってもペッツバールの魅力が薄れてしまったという訳でもないので、今後は併用するようにしようかなと考えています。
【Alpha7/Makro Plasmat .5cmF2.7 F2.7】
thema:ペッツバール genre:写真
Meyer Helioplan 40mmF4.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/13 Thu

豊田両千GT

Makro-Plasmat 5cmF2.7
いにしえの自動車も撮らなくてはと、久し振りにペッツバールではないレンズも持参することにしました。
50mm前後のレンズを持って行こうとなると、どれにするか延々と悩まなくてはいけないところですが、これがあっさりマクロ・プラズマートに決定してしまいました。
前週に馬車道を散策した帰りに、knpmさんに誘われて、渋谷区のレンズ店に足を延ばしたのですが、以前お願いしていたフーゴ・マイヤー・オリジナルのマクロ・プラズマート用のフィルターを用意してもらっていたからです。

マクロ・プラズマートはよく知られるようにキノコ形状の沈胴型で、ベンツから降りてきたスーパーマリオが踏んづけてしまったと大騒ぎするようなレンズなのですが、フィルター径も特殊なようで、ノギスで実測すると22mmとあまり聞かないサイズです。
それまでは一回り大きいフィルターをテープで貼ったりしていましたが、見た目も重要なこのレンズにはフィットするフィルターを付けさせてやらねばとずっと考えていました。

そんな折、今年オープンした渋谷区のそのお店で無駄話をしていた時に、フーゴ・マイヤー純正のフィルターがいくつもあると
教えてもらい、マクロ・プラズマートに合うものもあることが分かりました。
イエロー・フィルターで、もちろんそれでもよかったのですが、この店主はとても気の利く人で、時間をもらえればカラー用にUVフィルターに取り換えることもできますよと言ってくれて、それならと待つこと1ヶ月、馬車道から直行してみるとついに即戦力フィルターを入手することができたのでした。

本当はキノ・プラズマート用も欲しかったのですが、これはとっくに売り切れだそうで、他にも違うサイズのものが何枚もありましたが、わたしの持っているレンズに合うものは無いでしょう。
それらには、しっかり"Hugo Meyer Gorlitz"の文字が刻印されていましたが、なぜかマクロプラズマート用は"Made in Germany P.O.R"となっているだけです。
フィルターが小さすぎで文字が入りきらないからかも知れませんが、それならHugo Meyerだけにしてもらいたかった…。
それとP.O.R.の意味が分かりません。

そんなわがままはともかく意気揚々とマクロ・プラズマートを付けて赤レンガ前をうろうろしていると、現地待ち合わせのknpmさんが現れたのですが、なんと首から下がっていたライカに付いていたレンズがまたマクロ・プラズマートではないですか。
わたしがフィルターを入手したので、マクロ・プラズマートにで来ると読んで合わせたのかと思ったのですが、まったくの偶然とのこと。
ふたりが撮影しようと待ち合わせて、ふたりともマクロ・プラズマートを持って来る確立と言うのは全世界を基準にしても相当に低いのではないでしょうか。
というか、恐らくそのようなできごとは世界レンズ史上最初で最後の珍事かも知れません。

馬車道とか赤レンガ倉庫からはみなとみらい線直通で渋谷方面にはとても行きやすいということを先週知ってしまったわたしたちは、この日もまたそのお店に行ってしまったのですが、そこでもうひとつの偶然を告げられ唖然とすることになります。
偶然、マクロ・プラズマート2本揃っての撮影になったんですと話をしていると、店主が、実はわたしもここに来る前に銀座でマクロ・プラズマートを持っている人を見かけたんですというではないですか。
ということは、この店主は1日に3本のマクロ・プラズマートを見たということになります。
11月8日は世界マクロ・プラズマート・デイだったのでしょうか。
しかし、話を聞いていたknpmさんは、笑いながらこう言うのでした。
銀座で見たというマクロ・プラズマートを持った人物と言うのは、わたしのことではないですか?
【Alpha7/Makro Plasmat .5cmF2.7 F2.7】
thema:ペッツバール genre:写真
Meyer Makro-Plasmat 5cmF2.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/12 Wed

老鏡頭拍老和服

Perken Son & Rayment 16.5cmF5
本日から、舞台は馬車道からわずかに離れた赤レンガ倉庫に移動します。
ただし、時間は馬車道から1週間経過していて、11月8日に開催された横浜ヒストリックカー・デイに飛びます。
横浜には年間に数回しか行っていないと思うのですが、それほど多くない機会が2週続いて、場所もすぐ隣のような位置関係なので不思議な感覚がありました。

ところで、ヒストリック・カーというのは、このイベントの定義では、1974年以降に製造された車と言うことだそうです。
ヒストリックと言っても、博物館に展示されているような車ではなく、現役で走行している愛車をオーナーが持ち込んで展示しつつ、そのオーナーと車談義もできるという距離感の近い催しのようです。
また、レトロファッションコンテストも同時開催するとなっていて、撮影の題材もそろっていそうです。

今回もペッツバールタイプのレンズを持参していますので、このレンズの場合は焦点距離から言っても被写体は車ではなく人物と言うことになります。
しかし、この日は予報が著しく悪かったためか、レトロファッションの人が全然見つかりません。
大切なレトロな衣装を雨で濡らすわけにはいかないからでしょう。
結局、公示されていたレトロファッションコンテストは、参加者が集まらずに残念ながら中止になってしまったようです。

ところが、そこはよくしたもので、赤レンガ倉庫では別の催しとして「横浜今昔 きもの大市」というのを開催していて、着物女性がちらほら見られました。
今日の作例は、すっかりアンダーになってしまっていますが、ヒストリック・カーではなしにヒストリック・キモノの女性があるいていたので撮影させていただきました。
せっかくなので、お好きな車の前で撮らせてくださいと選択してもらったのですが、長玉だったために車種が分からなくなってしまい失礼いたしました。

とは言え、ヒストリック・カーをバックにヒストリック・キモノ・ガールをヒストリック・レンズで撮影するというのはなかなかに痛快な気分になります。
もちろん、レンズのことは説明して、古い着物を愛好されている女性たちだけに関心をもってもらいましたし、背景の自動車もそんなシチュエーションに満足げのように見えなくもありません。

着物女性は他にも何人か見かけましたが、ひと目でクラシックだと分かるようなものは彼女たち以外で見かけず、結果的に撮影させてもらったのもこのおふたりだけでした。
これだけの着物を撮影できれば、あとは車に専念と言うことになるでしょう。
というわけで、今回のペッツバールは、この1枚で終了とになってしまいました。
【Alpha7/Perken Son & Rayment 16.5cmF5 F5】
thema:ペッツバール genre:写真
Perken Son & Rayment 16.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/11 Tue

福倫達報告3

Voigtlander 100mmF2.3
今日が馬車道まつりの最後の作例になります。
文明開化期の服装かと思い声をかけて撮らせてもらったのですが、実はそうではなくて、おとといの作例の女性と同じスチーム・パンク愛好の女性でした。
撮らせてもらってもよいですかと尋ねると、1枚だけならと言う返事でしたので、シャッターを切るタイミングで背後に探偵風男性が被ってしまいました。
1枚の約束でしたが、申し訳ないですがと立て続けに図々しくもう1枚撮らせてもらい、本来なら探偵おじさんのいないそちらの方がよいのですが、最初の方が眼がきらりと光っているのがかっこうよく、悩んだ末にこちらを採用することにしました。

よく見ると左背後の腰掛ける女性も帽子をかぶっていて、3つの帽子に少女の左手の傘とで小道具が生きているという感じがします。
絵画であれば、何かのアレゴリー的な意味を見出せるかも知れません。
最大の意味は、少女の左目が放つ光にあるということになるでしょう。

さて、今日もレンズの話を少々書き加えることにします。
少し前に、"Voigtlander Report 3"というハードカバー本を購入しました。
ドイツ語なので内容がよく分からないのが残念ですが、フォクトレンダーのカメラを図解したカタログのような本です。
フォクトレンダー・リポート3は、レンズと蛇腹カメラが収録されているので買ってみたのですが、わたしはフォクトレンダーのレンズをほとんど所有していないので、なかなか役立てる機会がありませんでした。
オークションなどでコリネアやオイリュスコープが安く登場した時に、焦点距離やF値などを調べるのに2~3度調べるために使った程度です。

今回は、目次で調べて、Portrait Objectiv, Serie 1a 1:2.3というのを簡単に見つけることができました。
このシリーズは、焦点距離が5種類あって、それぞれ8cm、10cm、15cm、20cm、30cmとなっています。
8cmなんてさらに短いものもあるのがちょっとした驚きですが、20cmや30cmも本当にF2.3なのかが気になるところです。
3行ほどの説明書きがありますが、ドイツ語のため割愛させていただきます。
少なくとも製造数などの記載はないようです。

興味深いのは、構成図が1905年と1914年のカタログのコピーとして掲載されていることです。
ペッツバールの構成とよく似ていて、前群はほぼ同じものと考えてよさそうですが、後群は両凸・メニスカスの順に並んでいて通常のペッツバールとは逆になっています。
これで思い出すのは、ペッツバールを改良したダルマイヤーのレンズですが、キングスレークの本をみると、まさにそのダルマイヤーのレンズと型が同じです。
キングスレークによれば、ダルマイヤーの特許として、後群の間隔を開けることでソフト効果を変化させることができるとなっていて、フォクトレンダーのレンズもダルマイヤーの方法を利用していることが理解できます。

ペッツバールの後群を前後入れ替えるとソフトになることはよく知られていて、わたしがこれまでに購入したペッツバール型のレンズのうち少なくとも3本は、後群が入れ替わっていたためにソフトなレンズでした。
元のかたちに戻すととてもシャープになったので、オリジナルはペッツバールだったのだろうなと判定することが可能です。

なぜ手に入れたときに前後が入れ替わっていたかは、ソフトな描写が好まれていたからだろうと想像することができます。
ポートレイト用のレンズで、当時の撮影料金が高価だったことを考えれば、自ずと高齢の人がお金を払って写真を撮りに出向いたのであり、女性などが皺を目立たないようにしてと注文したことは想像に難くありません。
そこで写真屋さんは、後群を入れ替えるだけでシャープにしたりソフトにしたりを使い分けていたのでしょう。
やがて、それをソフト専門にしたのがダルマイヤーやこのフォクトレンダーのポートレイトレンズだということですね。
【α7/Voigtlander Portrait Objective 1a 100mmF2.3 F2.3】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander Portrait Objective 1a 100mmF2.3 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/10 Mon

中心最好吃

Voigtlander 100mmF2.3
フォクトレンダーのポートレイト・オブジェクティヴは久し振りに使用しましたが、確認してみるとやはりそれまではライカM8との組み合わせで使用しています。
それがどうかしたかという話ですが、M8とα7では描写が違って見えるということが気になっていました。
恐らく、その違いとはカメラによるものではなく、レンジファインダーによるピント合わせと、EVFの見た目でのピント合わせに差があるということを意味していると思います。

たしかタンバールの時も同じことがありましたが、光学上の焦点位置の前後に、実際にピントが来ているように見えるスポットがあるということのようです。
ソフトフォーカスレンズには、そのような美味しいスポットで撮影したり、スポットに惑わされずに正確な焦点位置で撮影したりと二重の楽しみ方ができるレンズということになります。

いずれにしても、被写体についてはハイライトで強い滲みをつくるとか、逆光で全体の雰囲気を出すとか演出を心掛けた方が面白いのは間違いありません。
作例は逆光で撮っていますが、そのままではコントラストの低い絵になってしまいますのでハレ切りが必須です。
そのハレ切りでは、M8と違って効果がはっきり分かり、手が写し込まれる心配もないα7は、ソフトフォーカスレンズでより威力を発揮してくれることを実感できます。

ソフトフォーカスレンズは全般にそうですが、このレンズも深度が深く感じられます。
とても10cmF2,3というスペックには感じられません。
そのため、背景の処理には気を遣った方が良さそうです。
今日の作例のように距離があれば気にしないで良さそうなものですが、昨日、一昨日の作例では品が好いとはいえ割と崩れないボケが50mmF2.8クラスのレンズのようです。

また、特に効果を愉しみたいというのでなければ、背景に樹木などを置かない方がよいようです。
他の作例では問題にならなかった非点収差が、今日の作例ではぐるぐるがとびまわっています。
それとソフトフォーカスレンズでは、光線状態でパステル調に色を転ばせることができますが、今回もややそんな調子が出ています。
背景の青や赤は好い感じになっていますので、もっと色が華やかな背景だとより面白かったかも知れません。

しかし、このレンズの場合は、中心部分のみが極度に好い描写をしますので、本当はここに顔が来るようにしなければいけなかったのですが、3日間とも作例は失敗しています。
とは言え、胸回りのファブリックの表現は絶妙で、こういう表現ができるレンズはなかなかないのではないかと思います。
この部分が小さすぎるては撮影時には使いづらいので、ど真ん中に顔を持ってきて、上の余白をすっぱり切り落とすのがよいということでしょう。
個性的レンズは、1枚の写真の中に好い部分とそうでない部分が混在していて、そういうところがまた好いと言えるのです。
【α7/Voigtlander Portrait Objective 1a 100mmF2.3 F2.3】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander Portrait Objective 1a 100mmF2.3 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/09 Sun

蒸気主義者

Voigtlander 100mmF2.3
先日、渋谷区にある某店でレンズの話をうかがっていた時、ペッツバールの話になりました。
もちろん、わたしたちのようにデジタルで撮影している話ではなく、4X5など大判でペッツバールを愉しんでいる方々のことです。
そういう方に人気なのは、フォクトレンダーではなく、ダルマイヤーの3Aや3Bなどアルファベットが付くタイプのペッツバールだとのことでした。
理由を聞くと、フォクトレンダーはよく写り過ぎるのに対して、ダルマイヤーのアルファベットタイプはソフトタイプのレンズで収差が大きく大判で撮影してその個性を際立たせられるのでたいへんに面白いからだということでした。

ちょっと意外だったのは、大判で撮影する人は真面目に取り組んでいるのでシリアスなレンズを使うものだと思っていたのに、収差レンズの方が人気だということでした。
フォーマットが大きいほどレンズの個性がより際立つでしょうから、それも含めて撮影を楽しんでいる人がけっこういるのだと知って、こちらも楽しい気持ちになりました。

スペックを考えるともしかしたら大判に対応するレンズがないのかも知れませんが、今回、わたしが使用したフォクトレンダーのポートレイト・オブジェクティヴのシリーズは、フォクトレンダーにだってそういうファンを喜ばせるレンズがありますよと言える代表だと思っています。
某店の主の言葉ではないですが、フォクトレンダーはかっちり写る真面目レンズばかりだとの声を反映して、我々にだって遊び心はあるし、むしろフォクトレンダーと言えばユニークさが売りですと言わしめるレンズと言えるでしょう。

そんなレンズでの今日の作例は、文明開化の衣装ではありません。
スチーム・パンクと言う産業革命時代こそ黄金時代で電気が発明されなければこのような時代になったであろうということを歯車や真鍮部品てなどで表現する活動をしている方のひとりです。
真鍮と言えば、わたしに言わせればペッツバールを象徴する言葉なので、彼女たちの活動を直ちに理解したわけではないものの、納得するには十分なものがありました。

例えば、首から下がっている各種アイテムは真鍮らしい優しい金色に輝いていますが、これなどはペッツバールが好きな理由との共通項だと言えるものです。
さらに見ていただきたいのが、右手の甲を這うように貼り付くようにしている骸骨のような真鍮部分です。
このアイテム自体がすごいですが、こんな加工をやってくれる工房があるならば、ぜひともわたしのペッツバールのいくつかに無い、フードとかラックアンドピニオンとかを加工してもらえないものかと切に思うところです。

それはともかく、この日何枚も撮った写真の中で、この1枚を採用した理由は、彼女の優しさいっぱいに見える瞳によります。
なかなかこのような眼をした人を見かけることはありません。
スチーム・パンクと言っても、何か近寄りがたさや奇天烈なイメージが抜けませんが、彼女の優しき瞳がそれを打ち消してくれているように思いました。
そういう表現ができることが、フォクトレンダーのポートレイト・オブジェクティヴの本領といえるのでしょう。
しかし、ポートレイト・オブジェクティヴというネーミングは人物撮影用レンズと言う意味であれば、あまりにそのままの名称でもうちょっといい名前が無かったものかと少し残念な気持ちです。
【α7/Voigtlander Portrait Objective 1a 100mmF2.3 F2.3】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander Portrait Objective 1a 100mmF2.3 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/08 Sat

第一個冰淇淋

Voigtlander 100mmF2.3
今日から数日は、11月3日の馬車道まつりの作例をアップすることにいたします。
このイベントも横浜地域の祭りとして30年以上の歴史を持っているようなのですが、まったく知る機会無く、与野大正時代まつりの参加者の方に教えてもらって、今年初めて見物に出掛けることになりました。
歩行者天国になるとはいえ、狭い馬車道通りにあまりに人が集まっては混乱しそうなので、宣伝をセーブしているということかも知れません。
馬車道商店街のPRには人を集めたいところなのでしょうが、なかなか難しい問題があるのではと想像してしまいます。

横浜発祥の物事はいろいろありますが、さらに地域を限定して馬車道通り発祥のものも、ガス灯、アイスクリーム、日刊新聞等知られています。
馬車道まつりでは、それらに因んでガス灯の点灯式やアイスクリームの無料配布などの催しもあったようです。
しかし、わたしたちが出向いた理由はそれらではなく、横浜開港期の文明開化時代のコスチュームに身を包んだ女性を撮影できるという話を聞いたので、愛用レンズを携えて撮影に臨みました。

横浜馬車道でドレスの女性撮影というとかなり若い人たちが集まるのかなと想像していたのですが、年配の方が多かったのが少々意外でした。
10時に開始するとあってその少し前に現場に着いてみると、わたしたちが最年少の部類に属するようです。
その時点で来ているのは30人程度だと思いますが、団塊の世代より上くらいの方がメインのようで、わたしもそのくらいの年齢になっても、若い女性のポートレイトを撮ることを愉しみにまだまだレンズライフを続けていられるのではとの自信になりました。

もっとも、自分たちもこの方たちと同世代に片足を突っ込みかけていますものねえと、knpmさんに振ると、何言っているんですが、もう十分にお仲間になっていますとの返事で、無自覚からようやく現実を突きつけられることになったのでしたが。
まあ、30代前半くらいと比較すれば、あきらかにそちらではなく、この日の皆さんのカテゴリーに括られるのは間違いないので、反論することはて゜きません。

文明開化スタイルの女性は6名いらして、いずれも甲乙付けがたい美人の勢ぞろいだったのですが、残念ながら3名は「横浜観光大使」という目立つたすきを掛けていて、ここでは紹介しないことにします。
大昔にどなただかのエッセイで、日本は駅伝にも使われているたすき文化の国で、たすきをつなぐというのは好い例えなのですが、何でもかんでもたすきを付ける煩わしい文化でもあり、レコードジャケットとか本についているアレがその典型で、いずれもデザイナーが苦心して作ったアートと呼べるものでも、平気で部分的に覆い隠すたすきを付けてしまうのだから、邪魔かつ無駄も甚だしい、等々という話を読んで共感したのを思い出したからです。
せっかくの衣装を台無しにしてしまうということは、「横浜観光大使」のたすきが観光にマイナスになっているということを
よく考えてほしいものです。

ですので、今日の作例は、観光大使ではない、一般公募から選出された女性にポーズを取ってもらいました。
紫のドレスは若い女性にはどうかなあという気がしないでもないですが、彼女にはピタッと合っているように思います。
せっかく背景を県立歴史博物館のクラシックな階段にしたのですが、スタートしたばかりで人でごった返していて、左右に余分なものが入り込んでしまうのは仕方ありません。
この衣装のモチーフは貴婦人なのではないかと思うのですが、彼女の顔立ちや雰囲気はどちらかというと令嬢というところでしょうか
わずかにあどけなさを感じられるところが素敵です。
【α7/Voigtlander Portrait Objective 1a 100mmF2.3 F2.3】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander Portrait Objective 1a 100mmF2.3 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/07 Fri

她的未来

Anthony 11cmF4
湘南台ファンタジアでもksmtさんと同行の撮影でしたが、藤沢に最近まで住んでいながら湘南台にはあまり縁が無く、このようなイベントがあることも知らなかったと言っていました。
もともとイベントで撮影をするということを積極的には行ってきませんでしたし、告知自体が広報に載るとか駅にポスターが掲示されるとかいう程度だったので知るチャンスがなかったからだと思われます。
自治体のイベントとしては盛り上げたいとは思うものの、あまりに人が集まって警備が大変になったり事故が起きるのを防ぎたいという事情があるとかも知れません。

会場ではタブロイドサイズのパンフレットと言うか案内が配布されていましたが、イベントが盛りだくさんのせいか少々分かりづらかったのが気になりました。
土日の2日開催で、それぞれの催事がどれだというのがひと目で分からないというのがあり、会場が駅東口と西口に分かれているのがうまく表示されているとも感じられませんでした。
例えば、これとこれとこれを見てあれを食べたいと思っても時間軸と会場がその場ではうまく結び付けられません。
お年寄りになればさらに厳しいでしょうから、来年以降はより分かりやすいものに刷新をお願いしたいです。

パレードも終わってから遅いお昼を食べて、この後どうしましょうかとなった時、撮影に関してどこへ行くのがベターなのかがよく分からず困ったのですが、東口側の会場に行けば何とかなるかと歩いていきました。
ステージはハワイアンや太鼓演奏など、見たり聞いたりはよくても撮影的にはいまひとつということで、ビールでも飲むことにしました。
屋台が並んでいて、どこでもビールは買えましたが、ひとり美形のお姉さんがいる店で購入し、撮影させてもらうことにしました。

店は、かしわ台にあるルイス&ケイコというペルー料理屋さんが出店している屋台で、その美女はペルー人ルイスさんと日系二世のケイコさんの娘さんだと分かりました。
戦時中にペルーに渡ったというケイコさんのお母さんもいらしたので、お願いして3人並んだポートレイト(?)を撮らせさもらいました。
3人の表情が好く気に入っています。

お店は自宅から車で15分くらいのところですので、ぜひ訪れてみようと考えていますが、土日が多忙で未だ実現していません。
その時に聞けばいいかとケイコさんのお母さんと娘さんの名前すら聞いていませんでした。
屋台ではビーフのバーベキューもあったのですが、昼食直後だったせいで頼むのを躊躇しているうちに売り切れてしまいましたので、ぜひ本格的なペルー料理を近々楽しみたいと考えています。

3人並んだ写真はこのレンズでは中心にピントを合わせると、左右が像面湾曲でボケてしまうので、ケイコさんと娘さんに若干前目に寄ってもらい、だいぶ改善させることに成功しました。
娘さんにスペイン語を教えてもらおうとお願いしましたが、彼女は生まれてそれほど経たないうちに日本に来たので、あまり得意ではないとはにかんでいました。
それなら日本語も達者なケイコさんとルイスさんに教えてもらいましょう。
それと、娘さんの方は普段はお店にいないそうなので、事前に電話するなりして"リザーブ"しないといけないそうです。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/06 Thu

迷你結婚礼服

Anthony 11cmF4
神奈川ローカルの話になって恐縮ですが、大船から根岸線に乗ると、本郷台、洋光台、港南台と「台」の付く駅が3つ続くのが、子どもの頃不思議に感じていました。
県内の私鉄駅にも「台」駅はあちこちにあって、京急の能見台、相鉄線のかしわ台、田園都市線の青葉台、宮崎台、小田急線では相武台前と我が湘南台です。
地名にはそれぞれに由来がありますので、十把一絡げにしてはいけないのでしょうが、「台」の付く地名には、もともと何もなかったところを宅地開発した新興住宅地のイメージが強いです。

湘南台は、わたしが学生の頃にはすでに開発が進んでいましたので、それ以前の姿が分からないのですが、周辺では田畑が広がっていて、牧場などもあることを考えると雰囲気は想像できなくもありません。
今から15年前に相鉄線と横浜市営地下鉄が相次いで湘南台駅まで乗り入れて、周辺の開発は進んだと言えます。
その9年前には慶応大学の湘南藤沢キャンパスが開設されたので、この間が開発のピークなのでしょう。

以前、湘南という地名の由来は諸説あってよく分かっていないなどと書いたことがありますが、湘南台の地名の由来も不明です。
平塚には花見で有名な湘南平がありますが、対抗したネーミングなのでしょうか。
ただ、理由はともかく、かしわ台とか青葉台ではなく湘南台としたことが、その後の運命を大きく切り開いたとは言えると思います。
湘南という地名のネームバリューですね。
前後の六会駅とか長後駅と言う歴史はあってもあか抜けない感が強い名前よりも、湘南台に住んでいるとか、最寄り駅は湘南台ですと言った方が好いと企業も個人も考えるのは仕方ないでしょう。

わたしは、自宅から小田急線の駅まで車に乗って行って通勤していますが、長後駅に駐車場を借りています。
本当は湘南台の方が便利なのですが、同条件で比較すると倍くらい料金が違うので、長後を利用せざるを得ません。
不動産価格も同様に違いがあるのでしょうが、一駅違いでこの違いと言うのは、駅の利便性と名前そのものの価値の相乗効果なのだろうと考えざるを得ません。
湘南台ファンタジアというと響きは悪くないですが、長後ファンタジアは老人ホームのように聞こえてしまうでしょう。

さて、作例はサンバのパレードの中で踊っていた、なぜかウェディングドレス姿の女性です。
これ以前にも撮らせてもらっていたのですが、午後のパレードで太陽の位置が低くなって背景が影になったことで、白いドレスが映えるようになって作例の写真の方がきれいになったので採用しました。
ただ、白いドレスはきれいに出るものの、腕など肌の部分が実際より黒っぽくなってしまうのは、本人が見たらがっかりするかも知れません。

白い服は背景が白っぽいと映えないですし、黒いと浮き上がったりしますが、白い肌が台無しになったり、なかなか難しい被写体と言うことに思い当たります。
結婚式の写真ではかなり色をいじったりしていそうです。
黒人女性に白いドレス、背景は黄色か緑、というのがいちばん好いコンビネーションなのかも知れません。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/05 Wed

本地的涼子

Anthony 11cmF4
藤沢市北部の市民祭りとして定着している湘南台ファンタジアのメインになっているのは、サンバパレードのようです。
出場するのは、浅草サンバカーニバルでその年に優勝、準優勝、第三位になったチームなので、日本のサンバの1トップ3が来ると言えばなかなかすごいことなのではないかと自慢したくもなります。
もっとも出場チームのメンバーは、湘南と言う名前に期待を寄せてきて、海もビーチもない大通りでサンバするので、がっかりしているのではないかと少々気の毒な気がします。

今年の浅草の覇者は、昨日の作例に登場したウニアン・ドス・アマリードスというチームですが、紹介文によると、ラテン音楽を愛好する関東の大学の連合会なのだそうです。
ウニアン・ドス・アマリードスはポルトガル語で、英語にするとUnion of amaturesになるので、愛好会ということになります。
地元の学生もきっと活動しているでしょう。

湘南台エリアにも3つほど大学があり、湘南台ファンタジアの運営にも関わっているようです。
そのうちのひとつ慶大は、ダンスのサークルがパレードに出場していました。
ダンスはステージでやるものとばかり思っていましたし、ストリートダンスと言うのもまさかパレードするものではありません。
行進しながら集団でダンスを続けてゴールを目指すというスタイルが一般的とは思えませんが、沿道に楽しさを伝えるノリのよいダンスはサンバと伍するものだったと思います。
休憩時に広末涼子似の美人に声を掛けると、ダンスの時同様のノリの好さでポーズを作ってもらいました。

アメリカ第7艦隊音楽隊のパレードとステージもあったので、それに絡めてレンズはアンソニーを持参しました。
機会があればポートレイトを撮らしてもらって、このレンズはあなたがたの国で150年くらい前に作られたものですと自慢しようかと考えてのことです。
アメリカ人と会話するだけの語学力はありませんが、だいたいがアメリカ人の方も日本人のわたしのレベルは理解しているでしょうから、外国で同じシチュエーションになるよりは気が楽です。
残念ながらその機会はありませんでしたし、アメリカ人そのものを撮ることもほとんどありませんでした。

そのアンソニーのペッツバールレンズが、少し前の某オークションに2本同時に出品されていました。
焦点距離かぜ確か15cmほどと、わたしのものより少し長いですが、外観は瓜二つと言えるほど似ていて、EとAを組み合わせたアンソニーのマークの刻印もあります。
はっきり違うのはFranceという刻印があることで、わたしのにはないため製造元がよく分かりませんでした。
アンソニーは木製カメラの製造でよく知られていて、そのため日本では木製カメラのことをアンソニーと呼んでいました。
レンズ製造のことはよく分かっておらず、自家製造だったのか他社品に自社刻印したのかは謎でした。

ところが今回の出品でフランスとの刻印が入ったアンソニーレンズが出てきたことで、少なくともペッツバールタイプのレンズはフランス製なのではとの可能性が高まりました。
自社の高級カメラに当時最高性能だったフランスのレンズを組み合わせるのは不思議なことではないですし、もともと自社銘のみ刻印していたレンズに、フランス製だと追加刻印して最高級品とアピールしたのかも知れません。
製造元までは入れなかったのは契約上の問題があってのことでしょうか、例えばダルローのレンズはベンジャミンと言うアメリカの会社が代理店のような存在だったので、名前は出せなかったということはあり得そうです。
いずれにしても製造元がどこなのかが分かりません。
アメリカ人にアメリカ製だからと言いながら、実はフランスで製造された可能性が高いことはもちろん言わないつもりでしたが。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/04 Tue

日本冠軍

Anthony 11cmF4
今日から数日は、わたしのほぼ地元、湘南台で行われたイベントの作例を出させていただくことにします。
サンバの写真なので夏に撮影したと思われるかも知れませんが、これが10月26日開催と言うので、日本国内数多あふれるサンバカーニバルパレードの中でも最も遅いもののひとつかもしれません。
今週あたりの開催だと出場者が風邪をひいてしまうかも知れませんが、さいわいこの日は好天で歩いていてちょっと汗ばむくらいの陽気でしたので、真夏にやるよりもむしろちょうどよいくらいだったかも知れません。
もっとも、カーニバルは本来1~2月の移動祝日なので、南半球でこそこんな格好でできるお祭りと言えます。

祭り自体は、今年で16回目を数えるという湘南台ファンタジアという立派な名称が付いていて、相当な市民が沿道に繰り出しているなど人気のほどがうかがえますが、わたし自身は初めてやって来ました。
メインイベントがサンバ・パレードなのですが、それをカメラで追っかけていると、知り合いにでも見つかって、○○さんが鼻の下伸ばして女の子の写真を撮っていたなどの風評が流れることを心配したということもあるのですが、万一、そんな話が出ようものなら、ペッツバールレンズ研究のために誤解を恐れず人物撮影していただけなのだと開き直ることに決めました。
しかし、誰ひとりとして知り合いに会うことはなかったので、杞憂に終わったのですが…。

とは言え、この会場で恐ろしい光景も目の当たりにしたことを記しておかねばなりません。
会場内で男性が警察に拘束されるのを目撃したのです。
ビルとビルの間の路地に身柄を留め置かれほぼ無抵抗になった男性が何やら咎められていました。
はっきりしたことは分かりませんが、何かを撮影したことが問題となったようです。
サンバの作例を撮っているわたしも明日は我が身かも知れず、証拠差し押さえされた時に恥ずかしくないよう捨てカット的に風景写真なども撮っておいた方がよいのかとも考えています。
いったい何を撮るとあそこまで問題になってしまうのでしょうか。

その人のことはどうでもよくて、今回の作例の女性は今年3回目の登場だと言えば驚かれることでしょう。
過去2回は↓です。
http://zunow.blog51.fc2.com/blog-entry-3055.html
http://zunow.blog51.fc2.com/blog-entry-3106.html
調布と羽村でそれぞれ出場していたのは、当地で知ったことですが、今回、湘南台にも同じサンバチームが来ることを知って、また彼女のサンバダンスを見ることができるのではと地元のイベントに行ったのは紛れもない事実です。
果たして、彼女の姿を目撃した時は再々会に感激してしまい、彼女ばかりを目で追っていました。

しかし、そこへブルーの衣装の女性が登場するのですが、彼女は羽村でわたしにハイタッチしてくれた女性です。
彼女も撮影しなくてはと慌てて撮ろうとしますが、なかなか動きについていけません。
結果的にはこのふたりに振り回されるようにレンズはあちこち向かされてしまい、まともな写真は1枚も撮れませんでした。
本来、デジタルでも100mm以上の焦点距離のレンズで不規則に動くものを撮るのはかなりの困難で、普通のパレードならば置きピンで対応可能でもサンバは勝手が違うのです。
作例では、顔にピントがあっていないですが、後に下がったところだからでしょうか髪が妙な動きをしているのが面白くて、また後ろに見える少年が撮影に夢中になる父親が恥ずかしくて微妙な表情をしている風に見えるところも気に入って、この1枚を採用します。

それはともかく、このサンバチームは大学のサンバ愛好会の連合会なので、もしかしたらメンバーは卒業してしまうかも知れず、来年もまた見られるとは限りません。
またこのチームで参加してくれると嬉しいですが、もちろん卒業してからも社会人チームなどでサンバの技をさらに磨いてもらいたいとも思います。
実は、彼女たちは今年のサンバカーニバルの優勝者でもあり、要するに日本のサンバのチャンピオンなのです。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/03 Mon

優惠招待

Francais 15cmF4
今年は半ばヤケになって東南アジアの国々を訪れました。
そのほとんどが、中国の用事を済ましてから香港経由で向かうごく短時間の滞在なので、あまり大きなことは言えませんが、次のことが印象に残っています。
滞在した東南アジア8ヶ国は大きく3つのグループに分けられますが、国の雰囲気もそのとおり3つに分別できます。
すなわち、ゆるくて暖かなインドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、活気を感じるものの陰りも見え隠れするベトナム、ミャンマー、理路整然とし過ぎていて検体ムードのシンガポール、ブルネイとなります。

もちろん、すべてがこの型に嵌まるとか、国民全員が同様に振る舞うなんていうことはありません。
あくまでトータルの印象に過ぎませんので、例外的なことは多数存在すると思います。
それに、わたしは庶民的といえるような人たちと接することを心掛けていますが、そういう人たちには概して国境はなく、彼らが日本に来て行動しているのを見ても、何人だと判別するのは難しいだろうなあと思います。

そこでフィリピンの話になりますが、前にも書いたようにフィリピンのイメージはとても悪くて、旅行者の人気もタイやマレーシアと比べてずっと下位になると思われます。
しかし、タイ、マレーシア、インドネシアと比べてどこが違うかと言われても短期滞在者には積極的な違いは見つけられないとしか言いようがありません。
好い部分、悪い部分含めてこの4ヶ国はよく似ていると言えるのではないでしょうか。
人間のおおらかさや面倒見の好さ、物価の適度な安さ、食べ物のおいしさ、子どもたちの純粋さ、蒸し暑い気候、朝夕の渋滞、豊かさの経済成長の裏にある貧困…。

では、違いはどういうところかと、フィリピンを旅行する優位性は英語の通用度です。
シンガポールも英語が公用語になっていますが、フィリピンは戦前までアメリカ領ですので、英語人口比率はどちらもとても高いです。
シンガポールでは中国語も公用語ですが、マレーシアやタイなども華人社会があって部分的ですが中国語がよく通じます。
フィリピン、インドネシアも同様のことが言えますが、規模は小さいかも知れません。
中国語はともかく、英語がよく通じるというのは、そうでないよりはるかに旅におけるアドバンテージがあります。
わたしは現地人とのコミュニケーションを重視しているので尚のことそう感じます。

もうひとつは、宗教の違いに指を折ることができるでしょう。
東南アジアの多くが仏教国と言えますが、インドネシア、マレーシア、ブルネイはイスラム教国です。
フィリピンだけが植民地時代に宗主国スペイン下でカトリックを受け入れた、唯一のキリスト教国となります。
戒律の厳しいイスラム教は、食事やアルコールなど旅行の際に立ちはだかることがありますが、わたしにとっては女性を撮影しづらいという方が深刻な問題です。
仏教やキリスト教がわれわれ旅行者に大きく影響を与えることはなさそうですが、キリスト教の方が敷居が高いような気がして、タイでよく言われる微笑みは仏教だからこそと言うのは身びいきというものでしょうか。

フィリピンにはまた来る機会は無いだろうななどと考えていたのですが、うっかりミスでもしかしたら1年以内にまた出掛けることになるかも知れなくなりました。
市内はずれのホテルに2泊したのですが、ホテルのインターネット予約サイトで間違って3泊予約してしまっていたのです。
ホテルと掛け合って1泊をキャンセルしたいと言ったのですが、予約サイトを通してるので自分で手続きしてしなくてはならないと分かりました。
当日キャンセル扱いでいくら返金されるか分からないとがっかりていると、事情を聞いたオーナーがやって来てそれはあまりに気の毒だと、名刺の裏に1年間無料で泊れる優待券と書込んでいます。
ただ、有効期間は今日から1年間だけだよと笑いながら、彼はわたしに手渡したのでした。
【Alpha7/Francais 15cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Francais 15cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/02 Sun

当日菲過橋

Francais 15cmF4
今年は半ばヤケになって東南アジアの国々を訪れました。
そのほとんどが、中国の用事を済ましてから香港経由で向かうごく短時間の滞在なので、あまり大きなことは言えませんが、次のことが印象に残っています。
滞在した東南アジア8ヶ国は大きく3つのグループに分けられますが、国の雰囲気もそのとおり3つに分別できます。
すなわち、ゆるくて暖かなインドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、活気を感じるものの陰りも見え隠れするベトナム、ミャンマー、理路整然とし過ぎていて倦怠ムードのシンガポール、ブルネイとなります。

もちろん、すべてがこの型に嵌まるとか、国民全員が同様に振る舞うなんていうことはありません。
あくまでトータルの印象に過ぎませんので、例外的なことは多数存在すると思います。
それに、わたしは庶民的といえるような人たちと接することを心掛けていますが、そういう人たちには概して国境はなく、彼らが日本に来て行動しているのを見ても、何人だと判別するのは難しいだろうなあと思います。

そこでフィリピンの話になりますが、前にも書いたようにフィリピンのイメージはとても悪くて、旅行者の人気もタイやマレーシアと比べてずっと下になると思われます。
しかし、タイやマレーシアの微笑みややさしさなどはフィリピン人にはないかと言えば、けっしてそんなことはありません。
客観的に見ても、他の東南アジア諸国同様、人々は親切でとてもフレンドリーです。
でも、そんなことは顧みられず、治安の悪さの方が大きく取り沙汰されて、フィリピン近寄るべからずのイメージができてしまうのですね。
フィリピン政府もそんなことは分かっているだろうに、残念ながらイメージ改善の努力をする気配がありません。

そんな中でわたしは素敵な女性に出会いました。
マニラ大学近辺を歩いていたとき、日本人ですかと声をかけられたのです。
わたしはフィリピン人の大半は良い人であると理解しているつもりでしたが、それでも日本人を狙った犯罪があることは間違いないでしょうから警戒してしまいました。
ましてや、作例のような美人にいきなり声をかけられるなんて不自然です。
しかし、それはとても失礼なことでした。
彼女は日本からマニラの大学に留学に来ていると自己紹介したうえで、しばらく日本語を話していなかったので、一目で日本人と分かったわたしに思わず声をかけたのだとか。

しばしの間、立ち話しました。
前述の通り、あまり評判の芳しくないフィリピンに留学しているくらいですから諸事情はあるのですが、フィリピンと日本の架け橋になりたいという希望を持っているのも確かで、そうやって若い女性がひとり異国の空のもとでがんばっている姿を目の当たりにさせられては、わたしも感じ入られずにはいられませんでした。
たいへんなことも多いでしょうが、毎日楽しいし充実しているとのことだったので、その調子で頑張ってほしいとエールを送りました。

記念に写真をと求めてもOKしてくれました。
ポートレイト用のレンズですが、そう説明しても彼女は近くで遊んでいた子どもたちをフィリピン語で呼び寄せて、みんなではい、チーズとなりました。
いきなり道端に座り込んで、子どもたちと同じ高さで写真に納まろうとする姿が彼女の性格をよく表していると思います。
最高のシチュエーションで最高の1枚にしたかったのですが、御覧の通りのピンボケが悔やまれました。
同じ場所で同じ写真を撮るために、ここまで飛んで行きたいくらいなのですが。
【Alpha7/Francais 15cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Francais 15cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/01 Sat
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