開始做生意

M8/Sonnar 5cmF1.5
村に観光客が増えて、村人がどうしたかといえば、多くがこぞって商売をはじめました。
けっこうな人数が入れそうなレストランが1軒、豆腐や豆花を売る店が1軒、他は10軒ほどのみやげ物屋です。
レストランを除くとどれもかなりの小規模で、店番がひとりいれば足りてしまうくらいのサイズです。
中にはほとんど無人化している1坪程度の店も何軒か見かけました。

レストランには行きませんでしたが、観光バスもやってくるようなところなので、大きさから言っても団体さん用のように思えました。
とすれば味的には期待できないでしょう。
豆腐屋さんには立ち寄って1つ2元の豆腐を試してみました。
驚いたことに砂糖の入ったスィーツのような食べ物でしたが、独特の大豆の風味があってなかなか美味しく、25円と言う値段を考えればじゅうぶん満足です。

では、みやげ屋はというと、これはかなり辛いものがありました。
今の子どもが見向くとも思えない安っぽい玩具、どこからどう見てもニセモノの骨董、あげくにはどこかで拾ってきたと思しき石ころまで並べています。
もともと現金がないところへ商売をスタートさせたのですから、ほとんどタダ同然で仕入られるもので店を埋めたと言うとろなのでしょう。
中国の観光地によくある姿です。

ところが作例にあるように農作物などもいっしょに並べていて、それほど売れていると言う感じではなかったものの、それなりには出ているようでした。
たまにまとめ買いしている人を見ましたし、驚いたのは飼っているニワトリを2羽買って帰る観光客がいました。
ここまで来る観光客の多くが、広州からマイカーで日帰りで来ているようなので、荷物が多くなっても当地の食べへ物をいっぱい買っていくというのも楽しみのひとつなのでしょう。
中国では食の安全の問題は深刻ですので、楽しみどころか食材の仕入の感覚なのかも知れません。

わたしのような旅行者が思うのは、こういう村だからこそのオリジナリティあるものを手作りして売ってくれないかということです。
麦わら帽子でもいいし、中国の地方の観光地でよく見るわらじなんて履いて歩くと気持ちいいので大歓迎です。
民族楽器の太鼓のミニチュアとか、特徴ある村なのでそれを活かしたアイディアグッズが何かあるでしょう。
フランス語のSouvenirは土産と訳されますが、もともとは思い出の品の意味だと聞いたことがあります。
この地を訪れたちょっとした思い出になる何かがあれば、みんなそれを求めるでしょう。
【M8/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/31 Tue

中国的撮影師們

M8/Heligon 35mmF2.8
瑶王が眠った古いベッドは案外寝心地好く、日の出とともに起きるはずが6時過ぎになってしまいました。
周囲が明るくなっているのに気付いて外へ出ると、太陽はもうずいぶん高い位置ですが、早朝独特の美しさで中空に浮かんでいます。
昨日の夕日もきれいでしたが、立て続けに自然の美しさを堪能しました。
それを撮りにきたカメラマンがすでにいて、ベランダに三脚を据えていたので驚かされましたが。

いすに腰掛けて朝のさわやかな空気を感じていると、また数人のカメラマンがやってきました。
先行のひとりと合流して朝日を撮影していたのですが、そこへひょっこり現れた瑶王のとなりに住むお婆ちゃんに目ざとく声をかけ、撮影させてくれと申し出ています。
家の中で撮ろうと、勝手に瑶王の家に入り込み、お婆ちゃんにあれこれと指示し出瑶しました。

ああ、やれやれです。
お婆ちゃんは、中国語がまったくできません。
なかなか意図が通じず、半ばいらいらしながら、日のあたるところに座らせて、何やら作業しているやらせポーズを取らせ、5人が一斉に撮影しています。

はたから見るといい大人が同じようなかっこうで真面目に撮影にいそしむ姿は何かこっけいですし、見方によっては屈強な大人が5人がかりでお婆ちゃんをレイプしていると言ってもいいかも知れません。
お婆ちゃんは、最初、あきらかに困惑顔でしたが、だんだんと具合が分かって来た様子になので、自分が撮られていることには案外楽しんでいるところがあるのかなとも思いました。

この連中はなんだかんだとしつこくて、かれこれ10分以上もそうやって撮影していたと思います。
ありがとう、おばあさん、ともちろん礼は言って立ち去ろうとします。
おばあちゃんは普段そうしているように、卵とトウモロコシを勧めています。
ところが、連中は撮影時の愛想の好さとは一変して、いらない、いらないとふり切るように出て行ってしまいました。

お婆ちゃんががっくりする姿が見えました。
これらはわずか10円から30円ほどのものです。
最後尾の男性に、あれだけ撮ったんだから卵くらい買ってあげたらと言うと、いや朝は食べてきたからなどと言い捨ててそそくさと出て行ってしまいました。
これには、お婆ちゃんと顔を合わせて肩をすくめるポーズをとるしかありません。

日本でもカメラマンのマナーの悪さはたひたび議論になりますが、中国ではもっとひどいのかも知れません。
いずれにしても、個人で撮影するのにくらべ複数人がいっしょだと責任感が希薄になると言うのはよく見るところです。
集団いじめと心理的には通ずるものがあるのではないかと思います。

もうひとつは、旅の恥は掻き捨てという感覚が拭えないことでしょう。
自分にだってないとは言えないので偉そうなことは書けませんが、知らない人ばかりの土地、もう2度と来ることのない場所では、そんな概念が気持ちのどこかにあって身勝手な行動をとりがちになります。
ましてや中国人には、中華思想というのがあるようですので、傍若無人に振る舞ったりするのかも知れません。

それと似て非なるものが、漢族による少数民族蔑視です。
奴らはオレ達より劣っていると考える人が多いようですし、オレ達が稼いだ金で養ってやってるんだと考える人は残念ながらさらに多いようです。
集団心理による責任感の欠如や旅の一過性による無責任はあきらめられますが、もし民族蔑視であんな態度と言うことだとこれはもう救いようがありません。
彼らに限ってそうでないことを祈りたいと思います。
とは言え、やはり朝早くから目の当たりにした光景としては、あまりに後味が悪かったと言わざるを得ません。
【M8/Heligon 35mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Rodenstock Heligon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(4) | 2012/07/30 Mon

殺鶏吃

M8/Heligon 35mmF2.8
8時を過ぎてようやく真っ暗になり、夕食の時間になりました。
どうやら土日は観光客が多いので、明るいうちは対応に追われ、彼らがすべていなくなる7時半以降にようやく食事に入るようです。
観光客がすべて帰ったかどうかを知るのは簡単で、駐車場に車が残っていなければ、交通不便なこの村では、もう外来の人はいないとみなせるのです。

この日ラッキーだったのは、前日、山で野生のニワトリが捕れたから食べようと言ってくれたことで、家でも数羽を飼っていましたが味はだいぶ違うよと歓迎してくれたことです。
嫌でも思い出したのが4年前の滞在で、その時は家計がたいへん苦しく、3ヶ月肉を食べていないと言っていました。
観光客が増加した恩恵を受けているのは間違いないでしょう。

殺鶏の現場を見ましたが、トリはブタほど暴れることなく包丁で首を掻くと静かに横たわります。
ところが、これが生命あるものの生きた証を示すということでしょうか、突然ばたばたと動き回り、すぐにことりと息を引き取りました。
ともすると残酷だと目を背けたくなるシーンですが、むしろ日本の子どもたちに見てもらって、我々の食が生き物の犠牲によって成り立っているのだということを体感してもらいたいなどと殊勝なことを考えたりもします。

夕食で不思議だったのは、4年前同様、旦那さんはどこかへ行ってしまったことです。
前回も理由を尋ねようと思い、夫婦仲の問題とかに立ち入るかも知れないなどと遠慮したのですが、やはり今回も聞けません。
前回と違ったのは、奥さんと娘さんの他に、親戚の女の子と友だちふたり、女の子の彼氏と友だちひとりと大人数で賑やかだったことです。
娘はたぶん13歳くらい、その他の若い人たちはみな20歳前後と、ジェネレーションギャップのある中での食事で、しかも会話のほとんどがまったく聞き取れない瑶語だったにも関わらず、たいへん楽しいものでした。

その理由の大部分は、隣に座った女の子がおかずをとってくれたり、誰も飲まない自家製のお酒をふたりで飲みましょうとお付き合いしてくれたからに他なりません。
唐さん一家全員の携帯番号を教えてもらったのに、せっかく親しくなった彼女の番号を聞き出せなかったのは我ながら不覚でした。
そればかりか、教えてもらった名前も、いま、どうしても思い出せません。

飲み口の好い米酒と初めて食べた野生のトリですっかり酔っ払って満腹です。
また、前回のように親戚の家で寝るのかと思えば、今回は唐さんの家に泊めてもらいました。
母娘は2階の自室に上がったのですが、わたしは1階のベッドに布団を敷いてもらい寝ます。
この家は、かつてと呼ばれた、地域の中心人物(今の日本でいう橋下知事?)の家で、現在は観光客が必ず立ち寄る村いちばんの観光スポットのような存在です。
その歴史ある古民家の、そのむかし瑶王その人が使ったという大切に展示されている古骨董家具のようなそのベッドに、わたしは寝かしてもらったのでした。
寝心地だってけっして悪くは無かったと報告しておきましょう。
【M8/Heligon 35mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Rodenstock Heligon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/29 Sun

参観撮影展

M8/Serenar 8.5cmF1.5
今日は、オールドレンズ仲間のkmkcさんの写真のグループ展を見に行って来ました。
kmkcさんの出された写真展は何度かお邪魔させていただいていますが、その都度あらたな試みを見せていただき、いつも新鮮な気持ちを味わわせていただいています。
kmkcさん自身はオールドレンズでの撮影に情熱を燃やす、ともすると保守的な位置に身を置きがちな立場にあって、常に新たなメディアやソースにも目を向けていて、オールドレンズファン以外の人をも惹きつけるチャレンジを続けて前進しているところに驚かされます。

この日は、土曜ということもあって、写真展のメンバーの皆さんと食事しながらおしゃべりする会にも参加させていただきました。
以前に一度お会いしたはずのgikyさん、どこかでお会いしているはずのmaroさんとお人柄がよく、たいへん楽しい時間を過ごすことができました。
おふたりとも、ブログで拝見する写真から受けるイメージとはひと味違う写真を展示されていて説明をいただきたかったのですが、その機会を得られなかったのが心残りになってしまいましたが。

いまデジタルで活動している写真愛好家のほとんどが、ブログや自身のサイトを持たれていますので、すでに広く自作の発表の場は所持しています。
それでも、写真展を開催したり参加したりというのは、PC上では表現できないと考えるものに挑戦するとか、ぜひ生で見てもらいたいなどという意思あってのことではないかと思われます。
そういった気持ちについては、ぜひ語ってもらいたいなとご本人を前にして思うところ大です。
また、ぜひとも交流させてください。

さて、今日の作例ですが、伝統の太鼓の老人のお弟子さんがもう遅いので帰ろうと言い、いっしょに戻ることにしました。
弟子といってももう50歳を超えた彼も、太鼓を抱えた後ろ姿が実に堂に入っています。
この姿も撮影しておきたいと思い、少し距離をおいて後からついていくと、夕日を浴びたこの村から見る美しい風景に気付きました。
過去2回は雨とくもりで見ることができなかった、日を受けた時だけの圧倒的な光景に胸の震えを禁ずることができませんでした。
【M8/Serenar 8.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon Serenar 8.5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/28 Sat

竹做的煙管

M8/Serenar 8.5cmF1.5
千年瑶塞の滞在はインパクトがありますが、さすがに前回から4年も経過していて記憶もあやふやです。
さまざまな人にお世話になったはずですが、ほとんど覚えていません。
唯一、思い出すことができたのが、民族楽器を打ち鳴らしながら踊りを見せるおじさんでした。
懐かしいあのおじさんにまた会いたい、あの踊りをまた体感したいと、探し歩くことにしました。
再会できれば嬉しいのですが…。

歩きはじめるとあっけなく彼は見つかりました。
あのときの太鼓のリズムが聞こえてきたので、その音を辿っていくだけでした。
さすがにわたしのことは覚えていませんでしたが、わたしには彼の顔の記憶は鮮明です。
早速、あの踊りを見せてもらいました。

この4年の間に彼を取り巻く環境に大きな変化が起きていました。
なんとお弟子さんができていたのです。
踊りは前回のソロからデュオに変わっりました。
スローですが独特のリズムを奏でる太鼓は、2台となると複雑みを増すので、より面白くみることができます。

お弟子さんの存在でありがたかったのは、話しを聞くことができたことです。
おじさんの方は、瑶族の言葉しかできないので、簡単な会話すらできなかったのですがお弟子さんが中国語で説明してくれました。
それによれば、おじさんは御年72歳で、村に伝わる踊りの継承者、毎日家の近くで観光客に踊りを披露してチップをもらい生計を立てているそうです。

わたしが日本からあなたに再会に来ましたと伝えてもらうと、72歳なのでおじさん改め老人は、たいへん感激して近くの家に自分で仕込んだ酒を取りに帰り、3人で乾杯しました。
煙草も勧められましたが、これは断ります。
煙草も自家栽培していて、紙に巻いて吸うのですが、竹製の長いパイプも持っていてこうやって吸うんだよと実演してくれました。

その姿もぜひ写真に撮ってくれと言うので、カメラを構えます。
85mmレンズではこの竹パイプの全体が写らないので、思い切り後にさがらないといけません。
後退してそちらを振り返ると、穏やかだった顔をぐっと厳しい表情をつくって待ちかまえていたのが印象的でした。
彼なりに撮影されるときの顔を研究しているのだなと思います。

蛇のようにも細いサックスのような楽器にも見えなくもない竹パイプ、長年愛用している手製の太鼓、瑶族の男子を象徴するという真っ赤なターバンのような帽子。
老人は、もてるすべてを用意して写真におさまってくれたのでした。
【M8/Serenar 8.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon Serenar 8.5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/27 Fri

又草苺鏡頭

M8/Sonnar 5cmF1.5
いつもとは手順が逆ですが、千年瑶塞に行こうと考えるにいたったきっかけが、マクロ・プラズマートを入手したことでした。
M8で何枚も作例をあげましたが、やはり、フィルムで撮ってみないことには、こういうレンズの良さであるトーンの出方は分からないのではと考え、それでは、次回深圳に行くときに思いきった遠征をしようと候補地を選定し、真夏の広東はどこへ行っても日本より暑いので、高原気候のはずの連州の山間の千年瑶塞に行くのがベターだろうと判断したのです。

ところが、その後マクロ・プラズマートに不具合の可能性が出て、それを確認するまではいったん計画を白紙にすることにしました。
懐かしの千年瑶塞へは前回の訪問から4年経っていることを知り、マクロ・プラズマートをフィルムでという計画はあきらめたものの連州へはなんとか行ってみようと考えました。

それでは、レンズは何を持って行くかということになります。
わたしの場合、旅の持ち物はまず最初にレンズです。
そればっかり気にするあまり、よく忘れ物をするのですが、今回は暑いし水浴びするときに必要なサンダルをと思っていたのに忘れてしまいました。
それと田舎の村では夜真っ暗になるので懐中電灯が必需品なのですが、これも到着後夜になってからしまったと思い出す体たらくです。

まあ、そんなことは些細なことで、今回のレンズの選択は、コンタックス用のゾナー50mmF1.5でした。
イチゴのコンタックス・ゾナーは大好きな玉で、ブラック・ニッケルを3本とその後のクロームを1本持っていますが、戦後の西独のものは持っていなかったので、少し前に購入していました。
ずっと以前からイエナ製との違いを知りたかったのですが調べきれず、35mmビオゴンや85mmゾナーは、イエナと戦後西独ではレンズ構成も変わっているということが分かったので、イチゴのゾナーも構成はそのままだとしても何かしらの変更があるはずだろうと見切って手に入れてしまったのです。

西独のイチゴ・ゾナーは大きく前期後期に分けると、前期型はOPTON-SONNARと表記されていて、後期型はOPTONの表記がなくなります。
そこから、一般に前期をオブトン・ゾナー、後期をカール・ゾナーと呼び分けるようです。
ツァイスの電話帳を見ると、オブトン・ゾナーは49500本、カール・ゾナーは39000本が製造されたようです。
ただ、電話帳がすべてを網羅してはいない可能性は高いですが。

数が豊富でブラック・ニッケルを除くと比較的入手が容易なイチゴ・ゾナーなので、入手にあたっては自ら条件を付けることにしました。
オブトン・ゾナーは最初のロットの中の1本を、カール・ゾナーでは最後のロットの中の1本をそれぞれ入手しようと。

そして先般見つけたのが、最終ロットと思われる3000本の中の1本で、終わりから数えて27番目のシリアルナンバーだったので、フィルターリムが曲がっているなど状態はいまひとつながら手に入れたのです。
イチゴのゾナーの初登場は確か1932年ではないかと思いますが、それから数えても27年後という、奇しくも27という数字が続く妙な符合を感じさせるレンズでした。

やはりゾナーのすばらしさを堪能できる個体だと思うのですが、とても残念なことにM8との距離計連動がうまくいっておらず、ことごとく後ピンになってしまいました。
これはコンタックス・ライカ・アダプターの方の問題である可能性が高いので、レンズ自体に責任はないはずです。
作例は、最短90cmのものですが、傘の面積が広い分どこかしらにピントがあって、ボケを確認する程度のものにはなったようです。
やはりダブルガウス系とは違う、芯の残ったざわつき感の少ない、印象的なボケに思えます。
それでも肝心なところでピントを外しまくっていたので、この後使うレンズがメインになってきてしまうのが残念でした。
【M8/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/26 Thu

她們都不在

M8/Sonnar 5cmF1.5
4年前に千年瑶塞ほ訪れ、まずブログで最初に紹介したのが、瑶族の少女が物憂げな表情で景色を見つめる作例でした(2008.11.04)。
お世話になった唐さん一家の記念写真とともにプリントして渡そうと、これも持参していたのです。
しかし、この少女のことを、唐さんは導遊だと教えてくれました。
てっきり近所に住んでいると思っていたのですが、彼女は村内には住んでいるものの、ガイドとして唐さん宅のベランダに立っていただけだったようです。

その表情から、都会の生活への憧憬とか思いを寄せる隣村の男性とか、勝手に想像していました。
どんなシチュエーションで撮影したのかはまったく覚えていませんでしたが、黄昏時に自室から出て遠くを見るともなしに夢想している姿を偶然スナップしたのだと思っていたのですが、単に、ガイドに疲れてぐったりしていたところを捉えたに過ぎなかったのかも知れません。

写真といえばもう1枚、これもブログに掲載した当時小学生だった女の子のも持参していました。
当時、英語を教えてあげたりいろいろと話をする機会もあって親しくなっていたので再会を愉しみにしていたのです。
ところが、とても残念なことに彼女の一家は引っ越してしまったとのことでした。
唐さんの家のすぐ裏に住んでいたので、さっそく行ってみましたが、木の扉は堅く閉ざされていて、すでに彼女のいた面影も感じられなくなっています。

たまたま、それらを伝える作例がありました。
広州から遊びに来たという一家がやって来たところを撮ったものですが、可愛らしいふたりの女の子の手前にいるのが民族衣装を着た導遊です。
もちろん前回撮影した彼女ではないですが。
着ているもののデザインが若干違っていますが、髪飾りは同じものに見えます。

それから、左上に木の扉が見えると思いますが、これこそ引っ越してしまった女の子の家です。
また、撮影位置がちょうど門の外側だったのですが、上辺と左辺にぎりぎり門が写り込んでしまっています。
それが手焼きのプリントのように見えて、ユニークな1枚になりました。
【M8/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/25 Wed

再々会

M8/Sonnar 5cmF1.5
千年瑶塞の入り口に着いたのは、夕方の4時半でした。
ここで門票、つまりはチケットを買わないといけないのですが、50元と書いてあるのに、かわいらしい女の子の係員に60元よと言われます。
どうしてかと聞けば、駐車料金が10元だとのこと。
いや三輪タクシーで来たのでと言うと、もう帰りの交通手段がないが大丈夫かと心配される始末です。

1泊の日程で来ているので、当然、この日は瑶塞に泊る覚悟です。
前回も同様にやって来て泊めてもらっていたので、快適かどうかはともかく、野宿の心配は不要でした。
当然、前回同様、瑶王と呼ばれたかつてこの村を統治していた人の末裔の家に泊めてもらえることでしょう。

4年振りに来たというのが信じられないくらい村のことを覚えていて、懐かしみつつもすいすいと歩いて前回の家を目指します。
ただ、前回はここに至る山道がずっと工事中ではるか迂回して来たのですが、それも2年前に全面開通したそうで、大型バスから一般の車まで多くの観光客が訪れるようになったことが分かりました。
10元とる駐車場はこの時間でもざっと20台くらい停まっていましたし、何より前回数軒しかなかったみやげ物屋が10軒以上に激増していました。
わたしにとってはあまりありがたいことではありませんが、限られた現金収入を考えると致し方ないことですね。

とにかく、あの時の一家と再会したく、歩調を早めたのですが、どうしたことか勝手知ったる村の道なのに、瑶王と書かれたあの家がなかなか見つかりません。
見晴らしが好かった記憶があったので、村でもかなり上の方に位置していると思い込んでいたからなのですが、その家はちょうど村の真ん中くらいにあって、村を3分の2周するかたちでようやく到着できました。

まず軒先にいたのが、ご主人で、わたしを見るなり、ああっ、あなたはと驚いています。
ただ、会ったことがあるのは覚えていますが、記憶は鮮明でないようで、北京か上海の人でしたっけと苦笑しています。
いや来たではなく東の方の京ですと言うと、やっと思い出して、よく来たよく来たと相好を崩すように笑っています。

付いて来てと少し歩いていくと娘がいます。
ほら、あのときの日本人だよと父親が説明するも、娘は分からない様子。
無理もありません。
聞けば4年前当時彼女はまだ8歳でいま12歳になったばかりで、そんな前のことは忘れてしまっています。
今は日本でいうところの中学生ですが、この日は土曜でお休みなので、みやげを売る仕事を手伝っていました。

奥さんは、畑で仕事をしているようで携帯で呼び出しました。
ちょっと待てば帰って来るのでしょうからいいと言ったのですが、彼女も喜ぶからとすぐ来るようにと言っているようです。
やはり来てみれば、わたしをよく覚えていました。
もう2年になるか、いや3年かと言うので、4年になりますと答えると、時の流れの速さにびっくりしたようです。

もう5時をまわって、これから夕暮れに向かう好い時間帯です。
ぜひとも村を歩いて撮影して歩きたいところですが、座ってと椅子を持って来て、ずっとこの間のことを会話することになってしまいました。
当時貧しかった彼らの生活はだいぶよくなってきたことが分かりました。
好い話しが聞けたので、もう撮影がどうこうなんてどうでもよくなってしまうのでした。
【M8/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/24 Tue

第三次訪問

M8/Sonnar 5cmF1.5
先週末は、また深圳まで出掛けてきたのですが、あいだの2日間を作例のように遠征に向かいました。
行き先は、過去2度滞在したことがある広東省の北西のはずれ、連州の瑶族の村です。
片道7時間の苦行のような行程ですが、帰国の時にはそれをも上回る地獄が待っていました。
そのことについてはまた後日書きますが、そのおかげで瑶族村への道のりが生易しく感じられてしまうのが不思議です。

瑶族村は千年瑶塞と呼ばれる山中の村で、さすがに千年までは経っていないようですが、数百年の歴史があるとの記録はあります。
前回の滞在で歓迎してもらい、再々訪を約していたのですが、気付いてみると、それはもう4年前の出来事でした。
移動時間を考えると2泊3日で行きたかったのですが、その機会を待っていてはこの先いつになるか分かりません。
2日をフルに取れる今回、強行日程を組むことにしたのでした。

過去2回は、行きの道のりで失敗していました。
大渋滞と行き先間違いです。
今回は慎重にバスターミナルを確認し、途中の一部区間を除いて高速道路が全通しているのを調査済みだったのでかなり早く着けるという目算がありました。
ところが、バス会社もそれをいいことに深圳市内に経由地を2箇所設定する余裕スケジュールに変更していて、ちょっとした渋滞に巻き込まれたこともあって、前回と同様8時前に出発して2時過ぎにようやく連州に到着したのでした。

公共交通手段としては連州バスターミナルから、連南という10キロほど先の隣町に出て、またバスに乗ると3キロほど手前の村、南崗へ到着できます。
この時間にそんな悠長なことをやっていてはいつ着けるか分からないので、タクシーを使うことになるのですが、田舎のタクシーにはメーターが無く交渉するしかありません。
よそ者が運転手と戦って勝てる訳がなく、多少ぼられてもあきらめるしたかないのですが、70元でOKだったタクシーが途中で千年瑶塞の入り口までだともう20元もらわないと行けないと言いだし、途中でそんなことを言う運転手の態度に腹を立てて減速した際にタクシーを飛び降りてしまいました。

自分でも無茶な行動でしたし、途中まで乗っけて逃げられた運転手も金を払えと大声をあげてますが、たまたま通りかかった連南行きのバスに乗り込むと、さすがに追ってくることはありません。
バスの中で冷静になって考えると、20元はわずか240円で、それをケチったために大きな時間のロスをしたのはあきらかで、我ながら情けなくなりました。
運転手の挑発に乗ってしまったということです。

20分ほとで連南に着き、またタクシーを探しますがほとんど見かけません。
ようやく通った1台をつかまえますが、千年瑶塞というとなぜか行けないと去っていきます。
さらに待って来たタクシーは200元だと言います。
10キロ遠い連州からでも90元なのに200元ですのでふざけるなと一喝するとタクシーはあっけなく去っていきました。
先ほどの反省なく、また怒りが先に立ってしまい、ますます自分を追いこむ形です。

次に来たのが、タイのトゥクトゥクにも似た三輪タクシーです。
聞くと50元だというので、交渉して40元で行ってもらうことになりました。
やれやれです。
ところが、この三輪タクシーが遅いのなんの、町から山中の村に向かうということは基本的にずっと登りなので、エンジン音ばかりは勇ましいですが、自転車とどっこいどっこいのスピード感に後悔しますが時すでに遅しでした。

20キロあまりを1時間近くかけてようやく千年瑶塞に到着しました。
この三輪タクシーをつかまえるまでに時間をとられていますので、飛び降りたタクシーに乗っていれば1時間以上ロスしたことでしょう。

ただ、そのゆっくりな乗り物のおかげで、美しい風景は堪能できたかなとも思います。
作例は、到着少し前に棚田が見えて好いなと感じていたところ、牛飼いのおばさんが通りかかったので、三輪タクシーを停めてもらって撮影したものです。
棚田は左手にずっと広がっていてとても美しかったのですが、それは毎日見ている牛飼いにとっても同じなのでしょう、作例の彼女も牛ではなく棚田を見入っているように見えます。
辿りつくまでの苦労が報われたような気がしました。
【M8/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 5cmF1.5(Contax) | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/23 Mon

以后不拍

M8/Aplanat 90mmF11
今夜は、おっぱままつりの最終回ですが、お約束のように登場のカーニバルダンサーになってしまいました。
プログラム上、リオのカーニバルという名前が使われていたパレードで、おっぱままつりの大トリでもあったので、わたしは大いに期待していました。
地球の反対側で開催される、大イベントを間近で見られ、不謹慎ながらその主役は露出の大きい服装で激しく踊るのですから。

数百メートルはあろうかという追浜銀座通りを踊りながら往復するというので、撮影チャンスは2回あります。
スタート地点を出発したカーニバルは間もなく目の前にというところで、大量のアマチュアカメラマン(?)もいっしょになだれ込んできました。
カーニバルの様子を見ることはできますが、彼らが目の前にいて撮影するにはたいへん厳しい状況です。
ひとことで言えば、邪魔でした。

まともに撮ることはできなかったので、折り返して戻ってくる時はゴール地点で待ちかまえてよい場所で撮影してやれと作戦を立てました。
けっこうな時間を経て、カーニバルは戻って来ます。
取り巻きカメラマンも先ほど同様ぞろぞろと付いてきています。

奴らはなんなんだ、まるで無料の水着撮影会とでも勘違いしてるんじゃないか、にやにやしていてみっともないし、そもそもカーニバルの意味がキリスト教の謝肉祭でわれわれもいっしょに踊ったりして祝わなければいけないのにそれすらしていない…。
などと腹を立てながら考えたのですが、あれっ、そのすべてが自分にだって当てはまるじゃないかと気付きました。
そう思った途端、気持ちがすぅーっと引くのが分かりました。

わたしは違うんだと抵抗しようともがきますが、もがけばもがくほど自分も所詮は同じ穴のムジナと思い知らされるばかりです。
音楽に合わせて手拍子でもしようとしますが、すでにそういう雰囲気でないと悟っているダンサーたちが踊りなんて止めています。
ただ、取り巻きを従えてだらだら歩いているだけ。
ときどきカメラ用でしょうか、踊っているようなポーズをとるのみです。

あるダンサーは、かまわずポロリと出してしまっているのもいました。
ハプニングというよりは出しっ放しで、何か意図があるのではと思わせる雰囲気です。
これではおっぱままつりならぬおっぱいまつりではないですか…。

これが日本式のカーニバルなんだよ、みんなといっしょに楽しめばいいじゃない、という声がどこからか聞こえてきそうです。
でも、楽しんでいるのは男だけ、沿道の女性は冷ややかに男たちを見ていることでしょうし、子どもたちまでもがあきれているように思えてなりません。
しかも、よりによって、そんなカーニバルを写した今日の作例が、グラブ・アプラナットいちばんのすばらしい描写になってしまいました。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/22 Sun

160年前的照片

M8/Aplanat 90mmF11
古写真についてはほとんど知識がありませんが、その分しばしば新しい発見があって、むそれがまた楽しませてくれます。
まず、ダゲレオタイプ、アンプロタイプの写真は、サイズがとても小さいということが分かりました。
1/6プレート、1/9プレートなどと表現されますが、前者は7×8センチ、後者に至っては5×6しかありません。
さすがに免許の写真よりは小さいですが、1/9プレートはパスポートのそれとどっこいどっこいというところでしょう。

このふたサイズが主流で、まれに1/4プレートと言うサイズが出ます。
8×11センチですが、これはクォータープレートといって、ようやく名刺よりもひとまわり大きい程度の大きさです。
それでも珍しいということもあって、相場がかなり上がってしまいます。
数が多くて小さすぎない1/6プレートが、購入するのでしたら狙い目だと言えると思います。

1/6プレートであれば値段は落ち着いているかと言えば、まったくそうではありません。
まず、コンディションの問題があって、銀板とも言われるダゲレオタイプではキズが付きやすく腐触しているものがけっこうありますし、ガラスのアンプロタイプは割れているものも時々見かけます。

写真のほとんどはポートレイトですが、これが風景写真になれば価格はぐんと上がりますし、ポートレイトでも被写体自体の魅力によって価格は千差万別です。
老人などは安く、美女が高くなるのはいたしかたないことでしょう。
そのためオークションのタイトルにBeautiful young ladyなどという表現がよく使われますが、実際に写真を見てみると野暮ったいおばさんだったということは日常茶飯です。

そして値段を決めるもうひとつの決定的要素は、写りの質ということになります。
シャープで解像がすばらしいものがもっぱら好まれるのは当然のことです。
ただ、ここで面白いのは、シャープ&高解像とうたっていながら、それは中心部だけで周辺は崩れているものが時々見られるということです。
写真の質ということではいまひとつということになりますが、レンズ趣味にとってはこれがけっこう楽しめるのです。
今日の作例のような少女のポートレイトと似たような写りのものもあって、このレンズで撮ったダゲレオタイプも見つかるんじゃないかという気にさえなってきました。

ダゲレオタイプもアンプロタイプも一般的なもので、100ドルくらいするのが普通です。
さすがに小さな写真に1万円も出すのはかなり抵抗があります。
50ドル以下だとコンディションに問題あるものがほとんどですが、どうしたことか、まずまずの状態でその程度にまでしか価格が上がらないものも稀にあって、そういったものを3枚ほど落札してみました。
いまのサービスサイズの3分の1、4分の1の小ささですが、凝縮された宝石のような輝きがありました。
これが、写真の原点の美しさというものでしょうか。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(2) | 2012/07/21 Sat

従反対方面看鏡頭

M8/Aplanat 90mmF11
6月9日にマクロ・プラズマートをオーダーしてから、かれこれおよそ40日、レンズを購入しない日が続いています。
とくに禁断症状も出ていませんし、何しろレンズは大量に保有しています。
あまり大きな声では言えませんが、未だ使っていないレンズが10本以上、改造待ちのレンズもやはり10本以上、防湿庫でスタンバイしています。

では、レンズ探しに費やされていた1日30分程度の時間はどうなったかと言うと、ちょっとだけ違う角度にシフトして続けられています。
見ているのはやはりオークションサイトですが、検索はレンズ関連ではなく写真史というか写真術史に関するものを眺めています。
これでは言い方が遠まわし過ぎるので、ずはりな言い方をすれば19世紀の写真を見ているのです。

より端的に言えば、1830年代後半から60年代くらいの、ダゲレオタイプ、アンプロタイプ、ティンタイプの写真です。
ダゲレオタイプは、最初の写真術としてよく知られていますが、1839年に発明された銅板に銀を塗って感光させる写真術です。
アンプロタイプは、それより12年ほど遅れて発明された、ガラスにヨードなどの溶液を塗って感光させる写真術です。
ティンタイプは、アンプロタイプより若干後に登場していますが、手法はアンプロタイプ同様で、ガラスの代わりに安価なブリキの板を使ったものです。

アンプロタイプの登場によってダゲレオタイプが駆逐されたかというとそういうことではなく、撮影機材がたいへん高価だったことなどや主に普及していたアメリカが広く広まるまでに時間がかかったため、両者は並行して使われていた時期が何年もあります。
一方でティンタイプは、安価な撮影を実現したため、それまで裕福な人しか縁のなかった写真を中流階層まで広げ、当然のごとくダゲレオタイプ、アンプロタイプを廃れさせてしまったのでした。

ですから、オークションで流通しているのは圧倒的にティンタイプが多く、市場価格も比較的安価です。
ダゲレオタイプ、アンプロタイプは希少で高価かといえば、それほどでもないというものも結構あります。
売りに出るものの95%以上は肖像写真かそれに類するもので、写真術が誕生してしばらくは芸術として認知されるに至らず、もっぱら写真館で用いられる商売道具にすぎなかったわけです。

といっても、当時の技術と知識の粋を集めたカメラとレンズが使われているのですから、撮影された写真だってたいへん興味深いものがあります。
1830年代から70年の間には、シュバリエの色消しレンズから始まって、ペッツパールやロスのダプレット、先週使ったグラブのアプラナット等々の各種レンズが登場しているので、どのレンズが使われたかなど想像するだけで楽しくなってしまいます。
PCディスプレイから何が分かるということもないかも知れませんが、歴史的レンズを逆方向から知る密かな愉しみに、ひとり悦に入っているのです。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/20 Fri

感覚很恐怖

M8/Aplanat 90mmF11
わたしが子どもの頃にも、比較的近くで夏祭りがありました。
やはり祭りはとても楽しみで、今日はお祭りだという日にはわくわくした記憶がはっきり残っています。
しかし、そのわくわく感というのは、よく考えてみると本来の例大祭とは関係なく、人が集まる賑やかな雰囲気や何より年に一度の出店を巡る楽しみだけだったということに気付きます。
小さな子どもにとっての祭りはその程度のものだと断言してよいのではないでしょうか。

というのも、おっぱままつりではお神輿が十基以上出ていてうち一基は子ども神輿だったのですが、その子どもたちを見ていると誰ひとりとしてお祭りを楽しんでいるという雰囲気の子がいないのです。
なんでめちゃくちゃ暑いのにこんなことしなくちゃいけないの、早く遊びに行きたいよ、とまるで顔に書いてあるような一様な不満顔を見せつけられました。
まわりの父兄がわっしょい、わっしょいとはやし立てているのに口が動いている子どもは皆無です。
どうしても、おとなが子どもに対して神輿担ぎを強要しているように見えるのが気になりました。

参加している子たちがこんなであれば、見ている子どもたちはもっと辛いようです。
父親が神輿担いでいるので家族で応援に来ているのならまだいいのでしょうが、親に連れられて漫然と見る神輿は退屈で仕方ありません。
どこか連れてけとぐずる子、泣きだす子、あくび連発、そして多くが眠ってしまう。
作例のように、普段と違うかっこうで勇壮に駆け回るおとなを見て、恐怖におののく子まで出てくる始末です。

ksmtさんとは、いっしょに行動しつつも、適宜、別行動するなどしてそれぞれ勝手に祭りを見たり見なかったり
していました。
いっしょが半分、別々が半分というところでしょうか。
それでも意見が一致をみたのは、お祭りそのものよりそれを見ている観衆を見ている方がずっと面白いと思ったということでした。
例え祭りが退屈だったとしても、その周りには楽しみがいっぱい転がっているのです。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/19 Thu

白鬚

M8/Aplanat 90mmF11
ここ1ヶ月くらい新たにレンズを買っていません。
一般的にいえばごく普通のことなので、ここに書く必要はまったくないと思われます。
ただ、ここ数年というもの、1ヶ月以上レンズを買わなかったというのは記憶になく、あたかもマグロが泳ぎ続けないと呼吸出来なくなって死んでしまうように、ひたすらレンズを買い続けてきました。

なぜレンズを買わなかったかは他でもありません。
マクロ・プラズマートを購入したからです。
このレンズは、20万円近くもしたので、レンズどころかあらゆるものごとを節制せざるを得なくなっている現状があります。

金銭面は別にしても、マクロ・プラズマートはわたしにとってのメルクマールのような存在で、これが終着駅だといううことではありませんが、ひとつの目標を達成したことで自粛のブレーキがかかったということの方が理由としては強く存在しています。
6月にボーナスが出て、以前から欲しいと考えていた10万円強のレンズを購入する計画でしたが、マクロ・プラズマートを手に入れたことで、このレンズはあきらめました。

この機会に、レンズ比較などを計画できればとも思ったのですが、しばらくこの日記スタイルは変更できそうもありません。
それに、いつ歯止めが外れて、レンズ購入したくなるのか、その反動でまた一気にレンズが増えるのではとの不安も抱えています。

さて、今日の作例のお神輿ですが、収差レンズともトイレンズとも言うべきグラブ・アプラナットはハイライトがかなり滲んで独特の表現をします。
白装束が神々しいほどに滲んでいます。
失礼ながら中央の男性が仙人のように現実離れした姿に見えてしまうところに、アプラナットの本領が発揮されています。

色再現性もすこぶる悪いのが気になります。
赤がくすんだオレンジ色に転んで、金色から輝きは失なわれてしまいました。
ややアンダーになったり曇った場所で撮ると、こういう悪い悪戯が起こってしまうようです。
致命的なのは肌の色で、男性なら許されるでしょうが、女性を撮る場合は露出にそうとう気を遣わないと、濁った黒っぽい肌で再現されてしまいます。
そう、女性を撮るときはオーバー目にして肌を滲ませれば、ソフト効果が得られるはずですので、それはぜひ試すべきレンズなのです。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/18 Wed

気温太熱

M8/Aplanat 90mmF11
バルター研究を進めるksmtさんに対して、わたしも対抗できるようなレンズを持参するのがのぞましいと言えます。
新たな自慢レンズを披露できればいちばんいいですが、ksmtさんのレンズに合わせる手もあります。
バルターを持って行く手もあるし、アメリカ製ということでガンドラック・ウルトラスティグマットをぶつけるのも面白そうです。
写真レンズの歴史によれば、もともとメガネレンズを専門に製造していたボシュロムが他分野に手を広げるときに、まずは顕微鏡の製造にあたって協力したのがガンドラックだったとあるので、バルターの対抗馬のウルトラスティグマットというのは最高の組み合わせかも知れません。

しかし、わたしが持って行ったのは、バルターとはゆかりのまったくない、グラブ・アプラナットというレンズです。
3月に京都・奈良へ行ったときにメインに使ったレンズです。
この関西行ではフィルムケースを強引に鏡胴の中間に入れた簡易改造だったのですが、ヘリコイドに使っているエルマー9cm用のエクステンションチューブを入手できたので、見た目がだいぶ改善されたのでまた持ち出す気持ちになりました。

そのエクステンションチューブはOTQNOというライツのコード記号で約9mmの厚みがあります。
3枚入手できたので3つとも付けてみると前ピンになってしまい、2つで試すと後ピンでした。
この差はレンズヘッド部分のねじで調整できたので、その時点でグラブ・アプラナット第2バージョン閑静ということにしました。
ただ、関西行のときも書きましたが焦店距離は正確に90mmということではない可能性が高いので、ピントにどこかおかしなところがつきまとってしまうような気がします。

グラブ・アプラナットは、クラウンとフリントの貼り合わせ色消しレンズを用いることで、色収差、像面湾曲、球面収差を補正したレンズと言われています。
しかしコマ収差は激しく、像面湾曲も取り切れてないのか中心と周辺部でだいぶ焦店位置が違って見えます。
現時点で、正確な焦点距離不明で収差改善不完全な暫定的改造レンズ、ないしはトイレンズ扱いで今回はいこうと思っています。
この日の様子は近々アップされると思われるksmtドット・コムの方で確認いただければということで。

さて、今日の作例は、沖縄エイサーを笑顔で演じる皆さんです。
低い姿勢で撮影せざるを得なかったのですが、そのため曇っていたにも関わらず太陽の影響を受けてコントラストがどーんと下がってしまいました。
沖縄は暑いところですが、エイサーをやる時は長袖の正装でないといけないという決まりがあるのでしょうか。
暑苦しくなるのを笑顔でカバーしているように見えて、なんとも健気な印象を受けました。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/17 Tue

緑髪観光大使

M8/Aplanat 90mmF11
コンタクトレンズで有名なボシュロムですが、かつて撮影用のレンズを製造していた時期があります。
当初はプロターやテッサーなどのツァイスパテントのレンズやペッツパールタイプのレンズなど、オリジナルといえるものはなかったようですが、1920年代以降は映画産業の台頭によって、シネ用レンズで全盛時代を迎えます。
その代表レンズであるバルターを入手したので、テストを兼ねて出掛けることにしました。

言い忘れましたが、入手したのはわたしではなくksmtさんです。
75mmと100mmのバルターを一度に購入したというのですが、安かったからと、75mmを2本、100mmを3本一度にまとめて買ったそうです。
1本ずつより、複数を同時に調べたほうが、そのレンズのことがよく分かるからだと聞きました。
さすがです。
こんな話しを聞けるだけでもksmtさんをお誘いしてよかったと思います。

海の日がハッピーマンディになって毎年3連休になりましたが、その影響もあるのか、この期間には各地でいろいろの催しが開かれます。
よりどりみどりの状況ですが、横須賀で開催のおっぱままつりに繰り出すことにしました。
適当に近場で、ふたりとも追浜には行ったことが無かったからです。
プログラムを見るとksmtさんのポートレイトレンズをテストする場もあると分かったのが決定打となりました。

さて、開会ですが、あまりによいポジショニングをしてしまったため、あいさつと来賓が目の前です。
緑髪のコスプレ観光大使が撮りたかったのですが、彼女は横向きで代わってコスプレの友だちがこちら向きになりました。
市内出身の目立ちたがり国会議員のの姿もあります。
親子であちこちのイベントやあいさつに顔を出し、得意の演説や時にはカラオケまで披露して名物というかあきれられている存在だったりすると、地元の方に聞きました。

伝統的な神輿の渡御があるかと思えば、沖縄エイサーやらリオのカーニバルやらまである横須賀らしいようならしくないようなおまつりの開幕です。
また、言い忘れていましたが、追浜と書いておいはまではなく、おっぱまと読みます。
それで、おっぱままつりなのですが、地元ではともかく、全国的にどの程度知られた読み方なのでしょうか。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/16 Mon

江之島的故事

M8/Hektor 2.8cmF6.3
6駅目は江の島ですが、湘南海岸公園から600メートル、藤沢からは3300メートルです。
江の島駅を出るとすぐに鎌倉市に入ってしまうので、江の電沿線散歩は今回ここまでとしようと思います。
江の電の江の島駅から小田急の片瀬江の島駅まで歩けば、家に帰るのも楽ですし。

かすかな記憶ですが、江の島と言って思い出すことがあります。
小学校1年か2年のとき、当時住んでいた石上駅から江の電に乗って海までひとり旅をしたのです。
なぜそんなことをしたのか、よく覚えていません。
とにかく駅から片瀬海岸まで出て、海を眺めました。

そして、何を思ったのか服を着たまま海に入り、ひと泳ぎしてしまいました。
もう、夕方だ家に戻らなくてはと浜に上がったところあることに気付きます。
ポケットに入れていたお金が無くなっていました。
ズボンを履いたまま泳いで、中の小銭が全部流されてしまったのです。

しまった、帰りの電車賃がない、そうひどく動揺しましたがどうにもなりません。
あわてて泳いだあたりの海底をまさぐりましたが、お金はどこにも落ちていません。
あきらめて歩いて家に向かいました。
たぶん、3キロ近い道のりですので1時間半くらいは歩いたのではないかと思われます。

予期せぬできごとで黄昏時を延々と歩いたのですから、肉体的にも精神的にも相当に辛かったはずです。
そのことはまったく覚えていませんが、よく覚えているのは、そんな状況でもけっして泣いたりしなかったことです。
それは、ただ一度の偶発的なできごとで、たぶんその後2度とひとりで海へ行ったりはしていないと思いますが、社会人になってからひとり旅したりあちこち散策したりするのが好きになったりする萌芽のような小さな事件だったのかも知れません。
しかし、逆境に強くなったかといえばそんなことはまったくなく、むしろあきらめの早い性格が身に付いてしまったようです。
【M8/Hektor 2.8cmF6.3 F6.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 2,8cmF6.3 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/15 Sun

相机和郵票

M8/Hektor 2.8cmF6.3
鎌倉行の江の電は、鵠沼駅を出るとすぐに片瀬川の橋を渡ります。
この駅と橋の間は、江の電では数少ない複線区間で、かつ絶妙な感じにカーブしていて、撮影には絶好の場所です。
江の電はきっちり12分間隔で運行しているので、十数分の間に上り下り2本ずつ駅向きと橋向きの8回の撮影機会があることになります。

この橋が歩行者も通れればよいのですが、残念ながら人は5分ほど上流にある別の橋まで廻り道しないといけません。
そこから先も江の電の線路としばらく離れて歩くことになります。
藤沢から鵠沼までがほぼずっと線路と並んで歩けたので、それを通してもらいたいところですね。

鵠沼の次の駅、湘南海岸公園までは800メートルあるそうです。
今までが600~700メートルだったので、橋の川幅分だけ距離が延びたような気がしてきたりします。
それに今まではずっと線路に沿っていたのに、この区間はけっこう廻り道するので、歩行距離は1キロを超えるでしょう。
これまでで一番の難所と言えそうです。

大学時代に比較的この近くでアルバイトをしたことがあり、そのとき気になっていたところがありました。
ちらっと見かけた住宅地にぽつんと佇むカメラ店です。
そのころはカメラなんてまったく興味はなく、気になりはしたものの立ち寄りたいと思ったわけではありません。
ただ、周囲に店なんて1軒もない、完全なる住宅地の一角に、ショーケースにいかにも古くさいカメラを並べた不思議な店の存在がちょっとだけ気になったという程度です。
例えていうなら、そのあたりの家の屋根に古風な風見鶏があって、風に合わせて音を立てて回っているのが見えてそれが妙に印象に残ったというのと大差ありません。

ところが、20年以上も経っているのに、カメラをやっているというだけが理由か、このあたりを歩いているうちに、そうだ確か近くに古いカメラを展示した小さなカメラ屋さんがあったぞと記憶を呼び覚まされたようなのです。
記憶違いとか探せど見つからない可能性とか考えられましたが、探そうと思ってほどなくすぐに見つかりました。
江の電の線路際にあったからです。

記憶のとおりの店だったので、かなり驚きました。
20年以上前の記憶としては鮮明すぎるので、その間にこの店を見かけたということかも知れません。
その記憶の中では、店はすでに営業していなかったかも知れませんが、古カメラ自体は展示されていたように思います。
ところが、いま、店の前に立つとショーケースがあったと思しきところは木の板で覆われていました。
やはり営業もしていないようです。
やがて踏切が鳴って江の電が通り過ぎると、コニカカラーのノボリが風を受けてそよいでいました。
【M8/Hektor 2.8cmF6.3 F6.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 2,8cmF6.3 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/14 Sat

八百利支店

M8/Hektor 2.8cmF6.3
4駅目の鵠沼までは、柳小路から700メートルだそうです。
かつて住んでいた石上からも1300メートルなので、やはり当時の印象よりだいぶ近かったのだと感じました。
ここで暮らしていたのは、小学校2年生までだったので、鵠沼駅周辺は活動範囲を超えていたということのようです。
それでも、小さな子どもが楽しめるような場所があれば出掛けて行ったのでしょうが。

鵠沼駅からは、まったく離れていますが、わたしは6年間を鵠沼小学校に通学しました。
在学中になんども聞いた鵠沼ゆかりの話しが、明治文学とのかかわりです。
鵠沼は、今みると古くからの住宅地のように思えますが、明治期にはまったくの田舎で、当初は海に近い温暖な地の利を活かした別荘地として開発がスタートしました。
その当時は、売り出せば即完売という状況ではなかったのですが、その後の江の電の開通が買い手を一気に増や
したようです。

中には購入した別荘地で旅館や貸別荘を始める人もいたようです。
当時はまだまだ静かな環境で、東京からのアクセスも悪くなく、著名な作家がそれらに長逗留して執筆しました。
学校で教わったのは、谷崎潤一郎や芥川龍之介でしたが、明治の多くの文豪が鵠沼の旅館や別荘には関わったとも言います。

当時の旅館や貸別荘の建物はすでになくなってしまっています。
明治文学黎明の地だなどと宣伝したり、谷崎が歩いた散歩道とか、芥川の記念碑とかあってもよさそうなのに聞いたことがありません。
閑静な住宅地なので、外来の人が来てほしくないからとか事情があるのでしょう。
わたしだって強引な観光地化は反対ですが、かつての雰囲気を留めているようにも見える鵠沼の一帯には、文学を求めてやって来る人の気持ちを豊かにさせるような何かがもうひとつあってもいいかなと思います。

鵠沼駅から先は、片瀬川が道を遮っているのでどこか橋を渡らないといけないのですが、これがよく分からず周辺をかなりさまよい歩いてしまいました。
歩きながら大きな古いお屋敷をいくつも見た反面、古い建物を壊して家を新築しているところを何軒も目撃したのです。
明治の雰囲気はもちろんですが、わたしが幼少の頃の1970年代の雰囲気すら風前の灯になりつつあることを実感しました。
【M8/Hektor 2.8cmF6.3 F6.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 2,8cmF6.3 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/13 Fri

小龍蝦的味道

M8/Hektor 2.8cmF6.3
石上駅から柳小路駅までも600メートルしかないそうです。
石上から藤沢はほとんど見えていましたし歩いてお買い物にもでかけていたので近いとは分かっていましたが、逆方向へはもっぱら自転車だったせいか1キロ以上あるものだと思っていました。
ただでさえ小さな頃は歩くスピードが倍以上遅いので、距離も倍以上に感じるのも当然でしょうね。

柳小路とは、とても風流で美しい名前ですが、幼少の頃にはもちろんそんな良さを感じたことはありません。
柳の木が並んだ小さな通りがあったかなと見渡しましたが、駅から見える範囲ではちょっとなさげです。
子どもの頃はもしかしたらあったっけと記憶を辿ろうとしたものの、思い出すことはできませんんでした。

わたしの柳小路の記憶はすべて、鵠沼女子高校前にあった池に集中しています。
蓮池と呼ばれていた、その池はサッカーグラウンドくらいの大きさだったのではないかと思いますが、これも小さな頃の記憶ですので実際はもっと小さかったかも知れません。
そこへは、網、棒切れ、タコ糸、さきいかの4点を持ってよく通いました。
ザリガニ釣りですね。

いまの子どもだったらゲームの釣りに熱中するのかも知れませんが、まだ携帯電話もテレビゲームもない時代です。
釣りができる近所の池というのは、子どもにとって格好の遊び場でした。
では、釣ってきたザリガニはどうしたかといえば、おやつ代わりに食べていたということはなく、飼おうとしたことこそあったかも知れませんが、すべて帰るときには逃がしていました。
小学校低学年の少年にしてキャッチアンドリリースのスポーツ・フィッシングを楽しんでいたのですね。

学校の前であり、住宅地の中でもある池ですので、この何十年のうちに埋め立てられて家が建っていてもおかしくないのですが、懐かしの蓮池は姿を変えながらも活き残っています。
ご時世がらか柵で立入禁止になっていましたし、学校のグラウンドができたためか面積は半分以下に縮まっていましたが。
それでも少年時代の思い出の地が姿をとどめているのが何より嬉しいものです。
あるいは、池を埋め立てる計画もあったが、やはり大切に思っている関係者が反対したとかいう経緯があったのではなどと想像します。

ザリガニといえば、数年前、中国雲南省を旅したとき、こんなことがありました。
山中のレストランの夕食どきメニューを見ると、小龍蝦の料理があったのです。
小龍蝦とは、小型の伊勢えびまたはロブスターのことで、値段も安かったのでオーダーしたのですが、でてきたのはアメリカザリガニを茹でたものでした。
海のない雲南の奥地で伊勢えびが出るわけがありません。

わたしは子どものことを懐かしむばかりで、ザリガニに箸を付けることはできませんでしたが、伊勢えびと思っただろう中国人の友人は、ひとりぱくぱくと食べていました。
食後、感想を聞くと、肉がぱさぱさであまり美味しくなかったと残念そうに教えてくれました。
罪悪感があって、あれは伊勢えびでないことが伝えられず、きっと海からここまで運ぶ間に鮮度が落ちちゃうからだろうね、ととぼけた相槌を打ってしまいました。
【M8/Hektor 2.8cmF6.3 F6.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 2,8cmF6.3 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/12 Thu

章魚公園

M8/Hektor 2.8cmF6.3
今では高架になっている江の電藤沢駅ですが、わたしが幼稚園くらいの頃は普通の地上駅だったという記憶が鮮明にあります。
確か江の電デパートが新築されるにあたってホームが2階にできたのではないかと思います。
まったく感違いかも知れませんが、それまでは駅周辺の大型店は高島屋と名店ビルしかなくて、江の電の高架は駅近辺の開発の端緒だったのではないでしょうか。
当時、全国を網羅する国鉄は赤字なのに、ローカル単線の江の電は黒字なのでいちはやく近代化できたなどと大人が言っているのを聞いたのをはっきり覚えています。

高架駅をゆるやかな角度で降りていきちょうど地面に着いたあたりが石上駅です。
この間わずか600メートルしかありません。
銀河鉄道999を見だしたのは、このあたりから引っ越した後のことですが、999が宇宙へ飛び出すシーンは線路が急角度で空に向かっていて、わたしは石上駅から藤沢駅に江の電が走る姿を連想したものです。
先日見たところ、全然記憶より勾配が緩やかだったので、あれでは999が飛び立ってもそのまま失速してしまうのだろうなと思われましたが。

石上駅のほど近くに小さな公園があります。
家からも近かったのでよくこの通称タコ公園に遊びに行きました。
このタコの遊具はわたしが住んでいる時に建造されたのですが、みんなはタコだと言い張っていましたが、その当時は赤く塗られておらず、わたしにはタコに見えませんでした。

これまたあやふやな記憶ですが、そのころ、クレクレタコラ(?)というタイトルだったかで、子供向け実写ミニ番組があって、これもタコが主人公にも関わらずタコらしくないタコが登場していて、これにも疑問を呈していたようです。
当時は、ドラマとか漫画の中で禿げた鉢巻き頭のおじさんが顔を真っ赤に激怒して、子どもたちにタコ親父とからかわれるのが定番のようによくありました。
タコは、公園に設置されたり、テレビで擬人化されたり、定番のキャラクターだったのですね。

久しぶりのタコ公園のタコは、作例のとおりすっかり赤く塗装されています。
しかも、これがぬめっとしたリアルなペイントで、どこからどうみてもタコそのものになっていました。
【M8/Hektor 2.8cmF6.3 F6.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 2,8cmF6.3 | trackback(1) | comment(0) | 2012/07/11 Wed

Neue Sachlichkeit!

M8/Hektor 2.8cmF6.3
梅雨時期の週末に撮影に出向いてブログを毎日更新していくのは、なかなかにしんどいものがあります。
先週末は、日曜に用事があったので土曜が雨振りだとアウトでしたが、さいわい予報では日中どうにかもって、夕方から雨になるとなっていました。
平塚の七夕が第一候補でしたが、夕方から雨というのが気にかかって、より地元で短時間で済ませる安全路線でいくことに当日決めます。

安全路線規格は、去年あたりからいつかやろうと思っていたアイディアを実行に移すことにしました。
それは、わたしが幼稚園から小学校低学年にかけて江の電の石上駅近くに住んでいたことがあり、そのころよく江の電を追いかけて線路沿いに自転車を走らせたりした記憶を、何十年振りに訪れることで甦らせようというものです。

幼少の記憶をたどってという企画は、本人にとっては思い入れいっぱいで勝手に盛り上がれますが、他人から見れば何のありがたみもないのを、江の電を絡めることでやや観光ルート的風にできるのではと目論んでみたのですが、これはあきらかに失敗でした。
こういうものは、やはり個人の思い出の範疇であって他人が見てなんら楽しいものではありません。
あくまで記録を残す程度の意味を出ることはありません。
面白くない、私鉄沿線ぶらり途中下車の旅、ただし、電車には乗らず徒歩です編という感じですね。

とりあえず藤沢から江の島まで一駅ずつ何か撮っては進んで行くことにします。
最初の藤沢駅近くにわたしが在籍していた幼稚園があったので、そこからスタートするつもりでしたが、当然ながら建物は新しくなっていて当時の面影なく、記憶を惹起する何かを見出せないまま撮影せずに通り過ぎることになりました。
出だしから早くも企画倒れですね。

藤沢駅付近では何も撮るものが無いかといつものようなノーファインダースナップでお茶を濁そうとしていると、なぜかブティック(?)に"Neue Sachlichkeit!"の看板が。
当然この店の記憶はありませんし、ましてやノイエ・ザツハリヒカイトなんて言葉を子どもが知るわけもありませんが、この言葉が別の記憶を呼び覚ましたのです。

わたしは大学時代、管弦楽団に所属していて入団と同時にはじめた弦楽器と格闘する毎日でした。
そのとき同期の友とは、弾けないときなどよくくだらない言い訳をして誤魔化すことが多々ありましたが、そのときよく使ったのがこのノイエ・ザッハリヒカイトだったのです。
この言葉は新即物主義という意味で、1950年代それまで台頭していたロマン主義に対してそのような個人の感情を排するような厳格な音楽をこういったのだと思います。
やさしい旋律をうまく弾けなかったときなどに、照れかくし的にノイエ・ザツハリッヒカイト風に解釈したのだと言い張って他の仲間を煙に巻いたのでした。

もはや、音楽を奏する機会は無くなりましたが、この言葉を写真に活かせないかと、このときふと考えました。
すっきりし過ぎる淡泊なレンズにノイエ・ザッハリッヒカイト・レンズと名付けるとか、何を撮ったのか分かりづらい無機質的な写真にノイエ・ザッハリッヒカイト・フォトと名付けるとかです。
仲間内では、ホロゴンさんが撮る写真は、ノイエ・ザッハリッヒカイトに近い感覚が宿っているような気がします。

などと書くと何を撮ったか分からない写真を撮る人と誤解されてしまうでしょうか。
確かに軟派ブログが標準になっている中では無機質に見えるかも知れませんが、無機的なものが自己主張していたりユーモラスに移ったりの変容を見せていることにしばしば気付かされます。
ホロゴンさん本人が言っているメタモルフォーゼですね。
ノイエ・ザツハリツヒカイトの代表的指揮者であるトスカニーニの音楽が、テンポばかり速くて音符通りにやっているだけに聴こえるのに、よく細部に耳を澄ますと実は旋律をかなり歌わせていたり、意外なところで音楽を揺らしているのに気付いたりするのと、それはよく似ていると思います。
トスカニーニと似ているなどと言えば、ご本人は猛烈に嫌がるかも知れませんが。

ところで、レンズでノイエ・ザッハリッヒカイトな描写をするのは、どれかなあと考えると、またそれだけでブログを一編書けそうなどと考えてしまいます。
【M8/Hektor 2.8cmF6.3 F6.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 2,8cmF6.3 | trackback(0) | comment(2) | 2012/07/10 Tue

Makro-Plasmat的故事

M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7
深圳のシリーズ最後の1枚は、大鵬の裏手に見つけた小さな祠を写した風景写真風のものにしてみます。
特にアンダーを意識したわけではありませんが、やはりトーンがよく出ているように思えます。
古い手焼きのプリントにすら見えてしまいました。
こうなると俄然、モノクロ・フィルムを試したくなります。

マクロ・プラズマートは、2年半前に3.5cmのものを短時間お借りしたことがあり、その美しい作例も紹介しました。
このレンズは驚くほどの描写力を持つレンズで、立体感の凄まじさと独特のトーンが傑出していて、いつ見ても痺れさせられます。
3.5cmマクロ・プラズマートは、あまりに希少でまずは入手することの不可能なレンズと言われていましたので、せめて5cmの方を手に入れないかと当時画策したものです。

5cmなら見つかるかもと考えたのは大甘で、キノコのかたちをしたライカ・マウントのレンズはすでに大暴騰していて、これも諦めざるを得ませんでした。
そこで考えたのが、Cマウントの5cmマクロ・プラズマートを見つけてマウント改造する作戦でした。
誰もが同様のことを考えるからでしょうし、すでにCマウント・レンズのブームが始まっていて、これすら30万とか出さないと手に入れられない状況です。

さらに次善策は、長焦点のマクロ・プラズマートです。
75mmとか105mmとかになると、だいぶ安くなって来ます。
ところが、これらの長玉ですら20万円は必要なようで、これにマウント改造費用を考えるとおいそれと手を出せる世界ではないことが分かりました。

そんな苦しい日々を過ごしていると、ノンライツレンズ、わけてもフーゴ・マイヤー系に滅法詳しいGさんから、105mmのライカマウントであれば、意外と出てくるかも知れないので探してみてはどうかと声をかけてもらったのです。
これが本当にありがたいアドバイスで、もちろん簡単に出てくる訳ではありませんが、案外と安く出てくるのではとあちこち検索するのが習慣になっていました。

それからわずか3ヶ月経たずして、まさかのマクロ・プラズマート発見です。
しかも105mmではなく5cmが見つかってしまいました。
今年5月にあった金環日食は、東京では173年振りの出来事だったそうですが、東京から月と太陽が一直線に並ぶその現象は、マクロ・プラズマートを探すわたしと、それを売る店と、それを買う予算が一直線に並んだ、まさに何百年に一度起きるか起きないかの偶然がもたらされた幸運だと例えたくなります。

やって来たマクロ・プラズマート5cmは、ファースト・インプレッションで2年半前の3.5cm同様のトーンを表出させて、当時の感動を思い出させてくれました。
ところが、なぜか立体感では、3.5cmにかなり劣るという印象です。
5cmの方が立体感がより強調されるのではとの期待が裏切られたかたちです。

とはいえ、レンズはまだ来たばかりです。
モノクロ・フィルムの挑戦もそうですが、もっと使いながらマクロ・プラズマートというレンズを極めていきたいと考えています。
これこそ一生を捧げるに値するレンズではないかと思うからです。
【M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Makro-Plasmat 5cmF2.7 | trackback(0) | comment(2) | 2012/07/09 Mon

世界之莱卡鏡頭

M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7
写真工業別冊で「世界のライカレンズ」という雑誌というかムックというのか、そんな本が立て続けに出版されたことがあります。
Part4が、2008年12月刊行ですから比較的最近の話しです。
いわゆるノンライツ・ライカスクリューマウント・レンズを見開きページに1本、10数名の執筆者が解説していて、さすがに4冊も出版されてかなりのレンズが網羅されてきました。

まだまだ継続してあらゆるノンライツ・レンズを取りあげて欲しかったのですが、母体の方の写真工業の方が長い歴史を閉じてしまったことで、世界のライカレンズのPart5の可能性もなくなってしまいました。
関係者の方にお会いしたときに、ぜひ発刊してほしいとお願いしてみましたが、残念ながらその見込みは無いのですとの返事で、やはり出版側の事情は覆せないものがあるようでした。

そのPart3にマクロ・プラズマート5cmF2.7がフォトライフプランナーの日比野さんによって紹介されています。
距離計連動で最短撮影距離1メートルのレンズになぜマクロという名前が付いているのか諸説あるようですが、それを解くヒントになるかも知れない内容の文章が書かれていてハッとさせられます。
それは、マイクロ・ニッコールでは沈胴して接写装置を間にセットすることで近接撮影できると説明していることで、ではマクロ・プラズマートはと読み進むと、どうした訳かこのレンズは固定で沈胴式ではないと書かれているのです。
もちろん、専用の接写装置についても、あったかどうかは不明と書かれています。

本には、レンズの外観写真も掲載されていて、他のマクロ・プラズマートと変わらないようなので、沈胴部分が経年で固まるなどして固定鏡胴のように思えたのではないかと推測されます。
そこが少し残念なのですが、沈胴と分かっていれば、もしかしたら次のように書かれていたかも知れません(ご本人に無断で勝手に書くことをご容赦ください)。

未確認であるが、マクロ・プラズマート専用の接写装置は存在していたとわたしはみる。
通常撮影でこれだけシャープであり、近接でもその威力を発揮できるレンズに思えるからだ。
むしろ、マイクロ・ニッコールは、このレンズに範をとってレンズと装置を開発したのではなかろうか。
レンズ構成も、ダブルガウスから3群目を分離させたマクロ・プラズマートに対し、思い切ってその1枚を抜いてしまったところに関連性が感じられると言えば穿ち過ぎだろうか…。

ちょっと空想が過ぎてしまいましたが、細かくシャープで立体感ある描写が得られたとも書かれていて、大いに共感できるので、このようなかたちで採り上げさせていただきました。
レンズデータや構成図が出ていて、このようなマイナーレンズも採用したうえで、それぞれ執筆者が思い入れを込めた解説をする同書を(必ずしもすべてがそうではないとの批判もあり)、他の出版社でも引き継いでいただけないものでしょうか。
限定2000本のライカマウントレンズがちゃんと売り切れるんですから、少し高くなっても確実にそのくらいは売れると思うのですが。
【M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Makro-Plasmat 5cmF2.7 | trackback(1) | comment(0) | 2012/07/08 Sun

30年代的風景

M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7
昨日、シリアル番号のことを書いてから2本のサンプルが見つけたので書き留めておきます。
2本とも過去のヴェストリヒトのもので、1本は珍品(ただでさえ珍品のマクロ・プラズマートの中のさらに珍品!)かも知れません。
取り急ぎ、昨日の一覧に追加のうえ再掲します。

①580224 Nickel
②580659 Nickel
③580727 Nickel
④580736 Chrome
⑤580858 Nickel Leica I
⑥580862 Nickel
⑦582635
⑧582637 Chrome
⑨582738
⑩58277X
⑪583079 Chrome
⑫583083 Chrome

④と⑫が追加されましたが、⑫はこれまででいちばん新しい個体ということになります。
といっても⑪とは4つしか変わりませんが。

注目すべきは④の方で、昨日580XXXのロットグループはすべてニッケルだろうと推定したばかりなのに、この中で唯一のクロームの個体になります。
さらに、他は判明している限り最小絞りがF22なのにも関わらず、このレンズのみF16までなのです。
このふたつの事実から、このレンズはイレギュラーな製造であることが想像されます。

そういえば、同時期のライツのレンズが未だ大陸系列の絞りを使っていたのに、マクロ・プラズマートはすでに倍数系列が採用されていたのが意外な発見です。
もっと古いキノ・プラズマートでも、やはり倍数系列の絞りが使われていたことも報告しておきます。


さて、今日の作例ですが、客家の女性が清掃をおこなっているところを捉えました。
右側の方の女性がたじろいだようなポーズなのは、わたしとしてはこっそり狙っていたのに、わきにいたおばあちゃんが、この兄さんがあんたがたを撮ろうとしているよと大声で知らせてしまったのです。
余計なことを…と思ったものの、たじろぎポーズがユーモラスでかえって気に入りました。

それと、この作例がマクロ・プラズマートのトーンの豊かさをいちばん表しているように見えます。
光の具合がちょうど好くて、空が飛ばず建物がつぶれずだったということなのかも知れませんが、濃淡の描き訳が美しいです。
1930年代のレンズで1930年代と変わらぬ町並みを撮っていますが、これがデジタルだと古写真のようには見えないでしょうか。
【M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Makro-Plasmat 5cmF2.7 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/07 Sat

性病専科

M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7
ライカマウントのマクロ・プラズマート5cmF2.7はかなりの稀少レンズとされますが、それほど製造数は少なかったのでしょうか。
調べてみましたが何本製造されたかなどの具体的な数字は見つけられません。
ただ、レンズ本体の写真を掲載しているサイトや本がいくつか見つかり、それらを並べると少しだけ見えてくることがありました。

いつも参照させていただいている写楽彩に2本、カメラスタイル№23にやはり2本、ヴェストリヒトのオークションにも9回と21回の2本、ご存知kinoplasmatさんのoldlens.com、スモール著のノンライツ・ライカ・スクリューマウント・レンズ、写真工業別冊・世界のライカレンズPart3、今回のわたしのレンズ、各1本ずつの合計10本が見つかりました。
古い番号から並べると以下のとおりになります。

①580224 Nickel
②580659 Nickel
③580727 Nickel
④580858 Nickel Leica I
⑤580862 Nickel
⑥582635
⑦582637 Chrome
⑧582738
⑨58277X
⑩583079 Chrome

サイトなどではっきりニッケルかクロームと分かるものは、そう記しました。
写真がモノクロですと、ニッケルとクロームどちらかの判定ができないのが残念です。
また、④は、ライカⅠ型に固定装着されていたレンズという意味で、⑨は写真の角度のためどうしても最後の1桁が読み取れませんでした。

わずか10本のサンプルでは、断定的に語ることはできませんが、まずひとつ言えそうなのが、580XXXと582XXXの少なくともふたつのロットがあるということです。
それに、前者がニッケル、後者がクロームであると言ってもよさそうです。

前者は638本の間に、後者は444本の間に、それぞれ5本のレンズが収まっています。
間に飛び番があるかも知れませんし、ずっと前後に広く番号がふられているかも知れませんが、ニッケルよりクロームの方が製造数が少ないとの説を加味すると、ニッケルは約1000本、クロームは約500本製造されたのではとの推測ができなくもありません。

無理に1500本製造されたと仮定すると、ちょうど同年代の比較できるレンズがあります。
ズマール5cmF2の初期型、通称ひょっとこズマールです。
これも、ほとんどニッケルで一部クロームがあり、製造数は約2000本です。
マクロ・プラズマートとひょっとこズマーを比べると、ひょっとこズマールの方がだいぶ見かける度合いが高いように思いますがいかがでしょう。
あるいは1500本は過大評価で、実際は1000本以下なのかも知れません。

統計学的には、母数は500~1500程度と考えるとすれば、標本数はどれだけあればデータの信頼性が得られるのでしょうか。
1500本程度の製造とすればあと20本の製造番号を得られれば20%の標本数になって、製造本数が明確になるのではと思うのですが、フーゴ・マイヤー研究協会でも設立されてそんな調査を行ってもらえればよいのですが難しいでしょうか。
【M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Makro-Plasmat 5cmF2.7 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/06 Fri

草帽与鑰匙

M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7
突然の思い付きでモノクロ・モードに切り替えたりしたのですが、やはり同じように思い付きで大鵬所城に向かうことにしました。
大芬油画村を見限ったわけではないですが、案外アクセスの好い大鵬まで出れは、またマクロ・プラズマートらしい何かが撮れるような気がしたのです。
これまで撮影数が少な過ぎて、帰国後に2週間分のブログを続けるのは難しいと感じていたということもあったのですが。

大鵬までは50キロ近くも離れているので、ちょうど鎌倉あたりで撮影していて、そうだ浅草へ行こうというのと近い距離感覚です。
ただ、大鵬へは急行バスの存在を知って、中国の路線バスでは圧倒的に速くて快適な乗り物なので、これがあるからこそ酔狂にも移動しちゃおうという気になりました。
深夜のサッカー観戦で眠くなっていて、この45分ほどのバスの中で居眠りできるというのも魅力的でした。

この移動は自分でも気味が悪くなるほど順調で、大芬から10分少々で大鵬方面行のバス停に着き、ぼんやりと待つ間もなく、目の前にそのバスが停車していました。
時間が遅かったせいか、いつものように混んでいるということはなく、うるさい乗客もなくで、気付いたら寝ていて、次に気付いたら大鵬に到着しているという具合です。
中国で、これほどまでにイージーな移動は初めてのことです。

大鵬所城ではいつも観光客の多さに悩まされましたが、今回は平日の午後だったので、暮らす人々の日常が見られるのではとの期待がありました。
期待通り観光客はほとんどいませんでしたが、昼下がりのこの時間、地元の人にもほとんど出合いません。
よくよく考えてみれば、老人はともかく、平日の昼間はみな仕事をしているのだから、一般の人がいるほうが不自然です。
同様に子どもたちもまだ学校で勉強中のようで、いつもの所城から見ればゴーストタウン化したかのような静けさでした。

出合った人は、ほとんど全員撮影したくらい人が少なかったのです。
ほとんどはすれ違った後に背後から撮ることになるのですが、今日の作例はほとんど唯一の例外です。
麦わら帽子に手製のキセル、首から提げるは携帯ではなく家のカギのようで、その姿は少し離れたところからでも異彩を放っていました。
このおっさんの顔を撮らないテはない!

わたしの方が少し高い位置にいたので、万一追っかけて来られても逃げられると余裕があったので、最初からカメラをホールディングしておっさんのやって来るのを待ちます。
服装や顔つきがモノクロでは黒っぽいということに気付いて、今までとは逆に背景の壁が白っぽい位置でフレーミングして構えました。

通りかかる際にこちらを見ているので、何撮ってんだとか怒鳴られるかと少しドキドキしましたが、ペースを落と
しつつ無言で通り過ぎました。
その瞬間、わたしもファインダーから顔を離し、咄嗟に謝々と小さく礼を言います。
彼がそれに答えることはありませんでしたが、一瞬だけその顔をほころばせたのをわたしは見逃しませんでした。
【M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Makro-Plasmat 5cmF2.7 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/05 Thu

黒白的理由是

M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7
数日前からモノクロに切り替えながら、そのことに言及するのを忘れてました。
なぜに、唐突にモノクロか、さほど意味はありません。
大芬油画村に着いて、カラフルな絵画の世界で、あえてモノクロというのも面白いのではないかと考えたという程度のことでした。
逆に、色彩が多様過ぎて画面全体がうるさくなるのを、モノクロにすることで緩和してくれるのではとの期待もあります。

そもそも、超大口径のキノ・プラズマートと違ってマクロ・プラズマートはスペック的には地味なレンズです。
登場当時の1930年代前半には、ライツにもすでにヘクトール5cm、7.3cmと出ていてズマールも続いて投入されています。
ツァイスでもコンタックスの発表とほとんど同時にゾナーが出ているので、F3.5エルマーだけの時代とは違い、それより1段程度明るいだけのマクロ・プラズマートは数字だけ見るとすでに平凡なレンズでした。

そんなマクロ・プラズマートは、ただ希少性だけで高い人気を誇っているのでしょうか。
数が少なければ少ないほど入手何で価値も上がるのは自然の道理ですが、このレンズにはそれとは関係のない魅力を放っていると思います。
ひとつはずば抜けた解像力、もうひとつは諧調表現の豊かさです。
3つ目はそれらと関連すると思うのですが、時に驚くほどの立体感が際立つときがあるということです。

それらは、ピント面の薄さや特徴的なボケなどと違い、なかなかサイト上の作例では分かりにくいものがあります。
解像力は、ピクセル等倍にして他のレンズと比較すればよく分かるはずですが、手抜きでそれら作業を怠ることをお許しください。
立体感も同じ位置からの比較撮影で、おやっと気付くことが時々あるので、それを見せることができれば最高ですが、恐縮ながらそれも割愛。

では、諧調の豊かさを見ることができないかと考えたことが、モノクロ撮影に切り替えた理由のひとつではありました。
といってもフィルムを詰め込んだわけではなく、単にM8のプログラムにある色の彩度をモノクロに切り替えただけです。
レンズの描写を見るためなので、暗室ワーク的に作例を加工しても仕方ないという理由から、いつもどおりJPEGで撮影しています。

さすがに会長やコントラストはPCのディスプレイの諸条件があって伝わりにくいでしょうか。
画面上で等倍にすると良好な諧調という気がかなりしましたが、では他のレンズとどの程度の有意差があるかと考えると、かなり感覚的・主観的に判断しているのでなんとも言いづらいです。
やはりフィルムで撮って、ふだんプリントしている人に見てもらいたい、プリントしてもらいたいという気持ちが強くなりました。
それをきっかけにデジタルを脱却して、フィルムに回帰したりなんてことにならないでしょうか。
【M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer Speed Anastigmat 1inchF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/04 Wed

莱卡零件

M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7
今回は、NEX用にスピード1インチF1.5を付けっ放しにしていましたが、M8には浅草に続いてマクロ・プラズマート5cmF2.7を、やはり、付けっ放しにしました。
いつもは広角、標準、望遠とレンズを3本持って行くようにしていますが、今回は望遠をやめて、特にマクロ・プラズマート中心でいこうと考えたのです。
マクロ・プラズマートは、M8よりもパルナック・ライカに似合いますので、いつかはⅢ型とともに使いたいですが。

M8で使うためには、UV/IRフィルターの使用が必須になりますが、サイズが合うものはないですし、他と同様にテープで付けようと思ってもレンズ先端部の形状から少しやっかいな作業になりそうでした。
ところが、偶然手許にあったズミクロン用のレンズキャップがすっぽり付くことを発見して、ではフードもとIROOAというこれもズミクロン用のものを付けるとぴったりとはまります。

フードの先端にフィルターが付けば完璧なのにと試すと、これがE55サイズのものがどうにかはまりました。
完全にはネジ込めませんが、いちおうちゃんと固定されたようになっています。
レンズ外周部のローレットが傷ついてしまうのでテープでガードしてフードを付けると、安定度も増しました。
これで、一挙にフィルターとフードの問題が解決したことになります。

フードと言えば、マクロ・プラズマートの純正フードは、レンズ周りのフィルターネジにネジ込むラッパ型のもので、なかなかユニークなデザインに惹かれます。
当然ながら写真でしか見たことのない超レア・アクセサリーで、レンズを発見できても、このフードを単独で見つけ出すことはまず不可能でしょう。
遮光やレンズ保護の意味では、IROOAの方が効果的ですので、それはそれで好しとします。

また、でかいフードを付けたことでレンズが外からまったく見えなくなりました。
そうでなくてもマクロ・プラズマートなんて見た目は単に古びたレンズで、中国はもちろん、日本でだってよほどのことが無い限り面が割れるということはないでしょう。
それでも、目ざとい中国人が、あれはこの前のヴェストリヒトで36,400欧元で落札されたレンズだ盗ってやれとか、300万円で売ってくださいとか、迫られるのを防いでくれる安心感があります。

さて、今日の作例はアメリカ人夫婦。
旦那さんがたくさんの絵を持って(持たされて)汗をかきかき歩く横で、奥さんがいかにもチャイナチックなアクセサリー屋を見つけて、嬉々として飛び込んで行きました。
おいおい、まだ買うつもりかよ、腰に手を当てた旦那さんの後ろ姿はあきれたようにも、怒りに震えているようにも見えました。
アメリカン・コメディそのままのひとコマです。
【M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Makro-Plasmat 5cmF2.7 | trackback(0) | comment(4) | 2012/07/03 Tue

西班牙隊冠軍

M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7
1ヶ月近く続いたサッカーの欧州選手権は、スペインの優勝という何とも当たり前のような結果に終わりました。
もう、毎朝3時半に起きて睡魔と闘いながら観戦する必要もなくなったかと思うとホッとする反面、何かを失ってしまったという喪失感をともなうのは隠せません。
甘い物が大好きな女の子が、1ダース入りのチョコレートをプレゼントされて、大事に大事に毎晩1個ずつ味わって、ついに昨夜最後のいちばん美味しい1個を食べてしまったというのに似ているでしょうか。

深圳滞在中は、ちょうどベスト8のスペイン対フランス戦がありました。
中国時間で深夜2時半キックオフですが、ホテルではなく、一石二鳥で足のマッサージ屋さんに行って観戦しました。
ふだんはぐっと足を踏ん張って痛みに耐えたりするマッサージも、この夜は、神経が試合に集中しているためかいつもより気持ちよく感じたくらいです。

このときのために事前に用意したのが、スペイン代表ユニフォームでした。
もちろんレプリカでずが、深圳のサッカーショップで安く手に入れたものです。
いつも流行っているとは言えないこの店もユーロ佳境の時期だけに多くの若者で賑わっていました。
わたしを含めて10人近くがレプリカを購入しましたが、わたしともうひとりがスペインで、ポルトガルとイングランドが各1名、4人が購入したドイツがいちばん人気です。

この店員と実はサッカー通だったカメラ修理の順平さんから、中国のユーロ事情を聞くことができました。
もともと自国が弱くて海外指向が高い中国では、ヨーロッパのサッカーは日本以上に人気があると言えます。
もともとクラブチームではマンチェスター・ユナイテッドの人気が高いこともあって、イングランドが好きな人が多いようですが、最近の傾向で魅力的なサッカーをするスペインやオランダなども人気があったようです。
さらに前回ユーロとワールドカップで評価を高めたドイツの人気が上昇していて、特に今回大会ではいちばん面白いサッカーを見せていちばん人気になったようなのです。

一方で不人気ナンバーワンはイタリアとのことです。
今大会はだいぶ変わったと言われますが、イタリアは伝統的に大人数で守って、相手のミスでボールを奪うとロングパス1本のカウンターで得点するスタイルが見ていてつまらないという常識的理由からだそうです。
わたしもまったく同じ理由でイタリア嫌いですが、なぜか日本ではイタリアは人気が高いのが不思議です。
観光地や料理ではたいへん魅力的ですが、その延長線で見られているのでしょうか。

ところで、レプリカ店で買われたのは上記ヨーロッパのものだけではありませんでした。
なんと驚いたことに、ふたりの若者が日本代表のユニフォームを目の前で買っていったのです。
ひとりは本田、もうひとりは香川と名前を入れてもらって。
店員に聞くと、ヨーロッパの主要チームほどではないが、日本のものもけっこう売れていると言います。

中国では反日感情が未だものすごく、日本のユニフォームを着て町を歩いていて袋だたきにあったりしないものか、たいへん心配です。
それとも、アニメやカメラ、電気炊飯器などと同様、日本代表が中国人に評価されているということでしょうか。
本田や香川は、自分たちが日中の懸け橋になっているなんて、夢にも思っていないでしょうけれど。
【M8/Makro-Plasmat 5cmF2.7 F2.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Makro-Plasmat 5cmF2.7 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/02 Mon
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