春節休息

Vallantin 7cmF3.5
ここ何日か更新が滞ってしまい、たいへん申し訳ありませんでした。
ブログ記事を書く際に一度ログアウトをしたところ、何度試しても再ログインできない状態になっていました。
どうしたものかとFC2に問合せした回答がおとといあり、海外から日本語以外でのログインアクセスがあったので、セキュリティ機能が働いて使用をストップしたとのことです。
もしそれが本人のアクセスであれば解除しますが、いつ、どこで、何語でアクセスしたかを書いて返信してください、とありました。
そして、今日(2月4日です)、確認とれましたと使用許可を得ましたので、遅れ分を取りかえすべくブログを再開いたします。

完全にブログが更新できなくなったのは先週の土曜の深夜ですが、実はだいぶ以前から理由不明でログインができない状態が続いていました。
中国に定期的に出向いていながら時々批判的なことを書いたりしているので、中国のサイバーポリスに嫌がらせでもされているのかと半ば真面目に考えていましたが、自分のPCは電源のON/OFFと関係なくログインされたままの状態だったので日々の更新には影響なかったのです。

ところが先週の土曜日、妙な時間に開催されたFCバルセロナ対バレンシアのスペインサッカーリーグ戦でバルサがホームで逆転負けを喫してしまいました。
わたしは放心状態で眠れなくなり、酒をがぶがぶ飲んだもののやはり眠れず、ブログを更新しようとして酔った勢いで操作を誤ってログオフしてしまったのでした。
バルサの1年半ぶりの首位陥落とブログ使用不可が立て続けに起こった最悪の夜でしたが、次の朝も撮影にてくと家を出たときはなかなか好い天気だったのに、現地に着いたら大雨にたたられて不運は続きました。
ブログ再開が運気上昇のきっかけになればいいのですが…。


さて、ブログはハノイの話の続きになります。
外国人観光客がとても多いハノイの旧市街ですが、夜の歓楽街のようなところは存在しないようです。
同じ東南アジアの首都バンコクだと、ゴーゴーバーとか怪しげなネオンサインとか暑い昼間は静かで夜活気づくというイメージがありますが、ハノイはいたって健全に盛り上がっているという印象でした。
旅行者たちは、ビアホイというビール酒場(?)でジョッキ片手に談笑している姿をあちこちで見ます。
ビール1杯は驚くことに4~50円というので、日本の生ビール1杯の値段で10人くらいで飲めてしまいます。
味が薄いとかイマイチ冷えてないとか文句を言えばキリがないですが、この安さはすばらしいですね。

残念ながら、フオンはアルコールがダメですし、借りている部屋が遠いので7時には帰って行ってしまいました。
そんなに早くホテルに戻っても仕方ないので、夜の旧市街を散策します。
盛り上がっているビアホイにひとり入っていく勇気が出ないでためらっていると、近くのフットマッサージ屋さんに今なら20%引きだからと声をかけられ、それがぽっちゃりした可愛い感じの女の子だったので、揉んでもらうことにしました。

きれいな英語で話しかけられたので、マッサージ中話し相手になってもらえると思ったのに、いざ会話するとちっとも通じません。
毎日勧誘しているのでそれだけうまくしゃべれて、他の英語はちんぷんかんぷんということのようでした。
わたしが最後の客でもう店を閉めるようだったので、ビアホイにでも誘いたかったのですが、これだけ言葉が通じないと互いに退屈するだけでしょう。
筆談という最終手段がある中国のようにはいきません。
ハノイ旧市街の夜はまだまだこれからという雰囲気でしたが、わたしはそのままホテルに戻るしかありませんでした。
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Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2014/01/31 Fri

電梯没坐過

Vallantin 7cmF3.5
今日は宿泊した宿のことを書くことにします。
ハノイにも外国資本の大型ホテルはいくつもありますが、ビジネスの滞在ならともかく、ベトナムが知りたくて訪れたのであれば、ローカルの小さなホテルに泊まらない手はありません。
理由はいくつも挙げられますが、まず値段がリーズナブルな割にできてから数年以内のところが多くて設備が良いということがあり、多くが旧市街の中というローカルチックなロケーションにあって玄関を一歩出た瞬間にハノイの風に吹かれるような感覚がとても心地いいということがあります。
また、規模がみなとても小さいので2泊以上すると、フレンドリーなスタッフとすぐ仲良くなってアジア的な癒しを感じさせてくれるということもあるからです。

わたしが宿泊したのはハノイ駅から10分ほどの旧市街の外れにあるやはり小さなホテルでした。
ホテル予約サイトで、まず大まかな位置を決めて、2~3000円の価格帯と絞って検索し、そこからフィードバックスコアの低いものを削除し、そこからベストと思われるホテルを探していきました。
どのホテルも朝食付きで、Wi-Fiが使えます。
これだけの条件でも、候補は50以上もあって、まさによりどりみどりですし、だからこそ競争原理が働いてクオリティが上がり価格が下がるのでしょう。

どこでもいいかとも思いましたが、目を惹いたのが予算の範囲内でバルコニーの付いている部屋を選択できるとなっているホテルでした。
それ以外は、他のホテルと設備も値段も大差なく、バルコニーにチェアが2つ並んだ写真に何となく惹かれてそのままブッキングを入れました。
結果的にこの選択はとても良かったと満足しています。
7階の部屋でしたが、そのバルコニーに出てチェアに腰掛けハノイの古い町並みのパノラマを愉しむことができましたし。地上のようにはバイクの喧騒が届いてこないのでちょっとした別世界にいるようでした。

建物はとても細い8階建てでエレベーターは一基だけですが、部屋数が少ないので待たされることもありません。
クラシックなイメージのずっと下まで見下ろせる絨毯張りの階段が並んでていて、下りは階段を降りました。
チェックインのとき、パスポートをレセプションに預けるシステムで、鍵付きのデスクに仕舞うときに他に2冊の赤いパスポートが見えたので、日本人も他にふたり泊っているみたいですねと言うと、いや泊っていないと堪えるので、中に日本のパスポートがというとそれはノルウェイのパスポートでした。
世界中で目立つ赤のパスポートなんて日本だけだという話を聞いたことがありましたが、実際は違っていたことを初めて知りました。
ゲストは他にフランス人やイギリス人などすべてヨーロッパからで、わたしが唯一のアジア人でした。

チェックインは空港から直接来たのですが、ハノイ駅までバスで、その後10分だというので歩いたものの見つからず、タクシーでようやく着くことができました。
フオンにあらかじめホテルを知らせてアクセスを調べておくように頼んでおいたのですが、フオンは実家に帰省するときにハノイ駅から鉄道を利用しているのでハノイ駅には詳しいと返事していたものの、どうもそれ以上は調べてくれなかったようで、1時間近いロスになってしまいました。

彼女の実家は、ハノイから列車で7~8時間もかかるラオカイという街のさらに郊外の農家と聞いていましたが、直線距離で300キロくらいしか離れていないのになんでそんなにかかるのか不思議でしたが、ホテル前で撮った今日の作例のように、ハノイ駅のすぐそばでこんなに素朴な線路の光景があっては、ましてや単線なのですから列車はコトコトとのんびり進んでいくのでしょう。
いつかそののんびり鉄路で彼女の実家を目指してみたいと思います。

そのフオンは驚いたことにホテルの中に入ったのは生まれて初めてだと言います。
パスポートをわたしてチェックインして、ここではその手続きの間ウェルカムドリンクをもらって飲み、鍵をもらって部屋に行くのだとわたしは説明しました。
調度がおしゃれで清潔な部屋にはうらやましそうな顔をしていましたが、その理由は翌日分かります。
荷物を持ってきてくれたベルボーイが去ると、彼女はそっとこう言いました。
エレベーターもいま初めて乗った、と。
いくら田舎の出身とは言え、一国の首都の大学で学ぶ女子大生がエレベーターに乗ったことがなかったなんて、世界は広いのだとしか言いようがありません。
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Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2014/01/30 Thu

月票的秘密

Vallantin 7cmF3.5
ハノイの空港からは1時間近くも遅れてやって来たフオンとハノイの町を目指しました。
タクシーだと2000円くらいと高い、ミニバスは200円ですが本数が少ない、フオンは必然的に20円の路線バスを選択しました。
空港始発のバスは2路線あるようで最初に来たものは違うと見送ると、すぐにまた別のが来てこれだと乗り込みます。
なぜかバスはその大きさの割に椅子が少なく、もたもたしていたら座席はたちまちのうちに埋まってしまいました。

そのバスの中で幸運なことにお金を拾いました。
足元付近にお札が落ちているのを見つけ、まわりに悟られないようスーツケースでガードしながらさっとつかみ上げると1000という文字が見られます。
フオンに自慢気に見せるとほとんど関心を示してくれません。
1000ドンっていくらだったっけと聞いても要領を得ませんでしたが、20000ドンが1USドルくらいだというので、苦手な計算をしてみるとたったの5円でした。
まあ、こんなものでしょう。

フオンはバスの定期券を持っています。
市内の全路線に乗れる学生定期ですが、これが1か月で90000ドンだというので、瞬時に高いと思ってしまいましたが、冷静に指折り計算してみると450円でした。
社会主義ですから、やはり公共交通機関は安いのですね。
ちなみに、この日のランチが韓国料理店でのビビンバ100000ドンでしたが、まさかビビンバ一人前がバス1か月乗り放題定期より高いとは。

でも、わたしの住む神奈川県藤沢市の例で小田急線の藤沢~湘南台の1か月通学定期代を調べると2630円とのことてしたので、ちょっと良いところでフランス料理のランチを3000円で食べたと考えると、ハノイと藤沢の1か月定期代の関係は近いのかも知れないと気付きました。
世界中の都市で1か月の定期券代が高級ランチより少し安く設定されているという、誰も知らない経済学が存在しているということかも知れません。

それはともかく、ゼロがいっぱいつくベトナムドンから日本円への換算にはたいへん難儀しました。
わたしは算数とかお金の計算とかの類はたいへん苦手で、この後もフオンがいるときには彼女に高くないよねと確認してかから、換算せずに支払いをしていました。
前回のハノイではそのあたりのきっちりとしている友人と出掛けたので、やはり円換算は任せっぱなしでした。
わたしはお土産のようなものをほとんど買わず、ひとりで支払するというシチュエーションはそれほどなかったのですが、それでも必要なときにはゼロの数を確認して、時にはUSドルでいくらかなどと再確認しながら支払いをしていました。

こういうルーズさ、金銭感覚の欠如が、左のリストにあるようなレンズの無駄な購入を助長したのだろうと、振り返って反省すべきかもと考えます。
むしろ、レンズはアメリカやヨーロッパのショップから買うことがほとんどで、今なら1ドルがほぼ100円で、円高期には1ユーロが100円と、計算がしやすかったことが購入に繋がったかも知れません。
ただ、円高になればこれは好機と買い求め、円安に転じても安い出物はないかとレンズを探す習慣から抜け出ていないのは事実です。
馴染みのない通貨単位に出くわすと、こんな関係のない連想をするのが、計算に弱い証拠なのでしょう。
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Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/29 Wed

気球摩托車

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セスナ、アクアラング、ジープ、ホッチキス…、これらの共通点があるのをご存知でしょうか。
簡単すぎると思われたかも知れませんね。
答は、本来は商標名とかメーカー名だったものが、一般名化したものたちということになります。
それぞれ小型飛行機とか、潜水ボンベ、悪路用自動車、書類綴じなどの名前で呼んでそれが普及してもよかったはずですが、かつて日本にあった外国への強い憧れとか外来文字志向が生んだ和製英語のようなものと言えるでしょう。

ベトナムにも同様の一般名詞が存在しているそうで、いちばん有名なのは、バイクのことをホンダと呼ぶ習慣です。
ホンダがベトナムに進出したのがいつ頃のことか知りませんが、中で高性能で故障しないホンダのバイクは、閉鎖的社会主義の中ということもあってか瞬く間に国民のステータスになり、ホンダがそのままモーター付き二輪車の呼称になったと言われます。
何年か前に安価な中国製バイクがブームになっているとニュースで見ましたが、この2回のハノイ滞在で見たバイクのほぼすべてがホンダ製でした。
いくら安くてもすぐ壊れる中国製より長く乗り続けられるホンダの良さに気付いたということでしょうし、日本同様のブランド志向がベトナム人にもあるということかも知れません。
わたしのよく知る人物にホンダさんという人がいますが、彼がホーチミンに旅行した時、入国審査の仏頂面の職員がパスポートの彼の名前を見て即座に態度を友好モードに豹変させて、握手まで求めてきて面食らったと教えてくれたことがあったのを思い出しました。

しかし、ベトナム人のホンダの乗りこなしは日本とはいささか違います。
まず、スピードをあまり出さないということがあって、すごい数のバイクが走っていながらみんなほどほどの等速度くらいなので、あまり怖さを感じさせません。
思ったほどクラクションを鳴らすバイクもなく、聞いたところでは町中でバイクの重篤事故はほとんど起きないのだそうです。
そういえば滞在中は一度も事故現場や救急車を見ることはありませんでした。

もっともこれは日本に近いことと言うべきかも知れません。
中国ではバイクはクラクションを鳴らしっぱなしで、人を蹴散らすように走っているし、事故現場などは毎日のように目撃します。
まったくの推測ですが、ホンダがバイクを売るだけではなく運転マナーも輸出したとか、正しい乗り方をすることでバイクは故障しなくなるなどの啓蒙をした賜物だとかそういうことかも知れません。
とにかく、ベトナムと中国でバイクの運転の仕方がこうも違うというのは驚きとしか言いようがありません。

とは言え、さすがに路上をバイクが無数に走っていれば、日本でもあるいは中国でも見かけないような不思議なバイクをときどき目撃します。
大きなリヤカーを引いているバイクが走っているのであんな重そうなのを繫いでいいのかとよく見たら、それは牽引しているのではなく、バイクのおじさんが左手1本で引っ張っていると気付き唖然とさせられました。
3人乗りくらいは当たり前で、50ccと思われるスクーターの運転席にお父さんが、その足元に小さな子どもがふたり立ち、お父さんの後ろに娘とお母さんという5人乗りを目撃した時は、ホンダがファミリーバイクとして機能しているなあと感心しました。

作例は、風船の浮力で空を飛ぼうとしているのではなく、単に風船をいっぱい持っているだけの平凡な写真です。
隣のバイクのおじさんが迷惑そうな顔をしていますが、現地に着いてからふくらませればいいものをなぜにふくらませてから移動するのか理解に苦しみます。
この姿勢を続けるのもかなり疲れそうですし…。

こんな調子で、交通量の多い通りで半日もカメラをバイクに向けていれば、ハノイのバイクライダー傑作集をつくることは可能ではないかと思いました。
ただ、北京ほどではないとは思いますが、空気は悪いのであまりそういう気は起らないですが。
また、いまイタリアのクラブに移籍して話題になっているあのサッカー選手も、何年後かにはぜひベトナムのリーグでプレイしてもらいたいなあと考えています。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
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Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/28 Tue

再来河内

Vallantin 7cmF3.5
作例写真を見て今週は中国シリーズかと感づかれたとすれば鋭いです、
ただ、ちょっと惜しいのは、よく似ていて区別がつかないと思いますが、ここは中国ではなくベトナム・ハノイの街角でした、
いつもの香港経由深圳行きで、深圳は一瞬の立ち寄りに変更してハノイまで出掛けてきました。
ハノイには昨年10月に友人と旅してきたばかりですが、その旅で偶然出合った現地女子大生とメールのやり取りをしていて、またぜひ遊びに来るように誘われてのこのこ出掛けて行ったというのがその経緯です。

女子大生フオンはハノイの大学で英語を学んでいますが、出身は北に数百キロの中国雲南省と接するラオカイの町の郊外の村だと言います。
1月末にベトナム正月のテトがあって村中がお祝いするので、ぜひ遊びに来てほしいとの誘いでしたが、日程が合わないですし最低5日間の休暇を取らないとテト見学は無理です。
それなら、その前の週まではハノイにいるので、来れるようならぜひ来てとメールにあって、いつもの香港往復航空券を香港経由ハノイ行きにして香港に半日ストップオーバーするかたちで、ハノイまでひとり向かったのでした。

先月、飛行機に乗り遅れてちょっとくらい待ってくれてもいいのにと愚痴をタラタラと書いたばかりですが、いきなり十数万円の航空券代の出費に怒り爆発で勢いで書いてしまいましたが、今になって大人気なかったと反省しています。
事実としてあるのは、事情あってチェックインに間に合わず、仕方なくチケットを買いなおしたということに過ぎません。
今回は時間の余裕を持って空港に到着したので、問題は何も起きませんでした。
高い航空券を買ったことも、逆に考えれば本来そのくらい高価なのに、ディスカウントでリーズナブルなチケットを販売してもらっているのだと思えば、仕方ないなとあきらめがつきます。

ハノイの空港にはフオンが迎えに来てくれると言います。
実はフオンに会ったのは前回のハノイのバス停でバスのことをたずね、たまたま同じバスに乗るということだったので30分ほど同じバスに揺られ、降り立った図書館で記念撮影したという1時間にも満たないわずかな時間だけです。
わたしはその時の写真をよく見ておいたので、空港にいればたぶん見つけることができるだろうと思っていました。
しかし、彼女の方はわたしのこしをどれだけ覚えているか疑問で、事前に写真を送ってくれと言われていたのを自分の写真なんか撮らないからとそのままにしてしまっていました。

さて、空港に着いてみると到着エリアには出迎えの人の群れがありましたが、彼女が見つかりません。
日にちを間違えているのか、出発のフロアにいるのか、もしかしたらわたしを認めてもっと若いいい男だと記憶していたのにあんなおっさんだったとはと引き返してしまったのかも知れないとまで考えました。
電話しようとしますが、公衆電話が見当たらず、インフォメーションで聞いてその場所までいってもやはり電話が無い。
再度聞き直して分かったのは、ハノイ空港のパブリックテレフォンはコインを入れる公衆電話ではなく、SIMカード売りのおばさんの店の電話を頼んで使わせてもらい、後でお金を払うというものでした。
そこで電話して分かったのは、彼女が単に大幅に遅刻してきたということでした。
翌日と翌々日にも会うことになるのですが、彼女はすべて大幅に遅刻してやって来ます。
これは彼女自身の問題というよりも、ベトナム時間ということなのでしょう。
ベトナムではこのことに慣れる必要があるようです。

作例は、朝のハノイの町中の風景です。
洗っているのはたぶんフットマッサージ用の足洗容器だと思いますが、前夜分をこんなに洗っているところを見ると繁盛店なのかも知れません。
なかなかきれいだったお姉さんをスナップしようとしたら、いきなりあくびするのでそのまま撮らせてもらいます。
昨日の夜が相当遅くて寝過し、ベトナム時間よろしく遅刻してきたからかも知れません。
今回のハノイでは、とくに観光するでもなくのんびり町歩きばかりでしたので、こんなスナップばかり続けることになると思います。
お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
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Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2014/01/27 Mon

Holmes vs Watson

Holmes Booth & Haydens 140mmF3.6
円覚寺は、北鎌倉駅下車徒歩30秒のアクセス抜群寺院です。
拝観料300円はPASMOなどのICカードでも支払うことができて、何だか横須賀線の構内にまだいるような感覚です。
そんな利便性の高さは、鎌倉散策でまず訪れるお寺さんという状況をつくりだし、いついっても多くの人が楽しんでいるというイメージを持っていました。
ですから、この日の夕方訪れたときあまりに人がいなくて、ksmtさんとふたり驚いてしまいました。

鎌倉から入って順番に南下して鎌倉駅から帰るという人が多いのは承知していましたが、その逆ルートを取る人もそこそこいるのではと考えていたのですが、少なくとも観光客が多いとは言えない冬場にはあまりいないんだということを実感しました。
考えるに理由の一つは、北鎌倉駅周辺には店が少なく、特にお土産を買って帰ろうとするとほとんど期待できないからではないかと考えます。
逆に散策の最後を鶴岡八幡宮あたりにすると、若宮大路にしろ小町通りにしろ、鎌倉駅まで店屋がずらっと手ぐすね引いて待っていて、家や職場へのお土産に困ることはないのです。

土産が不要なわたしたちは逆ルートでも問題ないのですが、困るのは閑散とした円覚寺で人物を取り込んだスナップなどの撮りようがないことです。
ドイツ語で何やら話しながら歩いてくる若者とすれ違いましたので、ドイツのレンズでも持っていればそれをネタに話しかけて写真を撮らせてもらうなどの芸当もあったのでしょうが、彼らの楽しげなやり取りの意味も分からぬままにただ見送るしかできませんでした。

日は落ちかけていましたが、すぐ帰るにはちょっと名残惜しいというからでもないのですが、駅前の喫茶店でおしゃべりしていくことにしました。
ksmtさんは話題豊富な話好きなので、いつも通りにわたしは聞き手になって楽しい時間を過ごすことができます。
そういえば、この時は気付かなかったのですが、わたしはホームズ・ブース&ヘイドンズ14cmF3.6を、ksmtさんはワトソン3インチF1.9をそれぞれメインに使っていたので、ホームズとワトソンなどという楽しい取り合わせだったのです。
すべてが互換になったわけではありませんが、わたしもライカの呪縛から解き放たれたことでレンズをその場で貸し借りできるようになっているので、ホームズ&ワトソン対決などをやってみてもよかったかなと思いました。

レンズ比較とか対決などは同タイプのレンズ、同スペックのレンズなどで行うのが普通ですが、まったく違うレンズ同志をユニークな理由付けで並列させてみるのも面白いかも知れません。
以前に冗談で考えたのはダルマイヤー対ダルローのペッツバール比較で、前者のダルまあいいやと後者のダル郎的ダルビッシュ的対決はできないものかと首をひねったりしていました。

それはさておいて、ksmtさんとの話として出てきたのが、一部のレンズの価格があまりに高騰してもはや個人が購入するレベルではなくなってしまったということです。
無理して買うよりもレンズ仲間同士で貸し借りした方が良いということで意見一致しました。
そうやって融通し合うことで無駄な出費を抑えられますが、そういう活動が広がればレンズの相場が下がるということも期待できるでしょう。
よく言われることですが、レンズ購入に費やすエネルギーを撮影や研究に充てるようにすれば、レンズに対する関係がより豊かになるということに目を向けるべきですね。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(4) | 2014/01/26 Sun

古董数碼相機

Holmes Booth & Haydens 140mmF3.6
ペッツバールレンズを35mmのデジタルカメラで撮影していてすべてが満足かと言えば、やはりどうしてもレンズが使われていた時代の撮影スタイルに近付けないものかと考えないではありません。
ダゲレオタイプでは劇薬を使うので素人には手を出せないと思っていたのですが、その行程を学ぶワークショップが開かれたりしており、また開催されれば参加したいと考えています。
湿板はより普及しているようで、海外のネットオークションではコロディオン液や湿版マニュアルが販売されています。
そこまで古い技法にこだわらないまでも、カットフィルムを使うことで35mmや中判と同様のフィルム撮影だって可能です。

ダゲレオタイプも湿板も修得すれば撮影自体は可能になりますが、感度がたいへん低いため手持ちでの撮影は不可能です。
カットフイルムであれば手持ちの撮影も可能になりますが、距離合わせというもうひとつの問題があります。
すりガラスにルーペでピント合わせとやっていてはやはり三脚が必要になってしまいますし、焦点距離が長い分絞ってもあまり深度は得られないし絞り過ぎてはやはり手持ちで撮れなくなります。
事前にピントを計測しておいてレンズ位置ごとのスケールを貼り付けておくことくらいしか、手持ちの撮影に対応できそうもありません。

ウッドカメラは以前に購入したトロピカル・サンダーソンというハンドカメラがあって、このカメラは1900年前後の製造ですから年代こそ合致しませんが、例えばヴァランタン7cmやデュブローニ10cmなどのレンズを付けるととてもフィットします。
このカメラは、中判ロールフィルム用のバックが取り付けられているという改造品で、それ故に安く購入できたのですが、前述の距離スケールを作成できれば、すぐにも6×9での撮影が可能になります。
もちろんバックを交換すれば、シートフィルムやら湿板やらとその気になれば調整可能ですが、むしろハンドカメラの柔軟性は積極的に取り入れるべきかとも思います。

そこで考えたのがデジタルバックです。
中判用のデジタルバックはとても高くて手が出ませんので、例えばNEXが取り付けられるようなバックを作成します。
フォーマットを考えればマイクロフォーサーズではなくせめてAPs規格のレンズ交換式のデジタルカメラを付けられるようにと考えたからですが、α7の出現で35mm規格にサイズアップできるようになったことになります。
いうまでもなくライブビューがディスプレイできれば、距離スケール不要で、ハンドカメラを一眼レフとして使用できます。

いや、カメラはあくまでα7だとすれば、ハンドカメラ部分はα7とペッツバールを接続するためのアダプターということになるのかも知れません。
ksmtさんに作ってもらったヘリコイドとマウントで直接レンズとα7を接続して使っていることを考えると、ハンドカメラをアダプターにすることは無駄なように思えます。
あえて言えば、ポートレイト撮影する際に、デジタルカメラで撮られるのと、本当はデジタルながら19世紀のカメラとレンズで撮られている気分になるのとでは、撮影結果に差が出るだろうということ程度に見えるかも知れません。

使用者の立場では、本来的な目的ではなくてもハンドカメラを日常使用することは、今後古い機材を使う上での実戦練習になるでしょうし、トータルには古き好きものへの再評価つながると考えるので、まったく無意味な行為ではないと考えます。
大判での撮影は、大きく重たい機材を携えていって2枚とか4枚だけ撮影するだけ、現像やプリントにも多大な費用と時間がなどと考えると、デジタル撮影と比較してあまりにハードルが高すぎるというのが現状だと思います。
ハンドカメラとデジタルカメラの融合のアイディアが、大判への入門の一助になるのではと期待しています。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/25 Sat

公交車站

Holmes Booth & Haydens 140mmF3.6
寒中神輿では期待していた振袖ポートレイトが不発でした。
鶴岡八幡宮に行けば着物の女性がいると思いますよとのksmtさんの意見もあって鎌倉に出て来て、さっそく着物姿の若いふたり組を目撃します。
わたしが写真を撮らせていただきたいと声をかけなくてはいけなかったのですが、結局のところは、何も言えずにスルーとなりました。
もともと小心者のわたしは、見知らぬ人々に声をかけること自体が容易ではありません。
近付いて来たときに、ついつい相手の顔をじっくり見てしまい、どうしようどうしようとなってタイミングを逸して、そのまますれ違ってしまいました。

わたしは中国だと割と平気で声を掛けたりできるのですが、日本国内では恥ずかしさがどうも先に立ってしまいます。
リトルホンダではありませんが、どうも外国に行くと別人格が活動しているような気がしますし、単に内弁慶ならぬ外弁慶だというだけのような気もします。
別に悪い企みがあるということではないので自然にお願いすればよいことですが、若い女性に声掛けが自然にできるというのも若い時に遊び人だったように思えて躊躇わないでもないのです。
とても難しい切実な問題、です。

昨日の作例は、着物の女性とカメラの男性のふたり組が撮影しているところを背後から失礼したものです。
事情はよく分かりませんが、お知り合いかモデルさんに着物を着てもらって撮影を楽しんでいるという雰囲気でしたが、そうであれば羨ましい限りです。
いつか機会があれば、モデルさん雇って古寺巡礼撮影withペッツバールなどというものに挑戦したいと思います。

鶴岡八幡宮はわたしの初詣になりましたが、そのまま北鎌倉方面目指して歩いて、いつもの円覚寺に行くことにしました。
鎌倉から鶴岡八幡宮まで歩くパターンが多いのでいつもの逆ルートということですね。
もう時計も3時を回っていて、撮影自体は円覚寺で終わりということになるでしょう。
太陽は斜めに差してきますので、撮影に光の効果が期待できますが、気温は徐々に下がっているのが分かります。
江の島に到着した時は思った以上に暖かく感じたのですが、今や寒さが身に沁みるような気がしました。

今日の作例ですが、太陽に向けるとペッツバールは相当に厳しいことを示すものを選びました。
とは言え、眩しくてファインダーを覗きながら目が開かないくらいの逆光ということを考えると、このくらいのコントラストの低下は当たり前ですし、慎ましい程度のゴーストがひとつ出ているだけなのは現代レンズよりも優秀ではないかと思えるほどです。
初日の神輿の作例の時のようにハレ切りできていれば、かなりコントラストが上昇するはずですので、やはりホームズ・ブース&ヘイデンズは逆光にかなり強いレンズのように思います。

ただし、このときバス停でのシチュエーションで咄嗟に思い出したのが、"www.oldlens.com"での"Kinoptik Paris Apochromat 75mm f2"を紹介するページでの写真でした。
こちらも、kinoplasmatさんが鎌倉へ出掛けたときに撮影されたバス停にいる"美人女性"の写真で、その光の捉え方、ピントの良さ、個性的なボケを示す写真として使われています。
そのインパクトが強かったため、鎌倉のバス停での撮影には同じようなレベルの写真が撮れるのではと錯覚してしまいました。
少し前に見たくらいでこんな思い込みをするようでは、ブレッソンの写真集を見た直後にカメラなんて持ち出してはいけないということなんでしょうね。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/24 Fri

火腿比薩

Holmes Booth & Haydens 140mmF3.6
江の島から鎌倉までは江ノ電で20分の行程ですが、このちょっと長いような微妙な時間は、車窓からの景色を眺めているだけで短く感じられるはずです。
江の島駅を出てすぐに腰越までの短い区間は公道を走る路面電車になりますし、腰越からは左手にきらきら輝く海が広がります。
続く鎌倉高校前からは、住宅の中を突っ切るような雰囲気があって、さらにまた海がみえたりと変化に富んで退屈させません。

海が見えたときに歓声をあげたので、海の無い地方から来たのでしょう中国人の親戚含みの家族連れがみんな一斉に立ち上がって窓に釘付けになっていました。
数人が自分の座席を放棄して、景色が変わるごとに右に行ったり左に行ったりして、日本製カメラで写真を撮りまくっています。
同じ場面でもどちらかと言うと感情を抑えてしまう日本人に対して、中国人はストレートなので、こうも喜んでもらえると地元の人間として嬉しく思えてきます。

鎌倉で昼食となったのですが、地元の友だちから勧められていたピッツァダダでピザのランチをいただきました。
土日はいつも混んでいてなかなか入れないのですが、時間が遅かったので1テーブルだけ空いていたのはラッキーでした。
ksmtさんとピザ2枚をシェアして食べましたが、確かにこれはかなり旨くて、撮影がパッとしなかったこの日のハイライトだったかも知れません。
もっとも、わたしはいつもピザというとピザーラとかピザハットばかりで、ちゃんとピザ窯で焼くようなピザを食べる機会があまり無いので、イタリア通も唸らせるようなレベルなのかはよく分かりませんが。

定番のマルガリータとプロシュートのピザを頼みましたが、プロシュートには濃厚なパルミジャーノチーズの風味とマッチして最高でした。
本当はアンチョビピザが食べたかったのですが、オーダー時にメニューに見つけられずないのかと思っていたら、隣のテーブルのお兄さんがアンチョビのピザとオーダーしていたので、わたしの見落としだったようです。
これで次回食べるターゲットができたので、また行きたいなと考えています。
その時はできれば、ワインも飲むことができればいいのですが。

わたしは食通とはほど遠い人間だからでしょうか、イタリアには2度行っていながら美味しいピザを食べた経験がありません。
バルセロナに行ったとき、日本人の友人と何気なく入ったピザ屋のアンチョビのピザが、ちょっと焦げているくらいに生地がぱりぱりになっていて実に美味しかったのです。
アンチョビとドライトマトまでは分かりましたが、他に何が載っていたかよく分かりませんでしたし、そもそも何というチーズを使っているのかも知りません。
友人は別のピザを頼んでいましたが、わたしがこれは旨いぞとアンチョビを一切れ勧めると、こんな美味しいのは初めてと、その場で同意者が出てくることになったものです。

以前、地元のイタリア料理店に行ったとき、彼の地で10年も修行したという店長が教えてくれたことを思い出します。
イタリアの多くの都市では高級店を除いて、美味しい料理を食べるのは難しい。
原因のひとつは、真面目に料理を学んだり、向上心をもってより良くしようという気持ちがイタリア人の多くには希薄だからということでした。
それが本当なのかわたしの旅行経験程度では判断いたしかねますが、ハウスワインでもみんな旨かったイタリアの町々で、料理がそれに見合うだけ美味しかったという経験はあまりなかったのは事実です。
でも、それはイタリア語ができなくてローカルの店ではまともなオーダーができないことに起因しているような気もします。

恐らく、イタリアは日本人にいちばん人気のある国のひとつで、ヨーロッパの中では観光で訪れる人がいちばん多いのではないかと思います。
特に女性に人気が高い国でもあると思うのですが、日本のイタリアンで舌の肥えた彼女たちはイタリア旅行で食べた"本場料理"をどのように感じたか興味あるところです。
また、慣れないイタリア語のメニューにどのように対処しているのか。
やはり、多くの人がイタリアでの食事に苦戦しているさまが想像されてしまいます。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(2) | 2014/01/23 Thu

美式橄欖球

Holmes Booth & Haydens 140mmF3.6
神輿が一本締めでお開きになると、打ち上げにはトン汁とお酒が待っています。
海水に浸って、また冷たい風にさらされた体をいたわるには、大鍋で振る舞われるアツアツのトン汁は最高のもてなしなのかも知れません。
むかし冬場のロンドンに行ったとき、町中を散策していて体が凍り付くような寒さを体験しましたが、これを救ってくれたのが屋台のミネストローネスープでした。
洋の東西を問わず、汁やスープにはお湯以上の体を温める効果があるということでしょう。

お酒も体を熱くするという期待はできそうです。
ただ、わたしにはこんな体験があります。
これも遙かむかし、秩父宮にラグビーの日本選手権を見に行った時のことです。
今は大会方式が変わってしまったようですが、20年近い前の当時は社会人リーグと大学選手権の優勝者が一発勝負で試合を行いました。
神戸製鋼全盛時代で大学王者を子ども扱いするような内容でしたが、その日は雪が降るかもという恐ろしく寒い日で、日陰のスタンドで震えながら観戦していました。
ハーフタイムになって会場でカップ酒が売られていることに気付き、これだと買って一気に飲んだのですが、まったく効き目がありませんでした。
日本酒を飲むとすぐに酔って真っ赤っ赤になるわたしの体は何の反応も示しません。
1本では足りなかったかと、もう1本飲んでみましたが、結果は変わらずぶるぶると震えながらノーサイドの笛を聞きました。

酒を飲んだことをすっかり忘れて、近くの喫茶店に入ったときです。
暖房が効いた店で体がみるみる暖まっていくと、突然、アルコールも効いてきました。
2本分のカップ酒が一気に来て、紅茶を飲みながら完全な酔っ払いになりました。
それは長らく続き、店を出ようと思っても足元がふらふらで歩くのもおぼつかなくなっているほどです。
この時知ることになったのは、極寒の中では人間の神経は寒さを凌ぐことに集中していてアルコールが侵入しても構っていられない状態になり、だからロシアではアル中が大量に出るのだなあということでした。
神輿の皆さんもそんなことになっていないか、ちょっと心配になったという次第です。

話はさらにそれていきますが、わたしはラグビーの試合を生で見たのはこの時が初めてで、おととしオーストラリアに行ったとき現地のラグビーを観たのが2回目でした。
テレビでは時々見ますが、サッカーほどには好きではないようです。
日本選手権を見に行ったよりさらに前には、横浜スタジアムでアメリカンフットボールの試合を見たことがあります。
これはNFLの2チームが来日した本格的な試合でしたが、アメフトというのはスタンドから見ると誰が球を持っているかも分からずたいへんに退屈したのを思い出します。

ラグビーとアメフトを比べるとわたしの場合は圧倒的にラグビーの方が面白いです。
試合がぷつんぷつんと切れて、盛り上がった気分がすぐにすっと引いてしまうのがいけませんし、サッカーでパスが繋がるようなシーンがラグビーでも時々出るのに対し、アメフトは皆無なのがいけません。
何より大人数で大掛かりなところがアメリカ式なのでしょうか。
そこのところを見ると焦点距離の割にとても大きなホームズ・ブース&ヘイドンズのペッツバールは、いかにもアメリカ的なのかなあと思わせるものがあります。
しかし、このレンズはわたしは嫌いでないと言うより、ピントが良くて使いやすく、たいへんお気に入りのレンズです。

そのHB&Hでポートレイトが撮れなかった江の島寒中神輿でしたが、美人神輿担ぎをスナップさせていただいたのでわたしとしては満足しています。
トン汁は参加者だけでなく、見物人にも振る舞われて、わたしたちも美味しくいただきました。
開会時の来賓あいさつがだらだらと長く感じられますが、寒中神輿は実にあっさりと終幕します。
ksmtさんとわたしは、そのタイミングを見逃さずに早めに江の島を後にして、江ノ電の駅を目指しました。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/22 Wed

不穿和服

Holmes Booth & Haydens 140mmF3.6
海中を練り歩いた神輿は、ひとつ、またひとつと陸に上がってきます。
それに合わせてアマチュアカメラマンも、海水滴らせる担ぎ手を間近にとらえた迫力ある写真を撮ろうと殺到することになります。
自分がベストショットを撮るんだという殺気立った人たちが、神輿の動きに合わせて後ろを見ずに後ずさりしてくるので危ないことこの上ありません。
写真を撮っているのはあなただけではありませんよ、見物しているのは写真を撮っている人だけではありませんよと叫びたくなります。

わたしは少し離れて撮影していましたが、実際に何人ものカメラマンたちが後方確認せずに後ずさりしてはぶつかって来るので、こちらも防御態勢をとらなければなりません。
別に人が自分にぶつかってもどうってことはないですが、もし、レンズにまともにどんと来たらやはり心配です。
ネットオークションなどで、フード部分がぺこっと変形したペッツバールをたまに見かけることがありますが、わたしのホームズ・ブース&ヘイドンズがあんな姿になってしまわぬようにレンズ先端部を時おり肘でガードしながらの撮影になりました。

レンズの焦点距離が14cmですから、接近戦では顔アップしか写らないというか、動くのでまずピント合わせは不可能で、必然的に相応の距離をとってじっと立って撮影していました。
それでも、次から次へとバックして来る人がぶつかってくるので、レンズ保護がたいへんでした。
けっこう激しくぶつかる人もいて、スミマセンと謝る人が多かったのですが、ぶつかりながらもまったく知らん顔で通り過ぎる人も多く、何だかがっかりです。
人にぶつかっても謝りもしないのは、中国に多く、彼の地で撮影しているような錯覚に襲われました。

がっかりはもうひとつあって、新成人が神輿上に載ってみんなでお祝いするというのが恒例で、かつ女性の新成人は振袖を着ていたのですが、久々に来てみると何か理由があるのか振袖の女性はいませんでした。
神輿が終わってから快晴の富士山をバックに振袖美人のポートレイトをペッツバールで撮るというのを楽しみにしていたので、その作例が用意できなかったことを申し訳なく思います。
ksmtさんとふたり、落胆で肩を落としてしまいました。

作例は、着物でなく富士山バックでもないものですが、神輿上の新成人美女をぶつかってくる人をかわしながら撮影したものです。
女性には辛そうな開脚で、寒い中30分近くもこの態勢だったのですから、かなりハードだということが分かります。
とてもカメラマンがぶつかって来る程度の苦労でないのは間違いありません。
このたいへんさを糧に、彼女にはこれから大きく羽ばたいてもらいたいと思います。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/21 Tue

愛好家全員集合

Holmes Booth & Haydens 140mmF3.6
この日曜、ksmtさんと江の島と鎌倉を散策してきたので、今週はそのときの作例を並べてみることにします。
予報は今一つ芳しくなく、関東の平野部でもうっすらと雪が積もるかもなどと言っていましたが、ご覧の通りの快晴で、風がちょっと強めですが日に当たっているとそれほど寒さを感じません。
もっともそれは正月に出掛けていた中国があまりに寒かったからかも知れませんが、例えば最初していた手袋はこれなら不要とすぐに外したくらい、寒いという感じがありませんでした。

とはいえ、江の島で見物した寒中神輿が寒くないはずはありません。
わたしは体験が無いので推測ですが、太平洋の海水温を見ると16度前後になっているので恐らく水に入っている間はそれほど寒くないのではないかと思います。
しかし、その後水から上がって濡れた体のまま神輿を担ぎ続けるのは寒さとの戦いであることは間違いないでしょう。

神輿を激しく動かす体の動きがあるので寒くないのではと思われるかも知れませんが、この寒中神輿では体を激しく使って担ぐという感じではありません。
海中に入れば動きは制限されるということがありますし、神輿の上には新成人が載っていて万一落としでもしたら縁起が悪いことこの上ありません。
もちろんダラダラと動いている訳ではなく情熱をもって担いでいるのですが、動きによって体が温まるという印象ではないのです。
あるいは前後の担ぎ手の体温が伝わって来て意外に寒くないのかとも思われますが、何にせよ相当な気合が無いとできることてはないことは分かります。

それにしても、見物者がずいぶんと多いのに驚かれます。
去年と確か一昨年も来ていなかったように記憶しますが、以前に見に来ていた時はこんなには人はいませんでした。
増えているのは見物者というよりは、アマチュアカメラマンと言った方が良さそうです。
しかもちょっと団塊の世代という言葉を思い出させるような世代の方々が多いようです。
わたしもそうですが、カメラ愛好家といっても何しろ冬場は撮影機会が激減するので、楽しそうな催しが地元であると人が集まってしまうのは致し方ないでしょう。

神輿だけではなく、そういうカメラマンを見物するのもなかなかに楽しいことです。
わたしのように小心者なのでしょうか遠巻きに撮影する人、逆に周りが見えなくなって他人に何度もぶつかりながら知らん顔で撮影する人、長くつ持参で海に入って行ったりポールにカメラを括り付けて上から撮影したりと用意周到派、興味津々で神輿に接近する外国人カメラマン…。
残念ながら、わたしたちのように訳の分からないレンズで撮影とか、フィルムライカでなどと言う人は見つかりませんでした。

また、みんな行動が画一的になってしまうのはどうかなあと思ってしまいます。
神輿が海へと進んで行った作例の撮影時にはこのようにいっぱいだった人たちも、ちょっとすると逆光を嫌ってみんな右側に移動してしまいました。
以降はこのあたりは前方に障害物なく余裕で撮影できましたが、順光側では人がいっぱい、海に入って撮影する人もちらほらで神輿ではなく彼らのことを撮るような状況です。
もっとも作例も、神輿ではなく好い天気を撮影したようなものなので、人のことをとやかく言えるものではないのですが。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/20 Mon

飛機来不及

Ross 11.5cmF4
正月の徽州シリーズは今日で最終回です。
ロクな作例も出さず、具体的な紹介もないままに終わらせてしまい恐縮です。
人間誰しも寒いと言うだけで行動力をそがれるものではないかと思うのですが、体調を崩したとなるとカメラを構えたとしても何かを撮影するというより、ひとまずここいらでシャッター切っておこうと、せいぜいが訪れた証拠づくりをするのが精いっぱいでした。
むかし、釣りをしていたとき、船酔いして釣りをする気力はほとんどないのですが、取りあえずがんばって仕掛けを降ろしてエサが残っているかに関係なく竿を出しっぱなしにしたのに似ているような気がします。
そういえば、フィルム5本とともに死産したM6は10枚も撮らずにカバンの中の重しとなって、肩にぐっと食い込むばかりでした。

帰国時にはとんでもない悲劇が待っていました。
タクシーで空港に到着して料金を払うと、運転手からこれはニセ札で使えないよと突き返されます。
ええっと次々好感して渡しますが、5枚の100元札はすべてニセ札とのこと。
運転手とともにATMのところにいってクレジットカードで現金を引き出して支払い、ようやく解放されます。
500元は9000円弱ですが、徽州の中国銀行ATMで引き出した紙幣にニセ札が混じっていたということのようです。

悲劇とはこんなことではありません。
もともとぎりぎりの時間に空港に向かっていたわたしは、チェックインカウンターに着いたときに出発時刻の45
芬前になっていました。
手短にニセ札の事情を話して、チェックイン手続きをお願いしましたが、もう締め切ってますと断られます。
いや、明日が仕事始めでこの便に乗らないわけにはいかないので、どうにかしてくださいとお願いしますが、日本人職員は、申し訳ありません、もう締め切ってますの1点張りでした。

この間ずっと頭を下げ続けましたし、走って間に合わせますからと言い続けましたが、走っても間に合わないのでと受け付ける気配はなし。
とろろが、横で手続きしていたスタンバイの客が職員に付き添って走って搭乗口に向かうではないですか。
あの人はよくてわたしはダメなのですか? あちらは時間通りにいらしてましたから…。
もちろん悪いのは時間に遅れたわたしの方でして、ルール通りに対応した航空会社職員に非があるわけではないといういうことになるでしょう。
しかし、わたしは同じ空港で国内線の遅延という理由があったとはいえ、一度閉じたチェックインを開けてもらってぎりぎり登場させてもらった経験があります。
その航空会社は困っていたお客さんを大事にし、このときの航空会社は基本ルールか定時運行の方が大事だったということでしょう。

わたしの航空券は変更が効かないので紙くずになりましたが、それよりも問題はどうやって日本に戻るかでした。
この時点で戻るとすれば、香港まで飛んでいつも利用している香港深夜発の成田に早朝着く便に乗るしかありません。
満席でしたが、その航空会社は融通を効かせてくれて、オフィスに出向くとほぼエコノミーの正規料金でビジネスクラスにアップグレードしてくれどうにか翌日の朝には仕事に間に合うことができました。
ただし、その代償は成田に戻る航空券14万円也です。
あまりに痛い出費になりました。
こんなことを書くとクレーマーみたいで笑う人もいるかも知れませんが、もうこの航空会社は2度と利用しないでしょうね。

さて、最後ということで美人ポートレイトで締めたいところですが、彼氏もいっしょでしかもピントも甘い作例になってしまいました。
ふたりは宏村で宿がいっしょだったカップルで、彼氏の方がわたしを日本人と知ると、ちょっと待ってとオレの彼女は英語ができるのでと彼女の翻訳を通して3人で会話しました。
途中、英単語が思い出せないところで中国語の単語を混じえて返事したところ、彼女はわたしの使った中国語部分はそのままに翻訳して、一瞬間があってから、あなた中国語できるの、ええ少しとなって3人で大笑いし、一気に距離が縮まったような親しい関係になりました。

ふたりの職場の先輩一家もいっしょに来ていて、わたしたちの盛り上がりに気付いてやって来て旦那さんが話に加わりました。
青年とその先輩は上海の企業で働いているとのことですが、外国人とこんなに親しく話すのは初めてだと興奮しています。
酒までいっしょに飲んで、我々は兄弟だと気炎をあげました。
折しも日本の首相が靖国神社を参拝した直後で日中間には微妙な空気が流れていた時ですが、確かにそのことも話題にはなったものの、そんなことで友だちになったりならなかったりなんてことはないだろうとふたりはわたしの肩をたたきます。
杓子定規な対応をしない彼らは、日中関係がどんなになってもまたいっしょに盛り上がろうとアドレス交換しました。
帰国時のことは未だに悔しくて仕方ありませんが、この作例を見ていたら楽しいこともあったのを思い出して、少なくともこの旅を許せる気にはなって来るのでした。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/19 Sun

愛管閒事

Summilux 35mmF1.4
もともとの予定では、1泊はしてみようと考えていた西递でしたが、滞在したのは2時間あまりにとどまりました。
うち喫茶店に1時間、骨董品屋に半時間で、村の散策は30分にも満たないほどです。
白い建物が並んだ落ち着いたたたずまいは宏村より魅力的だと感じましたが、1時間に1本の宏村のバスの時間が5分後に来ると聞いて、散策を打ち切ることにしました。
体調が悪いままで歩くのがかったるく感じられるようになり、何はともあれ卢村に置きっぱなしの自転車を取りに行かなければいけません。

バスで宏村に着いていったん宿に戻ると自転車はどうしたのか聞かれ、事情説明したところ宿のおじさんがバイクで卢村まで連れて行ってくれました。
自転車は入場券売り場の脇にそのまま置かれていて、朝、チケットを手渡してくれた男性がどうしたのかと心配したよと笑って出迎えてくれました。
宿のおじさんもやれやれという感じで戻ろうとするので、おじさんの方が体力ありそうだから自転車でどうぞ、僕はバイクで先に戻るからと言うと、そういう冗談が好きそうなおじさんは笑いながら自転車は勘弁と行ってしまいます。

せっかく木彫村に戻ってきたのでそのまま帰っては勿体ないと、少しだけ卢村を散策してみることにしました。
再度、木彫のすばらしい建物を訪れてみます。
建物には名前が付いていて志誠堂と表示されていましたが、日本語読みすると化粧品でも売っていそうですが、恐らくは18~19世紀の塩の専売権により栄えた徽州商人の典型なのでしょう。
持ち帰った富を地元の木彫職人の腕に託して家を飾りたてたのだと思われます。
この作例では分かりづらいですが、幾何学的パターンの精緻さと美しさは、広い中国でも見た記憶がないものです。


この内装部分が撮影したくて、唯一持参した広角レンズであるM6に付いていたズミルクスに交換しました。
ちょうど家主のおばあちゃんが出てきたタイミングを縦位置で目一杯後に下がって捉えています。
レンズをやや上向きに振っているので、柱が内すぼみになっている素人臭い作例ですが、とにかくできるだけの全体像を撮っておきたいと思いました。
おばあちゃんの出てきたところの左側に玄関があって、すぐ部屋があり撮影した空間は屋根がぽっかり空いている天井というスペースです。
天井は文字通り天から雨が降ってくる井戸という意味で、日本語の家屋にはこのような場所が無いので屋根の下のスペースのことを誤訳して天井と呼ぶようになってしまったのではないかとわたしは考えています。
ここを塞いでしまうと真っ暗なので、明かり取りにもなっているわけですね。

その光が差し込んでいる部分こそ光が回析して縁を滲ませていますが、それを除くとズミルクス35mmの開放なのに何故と思うくらいフレア感の無い落ち着いた写りになっています。
右上にあるのは木彫を風雨から守るための布だと思うのですが、これが滲むのがズミルクスのはずですが、そんな気配はありません。
屋根瓦のかたちに木彫を照らす日の光も同様です。
ズミルクスらしい線の細さは十分に感じられて、α7では一定の味を残しつつも違う暴れレンズを優等生に変貌させるような不誠実さがあるのではないかと気になります。

デジタル全般にそうなのではとも思われるかも知れませんが、M8の作例では、全体にふわふわなフレア感があって強いハイライトはことごとく滲んでいます。
R-D1でもそれは同様で、かつてM3やM6で撮ったものも同様か、もっとひどいものも多くありました。
X-E1でズミルクスを使わなかったことが悔やまれますが、ライカのデジタルでズミルクス35mmを使っている人は多く、それらではわたしの見る限り今日の作例のようにフレア感や滲みの無いものばかりのような気がします。
最近になって優等生ズミルクスが増殖しているのでは…。

どういうことかはさっぱり分からないのですが、例えば、M8ならシャープネスをカメラ側で設定できるので、シャープに見せるために邪魔なフレア分や滲みが除去されるのではとの推測が思い浮かびます。
今日の作例もズミルクスファンにはこれだってズミルクスさと分かる表現なのかも知れませんが、一昨年にスペインで使ったときの作例を見ると、そちらは誰が見てもズミルクスだと即答できる描写をしていて、わたしのようないい加減な人間ならどちらが好きかは明白です。
sha-sindbadさんは、コントラストやシャープネスを落とすことでデジタル臭が抑えられたフイルム的な画になるとよくおっしゃってますが、同時にレンズの個性がよく分かると付け加えることができるのではと思えてなりません。

絞ってしまうとどのレンズも同様の描写になってしまい区別がつきづらくなることから、レンズの個性をより知りたくて開放での撮影を重視してきました。
そうでなければ、こんなにもレンズを集める意味が薄れてしまいます。
シャープネスを上げるとレンズの個性が失われるという推測が正しいとすれば、そうしてはならないというルールができるだけですが、初めからシャープに撮れるように設定されたカメラがあるとすれば、レンズ蒐集家にとってありがたくないカメラという言い方をせざるを得なくなります。
【Alpha7/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(2) | 2014/01/18 Sat

馬鼠与兎

Ross 11.5cmF4
婺源からやって来ていた何(ホー)さんに送ってもらったときは平然としていたつもりですが、西逓に降り立ったときには結構ヘロヘロになっているのに気付きました。
体調が悪いのに白昼、酒をかっくらってしまったからでしょう。
何さんたちは、自分たちで楽しむために自家醸造の米の酒をペットボトルに入れて持ってきていました。
ちょっとだけ日本の大吟醸にも似た爽やかで飲み口のとても好い米酒ですが、アルコール度数は20度以上あるようです(何度あるのか尋ねたが何分自分たちで飲むために作っているのでよく分からんと笑っていました)。
そんなに飲んだつもりはなかったのですが、すぐに頭がぼんやりして、続いて足に来たという訳です。

西递の入場料も104元だと言われました。
とても高いですし、なぜ100元ではなく104元なのかも分かりません。
宏村104元、竹海30元、塔川20元、卢村50元、そして西逓104元で都合308元。
こんなんじゃ、入場料だけで破産してしまいます。
もっとも、この時は酔っぱらっていて、へらへら笑いながら金を払っていたかも知れません。

歩くのが辛かったのでどうしようかと思っていたのですが、ちょうど入ってすぐのところに紅茶の店があって助かりました。
最近、店を始めたという青年は英語も堪能とは言わないまでも話すことができて、英語でオーダーを受けてくれます。
なぜに紅茶かと言えば、徽州の西はずれのエリアに祁門という紅茶の名産地があって、機会があればこの度で紅茶を飲んでおきたいと思っていたのです。
かなりむかしに本で読んだので記憶違いがあるかも知れませんが、世界3大紅茶と言えば、スリランカのセイロンティー、インドのアッサムティー、そして中国キームン(祁門)ティーと言われるほど、祁門の紅茶は名高いとのことでした。

普段、スリランカやインドの紅茶を飲んでいるのですから、いきなりキームンを飲んでもすごく美味しいと感じると言うほどのものではありません。
出された紅茶の質や淹れ方の問題もあると思います。
それは仕方ないとして、酔っぱらった状態で熱い紅茶を啜っていると、徐々に回復してくるような気分になれて、何よりそれがありがたいことでした。
店主の青年とは酔いが醒めてくるまで1時間くらいは英語と中国語のチャンポンで会話したはずですが、いったい何を話していたのかまったく思い出せないのが残念です。

徽州はたいへん広いエリアを示す地名で、親しくなった何さんの住む婺源も高速で1時間かかるところながら徽州の一部で、その徽州全体に古鎮が無数に点在しています。
今回訪れた宏村は黟県という地区にありますが、黟県では宏村と西逓が2大古鎮ともいうべき存在で、事実、この2つの村が世界遺産に登録されていることが自慢とのことでした。
しかし、酔いが醒めて来たといっても体調も回復したという訳ではないですし、むしろ朝よりも体のだるさが顕著でもうゆっくり見て歩く元気はありませんでした。

この村にはなぜだか骨董品屋さんが何軒もあって、徽州各地の古鎮から集められたというアンティークで溢れているということです。
間違いなく骨董も売らていたとは思いますが、わたしが見たところでは、あちこちで売られている胡散臭いようなものばかりで、目利きでなければ騙されるのは間違いなさそうです。
しかし、夏に雲南で仏陀像を入手したのに引き続いて、ここでも木彫りの素朴な観音像が気に入ってしまい思わず
買ってしまいました。
木彫村である卢村で大学生が修復していたのを目の当たりにした影響もあったろうと思います。

それに、前から欲しいと思っていた香炉のずいぶんと小さいのを見つけてこれもかわいいと購入したのですが、おばさんにはわたしがカモに見えるらしくもう要らないとと何度言っても次から次へとガラクタを勧められました。
帰国後開封してみると、観音様は、あれっこんなんだったっけと印象が違うものが出てくるし、香炉に至っては確かに小型でいいデザインですが小さすぎてお香を入れることができません。
どうもこういうところでの買い物というのはうまくいかないものだと反省します。

この骨董屋では、生後数か月のウサギを飼っていてとても可愛かったのですが、警戒心が強くて最初まったく寄っても来ませんでした。
ところが観音様の像を買ってからは、心を開いてくれてわたしに近付いてくるようになり、ついに抱きかかえるとわたしにしがみついて離れなくなりました。
これには骨董屋のおばさんも驚いて、今まで誰にもなつかなかったのにあなたのことをお父さんと思っているのかもよと感心していました。
しかし、それ以上にわたしの方が感心したのは、そのウサギを日本に連れて帰りたいだろ、売ってやろうかと、おばさんは最後まで商魂たくましかったことでした。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/17 Fri

好像老朋友

Ross 11.5cmF4
引き続いて卢村まで自転車に跨りました。
直前にちょっとした上り坂があって、それを越すと村の入り口まで一気に下りになります。
それまでは前輪の空気のことしか気に留めていなかったのですが、ここで初めてブレーキが利かないことに気付きました。
下り坂ではわたしが重たいこともあってぐいぐい加速しましたが、足の裏から火花が出るくらい両足を地面に押さえつけるとどうにか転倒することも無く、入場券売り場前で停車できました。

入場料50元を徴収に来るおじさんは、高いと批判されることが多いのか中国では珍しいくらいに低姿勢でした。
卢村は木彫村という異名があるほどに古建築内部に木彫が施されていると、もらったパンフレットに記されていました。
さきほどの村で大学生が木彫の修復をしていたのは、そういうことだったのかと合点がいきました。
村の木彫はもともと美術品ではなく家の中の内装であり、家具であって、そこだけを引き離して美術品として展示というわけにはいかないものがほとんどです。
いずれも日常生活の中で徐々に傷んでしまうことは避けられそうにありません。
独立した美術品であれば、個々に例えば北京の○○木彫研究所に送って修復してもらうことも可能でしょうが、村内に修復の技術を持つ人がいなければ立ちいかなくなってしまいます。
木彫村を名乗る以上は、これを維持することが村の存亡に関わることであり、言わばかの大学生の双肩に村の命運が託されたとも言えるというところでしょう。

村では数軒の古建築で、木彫を愉しむことがてきるように中にお入りくださいと案内があります。
建物は、その家の人が普通に暮らしていますが、そのまま案内をかってでてくれたりで、家のおばあちゃんがいきなり学芸員に変身する、生きた美術館のようでした。
見学した建物は2階が吹き抜けになっていて、その全面が木彫で覆われたすごい内装があって思わず息を飲みました。
残念なのは、超広角でないと家の中だと分かるようには撮影困難で、ペッツバールでは内装をポートレイト風に切り取ることしかできないために、ここに紹介できないことです。

彫刻は、中国各地でよく見られる中華的幾何学模様のパターンと、当時の暮らし振り乃至は伝説などにモチーフをとったワンシーンがあって、そのどちらも精緻で美しく感心させられます。
滞在していた宏村は2キロ程度しか離れていませんが、これほどの木彫に出合わなかったのは、恐らく文革で破壊されたのではないかと思いました。
逆に卢村は人口の少ない寒村だったために、個人宅の内装までは文革の手が回らなかったのではないか。
つい先日、雲南省シャングリラの歴史的建造物のエリアが火事で焼失した痛ましいニュースを見ましたが、この村が火事に見舞われないことをつよく願いたいと思います。

さて、そんな木彫を熱心に眺めていると、二人組の男性がやって来ました。
観光客ではあるようですが、木彫にとても詳しく普通の旅人ということではないようでした。
互いに自己紹介することになって、わたしが日本人だというとかなり驚いていましたが、彼らが婺源から来たと聞いて、わたしの方も驚いてしまいました。
婺源は今では江西省に属していますが、かつては徽州の一角を占めていた、広い意味でこことも隣接した土地です。
やはり古鎮がたくさん残っていて、本来わたしは婺源にこそ行きたかったのですが、アクセスの問題で諦めたという経緯があったのです。

その婺源からやって来たひとりは若い頃広州に出稼ぎに行って、日本のMモーターの工場で何年も働いた経験があると説明してくれました。
当時の中国進出企業のさきがけのような日本メーカーで、開放政策を打ち出したばかりの中国にあって、ずば抜けて先進的な企業だったと述懐しています。
その工場で彼はたくさんの技術を教えてもらい、日本人社員からもとてもよくしてもらったと、以降ずっと日本びいきだったのだそうです。
結婚して実家に戻って何年も経ち、日本とは縁もなくなっていたところ、こんなところで日本人と出会えた、ついてはこれからもずっと友達でいて欲しいとわたしの手を取るのでした。

わたしは、ぜひとも訪れたい婺源の人から友だちにと言われただけでもありがたいことと思いましたが、それ以上にこの男性の誠実で裏表無いと思わせるわたしへの接し方に打たれました。
旧友に突然再会したように打ち解け、意気投合することになります。
非常に残念だったのは、仕事で来ていたふたりは、このあと婺源に戻らなければならず、好ければ車で来ているのでいっしょに婺源までいきましょう、ウチに泊ってくださいと誘ってもらったにもかかわらず、明日には深圳に行かなくてはならなかったため泣く泣く断らざるを得なかったことでした。

ではせめて昼食をいっしょに取りましょうと、かなり高級なレストランでご馳走までしてくれました。
ひとりでは多くのオーダーができず、地元の名物料理もあまり口にしていなかっただけにありがたく、車に積んでおいたという彼らの家で作ったという酒とともに、今回の旅で最高の食事ができました。
そういえば、このレストランでは面白いことに、オーダーすると店員が店の向かいにある畑に行って、野菜を取って来て調理しだしました。
また、彼らが会計時に名刺を差し出すとかなりの割引があったようでした。
理由は聞けませんでしたが、婺源では名の通った名士だったのかも知れません。

ありがたいことに、その足でわたしが行きたいと言った西递まで送ってくれました。
次回は必ず婺源に来るようにと強く握手して別れます。
婺源が面白くもないところだったとしても、彼らに会うためだけにでも出掛けてもいいと思えるような出合いだったと思います。
しかし、良いことばかりではありませんでした。
ひとつは、白昼呑んだ酒が体調の悪いことともあいまって、強烈に効いてしまったことがあります。
もうひとつは、彼らの車で西递まで連れて行ってもらいましたが、よくよく考えてみれば、わたしは卢村に自転車を置きっぱなしでした。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2014/01/16 Thu

無名村的大学生

Ross 11.5cmF4
ねずみの宿には自転車があって無料で貸してくれると言います。
昨日行った竹海方面は上り坂なので諦めましたが、ほぼ平坦な卢村へは自転車がよさそうなので借りてみることにしました。
ところが前輪の空気が抜けていて、空気入れもないと言います。
宿のおじさんもさすがに責任を感じて村はずれのバイク屋まで同行してくれ、空気入れを借りてもらってタイヤに冷たい空気を注入して、さあ行って来いとわたしを見送ってくれました。
いざ、卢村へ向け出発です。

といっても卢村までは2キロしかなく10分もかかりません。
あまりに近すぎては空気を入れている間にも歩き出せば着いていたのではと考える間もなく、途中、龍池湾景区という表示があったので寄ってみることにしました。
川の一部の流れを緩めて手漕ぎボートで遊ばせるような、予想通りのぱっとしないような施設があり、シーズンオフのボートの横では寒い中で洗濯するおばさんもいたりで、その光景に北風の冷たさが身に沁みます。
古建築も何軒か点在しているので、もしこんな村が深圳にでもあれば、ぜひ訪れたいと思うでしょうが、残念ながら古鎮の宝庫にあってわざわざ足を止める人はいないでしょう。

この村には何もなかったかと言えば、そんなことはありませんでした。
古建築前の陽だまりで、一心に彫刻と格闘している青年を見かけたのです。
その青年を見守るように、おじいさんがふたり長椅子に腰掛けてニコニコとしていました。
目が合うと、手招きして隣に座るよう指示されます。

年嵩の方のおじいさんは何と92歳だと言い、何と青年のひいおじいさんだと自己紹介しました。
言葉が完全に通じたわけではないので少々間違いがあるかも知れませんが、青年は大学生で美術を学んでいて、古建築の中にあって朽ちていた彫刻の修復作業を勉強を兼ねてしているのだそうです。
まさに自慢のひい孫だと言わんばかりに胸を張るそのおじいさんの表情もまた魅力的でした。
30分も雑談していたでしょうか、いま思うと修復に集中していた彼には話しかけづらく、結局、彼のみとは一言も言葉も交わしませんでした。
それどころか、一度も彫刻から目を離していないように没頭していたようで、彼の真面目さがとても印象に残っています。

ところで、昨日の作例では、ほぼ無限遠で建物全体に合焦すべきところが、屋根部分がボケてしまっています。
像面湾曲の影響だと思います。
しかし、近距離で撮った今日の作例では、全画面で影響を受けていないように見えます。
ロスの11.5cmは35mmフォーマットでは、両端はかなり微妙だということが分かると思います。
本来の目的たる人物撮影なら、35mmでは問題とならないようですが、5×4サイズだとかなり周辺が怪しい表現になりそうです。

また、ペッツバールはけっして逆光に強いとは言えないレンズです。
半逆光下のこの作例でも、ファインダーを覗くとかなり真っ白で厳しい条件です。
ただ、レンジファインダーと違い、いちおう一眼レフと言えるα7では優れたEVFの効果もあって、ハレ切りの効果がファインダー上でよく確認できます。
これではコントラストの甘さに、ペッツバールなんてこんなものかと言われてしまうかも知れませんが、この辺がオールドレンズ愛好家になれるかどうかの分かれ道かなとも思います。
現代の優秀レンズならより先鋭でハイコントラストな絵を作るかも知れませんが、わたしにはそれが人工的に感じられて好みでないと映るように思われます。
肉眼で見て眩しくて目を細めるようなシチュエーションでは、この作例で過不足なくパーフェクトです。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2014/01/15 Wed

老鼠客栈

Ross 11.5cmF4
上海からの航空便の欠航と、振り替えられた翌日便のディレイで、思い描いていた徽州エリアを広く見て廻る計画は変更を余儀なくされました。
おまけに、現地のあまりの寒さに行動力は奪われ、体調も崩してしまい、いつものように何でも見てやろう、無理してでも行ってみようという気持ちになれなくなってしまいました。
付け加えるなら、年齢からくるものも確実に影響していると言えますか。

結局どうしたかと言えば、当初の4泊が3泊に減ったので、宿探しの時間を節約しようと、最初に泊った旅館に3泊することにしました。
この宏村近辺には小さな古鎮が点在していましたし、宏村と双璧とも言える有名な古村落の西逓というところへも1時間に1本ある直行バスで20分ほどで行くことができます。
今回は、この辺をまわることで納得することにしました。

同じ宿に3泊したのは、宿そのものが気に入ったということがあります。
2013年にオープンしたばかりの設備の真新しい宿ですが、宏村の中にある200年は経っている古建築です。
内装にも拘りがあって、古い家具や調度が200年前の生活そのままだと主張するように置かれていました。
1泊3~400元もする村の中では高価な宿なのですが、わたしの泊った部屋だけ狭いシングルの設定だったので120元と安価だったのです。
狭いといっても部屋の中に小階段があって、ロフトのような2階建てのようになっていて、ベッドはその2階にあり、ちょっとした隠れ家風であるのがたいへん気に入りました。

ただ、こんな狭い部屋でも前にも書いた通り、暖房全開にしても部屋が全然暖まらないのです。
また、ベッドが高い位置にあるため、真上の部屋の物音がけっこう聞こえてくるという問題がありました。
幸い、3晩とも同宿舎は11時前には寝てしまうような人たちばかりだったので、あまり影響は無かったのですが。
それよりも困ったのが敷設するシャールームで、告白すれば、あまりの寒さに最終日にシャワーを1度使っただけでした。
その時は、外をがむしゃらに歩いて体をほかほかに暖めてから利用したのですが、裸になった瞬間に体は冷えてしまい、お湯をがんがんかけてもずっと震えっぱなしでした。

全部で4部屋しかない古建築を転じた宿なので、オーナーの他におじさん、おばさんとふたりのスタッフしかいません。
オーナーは、いつもどこかへ行ったきりなので、おじさん、おばさんがふたりで切り盛りしているような状況です。
外国人の客が今までいなかった訳ではないようですが、日本人の宿泊はわたしが最初だったようです。
薄着でひとりぽつねんとしていたわたしが何とも頼りなく映ったようで、ふたりは何かとよくしてくれました。
おばさんの方は多分年下だったと思いますが、ふたりが父さん、母さんのように感じられ居心地よかったのも、ここに3泊した理由かも知れません。
滞在中はほぼすべて満室になっていましたが、他の客がすべて1泊で立ち去っていた中で、安い部屋とは言え3泊もしたわたしを、彼らも息子とは思わなかったでしょうが、身内的には感じてくれたように思います。
そんなんでも、知らない土地をひとり旅している身には十分に嬉しいものなのです。

すべてが好い宿のように錯覚させてもいけないので、ここでの悲劇も記載しておきましょう。
ひとつは、軟禁事件というか、それほど大袈裟な話ではないのですが、2日目早朝に起きて明け方の村の雰囲気を味わおうと外に出ようとした時のことです。
前日と同様に古い扉の木製のカギを開けて外に出ようとするのですが、まったく開こうとしませんでした。
どうやら外側から鍵がかかっているようでした。
おじさん、おばさんは夜に帰宅してしまい、オーナーが戻って来て内から施錠するのですが、どうやらオーナーが外泊したためその晩のみ外からカギをかけてしまったようです。
おじさんに聞いたところでは、どうも別の宿にオーナーの愛人がいて、ときどき夜を明かしてしまうとか…。

もうひとつの悲劇は、我ながら情けなくなるものでした。
初日、2日目とベッドに細かいゴミが落ちていて、わたしがシャワーを浴びないからかなどとひとり合点していたのですが、3日目にその理由が判明しておえっとなりました。
夜中にふち目覚めて気付いたのですが、わたしの頭の上の柱か木枠を細かいステップで移動する何者かがいるのに気付いたのです。
慌てて電気を付けたもののそれを目撃するには至りませんでした。

いつの間にか寝てしまったので、翌朝、おじさんを問い詰めて確認できたのですが、この宿にはネズミがいるそうです。
古い建物だから当然だと笑っていましたが、そのフンが枕もとにあって、それを頬にくっ付けて寝ていたわたしは堪りません。
それどころか、電気布団を付けていたので、寒さに耐えきれなかったネズミといっしょに寝ていた可能性が高いのです。
いい宿でしたが、オーナーは夜な夜な愛人のベッドへ行き、ネズミはこっそり自分の布団に潜り込んでフンまでしていくとなると、その評価は下げざるを得なくなります。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/14 Tue

1世紀半的歴史

Ross 11.5cmF4
今回使用したロスのレンズでわたしの所有するペッツバールも9本になりました。
まだ未使用ですが、ksmtさんに改造していただいたペッツバールも1本あるので、合計すると堂々10本ということになります。
そこで、いったん整理のために一覧にしておこうと思います。
最近、もの忘れがひどくて時々こういうことをやっておかないと、どんなレンズがあったか分からなくなってしまうのです。

No. Manufacturer Nationality Focal lengs F No Years
1. Dallmeyer England 11.4cm(4.5in) F3.6 1861
2. Voigtlander Germany 10.0cm(4in) F2.3 1901
3. Lerebours et Secretan France 8.5cm(3.375in) F3.4 1860ca
4. Darlot France 10.0cm(4in) F3.5 1860ca
5. Gaudin France 10.0cm(4in) F3.5 1842ca
6. Dubroni France 10.0cm(4in) F3.5 1860ca
7. Vallantin France 7.0cm(2.75in) F3.5 1860ca
8. Holmes, Booth & Haydens USA 14.0cm(5.5in) F3.6 1857
9. Ross England 11.5cm(4.5in) F4 1862
10. Jamin & Darlot France 15.5cm(6in) F4 1860

意味はありませんが、レンズの平均値を計算してみました。
・平均焦点距離、10.78cm
・平均F値、F3.49
・平均製造年、1862.3年
こうみると、4番目のダルローは、わたしの持っているペッツバールの平均的レンズということになるようです。

もちろん、これらペッツバール1本1本に対しての思い入れは、現在、他のレンズより強いものがあります。
1番目のダルマイヤーは自称、世界初のライカの距離計連動ペッツバールですし、5番目のゴーダンは無銘の打ち捨てられたようなレンズが実はたいへんな歴史的レンズだったというエピソードがあり、6番目のデュブローニはMSオプティカルで球面収差のない最高性能レンズとの評価を得たりもしました。

また、7番目のヴァランタンは7cmというたいへん短い要点距離とレンズそのものの小ささがたいへん珍しく、恐らく同様のレンズはまずは出てこないだろうとタカをくくっていました。
ところが7cmF3.5という同スペックのペッツバールは、キノプラズマートさんによって新たに発見され、いま、www.oldlens.comに紹介されています。
しかもそのレンズはデュブローニ銘になっていて、同名のカメラとともに購入されたということで、世界初のインスタントカメラでもあるこのカメラとレンズと薬品類のセットを詳しく紹介されています。

また、レンズの描写は周辺で流れるところは同様ですが、シャープネスなどはデュブローニが優れているようにも見えます。
わたしのデュブローニの高性能と短い焦点距離の希少性を兼ね備えた恐るべきレンズかも知れません。
このことに驚嘆していたら、今度はKinoptik75mmF2というとてつもないレンズが最新の更新によって登場していました。
これがまたなんだこれはと驚愕するような写りで、はっきりと好き嫌いが分かれるようなレンズなのですが、キノプラズマートさんは好きなレンズだとばっさり有無を言わせぬコメントをされているのが痛快です。

自分の気に入る希少レンズを見つけ出して、それを裏付けるだけの写真も撮ってしまうそのセンスは、キノプラズマートさんならではの比類ないものと言えるでしょう。
何しろ、デュブローニとキノプティークは同じフランスのレンズですが、前者は150年前に製造された写真術が発見されてほぼ20年ほどしか経っていないプリミティヴなレンズなのに対し、後者は現在もまだ製造されているデジタル時代でも通用する現代レンズの申し子です。
この両極端を立て続けに同じ土俵で料理してしまうのです。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/13 Mon

西陽古鎮

Ross 11.5cmF4
竹海の出口から歩くこと30分、ようやく塔川の村が見えてきました。
その直前に古鎮本などには出ていない、横川という村もあって突っ切って歩くことができました。
全戸数で5戸ほどしかないながらもすべて古建築という魅力的な村ながら、訪れる人はほぼ皆無なのでしょう、写真を撮っていると農作業から戻ってきたおばあちゃんに呼び止められ、ゆっくりしてってと誘われたりもしました。
このころにはすっかり全身がだるいような状態で、休んだら再び動き出す気力も残っていないかもと考えると、丁寧にお断りせざるを得なかったのがたいへん残念でした。

すぐ隣の塔川は「秋色」塔川という枕詞とセットで知られています。
紅葉の美しさをウリにしているのです。
村に入ると、紅葉スポットはあちらのような表示まであったりしましたが、当然すでに紅葉は終わっていて、書かれているとおりに進んでいく気にもなれません。
紅葉シーズンは賑わうのかも知れませんが、わたしが訪れたときは外来者は誰ひとりいません。
あまり紅葉を全面に打ち出し過ぎると他のシーズンには見向きもされなくなるのではなどと、余計な心配をしててしまいました。

もうひとつこの村で自慢できるのではと思ったのが夕日でした。
例によって、ゆっくりする気になれずに自分の眼では未確認ですが、宿のおじさんたちが言うには、夕日だったら塔川だなあということでしたので、この村の夕日を眺めておくべきだったかと後悔しています。
作例は、まだ夕日になる前の強い西日が当たる塔川ですが、このままずっと待っていたら壁が徐々に赤くなっていく様子が見られたのでしょう。
宏村は真西が山でしたので、障害物のない塔川を西日の名所と彼らが呼んでいたのだと思われます。

ここでもゆっくりしていると疲労感に襲われてきて、行き倒れになるのではと慌てて宏村に向かって歩き始めました。
宏村までは2~3キロとのことで、緩やかな下り坂ということを考えればどうってことない距離なのですが、いよいよ足の疲れもピークに達してきて、さらにはそれをかばったせいか腰まで痛くなってきて、思うように歩けなくなってきました。
ようやく宏村の入り口に着くと入場券のチェックがありましたが、腰の痛みで立ち止まることができず、すまんが竹海からずっと歩いて来て足腰が傷くて止まることができないので、歩きながらチェックしてくれとチケットを振りかざすと、先方も深刻な顔で駆け寄って確認してくれました。

いったん冷蔵庫のように凍てつく宿で休憩してから、夕刻の宏村を散策しました。
なるほど、夕日を愉しむのは塔川にとどまるべきだったかなと再認識されましたが、路地をさまよっていて面白い店を発見しました。
中国の田舎にはよくある地酒屋さんですが、小さな店にはアンバランスなほどに巨大な写真が掲げてあって、そこには胡錦濤が穏やかそうな顔で酒を飲んでいる姿がありました。
なんでも胡錦濤は安徽省の出身で、つい先日実家に帰る足で宏村に立ち寄ってこの店で酒を買っていったのだそうです。
店のおばちゃんが、わたしが説明して買ってもらったのよ、この手はわたしの手と、写真に写るお酒をついでいる手を自分のものだと自慢しました。

胡錦濤は穏やかそうな顔をしていて、過去にチベット大虐殺に関係していたり、日本では評判が悪いんですよ、実際に会ってみてどんな感じでしたかと、ちょっと余計なことまで言ってしまいましたが、もう一線から退いているので優しいおじいさんだったわよと笑っていました。
せっかくですので、胡錦濤も味わったという酒を買って帰ることにしました。
お米が原料ですがアルコール度数は高く、わたしは比較的低めの20度ほどのものを選択しました。
何しろ夜が寒いので、酔っぱらわないと眠れないと考えたのです。
こういうところでは珍しいとっておきの古酒というのも試飲させてくれ、胡錦濤に批判的な日本人にも優しいおばちゃんに疲れが少々癒された気分でした。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/12 Sun

竹海古鎮

Vallantin 7cmF3.5
今日の作例を見て思い出しました。
体調が悪化したのは、初日からではなく、この村に行った2日目からだったということを。
滞在していた宏村から5キロ離れた山の上にポツンと小さな村があることが、本に記されていました。
木坑という寒村ですが、竹が群生する山の中にポツンとあって、竹海という名前の方が知られています。
竹に囲まれているので、冬でも緑が絶えないところが魅力的に思えます。

宿のおばさんに行き方を聞くと、車をチャーターするか歩いて行くかのどちらかだというので、車の料金を確認してもらいました。
たった5キロしかないのに60元だと聞いてふざけるなと思いましたが、行きは上りだと聞き片道30元で行ってもらい帰りは歩いて帰ってくるというのでもいいかと尋ねてOKだったので、そうして行ってみることにしました。
いつ行くかと聞かれてすぐにと答えると、5分もせずに運転手はやって来ます。
この時期は寒さで観光客がとても少ないのでヒマなようです。
宿のおばさんと妙に親し気だったので、もしかして怪しい関係なんじゃないのと突っ込むと、旦那ですと拱手しているおとなしい運転手さんでした。

竹海でもまさかの入場料が30元も必要で、村ではその分付加価値を付けようと、あまりに場違いなお化け屋敷とこれはありかなと思わせる滑車で一気に谷越えできる施設を作っていました。
しかし、どちらも長く営業していないように風雨にさらされていて、入場収入使ってはやく撤去してもらいたいと考えずにいられません。
30分近く歩いて竹の山をひとつ越えると小さな木坑村に到着しました。
宏村よりは高度があるためでしょう、先週降ったという雪がまだところどころ残っていました。

村は古い家がこじんまりと建っている以外これといった見るべきものもないようですが、高台にある家で日向ぼっこしている人たちがいたのでそっと近づくと、宿屋と食堂をやっているというのでチャーハンを作ってもらいました。
3時までここに日が当たっているので、それまでゆっくりしていけばいいとも言ってくれます。
2歳の子がいてぷよぷよした真っ赤なほっぺで笑っていると、見る者みんなが幸せになるような存在感ある子どもでした。
しかし、聞けばやはり両親とも出稼ぎに杭州に行っているそうで、あどけない笑顔の裏側にさみしさが隠れているようにも見えてしまいます。

帰り道はずっと下りのルートを教えてもらい快適でした。
宏村までは5キロありますが、これなら1時間で行くでしょうし、途中もう1か所、塔川という古村落にゆっくり立ち寄ることにします。
ところが、竹海のエリアを離れて舗装された村道を歩き始めると、妙に足が重く感じられます。
いや、足だけが重いのではなく上半身がむしろどつしりと重くなっていて、体に異変が起きているのが分かりました。
単なる疲労かとも思いましたが、行きの竹海の道は上り坂がきつくて大汗をかきながらそのままほったらかしていたことが原因のようにも感じられました。
結局、旅の間中、これ以上に酷くなることこそなかったものの、体の重苦しさだるさはずっと続くことになります。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2014/01/11 Sat

倫敦鏡頭

Ross 11.5cmF4
旅に持参したレンズは、ヴァランタン7cmF3.5、ロス11.5cmF4の2本のペッツバールに、ズミルクス35mmF1.4のMマウントレンズも持っていっていました。
ズミルクスは、例によってM6を持ち出していたので付けっ放しにして、ほとんど使うことはありませんでした。
2本のペッツバールはなるべく両者均等に使うつもりでしたが、昨日も描いたように体調不良でちょっとしたことをするのも億劫で、ほとんどロスを付けっ放しでレンズ交換しない状態が長く続いていたことを告白しなければなりません。

ヴァランタンはこれまで何度か使用していますが、α7になっての7cmレンズですので、わたしにとっては標準レンズのようなものです。
一方のロスは、今回初めて使用する、若干長めのペッツバールということになります。
今回も、ksmtさんの手によってヘリコイドとEOSマウント化していただき、いつものようにα7にNEXライカアダプター&ライカEOSアダプターを介して使用しています。

レンズの製造番号は、8213と刻印されています。
ロスの製造番号記録は公開されていますが、5~10年ステップで製造番号が記載された精度のやや低いものになります。
それによれば、1860年に6500番が、1870年に12500番が製造されたと記載されているので、この10年間に6000本製造されたと計算して、8213番は1862年の製造であると推定することが可能です。
前述のように正確な製造年とは言えませんが、ここでは1862年製造とさせていただきます。

ロンドンに創業したロス社の歴史はたいへんに古く、1830年にはすでに望遠鏡などを製造するメーカーとして存在していました。
写真用レンズも少なくとも1840年には製造開始しています。
創業者アンドリュー・ロスは、「ロスのダブレット」で知られる2群4枚の非対称型レンズを設計しています。
F4の高速人物用レンズでしたが、これは成功することなく、24年後に息子のトーマスによって再設計されたときにはかなりの製造数を得たようで、わたしも所有しています。

会社は当初、Andrew RossまたはA.Rossと名乗り、レンズの刻印もそのようになっていますが、1859年には早くも前述のトーマスが社長を継いだため、刻印はシンプルなRossに変更されたようです。
わたしのレンズの刻印がこのタイプなのは、まさに1862年であることを裏付けていると言えるでしょう。
ちなみにksmtさんは前身のA.Rossの刻印タイプのペッツバールを所有されています。
1859年頃の製造のようです。

1860年のロス社の広告にペッツバールレンズの一覧が掲載されていたそうですが、その中で1番小さいNo.1が焦点距離は(バックフォーカスと書いてありますが)41/2インチとなっていて、このレンズとほぼ符合しますので、今回使用したレンズが当時のロス社の最小レンズであったと類推することができます。
次に短いものでも6インチとなっているので、すでに15cmくらいですから、わたしの今回入手できたレンズは35mmサイズで使うには最適なものだと分かります。

11,5cmの焦点距離であれば、35mmフォーマットは楽にカバーするのではないかと思っていたのですが、
今日の作例を見るとけっしてそういう訳ではないことが見て取れます。
周辺部は光量落ちではなく、像面湾曲が原因と分かる像の乱れがはっきり出ています。
中央右端のいくつかの肉が、左隣の肉に比べて明らかにボケているのが分かるかと思いますが、この部分こそレンズが球形でピントが大きく手前側になってしまっていることに起因するものです。
これはレンズがダメと言うことではなく、人物撮影用レンズであったペッツバールの特性を示しているに過ぎません。
ポートレイトを撮るだけなら周辺はこんなものでも構わなかったからです。
それよりも、これだけシャープで対象を忠実に描き出せるということが重要だったのですが、ロスのレンズはまさにその目的通りのすばらしい性能を有していたこともよく理解できると思います。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/10 Fri

差不多感冒

Ross 11.5cmF4
徽州の気候をなめていたようです。
寒いかも知れないことを警戒して事前に気温を確認していたのですが、最高気温は8度、最低はマイナス4度とちょっと低かったのですが、東京とそれほど変わらないと判断して、コートに厚手のシャツという普段と変わらない服装で出発していました。
しかし、宿に着くやいなやそんな薄着ではやばいぞと心配され、その理由も説明してくれました。
例えば北京などはマイナス20度くらいまで冷え込むことがありますが、それよりもこちらの方が体に堪える寒さだと言われているそうです。
どういう意味なのか理解しかねます。

日中は毎日晴れて、気温も10度近くまで上がるのでそれほど寒いとは感じませんでした。
しかし、日が沈んで一旦夜になるととてつもない底冷えがやって来て、それは昼前まで続くことになります。
たまらず宿に戻り、用意してあった食堂の暖炉に手をかざして、しばし暖をとります。
それから、自分の部屋に行ってエアコン全開にしてPCに向かったりするのですが、暖房の吹き出し口付近こそ暖かいものの、いくら待っても部屋全体が暖まることはありません。
エアコンの性能の問題か、はたまた古建築故に密閉性に問題アリなのか、部屋にいては寒くてやりきれずまた暖炉の方に舞い戻ります。

宿には湖北省出身のオーナーとアルバイトの地元のおじさん、おばさんの3人がいましたが、3人が3人ともダウンコートかスキーウェアのような完全防寒着に身を包み、室内にいても毛糸の帽子、マフラー、手袋を付けっ放しと言う体制でした。
この宿が例外なのではなく、食堂とか近所の人とか他も同じような出で立ちでしたし、離れたところからやって来た宿泊客もやはり同様のスタイルでした。

たぶん北海道でもみな同じような格好になるのだと思いますが、徽州の緯度は札幌付近という訳ではなく、鹿児島よりずっと南で、奄美大島よりちょっと北側にある程度のものです。
緯度で気温が決まるわけではないですが、位置関係を見る限りではとてもこんなに寒いなんて想像できませんでした。
やや山間に位置しますが、もちろん高度が高いということでもないので、これが大陸式の気候なのかなあと漠然と思わせるものがありました。

宿の蒲団は毛布ではなく敷き布団の方に電気が付いていて、寝るときは暖かくすることができました。
それでもまだ寒い気がして、暖房を全開のまま寝たのですが、これが大失敗でした。
不安に感じた通り、思いっきり部屋の空気を乾燥させてしまったようで、夜中に喉の痛みで目覚めることになります。
以降、滞在中は喉がずっと痛く、咳がしばしば、頭もぼんやりという状態が続きます。
さいわい熱はなく、風邪をひいたというところまでは至らなかったようですが、こうなるって来ると寒さとの戦いというより、滞在中は自分の体調との戦いの様相へと転じてしまいました。

作例の女性は残念ながら子どもがいましたが、たぶん宏村でいちばんの美人でしょう。
中国の古鎮では若い人はみな出稼ぎに行ってしまうので、一部のガイドなどを除いて、女性はおばあちゃん、おばさん、子どもの3種しか存在しないので。
たまたま好い表情をしているところをポートレイト・スナップにとらえられたのは、隊長の悪い中ではとてもラッキーでした。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/09 Thu

今天飛機晩点

Ross 11.5cmF4
2日続けて上海虹橋空港へ向かいました。
上海到着時にも、七宝鎮に行くのに虹橋のバス停まで来たことを考えれば3日連続です。
恐る恐るチェックインカウンターで尋ねると、どうやら今日は飛ぶようでホッとしました。
ただ、2時間のディレイですけどと笑って付け加えられます。
どうやら今回の旅先は、あまりわたしの訪問を歓迎してくれていないようですね。

その目的地は安徽省南部の徽州というエリアで、このあたりは明清代に豪商が多かったことからいくつもの村が栄えて、近世になってからもそっくり残った村が多いため、今では中国最大の古鎮の宝庫のようなエリアになっています。
少なくとも、蘇州や杭州、上海に接する江南の水郷の村々などと双璧と言えるでしょう。
江南の水郷よりは交通の便で劣るものの、中国の名山として名高い黄山と同じ行政区内にあるため、黄山空港への航空路を使えればアクセスがぐっと楽になると気付き、今回、ついに徽州行きを計画しました。

古鎮の宝庫なので、全部の村を見学していたら1週間の滞在でも時間がたりません。
数日間の滞在ですので、どのように廻るかがポイントと考え、1日ごとにみては移動するような、古鎮ホッピング式に移動しつつ見て歩こうと漠然と計画していました。
しかし、フライトのキャンセルがあり、翌日の3時半着の便も5時半着ではその日の見学は叶わないでしょうから、計画は大幅に変えざるを得ないことになるでしょう。

チェックイン時に言われたとおり、フライトは2時間遅れ、やはり到着も2時間遅れました。
黄山空港はすっかり薄暮の状態です。
空港からバスで町に入り、中距離バスに乗り換えて1時間で徽州古鎮エリアに入るのが一般的なルートですが、この時間ではすでにバスが無いようでした。
もともと時間通りならタクシーを利用して古鎮の夕景に間に合わせるつもりだったわたしですが、結局、町に出てもタクシーでしか行けないことは明らかだったので、空港タクシーに乗り込みました。


中国のタクシーは、大都市以外まずはメーターを使いません。
黄山のタクシーとも交渉しないとなりませんが、もともとそのつもりでしたので相場が200元であることは調べてあります。
タクシーは乗り込むや200メートルも走ってから停止し、本腰入れた交渉がスタートしました。
運転手は280元だと言い、200元が目標だったわたしは、170元だと言ってみました。
話にならないと言われ最低でも250元だというので、こちらも最高でも180元と切り返します。
そんなに安く言うなら、駅まで50元で行くから別のタクシーを探せと来ました。
そこでわたしは、だったらここで降りて別のタクシーを探すのですまんが金は払えないと、実際にドアを開けて半身を外に出したのが効いたようです。
分かったよ220元で行ってやると言うので、相場は180元と聞いたが、200元出してやるからそれで行くか、わたしが別のタクシーに乗るかだと言い切ると、彼は黙ってうなづいてそのまま車を走らせました。

後で宿の人から地元の人でも空港から200元だと聞いたので、今回の交渉はめずらしくもわたしの勝利だったと言えそうです。
すっかり日が落ちた真っ暗な道を1時間走り続けて、目的地の宏村に到着しました。
もう7時だというのにチケット売り場が開いていて、宿泊者はここで受付しないといけない仕組みです。
宿泊施設の名前を告げると、チケット売り場の係員が宿に連絡してくれて、宿の人が迎えに来てくれるのです。
たとえ地図を渡されても迷路のような村で宿を探し当てるのは困難なので、少なくとも夜に到着した場合はこのようなシステムをとらざるを得ないということでしょう。
もっとも、入場料は泊ってもそうでなくても104元もして、迎えに来てもらったくらいでは全然元がとれるわけでもありません。
ちなみに宿は120元、航空券は180元、素朴な古鎮に行くのも足し算するとけっこうな出費になってしまいます。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/01/08 Wed

上海的健哥

Ross 11.5cmF4
朱家角はもちろん古鎮規模において七宝を大きく凌ぎます。
七宝ではほとんど望めなかった古鎮における現地人の生活を、朝のみでしたが垣間見ることができました。
だから、ここに泊ったのは正解だったと思っていますが、宿そのものの選択は明らかな失敗でした。
朱家角はメジャーな観光地ですからホテルはピンキリで選べるのですが、ここはぜひとも古鎮内の古建築を転じた宿に泊まりたいと探して、結局、程度の低いところに高く泊るかたちになってしまったのです。

朱家角は、規模の大きな古鎮で探してもなかなか古建築の宿が見つからず、ようやくそれっぽい表示の建物があったので入ると、家のオーナーにまだ営業していないと首を横に振られてしまい、知り合いで宿を始めた人がいるから紹介しようと連れて行ってもらったところが件の宿です。
いかにも若者が低予算で始めたという内装で、それはそれで面白かったのですが、面白くないのは宿泊料金で想定した200元の倍近い380元と言われてふざけるなくらいの言葉が出かかったものの、先の家のご主人から紹介してもらったという手前そうも言えず、もう少し安くなりませんか、なりませんというやり取りのあと、面倒くさくなって泊まりますと言ってしまったのでした。

おばあちゃんのそば屋に慌ててスーツケースを取りに戻ると、先ほどは閑散としていた店がお客さんでごった返しています。
しかもみな常連さんのようで、ちょうどわたしの話をしていたところで、ああ、あの人が言っていた日本人よ宿が見つかって戻ってきたんだわ、などと客と会話しているのが聞こえます。
いい宿見つかったなどと聞かれ、タダで荷物を預かってもらった手前、おかげさまで最高の宿がなどとウソをつくことになったのも悔しい話です。

さらには途中で水を調達する際に、カメラを落下させるという大失態を犯してしまいました。
ksmtさんに改造してもらったヴァランタンレンズが衝撃で糊付け部分から外れてしまったのです。
幸い被害はそれだけだったのですが、レンズが使えなくなってしまいました。
町中を捜し歩いて金物屋のような店を見つけたので、ビニールテープを買おうとしたら、レンズを付けるのならエポキシ接着剤がよろしいと店の奥から怪しいヤツを取って来て勧めるので従いましたが、なるほど中国製エポキシ接着剤も優秀でフランジ金具とヘリコイド金具はぴったりくっ付き、以降2度と外れることはありませんでした。

さて、冒頭にも書いたように、翌朝6時に起きて散策した朱家角はとても面白く、宿代が高かったことをどうにか忘れさせてくれました。
来た時に見かけた観光客はすっかり姿を消して、歩き回る小道すべてが自分のものになったかのようです。
すれ違う人とはみなあいさつを交わし、橋で撮影していると、もうひとつ向う側の橋の方が古くていい感じだよと講釈付きで教わったり、ようやく自分ペースの旅になってきたかなと気分も盛り上がってきます。
途中、川っぶちのカフェに日当たりのいいところがあったので、朝日の当たる家を鼻歌しながら柚子茶をすすっていると、店のアルバイトの女の子が数か月前に始めたというピアノの練習を始めたのですが、ショパンの何番目だかのワルツをけつこう弾きこなしているのでぴっくりさせられたりもしました。

作例写真は、バルコニー風の張り出しのある半水上家屋のような、ちょっと格好はよくないものの、いいなあと思わせる朱家角の外れの街並みです。
部屋から高倉健風の男性が出てきて、お粥か何かを啜り出して、この光景の中で映画のひとコマのような雰囲気を作り上げていました。

わたしもすっかりお腹が空いてきたので、さらに古鎮を進んでいくと古建築の町並みが切れて大通りにぶつかりました。
交差点には、朝食がとれるような小さな店が数軒並んでいます。
どこにしようかなと悩んだすえに入ったのは、何とまたしても小籠包の店。
少しは違うものも食べたかったのですが、冬場の寒い時に適度な熱さのスープを閉じ込めた小籠包ってなかなかいけるんだと昨日気付いたのです。
ここには焼き小籠包もあったのが、おいでおいでとわたしを誘惑していたのもいけませんでした。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2014/01/07 Tue

没我名字

Vallantin 7cmF3.5
次のフライトのため上海虹橋空港に出向き、チェックインカウンターの列に並びました。
自分の順番になって、行先を告げながらパスポートを手渡します。
中国では国内線に乗る場合も身分証明書を提出が義務付けられていますが、外国人の場合はパスポートを提出しなければならないのです。
しかし、上海航空の職員はわたしのパスポートと画面を見比べて首を捻りながら、あなたの名前が無いとパスポートを突き返してきました。

さいわい、空港内に予約した中国の旅行会社のカウンターがあることは分かっていたので調べてもらうと、無いのはわたしの名前というよりもフライトそのものだと判明しました。
その日のフライトはキャンセルになったとのことです。
従来ならそれで終わりだったと思いますが、最近は、中国の旅行社も日本並みのサービスを謳うようになっています。
鉄道での移動を調べてくれ夜行便があるものの満席だったため、いちばん早いのは翌日の同じ時間にあるフライトに振り替えることだと確認できました。

本来国内線はフライトのキャンセルで航空券料は払い戻し、改めて翌日の航空券を買うという手続きになるのですが、旅行社では便宜を図ってくれ、かなり事前に安く買っていた料金そのままに翌日分に振り替えてくれました。
また、今夜の宿もこの旅行社を通じて予約していたのですが、ホテルに電話して交渉してくれやはり同料金での翌日の宿泊へと振り替えてくれました。
対応は迅速で、中国の会社もついにここまで来たかと、どうでもよいことに感動を覚えずにはいられず、フライトをキャンセルした航空会社への怒りも収まるほどです。

本来なら、ここでひとつの問題が浮上します。
明日のフライトまでの約24時間をどう過ごすかという問題です。
しかし、これはすでにわたしの中で解決していました。
前日に宿泊した七宝鎮に決断する前に、もうひとつ空港そばに宿泊して郊外の朱家角に行こうかと悩んでいたのです。
だから空港からのアクセスなども把握しており、空港でどうするかとなったとき、朱家角に行こうと即断しました。

荷物を持って旅行会社カウンター前のエレベーターで地下まで降り、地下鉄で2駅の徐涇東駅に出ます。
ここは終点駅で、降りる人の流れに従って10分も進んで地上に出ると、そこがバスターミナルになっています。
朱家角行きと書かれたバスがすでに待っていて、揺られること1時間20分ほどで朱家角に到着してしまいました。
バスの時間は長いですが、座ってぼんやりしていたらたちまち眠ってしまったので、気付いたら朱家角という感覚です。

とはいえ空港を出たのが3時近くだったので、もうだいぶうす暗くなってきています。
七宝でもずいぶんと人出がすごかったのですが、上海郊外の古鎮として有名な朱家角はとてもその比ではありません。
歩きにくい石畳を人を避けながらスーツケースで進むのは辛いものがあり、おばあちゃんがひとり切り盛りしていたそば屋でそばをいただき、スーツケースを預かってもらいました。
朝は小籠包、昼は小籠包と焼きそば、夕食前にまたそばと、食事のバリエーションが貧弱ですが仕方ありません。

古鎮内に宿泊施設があることは知っていたので、何はともあれ真っ暗になって身動きがとりづらくなる前に今夜の寝床を確保したいところです。
そんなときたまたま通りかかった古い橋の上で見られたのが今日の作例です。
真冬らしい澄み切った空気に浮かび上がる夕焼けの水郷の町並みは何より美しく、予定変更のがっかりを十分に補ってくれたと思います。
そういえば、出発前のニュースで上海もPM2.5の影響のために視界がほとんどないと聞いていましたし、フライトのキャンセルもそれと関係あるのかなあなどと考えていたのですが、どうにも上海の空気はよく分からないですね。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(4) | 2014/01/06 Mon

元旦去古鎮

Ross 11.5cmF4
明けまして、おめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

毎年、ブログの書き初めが遅く、たいへん申し訳ありません。
今年もゆっくり休ませていただきましたが、今日から再開させていただくことにします。
正月ボケが消えませんし、文章を書く煩わしさは一層つよく、なかなか筆が進んでいきません。
1週間休んだくらいで今までどのようにブログを更新していたのかも、なんだかよく思い出せないようになってしまいました。
たしかいつもそうしていたように、旅の始まりから足跡を思い出して記載していくことにしましょう。

到着した夜の上海の空港から、今回の旅はスタートしました。
いつものように小さなスーツケースとトートバッグに荷物を詰め込んで機内持ち込みしていたので、一目散に入国審査まで走り、税関審査をすり抜け、市内方面へのバス停前に降り立ちます。
上海へは翌日のフライトまでの1泊の滞在ですが、到着した市街を大きく外れた浦東空港ではなく、市内にほど近い虹橋空港近くの出発なので、このあたりに宿を探していました。

そこで見つけたのが、七宝鎮というエリアです。
七宝鎮は、虹橋空港から数キロの至近にありながら村自体がいわゆる古鎮で、古い町並みを有していることから観光地ともなっているところです。
とはいえ、市内の朱家角という有名な古鎮に比べればまだまだ知られていないところですし、地下鉄でのアクセスのいい虹橋空港へはバスに乗らなければならず、案外、ここを拠点に翌日の空港を目指すという人が少なそうなところが、わたしにはより魅力的に感じられました。
検索すると七宝鎮の周囲にはいくつかビジネスホテルがあったので、最寄りでやや高めでしたが170元の宿を予約しておき初日の準備は万端です。

浦東空港ではバス停に着くやすぐに虹橋空港行きのバスに乗り込め、1時間後に着いた虹橋ではすぐとなりに待っていた七宝を通る最終バスにうまく接続して10分後には七宝に到着してしまいました。
交差点からは、予約していたホテルのネオンサインが望めチェックインまでも10分かからずと、上海空港からホテルまでこれ以上は望めないスムーズさで眠りにつくことができました。
もっとも、こんなことはこの旅の間、2度とは起きることはありませんでしたが。

翌早朝、すっきり目覚めてさっそく古鎮に繰り出しました。
わざわざ、ここに宿をとった理由は、朝一番の古鎮の人たちの生活の雰囲気が見たかったからなのですが、これはちょっと裏切られました。
上海とその近郊の古鎮の中ではもっともマイナーな七宝でしたが、交通アクセスがよいせいか十分以上に開発されてしまっていて、古建築エリアはすでに土産物屋などに変身してしまっていたのです。
辛うじて見ることができたのが、周辺部に残った古い家で生活する人々の寡黙な姿でした。

作例は、桶関連製品屋さん(?)で、ちらし寿司によさそうな平たい桶があると思えば、風呂でむかし背中を流すのに使ったような小さな桶から、なんと風呂桶そのものまで、考えられるすべての桶類が家の中と裏から次々出てくるのにびっくりさせられました。
また、朝食にはおなじみの小籠包をいただきました。
100年の老舗と書かれた店が古鎮の中心にあって、客もまばらで本当かなと疑問に感じたのですがやはりとても旨くて、10時くらいにまた通りかかったら行列ができているという人気店でした。

その10時頃には、土曜日だからてしょう観光客で古鎮全体が溢れかえっている状況です。
夕方の便で、中国古鎮の一大宝庫とも言うべきエリアに行くので、ここで無理して見歩く必要もないかと早々にホテルに戻りました。
途中、やはり100年の老舗庶民レストランのような店があったので、昼はそこで食べたのですが、上海焼きそばとともにまた小籠包を頼んでしまいました。
しかし、たぶんそこの蒸篭は作例の店製ではなかったようで、ずいぶんルーズな作りのものでした。
まあそんなことはどうでもよくて、さあ、腹もいっぱい、荷物をまとめていざ虹橋空港へと出発です。
【Alpha7/Ross 11.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross 11.5cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2014/01/05 Sun
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