スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --

她們愛戴帽子

Russar 20mmF5.6
鶴慶行きのバスには、民族の衣装を着た女性グループが乗り合わせていてたいへん賑やかです。
ただ、その衣装は今までの納西族のそれとは違って見えます。
あらためて地図で確認すると、バスは麗江から真南に進んでおり、麗江空港を通り過ぎた先にある鶴慶は、麗江の境界を越えて大理市の管轄内に入っていることを示していることを考えると彼女たちは白族であると想像できました。
すぐ隣のおばあちゃんに尋ねるとまさにわたしたちは白族です、あなたと同じで麗江に遊びに行ってたのよと教えてくれました。
10人くらいだった彼女たちはご近所の友達のような間柄だそうで、手にする荷物の中には布があって、麗江で好い生地を買ってきてこれで民族衣装を作るのだといっていかにも女性らしい嬉しそうな顔で説明してくれました。

そのおばあちゃんに鶴慶には何があるのかと聞いてみました。
真っ先に上がったのは新華村という名前でしたが、何があるのか聞くと名産の銀器を売っているところだそうで、銀を買うつもりはないと答えると、じゃあ行ってもしようがないねと言うばかりで、他に行くべきところはとの問いに答えを窮しているようでした。
鶴慶は、鶴慶県の県城で、全体には面積が広いので訪れる価値のあるような所も点在していそうですが、隣接する麗江があまりに有名なためどこへ行けばとしつこく聞いても、分からないとか下手すると麗江へ行ったらなどと言われかねないという、外国人が訪れるには厳しい土地だと理解できました。

到着したバスターミナルのとなりの食堂で、そばを食べていると隣にいた女性がどこから来たのかなどと話しかけてきて、よくよく聞くとさらに数軒隣にできたばかりのホテルがあるのでと教えてくれ、そこに荷を下ろすことにしました。
また移動するのでバスターミナルのそばの宿は便利ですし、思ったより立派なホテルにも関わらず1泊80元と安く、かつフロントの服務員の女の子が可愛かったので即決しました。
他にもホテルは町中にいくつも点在していましたが、結果的にわたしが泊まったところがいちばん立派だったようで、主要道路から近いので朝うるさかったのを除けばとても快適な宿と言えます。

鶴慶到着は夕方6時半ですがまだまだ日は高く、早速、散策に繰り出します。
中国ではアメリカなどとは違って全国で北京時間が採用されているので、西にあるこのあたりでは9時くらいになってようやく真っ暗になるのです。
幸運だったのは、ホテルの裏側一帯が旧市街だったようで、鼓楼という大門のような建物をはじめ、古い街並みが辛うじて残っていました。

民族衣装を縫製してくれる店や作例のような帽子専門店、雑貨屋、小さな食堂などが並んでいましたが、特徴的なのは骨董品屋さんでひとつの狭いとおりに10店以上が軒を連ねていました。
先に古い街並みが辛うじて残っていると書きましたが、古民家は虫食いのようにところどころ建て替えられてしまっており、取り壊された家から出てくる家具や家の装飾などが骨董品屋に持ち込まれてそのまま商品に生まれ変わっているようでした。
ですからそんな店を1軒1軒覗いていくと、家具調度や古道具が民俗博物館の陳列を見るようでなかなかに興味深いのです。

じつは麗江と大理の間の多くの町では木彫り細工が盛んで、昨日の作例では伝統的な木彫りの扉を制作している様子を写したものでした。
木彫りは、のみで削り出すというイメージですが、おおまかなところではまずチェーンソーで作業するということが分かって少々がっかりしつつ作業者のすぐそばでノーファインダー最短距離で1枚失礼させてもらいました。
その木の装飾が付いた椅子や家具類の骨董には魅力的なものがあって、聞けば安いので5000円とか高くありません(相手のいい値なので3分の2程度にはなると思います)。
欲しくなりましたがさすがに椅子は大きすぎて持って帰れません。
深圳に郵送しても1000円程度だからと言われてまた動揺しますが、何より日本に持ち帰っても自宅に椅子の置き場がないのです。
すでに我が部屋には、台湾で購入した明代の椅子が鎮座していますもので。

そこで記念の意味も兼ねて、最近始めたお香のための香炉でも探してみようと尋ねてみました。
心身深い土地柄だからか、古く立派な香炉がどの店にも置いてあります。
しかし、どれも銅製の巨大で3~4キロはありそうなものばかり、やっと見つけた装飾の美しい小型のものはふた付きスパイラルタイプのお香用でうちでは使えません。

ところが、その店にすばらしいものがあるのを見つけてしまいました。
店の仏壇のようなところに置かれた仏像で、これは売り物かと聞くと売ってあげてもいいというので見せてもらいました。
銅製で重いのですが、座禅する仏陀像は背丈が20センチほどなので持ち帰るのに苦痛なほどの重さでも大きさでもありません。
像は、長年のすすが堆積したのか真っ黒な姿ですが、ところどころ下地に貼られた金箔(?)がうまい具合に露出していて、それが崇高さを表現するかのようで、わたしは痺れてしまいました。
そして何より迷走する柔和なお顔の表情が優美で、ずっと眺めていても飽きることがないと感じられます。

わたしは感情をできる限り押し殺して興味なさげに、いくらなのと聞くと白族の民族衣装のおばあさんが5000元と即答します。
7万円弱ですからとても手が出せる値段ではありません。
半額まで値切れたとしても3万5千円では、残念ながら縁がなかったのかとあきらめざるを得ません。
旅をしていると、何としても手に入れたいと思いながらやはり手に入れることができないということがしばしばあります。
その気持ちをしずめてくれるのが旅の思い出という記憶であり、ときに1枚の写真だったりするので人はカメラをもって旅するのでしょう。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
スポンサーサイト
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/30 Sun

汽車来不及

Russar 20mmF5.6
石頭城に泊まった翌日、ここまで連れて来てくれた楊さんがあろうことか消えてしまいました。
義理の妹が言うには、用事があって昨日のうちに麗江に戻ったのだというのです。
わたしはどうやって麗江に行けばいいのかと聞くと、心配なく、別の車を頼んであるからとこともなげに答えます。
7時に出るから準備してと促されますが、もう6時半なので出なくてはなりません。
5時起きで1時間ほど石頭城を散策しておいてよかったということになりますが、それにしても突然追い出されたかのようです。

駐車場に行くと、当然来た時と同じ軽ワゴンかと思っていたのに、停車していたのはトラックです。
このトラック、人里離れた石頭城に物資を運ぶための、いわば村のライフラインのようなものですが、同時に村人を麗江まで運ぶ役割を担っているようで、すでに数人が出発を待っていました。
イヤな予感的中で、運転手は30分遅れでやってくるし、座席は4つしかないのに6人の乗客がいて、すし詰めの状態になってしまいます。
さらには、100元寄こせと言われるのですが、昨日楊さんから帰りは50元と言われたといっても聞く耳持たずで、嫌なら自分の足で行ってくれと言わんばかりでは従わざるを得ません。

ようやく1時間遅れで出発するも、途中に民家があれば必ず停まってご用聞きし、用事があれば物を摘んだりして進むのが遅いこと遅いこと。
途中、玉龍雪山という観光地の道路を通るときに検問があるのですが、地元の人はフリーバスながら外地人は入山証を見せなくてはならない決まりでそのために100元必要だと運転手に払ったはずなのにまったくのノーチェックでトラックは通り過ぎていくのでした。

麗江では、インフォメーションで働く女の子とランチをとる約束でしたが、トラックが1時間遅れたため慌ただしいものになってしまいました。
女の子は昨日会ったときはすっぴんだったのに、今日はお化粧してワンピースで来ているという、俄かデートのような雰囲気だっただけにとても残念でした。
彼女は、来年深圳に転勤になる予定だそうで、また会えるからその時までと握手して立ち去りました。

わたしは、一昨日泊まった宿に置かせてもらったスーツケースをピックアップしてから、もうひとつ行きたいと思っていた古鎮に向かうことにしました。
昨日、石頭城に行くバスは麗江客運站から出ているとの誤情報を聞いて出向いた時、石頭城行きはなかったもののその古鎮方面行のバスがあることは確認して、バスの時刻案内を撮影しておいたのです。
液晶で確認すると5時15分にバスがあることが分かったので、それまで昨日親切にしてくれまた来てねと言っていた雲南コーヒーの店で時間をつぶすことにしました。

コーヒーの小売店ですが、その場で挽いたコーヒーを飲ませてくれるカウンターもあって、1杯30元もするためなかなか飲みに来る客なく、湖南省から働きに来ている女の子は退屈し切っているようでした。
恐らく彼女がこご働いていて初の2回も来てくれた客であるわたしに日本のことを聞きたがります。
話は尖閣のことにも及びましたが、日本人が住み着いた経緯やそれを中国政府も認めていたこと、海底資源調査以降中国が手のひらを返したように主張を変えてルイことを説明すると自国政府を信用していないのか彼女は理解しているようでした。
日本の元総理は正反対の行動をして全国民からひんしゅくをかっているようですが、彼も日本に帰ってくると非難轟々生命の危険があるかも知れないので、香港経由で南米に亡命した方が賢明なのではないでしょうか。

さ、そうこうしているうちに出発の時間です。
客運站に5時に着いて、チケットを買おうとすると、バスはたったいま出てしまったと言われます。
そんなはずはない5時15分のはずだと抗議しますが、チケット売りのおばさんはそんなこと知ったことではないと窓口を閉じてしまいました。
バス乗り場で確認してもやはりバスは出発したということです。
中国の田舎ではバス時刻表はあくまで目安で、何度も確認すべきことは常識として知っていたはずなのに、石頭城に行った時の経緯からもそれは明白なのにうっかりしていました。

さてどうしものか、普通であれば麗江に戻って翌朝のバスに乗ろうとするでしょう。
しかし、もう麗江には特に夜は戻るなんてまっぴらです。
小型のバスが止まっていたのでこれから出発かと聞くと5時半に出ると言います。
行先表示は鶴慶となっていますが、当然、それがどこかは知りません。
でも、わたしがとるべき道は2つで、これに乗るか麗江に戻るかだとすれば、迷うことはないでしょう。
バスに乗ったわたしは、1時間後、その鶴慶の町にやってきたのでした。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/29 Sat

咽草的袋子

Russar 20mmF5.6
川辺で農作業していた夫婦は、まだ60歳前後でしたので老人などと呼んではいけなかったのだと思います。
恐らく十代の頃からずっとこの生活を続けていて、足腰が動かなくなるまでまだまだ現役でがんばりたいと考えているでしょう。
一方では、現役を退いてのんびりと暮らしている老人も多数見かけました。
大岩の斜面につくった村なのでちょっとした移動もたいへんですから、自然と家とその周辺の限られたスペースが生活エリアになっています。
活動範囲が狭くて退屈そうで気の毒そうに見えるか、生まれ育った空気と景観の好い土地で過ごせて幸せそうに見えるかは訪れた人の価値観によるのかも知れません。

石頭城には800年近い歴史があります。
宋代の戦乱の時に、納西族の一族が防衛上の理由からこの大岩の上に村を築いたことから歴史が始まります。
防衛のための砦になっていたことから石頭村ではなく、城という名前になったようです。
住み心地はけっして悪くなかったのでしょう、その後防衛の必要のない時代になっても打ち捨てられることなく、現在では城内に49戸が、対面の城外には116戸の民家がわずかに訪れる観光客への砦になっています。
川を往来する船を除けば村への道は1本しかないので、外来者はすぐに村人に知られてしまうのです。

排他的な村人もいるのかも知れませんが、日々の生活に変化が乏しいせいか観光客に対してフレンドリーに接する老人が多いようでした。
座ってくつろいでいるおじいちゃん、おばあちゃんにこんにちはと声をかけると、まあまあここへどうぞと横に座るよううながして世間話をしたります。
老人たちは訛りが強くて何を言っているのかなかなか分からず、一方でわたしの拙い中国語もあまり理解していないようですが、何か言うたびにけらけら笑う姿は明るく屈託がありません。

キセルを吹かすちょっとキュートなおばあちゃんがいました。
もう何十年も使い続けているという手製のキセルに、ずた袋に入った自宅の庭で育てたタバコの葉を少量詰めてはぷかぷかとやっています。
写真を撮ろうとすると、こんな汚いもの撮ってどうするのと逃げようとするので、反対側にいたおじいちゃんを指さしながらあっちよりずっときれいだからと言って笑いをとりながらシャッターを切ったりしました。

今回は、いつものように広角、標準、望遠の3種のレンズとX-E1、それに低感度フィルムを詰めたM6を旅の友にしています。
広角は、出発直前にブログの中で超広角の話題が出たことから、ここのところご無沙汰だった広いレンズを持つことにしました。
超広角というそのままの名前の付いているスーパーアンギュロンにしようと思ったのですが、X-E1では後玉が当たってしまい取り付け不可でした。
そこで考えたのがタフな旅にも強そうなルサールです。
X-E1にこのレンズを付けると、まるで一昔前のコンパクトデジタルのような冴えない姿ですが、旅で使いやすそうな手軽さが気に入りました。、

また、ふだんF1.5とかF2のレンズを開放でばかり撮っていると、ルサールの絵は新鮮でなにか不思議な魅力があるように見えます。
ホロゴンとは比べるべくもありませんが、ルサールにも被写体を変容させる力が少しあるようですし、何より広い画角から小さなCMOSに取り込まれる凝縮感も存在するように思えます。
とくにこのおばあちゃんのように年季の入った被写体はこのレンズで撮るのがふさわしいかなと、彼女の腕のしわを見ながら感じにいられませんでした。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/28 Fri

走婚是什么?

Russar 20mmF5.6
女だてらに面包車を駆って石頭城まで連れてきてくれた楊さんは、いかにも肝っ玉母さんという女性です。
30歳代後半くらいでしょうか、車中では、自分の半生やもうすぐ大学受験する子供のこと、それにときどき観光ガイドめいたことをずっとしゃべり続けていました。
そのバイタリティは思わず感心してしまうほどで、彼女の苦労話とともに、漢族に観光業を牛耳られている麗江にあって少数民族が亘りあっていくためには、このくらいのエネルギーがないとダメなのだろうなと納得させるものがあります。

宿は、インフォメーションの子の友達のところと決めていたのですが、楊さんも実家が民宿をやっているので、気に入らなければ泊まらなくていいから見て行ってくれと言います。む
遠慮がちに言っているように聞こえるかも知れませんが、やはり少し押し出しが強い感じで、気の弱い私は断りにくく、案外部屋も悪くなかったのでお世話になりますとたのんでしまいました。
1泊60元はちょっと高い気もしましたが、ここまで連れて来てもらって価格交渉するのもなあと、また弱気になって了承してしまったのです。

実は了承した理由はもうひとつあって、ちょっとかわいい感じの女性がその家にいたというのがありました。
20代半ばくらいのその女性は楊さんの弟のお嫁さんということでしたが、弟さんはいま麗江で働いていてここにはいないと言います。
そこで思い出したのが、石頭城の真下を流れる金沙江をずっとさかのぼると、濾沽湖という秘境の地に暮らす少数民族の摩梭族は結婚しても同居せず夜な夜な男性が女性の枕もとを尋ねる通い婚の風習があるという話でした。
もしかしたら、夜、彼女の部屋の扉が開いていて…、などということがあるのではとよからぬ妄想をできるのが旅の好さです。

さて、石頭城ですが、作例の向かいに見える大きな岩の斜面に家が並んでいて、村の様子が分かると思います。
この中腹くらいに楊さんの家はありました。
撮影位置の真ん前の家は岩の上に建っているわけではありませんが、岩にはスペースが限られているので村がこちら側に広がって行ったのだと思われます。
右端の真ん中にちらりと見えているのが金沙江ですが、なぜかこの川は3月のみ青く澄んでいて、それ以外は茶色く濁ってどんよりしています。

楊さん家の例のお嫁さんから、その金沙江でも見に行ってきてはというので、村をどんどん下ってみました。
近くに見えていた金沙江でしたが、下れど下れどたどり着けません。
田んぼのあぜ道もあったりしたせいで1時間かかってしまったのですが、想像以上に高度差があったということのようです。

降り切ったところで老夫婦が農作業をしていて、おやおやこんなところに外国人がと、収穫したての梅とスモモ分けてくれました。
どちらもとてもすっぱかったのですが、とてもフレッシュで運動の跡ということもあり、飛び切りのご馳走です。
もちろんスモモは川をどんぶらこと流れて来たのではありません。

来た道は戻らなければなりません。
おじいさんがいっしょに村へ帰ろうと言って愛馬に薪を積み込み、後から行くというおばあちゃんをおいて、上り坂を進んでいきます。
道はところどころ枝分かれしていますが、毎日往復している馬は賢いもので、間違えたり迷子になったりすることはありません。
おじいさんはすいすい上がっていきますが、わたしはすぐにバテバテで、涼しい顔の馬と老人の後を肩で息しながら辛うじて付いていきます。

上りは40分程とかなりのペースで村に戻りましたが、どうにか彼らに遅れることなくたどり着くことができました。
もしかしたら、賢い馬はわたしの体力を配慮して、かなりゆっくり進んでくれたのかも知れませんが、脚力にはそれなりに自信のあったわたしも、到着時には足がパンパンで、当然のごとく翌々日は筋肉痛でした。
老人が多い石頭村ですが、この村で足がきかなくなるということは生活の糧を失うということのようです。

たいへんな運動をしたあとのビールは実に旨く、疲れたこともあってすぐに熟睡してしまいました。
翌朝は、日が明けるか明けないかのうちに爽やかな目覚めです。
あれっ? 起きてから通い婚のことを思い出しました。
もしかしたら件のお嫁さん、部屋の扉をそっと開けてわたしが入ってくるのを待っていたかも知れないのに。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/27 Thu

宝山石頭城

Russar 20mmF5.6
今回の雲南の旅では、麗江から南下しながら適当に寄り道して大理を終着とする1週間を日程としています。
このふたつの古都の周辺には景勝地や古鎮が多く点在しているうえに、無名の少数民族の村でさえ魅力的であることを考えるととても1週間では足りるものではありません。
調べれば調べるほど行きたいところばかりで収拾がつかなくなってしまったので、綿密なスケジュール建ては断念して、現地に着いてから気ままに行先決定することにしました。
無理にあちこち回るよりも、その時の体調や気分でのんびり旅したかったからです。

ただ、それでもぜひ訪れたい古鎮がありました。
宝山石頭城という村です。
ひとつの巨大な岩の上に古民家が立ち並ぶことで知られる村ですが、麗江の北100キロに位置します。
大理とは反対方向になってしまいますが、訪れる人も少ないと言うので、麗江には到着早々愛想をつかしたこともあって次の目的地にしました。

バスがあると聞いていたので、麗江散策にも飽きてツーリストインフォメーションに向かい、どこのバスターミナルから出るのか聞いて、言われるがままに客運站に行ってみても石頭城行きはないと相手にしてもらえません。
タクシー代と時間が無駄になってしまいましたが、往復で使ったタクシーの運転手も石頭城行きなんてあるのかなと首を傾げていたので、バス自体存在しない可能性が高いことが分かりました。
タクシーで戻ったところにもうひとつ別のインフォメーションがあったので、尋ねてみるとたいへん幸運なことに石頭城でゲストハウスをやっている友達がいるからと、電話をかけて聞いてくれました。

メモしてくれたところでは、市場前から7時~8時発車、料金50~100元とあって、麗江から来る客相手のはずのゲストハウスですら、あいまいな情報しか持っていないことに驚かされます。
その後も宿の人やレストラン等々あちこちで聞いてみましたが、誰も石頭城行きのバスのことなど知りませんし、石頭城自体を知らない人も多いくらいです。
ゲストハウス情報を信じて、翌朝6時半に出発してみることにしました。

タクシーは7元と聞いていた市場まで朝は10元でないと行けないと言われ、わたしは運転手とケンカ腰になりましたが、この運転手が実は親切で、結果的に彼のおかげで石頭城に辿り着けることになったようです。
彼は市場前に着くと、停車していたバスに石頭城に行くからとわたしを引き渡して去っていきました。
そのバスが石頭城に行くかと思えばそうではなく、そこで待ってろとほったらかされてしまいます。
15分ほどバスの到着を待ちましたがやって来たのはひとりの女性です。
説明によれば、本日石頭城へ行くのはわたしひとりだけなのでバスは出さないことになり、石頭城へ行くには車を350元でチャーターしなければならないとのこと。

何とも胡散臭い話ですが、どうもそれは本当のようで、チャーター料は通常500元かかるのが、その女性の実家が石頭城で、もともと戻る用事があるので安くしてあげるということでした。
ウソだと思うならタクシーにでも聞いてみなさいとも言うので、実際にいくで行くか聞いてみるとまさにその通りです。
ではと、用事で帰るのならもっと安くしろと交渉してみますが、だから350元まで安くしてやっているのだと譲りません。
ただ、明日麗江に戻るのなら、帰りは50元でよいとのことです。
4時間半かかると言いますし、せっかく早起きして無駄に時間を費やしたくなかったので、泣く泣く同意して彼女の運転する面包車(軽ワゴン)に乗り込みました。

わずか100キロの道のりに4時間半かかるのですから、いかに厳しい山岳の道を走行したか想像できるでしょう。
到着してみると確かにまったく外来者には合わず、彼女の説明はウソでは無いようでした。
それに、風光明媚な村は、確かにわざわざやってくる価値のあるところだとも感じられました。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/26 Wed

麗江弦楽四重奏団

Gaudin 10cmF3.5
麗江の現状については否定的にならざるを得ませんが、そこに暮らす主要民族である納西族に対してはむしろ同情の思いがあります。
もともと彼らが長年かけてつくりあげた町を大都市から来た漢族の商売人に乗っ取られた感があるからです。
なかには、高額で家を貸すことで郊外に豪華な家を建てるなど現状を歓迎する向きもあるようですが、多くの納西族はやはり面白いとは思っていないようです。

納西族といってすぐに思い出されるのが東巴文字でしょう。
東巴文字は、今でも現役で使われる世界唯一の象形文字と言われています。
現役とはいっても、宗教上の一部の高僧にしか伝承されておらず一般には読み書きもできないため、一時期絶滅の危機に瀕したものの支援を受けて今は立ち直ったという報道を見たのはかなり以前のことでした。

もうひとつ納西族の文化としてよく知られるものがあります。
彼らの伝統音楽です。
麗江には専用の音楽会場を持っていて、古楽アンサンブルの演奏会はいつも満員になるそうです。
中国最古の音楽とも言われていたようですが、どうやら漢族の音楽学者がそれはでたらめだと論文発表したことで係争状態になっていると聞きます。
納西族の伝統が正しいのか、学者の説が合っているのかはよく分かりませんが、相手に難癖をつけて何かを奪い取ろうという手法のある国なので、どうも前者の肩を持ちたくなってしまいます。


さて、麗江の土産物屋の並んだ通りと群がる観光客の多さ、さらにはツアーに参加しないかとのお誘いに嫌気がさして町の外れを歩いていたところ、納西族の伝統音楽がどこからともなく聞こえてきました。
導かれるように音楽の方向目指して建物の中に入っていくと、途中から薄々気付いていたものの、やはりそれは伝統音楽とは言っても納西族のそれではなく、オーストリア・ハンガリー帝国の伝統ある音楽であるモーツァルトでした。
弦楽四重奏で奏でるは、アイネ・クライネ・ナハトムジークの第4楽章でしたが、アマチュアらしい楽しくなる演奏をしています。

邪魔にならないよう遠巻きに眺めていましたが、ずっと聴いていたせいか呼び出され、休憩時のおしゃべりに参加させてもらいました。
そればかりか学生時代にヴィオラを少々と言ったもので、じゃあいっしょに弾こうと楽器を手渡される破目になります。
もう十何年も楽器に触っていないので指がまわらないのはもちろん、右手と左の指が連動せずまともな音も出せませんでした。
それでも一緒にと言うのですが、残念ながら楽譜が無く彼らは暗譜で弾いているので、そうなるとわたしにはどうにもならず、納西クワルテットへの飛び入り参加は果たせませんでした。

ところで、この建物で暮らしているのは、先に書いた東巴の文字を読み書きできる高僧の方のひとりで、音楽家たちが練習を終えて帰った後、文字や文化についていろいろと説明をしてくれました。
ただ、文化の詳細についてまで理解できるほどの語学力がわたしにはなく、それがとても残念で仕方ありません。土産物屋で和紙のように梳いた伝統の紙に東巴の文字が書かれたものが売られていたので、買いたいと思うと言うと、あの紙も書かれている文字もニセモノになので買ってはならぬと諭されました。
その代わりに、本物の紙に書かれた書を見せていただき、また120年前に建てられたという建物も見学させてもらいました。

失礼ながらぶっきらぼうそうに見える容貌のこの先生が、非常に親切なのが印象に残りました。
説明の中で、東巴の文字が廃れそうになったとき、いち早く手を差し伸べ、熱心に研究したのが日本人たちだつたと言われていました。
今でも研究者の数や費用負担の面でも日本がいちばんだとも述べていました。
あるいは、そんな日本人に対する感謝というより親しみのような感情があって、熱心にいろいろな説明をしてくれたのかも知れません。

麗江では、この時のこととツーリスト・インフォメーションの女の子と食事に行ったことくらいしか、好いことはありませんでした。
当初、よければ2泊くらいしてみるかと考えていたのですが、そんな気持ちは早々になくなっており、次の村に向かって、翌朝、出発することにしました。
【X-E1/Gaudin 10cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Gaudin 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2013/06/25 Tue

外地人的古白

Russar 20mmF5.6
今日、帰宅して食事時に何気なくつけたNHKのテレビ番組に大いに驚かされることになります。
クローズアップ現代の「世界遺産で思わぬ波紋 富士山をどう守る」ですが、そこに今回最初に訪れた麗江が出てきました。
行ったばかりの麗江が映し出されたから驚いたのではなく、麗江の番組での扱いがまさに今日書こうとしていたことそのものだったからです。

番組そのものの内容については割愛しますが、世界遺産になったことでたいへんなことになったという代表として選ばれたのが麗江でした。
麗江は、納西族という伝統を貴ぶ少数民族の町なのですが、世界遺産の登録と同時に観光客がどっと押し寄せ、それと同時に中国各地から商売人が集まってきます。
通りに面した古民家はことごとくそれら外地人に貸し出され、すべてが土産物屋、レストラン、旅館、バーに改装されてしまいます。
そのため肝心の納西族の文化は外へ押し出され、張りぼてのような遊園地のような施設に変貌してしまいました。
これでは、本来の世界遺産に登録された理由と本末転倒で、富士山もこうなる危険を孕んでいるというというような内容でした。

日中や夜の麗江は見るも無残な姿ですが、土産物屋などが閉まっている早朝に散策するとその本来の美しさが分かるくらいですので、世界遺産に登録される前から観光客は多く、世界遺産になる云々を別にしてこうなってしまうことは時間の問題だったでしょう。
むしろ世界遺産に登録されたことが何かしらの歯止めをかけめチャンスだったはずですが、逆に加速させるだけだったのは、鎌倉の落選時などに書いたように商売をやっている人にメリットはあっても地元の人には迷惑でしかないという懸念を裏付けてしまっています。

麗江に失望したのは、何もわたしだけではありません。
周辺の町で多く見かける西洋人を、麗江ではあまり見かけませんでしたし、何より中国人の中でも麗江はひど過ぎると感想をもらすのを聞いています。
その番組の中でも、中国人の観光客がパーがうるさくて北京に来たのと変わらないと嘆いていました。

何しろ訪れる人の数がとんでもないことになっています。
日中、大量の人が歩いていて辟易させられましたが、夜になるとその傷は3倍4倍と増えて、歩くのがままならないほどです。
なぜ夜に人が増えるのか不思議に思いましたが、近くにも観光地がいっぱいあるので、昼間は均衡ツアーにみんなでかけて、夕方戻って来た以降がピークになるということのようです。
もし、不幸にして麗江を旅行せざるを得なくなったとしたら、早朝の散策をお勧めしますが、それができない場合は日中に行動してください。
夜、中国人旅行者が寝静まった頃などと考えたら、1時2時になってしまいます。

と言いつつも、わたしにも小さな幸運がありました。
フレッシュジュースの店があって、そこには分かりにくくて誰も上がっていなかったのですが、2階に座席がいくつか用意されていたのです。
さらにもっとわかりにくいところに階段があって屋上にも出られるようになっていました。
地上の喧騒を離れてとまではいきませんが、麗江の黄昏時のパノラマを楽しむことができました。
麗江には、全体を見下ろす有名なスポットがあるのですが、その写真は麗江紹介のあらゆる場面に使い古されていて面白くありません。
20元のマンゴージュースが連れてきてくれたこの景気が、わたしにとっての本来の麗江にいちばん近い姿ではと思わせてくれるものです。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/24 Mon

従曼谷与新加坡

Gaudin 10cmF3.5
夏休み前にもかかわらず、1週間もの休みをいただき申し訳ありません。
合わせて、前回、タイに行っているように装ったことにもお詫び申し上げます。
今回も、またまた行先は中国でした。
ただ、中国国内ではブログを更新することはできないようになってしまっているので、タイ人女性がワイをしている姿とタイから更新をしたというのは事実です。

今回の1週間のスケジュールがあまりに急だったため、航空券の手配がうまくいかず、無料航空券を検索したところ、羽田-バンコク-香港-シンガポール-羽田というルーティングになってしまったというのが真相です。
バンコクにもシンガポールにも行けるチケットという訳ではありません。
基本的には香港往復で、往路はタイ国際航空で香港へ行き、復路はシンガポール航空で香港から戻るという世界の航空会社がアライアンスの関係を結んだことが、航空マニアのような疲れる移動を強いることになりました。

バンコクとシンガポールのトランジットではそれぞれ数時間ずつの余裕がありましたので入国しています。
バンコクは早朝着なので、外はまだ真っ暗で何も分からず空港から歩き出しましたが、結局30分歩いても空港の敷地から出ることなく、また入港審査の列に並ぶことになりました。
長時間機内に座りっぱなしだったので、外でちょっと運動しに出たようなものです。

帰国前のシンガポールでは4時間近くあったので、インド人街とアラブ人街に行ってみました。
東南アジアのシンガポールから南アジアと西アジアという異なる文化を見る楽しみがあったからですが、日曜だったからかこれらの町にはかなりのインド人、アラブ人が繰り出していて圧倒されてしまいました。
カメラをもったわたしはかなり浮き上がった存在で、食事中に撮影しようとしたところたしなめられたこととが決定打になって、早めに空港に戻る決断を余儀なくされました。
やはり結果的に、バンコク経由、シンガポール経由だったことは期待するほどの意味はなかったということになります。

さて、買い物する乗客でごった返すシンガポール・チャンギ空港の片隅で、ひとり小さくなってこの文章を入力しているのですが、肝心の行先について言及しなくてはなりません。
香港から深圳に移動して夜の便で飛んだ先は昆明で、翌朝、朝一番の便で麗江の町に到着しました。
少数民族の納西族の住む古都です。
旧市街は、驚くほどの数の古民家が並び、湧水から流れる水路の流水の音が心地よく響き、独特の民族衣装の人が石の道を闊歩する何とも魅力的な町…、のはずだったのですが、これは必ずしもそうではありません。
世界遺産の麗江は、これぞ世界遺産、これぞ中国を代表する観光の町という姿を見せつけたのでした。
【X-E1/Gaudin 10cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Gaudin 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/23 Sun

3小時的泰国

Gaudin 10cmF3.5

今日の作例は、外国っぽい雰囲気ですが、このポーズはちょっと中国ではありえない感じがするでしょう。
じつは、いま、バンコク国際空港にいます。
タイ国際航空のスタッフが、両手を合わせたワイの姿勢で「サワディ・カーッ」と客を見送っているところです。

タイに行ったことのある方なら誰でも経験あることですが、みなタイの微笑みに心奪われてしまうのです。
タイのホスピタリティはすばらしいとすぐに実感しますが、ではタイ人のやることがすべて良いかと言えば残念ながらまったくそういうわけではありません。
バンコクでの入国審査は大行列で、あきらかに効率が悪く、こういうとこねむろを直す気がまったく見受けられないのが微笑みとの表裏一体ということのようなのです

タイ人の微笑みといえば思い出すことがあります。
もう10年以上も前のことですが、ユナイテッド航空から世界一周航空券というのが発売されて、これが他のものに比べて格段に安かったので、これを利用してドイツを旅したことがありました。
この航空券はただ安いだけでなく、利用すると楽に2万マイルを超えて、それだけでアジア行きの往復航空券をゲットできるという1粒で2度美味しいというものだったのです。

確かUA1便という便名だったと思いますが、これが世界一周航路で、ニューヨーク~ロスアンジェルス~香港~ニューデリー~ロンドン~ニューヨークというルートを飛んでいました。
日本から利用する場合、東京~香港というUA便を利用し、香港からアメリカは上記のフライトで飛びます。
アメリカからは、ニューヨークからでもロスアンジェルスからでも東京便があるので、これを利用して日本に戻って世界一周が完結します。

わたしは別途、ロンドン~フランクフルト~ロンドンというLCCのチケットを買って、ドイツを旅し、他の都市では乗り継ぎだけで滞在はしていません。
ただ、インドには行ったことがなかったので、ニューデリーでは深夜に到着して1泊だけして次の日の深夜の便に乗るという発券をしていました。

その香港からニューデリーの機内でのことです。
フライトアテンダントがタイ人のハンサムな青年だったのですが、日本が大好きなんですと勉強中の日本語でわたしに説明し、暇なときになると日本のことを教えてくださいとわたしの席にちょくちょくやってきました。
こういう風に言われて悪い気はしませんし、彼は話すときいつも満面の笑顔で、まさにタイの微笑みに癒されたわたしは自分のアドレスを渡して日本に来るときは会いましょうとまで心を開いていました。

彼はわたしの旅のスケジュールを聞き、まだニューデリーのホテルが決まっていないことを知って、よければわたしが泊まっている部屋にいっしょに泊まればいいと誘ってくれました。
航空会社で取っているアテンダントがみんな泊まるホテルだから安全だしと言われ、ありがたい申し出を受けることにしました。

ヒルトンだったかノボテルだったか忘れましたが、空港とダウンタウンの間くらいのいかにも中の上というホテルにタクシーでひとり向かいました。
彼は、航空会社のバスで一足先に着いており、わたしを迎えて一緒に部屋に向かいます。
他のアテンダントに見つかるとまずいのではないかと思うのですが、彼は気にする様子もありません。

部屋に入るとわたしは動揺せずにいられませんでした。
当然ツインと思っていたベッドはダブルだったのです
キングサイズではありましたが、さすがにここにおとこふたりではと思い、ソファに寝ようとすると、ベッドは大きいのだからここに寝ればいいと勧めます。
さすがにそれは悪いとこちらも言うのですが、彼は例の微笑みでベッドに寝てくださいと言って譲りません。

確かにおとこふたりで寝てもベッドには余裕があって広さ的には問題なく、もう遅かったこともあってわたしはすぐに眠りに落ちました。
かなりの熟睡だったと思います。
ところが妙な違和感を感じて、飛び起きてしまいました。
いつのまにか、彼の足がわたしの足に絡みつくようにうごめいていたのです…。


急遽、1週間の休暇をとり、心の洗濯でもと旅に出ています。
今日のアップを最後に1週間ほど拙ブログの更新をお休みさせていただく予定です。
来週の日曜か月曜には、再開させていただくつもりですので、その時まで失礼いたします。それでは、ご機嫌よう。
【X-E1/Gaudin 10cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Gaudin 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(1) | 2013/06/16 Sun

Darlot的理由

Darlot 10cmF3.3
R-D1からライカマウントデジタルの世界に入ったわたしは、人より遅れてライカM8ユーザーになりました。
後手後手を踏んでいるものの、ここまではライカのデジタルユーザーの王道を行っていたといえます。
愛用のM8が故障したとき、誰もがわたしがM9を買うだろうと思ったに違いないのですが、わたしが選択したのはフジのX-E1でした。
これはレンジファインダーカメラではありませんし、ライカマウントでもありません。
M9の代替機とはあきらかに言えるカメラではないのです。

なぜこんなことになつたかと言えば、わたしは発売前からずっと噂に上っていたライカMを発売と同時に買うつもりでいました。
といっても国内正規品は厳しいので、アメリカ、イギリス、ドイツ、オーストリア、香港の価格情報をチェックしていちばん安いところで買おうと計画していたのです。
そこにきてライカM8が故障して代わりになるカメラが必要になったことと、わしにとって最大の悪夢たる急激な円安へのシフトが同時に起こりました。
いつ発売かもはっきりしないライカMが円安で25%値上がりした状況でしたので、残念ながらこれはもう諦めることになってしまいました。

そこで手に入れたX-E1ですが、このカメラを使う最大の問題は、受像素子が小さくフルサイズでないということです。
R-D1がAPS-C、M8がAPS-Hと大きくなってきて、M9のフルサイズに行きたかったのに、X-E1ではAPS-Cに逆戻りです。
レンズが好きでやっているブログなので、性能を知る重要なポイントである周辺が写らないカメラを使うことは本意ではありません。

R-D1を使っていたころは、シネレンズをライカマウント改造したものの中にフルサイズでは周辺まイメージサークルが足らないのにAPS-Cではぎりぎりカバーするというレンズが何本かあったので、それなりに意味があると割り切っていました。
しかし、その後のマイクロフォーサーズカメラの登場でシネレンズはこちらの方がマッチングがよく、APS-Cの価値が急激に薄れていくのを実感しました。
本来の目的外、サイズ違いのシネレンズに対する興味も急激にしぼんでもいきました。

こう書くと言い訳がましいですが、そんな中で使うこのダルローなどのペッツバールタイプのレンズは、もともと35mmフルサイズよりひとまわり大きなイメージサークルを有しているので、35mmでもAPSでも周辺には差がないと気付きました。
もちろん中心から離れれば離れるほど画質はわずかずつでも劣化しますからそんなに単純な話ではありませんが、それでも標準レンズなどイメージサークルがぎりきりのレンズよりもダルローを使う方が罪悪感(?)ははるかに小さく感じます。

もちろん、ここのところダルローを多用している理由はそれだけではありません。
100mmという画角が好きになり出したとか、19世紀のレンズの描写力に驚きそれを味わうためとか、金ぴかの真鍮鏡胴がかっこいいとか理由はたくさんあります。
でも、よくよく考えてみると、先ほど書いたようにフルサイズでないカメラを使う贖罪レンズとしてのダルローという意味がいちばん大きいかなと思います。
あと、ksmtさんがここのところペッツパールばかりを多用してるのに影響されているという面もありますね。

作例は、薬師池公園の中ほどにあった古民家です。
前に茶屋があって味噌おでんだかを売っていたのですが、タッチの差で店仕舞いしてしまっていました。
ここでも玉川学園から迷ったことが悔やまれました。
古民家はもともと町田市内の裕福な農家の家を移築したようで、たいへん立派なつくりをしています。
わたしの前の若い男女がしきりに感心しながら見学して歩いていたのが印象に残りました。

本来ならそちらの作例を採用したいところですが、彼らとの距離が近すぎて100mmでは背景の古民家らしさを生かすことができませんでした。
一方、作例の女性はせっかくみんなところまで来て、古い家になんか興味を示しません。
人それぞれだなあと思いつつもおかげさまで、ずっと後ろに下がることで人物を取り込んだ古民家の写真を撮ることができました。
すると突然、彼女は携帯を取り出して電話を始めたのですが、声量の大きい彼女の話はずいぶん遠ざかったわたしにもはっきり聞こえる大陸の中国語でした。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(1) | 2013/06/15 Sat

小龍蝦的公園

Darlot 10cmF3.3
昨日までの浅草から場所を転じて、今日からは町田での作例になります。
レンズのマウント改造をksmtさんにお願いしていたのですが、来週には使ってみたいと考えksmtさんからお渡ししましょうとご連絡をいただきました。
できれば、土日でksmtさんに同行して撮影したうえで引き取ることができればよかったのですが、ksmtさんの出張が重なってしまい、その帰り道に長津田駅で手渡していただくことになりました。

レンズを受け取るだけに行く価値はわたしにはじゅうぶんにありますが、元来が貧乏性なもので、せっかく長津田まで行くのであれば近くを散策&撮影できないかと考えました。
長津田と言えば近くにあるこどもの国がよく知られていますが、いい大人がひとりカメラを提げて行くようなところではたぶんないでしょう。
緑区には2~3箇所散策に好適な場所が見つかりましたが、アクセスはいまひとつよくないようです。
あまり時間がとれなさそうなことは分かっていたので、もうちょっと短時間で行けるところをと考えて思い出したのが、町田の薬師池公園でした。

町田なら長津田へは1本ですし、地図を見ると玉川学園から2キロほどのようでしたので、駅から歩いて行ってみることにしました。
ゆっくり時速4キロで歩いても30分で着くので、わたしの足なら20分だろうと考えたのは誤りでした。
玉川学園付近は丘陵地帯なのでしょう、地図では分からなかったアップダウンがかなりありました。
地図を表示させたタブレットを持って行って最短の道を進んだはずだったのですが、途中大きく回り道をしてしまい、買い物帰りの若い主婦に道を尋ねるという体たらくです。

いまになって思えば、交差点まで戻ってくれたうえで、先の信号を左に曲がってなどと大きなジェスチャーで指示してくれたシーンを撮影できれば、ベストショットになっていたでしょう。
ウチはすぐそこですし、主人は遊びに行ってしまって留守なので、よかったらあがってお茶でも召し上がっていきませんかと誘われたらどうしていただろうなどとあり得ない妄想をしながらさらに歩いて、ようやくトータル50分かかっての到着でした。
新興住宅地の中を延々歩いてもあまり楽しくありませんし、これだったら素直に町田からバスに乗ればよかったですね。

花菖蒲がたいへん美しいと聞いていたのですが、池には睡蓮の葉があるだけで花の気配が見られません。
しかし、薬師池の知名度に比べて池が小さすぎるので、これは場所を間違えたのでしょう。
池にはザリガニ釣りの人がわんさか集まっていて、なんともすごい光景でした。
狭い池でこれだけの人がひとりあたりザリガニ2~3尾釣ったら、ここのザリガニは絶滅してしまうのではという心配してしまいます。
さいわいなかなか釣れませんが、確かにザリガニはところどころで見えていて、毎日こんな状態でスレてしまったようでした。

全然釣れないので子どもたちはすぐに飽きてしまいますが、おとなは逆に熱くなってしまうようです。
いいところを見せたいとの思いなのか、子どもそっちのけで釣りしているのはおとなばかりでした。
池の端に追いやられた子どもは、なかなか釣れない自然の厳しさと、おとなの世界の厳しさのふたつを同時に学んだことでしょう。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/14 Fri

浅草名物

Darlot 10cmF3.3
食事したばかりだつたので翌日いただいたのですが、浅草では初めてお饅頭を買いました。
以前、有名などら焼きがあると教えてもらって散策ついでに買ったことがありましたが、あまりに高くて自分で食べのはもったいなく、超有名どら焼きだよと人にあげてしまいました。
美味しかったのかなあ。

こちらの饅頭は今回同行いただいたnrbtさんがご自身で買うというのを、わたしも便乗で購入したという次第です。
nrbtさんは、まあまあ美味しいですがすごく美味しいとまでは期待しないでくださいというような感じの表現をされていました。
普通のよりはちょっと美味しいけど、極上とまではいかないし、たまたま浅草に来たので寄って買っていくけど、わざわざ買うためにやって来るほどのものではないというニュアンスだったように思います。

わたしは翌日にやや固くなってしまったのを食べたのですが、まさにまあまあ美味しいという感想でした。
もちろん、蒸篭で蒸したてを売ってくれる店なので、その場で食べていれば味は違っていたこと間違いありません。
それでも、せいぜいなかなかいけるなという程度の感想にとどまるのではないでしょうか。
感動できるくらいうまいとか、饅頭では日本でいちにを争うと断言できるなどということはないでしょう。
そんなにうまければ長蛇の列ができて、わたしの胃袋まで来る前に売り切れているでしょうから。

この饅頭を頬張りながら思ったのは、ちょっと美味しいということが、実はとても重要なのではということでした。
ちょっとうまい、ちょっと幸せ、今日はちょっと好いことがあった…、日常よりはわずかによいことかが時々あるということが人生には大切なのだろうなとようやく最近になって気付くようになったのです。
たとえば中国へ行くといつも料理がうまく感じるのですが、ものすごくうまいと思っているのではなく、日本で食べる中華料理とは違う現地らしい料理がちょっと美味しいと感じられるし、田舎を散策していると現地ならではの素朴な生活にちょっといいなあと思ってしまう、そんな感覚をいま気に入っているし、今回は饅頭にそれを見出したと思っているのです。

卒業旅行で初めてヨーロッパを旅した時は、何を見ても激しく感動していたことを思い出すのですが、感性が錆びついてしまっている今では旅で大感動なんてことはまずはあり得ません。
食事だって、大金はたいて超高級レストランに行けば料理に感動するということもあるかも知れないですが、それよりもリーズナブルな店で、これはなかなかうまいと思えることの方が大切だと考えます。

今回の散策がまさにそうだったように思われます。
北千住から堀切では、けっしてすごいと感動するシーンはなかったかも知れませんが、ああ、いいですねえ、おお、面白いですねえ、を連発しましたし、浅草のスカイツリー男(?)のやり取りには小さな何かを吹き込むような面白味を感じました。
また、カメラ市ではツァイスのSLフィルターを千円ほどで変えて小さな幸せ。
そしてこの日はトータルでもnbrtさんとknpmさんの撮影スタイルを間近で見たり、酒呑んで大盛り上がりするのではなくて、ちょっした多くの話を聞けたりする満足がありました。
まさに、浅草のお饅頭のような1日を満喫させていただいたのでした。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/13 Thu

人的大空樹

Darlot 10cmF3.3
不思議の3次元空間だった堀切は、超現実世界への入り口でもありました。
堀切駅から電車に乗ると、終着駅は浅草だったのです。
目的のカメラ市は澁谷ですが、まだまだ日が高いので、浅草で遅めのランチをとって散策を続けました。

先に超現実と書いたのは、浅草の人の多さからです。
円安のニュースを報じる際に外国人旅行者が増えていると浅草で取材しているのを見ましたが、実際に訪れてみると確かに外国人の多さに驚かされます。
すれ違う人すれ違う人多くが外国人で、日本人かと思っていた前方の人が韓国語とか広東語で会話しているのを聞いてやはり外国人だったかと気付かされたり、浅草にいるとじぶんたちは日本人としてここにいていいのかと肩身が狭く感じるくらいです。

この状況はスナップのネタに事欠かなくてたいへんありがたいです。
浅草を歩く人はみんな幸せそうな顔をしていますし、初めて日本人に来た外国人ならそれに小さな発見をした時の驚きのような表情も加わります。
そういう顔をみているだけでこちらも好い気分になってこようというものです。

堀切近辺での写真は1枚きりだったのに浅草の写真が続くのは、ダルローのペッツパールが100mmと眺めで堀切のスケールとは合致しなかったということがあります。
こじんまりした感じでは、引くよりもぐっと寄って撮る広角向きのような気がするからです。
本当のことを言えば、堀切でカメラのバッテリーが切れて、スペア電池は忘れていたのにどうしたことか充電器を持ってきていたので、浅草で昼食時にちゃっかり充電させてもらっていたからです。
X-E1は、M8よりバッテリーのもちがはるかによくて便利なのですが、そのせいかこんなうっかりミスをしてしまいます。

さて、作例ですが、すごい背の高い人です。
浅草で背高のっぽといえば少し前まではスカイツリーが人気でしたが、開業から1年が経ってすっかりブームは過ぎ去ってしまい、今では誰もあんなところに登ろうともしません。
かわって大人気なのがこの人ということのようです。

何か芸を見せてお金を取るというのではありませんでした。
仮面にかつらとこの衣装で2メートルを超す身長ですから、見た目はちょっと怖いです。
それに言葉も発しないのでますます恐怖を感じさせ、近づいてきたら思わずひるんでしまうでしょう。
ただ、フレンドリーではないのですが、人間と友達になりたい妖怪にたとえられそうな、親切さや不器用な優しさが彼のキャラクターのように思われました。

小さな子どもさんは最初は大いにびびって泣き出すのではと思わせるのですが、少しの間のスキンシップのような触れ合いでなぜか恐怖心を消失させてしまうようでした。
子どもの純粋さが、彼は怖い人ではないと察知するからでしょうか。
最後は手を振ってまたねというように子どもたちも去っていきました。
先ほども言ったように特に芸を見せるわけではなく、何かの宣伝でもないようなので、この人が何をやろうとしているのかはいまだ分かりません。

ただ、子どもたちをとても喜ばせるのではなく、ちょっとだけ何だか良かったかなくらいに思わせるような接し方がわたしには新鮮に見えました。
たとえば、日本という国が中国に接するとき、アフリカ諸国に接するとき、あるいはわたし自身も外国を旅していて現地の子どもに接するとき、このようなかたちがあるのではと考えさせられるパフォーマンスのように見えたのでした。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/12 Wed

希望15mm対決

Darlot 10cmF3.3
超広角レンズは今も昔もライカでは人気の画角のようです。
ライカではスーパーアンギュロンがあり、コンタックスにはビオゴンがあっていずれも21mmです。
わたしもライカを初めてすぐ、神格化されたようなこれらレンズが欲しくて仕方ありませんでした。
しかし、スーパーアンギュロンはファインダーも買えば15万、20万の世界で、15万円でようやく中古のM6を手に入れた身分ではとてもおいそれと手を出せるレンズではありません。

たぶん世の中には同じことを考えるライカファンが多かったからでしょう、当時サードパーティレンズと言われたライカマウントのレンズがいくつか発売されていました。
21mmはアベノン製があってスーパーアンギュロンの1/4くらいの値段で、そのスーパーアンギュロンより明るいF2.8を手に入れることができます。
評判もなかなかよく、こらえきれなかったわたしは早速買ってしまいました。

ところが、わたしは気に入ることはなく、何度か使ってから手放すことになります。
アベノンは期待に違わぬ良いレンズだったと思います。
レンズの性能云々ということではなく、超広角というのが好きになれずあまり使う気になれなかったのが原因でした。
21mmでは余白に余計なものがいっぱい写りこんでしまうのに対して、当時愛用のジュピター50mmF1.5は狙ったものだけを的確にとらえてくれるので、自分の意図がそのまま写真になる、となそんな風に考えたのでした。

そんなに結論を急ぐ必要はありませんでした。
じっくり使いこんで、超広角ならではの使い方を見出す可能性をみすみす放棄してしまったようなものです。
その後知り合ったホロゴンさんの、ぐっと寄って撮り撮影結果を変容させてしまうやり方には、超広角の面白さを初めて教えてもらいました。
あいにくホロゴン15mmはとんでもなく高価で手が出るものではありませんが、その後手に入れたスーパーアンギュロンやビオゴンを使って真似できないものかなどと考えさせるに十分なインパクトを受けています。

実は、今回の散策では、もうひとりの超広角の名手にごいっしょいただいていたのです。
しかもホロゴンさんと同じ15mmを使います。
ところが、レンズそのもの違いますし、その使い方、撮影スタイルなどは、ホロゴンさんとは対極に位置するといっていいくらい異なっています。
にも関わらず、今回初めてご一緒させていただき気付いたのですが、撮影の仕方などはよく似ているといえなくもないと思いました。
そして、やはりその作品には変容が存在するという共通点もあります。

わたしはおふたり個々にお会いして、それぞれの撮影を拝見する幸運に恵まれましたが、ひとつこんな提案をさせていただきました。
ぜひ一緒に撮影する機会をつくって、15mm対決をしてくださいと。
おふたりが同じモチーフを撮影した時、その作品がどれくらい違うものになるのか、これを見たいと思わないはずがありません。
そして愛用の15mmレンズについて語り合って欲しいです。
おふたりともレンズのみならず、文化や芸術、人間心理等々さまざまなことに深い造詣をお持ちです。
そんな場に居合わせることができれば、わたしもいよいよ超広角レンズファンになれるかも知れません。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(6) | 2013/06/11 Tue

蔡司的零件

Darlot 10cmF3.3
先週の土曜日、渋谷でカメラ市があるので冷やかしに行きませんかと声をかけていただきました。
カメラとかレンズとかを買いに行きませんか、ではないところが当世の事情を表していると言えそうです。
3人で乗り込んで行ったのですが、当然、収穫はなく、カメラ市は集まってレンズや写真の話などをしたりするための出汁に過ぎないというのが暗黙の了解です。

しかし、何ということでしょう。
カメラ市では欲しいものはほとんどなく、あったとしても高価で買えないと思っていたのに、思わぬ掘り出し物のツァイスがあって、わたしは衝動買いしてしまいました。
ツァイスと言っても1050円の値札が付いていた40.5mmのSLフィルター1枚だけですが、ちょうど最近手に入れていた数本のイチゴ・ゾナーを持っていたので、それらレンズがフィルターを呼び寄せてくれたような気がしました。
他のおふたりは、思ったとおり買う方の収穫ゼロだったことを申し添えておきます。

カメラ市という催しは、インターネットで自宅に居ながらにして欲しいカメラを探すことができる今の世で、どういう位置づけなのだろうかと思ってしまいます。
カメラ市に向けた目玉商品は各店舗で用意されていますが、これらは初日の最初の何分かで売り切れてしまいます。
来店した何百人もの目を通過していった、特段珍しいわけでも安いわけでもないカメラやレンズを、土曜の夕方のこのこ出掛けて行って何かが目に留まるということはほぼあり得ないという気がします。
そんな中で見つけた1枚のツァイスのフィルターは、たいへん幸運な出合いであったと言わざるを得ません。

この日の収穫はフィルターだけではありませんでした。
午前中に集合したのは北千住駅で、なかなか訪れる機会のないこのエリアを案内してもらったのです。
駅から東南東方面にかつてあり今もその面影をそこかしこに残す長屋のエリアや、堀切駅近辺の線路と道路と水路が立体に交差する3次元のエリア、さらには金八先生の撮影でロケが行われた公園やラーメン屋等々。
レンズが長玉なのでいつもの人物を入れた撮影が思うようにできなかったので、作例もなく恐縮ですが、なにしろ歩いていて普通では味わえない興奮を得られる散策でした。

中でも堀切駅の不思議さはたいへんなインパクトでした。
電車がひっきりなしに通っていてホームも見えているのに、その堀切駅にどうやってもたどり着けないのです。
通りかかった人に駅にはどう行くのか聞くと外国人なので分からないでも調べてあげるとスマホで確認してくれたにも拘わらずそこへ歩き出すと行き止まり。
どうしたことかとぐるぐる歩いているうちに電車から降りて来たと思しき数人が来た道を辿ってようやく近づけたという次第でした。

堀切なのでてっきり菖蒲園があるのだろうと思っていると、あったのは東京未来大学という大学で、近くで金八先生のロケを撮っていたと聞いたので、この大学もロケ用にその場に設置されたものにしか見えなくなりました。
駅のわきには金八先生の舞台になったラーメン屋があったのですが、どうもそんなラーメン屋のシーンが思い出せません。
これは帰宅後気付いたのですが、わたしは金八先生って見たことがなかったのです。
金曜の8時だったらたぶん太陽にほえろを見ていたからかなと思うのですが、だとするならば次の機会には新宿矢追町を散策してみたいなといま思っているところです。

さて、今日の作例は散策ルートの一角にあった柳原千草園という恐らく湧水が出て、池や水生植物、多様な花が楽しめるよう工夫された公園です。
粋な帽子のお父さんがおもむろに現れたのですが、これが、生まれも育ちもここ北千住だといわんばかりのローカル臭いっぱいだったので思わず目で追ってしまいました。
途中立ち止まったのでキセルでも吹かすのかと、わたしもカメラをスタンバイするとドリンクを飲み始めるではないですか。
ちょっとしめーじとは違う…、と何から何まで意表を突かれっぱなしの午前中の散策でした。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(2) | 2013/06/10 Mon

70多歳的鏡頭

Sonnar 5cmF1.5
今回の深圳滞在シリーズの最終回です。
毎度、中国の最後は美女の作例でシリーズ全体のお茶を濁すのが通例なので、今回もそれに従いました。
77歳と聞きましたので歳は取られていますが、気品あるかつての美女ということは間違いないと思います。
よろしければ自分の写真が欲しいということだったので、僭越ながらも撮影させていただいたのです。

わたしはバカの一つ覚えのごとく開放でしか撮りませんし、ましてや女性ポートレイトでは開放で柔らかくとも思ったのですが、視力がやや落ちてと言うのを聞いていたのでくっきりとシャープなF4で撮る決断をしました。
というのはウソで途中から絞りのことを忘れて、昨日の作例では室内でもF4のままだったので手振れしていますし、今日のはこんなにシャープなのでしまった絞ったままだったかといま気付いて慌てている次第です。
ハレ切りを怠ったために頭髪あたりがフワーッとしてしまっていますが、今度渡した時にどうかこのおばあちゃんには気付かれませんように。

というのは、おばあちゃんに歳を聞いた時にこのレンズは1934年製造のレンズだから、ほとんど同級生みたいなものですね、と教えて驚かせていたからです。
そんな古いものでちゃんと写るのかしらという顔だったので、レンズはこれが登場した時にひとつの完成を見たのですよとたった今撮った液晶を見せるとしきりに感心していました。
次回は、この写真を届けるためにと、村を再訪する大きな理由ができました。

しばらくして、美蓉のお母さんが良かったら晩御飯を食べて行ってと誘ってくれました。
実は、前回も同様に誘っていただいたのですが、深圳行きの最終バスが惠東バスターミナル7時発だったので、残念ながらお断りして6時前に村を後にせざるを得なかったのです。
この地方の家常菜(家庭の日常料理)をいただく絶好の機会を逃したわたしは、食事後深圳に戻る手はないかと懸命に探してひとつの裏ワザを発見していました。
そこで、今回はええ、ぜひいただきますが、6時半くらいには出ないと間に合わないので急ぎ目でお願いしますと、ご馳走になる見ながらリクエストする図々しさでした。

食卓は4人掛けで、お母さん、美蓉、エンジェルちゃん、わたしと座りお父さんのスペースを空けて待ちましたが、お父さんは遠慮して店の方で食事を始めてしまいました。
その時は、まさに遠慮だと思いましたが、もしかしたら日本人かわたしのことが嫌いで、いっしょに飯なんか食えるかという気持ちだったのかも知れず、たいへん気になっています。
お母さんはずっと変わらずフレンドリーなので、家族全員が歓迎していると思い込む浅はかさだけはよく分かりました。

そのお母さんは客家人なので食事も客家料理だったのではないかと思います。
中国料理というと油が大量に使われるというイメージがあり、実際に脂っこい炒め物が非常に多いのですが、ふるまわれた料理にそういうものはありませんでした。
以前、客家のことを紹介するテレビを見たのですが、客家料理は一般の中国料理とは一戦を画していて、健康重視の調理法のため油はあまり使われないので日本人にもなじみやすいし、実際に健康を保つ客家人の平均寿命は中国の平均よりずっと高いとやっていました。
もちろん、いただいた料理はどれも美味しかったことを追記しておきます。

さて、深圳へ戻る裏ワザを披露することにいたしましょう。
皇思楊からはいつものようにバスで惠東に戻ります。
惠東ではすでに深圳行きのバスは終わっているので、8時まである惠州行きのバスに乗り、50分ほどで惠州に着きます。
ここからタクシーで惠州西駅に行って、8時50分発の深圳行きの列車で戻るという作戦でした。
惠州駅から列車が出ていることが分かっていたのですが、こちらは一足早く終電が出てしまうので一度はダメかと諦め、さらに検索したところ町はずれの恵州西駅から列車があることを突き止め、わたしは勝利の雄たけびをあげていました。

タクシーを降りたその駅は、夜だったせいもあってほんとに鉄道なんか通るのかと思えるほどの廃墟のようなところでした。
それでも切符売り場の窓口はしっかりあってホッとしました。
ところがでした。
切符売り場のおばさんが説明するには、わたしが乗ろうとしていた列車は数日前に廃止されたというのです。
深圳にどうやって帰ればいいのかと食い下がると、タクシーで町中に行って1泊して翌朝の恵州駅からの列車に乗ったらと言ったまま相手にしてくれません。

深圳のホテルに泊まっているので、惠州に1泊なんてしたくありません。
列車が廃止された不運を嘆くよりも、こんな廃墟のような駅にタクシーが1台停まっている幸運を喜ぶべきでした。
運転手を捕まえて深圳まで行けるか聞くと500元かかると言って譲りません。
そこで考えたのが深圳より近い東莞駅まで行って12時過ぎまで運行している高速鉄道で帰るというものでしたが、案の定、東莞駅までなら200元で行くと言います。
それでも悔しいので、粘りに粘って150元まで交渉して、無事、東莞経由で戻ってくることができました。
美味しかったお母さんの夕飯でしたが、高級レストラン並みの150元費用がかかることになってしまったのでした。
【X-E1/Sonnar 5cmF1.5 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/09 Sun

她家是网吧

Sonnar 5cmF1.5
美蓉の家は皇思楊小学校の校門前にあって雑貨屋兼駄菓子屋のようなことをやっています。
中国の地方の村ではこのような形態はごく普通にみられるので、何にもないような田舎に行ってペットボトルの水が必要になりましたとかいうことになったら小学校を探すとよいです。

思い出すのは、10年近く前に上海出身で早稲田大学に留学していた女性と知り合って中国語を教えてもらっていたとき、上海で何か商売ができないか持ち掛けられました。
わたしは江南の古鎮にある古民家を借りて小さなホテルを経営する案を出しましたが、彼女はあっさり却下して当時上海に進出し始めたローソンのフランチャイジーになるべきだと主張しました。
元手がかからず信頼できる人がひとりいればマネージメントも日本からできるからだといいます。
なるほどと感心してどこに出店するのだと聞くと、新しくできる小学校の真ん前がいちばんと即答するので、学校

学校帰りの小学生がコンビニに入る姿を想像できなかったわたしは同意できませんでしたし、やがてやや具体化していたその話も立ち消えとなってしまいました。
しかし、いま思えば、中国の庶民レベルの生活パターンなどを理解してきたわたしには、あの時の彼女の発想は正しかった、ローソンを出店すればよかったと後悔しているくらいです。

美蓉の家の店は5坪くらいの狭さで、奥に椅子が置かれているのでそこに腰かけて雑談しているときが多いのですが、店にはひっきりなしに子供たちがやってきて駄菓子を買っていきます。
もっとも彼らが支払うのは1元か2元、客単価は平均20円というところです。
1日100人来たとしても売上2000円で、粗利4割だとしても1日の利益は800円に過ぎません。
超ド田舎の小さな小学校前ですから、これですごく儲かるということがないのは自明ですし、ましてやここにローソンをオープンという発想が起こるはずすらありません。

ところが、今回の滞在でネットカフェ(?)も経営していると知って驚きました。
美蓉の家は奥が古民家で、増築する形で比較的新しい店や住居部分がつながっているのですが、もともと倉庫だったように思える離れのような小さな建物の中に古いPCが10台も置いてあって、突然雨が降って来た時に美蓉がそこに入るように言って隠れ部屋のようなアンダーグラウンドなネットカフェの存在を知りました。
中では見るからに小学生という子供たちが夢中でゲームをしていて、さらにびっくりしました。

ここも1時間1元か2元で遊べるのでしょう(中国式ネットカフェは飲み物等オーダーする必要はなく、実使用時間で料金を払います)、子供たちの格好の遊び場のようでした。
しかし、こんな暗い部屋で小さなうちからゲームをやっていれば目は悪くなりそうだし、不良になっちゃうんじゃと余計な心配までしたくなります。
行っちゃダメと親から言われたりもしそうなものですが、そんなこともなく、中古のPCを買い揃えてまで子ども相手に遊ばせる美蓉一家の商売人ぶりには唸らされざるを得ません。

彼女は、わたしをここに案内して自身でやっているというブログを見せてくれました。
毎日の生活の中で写真を撮って、ポーズする学校の同級生、近所の家の誰が書いたのか分からない落書き、エンジェルちゃんのVサイン、自分で描いた得意のイラスト、家族旅行のひとコマなどをちょっしたコメントともに載せていっていました。
毎日更新しているそうです。
あまり見に来る人はいないようですが、日記のように日々綴るのが良いのだと自慢しています。

なんだ、やっていることがわたしと同じじゃないですか。
美蓉とは親子ほども年齢が離れていて共通の話題がそうあるわけでもないのに話が合うように感じていたのは、感性が似た者同士だったということなのかと思い苦笑してしまいました。
ちなみに彼女の夢はロンドン留学だそうです。
【X-E1/Sonnar 5cmF1.5 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/08 Sat

日円減値

Sonnar 5cmF1.5
つい先日から株価の乱高下が話題になっていると思えば、ついに円相場も同様の動きを見せて大きく円高に振れているようです。
経済のことはこれっぽっちも分かりませんが、国の経済がよくなれば通貨もみんなが欲しがるのですから高くなると考えるのが普通でしょう。
意図的に作られた円安は、いずれ神の見えざる手が動き出すということなのでしょうか。
ライカMの購入を諦め、レンズも手が届かないものになっていただけに、個人的には元の円相場に戻ってもらえるならばありがたいと思います。

単に円が高ければ単に安く買えるということだけでなく、1ドルが85円とか90円という数字に心理的な効果があると考えています。
欲しいレンズがオークションに出品されていたとして、予算や相場、コンディションなどを勘案して3万円までなら買おうと考えるとします。
従来の1ドル90円以下なら、300ドルで落札すると送料も合わせて予算通りに収まり、いくらかお釣りも出たりするのでペイパルの日本円請求額を見て、成功裏に落札できたという勝利の気分を味わえます。

しかし、1ドル100円になると300ドルで落札すれば送料分まるまる足が出てしまいます。
ペイパルのレートが若干悪くなることも加味すると、請求書を見ると5千円以上の予算オーバーなどということも普通にあって、高く買ってしまったことへの後ろめたさも感じることがありました。
これは、1ドル100円なら落札ドル額の100倍の円額で購入できるという錯覚が根付いているからです。

この額まで出すと自分のリミットを設定するのは大切なことです。
今は、相場感のないお金持ちコレクターがあふれている状況なので、リミットを設定しなければ価格は青天井です。
かつて、eBayの初期ではこのオークションに参加している人が少なかったうえ、そのわずかの参加者の関心はほとんどレンズではなくカメラでした。
だからいくらで買おうなどと考えなくても、落札金額はいつもこんなに安くて出品者に申し訳ないというものばかりでした。

今では、オールドレンズは市場として確立しましたし、eBay自体も成熟したオークションというべきものになりました。
かつてとは同じ手法は通じませんし、何より自分より余裕のある見えない相手と真剣勝負しているという意識もできてきます。
だから、落札できたときは勝負に勝ったという喜びがあります。
また、滅多に落札できなくなったことで、お財布にも優しくなってきたというのが本当なのですが。

さて、作例は美蓉と散策してたまたま出合った彼女の同級生です。
村のはずれまで歩いてきたせいか、周囲の建物は廃墟で雑草が繁り朽ちる途上にあるようなおももちでした。
学校が休みで1日家の仕事を手伝う、とても感心な美少女です。
ほとんど寝巻のような恰好だったからでしょう、カメラを向けるとダメと怒られてしまいました。
隠し撮りのピンボケですが、次の機会にはペッツパール持参でヨーロッパの近代詩など語り合いながらポートレートをものしたいと思います。
【X-E1/Sonnar 5cmF1.5 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/07 Fri

小天使

Sonnar 5cmF1.5
清渓にあまりにも失望して、急遽いつもの皇思楊村まで行ってみることにしました。
思い立って行くにしては、深圳から皇思楊村まで地図で見ると100キロ少々あるようで、これは自宅のある藤沢からですと静岡県の由比に行くのに相当します。
日本にいては、突然古い街並みを見て桜エビのかき揚げ丼を食べるためにちょっと由比まで、とはさすがにならないですね。
広い中国では、距離感覚が麻痺してしまうのでしょうか。

例によって、友だちの女子中学生の美蓉の家に行くと、いつものようにみんながよく来たと歓迎してくれ、それにしてもよく来るなと呆れてもいるようでした。
年に1回くらいの訪問なら大歓迎となるのでしょうが、年に3回4回と来ていると、ああ、またかと思われても仕方ありません。
しかし、それはわたしがお客さんから身内として認められつつあるということを意味するのかも知れないですが。

さっそく美蓉と姪のエンジェルちゃん(この子の名前は難しく何度聞いても覚えられないので、美蓉もシンプルにこう呼んでいる)とで近所を散策します。
美蓉の同級生の勝意は不在なのが残念ですが、最初、警戒感を発していたエンジェルちゃんが歩き始めるとわたしのことを思い出したようで、手をつないでと寄り添ってきて自分の娘のように思えました。

さて、作例では、いつもの場所で撮るので、いつもと違うことをしようと思い、F4に絞っています。
F1.5で完璧とも思える写りのレンズなのですから、F4に絞って悪いはずがありません。
木の質感の描写が特筆されます。
そんなもの普通に写って当たり前とも思えますが、白と黒の木が並んでいると白い木が飛び気味になるのか凹凸なくつるんとしてしまうのをよく見ることがあります。

それに、わたしがいちばん気に入っているのが、木の扉の上部で紙と下地の木と影が混然となってよいグラデーションを表現しているところです。
シャープ過ぎるレンズではできない表現だと思うのですがいかがでしょう。
また、いつものように開放で撮っていたら、この部分の表現は別モノになっていたでしょうから、たまには絞るのも面白いかなあと気付かせてくれました。

1932年の製造にしてこの完成度のレンズがあったというのは恐るべきことです。
いま、わざわざ高価なライカ・コンタックス・アダプターを購入してまで使う意味があろうというものです。
オリジナルのライカマウントがないものかと気になりますが、eBayを検索するとこのレンズと同時期のブラックのライカマウント・ゾナーが売りに出ているではありませんか。
例のツァイスのイエローブックを見るとライカマウントで製造された1本と製造番号が一致しています。
ただし、Buy it now価格が$6699で、出品が香港、鏡胴の刻印がかなり怪し気。
これなら、アダプターのゾナーの方が良いです。
【X-E1/Sonnar 5cmF1.5 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/06 Thu

買鏡頭還是汽車

Sonnar 5cmF1.5
今回使ったゾナーとはまったく関係ありませんが、久しぶりにマクロ・プラズマート5cmF2.7が売りに出ていて、製造番号も記載されていたので、以前のリストに加えました。
これまでインターネット上にあったもの、書籍や雑誌に出ていたものを全部合わせても、ライカマウントのマクロプラズマート5cmは下記の13本しか見つけられていません。

①580224 Nickel
②580659 Nickel
③580727 Nickel
④580736 Chrome
⑤580858 Nickel Fixed with Leica I
⑥580862 Nickel
➆582572 Chrome
⑧582635 ?
⑨582637 Chrome
⑩582738 ?
⑪58277X ?
⑫583079 Chrome
⑬583083 Chrome

外観が大きく違う何種かの鏡堂デザインが確認されているキノ・プラズマートに比べると、マクロ・プラズマートは細部に違いはあるのかも知れませんが、鏡胴はすべて同じデザインのようです。
違うのは、ニッケルメッキされたものとクロームメッキされたものの2種類があるということになります。

そこで上の一覧を見ると、580XXXというロットと582XXXおよび583XXXというロットの2つに分けることができ、前者がニッケルで後者がクロームだったと推測することができそうです。
④の580736は前者ながらクロームなのは、後日、オーナーが自分のクロームライカに合わせて再メッキしたのではと考えることができます。
クロームのカメラにブラックのレンズという組み合わせはそれほど違和感を感じませんが、クロームのカメラにニッケルのレンズは合わないなという印象が強いです。
当時、ライカを持つということは相当に裕福で、新しいものに貪欲だったと考えられ、同時に美意識の高さも持ち合わせていて、レンズ鏡胴のメッキにも拘ったとしても不思議ではありません。

さて、サンプル数が少なすぎるので、推定というよりは空想と言う方が近いくらいですが、製造本数はどんなものか特定できないでしょうか。
580XXXからをニッケルの前期、582XXXからをクロームの後期と呼ぶとして、このレンズはクロームの方が珍しいということも勘案すると、前期は582000から591999の1000本、後期は582500から583100600本くらいじゃないかと想像してみたいと思います。

合計1600本ですが、ライカのレンズで見るとズマールの固定鏡胴タイプが約2000本製造なので割合と近いと言えます。
出現数では固定ズマールの方がマクロ・プラズマートよりはるかに出てくるような気がします。
マクロ・プラズマートの製造数はもっとずっと少ないのでしょうか。
わたしは、マクロ・プラズマートは熱心なファンが半永久所有状態なのに対し、ズマールの方は沈胴のものが非常に多いので固定まで持つこともないかと手放されるケースが多いからではないかと考えます。

ところで、今回見つけたマクロ・プラズマートは、あるカメラ店のサイトに掲載されていたのですが、その値段、なんと驚きの43000ユーロです。
まさかの500万円超え。
キノ・プラズマートならいざ知らず、マクロ・プラズマートでは無謀な値段付けで、いくら金持ちの中国人でも買おうとはしないのではないかと思います。
いや、新興レンズマニアが現れて、世界一高いレンズとその次のレンズを売れといって豪快に買っていってしまうかも知れません。

さて、今日の作例は、マクロ・プラズマートですらそんなに寝あがっているのに、大口径にも拘わらず寝下がっている感すらあるイチゴ・ゾナーのボケを見ています。
鉄場では昨日の作例と今日のとで限界に達しました。
せっかく雨が上がったのですが、早々に引き上げることにします。
今後の古鎮巡りには、何かひとつ手を打たなと行けないと、帰りのバスの中ではそのことばかりずっと考えていました。
【X-E1/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/05 Wed

還一個古村落

Sonnar 5cmF1.5
清渓にはもうひとつ古村落があるとの情報を持っていたので、当初の予定では足を延ばすつもりでいました。
しかし、降りしきる大雨と、最初に訪れた清渓があまりにもつまらなかったのとで、すっかり繊維消失していましたが、ここで帰っても中途半端なだけだとやはり向かってみることにしました。
行き方がよく分からなかったのですが、先ほど下車した文化広場のバス停に戻ると、ここからも直行のバスがあります。
バスに乗ると、いつのまにか雨が上がりました。
急に運が向いてきたような展開で、もしかするとすばらしい古村落が待ってるのではとの予感さえしてきます。

古村落の名前は鉄場となっていて、いかにも硬派な村落わ連想させます。
バスはぐんぐんとスピードを上げて、町中だった清渓から一気に郊外の道を爆走します。
20分くらい走ったでしょうか、道路から古い建物が見えたので運転手に聞くと古民家がいくつかあるということで、鉄場に到着しました。
清渓もそうでしたが、バス停に近い古村落はたいへんありがたい存在です。
ただ、近すぎるということは、古村落としてはあまり期待できないとの裏返しではないかとの予感もありました。

やや行き過ぎたところで降りたバスから早速古建築に向かいましたが、これはまったくの廃墟でした。
いわゆる客家の囲屋の建物で、石づくりの古民家のまわりを壁が囲んでいるのですが、長らく人の立ち入りないのでしょう壁と家の間のスペースには雑草が多い茂り、ゴミ捨て場にもなっていて立ち入る気にもなれません。
予感的中というよりは、これはもう誰が考えてもこうだっただろうという程度のものです。

やり過ごすと他にも小さな古民家がぽつりぽつりと見えますが、ここまでの達成感がないせいか感動指数はゼロに近く、あまり見て回ろうという気分になりません。
それら民家は人が暮らしてはいるようですが、みな出払ってしまっているようで、中に気配がありません。
遠くに一面畑が広がってて農作業の人がちらほら見えるので、雨があがったのを機にみんな畑に行ってしまったのでしょう。
話しかける相手も見つかりません。

いつも人物の入った作例を必ず採用するのが、このブログの暗黙のルールなのですが、たまにどうにもならずに犬猫など動物で代用することもあります。
今回は、それよりも寂しい3羽のハトにモデルとなってもらうことにしました。
建物は鉄扉の門に瓦屋根と一見立派に見えますが、全体に言えば造詣の美しくないどちらかといえば、みすぼらしい感じの古民家です。

ここのところ深圳から軽く日帰りできる古鎮・古村落の小さな旅もネタが尽きかけていましたが、それでも初めて行く村にそれなりに興奮したり、現地の人と触れ合ったり、それなりに楽しんでいるつもりでした。
それができなかった今回の清渓は村が悪かったというよりも、雨のせいで興に乗ることができなかったのだと思われました。
【X-E1/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/04 Tue

専修楼房漏水

Sonnar 5cmF1.5
先日、撮影の名人とレンズの達人とともに散策するという機会に恵まれました。
普通であれば得られないような貴重な時間を過ごせて、たいへん興奮しています。
気分的には、ブレッソンとキングスレークとともに散策したようなものでした。

なにか最近の取り組みを見てもらわねばと考えましたが、かつてのようにおふたりを唸らせるようなレンズを入手していたわけでもなかったので、最近手に入れた数本のイチゴ・ゾナーを持参してみました。
1本のレンズではダメだと思い、合わせ技を狙ったわけですが、おふたりは次々出てくる怪しげなイチゴのゾナーのバリエーションに驚くというよりはあきれていたのではと今になっては思います。

逆にわたしの方が驚かされたのが、おふたりともイチゴのゾナーを所有していないということでした。
ペッツバールからツァイス・アナスティグマートまでを古典レンズの時代と呼ぶとすれば、プラナー・オピック・スピードパンクロと続くダブルガウスの流れと双璧なのが、トリブレット・エルノスター・ゾナーの系列で、このふたつの柱を近代レンズと呼ぶことができるのではないかと思います。
その後者の完成型であるイチゴのゾナーを両大家が持っていないというので、びっくり仰天したという訳です。

これまでにかなりの数が製造され続けて、今でも形を変えた現行レンズがあるイチゴ・ゾナーですから、何も慌てて買う必要はないと思っているうちに、未だ入手していないということかななどと想像しました。
しかし、持っていない理由を聞いて、ああっと、また驚いてしまいました。
ゾナーには、ニセモノや怪しいものが多くて手を付けにくいということでした。
わたしも有頂天で集めていましたが、確かにこれは危ないかもというイチゴ・ゾナーも何本も所有しています。

昨日書いたブラック&ニッケルのイチゴ・ゾナーはすべて本物ですが、それとてやれ研磨だ、あとコーティングだ、玉の入れ替えだなどといったオリジナリティに影響するようなことまで皆無かといえば、そこまではよく分かりません。
ましてやライカマウントになったイチゴ・ゾナーはあまりに怪しいものばかりで、純正である証明は素人にはとても困難です。
間違いなくオリジナルだというレンズを入手して、分解してもらったうえで比較することで、他のレンズがオリジナルか否かが判別できるだろうと思いますが、絶対のオリジナル・ゾナーがそもそも入手できないのです。

自慢たたっぷりにおふたりの前で開陳したレンズも、何本かはまさにその疑惑ゾナーです。
フェイクモノの研究も楽しいのですが、ふたりの大家を前にそんなものを持ち出したのもどうだったかなという反省をしなければなりません。
何せ困るのは、同じフェイクでもエルマーでは、どうにもならないような写りのものがたくさんあるのに、ゾナーでは同じロシア製フェイクでも写りはことごとく立派なことがあります。
ツァイスの技術が大戦直後にそのままロシアに渡ってしまったのですから、それも致し方ないことでしょう。

ただ、いろいろとイチゴ・ゾナーを見てきた中では、最初期型のノンコートの写りがいちばん好いのではと思っています。
とくに柔らがで素直なボケが、このレンズの真骨頂を表しています。
イスラムの女の子の作例での点光源もとても素直な輪を描いていて、ボケの好さが分かりましたが、ゾナーはガウス系と比較して、どの距離でとってもボケがひどくならず安定しているところがわたしは大好きです。

ちなみに作例の車は、看板にあるとおり建物の漏水修理専門をうたう個人業者の車の列です。
中国ではよく言われるように、ひとりが商売をして当てると、それを真似するものが次々と登場するのですが、彼らもそういう手合いなのでしょう。
しかし、看板は色や字体を変えているものの書かれていることは携帯番号を覗けば同じで、同じような車種、なのはいいとして、なぜにドアをちょっと開けてそこから傘を開くということまで同じにしなければいけないのかが理解できません。
ロシアも中国も、オリジナリティを尊重しないという共通点があることだけは分かりました。
【X-E1/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/03 Mon

不増価

Sonnar 5cmF1.5
ここ何年かのレンズ価格高騰では、キノ・プラズマートなどの希少レンズなどF2以上の高速レンズの値段も大幅に押し上げてしまいました。
そのキノ・プラズマートは、某サイトで7.5cmF1.5が5万ドル、5cmも2万ドルと、もはや自動車を買う方が安いくらいです。
プラズマート系のレンズはもともとたいへん高価でしたが、そこから5倍6倍と値段が跳ね上がってもはや神格化の領域に入ってしまった感ありです。

ところが、同じドイツの同じF1.5レンズだというのにゾナーの価格相場はどうやら据え置かれたままのようです。
レンズ性能で比較すると圧倒的にゾナーの方が上だと思いますし、天下のカール・ツァイスが後進のフーゴ・マイヤーより下にみなすのはどうかということもあるのですが、やはり製造本数の多いゾナーは価格が安定するということなのでしょう。

これぞというレンズは入手できなくなっている昨今ですが、おかげでゾナーばかりを立て続けに手に入れてしまいました。
そのうちの1本が今回持参した、コンタックス・マウントのゾナーですが、先日入手した最小絞りF8のゾナーと同様、ブラックペイントとニッケルのコンビネーションが美しいコンタックスⅠ型当時の初期タイプです。
シリアル番号から製造年は1934年と分かります。

わたしはライカのレンズノンライツのレンズを集めるようになっても、早々にアダプターやマウント改造レンズにも手を染めた手合いですので、ライカ・コンタックス・アダプターもかなり早い段階で購入しています。
一般的なゾナーは早々に手に入れましたが、何と言っても欲しかったのがブラック&ニッケルのゾナーでした。
しかし、これが探せど探せど見つからない、ようやく見つかれば見つかったで手に入らないの繰り返しで、追いかけてからようやく手に入れるまで3年の時が過ぎていました。

続いて探したのが先に書いた最小絞りがF8までの最初期型のゾナーでした。
これは製造本数もかなり少なく入手困難と考えていましたが、懸命の捜索が実ってようやく手に入れることができました。
そのあらましについては、先般、自慢気に書かせていただいた通りです。
ブラック&ニッケルのイチゴゾナーについては、その後のクロームと同じデザインのものもあって、そちらの方が入手しやすいようでわたしも2本所有しています。
つまり前後期各2本ずつの4本のブラック&ニッケルのイチゴ・ゾナーがあるので、このシリーズは当然打ち止めにしていました。

ところがです、もういらないと思っていたブラック&ニッケルがまたもや目に留まりました。
当然要らないので無視なのですが、これが1万数円とすこぶる安く、状態もけっして悪くはありません。
それだったらと買ってしまいました。
前期型の2本はかなり苦労して購入したのですが、無欲になった途端、簡単にまた1本見つけてしまい、オールドレンズ探求の厳しさと優しさをあらためて知る思いです。

若干のくもりがあるレンズと書かれていましたが、素人クリーニングできれいにとれて、ノンコートながら抜けの良い、色味の濃厚な初期型ゾナーらしい写りを楽しめる好い個体だったと喜んでいます。
今回の作例も、お寺で雨宿りする老婆より前ピンになってしまいましたが、暗部の表現がすばらしくF1.5らしからぬ自然な描写の美しさを存分に愉しみました。
希少なブラック&ニッケルのイチゴ・ゾナーが、キノ・プラズマートのような値上がり方をしなかったことにも感謝しないわけにはいきません。
【X-E1/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/02 Sun

冷気開放

Sonnar 5cmF1.5
文化広場のバス停は英国で言うところのラウンドアバウトの真ん中のようなところに位置していました。
6方向くらいに道が分かれていて、清廈の古村落はどちらへ向かったらよいか分かりません。
拾った傘はさしていますが、雨脚が強くてもたもたしていると足元から濡れてきてしまいます。
運好く人が通りかかって、清廈を探していると、あっちだよと指さして教えてくれました。
昨日の作例の塔が見えていて、道路を渡ってすぐととても近く助かります。

近いのはありがたかったのですが、予想通り古村落というにはあまりにしょぼいという表現が似合うところでした。
そもそも深圳から距離の近い古村落で、これはすばらしいというところであれば、もっと有名でしょうしもっと早く来る機会が訪れていたでしょう。
15分あれば全露踏破できるようなあまりにこじんまりとした古村落でした。

このパターンでいつも困るのが、人にまったく出会わないことです。
もともとの住民は不便で家を出てしまい、残った人は高齢化、町中でわざわざ100年も立つような家に住みたいという人はなく、どんどん廃墟になっていく、広東の多くの古鎮が抱える問題です。
おまけに大雨では、外で遊ぶ子どもには合うことは無し、出掛ける人がいても傘で顔まで分かりづらいと悪条件はそろってしまっています。

しばらく散策するも古村落というよりは汚い村という印象ばかりで、あまり楽しくありません。
その間すれ違ったのが2組3人の現地の人ですが、大きな傘をさしていて写真を撮りにくいし、足早に過ぎている彼らに話を聞こうと声をかけるのもはばかられます。
そんな中で、ありがたいことに扉をオープンで食事している女性がいました。
チラッと見れば、家の中は暗く、締め切っては暑さと湿気で汗が吹き出すような環境に見えましたので、通行人もないのだからドアを開け放って食事というのも当たり前のように思えます。

他人に撮られることを嫌う人はけっこういると思いますが、そうでなかったとしても食事中をこっそり撮られるのはあまり好い気持ちはしないでしょう。
いくらオープンに食事をしているからといっても、見つかって嫌な思いをさせてはいけないというのが撮影者のマナーであって、バレないようにこっそり撮る必要があります。
このケースではさきに近くにピントを合わせておいて、近くの壁に隠れて撮影してまた隠れるというヒットエンドラン作戦をとりました。

撮られることを嫌うと言えば、雨もそうで、現地ではとても困る雨が、写真では全然写っていない言うのが普通で言われなければ雨だと気づかれない写真は多くあると思います。
この作例も降りしきる雨は写っていませんが、トタンから落ちる水滴は写っていて、撮影は雨の中で行われたという証拠になっています。
雨の撮影が得意の人がいらして、先週そんな写真を拝見しましたが、やはりわたしは苦手としか言いようがありません。
【X-E1/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/01 Sat
| home |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。