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世界師傅

Honor 50mmF1.9
路地で古い家にカメラを向けていると、何を撮っているんですかと、少し不審そうに男性から声をかけられました。
民家の撮影はまずかったのかなと思いつつ、古い建物が美しかったのでと、中国語で聞かれたので中国語でかえしました。
すると、男性の顔が少し緩んで、前方の家を指さしながら、わたしはあそこに住んでいるのですが、骨董を蒐集していますから、よろしければ見に来ませんかと誘われました。
もしかしたら骨董を売りつけられる心配もありましたが、散策してからお昼を食べてシンガポールに戻るだけだったわたしはさいわい財布の中には500円ほどしか残っていなかったので、散在の心配もなく喜んでついて行くことにしました。

彼はわたしは世界だと名乗り最初は何を言っているのか分からなかったのですが、どうやら世界さんというすごい名前の持ち主だと分かりました。
申し訳ありませんが、名のインパクトが強すぎて、黄さんだったか洪さんだったか姓が何か忘れてしまいました。
年齢は70歳ですが、背筋はぴんとしていて元気そのもの、笑うことが絶えない人だったのでよく言うように笑うということが健康にとてもよいのだなあと感じさせられます。
自宅がカニの卸しをやっていて大きな水槽が入り口にありましたが、このことは彼の骨董人生と大きな関係があることを後で聞きました。

世界さんのコレクションのほとんどが作例の通りの陶器です。
16世紀頃の大公開時代の幕開きと同時に景徳鎮などではヨーロッパ輸出用の陶器を多く製造していましたが、東南アジアに対しても香辛料を輸入するための船に陶器を満載して福建の港などから出港していたようです。
あるいは、満載の陶器の一部をインドネシアで売って、空いたスペースに同地で買った香辛料を積んで、イタリアやスペインへというような貿易が主流だったのかも知れません。
それら貿易船はインドネシア周辺で何隻も難破しているそうで、最近になっていくつもの沈没船が発見されています。
中国に引き返す船であれば積み荷は香辛料で発見時には船内もぬけの殻だったでしょうが、16世紀の陶器がそのまま積まれた船もいくつも見つかっているそうです。
難破船の積み荷というと金塊と想像してしまいますが、今や景徳鎮の名品だって金塊に負けない価格が付く時代ですから、仮に新しい難破船が見つかってもシンガポールでそっくり業者に買い取られて庶民の手に届くことはないと聞きました。

しかし、世界さんは若い頃、恐らく蟹の商売がようやく順調になってきた、そんな時期なのでしょう、水産関連の人の伝手で引き上げれた景徳鎮を見せてもらいました。
これも想像ですが、歯を食いしばる思いで必死に働いて来た世界さんにはこれといった楽しめる趣味もなく、インドネシアの海に眠っていた数百年前の陶器を前に、その美しさや物語性に引き込まれていったのではないでしょうか。
今よりは全然安かったとはいえ、懸命に働いてお金と尊さを知る世界さんには思い切った決断で、景徳鎮を手に入れたときは相当にうれしかったつたのではないでしょうか。
彼の母国の至宝でもあるのですから。

そうやって手に入れてみると、自分のお宝がどのようなものかを調べたくなるはずです。
彼の部屋には古書を含めて、陶器や骨董の書籍が、それこそコレクションのように置かれていました。
調べれば調べるほど他のものも気になったでしょうし、骨董の仲間もできたというので、きっと以降はモノが見つかるたびに家計を気にしながらもひとつひとつと蒐集していったのだと思います。
世界さんは20点ほどのコレクションをわたしに見せてくれましたが、すべて包装紙と木箱の中に慎重に保管されていました。
シンガポールでのオークションで同じものが時々出品されるのでそのときの雑誌記事などのコピーも見せながら説明してくれるのですが、安いものでも数百万円、作例の花瓶などは千万単位の落札額でした。

わたしは骨董のこと陶器のことはさっぱり分かりませんが、こういう話を聞くのは大好きです。
幸いなことにあまりに高くて、1個譲ってくださいなどという気持ちにもなりません。
もっとも棚には数万円程度のものがいくつも並んでいたのですが、名品の数々を見せられた後では、申し訳ないですが、ガラクタのように見えてしまいました。

さて、この話、少しレンズのことに似てなくもないですね。
以前は知る人ぞ知るだったマイナーなレンズがインターネットの出初めに安く販売されて、手に入れた人が出ましたが、今やキノプラズマート5cmF1.5が銀座の某店で3本並んで1本数百万円の値が付いているというように。
価格のことは別として、わたしもカバンに入れていたダルマイヤーのペッツバールを取り出して、これは1860年頃に製造されたレンズでというように説明すると、世界さんも楽しそうに聞いてくれていました。
その分野はわたしの専門ではないが、そんなレンズを集めているということは理解できるし、だからあなたがわたしの陶器の話を喜んで聞いていたのも当然のことだと言っているかのようです。
国境、年齢、言葉の壁、趣味の違いを超えて通ずるものがあるということですね。

よければいっしょに食事をしようと誘ってもいただいたのですが、昼過ぎの船でシンガポールに戻らなければと言うととても残念そうでした。
でも、また来たいと思っているので、そのときはまたコレクションの話を聞かせてくださいとお願いしました。
その時には、ぜひ蟹をご馳走してくださいねと言うと、世界さんも笑っていました。
実は、5万円ほどだと言っていたお皿で気に入ったものがあったのですが、次回はそれを安く売っていただこうかしらなどと、帰りのフェリーの中で考えたりしました。
【Alpha7/Honor 50mmF1.9 F1.9】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zuiho Honor 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/28 Fri

印尼的中国人

Honor 50mmF1.9
翌朝は早起きして、タンジュン・ピナンの町を歩いてみることにしました。
この日の2時のフェリーでシンガポールに戻り、そのまま空港へ向かって、香港経由で東京を目指すのは来たときと真逆のルートです。
朝食は宿泊料に含まれていましたが、小さいホテルにありがちな品数の少ないビュッフェはあまり好きではないので、町で食べようと考えます。
英語の通じにくい町で、唯一会話が成り立つ食堂があったのですが、真っ先に出掛けてたところ月曜日のせいか開いていませんでした。

この食堂はインドネシア華人のやっている小さなそば屋さんで、到着した日に散策していて店先に雲吞麺・鶏肉麺と漢字で書かれていたので、あれっと思って見ていたら、どうだい食べていくかいと中国語で聞かれて思わずいただきますとテーブルについたのでした。
店は店主のおじさんと、息子と娘、あとバイトの女性の4人で切り盛りしていましたが、昼時だったせいかそれなりに繁盛しているように見えました。
ということは旨いということでしょう、雲吞麺の出汁はエビで取っているようで、ふだん日本で食べているとんこつラーメンとは違う独特の味わいが新鮮に感じられました。

食べ終わったタイミングでおじさんがシンガポールから来たのかと聞くのでそうだと答えました。
わたしはシンガポール経由で来たというつもりで答えたのですが、おじさんの方はシンガポール人かというふうに聞いていたようです。
その後しばらく話したあと、わたしが日本人だと分かるとかなりびっくりして、ふたりの子どもを呼び寄せてこの人日本人だってと紹介し、その子どもたちも同じようにびっくりしていました。
日本人の客なんて初めてだったのかも知れません。
娘は、正直言って不器量という言葉が似合うルックスでしたが、愛嬌があってまたどこかシャイで好感が持てました。
その後しばらくふたりで話したりしましたが、この子は土日だけ手伝っているようで、残念ながら再開することができませんでした。
あの日の夜に食事にでも誘えばよかった…。

ビンタン島にはかなりの割合で華人が住んでいて、恐らくその多くは戦後に大陸から移住してきた華僑ということのようです。
おじいさん世代はもう言葉を忘れちゃったと言い、そのおじいちゃんから習った子ども、その子どもから習った孫というように段階を追って中国語はあやふやになるようでした。
しかし、ちょうどそのくらいがわたしレベルの中国語と会話するにはちょうどよかったようで、出合った華人の人とはすぐに親しくなりました。

インドネシア人のドライバー、イムンはタンジュン・ピナンで店舗を持って商売している人のほとんどが中国系だと言ってあまり面白くはないと思っているのはよく分かりました。
そういえば、わたしが学生の頃だったでしょうか、インドネシア人が中国系国民を排斥する運動が活発だったのをニュースで見た記憶があります。
インドネシア経済を牛耳っていたのは、民族的にマイノリティのはずの中国系で、土着のインドネシア人は貧困にあえいでいるということのようだったと思います。
イムンは、中国系との対立は今は無いと言い切っていましたが、それでも心情的にはどこかやりきれないものを感じているようです。

雲吞麺屋のおじさんもその子どもたちも、一見するとインドネシア人とはごく普通にお付き合いしているように見えました。
ふだんの会話はもちろんインドネシア語です。
ベトナムやフィリピンなどとは違って、インドネシアは中国との領土問題を抱えていないのも幸いだったかも知れません。
いずれにしても苦難の対立の歴史を経て、今はインドネシア国民として共存しているように見えました。
中国人だって周囲に溶け込むことができるということですから、大陸の偉い人たちも今に変わっていくんだということを証明しているのだと信じたいと思います。

さて、店舗を持っているのは華人中心でも市場へ行けばインドネシア系の世界になります。
どこの土地でもそうですが、市場はスナップの宝庫ですから、スナップのスランプになったらアジアのマーケットへ行けというのは金言です。
シャイな人が多かったインドネシアの中で、いちばん眼力の強い女性ナンバーワンは彼女でした。
【Alpha7/Honor 50mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zuiho Honor 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(2) | 2014/02/27 Thu

珈琲還是茶?

Dallmeyer 2833 11cmF4
トリコラ・ビーチで緑の海を見てから、遅いお昼を食べました。
漁村の近くにはいくつか小さなレストランというか食堂というか、そんな店が点在していましたが、イムンはいくつかやり過ごしてから、ここにしようと海辺側の店の前で車を停めました。
手作りのテーブルやイスを並べたボロっちいと言える食堂ですが、すばらしかったのは海のすぐ真ん前に小さな櫓のようなものがいくつか組んであって、上がるとテーブルがあって食事できるようになっていたことです。
靴を脱いでリラックスできるのですが、6人定員くらいの小ささで、イムンとふたりで目の前の海を独占しながら食事できるというのは最高の贅沢でした。

実は、前夜には安いシーフードレストランを教えてもらって行ったのですが、調子に乗って魚、エビ、二枚貝をオーダーしてしまい、3000円ほどかかってしまいました。
日本の感覚ではそれほど高くないですが、インドネシアの物価は食事に関しては半額以下というところでしたので無駄遣いは間違いなく、海鮮はもう食べないと誓ったのでした。
しかし、その反省はここでも活かされず、チキンをと頼んだところ山盛りで来てしまって、ここでも会計が2000円近くなってしまうのでした。
ただ、言えることはいずれの食事もとても美味しかったということです。
四川、タイなどと同様辛いものが好まれますが、アジアでは食べ物が旨いところが多いのが旅の愉しみのひとつですね。

食後ちょっとゆったりしてからタンジュン・ピナンへ戻ります。
最後に、来るときに車から見たカワルの町はずれの水上家屋とマングローブの汽水域を少しだけ見学しました。
途中高校生くらいでしょうか、若者たちが男女7人、日陰に腰掛けて何やらおしゃべりしていました。
学生なのでこちらの言う英語はどうにか聞き取ってもらえますが、みんな友だちがいる前では積極的にしゃべろうとはしません。
人前で使ったことのない英語で会話するのが恥ずかしいのだと思います。
日本人でも同じようになるんじゃないかと思うのですが、こういうところもアジア的なメンタリティのように感じました。

作例の少女はけっこう可愛らしかったのですが、カメラを向けたら仲間にはやしたてられて、顔を背けてしまったため正面からとらえられなかったのが残念です。
2枚目を撮ろうとすると、後ろを向かれてしまいました。
いま見直しても、他で見かけた女の子たちよりいっそうおしゃれな格好をしています。
ポートレイトらしい写真を撮らせてくれるよう、きちんと頼むべきでした。
ちなみに背景の緑のうち、少なくとも右側はマングローブです。
といっても、こんなんじゃマングローブが何かはまったく説明になっていないのが申し訳ありません。


この日の夜は、ホテルのレストランで食事しました。
と言っても、日本でいうところの中級というレベルのホテルなので、昨日の夜と今日の昼で想定外の出費だったのをリカバーしようと考えたからでした。
部屋にメニューが置かれていて、値段が書かれているので安心できます。
今回、食事したところはすべてメニューに金額が入っていなかったので、店員は客を見て値段を決めていたようなフシがなくはありませんでした。

ホテルのレストランで、ご存じナシゴレン(インドネシア式チャーハン)、チーズオムレツ、トムヤンクン、ビールと頼んで400円ちょっとでした。
ここでも十分に美味しく、毎回ここで食事してもいいと思えるくらいでしたが、コーヒーは1杯50円と安かったものの最初から砂糖とミルクの入ったスティックのヤツにお湯を注いでいるのがテーブルからも確認できたのはいただけません。
何しろインドネシアはコーヒー産出国ですから。
そういえば、日本にはジャワティーなんてのがあって、ペットボトルのはわしもよく飲みますが、少なくともわたしが滞在中はレストランのメニューにはティーは見つかりませんでした。
【Alpha7/Dallmeyer 2833 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/26 Wed

立体撮像鏡頭

Dallmeyer 2833 11cmF4
まだまだ増殖を続けるわたしのペッツバールレンズですが、使いやすい焦点距離100mm程度のものはあまり市場には出てきません。
手許には長焦点のものが数本ありますが、使いにくさもさることながら、何しろ長くて重くて旅行向きではないので、後から購入したダルマイヤーを今回持参することしました。
長焦点ペッツバールも順次使用の上、アップさせていく予定です。

今回のダルマイヤーは、11cmF4と表記していますが、だいぶ以前に紹介したもう1本のダルマイヤー114mmF3.6と表記しているレンズと同スペックのようです。
オークションに出品された際の説明では、ひとまわり小さいと思われ90mm前後の焦点距離ではないかと想定されたために落札したのですが、レンズが届いてから計測してみると鏡胴の形態が若干違うもののレンズ径や前後レンズの間隔などはまったく同じようでした。
製造番号は2833で、もう1本が2594ですが、資料では両者とも1861年の製造ということになりますので、ほとんど同じレンズがダブってしまったと言えなくもありません。
ステレオ撮影にはうってつけですが…。

レンズマウント部分の改造は今回もksmtさんにお願いしました。
もはや、わたしのペッツバールライフには欠かせない存在となってしまいました。
ksmtさんは、もう何本ものペッツバールを35mmカメラ用に改造していて、自らの撮影機材でもペッツバールが中心ですので、使いやすさではこの上ありません。
また、ありがたいことに、メインのヘリコイド部分はすべてのレンズ使える互換性を持たせて、レンズヘッドにヘリコイド用のコネクターを接続するシステムに統一しているため、ヘリコイドをいくつも買う必要がありません。
これは経済的に助かるばかりか、複数のペッツバールを持参するときに無駄にカメラバッグのスペースを失わせたり、バッグを重たくさせることがなく、たいへんお財布と体に優しいシステムになっています。

ksmtさんに改造をお願いするとレンズキャップを作ってくれるのですが、これがたいへん重宝しています。
キャップは厚手の皮革製で、金属キャップなどとは違って鏡胴先端部分を傷付ける心配がありませんし、何よりいいのが手で引っ張ればすっと外れるのに逆さにして振っても外れることが無いという、絶妙のフィット感で前玉を保護してくれています。
改造してもらったレンズはかれこれ10個ほどになりますが、すべてのキャップが同様にフィットしていて、ksmtさんはキャップ職人としても食べていけるのではないかと思えます。
ただし、革は水分が高いので、付けっ放しにしているとカビが発生する可能性があることを忘れてはいけません。

今回入手したダルマイヤーはフードが付いていませんでした。
撮影時に役立つ何か適当なものを付けられればいいと考えていましたが、ksmtさんは汎用の金属フードを取り付けたうえに、真鍮板を張り付けてオリジナルのフードのようにしてしまいました。
これは、レンズ本体との一体感があってとても気に入っています。

ダルマイヤーの写りもたいへん気に入っています。
今日の作例は後ピンですし、昨日の作例では無限遠で像面湾曲のボケが目立ってしまっているものの、解像力、コントラスト、シャープネスでは申し分ありません。
ダルマイヤーは、ロスから独立してペッツバールから製造を始めた、言わば後進メーカーでしたが、創業2年目にして優れた品質の製品を世に出していたのですから超一流です。
鏡胴には控えめに"Dallmeyer London"と筆記体の刻印がありますが、これがまたとても好いのです。
撮影の合間、多くの人は液晶で写真を確認していたりするのではないかと思いますが、わたしはこの刻印を眺めながら誇らしげな気分になったりしているのです。
【Alpha7/Dallmeyer 2833 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2014/02/25 Tue

漁民之家

Dallmeyer 2833 11cmF4
途中のモスクでイムンが午後のお祈りをしてから、車を再出発させるとカワルというビンタン島東海岸でいちばん大きな町を過ぎます。
タンジュンピナンからは約30キロの距離だそうです。
さらに北上していく右手に白い砂浜のビーチが目に飛び込んで来ました。
意味もなく「ヒャッホー!」と叫んでしまいましたが、声をあげずにいられないくらいの美しい海岸線です。
トリコラビーチという名前の海岸線だと教えてくれました。

海に向かって叫びながら駆け出していきたい衝動はまだ抑えていなければなりません。
砂浜が見えてからずっと、○×クラブ&リゾートとか△□レストラン&リゾーツといったホテルのプライベート・ビーチが続いているからです。
ようやく10キロ近く走って、水上家屋が並んでいる漁村に到着して、どうぞ好きなように見て来てくださいと言われました。

駐車スペースから歩き出すと桟橋のようになっていて、右側には船が舫ってありましたが、左側は水上家屋が一列に並んでいます。
ざっと15軒くらいでしょうか、海底から木かコンクリの柱を恐らくは20本程度海面の先まで立てて、その上に木組みの家を建てています。
もちろん平屋ですが、想像以上に家は大きくて、建坪でいえば20坪くらいはあるのではないでしょうか。
インドネシアでは子どもが4人くらいは当たり前で、おじいちゃんおばあちゃんとも同居していますので、そのくらいの規模が無いとダメなのでしょう。

桟橋を歩くということは、日本でいうところの分譲住宅地の中を勝手に歩いているようなものですが、すれ違う人、窓から顔を出す人、みんなヤァとかハローとか挨拶すると、不審の眼は向けずに普通に挨拶を返してくれ、こっそり歩く必要はありません。
もっとも規模の小さな集落の中で、日曜の午後一の暑い時間帯でみんな昼寝でもしてしまっているのか出合う人はほとんどなかったのですが。
とにかく、無人の桟橋の先端まで歩いてみることにしましょう。

そこで見るとここの状況がよく分かりました。
左手にちょっとした岬があって椰子の木が並んだり南国ムードいっぱいですが、そこから延長線上のところで白い波が一定周期で起きているので、そこからこちら側がリーフになっていて穏やかな浅瀬なのです。
その先はドロップオフで急に水深もあるところのはずで、白波が立っていることから沖合はそれなりに波がありそうだと分かります。
そのリーフのラインが自然の防波堤のようになっているので、この位置に家屋を建てるのは理にかなっていると言えます。

それにしてもグリーンとブルーが綾なすとてもとても美しい海です。
でも、聞いていたように今は波や風があってベストシーズンではないせいか、よく見ると水の透明度はいちひとつのようです。
ダイビングするわけではないのでそんなことはどうでもよく、桟橋先端に腰掛けてしばらく海を眺めることにしました。
ちょっと日差しは強いですが、ここでごろんと昼寝したら気持ちよさそうです。

ふと気づくと女の子二人が傍らに立っていました。
小学校高学年くらいでしょう、学校がお休みなので、釣りに来たみたいです。
釣りと言っても竿やリールを使わない手釣りですが、なんとわたしの足元にすでに糸が垂れてあって、彼女たちはまずはそれを引き上げ、魚が付いていないことを確認してから、持参の魚の切り身を付け直して海に投げなおしました。
コミュニケーションをとるのは難しくどんな魚が釣れるのか聞き出せません。
下は岩礁ではなく砂地なのでカサゴとかメバルとかそういうのではなさそうです。
しばし、待ちましたが、魚の釣れる気配はなく、彼女たちの写真を撮らせてもらってから車に戻ることにしました。

今日の作例の右端にぼんやり写っているのが彼女たちです。
左側が水上家屋かと思われたでしょうが、実はそうではありません。
これはケロンという名前の漁のためのはしけのようなものだそうです。
夜、2~3人の漁師がケロンに乗って、船に引っ張ってもらい沖合の漁場まで出ます。
強い光を水面に充ててケロンの下に仕掛けた網で、一晩中漁を続けるのだそうです。
イカやイワシ、夜行性の魚、季節によってはカツオなどが獲れるのだそうで、朝になってからまた船に引いてもらいここに戻って来ます。
ビンタン島東部に伝わる伝統漁法だと聞きました。、
いいなあ、と思います。
またここへ来て、昼間のんびりしてから、ケロンに乗せてもらって、漁の様子を見学されてもらいたいものです。
【Alpha7/Dallmeyer 2833 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/24 Mon

她不是愛子

Dallmeyer 2833 11cmF4
まず1日の最初は、朝の4時半だ。
神妙な顔つきで、説明が始まります。

ドライバーのイムンは、敬虔なムスリムでインドネシアでは多めにみられているビールも飲んだことが無いような人ですから、毎日のお祈りは欠かさないそうです。
わたしが、以前UAEを旅した時にドバイのホテルがモスクの隣で、いきなりまだ日も昇っていない早朝にコーランを読み上げる声が鳴り響いてたたき起こされたと言うと、彼は笑いながら1日5回のお祈りの時間を教えてくれました。
1回目の4時半以外は忘れましたが、毎日そんなに早起きすると考えただけでわたしには信仰できそうにありません。

ビンタン島に滞在中、正確に数えたわけではありませんが、大小合わせて50くらいのモスクを見かけました。
ひとつの村、あるいは集落に必ずひとつ以上存在するとのことでしたが、トルコのアヤソフィア寺院に似たひと目でそれと分かるモスクの他にも、普通の民家と見分けがつかないようなところもたくさんあります。
しかし、キリスト教会の建物に十字架があるように、モスクには月と星のマークが屋根に聳えていて、誰にでもそこが礼拝の場であることが分かるようになっていました。

センガランから東部の海岸目指して進んでいくと、イムンはちょっとだけ時間をくれないかと聞いてきます。
何かと問うと、礼拝しなくてはいけないいのだと言います。
断る理由はありませんし、見学できるかと聞けば問題ないとのことで、むしろこの島のことを知るよい機会になりました。
ゆるやかなイスラムのビンタンでは女性を撮影してもまずは問題ないとのことでしたが、モスクの内部は仕切りで男女の祈りの場が分けられていて、イスラムの神聖さを再認識させられました。

日本を含めた西側社会では、イスラム教を特殊なものとしてとらえる傾向が強いようです。
もともと邪教のように色眼鏡で見ている人が多かったと思いますが、9.11以降、アルカイダのみならずイスラム教そのものが暴力やテロの同意語のように解されるようになってしまった感があります。
そんな時だからこそ、本当にそうなのかイスラム教のことをよく知る必要があるのではないでしょうか。
自爆テロが起こると恐ろしい宗教観があるようにとらえられがちですが、それよりも根にあるのは貧困の問題や教育の問題だとわたしは思います。
まずは、イスラム教のことを知ろうとしなければ、宗教や地域の対立と言った問題は解決しないでしょう。
仏教やキリスト教を知る機会は日本にたくさんあっても、イスラム教やユダヤ教を教えてくれるものはなかなかないのが現状です。

わたしは、イムンという男にも興味を惹かれました。
38歳だという彼には、4人の子どもがいて、いちばん下の子はアイコという名前だと言います。
アイコは日本にもある名前だよと言うと、そう、日本語からとった名前だと教えてくれました。
まだ1歳だと言いますが、お昼時に携帯で電話して、「アイコ~、アイコ~」「ディス・イズ・マイ・ドーター、ハハハ」などとやっていて、可愛くてしょうがないことを外国人客に隠そうともしません。

実は、彼はかなりおとなしい人で、自分のことをしゃべり出すようなタイプではありません。
なだめすかしたりしてぽつりぽつりと語ってもらったところでは、彼が若い頃、仕事でシンガポールに赴任していた日本人女性と知り合い数年間交際していたということでした。
毎週のように彼女はビンタン島の彼のもとにやって来るという甘い生活が続き、彼は結婚を望んだものの、やがて彼女は帰国してしまい、それからしばらくして彼女が日本人男性と結婚したとの噂を風の便りに聞いた…。

今では地元の御嬢さんと結婚して、前述のように子宝にも恵まれて幸福な毎日のはずです。
娘にアイコと名付けたのは、かつてのガールフレンドへのオマージュなのでしょうか。
デリケートなことまではなかなか立ち入れませんでした。
しかし、彼は釣りが大好きだと聞き、いとこが漁師で船も持っているのでたまに遠征に出掛けると言うので、次回ビンタンにやって来たときはオレも連れて行ってくれと頼むと、もちろんだと笑って答えます。
その時には、わたしもアイコちゃんに会うことができるでしょう。
【Alpha7/Dallmeyer 2833 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/23 Sun

舒伯特歌曲

Dallmeyer 2833 11cmF4
2日目はリゾートエリアに移動するつもりでしたが、話を聞くうちに計画変更することにしました。
ビンタン島の東部には白い砂浜と緑の海のビーチがあって高級リゾートが並んでいるのですが、中には一泊3000~5000円程度のコテージもあったので多少の条件の悪さには目をつぶって宿泊しようと考えていたのです。
しかし、港までのアクセスが悪いことや、ほんとに部屋には何にもないところで、冷房設備もないと聞いて、考えを翻しました。
今回もひとりなので、リゾートでのんびりというのがわたしには合わないだろうと再認識したこともあります。

タンジュン・ピナン周辺の海は残念ながら濁っていますし、東部の海岸には木組みの水上家屋や漁師の伝統的な暮らしがあるとも聞いたので、アクセス方法をホテルで聞きました。
30キロほど離れていますが、バスなどの公共交通機関はないらしく、車かバイクをチャーターするしかないと言われます。
前者だと半日で5000円くらい、後者では2000円くらいかかるだろうと言われました。
いずれにしてもドライバーが英語ができなければたいへんだろうから、知り合いの運転手を紹介してくれるということになりました。

そこでやって来たのが先日も描いたイムンという男です。
彼は日本人から呼ばれたのだから、チャーターしてくれると思ったらしく4000円で東部海岸まで行ってくれると笑顔でしたが、わたしがそんなに出せないしバイクで行こうかと考えているんだと言うと、かなり驚いた様子でした。
もちろん炎天下の30キロをバイクの後になんか乗りたくないので、値切るための方便ですが、正直なイスラム教徒のイムンはわたしに逃げられると今日の収入が無いというあせりをうまく隠し通せず、結局のところ11時出発5時帰着の往復80キロの行程を30000ルピアで行ってくれることになりました。
ガソリン代やその他のエクストラチャージは無しとの確認は忘れません。

ホテルから20分くらい走ったところにセンガランという小さな町があって、そこに有名な道教寺院があるというので立ち寄ってもらうことにしました。
タンジュン・ピナンからしばらく走って町が切れると、クリークが現れて両脇に緑が繁っています。
マングローブだと説明していた矢先、路上に飛び出してくるものがありました。
野生のサルです。
サルは道路をさっと横切ってマングローブの先の林に消えてしまいました。
イムンは、サルはよく見られるがあれだけ間近で見られたあなたはラッキーだと言ってくれましたが、事前に言ってくれていればカメラを構えていたことを考えればちょっとアンラッキーだったのではと思います。

そうして着いた道教寺院は予想よりずっと立派なものでした。
当初、仏教寺院だと思って普通に手を合わせたりしましたが、祀られているのが仏様でないことに気付いて聞いたところ道教だと分かり、タオイストでないわたしは手を合わせたことが恥ずかしくなりました。
外観で区別できるものかなのかも知れませんが、ほとんど仏教と変わらないのでとんだ誤りをしてしまいます。
インドネシアには華人が多く、特にシンガポールにも近いビンタン島ではかなりの割合を占めるのではないかと思われるのですが、わたしが寺院を訪れたときには20人くらいの華人がお参りしていたのには驚きました。
裏手には孫悟空御一行をモチーフにした像が置かれていましたが、彼らは道教信仰の対象なのでしょうか。
おもしろかったのは、すぐ隣にキリスト教会があって讃美歌を歌っているのが聞こえてきたことで、さらに近くにもモスクがあるので各宗教が狭いエリアに同居していることが分かりました。

センガランにはもうひとつの名所があります。
バンヤンツリーテンプルと呼ばれるところなのですが、ここは通称こそテンプルですが、恐らくは祖先を祀った祖廟ではないかと思われました。
作例では分かりにくいかも知れませんが、バンヤンツリーが成長して祖廟と思われる建物を呑み込むように包み込んでしまっています。
アジアではしばしば見られる光景です。

バンヤンツリーを簡単に調べると、インド原産の常緑樹でベンガルボダイジュが和名のようです。
菩提樹の仲間なのか、菩提樹に似ているからそういう名前なのか、名前からシューベルトの菩提樹を思い出しましたが、この樹を見ただけではあの名曲の旋律は出てこないでしょうね。
バンヤンツリーの特徴は、枝の先から気根が垂れ下がり地面まで降りてくるとやがて成長して幹のようになって、1本の樹がまるで林のように見えると説明がありました。
バンヤンツリーのすぐそばの建物はみんな呑み込まれてしまうのだからなぜそんなところに祖廟をと疑問に感じましが、長寿と豊穣の象徴として崇められていると言うことですので、なるほど祖先を祀るには格好の存在です。
しかし、このまま成長が続くと祖廟はほんとうに呑み込まれてしまうのではとの、わたしには恐怖も感じられました。
【Alpha7/Dallmeyer 2833 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/22 Sat

星星啤酒

Dallmeyer 2833 11cmF4
タイのシンハー、シンガポールのタイガー、ヴェトナムのサイゴン…。
東南アジアにはナショナル・ビアとも言うべき、国民的なビールブランドがあります。
インドネシアにはビンタン・ビールというのがあって、ちょっとしたレストランに行くとだいたいどこにも置いてあります。
インドネシアの宗主国はオランダで、オランダと言えばハイネケンですが、当時のインドネシアのハイネケンの工場で作られたビールがまさにビンタンビールの発祥だそうです。
ハイネケンもビンタンもボトルに星のマークが付いているのが、その関連性を今に伝えています。

しかし、インドネシアでビールというのは不思議な気がします。
インドネシアは世界最大のイスラム国でアルコール御法度のはずです。
何人か確認したところ、戒律が比較的緩やかなのでビールまでのアルコールは許されているとのことでした。
もっともそう答えてくれたのは華人やジャワ出身のキリスト教徒の人たちで、ムスリムのインドネシアンでビールはOKだと言った人はいませんでしたが。
なお、ビンタン・ビールとビンタン島のビンタンはそれぞれ無関係だと聞きました。
なるほど、前者は"Bintang"、後者は"Bintan"で綴りがちょっと違っています。

ビンタン・ビールは飲み口すっきりで美味しいビールでした。
少なくとも中国のビールよりはだいぶ格上の印象ですが、さすがにビールはどこでも買えるというわけではなく、おいている店でも冷やしていないところがほとんどです。
東南アジアの多くではそうですが、町中の食堂では、コーラとかオレンジジュースとか缶のドリンクを氷入りのグラスに入れて冷たくして飲む習慣があります。
ビールも例外ではないのです。
飲み始めこそビールの味ですが、暑い中ではどんどん氷が融けていくので、オンザロックのビールはほとんど味が感じられなくなります。
これだったら、ぬるくてもそのまま飲んだ方がずっとましです。
もっともタイのシンハービールは、同様の飲み方をすることを想定して味は濃い目アルコール度数も高めに製造されていると聞いたことがあり、暑い国ではビールを冷やして飲むのが正統派だというのはまちがいありません。

ペニェンガット島は、全島民がムスリムなので島のどこにもビールがありませんでした。
帰り道でちょっとしたカフェがあったので、コーヒーを頼むとやはり氷たっぷりのアイスコーヒーが出てきました。
砂糖たっぷりでとても甘いコーヒーでしたが、氷が融けはじめると甘みはちょうどよくなったように感じられます。
コーヒーは味が強いので多少薄まってもそれほど気になりませんでしたし。
タイのビールもここからヒントを得たのかも知れません。

ここはカフェといっても民家の庭にちょっとした屋根を作り付けただけのオープンな空間で、腰掛けていると島民が夕方の散歩にそぞろ歩いたりしているのを目撃します。
ハローとか声を掛け合いますが、残念ながら言葉が通じないので会話にはなりません。
不思議そうに近づいてくる子どもたちと、ちょっとしたやり取りがあるばかりです。
外国の地を訪れるというのは、たいがいはそういう程度のものなのですが。

夕方、そろそろタンジュン・ピナンに帰ろうと港に戻りました。
しかし、船はなかなかやって来ません。
定員15人いっぱいにならないと出港しないからだと聞きました。
1時間も待ってようやく出発です。
島を歩いた時間よりも、腰掛けていた時間の方がずっと長かったということになってしまいました。
南の島への旅というのはそういうものなのでしょうか。
【Alpha7/Dallmeyer 2833 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/21 Fri

最好季節

Dallmeyer 2833 11cmF4
インドネシアは世界一の島嶼国家だそうで、1万を超える島があります。
知り合いになった運転手のイムンに1万いくつあるのか教えてほしいとの問いに分からないとの答えが返って来て笑ってしまったのですが、正確な島の数はインドネシア政府も把握していないとのだと聞いて、また笑ってしまいました。
地図で見ると、マレー半島の左隣に寄り添うように並んでいるのがスマトラ島、その南端から東西に延びる島がジャカルタやスラバヤのあるジャワ島、その東端の先に有名なバリ島があり、いくつかの島がさらに東へ伸びて最東端がティモール島ですが、その東側がインドネシアから独立した東ティモールで、ここまで来ると数百キロ下にオーストラリアの頭が見えています。
こう地図で見てくると、一部船に乗ることで、島伝い、陸路伝いにマレーシアからオーストラリアまでをインドネシアが結んでいるように見えるのが面白いです。

シンガポールの南に位置するビンタン島ですが、赤道まではあと100キロほど届きません。
ジャカルタなどインドネシアの多くは南半球側ですが、ビンタン島はぎりぎり北半球でした。
事実上の赤道直下だと言えますが、北半球側だということが影響するのか最高気温は30度くらいで、どうにもならないくらい暑いということはありません。
湿度が低くて、風がそよそよと吹き渡っていたので、日陰にさえいればかなり凌ぎやすい気候と感じました。
とは言え、太陽の下を歩けば途端に汗が噴き出してくるのは言うまでもないですが。

1日中晴れたり曇ったりを無限に繰り返します。
最高峰のビンタンマウンテンでも海抜400メートルしかないそうで、雲が立ち寄る場所は無く風に吹かれるままに次々と過ぎ去っていくからだそうです。
こう聞くと、いかにも南国独特のスコールが日に何度かあるのてはと思いがちですが、まったくの乾季だそうで、1か月以上もまったく雨が降っていないと聞きました。
赤道に近くて四季こそありませんが、着実に季節と言うものは存在しているということですね。

雨が降らなくてそれほど暑くならないこの時期がベストシーズンかと聞くと、イムンは笑いながら大きく首を横に振ります。
4月からがベストシーズンで、ぐっと暑くなってスコールもあるものの、風はぴたりと吹かなくなり、同時に海は鏡面のように凪いで最高の美しさなのだそうです。
ビンタン島を訪れるのはわたしのように町歩きが目的ではなく、リゾートを愉しみにやって来るのですから、暑ければ海に入るし、冷房の効いたコテージからずっと海だけを眺めていてもいいのですね。

とても残念なことですが、帰国してからこれらのやり取りを思い出すことになりました。
バリ島の女性ダイバー遭難事故です。
波が強くてどんどん流されてしまったという話は、イムンが言った今は海のシーズンではないという言葉そのものだったように感じられました。
もちろんビンタンとバリの海は違うので単純に置き換えて考えるのもまた誤りの元ですが、地元の人たちも今はシーズンではない、潮は早いし海も最高には澄んでいないからなどという話は出ていたのではないかと思われるからです。
これは旅の治安の問題などにも置き換えて考えることができるので、他人事とは思わずに教訓としないといけません。

夕日がとてもきれいで、それを浴びて遊んでいる子どもたちも輝いています。
美しい絵になると思いましたが、逆光下ではおなじみのローコントラスト写真になってしまいました。
こういうシーンを表現できる技を磨かないといけません。
ノンコートのペッツバールはただでさえ逆光は得意ではありません。
きれいな夕日と書きましたが、残念ながら2日とも水平線近くに雲があったようで、海に沈んでいくいちばんの美しさを見ることができませんでした。
そんなことからでも、ベストシーズンではなかったことが窺い知れるのですね。
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Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/20 Thu

自己加油

Dallmeyer 2833 11cmF4
ペニェンガット島は小さな島で、江の島の1/3くらいの面積でしょうか、1時間もあれば、島をくまなく歩けてしまいそうです。
人口は400人くらいだと聞きましたが、ビンタンでは子どもが4人くらいが一般的でしたので、1家族6人とすると60世帯くらいはありそうです。
民家を1軒1軒尋ねても半日かからずに、全島民とあいさつできるでしょう。
このコンパクトさが好いですね。

江の島のようにアップダウンのある島ではなく平坦な島なのですが、バイクに乗っている人が多いです。
暑いから仕方ないのでしょうが、これでは運動不足になるんじゃないかと他人事ながら心配になります。
制服の女の子がバイクでわたしを追い越していきました。
あれっ、こんな小さな島に高校があるのかと不思議に思い、後で聞くと小学校2つと中学校1つがあるだけとのことでしたので、バイクの彼女は中学生でした。
その若さでバイクに乗ってたら健康面の問題が出てくるんじゃないかと思うのですが、いかがなものでしょう。

しばらく歩いているとその女の子に追いつきました。
小さな商店でアイスを買ったようで口にくわえています。
そして、ペットボトルの液体をバイクに注いでいますが、これはオーバーヒートして冷却しているのではなく、給油しているということでしょう。
この店でもそうですが、ビンタン島全体でペットボトル入りのガソリンを見ました。
昔、東南アジアではお店の前にガソリンがこのように売られているのを映像で見ましたが、普通のガソリンスタンドよりも安い訳アリガソリンを安く売っていて、仕方なしにそれを利用する庶民というような紹介のされ方をしていたように記憶しています。
だから、東南アジアの人々はみな貧しいのだというような。

今回、ビンタンを旅してそれが誤りだということを教えられました。
まずガソリンスタンドのガソリンも、商店のペットボトル入りのそれもまったく同じだそうです。
そして、意外なことに商店のものの方が少し高いのだそうです。
どういうことかと言えば、こんなちっちゃな島にもバイクが行き交うくらいですから、インドネシア全体にバイクが爆発的に増長してしまっています。
ガソリンスタンドには常に給油待ちのバイクが列を作っていて、時間がなく経済的にゆとりがある人が商店で少し高いガソリンを購入して給油するのだそうです。

もちろん小島にはガソリンスタンドがないので、商店以外の選択肢はありません。
昔見た映像の給油シーンは、インドネシア全体のインフラが整う前で、たぶん都会以外にはガソリンスタンドのない時代のことだろうと教わりました。
経済発展著しいインドネシアですが、貧しい時代も続きました。
ただ、インドネシアは産油国で、ガソリンも1リッター65円ほどと言うので日本の半額以下です。
一方日本は、資源ということでいえばインドネシアよりよほど貧しい国ですし、今やTPP加入で食糧すら輸入の比重を高める危惧を高めています。
豊かさとは何か、貧しさとは何か、そんなことが東南アジアを旅していると自然に考えさせられてくるのです。

中学生なのにバイクに乗っていると書きましたが、わたしにとって問題だったのは、中学生でタバコを吸っているお兄ちゃんをしばしば見かけたことです。
青い空と海、熱帯雨林の緑、真っ赤な夕日、笑顔からこぼれる歯の白…が島で見た美しい原色の数々でしたが、白は同時にあどけない顔の少年がふかすタバコの煙に置き換わってしまいそうです。
島には都会ほどのストレスがないはずなので、害があることを知ってタバコなんて止めてほしいものですね。
そういえば、ちょっと前に2歳の子どもがタバコを1日に40本も吸っていると映像が出て話題になったことがありましたが、あれもインドネシアのことでした。
誰か、インドネシアの少年の喫煙を止めてあげてください。
【Alpha7/Dallmeyer 2833 11cmF4 F4】
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Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/19 Wed

新加坡的南方

Dallmeyer 2833 11cmF4
ビンタン島は、リゾート開発された面と以前からのローカルの面と2つがコインの裏表のようになっているユニークな島のようです。
2泊するので、1日はローカルタウンで歩き回り、2日目はその疲れの保養も兼ねて数千円の安リゾートヴィラにでも宿泊しようと考えました。
シンガポールは空港とフェリー港の往復だけで、どこにも寄らないことにします。

乗り継ぎの香港発シンガポール行きは深夜便のせいかまったくがらがらで、後方の座席を選択した多くの人が3人掛けを独占する状態でした。
4時間近いフライトのほとんどを寝て過ごすことができました。
到着は、早朝5時でしたが、ビンタン島へ行く一番フェリーが8時半となっていたので、空港内のフリーWi-Fiを使って初日のホテルを予約しました。
予約サイトなどを見てもダウンタウンにはこれぞというホテルがなかったので、現地についてからホテルを探そうかと考えていたのですが、さすがに雪の世界から30度越えの炎天下をホテル求めて歩く自分の姿を想像したら、無理はできないと考えて港から比較的近いホテルを抑えたのです。

シンガポールの空港からタナメラ・フェリーターミナルは数キロと隣接しているくらいで、タクシーで行けばいいのですが、時間が有り余っている上に、空港まで来たタクシーがそんな近場では乗車拒否など揉めるのではとの危惧もあって、無難な地下鉄とバスを利用しました。
こういう乗り継ぎを面倒くさがる旅行者は多いですが、その土地を知るのに公共交通機関を利用することは大きな手掛かりになりますので、時間に余裕があるときはバスなどは積極的に利用してもらいたいとわたしは考えます。
しかし、フェリーターミナルに着いて失敗に気付かされました。
フェリーの始発は7時半に変更になっていたようで、7時過ぎに着いたわたしは搭乗に間に合わず予定通りの8時半のフェリー利用になります。
複数のフェリー会社が運航しているため、最新情報を調べておかなかったのが裏目になりましたが、まあそんなにあせっても仕方ないので、予定通りに進んでいることを良しとしましょう。

フェリー会社毎にカウンターがあるので、行先別にいちばん早い便のあるカウンターを確認して、そこに並びました。
28ドル(シンガポールドル。以下断りが無ければこの通貨のこととします)だと言われましたが、もらったチケットには22ドルと記載されています。
記入済みのインドネシアの入国カードもいっしょにもらったので、差額の6ドルがそれら手数料だと考えられますが、そういうことを説明なしにやってしまうのが東南アジアの北朝鮮とも揶揄されるシンガポールの会社らしいということかも知れません。
出入国カードの記載なんて簡単なものですし、次回行く機会があれば、絶対によく確認して22ドルだけ払うつもりです。
ちなみにインドネシア入国にはビザが必要ですが、これは到着港でその場で発給してくれ、リゾートよりもダウンタウンの港の方が安いようでした。
シンガポールドルではなくUSドルのキャッシュで10ドルです。

ビンタンのリゾートには1時間かからず着くのですが、シンガポールからいちばん遠くになってしまう、タンジュン・ピナンへは2時間かかるとのことでした。
これは逆に幸いで、機内で3時間ほどしか寝ていなかったので、フェリーでもたっぷり2時間近く眠ることができました。
わたしは、船の揺れに眠りを誘われるようで、それほど眠くなかった帰りのフェリーでもかなりの熟睡をしています。
入国審査はビザ発給レーンがあって、リゾート地でもないので外国人はほとんど乗っていなかったようで、非常にスムーズに進んでいきます。
むしろ入国してから、タクシーだ、ホテルだ、観光だと言ってすり寄って来る客引きの多さの方に閉口させられました。
アジアの洗礼なのですが、前述のように外国人の入国が多くないせいか、ダメもとでしつこく勧誘して来るのです。

銀行のATMでインドネシア・ルピアを入手しながらのんびり歩いてホテルには30分で到着です。
8時半のフェリーで2時間かかり、さらに30分かかったのですが、シンガポールとインドネシアの間には1時間の時差があってまだ10時です。
ダウンタウンまでは無料送迎してくれるというので、即座に町に繰り出しました。
実は、夕方まで食事を挟んでかなりの枚数撮影したのですが、期待していたスーパーアンギュロンをまったく使いこなせず、残念ながら1枚も採用できません。
事前にスーパーアンギュロンとα7の素晴らしい写真を見ていて、同じような写真が撮れると夢想して持参していたのですが、自分の実力を思い知らされました。

タンジュン・ピナンの沖合にペニェンガットという島が浮かんでいます。
小舟で10分の小島なのですが、渡ってみることにしました。
そこでレンズを交換して撮影開始したのですが、昨日からの作例は、ペニェンガット島からのものです。
滞在は2時間ほどでしたが、この島の人々の素朴さがたいへん気に入ってしまい、ここへ来ただけでも今回ビンタン島に来たかいがあったと興奮して歩き回りました。
旅の経緯説明に2日もかかってしまいましたが、移動量の大きな短期間の旅行は備忘録としても書き留めておいた方がよいかと、長々と書かせていただいた次第です。
【Alpha7/Dallmeyer 2833 11cmF4 F4】
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Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/18 Tue

遅到2小時

Dallmeyer 2833 11cmF4
日本人には見えない子どもたちの作例を見れば、どうやらまたどこかに行って来たらしい、しかも中国ではないようだと気付かれた方がいるかも知れません。
バイクが写っているのでまたベトナムかと思われたでしょうか。
残念ですが不正解です。
今回、特に理由もなく、インドネシアを小旅行して来たのでした。

ここ数年間、中国の深圳にだいたい月1回行かなくてはならない事情があってせっせと続けてきましたが、その時にはカメラとレンズを持参して深圳から日帰りできるあたりで撮影して、それを作例と称してブログ上にアップしてきました。
古い町並みが残るようなところを古鎮と、より小規模なところを古村落と中国では呼びますが、そういった村々をひとつずつ訪ねていっては、それなりにその小旅行を楽しんで来たのです。
しかし、ほぼ毎月が何年も続けば新しい行先は尽きてきますし、それ以上に毎回の同じパターンは間違いなく飽きてきます。

昨年の友人との旅行で訪れたハノイが思いのほか良かったので、先月に再訪したのですが、同じやり方で今回はインドネシアに少しだけ滞在してきました。
方法は簡単で、いつもの香港行ではなく、香港経由東南アジア方面行の中から、いちばん安くて何より香港の乗り継ぎが6時間ほどあって、その間に深圳まで行って用事を済ませることができる行き先としてシンガポールがあることに気付きました。

シンガポールも昨年トランジットでちょっと立ち寄ったところですが、わたしにとっては都会過ぎてあまり面白いところではありません。
しかし、シンガポールは都市国家でちょっと足を延ばせば隣国まですぐで、バスに乗ればマレーシアのジョホールバルまで1時間かからないようです。
それも魅力的だったのですが、航路をとればインドネシアの島々に行くことができることも分かりました。
マレーシアにはクアラルンプールやマラッカに行ったことがありますが、インドネシアは未踏の国でしたので、まずはインドネシア行きを選択しました。

ここでも行先候補はいくつかあったのですが、高速フェリーで1時間程度で行けるのがビンタン島とバダム島の2か所です。
バタムが工業開発によって比較的最近栄えたのに対し、ビンタンはそれなりに古い町並みも残るような歴史ある島とも紹介されていました。
躊躇なくビンタンに決定しました。
古い町並みに関してなど検索してもなかなかそういう情報は得られませんでしたが、旅のブログ等でずらーっと写真が並んでいるのを事前に見てしまうより楽しみがあるので、それもビンタン行きを後押ししました。
最悪、古い町はすべて取り壊されてしまっていて見るべきものが無いとしても、ビーチは美しいとあったので、ビールでも飲みながらのんびり夕日でも眺めていられればそれでいいやと呑気に構えます。

さて、金曜日の午後の成田発の便に乗るのですが、その金曜の予報は大雪となっていました。
朝にはすでに地元でもかなりの雪が降り始めていて、先週のニュースで見た成田空港で足止めされた旅客で空港に溢れかえっている映像が思い出され非常に不安になります。
成田までのアクセスが確保できるかという問題と、飛行機が飛んでくれるかというふたつの問題に直面したからです。

実際、東日本橋駅に行くと、直通のアクセス特急の運転を取りやめているとアナウンスしています。
どうすればいいのかと駅員に聞くと上野からスカイライナーに乗れとの回答です。
スカイライナーは動いているのですねと念押しすると、駅員は分かりませんと答えます。
行ってみて動いてなかったら困るではないか確認して欲しいと言うと、少々お待ちをと言って何やら調べ出したと思えば、これが京成線の電話番号ですとメモを渡すのみ。
お客さんの方が電話するのですか、その結果をあなたに教えてあげればいいですか、そう聞きたくなりましたが、
京成線方面の電車が来たので、取り急ぎそれに乗りました。

都営地下鉄でしたので、駅員にあなたは東京都の職員かと聞くとそうですと言っていました。
災害とかこういう悪天候のときに自治体こそが先頭に立って交通状況を掌握するのが当然だと思っていましたが、そういう認識は古かったのかも知れません。
都職員に頼るのではなく、自己責任で自分で確認しないといけないということでしょう。
舛添知事が東京を世界一の都市にする、諸君らもその気概を持って働いてくれと、職員を前にあいさつしたというニュースを聞いていましたが、都営地下鉄では運行状況の確認などは乗客自らが行うことで世界一責任感ある乗客をつくろうという方針を早くも打ち出したということだと解釈するより仕方ありません。

幸運なことにアクセス特急自体は走っていたようで押上で乗車することができ、余裕で成田空港に着くことができました。、
ほっとしたのも束の間、肝心の航空機の方がどうやら遅れているようです。
チェックインするときに2時間ほど出発が遅れるが、香港での乗り継ぎ時間にゆとりがあるので問題ありませんと言われました。
確かにそれはその通りなのですが、2時間遅れだと深圳に行くことができず、本来の用事が済ませられません。
乗り継ぎ便を変更できないか聞きましたがダメで、たいへん困ったことになってしまいましたがどうにもなりません。
完全に南の島のホリデイ旅行になってしまったのでした。
【Alpha7/Dallmeyer 2833 11cmF4 F4】
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Dallmeyer 2833 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/17 Mon

温泉的温泉寺

Ross 11.5cmF4
桜祭りに梅祭りの比重が低くて申し訳ありませんが、梅の作例は昨日の1点だけで終了です。
梅祭りにはかれこれ3回ほど来ていますが、今回も含めて梅をというよりは、ミス熱海を見に来てるというのが本当で、これまでは梅の開花にはいくらなんでもまだちょっと早いという時期に訪れていました。
今回は、数日間気温が高い好天が続いたことで一気に梅が開花したらしく、梅園全体に紅白の梅が咲きほこっているのを初めて見ることができました。

水戸の偕楽園などはもっとすごいのかも知れませんが、桜と比べてぽつりぽつりと咲いているような地味なイメージのあった梅も梅園いっぱいに広がっているのを見るとなかなかの迫力です。
特にエントランスからの緩やかな坂道沿いに梅が並んでいるさまは素晴らしかったですし、当日は霧で白く霞んだ中に梅の花が漂うように見えるところがまた幻想的でした。
一度に桜と梅の満開を体験できるなんて、桜祭りと梅祭りに来ていながらも、願ってもいない幸運です。

梅園から熱海駅までは歩くと30分以上かかります。
路線バスも走っていますが、祭りの期間中は無料のシャトルバスが梅園と糸川を往復しています。
梅と桜を同時に楽しみたいという方はぜひ活用いただきたいと思います。
ただし、わたしたちは歩くのが大好きなので、シャトルバスは利用せず、今日は楽しかったですねなどとおしゃべりしながらゆっくり歩いて駅方面へ向かいました。
帰路は基本的に下り坂なので楽ちんです。

来宮神社を過ぎてから古い建物が並んだ下り坂の途中に、石段を上がった木の門の立派な寺院がありました。
熱海桜が満開に咲いているのも見えているので、境内を覗かせてもらうことにしました。
温泉寺と石標がありました。
熱海で温泉寺とはあまりにストレートで妙に感じましたが、帰宅して調べると温泉寺は名だたる温泉にいくつか存在します。
日光湯元、加賀温泉、下呂温泉、有馬温泉、城崎温背などに温泉寺があるということです。
温泉地巡りならぬ、温泉寺巡りなんて面白いかも知れませんね。

熱海の温泉は、昭和の中ごろには新婚旅行の目的地としても栄えていたと聞きますので、かなり敷居の高い温泉街だったのではと思います。
しかし、その当時オープンした温泉宿は軒並み老朽化の波にのまれ、海外旅行ブームあり、温泉ブームでは鄙びたローカル温泉が人気になって、熱海は凋落の一途をたどりました。
逆に東京から近いという地の利を活かして現在では日帰り温泉が多く存在しているのがわたしたちにはありがたいことです。
ゆったりと温泉に浸かって撮影の苦労と疲れを吹き飛ばさなければいけません。
温泉に浸かっている時間がないという人やカップルなどには、駅前と梅園の中に無料の足湯があるので、ぜひ利用してもらいたいものです。

熱海駅から東海道線で戻るのでしたら、多くの列車が始発なのでぎりぎりに行っても、座ってゆったり帰ることができます。
駅前の商店街ではお土産屋さんがありますから冷かしていってもいいです。
金目鯛のひらきがとても美味しいのですが、とても高くなってしまいました。
アジは安いですが、中にはノルウェー産なんかもあると聞くので、相模湾で獲れたものかを確認いただきたいと思います。

この日、ksmtさんに教えてもらって、持ち帰って食べたらとても美味しかったのが、まる天という店の磯揚げです。
わたしが買ったのは魚のすり身の袋入りでしたが、野菜の天ぷらなどもあってテイクアウトの店なのでその場で食べても美味しいとのことです。
残念ながら熱海ではまだランチがリーズナブルで美味しいというところを知りませんので、次回熱海に来たら、この店で磯揚げ(天ぷら?)をいくつか買って、海辺か公園でビールとともにいただうかなと考えています。

熱海最終回の今日は、何だか観光案内めいてしまいましたが、東京や横浜・鎌倉とは違う風を感じられる熱海が今回の訪問で気に入ってしまいました。
東海道線に1時間も揺られていると旅の雰囲気を感じますし、早川からの社葬の眺めはまさに小旅行の気分を盛り上げてくれるものです。
梅の時だけでなく、混雑するシーズンを外して、時々来てみたいなと、今、考えているところです。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
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Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/16 Sun

梅花也開了

Ross 11.5cmF4
先日、ブログにログインできなくなってしまって、どうにかしようとあちこち見て行ったら、ブログランキングというのがあって自分も参加していたということを書きました。
そのジャンルについてなのですが、わたしのブログは自分のレンズリストを作るのが目的で、それにはたくさんの作例を載せることがレンズを理解するいちばんの方法だと考えて、写真というカテゴリーに登録しました。
写真が大きなカテゴリーですが、ブログ運営者は小さなカテゴリーも登録するように求めていたようで、わたし写真を始めてからずっと使っていたライカでの人物スナップがメインでしたので、考えることなく人物というのを選んでいました。
あえて言うならば、ブレッソンも木村伊兵衛もそのカテゴリーになるだろうと思われたので、そのことを特に気にすることはありませんでした。

ところが、写真の中の人物というカテゴリーはそういうものではなかったのかも知れないと、その後気付くようになりました。
人をスナップするということであればカテゴリーが写真の中の人物であって間違いではないと思われますが、逆から見て、写真の中の人物というカテゴリーから連想するものはといえば、まず先にポートレイトが思い浮かぶのですね。
実際にポートレイトだけを撮ってブログをやっている人はかなりいるようなのです。
そのポートレイトにもいろいろなタイプがあって、率直に言えば女性ヌードまたはセミヌードのブログというのがけっこうあるのです。

写真集ではアイドルの水着とかヌードだとかが売れる筆頭で、スナップ写真集なんて出版されることの方が少ないということを考えれば言うまでもないと思いますが、ブログでも閲覧者が多いのはスナップではなく水着やヌードなのは当然です。
さらにその周辺分野として、女子高生とか盗撮とかモデル事務所とか果てはアイドルの顔とヌードを合成したものまであります。
写真カテゴリーの中の人物カテゴリーのブログのほとんどが人物スナップなどではなく、以上に挙げたどれかだとようやくわたしも気付きました。

高い技術があれば人物スナップでも太刀打ちできるのかも知れませんが、それにしたところで見たいと思う人は限られるでしょうし、実際にわたしのブログは訪問者が他のブログよりも圧倒的に少ないのです。
それなのになぜ、わたしが上位とは言わないものの想定を上回る位置に付けているのかがまったく理解できません。
きっとFC2運営会社の中にオールドレンズに興味を持っている人がいて、順位を操作しているのでしょう。
しかし、そうしてもらったところで、その順位にどんな意味があるのか分かりませんし、もちろんベスト10入りしてもメリットは何もなかったことは
はっきりしています。

さて、熱海の桜祭りを切り上げて、梅園の梅祭りに移動しました。
雨はあがりましたが、まだ霧になってのこって視界を悪くしましたが、逆にそれが幻想的で好い雰囲気でした。
翌週末の大雪がまったく想像できないほど、15度くらいまで気温が上がって、楽しみにしていた足湯に浸かる気が起こらないほどです。
非常に残念なことに、桜祭り会場で桜茶を振る舞っていたミス熱海を梅祭り会場で撮影させてもらう約束だったのですが、午前中の悪天候が原因か梅祭り会場に姿を見せてくれませんでした。

会場には、天気の回復にともなって人出が徐々に増えているようでしたが、桜祭り会場に比べて撮るものがないという状況にあることは否めません。
特に、美人の芸妓さんに対置できる可愛らしいミス熱海が来ないという落胆は小さいとは言えません。
作例は、赤ちゃんと若いお母さん、負けずに若いおばあさん、そして曽おばあさんという、女性4世代揃い踏みの梅観賞している、そんな後姿です。
4世代揃ってというのはわたしの勘違いかも知れませんので、声でもかけられたら良かったのですが、そうやって写真でも撮らせてもらおうか、どうしようなどと思っているうちに通り過ぎてしまいました。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
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Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/15 Sat

美女運動員

Ross 11.5cmF4
ソチオリンピックが始まりましたが、連日盛り上がっているようですね。
冬場はなかなか写真撮影する機会がなくて困りますが、マスコミも冬はなかなか盛り上がることがないので、それを取りかえそうと各社の報道合戦が過熱しているような気がします。
マスコミに踊らされるのも嫌なので、馴染みの競技をじっくり見れればよいのですが、ウィンタースポーツで精通してるものって何一つないんですね。
フィギュアスケートくらいは何とか見られれば良いのですが。

水曜日、9時のニュースを見ようとテレビを付けたところ、ニュースではなくオリンピック中継をやっていました。
競技は女子のカーリングで、この協議は解説が無ければ囲碁のように理解することができず、見ていてもあまり気持ちが入っていきません。
円の中心に石がある方に得点で、相手よりも中心に近い石があれば加点されていくということなので、ばんばん円の中に石を集めればよさそうなものなのに、ガードだといってはずっと手前に石を止めているのに、相手はそのカードをものともせず中心近くの石を弾き飛ばしていきます。
かといえば、中心近くに石を置くと、直後に相手は弾き飛ばして自分の石を残し、その相手もまた弾き飛ばしして
自分の石を残しと、双方が同じことを続けるばかりです。
相手のミスを待つ消極的な戦い方なのでしょうか、よく分かりません。

分からないのが悔しくて、最後まで見てしまったのですが、接線を制して日本チームが勝利したことで、30分遅れでスタートしたその後のニュースでもまた盛り上がっています。
それはたいへんけっこうなことですが、それと同様にけっこうだったのが、対戦したロシアチームの選手がみな美人だったことです。
スポーツ界には美女アスリートがいっぱいるのでそんなに騒がなくてもよさそうなものですが、低い姿勢から石を投じてその動きを祈るような目で追いかけているのが画面にずっと大写しになるので、その美人ぶりを心行くまで堪能できるというのが、カーリングという競技のすばらしさのひとつになっているのです。

一般にオリンピックの団体競技は優秀選手を集めた代表選手によってチームが構成されるのですが、少なくとも日本ではクラブチームの優勝チームがその編成のまま日本代表としてオリンピックに出場しています。
ロシアではどうだったのでしょう。
自国開催のオリンピックに向けてたいへんな強化が行われたとの説明がありましたが、詳細は分かりません。
しかしもしかしたら、ルックスで候補を選抜して長期にわたる特訓をおこない、頭角を現した選手を厳選してチームを編成したのではと考えてしまいます。

日本でも同様の強化策ができるのではないかと考えます。
強化委員長に秋元康氏を招聘し、彼のアイディアで全国から威力自慢や手先の器用な美少女を集めて、20チームほどの美少女カーリングリーグを作ります。
会場では試合後に彼女たちの歌あり、敗戦チームの罰ゲームありで大いに盛り上がり、毎節満員の観客で膨れ上がります。
収益事業も絡めて、集まったお金はボランティアの秋元委員長は手を付けず、カーリング振興基金並びにウィンタースポーツのための費用として広く使われることになります。

カーリングリーグは毎回テレビ中継され、ついには国民的スポーツになります。
もちろん彼女たちがいきなりオリンピックの舞台にたつことはありませんが、代表チームを脅かす存在になりつつあります。
スケートやジャンプ、アイスホッケーではまずあり得ませんが、カーリングならもしかしたら、運が味方することで何十年後かには彼女たちがオリンピックの切符を手にすることがあるかも知れません。
同時に、その頃にはウィンタースポーツ全般で人気が高まって、レベルの底上げが図られ、冬場雪に閉ざされた町が活気付くなど、国内の動向にも変化が表れてきます。
また、カーリングは子供からお年寄りまで楽しめるスポーツとして、国民の健康増進に寄与したではありませんか。
首都圏でもブームになったので、東京に大雪が降っても転んでけがする人もいなくなるほどです。
もはや、オリンピックのメダル云々ではなく、みんなで楽しんだうえに国民医療費が激減したことで、背後でシナリオを練った舛添要一都知事も東京を世界一の都市にできたと大満足しています。

カーリングのロシアチームとの対戦を見て、ついついくだらない空想をしてしまいました。
冬季オリンピックでは雪の降らない地方の人々にとって馴染みのない競技が多くて今一つ関心を持てないということがあるかと思いますが、ちょっとしたことが原因で見たことが無かった種目に興味を惹かれて、そこには人気の女子フィギュアやスキーのジャンプと同様の選手たちの努力や偶然のドラマを知って、より惹きつけられるということがあるだろうと思います。
わたしのような歪んだ見方でもオリンピックを楽しんでいると言えなくもないでしょう。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/14 Fri

要不要鏡頭

Ross 11.5cmF4
熱海に行ったの翌週土曜日の雪はものすごくて、翌日曜日の午前中にご近所で雪かきをするまでは外にも出られない状態が続きました。
熱海では雨を嘆きましたが、1週後だったら出掛けることもできなかったはずなので、まあ良しとしないといけません。
何しろ南関東は45年ぶりの積雪だというので、言い方を変えて、ほぼ半世紀来の大豪雪だと言えば、いかにすごかったかが理解できないでもないですね。
気象庁はニュースを通じて不要不急の外出は避けるようにと強調していましたが、あれでは言われなくても外出できないということが分かりました。

不要不急といえば、それはわたしの常日頃言い聞かせている言葉でもあります。
すなわち、不要不急のレンズは買わないように、です。
オールドレンズは、すでに製造が終わってしまっているものですから市場に出てきたときには、無理してでも買っておかないと次にいつ巡り合えるか分からないという意識が働きます。
また、価格が相場より一定程度安いと、どうしても欲しいというレンズでなくても買っておくかという衝動が起こりやすいということもあります。

幸いと言うべきか、オールドレンズ価格は人気のあるものは特に値上がりがひどいですし、安倍首相が大企業優遇政策をとってくれたおかげでかつての20%以上の円安になったこともあって、買わなくても良かったかというレンズを買ってしまう機会は減りました。
それでも、ペッツバールは極端に製造数が少ないものですから、使えると思ったレンズが出てくるとついつい手を出す癖が抜け切れず、不要不急のレンズを手に入れてしまうばかりか、不眠不休でペッツバールを探すようなことまでやってしまうのです。

熱海にはロスのペッツバール1本のみ持参したと先日書きましたが、理由はほかでもなく、不要不急のペッツバールを3本も買ってしまって、うち2本をksmtさんにマウント改造してもらうために持参していたからです。
その2本をバッグに入れるともう目一杯になってしまい、ロス以外のレンズを持って行くことができませんでした。
2本のレンズでいっぱいになってしまうというのはどういうことかと言えば、レンズが2本とも大きかったということであり、焦点距離も長いということを示しています。
1本は200mmですし、もう1本も120mmほどのようで、こんなに長いレンズばかり買う必要はあるのかと反省するばかりです。

明らかに不要不急でないレンズでしたが、200mmの方はたいへん珍しいレンズでしたし製造番号も面白く思わず手に入れてしまいました。
120mmはそのショップで同時に販売されていたレンズで、いっしょに買えば送料がかからないのだからいいかとオーダーしてしまった不要不急度のかなり低いペッツバールです。
いずれksmtさんがサイトの中で紹介してくれると思いますので、ここではレンズ名等は出さないことをご容赦ください。

さて、今日の作例ですが、熱海桜とガス灯を写したものです。
桜祭りを写しに来たと言いつつも桜の写真がなかったことと、珍しいガス灯があることを紹介したくてこの作例を選択してみました。
ガス灯とのプレートが貼られていましたが、一見するとガス灯風の電気の明かりのように見えていたのですが、日本ガス協会のホームページに全国のガス灯が一覧紹介されていて、熱海のガス灯も掲載されていて本当にガス灯だったのだと確認できました。

そのガス灯にピントを合わせていたのですが、そこにに少女が通りかかったことで、ガス灯だけでないいかにもペッツバールらしい作例になったのが気に入りました。
少女をあえてぎりぎり下部に入れたことで、例の像面湾曲により彼女の方にもピントが合ったような作例になったのです。
実験的な試みでしたが、思ったよりも成功したと持参してしまいます。
後ボケになった熱海桜の美しさも伝わっています。
静岡県では熱海よりも河津桜の方がずっと有名ですが、熱海の方が先に咲くようですし、本数では負けますが美しさということでは引けをとらないと思います。
もし今週の日曜日に行けば、桜と雪の取り合わせも見ることができたのでしょう。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/13 Thu

頻閃撮影

Ross 11.5cmF4
前にちらっと書きましたが、ブログにログインできない事態になりました。
香港空港でブログ更新のためログインしたのが原因で、海外から不正アクセスの可能性ありとみなされて一時的にアクセス権を凍結されたということなのですが、当初は理由が分からずブログ管理者画面の隅々までチェックしなければなりませんでした。
今まで見たことがないところを見て廻ったことで、それまで知らなかった新機能を発見したかと言えばそんなこともなかったのですが、これってどういう意味だろうという機能があることに気付きました。
ランキングです。

わたしがタダで利用させてもらっているFC2ブログの中での自分のランキングが確認できるという機能で、所属する「写真」のカテゴリーとその中の「人物」のカテゴリーのそれぞれの自分の順位が表示されます。
わたしのブログはレンズのご託ばかりで、sha-sindbadさんと合わせて2大不人気ブログとの噂ですが、写真ブログ19000人中150位くらい、写真/人物ブログ2600中15位くらいにランキングされているのです。
先日は、写真/人物ランキングでベストテン入りまで果たして、どうしたことかと驚いたのですが、そもそも何を基準にランクが決まっているのか説明がなくて分からないのです。

ブログでランキングといえば、訪問者の数だとで決まるのだと考えられますが、わたしのブログの訪問者数なんてたかが知れたものですし、わたしより下位のブログでも1日訪問者500以上というブログが存在しているのです。
その他、ランキングを決する沃素はあるのか考えましたが思いつきません。
訪問者が少なく、拍手というのもほとんどなし、とすれば文章の長さということでしょうか。
そうであれぱ、今日からでも文章量を倍にしてやるんですけれど。
女子モーグルで銅メダルの選手がバランスを崩したのに上村愛子選手より高得点だったことが話題になっていますが、一般には知られざる得点の秘密がブログの世界にもあるのでしょうね,


さて、今日の作例はおとといからの熱海の美女が続きます。
着物のモデルのような雰囲気の彼女は、ksmtさんのかなりのお気に入りのようで、www.ksmt.comの中で5枚も写真を使われています。
同一人物が5枚というのは、同サイトの新記録ではないかと思います。
気持ちの入り具合が分かりますね。

そのksmtさんは、悪天候対策としてストロボを用意されていました。
どんよりとした天気であればもともと光を補ってやる必要がありましたし、雨降りになってしまったので傘をさしている状況では絶対の力を発揮しています。
わたしはコンパクトレフ板を持参していましたが、さすがにレフ板を構えたままの撮影はできません。
もともとライカから写真をスタートしたのでストロボとは無縁で、使用したことはないですし、そもそも使い方が分からないくらいです。

作例では、傘の影で顔が暗くなってしまったので、顔が適正露出になるくらいオーバーにしたのですが、白っぽかった着物が見事に飛んでしまいました。
顔や髪も傘の赤い色がかぶってしまっています。
こうなるとストロボが必要となってくるということですね。
しかし、ストロボにも問題があって、直後が壁だったりすると人物の影がそのまま出てしまうと、これはksmtさんが教えてくれました。
もちろんスナップには不向きという問題もありますし、そもそもシャッターがなかったペッツバールの時代にはストロボなんて存在しなかったのだからということも考えないといけません。
雨の日や暗い室内ではペッツバールは使わない、が正解かも知れません。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(4) | 2014/02/12 Wed

櫻花二輪

Ross 11.5cmF4
先日、以前よく利用していたイギリスの中古カメラ屋さんのサイトを久し振りに覗いてみたら、コンタックス用のトポゴン25mmF4が売りに出されていました。
日本円で14万円でしたので、現在、金欠に苦しむわたしにはとても手の出るものではなかったのですが、トポゴンというと20万円以上するというイメージがあったので、買うことはできないまでもしばらく気になっていました。
数日経って同じサイトを見てみると、やはりというべきかトポゴンは売れてしまっています。
もともと買う気はなかったのですが、本当は欲しいレンズでもあったので、売れてしまい残念という気持ちとホッとしたという気持ちが相半ばして、何とも言えない感情が沸き起こるのを感じます。

トポゴンには有名なコピーレンズがあるのはよく知られていますが、それらはどうなんだろうと検索してみました。
まずはニッコール25mmF4ですが、こちらは製造本数がもともと少ないことで知られている上に、信者の多い日本光学製ですのでトポゴンよりも高いく、ましてや手が出ません。
オリオンなんてのもありますがそちらは無視して、キヤノン25mmF3.5が見てみますと、7万円台のものもありますが、探すと3万円前後あたりでも出てきて、トポゴンやニッコールに比べてずいぶんとリーズナブルです。
キヤノンのレンジファインダーレンズの評価が高く無いこととか製造本数が多くて市場によく出てくるなどの要因があるからということなのでしょうが、性能面ではどうなのかがちょっと気になります。
キヤノン25mmF3.5は曇りやすく、それと気付かずコントラストが低いとの評判がたつなどの不運があった、などと書かれたサイトを眼にしたからです。

そもそもなぜキヤノンだけがF4ではなくF3.5なのかが不思議で構成を確認すると、一般的なトポゴンタイプの4群4枚ではなく、後群にさらに平面ガラスのようなものが置かれた5群5枚でした。
これを見てすぐに思い出したのが、ペッツバールの改良型に用いられたフラットナーです。
ペッツバールの最大の弱点は像面湾曲でしたから、画面全体が平面になるよう中心より周辺が肉厚な補正レンズを焦点面近くに置くことが20世紀になって流行したのですが、その補正レンズが像面フラットナーと呼ばれていてレンズによっては平らなガラスのように見えるのです。

しかし、トポゴンは歪曲がないことで航空カメラ用に採用されたレンズですので、像面湾曲も補正しなければならないほどあったとは思えません。
キヤノンのサイトに構成図が出ていましたが、やはり5枚目のレンズの周囲は肉厚ではありません。
解説にも5枚目の役割については触れられていませんが、トポゴンやニッコールの構成では1・2群目と3・4群目が完全に対称に見えるのに対して、キヤノンでは3・4群目が明らかに大きいので、そのことと関係があるということでしょう。
ニッコールがトポゴンのコピーながら同じスペックだったので、キヤノンではより明るく改良して周辺光量落ちが少ないレンズにしようとして上述のような構成になったということではないかと想像します。

像面フラットナーの採用だとしたら、トポゴンとペッツバールの接点を見つけたと興奮するところですが、残念ながらそうではなさそうです。
最安で28000円のキヤノン25mmF3.5を見つけていて買おうかしらと悩んだりもしましたが、上記の後群追加がトポゴン改良ではなく改悪ではないかと思えて来てしまい、欲しかった気持ちがすっと覚めました。
良かったかも…。

さて、熱海桜祭りの芸妓さんの歌と踊りは期待通りすばらしかったうえに、芸妓とは芸達者ではあるが年齢はちょっと上の女性というイメージをもっていたので、若くてきれいな芸妓さんの舞いに、わたしはすっかり舞い上がってしまいました。
ペッツバールで撮影していると、昨日と今日のような作例さえ撮れれば、わたしにとってはもう十分過ぎるくらいです。
熱海の糸川は、わたしにとって祗園のような空間に感じられました。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(8) | 2014/02/11 Tue

紅和服

Ross 11.5cmF4
今日からは日本に戻って、先週の日曜日にksmtさんと出掛けた熱海の梅祭りのときの作例を出させていただくことにします。
おもしろいことに、同時に早咲きの熱海桜祭りも開催されていて、梅と桜の両方を市内で楽しむことができます。
もちろん、花を見に行くのですが、撮影に関して言えば、梅祭りにはミス熱海の撮影会があり、桜祭りには芸妓撮影会があるので、むしろそちらの華の方を楽しみたいと考えています。
ポートレイト撮影となるとペッツバールということになりますが、今回は、お正月の徽州の旅に持参したロスのペッツバール1本で臨むことにしました。

熱海まで在来線で行こうとすると、東京からほぼ2時間かかります。
実はわたしの住む藤沢はぴったりその中間に位置していて、1時間の行程になります。
2時間ずっと電車に揺られてだとかなり遠いと感じるので、新幹線を利用した方がよさそうですが、それだとせっかくの熱海なので温泉の宿に1泊したくなるでしょうか。
いずれにしても横浜あたりくらいまでが、熱海にさっと日帰りするというイメージかも知れません。

先週の土曜日が関東は45年振りという記録的大雪ですっかり忘れがちですが、その前の週の週末はとても暖かかった反面、日曜日は大雨になってしまいました。
重たいペッツバールの撮影では傘をさしながらというのがことのほかたいへんなんです。
ただ、予報から大雨だったせいで、お祭りの会場が空いていたのはよかったかも知れません。
主催者の皆さんには残念だったと思いますが。
雨はともかく、ここのところの気温の上昇でそれまで梅は1分咲きだったものが桜ともども一気に開花したようで、いずれも見ごろを迎えていました。
気温が高くて大雨は、子会に限っては良かったんだか悪かったんだか一概に言えない状況だったということですね。

まず足を向けたのは桜祭りの会場糸川です。
熱海駅から西方向へ歩いて15芬くらいでしょうか、言われないと見過ごしてしまうような細い川があって、その両岸に熱海桜が咲いていました。
糸川とは言い得て妙なネーミングで、絹糸のように頼りなげな細さですが、その左右に桜があると桜の屋根のようで名前ともども風情ある小さな桜の名所だと感心します。
ただ、周りは温泉街の中の歓楽街のようなところなので、そこは裏の桜の名所100選的な位置づけになってしまうかも知れません。
近くの温泉宿に泊って、人も寝静まった深夜に、浴衣のまま人には言えないお相手とこっそり夜桜見物というのが似合いそうです。

そういうロマンスとは縁のないわたしは、桜祭りを遠くから見ていた着物の美女をこっそり撮影して満足するしかありません。
祭りのステージで芸妓の歌と踊りの披露があって、彼女はじっとそれを眺めていたのですが、わずかの時間だけ表情を変えていた時があって撮影したものです。
歌が良くてぐっと見入ったのか、まずくてあっと反応してしまったのか、わたしにはその理由は分かりませんでした。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/10 Mon

大国的影響

Vallantin 7cmF3.5
ハノイの旅の最終回は、ぜひフオンの写真をと思っていたのですが、本人に無断というのは失礼かなと思いやめました。
いまベトナム正月のテトの休暇で帰省中なのですが、実家の村にはインターネット環境がなくてメールできないのでご免なさいとのメールを最後に只今音信不通中です。
最後のメールには2月末ごろハノイに戻ると書いてありましたが、好いお正月を過ごせたのか、戻ってからまたメールをくれるのか気になるところです。

ところで、ハノイは中国語で河内と表記します。
北京語読みでは、ホーノイのような発音になりますが、ハノイと聞こえなくもないので、倫敦とか伯林のような音訳なのだと思っていました。
しかし、ベトナムは中国と隣接した国であり、日本や朝鮮と同様に漢字が使用されていました。
現在のようなローマ字表記が一般化したのは20世紀になってからで、漢字表記を廃止したのは第二次大戦後のベトナムの独立後のことだと言います。
若い人はもちろん、一般には中国語や日本語の学習者以外、ベトナム人で漢字を理解する人はまったくいなくなってしまったようです。

ハノイはベトナム語でも河内と書いたこと知るきっかけになったのは、フオンの家で会った建築学科の大学生が、ハノイはホン・リバーの内側に町があったことに由来していると教えてくれたことでした。
そこで、わたしがリバーがハで内側がノイかと聞くと、よく分かりましたねと答えるので、漢字で書いたものがそのままその意味になるからと教えてあげました。
漢字が表意文字だということは知っていた彼は、なるほどと感心し、日本と中国の関係が、かつてのベトナムと中国との関係と同様だったということに思いを馳せているようでした。

ハノイの町には古い建物が残っていますが、フランスのコロニアルスタイルのものと並んで、門に漢字が書かれた現地式のものもいくつか見ることができました。
それまで、これらはフランスに対抗して中国の建築家が建てたものだと思っていましたが、戦前のベトナム式だということだと合点がいきました。
フランスが聖堂まで建てているのでキリスト教徒も多いハノイですが、仏教寺院の数はずっと多く、わたしが知り合った人はみな仏教徒でしたし、わたしは若いお坊さんとも知り合ったことは前に書いた通りです。
タクシン氏は中国系と聞きますし、タイ語の漢字との関わりは知りませんが、中国に隣接する国はかつての中国の影響を大きく受けていることは間違いないようです。

さて、夜に写したフオンよりも、ちょうどよい写真がありましたので、そちらを本日の作例とさせていただきます。
ハノイをひとりで散策して戻ろうとしていた時、恥ずかしながら方向を見失ってしまい、どんどんと遠ざかってしまっていました。
市街に戻ろうとしているのに、風景はじょじょに郊外感が漂い始めてきて、ようやくそれと気付いて近くにいた綺麗なお姉さんに道をたずねました。
やはり方角が反対で、来た道を戻るように言われます。
礼を言って戻りかけると、あなた日本人でしょうとけっこう上手な日本語で声をかけられました。
あれっ、日本語ができるんですか、それではぜひともお友だちにと言おうとしたのですが、写真1枚撮らせてもらったところでバイクでどこかへ行ってしまいました。
あれだけ日本語がうまければ、もう日本人の友だちなんて間に合っているのでしょうね。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/09 Sun

魅力河内

Vallantin 7cmF3.5
ハノイを再訪した理由はフオンに誘われたからだと書きましたが、いくらわたしでもハノイ自体に魅力がなければ行くのをためらっていたと思います。
ではハノイのどこが魅力かといえば、表面的には物価が安くて滞在費が中国よりも抑えられることがありますが、積極的な理由は町歩きが楽しいということに尽きます。
路地に個性があって、ローカルの人たちが旅行者にうまい具合に接してくれるのです。
人の接し方というのはそれぞれの国や地域によって違いがあるものだと思いますが、この部分では中国よりもずっと良かったように感じられました。

ハノイの町並みはほとんどの建物が2階建てか3階建てで、個性も上の方まで延びていると感じます。
まずは主人公の人がいて、その背景たる建物群も同時に捉えたいとなると、広角レンズでぐっと人に寄るのがベターです。
数か月前にハノイに滞在してそのことは感じていたので、広角レンズも持ってきていたのですが結局は使わずじまいでした。
ハノイのある北ベトナムは19世紀には仏印と呼ばれて、フランスが植民地として開発し、同時にいろいろな文化がもたらされました。

それを意識して持ってきたというわけではありませんが、今回のシリーズですべて使用レンズがヴァランタン7cmF3.5なのは、どうしても同じ19世紀のフランスレンズで撮り進めたいと考え続けたからでした。
そうするメリットはたぶん何もありません。
しかし、19世紀の建築がかなりの割合で残り、バイクこそ町に溢れているもののあまり近代的に進展したとも思えない町を撮影して歩くには、このレンズほどの適任はないと思えました。
19世紀後半、遅ればせながら我がフランスもアジアに植民地を持つに至ったので、その様子を取材するよう指令を受けた記者が、すでに時代遅れになった愛用の国産ペッツバールタイプレンズを付けたウッドカメラを手に、使命感に燃えながら町並みを徘徊する姿を空想しながらあちこちスナップするのはとても楽しいことだったのです。

カメラはキヤノンの一眼レフを使っていたのに、わたしと同じように撮影しているのではと直感できる西洋人の男性がいました。
歳は50前後でしょうか、割合と小柄な体にはスリムなジーンズとカメラマンウェストがよく似合っています。
カメラの構え方やその目付きの鋭さは職業写真家的な臭いがありました。
観光用の写真撮影か取材かでやってきたもののハノイの面白さに魅せられて、オフのこの日ひとり町に出て趣味の撮影を楽しんでいるように見えてしまうのです。
わたしは自分のことを忘れて彼が撮影する姿を見入っていましたが、やがてそれに気付いてこちらの方を睨んだように見えましたが、わたしが持っていたカメラのレンズに気付いて、また笑い返したかのようにも感じられました。

別の場所では、歩いていた時に「ハイ!」と西洋人女性から声をかけられました。
わたしが通り過ぎようとしたカフェからで、彼女はオープンなスペースでコーヒーを飲んでいてわたしがへんてこなレンズで撮り歩いているのが気になって呼び止めたようです。
カナダ人だという20代後半に見えるその女性はさっそくレンズのことを聞くので、わたは得意になって説明を始めました。
ところがフオンとはブロークンながらもどうにか英語でそれなりにスムーズに会話できていたのに、相手がカナダ人美女となると気負ってしまうのか、なかなかうまく説明できません。
その不器用加減がかえって彼女の好奇心を募らせたらしく、話はニエプスの写真史の始まりから延々と続いてしまい、どれだけ理解してもらったかは分かりませんが、少なくともわたしがこんなレンズで撮影している理由だけは分かったと言ってもらえました。

逆に彼女のことを聞くとずっとここに座ってひたすら道を眺めながらコーヒーを飲んでいるだけだとのことでした。
町を楽しむのは何もわたしのように歩き回らなければできないことではなくて、定点観測的にじっと1か所で過ぎ行く人々と時間とを追っていてもできるのだと教わることになりました。
あの場面では絶対に、隣にかけてもいいですかと言って自分もコーヒーを頼み時々話でもしながら、道行く人々を撮影しているべきだと、今になって後悔しています。

先日のニュースで気になる話を聞きました。
ハノイでは、地下鉄の建設が始まっていて、何年か後にはバスに代わる交通手段としての地下鉄が数路線営業開始するのだそうです。
土地の値上がりとか、利権とか、再開発とか、これまで世界中の街並みを破壊してきた嫌な言葉が、ニュースを見るわたしの頭を駆け巡りました。
今あるハノイは数年後には生まれ変わってしまうかも知れず、その時にはもう訪れたいという魅力も残っていないような気がしてなりません。
かと言ってそれを止めることは誰にもできないのではないか、今がラストチャンスなのではないかと思えてならないのです。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/08 Sat

河内的幼児園

Vallantin 7cmF3.5
ハノイの観光名所のひとつに20世紀初頭にフランスによって建設されたオペラハウスがあります。
コロニアル建築が多く現存するハノイでも、いちばんの規模と風格を持つ建築で、しかも大きなロータリーに面しているため全容を眺められるため、その美しさはいつでも堪能することができます。
ここを本拠とするベトナム国立交響楽団の音楽監督は日本人の本名徹次さんで、2010年にはハノイ建都1000年を記念してマーラーの一千人の交響曲を演奏したというので、定期演奏会でもあればぜひ聴いてみたかったのですが、残念ながら日程が合いませんでした。

その本名さんのことを調べようと検索すると、普通にプロフィールも出ていたのですが、それとは別に読まなければよかったと思うような恐ろしいことを指摘しているところもありました。
情報を鵜呑みにするわけにはいきませんし、真実かどうか確かめるすべはないのでここに書くことは遠慮しておきますが、もし本当ならば、いま話題になっている作曲家のゴーストライター問題と少し似ていて、しかもよほど事態は深刻です。

クラシック音楽の評価というのはたいへん難しく、ましてや現代音楽となるとそれは専門家の領域でしょう。
コンクール優勝とか評論家の買収とか自身について詐称とか、どうせ音楽のことはみんな分かりやしないのだからと考える個人や組織があったとしても不思議ではありません。
ゴーストライター問題はもちろんですが、現代音楽のグレーの部分についても、音楽業界が動くことで明らかにしていってほしいものです。

全然ハノイとは関係ない話になってしまい、具体的なことにも触れられず申し訳ありません。
オペラハウス付近を歩いているたら、どうしたことか建物の敷地内に日本の鯉のぼりが見えてきて、思わず足を止めてしまいました。
警備のおじさんがいて立ち入り禁止と言われたのですが、鯉のぼりのことを言ったらあなたは日本人か、それならとせうぞと中に入れてくれて、何か作業する女性たちに紹介してくれました。
英語ができる女性がいて説明してくれたところによれば、ここは幼稚園ですが北海道の幼稚園と交流事業を続けていて、来週その催しがあるので準備をしているのだとのこと。
鯉のぼりを何匹も泳がせ、手製の桜の木を立て、ステージではベトナムの音楽に合わせた踊りとともによさこいも踊ってみせます。

コンサートでいえばゲネプロに相当する通し稽古だったのでしょう、みな30代、40代と思われる先生たちの踊りは意外にも洗練度が高くて振り付けも面白く、思わずずっと見入ってしまいました。
オペラハウスの傍の幼稚園といえば、きっとお金持ちの子女が多く在籍して、教育も厳格であることが予想されます。
ふだん厳しい先生が国際交流の場でなんちゃって踊りでは子どもたちに示しがつかないので、鬼のような特訓をしたに違いないなどなど、無理やり座らされたステージ前中央の園長先生の隣の椅子でじっと考え込まされてしまいました。

小さな幼稚園でしたが、先生はなぜか20人以上もいて、しかもみんな女性ですから最初はドギマギしてしまいましが、さすがにみんなに優しくしてもらって生徒にでもなったかのような気分です。
ずっといたかったのですが、夕方にフオンと待ち合わせしていたので、残念ながらもう立ち去らなければなりません。
みんなで記念写真を撮ってから引き止める先生たちに別れを告げて立ち去りました。
交流会本番での踊りは、きっと日本から来た先生たちを楽しませたことでしょう。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/07 Fri

河内的徠卡

Vallantin 7cmF3.5
いきなりですが、今日の作例のお店が何屋さんか分かりますでしょうか。
ミシンを動かす若い男性の周囲にはカラフルな糸や生地が並んでいて、服の仕立て屋に見えないではありません。
しかし、それにしては洗練された感じがなくて、服を作りたいと思わせる雰囲気は皆無です。
壁にかけてあったり、上から吊るされている物を見ればピンと来たかも知れませんが、答えは、バイクのシートカバーを縫製してくれるお店でした。

なぜ、バイクのシートカバーを特注するのかがよく分かりませんが、たくさんあるバイクの中から自分のを見分けるためなのでしょう。
かなり派手なデザインのものもディスプレイされていて、バイクのシートで個性を表現するような潮流が現れてきているように思いました。
日本なら既製品の方がずっと安いので、オーダーするということは多少お金を積んでもオリジナルのものを持ちたいのだということを意味しますが、人件費の安い国では作ってもらった方が安上がりなうえに自分だけのものをつくってくれるのですから羨ましい限りです。
ここなら、α7用のケースを作成してくれるかも知れませんが、素材は革ではなく布になるでしょうか。

カメラ屋もあるかも知れないと思い探しましたが、旧市街に1店舗が見つかっただけでした。
小さなお店でフィルム時代の日本製一眼レフが雑然と置かれていましたが、ライカM6もぽつんとあったのが印象的でした。
あまりに不釣り合いな1台だけのライカは、もしかしたら旅行者が使っていて盗難にあったのではと想像しました。
ハノイでもPCやスマートフォンが普通に売られているのを目撃しましたので、わざわざフイルムカメラを欲しがる人がいるとはは思えません。
M6は永遠にこの店のディスプレイケースに置かれ続けるように思えてなりません。

8年くらい前にホーチミンを訪れたときは、露店の中古カメラ店を見つけました。
売られていたのは友好国だったソ連のキエフやコピーライカに東独のペンタコン製一眼レフなどです。
1980年頃であれば珍しくもあったかも知れませんが、すでにソ連が崩壊して何年も経っていては日本でも簡単に手に入るものばかりです。
値段を聞いても日本とほとんど変わりませんでしたので、これは永遠に売れないのではないかと、当時も同じことを考えて心配したことを思い出しました。

そのとき同じような露店ではベトナム戦争に関連した品々が多くを占めていました。
特に米兵の遺品と言われたジッポーのライターはいっぱい並んでいて、そのほとんどに恋人の名前とか詩の一節とか反戦のメッセージとかが刻印してあったのです。
当時のアメリカ軍の兵士の間にはお守り代わりにジッポーにそんな刻印をしてもらうことが流行っていたようなのですが、露店に売られていたもののほぼ100%がフェイクだろうと言われていました。
いまのホーチミンではまだ売られているのか分かりませんが、さすがにハノイでは一度も見かけることはありません。

今回も特に買うものはなかったかと言えば、到着したその夜にハノイでの生活必需品を買ったことを思い出しました。
天秤棒で歩きながら商売していたおばさんから買ったのは、布のマスクです。
15000ドンでしたので日本円で75円くらいと予想より高価だったのですが、空気の汚れたハノイでの必需アイテムになってくれました。
日本で売られている立体型の不織布マスクに近いデザインで顔にうまくフィットして着け心地は悪くありません。

ただ、ハノイではバイクに乗る人が着けるもので、徒歩で使用していたのは旅行者くらいのものでした。
それに女性の方が装着率が高いため、売られているのも女性用のおしゃれな柄のものの方が主流で、男性用に気に入るようなデザインがないのが残念です。
作例写真の店でオーダーメイドすればよかったかと、今になって後悔しています。
ニューデリーの大気汚染が北京よりひどいとの報道を先日見ましたが、将来ハノイまでがそうならないことを願うばかりです。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/06 Thu

法国餐庁再訪

Vallantin 7cmF3.5
友人に、前回のハノイ滞在でのいちばん良かったことはと聞くと、最後の日のフランス料理のディナーだと彼は言いました。
半分は冗談でしょうが、むその答えには納得できるものがあります。
久し振りに食べるフレンチはとても美味しかったですし、古い建物と家具調度の中という雰囲気も最高でした。
しかし、何より良かったのは、3人のウェイトレスが給仕してくれたことで、3人が3人とも大学生のアルバイトで、かつとてもとても美人だったからでした。
ハノイの滞在で見かけた美女ベスト3はと聞かれれば、友人もわたしもこのレストランの3人のウェイトレスをあげるでしょう。

またあのフランス料理のレストランに行きたいと思っていましたが、さすがにフオンを伴って行くのには抵抗があります。
何かのはずみに、この人前回来た時にわたしちの写真ばかり撮っていたのよー、などとフオンに告げられては面目丸つぶれです。
ましてや、あの時の写真はことごとく失敗だったのですが、だからといってフオンの目の前で彼女たちの写真をさらにパシャパシャ撮るという訳にはいきません。

アオザイ美人ウエイトレスたちの目と鼻の先まで来ていながらみすみす、会いに行くことができないとはと残念な気持ちでいたのですが、この日はフオンが夕方まで来れないと聞いて、ランチはあのレストランでと即決しました。
彼女たちは大学生なのでランチタイムにはいない可能性がありますが、その時は純粋にフレンチを楽しめばいいやと考えました。
と言いつつも、実はまた別の美人女子大生がいるかも知れないなどと、かなりの期待を抱いて店に向かいました。
今さら言っても仕方ないですが、昨日書いたホアロー収容所はホテルとレストランのちょうど中間点にあったので寄り道したということなのです。

ランチは11時から始まるとリサーチ済みで、ランチ時は忙しくてウェイトレスにかまってもらえない可能性があると考えたわたしは、11時きっかりに店に入る計画でした。
地図にレストラン位置をチェックしていたので道に迷うことはないはずですが、事前準備してうまくいった試しかないわたしはやはり迷子になってしまいました。
シックな洋館のレストランとしっかり記憶していたので絶対に迷わないと信じていたのですが、まったく気付かずに店の前を素通りしてしまったのです。
前回夜に行ったので重厚かつシックな洋館とイメージしていたのが間違いで、実際にはモダンにリノベートされた外観は明るく瀟洒で眼中にないとばかり見過ごしました。

そして、地図の位置を間違えたかなと周辺をぐるぐる歩いて出くわしたのが中学校でした。
ジャージを制服替わりにしているのは中国式で、かつて女の子はみなアオザイが制服だったことを想像すると残念でなりません。
中学校ではまだバイクの免許は取れないと思うのですが、なぜかバイクでやって来た女の子がいて、思わず撮影してしまいました。
このあたりは各国大使館があったり高級住宅地でもあるようでしたので、社会主義のこの国では両親の力で中学生でもバイクに乗れてしまうのかも知れませんね。

1時間以上も歩きに歩いて、ようやく見つけたレストランはランチの書き入れ時で、そこそこの混みようでした。
やはり美人女子大生トリオはおらず、ぽっちゃり女性と男子大学生が給仕にあたってくれるという展開でした。
これも想定の範囲内と考えながらも、カモのパテやら生ハムやらに舌鼓を打つことができたのが幸いでした。
しかし、満腹になって店を出ようとすると、幸いでもなんでもなかったことに気付きました。
3人の美人のうちのひとりか1階のフロアで忙しそうに駆け回っているところに、ばったり出会ったからです。
彼女はわたしのことを即座に思い出したようで、あっと小さく声をあげて、ハイとあいさつしました。
ただ、それだけで、あまりの忙しさに簡単な会話さえできないという状況のようです。
彼女が受け持っていたのは日本から来たおばさんたちの団体でしたが、誰ひとりとしてこんな美人からサービスを受けていることに関心を示していないようだったのが残念でなりませんでした。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/05 Wed

法国的断頭台

Vallantin 7cmF3.5
ホテルから歩いておよそ30分、ハノイの町のど真ん中にホアロー収容所跡があります。
建築学科の彼が第一に推したのがここで、かつて刑務所だった施設が建物の形状を活かして博物館として公開されているということでした。
牢獄を見に行ってもなあと、当初はそれほど乗り気ではなかったのですが、ここに足を踏み入れたのは大正解でした。
ベトナムの近代がすべて凝縮されているような空間だと感じられたからです。

ベトナムに進出してきたフランスが19世紀末にコロニアルの様式で建築したホアロー刑務所は、植民地支配に反対するベトナム人活動家の収容を目的にその歴史をスタートさせたのだと思います。
第二次大戦では日本軍がベトナムに進行してフランス人捕虜を収容し、あるいは敗戦によって日本人捕虜が収容されていたのかも知れません。
ベトナム戦争では米兵の捕虜が収容されていて、展示されていたそれら写真やビデオを見ることができます。
さすがに写真の展示はありませんが、南北統一後の労働党政権では数多の政治犯がここに集められていたことでしょう。

映画や実話などでしばしば刑務所からの脱出という話を観たり聞いたりします。
穴を掘ったり、食器を持ち帰ってのこぎりに改造したり、面会の助けを借りたり、看守を買収したり…、刑務所というのは脱獄のためにあるのではと錯覚するくらいですが、わたしが見たホアローの建物や服役囚の展示はそれら可能性はなくただ絶望を感じさせるだけだと思わせます。
扉はチェーンソーでも歯が立たないような金属の分厚いものでしたし、鍵は金属の塊です。
服役囚は両足を床に固定された足かせに繫ぎとめられていて、身動きするたびに足に痛みを感じたことでしょう。

作例に写っているのは、フランスから輸入されて実用され続けたというギロチンです。
そう書かれているのを見て、わたしは恐怖で後ずさりしてしまいましたが、やはり何人かの人も同じような行動をしていたのですが、中には作例の少女のようにうっとりと(?)見入っている人もいました。
ベトナム人であるこの女性には、この装置で命を落とした人々に対して目を背けてはいけないとの思いがあったのでしょうか。

ところで、このギロチンを発明したのは装置に名を残すフランス人のギヨタンで、死刑を広めて何人もの人の首を落とした挙句、皮肉なことに最後は自らがその処刑装置によって葬られたと本で読んだ記憶がありました。
残酷な発明をした人が悪魔が最後には殺された人々に復習されたのだというイメージを伴っています。
しかし、ギヨタンを調べると実際には話があべこべだったので、面白いなと思いました。
医師で博愛主義者だったギヨタンは、むしろ死刑制度に反対していたというのです。
むしろ死刑制度を段階的になくすために、まず苦痛の無い死刑執行のための装置の制作を議会に提案して、その設計は楽器製作者がになっていたといいます。

首を固定して大きな刃物で切り離す処刑装置は13世紀には早くも存在していたそうで、18世紀のギヨタンはそれを改良して苦痛なくあの世に行けるように願ったことが、彼に死刑を大量生産させた悪魔とのレッテルを貼らせることになったのは歴史の怠慢でしょうか。
もちろん彼は、ギロチンで処刑されたりもしていません。
中国や北朝鮮では多くのケースで銃殺刑が採用されているようですが、その執行方法をモウタクトウとかキムイルソンなどとは呼んでいないと思います。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2014/02/04 Tue

小狗四兄弟

Vallantin 7cmF3.5
フオンのおもてなし料理を食べているとき、明日は夕方まで用事があるので、ひとりで行動してほしいと彼女は恐縮していました。
理由を聞くと、大学で試験を受けなければいけないと言うではないですか。
この2日間連れ回してしまったが大丈夫なのかと聞くと、平気だと笑っています。
さすがに今日は長居は止めようと思い、バスの時間を尋ねるなどして早々に退散しました。
この食事会が原因で、大学の成績や就職、ひいては彼女の人生に影響を与えてしまうとすれば大変なことです。
ただただ、翌日の健闘を祈りました。

翌日はどうしようかと少し悩むところですが、例の建築家学生が(名前を失念してしまい彼には申し訳ない)ホテルでもらった市内地図にいくつも見どころをマーキングしていってくれたおかげて、その地図を見ながらふらふらと散策することにしました。
自分の意志ではなく、現地の人の話に流されて行動してしまう、わたしのいつものパターンです。
ただし、ガイドブックなどには左右されないという自負はあるつもりですが。

おとといや昨日のようにフオンが大きく遅れて来て出足も遅れてしまうということがないので、6時半には起きて8時にホテルを飛び出しました。
この日は土曜で、通勤のバイクはかなり走っていましたが前日ほどではなく、道路の横断にも完全に慣れてしまって行動がスムーズです。
東南アジア全体に言えますが、特にハノイではそれなりの交通量がある中での道路横断ができないと、どうにもならないときがしばしばです。

中国とは違ってハノイのバイクは歩行者にたいへん優しいのですが、さすがに停止まではしてくれません。
バイクが何台も走る中で横断するには、ゆっくりと一定の速度で歩いていれば問題ないのです。
バイクの方で、歩行者の速度を計算して右か左側にずれてやり過ごしてくれます。
怖がって駆けたり、途中から加速したりなど一定の速度で歩かないと、バイクが予測できずかえって危険です。
人並みの運動神経さえ備わっていれば、現地人の動きを見てすぐにコツをつかんでひとりでも横断できるようになるはずです。

作例は、遠くに犬たちがきょろきょろしているのが見えて、それでもあせらずにゆっくり道路を横断してから撮影したものです。
ハノイの固有種でしょうか、ここ以外でも2~3度見ましたが、チワワのように小さな犬で、携帯に夢中な後にいる飼い主のおじさんが巨大に見えてしまうのが面白く感じられます。
4匹はそれぞれ担当する四方向を監視しているような姿がユニークで、この辺にいた店の人たちのアイドル的な存在のようでした。

さて、そうしていくつかの通りを歩いたりしていると、フレッシュジュースのスタンドがありました。
その場で絞ってくれるマンゴージュースは1杯100円くらいして、ハノイの物価感覚では高く感じられなくもないですが、日本なら4~500円は取られるでしょう、いや、そもそもマンゴージュースなんて日本で飲めるところを知らないなどと考えれば値段には変えられません。
濃厚な果実の味が素晴らしいですし、スタンドなので立って飲んでいると店の女の子が気を利かせて椅子を持ってきてくれました。
銭湯にあるような東南アジアではおなじみの低い椅子ですが、かれこれ30分歩いていたので好い休憩になります。

若い西洋人カップルと現地人の3人組が歩いていたので座ったまま何気なく撮ると、彼らもこちらにやって来てジュースを買っています。
ミキサーにかけている間、わたしのレンズが気になっていたようで3人か話しかけてきました。
わたしがフランスのペッツバールというタイプの1860年頃のレンズだと説明すると、そんなに古いレンズが使えるのかとみな驚いています。
そこで、先ほどこっそり撮った彼らのスナップを見せると、今のレンズと写りは変わらないとまた驚くので、周辺はこんなになるんですとぐるぐるボケを拡大すると、3たび驚いて見せます。

ベトナム人の青年は、カメラを購入予定だったそうで、わたしのα7に興味を示します。
実はわたしのカメラには、SONYの文字のSOのところにLeicaの赤いロゴステッカーが貼られているので、彼はそれはライカかと聞いてきました。
わたしは、そうだと答え、Leicaのロゴに続いてSONYのNYが見えていることを示し、ライカ・ニューヨークだ、すごいだろと真面目な顔で彼に教えました。
西洋人の女の子の方が、分かったSONYでしょうと言うので、わたしは、いやライカ・ニューヨークですとよりシリアスな顔で主張すると、みんながライカ・ニューヨーク!と言って笑い出しました。

カメラを買いたいという彼に、機種はアルファ7ということや、つい先月発売されたばかりだが日本ではたいへん評判がいいこと、ミラーレス初のフルサイズでアダプターがあればライカのレンズをはじめどんなレンズでも使えること、eBayで香港の出品者から買えば安いこと、同じくeBayではエルマーなどライカの純正レンズでも200ドルくらいから見つかること等説明すると、彼はすっかり乗り気になっています。
ライカのコンパクトデジタル検討していたというので、いやライカならオールドレンズに限る、というと家に戻ったらさっそくチェックしてみるつもりだと言って、彼らはジュースを飲みながら立ち去りました。
きっと今頃、彼はライカ・ニューヨークでハノイを撮り歩いていることでしょう。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/03 Mon

越南私房菜

Vallantin 7cmF3.5
今度ハノイに来るときにはご飯をつくってご馳走するから。
そんな前々からの約束があって、バッチャン村の帰り道、バスを乗り継いでフオンの家に向かいました。
彼女の作る食事目当てでわざわざハノイまで行ったのかと呆れられそうですね。
さすがにそんなことはないときっぱり否定しますが、旅の愉しみのひとつであったことは確かに間違いありません。

2日続けて遅刻してきたフオンの家は、ホテルから遠く離れてはいましたがそれでも40分かからず、1時間の遅刻はどこから来たのか気にはなります。
家のすぐ前がバス停でしたが、ひとつ手前で降りてそのあたりに散在している路上マーケットで、野菜、トリ肉、卵と食材を調達していきました。
フオンはけっしてわたしに支払させようとせず、昨日と今日の食事のお礼をしたいという強い意志を感じさせます。

バス停がすぐそばで、小さな市場もありとすごく便利なところに住んでいるなと感心しましたが、もちろんハノイの中心からはだいぶ離れていて、住宅街ではあっても道幅の狭まったかなりごみごみとした庶民的なエリアでした。
雑貨屋がぽつんぽつんと数軒あって、文房具屋なども見られましたが、目を引いたのは作例の小鳥屋さんでした。
鳥かごは何の気なしにあるそばから架けていっただけだと思うのですが、全体がアートのような趣を感じます。
店仕舞いのときは、狭い店内に積み上げられるのだろうなあと思うと、いつまでもこの店から抜け出さない小鳥が憐れに感じられもしてきます。

フオンの家は古くて小さな3階建ての建物の3階でした。
入り口は中国などでもよく見る鉄格子の扉を鍵で開けて、もうひとつ玄関の扉を開けて階段を上がります。
3階はちょうど日本の6畳と4畳半の部屋にキッチンが付いている感じの間取りでしたが、6畳は若い夫婦と3歳の子どもが暮らしていて、4畳半の方にはダブルベッドひとつと小さな机がふたつで部屋がいっぱいになっています。
いま帰省しているルームメイトと部屋をシェアしているのは聞いていましたが、ここで出会うまでは赤の他人だった同世代の少女とひとつのベッドで寝ていると聞いて、何だか切なさを感じてしまいました。

キッチンは共同でしたが、今日は日本人が食事に来ると予告していたのでしょう、フオンが貸切状態で使い、その間わたしは隣の部屋の子どもと遊びます。
お母さんが少し遠巻きににこにこと見ていますが、残念ながら言葉が通じないため会話することができません。
そのうちハンサムな青年がやって来て流暢な英語でいろいろと話することができました。
もしかしたらフオンの彼氏かと思ったのですがそうではなく、この家の家主の息子さんでいまハノイ大学の建築学科の3年生とのことでした。
すでにインテリアデザインの仕事を始めていて一定の収入かるあるので、建築やアートの勉強のために海外旅行したいのだと力強く言っていました。
候補地には日本も上がっていたので、その際にはわたしは日本の建築を案内して歩くことを約束しました。

そうこうしているうちに料理ができました。
建築学科の青年も誘って3人になったのでフオンの部屋では狭いでしょうと、若い夫婦がわたしたちの部屋で食べるように言ってくれます。
料理は、ほんとにベトナム料理なのと聞きたくなるほど日本でふだん食べているものと違和感のないものばかりでした。
食材が日本とかわらないうえに調理法も限られるとあらば、結果がそうは変わらないのは当然ですね。

フオンたちは心配そうにわたしが食べるのを見守っていましたが、美味しい美味しいと食べたのでみんなホッとしていたようです。
何より、食べられるものがでてきて、わたしがいちばんホッとしたのでしたが。
ただ、白飯はジャポニカ種でしたが、日本で食べるものより味がだいぶ劣るのが残念でした。
わたしは中国料理が好きですが、油が苦手でという人も多いでしょうから、そんな方にはベトナム料理ならお勧めできると思いました。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/02 Sun

轆轤是転的

Vallantin 7cmF3.5
翌朝、8時にホテルにやって来ると言っていたフオンは昨日同様1時間遅れで到着しました。
こんなことで怒ったり、集合時間を1時間早く言えばちょうどの時間に着くということかなどと考えたりしてはいけません。
これがアジア時間なのだとあきらめて、彼らの時間感覚に慣れることが大切です。
ただ、フオンも今年の夏には社会人になるので、よい就職のためにも時間に厳しくなってほしいと思うのですが。

宿泊していた部屋は、バルコニー付きを指定したため少しだけ高くなってしまいましたが、ダブルの設定だったためビュッフェの朝食もふたり分でした。
もったいないのでフオンといっしょにホテルの朝食をとってから出掛けることにしていました。
ビュッフェと言っても小さなホテルですから料理数はとても少ないのですが、好きなものを自由に選んでセルフで取るビュッフェというスタイルに驚いていたようです。
しかし、それらに手を付けずオムレツを作ってもらったのを食べただけのフオンに、わたしの方が驚かされました。
所詮はビュッフェなんて作り置きだからと見透かしたのでしょう。

彼女にホテルの中を案内したり、朝食にまで来てもらった理由のひとつに、彼女自身が海外旅行をしたいと言っていたことがあります。
できれば、ヨーロッパか日本を旅行したいと考えているフオンですが、海外はおろか国内も旅行たことが無いようです。
それでは、この機会にホテルの内部がどのようになっていて、どうやって利用したらいいかを説明してあげればきっと彼女の役に立つだろうと考えました。

それは空港から始まっていました。
彼女が遅刻してきたので、かなり端折ってしまいましたが、空港には出発と到着があってから始まって、彼女が旅行するとすれば出発なので、まずは航空会社のカウンターに行ってチェックインし、荷物検査と出国審査を経て搭乗するが、到着した空港ではいまわたしが来た時と同様に入国審査を受けてから荷物をピックアップしてここに到着だとの説明するとそれは楽しそうに聞いています。
では質問、空港に着いて旅行社が最初にすることは何でしょうと聞くと、ホテルに向かう? と答えたので、わたしがお金はどうするのと両替所を指さすとああっと声をあげました。
外国に行くと通貨も変わるということも、言われなければ思い出さないのも仕方ないでしょう。

さて、朝食をとってから出掛けたのは、ハノイの郊外にあるバッチャンという村です。
バッチャン村と言っても村中におばあさんが日向ぼっこしているのが見られる村というわけではなく、バッチャン焼きという東南アジアではいちばん有名な焼き物村です。
焼き物を市価より安い生産地価格で買えるということでツアーも組まれているようですが、バスで1回乗り換えて行けるというし、フオンの友だちが行ったことがあってなかなか良かったというので、では行ってみましょうとなったのでした。

到着してみると、なるほどこじんまりとした村は、みなバッチャン焼きを作っているか売っているかあるいはその両方をやっている所ばかりで散策をじっくり楽しむことができました。
コーヒーカップとか買って帰りたいものが無くは無かったのですが、割れ物に神経を使いたくはないのでこれはあきらめることにしましたが、安かったことを考えると割れ元で買ってくればよかったかと少し後悔しています。

作例は、焼き物の体験作成らチャレンジするハノイの大学生たちです。
ろくろを回しながら互いに自己紹介したりして話をしましたが、やはりベトナムの学生は真面目で純朴で、日本はもちろん中国ともだいぶ違って新鮮な印象を与えてくれます。
驚いたのは右の青年で、彼は古都フエのお寺のお坊さんとのことで、お寺の名前とアドレスを書いて、ぜひ遊びに来てくださいと手渡してくれました。
これは中国でもそうですが、外国人や年上の人に対して、礼節をもって親切に接してくれます。
恐らく、日本に来た外国人も同じような体験をし、わたしと同様な幸福な気持ちになっているのではないかと思います。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2014/02/01 Sat
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