手動撮影

Darlot 10cmF3.3
クラシックカメラを愛好する人は鎌倉を好むんだと思います。
散策していると、しばしば古いカメラで撮影している人を見かけます。
とくにバルナックライカとローライが比較的多いようにおもいますが、M型ライカは鎌倉以外でも多いのでここではカウントしません。
静かで落ち着いた鎌倉の撮影には、ちょっとスローなクラシックカメラがいかにもはまっていると言えるでしょう。

この日は、子と目でそれと分かるロシア製一眼レフのクリスタルで撮影している人を見かけました。
最初は気になってちらちら見ていたのですが、温和そうな方でしたので声をかけてみました。
やはりハンマートーン塗装された小型一眼レフはクリスタルで、レンズは安っぽいインダスターではなく、ヘリオスの58mmF2が付いていました。
スペックからすればビオター68mmF2のコピーなのでしょう、写りはどうですかなどと聞くと、よく写りますよと嬉しそうな返事がありました。
ほんの短時間の小さな盛り上がりですが、やっぱり声掛けてよかったなという気持ちになります。

ただ、誰にでも同じような対応が許さるわけではありません。
このような接触を好まない人も多いようなので注意が必要です。
話をしているときも、自慢をしたり知識をひけらかしてばかりではいけません。
お互いがいい気持ちになって、同時に鎌倉の印象もよくなるような、会話のマナーというか互いの呼吸のようなものはぜひとも身に付けておきたいものです。

作例の男性は、デジタルカメラにマニュアルのクローム鏡胴レンズで撮影されていました。
カメラもレンズも未確認でしたが、あるいはアダプターでシネレンズを使われていたように見え、声をかけるかどうすべきか悩みました。
もしかしたら、デジタル用純正レンズを単にマニュアルモードで撮影していただけのようにも見えなくありません。
かなり熱心に撮影されていたので、声をかけられずじまいでしたが、今になってちょっと後悔しています。

これらは実は前振りでして、今日、思わぬ電話を受け取ったのですが、鎌倉で声をかけたりかけなかったりの話と少し関係があると思い少し触れさせてもらいます。
電話は関西のレンズ仲間(この表現は正しいとは言えないかも知れませんが、適当な言葉が思いつかないのでこう表記します)からで、めずらしいレンズを見つけたので検討されてはとの内容です。
わたしが中望遠を好んでいると理解されていて連絡をされたのも嬉しいことでしたが、そのレンズは以前から欲しいけれど手に入れることは不可能だろうと考えていたものでした。
売られているのを見たことがなかった超レアレンズです。

心躍りましたが、価格をうかがって残念ながらあきらめかけています。
わたしの所有するレンズでいちばん高価だったのはズノー5cmF1.1ですが、それよりもひとまわり高いそうで厳しい理由のひとつはそれですが、その価格に近いものを2本のニッコールレンズに費やしばかりだということがもうひとつの理由です。
とても欲しいレンズですので検討はぎりぎりまで続けますが、とてもとても厳しいです。

せっかくの連絡に応えられないとなれば残念ですが、わたしのことを考えてくれて電話してくれたのはたいへんうれしいことでした。
その電話の中で、しばらくぶりに近況を聞くことができ、レンズ関連の話でも盛り上がることもできました。
オールドレンズの周辺は、第三世界からの参入があってひとつのパイを大勢で奪い合うような醜い世界になってしまったかのようですが、そんなときに仲間がいるということを再認識できるできごとがあって、それは散策中に出会った人も含めて言えることなのではと思い起こさせるきっかけにもなり大いに感謝しているところです。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/30 Tue

黄金週的鎌倉

Darlot 10cmF3.3
世間では、10連休の真っただ中という方も少なくないのかも知れません。
この時期の連休なら費用は高くなるかも知れませんが、どこへ行ってもいい気候の中で楽しめそうです。
もちろんわたしはカレンダー通りのお休みですので、後半の4連休に旅行する計画で、前半の3連休はいろいろと厳しい用事を済ませる必要がありました。
3日ともとても好い天気が続いたのでちょっともったいなかったかもです。

幸い、今日は午後から時間がとれたので、3週連続の2本のペッツパールをもっての散策に出ることにしました。
半日しかないことと、ちょっと用事があって、行先はまたもや鎌倉です。
このところ鎌倉出動回数が増えていますが、春の鎌倉はすがすがしくて気分よく、人出が滅茶苦茶に多いことを除けば、カメラを肩から提げての散策には最高のシーズンと言えます。

鎌倉の友人によれば、3連休の中では中日の日曜が圧倒的な人出だったそうです。
わたしが訪れた月曜は、普段の日曜よりは混んでいるものの、3連休ということでいえば意外に空いている印象とのことです。
やはり明日から仕事という人は多くて、鎌倉は疲れるので行くなら日曜で月曜は休んでいたいとみな考えたのかも知れません。

日曜日の混雑具合ですが、大船駅では鎌倉駅方面の電車に乗り切れない人が、北鎌倉駅ではホームが狭いために降りれない人がそれぞれ続出したとのことです。
また、江ノ電の鎌倉駅はさらにホームが狭くて危険なので、改札で入場制限したそうです。
鎌倉全体がディズニーランド状態になっていたことが想像されます。

先々週の鎌倉祭りのとき、偉いお方のごあいさつで、鎌倉は今年中に世界遺産に登録されるべく進んでいましてとの話を得意満面されていましたが、そんなことにでもなればディズニーランド化が状態化してしうのではと恐怖を感じています。
観光客相手の商売をしている人には願ってもない話なのでしょうが、週末を静かな鎌倉の寺社に楽しみたい人はもちろん、何より地元で生活する人にとっては大迷惑だと思うのですが、反対だという声をあまり聞くことがないのが不思議です。
もっともあまり混むようであれば、鎌倉駅、北鎌倉駅で入場制限してしまえばいいだけの話かも知れないですが…。

そうなるまでは、どしどし行ってゴールデンウイーク中でもなんとか静けさが保たれていた鎌倉を楽しみたいと思います。
今は、円安の影響で外国人観光客が増えているそうですが、さっそくその恩恵に預かれるような作例になりました。
陽光で滲んだプラチナブロンドが、鎌倉の5月をいちばん表現してくれています。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/29 Mon

志願者

Darlot 10cmF3.3
大岡越前祭りのメイン会場は茅ヶ崎駅周辺で、大岡越前や北町奉行所(でしたっけ?)のお侍さんたちに扮した人たちが練り歩くパレードがメインイベントのようです。
浄見寺の祭りの方は、大岡越前の墓があって茅ヶ崎駅よりゆかりの地でありながら、それとはあまり関係ない地元の人たちで年1回盛り上がりましょうという雰囲気が過剰いっぱいに漂っていました。
外来の人を受け付けないわけではありませんが、ふだんの駐車場がそのまま会場ですので車を停めるところもなく、交通不便の地にあってアクセス困難な祭りになっています。

その一方で、湘南FMの知る人ぞ知る有名アナウンサーのハギーが司会進行をしていて、ふだん車の中で聞いているあの声の主が目の前にという不思議感覚をもたらしてもくれます。
また、普段は立ち入れなくなってしまった大岡越前の墓所が開放されていてファンの人にはありがたい反面、ステージの出し物は近所の学校のブラスバンド演奏や幼稚園の歌発表など厳しい企画が多くて、なんともちぐはぐな印象を受けました。

わたしが来訪した理由は、前月に桜を見に行ったおり知り合った方から、大岡越前祭りでは前夜祭のかたちでパレードが開かれ、パレード一行に混じってミス茅ヶ崎も登場するという情報を教わっていたからでした。
その前の週にミス鎌倉も見ていたので、連続でミスを撮影できればフランス製の2本のペッツパールを携えて出向く意義は大いにありだと考えるても許されるでしょう。
しかし、ここでパレードがあったのはどうやら以前の話だったようで、係の人に聞いてもパレードなら茅ヶ崎駅へ行ってくださいと言われるばかりでした。

そんなわけでちょっとがっかりしていると、主催者側の別の男性から声をかけられました。
茅ヶ崎市のボランティアをしているそうで、これから近隣を1時間近くめぐってこの地にまつわる歴史ウォーキングをするので参加してみませんかとのお誘いでした。
ステージのアマチュアイベントをもう少し撮影させてもらってから撤収すようと考えていたわたしは、遠慮させていただきたいと引き気味でしたが、柔らかな物腰ながらも熱心に進めるボランティア男性に押されて少々悩むことになります。

その後しばらく様子を見ていると、何人にも声掛けしているものの乗ってくる人はいなくて、参加者ゼロで中止になってしまうのではと心配になってきました。
せっかくボランティアで地元を知ってもらおうと頑張っているのにそれではあまりに気の毒です。
わたしだって地域のことに関心がないわけではありませんし、短時間のことですので参加させてもらおうと考え直しました。
ボランティアの方のためのボランティアではありませんが、少なくとも参加者が何人かいると分かっていればわたしは出ていなかったでしょう。

結局、他にも数名の方が参加してのウォーキング出発になりました。
マンツーマンでのガイドになればよかったかも知れませんが、ボランティアの方にしてみれば、適度な人数がそろってくれて張合いもでたことでしょう。
説明には熱がこもっていたように思え、興味深く聞くことができました。
レンズ2本持って写真を撮りに行きながら、期待したミス茅ヶ崎は現れずで血が亜展開になってしまいましたが、結果的には好い時間を過ごせたかなと思います。
最後に写真も失礼させていただきました。
来年またうかがうときに、これでボランティアの方を思い出すことができます。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/28 Sun

Dallmeyer与Darlot

Darlot 10cmF3.3
今季初登板であわやパーフェクトの快投を演じたと思えば、その後の登板でも奪三振の山を築いて、日本のみならず全米中でもダルビッシュが話題になっていると聞きました。
しかし、野球に関心のないわたしにとって、いまひとつピンときません。
ニュースの映像で、大リーグの強打者誰それから三振を奪うシーンをみても、どこがどのようにすごいということがよく分からないからです。

わたしにとっては野球よりもサッカーになりますが、ダルと言えば大御所であるダルグリッシュのことが思い出されます。
ダルグリッシュは、昨シーズン、リヴァプールの監督を務めていて、いかにも英国紳士という風貌が、その成績よりも印象に残るような存在だったようですが、現役でプレーしていた時はそのリヴァプールのレジェンドとしてチームの黄金時代を牽引していました。
わたしがサッカーを見るようになった少年時代が、ちょうど彼の晩年にあたっていたので、その名前は長くわたしの記憶にとどまることになります。

BS放送が始まるずっと前のことなので、当時のサッカー番組と言えば、三菱ダイヤモンドサッカーのことを意味しています。
確か土曜日の夕方の30分番組で、1試合を全版後半に分けて2週で放送していたというのは、いま考えれば海外のサッカーの人気がそんなものだったということを示していたということでしょう。
ほとんど毎週見ていたのでテーマ音楽は耳に焼き付き、未だにサッカーの音楽は私にとってFIFAアンセムではなく、ダイヤモンドサッカーのテーマです。

アナウンサーと解説の掛け合いも名調子で少年の心に響いてていました。
解説は岡野俊一郎氏でしたが、後日、高校の講演に来たことがあり、わたしはひとり興奮して話を一言一句聞きもらさじと硬直していたことが思い出されます。

いや、話はダルグリッシュでした。
当時のダイヤモンドサッカーは、奥寺氏が活躍していた1FCケルンや青春を意味すると毎度チーム名の意味が説明されるユベントスを凌いで、リヴァプールの試合をいちばん多く取り上げていたという印象があります。
なにしろ激しいサッカーをしていて、ゲーム運びはシンプル、今ではあまり好きなスタイルではなかったかも知れませんが、ここぞというときに得点する姿が恰好いいのです(今考えれば、視聴率の問題があるのでそういう盛り上がる試合ばかり放送していた?)。

選手たちも代表クラスばかりが名を連ねていたと思いますが、すっかり忘れてしまいました。
記憶にあるのが、さきのダルグリッシュとコンビを組んでいいたイアン・ラッシュです。
豪放なイメージのベテラン、ダルグリッシュと、快速で切り込むラッシュのコンビは世界最強に見え、その頃のワールドカップで滅茶苦茶強かったブラジルのテクニック全面サッカーをとろとろした邪道サッカーと嫌悪していたくらいです(今はわたしも逆の立場)。
その後、いろいろと曲折はあるのですが、サッカーが好きになって、いい歳になっても未だ人生の一部になっている原因はダルグリッシュだとあらためて感謝したいと思います。

現在では、メインの趣味はレンズになっているので、ダルといえばダルマイヤーということになるでしょう。
ダルマイヤーは、ペッツパールの時代から意欲的なレンズを製造し続けて、現在での最高価クラスのレンズであるセプタックがあり、超人気シリーズのスーパーシックスがありで、わたしに限らずオールドレンズファンであれば、誰しもダルといえばダルマイヤーを意味するはずです。

しかし、わたしはいま、もうひとつのダルのことが気になって仕方ありません。
ダルローです。
アルフォンす・ダルローがパリに会社を設立するのは1860年とやや遅れるのですが、それ以前にはルルブールに勤めていて、まさにニエプスやダゲールが写真術を発明するのを目の当たりにしていたはずです。
それは、同世代で、やはりロス社から独立したダルマイヤーとは違う写真に対する感性を身に着けていたと考えられないでしょうか。
ダルビッシュとダルグリッシュが違う分野のスーパースターだったのと同様、ダルマイヤーとダルローも名前が似ていながらも大きな違いがあるということを見出したいものです。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/27 Sat

発現単焦点的意思

Darlot 10cmF3.3
今日から作例は茅ヶ崎に移ります。
4月20日21日と大岡越前祭りが開催されて、これは主に茅ヶ崎駅周辺での開催だったのでが、北部の浄見寺一帯でも協賛するかたちで地元祭りがあって、自宅から近いこともあって見に行ってみたのです。
日付と場所は変わりましたが、昨日に引き続きペッツパールのことに言及したいと思います。

この4インチのペッツバールはダゲレオタイプのカメラにつけられていたとすれば、1/6 Plate 5inchと1/9 Plate 3.5inchの中間ということになります。
大は小を兼ねてもその逆はイメージサークルの問題があるので、 1/9 Plate用のレンズとしなくてはなりません。
1/9プレートはかなり小さなイメージで、わたしも何枚かダゲレオタイプやアンブロタイプの同サイズのレンズを持っていますが、証明写真のようなサイズに写真としての魅力はあまり感じられませんでした。

とは言え、当時の人にとっては、このサイズの写真は重要な意味を持ちます。
サイズを小さくすることで写真を撮るコストは一気に下がり、一部のお金持ち以外にも写真を撮ってもらう機会を広げました。
また、このころは写真は壁にかけたりアルバムに貼るものではなく、机の上に飾ったり時に持ち歩いたりするものでしたから、小さいサイズは歓迎されたようです。

ネットオークションに出てくるダゲレオタイプ、アンブロタイプのレンズの半数近くはこの1/9プレートですから、このサイズのカメラとレンズを持っていたスタジオが多かったことがうかがわれます。
あるいは上のサイズのカメラに1/9用のプレートを付けて撮っていたのかも知れませんが、その際にはレンズを変えるものなのか、レンズもそのままで撮った方が画面全体に均質な写真になったでしょうからそうしたのだと思われます。
それも、今となってはこのサイズの写真をつまらなく感じさせる一因といえそうですが。

ダゲレオタイプの写真館はアメリカ中の町に増殖していたそうですから、使われた機材の数もかなりのものだったでしょう。
アメリカのインターネットオークションでペッツパールタイプのレンズが出品されるのは、そのことと関係があるはずです。
そんな中で、前にも書いたように4インチとかそれより短いペッツパールはまず目にする機会がありません。

昨日、1/9プレートに対応するレンズのところをN/Aと表現したのも、どのメーカーのカタログにも1/9プレートフォーマットそのものの記載がなかったからです。
写真が一般市民にまで広がっていったのはダゲレオタイプの登場から時を経てのことなので、後年になって登場してくるという可能性もありますが、1/9プレート専用のカメラやレンズはほとんど存在しななかったとわたしは推測します。
製造当時あまり主力ではなかっのだとしたら、現在、見つけ出して使ってあげることは、これらレンズの復権に寄与していることにならないでしょうか。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/26 Fri

不是1/9 Plate的

Lerebours et Secretin 8.5cmF3.4
写真術の黎明期、ダゲレオタイプの時代には、写真のフォーマットもダゲレオ自身によって決められたようです。
彼が使用した6.5×8.5inch(16.5×21.5cm、以下サイズは分かりやすいセンチで表記します)がスタンダードサイズとなって、今でもフルプレートと呼ばれています。
ダゲレオタイプやのちのアンブロタイプでは撮影されたプレートが写真であって焼き増しも引き伸ばしもできませんから、ほぼそのサイズが写真の大きさということになります。

現在でいう八つ切りサイズに相当しますが、サービスサイズの縦横がそれぞれ倍の長さにした程度ですので、今ではそれほどの大きさを感じるほどのものではありません。
しかし、ダゲレオの当時ではそれほど一般的ではなかったと思われ、スタジオでんぱんに撮影された1/6プレート(7×8cm)や1/9プレート(5×6cm)に比べると滅多に見ることはありません。
恐らく一般には手に入れるのは難しく、写真関係の美術館などで観賞するべきものかと思われます。

1/2プレート(11×14cm)はたいへん高価で、ぱっとしないダゲレオタイプの風景写真がネットオークションで20万円以上で落札されたのを見たことがあります。
1/4プレート(8×11cm)になると簡単には見つかりませんが、オークションでもしばしば出てくるサイズで、わたしも以前1枚入手しました。
あまり言いたくありませんが、何でもないようなダゲレオタイプのポートレイトで、落札価格は5万円近くしました。
かなり思い切った買い物ですが、ものが届いてみると大きさなりの魅力もあることは確かです。

それでは、各フォーマットとレンズの焦点距離の関係はどのようになっているのでしょうか。
メーカーによって多少の差はあったのでしょうが、画角の限られているペッツバール・タイプのレンズでは焦点距離が使用するカメラのフォーマットを示したとも言えます。
フォクトレンダーやダルロー、その他のメーカーの古いレンズ広告をいくつか見ていくと、おおよそ次のような関係になるようです。

Full Plate(6.5x8.5) Focus 11inch
1/2 Plate(4.25x5.5) Focus 8inch
1/4 plate(3.25x4.25) Focus 6 1/2inch
1/6 Plate(2.75x3.25) Focus 5inch
1/9 Plate(2x2.25) Focus No availlable...

このような表があるわけではなく、あくまでいくつかのカタログにあった表記から類推した大雑把な焦点距離の目安と考えてください。
ペッツパールはイメージサークルも大きくないようですし、例の像面湾曲のため周辺に近いほど問題が大きくなりますので、画角に制限があります。
その後のレンズでは、たとえば19世紀末のツァイスのアナスティグマットレンズの時代で、5×4となっているものはだいたい5inchくらいの焦点距離のものが多かったようです。

プレート側の長線に対する焦点距離の比をみると、フルプレートを除いてだいたい0.65くらいになります。
これをペッツパールの焦点距離係数とみなすと、各社カタログでは小さすぎるためか記載がなかった1/9プレートは、3 1/2inchくらいということになりそうです。
3.5インチは約89mmですので、ルルブール85mmの近似値といえます。
このレンズは1/9プレートカメラ用に設計されたという可能性が浮上しました。

しかし、1/9プレートは35mmフィルムの縦横倍近い大きさがあります。
35mmでも放射状の流れがどうにもならないものが、その倍のサイズでは見られたものではありません。
このレンズは、少なくともダゲレオタイプの時代に人物撮影用に製造されたレンズではないということは間違いないでしょう。
もちろん風景撮影用でもありません。
いったいどんな目的のために作られたレンズなのか、ルルブールの資料はまだ探せばみつかりそうですが、なかなか時間が取れず先に進めることができず困っている反面、ミステリアスなレンズであるという地位を長引かせることにも成功しています。

さて、今日の作例は、せっかくのミス鎌倉の横顔ショットだったのですが、ピントで失敗してしまいました。
像面湾曲が大きいことを考えて、周囲が被写体よりずっと手前になるようにすれば、それらにもピントが合うのではと思ったのですが、結局、双方にピントが合わなかったという次第です。
ただ、ハイライトの滲みが強烈で、背景が手前の柱までも回析してしまうのがすごいなと思い、採用することにしました。
【X-E1/Lereboures et Secretin 85mmF3.4 F3.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Lerebours et Secretin 85mmF3.4 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/25 Thu

拍還是被拍

Lerebours et Secretin 8.5cmF3.4
鎌倉にやって来たのは、鎌倉祭りを見物しつつ模様を撮影するためでしたが、それよりも大きな理由は、同行のksmtさんに、謎のペッツパールレンズの鑑定をお願いすべく見てもらうためでした。
昼食時にやおらレンズを取り出して"Gaudin"と読めるレンズ前群コバ部分の鉛筆書きを見てもらったところ、どうやらゴーダンのようですねとその場で認定してもらいました。

ksmtさんは自身の5Dにそのレンズを合わせてファインダーを覗き、合焦位置をすぐさま見出すとシャッターを切ります。
液晶でも確認して、これはなかなかシャープなレンズのようですよと、早くも太鼓判を押してくれました。
そこで、わたしもこの機を逃すまいとお願いしました。
ぜひ、このレンズの更なる調査とEOSマウント化をしてください、と。
ksmtさんは快く受けてくださいました。
わたしの方でもそうしてくれるだろうと、図々しくもすでにEOSライカ・アダプターを購入済みで、距離計連動ではありませんのでX-E1で楽しませてもらう心づもりです。

もちろんお礼はしなくてはいけませんが、恐らくksmtさんにとっては自らの手で分解・調査できることの方が何よりの愉しみでしょうし、今回EOSマウント化してもらうというのは、完成後もしばらくお好きなように使っていただきたいとの意味があります。
ちょうどksmtさんの方でもゴーダンのペッツパールを入手されたばかりなので、2本の焦点距離違いのゴーダンを比較することでksmtさんの閃きから年代とか写りの違いとか新たな発見があるのではとの期待もかけていました。

4インチのペッツパールレンズを入手するのは簡単なことではありません。
ましてやゴーダンのレンズとかルルブールのレンズ自体がかなり入手困難の部類に入ります。
同じフランスのペッツパールでは、ダルローやエルマジーのものなどものすごい価格がついていたりもしますので、嗅覚鋭いksmtさんといえども同様なレンズを発見して撮影する機会はそうそうはないでしょうから、ksmtさんのペッツパール研究に少しは貢献できるかなとの自負心も感じることができます。

その後のレンズの文字の解読の経緯やEOSマウント化については、www.ksmt.comに詳しく書かれています。
ボロレンズは、晴れてペッツパール研究の第一人者からゴーダンのカメラ用のルルブールのレンズであるとお墨付きをいだきました。
また、最新のアップでは、このレンズでの撮影結果を見ることができます。
やはりとてもシャープな写りで、とくに人物撮影で威力を発揮するすばらしいレンズであることがよく理解できました。
この間のksmtさんの活躍には最大限の賛辞をお送りしたいと思います。

というわけで、今回の正体が明らかになったゴーダンのルルブール製レンズと、ksmtさんのゴーダン・ルルブールの写りと比較すると、昨年購入のわたしのルルブールでは、かなりの描写の違いがあって残念ながら同列で論じることはできません。
宮崎さん会心のソフトフォーカス化でも、長めの距離からになると独特の激しい放射状の非点収差は避けられません。
このレンズではイメージサークルのぎりぎりを使っていて、4インチの方ではまだだいぶ余裕があるからということなのでしょうか。

おかげで分かりにくい作例ですが、中央で巫女さんが写真を撮っているところを、こちらから撮ったものです。
以前、同じ鶴岡八幡宮で巫女さんを撮ろうとしたら、撮影は禁止されていますとけっこうきつい口調でたしなろられたことがあったので、そのときのささやかな報復行為と言えます。
鶴岡八幡宮でもホームページで行事などの紹介を行っているので、こうやって撮影してページ更新しているのでしょう。
そうであれば、行楽客が巫女さんを撮影しようとしたら、オープンにどうぞどうぞという姿勢で撮らせてあげればいいのにと思います。
わたしのような写真が苦手なものはいったい何を撮ればいいのか困っているのですから。
【Lereboures et Secretin 85mmF3.4 F3.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Lerebours et Secretin 85mmF3.4 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/24 Wed

最近的最好拍

Darlot 10cmF3.3
昨日の結びの一文を実現したという訳ではありません。
今日の作例は、何も考えずにレンズを向けたテストのようなものでした。
ところが、これがわたしがここ何年間かで撮った写真の中で、いちばんインパクトのあるものになったような気がしています。
少なくとも、この日撮ったうちでは、いちばん気に入りました。

さて、それはそれとして、いまたいへん慌てていることがあります。
アニーの突然の来日するとの知らせです。
アニーとは、昨年白川郷で知り合った香港の女の子ですが、どうもかなりの親日家のようで、香港でもゴールデンウィークにあたる5月1日から5日まで、突然、友達ふたりを連れて東京に滞在することにしようです。
突然といっても、そのアニーと知り合うきっかけになったカタルーニャ人のダヴィドから明日日本に着くからとメールを送って来たのに比べればずっと計画的ですが、2週間前にメールで知らせてくるのはわたしにとっては結構急な話です。
このふたりは、白川郷、高山と意気投合していましたが、似たようなラテンの血が流れているようですね。

せっかく東京を訪れるのですから全日程お付き合いしたいところですが、最悪なことにわたしは3日から逆に中国旅行の予定なのです。
1日2日も仕事が忙しくて、夕食しかお相手できません。
前にも書いたと思いますが、アニーは香港では希少と言えるなかなかの美人で、たいへんよろしい正確の持ち主でもあるので、もっと早く教えてくれればと悔やまれるところです。
ひとまず、友人に案内をしてもらえるよう依頼しているところですが…。

ダヴィドとは、かなり緩いペースでメールのやり取りをしています。
先日も書いたように、できればチャンピオンズリーグの準決勝で、バルセロナに行って当地で彼とともに観戦したかったのですが、残念ながら抽選結果はゴールデンウィークの中日の仕事がきつい日程のため断念せざるを得なくなりました。
ホームアンドアウェイが逆になっていれば、今頃はバルセロナにいて数時間後のキックオフをわくわくしながら待っていたことでしょう。

メールでダヴィドにバルセロナには行けなくなったが、決勝をいっしょにロンドンまで見に行こうと書いて送りました。
この前返信があって、分かったぜひ決勝を見に行くぞと書いてありました。
ただ、ベスト8のパリサンジェルマン戦を見る限り非常に厳しいだろうなあともあります。
わたしも同感ですが、バルセロナはパフォーマンスをぐっと上げて、かつ運も味方につけないと厳しいのは間違いありません。

まずは、今から数時間後にキックオフされるミュンヘンでの試合がどうなるかですが、残念ながらわたしはこの試合を見ることができません。
でも、来月末にロンドンまで決勝を見に行くというだけでとてもわくわくしてきます。
実現できなくても、夢を見させてもらったとすれば、嬉しいことだといえます。
1か月も先の試合を見に行こうというのは、ダヴィドやアニー突然の行動から見ると、あまりに計画的で彼らはびっくりしてしまうかも知れないですね。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/23 Tue

帯両個人物鏡頭玩

Darlot 10cmF3.3
今週はまた日本に戻って、14日に行った鎌倉と20日に行った茅ヶ崎でちょろちょろと撮った作例をあげることにいたします。
14日は強風、20日は途中から雨とどちらも撮影向きの天候ではなかったのですが、特に鎌倉では別目的でついでに撮影という意味合いでしたので、その2日間で100枚も撮っていないという体たらくです。
おかげで、7枚選出するのが非常に楽でした。

鎌倉では鎌倉祭りが、茅ヶ崎では大岡越前祭りがそれぞれ開催されたのですが、ミス鎌倉、ミス茅ヶ崎が登場するとのことでしたので、最近手に入れたダルローと改良してもらったルルブールの2本のペッツパールを持って、これらレンズの本来の撮影目的である美人ポートレイトを撮りに出かけたというわけです。
鎌倉祭りではまずパレードがあって、ミス鎌倉が先陣を切って通っていきます。
ところが、わたしはカメラの設定をいじったりしていてパレードを見ていないうちに、彼女たちは通り過ぎてしまったようでした。

ダルローは、X-E1で使うと35mm換算で150mm程度の望遠レンズになってしまうので、歩道から撮ろうとすると近すぎて、こりゃ参ったなあとレンズを変えようとしたり、場所を変えようとしたりしているうちにパレードがはじまっていたのでした。
パレードは比較的ゆっくり進みますが、それでもピント合わせしようとすると、このレンズでは動きについていけなかったので、技術的な問題、慣れの問題での失敗です。

わたしは一眼レフを使った経験がほとんどないので、たかだか100m、150mmの望遠レンズがこんなにたいへんなものとは知りませんでした。
誰もがオートフォーカスを使う理由が分かったような気がします。
レンジファインダーであれば、望遠でも精度こそ低いものの、ピントはどうにかなるように思うのですが…。
ミラーレスとはいえX-E1が実質的に初めての一眼レフということになりますが、マニュアルフォーカスを使えるように鍛錬しなくてはいけません。

その意味で今日の作例のピントはどうでしょうか。
狙った少女には残念ながらピタリと来ていないようです。
なのに前ピンか後ピンかがよく分かりません。
というのは、後ろの石壁や鉄柱にはおおむねピントが合っているように見えるのに、一方で少女の左側に見えている別の子の手にもピントが合っているように見えるからです。
北朝鮮がつくったデキの悪い合成写真のような、なんとも言えない不自然さが感じられてなりません。
恐らくこれも像面湾曲の影響なのではないかと思います。

もともとは作例写真の中に見える位置からわたしも撮影しようとしていたのですが、前述のように近すぎてピント合わせやフレーミングにすら難儀したので、大通りを横断して反対側まで出て、どうにかシャッターを切れるまでになったと思っていました。
しかし、まだまだエゴいている人にピントを合わせることはできていかったことに気づかされました。
ふだん撮るのも中国の古鎮でのおばあさんばかりなので、動いているものは苦手なのでしょう。
おばあさんのパレードがあればちょうど良いのかも。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/22 Mon

只一張拍的

Lerebours et Secretin 8.5cmF3.4
ペッツパール型のレンズはポートレイト用レンズと呼ばれていましたし、ソフトフォーカスに改造されたこのレンズで女の子を撮った作例をシリーズの最終回にアップすることにいたします。
村の中で古建築を背景のポートレイトならよかったのですが、当地のおばあちゃんにお願いしてもみんな逃げまとうばかりでしたので、深圳に戻ってきてからモデル探しです。

モデルといえば、前日に携帯が壊れたこともあってタブレットを買って親しくなった麗玲チャンのところに行って撮影してきたのですが、至近距離で画面いっぱいに撮ったため、鼻はばっちり目や口が流れるホラー風味のポートレイトになってしまいました。
買い換えた携帯も彼女のいとこが働いている店で買った怪しげなスマートフォンで、これもちょっと1年持つのか心配です。
結局、麗玲チャンをわたしがルルブールで撮ったのは失敗、彼女自身がわたしの新しい携帯で撮った写真はなかなかよろしいという、お粗末な結果に終わっていました。

東莞から戻り、もはやどこかに撮影に行く時間はありません。
知り合いと夕食の約束があったので、その途中誰かを、できれば女性を撮影したいと考え、深圳の原宿とも言われる東門に向かいました。
以前、このエリアで働いている女の子に声をかけて撮らせてもらったことがあったので、今回も同じ作戦敢行です。

そのときに撮らせてもらった店に直行してみますが、多分もう1年近く立ち寄っていなかったはずで見知っている女の子は残念ながらいませんでした。
東門で働いている女の子は定着率が悪いというか、あまり実入りがよくない割にまわりには欲しいものがいっぱい売られているという実家に仕送りするにはたいへん厳しい状況ですので、家が仕送りを期待していないかよほど誘惑に強い子でなければ長続きするはずもないのです。

幸運なことに、実家にお金があるか誘惑に強いかいずれかの女の子がひとりだけ残っていたようで、さらにありがたいことにわたしのことを覚えていて声をかけてくれました。
その子は1年ぶりくらいに来たのではと、そのとき写真を撮ってもらったことを懐かしんでいます。
正直、その子のことは覚えていませんでしたが、さすがにそうは言えず、こちらも懐かしいフリをせねばいけません。
聞けば、他の女の子はみんな辞めてしまい、当時から残っているのは彼女ひとりだけとのこと。

話の流れの中で今回も撮影させてもらいました。
新しいメンバーは5人ほどいましたが、前とは違ってみんなシャイで写真を撮ってくれとは言ってきません。
作例の女の子は、唯一の古参メンバーと親しくしていたので、わたしが頼んで撮らせてもらいました。
撮影結果ではそうは見えないかも知れませんが、その時いた女の子たちの中では断然に輝いていました。
似合わないお化粧をさせられていて年齢不詳になってしまっていますが、16~7歳くらいと思える、いかにもたった今、田舎から出てきたばかりですという初々しさがありました。

ソフトフォーカスの威力を発揮していると言えるのが、むしろ背景ばかりなのにはがっかりしました。
露出はオーバー目にしたはずですが、顔の色を見るとまだまだアンダーだったようです。
店のライトがこちらを向いていたのでしょうか、頭のあたりにゴーストが出ています。
簡単な撮影だと思ったのですが、一発必中とはいかず、ポートレイトの難しさを味わわされました。
このルルブールは2度の改造を経て手許にやって来たレンズなので、これぞというポートレイトをものして宮崎さんに見ていただき、その労に報いたいと思っています。
【X-E1/Lereboures et Secretin 85mmF3.4 F3.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Lerebours et Secretin 85mmF3.4 | trackback(0) | comment(2) | 2013/04/21 Sun

生活費地理鏡頭

Lerebours et Secretin 8.5cmF3.4
レンズ氷河期を乗り切るにはアイディアが必要で、それを実践しているレンズ仲間の活躍を昨日は書かせていただきました。
わたしはアイディアではないのですが、レンズのことをよく知る人の力で、1本のレンズを別のかたちで使うことを可能にしてもらいました。
氷河期を凌ぐための、すばらしいレンズ再生と思います。

それは、おとといから作例を紹介させていただいているルルブールのことです。
ルルブールは19世紀半ばに製造されたと予測されるペッツパールタイプのレンズですが、めずらしくも85mmほどの焦点距離で実測のF値がF3.4と明るく、スペックでエルマー90mmF4を凌いでいます。
真鍮の鏡胴もたいへん美しく、像面湾曲する範囲が大きく放射状のボケも目立って、とても扱えるレンズではないことが分かって、期待が大きかっただけに落胆も大きなレンズになってしまいました。

ksmtさんによればペッツパールタイプのレンズではしばしば3枚目と4枚目の後群が前後入れ代わっていることがあるそうで、その可能性も含めて宮崎さんに確認をお願いしてみました。
後群の入れ替えも試してみたものの、残念ながら撮影結果には目立った改善はありません。
宮崎さんには、手を煩わせてしまい恐縮ですが、また元に戻してもらつた方がよいかも知れませんと報告しました。

そこで言われた通りに済ますことを良しとしないのが宮崎さんです。
どのように思いついたのか分かりませんが、シャープさが身上のペッツパールをソフトフォーカスレンズに改造してしまいました。
どうすればそんなことができるのでしょうか。
1群目の貼り合わせを前後ひっくり返したとのことです。

像面湾曲も放射状のボケもなくなった訳ではありませんが、ソフトフォーカスにになったことで目立たなくなったというか、ソフトとの相乗効果でかつ劇的なイメージになり、類例のないユニークなソフトレンズが生まれました。
試しに、先般購入したダルローでも前群を前後入れ替えてみましたが、なるほどややソフトな写りになったものの、ソフトフォーカスというよりも締まりのないといった方がよい冴えない写りになってしまいました。
ルルブールでは前後を入れ替えるだけではない、工夫がなされていると思われます。
また、レンズの前後を入れ替えれば当然焦点距離も変わってくるのですが、ペッツパールのように曲率の小さなレンズでは数ミリ単位の変化にとどまるようです。

もちろんこのような使い方は、ペッツパールの設計からは逸脱しており邪道だと言われればそのとおりでしょう。
19世紀後半には組み合わせレンズが存在しましたが、光学特性までが変化するようなことはなかったと思います。
あくまで、35mmフォーマットでは調子を出すことができなかったレンズをソフトフォーカスに変ずることで、違う表現をするレンズとして再生したものと考えることにいします。

一般のソフトフォーカスレンズとは違い画面中央以外に被写体を置くと流れてしまいます。
日の丸構図で撮影すればいいだけですが、どうしても撮影時には無意識のうちに中央から外す構図をとってしまうクセがわたしにはあるようで、撮ったもののほとんどが失敗でした。
3枚だけどうにか日の丸構図に成功したようで、その3つの作例をすべておとといから掲載させていただきました。
水彩画のような表現がたいへん気に入っています。
【X-E1/Lereboures et Secretin 85mmF3.4 F3.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Lerebours et Secretin 85mmF3.4 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/20 Sat

Busch与Goerz

Lerebours et Secretin 8.5cmF3.4
オールドレンズの価格が高騰してしまってなかなか手が出なくなってきたことは、折にふれ書いてきました。
歴史的光学遺産が不当に安い相場で取引されていたのが正常に戻ったということであれば、それは良いことだとわたしは思います。
しかし、現状は珍しいライカマウントレンズやシネレンズ等ばかりが、100万円超えを筆頭にそれまでの2倍3倍と暴騰して、たとえばテッサーやエルマーなど性能や光学史的価値はあっても数があるレンズの価格は据え置かれたままという実情があって、正当な評価によるものではありません。
もともと珍しいレンズは、一気に希少性を増してしまいました。

さらに、ここにきて急激な円安が追い打ちをかけています。
希少なレンズだけでなく、レンズ全般が、ひいてはカメラやアクセサリーなどを含めた光学機器全般は価格が変動してていなかったとしても為替差のために、高額機器となってしまいました。
リーマンショック以降平均して1ドルが80円前後で推移していたとすると現在の100円弱は25%の円安ということになりますから、海外市場のレンズの価格も2割5分増しになったことになります。

レンズコレクターにとっては、かつてないほど厳しい状況になりました。
海外オークションなどでは、欲しいと思うようなレンズが出品されたとして、スタート時には安い価格が付けられているので買いたいという気持ちになりますが、最終的にはとても手が出ないような価格に跳ね上がって落札されるというパターンになります。
結局買えない価格になると分かっているのですから、最初から買えないものだと考えた方が精神衛生上よろしいといえます。

それでも、この世界には裏ワザのようなものが存在します。
一般には鼻もかけられないものですが、わたしは先日なかなか興味深いレンズを立て続けに落札することに成功します。
届き次第早速ご紹介できればと思っています。
ksmtさんも、最近、念願のタンバールを安く購入されたようです。
また、依然として19世紀のペッツパールレンズのコレクションを拡充されていて、歴史的レンズの写りをデジタルの画像で楽しませていただいています。

kinoplasmatさんも、現在のレンズ氷河期においては驚異的な活躍をされていました。
国産の希少レンズを入手されたとコメントいただいたばかりですが、なるほど国産レンズであれば少なくとも円ドル為替の影響はうけないですから、今の時期には狙い目かも知れません。
それ以上にすごいレンズが、www.oldlens.com に立て続けに紹介されていました。
エミール・ブッシュのライカマウントのグラウカー80mmF2というレンズはわたしも聞いたことがなかったのですが、よくぞこんなレンズを入手されたものとkinoplasmatさんらしい発掘力に敬意を表したいと思います。
スペックと特徴的な写りはヘクトール7.3cmを彷彿させますが、鏡胴の美しさも含めてかなり魅力のあるレンズのようです。

もう1本は、ゲルツのハイペルゴンをNEXで撮影されています。
有名なレンズですが、デジタルでの作例が公表されるのは世界最初のことではないでしょうか。
しかも、マル秘の工夫によってNEXに取り付けたと書かれていて、強く興味を惹かれます。
75mmのハイペルゴンにも関わらず、画角のところに28mm相当(35mm判換算)となにやらミステリアスな表記があるのは、マル秘の工夫と関係ありそうです。
レンズ描写も含めてぜひご覧になっていただきたいと思います。

繰り返しになりますが、いま、レンズを購入するにはかつてないほど厳しい状況下にあります。
厳しい中でも、レンズ仲間の活躍をみると、工夫次第でまだまだ十分に楽しむ余地があることが分かりました。
嘆いてばかりでも仕方ないので、更なる裏ワザでわたしも対抗しなければとわたしも思っています。
【X-E1/Lereboures et Secretin 85mmF3.4 F3.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Lerebours et Secretin 85mmF3.4 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/19 Fri

Gaudin的故事 下

Lerebours et Secretin 8.5cmF3.4
先月のことだったか、何気なく安く買った器が、実は早大の名窯のものでたいへんなお宝だったというニュースがありました。
カメラの業界では、骨董品店でぼろぼろの一眼レフがタダ同然で売られていたが、みれば100万円以上で取引される希少なズノーカメラだったなどという話を聞いたことがあります。
そうそう起こることではありませんが、昨日書いたゴーダンレンズの発見はわたしにとってそれらにも匹敵する話だと言え、未だとても興奮しています。

メーカー不詳のレンズを安く買ったら希少品だったなどというのを簡単に信じろと言う方が無理で、ksmtさんはやはり信用していないようでした。
近く鎌倉で会う約束だったのでその時に見てくださいとお願いしましたが、ksmtさんとしてはほら違ったとその場で突き返すつもりだったのかも知れません。
ところが、鎌倉のランチタイム、わたしが手渡すレンズを少しずつ分解しはじめて前玉のコバが見えてきたとき、ksmtさんの温和だった目が一瞬驚愕の色に光ったのをわたしは見逃しませんでした。
(この辺の表現には幾分か脚色があります…)

わたしはこの隙を見逃さず、ksmtさんにこのレンズの解析とマウント改造をお願いしました。
まずはksmtさんに使っていただきたかったので、EOSマウントに改造してもらったうえで、ご自身のゴーダンと比較してもらい、使い終わってからゆっくり返却くださいと言ったのでした。
わたしはEOS→ライカマウントアダプターを購入したので、そのままX-E1専用レンズとして使うつもりです。

日曜に手渡したレンズがどうなったかをここに書く必要はありません。
http://www.ksmt.com/eos10d/eos_nikki.html
にて詳細が公開されています。
すでにEOSマウント化は完了し、試写ではとてもよくレンズであることが分かりました。
レンズスペックは、100mmF3.5と判定されましたが、これはレンジファインダーキヤノンのよく写ることで有名なレンズと同じものです。

コバの文字はわたしには判読不能でしたが、これもksmtさんの面目躍如で短時間悩んだ末に見事に解読して見せてくれました。
ゴーダンはカメラこそ製造したもののレンズは他社から供給されたと書きましたが、製造は同じパリのルルブールが行っていたとされています。
そして、ksmtさんはコバの文字の中にルルブールのフルネームが書かれているのを読みとられたのでした。


さて、それに呼応するかのように今回の中国行では昨年のルルブールレンズを持参していました。
ダルローを改造依頼したときに、このルルブールも宮崎さんに再改造してもらったのです。
この作例では、放射状のイヤな前ボケを見るとあまり変わっていないように見えますが、宮崎さんならではのアイディアが効いた普通ではちょっと思いつかない解決法で、このレンズの像面湾曲の軽減を図っています。
そのため、ライカなどでは問題なく撮影できるレンズが、EVFのX-E1では使いづらいレンズになったきらいはあります。
ルルブールなんて存在すら知られていないのではないかと思いますし、ましてや使っている人はほとんどいないでしょう。
なのに、私の手元にはいつか2本目のルルブールがやってくることになります。
【X-E1/Lereboures et Secretin 85mmF3.4 F3.4】
Lerebours et Secretin 85mmF3.4 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/18 Thu

Gaudin的故事 上

Fujinon 3.5cmF2
昨年、ルルブールの85mmというベッツバールレンズを手に入れ、ライカマウントに改造してもらいました。
金ニスぴかぴかの美しい外観のレンズに期待感いっぱいで鎌倉にて撮影したのですが、像面湾曲が激しく画面中央の何十パーセントしかピントが合わずで大いに落胆させられました。
それ以降、画面船体が平坦に写るベッツバールレンズを探したことは、先々週のダルローのときに語ったかなと思うのですが、そのダルローこそがわたしの行き着いたベッツバールタイプレンズだと思っていました。
しかし、必ずしもそうではなかったということが、今日、判明しました。

ルルブールの直後に海外オークションで、75mmくらいの焦点距離のベッツバールタイプのレンズというのが出品されていました。
ただ、レンズには名前などの刻印は一切なく、鏡胴はルルブールの美しさとは対照的に黒ずんだ汚らしい外観のようです。
メーカー不詳のボロいレンズを欲しがる人なんていませんので、確か送料込みで100ドルくらいで落札してしまったのではなかったかと思います。

75mmだとルルブール以上に短いので、像面湾曲はもっとひどくなる可能性がありました。
でも、もしきちんと写るとすれば、75mmは願ってもない使いやすい画角ですから、100ドルで夢を買うつもりで落札したというのがいきさつです。
届いたレンズは写真で見たとおりのボロさでしたが、肝心の焦点距離の方は期待を裏切るものでした。
蛍光灯の光で焦点位置を見ると75mmを大幅にオーバーしています。
ベッツバールは主点がだいたい中央にあるので、焦点距離はざっと100mmはありそうです。
なにを根拠に出品者は75mmと書いたのか、いずれにしても騙されたような気分になりました。

もちろん100mmくらいなら宮崎さんに依頼すればライカマウントに改造いただけます。
しかし、メーカー不詳の100ドルレンズで、写りまでも不明とあっては5万円もかけて改造してもらう気がまったく起こらず、そのままお蔵入りとなってしまいました。
このままでは、うす汚れたレンズとして売りに出すも売れずでごみに出されていたかも知れません。

事態が一気に好転したのは、それから1年近く経った、まさにダルローを買ったのがきっかけでした。
このダルローには名称などの刻印はあったのですが、製造番号がなくて年代特定ができず、レンズのコバ部分に何か書かれてないものかと前玉をチェックしたのです。
年代特定こそできませんでしたが、そこにはDarlotとは書かれていて蔵に入っていた無銘レンズももしかしたらDarlotとか書かれているかもと同様に前玉を外し出してみたのです。
残念ながらそこには読めない文字が書かれているだけで、少なくとも有名なメーカーによるレンズではなさそうということだけが分かりました。

ところが、その直後にksmtさんがゴーダンというベッツバールタイプのレンズを入手しましたと、自身のサイトの日誌に紹介されたのですが、このタイミングでそれを見たことがたいへん重要でした。
ゴーダンはカメラを製造したメーカーでしたが、レンズは他社から供給を受けていて光学メーカーではなかったため、わたしは聞いたことがありませんでした。
ゴーダンは、Gaudinと綴るのですが、それを見たとき、あれっあの無銘レンズも何とかdinではなかったかしらと思い出して、あらためて前玉を外して読んでみました。
果たして、Gaudinの文字が読み取れました。

鏡胴の片隅にはごく小さくAとGの文字も見られたのですが、ksmtさんのレンズにA.Gaudinとなっているのを見て、これは間違いないだろうと確信しました。
わたしははやる気持ちを抑えきれず、ksmtさんにわたしもゴーダンのレンズを持っているようだとメールします。
しかし、ゴーダンはいへん珍しいもので、ksmtさんもカメラ店が1942年製であるというので、外観が一部レストアされたレンズながら高価でも入手されていたのです。
そんなゴーダンをわたしが持っていると言っても、ksmtさんは俄かには信じられないようでした。
【X-E1/Fujinon 3.5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon 3.5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/17 Wed

巴羅塞拿太遠

Fujinon 3.5cmF2
昨年の11月、カタルーニャから友人ダヴィドが来日してもう間もなくして帰国するというとき、約束しあったことがありました。
FCバルセロナがチャンピオンズリーグに勝ち続けたら、わたしがバルセロナまで旅していって、カンプノウで決勝リーグの試合をいっしょに観戦するというものです。
ベスト16ではミランと、ベスト8ではパリ・サンジェルマンと対戦しましたが、この段階ではまだ物足りません。
準決勝を見に行くべしとわたしは水面下で計画を進めていました。

バルセロナとダヴィドの住むピレネーの村タウールに滞在するつもりですが、一昨年タウールを訪れたときは9月でも朝晩は冷え込んだので、ベスト8までの4月中旬までに出向いたのではかなりの寒さを感じそうなので、バルセロナが新緑の季節を迎える4月末が日程としてベストということもあります。
それに対戦相手次第ということもありますが、ベスト8と準決勝では盛り上がりが違うでしょう。

ならば決勝を見に行けばよさそうなものですが、チャンピオンズリーグは準決勝までがホーム&アウェイで、今年の決勝はロンドン・ウェンブリーでの1発勝負と決まっています。
ダヴィドとともにバルセロナのホームで見てこそ意味があるのです。
バルセロナでは、ダヴィドがチケットを手配してくれるとも言ってくれています。

ベスト8はかなりきわどい勝負でした。
アウェイゴールを2点も奪いながらミスジャッジなどで引き分けに終わってからのホームでは先制されてしまいます。
動きにも精彩がなかったので、これはかなり厳しいのではと思っていたところ負傷していたメッシを強引に投入するや、チームが突然の輝きを放ち、ペドロがこれ以上ないほど気持ちの入った美しいゴールで辛うじて準決勝進出を決めました。

その翌日、わたしは固唾を飲んで見守っていました。
準決勝の抽選会がUEFAのサイトで生中継されていたのです。
どこと対戦するかは重要ですが、それ以上に問題だったのが最初の試合がホームになるかアウェイになるかということでした。
第1戦は4月24日(または翌日)、第2戦は5月1日(または翌日)だったのですが、5月1日はどうしてもはずせない仕事があって、対戦相手よりもバルセロナが最初にホームゲームを戦う日程を引く必要がありました。
しかし、あろうことか抽選結果は最初はアウェイ…。

さまざまに準備を進めてきたバルセロナ行きでしたが、この瞬間に計画は水泡と化したのでした。
全身の力が抜けてしまいました。
ダヴィドには残念ながら行けなくなったとメールし、いっしょにウェンブリーで観戦しようと冗談ぽく追記しておきました。
往生際が悪いですが、実現しかけていた夢が消失してしまって、なにか次善策でも考えなければならない気持ちです。
実現するとすればですが、確か決勝は5月25日のはずです。
最悪でも、ここまで勝ち上がったバルセロナをテレビ前で応援することができればと思います。

さて、作例ですが、ここ1ヶ所だけ棒切れが3本あって壁と壁に挟まれるように並んでいました。
これは壁が老朽化で倒れるか崩れるかしそうなのを支えるためのものだと思い、触れないように慎重にくぐって通ったのですが、どうも変ですね。
いま見ればこれは単なる物干し竿でしょう。
古建築の前に並んだ洗濯物はしばしば雰囲気をぶち壊すものですが、こんな物干し竿だけなら古い道具のようで悪い感じはまったくありません。
【X-E1/Fujinon 3.5cmF2 F2】
Fujinon 3.5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/16 Tue

珍蔵鏡頭

Sonnar 5cmF1.5
横坑村でずっとフジノンを使ってしまいましたので、西渓への車の中でゾナーに取り換えていました。
1.5のゾナーはわたしにとってもっとも使用頻度の高いレンズですが、今回、妙なゾナーを手に入れたので早速中国に持ち出したのです。
レンズはライカマウントですが、シリアル番号27249XX番の1939年イエナ製です。
妙というのは、鏡胴が通常のアルミ製ではなく、真鍮にニッケルメッキがされている他では見たことがないものだったからです。

しかし、よく見るとこのレンズピントリングから上がアルミになっています。
おかしいなと思いつつ力を入れてアルミのところを時計と逆方向にひねるとネジがまわってヘリコイド部分とレンズ本体部分に分かれてしまいました。
レンズ本体部分は、まるでコンタックス用のゾナーからバヨネット部分を取り去ってネジ山を付けた、ライカマウント用改造レンズのように見えます。

手許にコンタックスマウントのNr.26101XX(1939年)番のゾナーがあるので並べてみましたが、製造年が違うこともあってか、こちらは真鍮製でそもそも比較困難です。
知識不足で申し訳ありませんが、1939年当時は真鍮で作られていたゾナーは、1943年には物資不足等の理由でアルミ製に変更されたということでしょうか。
だとすれば、いやそうだとしないとしても、本体がアルミなのにヘリコイド部が真鍮というのはあまりに不自然です。

この2本のレンズはよく見ると、銘板部分の文字の太さが若干違っています。
字の大きさや間隔などは同じに見えますが、なぜか赤Tの位置だけは違っています。
両者とも耳付きですが、その絞りリングの幅はアルミの方がずっと広いようです。
コーティングは、何枚目が何色など双方で同じように見えます。
ヘリコイドはかなりつくりの好いものですが、距離表示はあるものの被写界深度は目盛りのみで数字が刻印されていません。
また、ツァイスイエローブック(通称電話帳)によれば、この番号帯のロットは3千本製造されていて、基本はコンタックスマウントですが、一部にライカマウントがあるとも注意書きがあります。

これらから推測できることは、
①ツァイス自社によるプロトタイプ
②ツァイスが自社で14が高まったライカマウントで製造したオリジナル(戦中の混乱等でヘリコイドは真鍮を調達)
③ツァイスが自社でのちにコンタックス用ゾナーをライカマウントに改造(終戦後につきヘリコイドがマッチしない)
④第三者がコンタックス用ゾナーをライカマウントに改造
➄第三者がキエフマウントのZKまたはジュピター3の銘板を変更してライカマウントにしたフェイク

ということになるでしょうか。

番号が後にいくほど可能性が高そうに思えますが、戦後当時からライカマウントのジュピター3があったことから、わざわざより高価なヘリコイドを使う必然性が考えられず、➄はあり得ないのではと思われます。
①の可能性が高いと書きたいところですが、これも可能性はゼロに近く、②か③ならたいへん幸せ、たぶん④だろうなあというのが本音ということになります。

さてさて、ふたたび西渓を歩き始めるとすぐに今度は別の自転車ふたり組が現れました。
わたしの方にゆっくり向かってくるので、また撮ってくれとアピールしているのかと思いカメラを向けると、漕いでいたお兄ちゃんの方がやばい撮られると体を前に倒してしまいました。
すると、事情を呑み込めないでいる後ろの妹が、あらいやだとどうすることもできずに顔を赤らめています。
いかにもなスナップ風でなかなかいい感じです。

それにしてもこのゾナー、謎のレンズらしく背後のサンチャゴデコンポステラ風建物をアニメチックな線の太い描写で表現しています。
建物を重厚に表現するのにはいいと思いますが、これを見てしまうとゾナーではなくフェイクかも知れない説が有力になってきそうです。
【X-E1/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/15 Mon

打的去

Sonnar 5cmF1.5
横坑村は、村自体の面積は広くて歩きでのあるところですが、見るものとなるとあっという間になくなってしまいます。
怪しげな廃墟の写真を撮ろうとして、人物が通りかからないかとじっと待っていたところ、逆にわたしの方が怪しい人物と思われたようで、おばさんが保安員のような男性を連れてくるというトラブル発生をきっかけに次の村に移動することにしました。
この人たちには古村落や古建築を訪ね歩くのが趣味の日本人ですと説明すると、なあんだと笑われましたが、ちょっとの時間でも悪いヤツではないかと疑われるのはいい気持ちはしないものですね。

大通りまで歩いてでてから、バス停に向かいました。
横坑村の場所は地図でチェックしてありましたし、バスに乗るときに途中のバス停に横坑とあるのを確認していたのですが、次に向かう西渓村がどこにあるのかさっぱり分かりません。
同じ寮歩鎮内にあるのでそれほど遠くではないと思うのですが、少なくとも横坑村の人に聞いても知りませんでした。

バス停で確認しようとしましたが、バス停表示のある路線には西渓の文字は見当たりません。
それ以外にもたくさんの路線が走る幹線道路なので、ここで粘っていれば西渓方面行のバスに乗れそうでしたが、しばらくバスを見ていると幹線道路だけにどのバスも60キロ以上で走行していて、バス停が近づくとややスピードを落とし気味になるものの乗車するという合図を送らなければそのまま通り過ぎてしまいます。
その間にバスの横に書かれた停車バス停名を読み取るのは不可能ですし、強引に停めて西渓に行くかと聞く勇気もありません。

結局、ズルしてタクシーに乗ってしまいました。
タクシーなら遠慮なく停めて交渉すればいいと思いいくらだと聞くと、30元くらいとだとのことで高いと言うとメーターでそのくらいだとの答えでしたので、予想以上に離れているようです。
タクシーは大通りを直進したので、町中と違って回り道するという姑息なこともなく一直線に西渓まで着きます。
ところが、横坑村の時と同様、古村落がどこにあるのか分かりません。
今度は、タクシーの運転手が歩行者に何遍も聞いて、ようやくその場所を特定してくれました。
バスでなくてよかったです。

横坑では、建て替えが進んで古村落の風情が消えかかっていて地元の人もはあっ?という反応でしたが、西渓では規模が小さすぎて知られていないというところがあるようです。
また、横坑は地元の人が多かったのが、西渓は他省から出稼ぎに来ている人がより多いという印象だったのも、ここの古村落を知らないとの答えが多かった理由でしょう。

村に入ってすぐ「西渓村古建築群管理処」なる看板がありましたが、中には管理する人がいないばかりか、中も外観同様の廃墟のままで、ここでなにを管理しているのか予測すらできないありさまです。
あるいは住民が冗談で看板だけ作ってみたということかもしれません。
そんなことを思いながら歩き始めると、風化して無彩色にもなっている建物の前を原色の服を着た兄弟の自転車が、俺達を撮ってくれとばかりにゆっくりと通り過ぎていきました。
君たちを古建築群管理処の処長と副処長に任命することにいたしましょうか。
【X-E1/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/14 Sun

平安値千金

Fujinon 3.5cmF2
今回滞在した深圳で、ちょっとした嬉しいニュースが待っていました。
正月の旅行中にシャッターが壊れて修理を依頼したライカM8が直ったというのです。
シャッター幕が変形してしまい交換が必要になりましたが、日本のライカ正規店で修理すると8万円以上かかります。
そこで頼みの深圳の修理職人、順平さんのところに持っていくと、シャッター幕が入手できればどうにかなるし、手に入らなければ幕を自分で作るなどと言っていたのですが、そんなことできるのかなあと正直思いました。
正規のシャッター幕を手に入れられるとは思えませんし、ましてや幕を自作とは1/8000の速度を持つM8にはいくらなんでも無理でしょう。

そんなわけで半ば、というかほとんどあきらめてしまい、だからこそフジX-E1を購入していたのですが、深圳に着くや電話を入れるとシャッターは直ったというのでびっくりしました。
いかにね中国らしい話ですが、裏ワザを使って幕を入手し、ちょうど今日直したところだから取りに来てと順平さんが電話口で得意になっていたのです。
前回頼んでおいたレンズクリーニングは手付かずでしたし、その前から依頼してあったいくつかの修理は忘れ去られている中で、わたしのメインカメラが壊れてしまったのを不憫に思っていたようでした。

さっそく取りに行きましたが、なるほど高速シャッターも問題なく切れていて露出も正確でした。
さすがだなと思います。
ただ、修理費用は、シャッター幕の費用が高く修理費とあわせて2300元のご請求です。
3万円近くかかるとは予期してなかったのでちょっと痛かったですが、正規修理と比べればずっと安いので良しとしなければいけません。

残念ながら、電池がもう切れかけていて、充電器もないので今回は撮影には使いませんでした。
次回以降では、M8メイン、X-E1サブで使い分けるか、両者をローテーションで使うか、レンズによって使用機を決めておくか、2台のデジタルカメラの棲み分けは検討中です。
折しも、昨年来欲しい欲しいと言ってきたライカMが世に出てきたようですが、一気に円安が進んで手が出づらくなったこともあり、しばらくはこの2台でいくことをここに宣言しましょう。

今日のNHKのニュースで経済が上向いたため、高価な時計やカメラが売れているとやっていました。
時計はよく見ていなかったのですが、カメラはライカMだったようで、価格が777,000円もするのですかとキャスターを驚かせていました。
アベノミクス高価でライカMが飛ぶように売れているのなら結構なことですが、それにともなう急激な円安で、海外から安くライカMを買うという計画が座礁したという人もけっこういるんじゃないですかねえ。
【X-E1/Fujinon 3.5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon 3.5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/13 Sat

富士龍的五個鏡頭

Fujinon 3.5cmF2
フジノン銘のライカマウントレンズは全部で5種類あります。

①3.5cmF2   (1954) 5群7枚
②  5cmF1.2 (1954) 4群8枚※
③ 10cmF2   (1956) 4群6枚
④  5cmF2   (1957) 5群6枚
⑤  5cmF2.8 (1957) 4群5枚

※(初期型は別の構成)

①から③までは俗に大口径三兄弟と呼ばれる、当時各レンズメーカー間で、どれだけの大口径のレンズを設計できるかというような過当競争が起きた中で生まれた徒花と言えるレンズ群です。
なぜに徒花かといえば、たとえば3.5cmF2では高価な新ガラスを贅沢に4枚も使ったからでしょう、販売価格が高価になってしまい売れなかったため、最後には在庫を叩き売るようにして捌いたとの話があるからです。

④と⑤は、ライカコピーカメラのレオタックスの標準レンズとして製造されたもののようです。
ただし、レオタックスには東京光学がレンズを供給していましたし、晩年にはレオタックスの自社レンズであるレオノンも発売されていましたので、レオタックス後期になってようやく出荷され始めたフジノンレンズはけっして多くはなかったようです。

ライカマウントのフジノンは、いずれも成功したとは言えず、時代の波に飲み込まれてしまったかのようでした。
ところが、成功せずあまり数が出回らなかったこれらレンズたちは、その後何年もしてから復権を果たします。
いずれも個性的で、高性能だったことからレンズファンによって再評価されたのです。
性能がよくて評価も高い、かつ製造数が少ないとなればたちまち市場価格は高騰してしまいます。
いずれも欲しいレンズですが、3.5cmF2は外観の汚いものを安く買ううことができましたが、他はなかなか手が出るものが見つかりません。
5cmF2も安く手に入れたものの、これは購入後に絞り羽根が1枚欠損していることに気付くというお粗末なものでした。

さて、これら5本のレンズですが、構成枚数はみんな違っていて、それぞれにかなり描写の性格が違うという特徴があります。
今回も使っている3.5cmF2はダブルガウスの最後尾に1枚追加したものだとは先日書きました。
5cmF2も同じガウス派生ですが、こちらは3群目の貼り合わせを分離させた構成です。
そこから1枚取ると5cmF2.8の構成になりますが、これはガウス型ではなくクセノタール型といった方が正確です。

一方、10cmF2の方は、4群4枚のエルノスター基本型の3群目4群目を張り合わせにした構成です。
超大口径の5cmF1.2は、ゾナー5cmF1.5の3群7枚構成の最後尾に1枚追加したようなかたちになっています。
こうしてみると、5本のライカマウントフジノンは、ガウス、エルノスター、ゾナーを構成上で改良したレンズで、5cmF2.8のみ構成上クセノタールのままになっています。
富士写真フィルムのレンズ設計者が、なんとか既存のものを研究して、よりよいレンズを作ろうとしていた気概が伝わっているような気がしてなりません。

作例を見ると、コントラストこそ現代レンズに見劣りするものの、シャープネスは十分に見えますし、解像力がたいへん高いことがわたしには意外でした。
50年代以前の広角レンズの中ではいちばんの解像力と言えるかも知れません。
開放での比較では、シャープネスは2代目のズミクロン35mmF2が優っていると思いましたが、解像力はフジノンだと思います。
これだけの高解像は、現在のフジの化粧品のコマーシャルに出演している某元アイドルの至近距離の撮影でどういう結果を出すのかという、楽しい課題を与えてくれそうです。
【X-E1/Fujinon 3.5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon 3.5cmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2013/04/12 Fri

最速広角鏡頭

Fujinon 3.5cmF2
今回、持参したレンズは、広角がフジノン3.5cmF2、標準がゾナー5cmF1.5ですが、わたしにとって広角は控え、メインは標準レンズという意識がつよく、いつも標準レンズを優先しています。
しかし、どうしたわけか、X-E1のEVFのマニュアルフォーカスアシスト機能がうんともすんとも言わなくなってしまいました。
こうなるとわたしの視力では5cmF1.5のピント合わせは絶望的で、3.5cmF2でもかなり無理があるものの、致し方なくフジノンに代えざるを得なくなります。

なぜ広角レンズにフジノン3.5cmF2を選択したかといえば、大方の予想通り、フジX-E1を使うのでレンズも同じメーカーのものにしてみるかと考えたにすぎません。
フジノン35mmF2は2010年6月に使って以来、ほぼ丸3年のブランクですので、さすがにもう使ってあげなくてはいけません。

ところで、その2010年6月といえば、参加させていただいていたレンズ好きが集まるグループを訳あって脱退した少し後のことでした。
その最後の集まりに出たときに知り合った方から、客家の円楼に行ってみてくだいと言われていて、少ししてから実際に潮州の円楼を訪れていたことを、このフジノンでの作例に見出して思い出しました。
ながながと日記ブログをやっていると、レンズをもとに過去の記憶がたどれるのが面白いなと思った次第です。

閑話休題。
フジノン3.5cmF2レンズは、1954年発売の最も初期の高速35mmレンズのうちの1本です。
ライカマウントの大口径広角レンズがみなそうなっているように、ダブルガウス型が採用されています。
ただ、一般的な4群6枚のかたちではなく、最後群にもう1枚両凸レンズを追加したかたちの5群7枚構成です。
4群6枚では、ライツのズマロンが1946年にF3.5を、1958年にF2.8を発売しましたが、この基本構成ではF2まで設計するのは無理があったということが分かります。
ようやく1969年になって、ライツはズミクロンの第2バージョンを4群6枚で発売しています。

フジノン3.5cmF2の5群7枚は、ライツのクセノン、ズマリットとたいへんよく似た構成です。
35mm用のレンズの設計としては経験が浅かったフジフィルムでは、ズマリットやズマロンをかなり研究したのではないかと想像できます。
周辺光量確保のためでしょう、フジノンの方がズマリットよりも後群2枚がずっと大きくなっています。
ただし、開放での周辺部の崩れは顕著で、中央部がかなりシャープなことと比較すると、4隅付近まではどうにもならず周辺部の描写は放棄したかのような印象すら受けました。

発売当時はかなり批判を受けたのではと想像されますが、いま、オールドレンズを愉しむ立場から言えば、画面全体が均等な無難レンズよりも、シャープな中央部分に自然と目がいくような描写のレンズにより面白味を感じることができて好ましいことだといえます。
フジは無難なレンズを作った方がフィルム性能を強調できて、レンズとフィルムの売り上げに相乗効果が見込めたのではないかと思うのですが、あえて、特徴あるレンズを世に送り出したということであれば、大きな拍手で迎えたくなるというものです。

さて、作例ですが、散策していて気になったのが、この村のおばあさんの多さでした。
昨日は、建築ラッシュのようなことを書きましたが、一人暮らしのおばあさんまでが追随というわけにはいかず、そのおかげで何軒か残る古建築を楽しむことができました。
心の広いオープンなおばあさんだと、部屋の中まで見えるようにしていてくれて、さらに散策を楽しませていただきました。
いずこの世界にも、いまのひねくれ者を喜ばせるありがたい方々が存在するのです。
【X-E1/Fujinon 3.5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon 3.5cmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2013/04/11 Thu

在建房子

Fujinon 3.5cmF2
横坑村は、東莞11大古村落に選ばれるという栄誉を受けながら、すぐ近隣に住んでいる人にもそうと知られていない不思議な村というのが第一印象です。
中国でもかなりの僻地にまで行くと、すべてが古いものに囲まれていて、古村落に住んでいるという意識が身についていない人がいたりということはありましたが、世界の工場とも言える東莞において、古建築がたくさんある村付近で暮らしながらそれを分からないでいるというのは不可思議に過ぎます。

しかし、老人に場所を教えてもらって歩き始めるとその理由が分かってきました。
いくら東莞市が評価したとしても、地元の住民にとっては大きなお世話だったようです。
村は俄かに建築ブームになっていて、あちこちで作例のような建築現場の風景が見られました。
古建築は見る人にとっては美しかったとしても、暮らす人にとっては電気こそ通じているものの、水やガスなどのライフラインのない不便極まりない遺物に過ぎないということなのでしょう。

村の起源は1300年ごろと、たいへんな歴史があります。
もちろんその当時の建築が残っているわけではないですが、19世紀明代の建築は作例の中央のものをはじめ多く残っているはずなのに、それらをあっさり打ち捨ててしまうところが今の中国人らしさと言えそうです。
せっかくだから外観だけでも村にフィットするような工夫があればよいのですが、庶民が建てられる家は決まってタイル貼りの安普請です。
それについては日本の住宅建築も五十歩百歩というところでしょうが。

わたしが訪れたのは、ちょうどこの古村落が終末期を迎えるところだったのかも知れません。
家が全部新しくなったとしても横坑村が終わるというわけではなく、14世紀からの歴史は続いていきます。
ただし、市政府が認める古村落ではなくなります。
自分たちの手で古村落としての歴史にピリオドを打つことに抵抗はなかったのでしょうか。
恐らく、誰かが建て替えをはじめて以降は、うちもうちもとバスに乗り遅れるな心理が働いてのことなのでしょう。
そこに待ったをかけるべきが市政府のはずなのですが…。

昨年、尖閣国有化にともなう反日デモがおこった直後のことだと思うのですが、中国経済にも大きな陰りが兆していて、工業団地は撤退が相次いで廃墟のようになっていると日本の各局のニュースが報道していました。
そのときの工業団地の映像は東莞のものです。
ニュースを見た人は東莞というところはゴーストタウン化した寂れかけの町なのだろうと連想したのではないかと思うのですが、実際はそうでもありません。

タクシー運転手と話したとき、全盛時代よりはだいぶ落ちていると認めたものの、それほど深刻に悪いというものではないと言っていました。
東莞は人口200万を超え、東西に50キロ南北に30キロもある大きな町なので、廃墟工場はその一部をとらえたにすぎません。
倒産する零細企業は多かったでしょうし、撤退する工場もあり、中国の経済成長率が降下している現状では、あのような報道が出てくるのもおかしなことではないのでしょうが、それでも尖閣のことがあって恣意的な内容になっていたのではと思えます。
少なくとも、東莞の村での建築ラッシュを見た限りにおいては。
【X-E1/Fujinon 3.5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon 3.5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/10 Wed

本地人也不知道

Fujinon 3.5cmF2
毎回、同じような作例写真ばかり並ぶので、いつも同じ場所で撮影しているのではとか、まとめて撮って来た写真を毎月小出しにしているのではとか、思われている方も多くいるかも知れません。
同じ広東の古鎮を巡っていれば、建築はどこも同じようなものですし、登場するのも老人や子供ばかりですから違いなんて分かるはずもなかろうというものです。レンズを変えて撮っているのに変化がないというのも悲しいことですが、撮影者のレベルが上がらないことにはどうにもなりません。


書いておかないと絶対忘れてしまうでしょうから備忘録的に毎度記載していますが、今回の行先は深圳からほど比較的近い東莞市の古村落をふたつ巡っています。
前回も東莞の古村落に行っていましたが、そのことを調べているときに東莞11大古村落について書かれた現地新聞のサイトの見つけて、まだ未踏の地があると気づき、しかもうちふたつが隣接しているようなので早速行ってみることにしました。
ちなみに、11のうち5つの古村落はすでに行ったことがあり、今回2つ訪れたことで残りは4つになってしまい、先細り感が募っています。

深圳駅から東莞駅まで鉄道で30分ほどで、そこからバスでやはり30分程度と分かっていたので、いつものように早起きせずに10時頃からのこのこ出掛けたのですが、結果的にはそれで十分でした。
それまで調べても見つけられなかった村だけあって、規模的にも質的にもやや物足りないところだったからです。
実際、2つの古村落とも現地についてから、古い家があるのはどこかと地元の人に聞いて、知らないなあと言われたというくらいのところです。
外来の人なんてほとんどないようなところのようでした。

最初の目的地は、寮步鎮横坑村です。
東莞汽車站から乗り込んだバスの窓から注視していると、大きな標識に右折すると横坑古村落と書かれていてすぐに分かりました。
東莞では、古村落や古寺を茶色い道路標識に書いて、歴史的な観光地を分かりやすく示しています。
ヨーロッパでも歴史的建造物を示す道路標識は茶色だったと記憶していますが、予備知識がなくても行く価値のあるものが近いと認識できるので、これは旅行者にとってはありがたい仕組みです。

ところが、バスを降りて標識どおりに歩いて行ったのに古村落が見つからず、前述のように道行く人に尋ねたのですが、知らないと言われてしまったのです。
しかも、ふたり続けて。
その後、親切な老人に聞いたところ案内するように古建築が並んでいるところまで連れて行ってくれたのですが、着いてみるとなるほど古い家はぽつりぽつりとしかなく、こんなのを見に来る人がいるとは考えられず知らないと答えたのではと合点がいきました。

新しい家にばんばん建て替えているので古建築が少なくなっているのですが、その分人通りはそこそこあるので、古村落風の場所を見つけたらそこで人が通るのを待つような撮影法をとりました。
作例は、そうやって待っているときに建築資材を運ぶ夫婦がいかにも慣れない足取りで通り過ぎるのを狙いました。
しかし、こんなやり方ではいつも通りの似たような写真を量産するばかりです。
初めて訪れる地を歩く興奮もあまり感じませんし、やはり何か物足りない気分で散策を続けていました。
【X-E1/Fujinon 3.5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon 3.5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/09 Tue

春眠不覚暁

Sonnar 5cmF1.5
中国語で禽流感と言うようですが、鳥インフルエンザはじわじわと拡大を続けているようですね。
先週末に中国を訪れましたが、日本政府の動物に触らないようにとの呼びかけに応じて、鳥類はもとより可愛い犬や猫にも触らないようにした甲斐あってか、無事帰国することができました。

もっとも鳥インフルエンザが流行しているのは中国東部と言われる、上海や浙江省のあたりのようで、訪れた広東省とその周辺では罹患者が出ておらず、当地の人々には対岸の火事のような関心の低さでした。
以前のケースでは広東からウィルスが発生するケースがほとんどで、他の地方から揶揄されているようでしたので、今回は面目を保ててホッとしているところもあるのかも知れません。

今回も、香港空港から深圳に入ったのですが、この間にある検疫官は何かあれば厳重態勢をしいて検査するなど、大陸からのウィルス流入に神経をとがらしています。
何年か前の時のように、用紙に記入させられたり、ひとりひとりハンディタイプの赤外線センサーを振りかざされての体温チェックを受けたりということもありませんでした。
これだけいつもと変わらないと、かなりの拍子抜けです。

人々の間では話題には上りますが、特に心配したり神経質になったりということはなさそうでした。
前述のとおり、対岸の火事というか、中国は一つとか何とか言いつつも、それぞれの省で独立志向が強いというか、とくにネガティヴな話題になれば、うちらには関係ないとそっぽを向くのが彼ら流のようです。
ところが尖閣の問題とか、ナショナリズムを刺激するようなことがひとたびあれば、ひとつになったりするのがまた中国式ということのようなのですが。

いつも深圳あたりでは3~4月がいちばんいい季節と感じます。
ゴールデンウィークの時期でも5月になってしまうと暑くなっていてうんざりという経験を毎年のようにした記憶も鮮明です。
寒くも暑くもないのですから、古い家に住む人は部屋の中にいるよりも外へ出たくなるのでしょうし、気候が良ければ眠くもなろうというもので、そんな様子そのままなのが今日の作例です。

ところで、わたし自身はなんの問題もなく帰国したのですが、帰ってみると自宅のPCが不調で起動しなくなってしまいました。
まさか、PCの方がウィルス感染したのではないと思いますが、メールのチェックやらなんやらといろいろな不便に困惑しています。
今日の写真はアップロードしてあったので更新できましたが、明日以降ブログをどうすればよいのか未定です。
1台のPCにすべてを集中していると、障害発生ですべてがストップしてしまいます。
いま、あらためてそれに気付かされているところです。
【X-E1/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/08 Mon

焦点距離的問題

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焦点距離について、確か吉田正一郎さんがこのようなことを書かれていました。
cm表記のレンズはmm表記のレンズよりも精度はセンチレベルなので大雑把であると。
なるほど、ではinch表記はさらに大雑把な表記法ということになるのでしょうか。
ヤードポンド法を採用している国のレンズだからというところもあるかも知れませんが、インチ表示がセンチよりも細かい数字を表記するのは苦手なはずで、それは昔のレンズの焦点距離表示に4・5/8インチのような分数を使った不思議な表現を見ることからも明らかです。

現在の感覚で言うと、ライカの標準レンズの焦点距離は51.8mmですが、かつてズマールに5cmと刻印されているのは正しいことと感じますが、ピントがたいへんシビアなノクチルックスが50mmと書かれているのはインチキ臭く思えます。
一方で、テイラー・ホブソンやダルマイヤーなどのライカマウントレンズ等で2インチと表記したのは、現在でも誤りを問われない無難なしかし正しいやり方だったということになりそうです。

ところで、わたしのダルローですが、宮崎さんによる改造カルテに焦点距離は100~110mmと書かれていました。
いつもならもっと正確に記載してくれるのですが、忙しかったからてしょう計測の時間がなくてこういう表記になったのかも知れません。
100mmと110mmでは使用者にとっても大きな差になりますし、正確な数字でないと距離計連動も困るはずで、F値もいい加減になってしまいます。
このへんの事情は後日たずねることにしましょう。

ブログに記載するにあたって100~110mmではかっこがつかないので、手持ちのレンズとの比較で焦点距離を決めてしまおうと思い、100mmのキヤノンレンズと114mmのダルマイヤーと比較したところキヤノンよりわずかに長くダルマイヤーよりずっと短いようで、おおむね103~4mmくらいかなあと思われました。
そこで、10cmとして、ミリ単位までは分かりませんというあいまいさを残すことで焦点距離表記を解決しました。
なお、ダルマイヤーは11cmではなく114mmとしているのは、これが正確だからです。

1インチは2.54センチだそうです。
ダルローには焦点距離表示はありませんが、4inchだとすれば10.18cmということになりますので、わたしのダルローもこのあたりが正しいのかも知れません。
4.5inchは11.42cmになることから、ダルマイヤーの方はまさに4.5inchなのだということが分かりました。
これらはinch表記に改めるべきか検討したいと思います。

最後の作例は、鎌倉駅での操り人形です。
近いとパフォーマーと人形を同時にとらえられませんし、離れると人だかりで全体が見えなくなってしまいます。
パフォーマンスしていないとき離れて撮る、が残念ながら唯一の撮影手段でした。
このときの感想は、よくペットは飼い主に似てくるといいますが人形も同じだ、です。
もともと休日の鎌倉はものすごい数の館声客がやってきますが、桜の時期と重なったのでいつになくすごい人出の中、駅前でのパフォーマンスはいっけんよさそうで、もっと落ち着いた場所でやった方がよいのではと思われました。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/07 Sun

顔色有点変

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19世紀のベッツバールタイプのレンズのほとんどには名前がありませんが、当時から人物用レンズと呼ばれていました。
その前に存在したメニスカス単玉や色消しが風景用レンズと称していたので、目的はそれぞ゛れにはっきりしていたのでしょう。
ベッツバールで風景を撮っても一向にかまいませんが、レンズが大きく重いベッツバールでは外に持ち出すのは大変だったでしょうし、人物用レンズとして売られていたレンズを風景用に転ずるのは抵抗があったかも知れません。
だとすれば、ベッツバールタイプのレンズは肖像写真を撮るスタジオが購入するケースがほとんどだったと想像されます。

そうだとすると、ダゲレオタイプやアンブロタイプの写真はこれらベッツバールで撮られた可能性があるのですが、わたしのダルローはフォーマットとしては最小クラスに属するので、わたしの買った小さな写真もダルローなどのレンズで撮られたのではと想像が膨らみます。
フォクトレンダーに遅れること数年で登場したハリスンやホームズ・ブース&ヘイドンズは当時のアメリカを代表する光学メーカーのようですが、ヨーロッパからやって来たハイカラ趣味の写真撮影にはフランスやドイツ、イギリスのヨーロッパから取り寄せたレンズを使った方がお客さんに受けがよかったかも知れず、案外そんなところからダルローが成功したということも考えられます。

先日は、絞りのスリットがないこのレンズですが、絞りの発明される前の1850年代の製造かも知れないと希望的観測を述べましたが、キングスレークの本の人物略伝をみると1860年にダルローが、ルルブールからジャマンに移り、それからの1年間の刻印は"Jamin Doarlot"だったが、その後は"Jamin"の名は消えたとあって、少なくとも"Darlot Paris"という刻印は1861年以降ということが分かりました。
ウォーターハウス絞りの登場は1858年くらいなので、ダルローがいつこの絞りを採用したかは分かりませんが、もともと人物撮影用に販売されたレンズである可能性は薄れました。
かつ1861年以降の製造ということも判明し、とんでもなく古いレンズではなかったのがちょっと残念です。

マジックランタン用のレンズとして販売されたのだとしても、人物用と同じ光学系なのですから、やはりポートレイトのようなものを撮らなくてはいけません。
昨日の作例は、鶴岡八幡宮の巫女さんですが、大分前にここで巫女さんを撮ろうとして冷たく拒否されたことがありました。
今回は、ksmtさんに倣ってレンズが人物撮影用なので撮らせてもらいたいと説明の上でモデルをお願いしたかったのですが、あの冷たい反応が頭をよぎって声をかけられませんでした。

どうせダメならということで、観光客もぱかぱか写真を撮っている結婚式でわたしも失礼させていただきました。
一見すると、4枚玉らしい色抜けの好さだと感じますし、画面いっぱいい写っている奏者の姿には像面湾曲の影響はないように思われます。
しかし、ポートレイトではいちばん肝心ともいえる3人の顔の色がナチュラルではないように見えます。
わたしの最初のベッツバールであるダルマイヤーでもそうだったのですが、フレアを恐れてアンダーで撮るとき、条件が悪いと色が濁ったようになることがあるようなのです。

この時代のことですから、使われているのは旧ガラスのフリントとクラウンのみですが、このことと関係あるのでしょうか。
いずれ女性ポートレイトもぜひ撮ってみたいものですが、その時はアンダーにすることはないでしょうから、それを理由に非難されるようなことは避けられると思います。
その時の問題はフレアの処理になるでしょうが、うまくポートレイトのソフト効果に転じることができれば言うことはありません。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(2) | 2013/04/06 Sat

我己在中国

Darlot 10cmF3.3
インドでは、度重なる暴行事件が明るみに出たことで、外国人、特に女性のインドへの渡航者が激減してると報道されていました。
別の記事では、北朝鮮との緊張が高まった韓国に在住するタイ人をすぐに帰国させる体制づくりを進めるよう、タイ政府が準備を進めていると書かれていました。
日本だって2年前の震災にともなう原発事故で、アメリカ政府などが日本在住の自国民の帰国をうながしたり、公演予定のドイツのオーケストラが突然来日を中止したりということがあったのは記憶に新しいことです。

外国にいては、何かの事態が起きたときに対応しきれない、だからセーフティファーストで政府も個人も問題の土地から離れるように考えるのはあたりまえのことです。
また、今や旅行でも個人責任が問われる時代なので、昔から言われるように君子危うしに近づかずと計画を断念する臨機応変さが必要です。

尖閣問題で軍事衝突があるかも知れないと長らく言われ、鳥インフルエンザの死者を出している中国がまさに、渡航を自粛すべき地といえるでしょう。
海上自衛隊の船にぶつかった中国船船長が拘留されたとき出張中の日本企業社員が北京で人質にとられた事件、中国のサイバー攻撃非難と中国系IT企業の制限に対してアップル社の故障対応が他国より劣るとマスコミを総動員して報復したことなど、何かが起これば中国では罪なき者がリスクを負うことになるからです。
田舎に行けば鳥インフルの危険が増すのは言わずもがな、他にも食品汚染の問題などあげればキリがありません。

しかし、残念ながら、いまわたしは用事があって中国にいるでしょう。
それを見越して先にこのブログを書いているので中止になっているかも知れませんが、その場合はブログの内容を差し替えるので、やはりこれが出ているということは向うにいるということです。
今までずっと能天気に彼の地へ出掛けてきましたが、そろそろわたしにも何か問題発生するのではとの不安を感じないではありません。

そんな事情で、他の古典レンズより情報豊富だと喜んでいたダルローについても調べる時間がなくなり、書くこともなくなってしまいました。
"Darlot"でも"ダルロー"でも検索すれば、かなりの情報、データ、作例が出てくることは、19世紀のレンズの中では抜きんでていますし、D'agostiniさんが書かれたフランスレンズの本もダルローにはページを割いているので時間さえあれば、いくつかご紹介できることがあったと思うので、中途半端になってしまったのは残念です。

さて、このレンズはコントラストはけっして悪くはないと思うのですが、この時代のレンズを扱う時の注意として太陽の位置に気を付けるというのがあります。
やはり逆光ではコントラストは一気に下がり全体がフレアっぽくなります。
半逆光くらいでしたら、レンズを少しでも下向きにしたり、露出をややアンダーにするなどの工夫が必要です。
今回、アンダー目の作例が多かったのにはそういった事情がありました。

ハレ切りは有効ですが、ただでさえ速写性でライカにかなわないフジX-E1では、できれば両手を駆使して撮影に臨みたいものです。
フード長が2センチ弱しかないので延長させたいと考えています。
ベッツバールタイプの金色のレンズは、大きければ大きいほど迫力を増して、よく写りそうという面構えになっていくので、フード延長にはそんな期待感ももっています。
この方面では身近に先駆者がいるので、今度お会いした時に相談してみることにしましょう。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(2) | 2013/04/05 Fri

比昨年差大一点

Darlot 10cmF3.3
昨日も書いたようにインターネットで検索すると、1890年のアメリカでのダルローのカタログが見つかります。
そこでは何種類かのダルローのレンズが掲載されていて、もちろんペッツバールタイプのレンズが冒頭にきています。
ただし、レンズ名は当然のことながらベッツバールではなく、ダルロー・ポートレイト・レンズです。

19世紀のベッツバールタイプのレンズは多くのメーカーで製造されていましたが、いずれもレンズ名はなく、ただ人物用レンズという一般名が使われていました。
ベッツバールの存命のころにその名を使うわけにはいかなかったでしょうし、その後も名称に彼の名が復活することはありませんでしたが、20世紀以降のレンズの構成が多様化して以降、ベッツバールタイプという言い回しが一般化したのは彼の功績を忘れ去らないためにも良いことなのではないかと思います。

このカタログではダルローの人物用レンズは大きく3種類に分けられています。
最初が、ラック&ピニオンのみ付きのもので、マジックランタンやステレオプティコンという映画が登場する前の活動写真のようなものを映写する器械用のレンズです。
次は、ラック&ピニオンと絞り(恐らくウォーターハウス絞りのことと思われます)の付いたもので、これは当時の各種カメラ向けと分かります。
最後は、やはりラック&ピニオンと絞りが付いていますが、名称にクイック・ワーキングとついていているだけで詳細は分かりません。
値段がだいぶ高くなるのでヘリコイド付きなのかと思いましたが、それならラック&ピニオンはいらないでしょうから、あるいはシャッターのことでしょうか。

もし、わたしのダルローがこの年代のものだとすれば、絞りがないという1点でマジックランタン等用のレンズということになります。
とはいっても絞り付のカメラ用とサイズ、直径、焦点距離がまったく同じ5種類があるだけなので、両者は同じ光学系とみなせます。
まったく同じレンズに絞りを差し込むスリットを開けて、絞りとセットにして売ったかいなかが双方の相違点です。

焦点距離は、4.5inch、5.5inch、7inch、10.5inch、15inchがありましたが、cmに換算すると11.4cm、14cm、17.8cm、26.7cm、38.1cmになります。
わたしのダルローに近いのは4.5inchということになりますが、たぶん同一ではないと思われます。
キヤノンの10cmのレンズと比較してごくわずかに長い程度で、11.4cmのダルマイヤーとの比較ではあきらかに短く、ここでは若干不正確になりますが、10cmと表記させていただいているからです。
希望を含めた判断では、このカタログ記載のマジックランタン用レンズはわたしのダルローではなく、もっと古い製造のレンズではないか、ということになります。

さて、散策は定番コースを辿り、明月院にやってきました。
ここは、昨年だか一昨年だかにknpmさん、ksmtんとやってきて、あらゆる春の花が一斉に満開になったかのような百花繚乱を見て言葉を失ったところですが、今回はしだれ桜こそきれいだったものの他の花はほとんどなく、期待が大きかっただけに落胆も小さくは済ますことができませんでした。
地元の人が今年は桃がダメだったのが残念ねえと言っていたのですが、3人を感動させたあのときの光景はいろいろな自然の偶然が重なって起きたひとつの軌跡だったのではと思えてきました。

今回のダルローのように焦点距離もF値も年代も、さらにはライカマウント化可能かどうかも分からず、えいやで落札してしまったレンズは、幾多の偶然に助けられ、いろいろな条件をクリアして、使うことができたのだとありがたく思っていました。
しかし、とても美しい自然の景色を見ることができるのも、同様に幸運が重なってのことだと感謝しなくてはいけないのだなと思いました。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/04 Thu

鉛筆写的

Darlot 10cmF3.3
19世紀のベッツバールタイプのレンズには、一切の刻印のないものがたいへん数多く存在します。
特にこのレンズが登場した初期の1840年代50年代のベッツバールのほとんどが刻印なしなのではと思われるくらいで、この年代のレンズを探すのはたいへん難しいことです。
無銘の安物ベッツバールを仕入れて、職人に"voigtlander & Sohn Wein"などと刻印させれば真偽を確かめるすべはなく、わたしのような単純なレンズファンはコロッと騙されてしまうでしょう。
ですからわたしは、テレビ鑑定団に自信満々で唐三彩の鑑定依頼をして真っ赤なニセモノだと判定されて玉砕するコレクターが出演しても、笑うことができません。
明日は我が身と気を引き締めるばかりです。

レンズには鏡銅以外にも固有情報を入れる場所を持っています。
それは、レンズの第一群のガラスのサイド部分で、ここに文字がある場合、鉛筆による手書きと決まっています。
実は、だいぶ前に刻印のないベッツバールタイプのレンズを入手したのですが、このレンズには手書きの文字の書き込みがありました。
ところがフランス人の書いた崩した手書き文字は、わたしには判読不明でなんと書いてあるのか読めなかったのです。

ところが、レンズ友のksmtさんが、先日ゴーダンという1842年製だとされるベッツバールタイプのレンズを購入されたのですが、"A.Gaudin"と刻印があって、わたしの件のレンズに"A.G."とあるものですから、あれっと思ってレンズサイドの文字を見ると"Gaudin"だと分かりました。
ゴーダンはカメラの製造をしましたが、レンズは主にルルブールから供給を受けてゴーダンの刻印を入れていたそうですので、わたしの無銘レンズがルルブールの可能性が一気に浮上することになりました。
中旬にksmtさんにお会いする予定なので、鑑定いただくつもりですがニセモノだったとしても笑わないでください。

さて、ダルローですが、もしやと思い、前群をバラしてみると果たしてガラスのサイドに鉛筆による手書き文字がありました。
ですが、やはり何と書いてあるのかよく読めません。
"Darlot"のところはさすがにすぐ分かりましたが、数字ですら判然としないものがあります。
こんな感じというのを備忘録的に記しておきます。
"Darlot Cahes 11 9117 9144"
まったく何が何だか分かりません。
数字も、製造番号なのか、製造年月日なのか、後者だとすれば1944年1月9日製造でしょうか。

昨年、ルルブールを手に入れたときあまりの情報の少なさにがっかりしたのを覚えていますが、ダルローはちょっと検索しただけでもいろいろなサイトにつながっていきます。
レンズサイドの書き込みの件にも言及していいるサイトがあるようです。
苦手な英語なので、じっくり見てわたしのレンズに書かれた暗号を解読するヒントにしたいと思います。
それはないと思いますが、万一このレンズが1844年製だとすればすごいことですから。

さて、今日の作例を見てください、実にすっきりした表現でとても1844年に製造された初期ベッツバールで撮ったものには見えないでしょう(まだ、そうと決まったわけではないのですが…)。
ルルブールで気になった像面湾曲は感じられず、周辺の歪曲も気になるほどではありません。
コントラストが高いとは言えませんが、自然さがあってわたしにはこのくらいが十分のレベルです。
優秀なレンズと言えると思うのですが、唯一気になるのが解像力の低さです。
等倍画像を見て、あれこんなに解像しないのとがっかりしたくらいですが、、先週まで使っていたマイクロニッコールのせいでわたしの目がおかしくなったのだとすればよいなと思っています。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(1) | 2013/04/03 Wed

全球一周

Darlot 10cmF3.3
去年の同じころだったと思いますが、フランスの歴史的光学メーカー、ルルブールのベッツバールタイプのレンズを入手して、ライカマウントに改造しもらっています。
ライカにフィットする美しい外観に、85mmF3.3という本家エルマーを凌ぐスペックと、期待度の高いレンズでしたが、残念ながらベッツバール独特の像面湾曲がひどく1度の使用でお蔵入りとなってしましました。
しかし、90mm程度の焦点距離の19世紀ベッツバール入手への思いは強く、ようやく100mmながらも同じフランスのダルローを手に入れました。

ところで、そのルルブールとダルローですが、どうも世間一般ではルルブールよりもダルローの方が格上のような評価になっていないでしょうか。
どちらの方がいいレンズを作ったとかいうようなことは分かりませんが、ダルローはもともとルルブールに勤めていて独立して自分の会社を起こしたかたちですので、ルルブールの方が歴史がありますし、先輩格のような存在だと思います。
しかし、その後の写真レンズの歴史の中では商業的成功などによって、知名度が逆転してしまったということでしょう。

ルルブールという響きからはシェルブールの雨傘が連想され、ルが重なることから音楽的な心地よさを感じるのに対し、ダルローで思い浮かぶのはまずはなめろうであり、ダルビッシュ+イチローのような妙な名前が野球は大リーグしか見ないヤツのようなスノッブな響きもあって、名前からもルルブールに軍配が上がることになります。
にも関わらず、なぜ、ダルローはこれほどまでに人気があるのでしょうか。
不思議です。

さて、今回手に入れたダルローには製造番号が刻印されていませんし、19世紀レンズの通例として、焦点距離、F値の記載もありません。
焦点距離やF値は数学的に求められますし、宮崎さんによればおおむね100mmF3.3ほどとのことでした。
しかし、製造番号がないと製造年の特定はかなり厳しくなります。

また、当然は虹彩絞りは付いていませんが、当時一般的だったウォーターハウス絞りを入れるスリットもありません。
キングスレークによれば、ウォーターハウス絞りが紹介されたのは1858年とされており、このレンズはそれ以前の製造と想像することができます。
一方で、プロジェクションレンズやマジックランタン用レンズなどは絞りを必要としていなかったため、それら用のレンズであるならば、年代特定する根拠はなくなってしまいます。
そればかりか、ベッツバール本来の人物撮影用レンズであることも否定されるようなものなので、所有者の心情としては1858年以前の製造であってほしいということになるわけです。

"Darlot Paris"、"DA"、"BF&Co"がこのレンズの刻印のすべてです。
DAというのはDの文字の中央に横向きのAが重なったダルローのホールマークです。
BF&Coが何のことか分からなかったので調べてみるとすぐに判明しました。
Benjamin French & Co というアメリカの会社で、当時フォクトレンダーやダルローのレンズを輸入していたようです。1890年のカタログがウェブ上に公開されていて、その中で正規輸入品にはBF&Coの刻印がされているので、ニセモノを買わないようにと書かれていました。
ということは、この会社の創業年が分かれば、レンズの製造年も詳らかになってくるかも知れません。

そういえば、今回アメリカの出品者からこのレンズを買っていますので、19世紀のあるときにフランスで製造されて、大西洋を船で渡ってアメリカに到着したもののうちのひとつということになるようです。
それが21世紀になって、UPSの航空便で太平洋をひとっ飛びして日本にやってきました。
つまり、わたしがこのレンズを持ってフランスに撮影旅行にでも行けば、2世紀近い時を経て世界を一周することになります。
多くの人にはどうでもいい話ですが、わたしはこういう想像にロマンを感じてしまうのです。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/02 Tue

金色的礼物

Darlot 10cmF3.3
先週の月曜日、仕事から帰宅するとアメリカからの荷物が届いていました。
その翌日のブログにも書いたダルローのベッツバールタイプのレンズです。
説明文にあったような75mmではありませんでしたが、蛍光灯の光を頼りに焦点距離をチェックするとどうやら90mm~100mmくらいのようです。
思ったより長めでしたが、これならライカマウントへの改造は可能です。
宮崎さんに電話してOKをもらいさっそく郵送しました。

それから数日、土日の天気予報はいまひとつでしたし、とくにイベント的なものも見つからなかったので広角レンズを持って近場の桜でも撮影に行こうかと準備していました。
土曜日、やや遅めに起きてばたばたと出掛ける支度をしていると、宅配便が届きました。
ゾンネタールの組み立てが忙しいと聞いたので、だいぶかかると思っていたダルローがわずか1日仕事でライカ距離計連動となって帰ってきたのでした。

フジX-E1へのオマージュでフジノン35mmF2を試すという冗談企画を考えていたのですが、これは先送りすることにして、当然のごとくダルロー1本で出掛けることにしました。
行先も近隣の花見スポットから変更して、鎌倉まで足を伸ばすことにします。
ダルローは金ぴかの真鍮製オールドレンズですが、そういうのが似合うのが鎌倉だと勝手にイメージしてしまったからでした。
どこを回るかの問題があり、この時期なら鎌倉の花に詳しい人はそれだけでプランができあがると思われますが、アイディアが浮かばないわたしは超オーソドックスコースを歩くしかありませんでした。

まずやって来たのが円覚寺です。
大船から横須賀線の先頭車両左側のいちばん前のドアの前に立って北鎌倉駅に到着するや否や、先陣を切って円覚寺に突き進みます。
慌てる必要はまったくないのですが、一刻も早くダルローの写りが見たくて気持ちが前のめりになっていたようです。
新しいレンズが来ると誰しもそうなるのではないかと思うのですが、今回は特に、家を出る直前に荷物が届いてその中に愉しみにしていたレンズが入っていたという経緯があったものですから、何でもいいから撮りたくて仕方ありません。

作例は、はやる気持ちを抑えきれずに門を入ってすぐのところでいきなりの撮影です。
広角的な使い方が焦りを表しているようですが、会談が圧縮効果ですごく急に見えるのが、いかにも望遠的な描写です。
周辺の乱れも感じられず適度にシャープで、恐れていたような期待外れではないことが分かってホッとしました。
それどころか、ベッツバールタイプのレンズらしさに溢れていて、最初の1枚でこのレンズのことが好きになってしまいました。
【X-E1/Darlot 10cmF3.3 F3.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Darlot 10cmF3.3 | trackback(0) | comment(0) | 2013/04/01 Mon
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