西瓜的生産地

M8/Sonnetar 50mmF1.1
女子中学生ふたりを引きつれて、村探索に再出発します。
ますば到着して単独で歩きまわり、続いて小学校の子どもたちの案内で同様のルートを歩きました。
みたび同じ場所を歩くと思うと気が重くなりますが、繰り返し歩くことで皇思楊村が身近になればそれでよしということにいたしましょう。

確かに案内された場所は多少重なるところもありましたが、彼女たちが通ろうとする道、話しかける内容にはだいぶ違いがありました。
歴史的重要性などはまったく関心がないかのように、自分たちの好きなところに連れていくような感覚です。
池の脇にせり出したベンチは夏場涼しいから、ここには頭がまっ白で体のまっ黒なヘンな犬がいるから、この大きな木はパパイヤでいっぱいなるとよく獲りにきて食べたから、小川が流れる洗濯場があるけれどそこは絶対地元の人じゃないと来れないから、等々。
この書くと面白くもなんともないようですが、いろいろな話をしながらですと案外と盛り上がるものです。

彼女たちは、外国文化にたいへん興味があるので、ひとりはテレビドラマの影響で韓国ファン、もうひとりは英語を勉強し始めた頃からイギリスファンだと公言しています。
だから韓国にもイギリスにも行ったことがあると言うと、様子を聞きたいとなってまずはそのことで大盛り上がりに。

次は各国比較で、中国、英国、韓国それに日本を比べてみます。
中国はよいところがいっぱいいあって何回も旅していますが、社会や人は…という話になると反論もあるかなと思えば彼女たちもよく理解しているようでうなづいています。
イギリスのことではよいことばかり言ってしまいましたが、バランスをとるためにこんな話を付け加えました。
イギリスはご飯がきずいことで有名ですが、最近地方の町で食事がおいしくなってきているのですが、なぜだか分かりますか。
答えは、中国からの移民がイギリスの地方で中国料理店をやり始めたから。

彼女たちが最後に案内してくれたのが、村のはずれです。
黒い牛が数頭草を食む広い広い畑でしたが、今は何もありませんがここはスイカ畑ですと教えてくれます。
二期作できるその畑では、採り入れ時期には地方から出稼ぎが来て、この広大な畑がかなりの人数が集まって農作業が続くそうです。
そのときはお祭りのように賑やかになって、子どもの時からそんな風景を見るのが大好きだったと口をそろえていました。

田舎の村ならではのちょっとしたにぎわいが、毎年の楽しみだったのだなあと感心させられます。
その足でまた彼女の実家の雑貨屋に戻ると、はいどうぞと大きく切ったスイカを手渡されました。
日本の甘みたっぷりのそれとはちょっと違いますが、素朴で懐かしい味のように思えます。
おいしいかと聞かれて、うん、おいしいと即答します。
その時、そうか、と気付きました。
彼女たちの楽しみは、にぎわいをみることではなく、収穫時にもらえるお裾分けだったということですね。
【M8/Sonnetar 50mmF1.1】
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MS Optical Sonnetar 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/30 Fri

方便面的味道

M8/Sonnetar 50mmF1.1
子どもたちの案内で実にいろいろな所に連れて行ってもらいました。
それぞれのところでお兄ちゃんの方が説明しようとしてくれるのですが、小学校の子には自ずと限界がありますし、だいたい地元の歴史になんてそんなに興味を持っているはずもありません。
説明はかなりつっかえつっかえになり、それを妹に揶揄されて赤面したり喧嘩になりかかったりと、そのやり取りを見ている方が楽しいくらいです。

そのうちに彼らの友だちも騒ぎを聞きつけて合流してきたりで、賑やかなことこの上なしになりました。
ちょっと休憩しましょうとなり、小学校のそばのお店に入りました。
かつての日本の駄果子屋さんと雑貨屋が合わさったようなところで、子どもたちでも1元の半分の50毛銭でそれぞれに好きなものを買ったりしています。

ここで、展開は大きく変わることになります。
店の女主人と雑談をしていてどこから来たのかという話になったときに日本からと答えると、びっくり仰天で娘を連れて来ました。
彼女は英語が得意なので翻訳させようとしていますが、まだ中学生の英語は、わたしの中国語よりもひどいものであまり意味をなしません。
お母さんの方は娘が外国人と英語でやり取りしているのが嬉しそうだったので、わたしは彼女の英語はすばらしいと言ってあげます。

最初、祠堂でしていた大工さんたちと親しくなり、彼らに別の祠堂に行くよう勧められその途中で別の家族とまた親しくなりました。
今度はその子どもたちの案内で歩いていて、中学生の女の子と親しくなります。
まるでたすきリレーのように歩く先々でその人たちと知り合っていくのが、不思議な感覚でした。

彼女は、どういう経緯でここへ来たか知らないので、わたしがこの村を案内してあげると買って出てくれます。
またかという感じですが、同級生の友だちも呼んだというので断る気持ちはありません。
残念そうな、ホッとしたような顔をしている小学校の子どもたちに礼を言って、再度、村の探索に出発です。
パートナーの年齢が若干上がったという違いはありますが。

そのまえに、もうお昼でお腹が空きました。
どこか食事ができるところがないかと彼女たちに聞くと、村には食べるところはないのでこれでも召し上がれと、カップラーメンを作ってくれました。
ごく普通のカップラーメンも女の子にお湯を入れてもらって、美味しい?と聞かれながら食べると、ひと味もふた味も違うということに初めて気付きました。

よほど美味しそうに麺をすすっていたのでしょうか、おばあちゃんに抱かれたちっちゃな子どもがまんまる目でこちらを凝視しています。
髪が短かいので男の子かとも思ったのですが、聞いてみれば、これは失礼女の子でした。
一点のくもりさえ見つからない澄んだ目は、おろしたてのゾンネタールと透明度において双璧だったのではないかと思います。
【M8/Sonnetar 50mmF1.1】
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MS Optical Sonnetar 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(2) | 2012/11/29 Thu

牛奶糖

M8/Sonnetar 50mmF1.1
予告したまますっかり忘れてしまっていましたが、武魁という額のある祠堂で出合った大工さんに言われるがまま進んで行ったことで、もうひとつの出合いを得ることができました。
ふらふらと歩いていると、たぶん村ではいちばん立派と思われる古民家に、お孫さんを連れたおじいさんが入っていこうとする瞬間に出くわしたのです。
これは絶好のチャンスと考え、自己紹介のうえ中を見せてもらえるよう頼んでみました。
思わぬ珍客に驚いてはいたものの、もちろん大歓迎で家の中を案内してもらいます。

中にはもうひとりおじいさんがいて、案内のおじいさんがわたしの父ですと紹介してくれると、よく来たよく来たと椅子を勧めてくれます。
このひいおじいさんがたぶん80歳くらいで、3人いる孫は赤ちゃんと作例のふたりで家族4代が暮らしていました。

建物はかなり立派で恐らく200年ほど前に建てられたものだそうです。
居住スペースはよく手入れが行きとどいていて、古い建物ながら清潔感にあふれているのですが、残念ながら両脇にあった庭スペースと茶室のようなオープンな空間は、まったく使わなくなったとのことで雑草が繁って荒んだ感じがしてしまいました。
門を入ってすぐちょっと広めの庭のようになっていますが、ここで収穫した米や野菜などを天日干ししたのだそうです。
過去形で言うのは、おじいさんが何年か前に引退してから、この家では農業従事者がいなくなってしまったからで、室内に整然と置かれた農機具類もいかにも長らく使ってませんという雰囲気があって寂しげでした。

そんな説明を頷きながら聞いていると、最初は遠巻きだったように見えた子どもたちが興味深げに一歩ずつ近づいて来るのが分かります。
ここで、わたしは毎度ワンパターンの飴と鞭ならぬ飴また飴作戦に打って出ます。
日本から持って来たミルクキャンディだと言って子どもたちひとりひとりに手わたすのですが、みんな一様に喜んでくれます。
大人たちも同じく喜んびますね。
いま、日本の子どもにキャンディをあげて喜んでもらえるのか自信がないですが、中国では都会の子はいざ知らず、もう100%の子どもが大喜びで食べてくれるのでこちらまで嬉しくなってしまいます。

そんなこともあってか、ひととおり家の中を見せてもらって休んでいると、おじいさんの方からこの子たちに村を案内させますからと言ってもらいます。
上のお兄ちゃんは小学校4年だったか、下の子は1年だったかと言っていたように記憶していますが、おじいさんから大切な仕事を仰せつかって責任感いっぱいに案内してくれるふたりの可愛かったこと。

それがどうしたと問われれば、返答に困るくらいどうってことのない話しですが、それでもひとり勝手に見て回るのとは違う楽しさがあったと個人的には満足しています。
尖閣問題で反日の声をあげていた人たちはみな憎々しげに写ったのではないかと思いますが、こと子どもの笑顔に関しては国境が無いというか、素朴さにおいて中国の子どもが勝っているのでそんなところは当事者ならでは実感できるところです。
彼らに罪無く、すべてはその後の教育が悪いということなのです。
【M8/Sonnetar 50mmF1.1】
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MS Optical Sonnetar 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(2) | 2012/11/28 Wed

不倒無限遠

M8/Sonnetar 50mmF1.1
ようやくどうにかピント合わせができるようになったと喜んでいると、またしても問題発生です。
無限遠で撮ったものがどうもヘンでした。
実はわたしのM8はディスプレイを拡大する機能が壊れてしまっていて、どうなってしまったのかよく分からなかったのですが、ピントが来ていないことだけはよく分かります。
前ピンになってしまって無限までピントが来なくなっていたのに気付いたのは帰ってきてからでした。

一方の端にあったように見えた指標位置を目いっぱい回してピントが合いだしたように見えたのでそれでOKかと思ったのですが、そうではないことに気付き少し混乱してしまいます。
これは、Sha-sindbadさんの説明もあってようやく確信できましたが、リアレンズユニットにはここがデフォルトですよという位置に点が打たれていて、通常ここに合わせておかなくてはいけなかったのです。

旅の途中で気付かなかったのは、まあ仕方ないとしても、帰国後もそのままで先週の3連休でも使用して同じ過ちを犯してしまうのですからひどいものです。
そのことによって、わけの分からないカットを量産してしまったのですが、昨日の優等生レンズのような表現よりも訳の分からない方が面白くて気に入ってしまったりもするのですから、レンズで遊ぶという世界では遠周りもありのようなのですが。

ゾンネタールは300本限定の生産ですが、わたしの勝手な想像では、2/3にあたる200本のオーナーはびしっとした写りを好んで、コマ補正機構も完璧に使いこなしして、レンズ設計者の意図を汲んだ作品をどしどし仕上げていくことでしょう。
残りの1/3は10万円もする高価なレンズにも関わらず、奇妙な描写を見せたときにより反応して面白がるのではないかと想像しています。

つまり、全世界にたった100人だけ、完璧なレンズではなく、クセの強いレンズ、掴みどころのないレンズ、常に新しい発見をもたらしてくれるレンズを愛するという変わり者が存在するということです。
いや、100人もいないでしょうね。
そもそもF1.1を日中使うということは、F4に絞ったズミクロンの代用を期待してということではないはずなので、けっして変わり者などと呼んではいけないのでしょうけれど。

宮崎さん考案のコマ補正機構も、100人の側にとっては何かを発見するための金庫のカギのようなものなのかも知れません。
それを具体的に知るにはレンジファインダー機では厳しく、ミラーレスでは周辺部が確認できないので失格です。
だとすれば、このレンズはまさに来年発売されるライカMのためのレンズということになるのではないでしょうか。
【M8/Sonnetar 50mmF1.1】
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MS Optical Sonnetar 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(2) | 2012/11/27 Tue

復活鏡頭

M8/Sonnetar 50mmF1.1
到着してからどのくらい経っていたでしょう。
2時間、それとも3時間か。
ようやく遅ればせながらピントがおかしい理由はこれかと思い出しました。
いったんレンズを外し、リアレンズをの目盛りを反対側にひねってから、またカメラに取り付けて試写してみます。
やはりF1.1とピントが浅いと小さなディスプレイでははっきり分かりませんが、あきらかに結果は改善していました。
ホッとすると同時に、今までの無駄は何だったのだと全身の力が抜けてしまいました。

ピント精度は飛躍的に向上しましたが、同時にレンズの描写もかなり安定したようです。
一般的なオールドレンズにF1.1のボケを加味したようで、すばらしいレンズであることをやっと認識することができました。
一方で、2枚ほど作例をお出ししたしっとり描写は、まったく影を潜めてしまいます。
これは単にコマ収差機構を変化させたことによるものだということでしょうか。
ここは落ち着いて、機構を動かしながら各距離での撮影を比較するなどしなければ、性能のことを云々できないとは思いましたが、旅の途上にあってはその余裕はありません。

今日の作例はわたしの好きな中間距離で、前後のボケを見るのにちょうどよい作例なのではと思っています。
このレンズは前ボケがきれいなのを見ていたので、何か手前に置きたかったのですがうまくいかず、手前の植物を見ると前方に対しては見かけの深度がかなり深いのかなと思わせるボケ具合に見えます。
一方の後ろボケはうるさくなりがちな植物ですが、おとなしくまとまっていますし、建物については美ボケと評価したいと思います。

高い樹の葉にクセらしきものが見え、面白い表現になっているようです。
ただ、周辺についてはぐるぐるしていませんし、教えていただいた放射状のボケも感じられません。
少なくともこの距離で撮る分には、ボケに悩まされるということはなさそうだと言えます。

ゾナー型のメリットであるヌケの良さは、実感できるかといえば判断つきかねますが、きっと良いのだろうと思います。
コントラストは微妙なところですが、フレアに関しては予想よりずっと少なかったと言わせていただきます。
F1.1前後のレンズでは出色だと思いますが、当然ながらマルチコーティングの影響があるので、例えばズノー5cmF1.1と比べてどうかということは何とも言えないですが。

書いたことはほとんど直感的な感想ですし、1枚の写真は雄弁ではあっても、すべてを語る訳ではないことも承知しています。
あせらずじっくり使っていろいろなことを見出せればそれがいちばんです。
高価なレンズなのですから、使って1日ですべてが分かってしまったらむしろもったいないくらいです。
今後もいろいろと発見があるだろうことを期待したいです。

発見といえば、この時撮影してから少年がサンダルをそばに脱ぎ捨てて裸足になっているのに気付きました。
どういう意味があってのことかよく分かりません。
敢えて言えば、目立つ行動をして撮影してもらいたかったということかも知れません。
撮ってもらいたい、でもそういうのはちょっと恥ずかしい。
彼の姿にそんな仕草が現れているように思えるのですが、いかがでしょう。
【M8/Sonnetar 50mmF1.1】
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MS Optical Sonnetar 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(4) | 2012/11/26 Mon

什麼時候従哪裡

M8/Sonnetar 50mmF1.1
福建省や台湾で多く使われている言葉が閩南語と呼ばれているのをご存知の方もいるかも知れません。
福建の略名が閩なので、狭議には福建南部で話されている言葉ですが、主にこの地域から台湾にわたった人が使っていたことから台湾でも特に南部で閩南語は普通に使われていますし、土着の言葉と結び付いた言語は台湾語とも呼ばれています。
また、福建省都は北部の福州市ですが、福建語と言った場合、福州で話される言葉ではなく南部の閩南語を指すことも多いようです。
言うまでもなく、言葉を境界で区分けすることなどできず、時間軸という3次元まで絡んでくると言語の正確な位置付けが困難になるのでしばしば混乱が生じます。

ただ、閩南語に関しては福建、台湾、それらの地域出身の東南アジアのみで使われる言語かと思っていたのですが、ここ皇思楊村で使われているのも閩南語と聞いてかなり驚かされました。
いま地図をみると、皇思楊村から福建まで400キロ近く離れていますし、間にある町では広東語が話されていることを考えれば、この村の住民はまとまった規模の人たちが福建から移民したということなのだと考えられます。

その後知り合った少女にそのことを聞いてみましたが、よく分からないという答えでした。
ただ、家は200年以上前の古建築だということですし、親戚一同100人あまりがいっしょに写った写真を見せてもらいましたが、一部広州や深圳などの都会に住んでいる人はいるものの、大部分がこの村か恵東で暮らしているそうで、福建の人はひとりもいないようです。

もう少し歳嵩の人かできれば長老のような人にインタビューできれば、いつどこから村人がやって来たのか知っているかも知れません。
さらには、村の歴史が分かってくるでしょうし、なぜ移動してきたのかなどのことも見えてくるかも知れません。
ロマンチックな響きが重なりますし、探り出すということではなく、そんな話を聞いたりすることを楽しみに次回の再々訪を実現できたらと思っています。

日本人だと言っても歓迎してくれ、みんながフレンドリーだった皇思楊村ですが、唯一の例外だったのは、今日の作例の家でした。
通りかかったところ、庭で4人の女の子たちが遊んでいたので、そっとカメラを向けたところひとりに気付かれ、みんな一斉に悲鳴をあげて家の中に逃げ込まれ、騒ぎに驚いた犬に吠えられる始末です。

その後、歩いていると妙な気配があって、後を振り返ると彼女たちがこっそりついてきていました。
ふたたびカメラを向けますが、また、悲鳴とともに逃げられます。
3度目はまた別の場所で、1枚の上着で顔を完全に隠した4人組がくすくす笑いながらわたしの前を通り過ぎていきました。
咄嗟にシャッターを切ったものの、動きに付いていけずピントも露出も失敗で、これはなかなかユニークなカットになったので残念です。

そして、最後のチャンスに撮影したのががこの1枚です。
また、家の前をとおったので、こっそり忍びよると彼女の声がしたので、これはゲリラ的に家の前に突っ込み撮ってやろうと1歩ずつ近づきました。
ところが、くだんの犬が先に気付いたようで飛びだしてくるではないですか。
何事かと半身を乗り出してきた女の子を咄嗟に撮ったのですが、やはりピンボケです。
でも、まあいいでしょう。
この1枚は、彼女たちを出し抜こうと必死になってようやくあげた成果だと思っていたのに、結局は遊び相手として軽くあしらわれた自分を写し出す鏡のようなものだったのです。
【M8/Sonnetar 50mmF1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
MS Optical Sonnetar 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/25 Sun

木匠見面

M8/Sonnetar 50mmF1.1
あちこちと歩いていて、前回、3年半前の訪問では気付かなかった古い建物を見つけました。
「武魁」という立派な額が掲げられていますが、一族の祖先を祀る祠堂のようです。
入口がずいぶんと分かりにくい所にあったのですが、ここから入っちゃっていいのかなあという民家の庭のような小道から進んでいくといきなりこの建物が現れてちょっと圧倒されました。

何か作業しているのが見えたので、さっそく声をかけて中に入れてもらいます。
祠堂はだいたいどれもちょっとしたお寺のように大きな建物ですが、中が質素でスペースがあるので丸太をたくさん並べて、どうやら柱を作っているのが分かりました。
建物の柱がだいぶ古くなっているので交換するのかと聞くと、そうではなく、別の場所に新しい祠堂を作っているのでその作業をここでやっているのだとのことです。

そう教えてくれたのは村の大工さんで、やはりこの祠堂の柱を見ながら新しい建物の柱を作っていくのだと話してくれました。
職人さんというのは寡黙な人というイメージが強いですが、やはり自分たちの仕事に関心を持ってくれ、それが外国人ともなれば嬉しいでしょうし、説明にも力が入ろうというものです。
そもそもがこの祠堂はふだん門を閉ざしていますが、作業のために中に入って行けたということでしたので、わたしはとてもラッキーだったようです。
いつもなら見られない、柱まわりの彫刻をすごいだろうと指さしてもらいながらじっくり見させてもらうことができました。

ふたりの大工さんとは、ちょっとした出合いという程度のものでしたが、それがまたちょっとした出合いの連鎖を生んでいきます。
新しい祠堂の方を見てきてご覧と教えられ行ってみると、そこは前回も訪れた場所だったのですが、それからちょっと歩くとちょっど家に戻る家族と鉢合わせ、そのお宅を見せていただく幸運につながります。
そのことについては、明日触れることにしましょう。

古鎮を訪れると、いえ、古鎮に限らず旅をしていて全般に言えることですが、ことが良い方良い方に進んで行って、歩いていてどんどんと楽しくなっていくことがときどきあります。
あまりそういうケースはないですが、逆に歩けば歩くほどうまく行かず、めげてしまうこともあります。
もちろん、そのどちらでもないことだってよくあります。

今回は、あきらかにうまくいくパターンでした。
あくまで運好くそういうふうに転んだに過ぎないというのが客観的な判断ですが、旅の最中にあってはこの村はわたしを呼んでくれていたのだと思ってしまうものです。
ときどきこういうことがあるので、ちょっとしたものであったとしても旅は止められないのです。
【M8/Sonnetar 50mmF1.1】
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MS Optical Sonnetar 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/24 Sat

他動的連拍

M8/Sonnetar 50mmF1.1
今日の作例は、どうやらピントが許容範囲に入った作例です。
理由不明のはげしい後ピン(アトピーではありません)に悩まされたことは前にも書きました。
その解決策として思い付いたのが、ブラケット露出ならぬブラケットピントです。
少しずつヘリコイドをずらしながら何枚か撮って、1枚でもピントが合えばOKという作戦に出たのです。

それよりもっと楽な方法に切り替えました。
動いているものであれば、そのまま連続して撮ればその被写体は自動ブラケットになります。
今日の作例はまさに歩いてくるおじさんを数枚連写して、まあまあピントの好いものを選んだというかたちです。
反面で、人物が最初の中央付近から、だいぶ下になってしまいましたが。
連写されたおじさんも、なんでオレをそんなに撮るのと訝しく思ったことでしょう。

描写については特に注目したいと思います。
前日の作例に見られたこのレンズの特徴と考えられるしっとり感は、ほとんどなくなってしまったかのようです。
その分ややシャープネスは増していますが、突出しているということでもありません。
ずっと古い同スペックレンズのズノー5cmF1.1の方が、ここではずっとシャープです。

いえ、比較するにはもっといいものがあります。
昨日も書いたSha-sindbadさんのブログです。
昨日は、わたしの作例とはあまりに違うということで紹介したのですが、やはり今日の作例でもまだだいぶ違うことがよく分かります。
11月27日の記事では、7枚の作品を見比べても同じ1本のレンズで撮ったことがよく分かる、このレンズの安定度合いをよく示していて、わたしのレンズとは違って見えてきます。
これなどはまさに撮影者の力の差が露見したということなのでしょう。

一定の条件下で放射線状のボケや色収差が出ることがあることを教わったり、とらえようのないレンズだとのわたしの意見を先取る感想を拝読したり、まだまだわたしにはこのレンズを使いこんでいく必要が残されていることも分かってきました。
これこそ、超クセ玉を扱う楽しみ型であり、付き合い方の流儀というものです。
普通は、身近なところでテストしたり、感覚を掴んでから実戦に臨むものですが、いきなり中国へ持ち出して右往左往するのが、またわたし流です。
【M8/Sonnetar 50mmF1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
MS Optical Sonnetar 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/23 Fri

拍得不一様

M8/Sonnetar 50mmF1.1
ゾンネタール50mmF1.5はすでに200本以上が製造され、それぞれ注文者の元に出荷されているようです。
ところが、以前にもお伝えしたように、そのほとんどがヨーロッパ、アメリカ、中国などへ飛び立っていったため、あまり作例は世に出ていないように見えます。

そこで、もっぱら参考にさせていただくのが、Sha-sindbadさんのレンズ千夜一夜での多くの作品群です。
拝見してすぐ気付くことがあります。
写真のうまいへたということではもちろんありません。
言われなくても十分認識しています。
そうではなく、レンズの描写がまったく異なっているということです。

初日の自転車のしっとり感、一転して2日目の井戸のときのシャープネス、そして3日目の畑の写真の曖昧模糊と3者3様だったのが、今日の作例ではまたしっとりに戻っています。
Sha-sindbadさんの作品では、どうも安定して井戸の作例のシャープさやすっきり感のみが目立っています。
このようにしっとりした表現はわたしの個体のみ表れるものなのでしょうか。
あるいは、わたしの好みを知り吹いている宮崎さんの特別な計らいでもあったのかも知れません。

それにしても、この写りはどうしたことでしょう。
パースペクティヴはなりを潜め、出っ張っているとこ引っ込んでいるところがはっきりとしない騙し絵のような空間になっています。
例えば玄関の前は石段になっているのですが、それがはっきりしていないため、バイク用の木板も宙に浮かんで見えます。
F1.1の開放でこんなになってしまうのが不可思議です。

また、もうちょっとはっきりしていたはずの対聯の赤や壁の黄色が実際より淡くなって、パステル調の雰囲気です。
これにやや近い表現をするのは、前にも書きましたが、ダルマイヤーのセプタック2inF1.5です。
そのセプタックは、開放で使う限り常にしっとり描写で、このゾンネタールのようなすっきり感を出すことはありません。
それこそがレンズの個性というもので、ゾンネタールのようにときどきすっきりというのは理解できません。

無理に解釈すれば、ゾンネタールはセプタックを凌ぐ超個性派レンズだといえるのかも知れません。
おそらくそんなおかしな表現を排除できるだけの技術でゾンネタールの性能を引き出しているのがSha-sindbadさんだということなのでしょう。
実は、そのSha-sindbadさんの大親友とも言えるホロゴンさんにこの日曜日に会って来たのです。
ゾンネタールのことを確認すべきところだったのですが、当日はいろいろとあってそんな話をする余裕は一切ありませんでした。
そのことについては、今すぐにでも書きたいところですが、このシリーズの次に書くつもりなのでそれまでの楽しみとさせていただきます。
【M8/Sonnetar 50mmF1.1】
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MS Optical Sonnetar 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(4) | 2012/11/22 Thu

Coma補正

M8/Sonnetar 50mmF1.1
またしても、ピンボケ作例です。
どうしたかと種明かしをすると、このレンズの特長でもあるコマ補正機構を理解せずに、それどころか確認することもなく使い続けたことに大きな問題がありました。
機構上の利点を活かすどころか、逆に結果的に足を引っ張られることになったかたちです。

Coma Manual補正方式と名付けられたこの機構については、レンズとともに付いてきたインストラクションに記載があります。
それによれば、ゾナー型の弱点である撮影距離によるコマ収差の変化を後群の微小移動によって補正するという、世界初の画期的な機構です。

微小とは言え後群が移動するので焦点移動も起きるのですが、この部分の説明がわたしには理解できていません。
そもそも購入早々にカメラに付けてしまって、その機構があったことすら忘れてしまっているのが実状で、恐らく1mに設定されたままで使用したため無限遠が出ていなかったのではないかと思われます。
いや、逆にオーバーインフということですね。

作例では、カメラの距離計では女性に合わせていたはずなのに、その背後の植物にピンが来ているように見えます。
M8の頼りないモニターでも、後ピンを連発していることは分かりましたので、適当に前面にピントを置いて撮影しています。
そんなでもたまに何枚かに1枚は偶然どうにか許容範囲内に収まったりするものです。
昨日の作例などはまさにそうして獲ったものです。
かつてksmtさんが、わたしを諭すように語った、どこかにはピントが合っているものなのですという言葉が思い出されました。


皇思楊村をカメラを提げて歩いていると、ときどき旅行で来たのかと声をかけてもらいました。
そうです、古い家を見たりするのが好きなんですと、しばしば足を止めて話をしましたが、たいがいどこから来たかと尋ねられます。
そこで日本からと答えていましたが、もはや、その回答を聞いていぶかしがったり、反日がどうこう言ったりする人は誰もいず、わざわざ日本からこんな何もないとこまでよく来たねえという反応があるばかりでした。
この村の人たちは、反日デモがあったことをもう忘れてしまったかのようです。
いや、デモは虚構だったのではと思えてすら来ます。
【M8/Sonnetar 50mmF1.1】
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MS Optical Sonnetar 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/21 Wed

交通簡介

M8/Sonnetar 50mmF1.1
なかなか更新進まず申し訳ありません。
ピントが合わなくて作例が揃えられなかったから更新を断念したかと思われそうですが、そうではなく、まったく時間を取れない状況になってしまったからでした。
今日の作例は、何とかピントが及第点レベルではないかと自負しています。
今夜から少し時間をつくれるようになりましたので、細々とアップさせていきたいと思います(11月25日深夜)。

さて、今回出掛けたのが2009年4月以来となる皇思楊村です。
皇思楊村は、深圳の東隣に隣接する惠州市の中のさらに東部に位置する惠東県にあって、なかなかに魅力的な古鎮です。
そのときもすばらしい所だと手放しで褒めていましたが、今回再訪してその感を強くしました。
比較的近くにもうひとつ古鎮を見つけたので、そことふたつ廻ってくるつもりだったのですが、手違いもあって、皇思楊村だけになってしまったのですが、それでも十分に満足しています。

まずアクセスですが、深圳から惠東まではいくつかバスが出ていて、わたしは何度か利用している香港に隣接したバスターミナルから出ている惠東行きの始発7時20分発で向かいました。
ぴったり1時間半で惠東の城南汽車站に到着して、バスターミナル前で作っていた屋台の餅をいただきます。
餅といっても中国式の餅は小麦粉を薄く伸ばして軽く野菜やひき肉をのっけて鉄板の上で焼いただけのものです。
しかし、これが滅法旨くて、価格も1枚たったの1元ですから、2枚もらって24円で十分満足の朝食になりました。

バスターミナルの前には、小型の路線バスがいくつか停まっていますが、ここから直接は皇思楊村へ行けるバスはないようです。
寄って来たバイタクに行き方を聞くと、平山まで行くと多祝という町まで行くバスがある、平山まで7元で乗せてやるとのこと。
5元のところをボッているのだろうなと思いつつも、時間の方が大事だと言いなりでバイクに跨りましたが、意外にも10分ほどかかり、わたしの経験ではローカルと同じフェアな金額だったと思われます。

そして運の好いことにバイクがバス乗り場に着いたところで多祝行きのバスが発車したので、バイクの上から大きく手を振ると運転手は気付いてわたしを待ってくれました。
ちょうど座席も1つだけ空いていて、ここに来るまで朝食も含めて実に順調な移動です。
わたしにしてはたいへんに珍らしいことです。
ただ、そのあとのルートはずっと道路工事中で、到着までのんびりではありましたが。

深圳僑社站から恵東城南站のバスは所有1時間半で55元。
恵東城南站から平山站のバイタクは10分で7元。
平山站から皇思楊村まで40分で10元。
珍しくもこんなことを書くのは、ここを再訪するつもりだからなんです。
【M8/Sonnetar 50mmF1.1】
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MS Optical Sonnetar 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(2) | 2012/11/20 Tue

焦点在那里

M8/Sonnetar 50mmF1.1
年末が忙しくなるだろうことを予見して、11月の中国行きは少し前倒しの日程になりました。
つまりは、16日から19日まで滞在してきた訳ですが、本来の月末ではなく真ん中にずらしたため思わぬ影響をもたらすことになります。
わたしの友人はこのため大きな幸運を、わたしは大きな不運を、あるいはまったくその逆を得ることになったのです。
この件は、今回の中国とは関係ないので追って説明させていただきます。

何だか訳のわからない書きだしですが、その影響は拙ブログにも大きく及んでいて、記事のアップがだいぶ遅れてしまっています。
どうにか毎日更新の体裁は維持するつもりですので、どこかで何日か分をまとめてアップすることになると思います。
悪しからず、ご了承ください。

今回は、どうにか手配いただいた宮崎さんの最新レンズをテストするという目的だったのですが、それはとんでもなく大それた目論見で、結果から言えばレンズにわたしがテストされたと言った方が正しい状況でした。
慣れればきっと使いやすいだろうゾンネタールですが、暴れ馬に跨ってしまったかのように言うことを聞いてくれません。
距離計、露出計の両方が壊れてしまったかのようです。

今日の作例は、すでに30枚以上ひどい失敗を繰り返して、ようやくこうすればどうにかなるかという勘所が見えてきたところでのカットです。
依然ピントがおかしいのは承知していますが、それ以前の30枚を見たらきっとマニュアルカメラを使ったことがない人が勘でシャッターを切ったのではと思えるほどすさまじい写真の連続でした。

具体的にいえば、ひどい後ピンと露出アンダーです。
ピントのことはまた後日書かせていただきますが、露出のことはさっぱり理由が分かりません。
常にM8内蔵露出計では2段暗く写ってしまいます。
何か高速レンズ故の理由があるのかも知れませんが、作例ではカメラの露出計が適性を示した位置からシャッターダイアルを2回遅い方に回しています。

ピントのことは書かないと申しましたが、この作例では何にピントが合っているのかわたしには分かりません。
狙ったのは少女で、後ピンを意識のうえでかなり手前にピントを持って来たつもりですが、ピントは彼女たちのやや後にあるように見えます。
ところが後方の建物にはピントが来ているのかどうか分かりません。
壁が水彩画のようになってしまっているからです。

ほとんどの方が一見して、何だこれはと相手にもしないような作例になってしまいましたが、ごく一部のへそ曲がりは不思議な表現が面白いと感じるかも知れません。
わたしはこれを気に入ってしまったのですが、以降の作例も50歩100歩で、レンズを評価するようなものは期待できないことをお断りさせていただきます。
ゾンネタールの実力を引き出せませんでした、申し訳ありませんと、潔く最初にお詫び申し上げる次第です。
【M8/Sonnetar 50mmF1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
MS Optical Sonnetar 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(4) | 2012/11/19 Mon

紋次郎大哥

M8/Thambar 9cmF2.2
大磯の最後は、満を持して紋次郎さんに登場願いましょう。
この紋次郎さんこそ、ksmtさんのお知り合いで、宿場まつりに来るよう誘っていただいた方です。
各地のイベントに単身やってきては自慢の紋次郎コスチュームで闊歩して、訪れた人を驚かせ自分も楽しむという趣味のひとです。
ksmtさんから紋次郎さんから誘われてと聞いたときには、かなり個性の強いわたしのような小心者にはお付き合いしにくい人ではという心配があったのですが、ひと目でそれが杞憂と分かる人当たりのやわらかな優しい方でした。

もちろんレンズやカメラのことで話すことはありませんが、わたしは紋次郎さんの持ち物に着目しました。
たずねると骨董屋さんから譲ってもらったキセルケースは和紙に漆振りした美しいものでしたし、もちろんキセルも葉たばこも用意されていました。
実際に使うためというよりも、恐らくは木枯らし紋次郎になり切るために手抜きせずに揃えていくのが楽しいことなのでしょう。
それらを説明したり自慢できたりでなんとも嬉しそうに見えるのは、わたしたちが好いレンズを入手してそれを仲間に見せるときと変わりません。

ずっと三度笠をかぶったままで、作例のようにこの笠は深くて顔がだいぶ隠れていましたが、ポートレイトを撮らせてもらう際笠をとってもらうと、なかなかにいい男ではないですか。
そのままノーメイクで映画にも出演できそうなくらいです。
最後だけポーズを決めた作例を出させていただくことにしました。

9cmのタンバールはM8で使うとフルサイズのの120mm相当になります。
道幅分下がって撮っても胸像くらいのポートレイトになりますので、ここはせっかくですから小道具もそれとなく見えるかたちの全身像にしたいと、道路を縦に使うかたちでずいぶんと後退したつもりでした。
ところが、それでも頭の上が寸詰まりになっても足が写り切りません。

開放に戻したのがまずかったのかピントもやや後ピンになってしまったようです。
昨日の美少女ふたりは、F2.8とは言えより近くで撮って両者にピントが合っているようにも見えるのにこれはどうしたことでしょう。
タンバールのピントはいくら使ってもよく分からないところがあります。
来春にも登場予定のライカMではファインダー内でライブビュー画像を見ながらピント合わせができるようなのですが、それならピントが分かるようになるのか、むしろもやもやの中でピントがより分からなくなってしまうのか、試したい課題がひとつ増えた思いです。
【M8/Thambar90mmF2.2 F2.2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Thambar 9cmF2.2 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/18 Sun

假的山万歳

M8/Thambar 9cmF2.2
大正時代のコスチュームを入手できれば、ぜひブラック&ニッケルのライカを肩からさげて歩きたいものです。
大磯の他にも宿場まつりは品川や由比などにもあるようで、ぜひ足を運んでニッケルのエルマー、ヘクトール、ズマールなどでパチパチと撮るつもりです。
鎌倉や横浜ならまつりとかではなく日常でも大正スタイルで出掛けるのもいいと思います。
ただ、かっこうが目立ってしまうと、人物スナップは撮りづらくなってしまうのではとの危惧もあります。
ライカは方からさげるのでなく、袖にしのばせて秒殺撮影できないとダメとなると、木村伊兵衛のような名人芸を求められそうですね。

ダゲレオタイプでの撮影をしたいという夢がありますが、いきなりというわけにもいかないので、まずは中判、続いて大判と挑戦していけたらとの思いがあります。
中版では、イギリスの戦前の一眼レフが使いやすそうですが、まずカメラの入手が難しいようです。
そこで浮上するのが蛇腹式のカメラですが、これだとレンズが固定のものばかりなので、レンズ愛好派としては物足りない気がします。

思い出したのがフォクトレンダーのベルクハイルです。
デラックスというタイプは6×9サイズがあってロールフィルムパックが使えるうえに、レンズ交換が可能ということでした。
ヘリアーが標準で、たぶんアポランターが望遠のオプションになるはずです。
マウントは簡単なつくりでしょうから、シャッター付きの面白いレンズを見つけてくればいろいろと楽しめれるのではとの期待があります。

そんなおり、イギリス製のベルクハイル・デラックスのコピーというカメラを見つけました。
すりガラスのパックと120フィルムが使えるホルダーが付いていて、スローシャッターがダメなのを除くとすぐにも使えそうです。
レンズはダルマイヤーのF3.5というこの手のカメラにしては高級大口径が付いていて、これも交換可能なのでゆくゆくはラピッド・レクチニアやペッツパールを付けて撮れないかと考えています。

もうひとつ、先日手に入れたのは、なんとサンダーソンのトロピカルカメラです。
これはマミヤのロールフィルムホルダーが固着されていて、レンズも恐らく後年に変えられたと思われるアルディスのものが付いています。
サンダーソンのトロピカルカメラなんて20万30万円とするのに、こういった改造がオリジナル状態を尊ぶコレクターから敬遠されるからでしょう、2万円ほどと格安でした。

120フィルムが使えるのでより実践的でわたしにはありがたいうえに安かったので、これも使いこなせるようになって早く持ち出したいと考えています。
チーク材の美しいボディは目を惹きつけるものがあり、これを手持ちで撮ったらかなりのインパクトでしょう。
アオリなど分からない事だらけですが、先日のキノさんの写真展のときに詳しい方に教えを乞うことができました。
問レンズが交換されているため距離表示が合っておらず、ピント合わせの方法を考えておかなければいけないなど
課題はいくつかありますが、スローペースでいいので来年中には試し撮りしたいと考えます。
サンダーソンのトロピカルは1900年代初期、つまりは明治期の製造のようなので、服装もそれに合わせなくてはなどと先走ったことまで考えてしまい、興味はほんとうに尽きません。

作例は、まつりを盛り上げた和太鼓の演奏からです。
狭いエリア内のまつりなので和太鼓ですと、どこにいても聞こえてきて気分を盛り立ててくれるので、聴覚から大いに刺激されます。
ところが会場の前までくるとメンバーにすごい美少女がいて視覚をも楽しませていただきました。
ここぞとばかりタンバールに切り替え、開放でふわふわすぎてはもったいないとも思い、ややソフトなF2,8にしています。
花魁道中が出演者高齢のため中止になるなど、年齢層高めのまつりにあって、ふわーっといやされました。
【M8/Thambar90mmF2.2 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Thambar 9cmF2.2 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/17 Sat

鏡頭倍的衣服

M8/Triotar 5cmF3.5
宿場まつりを歩きながらスナップ風に撮るわたしに対して、ksmtさんは江戸時代の扮装をした人たちに声をかけながら撮影していきます。
自身のレンズを自慢という面もあるかも知れませんが、例えばフォクトレンダーのペッツパールレンズなどは、江戸時代に製造されたものなので、ぜひ年代の合う服を着ているのを撮りたいのですと説明して相手の興味をそそっています。
もともと古いものに関心があって江戸時代のかっこうをしている人たちなので、同時代のレンズにも興味津々で、実に楽しそうにペッツパールの前でポーズを付けてくれるのが印象的でした。

それならばと思い付いたのが、われわれも江戸時代の服を着て歩けば、もっと撮りやすくなるし楽しめるのではないかということでした。
というのは、物産などの店にまじって2、3軒の古着屋さんの屋台も出ていて、古い着物を格安で売っていたからでした。
さっそく男物はないですかと聞くと、なんと同じように考えたようでせっかくの祭りを楽しむために着物を買ってその場で着ていった男性がいて、その1着で男物は売り切れたとのことです。

もう1軒では大きな着物が吊るされていたので、ksmtさんが着てみると丈があつらえたようにぴったりです。
ところが喜びもつかの間で、店員さんによればそれは女物ということでした。
うっかりしていましたが、女性の場合着付けは難かしく帯位置で折って着るのでかなり長いということのようでした。
ボタンのない着物は素人にとっては一見しただけでは男物か女物かも分からないのだと、初めて知った次第です。

結局、その場で着物を手に入れることはできませんでしたが、このアイディアをわたしは気に入り、こういうお祭りならぜひ、古いかっこうで見に来たいなと思いました。
七五三などちいさなころの記憶はありませんが、少なくとも成人してから着た和服は、旅館に泊ったときに着る浴衣だけと日本人として寂しいものです。
こういうことを着に和服を着るようになってもいいのではないかと思われました。

わたしだってヘリコイドが不調でこの日は持ち出しませんでしたが、江戸末期のダルマイヤーのペッツバールガあります。
メインに使うレンズでは1920~30年の歴史レンズは多くありますので、その年代のスタイルも好いでしょう。
これだと大正時代ということになりますね。

奇抜な発想ということではなく、レンズには設計者の思想やメーカーの考える目的というものが込められているはずで、その当時のカメラで撮ったり、フォーマットを合わせることで撮影結果から見えてくるものがあるのではと思います。
さらに当時のスタイルになって当時のスタイルの被写体を撮ることで、また別のことが分かってくるかも知れません。
そうでなくても、服装によって撮られる人とコミュニケーションが深くなるのは当然のことで、よりよい笑顔や着の置けない仲間に対するまなざしを得られるとすれば、それだけでも大きな収獲となります。
でも、これって一種のコスプレということになるのでしょうか?
【M8/Triotplan 2inchF3 F3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Trioplan 2inchF3 | trackback(0) | comment(4) | 2012/11/16 Fri

Planar的后面SP的前面

M8/Triotar 5cmF3.5
同行のksmtさんは、今回2本の新入荷レンズを持って来ていました。
どちらも6年間も探してようやく見つけたという、たいへん珍らしく、光学史的にたいへん重要な意味を持つレンズです。
ひとつはテイラーホブソンのオピック3インチF2で、もうひとつはテイラーホブソンのオピック3インチF2です。
あれっ、2本とも同じレンズですが、これはどうしたことでしょうか。

どうして2本同じレンズを買ったのかダブってしまったのかと聞くと、そうではなくて、6年間も探した価値のあるレンズなので同じ店にあったこともあって2本とも購入したのだそうです。
高額なレンズなので、普通であればどちらか状態の好い方とか製造が古い方などと選ぶところですが、光学を独自の視点で研究するksmtさんはその目的のために躊躇することなく2本とも手に入れてしまいました。

もうオピック3インチを生涯目にすることが無いかも知れない可能性が高いことを考えれば、まずは2本とも手に入れ、調査が済んだ段階で1本は手放してもいいという考え方ができます。
なにしろ超がつくくらいのレアなレンズなので買い手はすぐに見つかるでしょう、と言うか、わたしだって譲ってほしいくらいですが、ksmtさんが使っている以上は多くの作例を見せてもらえるはずですので、不満はありません。

もうひとつ、レンズはどれもがオリジナルの状態にあるとは限らないということがあります。
2本所有できれば双方を比較することで、状態の悪いものをこれは設計の悪いレンズだなどと誤解してしまう確率を大幅に下げることができます。
さいわい、ksmtさんの2本のオピックは同様の描写を示しているようで、それだけでも悪い買い物ではなかったことが見てとれます。

さて、オピックですが、わたしもボロボロの2インチF2を無理やり入手するほど、knpmさんが同じ2インチでわたしのよりずっと状態の好い玉を手に入れて自慢されるほど、レンズ愛好者にとって必死になって探す価値あるレンズなのです。
ちょうどそのknpmさんのサイトのオピックのところにその重要性を説明したすばらしい文章がありました。
現代の主要なレンズのほとんどは変形ダブルガウス型だが、その歴史はどこからくるかと言えば3つの源流があると言います。

ひとつは、その名前のもとになったガウス博士の2群2枚の望遠鏡レンズをもとに設計した4群4枚のアルバン・クラークのレンズ。
もうひとつが、すばり、ルドルフ博士の設計による4群6枚のブラナー。
そして3つ目こそ、対称型だったブラナーをあらためて前群後群の大きさを非対称にして大口径に設計されたオピックというわけです。
そのオピックこそが現代レンズに直結する画期的レンズと、knpmさんは絶賛されています。

そんな画期的なレンズがなぜそれほどまでに希少なのかはよく分かりませんが、例えば大口径では同時期にエルノスターがあってカメラに恵まれたエルノスターの人気が勝ったからとか、名板にオピックと使われなかったので知られていないとか、すぐにスピードバンクロに置き換わってしまったためとか、いくつか考えることが可能です。
いずれにしても、たいへんめずらしく描写にも優れたレンズですので、ぜひksmtさんやknpmさんのサイトでご覧いただきたいと思います。
いずれも、オピックの作例が世に出るのは、世界初の試みなのではないかと考えられるすごいことなのです。
【M8/Triotplan 2inchF3 F3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leica Tele-Elmarit(2nd) 90mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/15 Thu

他是83歳

M8/Triotar 5cmF3.5
時代まつりには名前にふさわしい年代モノのレンズをと1本のレンズを持って行きました。
鏡胴には、"Hugo Meyer"ではなく"Meyer Goerlitz & New York"となっていますが、キノ・プラズマート、マクロ・プラズマート、プリモプランらの名玉とまぎれもなく同じメーカーによる製造です。
ただし、トリオプランという名前のとおりのトリプレット構成ですので、前掲のレンズたちの普及版・廉価版になってしまうのですが。

このレンズもオリジナルライカマウントではないマウント改造レンズです。
もとはCマウントの真鍮鏡胴でブラックペイントに白い文字の刻印はキノ・プラズマートたちと同様ですが、前玉径がわずかに1.5cmほどとミニチュアレンズのようです。
M8ではケラレはありませんが、フルサイズでは苦しいかも知れません。
はじめから16mmシネフォーマット用に設計されたレンズなのではと想像されます。

製造番号は498334で、1929年の製造のようです。
kinoplasmatさんのサイトoldlens.comにフーゴ・マイヤーの年表が掲載されていますが、それによるとトリオプランは1914年に早くも製造が始まっていることが分かります。
トリオプラン名のレンズは戦後も一眼レフ用の望遠レンズに受け継がれていますが、F値はみな2.8になっています。
F3のこのレンズは他でほとんど見かけないF値が採用されており、F2.8まで届かなかった過渡期の設計と見られます。

座右の書、写真レンズの歴史に重要レンズとしてクックのトリプレットの記載がありますが、代表例ということで3種の構成図が掲載されています。
F3、F4.5、F5.6の3種ですが、F4.5、F5.6では中玉が前玉の方に寄っているのに対して、F3では中玉はほとんど中央に位置していてシンメトリックな美しさがあります。
トリオプランは別のレンズですので同じF3だから同構成だとは言えませんが、同じだったらいいなと思っています。

レンズの設計が誰だったのかは分かりません。
マイヤーと言えば、真っ先にあのバウル・ルドルフの名前が挙がりますが、彼は1919年にマイヤーに入社していますので、別の人の設計とみなさざるを得ません。
その意味でも廉価版だとなってしまうでしょうか。

このレンズは、送料込みで7000円ほどで入手しました。
eBayではなくカメラ店のオンラインサイトのレンズのところに出ていたのですが、トリオプランごときに7000円も払えるかということなのでしょう、しばらく誰も手を出さない状況です。
わたしはF3というのが珍らしいというだけで購入してしまいましたが、着いてみると前述のようにかっこいい鏡胴でしたし、フードも付いてきて少し得した気分で改造を依頼しました。
といっても中国の改造屋さんにお願いしたのですが、ヘリコイドは3000円で買ったエルマーコピーのインダスターをいっしょに手渡して使ってもらいました。

待つこと3ヶ月ほどで完成したレンズは距離計連動も問題なく、もとのトリオプランのカッコよさが活かされていてお気に入りになりました。
改造費は500元だったので約6000円とすると、総額16000円でライカマウント改造トリオプランが手に入ったことになります。
Cマウントだったことを考えればミラーレスに専用アダプターを使うのがベターだとは思いますが、50mmレンズでトリプレットというのは基本的にないので、あえてライカマウントにした意味ありと勝手に納得しています。

さて、作例ではほぼ最短1メートルで撮っています。
トリプレット特有のざわつき感のあるきれいとは言えないボケが予想通り見られましたが、トリプレットの特長のはずの立体感があまり感じられないのはちょっとがっかりさせられました。
トリプレットのヌケの良さとノンコートの透過率の悪さは相殺されて、発色等に鮮やかさは見られないようです。
これだけですと16000円の価値あるレンズかどうか微妙なところかも知れません。
【M8/Triotplan 2inchF3 F3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Trioplan 2inchF3 | trackback(0) | comment(2) | 2012/11/14 Wed

年代不一定

M8/Triotar 5cmF3.5
宿場まつりというくらいですからもっぱら江戸時代が再現されるような空間をイメージして散策しました。
実際、殿様やらお侍さんの格好をした人が闊歩していたり、屋台の店員さんも多くは着物を着ていてそんな雰囲気はなかなかに出ています。
屋台も、焼きそばとかフランクフルトなどの一般的なヤツはいちばん奥に位置させて、コンニャク屋さんとかうどん屋さん、もなか屋さんなどの大磯の老舗から、由比の魚介とか草津の伝統工芸など、歴史を意識した配置になってもいます。

ただ、ヴァイオリンの男性はせいぜい明治期か昭和初期くらいのように見えます。
そもそも江戸期の日本にヴァイオリンは入って来ていたのでしょうか。
幕末から維新へと新しい外国文化に目が見開かれていましたので、モノは入って来なかったものの絵や図面などからヴァイオリンを自作してしまった日本人がいたかも知れません。
あるいは、長崎などにキリスト文化とともに古くからヴァイオリンはもたらされて、当地の教会では早くから賛美歌の伴奏などに演奏されてきた歴史があるのではなどとも想像できます。

ヴァイオリンはよしとしたいと思いますが、一方のベリーダンスはどうなのでしょう。
エジプト起源で中東に花開き、ヨーロッパへはロマによって伝わったと言われているようですが、日本や中国へは伝播したように見えません。
いや、ベリーダンスも女性開放を訴える役割をもってザビエルとともに来日して、九州を中心に人気だったのではないかとの仮説があるとも言われます…。

そんなふたりの即興による演奏とダンスでしたが、意外なほどに宿場まつりにあって違和感を感じさせません。
まつりには、今ではない古いスタイルであれば何でもOK的な懐の広さの気配が濃厚でしたので、時代考証という次元にまでも達することのない大きなギャップも許してしまう暖かい雰囲気がありました。
ベリーダンスの情熱的な踊りは、このまつりにあって唯一のものですので、そんなこともまつりに受け入れられた理由の一端なのかも知れません。
何よりヴァイオリンのアンニュイな即興演奏と優雅な踊りがすばらしかったということでしょう。
ダンサーが美しかったのが盛り上がりの要因だったのは言うまでもありません。

後ろの人にわるいかとしゃがんで撮ったらなぜかアンダーになってしまいました。
AEではなく、それまでの露出どおりのシャッタースピードなのにこれだけ空の露出に反応したかのような露光不足になるのが理解できません。
ただ、女性の表情はこれがいちばん良く、即刻採用を決定です。
また、せっかくの松並木の上にこんなにも無粋な電線が張り巡らされていたのかと気付かせてくれたのもこの作例でした。
【M8/Triotplan 2inchF3 F3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Trioplan 2inchF3 | trackback(0) | comment(2) | 2012/11/13 Tue

坐着上班

M8/Thambar 9cmF2.2
作例では、フレーミングに失敗して大の字が切れてしまいましたが、大磯に行って来たので今週はその写真でブログを続けることにします。
出掛けたのは昨日で、大磯宿場まつりが開催されるので、いかがですかとksmtさんに誘われたのでぜひぜとと同行させていただきました。
そのksmtさんも別の方から誘われたとのことですが、その方は撮影する側ではなく撮影される方で、後日登場していただくことになります。

ksmtさんの情報では、宿場まつりらしく花魁道中やら仮装コンテストがあるとのことですが、一方でそれらが何時からあるのかはっきり分からず、夕方からは雨の予報が出ているで撮影できるのか不安がないわけでもありません。
まつりは10時からとのことでその時間に集合することにしましたが、わたしは30分も遅刻してしまい自ら不安を増幅させる体たらくです。

会場は駅前とかではなく、徒歩10分ほど離れた旧東海道の松並木で行われていました。
この松並木は文字どおり東海道の跡で、かつて本陣があって左右には当時のままの高い松が並んだ何があるわけでもないのに大磯で一二を争う名所になっています。
小さな宿場だったからではないでしょうが今では車がすれ違えないほどの道幅しかなく、東海道線と国道一号線に挟まれた部分のみ現存しているだけなので、全長もわずか300メートルです。

その道いっぱいに左右に地元大磯や各宿場から集まった物産やら食べ物やらの屋台がびっしり並んでいます。
なるほどこの狭さでは、詳細が観光協会や町のホームページに載せないわけです。
この狭い空間に県内から関東からと人が集まったら、たいへんなことになります。
あえて宣伝を行わないことで、地元の方がなるべくゆっくり見てまわれ、熱心なお祭りファンも参加できる程度の余裕を作ってくれたということでしょう。
今回7枚の作例を続ける予定ですが、そのすべてをこの狭い300メートルの間で撮ったのですから、行動範囲のもっとも狭い1週間ということになると思います。

今日の作例は、乞食です。
中国ではたくさん目にする人気の(?)職業ですが、日本には現存するのでしょうか。
わたしが幼少の頃は、駅前や縁日の神社でよく見かけた記憶がありますが、いつの頃からかまったく見なくなってしまったように思います。
ホームレスになっても乞食をすることはないようですが、これにはなにか理由があるのでしょうか。

乞食は、江戸時代にはあって宿場の人の集まるところでこうやって商売していたようです。
伝統が廃れないようにと、熱心に当時のコスチュームを再現しているのがすばらしいと思います。
侍さんや商人さんのように花形の仕事があった一方で、貧困にあえぐ小作人農家やそれすらからもあぶれてしまった物乞いがいたことも忘れずに伝えなければなりません。
そういった状況を看過するわけにはいけないと、近代日本が形成されていったのですから。
【M8/Thambar90mmF2.2 F2.2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Thambar 9cmF2.2 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/12 Mon

我的仙鹤

M8/Summicron 35mmF2
1週間は早いですね。
重慶で撮ったライカM6のモノクロの回も今日で最後になります。
M8ですでに2週間も重慶をやっていましたし、M6も同じ場所で撮っているので、新鮮味に乏しく書くこともない状況でした。
ただ、数日前のバスのおじいさんと今日の食堂の写真はM8では撮っておらず、目にした瞬間にこんなところでも撮ってたんだと懐かしい気持ちになりました。

これは重慶滞在の最終日、午前中に比較的近隣の古鎮に行ってまた重慶に戻る前にふらっと入った食堂です。
探せばもっとマシなところはあったと思いますが、ちょうど斜向かいが重慶行きのバス乗り場になっていて、もうここでいいんじゃない的なノリで席につきました。
と思えば、わたしたちが乗ったバスがしっかり左端に写ってますね。

確か12時ちょっと前でしたが、すでにほとんどのテーブルが埋まっていて、個人的にはこういう庶民的な店は嫌いではないこともあって、けっこう期待の食事でした。
そして料理もその期待を裏切ることはなく、旅行の最終日のランチとしては十分に及第点だと満足したのを覚えています。
地元のお客さんでいっぱいになっている店なら間違いなしという旅のセオリー通りでした。

料理の味とともに思い出すのが看板娘です。
店に似つかわしくない服装をしているのを見ると、普段から働いているのではなく、この日から国慶節休暇が始まっていたので、都会の大学に行っていたあるじの娘が帰省したというのが正しいと思われます。
その娘は忙しいランチタイムだけ実家の仕事を手伝って、2時には地元の友だちと待ち合わせて遊びにいく段取りで、都会暮らしを誇示するための洗練された服装で注文取りしていたのだと想像しました。

掃き溜めに鶴と言ったらあるじに怒られるかも知れませんが、彼女はこの店にあって確かに輝いていました。
作例を見ればどこがと思う人の方が多いのでしょうが、失礼ながら重慶で見る女性はかなりの不作続きでしたし、旅の終わりの感傷も手伝ってわたしにとって圧倒的存在感です。

重慶の旅では市井の人から警察官までいろいろな人と話す機会を得ましたが、彼女のように田舎から出て都会で暮らしているという2つの世界を知っている人とは会話のチャンスがありませんでした。
多くの人は自分の置かれた立場から話してくれましたが、彼女のような違う環境を知っていればより違った考えを持っているかも知れず、より深い意見が聞けたのではと思います。
単に直感ですが、彼女とは親しくなれたように思えるのですが、それは旅が終わった後の感傷なのかも知れません。
感傷といえば、M8編で書いたようにこの古鎮の名前は依然として分からないままなので、古鎮や彼女までもが虚構だったのではと不思議な気持ちにさせられもするのです。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/11 Sun

白1小時

M8/Summicron 35mmF2
いまからちょうど20年前の1992年、わたしの人生に若干の影響を与える催しが東京で開かれました。
サッカーのクラブチーム世界一を競うトヨタカップ、サンパウロ対バルセロナの一戦です。
この試合を1-2で落としたバルセロナに魅かれ、以降、曲折は経るものの彼らひとすじにサッカー観戦しています。

かつては全試合ではないもののNHK-BSで観戦できたものの、何年か前にスペインリーグの独占放映権をWOWOWが購入したことで、WOWOW加入を余儀なくされます。
視聴料2100円がかかるようになって、できる限り毎節見るようにしていますが、月4試合とすると1試合ごとに500円払っていることになります。

今日、書こうと思ったのは、サッカーのことではありません。
貧乏症のわたしには、バルセロナを見るためだけに2100円も払うのは悔しいので、WOWOWがウリにしている海外ドラマを去年あたりから見始めているのですが、これがなかなか面白いのです。
面白いといって毎日見ているヒマもないので、土曜の夜に1時間モノを続けて2本見ていますが、2時間の映画を通しで見ると疲れてしまうわたしが、あっという間に感じるのですから、よくできているのだと思います。
CSIマイアミ10とボディ・オブ・プルーフ2という2本の犯罪捜査ドラマで、どちらも最新の科学捜査の積み重ねで証拠を集めて犯人を追い詰めていくという展開です。

ちょうどネパール男性のえん罪が分かったところですが、確か被害者の爪に残された皮膚のDNAがこの男性とは一致しなかったなどが今になって分かり無罪になったということのようですが、このドラマであれば真っ先に調べられて彼はシロではないのかと判断されるような初歩的なことのように思えます。
この事件の初動捜査はずっと以前のことなので現在とは捜査方法は変わっているのでしょうが、アメリカと日本で同等のものが行われているのか気になります。

太陽にほえろや西部警察世代のわたしには、犯罪捜査ドラマというと刑事の捜査は足がすべてで聴きこみによって証拠が見つかり、容疑者は時に人情、時に暴力で自白に追い込まれるという展開の連続だったと記憶しています。
それも時代のなせるストーリーだったということかも知れません。
しかし、いまの日本で科学捜査に重きを置いた犯罪捜査ドラマというのはあるのでしょうか。
あまりテレビを見ないので間違っていたら恐縮ですが、たぶん、そんなもの誰も見たがらないだろうという理由で存在しないのではないでしょうか。

ちょうと今夜、9時から先行する2本の前にNHKで実験刑事トトリという連続ドラマがあって、タイトルからもアメリカの2番組の向こうを張るものではの期待もあり、3時間ぶっ通しで日米犯罪捜査ドラマを見てみることにしたのです。
感想を率直に言えば、NHKの方はあまりにひどくて言葉が出てこないのですが、子供向けあるいはこどもからお年寄りまで家族団らんで見られるドラマに仕上げてみました、どう僕たち面白かったかな的な内容としか言いようがありません。

低予算なのでこの程度なのか、あるいは科学捜査などとやると難かしくて分からないとクレームがくることを恐れたのか、はたまたNHKの企画スタッフまでもが官僚体質で実はそれに怒った某知事が辞任して国政に打って出ようとしているとか…。
テレビを見てつまらないといっても、それはただつまらないんだからしようがない、といえばそれまでのことなんですが、日本の捜査手法が太陽にほえろ時代と変わってないのではないかと憂いたりして、どうも不安になってくるので今日の題材にする次第です。
いずれにしても地上波のドラマはもうしばらく見ることはないでしょう。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/10 Sat

哪里很辛苦

M8/Summicron 35mmF2
先週の土曜日に続いて今日も、友人の写真展の見学に行ってきました。
会場は渋谷の駅前とも言っていいような便利なところにあって、勤務先の新宿を6時に出ても余裕で間に合います。
レンズ仲間のknpmさんが参加しているその名もJapan Leica Clubのグループ展で、今回のテーマは「ライカはつらいよ」となっていました。
どんなつらい写真が待っているのか期待に胸ふくらませて向かいます。

ところが写真を拝見するに、残念ながらつらい写真と思われるものが1枚もありません。
つらい写真とはどんなものなのかもよく分からず出向いて、ああ、なるほどこれはつらいと感動できることを半ば期待していたのですが、やはりつらい写真などというものは存在しないということなのかと思ったものの、テーマは写真ではなくライカはつらいよ、だったと気付きました。

あらためてつらいライカということを意識して見学しなおします。
やはり意味不明のままです。
額装なしの方もいたので、ライカは高くて買ってしまうと他に金をかけられないのがつらいと言っているのかと解釈しようとするものの、明らかに無理があります。

どういう意味なのか聞こう聞こうと思って結局果たせませんでしたので、勝手に想像してみます。
ライカを寅さんになぞらえているとするのはどうでしょう。
ひとつところに落ち着くことができないライカさんは、いつものようにふらっと風任せの旅に出ます。
そこでひょんなきっかけから女性と親しくなり、やがてライカさんは熱烈な恋へと発展させます。
最初、満更でもなさそうに見えた女性は同様に恋していたわけではなく、ライカさんに対する敬意だったり慕ってくれたりするだけで、相互の気持ちが重なることはない。
しかし、それはけっして悲しいことではなく、ただつらいということであって男なら誰しも経験あることだと顔で笑って、背中はさびしげ。

この拡大解釈版だと多くの写真が合致するように見えました。
写真は、被写体に対して親密な感情をもってシャッターを切られ、それをわたしたちは楽しむけですが、撮られた側では撮影者を意識することはあっても恋することはないのです。
それを気付かせてくれたのが1枚の少女の写真で、彼女は撮影した方の娘さんだそうですよと教えてもらい、この1枚は他のスナップとは性格が違うのだと考えをめぐらすことができたからでした。

写真展の全作品の中でも、同じ方の窓越しに室内で作業する女性をとらえた1枚がわたしはいちちばん気に入りました。
knpmさんの展示は、写真の説明にレンズ名を入れて、別資料でよければその構成を確認してみてくださいと、レンズへの関心をそそるユニークなもので、在廊しないときでもレンズファンを失望させない姿勢がすばらしい。
全体には、メンバー全員がそれぞれのカメラ、レンズ、プリント、サイズで個性を全面に出されていましたが、逆に展示法については統一して、紙やフレームは同じものを使うなどした方が、一体感が出ると同時に皆さんの個性もより明確になって好いのかも知れないなどと思ったりしました。

会場ではみなさんにお世話になり、楽しい時間を過ごすことができました。
わたしは、先日オーダーした古いカメラが到着して、使い方が分からなかったこともあって持ち込み、詳しいメンバーの方にいろいろとレクチャーを受けることができるという収穫までありました。
皆さんに感謝申しあげる次第です。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/09 Fri

西光拍売

M8/Summicron 35mmF2
以前何度か取引したことがあるからでしょう、年に2回、ヴェストリヒトのオークション開催の案内が届きます。
まずはめずらしいライカが出てくることで有名で、軍用ライカなど毎度いくつも出品されてひとつのカテゴリーになっているくらい、ファン垂涎のカメラに出合えるオークションです。
わたしはレンズ専門に見て来ましたたが、よくぞこんなものがといつも驚かされ、落札できぬものかと夢見るもののさすがに勝てるばすもないというのがいつものパターンでした。

それでも時にはちょっとした自慢ができそうなものが落札できたこともあり、メインの出品は依然として高嶺の花でも、誰も鼻にも引っ掛けないようなもので落札できるかも知れない、ぎりぎり末席に参加できる仕入れ先のような位置付けでした。
また、ヴェストリヒトではカメラのみならず写真も売られていて、生まれて初めて写真を買ったのもこのオークションでした。

しかし、もう何度も書いているようにレンズブームがあって、並行して中国マネーの流入まであってで、もともと高かったこのオークションは格好の標的になったかのように価格が超暴騰してしまいました。
もともと燕尾服の紳士が集う豪華なパーティに知味なダークスーツでこっそり参加していたようなものだったのに、最近のヴェストリヒトは、パーティ会場に入ろうとして入り口で拒否されたようなものです。
前回から、一切の参加を取り止めることにしました。
お金持ちの皆さんだけで、どうぞ盛り上がってください。

今回は、開催案内が来てもオンラインカタログを開く気すら起きません。
反日デモの横断幕のように「Plasmat是中国的」とやられて、大陸にわたっていくの欲しいレンズを見るのが忍びないからです。
無視を決め込むつもりでいたのですが、今日、とうとう我慢できずレンズに関するカテゴリーの出品を覗き見してしまいました。
ひとつ威光を放つレンズがありました。

オリジナルのウィットネス用、セプタック2inF1.5です。
ウィットネスは独自のバヨネットとライカスクリューの二重マウントになっているので、ライカに距離計連動で仕えます。
確かにウィットネス用に試作されたという話は聞いたことがありましたが、実在していたのですね。
驚くべき発見です。

添付の写真を見ると、まず特徴的なのがレンズの外観で、5cmエルマーのように無限遠ストッパーを兼ねた指がかりが付いていて、エルマーのヘリコイドとマウントにセプタックの大口径レンズヘッドを乗っけたような形状をしています。
キノプラズマートも同様のデザインと言えますが、戦後のウィットネス用としてはちょっと不似合いな感じがしなくもありません。
戦後のレンズだけあって、ダルコーティングの刻印があって、淡くコーティングがされています。
また、写真にレンズヘッド部分が取り外されているものがあり、恐らくスクリュー式なのでしょうか簡単に外すことが可能のようです。

スーパーシックは3フィートのところで一端ストッパーがかかって、非連動ながら1.75フィートまで繰り出すことができるそうですが、セプタックでも1.8フィートまで刻印があって同様の設計になっていると思われます。
ただ、よく見ると、3フィートまでひと回り大きな文字の刻印がなされていて、それから小さな文字に変わるのですが、続いて「3.3、3.0、2.8…」となっているのがあまりに不思議です。
3フィートの次が、3.3フィートでまた3フィートに戻って、2.8というのは、意味が分かりません。

もうひとつ気になるのが、被写界深度の表示が絞り値1.5ではなく2.8から始まっていることです。
途中の数字が省かれるのなら分かりますが、F1.5、F2という最小絞りを飛ばというのは他に類例が無いのではないでしょうか。
その刻印文字もレンズ部分とは字体が違うのが気になりますし、指掛かり部分のメッキの色が違っているのも不自然な印象です。
いや、レンズヘッド部のメッキと鏡胴部のクロームメッキもよく見ると微妙に違う色をしています。
そもそもが、全体にクロームメッキを施したレンズなのに、先端部だけ真鍮にブラックペイントというのがいまいちのマッチングです。

そんな風に見て来ると、ウィットネス用に誰かがこさえた鏡胴なのではないかと思えなくもないのですが、天下のヴェストリヒトがオリジナルと言い切るのですから、それは間違いないことなのでしょう。
そもそもこのレンズはウィットネスのために試作されたのであって、どこか不自然さがあったとしても当然のことなのです。

これ以上、余計なことを言うのは止めにしましょう。
問題は、このレンズが一体いくらで落札されるかです。
エスティメート価格、10000~12000ユーロとなっていますが、過去にマウントなしのレンズヘッドが100万円を超えていることを考えれば、そんなもので済むはずがありません。
オークションは今月24日に開催ですので、その後にはいくらになったと笑いながらここに書くことができるはずです。
たなみに、わたしが持っている"Dallmeyer Anastigmat 2inchF1.5"が同じレンズですが、これは研磨しなくてはいけないほどのポロレンズだったものの確か3万円せずに入手しました。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(4) | 2012/11/08 Thu

在公交車上

M8/Summicron 35mmF2
現像したフィルムを焼いてもらったDVDを1枚1枚見ていくと、最初は何だか分からず、ちょっと考えてアッと思いだした老人がいました。
魚木塞という山奥の村から重慶に戻るとき、バスですぐ後ろに乗り合わせたわたしの苦手なタイプのおじいさんです。

どこにでもいるじっとしていられない性格の彼は、途中から乗り込んできたわたしに何やら話しかけています。
見かけん顔じゃがどこから来たんかのお、などと聞いて来ているようですが、訛りがきつい早口でよく聞き取れません。
すぐによそ者だと見破られて、ついには日本人だとばれると、彼の顔は意地の悪い笑い顔になったように見えました。
やはりそれは見間違えではなかったようで、やれ尖閣だ第二次大戦の侵略だと次々にまくしたて始めます。

わたしはひとつ前の座席なので上半身をひねるかたちで彼の方を向きながら話を聞いていましたが、あまりにしつこくそのうち前方を向いたままはいはいとあいづちを打っていると、肩を掴んで話を聞いとるのかとますます熱が入る始末です。
酔っ払いの相手をしているような状況ですが、実際はお昼にしこたま酒を飲まされて酔っ払っていたのはわたしの方です。
いつのまにか、わたしは眠ってしまっていました。

かなりの爆睡だったと思いますが、どのくらい眠っていたでしょう、ふと目が覚めると、またあの浪人が何やら話しかけて来ます。
しかも話しをしやすくしたかったのか通路を挟んだ真横に座席を移しています。
寝起きでやや不機嫌なわたしはこれで追い払えるかもと、カメラを取り出し、彼にレンズを向けたのです。
彼は何やら怒りだしましたが、1枚撮ってまたはい笑って~と言うと、プイと横を向いてしまいました。
以降は、まったく話しかけて来ず、途中のバス停でこちらも見ずに降りて行きました。
その時は、うまく撃退できたと思ったのですが…。

その時の1枚が、今日の作例です。
あの時は胸糞悪いじいさんだなどと思っていたのですが、あらためて見ると弱々しいおじいさんのように見えなくもありません。
重慶では日本軍の爆撃があったと言われていますし、被害にあったりなど積年の恨みもあったのかも知れません。
貴重な話だって聞けたかも知れず、今になってちゃんと耳を傾けていればと少々の後悔を感じます。

しかし、激しく揺れるオンポロバスの中でのスローシャッターでよくぞ手ブレしなかったものだと思います。
逆に振動が激しかったのでしっかりホールドできたということでしょうか。
中国を歩くとこんな人とよく合うのではと思われるかも知れませんが、わたしにとっては初めての体験で、どう対応していいのかよく分からなかったという面があったかと思われます。
もしまた同様の機会があれば、しっかりと相手の話を聞いて自分の意見もブレずに言わなくてはいけないのだと、思っています。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/07 Wed

差很少

M8/Summicron 35mmF2
デジタルだ、いやフィルムだという議論は、もうすでに過去のものになったのでしょうか。
ニコン、キヤノンの一眼レフ勢はもとより、ライカもM8が発売されてからすでに6年が経って、発売当初のような優位性を問う争いには意味がなくなったということのようです。
デジタルに完全移行した人、フィルムに固執する人、両者を使い分ける人、それぞれが自らの考えをもって立ち位置を定着させて独自の道を歩んでいます。

わたしは典型的なデジタル一本槍派です。
カメラはどうだっていいとまでは言いませんが、あくまで好きなのはレンズです。
買いまくったレンズが出番を待つ状態を考えれば、デジタルでばんばん撮るのが理にかなっています。
一方でフィルムを使う機会が激減することは避けられませんが、一度そういう状況になるとフィルムから疎遠にするというのがデジタルのもつ力ということなのかも知れません。

重慶の旅でM6も使ったことは、フィルムの力ということも当然なくはありませんが、ライカの力がM6を持たせたというのが真実です。
M8だってライカですが、マニュアル・ライカを使うとこれはライカではないのではという感覚になります。
M6はライカの中ではできのいいカメラではないという意見が主流ですし、ファインダーのなかで露出計のLEDがちかちかするのが嫌だという声も多く聞きます。
それでも、わたしには操作して楽しく、M8ではカメラに撮ってもらっているのであってM6は自分で撮影しているという気分に浸れるような気がするのです。

部屋にはM3、M4も出番を待っています。
しかし、わたしはもっと古いカメラを使って撮影したいとずっと考えています。
関西にオールドレンズを大判に付けて手持ち撮影するという、わたしの理想ともいえる活動をされている方々がいますが、そこまでは無理でも、中判で同様に古いレンズの手持ち撮影をするという構想は少しずつ進めています。
カメラも入手できましたので、いつかこのブログに掲載できるときが来れば最高の喜びになるでしょう。

さて、今日の作例は、昨日のお婆ちゃんの暮らす家の外から撮影したものです。
木の質感描写などさすが低感度の微粒子フィルムの威力が見て取れると言いたいところですが、実際にはわたしの眼力ではそこまで分かりません。
そのように見えるのですが、いや、これはM8の彩度モノクロで撮ったものだと見せられてもまったく気付かないとも思います。
PCのディスプレイ上だからであってプリントすればまた違うのかも知れませんが、その検証までする余裕がありません。

とは言え、2年振りにM6を使ってフィルム装填から巻き上げなどのフィーリングを思い出し、さらにはしっくりくるサイズや適度な重みを両手に感ずることなどはとても愉しい体験で、手ブレを気にしながらもそうやって撮った写真の1枚1枚には格別の思いがあるのは事実です。
結果は同じようであっても、1枚の重みということでは、やはりM6でのモノクロ撮影にそれを感じるのは仕方ありません。
ひとつだけ作例で気になったのが、すごくリアリティのある表現をしていると思えるのに、なぜか犬だけが別物のように写っていることです。
廃墟寸前の古い建物の厳然とした雰囲気を和ませるようなコミカルさが、異彩を放っているように見えてくるのです。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(2) | 2012/11/06 Tue

黒白膠卷

M8/Summicron 35mmF2
2週続けて撮影に行かなかったので、写真ネタが無くなってしまいました。
ちょうど先月の重慶と今月の東莞で撮影してきたフィルムの現像がやっと上がってきましたので、今週はその中から重慶のものを取り上げさせていただきます。
先に出させていただいたものと撮影地は同じですので新鮮味はありませんが、このブログでフィルム媒体のものを出すのは初めてなので個人的には不安を感じつつの初日です。

重慶編のときもちらっと書きましたが、久しぶりにモノクロフィルムを使ってみたくなって、重慶の旅こそその絶好の機会と直前にフィルム調達に走りました。
メインで使うはずだったゾナーを日中開放で使うために低感度フィルムが必要でしたが、これがメーカーの製造中止などがあり、いきなり手に入れられない危機に直面することになります。
これは、フォトシャトンで代替の買い置きが何本かあったため、つてをたどってそのことを知りどうにか3本譲っていただくことができました。

ADOXのCHS25というフィルムで、ISO感度が25ですので、これならF1,5開放でも1/500、1/1000を真昼間から可能、のはずでした。
ところが旅行中はずっとどんよりした曇りが続いて、低感度は一転、使いづらいものになってしまいました。
1/15、1/30程度のスローはしっかりホールドすれば手ブレはしないと考えたのですが、ずっとM8メインに使ってフィルムはM6に詰めており、比較してずっと軽くなるM6は頼りない感じで撮っていてブレているような感覚がずっとつきまといます。

よく軽いカメラはブレやすいとか、いやそんなことはないとか議論になりますが、わたしはこの時軽いカメラブレやすい説は正しかったと確信するに至ります。
ところが、フィルムの上がりを見るとブレでいるものはほとんどありません。
軽くてブレるというのは、わたしも感じたのですがどうも錯覚なのかも知れません。
ホロゴンさんも、重いカメラの方がずっともっていると手に負担があってブレると書かれていて、なるほどそちらの方が真実のように思えて来ました。

ブレの不安からどんより曇りの日は撮影を控えたので、結局、フィルムを3本持って行ったのに1本と5枚程度しか撮影することができませんでした。
そこで、翌月の中国行に残りのフィルムが入ったM6をそのまま持っていってフィルムを使い切り、帰国後新宿の大手カメラ店に現像とDVDファイルに焼いてもらいます。
これがなんと8日間かかると言われ、料金も1本あたり1000円強かかってしまいます。
むかしは平気で10本くらい1度に撮っていましたが、現像外注ではそれだけで1万円なのでちょっと考えざるを得ません。

できあがったファイルは高価なだけあって完璧かと思えば全然そんなことはありませんでした。
ほこりが除去できないのか、ところどころ小さな点が目立たない程度に存在します。
点々はあなた自身で消してくださいねということなのかも知れませんが、面倒くさくてやってられません。
作例でも、M8だってJPEGで撮っているくらいなので、フィルムも吐き出されたファイルそのままに無加工です。

実はこれ、最初の1枚です。
暗い室内ですばらしい雰囲気を讃えていて、さすがフィルムと感心させられましたが、ヴィンテージプリント風のものはこれ1枚だけで、他はM8モノクロモードだといっても分からないようなものばかりに見えます。
個人的な感想では、いちばん最初の1枚が最高傑作で、あとはどんぐりの背較べになります。
これが傑作かと言われれば返答に窮しますが、明日以降はどんどんひどくなっていくということです。
ちなみにこの1枚は1/8を切っています。
よくブレなかったねと言ってもらえそうですが、これはテーブルでカメラを固定させているからで、灯りのない室内で手持ちはほとんど無理だと思います。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(6) | 2012/11/05 Mon

他也喜歓

M8/Tele Elmarit 90mmF2.8
東莞~深圳のシリーズは今日が最終回、大芬油画村からです。
何度も足を向けている大芬ですので、わたしにも友人がいます。
広東省西部の海の町、湛江出身の李さんです。
李さんは大芬にあってたいへんめずらしい水彩画家なのですが、彼がライフワークとして描き続けているのが古鎮や古民家といった中国の田舎の風景です。
まさにそれゆえに、わたしは彼の絵に関心を持ち、すぐに打ち解けて友人になったのです。

水彩画は細かい表現が得意でなく、具象的に描くためにはどうしても紙が大きくならざるを得ません。
小さくてもカレンダーくらいの大きさになり、それにマットとフレームを加えると航空機で持ち帰るにはかなり不便な大きさになってしまいます。
好きな絵が何枚か飾られているものの持ち帰る面倒と、さらには家に飾るスペースも無いことから、彼には申し訳ないことに絵を買う機会がなかなかありません。

一度だけ無理を言ってスーツケースに入るサイズを想定して小さな絵をオーダーしましたが、見込み違いでフレームを作るとスーツケースには収まらず、結局、航空会社にかけあってうるさい香港空港の荷物検査を通過できるよう取り計らってもらいどうにか自宅まで運びました。
やはり飾る場所がなく、何のためのオーダーだったのか絵は押し入れの中です。
ともあれ、1度だけ絵を購入したもののわたしたちの関係は客と店主ではなく、もっぱら古鎮好きの仲間同志というところです。

彼は、年に何回か古鎮をたずねますが、その場で写生するのではなく、コンパクトなデジタルカメラで気に入った風景を撮影して、大芬に戻ってからその写真をもとに描いていくという手法です。
それでも写真をそのままなぞるのではなく、別の場面で見かけた人を書きいれたり、陰影を表現するために太陽光線を入れたりするようにしているようです。
とくに低い逆光のような光線を入れたものは彼ならではの美しい表現で、逆光での撮影をかなり意識しているわたしにとってはそれだけでも魅力にうつります。
もちろん彼の絵ではどんな逆光でもコントラストは落ちず、ゴーストも発生しないのがわたしの写真とは大きく異なるところです。

作例のちょっと体格のよい青年がその彼ですが、写っているのは彼の店舗兼アトリエです。
1階に面してこそいますが、階段下の荷物置き場的なスペースなので、2坪くらいしかない狭さです。
それでも彼はこのスペースをそれなりに気に入っているようで、ここでお昼を食べその後少し昼寝をして午後の製作に励むそうです。
絵の売り上げがどれだけあるのかよく分かりませんが、これとは別に故郷で暮らす弟さんと共同で商売をしていてそちらはかなり順調とのことでした。

それは、100年近く前に作らて廃船になった大型の木造船を引き取ってきて、その木を使った家具を作って売っているのだと言います。
木は長年の荒波に耐えてきた頑丈なもので、表面には独特の風格が漂った味のある仕上がりの家具になっています。
小さな椅子はシンプルですが100年の歴史が刻まれた素朴さ古風さが気に入ったので、絵は全然買わなくて申し訳ないですが、すっかり欲しくなってしまいました。
問題は超肉厚の木を使っているため重たいことで、小さな椅子が10キロあると聞いてあきらめました。
購入するのは個人もなくはないですが、ほとんどがレストランやホテル美術館などだとのことです。

結局、彼のところで30分も話しこんだため、すっかり撮影する時間がなくなってしまいました。
撮影するものが無かったから話しをしていたというのが正確かも知れませんが。
ならば、最後は彼の写真を使わせてもらうことにしましょう。
ここでもテレ・エルマリートが実力を発揮して彼の表情をよく捉えてくれています。
もっとも彼の作品ほど好いわけではないことは、言うまでもないですね。
【M8/Tele-Elmarit 90mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leica Tele-Elmarit(2nd) 90mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/04 Sun

在負一楼考慮

M8/Tele Elmarit 90mmF2.8
今日、11月3日は文化の日なので何か文化的なことをと考えたからというわけではないのですが、久方振りに写真展を見学に行ってきました。
といっても、以前参加していたグループの写真展ですので、プロ写真家によるおごそかな個展とか即売会というのとは違いますが、わたしは写真のことなどまったく分かりませんので、難解なプロのそれより彼らの写真の方がずっと面白く感じられます。
奇を衒うことなくストレートに表現していますので、見る側でも正面から写真に向かい合うことができますし、素人臭い意見や感想も遠慮なくぶつけられます。

わたしが在籍していたときは、シネレンズに特化した写真展を展開していましたがスタイルはやや変化を見せていました。
ひとつの円の中に収まっていたメンバーの作品も、時を経てその円を少しずつ広げていったようです。
殻を突き破って大きく外に飛び出した方もいました。
レンズが持つ魅力を表現しようとする方向性と表現の可能性を追い求める方向性の2つに分化したことが分かります。

レンズ、とくにオールドレンズやシネレンズを追求するには、新たなレンズを見つけたり情報を集めたりするのに好い時代です。
PC1台あれば居ながらにしてそれらを収集することが可能です。
簡単にできる故、同好の仲間が増えライバルも増えして、パイを大勢で奪い合うような状況になってしまいましたが、レンズは互いに貸し借り可能ですから、仲間とやっていったりそこで写真展を開くのはとても意味があることです。

写真の表現として突き詰めることは、それ以上にいま挑戦する意味があります。
わたしの認識では、デジタルから加工される写真はモノクロの暗室ワークの代替品としての役割というものでしたが、さすがにそれは古い考えでお話しにもなりません。
ネガのプリントでこうしたいのだができないということが、デジタルではその限界がなくなるので新しいものを作れるのだという発想でやられているようです。

作品を見ながら写真は絵画に近づいたのだなと思いましたが、それは誤りで、デジタルを加工しているほとんどのものは写真に近づけようとしているのであって、デジタル撮影された媒体は写真とは違いましてや絵画とも違うすでに独立した存在と言えるのかも知れません。
在籍していたときとくにわたしの面倒を見てくださったふたりの作品にそれを感じました。
なんだ今ごろ気付いたのかとおふたりには笑われそうですが、フィルムとデジタルは別物だとはよく言われていても、それを強く実感する機会はなかなかないので仕方ないんですよと言い訳するしかありません。

わたし自身よく理解できておらず、また、それを表現する言葉も持ち合わせていないため、抽象的というか訳のわからない表現になってしまいました。
ふだん行きつけない写真展に足を運べば、考えることはたくさんあって、批評家でもないわたしにはそれをまとめるのは困難な作業。
こんなかたちで逃げるしかないのです。

こう書いてきたところで、大芬の作例にお誂え向きのものがあるのを思い出しました。
絵をデジカメで撮った結果とは、絵画なのか写真なのか、それともやはりデジタル素材なのか。
わたしはその解答は分かりませんが、恐らく絵を書いた人ではなく、撮影した人でもなく、その画像ファイルを手にした人が答える権利を持つものだということなのでしょう。
【M8/Tele-Elmarit 90mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leica Tele-Elmarit(2nd) 90mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/03 Sat

少一片鏡玉

M8/Tele Elmarit 90mmF2.8
昨夜、中国の友人にメールを送ったのですが、いつもならすぐに送られて来る返信が昨日はついに来ませんでした。
いま、メールの受信ボックスを開くと返信が着いています。
読むと、昨日はずいぶん遅くまで起きていたのか、4時にメールするなんてと書いてありました。
写真を添付したとかいうこともない普通のメールは、夜の11時に送信されたと記録が残っていますので、5時間後に先方に届いたことになります。
もちろん今までこんなことはなく、成田~香港の飛行機の時間と変わりませんので、このメールは航空便になってしまったということかも知れません。

証拠があるわけではありませんのであくまで推測ですが、11月8日から開催される中国共産党大会が関係しているとしか考えられません。
ニュースでも、中国国内でインターネットで例えば"習近平"と検索しても表示されないなど、大会を前に言論統制がいつになく厳しくなっていると伝えていました。
つい先日も、温某一家の資産が2000億円あると暴露されたばりなので、海外からのメールなどは徹底的に検閲されているのではと想像されます。

何度も書いているように、このブログでは政治についてはなるべく触れず、書いたとしても深入りせずです。
人口・面積とも超が付く大国なのに、不都合なことは闇に葬るか恫喝で服従させる振る舞いは小国で、なぜかその間をとったような名前の国。
今後、どのように付き合っていけばいいのか、誰にも分かりません。

さて、大芬では思い切って90mmの望遠一本で頑張ってみることにしました。
最初の塘尾ではゾナー50mmF1.5だけで、次の南社ではR1 35mmF2.5のみでしたので、各所で1本ずつのレンズを使ったということになります。
使用レンズの記載を間違いようがなく、これはこれで面白いやり方です。

その90mmはテレ・エルマリートを持ち出しています。
同名のレンズでは、初代はファット・テレ・エルマリートの愛称で知られるレンズを愛用していますが、今回は設計変更された2代目になります。
構成は、初代ファットが5群5枚だったのに対し、2代目が4群4枚に減っているので、鏡胴のつくりも含めてコストダウンしているのかなと思ったのですが、それがどうして2代目だって先代に劣らないすばらしい描写をしてくれることが分かりました。

90mmレンズ全般のイメージは、ポートレートレンズとしての使われ方が多いはずなのに固い写りのものが多いように思います。
しかし、ライカの90mmはエルマー、エルマリート、テレ・エルマリートとどこか柔らかさというか温かみというかを内包しているのが伝統ですばらしいのです。
とは言っても開放からかっちりと写るので、ポートレート向きのふわふわレンズというのとは全然違います。

エルマー、タンバール、ズマレックス、エルマリート、テレ・エルマリート、ズミクロンの90mm(85mm)の系列は個性的かつよく写るレンズが揃っていて、アナスティグマット、エルマックス、エルマー、ヘクトール、クセノン、ズマール、ズミタール、ズマリット、ズミクロン、ズミルックス、ノクチルックスの50mmの系列と双璧と言えます。
残念なのは、50mmに比べて90mmレンズを使う人があまりに少ないということでしょう。
【M8/Tele-Elmarit 90mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leica Tele-Elmarit(2nd) 90mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/02 Fri

上高鉄的弁法

M8/Tele Elmarit 90mmF2.8
南社からの帰りは行きと同じ石龍駅からの高速鉄道でした。
深圳から広州までの高速鉄道は2路線あって、先行して開通した東を走る方は、深圳駅から広州東行きまたは一部その先の広州までの路線です。
昨年開通した西側の路線は、深圳発広州南行きまたは遠く長沙や武漢までを結んでおり、今月からは西安南までの2200キロを11時間で結ぶ列車も走行が始まっています。

わたしが利用したのは前者ですが、完璧に管理されていなくてはならない高速鉄道なのに、こちらに固有の不思議なことがあります。
始発駅から乗ると座席指定なのに、この鉄道のみ途中駅からは指定席が買えないのです。
わたしが買った切符にも無坐と書かれていて、指定席はないのか聞くと、座席が空いていれば座っていいからと言って誤魔化されてしまいました。
40分程度なので立っていてもどうってことはありませんが、どうせ料金が同じならどかっと座ってビールでも飲みながら撮ってきた写真を見ながら1日を振り返ったりしたいものです。

無坐でも車両は指定されていて、列車ごとの無坐券の発行枚数も決まっているようです。
改札を過ぎてホームに行くと、各入口ごとに一定数ずつの無坐の乗客が、絶対に座ってやるぞという気合をみなぎらせながら列車の到着を待っていました。
これではまともにいっては座ることができないのは目に見えていますが、わたしには前回・前々回の利用で知った秘策があります。

それは、1号車のみが1等車になっていて空席があることが多く、とりあえず、かけてしまえば万一検札が来ても差額の300円ほどを払えばよいというだけのことです。
前々回は車掌に自己申告したため差額支払いしましたが、今回は前回同様黙って座っていたため何もありませんでした。
ドア越しに見ると、ホームで我先にと殺気をみなぎらせていた連中が、がっくりと通路に寄りかかっているのが見えます。
日曜の夕方の高速鉄道で空席があるわけがないのです。

さて、1等の広々座席で今度はわたしががっくりとなる番でした。
塘尾で撮った写真がことごとくピンボケだったということに気付いたからでした。
列車に乗る前に気付けば塘尾に引き返したいくらいでしたが、時速200キロオーバーの車内ではもうそんな気は起こりません。
ではどうするか。
明日は1日用事で、あさっては早朝に帰国ですので、明日の予定を切り詰めて近場にブログ用写真を撮りに行くしかありません。

先方には申し訳なかったですが、昼食の予定をキャンセルさせてもらって前後の30分をくっつけて、2時間だけ撮影に出向くというスケジュールにアレンジしました。
短時間で移動できてかつ確実に撮影できるのは、いつもの大芬油画村しかありません。
いつものバスではなくタクシーを飛ばしました。
ところが、着いてから気付いたのですが、月曜の昼時には、さすがの大芬にもほとんど歩いているような人は無く、隣り合う店主同志がヒマつぶしに雑談するのを見る程度です。
これで撮影は成立するのでしょうか。
【M8/Tele-Elmarit 90mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leica Tele-Elmarit(2nd) 90mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/01 Thu
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