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She/Elvis Costello

Anthony 11cmF4
京都の八坂神社はそのまま円山公園に繋がっています。
たぶん京都に暮らす人のかっこうの散策コースになっているのではないかと思います。
観光客は少なくないですが、そのあたりから歩いて来ましたと言う雰囲気のご近所さん風な人もけつこうな数です。
こういう雰囲気はいいですね。
京都駅から、三十三間堂、二年坂と歩いてすっかり疲れたので休憩することにしました。
ずっと歩いて疲れたということはありますが、清水道から二年坂のあたりなど人通りがあまりに多くて、そのせいで疲れたというのが本音です。

藤棚の下で休んでいる人がいたので、わたしも腰掛けようとするとかなり遠くで怪しげな音楽が聞えてきました。
何だかよく分かりませんが、フジがまだ咲いていない藤棚に座っているより、音楽を聴きながらの方が楽しいはずなので移動することにしました。
演奏していたのは、アンプを通したアコースティックギターで、さきほどの位置からはスチールドラムかと思っていたので、あまりの違いに拍子抜けになりました。
そして、演奏者の顔を見て、思わずあっと言ってしまいます。
www.ksmt.comに以前登場したぷう吉さんだったからです。

とは言っても、たぶんぷう吉さんは特に有名人ではないでしょうし、ご存知の方はほとんどいないでしょう。
しかし、いただいたプロフィールを見ると、アコースティックギター界ではフィンガーピッキングによる演奏でコンテストにも次々優勝するほどの名手だったのです。
この時演奏していたのは、むかし時々聞いたバラードだったのですが、曲名も演奏者の名前も思い出せません。
挽き終えたぷう吉さんに尋ねると、やさしく微笑みながら、エルビス・コステロなどが歌っていたシーですと教えてくれました。
なるほど検索すると、タイトルは"She"でコステロの歌をユーチューブで聴くことができました。

ぷう吉さんが演奏していたのは直射日光の元で、近くのベンチにも日陰が無かったのでその場はいったん藤棚に戻ったのですが、ksmtさんがやって来たので、ぷう吉さんの話をすると、ではそちらに行ってみましょうとまた舞い戻ることになります。
おふたりは何度か会っているそうで、会話が始まるのですが、新しいCDを制作したとぷち吉さんが説明するとksmtさんがさっそく買い求めました。
するとどこかからやって来た少女がファーストアルバムの方をくださいとやってきます。
わたしも彼のレコーディングの話などを聞いているうちにアルバムが聴きたくなってしまい、やはりファストアルバム購入です。
すると暑いベンチで気難しい顔をしていた体の大きな西洋人のお兄さんが、オレにも売ってくれとばかりCDを買っていきます。
わたしがどこから来たのですかと聞くと、ニュージーランドと言いながら去って行きましたが、あの巨体はきっとラグビーでもやっているに違いないと思わせるものです。

というようにksmtさんが来てから1曲も演奏せずにおしゃべりしていたというのに、ものの10分の間にCDを4枚も売ってしまいました。
CDは11曲からなるアルバムで2000円します。
旅先ではいくらでもお金の使い道があるのですから、気にも入らずに買ったという人はいないと思います。
ことほどさように、ぷう吉さんの演奏が魅力的だったことが分かります。
わたしの作例ではその魅力が伝わらないのが残念です。
翌日、草津の祭りの会場あたりを歩いていた時、こういうところでも演奏すればいいのにと、ぷう吉さんのことをぷうタロウサンと呼んでしまいました。
ちょっとわたしには紛らわしい名前ということなのですが、10分で8000円も売り上げるミュージシャンがプータロウのはずがありません。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/30 Wed

終末向京都去

Anthony 11cmF4
ニュースでは、今年のゴールデンウィークは飛び石連休になってしまい、日の並びがよろしくないとやっていたのですが、11連休だという知り合いもいて羨ましい限りでした。
わたしの連休は暦どおりなので、連休後半にどこか出掛けて、前半はおとなしくしているつもりでした。
前週にksmtさんと会ったときに、ksmtさんの郷里の方でイベントがあれば参加したいですねなどと話していたところ、ちょうど4月27日の日曜に草津時代祭りがあるのでいかがでしょうと誘っていただきました。
せっかくですので、土曜の朝から1泊で行ってのんびり関西の空気を吸ってこようと考えました。

しかし、この3月はかつてないほど忙しかったのですが、それが4月までも続いてゴールデンウィークを前にして忙しさはピークです。
これは草津まで行くのが厳しいかなという状況でしたが、そういうことを強引にまるめてしまうのがわたしは得意なようです。
さらには、連休で新幹線のチケットが取れないかもと思っていたのですが、先述のとおり連休が割れたせいでしょうか、指定席を取るまでもなく、新横浜からののぞみの自由席は空いていました。

まず向かったのが京都でした。
ksmtさんは、ペッツバールを愛用するようになって以来、祇園周辺でポートレイト撮影することをライフワークのようにされていますが、同行させてもらうことにしたのです。
祇園集合は2時頃ということでしたが、せっかくですので朝早くに家を出てまずはひとり歩きするこことにしました。

8時半に京都駅に到着しました。
どこへ行ったらよいか何も考えていなかったので、ツーリスト・インフォメーションに向かいました。
人であふれていて、びっくりしてしまいました。
わたしがヨーロッパを毎年のように旅していたときは、まだインターネットもなかったころで、町に到着するとたいがいは駅前かダウンタウンにあるツーリストインフォメーションに行って、無料の地図をもらったり宿を紹介してもらったりしたものです。
きっとヨーロッパの若者も、未だに旅に出るとインフォメーションを利用して情報を得るという習慣は変わっていないのでしょう。
さすがに宿はネットで事前予約している人が多いと思いますが。

わたしが若い頃に利用した時は、何しろみんなせいぜいロンリープラネットくらいの情報しか持っていないので(日本人はみんな地球の歩き方)、質問が長きにわたってなかなか順番が回って来ません。
しかし、今やピンポイントの質問に即答してはい次の方となるようで、10人くらいの列は数分でみるみるなくなっていきした。
わたしの質問は、午前中のみどこか回りたいのですが、比較的静かで古きよき京都が見られるところを教えてください、でした。
いくつかの候補を勧められましたか、わたしが選んだのが三十三間堂方面でした。
方向的にksmtさんと落ち合う祗園と離れていなかったのがポイントでしたが、三十三間堂には中学の修学旅行以来行っておらず、当時の記憶がよみがえればノスタルジックな気持ちになるかなあと考えたからでした。

三十三間堂の千手観音像は圧巻でした。
一体だけでもすごかったと思ったはずですが、それが幾層にも並んでいる前をゆっくり歩いて通るのは審判を受けるような気分です。
しかし、ここを見学したことはまったく思い出せませんでした。
これだけのインパクトを多感なときに受けながら、まったく思い出せないとは、なんとも不思議なことでした。
友だちとふざけまわっていてろくすっぼ見学なんてしていなかったのかも知れませんが、たまたま居合わせた中学生の修学旅行のグループは、ふざけるものなどほとんどなく真剣に見て歩いていました。
それだけ圧倒する力がある空間ですが、彼らが中年になってここを再訪すれば、きっと記憶が呼び覚まされるのではないかと考えると自分が場違いな人間に思えてきます。

さて、今日の作例は、八坂神社のひとコマです。
女性は日本人のような横顔ですが、仲間たち数人とレンタル着物で京都散策していた西洋からの旅行者のようです。
それが証拠に、アイスクリームを食べながら灯篭に腰掛けてしまっています。
さすがに日本人では、灯篭には腰掛けないでしょうし、着物を着ていればなおのことのはずです。
注意してあげればいいのですが、できずにこっそりこんな写真を撮っているわたしは典型的な日本人ということになりますでしょうか。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/29 Tue

鏡頭袋子

Speed Panchro 50mmF2
広州の写真は昨日で終わりですが、今日、深圳での1枚を加えて、今回の広州・深圳シリーズを締めくくることにいたします。
作例は、深圳の縫製工場で過酷な労働をする出稼ぎ少女、のように見えるかも知れませんがそうではなく、生地の市場である深圳布芸城という建物でふつうに働いている女の子です。
夜の8時近くなって、向かいはもうシャッターを降ろしていますが、彼女の店は忙しかったようで、残業になってしまったようです。

深圳布芸城に行った理由は他でもありません。
カメラを持った旅や散策にはここのところ決まってペッツバールを持っていっていますが、大小さまざまなペッツバールが増えたことで、それらを持ち運ぶためのケースが無かったことから、布生地で作ってもらおうと考えたのでした。
もちろん市販のソフトタイプのレンズケースでも問題ないのですが、量販店に行っても種類が豊富でないうえに値段も思ったより高く、ペッツバールの多くにはラックアンドピニオンのギアが飛び出していて少しゆとりあるサイズが欲しいなどと考えていたら、中国でオーダーすれば必要なサイズが得られ値段も安いだろうと気付いたのでした。

レンズケースは以前にも作ってもらったことがあって、そのときはサンプルもなく拙い中国語でイメージを伝えての注文だったために、いまひとつ思い通りにはならなかったので、今回は形状見本持参で再挑戦する意気込みです。
しかし、深圳布芸城はビルの3フロアをぶち抜きにして、小さな生地屋さんと縫製屋さんが市場のようにひしめいているところなので、前回どこでお願いしたのか見つけるまでがまずは一苦労でした。
丸顔のおばちゃんがオーナーのカーテン屋さんということだけ覚えていたのですが、位置関係ではなく、やはり愛くるしい真ん丸顔を見つけて、ああここだと思い出しました。

おばちゃんはわたしのことをかすかに覚えていましたが、何を作ったかまでは記憶に無かったようで、首を捻っていると作例の女の子がレンズケースでしょうと助け舟を出してくれて、ああ、そうだったと思い出してくれました。
今回は加えて市販のレンズケース(巾着袋とかレンズポーチと言った方が分かりやすいでしょうか)を見せて、さらには沙面で活躍したホームズ・ブース&ヘイドンスのレンズを採寸してもらって、ぴったりのサイズにとお願いしました。
そのサイズならわたしのすべてのペッツバールはカバーしますが、中サイズ、小サイズも合わせてお願いします。
また、デリケートなウルトラブックのノートPC用の布ケースも作成依頼しました。

おばちゃんの仲間の生地屋さんがすぐ隣なので、生地選択するように言われますが、深圳はすでに日中30度の夏でしたので、期待した厚手のウール系の生地がほとんど在庫されていません。
一見スウェードにも見えるベージュのウール混の真冬のコートになりそうな生地を見つけて即決しました。
レンズケース大中小各1とPCケース1分の生地代は50元でしたが、少し余ってしまったようで、PCケースは2個作ったよと言われました。
PCは1台しか持っていませんので、むしろレンズケースを余分に作ったもらいたかったですが…。

縫製代は1つあたり20元とのことですが、前回は25元だったのでおばちゃんはそのことを忘れてしまったのでしょう、それともリピーター価格になったのか、いずれにしても安くなったので気付かぬ振りで黙っていました。
ケース1個あたり、生地10元、縫製料20元、合計30元は500円強と言うことになります。
思ったよりかかってしまいましたが、良い生地を選んでのハンドメイドですし、大企業優遇策のあおりで円安なので仕方ありません。
今夜帰国するのでと言うと、わずか1時間で仕上げてくれたので良しとしましょう。

ケースは見本を見せたのにも関わらず、紐を一方から引っ張る形になっていてちゃんと口が閉まりきらないという意思疎通のズレを生んでしまいましたが、それ以外は期待通りの良い出来栄えでけっこう気に入っています。
時間厳守なのも素晴らしい、おかげさまであせる必要なく帰国の途に向かうことができました。
ただ、その影響でしょうか、作例の少女は定時で上がれず残業ということになってしまいました。
そのお詫びに、次回は夕食をご馳走するのでとプッシュしましたが、彼女にその気があれば今度はいっしょに食事ができるでしょう。
さらに、ブログの被写体にもなってもらい、ネタまで提供していただいたので500円もかなり安かったと感じているところです。
【Alpha7/Speed Panchro 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Speed Panchro 50mmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2014/04/28 Mon

英文Costume Play的简略写法

Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5
たぶんいるのではないかと期待していたのですが、やはりいました。
金髪のコスプレの女の子です。
コスチュームの女の子はひとりですが、カメラマンもひとりだけで、仲間と思われる若者たちが取り囲んでいます。
同窓会的雰囲気があるので、これなら勝手に撮っても文句を言われることはないでしょう。
失礼して遠巻きに何枚か撮影します。
しかし、予想に反して、コスプレの彼女はわたしに向かって、大きな声でハローと言いながら指さしました。

こういうリアクションをされたことはないのでちょっとびくっとなりましたが、たどたどしい英語であなたは日本人でしょうと聞くので、中国語でそうです日本人ですと答えると、いきなり打ち解けたように全員からいろいろと質問が飛んできます。
コスプレをしているくらいですから、みんな日本の少なくともアニメやらゲームやらは好きですし、日本そのものにも関心を持って一定のリスペクトも見せてくれます。
コスプレに限らず、中国の地方ではよくある展開です。
ちなみにコスプレは中国語でもコスプレと呼びますが、どういう風に書くのかと思ったら、"Cosplay"と表記して漢字はないそうです。

それまで、コスプレの彼女がひとりで次々とポーズを取って撮影していたのですが、彼女がわたしに抱き付いて来て、カメラマンに撮って撮ってと促しています。
恥ずかしかったのですが、若い女性が抱き付いてくるなんて、恐らくわたしの今後の人生には起きえないことでしょうから、喜んで彼女のお相手を務めました。
続いて通常の撮影スタイルに戻ったので、わたしも撮影側になって参加させてもらいました。
みんながすぐにわたしのレンズに気付いてそれは何だと聞いてきます。
聞かれずとも説明するつもりでしたが、先に関心を示してもらえるとその説明には力が入ってしまいます。

散策の継続は止めにして、深圳に戻る時間まで彼らと行動を共にすることにしました。
メンバーは男性ふたりに女性4人で大学生と社会人が混じっているとのことでしたが、どういう集まりなのかは分かりませんでした。
コスプレの女の子は重慶出身で、他は全員地元広州です。
カメラマンの青年はカメラ店で働いているそうで、わたしのカメラのファインダーが汚れているのを見て(鼻の油か?)、クリーニングしてくれました。
以前は、修理の仕事もしていたことがあるそうです。

1時間半ほど行動をともにしましたが、沙面を少しずつ移動してポーズをいろいろつけながら撮影していきました。
おもしろかったのは、何人かがいっしょに写真を撮らせてと積極的に割り込んでいる中国人がいたことで、見方によっては図々しいだけですが、こういう活動をしている彼らには飛び込みを歓迎して、いっしょにポーズをとってなどとはやし立てています。
日本ではこういうノリにはなりにくいような気がしますが、コスプレでつながる若者たちは連携するのかも知れませんね。

深圳に向かう列車の時間が近づいたので、みんなに別れを告げてタクシーに乗り込まなくてはなりませんでした。
彼らは、記念にと途中の土産物店でわたしに絵葉書などを買ってプレゼントしてくれました。
また、撮影会に参加できるよう交流したいと思い、そのためにも彼女のポートレイトを鶏卵紙プリントにしようと考えて当日のワークショップに持ち込んだのですが、古いCD-Rは彼女の写真が読めず、結局、先週の黄埔での女の子のポートレイトを採用せざるを得なくなったのがとても残念でした。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/27 Sun

沙面撮影館

Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5
今回使用したホームズ・ブース&ヘイドンスでわたしのペッツバール所有本数が16本になりました。
未使用のレンズもありますが、整理のために一覧を記しておきます。

No. Manufacturer Nationality Focal lengs F No Years
1. Dallmeyer England 11.4cm(4.5in) F3.6 1861
2. Voigtlander Germany 10.0cm(4in) F2.3 1901
3. Lerebours et Secretan France 8.5cm(3.375in) F3.4 1860ca
4. Darlot France 10.0cm(4in) F3.5 1860ca
5. Gaudin France 10.0cm(4in) F3.5 1842ca
6. Dubroni France 10.0cm(4in) F3.5 1860ca
7. Vallantin France 7.0cm(2.75in) F3.5 1860ca
8. Holmes, Booth & Haydens USA 14.0cm(5.5in) F3.6 1857
9. Ross England 11.5cm(4.5in) F4 1862
10. Jamin & Darlot France 15.5cm(6in) F4 1860
11. Dallmeyer England 11cm(4.5in) F4 1861
12. Meyer Germany 20cm(8in) F3.5 1899ca
13. Perken, Son & Rayment England 16.5cm(6.5in) F5 1887ca
14. Holmes, Booth & Haydens USA 20.5cm(8in) F5 1860
15. Voigtlander Austria 20.5cm(8in) F3.8 1863
16. Anthony USA 11cm(8in) F4 1860ca

こう並べてみると、かなり壮観な感じがします。
13番と15番はまだ使用していませんが、もちろん今後使用予定です。

今回も、意味ないことを承知で平均値を出してみました。
焦点距離の平均は、12.95cm。
F値の平均は、F3.73。
製造年の平均は、1865年。
今後はそうそうペッツバールを入手できるとは思っていませんが、焦点距離はより短く、F値はより明るく、製造年はより古くを目指して探してみることにします。

沙面についてウィキペディアを見ると、以下のような記述がありました。

南京条約によって広州を開港させたものの、反英運動に妨げられたため居留地の設定が出来なかった英国は、アロー戦争の終結後にようやくそれを実現する。
1859年、即ち天津条約締結の翌年、戦勝の余勢を駆った英仏両国は川砂の堆積地であったこの場所を32万ドルの経費を投じて埋立て工事を始め、翌年租界設定に関する協定の締結を経て1862年に竣工、以来ここを「沙面」と称した。
東西約900m、南北約300mの楕円形を為すこの島の西方5分の4を英国租界が占め、残りをフランス租界とした。
両租界ともにそれぞれ一本の橋で対岸の市街と接続され、北関門を英国工部局が、東関門をフランス公董局が監督していた。
租界内は自転車と轎(=輿)以外の車両は通行が禁止され、橋の袂の関門はそれらの通行時以外に開かれることはなく、通行人は関門に設けられた小門から出入りした。
土地柄、土匪海賊の輩も少なくなかった為、租界で雇用される以外の中国人は居住が禁止され、夜十時以降は一般中国人の出入りは原則許されなかった。
また、島の各所に設けられた小埠頭や荷揚場も中国船の寄港が許されず、風体の怪しからん人物は往来で一々官憲の取り調べを受けた。
人々はその保安警備の厳重さから、沙面を「武装居留地」と称した。…


沙面は埋め立てによる人口の島とは知りませんでしたが、その着工から竣工が1859年から1862年までというのは、今回使用したホームズ・ブース&ヘイドンスの製造年である1860年と同年ということになりますね。
沙面の主要施設は、「病院4、学校2、教会2、著名企業の社屋9であった」とも記載がありますが、写真館などはなかったのでしょうか。
広州が開港されたときに、写真機ももたらされたのではないかと考えてしまいますが、そうだとすれば中国初の写真撮影の地が沙面だった可能性もなくはありません。
あるいは、その当時使われた機材が、未だ沙面の洋館の中にひっそりと置かれている可能性だってあります。
新品で持ち込まれていたとすれば、わたしのレンズと同年代のロスやダルローのペッツバールが付いていたのではないかと想像すると、記録でも残ってないものかと調べたくなってしまいました。

さて、今日の作例ですが、先日の結婚写真同様に中国の写真スタジオでは、個人で撮影を依頼する人もいて、彼女もそんなひとりなのではないかと思われます。
女性が今の自分を記録しておきたいと考えたり、お見合い写真用に使ったりということのようです。
デジタルで撮影するので、当然出来上がりの写真にはかなりの修整(修復?)が加えられるでしょうから、中国でお見合いを考えている方は要注意です。
しかし、それにしても、作例の女性はかなりきれいだったのですが、この髪形とドレスはないんじゃないと思わざるを得ませんね。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/26 Sat

四川美女

Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5
結婚写真の写真ばかりでは面白くありません。沙面の洋館を見学しつつも、以前にここで見たモデル撮影やコスプレ撮影をやっていないものか探してみることにしました。
それはあっさり見つかります。
身長が180センチ近くもありそうな美人がポーズをとっているのが遠くからでも分かったからです。
合間に声をかけると、どうやらファッション雑誌の服の広告のための撮影を行っているようです。
レンズのことを説明してから撮影してもよいか尋ねると、もちろん、と答えたもののただいま仕事中なので、いっしょに撮ってくださいとの返事です。

早速撮影が始まりました。
女性カメラマンがカメラを構える背後にわたしもまわりこみます。
何しろ焦点距離が長いのでカメラマンと同じ位置では顔のアップになってしまうので、一定の距離をとらなくてはなりません。
こういう広告用の写真というのは1枚1枚しっかり撮るものかと思っていたのですが、この撮影はすごいスピードでした。
カメラマンは1カット撮ってはひとこと指示を出し、モデルはすぐさまポーズを変更するというパターンです。
オートフォーカスでテンポよく撮るカメラマンに対して、ピント合わせに手間取って撮り損ねるわたしと、あまりに対照的な状況です。

撮影は10分くらい続きましたので置きピンなど使って20枚ほど撮ることができましたが、カメラマンは100枚以上は撮ったでしょう。
彼女は狙ったとおりの完璧な撮影をしたのだと思いますが、わたしは半分がピンボケで残りも今日のを含めてピントが怪しいものばかりでした。
昨日、撮影した黄埔の美人とどちらを採用するかは、残念ながら比べるまでもありません。

ところで、長身の美女と言えば哈爾濱をはじめとした中国東北地方が有名です。
東北出身かと聞いたのですが、答えは意外にも四川省の成都でした。
なぜ意外かと言えば、四川省の美女と言えば小柄で丸顔の可愛らしいタイプが多く、長身というイメージがなかったからです。
わたしの好みも、実は長身の美女タイプよりも庶民的な可愛らしい女の子なのですが、そういう女の子はこんなところでモデル撮影しているはずはありません。
探すなら中国中至るところにある四川料理のレストランに行って、ウェイトレスの美少女を探すべきでしょう。

撮影中は、バッグやカメラなどが小道具的に使われました。
撮影者側が用意したものだと思ったのですが、いま改めて見ると、カメラは白いケースに包まれていて、完全な小道具というよりは誰かが使用していたものをそのまま使ったように思われます。
成都出身の彼女が沙面の洋館群を撮影しようと準備したものを、そのまま自分の撮影にも愛用カメラとして使用したのかも知れません。
わたしのレンズの話を興味深そうに聞いていたようにも思えたので、あるいはカメラやレンズにも興味があったのかとも感じられました。
好みであるとかないとかは別にして、もう少し彼女と無駄話でもしてみれば良かったでしょうか。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/25 Fri

林肯総統鏡頭

Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5
今回、持参したメインのレンズは、ペッツバールタイプのレンズ、ホームズ・ブース&ヘイドンズ(以下HBHと省略します)の20.5cmF5です。
20.5cmということでご察しのとおり、なかなかに巨大なレンズで、全長約14cm、先端径約6cm、重量約670グラムあります。
α7で使うレンズとしてはこのくらいのサイズが限界としたいですし、旅にはあまり持ち出したくない重さでもありました。
いつものように、マウント改造をksmtさんにしてもらいましたので、レンズの外観や作例などはサイトをご覧になっていただければと思います。

このレンズの外観上の特徴はピント合わせのためのラックアンドピニオン機構に、一般的なタンジェントドライブではなくラディアルドライブが採用されていることです。
両者の違いを文章で説明しようとするとかなりの困難と字数を要してしまいますのでここでは省略しますが、タンジェントドライブがギア同士を1点で噛み合わせているのに対し、ラディアルドライブは両側から挟み込むように噛み合わしているので、後者の方が確実に距離合わせを制御できるというメリットがあります。
実際の使用上はどちらも大差ないのですが、より確実で耐用性があるのもラディアルドライブなので、より高級感を得ることができます。

もっともラディアルドライブはほぼすべてのHBHのレンズとC.C.ハリスンのレンズに採用されていて珍しいものではないのですが、特許でもあったのかヨーロッパのレンズで見ることはほとんどありません。
先にHBHのペッツバールを入手しましたが、残念ながらラックアンドピニオン機構が消失してしまっていたので、ラディアルドライブの痕跡だけは分かりましたが、完全稼働のラディアルドライブを求めてハリスンかHBHのレンズを探してようやく手に入れたのがこのレンズです。
もちろん、もっと焦点距離が短い小型のものが見つかればよかったのですが、両社のレンズは入手困難な状況にあるので贅沢はいえません。

先日鶏卵紙プリントのワークショップに行ったとき、卵白がすでに塗られた鶏卵紙を使用したのですが、そんなものが商売になるほどアメリカでは鶏卵紙プリントが流行しているとのことでした。
例えば35mmや中判のフィルムをやっていた人はここ数年でフイルム代、現像代、プリント代、あるいは現像液代、定着液代が高騰してしまって、鶏卵紙などの特殊プリントをやるのと大差なくなってしまったのがひとつの原因になって、レトロで個性的な表現が簡単にできると人気に火が付いたということのようです。
そのような人たちが19世紀の機材に着目しないはずもなく、特にレンズは性能が劣るわけではないので、自国で作られた古典レンズがあるといえば愛国心の強いアメリカ人が放っておくことはなく放っておくことはないということでしょう。

ハリスンは1849年創業で製造数10600本程度、HBHは1853年創業で製造数10500本程度です。
製造数は意外に多いようにもそんなものかと少ないようにも感じられて、正直、ピンと来ません。
ライカのレンズの製造数を見ると、ヘクトール28mmF6.3が9694本、ヘクトール50mmF2.5が9646本、ズミルックス50mmF1.4のクロームのものが約12500本というところが、製造数の近いものになります。
あきらかにヘクトールやズミルックスの方が市場でよく見かけますが、現存数はライカのレンズの方が多いでしょうし、ライカはコレクター、ユーザーともにとても多いので価格相場が形成されていて、よくものが回転するということなのでしょう。

そういえば、ハリスンもHBHも創業年が先日見たスタインハイルより早いのが意外です。
それでもダゲレオタイプが1839年にフランスで発表された直後にはアメリカに伝わっているので、レンズの国産化に4年もかかっていると見るのが正しいのでしょうか。
わたしのレンズは製造番号が№6454で、1860年の製造のようです。
この年は、日本では安政から万延に切り替わり桜田門外の変が起こりましたが、明治元年が1868年なので江戸時代はあと8年を残すのみというタイミングです。

1860年に生まれた著名人には、グスタフ・マーラー、アルフォンス・ミュシャ、ルネ・ラリックがいます。
時代が世紀末に向かっていることを感じさせる名前です。
アメリカでは、この年にリンカーンが大統領に就任しています。
わたしがこのレンズをネットオークションで売るとしたら、リンカーン大統領にゆかりあるレンズなどと説明文に書き加えるでしょうね。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/24 Thu

新娘憂鬱

Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5
お巡りさんに聞いたとおりの道順を歩くと、実にかんたんに沙面に到着しました。
昨日は、市民の怒りを恐れて親切にしているのではなどと書きましたが、もともと親切なお巡りさんだったのだと思いなおしました。

1980年代後半に民主化した中国ですが、社会が変わったからと言って人心もがらっと変わるわけもなく、よそ者に対してとても冷たいという伝統は残りました。
去年だったか市場で女の子が車に轢かれたのに誰も助けるどころか救急車を呼ぶことすらしなくて、子どもが亡くなると言う痛ましい事件がありましたが、そこまで言わなくても道を尋ねて無視されることはよくありました。
しかし、経済的に豊かになってくると、心にゆとりが出るからでしょうか最近はだいぶ親切な人が増えたことを実感します。
とくに日本を旅行した中国人が、日本でいろいろと親切になったことを次々と報告するようになって、我々も見習わなくてはいけないという機運になっていることも後押ししているようです。

さて、沙面というのは広州中心から6~7キロほど離れたところの地名で、戦前はヨーロッパに接収されて租界となっていた土地です。
珠江という大きな川と接していて、また周囲も恐らく人口の水路で取り囲まれているため、沙面島とも呼ばれています。
租界時代の前世紀初頭にヨーロッパ様式の建築や公園が一斉に立ち並んだ当時の状態が保たれていて、全国重点文物保護単位に指定されています。
先週の作例の黄埔古鎮と同様、市民の休日の憩いの地になっていますが、沙面の方は外国人を含めた外来の人も多く訪れる観光スポットにもなっています。

もうひとつ沙面をよく訪れるのが結婚写真を撮るカップルです。
このブログでも何度か作例に取り上げているのでしつこいくらいですが、中国人は結婚するときに必ずと言っていいほど記念アルバムを制作します。
専用のスタジオがあって時間も費用も抑えたいというカップルはスタジオだけで済ませられますが、通常はカメラマンやスタッフをともない、地元の講演とか観光地でロケするのです。
沙面は基本的に車が進入禁止で、このような撮影にはぴったりですから週末ともなるとすごい数のカップルが集結します。
この日、わたしはたぶん30組以上を見かけました。

彼らの多くは結婚写真を撮っているのですが、中には自分たちは貧しい時代に結婚して何もしなかったから、結婚30年を記念して今から結婚写真を撮ろうじゃないかと考えたと推測される熟年カップルもいます。
そうであれば、それはすばらしい話なのですが、推定50歳代くらいの女性が純白のウェディングドレスでにこやかに鬼面写真というのはいやが上にも目立つので、中にはじろじろと見る人もいました。
そんな中でもスタジオではなく沙面に来たというのは、中国人ならではの他人を気にしない精神力あってのことと感心しました。

作例の花嫁さんは、わたしが思い描く広東美人の典型の顔立ちです。
背景がネオゴシック様式の美しい教会なので、観光客がひっきりなしに訪れますし、結婚写真を撮るカップルも数組がスタンバイ状態で、待ちくたびれて少し不機嫌な顔をしているのかも知れませんが、広東人は割合とフレンドリーでふだんから優しい顔をしている人が多いです。
先日書きましたように、鶏卵紙プリントのワークショップ用の美人ポートレイトを撮る必要があって、当初の計画では、最悪ここに来れば花嫁さんの写真は撮れるだろうと考えていたのでしたが、その必要もなくなりスナップ風に撮りました。
教会が白、写真スタジオの車も白、カップルの服も白でしたが、アンダーに撮ることでふたりの顔のみを黒くしてみまたのです。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/23 Wed

免費停車

Orthostigmat 35mmF4,5
久し振りにオルソスティグマート35mmF4,5を試しましたが、どうも様子がおかしいようです。
とてもシャープで、トーンがよく出るレンズという評価の高い広角レンズのはずですが、トーンはともかくシャープな感じはほとんどありません。
ハイライトが滲んでいるところを見ると、レンズが曇ってしまったようです。
防湿庫で保管していたのですが…。

前回は2012年8月ですから約2年前に横浜で使用しています。
ここではコントラストの良い線の細い表現をしていて、現代レンズと見まごうばかりですが、ボケには嫌な収差があまり出ていないことを記憶しています。
今回は、ボケは変わらないも知れませんが、コントラストがどうにもならず、いかにもクラシックレンズの写りです。
確認せずにぶっつけ本番に持ち出した報いですね。
クリーニングしてあげなければいけません。

シュタインハイルは、1854年に創業されたドイツ語圏のメジャーなレンズメーカーとしては、フォクトレンダーに次ぐ大老舗です。
ちなみにフォクトレンダーは操業が1756年でシュタインハイルより1世紀も先んじていますが、もちろんその頃はカメラは発明されておらず精密機器の工場からスタートしたと言われています。
シュタインハイル創業の1854年は、フォクトレンダーがペッツバールレンズを付けた円筒型のカメラを作り始めてから13年も経過していて、創業後間もなくして写真用レンズを製造しています。

スタインハイル初期のレンズはペッツバールタイプということになっていますが、わたしはそれを探しているものの、未だ1本も見つけることができません。
シュタインハイルは1866年にラピッドレクチニアと同型のアプラッートを発表します。
仮にその1866年にそれまで製造していたレンズを全部アプラナットにシフトさせたとすると、創業から1865年まではメニスカスの貼り合わせレンズとペッツバールタイプのレンズのみを製造していたのではないかと想像できるのですが、同社の製造番号表によればその間2664本のレンズを製造しています。
それだけ製造していれば1本くらい市場に出て来てもよさそうなものですが、未だ見つけられないでいるのです。
もっとも、フォクトレンダーだって、ペッツバールを作り始めた3年目に2800本の製造を達成しているのですが、そんなに古いフォクトレンダーはやはり市場に出て来たのを見ていません。

ペッツバールに限らず、シュタインハイルの古典レンズを探すのは簡単なことではありません。
ネットオークションをシュタインハイルを探してみても、戦後の望遠系レンズやレンズシャッターカメラに付いた廉価なレンズなど魅力的なものはほとんど見つからないのです。
古典レンズではウノフォーカルというレンズがありますが、これは1901年に設計された20世紀のレンズで私としては食思を動かされるものではありません。
前述した1866年のアプラナット、1879年のグループ・アプラナット、1881年のグループ・アンチプラネット、1893年のラピッド・アンチプラネットと意欲的に新しい設計のレンズを投入しましたが、これらのレンズを入手するのも簡単ではないようです。

ksmtさんは、グループ・アプラナット131mmF6.3を所有していますが、わたしもアプラナットの同様の焦点距離のものを入手しました。
グループ・アンチプラネットも持ってはいるのですが、焦点距離が400mmくらいはありそうで、とても35mmカメラで使うような代物ではありません。
ksmtさんのグループ・アプラナットはとてもよく写るレンズで、シュタインハイルの他のレンズも気になってきますが、たまに出て来ても焦点距離の長いものばかりで、35mmデジタルカメラで使用できるようなものはかなり入手困難な印象です。
そういえば、ksmtさんのレンズはステレオ撮影用のレンズとなっていましたから、焦点距離の短いシュタインハイルは特殊用途ばかりだったのかも知れません。

さて、今日の作例ですが、広州をあちこち散策しているうちに方角を見失ってしまい、撮影地はまったく不明です。
沙面に行こうと思っていたので、サングラスのお巡りさんに聞くと、信じられないほど優しく丁寧に道を教えてくれました。
中国の警官は変わったのだなあと感心しましたが、ご覧のように白バイの大量路上駐車をしていては、肩身が狭くて横柄な態度もできないということでしょうか。
狭い道路に推定50台がずらっと並んでいましたが、怒った市民が手前の1台をどんと押し倒したら、50台全部が将棋倒しになってしまうでしょう。
【Alpha7/Orthostigmat 35mmF4.5 F4.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Steinheil Orthostigmat 35mmF4.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/22 Tue

粉紅色小猪

Orthostigmat 35mmF4,5
広州にはもう1泊して、翌日の昼過ぎまで散策するとにしました。
前に書いたように鶏卵紙プリントのワークショップでペッツバールでポートレイトを撮影しておく必要があって、丁さんとの行動の中でそれは難しいだろうから、翌日ひとりになって美女のそれをものにする計画でした。
しかし、昨日の作例のとおり、美女ポートレイト計画はあっさりと初日に達成してしまい、それなら広州に宿泊する意味もなかったのですが、それはそれでよしとして、以前にも来た西関から沙面にかけてのオールド広州と言われるエリアを久し振りに歩くことにしたのです。

中国経済にはすでに陰りが出ているとか、バブルは間もなく崩壊すると言われて久しいですが、もしそうなった場合中国全土が一斉に変化するのでしょうか。
わたしは素人でそういうことがまったく分からない人間なのですが、どうも大都市からそういう兆候が起こって次々と伝播するような経済破たんのパターンが考えられるようです。
香港を通じて世界に開けている部分と内陸のゲートウェイの両方を持つ広州は、あっという間に経済崩壊してしまいそうですが、一方で柔軟に対応して乗り切ってしまうような気もします。
少なくとも、オールド広州を歩いていると、昔からの個人レベルの経済活動が直截に感じられて影響を受けるのもないのではと思えてきました。

丁さんと中山大学付近を散策していた時、古びた畔いあるようなアパートがあって、素朴に暮らしている家族や老人の姿を見かけました。
あそこで家賃はどのくらいするのですかと尋ねると、恐らく3000元くらいでしょうとの答えです。
日本円で5万円を超えるというので、せいぜい20000円くらいかと想像していたわたしは驚いてしまいました。
一般的なサラリーマンの年収は5000~6000元というところだとずっと聞いていたからですが、変革の激しい中国でいつまでも昔の物価感覚を持ち続けていた自分の方がどうかしていたということですね。

さて、ホテルを比較的早くチャックアウトして、広州駅に向かいました(広州駅と入力したつもりが高収益と変換されてびっくり)。
スーツケースを駅の行李寄存と書かれた荷物預かりに置いて、深圳行きの列車のチケットを買います。
広州から深圳へのチケットは、売り切れで1時間後のものになったりということがしばしばなので、先に購入する安全策をとりました。
それから地下鉄で西関に近い中山八駅で降りますが、地図がないですし、地下から上がると方角すら分かりません。
しかし、本当にこが中国かと思うのですが、道端にキオスクのような小屋のような設備があって、大学生ボランティアがふたりいます。
英語で西関に行きたいんだけどと言うと、丁寧に行き方を教えてくれて、わたしたちを利用してくれてありがとうございますと礼儀正しく対応してくれたのです。

途中、朝食を摂りながら西関方面へ向かうと、市場が見えてきました。
玉器市場とありますので、翡翠などの縁起物の貴石類を扱う小さな商店が大量に集まるエリアです。
その一角にこれも中国では縁起物だからでしょうか、ブタを飼っている店がありました。
店主の娘さんでしょうか、かわいらしい女の子が、ちょっと恐る恐るのへっぴり腰で可愛がっている姿が可愛らしいです。
犬は飼い主に似るとよく言いますが、作例を見る限り、それは他の動物でも変わらないということなのかも知れません。
【Alpha7/Orthostigmat 35mmF4.5 F4.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Steinheil Orthostigmat 35mmF4.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/21 Mon

広州小姐

Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5
広州の写真ではスピードパンクロの作例ばかりでしたので、もうペッツバールは飽きちゃったのかと思われる向きがあったかも知れません。
どうぞ、ご心配なきよう、今回もメインのレンズはペッツバールです。
黄埔を散策していた時、美人モデルの撮影会か何かが行われていたようで、数名の美女が伝統的かモダンか判断に苦しむような素敵な衣装で佇んでいました。
同行の丁さんには申し訳なかったですが、今回も人物撮影用レンズを持ってきているので、ちょっと彼女たちを撮って来たいと申告して同意を得ました。

どういう撮影会だったのかは聞くチャンスはありませんでしたが、古い建物のまわりに数人の美女がポーズを取ってそれぞれに数名のカメラマンが撮影していました。
作例の彼女だけ休憩中だったようで壁に寄りかかって携帯を見ていたので、日本から来たと自己紹介し、150年前の骨董だとレンズ紹介もしたところ、快く撮影に応じてもらいました。
本来なら彼らカメラマンがモデル代を払っているので相談してからなどと言われても仕方ないところですが、外国人とペッツバールのふたつの特権を駆使すれば即OKということのようです。

丁さんはまったく美女写真には関心ないらしく、遠巻きにわたしを待っています。
美女全員の写真を撮って主催者に挨拶して、次回の撮影会にも都合が合えば参加させてください、費用の負担もしますと言うくらいのつもりでいましたが、丁さんに遠慮してあともうひとり撮影して引き返しました。
丁さんが何とも冷めた目でわたしを見ているような気がします。
それはそうでしょう、ついいましがたまで少数民族の村を訪ねて現地の人々の暮らしを撮影するのが楽しいなどと言っていた舌が乾かぬうちに、鼻の下を伸ばしてモデルさんを撮っていたのですから。

友人から白い眼で見られても美人ポートレイトが撮りたかったのには理由がありました。
東京都写真美術館の鶏卵紙プリントのワークショップに参加したのですが、ネガはデジタル写真を1枚準備すれば、デジタルネガを作成してもらえるということになっていたので、鶏卵紙プリントにふさわしい1枚を撮影しなければと考えていたのです。
鶏卵紙プリントは、ダゲレオタイプやカロタイプに続いて登場した19世紀半ばのプリント技術です。
19世紀のレンズを使って、鶏卵紙の時代に主流だった人物撮影をネガにしなければと考え、公表してもとやかく言われそうもない外国人で、しかも美人を撮影しなくてはならないと中国出発前から決意していました。
当初予定していた潮州は広東では言わずと知れた美人の名産地だったので行先の候補にしていましたが、中止せざるを得なくなった時点で、広州に行けばこういうモデル撮影に出くわすのではと期待していたのですが、果たしてその通りになったというわけです。

ワークショップは、古典技法に固執するマニアックな世界というよりは、写真全般に興味があってむかしはこんなプリントをしていたんですよというのを体験できますというような趣旨のようです。
展覧会の方では、下岡蓮杖の写真展を開催していて彼の鶏卵紙を使った写真が展示されていますので、その見学の時間もとりながら写真史を学びつつ、愉しく古いプリントに挑戦してみてくださいという感じです。
さらに極めたいという方には、鶏卵紙や薬液を開設したテキストもわたしているので、ご自分でチャレンジをということにもなっているようです。

一般的には卵白を塗布して鶏卵紙を作りますが、鶏卵紙プリントが盛んなアメリカではすでに鶏卵紙の状態のものが市販されていて、このワークショップではそれを使い、表面に硝酸銀の水溶液を塗布するところからスタートしました。
この作業がツボで、元来は液を満たしたバットに紙を載せることで、万遍なく硝酸銀が塗布されることになるのですが、レアアース価格高騰もあって硝酸銀が高価すぎて無駄遣いできず、今回はスポンジの付いたローラーで塗布する方法がとられました。
ローラーを強く押すと先に塗られていた鶏卵をこそげとってしまうし、押すことでスポンジに染み込んでいた液が過剰に出てしまい均一になりません。
一方であまりに弱すぎるとスポンジの跡が模様のように残ってしまうのです。
強すぎず弱すぎずの加減があるのだということを塗布しながら見出さないといけなかったのです。

わたしは最初強すぎたために液がはみ出てしまい、そこを職員の方に指摘されたためあとは弱く弱く塗って行ったのですが、結果的にそれがうまくいって、割合と美しいプリントを作ることができました。
何人かの方が塗布がうまくいかないことによる失敗をしていて、わたしにどのように塗ったのか聞きました。
この時点で誤解していたわたしは職員に言われてから優しく塗布してそこだけが良かったと思っていたので、とにかく優しくですなどと出鱈目な助言をしてしまいました。
それを信じた方は、スポンジ跡いっぱいのプリントになってしまったようです。
最初強めで、後からそれを伸ばすように優しくが、わたしが得た最良の方法だったのですが、わたしも実は2枚目を失敗してようやくそれに気付いた後の祭りでした。
ウソを教えて何人かの方に迷惑をおかけしてしまったことを、ここにお詫び申し上げます。

説明の順番が前後しますが、硝酸銀を塗布した鶏卵紙はヒーターのような設備で20分間乾燥させます。
それが終わると作成してもらったデジタルネガを貼り付け、紫外線の装置に20分晒します。
要は密着焼きするわけで、ダゲレオタイプなどと同様引き伸ばしができないので、35mmフイルムで撮っても小さな写真しか得られず、ポストカード大にしたデジタルネガを使うのです。
紫外線でなくもちろん太陽光でも感光可能ですが、それにはコツがいるようでした。
露光が終わるとまず流水で洗い、色調をよくするために金色っぽい調子になる液に5分間つけます。
そのあと洗浄、定着液、再度洗浄といずれも5分間、バットを揺らしながら液体を撹拌させる要領で行います。

定着液に付けたところで、かなり完成に近い絵ができてきます。
露光が終わった時点でほとんど絵はくっきり出ているのですが、それぞれの液に浸すごとに絵が変化していく様が見て取れるので、それを観察しながら作業するのがひとつの楽しみになります。
最終的な洗浄と乾燥は、係の人がやってくれて、後日郵送されてきます。
広州の美女は、どんな風になって送られてくるのか。
愉しみです。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/20 Sun

心願我語

Speed Panchro 50mmF2
スピードパンクロは35mmシネサイズなので、35mmフルサイズはカバーしていない。
ksmtさんの指摘を受けてわたしもその結論に落ち着くつもりです。
ただ、気になったのは、スピードパンクロ50mmF2には、ライカマウントのものが存在したと聞いたことがあります。
本当であれば、イメージサークルがライカ判をカバーしないライカマウントレンズということになりそうですが、こういう話には眉唾物が多く、信頼性があまり感じられません。
テイラー・ホブソンではクック・アナスティグマットやクック・アモタルというライカマウントレンズの傑作がありますので、スピードパンクロがあるとすれば改造版と言うことでしょう。

わたしは、40mmと75mmのスピードパンクロもライカマウントに改造したものを所有しています。
いずれもシリーズⅡの「よく写る」レンズで、75mmの方は何度かこのブログで作例を紹介済みです。
この2つのレンズもα7でチェックしてみましたが、75mmはケラレはなく周辺の目立った乱れは認められません。
40mmの方は周辺に少々の光量落ちが認められました。
それは50mmのスピードパンクロで4隅がケラレるのに比べればずっと軽微で、雰囲気づくりの演出に使えそうな程度です。
恐らくシリーズⅡの50mmであれば、周辺の光量落ちは一切ないのではと想像できます。

シリーズⅡのスピードパンクロは、ラジオアクティブレンズとして知られています。
レアアースである放射性のガラスを使って高屈折低分散を実現させているのですが、一説によれば、このガラスは時間の経過とともに黄変するのだそうで、わたしの40mmと75mmのスピードパンクロは白いものが黄色く写ってしまうのです。
とはいえ、高屈折低分散ガラスでイメージサークルを拡大したということでしょう。
また、スピードパンクロでは4群6枚のダブルガウスから後群に両凸レンズを1枚追加されているとした話をきいたことがありますが、光の反射を見ても後群に4枚レンズが使われているようには見えません。
わたしには4群6枚のように思えてなりません。

さて、本日の作例ですが、黄埔古鎮の入り口にある寺院のひとコマです。木にたくさんの赤い紙がぶら下がっています。若い人たちがこの紙を買って願い事を書き入れ、木に掛けると願い事が叶うということでした。
丁さんによれば、これは日本の習慣でしょうと言います。
日本で元旦にお寺に参って、願い事を書くでしょう、あれが香港人に受けて香港の寺で同じようなことが始められて、それが広東の寺院にも広まったんですよと教えてもらいました。
なるほど初詣の習慣が香港経由で中国に伝わるというのは、仏教文化の逆輸出なのかなあと少々感心しました。

しかし、今、あらためて考え直すと、初詣は願い事ではなくておみくじでした。
願い事を書いて木に吊るすのは七夕ですね。
香港ではこのふたつを合わせて合理化したのでしょう。
もうひとつ思い出したのは、深圳には願い事を書いた紙を木に向かって投げるというのがありました。
枝に引っかかってとどまれば願い事が叶い、地面に落ちるとかなわないという話でした。
これも何か日本の習慣を組み合わせたような気がしますが、そのオリジナルについては寡聞にして分かりません。
【Alpha7/Speed Panchro 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Speed Panchro 50mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/19 Sat

比較O与S

Speed Panchro 50mmF2
今日、ホームセンターに行ってノギスを買ってきました。
100円ショップのプラスチック製を使っていましたが、ksmtさんからいただいたスピードパンクロの示唆をきっかけにオピックとサイズを比較するために、見やすく精度の高いデジタルのノギスが必要と思い立ったのです。
もっとも、正確にサイズを測って比較したところで、何が分かるという訳でもなさそうなのですが。

オピックとスピードパンクロは前玉がそっくりですし、製造時期が重なっているガウスタイプのレンズ同志ということもあって、設計のまったく同じレンズ、あるいは名前が違うだけの同じレンズではないかと考えていました。
ところが今回使用してみて4隅が黒くなってしまっているので、鏡胴後方部分でケラレがあるかも知れないと憶測を書いたのですが、ksmtさんからそうではなく、スピードパンクロが35mmシネサイズに特化して設計されているからだとのコメントをもらったのです。
俄かには信じられなかったのですが、あらためてオピックとスピードパンクロを並べてみると、前玉は同サイズですが、後玉はスピードパンクロの方が少し小さいように見えます。
ここは、ひとつ正確に測ってみようとノギスの購入に至ったという次第です。

今回は、スピーディックも入れて3者の外観上の比較をしてみたいと思います。
まずは刻印から。

1.TAYLOR-HOBSON COOKE ANASTIGMAT No.175036 2INCH SERIES O f/2
2.COOKE SPEED PANCHRO LENS No.218810 50mm f/2
3.TAYLOR-HOBSON COOKE ANASTIGMAT No.173125 51mm SERIES X f2.5

これもksmtさんから教えてもらったことですが、オピックはシリーズOとスピーディックはシリーズXと刻印されています。
オーとエックスですが、丸とバツのようにも置き換えられるのが面白いですね。
なぜかスピーディックは50mmではなく2インチの近似値の51mm表記が採用されているようです。
あと、3者の製造番号のレンジが狭いのが興味深いですが、テイラー・ホブソンのレンズの細かい製造番号表は見つけられませんが、おおむね1932年から1936年の間に入るようです。

続いて採寸してみることにします。

1.O 前玉径25.1mm 後玉径21.1mm 前玉から後玉まで長さ33.5mm
2.S 前玉径24.9mm 後玉径19.7mm 前玉から後玉まで長さ42.5mm
3.X 前玉径22.8mm 後玉径22.0mm 前玉から後玉まで長さ19.2mm

前玉径は同じではなくごくわずかにスピードパンクロが小さく、後玉径では肉眼でも分かる程度に小さいです。
ルドルフのプラナーは前群と後群がまったく対称的なのに対して、オピックでは前玉がやや大きい非対称性の違いがあることが知られていますが、スピードパンクロにも同じことが当てはまるようです。
そして決定的な違いが、ガラス径ではなくレンズの長さにあることが分かりました。
光学知識がなければ確かなことは分かりませんが、長くなったことでイメージサークルが小さくなりその分性能を向上させた部分があるのでしょう。
できれば前玉径を大きくするなどして、イメージサークルはオピック同様のサイズを保持してもらいたかったです。

スピーディックはもちろん、オピックもフルサイズでまったくケラレなどはありません。
スピードパンクロは開放でも最小絞りでもケラレますが、スピードパンクロの後継機だったキネタルも同じくらいケラレます。
ケラレだけみるとわずかなものですから、設計をそのままにレンズ径だけ大きくするなどして、スティルカメラにも互換するようにしてもよさそうなものですがそうしなかったのは、テイラーホブソンのシネレンズ専業でという強い意志を示しているように思われます。

さて、今日の作例ですが、小さくて分かりにくいかも知れませんが、女の子がひもに吊るしているのはカニです。
道々で小さなカニを売っている露店があって、てっきり食用と思ったのですが、子どもが飼うんですね。
ちょっと意外でした。
それ以上に意外とも言えるのが、女の子のはいているパンツで、レンズの性能を見るチャートのようにも見える良い柄ですが、さっちゃな子どもだというのに妙にセクシーな感じがするのは、後ろの年嵩のお姉さんたちを凌いでいます。
【Alpha7/Speed Panchro 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Speed Panchro 50mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/18 Fri

他準備去西蔵

Speed Panchro 50mmF2
広州を案内してくれた丁さんは、昨年の6月に雲南の旅行で知り合った友人です。
広州生まれ広州育ちの彼は、日常では広東語を話しますが、わたしに話しかける広東訛りの中国語は聞き取りやすく、わたしの中国語レベルの低さを考えるとコミュニケーションのスムーズさが親しくなる要因になったようです。
一期一会とはよく言いますが、地球はどんどん狭くなっているのですからせっかく親しくなって、また別の機会に再会できるに越したことはありません。

そもそも知り合ったきっかけは、昨年、雲南を旅した時に麗江からほど近い沙渓という古村落をペッツバールで撮影していたわたしに、面白いレンズですねと丁さんに声を掛けられたことでした。
丁さん自身もモノクロで撮影して、現像からプリントまで自分でこなす写真好きということで、わたしのペッツバール自慢を真剣に聞いてくれました。
それに、わたしがもうひとつ持ってきていたライカにも興味を示しました。
丁さんはライカのことはもちろん知っていましたが、なかなか見る樹会の無いカメラとして気にしていたとのことで、ゴーダンのペッツバールとM6を交互に手にしては喜びを隠せないでいました。

より親しくなった理由は、丁さんがライフワークとして、年2回10日間も、少数民族を訪ねる旅をしているという話を聞いたからでした。
わたしもそれなりにそういう旅をしてきたので、お互い少数民族の村を訪れた話をした話をしては大いに盛り上がりました。
ただ、言うまでもありませんが、少数民族の旅の日数ははるかに丁さんが多く、もちろん言葉の問題はわたしより全然ないわけですから、経験値がまったく違います。
雲南のときには丁さんがずっと話して、わたしはそれを羨ましげに聞くばかりでした。

今回あったときも、昨秋訪問したという四川省の凉山彝族自治州の旅のことが話の中心でした。
それによれば、彝族はなかなかユニークな民族のようです。
お酒の大好きな民族だそうで昼間からビールを大量に飲んでいて酔って道端に寝ている人がかなりいたとか、子どもの飲酒や喫煙が許されているようで小学校低学年くらいの子がビールを飲んでいたりタバコを吸っていたりというシーンを何度も見たとか、髪を伸ばす習慣があってえらい長髪のおじいさんを見たとか、それぞれスマホで撮影した写真を見せながら教えてくれました。
中では、結婚式に御呼ばれして撮影した花嫁のたいへん重厚かつきらびやかな衣装と、男性が来ていたマントのような民族衣装がとても印象に残りました。

来月にはチベットを訪れる計画を立てているということでした。
ラサですかと聞いたところ、ラサには以前行ったことがあり、今回は聞いたことが無いようなところに行きは鉄道で帰りは飛行機で往復するということでした。
チベットはわたしももっとも行きたい土地のひとつですが、政治的にセンシティブなため外国人は入境証を事前に取らなくてはならず、新疆人の問題が発生してからチベットの入境証が発行されなくなったなどの噂があり、何しろ遠くて時間がかかることから計画もできずにいるのが現状です。
中国人は入境証を取る必要はないとのことでした。

ちょっと意地悪して、中国人は尖閣諸島は日本人に取られたとみな思っているようですので、こんなことを言ってみました。
チベットの人は国土を中国人に取られたので恨んでいるらしいですから、気を付けてくださいね、日本人がチベットを旅行するときは中国人と間違われないように日本の国旗を持って歩くそうですと、以前聞いたことを伝えてみたのです。
丁さんはやや表情を変えていましたが、まったく大丈夫です、彼らは友好的ですよと答えていました。
少し動揺があったように思いますが、それがチベットはやや危険かもと感じたからなのか、日本人であるわたしにチベットは中国人に取られたものだと指摘されたことにハッと思ったからなのかはよく分かりません。

さて、作例ですが、雲南で広東の古鎮の話が出たときに、広東の古建築の特徴は建物の両の上の部分が出っ張っていて、この部分は通称鍋の取っ手と言われているんですと教わったことをこの建物に思い出しました。
丁さんにそのことを告げると、そうです、そういえばそんなことを話しましたっけと少し恥ずかしそうに笑っていました。
誠実でちょっとはにかみ屋の丁さんが、いくら漢族を恨んでいてもやはり誠実さに溢れるチベット人に襲われるということはないでしょう。
よい旅をしてきてください。
【Alpha7/Speed Panchro 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Speed Panchro 50mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/17 Thu

黄埔的渡船

Speed Panchro 50mmF2
昨日の作例は少し目立たないように撮影していますが、今回持参したスピードパンクロはフルサイズだと4隅がケラレてしまうのが一目瞭然です。
クックの50mmシネレンズの系統はみな35mmのイメージサークルをカバーすると聞いたことがあったのですが、これはどうしたことでしょうか。
肉厚のフィルターを付けていたからではないかと思い、外して撮りましたが結果は変わりません。
スピードパンクロは量産レンズですので、いくらでも作例があるだろうから比較してみようと検索してみましたが、マイクロフォーサーズなどの作例はすぐに見つかったものの、フルサイズのそれが出て来ません。
確かwww.oldlens.comにあったはずだと見たものの、こちらには50mmではなく超レア玉の58mmF2が出ていました。
ひとまず探索は後回しにすることにします。

www.ksmt.comではつい最近スピードパンクロの75mmF2の写真が掲載されました。
このレンズも周辺がかなりの範囲が収差で乱れていますが、ケラレはもちろん周辺光量落ちも確認できません。
75mmでケラレないのであれば、50mmのケラレはイメージサークルの問題ではなく、後玉が鏡胴でケラレていると考えた方が合理だと言えるでしょう。
時間をとって検証してみる必要があります。

そのksmtさんが比較的最近75mmを購入して使用したことに対するオマージュの意味で持参したスピードパンクロですが、初登場のこのレンズ、わたしの購入は最近ではありません。
もう3~4年前になるのではないかと思います。
とても高価になってしまったスピードパンクロを今さら買う気になれず、かと言ってオピックやスピーディックといったクックの珍しいレンズを50mmで入手していた時だっただけに、スピードパンクロも50mmのものを探す日々が続いていたのでした。
ちなみにレンズを集め出したころのスピードパンクロ50mmの相場は2万円以内でした。
名前にパンクロと付いていたのが特殊レンズを思わせましたし、その割には市場にとてもよく出てくるので慌てて買うようなものではないと手を出さなかったのです。

その後やって来たミラーレスカメラとCマウントレンズのブームによって、安かったはずのスピードパンクロの相場はドーンと一気に上がってしまいました。
軒並み10万円以上、ライカマウントに改造されたものは30万円なんて値札が下がっている状況です。
2万円だったものが10万円になってから買おうという気持ちは起らず、半ば諦めかけた50mmのスピードパンクロですが、オークションに5万円を切る安い出物を見つけて購入に成功しました。
安かった要因のひとつは、説明に絞りが付いていないと書かれていたからのようですが、なんと着いてみれば細いリングを回すことで絞りが出て来ます。

安かったもうひとつの理由は、このレンズがかなり初期のものだからです。
スピードパンクロは恐らく戦後に設計変更があったようでシリーズⅡと刻印されるようになり、コントラストが別物のように上がって性能が向上しています。
一般には改良されたレンズとして歓迎されるシリーズⅡですが、オールドレンズファンには最近の一眼レフ用レンズと大差ないレンズに見えてけっして好ましいものではありません。
これはあくまで好みの問題ということですが、シリーズⅡの方が人気があることがわたしには幸いしました。

およそ6万円ほどで入手したスピードパンクロですが、それでも安かったころの3倍の高値です。
悔しかったのでライカマウント化も安く中国で仕上げてもらうことにしました。
いかにもフィットしそうなズマールのキズだらけ玉を1万円で入手して、スピードパンクロとともに改造依頼しました。
数か月後に完成を見ましたが、その費用も約1万円です。
アルミパーツをきれいに組み合わせたなかなか美しい仕上がりだったので満足していたのですが…。
コストをケチったためこんなことになつてしまったか、後部の処理に問題があるのか検証しないといけません。

さて、今日の作例は、黄埔に埠頭がふるからと歩いて行ったところです。
ちょうど船が出るところだったので見学しました。
前方にクレーンのように吊られた渡し板がついていてフェリーのようにバイクでも乗るのかと思いましたが、乗っているのはせいぜい乳母車だけです。
その渡し板の跳ね上げは、左手のお兄さんがやっているように大きな輪っかをくるくるまわして行うのがマニュアルの良さでしょうか。
驚いたのはこの船の行先でした。
船はバックしてから180度旋回し、作例の前方に見えている堤防に向かっていきました。
到着まで、およそ1分。
これだったら、矢切の渡しのような竹棒で操船するような小船の方が早くて効率的だと思うのですが…。
【Alpha7/Speed Panchro 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Speed Panchro 50mmF2 | trackback(0) | comment(4) | 2014/04/16 Wed

楊桃3元5毛

Speed Panchro 50mmF2
丁さんが中山大学に連れて行ってくれた理由は、割と古い建物が集まるオールド広州とも呼べそうなエリアで、大学の建物も古びた味わい豊富で、キャンパスの並木なんかは戦前そのままの雰囲気に満ちているところなどがわたしに受け入れられるだろうと考えてのことのようです。
しかし、もうひとつ理由があって、丁さんお気に入りの広州らしい安くて美味しいランチの店が隣接してあることが理由でした。
広東によくある飲茶が基本で、他にも多種多様な広東料理をオーダーできる店のようです。
ようです、と書くのはそんな庶民のための食堂のような店は、当然ながら土曜の昼時で大混雑していてテーブルに空きがなくて入れなかったから、外面からそのように推測するしかなかったからです。

ふたりして少々がっかりしつつも次善策として選んだのが、中山大学のカフェでした。
学生向けの食堂は見るからに安かろうまずかろうな雰囲気でしたが、カフェはなかなか評判良いのでと向かったものの、ここもかなり混雑しています。
屋のテーブルに空きを見つけましたが、丁さんは空気が悪いから野外のテーブルでと言って、空くのを少し待ってみましたが、カフェだけにみな食後もくつろいでしまっていて誰も動く気配なしです。

痺れを切らしたか丁さんは、ではちょっと良いところに行きましょうと大学の門のところでタクシーをつかまえました。
何やら本当に高級店に着いてしまったようで、かなり高価な店構えで、カメラを提げたわたしたちにはあまり似合わないような気がしないでもありません。
好きなものをオーダーしてくださいと写真入りのメニューを渡されますが、ほとんどが1品1000円以上で、習慣に従って3品も頼めば、せっかく食事が安くて美味しい広州で無駄遣いするようで、わたしはオーダーをためらいます。

申し訳ないですが、漢字のメニューが読めなくてと、責任を丁さんに押し付けるようにメニューを渡してしまいました。
丁さんもどうやらここには初めて来たようで、メニューを見て動揺する様が感じられました。
さすがに料理はすべて旨いことはとても旨かったですが、会計が4000円近くなってしまい、わたしが払おうとしても頑固に受け付けてもらえず、丁さんに支払いさせてしまいました。
来月にはチベットを旅する予定で節約しなければいけない丁さんに思わぬ出費をさせてしまい、胸が痛む思いです。

広州にも古鎮があることはあるからと、気を取り直して午後の散策に向かいました。
さすがにタクシーは使わず、近くのバス停からバス2本を乗り継いで着いたのが黄埔という古鎮です。
黄埔には軍学校というのがあって以前訪れたことがありましたが、まさかすぐそばに古鎮があるとは気付きませんでした。
また、数回訪れたことがある小洲もここからそう遠くないとのことです。

丁さんによれば、かつては古い建物が多く見られた黄埔も、多くの古建築が建て直されてしまったのですが、地元政府が古い町並みを再現して観光客を呼び込もうと考え、新築の建物はみな古建築風の外観になっています。
しかし、それらはどうみても安っぽい作り物であることがバレバレで、観光客を呼べそうな代物ではありませんが、もともと水郷のような場所に古建築が残っていて、周囲は果樹園に囲まれているような環境だったことから、市民の週末の憩いの場のような存在として、けっこうな賑わいに包まれるようになったそうです。
丁さんはこんなところへ連れて来て申し訳ないと恐縮していましたが、廃墟のような人のいない場所よりはわたしには好適で、それなりに楽しめるところであるとすぐに分かりました。

作例は、はずれの方の水郷の雰囲気を残したエリアですが、こんな感じで商売する地元のおばちゃんたちが物憂い雰囲気を出しています。
東京は桜が咲いたばかりでしたが、広州は日中早くも30度近くなる日が続いていてフルーツもいろいろと出回っているようです。
不案内で恐縮ですが、真ん中と右側のものは何だか分かりませんが、3.5元/1斤と書かれているのはスターフルーツです。
その左側に空きがあるところを見れば、それなりに売れているのかも知れませんね。
【Alpha7/Speed Panchro 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Speed Panchro 50mmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2014/04/15 Tue

中山大学

Speed Panchro 50mmF2
2月3月と中国行をさぼってしまい、今月はどうしても深圳に行かなくてはならなくなりました。
もうそろそろ毎月の中国行も終わりになればよいのですが、もう少し続けなくてはならないかも知れません。
いずれにしても、深圳での用事にはそれほどの時間がかかりませんので、滞在中はできる範囲でいろいろな活動を試みようと思っています。

今回は、昨年末に深圳から福建省方面への高速鉄道が開通したというニュースを遅ればせながら聞いたので、できれば福建方面へ足を延ばしてみようと考えていました。
ところが、時刻表を調べてみると高速鉄道という名前の割には思ったより時間がかかることや、早朝には列車本数が少ないことが分かりました。
できれば有名な客家土楼を日帰りでというのはほとんど無理で、1泊2日フルに滞在しないと厳しいかという感じです。
客家土楼にはそうするだけの価値がありますが、土楼はやや広範囲に点在しているので車をチャーターするか時間のゆとりが無いと厳しいので、近い将来には事前調査の上で出掛けることにしたいと思います。

広東省の東端にある潮州も高速鉄道がとおるようになってアクセスが格段によくなったはずです。
しかし、確認するとやはり2時間半かかるのですが、中心から離れた深圳北駅まで30分かかり、潮州側でも同様だと考えると、バスでも3~4時間と聞いていたのでほとんど差が無いことが分かりました。
そもそも深圳から潮州までは300キロしかないので平均200キロで走れば1時間半で到着できるはずなのに、2時間半もかかるとは。
高速鉄道とは名ばかりと言うか、やはり何年か前の大事故が運行に未だ影響していると考えざるを得ません。

それでも、せっかくなので潮州に行くつもりでいたのですが、到着してから翌日のチケットを買いに行くと、すでにその日はすべて売り切れとのことでした。
高速鉄道はすべて指定席で、それ以外に一定量の無座というチケットも発行してくれるのですが、土曜日ということもあってかそれすら売り切れているというのは、遅いうえに需要に追い付かないダイヤしか組めない状況が分かったような気がします。
この時点で、高速鉄道も潮州行きもきっぱりあきらめることにしました。

以前、紹興から温州へ行こうとした時もそうでしたが、人口が滅茶苦茶多い中国では高速鉄道のチケットが取れないということはありましたので、今回も同様の事態は想定していました。
第2案は、去年の雲南の旅で出会った丁さん(Tさんでなくチョウさんです)が広州在住で、いつかお会いしましょうと話していましたので、この機会に訪問してみることにしたのです。
明日、会えますか? とショートメールしたところ、OKの返事があったので、翌朝出掛けていきました。

雲南へは昨年6月に旅したので丁さんとは10ヶ月振りの再開です。
丁さんは何とはなしにわたしの趣味を心得ていて、広州はあまり行きたいと思ってもらえるところはないですが、などと言いながら連れて行ってくれたのが中山大学でした。
ウィキによれば、1924年に孫文によって広東国立大学として創立され、2年後には孫文の死去によって、名称が中山大学となったとのことです。
広東一の名門大学だそうで、キャンパスには全土から精鋭が集結しているという雰囲気です。
途中、付属中学校の学生に道を尋ねたのですが、直立になって丁寧に説明してくれたのが印象に残りました。
ゴシック風の講堂など日本の大学とも雰囲気が似ていると思いますが、野暮な服の女子大生とボロ自転車の男子学生が語らう姿は、少し違っているかも知れません。
【Alpha7/Speed Panchro 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Speed Panchro 50mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/14 Mon

大仏的后面

Dallmeyer 2594 114mmF3.6
鎌倉さくらの散策、最終回です。
更新がたいへん遅れてしまっていて申し訳ありません、執筆時点で鎌倉の桜は完全に終わっていて、桜前線は遠く東北の地を駆け上がってしまいました。
早くこのブログも世間並みの時間に追いつかなければいけません。

妙本寺で時間調整するようにゆっくりしたので、あとは鎌倉駅まで歩いて戻るだけだったのですが、道を間違えて駅への左折をせずにずっと真っ直ぐ歩いてしまいました。
途中で行き過ぎていることに気付きましたが、ここまで歩いたのなら大仏次郎の家が近いと思い出して、その前の板塀の路地を通って帰ろうと考え直しました。
すると、いつもは高級カフェのはずの大仏邸が、無料一般公開となっていました。
月一回くらい公開しているのですかと尋ねると、春秋年2回だけですとの返事で、道を間違えた失敗に感謝しました。

ここが大仏次郎の生家だと思っていたのですが、ここは次郎が購入した家で、茶室や客人の宿泊に利用されたと教えてもらいました。
彼は横浜生まれで鎌倉高等女学院の教師になったのをきっかけに大仏のすぐ裏手の家に暮らしたため、大仏次郎というペンネームを付けたのは有名な話なのだそうです。
大仏次郎という神奈川県出身の作家がいたことは聞き知っていますが、どんな作品があるのかも知りませんでした。
鞍馬天狗や赤穂浪士が代表作だとあるので、歴史に材をとった大衆文学が得意だったということのようです。
一度読んでみなくてはいけません。

さて、その庭園ではお抹茶がいただけるとあったので、時間を気にしていましたがいただくことにしました。
礼儀作法はまったく苦手ですが、中国茶も紅茶も抹茶も大好きなのです。
それに庭園に腰掛けて茶をすすりながら、庭の花々を背景に和服の女性を撮影しようとも考えたのです。
するとお茶をもてなしてくれたのは和服の女性ではなく、地元の高校の茶道部所属の高校生たちでした。
あれっと思ったものの、制服を着た高校生に初々しく接してもらうのは新鮮な気持ちですし、春の花に合うようにも思えました。
驚いたのは3人のうちひとりが男子学生だったことです。
これがますます新鮮な気分を盛り上げてくれます。

鎌倉の高校の茶道部であれば、このような課外活動の機会も多いのではと聞きましたが、必ずしもそうではないようです。
鎌倉には茶道の師範とか偉い人もたくさん在籍されているでしょうから、なかなか学生にまではお鉢がまわってこないということかも知れません。
我々には分からない厳しい世界があるのかも…。
しかし、5月末に大仏献茶式があって、市内の高校茶道部の面々と参加するのでと教えてもらいました。

大仏のある高徳院で江戸時代中期に荒廃した阿弥陀如来坐像を修復した時に、裏千家家元からの茶をご本尊に捧げたことに由来する歴史があるそうです。
それならば、ぜひ江戸時代のレンズを付けたカメラを提げて見学に行ってみましょうか。
裏手に大仏次郎が暮らした家も見つかるかも知れませんし。
【Alpha7/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/13 Sun

Dallmeyer Archives

Dallmeyer 2594 114mmF3.6
残念ながら工事中でお参りできなかった本覚寺でしたが、その足で妙本寺に向かいました。
面白いことに、妙本寺は本覚寺のほぼ真向いの位置関係で総門まで徒歩1分しか離れていないのですが、どちらも日蓮にゆかりの深い日蓮宗の古刹です。
しかし、妙本寺は総門から最後方の祖師堂までは上り坂を5分歩く必要があります。
だから、元来とても静かですし、拝観料も不要だというのに、北鎌倉の有名寺院のように訪れる人は多くなくて、たいへん落ち着いているところが気に入っています。
駆け足で北鎌倉から歩いて来ましたが、ここで少しゆったりすることにいたしましょう。


ところで、ダルマイヤーのレンズに関する資料的価値の高い、サイトを発見しました。
http://www.thedallmeyerarchive.com/Records/Identification.html

ダルマイヤーのレンズ台帳が掲載されたサイトで、PDFになったファイルが閲覧できるだけでなく、膨大な量のレンズを"Portrait", "Rectilinear", "Stereo", "Triple Achromat", "Wide Angle Landscape", "Stigmatic"の6種類に分類してデータベース化しています。
データ量が膨大でPDFが開くのに若干時間を有することから、まだまだわずかしか見られていないので全体を把握していないのですが、台帳は製造番号順とレンズタイプ別の2種類があるようです。
ただし、非常に残念なことに創業した1860年から62年までのものが消失してしまっているそうです。

わたしは製造番号15696番のレクチニアというレンズを所有していますので、試しに調べてみることにしましょう。
番号順台帳を見ていくと、ありました、このレンズは1869年9月25日製造のようです。
通常では製造年まで特定できる製造番号表は見ますが、日付まで特定できるものは市販されている有名なツァイスのもの以外思い当たりません。
販売先も記載されていますが、恥ずかしながら手書きの筆記体がわたしには読めません。
同じ日付で同じレクチニア・レンズが3本同じ人または業者に販売されていますが、これだけでは受注生産なのか、製造後卸されたのかは分かりません。

続いてレンズタイプ別でもチェックしてみましたが、レクチニアは細分化されているので見落としがあったかも知れませんが、製造番号が飛んでいることもあって見つけることができませんでした。
台帳は手書きのものを見開き2ページずつ撮影したものをPDF化しているので見やすいとは言えませんが、年代を考えると紙の台帳がよくこれだけきれいに保存されていたなと感心させられるだけのものではあります。
それがきちんと公開されているのも素晴らしいことで、所有するレンズの識別や販売されているレンズの確認用に活用していきたいと思います。

製造番号順台帳では、1865~84年(№11727~35587)、タイプ別では1863~1902年が掲載されています。
ダルマイヤーで特に人気があるセプタックやスーパーシックスなど20世紀になってからのレンズは出ていませんが、一時人気があってシネマトグラフというペッツバールタイプのレンズは一部でしょうか記載がありました。
わたしが所有する2本のペッツバールとも1861年製造のため、残念ながら消失した台帳の方に載っているということになります。
どなたかその3年分の台帳を発見してくれないものでしょうか。
【Alpha7/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/12 Sat

美国的故事

Dallmeyer 2594 114mmF3.6
おとといのサギの作例のときに、鶴も見かけた旨記載しました。
今日の作例がその鶴だと書けば、それはサギだとクレームをいただきそうですが、クレーンは鶴という意味なのでサギには当たらないと思うのですが、こんなんでご理解いただけますでしょうか。

クレーンとかクレーン車というのはこの機械固有の名称かと思っていたのですが、鶴を英語でクレーンと言って、クレーンの恰好が鶴に似ているのでクレーンと名付けられたと知ったのは比較的最近になってからのことです。
香港で知り合った女の子の名前が、許麗鶴のような名前で、メールにあったイングリッシュ・ネームがクレーンとあったので、華奢な女の子にクレーンとは奇妙だなと調べて遅ればせながら知ることになりました。
クレーンのような大きな重機と鶴のような優雅な姿の鳥がイメージとして結びついていなかったので、わたしとしては目から鱗が落ちたように感じたものです。

話は少々変わりますが、ウクライナの問題です。
前々から書いているように、わたしは政治のことはまったく疎いですし、ブログの中では政治問題について触れない方針です。
それでもロシアのクリミア半島に対するやり口はあまりに酷いと思います。
プーチンにはずっと黒い噂が付いてまわっていましたが、ずっと追求せずにいたら大きなことをしでかしてしまいました。

ヨーロッパがアメリカと完全な足並み一致をとれないのは、天然ガスの輸出を止められることを恐れてだと報道されています。
日本が尖閣の問題で中国に対立した時は、同様にレアアースの禁輸措置を取られましたが、その後日本は輸入元を拡大したり、日本の領海からレアアースの存在を確認したりと難曲を乗り切り、逆に中国のレアアース価格を暴落させるダメージを与えてしまいました。
折しもアメリカでシェールガスラッシュで湧いている時期なので、ヨーロッパにも同様の対処ができないものかと素人ながらに考えてしまいます。

一方のアメリカについては、たまたま読んでいた本で次のような記述があって驚かれました。
それはアメリカ独立直後の話です。
テキサス州は、もともとメキシコが領有していたのですが、スペインから独立したばかりのメキシコは、開発のために国籍を問わずに入植するよう勧めていたそうです。
当時のアメリカは北米大陸の東海岸13州のみしか国土を持っていなかったため、テキサスにどっとアメリカ人が押し寄せてしまい、ついには独立を宣言してしまいます。
直後に独立したテキサスはアメリカに併合するよう求め、アメリカはメキシコと戦争まで起こし、その勝利によってテキサスばかりかカリフォルニアとニューメキシコも併合してしまったというのです。

あまりにロシアとクリミアの話にそっくりなのには驚かされますし、そんな過去がありながらロシアを非難するアメリカの厚顔ぶりには感心するほどです。
ケリー長官は、ロシアの19世紀的帝国主義は許せないと非難したそうですが、19世紀なら許せるというのは、自分たちの過去の所業は許せて、同じことを現代にやれば許されないという、自国を正当化し同時に他国を非難するという、超名言ということになるのでしょうか。
とにかく政治のことはますます分からなくなったということだけははっきりしました。
ここでも、正当だと思えたアメリカの発言にこんな背景があったとは、目から鱗が飛び出して来るのを抑えることができませんでした。
【Alpha7/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/11 Fri

法国的太陽

Dallmeyer 2594 114mmF3.6
由比ヶ浜から鶴岡八幡宮までの参道を若宮大路と言います。
現在は路線バスも走る自動車道ですが、八幡宮までの500メートルほどは中央部分が歩行者用にかさ上げしてあって、段葛という美しい名前が付けられています。
左右に背の低い桜がずらっと並んでいて、この時期に参拝する人の眼を楽しませてくれます。
しかし、鎌倉の混雑具合からすると滅茶苦茶な混み方をしてもおかしくなさそうなものなのにそうでもありません。
たぶん、並行して走る小町通りでお土産買いながらして通る人が圧倒的に多いからでしょう。
悪名高い小町通りも、少しは役に立つのだなと感心しました。

作例で見てのとおり、提灯も並んでいますがこれがとても気になります。
明かりを灯して雰囲気を盛り上げるためのものなのか、単に鎌倉祭りの協賛企業にPRの場を与えるためのものなのか、少なくとも日中に見る限りではとても邪魔なものに他なりません。
これこそ、小町通りの方に設置して欲しいと思うのですが、いかがなものでしょう。


話は変わりますが、わたしがレンズを集め始めてからの座右の書は常にキングスレークの「写真レンズの歴史」でした。
そしてペッツバールに惚れ込んでからは、それにD'Agostiniの"PHOTOGRAPHIC LENSES OF THE 1800'S IN FRANCE"が加わりました。
同署は、ペッツバールだけを扱っている訳ではありませんが、1800年代にペッツバールと並んで、あるいはそれ以上に評価されていたラピッド・レクチニアに対する扱いはほとんどなく、ペッツバールタイプのレンズの記述が中心になっていて、特にフランスではペッツバールが主役だったことと、恐らくダゴスティーニ氏自身がペッツバールに惚れ込んでいるのだろうことを証明しているようで、とても興味深いです。

この時代のレンズに関する資料はあまり見つかりません。
恐らく、日本語によるそれは皆無に近いと言えるでしょう。
ネットでの検索では、断片的な資料がいろいろとヒットするものの、重要と思われるものがフランス語であるケースが多く(ドイツやオーストリア製のペッツバールだとドイツ語が多い)、どうにも分からないことだらけです。
ダゴスティーニ氏の本がそのすべてを回答してくれる訳ではありませんが、記載されているレンズの豊富さや刻印の字体やアドレスなどから製造年を推測するなど、欲しい情報に近付く努力が手に取るようにわかるところなどがたいへん気に入っています。

この本は、いち早くksmtさんが見つけ、著者のダゴスティーニ氏と連絡を取りあって、わたしの分まで送ってもらったのですが、それを手渡ししてもらったのが、ちょうど2年前の鎌倉でのことでした。
確かそれは鎌倉祭りのときで、この本を見ると、鎌倉のことや重たい本を取り寄せた上に持ってきてくれたksmtさんへの感謝などを条件反射的に思い出します。
本の裏表紙に写る、自慢のレンズたちを背景にお気に入りの1本を手にしながら髭のダゴスティーニ氏の嬉しそうな顔も合わせて記憶に残りました。
レンズ愛好家独特の喜びに満ちた顔に感じられます。

同書は、"Berthiot Chevalier Darlot Derogy Hermagis Jamin Lerebours Soleil"と大書されていて、この8つのメーカーが副題のようになっていますし、それぞれに1章を割り当てるかたちにもなっています。
これらが、わたしのペッツバール探しの検索ワードになりました。
Darlot, Jamin, Lereboursのペッツバールは手に入れましたが、まだあと5つのメーカーのものは探し続けるつもりです。
ところで、Soleilはフランス語で太陽の意味ですが、カメラ用語としてはフランス語のフードを意味するようで、検索するとフードがいっぱい出て来てしまい、なかなかSoleilのペッツバールを探すことは難儀しそうです。
鎌倉でSoleilを検索すると、提灯提供のフレンチレストランばかりがヒットしてしまうのでしょうね。
【Alpha7/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/10 Thu

白鷺

Dallmeyer 2594 114mmF3.6
午後には用事があるので円覚寺は駆け足で巡り、明月院はパスして一気に鶴岡八幡宮を目指しました。
途中、同じようなルートで建長寺や八幡様をお参りしようという人がかなりの数ぞろぞろと歩いていましたが、車が渋滞していて車道におりやすいということもあって、下り坂を利用して一気にごぼう抜きして進みます。
本人は箱根駅伝気取りでしたが、歩いた車道にはときどき自転車も通ったりで、危なっかしいことこの上なかったかも知れません。

言うまでもなく、鶴岡八幡宮もものすごい人出です。
そういえばここは、初詣の人出が全国第6位だそうで、そのときに比べれば全然たいしたことではないのでしょうね。
皇居の桜が一般公開されたことがニュースになっていました、テレビで見る限り鶴岡八幡宮の何倍もの人出のようでしたので、上には上があるものです。
帰宅後家族に皇居の桜はきれいだつたかと問われて、人がすごくてそれどころじゃなかったよ、疲れた~と会話する姿が目に浮かんでしまいました

お日柄が良いのでしょう、結婚式を見ることができました。
中国人の若いカップルが結婚式だと駆け寄ってその様子を嬉しそうに見学している姿が印象的でした。
以前、中国の披露宴にお邪魔したことがあり、衣装直しあり、食事や歌で盛り上がったところで花嫁が両親に涙ながらに手紙を読む場面がありで、恐らく日本のそれを真似たのではと思いましたが、伝統的な衣装とか厳かさのようなものはありませんでした。
ふたりが、日本の伝統的な結婚式に喜びを隠せないのは無理もありません。
短期間の滞在だと思いますが、結婚式に桜と日本を満喫した彼らはとてもラッキーでした。

鶴岡八幡宮入ってすぐの左右に池があって、源氏池と平家池というのだったと思いますが、どちらが源氏でどちらが平家なのか意味があるはずですがわたしは勉強不足で知りません。
いつ行っても景色が変わる不思議な池で、蓮が一面に咲いていることがあれば、水が枯れているときもあり、ここのところはふつうに水が張られているようなのですが、右手の大きい方の池は櫻が何本か並んでいるのとその花びらが水面に浮かんでいるのとの両方を楽しめるところとして人気があります。

この日も人が何重にも集まって桜観賞する姿が見られたのですが、視線の先にあったのは桜だけではなく1羽の鳥でした。
多くの人が見守る中で立ち尽くす姿は堂々たるものです。
鶴岡八幡宮なのでもしや鶴を飼っているのではなどと想像しましたが、近づいてみればサギでした。
この場所がどうやら気に入ったようで、ときどきポーズを変えながら飛び立とうとしません。
ところで、鶴が鎌倉にいるはずはないのですが、実は、このあと思わぬところで鶴を見かけることになりますが、それは後日の作例に譲ることにいたします。
【Alpha7/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/09 Wed

復活鏡頭

Dallmeyer 2594 114mmF3.6
今年は花粉の飛散量が少ないと言います。
確かに、通勤列車の車内を見ていると例年に比べてマスクをしている人が少ないような気がします。
とは言ってもひどい花粉症の人には、量というのはあまり関係が無いそうで、ちょっとでも飛んでるともうダメなんですと知り合いがくしゃみを連発していました。
鎌倉でもマスクをしている人はそうは多くなかったと思うのですが、円覚寺を見終わって出ようかというタイミングで、向かいから来る人が見事なまでにみなマスクをしているのが面白くてシャッターを切りました。
顔が完全露出だとブログになかなか出しにくいのですが、これだったら遠慮はいらないというところがありがたいところです。

ところで、この作例は実にシャープで鮮鋭度の高い写りになっています。
もちろん何か加工したとかという訳ではなく、写ったそのままをいつも通りにブログサイズに圧縮しているだけですが、昨日や恐らく明日以降とは違うレンズで撮ったように見えないでしょうか。
3群4枚のペッツバールは、見様によっては凸レンズを2枚並べただけのようなとてもシンプルな構成ですが、それ故にでしょうかとてもセンシティヴなところがあって、光線状態に敏感に反応します。
ちょっとした逆光でコントラストが下がってしまう失敗が多数ですが、時に今日のような得も言われぬ表現をすることがあるのが堪りません。
それは逆光に近い斜光でダイレクトにレンズに向かう光が遮られているような条件で得られる現象なのではないかと思っているのですが、こういうセンシティヴな一面を見られるのがペッツバールを使う愉しみのひとつではと考えています。

今回使用したダルマイヤーは、わたしがいちばん初めに手に入れたペッツバールで、こんなに焦点距離の短いものも存在するのかとMSオプティカルに相談してライカの距離計に連動するように改造してもらいました。
しかし、この114mmという焦点距離は、当時の距離計連動の限界を超えてしまっていたのか、しばらく使うとヘリコイドが壊れてしまい連動が効かなくなってしまいます。
フォーカシングもままならない状態でしたが、ミラーレスならどうにかなると使ってはみたものの、ksmtさんに依頼して他のペッツバールと同じヘリコイドに接続できるよう再改造してもらいました。

今回、再改造後初めて使わせていただきましたが、ライカのファインダーの90mmフレームの少し内側などと、被写体を小さくフレーミングするよりも、焦点距離分拡大されて見える一眼レフタイプのファインダーの方がはるかに使い勝手のいいことを実感しました。
ただ、MFアシストを使用しない場合のピント合わせは、未だ不慣れなミラーレスのデジタルファインダーよりも二重像合致式の方が使いやすく、簡単にこのレンズでライカはダメだと決めつけることもわたしにはできません。
M6のファインダーに1.25倍マグニファイヤーを付けた場合には、その方が良いと感じるのではないかと思っています。

今年になってから古くてより焦点距離の短いダルマイヤーを見つけたと購入してみたのですが、届いてみれば、このレンズと焦点距離がまったく一緒だったようです。
というよりは、少しだけ製造時期がずれた同じレンズということでした。
2本並べればステレオ写真が撮れるなんて考えたりもしましたが、同じレンズを2つ持っていたって仕方ありません。
どちらもフードが付いていないのですが、後から手に入れた方がガラスも鏡胴もきれいでこちらを残すべきなのかなとも考えましたが、最初に手に入れたペッツバールの思い入れも強く、考えた末にksmtさんに改造してもらったという次第です。
その際ステップアップリングと汎用金属フードも手に入れて、フードに真鍮板を貼ってもらうことで、ずいぶんと雰囲気が精悍になりました。
ksmtさんから手渡してもらったレンズを見て、恰好いいじゃんと気に入り、鎌倉で撮影してこの作例にやったと思いで、最初のペッツバールを手放すことはできないなあと改めて考えているところです。
【Alpha7/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/08 Tue

看櫻花去鎌倉

Dallmeyer 2594 114mmF3.6
4月の消費税増税と各種制度変更で、3月はきりきり舞い(死語?)の状況でした。
今月に入ってからも多忙状態は続いて、中旬に入ってくるところでようやく落ち着きだしたかなあという感じ。
多くの方も同様に、あるいはそれ以上にきつい3月4月を過ごしているのでしょう、お見舞い申し上げたいと思います。

多忙のあまり、拙ブログの更新が遅れに遅れてしまったことはお詫び申し上げなければなりません。
これまでも遅れたりということはしばしばありましたが、集中更新でさの都度取り返してきました。
ところが、この3月の遅れは取り返しが効くような滞り方ではなく、どうにかしようという気力も失せるほどです。
日常の仕事で疲労が蓄積していくのも、投げやりな気持ちを起こさせるもので、モチベーションの低下もともなって負のスパイラルが循環していくような1ヶ月でした。

ようやく落ち着いてきたこともあって、久し振りの友人と横浜で食事する約束をしました。
昼間、山手方面で撮影散歩して、夜は関内か中華街で食事のつもりだったのですが、行き違いが起こって食事が中止になってしまいました。
仕方ないので別途用事を入れて暇になった午前中は近場を散策することにします。
はて、どこに行くか、行き先に悩んだときは鎌倉と決めていて、京都や奈良ほどではないかも知れませんが、カメラ散歩スポットが比較的近くにあるありがたみを噛みしめました。

鎌倉駅を降りて朝からすごい人でごった返しているのに驚かされました。
櫻が満開で、快晴ではないですがそこそこの天気となると、鎌倉の名所はこのようなことになってしまうのでしょう。
10時過ぎに円覚寺を出たときは、入り口に30名以上の行列ができていたほどですが、前回、真冬の午後に来た時には他にふたりほどしか人を見かけなかったのを思い出しました。
ちょっとお客さん、ちゃんと並んで! いやわたしたちは法事で来たんですよ、などというやり取りも聞こえています。

前回は人がいなくて撮るものに困ったのですが、今回はどこを見渡しても人だらけでかえって撮影が困難になりそうです。
フランス人の初老のグループがガイドを従えて参観していましたが、賽銭箱の前で仏像の写真を撮ろうとじっと動かずで、後ろにお参りの人々がつかえるというような状況になっても全然動じなかったりで撮影ばかりかいろいろなところで障害が発生しているような塩梅でした。
トラブルが起きなければいいですが。

これだけ人が集まると、お寺に参拝に来ているのと、単なる花見に来ているのと区別ができていないグループがいたりするのも困りものです。
場所を考えずに大声でしゃべり続けて雰囲気を壊すこと甚だしいです。
中国にはそういう人たちが多くいますが、日本に来た中国人に、なんだ日本人も変わらないじゃないかと思われないよう、公共の場では周囲に気遣って行動していただきたいものです。
もちろん花見会場で酒盛りしながら大声出して盛り上がることには、なんら非難することはありませんので、静かなのが嫌ならそういう場所を選んで出掛ければよいのですから。

しかし、言うまでもありませんが、皆さんの参観のマナーは素晴らしいですし、聞こえてくる言葉は歴史についてだったり宗教についてだったり、楽しみに鎌倉へ来た人たちばかりなのだなあと感心します。
外国人も多く見られましたが、そういう日本人の姿は彼らの眼にとてもよく映っているはずです。
マナーをどうこう言える立場かと突っ込みたくなるような友人のダヴィド君が来日した時も日本人のすばらしさを絶賛していました。
お坊さんをこのように撮るわたしのような存在が、マナーのなっていない日本人もいるとして外国人の眉をひそめさせていたかも知れません。
【Alpha7/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/07 Mon

坐無窮花回去

Soligor 35mmF3.5
わたしは中国にばかり行っていますが、もともとは韓国の方により縁がありました。
親しかった学生時代の友人がある日、実は、在日韓国人だと打ち明けたことがきっかけで韓国のことをとくに日本とのかかわりで知ろうとしたからでした。
インターネットのなかった時代のことで、調べごとと言えば図書館に行くことくらいしか思いつかなかったので、それほど理解が深まったとは思えませんが、それでも一般的な日本人よりは韓国や在日について知識を有していたと言えるでしょう。
この頃のことの話を書くことはあまりに重くて、とても気が進みません。

旅としての韓国ということでは、すぐさま思いつく2つの事柄があります。
ひとつは、わたしが初めて踏んだ外国の地が韓国だということです。
卒業旅行で友人とヨーロッパを1か月近く旅してまわったのですが、たぶん格安航空券黎明期と思われる当時、ヨーロッパ行きのチケットは、大韓航空かアエロフロートと相場が決まっていました。
ソ連航空機に撃墜された記憶がまだ生々しかった大韓航空とボーイングではなくイリューシンという怪しげな国産機を飛ばしていたアエロフロートは、危険度に於いて五十歩百歩といったところでしょうか。
そんなことよりも5000円くらい安くて、帰りにソウルに立ち寄れると聞いた大韓航空の方をわたしたちは選択しました。

今回の釜山行きでは、たぶんその時以来20年以上ぶりに大韓航空に搭乗したのですが、機内に入った瞬間に突如として思い出したことがありました。
韓国に行くと、すでに空港からキムチの臭いが立ち込めているという話を聞いていたのですが、それ以前に航空機内にキムチに臭いがしていたのです。
準備中の機内食にキムチが入っているからなのか、アテンダントや乗客がお昼にしこたま食べてそれらが共鳴して機内の空気を震わせてたからなのか分かりませんが、これはキムチの洗礼以外の何物でもないとかつても今回も考えたのでした。

もうひとつ思い出したことは、バンコクに行った帰りの航空機で韓国人の団体を率いていたツアーコンダクターが本来は日本旅行専門の人で日本語がうまく、彼はわたしを隣の席に来るよう誘ってくれ、いろいろと話をして今度ソウルに遊びに来てくださいと名刺をくれました。
その言葉を信じて半年後くらいにその旅行会社を訪れたのですが、驚くべきことに彼はわたしのことをまったく覚えていませんでした。
でもわざわざ来てもらったのだからと、食事に連れて行ってくれたのですが、その時一緒に来た同僚の盧さんとなぜか盛り上がってしまい、以降何度か彼と会うことになります。

盧さんは、自己紹介でイエス・ノーの盧ですと訳の分からない説明をするのでちょっと前の大統領だった盧泰愚の盧ですよねとフォローしたつもりですが、韓国ではこういうところで政治家を出してはいけないのか、これはあっさりかわされてしまいました。
2回目に会ったときに、夜、食事をして、これからナンパに行こうと男女の出会いの場カフェのようなところに連れて行ってもらいました。
オレがお前に韓国人のガールフレンドを見つけてやると意気込んでいます。
ちょっと可愛い感じの女の子が同じテーブルにやって来ました。
チャンス到来かと思われましたが、彼女は英語がまったくできず、盧さんはあれこれ話していましたが、いつの間にかわたしは蚊帳の外になり、さらに話は盛り上がったかと思うと、すまんがオレは彼女とちょっとなどと言いながら店を出るや、そのまま隣のホテルにふたり消えてしまいました。

フライト中ずっと会話して遊びに来いと言っていたのにもう覚えていなかったり、女の子を探してやると言ってその女の子とホテルに行ってしまう、どうも韓国人はなかなか掴みどころのない人たちなのかなあと悩まざるを得ません。
今回、お世話になったカメラマンの金さんとまた会うことができるのか、会ったとしても前とは別人のようになってしまうのか、その時が楽しみです。

さて、日曜日の早朝、釜山の安宿をチェックアウトして空港に向かいます。
釜山駅あたりから空港まで、案内によればタクシーでも1500円くらいだそうで、リムジンバスの便もあります。
地下鉄を乗り継ぐのがいちばん安いのですが、時間がかかりすぎるのが難です。
そこで考えたのが、釜山駅から韓国国鉄に乗って、空港行きの地下鉄駅でもある沙上で乗り換えというのを考えました。
沙上駅にはほとんどの国鉄は通過してしまいますが、時刻表を見ると空港に行くのにちょうどいい時間のムグンファ号が停車するとあります。

朝、釜山駅のチケット売り場で沙上までと言っても、沙上は地下鉄の駅で国鉄は停まりませんと若い女性駅員が強気の対応をします。
時刻表に出ていたので調べてみてくれと主張すると、そんなはずはないと渋々端末をたたいて、失礼しました、停車する列車がありましたと切符を発行してくれました。
釜山駅から沙上駅まではわずか10分ほど、列車を降りてから線路を歩いて渡るローカル線の駅のようなところで、乗車した人は何人かいましたが下車したのはわたしひとりだけです。
5分ほど歩いて地下鉄駅から空港に向かいましたが、こんなルートで空港に行く人は他にいないようです。
人類初の試みを成功させて空港まで到達したかのような優越感がありました。
順調すぎて空港で時間を持て余すかと思われましたが、椅子にかけていたらいつの間にか眠ってしまい、起きたときには搭乗が始まっていました。
機内に入った瞬間、来るときには感じられたキムチの臭いが、なぜか感じられなくなっていました。
【Alpha7/Soligor 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Soligor 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/06 Sun

奶酪牛奶

Anthony 11cmF4
アンソニーも人物撮影用レンズですから、韓国美人のポートレイトを撮らなくてはと考えていました。
慶州では良洞村にずっと滞在したため若い女性自体をほとんど見かけませんでしたが、釜山の繁華街では若者たちが闊歩しています。
びっくりするような美人を見かけたりもしました。
韓国の美人はほぼ間違いなくオリジナルではない加工品との説がありますが、そうだとしても他のペッツバールよりやや甘い描写のアンソニーは手術跡が目立たなくていいのではなどと不謹慎なことを考えたりしながらモデルになってくれそうな人を探します。

しかし、先日も書いたように、済州島で写真消去事件を体験しているため、写真を撮らせてなどと声をかける勇気は起こりません。
考えるまでもなく、見ず知らずの人に声をかけること自体がプレッシャーですし、普通の人にいきなり美人だから写真を撮らせろと言うのがそもそも不自然な行動です。
韓服を着た美女が現れれば、撮らせてと頼めると思いますが、そんな女性はついぞ見かけませんでした。

さて、繁華街も少々場末を歩いていると、テイクアウトのジュース屋さんがあって店頭にベンチがあったので、お茶タイムをとることにしました。
メニューにフロマージュ・ラテなるものがあって、オーダーしてみました。
店員の女の子は、ディス・イズ・ナンバーワンと言って、奥に引っ込んでドリンクを作り始めたのですが、奥にはもうふたり女の子がいて、何やらイルボン、イルボンとわたしのことを言っているのが聞こえます。
少しキムヨナに似ているような女の子が(作例では似ていないですが)、完成したドリンクを持ってきてくれました。

こういうことにはタイミングがあります。
日本から来たのですかと聞かれ、そうだと答えるや否やレンズを見せて、150年くらい前にアメリカで作られたポートレイト用レンズで韓国美人を撮らなくてはいけないので撮影させてください。
苦手な英語ですが、なぜかこの時はすらすらと言えて、女の子も理解してくれたようです。
ひとりを撮ってから冷やかしに来たふたりもそれぞれ撮り、最後には3人並んでパチリ。
今回の韓国では、これが限界でした。

ところで、フロマージュ・ラテという飲み物は日本にもあるのでしょうか。
わたしは聞いたこともなかったのですが、チーズフォンデュのとろりとしたチーズがミルクでより液体らしく飲みやすくなったようなドリンクを想像しました。
しかし、実際に飲んだそれは、甘くした熱いミルクの中にスーパーで売っている冷凍ピザに乗っているような1センチ大くらいのチーズを適当に入れたという程度の飲み物で、美味しくないというよりは、はっきりまずいと言えるような代物でした。
なぜにこれがナンバーワンなのかまったく理解できません。
激辛キムチを食べて舌が馬鹿になった状態ならマイルドでちょうどいいのかも知れません。
もっとも、ピザとあんこを食べながら牛乳を飲んでも同じ味になるはずなので、これら3つが好きな人には美味しく感じられるということなのでしょう。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2014/04/05 Sat

不会出去

Anthony 11cmF4
土曜の午後の繁華街は若者たちを中心にすごい人で町歩きもままならないようです。
南浦洞は、おしゃれな店が並んだ歩行者天国、卸売市場のような活気がある国際市場、アクセサリーやトッポギなどの食べ物を路上で売る混沌とした狭い通り、レストランや食堂が並んだエリアなどが混然一体となっていて、地元の人から観光客まで人種を問わず人々が行き来しているのが楽しく感じられました。
ただ、ちょっと歩くとすぐに疲れてしまいます。

それに、何年か前に済州島で女子高生をこっそりスナップしたのが見つかって、本人たちに追っかけられて画像を消すよう迫られた事件があったことが思い出されて、人になかなかレンズを向けることができないでいました。
撮った瞬間にまた追いかけられて韓国語で何やらまくしたてられるのではというトラウマです。
小心者のわたしは、繁華街に背を向けて、写真は2の次と考え、面白い通りはないものかとさまようことにしました。

作例は、小学校だと思われるのですが、少年が何やらわたしに話しかけるのですが、もちろん韓国語の意味が分からず日本語と英語で何と言っているのと聞いてみたものの、少年が英語を解するはずもなくふたりの距離は縮まらなかったという場面です。
軟禁された少年が、おじさん、頼むから僕をここから出してくれよと言っていたようにも感じられました。
それはともかくとして、この状況なら撮影しても追っかけてくることはできないでしょう。

さて、アンソニーのレンズの情報は何かないかと検索してみたところ、古いカタログなどの資料が充実していることで知られたカメラ・エクセントリックで、恐らく同じレンズではないかと思われるペッツバールが売りに出ているのを見つけました。(http://cameraeccentric.com/html/sale/eanthony_04.html)
4 3/4インチとなっているので焦点距離も同じようですし、刻印も同じに見えます。
ところがよく見ると、フードがわたしのよりすいぶんと浅いですし、ラックアンドピニオンのホイールと刻印の向きがわたしのと反対です。
出現率を見るとけっして製造数は多くなかっただろうと想像できるアンソニーのペッツバールにも微妙なバリエーションの違いがあることが確認できました。

このレンズは鏡胴がきれいとは言えないのですが、同じサイトに6インチのアンソニーも売られていて、こちらはきれいな個体で価格が同じですので、興味がある向きはこちらをお勧めしたいと思います。
アメリカ製のペッツバールはハリスンとホームズ・ブース&ヘイドンズがとりわけ有名ですが、人気もあってオークションではことごとく高価なので、このアンソニーはまずまず良心的な値札が付いていて、狙い目と言えます。

もうひとつ見つけたのが、1870年のアンソニーのカタログをPDFファイルにして公開したものです。http://antiquecameras.net/images/Anthony_1870.pdf#search='e.+%26+H.+T.+Anthony+price+list'
タイトルが、"ILLUSTRATED DESCRIPTIVE PRICE LIST OF Photographic Apparatus MANUFACTURED AND SOLD BY E.& H.T.Anthony & Co., 591 BROADWAY, New York"となっていて、カメラやレンズからポートレイトを撮るときにモデルが動かないように首を支える器具まで多種多様の写真関連アイテムが説明付きで並んでいるのが興味深いところです。

表紙の次がカメラではなくレンズで始まっているのが、レンズファンとしては嬉しいのですが、最初のレンズは自社品ではなくダルマイヤーというのが、当時の序列を物語っていると言えます。
ダルマイヤーのレンズは6ページも続いていて、やっとその次にアンソニーのレンズが出て来ますが、ダルマイヤーのレンズのいくつかにイラストがあるのに対してアンソニーにはそれがなく、レンズタイプや焦点距離が分かりません。絞りなしとありに分かれているので、ペッツバールタイプのレンズと仮定しましょう。
驚くべきはその価格の違いです。
ダルマイヤーのポートレイトレンズが、117ドルから540ドルなのに対して、アンソニーは桁違いの3.75ドルから125ドルになっています。

価格差の要因は性能差と言うよりも、輸送コストや関税ではないかと思うのですが、それにしても価格がこうも違えばみなこぞって国産のアンソニーに走りそうなものなのにそうはならなかったのでしょうか。
まだ顧客の多くが写真スタジオで、自国産レンズよりもヨーロッパのレンズを使っているぞとした方が宣伝効果がずっと高かったので、こぞってダルマイヤー、フォクトレンダー、ダルローが売れたということでしょう。
そのおかげでしょうか、現在、ヨーロッパの主要ペッツバールレンズの多くがアメリカ発で売られています。
そのため、わたしも比較的入手しやすくなっているのですから、結果的にとてもありがたいことだったと言えるのです。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/04 Fri

行李櫃関閉

Anthony 11cmF4
奥さんが車でバスターミナルまで送ってくれました。
わたしは、慶州を少し散策してから、場合によってはここで食事をして釜山に戻るつもりでしたが、その意思を奥さんに伝えたつもりでしたが、どうやらそれは通じていなかったようで、彼女は釜山はここからバスに乗ってとにこやかに連れて来てくれ、別れ際には握手までしてくれました。
こういう流れになってしまうと、スーツケースをどこかに預けて散策するという気持ちも萎えて、そのままバスのチケットを買ってしまいました。

釜山行きの高速バスは10分間隔で出ており、所用1時間しかかかりません。
高速鉄道で30分なので、バスなら2時間かかると思っていたので、ちょっと寝ている間に着いてしまいました。
釜山のバスターミナルは地下鉄駅に直結していましたが、この駅の名が老圃洞(ノポドン)と聞いて最初北朝鮮のミサイルのような名前だと笑ってしまいましたが、超広角レンズの名前にしてもいいかも知れないと、後になって親しみを感じています。

釜山到着は2時半と中途半端な時間で、どこに行くか何をするかのプランはまったくありません。
宿も予約していなかったので、釜山駅まで行って、スーツケースをコインロッカーに預けてからフリーWI-FIで到着時の安宿を取ろうとしましたが、土曜日のせいか満室でした。
ひとまず宿は後で考えることにして、構内にあったツーリストインフォメーションで地図をもらい今から散策するのに好いところはと相談すると、有名なチャガルチ市場や南浦洞の繁華街に行ったらとの回答です。
ちなみに係員はわたしを韓国人と思い話したもののわたしが英語で答え、係員が中国語対応というバッジを付けているのを見て以後中国語でやり取りしたのに地図は日本語のをくれと言ったため、いったいあなたは何人なんだと怒られてしまいました。
別に彼女をからかった訳ではないのですが。

件の安宿は、ほぼ駅前だったので空いていないか聞きに行ってみたところ、わたしを覚えていたアジュマが1部屋だけあると言います(実際には彼女の韓国語を聞き取れていたわけではありませんが)。
狭い部屋で申し訳ないがと言われますが(と多分言っていたと思われる)、翌朝早い便で帰国するので気にしません。
宿が決まって安心してチャガルチ市場に向かったのですが、その後、駅で悲劇に見舞われました。

夜になって宿に戻ってから、遅くに食事に出てその足で釜山駅にスーツケースを取りに行ったのですが、コインロッカーのあった1階が閉じられていたのです。
切符売り場や待合室のある2階フロアはオープンしていますが、早朝の便に乗るために夜明かしするとみられる人たちを除いて係員や警備員が見つかりません。
従業員用エレベーターがあったのですが、バックヤードのようなところに出てしまってロッカーに辿り着きません。
仕方ないので、エスカレーターのチェーンを乗り越えて降りていき、真っ暗な中で預けたロッカーを見つけ出して、どうにか荷物をピックアップしました。
守衛室の防犯カメラにはわたしの行動が映し出されていたのだと思いますが、通報されなくてラッキーでした。

作例は、どことなく渋谷に似感じの南浦洞でのスナップです。
近くの国際市場で怪しいアクセサリーを黒いビニール袋いっぱいに仕入れたおばさんではなく、望遠スナップでありがちなピントの甘さゆえの、美容室かエステサロンか美容整形だか店のチョッキを着た青年が一生懸命に勧誘している姿と関心の高さを隠せない少女の表情を撮ったものです。
また、このレンズ、ボケが美しいなと思わせるところもあって作例に選びました。
アンソニーは、フォクトレンダーよりシャープネスやコントラストで負けるようですが、その分柔らかさがポートレイト向けですし、ボケの良さにも繋がっているような気がします。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/03 Thu

不要摸腿

Ektar 50mmF1.9
金さんをバス停に送りに行こうとしたとき、中年男性に英語で話しかけられました。
宿の奥さんの旦那の李さんだと控えめに自己紹介していました。
古民家のまさに主ですが、昨日は1度も見かけませんでしたので、シャイな方なのだろうかと思いました。
金さんが道すがら教えてくれたところでは、LGの要職にありながら3年前に早期退職して、実家や仲間の家の改修や文化活動に心血を注いでいるということでした。
民泊として実家を公開したり、奥さんが古式作法を教えたり、いま夫婦でできる活動をスタートさせたということのようです。

ところで、旦那さんも奥さんも李さんと聞きましたが、結婚しても姓を替えない韓国では珍しいのではと思いました。
以前、韓国では本貫が同じだと(大雑把にいえば大きく遡ると祖先が同じ一族だという意味)、同姓の結婚はできないと聞いたことがあるからです。
同姓のふたりが交際していて、何かのきっかけで本貫が同じと分かり、結婚ができないと悟ったふたりが心中するという悲劇がしばしば起こるとも言います。
しかし、金さんによれば、今では結婚が可能になったそうです。
韓国では、伝統を守ったり、復活させたり、あるいは打破したりと難しいところが多く存在しているように感じます。

さて、金さんがバスに乗るのを見送って、村に戻ってくると途中の小さな古民家の軒先から手を振る人がいました。
李さんでした。
友だちだという男性の家で、朝っぱらからふたりしてマッコリを飲んでいます。
わたしがあいさつしていると李さんがお茶碗を手渡し、友だちという男性がなみなみと注いでどうとぞどうぞと笑いかけます。
これは手作りではなく商店にもある市販品ですが、慶州のいちばん美味しいマッコリだそうで、なるほどさわやかな酸味が朝飲むヨーグルトドリンクのようで違和感ゼロでした。

李さんは、この村で接した人の中で唯一英語が話せたのですが、わたしと同レベルの会話力でどうにかコミュニケーションがとれているという程度のものでしたが、金さんの説明を裏付けるように伝統を継承するという大事な仕事に力を入れていることを語ってくれました。
家は、なんと朝鮮戦争で半分以上が破壊されてしまったのだそうです。
そのため、建物を少しずつ建てて往時を再現しようとしているとのことでしたが、何しろ太い木を柱に使う建築は費用が半端ではないことが想像でき、全体が完成するにはどれだけかかることでしょう。
文字通り、李さん夫婦のライフワークです。

奥さんが焼き物の器を買いに行くけどいっしょにいかがかと誘ってくれました。
村からはかなり離れたところに伝統工芸の施設があって、制作した陶器などを販売もしているとのことです。
前夜、テーブルの上に置かれた器の破片のようなものをわたしが眺めていたら、奥さんがそれらは推定数百年前にこの地で焼かれた陶器だと教えてくれました。
このあたりは土がとても良いので焼き物文化がとても発展したのだそうで、今でも大雨が降るとこういう破片が出てくると言うので、器を買いにと聞いてぜひ連れて行ってとお願いしました。

施設は、登り窯などもあるのかと思っていたのに観光用のもので期待外れでしたが、ちゃんと陶工の方がいて土をこねているのは見学できました。
ただ、売られている器類はソウルの半額近い安さだそうで、その言葉を信じてマッコリをがぶがふやるのによさそうな奥さんお薦めの陶器を買ってみました。
マッコリを買っていないので、自家製造梅酒を夜な夜な飲むのに使っています。
高校の修学旅行で買って、ついこの前まで愛用していた萩焼の湯呑に煮た、ざらっとした感触がさっぱりした梅酒に合うような気がして、けっこう気に入りました。

ところで、奥さんの運転で施設までは30分もかかったのですが、言葉がほとんど通じないのに熱心に話し掛けてくるのが何ともいじらしく感じられました。
そう言えば昨日の夜もそうでしたが、韓国ではスキンシップが当たり前ということもあってか、何かしゃべるたびにわたしの腿をそっと触るのです。
それもけっこう微妙な位置をです。
夜はアルコールが入っていたこともあって、これってモーションか? などと誤解したりもしたのですが、やはりそうではなかったようですね。
仕事で単身赴任かと思っていた旦那さんもいたのですから、馬鹿なことをしないで本当によかったです。
【Alpha7/Ektar 50mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kodak Ektar 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/02 Wed

韓国清酒

Ektar 50mmF1.9
夕食を食べてから、きれいな星空を見上げながら宿に戻りました。
宿の奥さんの李さんが待っていて、目ざとくわたしたちが手にしていたマッコリに気付いたからという訳ではないでしょうが、伝統儀式体験で来ていた家族にも声をかけてみんなで一緒に飲むことになりました。
子どもたちがいるので一家の奥さんは出てきませんでしたが(美人でスタイルが良かったので残念です)、奥さん手作りのおつまみが加わって4人でマッコリの宴席開始です。

マッコリには3種類あるのだそうで、よく知られたヨーグルトのような酸味の効いたやつは日本で言うドブロク、ぶくぶくした発酵が終わった清酒タイプと、より熟した何と表現していたか忘れましたがもう1種類を加えた3種類で、買って帰ったのは清酒タイプということでした。
清酒とは言え、日本酒とそっくりという訳ではなく、澄んだマッコリと言ったらいいでしょうか、飲みやすさはそのまま残った韓国焼酎とは違う醸造酒版韓国酒と言えるもののようでした。

最初のうちこそ、李さんの日本びいきもあって日本のことが話題の中心で、金さんが同時通訳してくれていましたが、そのうちシリアスな国内事情になってきたのか、3人は真剣な顔でいろいろと話だしてすっかりわたしは蚊帳の外側へ追いやられてしまいました。
ひとつよく覚えているのは、安倍首相をどう思うか聞いたところ、3人とも嫌いだとあっさりと答えたこととでした。
このメンバーなら政治的な話も問題なかったでしょうが、何しろ金さんに通訳してもらっての会話なので、余計なことを漏らして彼の立場を悪くしてはいけないので、それ以上、余計なことをしゃべるのを控えることにしました。

マッコリなんてジュースみたいなものとタカを括っていたわけではないですが、みんな全体に酔いがじわじわ浸透してきているようで、睡眠不足だったわたしは早々に船を漕ぎ出していたようです。
8時前にスタートした日韓首脳会談は11時にお開きになりました。
500年前の古民家なのでかトイレは外に行かなければならず、夜中に行きたくなったらたいへんと全員で順番にトイレに向かいます。
酔っぱらったせいと、オンドルの心地よさから完全爆睡だったようで、夜中にトイレに目覚めることなく、翌朝、金さんに部屋をノックされて目覚めました。

離れのトイレに向かおうとすると、外は凍えるような寒さです。
気温が急激に下がったようで、霜が降りて雪が降ったかのように村全体が真っ白になっています。
実はシャワーもトイレに並んでいて暖房なんて無いので、あきらめざるを得なくなりました。
しかし、高台になっている宿から見たパノラマの美しかったこと。
いただいた案内には、この古建築が香壇という名前を持っていて、村でいちばん高いところにあり、朝日が最初に照らす場所であると書かれていました。
身分の高い家柄だったということでしょうね。

案内に書かれていたとおり、向かいの山から登って来た太陽が庭を照らしていましたので、刺すような寒さもじょじょに緩んで暖かさを感じるようになりました。
500年前の昔から、この家の人たちは朝の日を浴びに庭に出てきたのではないかと思いました。
作例はすぐ下の家ですが、やはり立派な建物で、香壇の分家なのかなあと想像します。
350キロ離れたソウルへ出勤する金さんをバス停まで送りますが、始発バスの時間を間違えて遅刻てしまったようです。
次の機会にはソウルで会えるのを楽しみにしていようと思います。
【Alpha7/Ektar 50mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kodak Ektar 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2014/04/01 Tue
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