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在哪裏買

M8/Angenieux Type R1 35mmF2.5
今回、成田を飛び立った航空機が香港に到着して、真っ先に向かったところがあります。
空港内に出店している直営店のライカストアをたずねるためでした。
ライカ社は、今よほど景気がいいのか、東京に直営店を4店舗も持っていますが、香港にも同数の店舗があってそのうちのひとつが香港空港にあるのです。
店は出発フロアの一角にあって、出発便のチェックインを済ませて出国ゲートに向かう途中に位置しているので、きっとこれから海外へ飛び出す中国人や帰国の途に着く外国人がここでこぞってズミルックス付きのM9などを買っていくのでしょう。

到着階に着いたわたしはエレベーターに乗って出発階のこの店にやって来ました。
もちろんライカM9を買うため、ではなく、来年早々に発売予定と予告されているライカMの情報を聞き出すためです。
場合によっては予約してもいいと思っていたくらい意気込んでいました。
ところが、ライカMのと切りだすとなんとも愛想のない対応で、まだ何もこちらには情報がないのでと、ほとんどシャットアウト状態でかまってもくれません。
この店がオープンした直後くらいにも訪ねていますが、この時も慇懃無礼という対応で、これらが香港人の排他性なのかライカがお高くとまっているからなのか計りかねるところがあります。

わたしのライカM8は中古で購入しましたし、M9は買っていませんので、新しいライカMを買うとしてもどのように買ったらいいのか未だよく分かっていません。
もちろん、銀座なり新宿なりへ出向いてポンと買ってもいいのですが、どうも内外価格差が大きいようで、貧乏症を自認する身としてはなるべく安く手に入れたいという気持ちが強くあります。

米ドル建ての価格は公表されていますが、これは後に発表された日本の定価よりずっと安い設定です。
イギリスの某店では早くもポンド建ての価格を表示して、オンラインカタログに"Add to Cart"と今すぐに買えるように誤解させるようなサイトになっています。
オーストリアの有名店では国内税込みの価格で予約を募っていて、税抜き後の価格が気になります。
いずれにしても、これらは送料がかかりますし、それ以上に国内の諸税が高く付くことになるでしょう。

となるとアフターを考えて日本で買った方がいいのか、アフターなら頻繁に往来する香港でも変わらないのでその方がベターか悩むところです。
ヨーロッパかアメリカに渡航する人に依頼するなども考えましたが、支払いを事前にカードで行えるかよく分からないですし、高価なカメラを手運びさせるのも申し訳ないと考えなおします。
それならいっそ航空券の安い冬場にヨーロッパを旅行してついでにライカMを買って帰って来るのはどうかなどと突飛な発想まで出たものの、50万円超のカメラを買うのに十数万円の旅行費用がどこから出るのだとすぐに気付きました…。


さて、南社の滞在もほどほどに切り上げて、深圳での夕食に間に合わせるため早めに帰途につくことにしました。
ちょうど古鎮の入り口のところが路線バスの始発のバス停になっていて、それは前回滞在時と同様でしたのですぐに分かりました。
ただ、そのあたりの道は拡張整備されていて一変しており、4年半の歳月を感じさせられます。

いちばん早い高速鉄道で帰りたかったので、バスの運転手に聞きましたが駅には直接行かないので途中乗り換えて4路のバスに乗るよう教えてもらいます。
走りだして20分もしたころ、そのバス停名がアナウンスされたので降りたところ、運転手も降りてきてわたしを呼びとめました。
どうやらその次のバス停だったようで、彼に連れられまたバスに戻ります。
そして、次のバス停で運転手にここでいいんだねと目配せして降りようとすると、また運転手がいっしょに降りてきて、その交差点を右折した少し先で待つようにと指でさししめして4路のバスだよと念押ししてくれました。

なるほど交差点では方向の分からないわたしは逆方向に乗ってしまう可能性があるので、心配してくれたようです。
しかし、この時バスは立っている人もいるくらいだったのに、2回もわざわざ待たせた上で運転手がバスから降りてひとりのために案内するなんて東莞のような都会ではちょっと考えられないことです。
この小さな日帰り旅でいちばん印象に残ったのは、この親切な運転手の振舞いだったと言って間違いありません。
【M8/Angenieux Retrofocus R1 35mmF2.5 F2.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux Retrofocus 35mmF2.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/31 Wed

他是超高速

M8/Angenieux Type R1 35mmF2.5
中国から帰国して家に戻ると、思わぬものがわたしを待っていました。
小さな小包の伝票を確認すると見慣れた特徴のある字で、宮崎さんからのものだとすぐに分かります。
荷物に心当たりはなく、しばらくこれが何のことか分かりませんでしたが、突然、ハッと思い出しました。
宮崎さんの新しいレンズに違いありません。
慌てて包みをほどいていくと、はたしてまっ黒の新品レンズが出て来ました。

銘板には、"MS-OPTICAL-R&d SONNETAR 1.1/50 MC"と刻印されていて、やはり宮崎さんの最新レンズだと分かりました。
ゾナーに付けていたヘリコイドが不調で、中国で撮って来た写真のピントがすべておかしくなっていたことを思うと、あと何日か早く着いていればと残念な気もしますが、いやいやと思い直します。
実はこのレンズ、入手困難な状況になっていて、送ってもらえただけでもたいへんありがたいことなのでした。

宮崎さんのレンズは、日本でももちろん根強いファンはいるのですが、むしろ今、ヨーロッパや台湾、香港、中国のレンズファンに高い支持を得ているそうなのです。
今回は確か300本製造とおっしゃっていたと思いますが、そのほとんどは欧米と香港のサプライヤーの手に渡り、ほとんど予約した人の手に渡って完売状態。
国内では、HカメラとMカメラがもともと取引のある関係で少数卸されますが、もうそれで製造分はほぼなくなります。

それに、一部レンズ改造などのご縁で宮崎さんと個人間でお付き合いのある人もいますので、その分は確保されているようですが、わたしがコンタクトを取った時にはすでに完全にすべて捌けてしまっている状況なので、宮崎さんからは何とかしてみるとは言っていただけたものの、確約まではもらえませんでした。
いつもは、真っ先に予約して№000番というプロトタイプ製造番号をいただいていたのに、以前から書いているとおり、ここのところずっとレンズが入手できず、したがってレンズ改造依頼もできずで宮崎さんに連絡を一切していなかったのです。

その宮崎さんへの半年振り以上のブランクのあとの連絡が、先月の重慶に持って行ってヘリコイドが壊れたアリ・ゾナーの改造依頼で、そのゾナーが宮崎さんのゾナーの情報を知るきっかけになったのですから、壊れたことも含めて因縁を感じるレンズになりました。

宮崎さんのレンズが確約されたわけでもないのにやって来た理由ですが、恐らくこういうことのようです。
もともと300本製造するためには、例えばレンズガラスに脈理や偏芯が出たりなどのロスを考えて、一定程度の数量余分に作ってもらいます。
例えば5%多い315個分のレンズが納品され、見込み通り15個に何らかの問題があればわたしまでレンズはまわってこなかったでしょう。
ところがガラス屋さんが絶好調で歩留まりが好く、今回は10個だけがダメで305個製造できたとなたということのようなのです(もちろんこの数字は適当です)。
ありがたい話しです。

ところで、このレンズはまだ未使用です。
ですからこのレンズのすばらしさを残念ながらこの場ではお伝えできないのですが、ご関心の向きには絶好のブログがあります。
おなじみの「レンズ千夜一夜」です(http://shasindbad.exblog.jp/tags/%E3%82%BE%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AB50mmf1.1/)。
Sha-sindbadさんの美意識とゾンネタールの表現が見事に一致して、いつも以上に独自の世界を展開しておられます。

めずらしく、開放から絞っていった描写テストあり、街中スナップあり、冴えまくるロボグラフィありで、レンズの特徴をあますことなく見せてくれています。
もしこのレンズが気に入られたようでしたら、ぜひともMSオプティカルに問合せしてみてください。
運が好ければ、残りの4本(?)を譲ってもらえるかも知れません。
【M8/Angenieux Retrofocus R1 35mmF2.5 F2.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux Retrofocus 35mmF2.5 | trackback(0) | comment(2) | 2012/10/30 Tue

花甲鏡頭

M8/Angenieux Type R1 35mmF2.5
塘尾でゾナーのピントが合っていなかったのに気付いたという訳ではなく、南社に着いてレンズをローテーションしただけのことです。
このあともう1本望遠レンズも使う予定ですので、このレンズは中継ぎ的起用ということになるでしょうか。
いずれにしても、ゾナーだけですまさずよかったと帰りの電車の中でこのことはしみじみと感じさせられることになります。

今回は、アンジェニュー・レトロフォーカス35mmF2.5を広角レンズとして持ち出しました。
初期のMSオプティカルでこのレンズの安いエクザクタマウントのものをライカマウントに改造することをウリにしていましたが、このレンズはオリジナルのライカマウント版です。
当時、20万円以上と言われた同レンズが、なぜか5万円程度で売られていて迷うことなく即買いしました。
その頃はエクザクタマウントなら2~3万円で買えましたが、いまではその倍以上になっているようですので、ライカマウントのものはいくらするのか想像もつきません。

人気のアンジェニュー・レトロフォーカスですが、わたしはあまり好きではないようで、前回の使用から3年半もの月日が流れてしまっていました。
好きでないというのは、性能とかいうことではなく、まずもともと広角レンズがあまり好きでないということがあり、このレンズの場合はさらにサイズの問題があります。
逆望遠ということなので当たり前ですが大きさが35mmF2.5としては異例に大きいのです。

同じアンジェニューの90mmF2.5というレンズがありますが、ほぼ似たような大きさがあります。
長さでは90mmが1cmほど長いですが、フィルター径は90mmが43mmなのに対して、35mmは51.5mmもあるので、35mmの方が大きいのです。
ちなみにこのTYPE Y1 90mmF2.5はエルノスター型の構成で、夕刻に切なげな描写をするなど、アンジェニューの中で1番好きなレンズです。

35mmF2.5の問題はもうひとつあります。
シネレンズ界の重鎮、アンジェニューのレンズらしくいかにも高級仕様シネ風デザインの、ひと目見て同社のものと分かる鏡胴なのは好感が持てるのですが、フォーカスリングと絞りリングの動きがスカスカなうえにややガタもあって、ライカに付けて持ち出すまでの信頼感を失わせていました。
もっともこれはレンズが悪いわけではなく、整備不足なのでどうにかしてあげなくてはいけません。
ヘリコイドグリスを調達しましたので、さっそく自己メンテナンスするつもりでいます。

レンズのシリアル番号は2465XXで、これは1953年の製造だと分かります。
「LEICA COPIES」という本の巻末にノンライツレンズの一覧が出ていますが、アンジェニューの項は他のメーカーのように焦点距離別ではなく、1945年、50年、53年と製造時期を3期に分けてそれぞれのレンズをあげています。
35mmF2.5は、幻の50mmF1.5、90mmF1.8との3本1組になって1950年の第2期の製造と記されています。

1953年には第3期のレンズが登場しているので、上記3レンズは1950~53年の製造ということかも知れません。
だとすれば、わたしのレンズの製造年とも合致します。
90mmF1.8のライカマウントは何本か見たことがありますが、50mmF1.5は見未見ですし、35mmF2.5も2回見たことがあるだけです。
これら3本のライカマウントレンズは、同時期に同程度の数量製造されたのでしょうか。
だとすれば、幻のイチゴ・アンジェニューを目にするチャンスもあるのかなあと、淡い期待を抱いています。

さて、作例は、自転車でよろよろとやって来たおじいちゃんを撮った後に、このレンズのボケを見てみようと2メートルほどの距離から後輪にピントを合わせてみたものです。
たいした期待もしていなかったのですが、これが好いのです。
ボケの意外な良さもありますが、コントラストは低いながらも諧調は豊富なようですので、モノクロに使うと真価を発揮するのではと思いました。
それでも、もし、イチゴのアンジェニューと交換してくれない、と言われれば一も二もなくOKを出すことは間違いないのですが。
【M8/Angenieux Retrofocus R1 35mmF2.5 F2.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux Retrofocus 35mmF2.5 | trackback(0) | comment(7) | 2012/10/29 Mon

懷念的博客

M8/Angenieux Type R1 35mmF2.5
先週末の金曜日、仕事から帰宅して夕食をとってごろんとしていると、寝不足がたたったようでいつの間にか眠ってしまいました。
2時間くらい爆睡してしまったようですが、ハッと目が覚めてそのブログを開くと、ちょうどその日、久しぶりに新しい記事がアップされていました。
全然更新されないことを気にかけて、ときどき覗いていたのですが、まったくその気配はなくここ2ヶ月くらいまったく見に行っていなかったのに、何かに誘われるようにお気に入りの登録から入って行くと何とその日、4ヶ月ぶりに更新されていたのでびっくりしてしまいました。

それは、gatobonitoさんのR-D1☆M8狂想曲という、あるいはレンズファンならおなじみだったかも知れないブログです。
gatobomitoさんは、わたしがブログをはじめた頃懇意にしていただいた方で、当時、タンバールをお貸しいただいたこともあるくらいでした。
そのときは、タンバールなんて目的限定のレンズは借りられれば十分で買う必要はないと思っていたのですが、すっかりタンバールの不思議さに魅了されたわたしは、お返しするなりいきなりライカショップで見つけて購入してしまいました。
それは、タンバールの魅力というよりは、gatobonitoさんの魔力だったのかも知れないと、当時思ったものです。

そんな影響力を持つgatobonitoさんとは、実は、お会いしたことがありません。
レンズに興味を持ってから多くの人と交流する機会があって、香港の愛好家チェッキーさんとも会っているくらいだというのに、gatobonitoさんとはその機会は訪れずことはなかったのです。
レンズ愛好者のなかで唯ひとりの女性だったのですが。

gatobonitoさんのブログは翌土曜も更新されていて、今日は今のところまだのようですが、長いトンネルを抜けて、今、かつてのようなペースで写真を楽しめるのではとの期待が高まります。
お会いしたことがないので一方的な思い込みかも知れませんが、gatobonitoさんの写真には彼写体に対する愛情を感ずることができるのがわたしは好きです。
わたしにはもちろんですが、男性にはけっして撮れない写真だと言っていいでしょう。
そこが、レンズの典型的な特徴と意外性という裏表を表出させているように思えてなりません。

典型的な1枚は、27日の最初の写真で、見た瞬間にこれはキノ・プラズマートしかないと描写だとうならされました。
野菜ひとつひとつが醸す立体感は、他のレンズでは表現できないものだと思います。
希少性だけではなく、ましてやぐるぐるを面白がってでもなく、キノ・プラズマートならではの写りを気に入っている人にはこのことは理解してもらえるのではと期待します。

意外性ということでは、同じく27日の4枚目です。
赤がぱっとせず、垂直線も弱々しくて、冴えないレンズを使っているような第一印象でした。
しかし、花瓶のぬめっとした感触や石の質感など、らしさもあって、じっくり見てその味わいが分かるいい写真だと理解できます。
撮ることはできても、セレクトするのが難かしいgatobonitoさんならではの1枚だと思えて来る端的な例です。

とやかく勝手を言ってもしようがありません。
ただただ、また交流が復活できることを期待しましょう。
【M8/Angenieux Retrofocus R1 35mmF2.5 F2.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux Retrofocus 35mmF2.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/28 Sun

門票免費

M8/Angenieux Type R1 35mmF2.5
大通りはバス通りではなく、交通量も思ったより少なくてタクシーはちっとも走っていませんが、10分も待っているとバイクが通りかかりました。
南社まで20元というのを15元に値切って、後ろにまたがると5分ほどで到着です。
バイタク代は本来10元程度のはずで5元損したかと思っていたのですが、バイクが南社の裏門に到着したことで入場料10元が不要となり、結局5元お得になったと60円あまりのことに一喜一憂してしまいます。

南社は、広東省では割と有名な古鎮で入場料もとっているくらいですが、塘尾より規模はずっと大きいものの、近隣の古鎮ということで両者にそう差は無いように思います。
わたしがここを訪れるのは3回目で、前回は5年前、当時お付き合いのあった王老師という女性をガイド代わりに意気揚々とやって来たした。
ところが、財布を落としてしまい落ち込んだうえに王老師からも何やっているのだとこっぴどく怒られて、ぺちゃんこになるまでへこんだ苦い思い出の地なのです。

2回も来ているので様子はよく覚えていますが、さすがに5年も経つと少しずつ変化が起こっているようです。
その最大のものは、古建築に住んでいた多くの人がいなくなっていたことです。
あるいは入場料をとっているので、古建築に人が住んでいるのは問題だと立ち退かせたのかも知れません。
そうだとすればとても残念です。
古鎮は、人の生活があって活き活きとしていてこそ意味があるのであって、それがなければ、大きな博物館かテーマパークのようなもので魅力は半減してしまいます。

実際、5年前は水汲みに来た人、洗濯する人で賑やかだった古井戸が、もうしばらく使われていないようで、いかにも役目を終えて寂しそうに見えました。
とは言え、訪れた人がとおるルート沿いの家には住人がいなくなりましたが、奥の家にはぽつりほつりと人に会いましたので、活きた古鎮としての面目はどうにか保っているようです。
ホッとしました。

もちろん住んでいるのは、塘尾も南社も地元民ではなく、ほとんどが東莞に一家で出稼ぎに来てあるいは定住をはじめた中国内陸部の農村からやって来た人たちがほとんどです。
彼らは伝統的な地域文化とは無縁ですし、家賃が安くてここに住んでいるだけで古い家に不便を感じるだけでしょうが、それでも人が住んでいるのといないのでは大きな違いがあると思います。
日本でも人が住まなくなった家はすぐに荒れると言いますが、古鎮に行って屋根や壁が崩れた廃屋をよく見るのは、崩れたから人が住まなくなったのではなく、人が住まなくなったから崩れたということのようです。

塘尾で話した四川からやって来たという人に聞くと、今でいう2LKに相当する古民家の家賃が300元とのことでした。
生活水は井戸で飲み水は買わないといけませんが、電気は来ていてプロパンガスも使えるので、1ヶ月4000円弱で古建築に生活できるというのは魅力的です。
もう少し深圳から近ければホテル代わりに借りてみたいなあと思ったりした次第です。
【M8/Angenieux Retrofocus R1 35mmF2.5 F2.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux Retrofocus 35mmF2.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/27 Sat

在田獲魚

M8/Sonnar 50mmF1.5
狭い塘尾の囲屋の中を1時間もぐるぐると歩きまわったので、村の様子はよく分かりました。
祠堂と呼ばれる一族の祖先を祀る建物は3軒ほどありましたし、書屋という図書館と書斎を足して2で割ったような勉学のための建物も数軒目にしました。
それらで特に価値のある建築物には、透明アクリル製の説明プレートが付いていました。
説明自体がたいへんありがたいうえに、観光地によくある説明書きように目立つことはなく、外観を損ねないこのアクリルプレートは秀逸で感心します。

恐らく村長一家の持ち物だったと想像されるいちばん立派な建物は、唯一公開されていて、質素ながらも当時の暮らしを想像させるに十分な堂々とした作りです。
その建物を教えてくれた老人をはじめ、外で遊んでいる子どもたち、立ち話しする女性軍団、自家農園の手入れする親父さんと、適度に撮影することもできたので、塘尾散策には満足して次の村を目指すことにしました。
残念ながらそれらスナップはすべてピンボケで、どれひとつ使いものにならないことは帰りの電車の中で知ることになるのですが。

次に向かったのが南社という村で、地図で見ると塘尾から5~6キロと至近にあるようです。
両者をつなぐ公共交通手段はありませんので、タクシーかバイタクをつかまえるしかありません。
塘尾の前の通りはバイタクが通るような道ではないので、どうすればいいのか村人に聞くと、500メートルも歩けば大通りに出るからと道を教えてくれました。

大通りならば教わったとおりでなくてもそちら方面へ行けば見つからないことはないだろうと、賑やかな人だかりの見える畑のあぜ道を歩いてみました。
20人くらいの人が何やら大声を出したり盛り上がっているので、何事かと近づいていってみます。
何人かがレンコン畑(?)に入っているので、レンコンを掘っているのかと思えばそうではなく、いっしょに飼っている魚を捕まえているところでした。

極太のホースで水を抜いていて、ほとんど足首位の深さになった水の中をおとなと子どもが入り混じって懸命に魚を追いかけるさまはなるほどユーモラスで、これは盛り上がろうというものです。
畑の脇からおいその横に1尾いるぞとアシストするので、畑の中の人はさっと近づいて捕まえようとしますが、これだけ浅くなっても必死の魚はすぅっとかわしてしまい、何やってんだ下手くそとばかり野次が飛んでは、一同爆笑の繰り返しです。

それでもまわりの人が持っていた網の中にはすでに30尾くらいの魚が入っています。
スタート直後は不意をつかれた魚たちはあっけなく次々と捕獲されていったのでしょう。
現在逃げ回っているのはサバイバル能力に長けた連中なので、なかなか捕まらないということらしいです。
魚はコイのように見えますが、こちらの淡水魚は種類が多いので違うものかも知れません。

そのうちようやく1尾捕まえた人がいて、魚を岸に向かって放り投げました。
瞬間を撮影しましたが、これまた後ピンで魚が銀色に光る小さな物体にしか見えずがっくりです。
作例の方は、麦わら帽子にピント合わせしたら、ちょうど塘尾の建物の正面の方にピントが来たので。こちらを採用することにしました。
結果はこんなものですが、わずかな回り道で楽しい光景に出合えたのは幸運でした。
【M8/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/26 Fri

最美麗的地方

M8/Sonnar 50mmF1.5
広東省でよく見られる古鎮の典型的な形式は、囲屋とよばれるものです。
囲という文字のとおり、家屋を縦横整然と密集させてそれを城壁のような壁で四角く囲ってあります。
多くは東西南北それぞれに出入り口になる門を持ち、その門は月曜の作例のような塔になっていて階上で監視していました。
戦国時代なんて古い話ではなく、せいぜい19世紀のことですが、コンパクトな村を壁で囲わなければならないほど治安が良くなかったということなのでしょう。

産業革命の前の時代ですから、主要な仕事は農業ですし、囲屋の前には池塘と呼ばれる大きな池があって魚やアヒルなどを飼っていました。
家畜もいたでしょうし、犬食もするところです。
井戸はあちこち掘られ、三角州エリアに近いこともあるのか水は枯渇することがありません。
狭いスペースでも大人数が暮らし、自給自足にもまったく困らなかっただろうと想像できます。

車両が通るようなところではなかったので囲屋の中の道はどれも狭いです。
だからこそ迷路の中を歩くようで散策して楽しいのですが、建物の撮影となると広角がないと厳しくなります。
古い建物にはところどころ面白い意匠があったりするので、高い位置にあるディテールを捉えるには望遠が便利です。
いつも標準ばかりのわたしはそのいずれにも中途半端で、囲屋の古鎮を紹介するような作例を撮ることができていません。

これは囲屋だけの特徴ではありませんが、中国の古鎮でよく見られるのが石板路と呼ばれる大きな切り石を敷き詰めた通りがあります。
近くに採石場でもあれば別ですが、恐らく切り石自体がそれほど安価ではないでしょうし、トラックや鉄道の無い時代の話なので運搬代がまたたいへんで、これをきれいに並べるのもそれなりの技術が要ったでしょうから、ある意味、富の象徴だったのではないかと思われます。

石板路がなんと言っても好いのは、長年月の人の往来によってナチュラルに石が磨かれて、独特の輝きとすり減りの表情を生んでいるところです。
先月の重慶の古鎮で見たそれは、村の一条路というメインストリートにあったため、磨かれ方が抜群でとてもよい顔をしていました。
ここ塘尾では限られた少数の住民が通るだけだからでしょう、石板路はまだまだ幼い顔付きに見えます。
それでも、碁盤のように縦横に小道が走っている中、ここだけがきれいな石板路だったので、わたしにとって塘尾でいちばんの場所です。

囲屋の中をくまなく歩いて作例の前方の方を歩いたときにはこの少女はいなかったのですが、しばらく経ってここを通ると地べたにそのまま座り込んで携帯に見入る彼女が忽然と存在していて、石板路に色どりを添えてくれていました。
残念ながらここでも遥か後ピンです。
一定間隔で並んだ石板を数えると、8枚先くらいにピントがあるように見えます。
石板がピント補正用のスケールになっているかのようです。
【M8/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/25 Thu

両個面貌

M8/Sonnar 50mmF1.5
華南でビジネスを展開する人たちは誰でも知っている東莞ですが、一般にはまったく知名度の無いところなのではないかと思います。
ただ、最近の中国経済が失速というニュースの中で、中国企業が倒産して工場がどんどんと無くなっていると言う映像ではよく東莞が使われていましたので、何となく聞き覚えがあるという向きもあるかも知れません。
中国は世界の工場と言われ続けましたが、その象徴が東莞だと言っていいほど、もともと何もなく香港とのつながりから一気に製造業のメッカへと変貌したところです。

広東の何もなかった田舎に工場がどっと建ったようなところですので、観光に行くようなところではありません。
近隣の貴州省とか湖南省の農村に住む貧困層からは、東莞は出稼ぎに行く場所だと認識されています。
もうひとつ東莞には裏の顔があって、いわゆる中国髄一の性産業が存在することでも有名です。
社会主義を標榜する中国では、本来、スナックのようなところで女性が客の横に座ることすら禁止されているのですが、むしろ社会主義だからいくらでも抜け道があるからなのでしょうか風俗産業ががっちりと根付いていて、東莞に出張に行くと言うのが悪いことをしに行くと言うのと同義語になるくらいなのだとも聞きました。

いずれにしても、わたしがのこのこ出掛けて行くようなところではないというのが東莞のイメージです。
唯一の例外がわずかに残る古鎮の存在で、今回、広東古鎮50選のようなサイトを見つけて、塘尾の存在を知り、そこが以前訪問した南社から近かったことから、その2つの古鎮をめぐる計画を立てたのでした。
もちろん夜まで長居せず、夕方にはもどるというスケジュールで。

先般も書いたばかりですが、百度という中国のポータルサイトの地図が便利で、塘尾の位置をまず調べて鉄道駅からのアクセスをチェックすると、深圳駅から高速鉄道で石龍まで行きバスを2つ乗り継げば1時間強で行けることがすぐに分かりました。
何でもかんでも事前に調べて行くのはわたしの旅のスタイルに反するのですが、時間も大切ですので、とりあえず行きのルートは確認しておいて、そこから先は現地の人に聞きつつ進んで行くというかたちを取ることがここのところ多くなっています。

今回は、調べたとおりにして横山という覚えやすいバス停で降りて、そこから200メートルとなっているのを鵜呑みにしたところ、これがとんだ間違いで、聞いたところ歩ける距離ではないのでバイタクを利用するよう現地人にアドバイスされて、それに従って到着することができました。
データ上のミスなのかも知れませんが、このくらいのトラブルは乗り越えられなくては中国を歩くことはできません。

さて、その塘尾に着いてひととおり歩いてから食事をすることにしたのですが、この地の伝統的な食を味わえるレストランを偶然見つけることができました。
塘尾を含むエリアは石排と言う名前なのだそうですが、これは古来現地の人がお祭りなどで長いテーブルにたくさんの食べ物を並べた、食排(石排と発音は同じ)から転化したものだというくらい、食べ物にこだわりのある土地だと説明されています。

確かに食事はとても美味しく大満足だったのですが、伝統的食事ができて満足だと言ったところ、実は自分たちは四川から来ていて、料理はここの伝統的なものではないと言われてがくっとなりました。
店の壁に蘊蓄のように書かれた先ほど紹介した言われなど何のために掲示しているのか意味が分かりません。
本来、むそういうコンセプトでレストランをオープンしたが、肝心の調理法などは学んでいないということなのでしょうか。
広東風の料理ばかりでたので、伝統的なものだと言い切ってくれれば、わたしは素直に信じていたはずですが。

そのレストランでは料理待ちのあいだ手持無沙汰で、となりのテーブルをキャンディッドしてみました。
距離合わせは目測でヘリコイドの距離表示を合わせたのですが、そんなものでも他よりもずっとピントがマシになってしまうのが悲しいです。
セーム皮を出してカメラを磨くフリをしながら角度調整して、ばれないように撮ったつもりでしたが、この鋭そうな女性にはばればれだったようです。
顔はかなり個性的ですが、それよりも作例の足が妙に見えるので、採用してみました。
【M8/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/24 Wed

又用草苺鏡頭

M8/Sonnar 50mmF1.5
今回、メインに使おうと考えて持ち出したレンズは、ゾナー50mmF1.5です。
えっ、またゾナーかという反応が想像されますが、それほどわたしはイチゴのゾナーが大好きで、先月はアリフレックスのイチゴ・ゾナー、その前の前の月はコンタックスマウントのオブトン・ゾナーを使っています。
今回も、コンタックス用のゾナーですが、オブトン製ではなく1939年イエナ製の戦前最後期バージョンになるかと思います。

1939年のゾナーだろうが、ブラック&ニッケルのゾナーだろうがレンズそのものは同じなのかも知れません。
そのことについて調べられていないのが申し訳ないですが、両者には表面的に少なくとも2つの相違点が存在します。
1つはコーティングです。
1939年の方には銘板に例の赤Tマークが付いて、オリジナルのTコーティングレンズと分かります。

もう1つが最少F値の違いで、イチゴ・ゾナーの最初期はF8だったもののそれはわずかの生産量にとどまり、以降ずっとF11のものが製造され続けたのですが、1939年ではF22が最少絞りになっているのです。
この辺の事情はたいへん気になるところです。
戦後になって刷新されたということではなく、突然の変更のように見えるのですが、その理由がよく分かりません。
1937年製のイチゴ・ゾナーも持っていますが、これはF11までです。
またF16までというものもあると聞いたことがあるのですが、それが1937年と39年の中間に存在するのか確認できていません。

その違いを自らの撮影で解明してみるつもりだなどと、殊勝に考えたわけではありません。
コンタックス・マウントのイチゴ・ゾナーといっても非常に長い期間たくさん製造されている中で、戦前最後期の製造を入手できたという喜びをもって撮影に使いたいと考えたにすぎません。

しかし、その喜びが慢心になってしまったようで、昨日予告したようにお粗末なミスをやらかしてしまいました。
コンタックス・レンズをライカで使うには専用のアダプターが必要なのは言うまでもありませんが、7月にオブトン・ゾナーを持ち出したときにもそのアダプターを使ってピントがおかしいとブログでも書いたのに、それを調べもせずにそのまま同じアダプターで撮影に臨んでしまったのです。
オブトン・ゾナーはみな後ピンになっておかしいと書きましたが、今回のゾナーでも結果が同様なのは作例が示すとおりです。

昨日は自転車を押す手前の人物に、今日は荷台付きの自転車にピントを合わせて後ピンになったため、偶然にもそれぞれ後方の塔と人物にピントが合ってしまったのがなんとも皮肉です。
といっても、ここ塘尾明清古村落ではゾナーしか使わなかったので、狙ったところにピントが合った写真は1枚としてありません。
あと3日間ほど、こんな作例を続けさせていただき、場所とレンズを変えることになります。
【M8/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/23 Tue

過了1個月

M8/Sonnar 50mmF1.5
ついこの前重慶を旅してきたと思ったら、もう1ヶ月経っていました。
立て続けになりますが、今回は、いつものように深圳に滞在してきました。
行程はいつものとおり成田から香港まで飛んで、陸路で深圳に入るパターンです。
成田~香港間の空路は、いつもより混んでいて尖閣問題の余波もだいぶ収まったかの印象を持ったのですが、ビジネスクラスには往復とも数人しかおらず、日中間のビジネスは依然として冷え込んだままなのだということを示しているかのようでした。
あっ、わたしが腰掛けたのはもちろんエコノミーです、念のため。

ある程度様子が分かる深圳のことなので、レストランとかタクシーとか会話する機会がある人に対して、自分は日本人だがと断ったうえで今の日中関係についてどう思うかなどと何人かに聞いてみました。
まったく関心がないと言う反応あり、政府間の問題と個人の問題は別という意見あり、日中間は経済の結びつきが強くこのままでは問題だと言う正しい認識ありで、全般の印象としても少なくとも深圳は政府の思惑とは違って市民感情や日本製品不買などで日本に圧力をかけるという雰囲気はないように思われます。
なかには激しい反日の人もいて、こんな問いかけをしていきなり殴られたりという可能性があるかも知れませんので、けっして真似はしないでください。

香港から深圳に入るときに、以前はあったX線の荷物検査が現在省略されているのですが、荷物が多過ぎるなど怪しい人には抜き打ちで検査を行っています。
日本人には全員検査を受けさせるなどもできないことはないのですが、幸いにしてそういう日本人イジメは行われていません。
経済的ダメージは日中双方に出つつあるので、中国政府も日本企業やビジネスマンに圧力をかけるのはやめにして、どこかに着地点を求めているのかも知れません。

このような状況については、気になるところだと思いますので、始めのうちに報告しておきました。
少なくとも表面的にはいつもと変わらないと言うことで、いつも通りに1日を近隣の古鎮巡りにあてました。
行き先は、深圳と広州の中間にある東莞市の塘尾明清古村落という愛称を持つ村です。
今まで、塘尾という名前を聞いたことはあったのですが、なかなに魅力的なところで、いままでずっと訪問しなかったことが悔やまれるくらい広東の古鎮としては魅力ある村でした。
しかし、本当に悔やまれたのは、もっと別のことでした。
取り返しのつかないミスを、またしてもやってしまったのです。
やはりわたしには、どうしても新しいライカMが必要だと言うことのようです。
【M8/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/22 Mon

木彫的観音

M8/Elmarit 90mmF2.8
長きにわたった重慶の回も今日で最後です。
夏休みと旅は、過ごしているあいだは長く感じられるものの、終わりになってみるとあっという間に過ぎてしまったと思えてくるものですが、このブログの連載ではただただ長く感じるだけです。
以前は、旅で出合った美女の作例を最後にもってきて、終わりよければすべてよしとお茶を濁していました。
今回も、ひそかにその作戦を実行に移すべく準備していたのですが…。

名も知らない古鎮にはおよそ1時間の滞在、古びた食堂でお昼をとってバスで重慶市街に戻ります。
庶民的なスーパーで買い物をしましたが、翌日が中秋節のため月餅が大量に売られているので、重慶でなくても中国中どこでもあるのを知りつつ購入します。
友人も重慶製とき書かれていますが、これなら深圳でも買えるのではというお菓子をしこたま買い物かごに入れていました。
重慶ならではのものはないかと店員に聞くと、磁器口の名物だったお菓子があったので一袋買って帰ります。
ところがこれは、帰りの飛行機が1時間もディレイになってお腹が空いたので、ふたりで食べてしまいました。

スーパーがいまひとつだったので、午後は時間を持て余すことになります。
近くの大きな公園を散策することにしましたが、さーっとひと雨あったのでベンチは濡れてて座れず、近くに喫茶店でもあればいいのに中国では案外そういう店が見つからないものです。
そのうち、友人の友だちが用事があると帰ってしまいました。
友人は、たぶん彼女はこの間ずっと我々に付き合っていたので、麻雀がしたくて仕方なくなったのではと分析しています。

公園のいちばん奥に小さな博物館がありました。
入場無料だというので入ると、入り口にベンチがあって、友人はどっかと座って、わたしは休んでいるのでひとりで見てきてと笑っています。
こういう展開になるなら、やはり古鎮にずっといれば良かったと残念でなりません。

しかし、この博物館、展示はほとんどベッドというユニークなところで、開き直って見たせいかなかなか面白く思えました。
ベッドはどれもが19世紀のもので、天井があってとサイドに化粧台か朝食をとれるような台が一体化しています。
全体に中国の縁起物を中心にした彫刻で覆われていて、当時の家具職人が持てる技のすべてを駆使しましたという絢爛さがあるのに、実際に寝てしまうと外側の装飾が見えないという不思議にはかなさを感じます。
いちばん豪華なベッドには、中国3大ベッドのうちのひとつと説明がありました。
誰がその3つを決めたのかは、説明がありませんでしたが。

その並びに骨董品店がありました。
ちょっと覗いていると若い女性店員が話しかけてきたので、見ているだけです、あのベッドが売り物だったらほしいけど、と返事します。
すると、わたしの下手くそな中国語で外国人と気付いた彼女が、英語に切り替えて話しかけてきます。
観光に来たのかとか他愛のない会話ですが、大学を出たばかりという彼女はなかなか美人と気付きます。

重慶の旅では、これまで美人にはさっぱり出合うことがありませんでした。
屋台のお姉さんが唯一の例外でしたが、旦那さんと俳優の卵といっしょにVサインしている写真は暗い中でパッとしません。
骨董屋さんの彼女を撮らせてもらおうという下心がはたらいて、1950年代に作られたという観音像を買ってしまいました。
木彫ですがプラスチック製のように見えなくもありません。
その旨告げると、ここは重慶市で経営しているアンティークショップなので、偽物は一切ありません、安心してくださいと言って優しくほほ笑みかけます。
笑顔につられて買ってしまいましたが、もちろん200元というのを120元まで値切っての購入です。

その笑顔が今日の作例になるはずでしたが、いま見ると、けっして不美人とは言いませんが、かといって美人とも言えぬごく一般的な顔立ちで、自分の記憶とのギャップに驚かされました。
旅ももえ終わりだという感傷的な気持ちが、彼女を美女に仕立てたのかも知れません。
代わりに持って来たのが、名前も知らぬ古鎮での緩い空気感の漂う作例です。
あまり盛り上がることもなく、ずるずると日数を消化していった今回の旅の気分を、2匹の犬がぴたりと表現しているように思われました。
【Elmarit 90mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/21 Sun

涼不要火

M8/Summicron 35mmF2
名も無きというか、尋ねるのを忘れていた古鎮は、どこをどう撮っても絵になるような雰囲気でしたので、今回の旅ではいちばんの撮影枚数になりました。
それでも撮影したのは100枚にも足りなかったのは、ここにも1時間も滞在しなかったからです。
フィルム時代の感覚なら3本撮っているのでかなりのペースでの撮影と言えますが、無尽蔵のデジタルではいかにも少ないという印象です。
関西の速写名人ホロゴンさんなら、通勤途中の息抜きで撮り切ってしまえる枚数です。

重慶を8日間旅したのですが、撮影枚数は1000枚に届きませんでした。
一見たいへんな量ですが、1日100枚ちょっとというのは、やはりいかにも少ないと言っても多くの人が肯定することでしょう。
いつも、旅をすれば1日200~300枚は撮りますので、わたし自身少なさに驚き、間違ってデータを消去してしまったのではと思ったくらいです。
移動時間が長かったこと、期待の古鎮がいまひとつで短時間しか見なかったこと、全般に天気が悪かったこと、メインのゾナー50mmが壊れて戦意喪失したこと等理由はいくつか見つかりますが、ひとりではなく同行者がいて撮影に専念する時間が少なかったことが最大の原因ではないかと思われました。

カメラの件で言えば、とんだ失敗をしています。
今回は、Summimomuさんとの交流から刺激を受けて、モノクロに挑戦しようとM6を持って行きました。
フィルムはゾナーを開放で使うために彼が手配してくれ恵比寿のフォト・シャトンまで買いに行った低感度のものを用意しました。
傑作が撮れたら、Summimomuさんにプリントしてもらう約束まで取り付けています。

ところが、ここぞという古鎮ではことごとく雨やくもりに見舞われて、ISO25のフィルムでは1/8か1/15という状況ばかりで手ブレとの戦いです。
特に重量級のM8から切り替えると、M6はふわっと軽く感じられ手ブレしているような感覚が頭を離れません。
軽いカメラは手ブレしやすいというのは本当なのだと実感しました。
こちらの撮影は1本半で、まだフィルムが残っているので撮り切ったら現像に出すつもりです(現像するではなくスミマセン)。
あまり期待もできませんが。

とは言うものの、この古鎮で撮った写真は、作例のものとことごとく似たような雰囲気のものばかりで、同工異曲という言葉通りです。
100枚をいくら少ないと言ってみても、1枚を3秒でばんばん見ていっても5分もかかるのですから、やはり相当な枚数だということです。
いつも思うのですが、ライカという特別なカメラを持って、さらにはレンズまで気合の入ったものを付けているのですから、漫然と撮るのではなくよりハイレベルなものを撮るよう工夫が必要です。

身分相応ということもあるので、常に進歩というのは不可能ですが、例えば2週間に1枚くらいはインパクトのある作例、類例のない作例、あるいは賛否両論何だこりゃという作例をアップできなくてはいけないのではと考えています。
古鎮を紹介するものではなく、レンズの特徴をあぶり出しているわけでもない、もちろん芸術というレベルには程遠く、自分を表現しているのだなどとは間違っても言えない、そんな中途半端な作例を出し続ける意味に疑問を感じない方がおかしいのです。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(4) | 2012/10/20 Sat

像宋代古鎮

M8/Summicron 35mmF2
重慶の旅の最終日は、夜の便で深圳に戻ることになっています。
どこへ行こうか、どこを案内しようか、3人で議論になり、結局、わたしのゴリ押しで、またもや古鎮に行くことになりました。
ふたりには申し訳ないので、ひとりで行くと言ったのですが、重慶でわたしを一人っきりにするのが不安なようで、付いていくと言って聞きません。

昨日の偏岩よりもずっと近くに似たような古鎮があって、行ったことがあるので案内するとのことです。
お昼はそこで食べて、午後に重慶市街に戻ってスーパーでおみやげでも買って帰ればいいと提案してくれます。
友人が深圳の勤め先におみやげを買って帰らなくてはと言っていたので、そういうルートになってしまいましたが、個人的にはおみやげはいいのでひとり古鎮に行って空港で合流したいと言いたいところですが、これまで迷惑をかけどおしだったので素直に従わざるを得ません。

今日もまた、路上に出た友人の友だちが「ニャーッ」と大声を発してタクシーを止めたところから、今日の古鎮行はスタートします。
実は、近場の古鎮ということでそれほど期待していなかったため、この古鎮の名前を聞くことすら忘れていました。
しかし、この古鎮が実に良かったのです。
古鎮自体は地味な存在なのですがタイミングがぴったり合うとこうも良くなるのかというお手本です。

9月29日は1週間に渡る国慶節の休暇が始まる日です。
多くの人が休暇を利用して旅行に出掛けており、日本のニュースでも高速道路を無料開放したために大渋滞が発生したとか、万里の長城では朝の山手線のラッシュ並の大混雑になったとか、新疆の砂漠で何度も観光客を乗せたラクダが過労死したとか報道されていました。
都会に住む富裕層や中間層はそんな旅行も楽しめますが、地方の庶民はまだまだそんな余裕はありません。
もっとも彼らまで余裕で旅行するようになったら、すべての観光地が大パニックになるほどの人であふれてしまうでしょうが。

地方の老百姓と呼ばれる庶民はどうするのかと言えば、大型連休の祝祭的な雰囲気の中、家の近くで遊ぶということのようです。
訪れた名も知らぬ古鎮はたくさんの人でごった返していましました。
若い人は都会に出稼ぎに行っているからでしょう、古鎮は老人銀座となっていて、友人と目を見合わせながら、まるで50年前の世界にやって来たみたいだと言って大笑いしました。

昨日の作例では、パイプをくわえた男性がとくに時代がかった服を着ていたので、この人だけなら100年前に見えるかも知れません。
これはかなり異彩を放っていましたが、他の老人たちもむかしの人民服のような地味な出で立ちの人が多いので50年前の世界に突然降り立ったというのはちっとも誇張ではありません。
作例は、この老人が気になっていもの腰だめでノーファインダー撮影したものですが、そんなことをせずとも真ん中にどんと立って、気の向くままにあっち向いたりこっち向いたりしながらシャッターを切ればいくらでも古鎮写真が量産できるような状況でした。

それからしばらく歩くと、もっとすごい人がお茶をすすっているではないですか。
これは50年100年どころか宋代の格好にしか見えません。
あれって辮髪…?
長いこと中国を歩いてきましたが、もちろんこんな人を見るのは初めてです。

ここでも、わたしは店内にカメラを向ける勇気が出なくて、根性なしのノーファインダーでした。
ただの目立ちやたがり屋だとしたら、むしろはいチーズと撮った方がよかったのかも知れませんが、カメラを向けた瞬間に、お主、何をするか、と投げ飛ばされるのではと心配になりました。
観光用の衣装なのではと疑う向きがあるかも知れませんが、それは無いと断言できます。
なにしろ、観光で来ていたのはわたしたち3人だけだつたのですから。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/19 Fri

我們只有一個

M8/Summicron 35mmF2
もう20年前とか大昔の話ですが、台湾の地図には自国を中華民国と名乗り、首都は南京になっていると聞いたことがありました。
一方の中国の地図は、当然、中華人民共和国となっていて、台湾も台湾省と書かれ自国の領土としていました。
いつ頃の地図かは書かれていなかったもののたぶん尖閣は自国領土だと言い始める1970年代より前のことでしょうが、その中国の地図では、尖閣諸島は日本の領土となっていたと先日の新聞で読みました。
これはまずいと思ったのか、中国の出版社が尖閣の地図を出したというニュースも見ました。

中国のポータルサイト最大手「百度」は中国のサイトとしては使いやすいのでわたしもよく利用しますが、中でも百度の地図は地名を入力するとそこがクローズアップされたり別の近くの地名を入力して交通の検索もできるなど旅するための便利アイテムです。
その百度地図はやはり台湾は中国領土としていますが、尖閣のあたりは国境線が無くなっていて、どの国の領土か分からなくなっています。
百度が日本にも法人を設立しているので、その辺の配慮と言う事情があったのかも知れません。

この地図ですごいのは、ベトナムやフィリピンの中国に向いている側の海域をすべて中国領にしているところです。
まるでその両国には海が無いと言わんばかりに。
中国には西沙諸島と南沙諸島で領土問題があるので、地図上では中国領だと有無を言わせぬ姿勢をとるかのようです。
とすれば、なおのこと尖閣を自国領としていないことが尚のこと不思議に感じられます。

では、中国人のうちどれだけの人が尖閣は中国領だと思っているのだろうかと言えば、わたしは、ほぼ100%そうだと思います。
重慶滞在中、ホテルでテレビをつけると必ずどこかしらのチャンネルで尖閣問題の放送があって、御用学者のような人から政府関係者とか軍人などが出演して、歴史的経緯とか今後中国が為すべきことなどを真剣に論じたりしているのですが、そこでは中国には都合の悪い事実はすべて省略されているうえに戦争によって日本に盗られたという論調になってしまっているので、見る人は、よほど懐疑的でもない限り尖閣は中国の領土だと刷り込まれてしまうのは無理のないことです。

愛国心に燃える人は日本を許せぬとなるでしょうが、それはまさにテレビ番組をコントロールしている政府の思い通りと言うことです。
ですが、一方で貧困層等は自分たちの生活で手一杯で遠く離れたちっぽけな島のことにまで関心は向かないでしょうし、問題意識が強い人はそんなところに軍事費を注ぎ込むくらいなら我々の生活の改善に投じてくれと憤懣やるかたなくなるということになっているのだと思います。

巫山にいた時、夜、ひとりホテルの近くを歩いていて美女がつくってくれる焼き物の屋台があったので入ってみました。
すぐにその旦那さんがやって来てがっかりだったのですが、他に客が来ないのでいろいろ世間話をしているうちに日本人とバレて、尖閣のこととかお互いどう思っているのかやりとりしました。
20歳代半ばの若い彼らは、こんな商売をしているくらいだからあまり興味はないけど、尖閣は中国のものだと思うと言います。

日本人はどう考えているのと聞かれて、わたしは、客観的な事実をいくつか並べてこういう事情なので誰がどう考える以前に尖閣は日本としか考えようがないのだと説明しました。
わたしはノンポリですし、尖閣のことを学んだこともないのでニュースなどの受け売りですが、19世紀に日本の調査団が尖閣はどこの国にも帰属していなかったことを調査して日本領にしようとして異議がでなかったこと、そのため島内に魚の加工場を建設して人も住んでいたこと、中国もアメリカも尖閣は日本領と文書などで認めた事例があること、ところが70年代になって近海に海洋資源があることが分かった途端中国が自国領だと突然主張し出したこと等を説明すると、彼はどれひとつとして聞いたことがなかったと冷ややかに笑いました。
日本には政党がいっぱいあるんだろう、我々にはたったひとつだけさ、彼らが言ったことがこの国ではすべてなんだからと、付け加えました。
美人の奥さんが、その後ろでうなづいています。

路上の屋台でオープンに話す内容ではないとお互い気付きました。
話題は、日本の物価のことに変わります。
近くで買った瓶ビールを例えに、これは日本だと500円以上すると言うと信じられないという顔でそんなに高いのかと驚いています。
日本は物価が世界一高い上に、中国政府は人民元を懸命に安く抑えているのだが、これによって中国の産業が守られているので、これは中国政府の評価されることではないかと思う、とフォローにならない説明をしました。

何しろ、屋台はかなり旨かったので8品頼んだのですが、会計すると16元と言われ1品すべて24円とめちゃくちゃに安かったのです。
屋台は庶民が利用するところですから安くなくてはいけないのですが、かなり注文して30分以上粘った料金が200円にもならないのですから、彼らの生活の厳しさがうかがえます。

話はまったく関係なくなりますが、この屋台にずいぶんとハンサムな青年がやって来て、途中話に加わって来ました。
ここで仕事しているのかと聞くと、そうだというので何をしているかたずねると、映画の撮影をしているとの答えです。
てっきり、観光用の映画でも撮影しているスタッフかと思いました。
彼は、もう帰って寝なくちゃというので、せっかくの機会ですしと言って屋台の夫婦と3人で写真に撮らせてもらいました。
奥さんが美人だったのでもともと撮影しようと思っていましたし。

その奥さんが彼が去ったあと言うには、彼は俳優だったそうです。
まだ若いので無名ですが、彼は中国の有名な俳優・趙本山の愛弟子なので、そのうち彼もブレイクするかも知れませんと、教えてくれました。
いま、小三峡の自然を活かして歴史上の映画を撮っているのだとのこと。
それだったらサインでももらっておけばよかったし、あるいはもっと親しくなって女優の友だちでも紹介してもらえばもっとよかったですね。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(2) | 2012/10/18 Thu

一条街

M8/Elmarit 90mmF2.8
偏岩古鎮にはメインストリートがあって、その左右に古建築が並んでいます。
建物はほとんどが商店か食堂を営んでいて、中には観光客目当てのみやげ物売りなどもありますが、おおくは創業何十年にもなる老舗が軒を連ねます。
中国の古鎮ではこのような通りを中心にしたところが多く、このような通りも一条街という名称で呼ばれています。
真っ直ぐな一条街では望遠が威力を発揮するので、使っていなかったエルマリートに付け替えてずっと撮影していました。

そういえば、わたしのM8は望遠レンズでは距離計連動が合わず、みな後ピンになってしまいます。
最短撮影距離付近では、だいたい合焦するのに少なくとも数メートルより長い距離ではみんなピントが後にいってしまいます。
どうしたかと言えば、実は適当です。
二重像合致位置から手前にずらして2~3枚撮ると、だいたいピントが合っているように見えるというものが1枚くらいは出てきてくれます。
いちおうはスナップを撮ってきているつもりですので、こんなやり方では偶発性が強すぎて、撮っていてもあまり楽しいものではありません。

ひと月ほど前にライカMの詳細が発表されました。
ライカM9の次なのでM10になると思いきや、以降は数字は使われなくなるようです。
ライブビューが搭載されることで、Mはミラーレスのことではと揶揄されるほど、意外にも評判が良いとはいえないようです。
ライカはレンジファインダーカメラだからこそいいのであって、ライブビューが付くのならなら一眼レフを使った方がよいという意見なのでしょう。

わたしは、M9にライブビューが増設されたようなスペックであれば大歓迎で、来年早々にも発売されるようなので、ぜひ購入を検討したいと考えています。
このエルマリートのように距離計が狂ってもライブビューとの比較で、ほんとうに距離計に問題があるのかレンズ側に原因があるのか判別できます。
もちろん撮影中でもピントの問題が解消します。
さらには、レンズヘッドを入手すれば距離計連動に改造しなくても、ビゾ用などのヘリコイドにテープでくっつけてしまえば、とりあえず使えてしまうので、わたしにとってはレンズを楽しむ幅がどんどん広がって行くからです。


さて、古鎮で退屈そうにしている友人たちをなだめるべく、偏岩から面包車(軽ワゴン)をチャーターして15分ほど山を登ったところにある金刀峡に向かいました。
渓流あり、洞窟あり、吊り橋あり、竹林あり、何より全体が美景というトレッキングできる公園のような観光地です。
入場料を払って入口から入りますが、渓流に沿ってずっと1本道をくだり、2~3時間歩くと出口になります。
その間景色がいいところなどにベンチが据えられていて、休憩所なども適宜設置されているので誰でも、自然のトレッキングを楽しめる公園です。

少し遅い時間に行ったこともあって、あまり他の人に出合うこともなく、3人で景観を楽しみながらおしゃべりしながら、のんびり進んで行きます。
ふたりとも楽しんでいるようでやれやれです。
わたしは、小三峡のように船の上から景色を眺めるよりも、景色自体は劣ってもこうして自分の足で歩いて見て回る方がずっと面白いと調子に乗ります。

ところが、行程も半分くらい進んでから悲劇がやって来ました。
好天だったのに、突然、雨が降って来たのです。
それまでの楽しいムードは一転し、みなずぶ濡れになりながらただただひたすら出口を目指して、黙々と歩いていく苦行になってしまいました。
ふたりには、退屈な古鎮と苦行の自然公園という二重の苦痛を味わわせてしまい、申し訳ない限りです。
そういえば、2個所とも1本道を歩かせたというのが奇妙な符合ですね。
【Elmarit 90mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmarit 90mmF2.8 | trackback(0) | comment(2) | 2012/10/17 Wed

超編

M8/Summicron 35mmF2
いくつかあった候補地からわたしが選択した古鎮は、偏岩でした。
どこの古鎮が好いかなんて、本やネットの情報を見てもよく分かりません。
すごく好くてアクセス便利なところはテーマパーク化してしまいますし、では逆に不便なところにするとゴーストタウン化しているという経験をすると、そのどちらでもない古鎮は勘で探すしかないようです。
偏岩がそういう古鎮と思ったからという訳ではなく、古鎮の近くに峡谷の観光地があるとあったので、古鎮に感心ないだろう友人たちにはせめてそちらで楽しんでもらおうとの配慮から決定しました。

バスでおよそ1時間半かかるそうですが、これも彼女たちへの配慮でタクシーをチャーターしていきます。
ふたりとも乗り物が苦手で、バスなんかだと前方の席に座らないと、しばしば気分の悪そうな顔になっています。
45分ほどで到着しましたが、なるほどこの偏岩はなかなかに見どころある古鎮でした。
かたわらを渓流が流れ、古い家並みの美しい石板が敷かれた小路が並行しています。
小道は二またに分かれていて、左に行くと川原に出て大きな木が立ち並び、右に曲がると古寺のある広場につきあたります。

このように、古い村がコンパクトにまとまっていて、重慶の郊外のためか住人が多く適度に活気があるのが、偏岩の魅力です。
ゆっくりと味わうように歩いて、ときおり建物の木彫のディテールを見つめたり、ぼんやり座っている老人を撮影したり楽しみました。

が、ふたりにはまったく村に興味がないようで、どんどんと先に歩いていってしまいます。
友人の方は実家が大昌という古鎮だということは書きましたが、その友だちの方も生まれたのはこの偏岩と似たような村で、聞くと懐かしいような気持ちになれたものの、ただ古くて何もないところを歩いてもちっとも面白くないと言います。
それは申し訳ないと恐縮しましたが、どうぞ気にせずゆっくり見てくれと気遣いするので、わたしはますます恐縮してしまうというまずいパターンです。

ところで、彼女は2児の母ですが、今は離婚して子どもたちを実家に預けてひとり暮らししているとのことです。
旦那さんはお金持ちだったそうで、慰謝料と養育費、さらには持っていたマンションを2戸分もらって、ひとつに住んでもうひとつは人に貸して家賃収入があるので、毎日麻雀などやりながら遊んで過ごしているようです。
なかなか豪快な女性で、食事なんかはほとんどわたしと変わらないだけ食べるのでびっくりさせられました。

いちばん印象に残っているのがタクシーを探している時、かなり大きな声で「ミャー」(?と聞こえる)叫んで捕まえていたことでした。
重慶ではああやってタクシーに乗るのかと思ったのですが、他に叫んでいる人を見かけませんでしたし、友人も大笑いしながら見ていたので、彼女が編み出した技だったのかも知れません。
まるでターザンが目に見えない距離にいる動物を呼ぶような野性味がありました。

作例は、偏岩の古寺で拝んでいると、バイクが通り過ぎた時のものです。
境内を走行するとは罰当たりなと思ったのですが、問題ないようなので、ここは境内ではなく広場だということなのでしょう。
前方の建物もお寺の施設ではなく、普通の古民家なのだと後で気付きました。
バイクも、よく見ると息子、父ちゃん、娘、母ちゃんが一家揃って4人乗りしています。
ヘルメットもしないで心配ですが、その分スピードは出さないようです。
おかげで、気付いてから慌ててカメラを構えても、どうにか撮影に間に合いました。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/16 Tue

兎肉很好吃

M8/Summicron 35mmF2
もう慶の回になって3週目になりますが、特に新たなネタもないことから、このまま続けて行くことにします。
魚木塞からの帰り道、村の宴会に入れてもらうなどしてから万州行きのオンボロバスに乗り込み慶を目指しました。
宴会でビールと白酒を浴びるほど飲んでふらふら状態だったので、バスに乗ってすぐ眠ってしまいました。
隣のおばさんに揺すり起こされたのでもう着いたのかと立ちあがりかけると、そうではありません。
車内を洗うために水を流したところで、わたしの足首にまで水が来ています。
まだ半分も走っていないところで、なぜに車内を洗う必要があるのかよく分かりませんが、おそらくそれで15分は時間をロスしましたし、わたしはその後しばらく靴をたっぽんたっぽんさせながら歩くことになりました。

1時間半と言われたのにやはり2時間かかって万州に到着しました。
タクシーでバスターミナルを移動するとすぐの発車で慶に向かいます。
当初の予定では5時までに着いて友人たちと食事をともにするつもりだったのですが、これは厳しくなりました。
8時到着予定だったので、ご免、ご飯は食べててと友人にメールします。

ところが、8時にバスターミナルに着くと、彼女たちが待っていてくれました。
よく無事にお帰りでと暖かい言葉をかけてくれます。
みんなで、慶火鍋の店に行きました。
到着の翌日にも行って行列がすごくてあきらめた店でしたが、時間が遅かったおかげですぐにテーブルにつけたものの、やはり混んでいます。
散々待たされた挙げ句に、わたしの旅の話まで聞かされて、彼女たちもご苦労さまです。

火鍋の話題が出たので、慶の食のことに触れておきたいと思います。
慶もかつて四川省に属していたことからも分かるように、料理は全般に辛いです。
さらに、痺れる辛さも加わる、いわゆる麻辣な食べ物が多くあります。
痺れる辛さの麻とは、花椒と言う日本で山椒と呼ばれる小粒の木の実を入れることで意図的に作り出されます。
これは本当に舌がマヒするくらいの痺れで、わたしは辛いのは平気ですが、この麻は大の苦手です。
たぶん、ほとんどの日本人は現地で麻婆豆腐を食べても、舌がすぐに麻痺して辛さに驚く前に味覚がなくなってしまうでしょう。

幸いにして友人もその友だちも、わたし同様、花椒が苦手なのでオーダー時に入れないでねとお願いしたので難は逃れることができました。
あとははひはひする唐辛子の辛さに耐えられれば、料理はすべて美味に感じられること請け合いです。
今回食べたなかでいちばん旨かったのは、酸菜鶏という名前の鍋料理で、酸菜というちょっと酸味のある野菜とたくさんの薬膳などを入れたスープに、いま〆たばかりのトリをぶつ切りにして入れた鍋料理です。
スープがまず絶品でまずはこれを味わい、トリが煮たつとその味が沁み込んで、なんなんだこの味は!?と絶叫したくなるほどの美味を堪能することができます。
辛くないので子どもからお年寄りまで誰でも食べられるのも好いです。

ええっというものも体験しました。
ウサギの激辛スープ煮のような鍋です。
中国ではウサギ肉は高価で旨く人気があるのですが、この鍋は安価です。
その理由は、ウサギの顔だけしか使っていないからだと、食べている時に気付きました。
日本では愛玩動物のウサギが、ニタッと笑ったような歯をむき出した状態になったのが、鍋狭しと20匹くらい並んでいてオカルトに近い世界です。
ところが、さすが高価なウサギは顔面の肉も当然に美味で、気付くとがんがんといただいていました。
別のところでは豚足の鍋も食べましたが、これに比べると全然普通の肉料理に感じられます。
簡単にまとめてしまえば、重慶の料理恐るべし、です。

食通が、重慶の食べ物について書いたらキリが無いかも知れませんが、わたしは食べ物に関しては刹那主義で、翌日にはなんだか忘れてしまっているので、このへんでよしにしましょう。
その翌日には、どこに行こうかみんなで迷ったあげく、わたしのたっての願いで、郊外の古鎮に出掛けました。
食については完全に満足だったのですが、今回訪れた古鎮には不満が残っていたからです。
いよいよ、重慶の滞在も残すところ2日となったところでした。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/15 Mon

又最高又最低的午餐

M8/Summicron 35mmF2
魚木塞は1泊だけで、翌日10時過ぎには出発しました。
朝のうちは、ご飯をつくってくれたり、昨日の作例の古民家まで案内してくれたり、宿泊した家の家族が面倒みてくれましたが、彼らにも畑仕事とか家事などやることが無いわけではありません。
村の中には他にも見るところはありましたが、徒歩1時間以上かかるし、迷子になるかも知れないと聞いてあきらめ、早々に重慶に戻ることにしたのです。

この日は、夜に友人と合流することになっていて、彼らと名物の火鍋を食べるとも約束していたのです。
のんびりし過ぎていては夕食に間に合わなくなってしまいますし、これ以上心配をかけたくないとも考えました。
というのは、単独行動になってからかなり心配させてしまったようで、友人からはこの2拍3日のうちにひっきりなしに安否伺いのメールが来ていました。
友人にも警官にも、心配ばかりかけてしまいまったく身勝手な旅人だと反省します。

奥さんから、また必ず来てねと見送られます。
そういえば前夜、利川の町の中学校で寄宿舎暮らしをしているという愛娘の写真を見せてくれましましたが、そこに写る彼女はびっくりするくらいの美少女です。
写真を加工してあるのではと疑ったものの、友だちたちと写っているものなど他の子はごく普通の顔なのに、彼女だけはひとり女神のような美しさで他を圧倒しているのでいじったりしたものではなさそうです。
娘さんをモデルに写真を撮りたかったなあと感想をもらすと、次回来る時は電話をくれれば娘に村を案内させるからいっぱい写真撮ってねと真面目に言いながら電話番号をくれたという次第です。
その機会はあるでしょうか。

魚木塞の子どもたちが1時間以上かけて通学する町まで、わたしの足では30分ほどで到着しました。
この日は昨日の悪天候から一転、今回の旅でいちばんの好天で、例の門のとこでも両サイドが崖になっている風景を堪能することができました。
30分の間に5組くらいの人たちとすれ違いましたが、みな気持ちよく挨拶をしてくれ中には話しこんで自分は日本人だと告白した相手もいました
昨日は北京から来た旅行者のグループに会い、どこからと聞かれ正直に日本からといってこんな時機に着て申し訳ないというと、なに言ってるんだ、ほら、われわれはみんな日本のカメラを使っているし、みんな日本が好きだよと言われて、その後はむしろ積極的に日本人だということをアピールすることにしていたのです。

町に着いて、子どもをあやしている若いお母さんたちにバスのことを聞いたところ、重慶に行くのならここからバスに乗るよりはバイクで下の町まで行って万州行きのバスに乗るのがいいと教えてくれます。
バイクを呼んでくれた上に価格も交渉してくれ、次に来る時はウチにも泊って行ってと送り出してくれました。
ちなみに、この町の名はわたしの名前と同じ名前で、好い印象を持って通過することができました。

雨だと怖いバイクの下り坂も天気がいいと爽やかな風を乗せて進んで行くフィーリングです。
15分ほどで万州行きのバスがあるという村に着いたのですが、そこで聞くと1日数本のバスは2時間後までないと言います。
ちょうどお昼時ですし、あせっても仕方ないので村で唯一のレストランでランチをとることにしました。
ところが、その小さなレストランでは村の会合があって40人ほどの人が食卓を囲んでいます。
何か食べれるか聞くとわたしたちといっしょにいかがですかと、村の重鎮とも見える老人が誘ってくれました。
これはとてもラッキーなことでした。
なぜなら、土地の名物料理を10皿以上楽しむことができたからです。

わたしが重慶に戻ると言ったことと、ビールの乾杯が続いてみな酔っていたからでしょうか。
彼らは最初、わたしを重慶の人間だと誤解していたようです。
ところが、会話がスムーズではないのでどうもおかしいとどこからかと聞かれ、日本人と答えました。
テーブルは少しどよめきましたが、遠いところよく来たとみな歓迎してくれます。
むしろ左隣の男性とはそう言った以降より会話が続いて、できれば今日は重慶に行かずウチに泊って行ってほしいと言われたくらいです。
国のことと個人のことはまったく別で、われわれこそ仲好くやって行かなくてはいけないんだとも。

しばらくして、村の党委員長だというでっぷりした男が酒をつぎにやって来ました。
お前は日本人なのかと聞かれてそうだと答えたその瞬間、テーブル全体が少し緊張するのが分かります。
彼は、今回の日本の行動は許せないし尖閣は中国の領土だが、お前が遠路はるばる来たことは歓迎するとかなり高飛車に言います。
わたしは彼の言うことにではなく態度にちょっとムッと来ましたが、ここでヘンなことを言って問題になってはたいへんなので、尖閣の問題は個人が決めることではないと無難なことを言って逃れました。
この村でのやり取りは、村民はおおかた個人を非難しても仕方ないと言っているのに対して、党関係者がモノを言うというところが、中国の縮図のように感じられます。
村人がこの男に遠慮がちで、何か言いたげなのもこの感を強くさせました。

作例は、バイクに跨っていた時にすばらしい棚田があったので止まってもらい撮影した時のものです。
何枚か撮っていると老人が歩いてきたたので、ちょっと後ずさりして彼も入れて撮影しました。
こういう写真なら絞り込んで、パンフォーカスで撮るべきだと今になって思いますが、無限遠のままで老人はピンボケ、棚田も一部が小さく写るだけの気のきかない作例になってしまっています。
唯一、天気が好く、環境も良さそうだということだけが分かる、いつにも増しての凡作になってしまいました。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/14 Sun

獼猴桃的味道

M8/Summicron 35mmF2
重慶の旅では、磁器口、大昌、寧廠と3つの古鎮をすでにまわっていましたが、いま、魚木塞に着きました。
磁器口は大都会隣接でテーマパーク状態で、大昌は小三峡ツアーにやって来る団体の受け皿に成り下がり、寧廠はよそ者から見れば最高の環境ですが住民には暮らしづらいだけでゴーストタウン化と、これまでの古鎮には満足できません。
では魚木塞はどうかといえば、ここは、もうすでに古鎮ではなくなっていました。
10年ほど前からか、村に新築ブームが起こったそうで、古建築は3軒しか残っていません(集落から離れたところにはまだ2、3軒あるとのことでしたが)。

魚木塞は町でなく農村なので、家は集中せず広い面積にわたって点在しています。
古民家が連なって町並みを形成していれば自分の家だけを建て替えてしまうということはないと思うのですが、あちこち点在していると自分だけ建て替えても美観を損なうという発想は起きないのでしょう。
○○さんが家を新しくしたじゃあウチもというノリで次々入れ替わったのではと想像できます。
気付いたら残った古建築はわずか3軒、もう古鎮ではなくなっていました。

おとといの作例の家は、約250年前に建てられたそうです。
写真自体がやや左下がりなので騙し絵のようになってしまっていますが、それでも左に大きく傾いているのが分かると思います。
これはこの家に限ったことではなく、中国の木造の古民家ではごく普通のことで、山奥の農村を歩いているとよく見かけます。
何十年もの時の経過のうちに、例えば左側の地盤がごくわずかに柔らかかったとか、家族全員が左側2階の部屋で寝ていたために比重が左に寄ったとか、そんな理由で年間2mmずつとか少しずつ傾いてきた結果なのではと思われます。
あるいは、持ちこたえきれずに倒壊してしまった家もあったかも知れないと考えると、魚木塞でどんどん新築されてしまったのも止む無しです。

書くのがすっかり遅れてしまいましたが、魚木塞の住民はすべて少数民族の土家族です。
有名な湖南省の張家界など風光明美な山岳地帯に暮らす彼らは、自然を自分たちの文化を愛する誇り高い民族です。
祖先が建てた古民家も、自分たちの誇りのひとつです。
それを壊して家を新築したということは、彼らにとって苦渋の選択だったでしょう。

それが証拠に、連れて行ってもらった古建築の家では、わざわざ身に来てくれてありがとうと建物の中を熱心に案内してくれました。
古い道具類はまだまだ現役で、大きな粉ひきの臼は手で回そうとしてもびくともしませんが、壁に付けられて鉄棒との間にひもをかけることで、歯車の動力のようにして女性の手でも大きな臼をごろごろと回すことができます。
ただ、動かすにはコツがあって、不器用なわたしがいくらひもを引っ張ってもスムーズには動いてくれませんでした。

なんで古い家とか道具なんかに興味があるのかと聞かれます。
そんなとき古いレンズを持って旅していると役に立ちます。
 新しいものは確かに便利ですが、その分の代償もあるはずです。
 例えば、このレンズは50年以上前の古いもので、最新のコンピュータで設計したレンズより写りはおとるかも知れませんが、このンズではないと写らない写真を撮れるのも事実です。
 それになにより、1つ1つ丁寧に作ってあって耐久性が抜群によく、手にもよく馴染むので愛着を感じます。
 家や道具だって同じでしょう。
 そういうものを見るために、わたしは労を惜しまないのです。
こんな簡単な説明でも、彼らは我が意を得たりと納得してくれるのですから、オールドレンズは、彼らとの心の橋渡しにも一役かってくれるというわけです。

最初、いきなりカメラを向けられた女の子も、最初はずっとちょっとおびえるような警戒するような不安を隠しません。
しかし、この家で作っているというキウイフルーツをいただいたわたしが、旨い旨いと2個立て続けに食べたのを見ていた彼女は、そのことだけで警戒心を解かれたようです。
以降は笑顔になり、カメラの前に立ってくれました。
お礼を言うと、しばらく姿を消してからわたしの前に立ち何かをわたしに手渡してくれます。
キウイでした。
少し
オーバーアクションで美味しいと言ったので、そんなに好きだったらもっと食べてと子どもながらも気をきかせて持って来てくれたようです。
作例は心を開く前のものをあえて選びました。
2代目ズミクロン35mmは、光線状態と適度な距離によって、言葉を失ってしまうほどの描写をしてくれるレンズのようです。
見直しました。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/13 Sat

山上的古鎮

M8/Elmarit 90mmF2.8
魚木塞への道のりは考えていたよりずっと遠く、バイクは蛇行する急な上り坂を息を切らしながら延々と走り続けます。
やはり懸命に登ろうとする大型トラックを3回追い越し、ようやく大きな棚田とそれに見合わない小さな集落が見えて来ました。
ようやく着いたかと思えばそうではなく、小雨と霧のなかをバイクは通過していきます。
すると、いま湖北省に入ったところだとバイタクの親父が教えてくれました。
すでに30分経っていましたが、湖北に入って15分ほど走ったところで平地になったと思うと小さな町が現れました。

今度こそ着いたのかと思えば、この地域の中心の町だそうで、あともうちょっとだと言います。
なるほど、ここからは枝道のような通りになり、車1台くらいの道幅になったかと思うと石畳が敷かれています。
途中、子どもたちを追い越しましたが、彼らは町にある小学校まで毎日1時間かけて通っているそうです。
ほどなく魚木塞と刻印された石の門が見えて来ました。
写真で見て知っていましたが、そこへの道はバイクがすれ違うのがやっとという道幅で、右も左も高さ3~40メートルはありそうな崖です。
山の尾根が道になっていて、その山頂に門を作ったようです。

ずはらしい絶景のはずですが、前方の門とそこへ続く道があるばかりで、左右は霧がすごく真っ白で何も見えません。
うっかり足を踏み外せば命の保障もないちょっと怖い入口です。
バイタクの親父さんに40元渡すと龍駒に引き返していきましたが、帰り道はずっと急な下りですので、雨の中ちょっと心配になります。
ちなみに魚木塞の人に聞くとこの40元は信じられないくらいの安さだったようで、80~100元くらいが相場ではとのこと。
ずいぶん値切ったねと言われて、向こうの提示料金だったというとと、またしても信じられんと首をひねっていました。

門のところが売店になっていて、ここで入場料を払うのですが、いちおう心配していた宿があるかを聞くと何軒かあるという返事でホッとします。
どこから来たのとか雑談していると、先ほど追い越した小学生たちが追い付いて来ました。
おじいちゃん、おばあちゃんと子どもが3人の一行で、そのおばあちゃんにこの人を宿のあるところまで連れてってあげてと頼んでくれたようで、ここから先はわずかの距離ですが心強い同行者ができたということになります。

2軒ほど宿泊可能ですが、新築のあまり魅力的でない建物をやり過ごすと、昨日の作例の古建築が見えてきて、隣接する建物が泊れるとのことです。
早朝に出発したのに、もう5時近くなっており、もう選んでいる余裕はありません。
可愛いらしい丸顔のおばちゃんが出てきて、村を案内するから泊って行きなと言うのに抗わずデイパックを部屋に置いて身軽になりました。

作例は、そのおばちゃんのお父さん、元気そのもので60歳くらいに見えたのに72歳だと聞いてびっくりです。
環境が好くて、ストレスなく、自給自足の生活に、毎日長距離を歩くとなれば、若さが保たれるのかも知れません。
案内は、このお父さんが買ってでてくれました。
カメラを向けると、ピーンと気を付けの姿勢をとってしまういかにも写真慣れしていない人でしたので、中望遠が威力を発揮してくれました。
ちょっとフレアっぽいですが、手製のパイプに懐かしの人民服、斜に被ったこれまた年代モノ風の帽子、トレードマークの背負い籠…、何もかも完璧です。
また、ふたりで酒を酌み交わしたいものですね。
【Elmarit 90mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/12 Fri

往湖北古鎮去

M8/Summicron 35mmF2
今回の旅では友人の勧めもあってスーツケース深圳をに預け、バックパックを背負っての旅です。
なるべく荷物を減らすためにシャツはポロを持って来て着終わっては捨てていました。
網棚に上がらず通路に置いたバックパックはいかにも薄汚れ、それを背負って歩く姿は、とても外国人には見えません。
ですから巫渓で警官に日本人とばれて、彼が大声で日本人がいるのでこれから署に向かいますなどと大声で叫ばなければ誰も気付かなかったでしょう。
バスターミナルという人の集まるところの隣だったので、そのときは、おかげでけっこうな野次馬が集まってしまいました。

また、ホテルに再チェックインに警官が3人来たときもわたしのパスポートをにらみながらカウンターで物々しいやり取りをしていたので、その間やって来た泊り客たちはそのパスポートとわたしを見比べてはコイツ日本人かなどという好奇の顔をさせていました。
彼ら警察官はわたしを守ると言いつつも、むしろ広く日本人がいることを広めて危険に晒したといった方がよいと言えそうです。

ホテルの受付係りの若いふたりには、面倒をかけて申し訳なかったと詫びましたが、日々退屈なホテルのレセプション業務にあって今日はめずらしい体験ができたと喜んでいました。
だから何かあれば相談してくださいというので、翌日の交通事情についてインターネットで調べてもらいました。
鉄道ルートとバスルートのどちらが早いか確認したかったのですが、日中は鉄道の便が無いことが分かりバスの方は不明でしたが、少なくとも鉄道駅に行く時間を節約することができ、結果的にスムーズにバスに乗って目的地へ到着することができ大いに助かりました。
この20歳前後の若い男女の方が、警察官よりよほど役に立ちます。

翌朝6時半のバスに乗って巨大都市重慶のほぼ真ん中にある町、万州に着き駅にはいかず、南方面へのバスが集まる外れのバスターミナルを目指しました。
今日の目的地は、魚木塞という山中の古鎮です。
万州から南方への街道を100キロちょっと進むと湖北省の利川という町に出ますが、その中間の50キロ地点のわずかに湖北省に入ったところから山を数キロ登って行ったところにその古鎮はあります。

むかし買った中国古鎮100選という本に湖北省唯一の古鎮として紹介されていて、その写真と説明に打たれいつかは行ってみたいと考えて、今回、ようやく念願がかなえられるとなったのです。
ただ、いくら調べても行き方が分かりませんでした。
湖北の古鎮だからでしょうか、利川からしかかかれておらず、それすら60キロ離れている村に行きそこから1日1本のバスに乗るべしとあるだけで何の役にもたちません。

万州で利川行きのバスに乗り、その何とかいう村で下車、運が良ければバスで、なければバイクでも探して行くしかないかと考えていました。
ところが利川行きのバスは3時間後だと言います。
暇そうにしていたチケット売りのおばさんに地図を示して、ここへ行きたいんだけど何かいい方法はないかと聞くと、だったら万州区最南端の龍駒まで行ってそこで聞いてみたらとめずらしく親身に対応してくれます。
龍駒は地図で見ると小さな村のようですが、こんなところへ行くバスがあるのかと聞くと、なんと10分間隔で出ていると言い、ほらいまもちょうど出るところと指差しました。
わたしは礼を言ってあわててバスを追っかけおーいと叫んで乗せてもらいました。

居眠りしているうちに1時間で龍駒に着いたのですが、雨が降って来たので降りたところの商店で傘を買いました。
それが効いたのか魚木塞への行き方を聞くと、バイクしかないからわたしが見つけてきてあげようと40元で行くというバイクを連れて戻って来ました。
40元とは高いと思いましたが、雨も降っているしと負けてくれません。
仕方なくバイクにまたがると、半袖のわたしを見て上着を着ろと言いますが、半袖のシャツしかもっていない旨を告げます。
魚木塞は山の上なのでそれでは風邪をひくと言って、ではまず上着を買いに行こうと市場の方へ向かいました。

やれやれですが、服屋では店員とさんざんやり取りしたあと、ウインドブレーカーがサイズが大き過ぎて売れないからか20元の捨て値で売られているのを見つけて、それをお買い上げです。
300元くらいの服を買いそうな勢いだったので店員もがっかりしていました。
240円の服なら明日戻るときに捨てればいいやと着こんだのですが、なるほど雨と風の中をバイクに乗っているとかなり寒くたいへんな役立ちアイテムとなつてくれます。
捨てるつもりが、何だかすっかり気に入ってしまって、巫渓、魚木塞と何も購入することのなかったわたしの記念のお土産になってしまったのでした。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(2) | 2012/10/11 Thu

不負責任橋

M8/Summicron 35mmF2
あらためて若い警官に寧廠古鎮に行きたいので別れを告げると、そのまま行かせては万一危険な目に合ってはいけないので、わたしの知り合いのタクシーを呼ぶからとおせっかいを焼こうとします。
丁重にお断りしましたが、万一の場合、わたしの立場が困るのだと譲りません。
かくしてやって来たタクシーですが、思った通り、メーターでは行けない、通常は60~70元かかると知人の警官を横に強くでます。

たぶん本来は30元くらいで、20元は警官に紹介料としてわたるのでしょう。
それは高いと大げさに手を広げて見せたものの、地元の人と同じ値段だと突っぱね、若い警官もうなづいています。
本来は妥協すべきではないと思いますが、時間が惜しかったのと、ここでもめて警官の気分を損ねるのは得策ではないと踏んだからです。
いきなり警官に道をたずねる失態ほ犯した自分へのペナルティと考え、言い値でタクシーに乗り込みました。

警官はタクシーの電話番号をわたしてきて、帰りの交通手段はないのでここへ電話してこのタクシーでもどって来るように、そのまま良いホテルまで案内するよう頼んであるのでとも言います。
ここまでの干渉はさすがに不快です。
当然ですが、帰りは電話なんかせず、地元の商店の方に助けてもらってヒッチハイクで戻り、この親切なドライバーにバスターミナルの隣に新しいホテルができたのでここに泊りなさい、リーズナブルだし、翌日の移動が楽だよと送ってもらいました。

たいへんありがたいことでしたが、ここでわたしは続けざまに大失態を犯すことになります。
チェックイン後、夕食に出ようと歩きだすと、すぐにあの警官と鉢合わせしてしまったのです。
暗くなっていたので気付きませんでしたが、バスターミナルの隣のホテルということは、到着時に警官に道を聞いた場所の目と鼻の先だったのですね。
どうしてあのタクシーで戻らなかったとご立腹です。

帰りのタクシーとホテルのキックバックが入らなかったからかなと思ったのですが、そうではなかったようで、その後別の警官が3名現れて、チェックインをやりなおしています。
ホテルが緊急時に備えて特別の登録をしているようで、VIPのような扱いになるようでした。
それが終わると、警官は何かあれば、ここへ電話するようにと携帯番号をわたしてくれましたが、もちろんその後何も起きることはありませんし、警官と会うこともありませんでした。

こんな話よりも、寧廠古鎮です。
写真で見たとおり、渓谷に沿って2キロにわたってポツンポツンと古民家が並ぶ魅力的な古鎮でした。
しかし、渓谷では農業の土地すらわずかしかないためか、住環境としては最高なのに産業がないためでしょう、打ち捨てられた家ばかりが目立ち、住人がある家もおとといの作例のように住んでいるのはかなりの高齢者ばかりです。

それでも2キロの道のりをゆっくり下っていくと、昨日の作例のように、たまたま広州の出稼ぎから帰省していた若い夫婦に会ったりできて当地の話を聞くこともできました。
彼らは土家族という少数民族で、家はすでに築後200年も経った古民家とのことです。
家の中をくまなく案内してくれ、何もないからと月餅を出してくれました。

今日の作例は、古村落へのアクセス手段です。
高所恐怖症で体重のあるわたしはこれに悩まされました。
ギシギシたわむ木の板と、その間から覗くはるか下の川の流れと自分との戦いです。
5個所くらい橋があったと思いますが、最後のやつは木の板が1割くらい抜けていて、入り口にはふたり以上同時に渡らないように、落ちても責任は負いませんと書いてありました。
その橋は無理ですが、作例の橋はバイクで走り抜けることができます。
撮影できなかったのが残念ですが、遠目からだと板がかなりたわんでいるように見えました。
期せずして曲芸を見せられたかのようです。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/10 Wed

哈日公安

M8/Summicron 35mmF2
巫渓に着いたのは、少し日が陰りだした3時くらいだったかと思います。
ホテルを出たのが朝8時だったように記憶していたのですが、まさか隣町へ行くのにこんなにも時間がかかるとは思いもよりませんでした。
ここまで来た理由はひとつ、寧廠という古鎮があり、ただここを訪れてみたかったのです。
巫渓の名前のとおり、山間に美しい渓流に沿って古民家が並んだ写真を見つけ、ここへはなんとしても行かなくてはと考えていました。

バスターミナルに降り立ち、どうやって行くものか聞かなくてはと思っていたところ、ちょうど警官が立っていたので声をかけました。
これは、旅行者がやってはいけない最大の失態です。
声をかけた瞬間しまったと思いましたが後のまつり、すぐに外国人とばれ、案の定パスポートを出せと言われます。
呆気なく日本人とばれると若い警官は驚きつつも、すぐに携帯で上司と連絡を取りはじめました。
これはまずいことになりました。

旅行者は警察官と関わってはいけない、は旅の鉄則です。
犯罪に巻き込まれれば仕方ないですが、そうでなければ接しないに越したことはありません。
警官の多くは善良と信じたいですが、そうでないケースもままあり、彼に対峙した瞬間、外国人である旅行者の運命は警官の手にゆだねられるといっても大げさではないのです。
中国であるかは分かりませんが、小銭を巻きあげられたり、ひどいのになると連行されて自分のカバンの中から身に覚えのない白い粉の袋が出て来たりなどという話は枚挙に暇がありません。

もう何年も前にペルーのイキートスというアマゾンの奥地の町にトレッキングに行ったことがあるのですが、帰国後2週間ほどして同地を旅行中の日本人大学生が殺害されたとのニュースが大きな話題になりました。
捕まった犯人グループに警官がいて、彼の存在に気を許したため強盗の上殺されたのだと聞きました。
わたしが旅行中その警官に道でも訪ねていれば、自分が当事者になっていたかも知れません。

中国で警官に殺される可能性は低いですが、なにもこんな時期に警官に話しかけるとは、いくら道を聞こうとあせっていたとしても、とんでもない大バカモノでした。
パトカーに乗るよう言われ、これは最悪町からの強制退去とか警察署に拘留という可能性もあるかと心配になりましたが、車中ではそんな空気ではありません。
その若い警官は、なんと日本のアイドルオタクだったようで、アイドル名を連呼したり、日本の曲を鼻歌で歌ったりしています。

警察署に着いても拘留されるとか書類を書かされるとかいうことはなく、彼の上司とあいさつしてそれで終わりです。
わたしが日本人ということで危険に遭遇しないよう注意するために呼んだとのことでした。
万一のことがあれば、110番するんだぞ、分かったな、と上司を前に諭すような口調で言い、わたしがハイと答えるとその上司もうなづいて開放されたという次第です。

警官は初めて日本人と知り合えたことが嬉しかったようで、何かあればわたしのここに電話するようにと携帯の番号をくれました。
別れ際にいまの日中関係を日本人はどう考えているのかと聞かれました。
反日デモとか放火の映像を見て、日本人はみなショックを受けていると伝えると、残念そうな顔をしながら、ああいうやつらもいるが中国人はみんな日本が好きだよと言って握手してきたのが印象に残りました。
20代半ばと思われる江沢民の反日教育世代で、しかも公僕たる警官にあってこう言うのです。
尖閣の問題は、中国政府の問題なのだと確信しました。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(2) | 2012/10/09 Tue

本地年軽人

M8/Summicron 35mmF2
巫山からバスを乗り継ぎ巫渓にやってきました。
短かい旅なのに撮影場所があちこち移動して恐縮ですが、小三峡に行った翌日、友人たちと別れてひとり奥地に入ることにしたのです。
せっかく半年振りで実家に来た友人を振り回し続けるのは申しわけないですし、友人もその友だちも車が苦手で高速バスですら気分が悪くなりかけるくらいでしたので山間を走るバスはきつそうでしたので、ひとりで向かおうと判断したのです。
ふたりとも、わたしをひとりにするのは心配そうでしたが、わたしは磁器口や大昌では満足できなかったので、より人里離れた古鎮に向かう必要があり、そこでは身軽にひとりで歩いた方が楽しいとも分かっていたからです。

巫山から巫渓と書くと同じ字で始まる地名ですし、きっと気軽に行けるところだと思っていました。
実際、地図を見ると50キロほど離れではいますが、感覚的には隣町なのでこれなら1時間程度で行けるだろうとふんで、朝、バスターミナルにやって来ました。
ところがチケット売り場では、直行バスはなくいったん奉節という町に出てそこから巫渓行きに乗り換えるよう言われます。
巫山から奉節が1時間、奉節から巫渓が2時間かかるのですが、どうも巫山から巫渓が悪路らしくこのようなルートになってしまうようでした。

では、3時間で巫渓に着いたかと言えば、そんなに甘くはありません。
奉節まではすぐ着いたのですが、奉節のバスターミナルが違う場所だったためその移動中に巫渓行きのバスを目前で逃してしまい次のバスまで2時間半待つことになります。
時刻表では、バスは1時間おきくらいにあるとなっているのに、どういうわけか運転手不在でバスはあるのに発車できなくなってしまったようです。
チケットは売り切れになるくらい客が集まっていたので、みんなイライラ状態です。

そんな中、地元奉節で紙類の販売の商売をしているという青年から、旅行しているのかと声をかけられました。
わたしは、そうだと答え、しばらく考えてから自分は日本から来たと自己紹介します。
みんなイライラしている中では韓国人だと言った方が安全かとも思いましたが、何度もウソをつくのは抵抗があります。
トラブルになればここを立ち去るだけです。

青年の反応は予期したとおりのものでした。
こんな時期に日本から旅行に来るとはとちょっと驚いて、中国には日本人個人をどうこう言う人はいないと思う、尖閣の問題は個人ではなく国家間の問題だからと、しごく当たり前なことを言います。
では、日本製品不買運動はと聞くと、買いたくなければ買わなくてもいいのだろうけど、電気製品とか日本製がいちばんだからやはりなくては困るのではと、これまた自然な答えです。

だからといって中国人全員が同じ考えかといえばそんなことはないのは承知していますが、これが中国庶民の考え方の大勢と言えると思います。
尖閣のことをどう思うかと聞かれて、こんなこと言って平気かとややしつつ、危惧客観的にみれば国際法的に日本の方が圧倒的有利で、それを知っているから中国政府は必死に中国の領土だと言っているのだと思うと言っても特に反論することもなくそうなのかと聞いています。

日本の国旗を振りかざしながら歩きでもすればかなりの確率で危険な目にあうでしょうが、ごく普通に個人同志が接している分には問題ないだろうと考えつつ旅を進めましたが、気の緩みからとんでもない失態を犯してしまいます。
そのことは、また明日に。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(2) | 2012/10/08 Mon

失望古鎮

M8/Sonnar(Arri) 50mmF1.5
ツアーの船は、2時間ほどで大昌の村に着き、ここで折り返して巫山に戻ります。
その前に、ここ大昌は古鎮として有名で下船して45分間の自由時間が与えられました。
そして、ここ大昌古鎮こそ、ここまで案内してくれた友人の実家がある地なのです。
時間が短かく実家まで訪れることはできそうにありませんが、わたしにとっては小三峡よりもずっと楽しみにしていました。

たいへん残念でしたが、ここも磁器口古鎮同様の惨状でした。
観光船で来る人しかいないので磁器口のような混雑こそありませんが、逆に訪れる人が限定的ということでピンポイントの客集めとそれに見合った施設整備が露骨で、古鎮テーマパーク感はより顕著です。
テーマパークというよりは、古鎮公園というか古民家園のような施設のように思えます。
誰も気付いていなかったでしょうが、建物の3割くらいは新しい建築を古く見せているニセモノでした。
公園化しているため、建物にも住んでいる人はなく、観光客がやって来る時間に食べ物屋とか商店を開けているだけのようです。

船から降りた人はみなお店の周囲に集まっていたので、逆方向へ歩き出すと古民家のなかで作業している人たちがいたので話しかけてみました。
お寺で使う線香(と言っても30センチ以上ある中国式の長いやつ)をつくっているとのことです。
ちょうど作業は終わって、線香は家の前にずらっと並べて干してありました。

家の中は完全に作業場という風情で生活感はありません。
何年も前にここから出て近くにできた新しい家に移ったそうです。
外国人の目から見れば、人々の生活があってこそ古鎮としての魅力ですが、ほとんどの中国人には観光で訪れる古鎮は自分たちと似たような生活感よりも清潔感の方を望むからということなのでしょう。
息子夫妻が広州に出稼ぎに行っていて孫を見ながら作業する老夫妻に、毎日吐き出されるようにやってくる観光客は何かをもたらせてくれたのでしょうか。

さて、レンズは昨日から2代目ズミクロン35mm、いわゆる角付きに切り替わっています。
もう何年も前に鏡胴がスレだらけのため6万円くらいと格安で買ったレンズです。
それにアリ・ゾナー50mmF1.5とクロームのエルマリート90mmF2.8の3本を持参してきました。
ゾナー以外は普通なレンズなのは、やはり万一のことに備えて、プチ壊されたりしたとしても旅行者保険を使って買い直すことができるレンズを選択しました。
さすがに15万円以上のレアなレンズを保険請求しても満額降りるとも思えず、何より希少なレンズを危険に晒すわけにはいきません。

ところが、危険にあった訳でもないのにメインのアリ・ゾナーの鏡胴が壊れてしまいました。
ネジが外れてしまったのか鏡胴先端部がとれて距離計連動と絞りがきかなくなりました。
テープで止めたりなども試みたもののどうにもなりません。
旅程3日目にしてアリ・ゾナーがあえなく戦線離脱してしまったのはいかにも残念ですが、あとはズミクロンとエルマリートに託すしかなく、自分としてはめずらしく純正レンズだけになってしまったわけです。
そのショックのせいでしょうか、ズミクロンの最短撮影距離70センチで撮影したつもりが後ピンになってしまいました。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar(Arri) 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/07 Sun

不拍風景

M8/Summicron 35mmF2
重慶市街付近でもう行くところはないかも知れないとなって、友人の実家がある重慶市巫山県に移動することにしました。
中国の行政単位のことはよく分かりませんが、省の下に市があってその下に区か県のいずれかが続くようです。
ちなみに、町という字は和製漢字なのか中国には存在しないように思います。
重慶市の中では、都会部には区があって、ずっと郊外では県がありますが、重慶は北京、上海、天津と並んで直轄市のため省には属せず、それはとても大きな市であることを示しています。


バスで向かいましたが、西方にある都市部から湖北省に隣接する東の外れの巫山まで、なんと500キロ近くあると言います。
全部高速道路走行で、6時間半かかると聞いていきなりげんなりとなりました。
巨大な市とは聞いていましたが、市内間の移動にそんなにかかるなんて…。
鉄道はないそうで、別に長江を下る大型船という移動手段もあるとのことですが、所要時間がどれほどかかるのか不明です。

重慶は、人口2900万、面積82400平方キロもあるそうで、人口はちょうど東京都と神奈川県と千葉県を合わせたくらい、面積は関東と岐阜と三重を除いた中部を足したくらいということになります。
重慶市の巨大さがイメージできるのではないかと思いますが、別名山城と呼ばれる山間の土地柄のため、人口密度はそれほど高くないのが特徴です。

市内にもかかわらず路線バスではなく高速バスによる移動でしたが、到着後は疲れてこの日は散策するくらいでほとんどすることなく、翌日、小三峡のツアーに参加しました。
この地方出身の友人は、地元最大の景勝地をぜひ見せたく、ツアーを申し込んでいたのです。
小型漁船で見学する手もあるのですが、せっかくなので優雅なツアーでわたしと重慶都市部の友だちを楽しませようと考えたもののようです。

長江は巫山を過ぎると湖北省に入りなおしばらく行くと切り立つ崖の絶景で名高い三渓を流れるのですが、巫山には長江の支流に三渓を少しスケールダウンした小三渓があって、むかしから観光客の人気を集めているとのことでした。
ちょっと行けば本家の三渓があるのになぜ巫山の小三渓にまで寄る必要があるのか分かりませんが、250人定員の中型船2隻が大型連休前の平日でも満員になる大盛況です。

わたしたちの船は、わたしとアメリカ人女性のふたりを除くと全員ツアーでやって来た中国人で、つまりは大声のおしゃべりとゴミはかまわず川へ放り投げる連中との呉越同舟です。
不機嫌な顔をしていたようで、友人たちはせっかく美しいところへ来てどうしたのかと不思議そうでした。
まわりの環境は別として、景観を楽しむ優雅な船旅なのでデッキチェアに深く腰かけてリラックスしていたのも、写真を撮りまくる他の人たちとちがっていてどうしてなのかと謎を深めたようなのですが、わたしは風景は記憶にとどめてそれができない人物を撮影するのさと理由を説明します。

本当は言うまでもなく、船上の中国人に嫌気がさしているだけです。
お前らが捨てたゴミは長江をくだって日本海に流れ着くんだ、反日行動とか中国人のアイデンティティがどうこう言う前に最低限のマナーを身に付けろと叫びたいところでしたが、時節柄そんなこと言えばだったら日本に帰れと川に放り込まれるだけでしょう。
心配した友人が操舵室まで連れて行ってくれたときに撮った1枚が唯一の写真になりました。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/06 Sat

是不一様

M8/Sonnar(Arri) 50mmF1.5
今日も、レンズのことを続けたいと思います。
イチゴのゾナーにはいくつかのバリエーションがありますが、それらがみなまったく同じレンズなのかどうかよく分からないということです。

コンタックス用のゾナーで言えば、戦前イエナ製と戦後オーバーコッヘン製がまったく同じ設計なのかが不明です。
構成は一見すると同じようですが、面白いのは、設計者のベルテレは戦中の1942年にツァイスを辞めていて戦後は在籍していなかったし、例の戦後処理にともなうソ連のツァイス接収に関わっていないということなのです。
だとすれば、オーバーコッヘンの技術陣は、戦前ゾナーを忠実に再現しようと考えながらも、やはり設計しなおしたと考える方が自然ではないかと思えます。

実際、ビオゴン35mmF2.8、ゾナー85mmF2の2本は、戦前と戦後で構成が変わっています。
また、テッサー28mmF8、オルソメター35mmF4.5、テッサー50mmF2.8といったレンズは戦後発売されず、ゾナーを含めたいくつものレンズがツァイス・イエナから供給されたという事実もあります。
これらのことを鑑ると、オーバーコッヘン製イチゴ・ゾナーがイエナ製イチゴ・ゾナーと設計変更のないまったく同じレンズとは思えなくなります。

コンタックス用ゾナーには細かいバリエーションもあります。
最初期のブラック&ニッケルは最少絞りがF8、すぐにF11になり、またしばらくするとF11のままに鏡胴デザインが変更になります。
今度は、同じデザインのままメッキがクロームに変更され、その後F16タイプも出たと思います。
戦後はイエナのF22、オブトンF22、カールF22の3種が存在。
さらにもっと細分化できるのかも知れませんが、知識不足でこの程度にとどめますが、これらバリエーションはすべて同じ玉なのかがすでに分かりません。

同じなのかどうなのかと言えば、昨日も書いたように、今回使った戦後アリフレックス用ゾナーがコンタックス用ゾナーと同じかも分かりません。
このアリフレックス・ゾナーですが、いわゆるツァイスの電話帳(Fabrikationsbuch Photooptik III Carl Zeiss Oberkochen)によれば、わずか600本しか製造されていません。
IIを持っていないので、イエナのアリ・ゾナーが何本あるのか分かりませんが、見かけるのは圧倒的にイエナ製が多いので、やはりこの戦後アリ・ゾナーは貴重なものだと思い購入しました。
ですから、なおのことコンタックスとは若干の違いがあるよなどと分かれば、たいへんに嬉しいのです。

さて、本日の作例ですが、磁器口の人の多さに疲れて重慶の町にもどって来ました。
重慶は、北京、上海、広州などと肩を並べる大都会なのに三輪自動車をかなり見かけるのが、内陸部だということを示しているのかと思います。
棒棒と呼ばれる棒とひもで担ぎ屋の仕事をするひとたちが、大胆にも銀行の前に車座になって、カードゲームに嵩じています。
負けても負けても、待ってろいま降ろしてくるからと、彼らの勝負はエンドレスに続くのでしょうか。
【M8/Sonnar(Arri) 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar(Arri) 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/05 Fri

這是西徳的

M8/Sonnar(Arri) 50mmF1.5
コシナのC Sonnar50mmF1.5ZMがすごい写りだという話でした。
かつてのゾナーの構成そのままに硝材をより優れたものに改良したものだとか。
いま検索してみると、確かにゾナータイプで後群こそ同じですが、残念ながら前群は3枚貼り合わせが2枚分離に省略されていて、その3枚目も両凹だったのが凸凹に変更されています。
その理由は分かりませんし、素人が聞いても時間の無駄なのかも知れませんが、ゾナーF1.5であれば2群目の3枚貼り合わせは不要だと、ベルテレが否定されたような気持ちにならなくもないのはわたしの感傷でしょうか。

イチゴ・レンズを蒐集するわたしとしては気になるところですが、1960年代までのクラシックレンズ、モダンクラシックレンズに制限していることも考えると、手を出すところまでは考えられません。
イチゴとはF1.5を表す言葉ですが、同時に甘く酸っぱいイチゴをもかけていて、きりっとしまったシャープな表現ながらも周辺やボケにやや崩れが見られるところはまさにそれを表していると言えます。

今回、初めて使用したこのゾナーは(Arri)としているように、オリジナルはアリフレックス・マウントのシネ用レンズのライカマウント改造版です。
例によって比較的安価にオークションに出ていたものを落札し、いつものようにMSオプティカルにて距離計連動するよう改造してもらいました。
レンズヘッドを取り出してMSヘリコイドに接続するパターンではなく、オリジナルのヘリコイドを活かして、少し安価に仕上げてもらっています。
アリフレックス独特のデザインがそのままなのが、どこにでもあるゾナーの外観的差別化も計られています。

もともとアリフレックス・マウントからの改造ゾナーは、"Sonnar Grau"という名称を付けて去年のスペインに持ち出すなどすでに1本愛用しています。
ただ、こちらは一般的なイエナ製のアリ・ゾナーで、今回のは戦後のオーバーコッヘン製になります。
ゾナー・グラウが同世代のコンタックスマウント・ゾナーに比べて発色で傑出しているように思えるのに対して、こちらのアリ・ゾナーは今回使った限りコンタックス用オーバーコッヘン・ゾナーと違いが無いように思えました。
コンタックス・ゾナーをそのままに鏡胴だけ変えているように感じられるのです。
実際はどうなのでしょう。

さて、今日の作例は、昨日の絵描き女性のところからほど近いメインストリートの古民家の風景です。
このおじさんがなかなかに好い表情を見せていたのでずっと狙っていたのですが、人通りが切れなくて苦労しました。
一瞬、人の塊がなくなったところで手前の人を避けるように撮ったら右上がりに傾いてしまつたようです。
左側の建物や狙ったおじさんの描写がすばらしく思える一方、渡り橋部分に激しく色収差が出てしまうのがイチゴ・レンズらしいところでしょう。
【M8/Sonnar(Arri) 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar(Arri) 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/04 Thu

古鎮的危機

M8/Sonnar(Arri) 50mmF1.5
わたしが中国に出掛けたときに撮影に向かうのは、古鎮と呼ばれる古い家並みが残る土地です。
これが大きな町になってしまうと古城と呼び名も変わって、規模が大きくなり、田舎的な雰囲気もなくなってあまり好みではなくなります。
古鎮は中国語の音表記(ピンイン)で、"guzhen"と表記して「クーチェン」のように発音しますが、わたしはPCでの返還ても入力している「ふるちん」と密かに呼んでいます。

その古鎮ですが、広い中国にはかなりの数があって、中国古鎮100選のような本があるくらいですので、無名なものも含めれば1000とか2000とかいった単位で存在するのではと思われます。
こんなにあってはとてもすべて見て廻れるものではありませんし、魅力的なところほどへき地にあって訪れるのもなかなか容易ではなかったりするのですが、なるべく多くなるべく遠くへと足を運びたいと思っています。

その古鎮が危ない、とわたしは危惧しています。
そのひとつが極端な観光地化で、もうひとつはその対極の新居建て替えによる新鎮化ないしは居住者がなくなっていく廃墟化です。
重慶の旅では6つの古鎮を訪れましたが、うち2つが前者に、もう2つが後者になってしまっていました。

ここ磁器口古鎮は前者の典型で、もともとが古い趣ある町並みがあることから観光客が足を向けるようになったはずなのに、あさまざまな商売がおこなわれるようになって、それらを楽しむためにやって来る人がほとんどではと思えるような状況になってしまっています。
みんな古建築などには目もくれず、名物の食べ物やらみやげをを買いあさって、ここへ来たことを自慢するために来たのではと思わせます。
古鎮がテーマパークに成り下がっていると嘆かずにいられません。

案内してくれた友人の友だちには申しわけありませんでしたが、途中で逃げ出したくなりました。
しかし、歩き続けて良かったなあと思える場所が見つかります。
裏路地をさまよった一角ですが、メインストリートの喧騒が別世界の、これぞ古鎮という空間でした。

友人もその友だちも、何もないようなこの場所でわたしが静かな興奮をみなぎらせている理由は分からないようです。
それは恐らく、この瞬間、磁器口古鎮を歩いているすべての観光客も同様でしょう。
ただ、唯一、その場に居合わせた写生に打ち込むこの女性だけが、わたしの気持ちを理解してくれたことと確信します。
【M8/Sonnar(Arri) 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar(Arri) 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/03 Wed

倍朋友去重慶

M8/Sonnar(Arri) 50mmF1.5
1週間もの間ほっつき歩いていたのは、中国内陸部の重慶でした。
いつものように東京から香港まで飛び、陸路で深圳に出て、深圳からのフライトで重慶の空港に降り立ちます。
7月にはこれら航空券は購入済みでしたので、日中情勢が悪化したといって簡単にキャンセルというわけにはいきません。

重慶は恐らくは世界一の大都市といえる町で、あまりすすんで行きたくなるようなところではありません。
5年前、有名な九寨溝に行くときに1日ストップオーバーで寄ったとがあります。
日程的には寄らずとも乗り継げたのですが、あえて1泊することで重慶名物の火鍋を食べようという計画からでした。
火鍋は確かに美味しかったものの、またここへやって来ることはないだろうなと思ったことを記憶しています。

そんな中で、今回、重慶に行った理由は、深圳の友人から誘われたからでした。
ちょうど、わたしの休暇時期に彼女が実家に帰る予定なので、よければ案内するという話です。
重慶にはそれほど魅力を感じませんが、彼女の実家は郊外の大昌という古鎮で、すぐ近くは小三峡という観光地だとも言います。
少し調べただけでも重慶には多くの古鎮があることが分かったので、この話に乗ることにしました。

ただ、わたしの旅のスタイルというのはなかなかに理解されるものではないでしょうから、旅の半分はおまかせして、もう半分は自分の好きなように動くというような条件は付けさせてもらいました。
古鎮出身の彼女を引きつれて別の古鎮に行っても、彼女はちっとも面白くないでしょうし。

さて、夜遅く重慶に着いた翌朝、市内に住む彼女の友だちが案内してくれて行ったのが、磁器口という古鎮です。
ここは、中心部からバスで20分ほどで行けるお手軽古鎮のため、すごい人で溢れていました。
彼女の説明では、これでもやや小雨模様ということでいつもより人がずっと少ないとのことです。
それでも通勤時間帯の新宿駅のように人でごった返していて、せっかくの美しい古民家の連なりを楽しむ余裕を与えてくれません。

昨日の作例は、はずれの高台まで来て、ようやく人波から脱出したところです。
おばさんがテーブルの上にたくさんの難解そうな文字が書かれた紙を広げていたのでてっきり占いだと思ったのですが、友人に聞けば賭博とのことでした。
なるほど、おばさんの手にはよく見ると1元札が握られていて、怪しげな気配も漂っているようです。

今日の作例は、磁器口名物のお菓子屋さんです。
なんという名前だったか、かりんとうとプレッツェルの中間のような素朴な味が受けているようで、おばさんたちが長蛇の列を作っています。
面白いのは、並びに5軒くらい同じものを売っている店があるのに、他店は客がなく店員が必死に試食させようと奮闘しているのに、この店は何をせずとも知名度だけで押すな押すなの大盛況になっていたことです。
みんなが同じ方向を向いてしまう、この国の国民性ということなのかなあと思いました。
【M8/Sonnar(Arri) 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar(Arri) 50mmF1.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/10/02 Tue
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