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真鍮的秘密

Holmes Booth & Haydens 140mmF4
昨日紹介したホームズ・ブース&ヘイドンズ(以下HB&H)の簡単な社史は、カメラ関連のとあるホームページから無断で拙訳したものです。
その前に印したようにHB&Hでは、食器やランプなど銀メッキの真鍮や銅の製品も並行して製造していたようです。
というよりは、真鍮や銅に関する製品全般を製造するメーカーだったのではないかと考えた方が当たっているのではと思われます。
実際、昨日の最後の方で記されていたように、HB&Hは同業他社と合併して「ニュー・アメリカン・ブラス・カンパニー」となったことで社史の幕を閉じています。

ネット検索で、"Holmes, Booth & Haydens"と検索するとヒットするのは、銀メッキの食器とかスプーンばかりです。
それはそれで、ペッツバールレンズ全盛期の食器だと思って買ってみようかなどとも思うのですが、ネットオークションで検索しなおすと、純銀の食器ではないにも関わらずけっこうな値段が付いていて購入意欲は衰退していきました。
レンズもそうですが、アメリカの歴史的メーカーであれば、国内の熱心なコレクターが存在するということなのでしょう。
HB&Hのレンズで撮れば19世紀のアメリカが写りますし、食器を使えば料理の味が1800年代後半のようになるのでしょう。

ひとつ気になるのが、わたしの購入したペッツバールはかなりボロボロで汚いのですが、検索して見つかった他のHB&Hのペッツバールレンズの多くが同様の汚さなのです。
真鍮であるペッツバールは経年による表面の劣化がひどいものが多く見られますが、そのパターンを3つに分けることができます。
ひとつはいかにも緩やかに進行したと見える金色の雰囲気を残した劣化で、真鍮らしい味わいが何とも言えないですし、磨くことでさらに独特の光沢を生むのがまた魅力的です。
もうひとつ、ダルローなどに多い金ニスでぴかぴかなのにところどころのニスが剥がれて錆が出ているような劣化で、とてもきれいなところと汚いところが同居している美しいとは到底言えないものです。

もうひとつが今回のHB&Hの茶色っぽくくすんでしまう劣化で、これは一見最初のパターンと似ているのですが、磨いても光沢はほとんど出ないので、やはり美しいとは言えません。
他のメーカーのレンズにはあまりこのような劣化のパターンは見られず、今回、調べたHB&Hのレンズがほとんどそうだったことを考えると、同社の真鍮は他と違っていたのだと考えざるを得ません。

真鍮は一般には黄銅と呼ばれ、多くは銅65%、亜鉛35%の合金だそうです。
ウィキペディアに下記のような配合割合による特徴が記されていました(一部のみ抜粋)。
C2600:七三黄銅(銅が約70%、亜鉛が約30%) イエローブラスとも言う。
C2801:六四黄銅(銅が約60%、亜鉛が約40%) 黄金色に近い黄色を示す。
丹銅(たんどう):亜鉛が5~20%未満、赤みが強い。ゴールドブラスとも言う。
一般的に亜鉛の割合が多くなるにつれて色が薄くなり、少なくなるにつれて赤みを帯びる。亜鉛の割合が増すごとに硬度を増すが、同時に脆さも増すため、45%以上では実用に耐えない。

色との関係で言いますと、茶色っぽく劣化しているのは亜鉛の量が少ない丹銅に近いものだったのかも知れません。
大陸間で金属の価格はずいぶんと違っていたでしょうが、例えば19世紀のアメリカでは亜鉛が高かったなどの理由があったかも知れません。
もしかしたら、当時のアメリカでは純金のような金色は忌避されていたとか、逆にHB&Hはヨーロッパのものではない自社とひと目で分かるレンズにしようと配合を変えたとか、隠された理由があるとすれば面白いですね。

また、昨日の説明の中に、創業者のひとりにホチキスと言う人がいたとありましたが、このホチキスさんはもしかしたら紙を留める文具のホチキスと関係あるかも知れませんが詳細は不明です。
ホチキス(本来はステープラー)を製造していたE・H・ホチキス社はHB&Hと同じコネチカット州で1895年に創立されているからです。
しかし、ホチキスの歴史自体が正確に伝わっていないため、HB&Hのホチキス氏が親戚であるとか関係者であるというような資料は見出せませんでした。
それゆえ、ペッツバールの入り口から19世紀のアメリカ産業を研究するというのは楽しいことだと思いますが、すでにアメリカ人の研究はいくらでもありそうなで英語力さえあれば多くの発見があるかなとも思います。


などなど、ほとんど有益でないことばかり書き飛ばしてきましたが、2013年の弊ブログも今日でお仕舞とさせていただきます。
今年最後を飾るにふさわしい写真を撮れないかと両国から浅草までksmtさんと歩き続けたところ、最後の最後、浅草寺境内で着物の美女がポートレイト撮影に応じてくれました。
赤い着物は年末よりも年始に使うべきとの声が聞こえてきそうですが、あまり深く考えないことにいたしましょう。

簡単で恐縮ですが、今年の最後はモデルになっていただいた皆さまに感謝の気持ちを申し上げて、あいさつとさせていただきます。
どうもありがとうございました。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(2) | 2013/12/28 Sat

HB&H社史

Holmes Booth & Haydens 140mmF4
ホームズ・ブース&ヘイドンズ(以下HB&H)の社史が簡単に見つけることができます。
簡単な英語で短く記載されているので、以下に拙訳を記しておこうと思います。
素人訳につき、思い違いや誤訳などはご容赦ください。


『1953年2月、コネチカット州のウォーターベリーに、写真用ケース、レンズ、ダゲレオタイプ用の銀板、その他写真製品のメーカとして、HB&H社が設立されました。社名はホチキスを除く創業者たちの名前から取られています。その創業者とは、イズラエル・ホームズ、ジョン・C・ブース、ハイラム・ワシントン・ヘイドン、ヘンリー・ハバード・ヘイドン、それにヘンリー・ホチキスです。

スコヴィル社の従業員やウォーターベリー・ブラス・カンパニーの社長を経験して、真鍮工業の幅広い下積みを持つイズラエル・ホームズが社長に着任しました。また、ヘンリー・ヘイドンが副社長に、ジョン・ブースが最初の出納係にそれぞれ就任しました。

ハイラム・W・ヘイドンは彼らの中でいちばん発明の才能がありました。彼はダゲレオタイプの写真家で、とても多くのパテントを持っていました。1851年、紙に最初の直接陽画の写真を撮影したことを承認するように要求しています。ザ・ウォーターベリー・アメリカン新聞は、「ハイラム・ヘイドン氏、この町の巧妙な芸術家」というイベントの取材をしていますが、たった1度の操作で、白い紙の上に一般的ではないダゲレオタイプの装置を使って3枚の風景写真が撮影されたと書いています。彼のパテントは、銃尾装填式ライフル、マガジン式ライフルやダゲレオタイプ用の台紙がありましたが、さらにサー・トーマス・ローレンスの描いた名画"The Calmady Children"をもとにしたダゲレオタイプ用プラスチックケースの金型を形成したのもヘイドンだと信じられています。

ヘンリー・ハバード・ヘイドンはニューヨーク市メイドン・レーン37番地にセールス・オフィスの会社をオープンさせています。

創設から間もなくして、ホームズ・ブース&ヘイドンズは銀のダゲレオタイプと言う彼らの成功を手に入れることになる主要事業の生産を始めています。ヘンリー・ヘイドンは、銀板の製造を改良するためにパリからオーギュスト・ブラッサールというフランス人を連れてくることができました。当時は使用可能な銀板を製造できるアメリカのメーカーはウォーターベリーのスコヴィルしかありません。彼らはすぐにホームズ・ブース&ヘイドンズを真似し、その後はこのアメリカの2社だけが銅板を製造しました。

1854年2月、マサチューセッツ州ボストンのダゲレオタイプ写真家のアルバート・リッチが「いま、カメラを製造しているところだ」とハンフリー・ジャーナル誌に発表しました。8月、同誌は「リッチのカメラはホームズ・ブース&ヘイドンズに買収されたと掲載しています。現在ではホームズ・ブース&ヘイドンズのカメラと言われていますが、本来ならリッチの名前も付けられるべきです。2か月後には、同誌のレポートによれば、リッチはホームズ・ブース&ヘイドンズとたもとを分かち、もはや彼の名前をカメラに見出すことができませんでした。

1857年には、ホームズ・ブース&ヘイドンズはサーモ(熱可塑性)・プラスチックの写真ケースの製造を開始します。

1869年には、新会社であるホームズ・ブース&アトウッズを創立するために、イズラエル・ホームズが会社を去り、後任の社長にはオーガスタス・S・チェイスが就きます。

1871年には、ヘンリー・ヘイドンが引退します。

1874年には、イズラエル・ホームズ逝去。

1879年には、エドワード・サイモン・ヘイドンがホームズ・ブース&ヘイドンズの秘書兼出納係に選出されました。彼は以前ウォーターベリー・ナショナル銀行の簿記係をしていました。

ホームズ・ブース&ヘイドンズは1901年10月17日まで独立した会社として存続しましたが、スコヴィル社など5社がいっしょに1893年創業のニュー・アメリカン・ブラス・カンパニーへと統合されました』


ふう、疲れた…。
その割には面白くなかったですね。

HB&Hのレンズ製造は、ほとんどがペッツバールだけだったと言われています。
1850年代から60年代にかけてはアメリカでダゲレオタイプが流行したので、ペッツバールだけを製造していれば間に合ったのですが、1866年にはより小型で平面性に優れたラピッド・レクチニアがヨーロッパに登場したところで、HB&Hのレンズ製造も急速にしぼんでしまったかのように見えます。
ペッツバール以外に製造のノウハウが無く、時代の流れに乗り遅れてしまったのでしょう。
あるいは、ダゲレオタイプを入れるケースの製造に重きを置きすぎて、紙に印刷できる湿版写真でケースが不要になったことが事業の失敗になったのかも知れません。

いずれにしても同社のレンズはけっして多くなく、また性能を見ても当時の水準でも高いとは言えません。
そんなメーカーが歴史の中に埋もれることなく、きちんと評価されているところがオールドレンズ世界の素晴らしいところだと思います。
木や布でできていたカメラの方は経年によって腐敗したり、不要だと薪になったりしたのかも知れませんが、真鍮とガラスで作られたレンズはそのまま生き残る個体が多かったということも幸運だったと言えるでしょう。
見た目はボロボロに汚くても、わたしのHB&Hは、160年の時を経てのデジタル撮影に問題なく適応しています。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(2) | 2013/12/27 Fri

美刻図章

Holmes Booth & Haydens 140mmF4
ペッツバールの刻印はメーカーや年代によってさまざまで、これを見ているだけで楽しめるという人がペッツバールのファンには多いのではないかと思います。
中でも秀逸なのがフォクトレンダーの刻印で、線の細いしかし美しい筆記体の文字で"No.XXXX Voigtlander und Sohn Wien und Braunschweig"のように彫られています。
フォクトレンダーは最初のペッツバールレンズを製造したメーカーであり、刻印ひとつをとっても丁寧な仕事を心掛けていたことをうかがい知ることができます。

ホームズ・ブース&ヘイドンズ(以下HB&H)の刻印は、そんなフォクトレンダーをそっくり真似したように見えます。
"No.XXXX Holmes, Booth & Haydens New York"の刻印は、少し離れてみるとフォクトレンダーと区別がつかないくらいです。
いまのご時世にこんなことをやれば確実に訴えられて勝ち目はないでしょう。
当時がおおらかだったか、あるいはHB&Hとフォクトレンダーは何か関係があったのではと勘繰りたくもなるというものです。

せっかくの美刻印ですが、わたしのレンズの鏡胴はきたなくて、その刻印も汚れにやや埋もれてしまう印象です。
それでも、ラックアンドピニオンが完全消失していて、フードの先端にカケがあり、全体に汚れがあるレンズとしては、まあしっかり刻印が残っているということに感謝しなくてはなりません。
刻印部分を見ていると幸せな気持ちになれますので。

このレンズには、もうひとつ感謝すべきところがあります。
レンズ自体の状態の好さです。
外観から類推するとかなりひどい状態の玉であっても致し方ないと覚悟していて、実際に到着したレンズは無残なまでに汚れがこびり付いていたのですが、これは素人クリーニングでほとんど完璧なまでにきれいになってしまいました。
若干のキズ等もなくはないですが、撮影結果に影響のあるものではありません。
むしろ鏡胴の状態と比較すれば美品と言いたくなるコンディションです。
やって来た状態で言えば、レンズにかぶさった厚い埃がレンズキャップ代わりになって、キズやカビから防いでくれたのかも知れません。
多分、少なくとも20世紀になって以降は使われていなかったであろうレンズであると考えると、100年以上の眠りから目覚めたレンズだと呼びたくなります。

描写については他のペッツバールと違う個性が感じられて、なかなかに気に入っています。
今日の作例では、太鼓にかなり強く日光が当たっていても滲み感はありませんし、それによってコントラストが下がるということも無いようです。
ところが、そのハイライト近くの太鼓の金具部分は妙な2銭ボケのような形になってしまっています。
また、背景のボケはけっしてきれいとは言えませんが、ふわっとした雰囲気が好くて、わたしはけっこう気に入っています。
フォーマット的には35mmなど余裕のはずなのに、周辺でやや流れているようなところが気にならないではないですが。

太鼓の演奏は素晴らしいもので、楽しませていただきましたが、低く強い太陽が部分的に当たる面白さがあって、場所を変えて撮影するごとにいろいろな情景を写して遊べたのがより楽しかったです。
このレンズは真逆光でも丁寧にハレ切りすればコントラストの低下は最小限でしたし、ゴーストが出ることは一切ありませんでした。
そんな作例を出した方が良いのかも知れませんが、わたしの好みで、太鼓に当たった強い光がバウンスして少女の顔をほんのり輝かせたこの作例を採用します。
義士祭りは正直期待外れだったのですが、彼女の柔らかな表情がすべてを救ってくれました。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(4) | 2013/12/26 Thu

難看但便宜

Holmes Booth & Haydens 140mmF4
レンズの愛好家と言えども、さすがにホームズ・ブース&ヘイドンズ(以下HB&H)というレンズメーカーのことをご存知の方は少ないでしょう。
1853年の創業と同時にペッツバールタイプのレンズを製造しましたが、どうやら1866~7年頃には撤退してしまったようで製造本数はあまり多くなく、レンズ史の中でもあまり顧みられることはなかったと思われます。
しかし、短い期間に数少ないペッツバールを残した点、HB&H社がアメリカのメーカーである点が、同国のオールドレンズファンを中心にマニアックな人気を誇っているようです。

と言っても、そんな話は一度として聞いたことがあるわけではありません。
ネットオークションに何度か出て来た時に、いずれも高額で落札されているのに気付いたからです。
そのいずれも、自分としては頑張った金額で入札に臨んだのですが、まったく足元にも及びませんでした。
今回の物件を超激安で落札できたのは、外観がボロボロでラックアンドピニオン機構も消失していたからなのですが、出品写真もとてもレンズに見えない茶色い物体がぼてっと置かれたようなものだったこともわたしにはラッキーに作用したようです。
というのは、"Holmes, Booth 6 Haydens"と検索すると、ヒットするのは彼らが製造していた食器類ばかりなので多くの人が見逃したのではと思うからです。

先にも書いたようにレンズはかなり大ぶりで、手許に来た時にしまったと思ったくらいです。
焦点距離は20センチくらいあるかも知れません。
しかし、手許にあったksmtさんからお借りしていたダルロー17.5cmと比較すると4センチ前後焦点距離が短いことが分かりホッとしました。
そのksmtさんにヘリコイド装着の改造をしていただき、合わせて焦点距離をみてもらうとやはり14cmと判定され、これなら何とかα7でも使えるだろうと確信しました。
17.5cmは、その重みと長さ、焦点距離の長さでα7で使うにはかなり厳しいものがあったからです。
このあたりが、どうもわたしのこのカメラの限界のようでした。

届いたレンズには外観上の特徴があります。
通常のペッツバールタイプのレンズでは、フードは鏡胴よりふた回りくらい径の大きな短い筒がねじ込みで取り付けられていいるのですが、このレンズでは曲線的に先広がりのフードがやはり仕込み式に付いていました。
実に優雅なデザインのフードと言えます。
HB&Hの他のレンズでもこの形のフードを見た記憶が無く、これ自体たいへん珍しいのではと思っています。

もうひとつ特徴があって、これはHB&Hのペッツバールに共通するのですが、ピント調節機構のラックアンドピニオンに違いがあります。
通常の形ではピニオンギアが付いた棒がレンズと並行に付いているのに対して、HB&Hのレンズでは棒がレンズと垂直に刺さったようになっています。
一般にはラックと言う平行の溝が鏡胴に沿って並んでいますが、HB&Hではラックがレンズの内側になっています。
前者をタンジェンシャル・ドライブ、後者をラディアル・ドライブと称しています。
辞書によれば、タンジェンタルという単語に「接線の方向にある」、ラディアルに「放射状の」という意味があるようなので、それぞれ的確な表現であることが分かります。

タンジェンシャルは外観上のメカニカル度が高くてある意味格好好いのですが、棒が折れやすいという欠点があり、カメラバッグに仕舞うのに引っかかったりちょっと邪魔な感じもあります。
ラディアルの方が発展型と言う感じで整備が良ければ動きもスムーズそうで、新興国のアメリカのレンズに採用されたのがよく分かる気がします。
しかし、最初に書いたように今回手に入れたレンズには、この機構がすっかり消失してしまっています。
それ故手に入れることができたのですから、無いものねだりは止めにします。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(2) | 2013/12/25 Wed

朋友的撮影展

Holmes Booth & Haydens 140mmF4
作例写真とも赤穂浪士とも一切関係ありませんが、先日、kinoplasmatさんやNeoribatesさんたちが主催する写団飄飄の写真展を見学に行ってきました。
撮影についても写真についてもまったくの素人ですのでいい加減な評論めいたことを書くのは差し控えますが、機材の選択から、撮影、プリント、出品作品の決定まで一貫して自分の手で行うアマチュア写真展の良さがとてもよく伝わって好いなあという感想を持ちました。
好きになった写真、面白いと思った写真が何枚もありましたし、その場で使用機材や撮影のシチュエーションなどが聞けるのが面白いです。

じつはこの前に、会場から近いということもあって東京都写真美術館に立ち寄って、当日開催されていた3つの写真展を見学していたのです。
当然"写美"の作品を見た後での写団飄飄の写真展は見劣りするのではとの危惧があったのですが、まったくそんなことはなく、むしろ写真を撮る喜びを感じさせる写真は圧倒的に飄飄の方から感じられたのです。
芸術という視点からは、きっと写美の完勝だったことでしょうが、わたしは写真に芸術を求めている訳ではないのでまったく気持ちに響いてきませんでした。

わたしの好きなブレッソンやエルスケン、アーウィットといった写真家は、自分の作品を芸術であると思っていたのでしょうか。
もちろんそうかも知れませんが、それ以前の考えとして見るものの心を動かすような写真をと考えていたのではないかと思うのです。
そして実際にわたしは彼らの写真の多くに心を動かされたりしていますが、写真家たちはそう聞けば一定の満足を得られていたのではないかとも思うのです。

しかし、写真は表現である、芸術である、特定の人に理解されればそれでいい等々、まったく違うアプローチをするものばかりになつてしまったかのような状況です。
そういう考え方を持って写真に取り組むこと自体は良いことなのでしょう。
そのような見せかけで、他の人がやっていないからと理解に苦しむ写真を撮り続けたり、これこそが個性だとばかりにインパクトの強さのみに重きを置いたような写真が溢れすぎ、それを評価することでさらに煽るような風潮が
現在に蔓延していないでしょうか。

写美には非常に多くの来館者がいて、写真を見るのが好きな人がこんなにいるのかと心強く感じましたが、果たしてその中で展示された写真を見て感動した人はどれだけいたのか、そこまで行かなくとも心を少しでも動かされたという人はどうだったのか、好いなあと感じた人ですらどのくらいだったのかと問いたくなってしまいました。
否、それよりも撮影された方の方に、純粋に楽しんで撮影されているのですかと聞いてみたくなってしまったといううのが写美を見ての感想でした。

音楽でも、もしN響の現代作曲家の難解な音楽とアマチュアオケのモーツアルトのどちらを聴きたいですかと問われたら、アマチュアと答えたでしょうからそういう接し方がいいのかは疑問です。
やはり難解だとしてもN響の方を聴かなければ耳や音楽性は成長していかないでしょうから。
そうは言っても、音楽も文学も絵画も写真も好きなものを聴いたり読んだり見たりしたいですし、そう感じる最大の要素は楽しさとか悲しさとか感情が伝わって来ることだとわたしは信じます。
そんなことを考えさせられた写真展の1日でした。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/24 Tue

美国老鏡頭

Holmes Booth & Haydens 140mmF4
2013年もいよいよカウントダウンに入り、残すところ9日となりました。
わたしもPM2.5エリアへの航空券を買ってしまったため、年末年始をいつものようにあちらに過ごす予定のため、拙ブログの更新も今週が最後ということになります。
年を取ると時間が短く感じられて仕方ありませんが、昨年の今ごろのことを思い出すと、さすがに1年というのは短い時間ではないなと実感します。

最終週は、クリスマスとか年末を意識したような写真にしたかったのですが、いつもとそう変わらないスナップになりました。
1週遅れの12月14日に、両国から浅草まで散歩した時に撮ったものです。
1702年の同日に赤穂浪士の吉良邸討ち入りがあったことを記念して、当日は両国の吉良邸跡地周辺で義士祭と吉良祭が行われています。
それを見物しようとksmtさんとふたり散策に向かったのでした。

ところが並行して開催されていたというよりむしろそちらがメインであった元禄市が盛大に開催されていて、狭い吉良邸前の通りが人々で埋め尽くされていました。
ksmtさんより先に到着していて一足早く撮影しようとしていたわたしも、さすがに真鍮の棒切れのようなレンズを振り回して雑踏の中を歩くのは危険と判断して、しばらく周辺を歩く中で1枚だけ撮ったのが今日の作例です。

歴史にまったく疎いわたしは討ち入りが幕末にあったと思っていたので、この古い魚屋さんの何代か前のご主人は討ち入りの様子を感じていたのではと撮影したのでした。
レンズも、1857年製造の江戸末期レンズなので、時代考証ばっちりだと思ったのですが、たった今討ち入りが1702年と知り愕然としています。

そのレンズは、ホームズ・ブース&ヘイドンス(以下HB&Hと略します)というアメリカのメーカーの製造したペッツバールタイプのレンズです。
フランスで発明された写真術は、その後すぐに遠くアメリカにも紹介され当時のダゲレオタイプはたいへんなブームになります。
機材もフランスのダルローやオーストリアのフォクトレンダーから輸入していていましたが、しばらくしてアメリカ製のペッツバールレンズが製造されるようになります。

このHB&Hでも同じように輸入からスタートして、自らレンズの製造をおこなったメーカーだと言われています。
このレンズがヨーロッパからの輸入レンズだったのか自社製レンズだったかの断定は難しいですが、同時期のヨーロッパのレンズに比べて大ぶりで、鏡胴のデザインやピント調節機構の形状なども異なることから、自ら製造したレンズである可能性が高いと思われます。

もともと14cmという焦点距離がわたしの所有するペッツバールの中では最長ですが、それより長いksmtさんの175mmのダルローよりもむしろ大きくて、先に申しあげたように雑踏の中を歩くとなると抱え込むような姿勢をとらなければ誰かの後頭部でもぶっつけたら命の保証はありません。
まさに吉良邸まで移動するのも緊張を強いられる、討ち入りレンズとも呼べる怖いレンズなのでした。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/23 Mon

下次在王子見

Sonnar 50mmF1.5
奈良シリーズの最後は、大和郡山の紺屋町か洞泉町の町並みの写真にしようと思っていたのですが、今井町の写真とあまり変わりばえがしないものなので、たこ焼き屋さんに登場いただくことにしました。
JR大和郡山駅前の店だったのですが、ちょうど小腹が空いて通りかかった時に作例のお姉さんと目が合ってご購入となったのでした。

関東では京たこというチェーン展開の店をあちこちで見ますが、なかなか美味しいという話です。
わたし自身は、昼食には物足りず他のものと一緒に頼むと割高になってしまうたこ焼きを滅多に食べたことはありません。
京たこは名前からして京都でしょうし、わたしはたこ焼きと聞くと大阪を連想しますが、明石焼きは知名度で言えばいちばんなのかも知れません。
京都、大阪、兵庫とたこ焼きの県境があるなら、この店で食べたたこ焼きは奈良県独特のものなのか、肝心のことを聞きもらしてしまいました。

はきはきしたお姉さんがソースが選べますと言うので、何でもお願いしたら応えてくれそうなお姉さんだったので、何がお薦めかと聞く味噌は他の店にはないと思うのでと即答してくれました。
多分ここ10年くらい食べたことがなかったたこ焼きですが、中がとてもクリーミーでタコの軟体のはずなのに固い食感とぴったりしていて味噌がまた好い風味でした。
いや、今思い出しましたが、おととし京都に行ったとき、伏見区の路上のたこ焼きを食べていました。
忘れていたくらいなので、不味くはなかったんでしょうけど味にはインパクトがなかったのかと思いますが、今回は次回も食べたいと言わしめるだけの味と評価します。

たこ焼きのことを記録に残そうとこっそり撮影していたら、後ろからお兄さんが来たのでさっとカメラを仕舞いました。
「なんで…」と言い出したので撮影をとがめられるのかと思えば、「撮るのをやめちゃうんですかもっと撮ってくださいよ」と笑っています。
うつむいてたこ焼きづくりに励むお姉さんもにっこりとカメラ目線です。

これが関西的なノリなのかと分かったような気でいました。
多分こちらの人はカメラを向けると撮ってくれ、撮ってくれとなるのかなと。
それなら、ぜひ美男美女のポートレイトをペッツバールで撮影してもらおうではありませんか。

しかし、shasindbadさんのブログを読むと、町中でロボグラフィ撮影していて、わたしの家を撮ったでしょうと難癖をつけられた話がありました。
結局、撮影した写真を見せて、撮ったのが家ではなく路傍にある普通の人にとってありふれたものに過ぎないことを教えてあげたことで冤罪が証明されることになったようです。
こんなことが数回あったとも書かれていましたが、関西ではよく起きることなのであれば、なんで撮らないのと言われて一瞬どぎまぎしているわたしはとても撮影になりません。
関西方面では、両極端のリアクションがあって、それが読めないということでしょうね。

大和郡山駅からはほぼ10分おきに大阪方面への快速電車が出ていることが分かりました。
それなら帰りの日航便の時間まで調整して、さっきの店で今度はお好み焼きでも食べていようかなと考えました。
今度はダルローでふたりのポートレイトを撮らせてもらおうとも考えたのです。
すると店はなぜか準備中になっていて、本日はパーティのため貸切になりますと張り紙がしてあり、がっくりです。
しょんぽりと駅の階段を上がっていると、件の女の子とすれ違いました。
今日は応援でここに来ているけど、普段は王寺で働いているので来てくださいねと教えてくれます。
次回の旅は王寺周辺の古鎮巡りと決定いたしました。
【Alpha7/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar(Opton) 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/22 Sun

壁和濠

Sonnar 50mmF1.5
今井町を離れて、午後はもう1か所別の古鎮をと考えていました。
ほんとうは五條に行きたかったのですが、ちょっと遠かったのと次回の愉しみに取っておくことにして、大和郡山に向かいました。
近鉄だと八木西口から近鉄郡山駅まで30分弱くらいだったでしょうか。
暖房の効いた各駅停車にことこと揺られていたらいつの間にか気持ちよく寝てしまい、気付いたら、あっ着いてる降りなくちゃという具合の一瞬の移動でした。

JRには大和郡山駅があって、近鉄の駅との間が徒歩10分くらい離れているのですが、この間に古い町並みが点在しています。
ただ、いずれも主要駅の周辺ですから、一定程度の開発が進行してしまっていて、さすがに今井町を訪れた後では大きく見劣りするのは致し方ありません。
それでも郡山に来たのは、稗田という古鎮があるからです。
駅からはちょっと離れますが、事前調査でJR駅の裏手の観光案内所でレンタサイクルがあると分かったので、自転車に跨って向かいました。

稗田は、当時の状態が残る環濠を持つ集落としてよく知られています。
環濠とは何かと言えば、わたしもまったく知らなかったのですが今井町の紹介のところで初めて目にした言葉で、外敵の侵入を防ぐために村の周りをぐるりと水路で囲ってしまったところのことのようです。
お堀のようなものですね。
奈良や関西にはいくつも存在していたらしいのですが、外敵の存在がなくなれば無用の長物ですのでほとんどが埋められてしまい、環濠が存在するところはもうほとんどないようなのです。

今井町が地図で見るときれいな四角い形を今でも残しているのは環濠で囲われていたことを如実に示します。
ヨーロッパや中国では城壁で囲われていた町は無数に存在しますが、多くは取り払われた後にも町が膨張するので今井町のような残り方はしていないと思われます。
ウィーンの町にはリンクと呼ばれる環状道路がありますが、これも環濠ではなく城壁跡で、ベートーヴェンの暮らした家を訪ねたことがありますが、すでにリンクの外側ではなかったかと記憶しています。

稗田の集落はとてもコンパクトで、全道路を歩き回っても30分とかからないだろうと思います。
そのすべてが古建築だとしたら夢のような空間が残されていると絶叫していたはずですが、残念ながら多くの家屋は新しいものでした。
とは言え、自転車ですと一気に環濠を一周できるので、当時の進入を果たせなかった外敵の無念を一瞬に味わうことができます。
もちろん現在では普通に集落の中を細い道路が貫通していて、ところどころに見かける古建築やかつての面影を愉しむことができます。

今井町は町並みがほぼそのまま残って環濠は消えたのに対し、稗田は町並みは環濠がそっくり残り町並みは新しくなっているのが面白いですね。
今井町+稗田を頭の中に描いてみると、完璧な環濠集落が完成します。
この日、このふたつの町を訪れたことは正解だったと確信しました。
【Alpha7/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar(Opton) 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/21 Sat

只有三万

Sonnar 50mmF1.5
宿泊した奈良町の宿からメールが届きました。
3月上旬の二月堂のお水取りはあまりに有名ですがやはり一見の価値がありますとか、5月の藤には隠れた名所がありますとか、ありがたいお誘いの言葉があります。
こんなメールをもらうと、今すぐにも飛んで行きたくなります。
旅先で出合った人とアドレス交換するとしばらくしてから、また来てくださいねなどとメールが届くことがありますが、それが海外だと簡単にハイと返事できる訳でないことを考えると、奈良と言う距離感がいいのですね。

季節の行事や自然を見に行くのは楽しいですし、奈良県内にはまだまだ行きたい古鎮がいくつもあります。
できれば2泊することで、その両方を欲張って見てきたいと考えてしまいます。
さらに、関西に行くとなるとTさんやGさんにお会いしないといけません。
レンズのことではいつもアドバイスしてもらっているレンズ仲間と言っては申し訳ないくらいの、レンズ研究者のおふたりです。

ところで、記憶違いでなければ今井町を訪れる人は年間3万人と聞きました。
3万という数字にはなかなかピンと来ませんが、1日あたりでは83人です。
大きなお祭りが年に2~3度ありますし、ゴールデンウィークや年末年始などの大型連休の存在を考えると、例えば平日なんかは一桁という日があるのでしょうし、土日でも来客数はたかが知れている数字と想像できます。
先日、極端な観光地化をしていないことを歓迎すると書いたばかりのところを恐縮ですが、日本を代表するであろう古鎮としては寂しいとしか言いようがありません。

京都を訪れる人は年間4000万人だそうです。
無理に土産物屋とか飲食店をオープンして観光化を進めることなく、京都を訪れた人で今井町の現状を魅力に感じて訪れるような人がわずかでも出てくるようなPRができないものかと考えてしまいます。
古い町並みは好きだけど今井町なんて知らなかったという人は多いと思うので、すばらしいところだと知ってもらいたいですし、昨日ご紹介したようにボランティアガイドで頑張っておられる人が励みになる程度の訪問者がいてほしいとも思います。

さて、ふらふらと歩いていて、これぞ今井町にぴったりという女性が歩いているのを見かけました。
慌てて、撮るものも撮りあえず1枚シャッターを切りましたが、何をどう操作したものかピントも露出もぐちゃぐちゃになってしまいました。
2枚目に行く前に、女性は建物の中に吸い込まれてしまいます。
α7についてあえて欠点を言えば、1枚撮るごとにインターバルが空いてしまい、思うように連写できないということがあります。
スナップでは連写なんて必要ないのではと言えばそうかも知れませんが、ひどいケースで言うと女性を撮影させてもらう機会ができたときに、数枚をテンポよく撮ろうと気持ちがはやるのに、1枚撮って若干の間が空いた時にもう終わりと思われてしまうことがあります。

このことは、あまりとやかく言うつもりはありません。
意見を出した方が後継モデルにユーザーの声として反映させるという意味でよいということはあります。
しかし、連写に弱いとう点は何よりもα7の開発設計陣が強く感じていることでしょう。
今井町もα7も課題がなくはないものの、気に入りであることに違いはありません。
【Alpha7/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar(Opton) 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2013/12/20 Fri

志願導遊

Darlot 17.5cmF4
中国の同様の古鎮にあるのに今井町にはないもの、今井町にはあるのに中国古鎮にはないものがあります。
前者は入場料、後者はボランティアガイドです。
日本では、古い町並みを誇る観光地で入場料を取るところ自体がないのかも知れません。
福島県大内宿、千葉県佐原、長野県、岐阜県白川郷、広島県とわたしが訪れたのはわずかですが、いずれもとても有名ですが、駐車場すら無料なところがあるくらいでした。

一方で中国の古鎮では入場料を取るところがほとんどで、むしろ無料だと大したことないのではと思われるので無理に有料化しているのではないかと訝るところもあるくらいです。
いま旅してみようと計画している安徽省の徽州エリアには多数の古鎮が集中していて中国一の古鎮銀座の様相ですが、当然誰もがそのうちひとつを見て帰るわけではなく点々といくつもを見て廻っているだろうに、古鎮ごとに入場料を取るのでこの費用が馬鹿にできません。
有名どころは100元以上、中堅で50元前後、マイナーでも20元ほどの入場料をとるので、数日滞在して古鎮を訪ね歩こうなどと考えると、入場料だけで1万円を軽く超してしまいます。
一方で宿は50元くらいからあって、入場料120元の古鎮にその半額以下の宿が多数存在するという理不尽なところがいくつもあるのです。

ボランティアガイドの制度は日本ではかなりの地域で採用されているようです。
多くが事前の申し込みが必要ということで、わたしは利用したことがありませんでした。
今井町では、案内しながらみどころを案内してくれるタイプのガイドもあったようですが、もうひとつ何か所かにガイドさんが常駐していて、訪れた人の相談にのってくれたりその場での案内をしてくれたりします。
作例のTさんもそのひとりで、わたしの歴史無知を馬鹿にすることなく、次々に質問に答えていただき勉強になりました。

ひとつだけ教わったお話を披露すると、古建築では屋根を見るようにとのアドバイスがありました。
今井町ではいくつかのタイプの鬼瓦があって、それぞれの建物の商いなどを表しているケースがあるということでした。
すぐそばにあった家の鬼瓦は何かおもりのようなもので、何か分かりますかと聞かれましたが、首を捻るわたしにあれは秤の分銅です、何の商売をやっていたか分かりますかとまた聞かれ、向かいに醤油さんがあるのでここで大豆を量り売りしていたとかなどと当てずっぽうを返事すると答えはこういうことでした。
江戸時代には小判や銅銭は江戸で発行されていたのですが、上方では流通せず独自の銀のお金を使っており、江戸商人が今井町を訪れた際、両替する必要があったのです。
銀の重さで両替したので秤が必要でそれが鬼瓦になったということで、この家は両替商というのが答えとのことです。

そういった話は30分、1時間と聞いていても飽きるものではありません。
歴史好きの方なら1日中ずっと聞いたりしゃべったりしていられるでしょう。
ボランティアガイドになるのに、そういう歴史の研修を受けたりするのかと素朴に感じましたが、基礎知識は教わるかも知れないものの、Tさんはガイドをやる中で次々に疑問や興味が湧いてきて図書館や古文書をあたってひとつひとつ調べていったそうです。
それらはすべて書き写されたりメモしたり地図をコピーしたりで、分厚い資料集としてTさんの手許にあって、彼のライフワークになっていることが見て取れました。
好い人に出合えたなあと、時間超過で予定が狂ってしまったのにも関わらず感謝しています。

一応、中国のボランティアガイドについても言及しておきますが、言うまでもなくわたしは見たことがありません。
古鎮があるような地方では、人口に対してなかなか仕事がないのが実情ですから、若い人がけっこう有料ガイドになっています。
もちろん、それだけで生計が成り立つほどの収入になるほど、ガイドが利用されているようにも思えません。

さてもうひとつ、中国の古鎮にあって今井町にはほとんどないものがあることに触れておかなければなりません。
今井町には見た限り食事をできるところが1軒しかありませんでした(もう1軒ありましたが閉まっていた)。
さらには、所謂土産物屋というものもなく、オリジナルアクセサリーの店、地酒屋さん、地醤油(?)屋さんがある見たくらいです。
現在、今井町を訪れる観光客は多くないのが実情だと聞きましたが、地元ならではの飲食店や土産物屋などを充実させれば比例して訪れる人は増えるでしょうし、それら店もまた増えて町が活気づくと考えることはできます。

しかし、そうならなかったのは今井町が生活のための町として充足した状態にあるからであり、きっと観光客に迎合するより住民の伝統的な生活がある方が古鎮としての意義があると考えたからではないかと思うのです。
これだけの町ですので、きっと外部の資本が江戸レストランやら今井町せんべい店をやれば儲かると話をもちかけたことがあり、町はそれを拒否してきたように思えてなりません。
町の静かな生活や町並みの景観を壊されたくないと考えて。
今井町のファンになったわたしも、いつまでも現状のままでいて欲しいと願ってやみません。
【Alpha7/Darlot 17.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 17.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/19 Thu

古広告

Darlot 17.5cmF4
ペッツバールに関して有用なことが多く書かれているウェブサイトに「antiquecameras.net」というのがあって、わたしはちょくちょく見に行っています。
その中に古いダルローのペッツバールレンズの広告の写しがそのまま掲載されているのですが、古いレンズのこの手の広告はとても役立つことが多いという証明にもなっています。
1890年の広告とのことで、ツァイスがその前年に写真部門を立ち上げ、それから7年後にルドルフがプラナーを発表したということを考えると、この時すでにペッツバールは過去のものになっていたかも知れませんが、それでもたいへん興味深いものがあるのです。

まず文章が面白いので、拙訳で。
「とても多くのニセのダルローレンズを見るようになってきたので、それらの業者に対抗する警告として、すべての焦点距離のレンズ鏡胴に"B.F.& co."の刻印を入れています。」

この広告は、アメリカのBenjamin French & co社と言うダルローレンズのアメリカ総輸入元のものです。
B.F. & co.とはその会社の略称ですね。
これを鵜呑みにできるのならば、19世紀末のアメリカには多くのダルローと刻印されたニセモノがはびこっていたということになります。
そのニセモノを見極めるために輸入元の刻印入りのレンズを買えと言っていますが、Darlotと刻印を刻印が入れられたニセモノにB.F. & co.の刻印を追加するのはたやすいことでしょうから、説得力無い文句がむなしく踊ってみえます。

ダルローのニセモノはまだ見たことがありませんが、先にあげたウェブサイトにフォクトレンダーのニセモノが紹介されているのを見つけました。
これはあきらかに刻印の文字が素人臭いですし、スペルミスまであるので、ドイツ語を知らないアメリカ人がやらかしたものであろうと結論付けられていました。
フォクトレンダーのペッツバールレンズは字体が華やかで文字数も多いので刻印を真似するのがいかにも難しそうですが、ダルローの刻印はシンプルなのでニセモノを掴まされても気付かないかも知れません。
インターネット・オークションでペッツバールレンズを探すと、他社に比べてダルローのものが圧倒的に多いのも気になるところです。

もうひとつこの広告で関心を引くのが、焦点距離が一覧で出ているところです。
ここには、41/2inch、51/2inch、7inch、81/2inch、101/2inchの5本が並んでいます。
mm表示に書き換えると、114mm、140mm、178mm、216mm、267mmということになります。
今回使用しているダルローはksmtさんの計測では175mmの判定でしたが、むしろ7インチなのだと言えばある意味分かりやすいと言えそうです。
他にも115mmのレンズがksmtさんにはいくつかありますが、これも4.5インチだということですね。

広告には前玉径の記載もあり、それぞれ15/8inch、17/8inch、21/4inch、21/2inch、3inchとなっています。
焦点距離の分からないペッツバールレンズが見つかったら、前玉径を計測してもらえば焦点距離が分かるので参照していただければと思います。
設計が違うペッツバールだとすれば、これは当てはまらないので注意が必要ですが。
ちっちゃなしょぼい広告に見えましたが、意外と情報が詰まっているものです。
【Alpha7/Darlot 17.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 17.5cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2013/12/18 Wed

巨大鏡頭

Darlot 17.5cmF4
2日続けて同じような作例になってしまい恐縮です。
今井町は、東西600メートル、南北300メートルの長方形の土地に建つ1500軒の建物のうち、3分の1が伝統的建築物という日本一古い建物のある古鎮です。
カメラを通りに平行に向ければすべて、同様の写真になってしまうのは、今井町で写真を撮るときの贅沢な悩みと言えます。
違いと言えば、昨日は後ボケを今日は前ボケを見る作例という程度のものです。

そのボケは、前後とも特徴のあるざわつき感があって、ややうるさいかなあと言う印象です。
描写もやや線が太いかと言うところがあって、きれいなボケとは言えないとは思いますが、これはこれで個性的でわたしは嫌いなボケではありません。
5×4をカバーするレンズですので、いくらフルサイズとは言っても35mmのα7では周辺部には影響がなさそうなものですが、右上には流れているような雰囲気があって、あるいはしっかりと結像する面積は意外に広くないかも知れないと思わせるところがあります。

そのレンズとは、ダルロー17.5cmF4というペッツバールタイプのレンズです。
このくらいの焦点距離のペッツバールになるとレンズはかなり巨大で、現代の同スペックの単焦点レンズと比べても大柄になってしまいます。
前玉径もでかいのですが、長さの方が強烈で、カメラバッグにぎりぎり入っている状態なのですから、小柄なα7ではマウント部からボロッともげてしまうのではと心配になるくらいです。
ペッツバールは鏡胴のほぼ中央に主点があるので、撮像面まで17.5cmということであり、全体では楽に20センチを超えてしまうことになるのです。
重さも含めて、とてもわたしの体力で扱えるレンズではありません。

このダルローレンズはksmtさんからお借りしたものです。
ksmtさんがお貸ししましょうかと言ってくれたときに、こういう長いペッツバールってどうなんだろう、使ってみたら案外気に入るかも知れないなどと考えて安易にお願いしてしまいました。
何度か書いているように市場に出てくるペッツバールのほとんどが長玉なので、17.5cmが自分にフィットするようなら17.5~20cmクラスのペッツバールを入手してみようかと考えたからです。
この野望がひとたびレンズを持った瞬間に砕け散ることになったのは、やはりでかさと重さが原因です。
また、このレンズでポートレイトを撮ろうと思ったら、被写体からグーッと離れないと画面全体が顔で埋まるような写真になってしまい、使用機会も限定的になるのは目に見えていました。

それでもせっかくお借りしたのですから、旅の中で使ってみようと思いました。
中国まで持って行くのはさすがにしんどいので、今回の奈良行きの、今井町で使うメインレンズにしようと考えました。
この選択はまあ正解で、今井町の碁盤の目のように並ぶ真っ直ぐな家並みであれば、このような長焦点でもどうにか撮影可能です。
もちろん建築物全体を正面から捉えるというのは無理でしたが。

一方でこれだけの大きさの見るからに古い金色レンズは、持っているだけで注目度の高いレンズと言えます。
これで京都でも歩いていれば、着物美人のポートレイトをものせたのでしょうが、今井町には着物どころか美人どころか若い女性そのものを見かけることもありませんでした。
と、油断したら、昼食後になんちゃってじゃない自前の着物の美女を発見したのですが、このレンズでの撮影を依頼できなかったのが、かえすがえすも残念でした。
【Alpha7/Darlot 17.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 17.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/17 Tue

関西的古鎮

Darlot 17.5cmF4
大阪散策の翌日は単独で今井町に向かいました。
今井町と聞いてピンと来る方はどのくらいいるでしょうか。
そのわたし自身が今井町という名前を知らず、実質的に初めて聞いたのは今年のことでした。
今井町は奈良県橿原市にある、関西ではよく知られた江戸時代の街並みがそのまま残る、わたしが中国で散策している古鎮に相応する町です。

関東には、栃木、佐原、川越という三大小京都がありますが、さすが奈良県にはそれを凌ぐ町並みが残っていることが調べているうちに分かって来ました。
いや、奈良県ばかりではなく、京都、大阪、和歌山、滋賀にも魅力的な古鎮と呼べるところは点在しています。
それらをひとつひとつ見て歩きたいと言いたいところですが、それでは生きているうちにいくつも見ることができないで終わってしまいそうです。
これは、もたもたしてはいれない。
定期的に通って2~3ヶ所ずつを見て歩かなければいけません。

その嚆矢として選んだのが今井町ということになりますが、奈良から小一時間で行けるところ、関西では古い町並みとして有名なので初心者には好いだろうと思ったことなどからの選択です。
もうひとつアクセスがいいということがあって、大阪、京都からも近鉄の特急や急行に乗って大和八木まで出て、同じく近鉄の橿原線に乗り換えて一駅目の八木西口駅で降りると、徒歩わずか5分で今井町に到着します。

歩き始めてすぐ感じたのは、ここに来て良かったということでした。
中国の古鎮を歩き回ったわたしでも、今井町はじゅうぶんにそれらと伍する魅力あふれる町並みを持っていると言えます。
さらにいいのは、住民が適度に行きかっていて、それが普通に生活しているという雰囲気を盛り立てていることです。
もっと観光的なアピールをしてもいいのではないかと思いますが、わたしたちは特別なことはしていません、ありのままの今井町を見てください、といっているような風情があって、それがより親しみを感じさせてくれるのです。

観光客のための案内表示はそこかしこにありますし、ボランティアガイドの方も出ていてそれなりに観光に力を入れている様子は伝わリますが、それがおとなしいところで留まっていて、観光地に来たというよりも普通の町を歩いている気分で見て廻ることができるのが素晴らしいことだと思います。
先日のニュースで東北の町で、市長が市をもっとPRしようと長距離の陸上選手を市の職員にどしどし採用して、駅伝に出場してその市の名称が入ったゼッケンがテレビに映し出されて全国放送されれば知名度が上がるなどとやっていたのですが、そんなことまでして有名になったり、観光客を誘致したいのだろうかと悲しい気持ちにさせられました。

ご当地ゆるキャラなんてのも流行っているようですが、わたしにはああいうたぐいを喜ぶことが理解できません。
何かえげつない世界を感じてしまうのですが、ごく普通に伝統的な特産とか美点を静かに伝えるようなPR方法などはできないものでしょうか。
その点で今井町は、そんな時流に流されずに見に来たいんだという人だけを受け付ける、それ以外は普通の歴史あるだけの町ですというポリシーを貫いていてたいへんに好感を持つことができました。

そんなところですから、家一軒ごとに住民の方のセンスが実に生きているなと強く感じることがしばしばです。
観光客がどっと押し寄せることで荒らされたくない、町の静かさだって財産なのだからそれは住民の力で守る、だけどわたしたちの気持ちを考えて行動してくれるような旅人は歓迎します、そんな空気がとても居心地の好い空気を生んでいるようです。
宅配便も大和の地に因んでいるのでしょうか、仕事振りも町の雰囲気を壊さないようにと配慮しているのでしょうか、車の停め方や荷物の積み下ろしなど音を出さないような配慮が感じられてくるのでした。
【Alpha7/Darlot 17.5cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 17.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/16 Mon

我愛的客棧

Dubroni 10cmF3.5
12月の寒い時期に羽田~伊丹のフライトを予約したのは、マイレッジの特典航空券の交換期限がその12月までで、伊丹から奈良まで言った理由は泊まりたい宿があったからだと先日書きました。
そんな具合に選んだ宿のことはぜひ紹介したいと思っていたのですが、残念ながらオーナーの女性からブログへの記載や写真掲載はしないでとの要望があったので、それに従うことにいたします。

なぜそのような要望があったかと言うと、こんなブログに紹介されて宿の品位に傷が付くと危惧したという訳ではないようです。
もともと奈良を訪れる外国人のために日本の文化を知ってもらいたいと開いた宿で、町屋建築のすばらしさ、ロケーションの好さ、価格設定のリーズナブルさ、そして何よりオーナーをはじめとする心からのおもてなしが評判を呼び、ヨーロッパ人や台湾人などを中心に予約が途絶えない人気宿泊施設になりました。
日本人の宿泊を拒否しているわけではなく、わたしも1年越しの願い叶って泊めさせていただいたのですが、日本人がどしどし滞在するようになってしまうと、本来の目的とは違う宿になってしまうので、宿の日本語による紹介を一切お断りしているということのようです。

テレビや雑誌の取材申し込みもひっきりなしだそうですが、これらもすべて断っているとのこと。
安定収入を考えれば受け入れてしまえばよさそうなものですが、これら一連の話をうかがっているとオーナーの揺るぎないポリシーを感じて、逆に外国の小さな宿で好い思いを何度もしてきたわたしには嬉しく思えてなりません。
ロックできない障子の部屋にぎしぎし鳴る木の廊下の町屋住宅が外国人に受け入れなれるのが不思議に感じなくもなかったのですが、このオーナーのとても細やかな心配りが、ほぼすべてのゲストに満足感を持ち帰ってもらえている最大の理由のようでした。
宿の玄関には、外国人の投票による日本の宿ベスト20に選ばれたことが印された楯が、目立たないように飾られているのをわたしは目ざとく見つけています。

とは言っても、文化の異なるたくさんの国からのゲストを受け入れるのは並大抵のことではないようです。
わたしが滞在している間に接することができたオランダ人、台湾人、中国人はいずれもマナーのしっかりした人たちだったので、なんら問題はありません。
しかし、オーナーの話では、常識を欠く宿泊者が泊ることも時々あって、怒るという訳にもいかず困ってしまうことがあるそうです。
そんな風に愚痴を漏らした訳ではありませんが、大きなストレスになっていることが伝わりました。

具体的にどんなことがあったか聞くと、恐らくは犯人は中国人に違いないということが分かり、わたしとは関係ないものの何とも申し訳ない気になってしまいます。
中国人は、自分のことには気を配りますが、他人の物や公共の場を大切にしないというシーンをあまりに多く見てきました。
端的な例が中国のトイレの汚さです。
個人旅行で日本に来る中国人は比較的裕福で、マナーをわきまえている人が比較的多いはずですが、それでも自分のものではないからとホテルの施設をぞんざいに扱ったりというクセは残念ながら出てしまうということのようです。

作例の女性は北京から1週間の休暇で京都、奈良、神戸と旅行に来たのだと言います。
ずいぶん長い休みですねと聞くと、北京のアップルに勤めていて、給与体系や休暇などはアメリカ本社に準じていると中国人全員が羨むようなことを教えてくれました。
しかし、彼女に好感が持てたのは、初めての日本にやって来る前に簡単な言葉とは言え日本語をいくつも覚えてきたことでした。
日本製アニメの影響かも知れませんが、発音が外国人とは思えないほどイントネーション正しくきれいなもので、滞在先に対するリスペクトを感じます。

楽しみにしていたという、着物の着付けを見学させてもらいました。
着物の洗濯からハイテンションで、襦袢を来た時にはもう我慢できずに鏡に自分を写して悦に入っています。
着物では帯がポイントだということもよく勉強していたようで、写真を撮らせてもらおうとすると、正面無期ではなく、さっと横を向いて帯が映り込むようなポーズをとっていました。
その着付けをしたのは、宿のオーナーその人です。
さきほどすごくストレスがあるだろうと書きましたが、そのストレスが溜まらずに発散されるのは、こういうツーリストと接する喜びがあるからだろうと、ストレスの原因のひとりだったはずのわたしにも感じることができました。
【Alpha7/Dubroni 10cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dubroni 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2013/12/15 Sun

和食是什麼

Dubroni 10cmF3.5
俗に、京の着倒れ、大阪の食い倒れ、と言います。
京都の人は着膨れするくらい服を着て立っていられずに倒れて、大阪の人は食べ過ぎて食中毒に倒れる、そんな意味ではないようです。
辞書によれば、「京都の人は破産するほど衣服にお金をかけ、大阪の人は破産するほど食事にお金をかけること」の意味だそうです。
ファッションにお金を費やして自己破産してしまう女性が多くいるという報道を見たことはありますが、破産するほど食事する話は聞いたことがありません。
そんなグルメの存在も考えられますが、むしろ食べることよりも飲食時の芸者とかそんなことで破滅するパターンのことを言っていると考えた方がよさそうですね。

偏りすぎですよと叱られそうですが、たこ焼きやお好み焼き、串カツなど、大阪の食べ物は庶民的だが旨いものばかりとのイメージがあります。
だとすると、どんなに食べても破産することはないのではないか。
だからわたしの大阪の食い倒れという言葉から連想するのは、大阪の食べ物は安くて美味しいと行く先々でつぎからつぎへと食べ続けた旅行者が、お好み焼き屋の座敷ではち切れそうになったお腹を上に向けてごろんと倒れて、もう食べられませんと半ば幸せそうに苦しんでいるという様子です。

作例は、うどんの汁を美味しそうに啜ってからふうっとばかり人心地ついている外国人の姿です。
昨年、日本にやって来た友人のダヴィドに少し似ていたので、思わずカメラを向けてしまいました。
そういえばダヴィドは、むかし見て面白かったたんぽぽという映画がラーメン屋を舞台にしていて、日本に行ったらラーメンを食べてみたかったと言っていたのですが、実際食べるとこんなに旨いのかとファンになりさらにはラーメンと間違えて食べてしまったうどんも大いに気に入り、ランチはいつもラーメンかうどんばかりだったのを思い出しました。

最近、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたとしきりに報道されました。
しかし、この文化遺産になった和食の定義がよく分かりません。
ラーメンはまさか入っていないと思うのですが、うどんはどうなんでしょう。
とんかつとかカキフライとかすきやきとか、洋食ですか和食ですかと問われればいずれも和食ではないかと思うんですが、日本人が和食を食べなくなった作れなくなったと危惧する報道が同時になされたことを思うと、どうも文化遺産の和食の中には入っていないように思われます。
しかし、寿司は文化遺産だと報道されているのを見ましたので、推測するに創業元禄何年の天丼屋さんは文化遺産ではなくて、がきんちょの溜まり場のような回転寿司は文化遺産ということになるのでしょうか。
和食とは何か、文化遺産の和食とは何か、それぞれ教えてもらいたいものです。

などとがたがた言いながらも、Sha-sindbadさんとわたしが食事をとったのはドイツ料理のレストランです。
この日Sha-sindbadさんが使ったライカM9とエルマーに敬意を表することができました。
寒い日の夜、カメラをもってずっと散策してきて何かを食べるというとき、暖かな部屋で飲むドイツビールは最高です。
暑い夏の日に冷房の効いた部屋で飲むよりもずっと美味しく感じられるのではないでしょうか。
奈良からずっと行動を共にしてきたふたりの打ち上げには、催行の選択だと思いました。
ただ、レストランに向かう道で、今回もまたSha-sindbadさんが…。
いや、これは書かないでくださいねと口止めされていたので、今日はこの辺で失礼させていただくことにいたしましょう。
【Alpha7/Dubroni 10cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dubroni 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(3) | 2013/12/14 Sat

α7的影響

Dubroni 10cmF3.5
シネ用レンズをデジタルカメラで使うブームが起きたのは、マイクロフォーサーズのカメラが登場してすぐのことでした。
50mmF1.8とかF2というスペックのシネ用レンズはすでに主にライカマウントに改造され、楽しんている人はすでにいたのですが、Cマウントの標準レンズであった25mmF1.4などといったレンズは4隅がケラレてわざわざライカマウントに改造してまで使う人もほとんどなく、非常に安価に売られていたのに目を付けていたレンズファンが飛び付いたからでしょう。

それぞれのレンズ描写の個性に魅せられて、カメラとレンズのコンパクトなかわいらしさを気に入った多くの人が撮影を愉しみ、それは各種ブログでさらにファンを拡大していきました。
マイクロフォーサーズ&Cマウントレンズの組み合わせはひとつのジャンルとして定着したように思われました。
しかし、どうしたことでしょう、Cマウントレンズのブログは次々となくなり、それが一過性のものだったことに気付かされました。

とは言え、Cマウントレンズの使用者がいなくなった訳ではなく、ブームが異常に膨らんでしまったのが、本当に好きな人だけが継続している正常化状態になったということになるでしょう。
今でもCマウント愛好家は多くいるでしょうし、わたしの知るその唯一の人がSha-sindbadさんです。
Sha-sindbadさんとCマウントの相性は抜群で、毎日枚数を作成するライフスタイルともフィットしていて、好い関係を構築しているようです。
今回は、急の訪問で実現しませんでしたが、次回はぜひ休憩時間や夜の打ち上げに機材自慢の時間を設けなくてはと思いました。

さて、パナソニックやオリンパスがマイクロフォーサーズのカメラを発売したときCマウントレンズのブームが起こったように、ソニーがα7を発売してからもそのような現象が起こるのでしょうか。

わたしがライカを始めた17~8年ほど前は、現役機種のM6が最安中古で15万円ほどで買え、レンズも50mmズミクロンが4万円、35mmF3,5ズマロンが3万円ほどと、貧乏サラリーマンでも背伸びすればライカを愉しむことは可能でした。
今では、フルサイズを実現していないM8でも中古で20万円、M9ではその倍近く、新品のMではさらに倍の価格で、レンズの価格も軒並み上がってしまっています。
そう考えると、ライカのレンズをデジタルで気軽に愉しむにはα7は格好のカメラとなりそうです。

もうひとつは、わたしのような古くて焦点距離が長めのレンズが好きな人が、このフルサイズを歓迎していることがあります。
ただ、ライカレンズにしても、オールドレンズにしても、α7によってマイクロフォーサーズのときのCマウントブームが起きるようなことは考えられません。
やはりライカレンズにはライカのボディが似合いますし、ペッツバールなどのオールドレンズにもそれぞれのフォーマットがあって35mmではあまりに小さすぎるからです。
新しいカメラの登場によってレンズの市場に大きな変化が起きてしまうというのも、中古カメラ屋さんならともかく、使用する側にとってはありがたくない現象です。
【Alpha7/Dubloni 10cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dubroni 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2013/12/13 Fri

白包包

Dubroni 10cmF3.5
EOS-NEXアダプターを入手したので、早速デュブローニ(Dubroniはこう発音するとベトナムにてフランス人に確認済です)にレンズ交換しました。
まずはレンズテストならぬアダプターのテストです。
ライカマウント用として入手したレイクォールのアダプターは内面反射防止部分でケラレて4隅が黒くなってしまっていたので、このアダプターでは大丈夫か確認したのですが、作例のとおり問題ないようです。

一方、エルマー3.5cmの方はこれでお役御免になったかと言えばそうではなく、Sha-sindbadさんが試したいと言われたのでお使いいただきました。
テッサータイプの35mmF3.5というのはたいへん地味なスペックで、使用機会があったとしても積極的に使いたがるような人はあまりいないレンズなのではないかと思います。
しかし、こってりと濃厚な描写は細部を省略する油彩画のような味わいがあって、Sha-sindbadさんがよく言われるメタモルフォーゼの楽しめるレンズと言えます。

そのせいか、Sha-sindbadさんはこのレンズを手にして、さらに撮影ペースが上がったのではないかと感じられましたが、最初は戸惑ってるようでした。
というのは、ホイとばかりに手渡してしまったのですが、わたしの3.5cmエルマーは初期型ニッケルのヘリコイドが最短50cmまで繰り出せるタイプでしたので、それを知らなければM9の近接で急に連動しなくなって、首を傾げるのは当然です。
またわたしは、MSオプティカルに依頼して70cmまで距離計連動するようにカムに接する部分をエクステンドしてもらっていたので、Sha-sindbadさんはそのあたりの距離でのロボグラフィを連発されていたのではと思われました。

ライカM9では距離計連動しないので、残念ながらデュブローニをお試しいただく機会がなかったのが残念です。
Sha-sindbadさんのブログを見ていただければ分かりますが、彼はレンズの性格を言葉で表現する天才で、その表現するところを次々と簡潔な言葉に置き換えていってしまいます。
それはまるでワインの味や香りを違う言葉で形容するソムリエによく似ていて、抽象を具象に表現するという感性に於いてはSha-sindbadさんは超一流ソムリエと比肩する存在です。
ぜひ、デュブローニの描写を表現してもらいたかったのですが。

逆に、Sha-sindbadさんから、最近ペッツバールを多用しているのはどうしてですがと聞かれたのですが、言葉での表現力なく、漫然とレンズを使っているわたしは答に窮してしまいました。
よく写るから、歴史的レンズだから、何と答えたかは忘れてしまいましたので、あらためてなぜかを考えてみました。

レンズ描写については、たいへんクリアで誠実な表現をするということです。
夕方薄暗くなった中でも、白いバッグは革の質感を止めつつ、つい今ほど買ったばかりのような美しき存在感があるように見えます。
これはペッツバール共通の特長だと思いますが、そこさえきれいに表現できれば後は知らぬとばかり、ボケについてはレンズによって勝手気ままで、かつあまりきれいでないのが個性的で面白いと思います。

そして、ペッツバールに対するリスペクトこそが、このレンズを愛好する理由です。
1839年にダゲレオタイプの写真術が発表されるまでは、写真用レンズそのものが存在しておらず、当初は望遠鏡用レンズを転用していた中で、ペッツバールのレンズはその3年後には早くも初めての写真術用として設計され、しかも高性能で使いやすさも抜群でした。
ダゲレオタイプらとともにカメラ史、写真史の嚆矢になったと言えるのですから、ペッツバールレンズに敬意を抱かないわけにはいきません。
また、発明から何年も経たない骨董とも呼べるもので、アマチュアが趣味で使えるものと考えると、他に何か存在するでしょうか。
ペッツバールは18世紀半ばを象徴する存在と言えるでしょう。
【Alpha7/Dubroni 10cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dubroni 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2013/12/12 Thu

自行車排隊

Dubroni 10cmF3.5
ペッツバールレンズを買うようになってから、わたしのレンズ体系は2つのマウントが存在するようになりました。
従来のライカマウント系列とksmtさんに改造してもらっているEOSマウント系列です。
後者は、アダプターを介することでライカでも使えないことはありませんが、距離計に連動しないので、ライカと組み合わせることはしないつもりです。
しかし、主力をSonyα7にシフトしたことで距離計連動の必要はなくなり、両体系から自由にレンズを使用できる体制が出来上がりました。

そう安心してしまったことで、今回の奈良ではとんでもないミスをやらかすことになってしまいました。
ペッツバールレンズを使うためのライカ-EOSアダプターを持って来るのを忘れてしまったのです。
α7にはライカMマウントレンズが付けられるアダプターを付けっ放しにしてあって、エルマー3.5cmレンズを装着してあったのですが、逆にペッツバールレンズの方に付けっ放しにしておいたと思っていたライカ-EOSアダプターを違うレンズに付けてしまっていたのでした。

関西にいるあいだずっとエルマーだけで撮影していればいいだけの話ですが、Sha-sindbadさんがスマートフォンで検索してくれて、大阪のヨドバシカメラに売っているので撮影がてら大阪まで出て買われてはと提案してくれました。
こんなことでは自分が情けないですし、迷惑をかけるのも申し訳ないですが、あまんじて提案を受け入れてそのコースを歩くことにしました。

ライカ-EOSアダプターが思いのほか高く、2つ持っても仕方ないかなということで、若干安いNEX-EOSアダプターを買うことにしました。
これだとペッツバールを直接カメラに繫げることができるので、ヘリコイドのがたつきはより小さく操作性がわずかながらでも向上するはずです。
あと、面白かったのが当地のヨドバシカメラは年末&週末ということでたいへん混雑していましたが、店の前に大きな専用駐輪場があって、駐輪の自転車が順番待ちの行列を作っていました。
自転車が行列するなんて初めて見ました。

エルマー3.5cmをα7で使うのは、24mmレンズをX-E1などで使うのと同じ画角です。
わたしにはあまりに広く感じられて違和感から解放されずじまいでしたが、ようやくヴァランタン10cmを使うことができて自然と安心感がこみ上げてきました。
ヨドバシ周辺を通る人を次々とスナップして歩きます。
今日の作例はそんな中の1枚で、信号待ちの人の中で遠くから見てもかっこいいと思えた男性を見つけて、少し寄って撮影したものになります。

ただ、撮影中は気付かなかったのですが、帽子の色に妙に違和感を感じますね。
それにバッグも流行のデザインなのかも知れませんが、コートに合っていないように思えて仕方ありません。
じゃあ、お前はどういう格好で歩いていたのだと聞かれれば、人さまにお話しできるようなものではなく、人のことばかりつべこべ言う前にまずは自身を顧みなさいと言われれば反論の言葉も無いくらいです。

このヴァランタンレンズはたいへんシャープで、ペッツバールの中では最高性能と思える素晴らしいレンズで、コートの男性の左右ふたりすつのボケも実にいい具合なのですが、どうしたことか背景のボケはとてもきれいとは言えません。
それとこれはレンズと関係なくなりますが、男性が恐ろしくシャープて、開放で捉えた1800年代半ばのレンズとしてはα7の写りは現代的に過ぎると言わざるを得ません。
もともとがもっとシャープでハイコントラストに設計されたレンズで撮影するとどんな表現になるのか、あまり興味はありませんが、比較の意味で見てみたいなあと思ったりもします。
【Alpha7/Dubloni 10cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dubroni 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/11 Wed

為什麼大阪

Elmar 3.5cmF3.5
1年ぶりの奈良をじっくり見て廻るべくひとりで歩く計画を立てていました。
去年はわざわざやって来ながらたった数時間しか滞在していなかったので、それを取りかえさないといけません。
ただ、あのとき奈良でダヴィドを押し付けて宿や食事の面倒を見てもらった奈良在住のレンズ愛好家のSha-sindbadさんには1年越しとは言えお礼が必要です。
突然でしたが、食事にお誘いすることにしました。

忙しい中の突然の呼び出しに応じてもらっただけでもありがたかったのですが、Sha-sindbadさんはわたしの日程を確認すると、自分の予定をすべて変更してわたしに合わせるということになってしまいました。
さすがにそこまでは申し訳ないと固辞しますが、こういうところで頑固なのがSha-sindbadさんで、奈良ひとり旅は、奈良おとこふたり旅へとタイトル変更になりました。
行き先も変更ですが、そこはわたしのたっての願いで、わたしを気遣っての観光地巡りではなく、Sha-sindbadさんが得意とするフィールドを歩くということにしました。
朝9時半に近鉄奈良駅集合と決めて夕食を解散します。

翌朝は7時に宿の朝食です。
ちょうど30分で食べ終えると、宿のオーナーに2時間の散策コースを教えてもらいます。
外国人専用のゲストハウスなので英文の地図が用意してあって、そこにマーキングして手渡してくれました。
朝の冷たい空気の中を歩き出すとウォーキンもグのおばあちゃんがいて、あいさつすると、それをきっかけにオーナーにも勧められた浮見堂まで案内してもらいました。
奈良ホテルに長く勤められたとのことで、道々いろいろな話を聞かせてもらい時間が短いくらいでした。
日常ではこういうことはないのに、こういうところではいろいろな人に出合ったり、親切にしてもらったりするのですから、旅は不思議ですね。

浮見堂のあたりでは、着物美人の撮影が行われています。
カメラマンはまだ若い女性でしたが、彼女がポーズや表情について注文を出すと、これまた不思議なことにモデルはどんどん美しく変化していきました。
てっきりプロのモデルかもしかしたら女優なのではと思いましたが、聞いてみると間もなく結婚なので記念のために撮影を思い立ったのだと言います。
何枚か便乗で撮影させていただきましたが、ご本人たちに申し訳なく、作例ではピントを失敗したものを採用しました。
他にも朝の散策は見るものすべてが新鮮で、最後にキリスト教会のバザーにも出くわして奈良らしい和の小物を買ったりで、集合時間ぎりぎりに駅に着いてSha-sindbadさんをやきもきさせてしまったようです。

そしてまず向かったのが、大阪鶴橋です。
あれ? 奈良に行ってなぜに大阪に? はい、わたしがアダプターを自宅に置いてきたため得意のペッツバールレンズが使えないという話になって、大阪へ行けば売っているからと行先変更してもらったんですね。
真に申し訳ない限りです。
その鶴橋周辺はかなりのディープスポットで、Sha-sindbadさんのロボグラフィの聖地のようなところでしたが、もちろんスナップにも最高のエリアです。
しかし、そんなスナップをするよりもSha-sindbadさんの撮影風景を見学したり、あれやこれや言っている方が楽しく、またスナップもいろいろ問題があるケースが出てきそうなのでおとなしくしていることにしました。

作例は、市場前の商店街にあったクジラ肉の専門店です。
ここでも遠方から来ていて買い物できないというわたしに、クジラについて熱心にレクチャーしてもらいました。
クジラの販売は外圧もあって厳しい環境にあるのかと考えがちですが、日本の伝統食であるし、売り手の誇りを感じることができます。
専門店はなかなかないようですし、次回の関西土産によいかも知れないと思いました。
【Alpha7/Elmar 3.5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar 3.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/10 Tue

日本古鎮紀行

Elmar 3.5cmF3.5
もう先々週のことになってしまいますが、奈良に行ってきました。
昨年もちょうど同時期に奈良を訪れていますが、このときは飛騨高山から車と鉄道で向かって午後到着してその夜には帰途についていますので半日も滞在していません。
中学校の修学旅行が2泊3日の京都・奈良でしたが、それも宿泊は京都で、奈良にはクラス全員が乗り込んだバスに揺られて点々と廻った観光地に足を着けたという程度のものでしかなく、今回が初めての奈良での宿泊になります。

そもそもなぜ突然奈良かと言えば、紅葉が見たかったからとか、興福寺の阿修羅像に会いたくてとか殊勝な理由があるわけではありません。
某航空会社のマイルが期限切れになり、しかもそれがローシーズンになる12月でしか使えない程度のマイル数しか残っていなかったため、渋々12月に羽田→伊丹線を探して土日はもういっぱいと分かり、ベターな選択が月曜の夜の伊丹→羽田の予約だと考えて、それなら12月末だと仕事に差し障るだろうと、初旬の月曜に有休を取って関西行きを決定したのです。

これでは、まだなぜ奈良かに説明が及んでいないですね。
理由のひとつは、昨年奈良に行ったとき、スペイン人のダヴィド君と一緒だったのですが、奈良町を散策しているときに素敵な宿を発見しました。
しかもオーナーがスペイン語もできるということで、ダヴィドをそこに泊めさせたかったのですが、残念ながらその時期はずっと宿泊予約でいっぱいで泊ることができなかったのです。
いや、実を言えば、ダヴィドよりもわたしの方がその宿を気に入ってしまい、本来は外国人のためのゲストハウスだというところに無理を言って今回ひとり泊めさせていただいたのです。
ここは思っていたとおりすばらしい宿泊を体験できました。

そして、もうひとつの理由が、わたしがライフワークとして行っている中国の古鎮や古村落の散策に対して、おまえが行くのは中国ばかりで日本についてはどうなんだとの意見をもらったことがきっかけでした。
日本にも古い町並みが残るところはたくさんありますし、小京都と呼ばれる町も存在しますが、もっぱら関東エリアの栃木、川越、佐原とか、出張ついでに行ったとこなどしか訪問しておらず、自分の周囲を見ることなく他国に行ってはあれこれ何か書くのは正しいやり方ではないとあらためて思うようになったのです。
かと言って、中国古鎮巡りをやめる気は毛頭ありませんが、空いている時間に国内の同様の場所をもっともっと歩かねばならないと考えています。
そのとっかかりとして、今回、奈良町や今井町などを歩こうと考えたのでした。

わたしは旅行するときのひとつのポリシーとして、自分の日常の生活と同様のクオリティの旅を心掛けています。
それは、家庭や月給を考えれば、金持ちではなく、かと言って貧乏とも言えない中間層であるのは明らかで、外国に行ってもその国の中間層的なレベルの旅をするという意味です。
例えば、中国は日本よりも多くの分野で物価が安いですが、だからと言ってホテルや食事を日本での金銭感覚でやってしまうと、中国人の中では中間層を飛び越えて上の下くらいの人の生活水準の旅になってしまいますが、これはわたしの日常ではないのでそれら出費を現地の中間層くらいに抑えるということをしているのです。
だからどうしたと聞かれるとまた困るのですが、わたしの考えとしては、視線の位置を日常でも旅先でも変えないことでより見えてくるものがあるのではないかということがあるのです。

奈良に向かうのは新幹線かやはり伊丹空港経由が便利だということは分かっているのですが、その半額近くで行ける夜行バスの利用が、中国ではいつもバスに乗っていることもあって、生活レベルとも合致した自分スタイルかなと思い、生まれて初めて夜行バスを利用してみました。
何もそんな公卿のようなことをと同乗されそうですが、選択したバスは通常の4列よりも余裕ある3列シートで、シートピッチやフルフラットになることなどは、航空機で言えばビジネスクラス相当になるので、想像以上に快適な移動でした。
今回は日程に余裕もあるので、バスで寝られなければ宿でずっと休憩しててもいいのです。
もうひとつの旅のポリシーは、無理のない範囲で何でもチャレンジすることなのですが、夜行バスはそれがうまくハマったパターンです。
旅ではスタートが肝となることが多いので、成功は約束されたと確信したのですが、その後はいくつかのミスでいろいろと迷惑をかけたりすることになります。
【Alpha7/Elmar 3.5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar 3.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/09 Mon

無関心肖像

Kleinbild-Plasmat 7cmF2.7
今回の深圳行シリーズの最後は、クラインビルト・プラズマートによるポートレイト(もどき)です。
7cmという焦点距離は今までのX-E1では35mmフォーマット換算で105mm相当で、それでも使いづらいというほどではなかったのですが、7cmそのままで使えるとほとんど標準レンズのような感覚が持ててとても使いやすい画角と感じます。
まずは35mmフルサイズのα7に切り替えたメリットを実感することができました。

また、AEでEVFを覗いていると強く実感できるのが、露出計が明るさと暗さをセンシティヴに感じているということです。
例えば屋外であれば、前方に空があればカメラの向きをごくわずかに上下するだけで、あるいは半逆光の状況ではわずかに左右するだけで、明るさや色味が細かく変化していくのがファインダーを通して確認することができます。
これも、α7のEVFのライブビューによって初めて知ることができた事実でした。

X-E1を購入する前はずっとライカを使用してきたので、ファインダーから見える世界が大きく変わったことに新鮮な驚きを感じています。
とは言え、素通しのライカのファインダーはダメかと言えばそうではなく、むしろクリアですっきり見えるMライカのファインダーと二重像合致式の距離合わせの方がずっと好きだということは未だ変わりありません。
スナップではことさらそうですが、ここのところメインのレンズがペッツバールになったことで、人物撮影ではそうとは言えないということに遅まきながら気付いてきました。

ライカ名人の木村伊兵衛は多くのポートレイトの傑作をライカでものしていますが、それは一眼レフ登場以前の話であって、またモノクロならレンジファインダーの弱点を補えるのであって、一眼レフでの人物撮影の優位は使ってみて実感できます。
今日の作例の場面など、もしライカであれば、ごちゃごちゃした背景を避けてこんなところではシャッターを切ろうとしなかったと思います。
しかし、α7のファインダーを見たとき、背景が柔らかくボケてうるささを消していることが分かり、さらに露出をプラスに補正することで照明が飛び気味で効果を発揮することも見て取れました。
さらにカメラの向きを微調整して彼女の顔がいちばん黒くならないところでシャッターを切りました。

もちろんライカでもそれほど差のない写真になっていたかも知れません。
ただ、それは偶発性に依存する部分が多いということで言えば、今日の作例には自分の意思がより強く反映されている点で、ポートレイトとしての性格は明らかに高くなっていると感じます。
そうはいっても、彼女に表情やポーズを指示するようなことはまだできていません。
こればかりは、経験を積まなければ、とくにわたしのようにセンスのない人間には厳しいことになりそうです。
【Alpha7/Klein-Bild Plasmat 7cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Klein-Bild Plasmat 7cmF2.7 | trackback(0) | comment(2) | 2013/12/08 Sun

準備上高中

Kleinbild-Plasmat 7cmF2.7
多祝のキリスト教会で粘りすぎて、皇思楊村への到着が5時近くになってしまいました。
日本と中国との間には1時間の時差がありますが、経度がその分ぴったり西にずれているのか、深圳やここ惠東あたりは東京都同様に5時になるとほぼ真っ暗という状況です。
村での撮影は放棄して、美蓉の家にダイレクトで押しかけてしまいました。
彼女の家は雑貨屋兼駄菓子屋兼ネットカフェのようなところなので、いきなり家に行くと言うより店を覗くようなイメージで、予想通りお母さんが店内の所定の位置にいて、わたしを見ても驚くふうでもなくあらあら来たんだねと出迎えてくれます。

半年ぶりくらいの訪問なので、みんな元気かと聞きますが、何しろ悠久の中国の田舎では半年くらいでは変化などありません。
一方で都会では、1週間単位くらいで町が刻々と変わっていくので、このギャップが面白いなあと思います。
変わったと言えば、美蓉はいま中学3年生で高校受験を控えているのですが、なんでも日曜の夜に学校で補習授業のようなものがあるとかで、それの準備のため日曜は午後から自宅学習しなくてはならず、来るなら土曜日にしてと言われてしまいました。

彼女には夢があって、それはイギリスに留学して卒業後も現地に暮らすことなのですが、深圳の書店でイギリス旅行のガイドブックを買って持って行ったら、いっしょに渡した日本のチョコレートと同じくらい喜んでくれました。
その夢の前には、まず高校受験があって合格すると実家を離れて、惠東での寄宿舎暮らしをしないといけないのです。
それが嫌な子や経済的に厳しい家庭では、高校進学を断念してそのまま地元の工場とか商店などに仕事を求めるというケースが多いそうです。
中学3年にして、人生を左右する大決断を迫られるわけですね。

前回バスに乗り遅れて苦労した苦い記憶があったので、いっしょに食事しようとの誘いを断るという小さな決断をして村を後にしました。
これから学校に行くのだからいいよと何度も言うのに、美蓉といとこの勝意がバス通りまで見送りに来てくれました。
半年ぶりに来たというのに1時間もせずに帰っちゃうとはヘンな人ねえと、ふたりで話していたに違いありません。

さて。それからバスを乗り継ぐことおよそ2時間で、深圳の町に戻ってきました。
レンズをクラインビルト・プラズマートに戻してISO3200で夜間撮影してみました。
ISO感度を上げると粒状性も荒くなってしまうことが分かりましたが、α7にはそれを軽減する機能が付いているようです。
早速試してみるつもりだったのですが、そのファンクションの位置が見つけられず使用できなかったので、ノーマルの粒子の状態を見せる作例ということにしておきましょう。

イギリスに留学するんだと公言する美蓉ですが、その実現はほとんど家計の問題で難しいと言わざるを得ません。
ただ、高校から親元を離れるのですから、次善策として深圳などの大都会の大学で英語を学び、英国人留学生の友だちを作るという可能性は十分にあると思います。
オレンジ、グリーン、ピンクのちぐはぐな色で着飾った少女の姿に、美蓉の未来を見ているような気がしてなりませんでした。
【Alpha7/Klein-Bild Plasmat 7cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Klein-Bild Plasmat 7cmF2.7 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/07 Sat

中国敵聖歌

Gaudin 10cmF3.6
昨日のケラレの謎はまったく簡単に解決してしまいました。
アダプターのレイクォールのホームページを覗いてみると、NEX用のアダプターはα7ではケラレるので新しくα7用に内部の口を広げたアダプターを製作しなおしたと記載されていました。
これまでの作例のケラレはレンズに起因するものではなく、アダプターの内面反射処理用の黒枠部分によるものと判明です。
そんなアダプターを買ってしまうとはと嘆いたのも早とちりで、ホームページにはさらに、従来のNEXアダプターを持っている人にはα7用に実費改造するというサービスもやってくれると書かれていました。

α7用のアダプターに注文が集中しているようで、納期が1週間以上かかると書いてあったので、NEX用からの改造なんて1ヶ月とかかかってしまうのではと電話で問い合わせると、これも1週間で直しますとの快投を回答をもらいました。
さすが、レンズアダプターの名門は、商売優先ではなくレンズユーザーのことを考えてくれるオールドレンズファンの強い味方と言えそうです。
これだけ中国製の安価なアダプターが溢れている中でも愛用者が多いのは、品質の高さもさることながらサービスにも力を入れているからだということが再確認できました。

もちろんわたしもα7仕様にすぐにも直してもらうつもりです。
しかし、先週は旧アダプターを携えて奈良を旅してきたりもしましたので、しばらくはケラレ画像のままの作例が続きます。
ケラレ部分はトリミングするなり処理すべきかも知れませんが、わたしのブログでは無修正主義を貫いているので、使用したアダプターの記録という意味でそのままアップさせていただきます。


さて、多祝蔡屋囲もひととおり歩いてそろそろ皇思楊村へ移動しなければなりません。
そう考えて、バス停の方へ歩いていると、通りに響き渡る讃美歌の合唱が聞こえてきました。
何というタイトル化忘れましたが、讃美歌としては割と有名な曲で、それが中国語で朗々と歌われているのが新鮮で思わず立ち止まって聴き入ってしまいました。
そこはこく普通の中国式アパートのような建物でしたが、キリスト教会に転用されているようでした。
関心があるのかと思われたようで、中にいた職員に手を引かれて事務所の中に入って行ってしまいました。

いえ、参加希望ではなく、わたしは日本からの旅行者でキリスト教徒ではなく仏教徒です、中国でキリスト教の活動を初めて見たのでちょっと立ち止まっていただけですと正直に言います。
すると相手はがっかりするどころか、ぜひ紹介させてくださいと嬉しそうに村での宗教活動について説明し、仏教とキリスト教の違いは仏陀は人間ですがイエスは神様なのですと話を続けました。
キリストは神の子ですが、人間だと習いましたがと答えると、先方は当惑してしまいます。
恐らく、中国で仏教徒といえばキリスト教について何も知らず、上述のような説明をすると鵜呑みにしてしまってわたしのような反論をする人がいないのではないかと想像しました。

そんなことがきっかけで、讃美歌を終えた人々が集まりなぜか日本からのお客さんと呼ばれ、ここにはそんな人も来るのかと地元のキリスト教徒を驚かせたりしたようでした。
さらには来賓の澳門基督教徒聯合会の役員さんから説教をいただく幸運にも恵まれましたが、この話は難しすぎて1~2割しか理解できません。
子どもたちからは初めて見る外国人に、まるでキリスト光臨の様な驚きの目を向けられ、いつものような君たちの写真を撮らせてねという行動ができなくなってしまいました。
残念ながらこの教会では撮影ができず、今日の作例はその並びで撮った惣菜を買いに来たバイクの親子ですが、わたしの頭も一瞬にして聖から俗に切り替わっていたことを示す1枚です。
【Alpha7/Gaudin 10cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Gaudin 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/06 Fri

同工異曲

Gaudin 10cmF3.6
先月購入した新しいカメラ、ソニーα7ですが、わたしが手に入れたのはボディのみです。
たぶん同時にレンズも発売されたと思うのですが、関心がなくてどんなレンズがあるのかもわかっていません。
いちおうはオールドレンズをデジタルでもというブログなのでお許しいただきたいと思います。
50年後にはそれらもオールドレンズになっているはずですので、それまで当ブログが継続していれば取り上げることとさせていただきます。

替って購入したのがNEXマウント-ライカマウント変換アダプターです。
わたしの所有するレンズのほぼすべてがライカマウントなので、これがないとせっかく買ったカメラで撮影できないからです。
中国サードパーティ製の安物でよかったのですが、訳あって高級な国産レイクォールを入手しました。
しかし、ここでひとつ大きな問題が浮上してきました。

α7が発売される前、デモ機が一部一般公開されたとき、ライカのレンズを付けると周辺がケラレるものがあるという話が広まりました。
どのレンズがケラレるという情
報が見つけられなかったので、わたしはたぶんコシナの12mmや15mmといった超広角レンズを付けた場合なのだろうと判断しました。
NEXとライカをつなぐアダプターは1cmほども高さがあるので、超広角ではケラレの可能性はかなり高いだろうと想像できるからですし、21mmや28mmでも危ないかも知れません。

しかし、わたしは35mm以上が使えれば、それ以上の広角でケラレるデメリットより35mmフルサイズ弟子たるを使えるメリットの方がはるかに大きいと思う人間です。
念のためアダプター購入時に35mmレンズを持参して試させてもらったところ、わすがに周辺光量落ちがあるようにも見えましたが、この程度ならまったく問題にならいないとそのままアダプターを買ってしまいました。
ちなみに焦点距離が同じレンズでも、後方主点位置はレンズによって異なるので、他のレンズでもケラレないという保証はないということは要注意です。

これまで、
Vallantin 7cmF3.5
Hektor 2.8cmF6.3
Klein-Bild Plasmat 7cmF2.7
Gaudin 10cmF3.5
と広角1本、長焦点系3本を使って作例を出しています。
それらを見るとレンズに関わらず、撮影距離にも関わらず、みな同程度にケラレているように見えます。
どうしたことでしょうか、とても不思議です。
純正レンズを無視した報いなのではと真剣に悩んでいます。

さて、作例は、先日のおっぱいをあげている母子の写真と同工異曲で恐縮ですが、今回はおしっこさせているおばあちゃんと孫です。
こういうシーンは中国ではよく見る日常光景なのですが、いい具合に逆光が効いていたので、思わず撮影し思わず採用してしまいました。
勢いよく飛び出している感じに、この子の健康が表現されているようで、これはこれでいいんじゃないかと思いました。
【Alpha7/Gaudin 10cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Gaudin 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(9) | 2013/12/05 Thu

紅色内衣

Gaudin 10cmF3.6
平政村の次に向かった古村落の紹介がすっかり遅くなってしまいました。
いったん恵東に戻ってから小型のバスに乗り換え、多祝に向かったのです。
多祝には皇思楊という有名な古村落があって、ここに住む美蓉という女の子と友達になったこともあって、何度も出掛けています。
皇思楊からそれほど遠くないはずのところに、もう一つ多祝蔡屋囲というもうひとつの古村落があることを知ったので美蓉にも会いに行きつつその古村落を目指したのです。

多祝蔡屋囲のことは美蓉に聞いてみたのですが、聞いたこともないと言うので場所だけでも確認しておいてほしいとお願いしていました。
それもあって彼女のところを訪れてから連れて行ってもらおうかと考えていたのですが、たぶんそんなことはすっかり忘れているだろうと考えて直行してみることにしました。
美蓉は今年中学3年生で受験を控えているので、外国人が古い家を見て歩くのにそうそう付き合わせるわけにもいかないということもあります。

バスは終点の多祝に着きましたが、どう探せばいいでしょう。
地元政府の建物があったので事務員のような人に聞いてみましたが、ここの部署では分からない、あっちの事務室で聞いてくれと言われたものの、そちらは鍵がかかっていて人の気配もありません。
まことに共産主義的な対応に腹が立ちますが、言動は慎まないと出国時にスーツケースに白い粉でも仕込まれたらたいへんです。

平政村の帰り道で好いバイタクに巡り合ったこともあって、ここでもバイタクに聞いてみることにしました。
多祝蔡屋囲と書いたメモを見せるとあっさり5元だと言われ、そのまま後部座席にまたがると1キロも走らないうちに到着してしまいました。
歩いて10分というところでしょう。
バイタクに最低料金制度があるのかはよく知りませんが、今までの経験でも最低運賃はやはり5元だったのですがもっと長い距離を乗っていたことを考えると、地元の人なら3元くらいだったのかなあと思います。

そうして着いた多祝蔡屋囲ですが、建築物の面白味や村の規模では平政村と五十歩百歩というところですが、地元の人が普通に住んでいる村としての活気が漲っていて、散歩して楽しいということでははるかに凌ぐものがありました。
子どもたちが戸外で遊び、大人はそこここで井戸端会議していて、少なくともわたしにとっての被写体には事欠きません。
ただ、古建築は、平政村にあった四角楼のような立派なものがなく、単独で撮るには厳しいものがあったので、ちょっとした工夫が必要でした。

今日の作例は古い家並みが並んだ村ではなかなかの風景なのですが、いかんせんまともに撮ってはただ古い建物が並ぶばかりの冴えない場面になってしまいます。
そこで前面にピントを合わせて家並みをぼかすことで雰囲気のみを伝える作戦に出たのですが、まあまあ奏功したのではないかと自負しています。
ただ、ピントは老人ではなく、赤パンの方にいってしまっているのが、なんともわたしらしい失敗になってしまっているようです。
【Alpha7/Gaudin 10cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Gaudin 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/04 Wed

西班牙法廷

Kleinbild-Plasmat 7cmF2.7
静岡にあるお茶屋さんと深圳にあるお茶屋を比較したデータというのは多分ないと思いますが、店舗数で言えば深圳の方が圧倒的に多いと思いますし、人口比でもやはり深圳が勝るような気がします。
加えて、日本茶が食事時などにも飲むふだん飲みの比重が高いのに対して、中国茶は飲茶などを除けばここぞというときに飲む嗜好品的性格がより強いと言えます。
つまり何が言いたいかと言えば、中国のお茶屋さんは競争相手が多くて、庶民はあまり買わない特別なものだということで、商売としてはたいへん厳しいということです。

王さんのお茶屋さんもどのように商売が成り立っているのかよく分かりません。
実家から送られてくるお茶は仕入れとしてはかなり安いはずですが、好いものなので高く売れるので粗利はかなり良いと思います。
しかし、マンション街にある店舗の家賃はいくら中国でもけっして安くはなく、月々10万円以上払っていると思われます。
彼女が言うように、レストランやホテルなどにかなり卸していなければ、とても商売にはならないでしょう。
何しろ、これまで20回以上この店に行って、いつも1時間から3時間くらい長居していますが、他に客が来るのを見たことがないのです。

だからでしょう、一旦やってきたわたしに対しては、友人としてのおもてなしで接してくれます。
彼女自身もいろいろなお茶を試すチャンスと考えるのか、いろいろなお茶を淹れてくれます。
こちらが、もう買う気がないからと断っても、全然気にしないでと次々と高価なお茶をとっかえひっかえ出してくるので、わたしも遠慮せずがぶがふ飲ませてもらいます。
そういえば、今度は日本茶を持ってきてと以前に言われていたのですが、毎回すっかり忘れていて、未だ彼女は日本茶を飲んだことがありません。

おしゃべりする内容は、お茶にもまして他に代えがたいものになっています。
王さんは田舎出身の30歳になったばかりの小娘に見えますが、大学を出ていますし、お茶の卸しで人脈もあり、なおかつ暇な時間が多くて勉強するのでしょう、いろいろなことをよく知っています。
逆に日本のことについてはわたしが最大の情報源ですから、興味あることをどしどしと聞いてきます。
わたしだって日本のことを広めてもらえるチャンスなので、真実を的確に伝えるよう必死に話します。
とくに戦争に対する考え方や中国の見方は、中国庶民には伝わっていないので、わたしの話は熱心に聴いてもらえます。

一方で、中国庶民が知らないことの最大のものはその中国自身のことです。
外国メディア向けの中国外務省報道官の発言は、中国国内ではまったく報道されないか、自国に都合よく編集されてニュースに乗る程度のものです。
そこで、最近あった天安門前の自動車炎上事件やスペインの法廷でチベット人虐殺に関して江沢民や胡錦濤などに逮捕状を出した件などは知っているかと聞いてみましたが、前者はさすがに新聞で読んだものの後者は初耳だと驚いていました。
もっともチベットの大虐殺はある程度の知識を持つ中国庶民には周知のことで、彼女が驚いていたのは今になってスペインで裁判が行われたことで、中国側がスペイン政府に圧力をかけているが政府から裁判所は独立しているので無意味だと話すと、中国には三権分立がないからと大きくため息をついていたのが印象的です。
中国語でも三権分立という言葉があることをわたしは初めて知ったのですが。

こんなことを中国で話していいのかなと心配になりますが、彼女に言わせればこういう私的な空間で政治的な話をすることは問題ないと言うことでした。
同じ内容を公的な場で広めようとしたり、政治的デリケートな地域でやれば捕まる可能性は高いと念押しはしましたが。
かつて、外国人と庶民の接触を禁じたとか、外国人が立ち入れない都市があるとか、外国人の泊まるホテルの電話には盗聴器が仕掛けられていたとかいろいろなことが言われていましたが、今ではそのようなことは無くなっているようです。
とは言え、政府間で大きな問題が起これば、民間人を人質にしてしまう国ですから、このあたりはよく注意を払うべきことは言うまでもありません。
【Alpha7/Klein-Bild Plasmat 7cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Klein-Bild Plasmat 7cmF2.7 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/03 Tue

三種鉄観音

Kleinbild-Plasmat 7cmF2.7
作例写真とは一切関係ないのですが、今回の深圳滞在で久し振りに会った友人がいました。
深圳郊外の住宅地でお茶を売っている王萍さんです。
お茶屋さん自体にはけっこう顔を出していたのですが、王さんが3年前に出産したことで育児もあって店頭に出る機会が減ったため、なかなか会えないでいました。
その間もお茶を買い続けていましたが、対応してくれたのは共同経営者である王さんのお兄さんの奥さんでした。
この女性も気さくで好い方ですので、店の近くに住んでいるとは言えわざわざ王さんに来てもらうまでもなく、3年間も会っていない状況が続いていました。

王さんたちは福建省の安渓という地方の出身です。
安渓はウーロン茶のファンなら言わずと知れた、ウーロン茶の代表格である鉄観音茶の生産地として有名です。
ふたりとも実家が茶畑で、当然のように幼少のころから茶摘みや茶の揉捻など鉄観音づくりを手伝ってきました。
やがて王さんは大学へ行き経済を学んで、卒業後、家族たちの援助を得て開いたのがこの店です。

このことは前にも書きましたが、いま日本で食品偽装があちこちで聞かれるよりはるかに偽装だらけで危険と言えるのが中国の食品事情で、産地や品種の偽装のみならず農薬の大量使用など、中国茶ほど危険な食品はないと言えます。
ウーロン茶は普段飲みの安物から超高級品まで種類が多すぎて、消費者を騙すのが簡単なのです。
だからわたしは、もともとパッケージングされているようなお茶は絶対に買いません。
信用できる人から紹介された店で、且つ、店の人と一緒に飲んで気に入ったものだけを少なめに買うようにしています。
店の人がきちんと一緒に飲んでいれば農薬などの面では安全ですし、大量に買うと安いお茶も混ぜられそうなので、短期間で飲める量を買うように心がけるのです。
とくに王さんの店のように家族や親戚など自分たちで栽培したお茶ならば、さらに安全だと言えます。

王さんに久し振りに会ったときは、彼女と旦那さんのお母さんが、採れたての秋茶の振り分け作業をしていました。
実家から送られてきたお茶はそのままでも出すことができるレベルですが、わずかに樹枝などが混入していたりするのを選別して完全にしてから販売しています。
その新茶がとても美味しいというので、久し振りねとのあいさつもそこそこそに試飲させてもらうことにしました。
試飲と言っても本格的に淹れてもらってふたりで感想を言い合いながら、ひたすら何杯も飲むだけです。
感想を言うのはわたしの語学力ではとても無理で、美味しいとか好みだとか言うばかりにして、あとは彼女が言うのを聞いています。
何かワインのテイスティングによく似ています。

新茶独特の新鮮な奥深い香りが美味しく感じられ、いただくことにしました。
1回に淹れる量は8グラムと決まっていて、この店では1つ8グラムずつに真空パックしてくれます。
500グラム(1斤)いくらと値段が決まっていて、普通はみな1斤分買うのですが、それだと60回分になってしまいわたしには多過ぎなので250グラム(半斤)もらうことにします。
高級茶店だとこのように買うのはちょっと嫌がられるかも知れませんが、少しだけでもいいからと言ってくれる王さんの店では遠慮は不要です。

その後は3時間近くもずっとおしゃべりをし続けることになるのですが、その間もいくつかのお茶を淹れてくれるので、会話もお茶も退屈することがありません。
そんな中に、金木犀の香りがするという鉄観音茶を淹れてくれて、それが安くてあまりに購入したお茶とタイプが違っていて面白かったのでそれは125グラムいただくことにしました。
125グラムはあまりに中途半端なので、さらに強い味で値段がさらに安いものも125グラムいただきます。
結局は、3種でちょうど1斤のお買い上げですが、今後もこういう買い方をしようかなと考えています。
レンズだって何種類もの違う味のレンズをとっかえひっかえしているのですから。
【Alpha7/Klein-Bild Plasmat 7cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Klein-Bild Plasmat 7cmF2.7 | trackback(0) | comment(2) | 2013/12/02 Mon

時間滯後

Kleinbild-Plasmat 7cmF2.7
何度か書いたように、平政村は長時間の滞在に耐えるのがむずかしい古村落です。
深圳からは片道3時間近くかけてやって来たことを考えると、さらにはその深圳まで東京から5時間以上かかっていることを考えると、それを取りかえすくらいの時間を滞在したくなりますが、これはちょっと無理でした。
囲屋の門を出た昨日の作例を撮ったあたりでちょうどバイタクが走っているのが見えたので、手を振って呼び寄せ、吉隆の中心まで戻ることにしました。

料金を聞いてからバイクにまたがってすぐ作例の光景に出くわしました。
太陽光線で汚い小川もキラキラ輝いている中、洗濯を終えた女性が橋をよろよろと歩き、もうひとり未だ洗濯中の女性が足を川に降ろして作業しているのが一瞬見えて、思わずバイタクを止めてと大声で叫んでいました。
ちょっと行き過ぎたところで止まってもらい、大急ぎで戻って撮影したのがこの作例です。
叫んでからドタドタと走ってカメラを構えれば、誰だって顔を隠すでしょうか、残念ながら一瞬見かけたの光景とは違う写真になってしまいました。

突然バイクを停止させて走り出したわたしに不安を感じたのでしょう、気付くとバイタクはわたしのすぐ後ろにいて、わたしが撮影しているのを笑いながら見ていました。
またすぐに発車してもらって会話してみると、彼はバイタクの運転手なんかできるのかと心配になるくらいお人好しで温厚な性格だと分かり、とても身近に感じてしまいました。
もし時間が許すならば、この辺で君のいちばん好きなところに連れて行ってよなどと言っても面白いのではと思うくらいです。
彼なら、心安らぐのんびりした風景が見られる土地まで連れて行ってくれそうな気がしました。

幹線道路に入ってから逆にわたしたちが出くわしたのは、渋滞でしたが、その原因は道路沿いの病院の玄関で繰り広げられていた口論でした。
それを多くの人が取り巻くように見ていて、通行する車までもが車を停めて窓越しにその様子をうかがっているのが原因です。
日本でも事故が起こると、反対車線までもが見物渋滞になることがよくありますが、中国にはケンカの見物渋滞が存在することを初めて知りました。
口論の原因は分かりませんが、医療事故が起きて患者が病院関係者と激しくやりやっていたのではと直感しました。
医療費が高い中国ではようやく工面した金で診療を受けるも、医療事故などでその甲斐無く亡くなってしまうという悲劇が後を絶たないと聞いたことがあったのを思い出しました。

さて、バイタクには恵東行きのバスが出るところまでとお願いしましたが、それはバスターミナルではなく、口論渋滞のすぐ先の路上でした。
深圳や広州などの主要バスもバスターミナルではなく道路から乗り込むのだと教えてくれました。
ちょうど惠東行きのバスが停まっていたのでそのまま乗り込むことができました。
朝来た道を戻って惠東に向かうことになります。
まだ昼前ですが、出発が早かったこともあってバスではすぐに眠りに落ちてしまいます。
ふと目覚めるとまさに惠東に入っていて、また次のバスに乗り換えなければなりませんでした。
【Alpha7/Klein-Bild Plasmat 7cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Klein-Bild Plasmat 7cmF2.7 | trackback(0) | comment(0) | 2013/12/01 Sun
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