スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --

軍用鏡頭

M8/Elcan 2inchF2
エルカン50mmF2といえば、軍用ライカとして有名なKE-7A用の標準レンズです。
たいへんシンプルなエルノスター型4群4枚構成ですが、使われたことのあるT-Rexさんからは、すごくシャープなレンズだと教えてくださいました。
ライカ用のレンズとしては無二の構成なので手に入れたいと前々から思っていますが、カメラとセットになった約500本しか製造されていないようで、まずは入手困難な希少レンズです。

今回、使用したのはそれとよく似た名前のエルカン2inchF2ですが、表記が50mmから2inchに変更されているだけでなく、どうやらまったく違うレンズのようです。
レンズの反射面を見ると、前群は2群3枚、後群は3群4枚であろうことが分かりました。
5群7枚ということであれば、キングスレークの「写真レンズの歴史」に掲載されているエルカンの構成図と一致します。
ダブルガウスの3群目の前にメニスカスを置いたかたち、あるいは、球面ズミルックス35mmF1.4と同じ構成だと言った方が、ああ、なるほどと理解してもらえるかも知れません。

同書によれば、このエルカンは1958年、ズミルックスは1960年、いずれもマントラーの設計によります。
マントラーは、ライツの大御所ベレークの弟子でしたが、ライツ・カナダ設立時のプロジェクトメンバーになり、その後も半世紀以上カナダにあってライツの歴史に重要なレンズ設計者です。
いえ、彼の設計したレンズを見れば、ライツ史上最高の設計者こそマントラーといえそうです。
ウィキペディアによれば、ズミクロン35mmF2の初代から4代目、ズミクロン50mmF2、ズミルックス50mmF1.4、ノクチルックス50mmF1、ズミクロン90mmF2等々、L、M、Rの各レンズを合わせて、なんと50本ものレンズを設計しています。
Mレンズなどは、彼が関わらなかったものを探す方がたいへんかも知れません。

ここ3日間の作例はいずれも開放ですが、いずれもたいへんシャープかつハイコントラストで解像度も群を抜いています。
特に、今日の作例ではとても精緻な描写がよく表現されていて、レンズの高性能が理解できると思います。
周辺部付近でも崩れない、画面全体の均一性もこのレンズの魅力ですが、それは、このレンズのスペックと関係があるでしょうか。

このレンズから2年経っているとはいえ、ズミルックス35mmF1.4では同様の設計ながら開放F値を1段明るくしています。
ただ、このレンズの場合は、開放での激尼描写から比較の対象とはならないかも知れません。
しかし、1979年のズミクロン35mmF2でこの形が復活しました。
21年後のより設計が難しいはずの広角レンズが同設計であれば、いかにこのエルカンが余裕のある設計ではと想像することができます。

ズミルックス35mmと比べてすばらしいことは間違いないエルカンですが、では、どちらが面白いかと問われればこれは激甘のズミルックスということになってしまうのです。
1958年のレンズだということを考えれば、同世代レンズと比較すればエルカンの写りもよほど面白いのですが、あまりに完璧すぎるため、まるで美人すぎて近寄りがたい女性のような、別世界のもののように感じられてしまうとでも言うのでしょうか、それにどうも自分のレンズの中では異色の存在ということもあるわけです。
軍用レンズということでいえば、シリアス過ぎるレンズということになるのでしょう。
【M8/Elcan 2inchF2 F2】
スポンサーサイト
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elcan 2inchF2 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/31 Thu

張家的房間

M8/Elcan 2inchF2
張谷英村とは、ずいぶんと人名のような名前の村だなと思っていました。
パンフレットの説明を見ると、やはり、16世紀に村を開いた人の名前だということが分かりました。
外国では、過去の偉大な人物の名前を町名や通り名にすることがよくあって、確かヴェッツラーにはオスカー・バルナック通りというのがあったのではと思いますが、村の創始者の名前がそのままというのは珍しいのではないでしょうか。

中国には、河北省の張家口、江蘇省の張家港、湖南省の張家界など、フルネームではないものの張さんという人だか家だかから取られた名前の有名な地名があります。
張谷英とは関係ないでしょうし、それぞれ相互に関係もないと思いますが、いずれも張さんというのが気になります。
張さんは、いずれも自己主張が強いDNAを有しているのではないかと、張本勲氏を思い出しながら、はたまたすでに主張という言葉に張という字が入っていることに感心しながら、そんなことを考えたりしました。

張谷英村は、明代の建築が並んだ典型的な中国の古鎮です。
特に中心にある大きな民家は、おそらく張谷英さんの末裔がそのまま暮らしていながら、活きた民俗博物館のように一般に開放されていて、一部を除いて自由に見て歩くことができます。
一般に古鎮では、どこでも中を見学できる家屋があるものですが、ここのように人が住んでいるところを見学できるなんてところは聞いたことすらありません。

ですから、作例のように、おじさんがくつろいでいるところでも平気で撮影できたりもします。
屋根が見えているので戸外のように思われるかも知れませんが、ここは建物の真ん中くらいに位置する部分で、作業場やキッチンのような役割をしています。
中心に四角く空いた空間は天井と呼びます。
雨が降れば水がそのまま落ちてくるので、天からの井戸という意味ではと想像できます。
さらに考えるに、日本語の天井はこの言葉を中国語から誤用してしまったのではと思っています。
天井は、中国の古く大きな家屋ではごく一般的なものです。

作例を見ると、さすがに明代ではないでしょうが、かなり古そうな石の器具やむかしから形が変わっていないのではと思われる木の器具などが置かれているのが分かります。
生活は大きく変化することもなく、時間がゆっくりと流れてきたのでしょう。
一方で電気なども敷設されていることも見て取れます。
夜、電気を点けたり、テレビを見たり、あるいは携帯電話を充電したりするのでしょうか。
そのくらいの文明の採り入れは、外来者がまったく口出しするようなことではもちろんないですね。
【M8/Elcan 2inchF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elcan 2inchF2 | trackback(1) | comment(2) | 2012/05/30 Wed

坐高鉄去湖南

M8/Elcan 2inchF2
中国大使館員がスパイ活動をしていた疑いがあるというニュースがトップで報じられる中でこう書くのは心苦しいですが、また、中国へ出掛けてもどって来たところです。
大使館では、出頭要請を拒否したうえで、当人を帰国させ、こういうコメントをしたということです。
「任期満了で帰国させた。報道は根拠のないもので荒唐無稽だ」。
これでは、中国の大使館や役人を信用するなと言っているようなものですね。

国費で来ている中国の留学生は、毎月、中国政府に活動記録を提出しているというのは有名な話しです。
こんなことがあれば、日本で中国人を見たらまずは疑いの目で見ないといけないことになってしまいます。
中国人というだけで、どの国でも白い眼で見られるとは不幸なことです。

あまりよろしくない書き出しになってしまいましたが、実は今回の訪中も、ばたばたしたあまりよろしくないものでした。
湖南省に住む知り合いに以前から時間があったら遊びに来てと言われていたのですが、4月に高速鉄道が深圳から湖南まで直通になったということで、じゃあ行ってみるかと安易に決定してしまったのがあきらかな敗因です。
時間の限られた旅で無計画では失敗すると再認識させられました。

運の悪さに後押しされたと言うこともあります。
いつも乗っている成田発香港行きの朝の便は、決まって定刻より早く到着するのですが、この日に限って強風のため1時間近くの延着になりました。
そのため高速鉄道も直行便に乗れず、途中乗り換えになって時間のロスがひどくなったのです。
到着は深夜になり、駅まで迎えに来てもらって、ゆっくり食事する予定が流れてしまいました。
駅からひとりでタクシーに乗ると、夜遅いためメーターでは行ってくれず、交渉するも相場が分からずで、後で確認すると3倍くらい余分に払っている始末です。

さらには、抑えてもらっていたホテルは、行ってみるとパスポートを読み取れずで宿泊できなくなったのですが、もちろん、こんなことは初めてです。
仕方なく大きなホテルまで移動して飛び込みだったため、高い料金を支払わされます。
そればかりか、部屋に入るとアメニティは全部有料で、歯ブラシからシャンプー、石鹸まで料金が付いています。
全部持参していたから問題はありませんでしたが、あらゆることがマイナスに働いているようで、嫌な気分です。

それでも、翌日もその状態を引き摺ることになるとは思っていませんでした。
着いた日はひどかったが、そのぶん楽しめばいいやと考えていたのに、ちっとも好転することがなかったのです。
向かった先は、作例の16番の表示のいちばん下に書かれたところです。
張谷英というところにぜひ行ってみたいという気持ちもあって、湖南までの旅に出たのですが、それがそもそもの大失敗だったのでした。
【M8/Elcan 2inchF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elcan 2inchF2 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/29 Tue

三片鏡頭

M8/Trixar 50mmF3.5
レンズの銘版に"Anastigmat TRIXAR"と刻印されているので、トリクサーと表記してきましたが、トリクサーは英語的な発音表記かなと気付きました。
トリサーなどの方が自然のような気がしますが、ドイツ語もイタリア語も分からないので、もっと近い表記があるような気もします。
ただ、Xenonはクセノンですし、Elmaxもエルマックスと書くので、トリクサーでもいいのかなとも考えられます。

むしろ、鳥臭ーっとか、草取りという言葉を連想させる方が気になります。
イタリアの希少レンズからイメージされる言葉としては、これはちょっといただけません。
そこで、沈胴のスナップ向きレンズとして、撮り草という言葉を考えてみました。
バルナックタイプのカメラに付けて毎日カバンにしのばせ、今日は日和がいいからちょっと道草してちょこっとスナップ撮影していこうか、そんな気にさせるレンズという意味です。
今回の鎌倉散策も、用事の合間に短時間撮影して楽しんだのも、まさに撮り草と言えます。

銭洗い弁財天でお昼になったので、どこかで食事して鎌倉を発たないといけなくなりました。
しかし、このあたりには観光客用のような店しかなく、ひとりで軽くランチという店があったかどうか。
そう考えたら、コンビニでパンでも買って横須賀線の中で食べればいいやという気持ちになって、それならもう1個所寄ろうと、佐助神社にも足を延ばしてみました。
撮り草ですね。

わたしの持っている中では圧倒的にコントラストの高い方のレンズで、明暗がはっきりしているところではシャドーがつぶれると思っていたのですが、案外、好い表現をしてくれます。
ライカM8としては珍しく見た目通りの写りのように思いました。
解像力は並みかそれ以下程度ですが、シャープでコントラストがいいと解像度も上がって見えてしまうことに気付きました。
これらは、手許にあるトリプレットの名玉エルマー90mmF4と共通の特徴かも知れません。

マウント改造待ちのフーゴ・マイヤー・トリオプラン5cmF3.5、改造済みのカール・ツァイス・トリオター5cmF3.5とありますので、それぞれ鶏尾婦羅、撮りお宅と名付けて比較撮影したいと思います。
これら戦前の3枚玉が戦後のそれにどれだけ対抗できるか楽しみです。
なにしろトリプレットの50mmレンズはたいへん少ないので、イタリアレンズを3本持っているより、トリプレット標準レンズ3本を持っている方が珍しがられると期待しています。
【M8/Trixar 50mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
A.F.I.O.M.,Pordeone Anastigmat Trixar 50mmF3.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/28 Mon

Quatro Belle Donne

M8/Trixar 50mmF3.5
このトリクサー50mmF3.5がやって来て、我が家のイタリア製レンズは3本となりました。
最初の1本は、オグマー9cmF4です。
だいぶ以前のことですが、メーカーのよく分からない不人気望遠レンズ、たぶんエルマーコピーだろうくらいのノリで価格設定されたレンズを見つけて、初のイタリアレンズゲットと喜び勇んで購入したのを記憶しています。
実際、外観はブラックペイントのエルマー9cmにそっくりでした。
ついでに写りも。

それからだいぶ経った昨年、今度はヴェストリヒトオークションに出ていたエプタミタール5cmF2を落札しました。
こちらは思わぬ金額までアップしたのですが、ライヴオークションに熱くなってしまい、強引に競り勝ったかたちになりました。
後悔したのは請求書が届いてからで、ここまで出そうと思っていた価格の倍近くになっていました。
eBayの感覚に慣れてしまうとヴェストリヒトは射倖心をあおる要素が強いというのでしょうか、とにかく気を付けるべき仕組みと感じます。

ズミタールコピーと言われるエプタミタールですが、性能的には追い付いていない感が強いものの、中央のシャープネスは勝っているようにも見え、周辺のくずれはひどく、かなり個性的な写りのたいへんに面白いレンズでした。
値段も高かったわけですし、この特徴を強調するような写真をどしどし撮りたいものです。

そして今回のトリクサーということになりますが、このレンズはわたしの珍説が万一正しければフランスレンズということになりますが、の可能性も薄いでしょうからここは暫定イタリアレンズということにします。
イタリアのライカマウントレンズを3本も持っているとなると、かなりのイタリア好きだなと思われるでしょうが答えはノーです。
わたしは、特に理由はありませんがイタリア嫌いです。
イタリアが大好きという日本人は多いので、じゃあ、わたしは嫌いということにしましょうくらいの感覚ですが、そういえば少なくともイタリアの守備的なサッカーは大嫌いなので、これがイタリアに対する悪いイメージに直結しているようです。

その反動でしょう、わたしはスペインが大好きになってしまいました。
3回行ったことがありますが、行ったのはすべてカタルーニャだけという偏りようですが、この極端さがますますイタリア嫌いに拍車をかけているようです。
ただ、旅行するのであれば、イタリアもスペインもどちらも酔い国だと思います。
どちらもロマネスク、ゴシックの中世の町が多く残りますし、食べ物やワインがすこぶる旨い、女性が美しいというのもあります。

物価もとても安いというのがありましたが、わたしが知っているのはユーロ導入前のむかしのことなので現在はずいぶん上がってしまったとも聞きます。
昨年行ったスペインは、あらゆるものが1.5倍くらいに値上がりしたかのような印象でした。
そういえば、両国とも欧州経済危機ではギリシャに次いで危険と言われてますね。
3国は、典型的な地中海文化が根付いて人間性もそっくりなのかも知れません。

さて、散策は源氏山を越えて下りに入ったところで、道の真ん中で寝そべる猫に出合いました。
おお、よしよしとじゃらしていると、何とも幸福そうな顔をするので撮影してみようと考えました。
すると美少女4人組が通りかかり、わたしがそちらを目で追っかけたせいか、猫までもなんだなんだとそちらを見やっています。

猫に別れを告げると、すぐに有名な銭洗弁財天に出ます。
外国人親子が見よう見まねで自国のお金を洗っているのがユニークでした。
話しているのを聞くと、最初、イタリア語に聞こえたので、このレンズはあなたたちの国で作られたものだと話しかけようかと思ったのですが、どうもよく聞くとポルトガル語のようで、たぶんブラジル人なのでしょう。
そこでふと考えたのは、彼らがもしここへ来てみんなが何をやっているか分からず、わたしに問いかけてきたとします。
わたしは語学力がないので、咄嗟にどう答えたらいいか少し考え、お金を洗浄しているのだから、こう答えればいいのかとすかさず回答します。
They are on money laundering!
【M8/Trixar 50mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
A.F.I.O.M.,Pordeone Anastigmat Trixar 50mmF3.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/27 Sun

他過来

M8/Trixar 50mmF3.5
最初にも書いたとおり、円覚寺には午前の早い時間からかなりの人出でした。
わたしは、もっぱら人物撮影ばかりなので状況的に問題ないといえば問題ないのですが、どうも賑やかすぎて落ち着いて散策できません。
団体のみなさん、グループのみなさんで騒々しい人が散見されます。

想像するに、仲良しグループでこんどどこかへ行こう、近場で鎌倉にしよう、というノリで関心はないけど来ちゃいましたという人たちがちょっとだけ傍若無人になったというところでしょうか。
閑静な寺院に来れば静かになるものですが、そういうことには無頓着な人はいるものですし、円覚寺の広い境内は人を開放的にしたり、大きな公園にでもいるかのような錯覚を起こさせるからかも知れません。

これでは、明月院や建長寺に向かっても同様の光景が待っているだけでしょう。
いつものコースを捨てて、山の方に向かいました。
源氏山公園のわきを通って佐助方面へ抜けるルートです。
真夏にはとても歩く気が起きないハイキングコースなので、さわやかな風に誘われてあえてこの道を選びました。

山道を歩く理由はもうひとつあります。
プーアル茶を飲みだして体重が少しずつ落ちていったことは何度か書いたと思いますが、3ヶ月ほどかかって3キロ減量しています。
これなら半年後には5キロ、1年後には10キロ減っているのではないかと期待も高まったのですが、やはり、そんなに甘くはありませんでした。
お茶を飲むだけでは、このあたりが限界だったようで、3キロちょうど減ったところでぴたりと体重は動かなくなったのです。

この時点で十分以上の効果ですが、せっかくなので少しは体を動かしてプラスアルファを期待したわけです。
ちょっと歩いて何になるとも思いませんが、しないよりはいいでしょう。
問題は、急に運動をやらかすとお腹がへって食べ物の摂取量も増加、かえって逆効果とはよく聞く話しなので、適度に歩くのがいちばんなのではと考えました。

道はずっと木陰で、山を吹きわたる風はすこぶるさわやか、歩く人はさほど多くなく、すれ違う人とは笑顔であいさつと、減量云々以上に楽しい散策になりました。
作例は、その途中のひとコマですが、円覚寺で開高健のお墓を偶然見つける興奮が覚めきらないうちに、向かいから開高先生が歩いてくるではないですか。
休日の鎌倉、困ったら人の行かない方へ行け、が、わたしの合言葉になりました。
【M8/Trixar 50mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
A.F.I.O.M.,Pordeone Anastigmat Trixar 50mmF3.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/26 Sat

那個公司做的

M8/Trixar 50mmF3.5
トリクサーというレンズ、イタリアのレンジファインダー機、ヴェガやヴェガⅡaといったカメラに付いていたようです。
メーカーは、AFIOM,Pordenoneとなっていますが、聞いたことのない名前です。
どうもポルデノーネは地名のようで、調べるとヴェネツィアから80キロほど北東にある人口5万人の地方小都市でした。
北イタリアの町なのでそれなりに工業の下地はあったのかも知れませんが、未知の町で作られたカメラとすればかなり意外な気がします。

ただ、より知られているKRISTALLとの関連性が指摘されていて、同設計と思われるカメラがあったり、なんとクリスタールの方でもヴェガ2aというそっくりな、というか字が違うだけで同名のカメラを出していて、それに付けられていたレンズもトリクサーというので話しはややこしくなります。
クリスタールの方はベルーノ(Belluno)という町の会社で、地図を見るとポルデノーネから北西に50キロくらい進んだところにあるようです。
やはり両者は比較的近くにあったので、何かしらの関連性はうかがわせます。

「LEICA COPIES」という本に概略が出ていて、クリスタールの方がSteinarやKrinarというオリジナルと思われる50mmF3.5レンズの他に、ベルティオの50mmF2.8やクセノン50mmF2が付けられていたのに対して、ヴェガの方はこのトリクサーのみと書かれています。
クリスタールのヴェガ2a(1952年)が200~300台、ヴェガⅡa(1952年)が1000~1300台、ヴェガ(1951年)が600~700台製造されたと書かれているので、多く見積もれば2300本のトリクサーが製造されたことになります。

ただヴェガのシリーズはまったくライカと互換マウントのカメラなので、ライカユーザーでレンズはいらないという人がいたかも知れませんし、ヴェガは距離計が付いていないのではなから広角を付けて目測で撮る目的という人も多かったと想像されるので、実際トリクサーの製造はもっと少なかったかのではないでしょうか。
問題は、トリクサーがAFIOMの製造かということです。
鏡胴は製造したのかも知れませんが、この写りを考えると少なくともエレメントはどこか光学メーカーから供給を受けたのだろうと考えるのが自然です。

どこが製造したのでしょうか。
その答えを得るのは、現時点でむずかしそうですが、丹念に検索していけばあるいは分かるのかも知れません。
申し訳ありませんが、今日はわたしの出鱈目な空想でお茶を濁らせてください。

先に書いたとおり関係が深そうなクリスタールにベルティオの50mmF2.8があるのが引っ掛かります。
F2はクセノンなので、F2.8もシュナイダーのクセナーの供給を受ければいいものをなぜベルティオなのか。
想像ですが、最初にベルティオにF3.5の供給を依頼して、その際に名称は自分たちのオリジナルのものを付けさせてもらうことにした。
ところが、クリスタールは意外な人気で、1950年代に入ってF3,5より明るいレンズが欲しいという要望からベルティオにF2.8も加えさせてくれと依頼しますが、F3.5の評判が良かったベルティオは強気に出て条件のハードルを上げて、名前もベルティオと入れるよう要求した、というものです。

以上はいい加減なものですが、ベルティオのライカマウントの50mmF3.5は本当にトリプレットのようで、これを所有しているkinoplasmatさんのサイトを見ると、シャープネスやコントラストがトリクサーによく似ているように見えます。
また、トリクサーのブルーのコーティングがやはりベルティオのそれとよく似ています。
そもそも50mmクラスのレンズでトリプレットというのをあまり聞きません。
トリクサー=ベルティオ説は、もとは咄嗟の思いつきでしたが、あながちまったくのあてずっぽうという訳でもないのですがいかがでしょうか。
【M8/Trixar 50mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
A.F.I.O.M.,Pordeone Anastigmat Trixar 50mmF3.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/25 Fri

意大利鏡頭

M8/Trixar 50mmF3.5
真鍮にブラックペイントされた小さなシネレンズを見つけました。
といっても5cmF3.5の地味なスペックの古い玉です。
かなり安い価格が付けられていましたが、誰も見向きもせず、わたしが引き取ることにしました。
このレンズが、よもや幸運を招くことになろうとは…。

いえ、このレンズ自体がすばらしかったというわけではありません。
それどころか、レンズはいま中国に行って、ライカマウント化されるのを待っているところです。
そのヘリコイドにするためのインダスターとかエルマーコピーのレンズを探すため中古カメラ屋さんを物色していて、いくつかのロシアレンズの中から見かけぬレンズが目につきました。
どちらかというとぴかぴかのレンズが並んだ中で、ひとつ薄汚れた個体がかえって眼を引いたのです。

沈胴部のメッキがかなり剥がれて、ヘリコイドの動きにもややガタツキがあります。
メーカー名はなく、"Anastigmat TRIXAR 1:3,5 F=50mm"と刻印があります。
トリクサーは確か、イタリア製ライカコピー機の標準レンズだったはずと思い出しましたが、この中に入っているということはロシアンエルマーからのフェイクでしょうか。
となりのインダスターと見比べると鏡胴がまったく違っているのがすぐに分かりました。
似たような沈胴レンズですが、イタリアのライカマウントカメラがライカをデッドコピーしたのではなくデザインにオリジナリティがあるのと同様、レンズも省略の美学ともいうべき違いが見て取れます。

そういえば、レンズコーティングもかなり違って見えますし、構成を確認するまではできませんでしたが、テッサータイプではなくトリプレットのように見えるような気がしました。
価格はインダスター達と同程度なのが気掛かりでしたが、このレンズがトリクサーという名称なのでトリプレットだろうと連想でき、見た目が3枚玉っぽいことが決定打になり本物と判断のうえ購入します。
もちろん、当初の目的だった黒いシネレンズのためのインダスターもいっしょに。

あらためて自宅でインダスター、エルマーと比較の上でレンズ構成をチェックしましたが、やはり貼り合わせなしのトリプレットで間違いないようです。
思わぬ幸運に、小躍りしてしまいました。

いつものとおりM8での試写なので周辺の具合は分かりませんが、すばらしくシャープなことに驚かされます。
コントラストも良好ですし、日差しのとても強い日ながらハイライトが滲むこともありません。
第一印象としては、十分にエルマーに比肩するレンズと感じました。
カメラのデザイン、レンズのデザイン、さらにはレンズ構成と、ライカとの違いを出すことに躍起になったイタリア人魂むき出しのレンズと思ったのですが、皮肉なことに写りはエルマーそっくりの高性能だった、ということにしましょう。
【M8/Trixar 50mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
A.F.I.O.M.,Pordeone Anastigmat Trixar 50mmF3.5 | trackback(1) | comment(2) | 2012/05/24 Thu

第一次見面

M8/Trixar 50mmF3.5
先週の土曜はうまく横須賀線方面に予定を入れて、合間に鎌倉を散策して来ました。
混雑を避けるために、午前中から午後いちばんくらいまでを歩いたのですが、わたしの読みはまったくもって甘いものだったと気付かされます。
予報もよかったせいか、朝からすごい人出でした。

鎌倉駅は鎌倉方向の最先端に改札口があるので、いつもわたしは大船駅から先頭車両に乗るのですが、わたしたちだって北鎌倉で降りるのよという戦意むき出しのおばさん、おばあさんまでそこには群がっていて、ちょっとした朝のラッシュのようになっているではありませんか。
鎌倉駅下りホームにはICカードをタッチするマシンが1台しかないので、もたもたしているとなかなかホームから外に出れないので、こういう状況になるのでしょう。
到着前からやれやれです。

1箇所だけと言えば、北鎌倉駅から徒歩30秒の円覚寺も、入場料というか拝観料というのかチケットを買うところもひとつしかないので、うっかりすると列になってしまうかも知れません。
休みくらいゆっくりしたいのに、なぜかあせって石段を上がり入口に立つと、うわっ団体客がひしめいていました。
ただ、さいわいにも団体なのでひとりひとりチケットを買うことなく、代表1名が窓口にいるだけです。
しめたとそのすぐ後ろに並んだのですが、窓口の女性はかなりの絶対慎重主義と見えて、チケットを1枚1枚丁寧に数えてその確認までして、お金を受け取ればそれまた1円も間違えんぞとばかりに机に並べていきました。

ここで早くもわたしはいらいらしてしまうのですが、そのおばちゃんの手の動きを見ているうちに、わたしはまったくあわてる必要なんてないんだと気付きました。
おばちゃんを見習って同じペースで行動すればいいだけだった。
何やってたんだと自らを戒めます。

さて、その反省がよかったのか、三門を抜けて左側のいつもは閉ざされた門が一般公開されていました。
花が並んでいて香りをかいだり、撮影しながら進んで行くと、山の墓地の方まで上がれるようになっています。
そこから見下ろす境内の風景は見事でした。
拝観者は多かったのですが、ここまで来る人はほとんどおらず、得した気分です。

さらに墓地には、オウムの犠牲になった坂本弁護士や田中絹代の墓などが並んでいました。
隣の東慶寺は著名人の墓が多いことで有名ですが、円覚寺も知られていないだけで、やはり多くの有名人が眠っておられます。
中でもわたしが感銘を受けたのは、作家・開高健の墓があったことです。
開高は大阪出身なので、向こうに墓があるかと思っていました。
晩年を茅ヶ崎に暮らしましたので、鎌倉にもゆかりがあったのでしょうね。

わたしにも好きな人、尊敬する人物はたくさんいますが、それらはほとんど成人してからか、せいぜい高校生くらいからの話しです。
わたしが小学校の時からずっと愛し続けたというと、王貞治と彼くらいではないかと思います。、
【M8/Trixar 50mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
A.F.I.O.M.,Pordeone Anastigmat Trixar 50mmF3.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/23 Wed

金環日食

M8/Trixar 50mmF3.5
昨日の金環日食はすばらしかったですね、などと昨日の話題を書くのはブログではタブーのようです。
前日までに話題にするのは好いですし、当日なら許されます。
ところが翌日となると、話題が大きければ大きいほど遠い過去の旧聞となって、読む方々のことを考えない行為ということになってしまいまうそうです。
なかなか厳しい世界なのですね。

わたしの場合は、自分向け身内向けの日記ブログなので、かまわず日食のことを書きますと、3年前に中国に皆既日食を見に行ったときに手に入れた日食グラスをスタンバイして朝を迎えたのですが、なんと外は雨が降っていました。
厚い雲に覆われて、これはもう諦めるしかありません。
がっくりうなだれて通勤の途につきますと、駅前に何人かの人がなんともにこやかな顔で前方の空に見入っていました。

えっと、わたしも同方向を振り返ります。
小雨の中、雲がごくごくわずかに切れて、まさに太陽のリングが顔をのぞかせていました。
わずか1~2秒のことです。
その後一瞬だけ完全に雲が切れたようでかーっと眩しくなり眼を開けていられなくなりました。
また、1~2秒して眼を開けましたが、もうそこに太陽はありません。
2度と太陽は姿をあらわすことはなく、しかし、わたしの瞼の内側にはリングの残像がしっかり残りました。

これはかなりの幸運だったのではないかと思います。
勤務先に出向くと、やはり神奈川在住で日食を見られなかったと泣いているのがふたりもいましたので。
そういえば、中国の日食も雲が途中から切れて食が進んで行く様子をところどころ確認できました。
そのときも雲を通して見たので日食グラスは不要でしたし、今回も、また自宅に置いて来て未使用だったので、まったく役立たない存在です。
日食を見れずに泣いていた同僚から、6月6日に太陽の前を金星が通るという現象があるのでそれが勝負ですと聞いたので、わたしの日食グラスもそれがラストチャンスと心して頑張ってほしいと思います。

本来、今日の話題としては、スカイツリーにすべきところなのでしょうが、わたしは高所恐怖症なので関心はまったくありません。
よくぞ皆さんあんな怖いところまで登ろうとするものですね。
お前だっていつも飛行機に乗ってるじゃないかという声が聞こえてきそうですが、これに対しては、だからいつも通路側の席に座ってるんだと答えます。
【M8/Trixar 50mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
A.F.I.O.M.,Pordeone Anastigmat Trixar 50mmF3.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/22 Tue

鼓楼裏面的少女

M8/Sonnar 6cmF1.5
確か6cmゾナーに言及していた、そう思い出し1冊の本を取り寄せました。
マーク・ジェイムズ・スモールの「ノンライツ・ライカ・スクリューマウントレンズ」です。
当然、所有していた本ですが、いくら探しても見つからず、古本をオーダーしました。
定価1700円の本ですが、とうに絶版になっていて、一番安いものでも倍額近くもするんですね。

着いたばかりで、まだ全部読み切っていませんが、記憶どおりゾナー6cmF1.5についてわずかに書かれた部分がありました。
それは第3章「再生と没落1945-1993」の中での記載で、要約すると次のような内容です。

ヨーロッパの光学メーカーの多くは戦争で激しく疲弊し、戦後しばらくは製造もままならなくなります。
そこで当面の資金づくりのために、それまでに製造していたレンズを、ライカマウントにして売却していったというのです。
特に、東西に分断され多くの頭脳を失ったイエナのツァイスでは何より資金が必要で、軍需用に製造してあまったレンズはことごとくライカマウントにしたようです。
恐らくコンタックス用のレンズを意味していると思われますが、戦時中製造していたほとんどのレンズがライカマウントになったようです。

例外的に少数のみライカマウント化したレンズとしてビオター75mmF2.5とともにあげられているのが、ゾナー6cmF1.5です。
注によれば、実際に確認されているのは、ライカマウント版の1本だけだが、このレンズは50本あって25本ずつをライカマウントとコンタックスマウントで作られている可能性があると言います。

わたしは、このレンズをカメラ店で実物を触ったり、ネット上で見たりと何度か目にする機会があって、とても全世界に50本しかないというのは信られません。
シリアル番号は、317万番台とのことですが、わたしの持つ個体はまったく番号が違います。
この時の50本の他にニセモノがあふれているということでしょうか。

「ノンライツ・ライカ・スクリューマウントレンズ」が出版されたのは2000年ですが、原版はそれより前ですから少なくとも12年以上が経過しています。
その後、ハルトムート・ティエレのツァイス本が出て、シリアル番号の関係から、5.8cmF1.5、6cmF1.5のゾナーはニセモノという考えが一般的になつているようです。
それでもしつこいですが、5cmのゾナーにはジュピターというネタがあったのでニセモノ製造は容易ですが、5.8cm、6cmのそれはよく分かっていないので、ホンモノなのではという気持ちが捨てきれません。
いつか、それが証明されるような発見があることを期待します。
それまでは、ホンモノかもと思いつつ、このレンズの描写そのものも純粋に楽しむようにしたいですね。


さて、今日から先週末に散策した鎌倉の作例に切り替えるつもりでしたが、ゾナーの話題ですのでもう1枚だけゴールデンウィークの旅の写真にします。
やはりコントラストがずてぶん低いですが、邪魔する光が無いことと、室内だということ、少しアンダーにしたことで、欠点がいちばん出ていない作例になっています。

女の子も暗がりからカメラを構えられても嫌がらずに、自分の考えでポーズを決めてくれています。
頼んでいないのに、レンズを見たり、笑顔を作るのでもないところが、大物の風格です。
ただ、やはり緊張感みたいなものは隠すことができないものですね。
彼女とは、持参のお菓子をいっしょに食べたりして親しくなりました。
中国の子どもが迷彩服を着て赤いスカーフを巻けば紅衛兵のようでイヤな感じがするのですが、彼女の穏やかな表情と黒い瞳はそんなことを超越していると思います。
【M8/Sonnar 6cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 6cmF1.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/21 Mon

三年只一次

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
広西の侗族を訪れる旅の最終回です。
独峒村の食堂に戻ってくると、今日はどこに泊るのかと聞かれました。
桂林に行かなくてはならないと答えると、それはもったいない、今日は村のお祭りだから見て行けばと言います。
いや、実は深夜のフライトで桂林から深圳に行って、明日、日本に帰るんだと回答すると、残念だね、3年に1度のお祭りなのにと言うではないですか。

ロボグラフィー写真家のホロゴンさんは、祭りが嫌いで、逆にそのせいかカトマンズだかを訪れたときに何十年に1度だかのお祭りにぶつかったと書かれていました。
そこまではすごくありませんが、たまたま旅した先で3年に1度の祭りに遭遇するなんて幸運はそうあることではふりません。
だいいち、わたしは祭りが大好きなのです。

今日と明日の祭りは今夜がいちばん盛り上がるそうですが、聞けば2時くらいに近隣の村から民族衣装を着飾った人たちが行進してきて、彼らの到着を合図に、演奏や宴、踊りなどがずっと繰り広げられるようでした。
もともと余裕をみて2時頃のバスで村を発つ予定でしたので、3時のバスまで延ばせばぎりぎりフライトにも間に合い、祭りのあたまくらいは見ていけそうだと計算しました。
最後に楽しみができたと喜んでいたのですが…。

2時は過ぎましたが、祭りが始まる気配はありません。
やきもきしていると、食堂の若い主人が、どうも少し遅れていて開始時間は3時頃だろうと聞いて来てくれました。
3時ぴったりに祭りがスタートしたのでは3時のバスには間に合いません。
万事休すですが、少しでもいいから祭りを見たいと思うと、奥の手を使うことにしました。
来たとき同様車をチャーターするのです。
三江までだと乗り継ぎのバスが厳しいので、龍勝までチャーターし、龍勝から桂林までは調べてあったの最終バスに乗るというかたちなら4時までいられるはずです。

いろいろと車のことを聞いてもらったり、自踏んでも確認しましたが、さすがに3年に1度の祭りの日で、みんな行きたがらないのはありありです。
値切って250元くらいと踏んでいたチャーター料はみんな500元以上、ようやく300元のところを見つけてお願いしました。

これで、帰りの足も確保できたと喜んでいると、その運転手がやって来て、300元では無理だ400元出してくれと強気の発言です。
300と言ったではないかと反論すると、おまえが言ったのは小龍勝のことかと思ったが龍勝までなら400元でも安いくらいだなどと開き直っています。
きっと誰かに入れ知恵されたのでしょう、お祭りの日に普通料金で行くなんてバカだとか。
結局、400元からはまったく下げてもらえず、飲まざるを得ませんでした。
もちろん誰に聞いても小龍勝なんて地名は聞いたこともなく、運転手が咄嗟に考えた言い訳のようです。

食堂で働いていた15歳くらいに見える女の子の写真を撮っていると、この子もいっしょに撮ってと赤ん坊を連れて来ました。
まさか、君の子どもと聞くと嬉しそうにうなづいています。
聞けば、彼女は21歳で、食堂の主人の奥さんなのでした。
それだけでもぴっくりなのに、撮影後ふたりで雑談していると突然子どもにおっぱいをあげはじめたので、またまたぴっくりです。
お母さんになると外来の人に見せても恥ずかしくないものなのでしょうか。
21歳の女性の若い胸を目の当たりにして、こちらの方が恥ずかしくなって動揺してしまいました。

さて、ある程度は覚悟していましたが、3時になっても何も起こらず、ようやく3時45分頃になって民族衣装の行進が食堂の前を通過しました。
総勢40名ほどがなぜか全員傘をさして一列に歩いて来ます。
3年に1度と慣れてないせいか、みんなきごちなく見えるのは、逆に初々しく見えます。
一行は中心の鼓楼の前で円になり演奏と踊りを簡単に披露して、宴のために鼓楼のなかへ消えていきました。
この間、ほんの15分ほどですが、もうわたしにはタイムリミットです。

作例は、宴に入る前に女の子たちに頼んで撮らせてもらいました。
最初、嫌がっていたのですが、彼女のお母さんだかが撮ってもらいなさいと言ってくれたことでどうにか撮影できたものの、見るからにやる気の無さそうな顔にちょっと悲しくなります。
なにしろ、これだけを見るために帰りの車をチャーターしたのです。
この写真1枚に400元の価値があるのだと、彼女たちには説明してもよかったかも知れません。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(1) | comment(2) | 2012/05/20 Sun

6cmSonnar再考

M8/Sonnar 6cmF1.5
ツァイスのスマクラがコーティングを開発したのは1935年でしたが、これはかなり絶妙な時期だったかも知れません。
コンタックスⅡ型の登場は翌年の1936年で、レンズもボディにあわせてそれまでのブラック&ニッケルからクローム仕様に一新されたので、恐らくはそれを契機にコンタックス用レンズにコーティングを付けたのだろうと想像できるからです。

コーティングの効果は絶大で、透過率は50%も向上したと言われているので、内面反射は著しく改善され、それにともなうフレアは激減、コントラストがバーンと上がったと思われます。
テッサー、ゾナー、トリオターとすべてレンズが空気と接するのは6面でもともと優位だったので、それが8面のズマール、10面のクセノンでかつノンコーティンクのライカのレンズとは大きく水をあけてしまったと言えます。

今日の作例の6cmF1.5のゾナーの写りは典型的なノンコートの低コントラストです。
ニセモノだから写りがショボイだけなのではと思われるかも知れませんが、わたしはこれがゾナーだと信じます。
蛍光灯の反射で構成が普通のゾナー5cmF1.5と同じ3群7枚と分かりますし、ロシア製のニセモノだとすれば、ノンコートというのが不自然ですし、「CARL ZEISS JENA」の文字が入ってないのもヘンで、製造番号だってもっともな番号を振るはずです。

お詫びしないといけないことがあります。
先日、クッツの「コンタックスのすべて」に5.8cmF1.5の横側の写真が載っていることを書きましたが、その上の写真は同レンズの正面からのものでした。
コンタックスⅠ型に付けられた状態だったため、5cmと思ってしまい、キャプションにちゃんと5.8cmと書いてあるのを見落としていました。

銘板の刻印は焦点距離が違うだけで、ブラック&ニッケルのゾナー5cmF1.5とまったく同じです。
製造番号は1459655で、この番号は1934年製造を意味するので、年代に不自然さはありません。
最初に書いたコーティングが無いこととも符合します。
なお写真がインチキという可能性が消えたわけではありませんが、1934年にコンタックスⅠ型用にゾナー5.8cmF1.5が試作されたと考えざるを得ないところです。

コンタックスの標準レンズの焦点距離は52.3mmが採用されているそうですので、距離計連動の問題から、結局58mmはお蔵入りとなったということでしょう。
レンズエレメントは16個とかそれ以上を同時に製造するはずですので、組まれたもののマウント化されずに残されたレンズがあっても不思議はありません。
廃棄されるべきそれらレンズが、例えば後日捨てるのはあまりに惜しいとなって個人に渡れば、誰もがライカマウントにすることを考えるはずです。
製造番号は活かしたものの、メーカー名を無断でツァイスとは入れられなかったと考えられます。

かつ、一部のレンズは別の人の手に渡り、彼もライカマウント化するのですが、彼は焦点距離表示について、52.3mmを5cmと表記するのだから、5.8cmは6cmと表記すべきだろうと考えた…。
それこそが今回使用したレンズである、と想像してみました。
ただ、ツァイス研究者の間では、5.8cmや6cmのゾナーはニセモノだという説が有力なようです。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 6cmF1.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/19 Sat

風雨橋的故事

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
11時になると携帯がなりました。
昨日、高定まで連れてきてもらったバイクの運転手に、独庶までの帰り道も連れて行ってくれるよう頼んでおいたのです。
11時頃と言ったら律儀に電話で事前確認し、時間ぴったりに迎えにやって来ました。
楊さんの奥さんに別れを告げ、バイクにまたがると昨日来た道を戻っていきます。
帰りはずっと下りなのでスピードにのり、思ったよりずっと早く昨日このバイクに乗った独峒の食堂前に到着しました。

高定は小さな村なので食べるところはなく、さっそく食堂でランチをいただきます。
11時に来てもらったのは、そういう理由からでした。
食べたのはこの地方の名物、桂林米紛です。
米紛はあくまでミーフンであって、ビーフンではありません。
深圳などにも桂林米紛の店はあるのですが、まずいところだと米でできたそばはやわらかくぷつぷつ切れてしまって食感がまるでダメです。

日本でもソーメンを食べてそういうものがけっこうありますが、3月に奈良に行った時に連れて行ってもらった三輪ソーメンの店はすごくコシと歯ごたえがあって旨かったのを思い出します。
今回の旅では3回米紛を食べましたが、同様のコシと歯ごたえで、これならソバを食べているのと変わらず、わたしにも美味しくいただけます。

せっかくだからと、運転手さんにもご馳走しようと誘ったのですが、なぜか彼は頑なに拒みました。
客からおごってもらうわけにはいかないという彼なりの倫理観でもあるのでしょうか。
しかし、それは後でとんだ勘違いで自分の甘さを思い知らされることになります。

独峒から数キロのところに巴団という村があります。
普通なら誰もが通り過ぎてしまうちっぽけな所ですが、その村は立派な風雨橋があることで知られていたのです。
これは見過ごす手はなく、わたしはバイクで連れて行ってもらうことにしていました。
米紛を食べ終わるや出発すると、ものの5分で到着してしまいます。

風雨橋とは屋根の付いた橋で、風雨を凌げるのでその名があるのだと思いますが、そのため村人がよもやま話をする集会所のような役割も果たしている点は、鼓楼とよく似ています。
そして、風雨橋も鼓楼も立派な建築という共通点があり、初I族のものは独特の様式美があって他の民族とは一線を画する彼ら固有の文化です。
鼓楼は初I族の多くの村に存在しますが、風雨橋を持っている村は数えるほどしかありません。
立派な風雨橋があれば、それだけで村が有名になるくらいです。

ところがこの地方では、三江からすぐそばの程陽に超有名風雨橋があるために観光客はみなそこへ行ってしまい、巴団まで足を延ばす人はほとんどないようです。
ただ、巴団の橋の方が10年早い1910年に建造されたそうで、ちょうど100年ほど前の橋ということになりますが、残念ながら橋脚部分はコンクリートに置き換えられています。
運転手の説明で面白かったのは、橋は左右に分かれていて、広い方を人間が狭い方を動物が通るようになっていたそうです。
彼は、当然広い方を歩いたので、わたしは狭い方を通ってみました。
巴団には30分ほど滞在して独庶Zに戻りました。

運転手に金を払おうとすると30元だと言い放ちます。
片道30かかる高定と同料金です。
ふざけるな10元でいいはずだと、10元札を手渡そうとしても受け取りません。
分かったよと10元プラスして渡そうとしても、これまた拒否です。

押し問答になりましたが、わたしの方の分が悪いのは明らかで、30元払わざるを得ませんでした。
恐らく、現地人なら5元、外国人だって10元で済むところをすっかりやられました。
言うまでもなく、先に料金を決めずにバイクに乗ったのだから、言い値で払うと意思表示したも同然なのです。
運転手を信用した自分が馬鹿でした。
2日連続で利用して話しもそこそこ合い、友だちにでもなったかのような気になっていました。

米紛を断ったのはたかが5元おごってもらってバイク代を値切られるのを避けるためだったのでしょう。
5元我慢したのだから、その3~4倍はこいつから取ってやらなくてはと考えたのかも知れません。
夢のような高定の村から小さくても町といえる独峒に戻って来て、現実に引き戻されたような出来事でした。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(1) | comment(1) | 2012/05/18 Fri

尼康的発展

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
日本光学の距離計連動カメラ用レンズは、26種類あったようです。
うち、レフボックス用など長焦点の距離計非連動レンズ、ステレオレンズ、マイクロレンズ(普通に距離計連動でも撮影できるがここでは除外)等の特殊なレンズを除くと、18種類になります。
それらを焦点距離別、F値別に並べてみましょう(すべてmmで表示)。

①21mmF4(アビオゴン)
②25mmF4(トポゴン)
③28mmF3.5(トポゴン)
④35mmF1.8(クセノタール)
⑤35mmF2.5(ダブルガウス)
⑥35mmF3.5(テッサー)
⑦50mmF1.1(ダブルガウス)
⑧50mmF1.4(ゾナー)
⑨50mmF1.4(ダブルガウス)
⑩50mmF1.5(ゾナー)
⑪50mmF2(ゾナー)
⑫50mmF3.5(テッサー)
⑬85mmF1.5(ゾナー)
⑭85mmF2(ゾナー)
⑮105mmF2.5(ゾナー)
⑯105mmF4(トリプレット)
⑰135mmF3.5(ゾナー)
⑱135mmF4(ゾナー)

カッコの中はレンズ構成の型です。
日本光学が写真用レンズを開発するにあたって、テッサーやゾナーを分解して徹底的に研究したというのは有名な話しですが、それにしてもゾナー型とテッサー型が10本を占めています。
さらに、ビオゴン21mmF4.5、トポゴン25mmF4に範をとった3本の広角を含めて、ツァイスの影響は強くそして長く続いたようにみえます。

年代でいうと、1945年の50mmF3.5からずっとテッサー・ゾナーのパターンで、ようやく52年になって35mmF2.5が初のガウスタイプです。
それから3年して出したのがガウスの発展型ともいえるクセノタール型のさらに発展させた5群7枚の、35mmF1.8レンズです。
翌年の50mmF1.1もガウスを発展させた6群9枚なので、このあたりになって、ゾナー型には見切りをつけてガウスタイプに移行していったと見ることができそうです。

先行するズノー50mmF1.1がゾナー発展型でしたが、このレンズを見て日本光学の設計陣はゾナーの発展はこれ以上望めないと考えたのかも知れません。
ただ、遅れて登場した日本光学のF1.1が性能でズノーを上回っていたかといえば、そうとは言い切れないと思われます。
大口径競争に遅れないためだけに、不満を残しながらも発売してしまったのではないかと、日本光学らしくないレンズに疑問を感じてしまうのです。

クセノタール型のレンズとしては、1950年のブラナー、54年のビオメターとコンタックスの35mmレンズが先行してはいましたが、それでも35mmF1.8レンズは、日本光学の距離計連動レンズの中ではいちばんの独自性があると言えると思います。
そればかりか、性能面を見ても非常に線の細やかな先鋭な描写に驚かされます。
開放でもクセがほとんどないので、絞って個性を殺すよりも開放だけで撮りたいレンズです。

このレンズは発売当時、広角の最高速を誇ったレンズでした。
ズミクロン35mmF2、ズノー35mmF1.7、フジノン35mmF2、キヤノン35mmF2等の高性能大口径広角レンズが相次いで登場する先鞭を付けたレンズでもあるわけです。
面白いのは、それらレンズがいずれもガウス発展型なのに対して、クセノタールの後継はなかったことです。
その意味でもオリジナリティを感ずることができます。

構成でいうともうひとつ面白い謎があります。
コンタックス用のテッサー50mmF3.5、ゾナー50mmF1.5、ゾナー50mmF2、ゾナー85mmF2、ゾナー135mmF4については、徹底研究した日本光学版の同構成、同スペックのレンズを出しているのに、ビオゴン35mmF2.8の構成をもとにしたレンズがありません。
日本光学はビオゴンを評価していなかったのか、それとも何らかの事情でビオゴンタイプの設計をあきらめたのでしょうか。
もし、ビオゴンタイプのレンズを日本光学が発売していれば、この35mmF1.8は開発されなかったし、ビオゴンタイプの35mmF1.5のようなレンズが世に出ていたような気がするのですが、空想が過ぎるでしょうか。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(1) | comment(4) | 2012/05/17 Thu

野生茶的味道

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
広西壮族自治区最北の高定村があるのは香港から北北西に約700キロ、緯度にすると台北とだいたい同じくらいです。
恐らく波照間島などが辛うじてそれより南になるものの、日本よりはるかに南に位置しています。
数年前、ゴールデンウィークに桂林に行ったことがあり、連日35度を超える暑さだったことから同様の気候を覚悟していたのですが、ずっと曇っていたことと、かなり高度のある山間だったため、涼しくたいへん快適に行動することができました。

そういえば、これまでに滞在した貴州や湖南の村も日中はそれなりに暑くなるものの夕方からはけっこう涼しくなっていたので、夏場の中国はどこもかしこも暑いことを考えると、この地方を訪れるのは正解だと言えます。
ちなみに高定は冬場に数回は積雪があって、そうなると車で山道を走行するのは危険なのでお薦めできないと聞きました。
雪景色も魅力的でしょうが、行くなら夏場ですね。

朝の散歩は特に気持ちが好く、滞在中、シャワーを浴びることができなかったのですが、さわやかに歩きまわりました。
そういえば、高台の景色の好い場所で一服している男性にあいさつして雑談していたところ、その人は製茶業をやっている人で、民家を改造したような小さな工場に案内すると、いろいろなお茶を試飲させてくれました。

日本同様緑茶がメインなのかと思っていたのですが、同程度に紅茶も飲まれ、生産量は少ないものの野生茶というのもありました。
緑茶は、杭州などで有名な龍井茶と似てあまり渋みのないタイプで、紅茶も英国式とは違い砂糖やミルクを入れずともほのかな甘みが感じられるものです。
野生茶は文字通り周辺の山にもともと自生していた品種で、独特の強い甘みをともなった味がワイルドな印象です。

いずれも、食事時に飲むお茶と言うよりも、3時の休息とか食後のひとときとかに飲む嗜好品というべきものです。
そのせいか、残念ながら何人もの村人に聞きましたが、お茶を飲む週間がある人は皆無でした。
あくまで商品作物として町に出荷されるということのようです。

すごく美味と言うわけではありませんが、特徴的な味に魅力を感じて野生茶を売ってもらえないかお願いしてみました。
ちょぅど見本用の缶入りのものがあるとのことで譲ってもらいましたが、250グラムほどで200元ととんでもなく高価でした。
その男性は野生茶はたいへん希少なのでとても高くて申し訳ない、紅茶ならずっと安いのだがと恐縮しています。
結局、交通費や食事代、宿泊代を除くと、野生茶はこの旅でわたしが使った唯一の出費になりました。

その後、楊さんの家方面へ戻ると、また別の男性が笑いながら家へ来て下さいと話しかけてきました。
やはり狭い村のことですから、外から人が来れば目立ちますし、1泊したとなれば興味津々、さらにはそれが外国人と分かった日には噂になったりもするようです。
どうぞどうぞと部屋に招かれるや、またお酒をご馳走になります。
日本のどこから来たのかとか、どうしてこの村に来たのかとか質問責めです。

子どもが3人いましたがみんなシャイで、レンズを向けると逃げ出してしまいました。
あまり外から訪れる人もなく、たまに来てもそういう人にするのは恐かったりするのかも知れません。
日本人を見るのは初めてですかと聞くと、去年も来たのだと教えてくれました。
その人もひとりで来た男性で1ヶ月ほどもこの村に滞在していったといいます。
何かの研究に来たのでしょうか。
その方にお会いしてみたいものです。

のどかで平和な高定ですが、2年前に凄惨な事件があったことを知り胸を痛めました。
「広西・無差別殺人犯を村人30人で打ち殺す村の風習」。
小さな山村では、民族の問題があるため村内や近隣での婚姻があたりまえで、どうしても血が濃くなってしまうことは否めません。
そのためかどうか、各地の村で障害のある人をよく目にします。
解決の手立てはないものでしょうか。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/05/16 Wed

太陽鏡頭

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
いま、巷では来週の金環日食のことが話題になっています。
思い出すのは3年前に中国で皆既日食が見られるというので出掛けて行こうと思ったとき、日食を撮るのに最適のレンズは何かと考えて、太陽から名前をとったゾナーだろうと結論したことです。
結局、ゾナーを持って行くことはなく、当日は曇って日食もよく見えませんでしたが。

ドイツ語の太陽を意味する"Sonne"がゾナーの語源であるといろいろなところで読み、そういうものだと信じていたのですが、どうやらそれは間違いだったようです。
クッツは「コンタックスのすべて」の中でおよそ次のように書いています。

ツァイスは、1920年代に当時ドイツにあった主要カメラメーカーが合併してできたのですが、そのうちの一社コンテッサ・ネッテルがすでにゾナーという名前の乾板カメラを出していてそのレンズ名もゾナーだったというのです。
そのゾナーを製造していたのが、ゾントホーフェンという地名で、そこから名前が取られたのだろうと書いています。
ただ、コンタックスの高速レンズの名前を考えるにあたって、このゾナーと言う名前が太陽を連想させるので、明るいこのレンズにふさわしいと考えたのだろうとも書かれていました。

ところで、地名からとられたレンズ名と言うのはかなり珍しいのではと思うのですが、いかがでしょうか。
思いつくのは、東京光学のシムラーがやはり、工場のあった板橋区志村からとられているというものくらいでしょうか。
大船にあったオフナーというレンズというのもありましたっけ。

「コンタックスのすべて」の同じ項に、それ以上に気になる写真が載っています。
F1.5ゾナーの5cmと5.8cmの2本のレンズが並んだ写真です。
残念ながらこの写真はレンズを真横からとらえたもので、製造番号はもちろん、文字表記も一切分かりません。
さらには、写真にはレンズ名がキャプションになっているだけで、本文ではまったく言及されていません。

分かるのは、5cmの方が戦前のニッケルからクロームに移行した時期の鏡胴で、5.8cmの方はそれより前のニッケル期の鏡胴に似ているということです。
写真からだけでは、この5.8cmがニッケルとは断定できませんが、ブラックの部分はペイントに見えるので、ニッケルのような気がしてなりません。
だとすると1930年代前半に製造されたということになるでしょうか。

写真の2つのゾナーの大きさの関係は、わたしが所有するゾナー5cmと6cmと同等です。
これまでのことから、大胆に予想してしまうと、わたしのゾナー6cmF1.5は(5.8cmF1.5も)、1930~4年頃にツァイスイエナで試作されたレンズで何本かはブラック・ニッケルでコンタックス・マウントになり、残りのエレメントはその後何年かして訳あってアルミ鏡胴のライカマウントにもなったのだということができます。

予想だから何とでもいえるので、戦前のうちに5.8cmF1.5を何本かライカマウントで作った後、終戦直後、オーバーコッヘンに連れてこられたツァイス首脳の荷物の中からまた同じエレメントが発見されて、それらは6cmF1.5と刻印されたうえで組み上げられたのではないでしょうか。
コンタックスはイエナに残したままだったので、もはやライカマウントにするしかなかった…。
クッツさんは、事情をご存じかも知れないし、知らないまでも彼なりの考察があるのではないかと思われますので、ぜひともその辺のところを語っていただきたいものです。

ゾナーの話に終始しましたが、今日の作例はニッコールでした。
ここがお世話になった家で、窓から遠くを見やっているのが、楊さんの奥さんです。
旦那さんは、手製の銃をもって仲間たちに会いに行くと出掛けてしまいました。
足の悪い奥さんは、あまり遠くへ出られないようで、こうして窓辺に佇む姿を何度か目にしました。

たいへん穏やかで、優しさにあふれた女性でした。
言葉があまり通じなかったですが、いま考えれば、いろんな話を聞くことができたはずです。
世話になるばかりで、彼女の話を聞いてあげるとか、そんな簡単なことすらしなかったことが思い重なり、切ない気持になります。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/05/15 Tue

耕作稲田

M8/Sonnar 6cmF1.5
3階の寝室ということで、部屋からの眺望を期待しましたが、残念ながら三方向とも同様の高さの建物が見えるだけです。
それでも、これが鉄筋コンクリートの建物だと面白くもなんともないところが、伝統的な木と瓦屋根の建物なのでそれはそれでよしとしたいと思います。

高定で一般的な3階建ての家を建てると3万元かかると聞いたので、邦貨で42万円ほどです。
わたしのM8は中古で約30万円、ニッコール3.5cmF1.8が7万円くらい、ゾナー6cmF1.5が6万円くらいで購入しています。
手許にあるこのセットで、こんなにも立派な家が建つと聞くと、何とも複雑な気持ちです。

向かいの建物は、幼稚園の看板が掲げられていましたが、これは普通の家の一部をそのまま改造したもののようです。
その手前、4つの建物に囲まれて池があって、水がだいぶ引いているためアヒルだかカモだかがとことこと歩きまわっていました。
前夜、あまりにも早く寝てしまったので、6時前に目が覚めてしまい、頭が冴えてくるまでぼんやりと窓から眺めていた風景です。

朝の散策で1時間半ほどぐるぐると歩いて戻って来ると、楊さんの奥さんが朝食の準備をしていて、ちょうどいい、すぐに御飯よと声をかけられました。
メニューにはタニシ(?)を蒸したものが加わっていましたが、他は昨日の残りがそのまま出ます。
そのままと言えば、旦那さんからまた飲もうよと誘われて朝から強いお酒を飲むことになります。
もちろん断ったのですが、1杯だけと言われ、そのままずるずる3杯くらい飲んですぐに酔っ払います。

食後、池の裏の方から何やら声がかかって、3人でテラスに出てみます。
馬をけしかけて泥沼のようなところでゆっくり歩く人がいました。
池と思っていたスペースは実は田んぼで、馬に農耕具を繋いで耕しているところです。
まさに今年の米作が始まった瞬間でした。
ちなみにかなり南にあたるこのあたりでは、どこも二期作をするそうです。

こんな光景は何度か見たことがありますが、今まで見たのはすべて牛を使っていました。
馬は牛に比べるとずっとひ弱に見えますが、泥沼に脚をとられつつも案外と力強く進んで行くものです。
そういえば、馬力と言う言葉があるくらいですから、もともと馬も田んぼでは力を発揮してきた生き物だったのでしょう。
侗族の人から見れば、これは自然の姿であって、競馬なんか見たら動物虐待だと怒りだすのかも知れませんね。
特に幼稚園の子どもたちは。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 6cmF1.5 | trackback(2) | comment(0) | 2012/05/14 Mon

楊家的食卓

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
夜は、楊さんご夫妻の家にお世話になりました。
わたしが村の民家に泊まりたいというと、バイクでここ高定まで連れてきてくれた運転手が、楽器を吹いた鼓楼までもどって村の長老たちに説明し、老人たちがざわつくなかであそこがいいだろうと楊さんのお宅を勧めてくれたのです。
その楊さんへもこの運転手がかけあってくれ、夫妻は何の疑問も無いという風にどうぞどうぞと泊めてくれることになりました。

1泊2食で60元とのことです。
正直に言って高いなと思いました。
空いているベッドに寝かして1食15元とすると40元が相場かなと踏んでいたからです。
外国人ということでボッているのかも知れないですが、もちろん高いからといって断ったり値切ったりというつもりはないですし、わたしは泊めてくれることに感謝の言葉を述べて金額も了解しました。

以前は、こういうケースではタダで泊めるのが普通だったようです。
それが旅人に対する礼儀だとか、少数民族にもいろいろとしきたりのようなものがあったと聞きます。
ただ、現金収入が限られた人里離れた村でのことですから、タダと言ってもいくばくかの心付けを置くのが一般的だったのかも知れません。
それだったらお互い気を使わないように最初からいくらだよと言った方がよいとかなったのでしょう。

日本風に言えば木造3階建てプラス屋根裏部屋がある立派なお宅です。
1階にはトイレやシャワーがあり、倉庫のようにもなっているスペースは、おそらくかつて家畜がいたのだと想像されました。
この家では2階に応接スペースとキッチンと一部寝室があり、夫妻はそこで寝ているようです。
3階に部屋が4つあり、わたしはベッドの置かれたひとつの部屋をあてがわれます。
コンセントがあってカメラのバッテリーを充電することができたのがたいへん助かりました。
以前、どこかの村で泊ったときは部屋になかったため、すっかり忘れてしまい、翌日の撮影がほとんどできなかったということを思い出します。

部屋は、近くの町で教師をしているという息子さんのものでした。
先日も書いたように、できればその家の子どもたちに歓迎の歌を歌ってもらえるような大家族の家に泊りたかったのですが、夫妻以外は家を出てしまっていて少し寂しい感じがしました。
とはいえ、夫妻も子どもが教師になるくらいですから、村ではインテリの家庭なのかも知れず、不便は無く楽しめました。
ただ、訛りがきつく、わたしの語学力の問題もあって、言っていることの半分も理解できなかったのが残念です。

奥さんの料理は、特別に美味と言うことはないにしても、日本人なら普通に食べれる一般的な家庭料理です。
全部で5皿あり、うち2皿が豚肉の料理ですが、これは昨日の作例にあった村の生鮮市場、というか唯一の肉屋兼魚屋さんで買ってきたものでしょう。
あとは名前の分からない野菜の料理と、卵焼きのようなもの、野菜の入ったスープで、ご飯も含めてわたしはけっこう美味しいと思いました。
このへんの人たちは辛いものが好きなはずですが、唐辛子は使用していません。

美味しいと言いながらご飯もおかわりしたので、調理してくれた奥さんも喜んでくれたように思います。
ただ、問題は、お父さんが好きだという自家製のお酒でした。
今までの経験からお酒が2種類あることは分かっています。
もち米の発酵酒か普通米の蒸留酒です。
前者はアルコール度数が低く、ほんのり甘い飲みやすい酒です。
後者を説明する必要はないでしょう。
アルコールは推定20度以上あって、酒豪ならともかくわたしは1杯飲めばくらくらです。

予想通り透明の液体のそれは蒸留酒で、久々に酒の相手が来たということで何杯も飲まされてしまい、食事を終わるころにはダウン寸前でした。
前夜あまり寝ていなかったこともあり、夫妻には申し訳なかったですが、ベッドに直行させてもらいました。
まだ、8時前だったのですが。
おかげで、翌朝はコケコッコーの大合唱に起こされるまで、完璧な熟睡でした。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/05/13 Sun

奇怪鏡頭

M8/Sonnar 6cmF1.5
懲りないというのはこのことを言うのでしょう、しかも二重、三重の意味で。
ゾナー6cmF1.5なるレンズを入手してしまいました。
レンズをそんなに増殖させてどうするんだと思いますし、L39タイプのゾナーはすでに5cmF1.5と5.8cmF1.5を持っています。
ましてや、今回の6cmF1.5を加えた3本は、いずれもツァイスのレンズかどうかはっきりしない、というよりはニセモノである可能性が高いレンズなのです。

特に5cmF1.5は、ネタになっているジュピター3という安価なレンズの銘板を入れ替えただけのフェイクと考えて間違いないでしょう。
イタリア製ライカマウントカメラのガンマにゾナー5cmF1.5が供給されたとのことなのでそれではないかと期待したいところですが、鏡胴にあきらかな違いがあります。
そもそもゾナー5cmF1.5はコンタックスマウントのものが豊富に出回っているので、カプラーでライカに付ければよく、怪しげなライカマウント版の必要はありません。

しかし、5.8cm、6cmとなると事情は異なります。
仮にフェイクだとしてもその下敷きになったレンズをわたしは知りません。
それらとてジュピター3と同じレンズではとの疑いがありますが、前玉、後玉、レンズ全長とだいぶサイズが違いますし、あきらかに5cmよりも画角が狭まっていますので、これは違うものだと断定できます。
ただ、構成はゾナーであることもあきらかで、それは蛍光灯の反射パターンやその動きが同じことから分かります。

では、これらゾナーはツァイスが試作したものかと言えば、確認できるようなものがありません。
Zeiss Ikon Contax Spezialというコンタックスのプロトタイプがあると紹介しているサイトがあり、これに6cmF1.5のゾナーが固定装着されているのですが、このカメラ自体がレンズ以上に怪しく、コンタックスのパーツを使って作ったおもちゃのようにも見えます。
もちろん、ツァイスには、5.8cmとか6cmとかのゾナーを製造したという記録もありません。

と、ここまで書いてきて、ひとつの疑問が頭をもたげます。
そもそも、5.8cmと6cmと書かれると焦点距離は違うように思っていましたが、前玉のサイズは同じに見えます。
コンタックス用のビオターに4cmと4.25cmのものがありますが、両者の焦点距離は同じで、4.25cmが正確だと言われています。
この例で言えば、このゾナーも5.8cmが正確で、6cmはそれをラフに書いたものでふたつのレンズがまったく同じものとみなせるかも知れません。
レンズの来歴を知らべるのはかなりの困難ですが、せめてこの2本が同じか違うものなのかの裁定に傾注することにします。
【M8/Sonnar 6cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 6cmF1.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/12 Sat

高定的変化

M8/Sonnar 6cmF1.5
先月だったか、あるいはもう少し前だったかも知れませんが、NHKで侗族を紹介する番組が放送されました。
侗族には歌の文化があり、曲は代々受け継がれているし、村対向の歌合戦でレベルアップと友好もはかられているとの内容です。
貴州省の村のことで、今回とは場所が違いますが、今回の旅の目的地に多少なりとも影響があったのは事実です。
桂林に着いて南へ向かえば、山々の奇景が有名ですし、龍勝方面にも壮族、苗族、瑶族と少数民族の村は豊富にあるなかで侗族を選んだのですから。

数年前、初めて侗族の村に滞在したとき、夕食後にささやかな歓迎を受けました。
その家の女の子や親戚の女の子たちが、ようこそいらっしゃいましたという内容の歌をわたしのために歌ってくれたのです。
まだ小学校に上がる前の女の子たちが、澄んだ声を朗々と闇夜に響かせる姿に感激したのをよく覚えています。

今回も、それが再現されることを期待していなかったと言えばウソになります。
ただ、歌声を聞くことはできませんでした。
お世話になった家の子ども一家は町で働いていて、老夫婦だけしかいなかったということもありますが、そもそもこの村では歌をうたう人はほとんどなく、おととい見た芦笙という楽器の演奏も一部の老人しかできなくなってしまっているそうです。

貴州の村の多くが伝統を堅守しているのに比べて、省境を超えた広西の村では経済ばかりに目が向いているように見えなくもありません。
民族衣装の着用率も伝統を守っている度合いのもの差しになると思っていますが、そこにも明らかな有意差があります。
歓迎の歌の村は既婚女性のほぼ全員が着用していた民族衣装ですが、この村では老女のみのアイテムでした。
作例では、ふたりだけがブルーの衣装を着ているのが見て取れますが、着ているのは上着だけでこれでは民族衣装とまで言い切ることはできないかも知れません。

中央にどーんと写っている建物が侗族を象徴する鼓楼ですが、村にひとつかせいぜいふたつあるのが普通なのにここ高定には何と7つの鼓楼があります。
高定が広西でも有数の名村と言われる所以です。
いずれも100年程度の年数を経ており、かつて裕福な村だったこと、村に建築技術がしっかりしていただろうことが想像されました。

一方で右端には無粋なコンクリートの家が見えています。
反対の左端に緑の物体が見えていますが、これは電話ボックスです。
かつて、利用する人が多かった電話ボックスですが、かなり朽ちていていまでは使えないかも知れません。
当然、村人はみな携帯電話を持つようになったからです。
到着時に美しいと思われた村が、平凡な中国の村のひとつに変貌してしまうのではと心配になってきました。
【M8/Sonnar 6cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 6cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/05/11 Fri

紅色汽車

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
最終目的地、高定までは、お昼を食べた独峒からもうあとわずかです。
高定を紹介する本では、バイクで20元、小1時間かかると書かれています。
食堂で、高定まで行ってくれるバイクはないかと聞くと、知り合いに電話してくれ、30元で行くとチャーターしてもらいました。
本は、7年前に出版されたものなので、この間に10元も相場が上がったか、食堂の兄さんが5元くらい仲介料を取っているのでしょう。

これまでの行程を振り返ります。
自宅(2時間30分)成田空港(4時間)香港空港(1時間30分)深圳(1時間)深圳空港(1時間)桂林空港(1時間)桂林(2時間)龍勝(2時間)三江(1時間)独峒(30分)高定。
合計、16時間半かかっています。
中国に入ってからも10時間ですから、桂林に前泊する、実質1泊2日の旅には少し遠過ぎました。

いや、そんな奥地だからこそ、交通不便故の古い伝統や文化が残っているのが高定の魅力と本には書かれています。
ところが、バイクの後部座席に跨っていると、すれ違う車がありますし、そもそもが道は細いもののきれいに舗装されています。
これなら三江から直行で高定に来ていればよかったわけです。
7年の間に高定の状況は大きく変わったようでしたが、それは仕方ないことでしょう。
それを受け止めつつ、高定の滞在を楽しむことにします。

さて、これまでの作例写真についてです。

7日の茶畑ですが、三江から高定にかけてかなりの山間になり、多くのお茶が栽培されているのを目にしました。
茶畑そのものの風景も茶を摘む人々の頬っかむりした姿も、日本の茶畑のそれにそっくりです。
思わず車を停めてと叫んで撮影しましたが、運転手はなぜあんな日常的なものを撮るのか不思議がっていました。
ただ、この地方の名物のはずの棚田はあまりなく、それが少々残念でした。

8日は、鼓楼に集まる古老たちの様子です。
鼓楼というのは、侗族固有の建築で、塔のようなものです。
村の集まりごとなどがあるとここで鼓を叩いて知らせたことからこの名があるようですが、かつては外部の侵略を監視する役割もあったのではと想像できます。
ただ、今では、このように老人たちが集まるコミュニティスペースのようになっています。
ひとり、縮れ毛で色黒の黒人のような少女が、わたしの方をしきりに気にしていました。

9日は、その鼓楼に芦笙という楽器が置かれていたので興味を示していると、案内に付いてきた運転手が仲間の老人を促して合奏を始めたところです。
4つの楽器の大きさがみな違うのに注目です。
まるで木管四重奏のように高音から低音まで響かせて、その美しい音色には惹かれるものがありました。
ただ、ここでも主人公は黒人のような女の子で、音楽に酔っているようにも、わたしを何しに来たのかと訝しがっているようにも見えます。

そして今日の作例は、高定の村の入り口の門のところにやって来たものです。
どこかの家に泊めてもらうつもりだったので運転手にそう告げると、それならここへ来なくてはと門の横にあるオフィスのようなところに連れて来られました。
てっきり外来者が宿泊する場合は登録手続きのようなことが必要なのかと思えばそうではなく、そのオフィスの2階が宿泊施設になっていたのです。
そんなところに泊るのでは意味がなく、普通の家に泊まりたいのだというと、こっちの方がずっと快適なのにとやはりわたしの行動が理解できないようでした。

門を撮影するふりして子どもたちを撮ろうとすると、それはすっかり見抜かれていたようです。
中国の子どもも撮影時にはピースとやるのですが、こちらでは食べているものを突き出すのが習慣なのでしょうか。
ちなみに、彼らが乗っているのは、超小型の消防車です。
建物は、みな木でできているので、これが必需品と言うわけです。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/10 Thu

哪个位子最安全

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
苦労の末たどり着いたバスターミナルでしたが、いちばんの6時半の座席が残っているかの不安がありました。
せっかく早朝に起きて、2番目のバスまで1時間待たなくてはいけないのではがっくりです。
ところが、6時でまだ薄暗いチケット売り場は閑散としていて、チケットはあっさり購入できました。
そればかりか、45席あるバスには乗客はわずか10人ほどしかいません。
拍子抜けです。

しかし、ここで安心して呑気に空いている座席に座るというわけにはいきません。
まだ、記憶に生々しい関越道のバス事故のことが気にかかります。
ニュースの映像では、防音壁に突っ込んだバスは左右に分断されるかたちになっていて、実際、運転席と反対側の座席に座っていた人ばかりが命を落としていました。
わたしも、運転席側に席を取らないといけないと心しました。

あいにく、運転席から後方に4列くらいはすでに埋まってしまっています。そこから1列空けて運転席側の中央辺りに陣取ることにします。
と、ここで少し考えて、むしろここで怖いのは、運転手の居眠りではなく、追い越しなどで対向車に衝突することだと考えました。
だとすれば、運転手は路側側にハンドルを切るので、外輪差で運転席側の後方に対向車がぶつかるのではないかと思われ、中央あたりも危険だと判断されました。
いや、ハンドルを路側側に切ればそのまま路側に突っ込むので、運転手は咄嗟にまた反対に切り直すだろうから、いちばん危ないのは運転席反対側の後方か…。

などと考えてみますが、どこが安心なのかなどよく分かりません。
いろいろなケースを想定しているうちにいつの間にか眠ってしまったようで、気付いてみると終点の龍勝に到着していました。
2時間の行程です。
結局、バスでいちばん安全な座席はどこなのでしょう?

その龍勝のバスターミナルも2年前とは違うところに立派になってオープンしていました。
感心する間もなく、バスの客引きに三江行きが5分後に出ることを告げられます。
まだ、朝食をとっていなかったので空腹だったので何か食べるものを売ってないか聞くと、ターミナル向かいに桂林名物の米紛屋さんがあってそこで食べて来いと言います。
5分では無理ではと聞くと、いいよ待っててあげるからと言うのですが、どうも5分後出発というのははったりだったようで、実際には15分後くらいにようやくバスは動き出しました。

それでもバスの乗り継ぎが好調なので喜んでいましたが、これは後で分かったことですが、この乗り継ぎ作戦は失敗だったのです。
乗り継いだバスは路線バスのようなもので、直行なら1時間ほどのところを倍の2時間かけて走るのです。
では、どうするのが正しかったかと言えば、7時くらいにあった桂林から三江への直行バスに乗るという当たり前の手段がいちばんだったのです。
桂林発龍勝行きの6時半のバスが、直達快速バスとなっていたのできっと早く着けるに違いないと考えたのですが、他のバスも所要時間はほぼ同じなのだと後で聞いてがっくりきました。

三江では、バスターミナルは旧態依然としているというか、困ったことに到着したバスターミナルは河東で次に向かう独峒行きは河西だと言われます。
小さな町なのだからバスターミナルを分割することはないのにと思いますが、路線バスに乗って河西に着くと、あろうことかわずか2分前に独峒行きのバスは出たところでした。

いま11時を少し廻ったところで、次のバスまで1時間、独峒までは1時間半。
せっかくここまで来てもたもたしてはいられません。
ターミナル前にたむろしていた軽ワゴンをチャーターすることにしました。

独峒まで40キロあって、200元だと言います。
妥当な金額にも思われましたが、大げさに驚いてそんなに高いのだったらやめるよと背中を向けます。
すると、分かった分かった150元でいいとすぐに下げて来ました。
これなら100元になるなと察せられたので、助け舟とも言うべき、80元にしてほしいと返答します。
ややあって、分かった100元ではどうかと言われ、わたしもまた臭いジェスチャーで、ええっ、高いけど急いでいるので仕方ないかと言いつつ了解します。

運転手もわたしも金額には納得できんという顔をしていますが、たぶん、どちらも内心では、ああ良かったと思っているに違いありません。
やはり、バスよりも飛ばしてくれて1時間10分ほどで独峒に着きました。
お昼をちょっと回ったところなので、すぐに食堂を見つけお昼をいただきます。
しかし、この独峒は、まだ目的地ではありません。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/09 Wed

真是広西

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
大方の皆さんはご察しのことと思いますが、昨日、静岡に行っていたと書いたのはまったくの出鱈目です。
行き先は、言うまでもないでしょう。
いつもと変わらぬ中国4日間の旅です。

ただ、いつもよりは半日ちょっと長い滞在なので、深圳だけに滞在するのもちょっともったいないかなと考えました。
あまりに短かい時間とは知りつつも、どこか思いきったところまで行けないものか考えます。
この行き先を考える作業は、旅好きにとってたいへんな楽しみなのですが、実際、旅している時よりも考えている時の方が愉しいくらいかも知れません。

いろいろ検討を進めるうちに、無理をしてもいいからへき地まで行って日常とかけ離れたところで1泊して帰って来る強引な旅をしたくなって来ました。
熟考の末、広西壮族自治区の少数民族、侗族の村に行くことに決定しました。

成田からのフライトで香港へ到着が午後ですが、そのまま深圳に行って用事を済ませて空港へ向かい、夜の便で桂林に飛びます。
桂林で一泊して、早朝のバス便で省境に近い町三江まで行き、ローカルバスを乗り継いで、侗族の村を訪れ1泊して翌午後に逆ルートで桂林に戻り深夜のフライトで深圳に到着、その翌日にまた用事を済ませるという日程です。
かなりの、というか、普通はやらないハードスケジュールですが、連休がカレンダー通りとあってはどうにもなりません。

さて、当日、成田へ向かう電車から早くもつまづいてしまいました。
成田へ向かういちばん安いルートで向かっていたところ、都営地下鉄が列車のトラブルとかで途中駅に10分ほど停車してしまい、1時間に1本のアクセス特急に乗り遅れたのです。
また、深圳から桂林のフライトは2時間も遅れました。
桂林のホテル着が、1時になってしまい、翌朝、6時半のバスに乗るため4時間ほどしか寝られません。

それでも仕方ありません。
強行旅では、時間のズレの問題は常に起こりうることですし、ましてや日本や欧米ではなく中国を旅するのですから、遅れでイライラするより、無理やり飛行機を飛ばして事故を起こされるよりずっと好いとポジティブ思考できないとこういう国に行くこと事体ができなくなります。

早起きしてバスターミナルを目指さなければなりませんが、ちょっと前にチェックインしたわたしが、もうチェックアウトするというのでホテルの服務員がぴっくりするのを背中に外へ出ると大雨が降っているではないですか。
もともと家を出たときも大雨だったので、傘を持って来ていたのが幸いでした。
それにサンダルで来ていたのもラッキーです。
ズボンの裾をまくりあげて、一昨年も利用したバスターミナルを目指しました。

ところが、そのバスターミナルが見当たらないのです。
まだ真っ暗で大雨も降っていて道を間違えたのでしょうか。
せっかく近くのホテルに泊まったのに、もう、20分もぐるぐる歩いてその気配すら見つけられません。
別のホテルがあったので聞くと、どうやら最近、新ターミナルができて移転してしまったようです。
歩ける距離ではないとのこと。

タクシーをつかまえて向かいましたが、叩きつけるような亜熱帯の雨にほとんど濡れ鼠状態です。
トラブルとか不運とかの連続で、さすがにめげてきました。
果たして、目的地まで辿り着くことができるのでしょうか。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(1) | comment(2) | 2012/05/08 Tue

喝茶

M8/Sonnar 6cmF1.5
今年は、暦通りのゴールデンウィークでしたので9連休とはいかず、遠出をあきらめました。
それでも、後半は4連休ですので、せっかくですから近場でもいいので出掛けることにします。
候補地はいくつかあがりましたが、結局、静岡でのんびりすることにしました。

少し前に、プーアル茶を飲んで体重が減ったということを書きましたが、その後も少しずつ減り続け、4ヶ月ほどで3.2キロの減量に成功しています。
3キロでは減量のうちに入らないと言われそうですが、食事等はそのままで、運動をするでもなく、お茶を毎日飲み続けただけで勝手に減っていったので、その効果には驚きを禁じ得ません。

それで、お茶に敬意を表して本日の作例という訳でもないのですが、重労働で美味しいお茶を提供してくれている茶摘み娘の皆さんには、感謝しなくてはと思っています。
ワインのブドウなどもそうですが、日照時間を均一に増やすために急斜面に樹を植えることが多いので、たいへん危険をともなう仕事ですし。

この風景を見たとき、上まで登っていって彼女が茶を摘み取る指さばきを撮影しようと考えました。
地上まで見下ろす背景のボケもきれいになると考えたからです。
しかし、けっこう急な上りで、上がっていく勇気というか、根性が出ません。
結局、凡庸な位置から普通に撮っただけなので、いかに急峻かも伝わらない、さみしい作例になってしまいました。

ただ、茶摘み娘たちは、プーアル茶なんて飲まなくても引き締まったほっそり体型なのではと思います。
【M8/Sonnar 6cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 6cmF1.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/07 Mon

騎自行車的警官

M8/Coral 4.5cmF1.5
梅窩に着いたとき、すぐに地図に気付いてこの規模なら楽勝で歩いて回れると思ったのは、この散策のつまづきだったかも知れません。
この地では、猫も杓子もみんな自転車に乗っています(最近は、猫はマラソンすると言わないといけないようですが…)。
外来者向けにもちゃんとレンタサイクルがあったようなのですが、歩くことしか頭になく、みすみす見過ごしていました。

3日前の作例は、海辺を走る三輪自転車で、一見するとインドのリキシャかなにか商売している人と思われるかも知れませんが、これは個人宅に多く見られる普通に家族も載せられる自転車です。
2日前の作例は、一般的な自転車です。
かなり高齢なおはあさんが、ややふらふらしつつも悠然とこいでいるのが印象に残りました。
昨日の作例は、西洋の青年がマウンテンバイクを出すところです。
モーター付きも所有していましたが、鍛錬の意味もあるのか自転車の方に跨って去っていきました。
バイクは厚い真夏用なのかなと思われます。

さて、今日の作例は警ら中のお巡りさんたちですが、彼らもまた自転車が大切な足になっていることが分かります。
香港映画では、香港の警察は所長を筆頭にみんな間抜けでいくじなしということに相場が決まっていますが、拳銃のホルスターが見えている彼らもそうなのでしょうか。

梅窩そのものの鄙びた良さというものを伝えることはできませんでしたが、個人的には短時間の滞在を堪能できたと思っています。
突然のフライト変更でできた数時間で、偶然やって来たところですが、こういうちょっとした散策はなかなかにわくわく感を伴うものです。

帰路は来る時のバスの運転手に教わったとおりで、無事、香港空港へ戻ることができました。
空港でのランチは、航空会社からもらったクーポンが仕えるのでタダだと喜んでいたのですが、よく見るとなんと上限が80香港ドルと日本円で900円くらいに設定されていました。
空港内が大混雑でどこも空いていなかったため、ピザ屋さんに入ったところ、いちばん安いピザでも1200円くらいしてソフトドリンクも頼むと800円くらいの持ち出しになってしまいました。

そもそもラウンジのチケットももらっていたので、ここで軽食をとればタダでした。
ラウンジを利用できてもフライトはビジネスクラスではなく、後から強引に取ってもらったものだったので、狭いエコノミーの中間の座席です。
むかし、この航空会社のオーバーブッキングで高いノーマルチケットを買わされた報復だと意気込んだものの、結局今回も軽くあしらわれた感が大きいです。
やはり日系の、しかもナショナルフラッグと呼ばれるキャリアがいちばんです。
【M8/Coral 4.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Aires S Coral 4.5cmF1.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/06 Sun

梅窩的西洋人

M8/Coral 4.5cmF1.5
梅窩、好いですね。
歩いていて楽しくなる散歩道です。
すれ違う人、すれ違う人が、みな、「ハロー」とか「ハーイ」とかあいさつしてくれるのです。
たまに、ぶっきらぼうな人もいますが、70歳くらいのお婆ちゃんに「ハ~イ」と先に声をかけて、同じトーンで「ハ~イ」と返事があった時は、梅窩の好感度が一気にアップしてしまいました。

20歳代から40歳代くらいの若い白人を多く見かけました。
彼らは、仕事で本国から香港にやって来たものの、街中のごみごみした雰囲気や喧騒に耐えられず、緑の多いこの地に写って来たんではないかと想像されます。
仕事はばりばりとやるけれど、オフの時間はまわりに影響されることなくリラックスして過ごしたいんだというセリフが聞こえてきそうです。

梅窩からはフェリーが香港のセントラルまで出ているので、生活するのはそれほど不便ではなさそうです。
ただ、わたしが記憶していた水上家屋があるのは、梅窩ではなく同じランタウ島の大墺というところだったようで、これが見れなかったのがちょっと残念です。
気付いていれば梅窩からバスの便があるので、東南アジアの海辺にあるような水上家屋を見ることはできたようです。

梅窩には、これと言った歴史的な何かがあるということでもなさそうです。
たまたま外れに作例のような古い塔がありましたが、打ち捨てられたような状態で、何の解説も見当たりません。
海からかなり離れた陸側なので灯台ではなさそうで、無骨なつくりはなにか防衛的な目的を予想させます。

この地の作例は4枚の予定ですが、レンズは、すべてコーラルを絞って使っています。
といってもこれまで3枚はF2で、画像的には少々の改善が見られるものの、この程度であれば開放でもそう変わらないと思います。
むしろ大胆にF4とかF5.6まで絞ってレンズの変化を楽しむべきでした。
明日は、最後なので、そのF4の作例をアップします。
名前のように海辺で珊瑚でも撮れればよかったのですが、いくら南の島でも、香港の離島ではそこまできれいな海は望めません。
【M8/Coral 4.5cmF1.5 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Aires S Coral 4.5cmF1.5 | trackback(1) | comment(5) | 2012/05/05 Sat

座巴士去郊外

M8/Coral 4.5cmF1.5
香港空港からダウンタウンの九龍半島や香港島へは簡単にアクセスできます。
もともとは、そうやってどこか町を散策するつもりでした。
しかし、バスターミナルへ出ると梅窩と行き先表示のバスが停まっています。
梅窩は、空港のあるランタウ島の鄙びた田舎町、かつちょっとしたリゾートのようなところと以前聞いたことがあります。

フライトまで4時間はありますが、梅窩まで行って散策して戻ってこれるでしょうか。
運転手にフライトが変更になったので梅窩まで行ってみたいんだがどうだろうかと訪ねてみると、それなら乗れと手招きします。
何だかヒッチハイクかタクシーに乗るかのようですが、親切な運転手は時刻表をくれ、帰りのバスの時間と注意点を教えてくれます。
梅窩へのバスは基本的に比較的近くの地下鉄駅が始発で、1日2~3本だけ空港始発があるが帰りは地下鉄駅経由になるからでした。

バスの乗客はわたしひとりでしたが、しばらく走るとその地下鉄駅に着き、多くの人が乗り込んで来ました。
ほとんどの人が、いかにもこれから行楽に向かうというスタイルの人たちばかりです。
バスの中は、遠足のようになってしまいました。

梅窩バスターミナルに到着すると運転手は、何番のバスに乗って地下鉄駅まで行き、バスを乗り換えて空港まで戻るんだよと念押ししながらわたしに手を振ってくれました。
初老の人でしたが英語はよくできるし、とても親切で、香港でも町中のバスとはずいぶんと違うなあと感心しました。

ターミナルにツーリストインフォメーションでもあればありがたいのですが、そこまで人が来るところではなさそうです。
ただ、ビューポイントが記された案内地図があって、道も簡単そうなのでそれにしたがって歩けば迷子になることはなさそうです。
地図には歩行時間も書かれていたので、ざっと1時間歩けば1周できてしまうことが分かりました。
ゆっくり見て回っても2時間あればよいでしょう。
後で分かったのですが、同じ地図はところどころに設置されているので実に便利でした。

さて、歩きはじめこそ海鮮レストランやカフェが並んでいますが、市場をやり過ぎると、ちょっとした住宅がぽつんぽつんとあるような道が続くだけになります。
トレッキングロードのように書かれていますが、むしろハイキングコースといった方が伝わると思います。
まだ3月だったこのころは、日本でいうちょうどいまくらいのゴールデンウィークの気候で、歩き続ければ汗ばみますが、海からのさわやかな風が時おり吹く、絶好のハイキング日和です。

作例の場所は、コースの三叉路で、左に行けばコースですが、直進すると小さな村に出るようです。
樹にすてきな案内表示が出ているので間違うことはありません。
香港というと、2階建てバスが狭い通りを看板すれすれに通るゴミゴミしたディープな土地を連想する方がほとんどだと思いますが、こんな鄙びた土地もあるんです。
そうでもなければ、あんな狭い土地でストレスもたまって、頭がいかれちゃいますよね。
【M8/Coral 4.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Aires S Coral 4.5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/05/04 Fri

没有座位

M8/Coral 4.5cmF1.5
横浜のネタが週中で切れてしまいましたので、今日から日曜までは少しだけ過去に遡ったお話しにしようと思います。
何かなかったかと探すと、ちょうどよいものがみつかりました。

3月に往路成田から上海経由南潯、復路深圳から香港経由成田へ戻った時のことです。
帰国時に朝の香港空港へ着きチェックインすると、航空会社職員からボランティアをお願いできないかと言われま
した。
一瞬、何のことか分からず聞き返すと、どうやらわたしの便がオーバーブッキングで、後の便に振り替えさせてもらいたいと言っているようです。

これは、後で分かったことですが、5人分がオーバーブッキングで、利用したのがアメリカの航空会社で成田で乗り継いでアメリカ方面へ飛ぶ人は後の便という訳にはいかないでしょうから、最終目的地が成田という人に変更依頼していたようです。
わたしはその便でないといけない理由はありませんでしたし、その日の便には必ず振り替えると確約してくれたので、なるべくなら羽田到着の便で戻りたいと図々しいお願いをしつつ応ずることにしました。

30分後に戻れということで適当に時間をつぶしてカウンターを再訪すると、香港航空の成田便ならすぐに用意できるとの返事です。
いや、それは困る、ぜひとも羽田の便に変えてくれと再度お願いすると、分かったどうにかしたいと思うので、また、15分後に来てくれと言われます。

その15分後には、またもや香港航空しか申し訳ないが空きがないと言われますが、隣のカウンターでやはり変更を受けていた若い夫婦が日航成田便に振り替えられているところでした。
悪いとは思いましたが、彼らは日航なのにわたしは香港航空なのかと問い質すと、すまない日航は2席しか空きが無かったのでと詫びられます。

普通であればここでわたしも折れるところです。
ところが、実を言うとこの航空会社で、以前同用にオーバーブッキングで搭乗できず、わけも分からぬまま他社のチケットをノーマルで買って帰国したという悔しい過去があったので、なんとしても妥協しないつもりでした。
あとのふたりは、香港航空でOKしたようで、残すはわたしひとりだったようで、相手もいつの間にか3人がかりでわたしを説得にかかってきます。

語学力のないわたしですが、どういうことか、こういう状況で忘れていた単語やフレーズがぽんぽんと言葉をついて出て、あくまで紳士的に午後でもいいので羽田行きにしてもらわないと困るというようなことを説明し続けました。
結局、6時間後の日航羽田便をどうにか確保した、それまでの時間食事券とラウンジチケット、並びに航空クーポン500ドル分をお使いくださいませと相手に言わしめ、何年も前の自費ノーマルチケットのリベンジを果たすことができました。

言われるままに6時間をラウンジで過ごすのはあまりに退屈です。
香港の町中にでも繰り出すとしましょう。
さて、どこへ行ったらいいのか、よく分からずに空港のバスターミナルをふらふらと歩いてみました。
すると面白い偶然が待っていたのでした。
【M8/Coral 4.5cmF1.5 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Aires S Coral 4.5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/05/03 Thu

横浜小吃

M8/Sonnar 5cmF1.5
前回、鎌倉で使ったペッツパール・タイプのレンズ、ルルブールですが、ピントが来ていないということを書いていたところ、ksmtさんから、後群レンズが前後逆向きになっている可能性があると指摘をいただきました。
なるほどと思い、当日、持参してみましたが、もともとオリジナルペッツパールの3、4枚目の外側の曲率は似ているため(フラットに近いゆるやかな曲がり)、見た目で判断はできません。

残念ながらレンズ鏡胴がマウント部と接続されているためレンズをひっくり返してのテストはできず、結論はむずかしいところです。
興味をもったknpmさんも自身のM9で撮ってピントを確認し、ピント面があることを発見されました。
ksmtさんによれば、後群を逆さにするとソフトレンズのような効果を得られるとのことでしたので、ますますそれを裏付けているようですが、この場で確認するのは難かしいでしょう。

ただ、そうだとすると後群をひっくり返すことで焦点距離が変わってしまいます。
一眼レフレンズでは問題とならないかも知れませんが、距離計連動機構を備えたこのレンズでは、1mmでも焦点距離が変われば、連動がままならなくなってしまうという問題を持っています。
困ったことになりました。


ペッツパールということで面白い話をうかがうこともできました。
もともとコーティングがないペッツパール・タイプは、太陽光にたいへん弱いレンズが多いのですが、わずかな光線でも拾ってしまうとコントラストが落ちてしまうので、逆光・半逆光の時は好い撮り方があるそうです。
建物のひさしでも木の枝でも何もなければ自分で傘でもさして、撮ればいいというものです。

それだけなら当たり前のことに思えるかも知れません。
普通に撮れば、フードが逆光で効果があったかどうか結果を見ないと分からないのと同様心もとないので、その障害物もろとも撮ってしまえば間違いなく効果が出るので、そうやって撮ってからあとでトリミングして不要なものを切り取れば良いということです。

以前のわたしならトリミングという言葉に拒絶反応を起こして、その手法そのものを否定していたかも知れません。
光線状態の厳しいところで、あえてそれと分かるコントラストの低い写真もそれなりに面白いと言えるでしょう。
しかし、それ以上に好いのは、いかにコントラストを下げずに、そのレンズの持ち味である描写を導き出すかということに心を砕くことだと今ではわたしも知っています。
これは、参考にさせていただきたい話しと感心させてもらいました。


というわけで、今日の作例は、そのトリミングによってコントラストを確保しようとした写真ではなく、戦後のコーティング付きゾナーは案外逆光に強かったという作例です。
ずいぶん激しいフレアに見えるのは、イワシを焼いている煙でした。
1尾100円也。
遅れて着いた野毛の大道芸はあまり楽しむことはできませんでしたが、まるまる太ったこの焼き立てイワシは絶品でした。
この濃さは、ドイツの濃厚ビールにもぴったりだったでしょう。
【M8/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/05/02 Wed
| home | next
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。