紫煙

M8/Perar 28mmF4
案内書によれば、南潯には750年の歴史があるそうです。
何をもって750年というのかよく分かりませんが、あるいは古文書などにその名が登場するのかも知れません。
現代中国では史実の改ざんなどは日常茶飯なのでしょうが、南潯については、たぶん根拠あっての750年だと信じることにします。
古い建築が並ぶ町並みはたいへん美しいのですが、もちろん750年前の家が並んでいる訳ではなく、多くが100年前後経った清代の建築がほとんどです。

古い町並みは河というか水路に沿って延々と連なっています。
おそらく端から端までゆっくり歩くと2~30分はかかるくらい長く、のんびり散策できれば往復の1時間を豊かな気持ちに過ごすことができます。
ただ、観光客とそれ目当てのお店の喧騒を考えれば、早朝か夕方遅い時間帯に限定されてしまうことになりそうですが。

単に古い町並みがあるだけではなく、7つの重要なスポットが点在しているので、途中、より道して見学するようにも勧めています。
60万冊の本を集めた蔵書楼、大きな蓮の池が美しい別荘、孫文に中国一の奇人と言わしめた実業家の屋敷、西洋建築と中国建築折衷の不思議な洋館等々。
19世紀にはヨーロッパで賞を取るほど評価されていた絹が名産だった南潯の豪商の屋敷を見学すれば、当時の優雅な生活ぶりが垣間見えてくることでしょう。

では、なぜそういうところの写真を撮らないんだと言われてしまいそうです。
そんな写真は、いちおう撮ることは撮っています。
わたしは言うまでもなく写真家ではありませんし、レンズ愛好家ではあってもテスト撮影のためにわざわざ中国へ飛んでいるわけでもありません。
あくまで旅行者であって、とくに古鎮を訪れたときは村歩きを第一の愉しみにしながら、ところどころでぱちぱちと撮影しているというに過ぎないと思っています。

そんなものですから、そのまま名所の写真ばかりアップしても、観光案内のようになってしまうだけです。
だったら、好き勝手にやっているブログなので自分の好きな人物スナップのような写真を、出来不出来に関わらず並べていった方が個人的にはずっと楽しい作業ができます。
それでも、観光名所の写真くらい見せてくれてもいいではないかと言われれば、他の方の旅行ガイドのようなすぐれたホームページやブログを見ればいいと思います。
本来であれば、写真で見てしまうよりも、出掛けて行って、自分の目で見るのがいちばんなのは言うまでもないですし…。


さて、作例は、橋の欄干に腰かけてたばこをくゆらす老人です。
河幅はせまく小さな橋なのですが、大きく弧を描いているため、わたることで必然的に高台に立つことができ、眺望を堪能することができます。
景観を楽しみながらの至福の一本というところでしょうが、高台に来たがために通りを歩いていれば目立つことのなかった裏手の工場のような建物が視界に入ってしまうのは痛し痒しというところでしょう。

たぶん、毎日こうして決まった時間に決まった場所に来ているのだと思いますが、、たしは、まさにこういう日常風景が観光名所よりも好きなのです。
少なくとも写真としては。

ペラールは相変わらず、少しくもったヘクトールのような表現ですし、どうしたことかフォーカスリングが取れてしまい、それを留めていたフォーカスレバー兼用のスクリューがどこかなくなってしまいました。
普通に撮ろうとすればするほど、慣れ親しもうとすればするほど、わたしを置き去りにしようとする自由奔放なレンズに悪戦苦闘が続きます。
【M8/Perar 28mmF4 F4】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Aires S Coral 4.5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2012/03/31 Sat

招工

M8/Perar 28mmF4
大学の合格発表でしょうか。
一喜一憂というか、零喜二憂な姿が見られます。
よく見れば、これは仕事の求人の掲示板でした。

招工という文字が踊っていますが、工は工員というだけの意味ではなく、各種アルバイトの意味に転じています。
貼り紙を読んで行くと、多くが工場の仕事ですが、レストランのコックや販売員なども見つかります。
給料のことは、工資と書きます。
アルバイトではなく従業員になると、給料は薪水といったりするようです。

携帯電話の中国移動の貼り紙には、年薪3~8万とあって、日本円にすると年収35~100万円なので一見なかなか良さそうに見えます。
ただ、これは携帯電話にかかわ事務の仕事のようで、工場で働く仕事では一般的に寮や食事が付いていますが、事務はそれらが付かないことです。
また工場は残業のあるなしも、収入に差の出る要素で、みんなが気にするところです。
寮はタコ部屋でしょうし、工場で出る食事の味は推して知るべしなのでしょうが、工場の月給2000元~と携帯会社の3000元~のどちらがいいのかは悩ましいところでしょう。

掲示板の右となりに見える建物は銀行です。
文字は見づらいですが、南潯銀行と書かれているのが読めます。
総預金額などの規模は分かりませんが、南潯は上海から150キロも離れた浙江省のいなか町、湖州市の一角にある村です。
古鎮として比較的有名ですがここに名前を冠した銀行があるというと、日本で白川郷銀行とか鞆の浦銀行を見つけたような違和感を覚えます。

改革開放で小さな村にも観光客が訪れるようになると、少しずつ人とお金が集まるようになり、やがて周辺には工場が建ち並び、次いで求人に周辺の村々から人が集まり、経済規模が大きくなったことで銀行まで現れる。
中国の地方の発展のひとつの典型を見るようです。
もっとも、労働者は依然低賃金で働かされ、経営者ばかりが高収入を得る構図は、中国建国時に否定されたはずの姿です。
現在の中に数十年前がときとぎ混在していたりするのはそのためなのでしょう。
だから、中国の地方の村を歩くのはおもしろいのです。
【M8/Perar 28mmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
MS Optical Perar 28mmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/30 Fri

再生鏡頭

M8/Perar 28mmF4
先月、広州へ行ったときにMSオプティカルのペラー28mmF4を持参しました。
世に出たばかりのレンズをレビューすることで、宮崎さんのレンズがいかにすばらしいかをいち早く伝えたかったからでした。
ところが、いざ撮ってみると、ふわーっとした何とも不思議な写りでびっくりさせられます。
よく言えばオールドレンズの味わいですが、普通にみればねむたい描写です。

帰国後、早速、宮崎さんに見てもらったところ、レンズに汚れがあり、少し前ピンになっているので直しましょぅと返事がありました。
道理で、これでようやく本来の写りが楽しめそうです。
それなら、今回の南潯に持って行って、今度こそペラールのすばらしさを披露したいと考えました。

さて、試写の結果ですが…。
確かにフレアが減少するなど、宮崎さんに見ていただいただけの効果は顕著ではあります。
ですが、基本的な写りは全然変わっていないような気がします。
やはり依然としてオールドレンズのままです。

前回お世話になったTobbyさんのブログのペラールと見比べればその差は歴然です。
いちばんのウリである色抜けやシャープさは、とても同じレンズと信じられません。
ヘクトール2.8cmで撮ったのと、GRデジタル28mmで撮ったのくらいの差があると言っていいくらいです。

フィルムの時代は、写りはレンズで決まると言われたものですが、デジタルとなってレンズの比重はぐっと下がっていますので、レンズ以外の要素が結果を変えているということはいえると思います。
というのは、ペラールの作例は、検索するといくらでも見つかりますが、似たようなものも多くあるものの、同じレンズとは思えないほど相互の写りは違って見えるからです。
まずカメラが違い、カメラの設定が違い、さらに後処理までされているとすれば、これは比較などするのが無意味です。
とはいえ、シャープネス、色の彩度、コントラストを標準にしてJPEG撮っているわたしの作例のように、地味なものはひとつとしてありませんでした。

作例は、普通に撮ってしまったものですが、これこそ腰だめで撮りたいモチーフでした。
上に延びているのに見下ろすような視点では意図がはっきりしなくなります。
これだったら、もっと寄るべきだったし、逆に子どもに対面してガラス越しに撮れば面白かったかも知れません。
子どもの仕草が可愛かったので、撮っていてこれはなかなか好いと思えたのですが、広角はそんなに甘くはありませんでした。
レンズが甘い分、よりシビアさが求められるということです。
【M8/Perar 28mmF4 F4
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
MS Optical Perar 28mmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/29 Thu

珊瑚鏡頭

M8/Coral 4.5cmF1.5
昨日、レンズ名をコラールと書きましたが、コーラルが正しかったようです。
お詫びの上、訂正いたします。

そのコーラル4.5cmF1.5は、5群7枚構成、ガウス変形型です。
1群目が2枚貼り合わせ、本来貼り合わせの2群目に空気間隔を入れています。
絞りから後は一般的なダブルガウスと変わりません。
このかたちは、ズミタールや初代ズミクロンと似ています。
4群6枚のオーソドックスなガウス型から解像力を上げて球面収差を取り除く段階の形態と言えなくもありません。

同じ7枚でも、F1.5、F1,4の大口径化のためには後群に追加するかたちが多くとられています。
ライツのクセノン、ズマリット、ズミルックスがそうですし、国産のこのクラスのレンズにも多くあります。
一眼レフ時代になってからのF1,4レンズはほとんどこのかたちになっています。
本来であればコーラルもこーなるはずだったと思うのですが、ビハインド・シャッターの制約からかそーなることはありませんでした。

結局、中心部のみがシャープなレンズとなってしまい、今の個性派レンズファンにはアピールするところがあるかも知れませんが、当時の性能についてやかましかった専門誌などからは散々酷評されたのではと想像してしまいます。
このレンズで面白いのは、開放だとかなり全体にフレアっぽく周辺の画像も荒れるため、中央付近に被写体を配置してピントを合わせると、妙にシャープで解像力も高そうに見えてしまうということがあります。

シャープといえば確かになかなかシャープですが、拡大すると解像力は平凡というか新し目のレンズとしては悪いと言えるかも知れません。
それに、今回は全部開放ですが、F4に絞っても中央部のシャープネスやコントラストが上がっても、周辺は相変わらずでとても風景などを撮るレンズではありません。
日の丸構図で撮るポートレイトレンズがいちばん無難です。
解像力が高すぎないので、しわや肌荒れも目立たないでしょうし。

もうひとつの手としては、暗いところで活用するということになります。
今日の作例は、古民家の前で遊んでいた女の子がいたのでそっと近づいて撮っていると気付かれ、家の中に引っ込んでしまいました。
かまわず家の中に向けてもシャッターを切ると、嫌がっているのかなと思っていた女の子が、けっこう嬉しそうに笑っていたりします。
もう逃げ場はないというようにタンスに背中をくっ付けた仕草がおかしく、家の前で遊んでいた姿よりもユニークなカットになりました。

ところで、冒頭コーラルの間違いだったと書きましたが、突然、思いついたことがあります。
レンズの名前についてですが、このコーラルのネーミングの理由が分かったのです。
もちろん推測ですが、コーラルはサンゴと言う意味だったと思います。
コーラルの最初のレンズはアイレス二眼レフに付いた75mmF3.5だったようですが、このF値とサンゴを引っかけたのではないでしょうか。

そんなダジャレかよと怒られそうですが、例えば、マミヤ・セコールは世田谷光学が製造していて、世田谷のセと光学のコを取ってセコールにしたのは有名です。
昨日、経営者の三橋氏はアイディアマンだったと書きました。
3.5からサンゴ、コラールと発想するというのはけっこう説得力があると考えるのですが、いかがでしょうか。
【M8/Coral 4.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Aires S Coral 4.5cmF1.5 | trackback(4) | comment(4) | 2012/03/28 Wed

鴨緑的弟弟

M8/Coral 4.5cmF1.5
ヤルーフレックスというカメラをご存じでしょうか。
ズノーカメラなどと並んで、中古カメラの市場で最も高額に取引される35mm二眼レフのことで、50台ほどが試作されただけだったため、まずは実物を見ることはない珍品カメラです。
設計・製造したのはヤルー光学ですが、ふざけたネーミングだと思っていたらそうではなく、出資者が韓国人だったため鴨緑江の韓国語読みからとった名前なのだそうです。
中国語でも鴨緑の発音はヤーリュウなので、よく似ていますね。

それから2年ほどのち、今度はローライに範をとった6×6版の二眼レフの量産に入ります。
同時に名前もアイレス写真機製作所と変更しました。
創業者で経営者でもあった三橋氏は、もともと日本光学の出身のうえ、アイディアマンでもあったので、他の二眼レフカメラとの差別化のためニッコール付きのアイレスフレックス製造を思いつきます。
それは奔走の末に実現させますが、同時にニッコールを付けるカメラの精度に高い基準を持っていた日本光学が技術指導したことでカメラ自体までが差別化をはかることができ、業績も上昇していきました。

続けて35mmのレンズシャッター機も市場に投入していきます。
ちょうど発売されたばかりのM3を見た三橋氏は、そのブライトフレームのすばらしさから日本光学時代に関わった戦闘機の照準器の仕組を思い出し、独自のファインダーを開発しました。
これが高評価を受けて、この分野でも製造数をぐんぐんと伸ばしていきます。

レンズシャッター機にも高性能化が求められ、次々とガウス型のF2レンズの採用など快調に新基軸を打ち出し続けます。
アイレス35Vは大型のビハインドシャッターを採用することで、45mmF1.5を標準に、広角35mmF3.2、望遠100mmF3.5の明るい交換レンズを持つ画期的なカメラでした。
ところが、このカメラは意外にも不評だったようです。
当時のユーザーの要求すべてを具現化する正攻法のやり方が高価なカメラにしてしまったのが原因ではと推測されています。

このつまづきだけが問題だったのではないでしょうが、続けて普及機や一眼レフタイプなども発売したものの、アイレス35Vから2年後には倒産してしまいました。
アイレス写真機製作所としての操業はわずか10年ほどのことになります。
(以上は、クラシックカメラ専科№22「アイレスのすべてから多くを引用)


今回、使用したレンズ、Sコラール45mmF1.5は、まさにそのアイレス35Vの標準レンズをライカマウントに改造したものです。
レンズシャッター機にも関わらずF1.5と欲張ったためか、前玉が巨大で後玉は小さいという見るからにアンバランスな印象を与えるレンズです。

中心部は開放でも割とシャープですが、周辺部はまったくいただけません。
流れるとか乱れるというレベルではなく、ピントが合っていないと言えるほどです。
大口径レンズはどうしても設計に無理が出るので、周辺部分に非点収差やコマ収差の影響が出るのはごく普通のことです。
しかし、このレンズはそれら収差を飛び越えて、像面湾曲しているので、ピントが合わないようなのです。
ですからF4くらいに絞ってもあまり改善しません。

M8で撮ってそれですので、35mm版のフルサイズではもっと目立つはずです。
正攻法で高価にしたのがアイレス35Vの失敗の原因ではと推測されていましたが、むしろ、高価な割りにはレンズがダメで売れなかったのではと考えますがいかがでしょう。
ヤルー光学、アイレス写真機製作所という意欲的でいまだファンの多いメーカーをつぶしたのが、まさにこのレンズ、そう言ったら言い過ぎになるでしょうか。
【M8/Coral 4.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Aires S Coral 4.5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/27 Tue

六分之五

M8/Coral 4.5cmF1.5
上海や江蘇省と浙江省の一部を合わせて江南と呼びます。
たぶん長江の南側の地帯という意味だと思いますが、その多くは長江デルタと呼ばれ水路が網の目のように張り巡らされています。
主な輸送手段が馬車の時代は、船も同様の役割を果たせたはずで、産業を持つ村は交易によって発展しました。

時がくだってモータリゼーションの時代が来ると道路インフラが整いにくい水路周辺の村は取り残されてしまいます。
大工場が立てば小規模な産業は廃れ、村々は忘れ去られました。
ところがうまくできたもので、孤立してしまったために古い町並みはもとより、独自の習慣などもよく残っており、それが、比較的最近になって江南水郷と総称されてたいへんな人気を集めています。

比較的知られた水郷の村は20近くもあって、とても地元でもなければ廻りきれたものではありません。
そのうち特に歴史的価値がある6つの村を、江南六大水郷と呼びますが、上海から比較的近いこともあって、6つだけなら何年かかければ制覇できるだろうと、数年前から訪れています。

・2006年 西塘
・2006年 烏鎮
・2008年 同里
・2011年 甪直
・2012年 南潯
と、1~2年に1個所ペースで、5/6まで到達しました。
残すは、有名な周荘だけです。

ところが、これは何度か言っているとおり、どこもなにしろ人出が多く、もっとも人気があるのが周荘なので普通に訪問する気は起きません。
例えば5月の連休は花や緑があって食べ物もおいしい最高のシーズンだそうですが、このときは入場制限までするんではないかと真面目に心配しているくらいです。
行くとすれば、真冬の平日とか、夕方到着で一泊して翌午前中には立ち去るというパターンでないと、村を見に行くというより人を見に行くということになりかねません。

今回訪れた南潯は、上海からいちばん離れていて、歴史的価値や風情などが他の古鎮より劣るとされているため、いちばん人が少なく、鄙びたところだと聞いていました。
実際、裏口側から潜入したわたしは、たいへん落ち着いた雰囲気に感動して6大水郷の中で最高だと叫んでいたくらいです。

今回も運よく、スーツケースを預かってもらえ、身軽になって静かな町並みを嬉々として歩きます。
15分も歩くと古い建物がなくなり、新市街というか典型的な中国の地方の町のようなところに行きつきました。
ここにも、閉じられた市場があったり、ちょっと古い教会があったりでなかなかの風情を愉しめます。
何より地元の人が作りだす活気が楽しく感じられます。
この時点では、他の5つとは全然違う南潯がいちばんのお気に入りになったのですが…。
【M8/Coral 4.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Aires S Coral 4.5cmF1.5 | trackback(3) | comment(0) | 2012/03/26 Mon

李小龍的味道

M8/Coral 4.5cmF1.5
上海のバスターミナルでは、バスの待ち時間が1時間以上あったので、仕方なく朝食を出すチェーンレストランに入りました。
「真功夫」という名前の店で、カンフーのポーズをとる男のイラストが看板になっています。
わたしは、おおっブルース・リーだ、彼に因んだ店なのかと大喜びで入店したことがあります。
ところが、料理がとんでもなくまずく、がっかりして、どうしたんだブルース、とばかり看板をよく見ると、いかにもブルース・リーの映画の一コマから取られたと思っていたそのイラストの顔は全然ブルース・リーではありません。
料理の味とニセのブルースで2度がっかりのレストランでした。

そのことを忘れた訳ではありませんが、今回は選択肢がここしかないのでやむを得ず、何か食べてみることにします。
お粥と肉まんのセットは200円もせず安くていいですが、自分の記憶以上にまずく、食べ物の旨い中国でなんとももったいないことに思えます。
1時間あったのだからタクシーを使ってでもまともなモノを食べるべきでした。
ブルース・リーの遺族は、あの看板の使用の差し止めと損害賠償請求すべきです。
遺族がやらないなら、中国カンフー協会が名を汚されたと動かなくてはいけない。

怒っているうちに南潯行きのバスの出発時刻になりました。
実際は湖州行きの中型のバスですが、座席は半分ほどしか埋まらずゆったりしていて、怒りが収まった瞬間には眠ってしまいました。
1時間半ほどでバスが止まる気配に目が覚め、もうそこが南潯です。
ほとんどの客がここで降りてしまいました。

そこは小さなバスターミナルで、ドア口目指してバイクタクシーのおっさんがどっと集まってくるような素朴なところです。
ターミナルの係員に古鎮へのバイタク料金相場を聞こうとすると、歩いても10分かからないと言います。
これまで、ちょっとした時間ロスを連発しましたが、上海のホテルからバスターミナルも近かったし、アクセスに関してはなかなかに効率よく動いています。

徒歩10分とか言いながら延々歩くことはよくありますが、道も間違えず、かんたんに古鎮入口に到着です。
ただ、どうやらそこは裏口だったようで、ひっそりしていましたが、それがかえっていい雰囲気を出していました。
ところが、入るや否や、係員がダッシュしてきて、100元の入場チケットを買えと言います。
もちろん最発からそのつもりでしたが、この年老いた係員がわたしを裏口からタダで入ろうとする不届き物のような目で見ているのは明らかで、それがなんとも南潯の第一印象をぐっと引き下げてしまいました。

日本円で約1200円。
けっこう高いなと思いますが、ましてや中国人にはかなり高価なはずで、中国の平均的な人には日本でいう4~5000円の感覚ではないかと思います。
きっと裏からこっそりと入ろうとする中国人が後を絶たないのでしょう。
たがら、古鎮ではあちこちに人員配置して、絶対にタダ見はさせない態勢をとる。
とぼとぼと歩きながら、何かおかしいよなと考えて、まずかった200円の朝食はまだ些細なことに思えて来るのでした。
【M8/Coral 4.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Aires S Coral 4.5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/25 Sun

疾風怒濤

M8/Coral 4.5cmF1.5
今回も目的地は深圳でしたが、いつもより1日長い日程と、無料航空券の特典をいかして往路を香港から上海に変更してもらい、どこか周辺の古鎮を訪れることにしました。
上海浦東空港には夜の10時くらいに到着予定でしたが30分のディレイがあり、その後も隣席の女の子を送り届けたりで通常より1時間以上遅れて上海駅にたどり着きます。

翌朝の出発に備えてバスターミナルに隣接するホテルに泊まるつもりだったのですが、遅すぎたためすでに満室だと断られてしまいました。
どうしようかと思う間もなく、おばさんに声をかけられます。
上海駅でホテルの紹介・斡旋をしていると言うのですが、いつもなら胡散臭いと断るところを、このおばさんはいかにも人の好さそうな顔をしているうえに聞き取りやすい中国語を話すので、騙されるの覚悟で恐る恐るお願いしてみることにしました。

いくつもホテルを知っているというので、ここから近くて断られたホテルと同じくらいのクラスのところでと言うと、徒歩5分のところに200元のいいホテルがあるということです。
それでOKでしたが、断られたホテルが180元だったので同額にならないかと聞くと、携帯でホテルとやり取りして180元でも良いとの返事をもらってくれました。

15分ほどいっしょに歩いて、その徒歩5分のホテルに着きます。
しかし、結果を先に言えば胡散臭かったのはその歩行距離だけで、ホテル自体も値段の割にはまずまず立派でしたし、そもそも駅周辺には外国人が泊まれない宿が多いので、スムーズにチェックインできただけでもありがたいことでした。
むしろ、駅から少しと遠ざかった分静かになりながら、そばに食堂やコンビニがあって、条件的には想像を大きく上回るところだと言えます。

料金も、ちょうどわたしのチェックイン中に、別の客がやって来てチェックインをしていましたが、彼の方は195元払っているのを確認しましたので、おばさんに連れてこられたわたしの方が少し安く泊まったくらいです。
あまりにタイミングよくわたしより高い料金を支払ったので、わたしの料金が安いのだと示すためのサクラではないかとも疑いましたが、まさかそこまではしないでしょう。

ホテルに向かう途上で話を聞いたのですが、50歳代前半に見えたおばさんは、もう定年退職していて、毎晩こうやってホテル斡旋のアルバイトをしているのだそうです。
若く見えるのは、こうして毎晩あっちっちと歩いているからさ、と笑っています。
もうかってますかと聞くと、まあまあねと言うので、定年後の小遣い稼ぎには悪くないようです。

翌日向かうつもりの南潯へのバスについても聞いてみました。
朝6時から30分に1本出ているということです。
もうすでに12時近くになっていましたが、明日は5時に起きることにしました。
食堂で蘇州風のそばを食べ、コンビニでサントリーのビールを買って部屋で飲み長かった1日を締めくくります(中国はマイナス1時間の時差があり、この日は25時間あった)。

さて、翌朝、バスターミナルに6時前に着いて、チケットを買います。
何気なく見ると、南潯ではなく、南通となっていました。
あわてて窓口に引き返し行き先が違うと説明し、少々のやり取りの末、チケットを取り替えてもらいます。

実は、わたしは目的地の南潯の潯の字を怒涛と涛と誤解していて、ずっとナントウと読んでいました。
昨日のおばさんも、窓口の人も、それを近くの大きな都市の南通(ナントン)と聞こえていたらしいのです。
南潯行きのバスは、7時20分発となっていてまだ1時間半も先になります。
そもそも、古鎮で少しは有名でも小さな町に30分に1本もパスがあるはずがありません。
昨日、聞いたときに疑問にも感じなかったことが鈍すぎですし、そもそもが行き先の名前を知らずにバスで向かおうとすることがすでに敗因と言えます。
窓口の女性は、親切にも「南潯はナンシュン。ナンシュンって読むんだよ」と繰り返し教えてくれだのでした。
【M8/Coral 4.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Aires S Coral 4.5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/24 Sat

旅伴

M8/Coral 4.5cmF1.5
レンズ仲間との関西大遠征の早くも翌週、ひとり小さな中国遠征(出張?)に出掛けました。
どこにしても自分の意思で旅するのは楽しいことで、その代償で2週続けて土日に家を離れたためにたまってしまった諸事がそのままになっていることは大目に見ていただきたくお願いします。

ところが、旅がイヤだという人も世の中には存在するようです。
成田から上海に向かう航空機で隣り合わせた若い女性もそんなひとりでした。
わたしは、航空機内ではほとんど寝ているので話をすることは滅多にありません。
食事のとき、彼女の方から声をかけられました。

搭乗していたのは、アメリカの航空会社でしたが、何年か前に食事中にアルコールを出すのを止めてしまっていました。
1月のフライトで実際そうでしたし、機内誌にもビールが6ドルかかると書いてあるのを確認しています。
彼女は、せっかくなのでビールを飲みたいが頼めるのかというようなことをわたしに聞いてきたので、タダではないようですよと答えました。
いかにもがっかりという顔をしたので、聞いてみましょうとかたちだけですがいちおう提案してみました。

フライト・アテンダントは中国系の人でちょっとネイティヴではなさそうな英語でお飲み物はと聞くので、ビールは飲めますかと聞くと、はい、アサヒかサッポロどちらになさいますかと言うではないですか。
プレミアムモルツかエビスどちらになさいますかではなかったですが、わがままは言いません。
タダですかと確認しつつ、サッポロをお願いしますと言うと、隣の彼女も日本語でわたしもサッポロと声をあげています。

離陸が30分遅れたので、仕方なくサービスしたのかも知れませんね、などと話しながらもとにかく乾杯しました。
これは後で調べると長距離路線やアジア路線はアルコールを飲めるように変更されていたのでした。
ふたりとも期待していなかったビールが飲める喜びで何だか盛り上がるという展開になってしまいました。
彼女は、英語がさっぱり苦手で、ビールを頼むのも苦痛というほどだったので、なおのこと喜んでいるようです。

そんなんで女の子がひとり旅するのかと不思議でしたが、聞けば、家族旅行で上海に行くのに、両親は昼の便で一歩早く上海入りしていて、中国語までできるという弟さんは前日に先乗りしているというばらばら出発の旅行というので驚いてしまいました。
旅が嫌いで、海外にも興味なし、温泉旅行すらしないという、頑なな女性でした。
空港へは弟さんが迎えに来るので、そこまで無事に着けるか不安を感じているようです。

珍しくも話が盛り上がりましたので、このまま何かすばらしい展開を期待してもよさそうなものですが、彼女は前日に卒業式を終えたばかりということで、あまりに年齢が違い過ぎでした。
わたしは、ヘンな気を起こさず、親切なおじさんとして到着口の外に待つ弟さんのところへ送り届けなくてはと、ただ、それだけを考えます。
最後はふたりとも寝ていたのですが、彼女の肩がわたしに寄りかかるようになっていたのに目覚めたときに気付きました。
わたしは彼女を起こさないようにそのままでいて、肩の重みに責任の重さに感じながらまた眠りについたようでした。

着陸後、荷物を降ろしてあげ、出口まで先導して歩き、緊張している入国審査をいっしょに通り抜け、なかなか出てこない彼女のスーツケースを根気よく待ち、ついに弟さんのところへ送り届けることに成功しました。
緊張から解き放たれた彼女の笑顔が言う、ありがとうございました、の声を背中で聞いてバス停へ急ぎます。
なにかひと仕事したかのような、今まででいちばん満足感のある中国入国でした。
【M8/Coral 4.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Aires S Coral 4.5cmF1.5 | trackback(2) | comment(0) | 2012/03/23 Fri

奈良今天又下雨了

M8/Series X 51mmF2.5
当初、いつものように1週間続けるつもりでスタートした関西遠征のシリーズですが、お気に入りレンズ2本のことをだらだら書くうちに4日もオーバーしてしまいました。
週中で中途半端ですが、今日で終わりにさせたいと思います。

旅の2日目は、午後の奈良公園からhlgnさん、ssbdさんが加わって、前夜、食事したメンバーがまた一堂に会するかたちになりました。
錚々たるメンバーが顔ぶれが集結し、オールドレンズに関してものすごい密度の空間が生まれます。

本来、わたしはひとりひとりのレンズに対する考え方、撮影法、あるいはいちばん好きなレンズは何かなどとくだらない質問もまじえて、それを編集することでブログを展開していくつもりでした。
しかし、時間の制約がありますし、何よりわたし自身の役不足が影響して、皆さんの個性をあぶり出してやるという腹案は企画倒れに終わります。
それどころか、2日間とも寝不足でぼんやりしていて、ひとり無口になったり、ハイテンションでしゃべり出したりと初対面のhignさんたちからは不気味な存在に写っていたのかと思われ恥ずかしくなる始末です。

標準レンズとして持参した、クックのシリーズXだって、先に紹介したグラブ・アプラナット、ツァイス・ヘラーに劣らない希少レンズです。
今回は2枚しか作例を出せなかったので、今度、あらためてレンズのことを紹介することにします。
鏡胴に面白い謎が刻まれていて、わたしの持って行ったレンズではグラブよりも大ウケしていました。

さて、夕刻、奈良公園を歩きながら、遠征最後の盛り上がりを迎えようとした時でした。
急に雲行きが怪しくなったと思ったら雨がぽつぽつと来て、休憩を余儀なくされました。
茶店がよいところにあって雨宿りしつつも、ggrpさんが用意くださった大判のポジをみんなで楽しませてもらいます。

やっと雨があがって散策を再開すると、今度はいよいよ本降りになってしまいました。
午前中はほとんど雲ひとつない快晴だったのに、です。
思えば前日早朝に家を出たときは、雪混じりの大雨が降っていたのですから、わたしがとんでもないまでの雨男と言うことになるようです。
皆さんに大迷惑をおかけしてしまいました。
おまけに、突然の大雨でばたばたと解散することになってしまい、お世話になったお礼も言えず心残りの帰宅になります。

およそ2週間になろうとしていますが、その間メールやブログのコメントなどのやり取りは以前にも増して活発になりました。
クロームのM5を入手されたばかりのggrpさんは、ニッケルのイチゴ・ゾナーの2本目を立て続けに購入されたと言ってわたしを驚かされます。
trexさんは、風邪をこじらせてずっと伏せっていたようですが、つい先日、復活ののろしを上げられました。

ssbdさんは、Cマウントレンズを追求されて、広い範囲で交流の輪を広げられているようです。
一方で、hlgnさんは、ペースを崩さずにブログにホロゴンの写真をアップされ続け、文章ともども好調さをキープしています。

knpmさんは、新たな取り組みを精力的に行っていて、それもいよいよ完成の域に近づいています。
ksmtさんも、忙しい中自身のサイトに京都・奈良の写真を出されて関心する間もなく、今夜、わたし宛に昨日のブログ記事に書いたヘラーの1000本の記録が見当たらないとの記載に、いや電話帳にはちゃんと載ってますとメールをくださいました。

そんな皆さんに刺激されてわたしも動き出さないとと、思っています。
さて、何からと考えていると思い出しました。
土曜の夜にみんなで訪ねた、大阪のレンズにものすごく強いカメラ店に言わなければいけないことがあったことを。
お願いしているレンズ、年内には、ぜひ手許に。
あと、見せていただいたあのレンズ、欲しいのですが、今、先立つものが…。

それでは、次回、またこのメンバーでお会いできることを愉しみに。
【M8/Series X 51mmF2.5 F2.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Anastigmat Series X 51mmF2.5 | trackback(0) | comment(2) | 2012/03/22 Thu

默禱鏡頭

M8/Herar 3.5cmF3.5
ヘラーについて調べようと検索をしてみましたが、なかなか有力な情報がありません。
しかし、意外にも手近なところからヘラーに関する短文が見つかりました。
前にも書いたことがある、Hartmut Thiele の"Carl Zeiss Jena/Eitwicklung und Beschreibung der Photoobjective und ihre Erfinder"です。
これは、いわゆるツァイスの電話帳と同じ出版社同じ著者による、いわばその電話帳の副読本と言える小冊子です。
ツァイスのレンズ名や設計者の簡単な説明があるのですが、その中にヘラーの一項があるのに気付きました。

ドイツ語なので一単語ずつ訳し、誤訳もあるとは思いますが、拙訳をご紹介いたします。

 ヘラーは、1936年シルベスター•フーバーによって設計されました。
 2群5枚のレンズ構成で、安価に製造することが可能でした。
 ヘラーの応用の可能性は、イエナにて系統的に調べられました。
 3.5cmから18cmまでの異なる焦点距離で、あらゆるフォーマットのF2〜F4.5の明るいレンズがテストされました。
 ロボット用のプロトタイプでは、8cmF4が設計され、サンプリングもされました。
 コンタックス用ビオゴン3.5cmF2.8に代わるものとして、廉価版の広角レンズ、ヘラーが1939年8月にイエナで1000本製造され、1944年までに400本売れました。
 1943年末から1944年のレンズ在庫はまだ600本だったことが分かっています。

Thiele氏はツァイスの研究家と思われますが、上の文をそのまま鵜呑みにしてよいかはよく分かりません。
それでもまったくのでまかせということはないでしょうから、正しいことを前提に話を進めます。
フーバーはツァイスに在籍していましたが、このヘラー以外に世に出たレンズはなかったようです。
また、巻末のレンズ一覧に次のようなレンズが出ていて、多くのバリエーションが試されたことが裏付けられています。
・ヘラー5cmF2.8 28本
・ヘラー5cmF2.5 26本
・ヘラー5cmF2    1本
(ヘラー8cmはいくつものF値があります)

昨日、ゾナー5cmF2から1群目を除いたようなレンズ設計と書きましたが、それを裏付けるような同スペックレンズが1本だけ作られたのがたいへん興味深いです。
このレンズの描写がどんなものだったか想像すべくもありませんが、1本だけで止めてしまったのは、ゾナーに伍するものではなかったということでしょうか。
せめて、F2.5かF2.8が世に出てくることを願って止みません。

ところで、その巻末のリストには、ヘラー3.5cmF3.5は18本のロットが掲載されているのみで、1000本のヘラーはリストにありません。
一方で、1939年8月に製造され、1944年の在庫が600本だったと、記載に具体性があって内容にリアリティが感じられます。
本当に400本が出荷されたのか、600本の在庫はどうなったのか気になるところですが、残念ながら、もうわたしに調べるすべはありません。


さて、今日の作例を見てみます。
F3.5開放で、中央付近にピントを合わせていますが、まずは深度が深いと感じられます。
その裏返しで、立体感には乏しいレンズのようです。
ただ、解像力の高さによる生地のフワーッとした質感の表現がたいへんすばらしいと思います。
冷たい表現や荘厳さなどを表現するのが得意なレンズかも知れません。
3.11の追悼がこれから始まるという緊張感がピーンと張り詰めているように見えます。

コンタックス用3.5cmレンズは、戦前のビオゴンF2.8、オルトメターF4.5、ブラナーF3.5、ビオメターF2.8と構成やF値もさまざまで、個性派揃いの高性能揃いです。
さらにはライツのズマロンをもとにして、これらを比較することで、ヘラーの本当の特徴を見出すことができるでしょう。
個人的には、量産されることなく、忘れ去られるところだったヘラーを救いだした方の苦労が報われ、ヘラーの名誉回復がはかられることを強く願って止みません。
【M8/Herar 3.5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Herar 3.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2012/03/21 Wed

Bertele的肖像

M8/Herar 3.5cmF3.5
一昨年、関西を訪れたとき、何本かの超希少レンズで試写させていただく機会に恵まれました。
いずれもすばらしいレンズでしたが、中でも1本のレンズの描写に目が釘付けになりました。。
マクロプラズマート3.5cmF2.7です。
解像度が抜群に高いうえに、独特の重みのある表現力は他に類例がないと思われたからです。

ただ、これは希少中の希少レンズで、手に入れるどころか、eBayも含めて一度として売られているのを見たことがありません。
残念ですが、入手することはハナから諦めざるを得ませんでした。
むしろ、触ることができたこと、撮影することができたこと、自分のブログに掲載できたことに感謝しないといけません。

あれから2年、今回も超希少レンズをお借りすることができました。
マクロプラズマートと同じ焦点距離のツァイス・ヘラー3.5cmF3.5です。
ヘラーは名前のみ知るレンズで、まさにそのレンズをお貸しくださった方のサイトこそが唯一の情報源です。
そのようなレンズを拙ブログに取りあげてしまうことはためらわれましたが、この方には、ぜひどうぞとおっしゃっていただき、今回、無遠慮に紹介させていただくことになりました。

マクロプラズマートの時もそうですが、ただでさえ希少なレンズを使わせていただいたことだけでもありがたいことですが、そのことに勝手な意見を書いたりすることに許可を与えるのは相当広い気持ちがなければできないことです。
あらためて深く感謝いたします。

ヘラーはコンタックス用のレンズですので、コンタックス→ライカ・マウントアダプターを介してM8に装着しています。
レンズ構成は2群5枚と、たいへん特徴的なかたちです。
前群が3枚貼り合わせ、後群が2枚貼り合わせですが、近い構成としてはアルディスのスティグマチック・シリーズⅢF7.5がありますが、これは双方に影響関係はないように見えます。

より近いのは、なんとゾナー5cmF2です。
3群6枚のゾナーの第1群のメニスカス1枚を抜くと、ほぼ同じかたちになります。
年代的にはゾナーが7~8年早いようですが、構成だけを見ればゾナーが何らかの影響を与えている可能性は高いと思われます。
ただ、ヘラーがベルテレの設計かどうかは分かりません。

レンズのレア度は、1991年ころ出版されたクッツの「コンタックスのすべて」での説明を読めば理解できるでしょう。
コンタックスレンズの一覧表が掲載されていますが、その中には入っておらず、特殊レンズの章の試作レンズの数々のところで扱われ、次のように書かれてています。
「このレンズは非常に小規模の量産が行われたと推定される。今までに3本が見つかっている…」。
最初にマクロプラズマートがいかに希少かと書きましたが、それ以上に珍らしいレンズだということが分かります。

さて、作例ですが、ピントの怪しい特徴ないもので恐縮です。
鉱泉の具合によるところ大なのかも知れませんが、ツァイスの暗めのレンズにしてかなり柔らかい表現なのに驚きました。
解像力はかなり高く、何よりコートの生地のようなテクスチュアの表現にたけていることが分かります。
美しい再現性を持ったレンズと評価できます。
ただ、その反面でしょう、ボケはお世辞にもきれいとは言えないようです。

作例がぱっとしないうえに、やはりM8で撮っては広角で重要な周辺の様子まで分かりません。
もちろん、一時的に使用しただけで、レンズを理解したなどと言うつもりはなく、あくまで直感的な感想に過ぎないことはお断りしておきます。
しかし、それでもヘラーは他の35mmレンズにない特徴を備えていると思えてなりません。
なにより、珍らしいというだけでは所有することをしない方が、自分では使わずわざわざアダプターとともにお持ちくださったことがそれを証明しています。
【M8/Herar 3.5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Herar 3.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/20 Tue

自己的是自己做

M8/Grubb 90mmF11
昨日でレンズのことは終わったはずですが、肝心なことを書き忘れていたのに気付きました。
このレンズ前にも書いたように刻印は、"Grubb Patent No. 245"となっているだけです。
むかしの多くのレンズがそうだったように焦点距離もF値も記載がないため、今まで書いてきた90mmF11というのは適当な数字だったのです。
売主の話では、だいたい90mmくらいだろうということは言っていましたので、それのみを信じて買いました。

そしてライカマウント化ですが、到着が京都行きの前々日だったためMSオプティカルに送っていては間に合いません。
そこでダメもとで、自ら改造に挑んだのでした。
と言ってもそんな技術も装備もないので、改造はほんとうにシンプルなものです。
まずは蛍光灯の灯りをレンズを通して手のひらに当て、おおよその焦点位置を見ます。
エルマー90mmより幾分長く、もしかすると100mmくらいあるかも知れませんし、主点の位置が後方にあるだけでやはり90mmかも知れません。

とにかく、レンズがキズだらけで格安購入しておいた黒塗りのエルマーに付けてみます。
驚くことにエルマーのレンズヘッドをはずしたところにグラブのレンズがぴったりと嵌まりました。
スクリュー径がいっしょだったのです。
これでそのままピントが合えば奇跡ですが、やはりさきほど見た通りもっと前面に出さなければピントは来ませんでした。
2センチ近いエクステンションチューブがあればばっちりですが、そんなものがksmtさんの家のように見つかる訳がありません。

何かスペーサーになるものはないかと考えたところ、意外にも身近なところにそれは見つかりました。
フィルムのケースです。
この径がレンズにぴったりで、あとは長さをカッターで調整すればよいだけです。2~3ミリずつ切って最短距離で撮ってみるという作業を数回繰り返すと、どうやら許容範囲というところまできました。
そのまま、無限にして撮ってみても、だいたい合焦しているように見えます。
たいへん暗いレンズなので深度幅が広く、それが幸いしたとも、正確性を分からなくしたとも言えそうです。
いちおう普通に撮れるようなので、それ以上は追及しないこととします。

フィルムケースは白ですし、レンズの内側も金ぴかのままだったので、内面反射防止処理を施さなければいけません。
これは艶消し黒のテープを丁寧に貼ることで簡単に解決しました。
撮り直すと、先ほどの真っ白な写真がウソのようにまともに写ってくれます。
作業開始から1時間もせず、ライカ距離計連動のグラブ・アプラナットはいちおうの完成を見ることができました。

そこで、焦点距離はそのままエルマーのヘリコイドが生きていることから90mmとし、F値はちゃんと写るエルマー90mmと交互に撮り比べて、F11のときほぼ同じ露出が得られたので、ここに晴れて90mmF11という暫定スペックを決定させていただきました。
計測し直してもらったら実はまったく違っていたということがあり得るということを、ご了承いただければと思います。

ksmtさんのホームメイドのレンズ改造はあまりに有名ですし、knpmさんもライカⅡDデジタルを自作してしまう技の持ち主です。
そんなふたりには到底及びませんが、時間がない中で幸運に恵まれて形にできたグラブ・アプラナットを贔屓してきた理由はご理解いただけるのではないかと思います。
エルマーベースなだけに、見た目もなかなか悪くはありません。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/19 Mon

井伊鏡頭

M8/Grubb 90mmF11
今日もまたグラブ・アプラナットの作例です。
6日連続でアップするなんてそんなに気に入ったのかと問われれば、ちょっと言葉は濁さざるを得ませんが、わたしとしては満更でもありません。
暗い望遠で写りも眠たいレンズというと普通はあまり使いたくなくなるでしょうが、なにしろ歴史的なレンズです。
一般的には5インチとか200mmとか長焦点の個体しかない中で、90mmという珍らしい焦点距離を見つけたのですからいろいろと使ってみたくなります。
たぶん距離計連動ライカでグラブ・アプラナットを使ったのは、世界初の試みでしょう。

暗い望遠は逆光ではフレアがかかり使いにくいことこの上ありません。
だから、日常の撮影だとなかなか撮影そのものが困難になりますので、京都、奈良に持って行く方が使用機会がずっと多く、これは結果的に正解だったとも思います。

また、これはあくまで推定ですが、わたしの個体は1858年製のようです。
わたしの持っている最古のレンズは、ダルマイヤーのペッツパール型レンズで、これはシリアル番号から1861年の製造だということがはっきりしています。
わずか3年ですが、オールデストレンズの座はグラブ・アプラナットの手に渡ったということになります。

気になる1858年がどんな年なのか簡単にみてみることにしましょう。
1858年と検索すると、ウィキペディアの1858年を見ることができ実に簡単です。
日本はまだ江戸時代、安政4年になります。
6月 井伊直弼が大老に就任
7月 日米修好通商条約調印
8月 第13代征夷大将軍徳川家定薨去
10月 安政の大獄による捕縛開始
11月 第14代征夷大将軍に徳川家茂が就任
また、この年、福澤諭吉が蘭学塾(後の慶應義塾)を創立しました。

世界を見てもそれほど知られた出来事はありませんが、カナダはまだ英国領だったとあります。
この年生まれた有名人もたくさん列挙されていますが、わたしが知っているのは、
ルドルフ・ディーゼル、発明家(+ 1913年)
ウジェーヌ・イザイ、指揮者・作曲家・ヴァイオリニスト(+ 1931年)
フェルナン・クノップフ、画家(+ 1921年)
セオドア・ルーズベルト、第26代アメリカ合衆国大統領(+ 1919年)
尾崎行雄、政治家(+ 1954年)
くらいで、ちょっと地味な印象です。

ちなみに明治元年は1868年ですので、まだ10年も先のことです。

さて、今日の作例は、長谷寺からですが、お坊さんが集まって来て仁王門から垂れ幕の設営を始めました。
長焦点レンズなのでじりじりと後ずさりしてフレーム内に収めます。
中央部の文字はきりっと捉えますが、両端のお坊さんたちはすっかり収差の中に埋もれるかっこうです(恐らくコマ)。
暗部は表現されませんし、白幕のハイライトも滲んでちょっと苦しそうですね。

ただ、そんなところに苦言を並べていてはこういうレンズを愉しめません。
おおらかに認める寛容な目で見てください。
なにしろ井伊直弼が大老になった年のレンズなのですから。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(2) | 2012/03/18 Sun

晴天鏡頭

M8/Grubb 90mmF11
このブログでは、文末の【】の中にカメラ名、レンズ名と使用したF値を記しています。
【M8/Hektor 5cmF2.5 F2.5】という具合で、これは、ライカM8にヘクトール5cmF2.5を付けて、F2.5で撮ったことを示しています。
M8を入手してからはシャッター速度1/8000の恩恵を得て、どんな高速レンズでもほとんど開放で撮っていますので、【】内の2つあるF値も同じになっています。

今回のグラブ・アプラナットは、もちろんF1.1ではなくF11ですが、すべてそのF11開放で撮影しています。
理由は、もともと暗いから絞る必要がないからではなく、絞りが固定されているからです。
キングスレークの本にもこのレンズの構成図が出ていますが、レンズはゆるやかな曲率の前凹のメニスカス貼り合わせがある1群2枚で、その前方に絞りが置かれています。

まだ虹彩絞りが発明される前ですので今のような絞りが使われていないのは当然ですが、このレンズではワッシャーのようなかたちの真ん中に穴が開いた板が固定されているだけで、F値を動かせません。
ちなみに、このレンズの登場が1857年、ウォーターハウス絞りが開発されたのが1858年、虹彩絞りは同じ1958年にハリスンによって発明されましたが、一般化したのは同型のシャッターが出てくる1880年より後のことのようです。

さて、このレンズ、"Grubb Patent No. 245"とだけ手彫りで刻印されています。
シリアル番号だけ見るとかなり初期の製造のように思われますが、一方でキングスレークが40年にわたり数百本売られたと書いていますので、もっと後の製造かも知れずその辺がよく分かりませんでした。
しかし、あるレンズに関する掲示板にNo.1686を所有する方が恐らく1858/59年と書かれていて、わたしのレンズも同年と見ていいのかも知れません。
だとすれば、アプラナットの中でもかなり初期の製造ということになります。

アプラナットの表記がないので違うレンズではないかとの疑念もあります。
わたしはアプラナットであると信じています。
その理由は、このレンズの購入元がグラブ・アプラナットを扱ったことがあって、レンズを見て同じアプラナットだろうと言っていることがあります。
また、レンズ構成はアプラナットと同じで、グラブにはこの時期に他のレンズが知られていません。

キングスレークがコマ収差があることをはっきり書いていますが、このレンズの作例を見ると中央がまずまずシャープでも周辺はかなりコマの影響が出てしまっているのが見て取れます。
一方で取り除かれた湾曲と球面収差の影響はあまり感じられないことを考えると、やはり、このレンズをアプラナットと言っていいのではと思えます。

とは言っても、メニスカス1群のレンズでは性能に限界があるのもよく分かります。
晴天下ではレンズのコントラストが上がりシャープになったように見えますが、やはりコントラストは低く、拡大すると解像度が著しく低いことも分かりました。
どんより曇ったところで撮ると、おとといの京都の作例のように、超ローコントラストな絵になってしまいます。
晴天專用レンズと言えそうです。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/17 Sat

油納豆?

M8/Grubb 90mmF11
関西遠征の2日目、当初はggrpさんたちが8×10などの大判カメラをお持ちいただいて、本格的な撮影を目の当たりにする予定でいました。
わたしはいつもと同じスタイルですが、せっかくの機会ですから面白いレンズを新たに入手して、自慢とともに見ていただきたいと考えていました。
ところが、なかなかライカマウントのレンズは高価になって買えない状況になっているのは何度も話をしたとおりです。

そこでggrpさんの大判に合わせるように、19世紀のバレルレンズを見つけ出しました。
かなり古いレンズで調べるとペッツパール型のようですし焦点距離が90mmとなっていたので、迷わず購入します。
写りは分かりませんが、珍品度で言えばかなり自慢できるレンズです。
勇んでMSオプティカルに送り、ライカマウント化の改造を依頼しました。
ところが、レンズをチェックした宮崎さんは、偏芯を見つけ、これを直すのにはかなり時間がかかると電話をくれたのです。
関西遠征には間に合わないとのことで、目論見は崩れ去りました。

新しいレンズは諦めざるを得ないと思っていた矢先、またオールドレンズが現れます。
しかもそれは、わたしがここ何年か探していたたいへん古いレンズです。
前のレンズよりずっと高かったのですが、これを逃すと次の機会はないものと思えとばかり、えいやと購入してしまいました。
イギリスの業者からで、遠征に間に合うかはかなり難しいと覚悟していたのですが、出発の前々日にはぎりぎりライカマウントになっていて、今回の自慢レンズにすることができました。

それが、グラブ・アプラナットです。
一般的にはまず聞いたこともないような名前ですが、キングスレークの本を座右の書にしているようなオールドレンズファンには案外知名度のあるレンズではないかと思っています。
このレンズの資料は今のところそのキングスレークの本だけですが、それによれば、写真用のレンズとしては最初期の重要レンズと位置付けられています。

まず、写真以前のカメラオブスキュラ用のレンズとして、1812年頃にはイギリスのウォラストンによるメニスカス一枚玉がしていました。
1839年に写真が発明されると、単玉では色収差が出てしまうこともあり、シュバリエが二枚貼り合わせの色消
しレンズを設計します。
ところがこの色消しレンズは、貼り合わせ面の曲率の強さのために像面が後ろに沿ってしまい、平面性のある単玉がいいのか色消しがいいのか、というレベルにとどまることになりました。

色消しで平面性を出す試みはいろいろと研究されたようですが、1857年のグラブのアプラナットはクラウンガラス+フリントガラスの組み合わせで貼り合わせする設計で球面収差を減らし、像面を平らにすることに成功しました。
ですから、レンズ発展史の風景レンズの分野においては、ウォラストン、シュバリエの次に出現し、色収差、像面湾曲、球面収差を一度に大幅改善したすごいレンズと位置付けられるのです。

もちろん人物用レンズとしては、すでに1841年にペッツパールが製造されていますから、グラブはそれより16年も遅れています。
それでも風景用レンズの大幅改良は、当時、たいへん歓迎された出来事だったようです。
キングスレークは、このレンズが約40年にわたり何百個と製造され、同様の構成のレンズが最近のソフトフォーカスレンズとして復活しており、有名なダルマイヤーのラピッドレクチニアもグラブのレンズを使って作ったのではと思われるなどなどと紹介することで、このレンズを讃えています。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(1) | comment(2) | 2012/03/16 Fri

旧鏡鑑定

M8/Grubb 90mmF11
2年前と同様、大阪のggrpさんとお会いすることができました。
夜は、ggrpさんの案内で市場の焼肉を楽しみました。
ただ、たいへん残念だったのは、もうおひとりTREXさん(そのままじゃないか!)が体調を崩されたそうで、今回はついぞお会いできませんでした。

ともあれ、ggrpさんの参加で一気にレンズ話が佳境を迎えることになります。
撮影の主力が大判に移行しているggrpさんですが、やはりノンライツを中心としたレアなオールドレンズの知識は群を抜いています。
このジャンルに縁のないksmtさんにはたいへん申し訳なかったのですが。

個人的には朗報もありました。
昨年手に入れたわたしとしては、旧エルマーと信じるレンズですが、その場でggrpさんに見ていただき、その可能性か高まったのです。
刻印が違い、一部パーツもオリジナルと異なっていましたのでお墨付きはもらえませんでしたが、他のチェックポイントはすべてクリアしたので、旧エルマーの可能性が高いということです。

とくに旧エルマーのフェイクに多いポイントは専用の器具でチェックいただいたので、出自から考えても、わたしの中では旧エルマーと勝手に確信しています。
それらのポイントについては、インターネット上で公開されているのを見たことがないもので、ggrpさんが独自に得られた希少な情報と考え、わたしの方から説明するようなことは一切控えさせていただくこと、ご了承ください。

さて、翌朝はそのggrpさんの案内で、奈良へ向かいました。
当初予報が悪く、京都へ向かう朝家を出るときには大雨で、新横浜駅ではみぞれ模様だったのですが、到着した京都では天気が持ち直し、そして奈良雲ひとつない快晴です。
我々関東から参加した誰かが雨男で、関西の誰かはそれに勝る晴れ男だということのようです。
3年振りに訪れた談山神社ですが、前回どんよりした天気だったのに対してこれだけの上天気だと、ずいぶんと違う印象になり、別の場所に来たかのように思われました。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(2) | 2012/03/15 Thu

再来鏡頭店

M8/Grubb 90mmF11
3時には、京都を後にしなければなりません。
最初、あんなにゆっくり歩いていたのに、終盤戦はすごい勢いで駆け抜けていきました。
なんともペース配分のヘタな集まりです。
いえ、仕事ならともかく、好きでやっていることは計算高く動いたり、ツアーのようにカチカチっと動くようなことがみんなイヤなのです。

ランチは、歩いている途中で見つけた生パスタの店でした。
それまで少しは自己紹介したり、おしゃべりも皆無ではありませんでしたが、お昼にテーブルに付いたときなんやかやと話が始まります。
食事中だけで話は尽きないので、コーヒーを飲み終わってもそれは継続するのですが、どうやらここは相当な人気店らしく隣は予約席のプレートがかかっていましたし、店外に空くのを待つ女性たちが何人もいる状態でもかまわず、話し込んでいました。
そんなの歩きながらすれば、時間を効率的に使えるのですから、1時間半もなんとも無駄なことをしていたわけです。

さて、ばたばたとタクシーに乗り込んで京都駅へ、それから新快速で大阪まで出ます。
2年前と同じくこの地のカメラ店を詣でるためです。
ksmtさんやわたしが鎌倉へ行くと、たいがいは円覚寺を訪れるように、関西へ行ったらこのカメラ店に行かないわけにはいけません。
ここの住職ではなかった、店主はすばらしい方で、行くたびにわたしを楽しい思いにさせてくれます。

いやいや、よく考えればわたしがここを訪れるのはまだ2回目でした。
にも関わらず、わたしはここでレンズを2本も買っています。
実は、厳密にはまだ買っておらず、というのは2本とも未完成のライカマウント改造レンズで、これ欲しいですと買おうとすると、では完成したらすぐ送りますと言っていただいているのに、2年経った今でも未だ完成には至っていません。
今回の訪問は予告されていたので、もしかしたらその場で手渡していただけるとの期待もあったのですが、空振りに終わりました。

普通ならがっかりしてしまうところですが、店主mtbrさんが満面の笑顔でまだなんですと恐縮されるのを聞くと、不思議と何だかまあいいかという気持ちになってしまいます。
もしかしたら、この店にわたしを再訪させようという作戦なのかも知れません。
いや、きっとそうでしょう。
まんまと騙されたフリをしつつ、またうかがうことにしましょう。

もうひとつ困ってしまうことがありました。
喉から手が出るほどほしいレンズが、ここにあったのです。
しかしあまりに高くて手が出ないレンズでまたがっくりですが、そのレンズが高価な理由はわたし自身にあったと知り、ますますがっくりと落ち込んでしまいました。
高価な理由、それは今書くことはできませんが、万一、そのレンズを入手できた暁には、ぜひともお伝えしたいと思います。
などと書いて、まだまだこのレンズには未練があるようです。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/14 Wed

很漂亮呀

M8/Grubb 90mmF11
現地合流で同行いただいたおふたりは京都から1時間かからないところにお住まいだそうで、地元とは言えないかも知れませんが、ちょうど神奈川在住のわたしが、浅草とか築地に行くような感覚でしょうか。
hlgnさんも、ssbdさんも、フットワークの軽い方々のようで、週末には常にどこかへ出掛けられている、そんな印象のふたりです。

時間が限られていることもあって、おふたりには我々のガイドのようにならず、お好きなところへぐいぐい引っ張っていっていただけるのがいちばん好いと話しました。
それでもssbdさんは、どこか行きたいところはないのですかと聞きます。
ありません、ときっぱり答えるべきなのですが、梅の咲いているところ、祇園、と声があがってしまい、結局は我々の好みを優先したコースを歩くことになってしまったようです。
極め付きは昨日の錦市場で、わたしがいかにもまずはお土産という顔をしていたのか、まんまと漬物屋さんに連れて行かれました。

ところで、hlgnさんも、ssbdさんもきれいな町並み、花、女性にはそれほど関心を持っていないようですし、撮影スタイルはおふたりとも近接側で撮るのがメインです。
たとえば、ひとつの通りがあるとすれば、観光客を意識してきれいにつくろわれたところより、生活がそのまま残るような、つまりは観光客が通りませんというようなところをフィールドとしています。
そういうところに連れて行ってほしいという気持ちがあったのですが、我々への気遣いで、やはりオーソドックスなルートどりになるのはいたし方ないところでしょうか。

もうひとつの問題は、我々のスローな動きがssbdさんの予想を覆すものだったことです。
いつも、スナップに歩くと自分やhlgnさんが、いちばん遅くなって同行者がどんどん先に行くというのが常だというのに、我々の歩みはそれよりさらに遅く、彼らが進んで行くと我々はどんどん置いていかれるというテンポでした。
こんなことは初めてだとふたりして笑っているのが印象に残ります。

祇園では舞妓さんがいて、さっそくksmtさんが声をかけ撮影許可を得ます。
もちろん、本当の舞妓さんではなく、観光客が舞妓さんの化粧と着物で歩いているだけなので、hlgnさんは本物ではありませんよと耳打ちしてくれるのですが、我々が意に介せず3人がかりでモデル撮影会のように撮りまくるものですから、ふたりは笑いをとおり越してあきれているようでした。
関東から3人ものオールドレンズ蒐集家がやって来るぞ、どんな高貴な撮影をするのだろうとの大きな期待を、完全に裏切ってしまったことは誰の目にもあきらかだったでしょう。
【M8/Aplanat 90mmF11 F11】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Grubb Aplanat 90mmF11 | trackback(0) | comment(2) | 2012/03/13 Tue

周末往京都

M8/Series X 51mmF2.5
土曜、日曜と1泊で京都、奈良を旅してきました。
2年越しの念願だった、knpmさん、ksmtさんとの3人旅です。
これは帰りのことですが、3人で話していたとき、わたしたちがホームページやブログで書くことが、少なからず他の人に影響を与えたり、少なくとも何かしら影響があるからと思う人がいるというようなことが話題になりました。
自分たちが影響力を持っているなどという驕りではなく、少しでもマイナスの影響の可能性があるならば、それは回避すべきなのかなと考えた次第です。

わたしはレンズ日記というようなものを書いているつもりなので、今までに出来事をねつ造したりということはありません。
掲載写真に人の顔がはっきり分かるようなものは、一定の理由がない限り避けてきましたが、同様に、書いてはよろしくないと思ったことを自分の判断で伏せてきたことは何度もあります。
今回も、びっくりするような情報をたくさん得たりして、それを自慢気に書くことは控えますが、内容にわずかにフィクションを織り込むことにしてみようと思います。
もちろん、影響のごくごく小さいことですが、ご本人の許可をまだ得ていないので、場合によってはボツになるかも知れません。

さて、家を出たのは朝6時と、旅に出るとしてはあたりまえの時間の出発だったのですが、事前の段取りがまずく前夜寝たのが3時になったのは失敗でした。
こう書きだすのは、たぶん滞在中にボケッとしていたり、反応が悪かったりということがあったと思われ、このことを言い訳とともに当時者の皆さんにお詫びしておきたいという理由からです。

新幹線ではknpmさんとふたりで早くもレンズ話に盛り上がり、2時間はあっという間です。
京都駅でksmtさんと合流し、さらに関西地元のおふたりに出迎えられました。
超広角名人のhlgnさんとオールドレンズをデジタルで操り比較的最近このジャンルに参戦されたssbdさんです。
ブログ等を通しておふたりとはコメントいただいたりしたりする仲でしたが、お会いするのは初めてです。

このおふたり、撮影スタイルもお人柄も一見共通点がないようでいて、意外なほどにバックボーンは通ずるものがありました。
たいへん心配りいただいて、わたしたちの旅が楽しいものになったことは言うまでもなく、お会いできたことも含めて、今回の旅で得れた財産です。

残念だったのは、早朝出発だったにも関わらず、やはり京都での時間が足りなかったことです。
あっという間に京都を通り過ぎたような気持ちです。
だからまた来たいという気持ちになり、それが短かい旅の良さでもあると言えるでしょう。
最初に訪れた錦市場もそんな場所のひとつです。
荷物になると知りつつも、hignさんに教わった漬物が旨くて着いた早々買ってしまいました。
【M8/Series X 51mmF2.5 F2.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Anastigmat Series X 51mmF2.5 | trackback(0) | comment(1) | 2012/03/12 Mon

不是禅寺

M8/Angenieux Z7 50mmF2.9
いまほど、旅から戻ってきました。
旅好きのわたしですが、今回の1泊2日は特別の思いのある旅です。
それは、仲間と行く、仲間に会いに行く旅だったからです。
自宅に帰りついて、その感はいよいよ大きくなっています。
まだ興奮が残っていますが、そのことについては、明日から日記風に思いつくままに書き綴っていくつもりでいます。

さて、そういうわけで、鎌倉の最終回になりますが、最後は妙本寺からになります。
この日訪れた円覚寺、建長寺は鎌倉五山の二位と一位になります。
妙本寺も鎌倉の寺院の中では面積が大きく、山に向かって登って参拝し、かつ後背が山越えするハイキングコースになつているという共通点から五山の一角かと思っていました。
ところが、それはとんだ誤解だったのです。

鎌倉五山は、禅宗の寺格を表すものだったのです。
単に寺の規模を言っているのではなく、順次格式の高い寺に昇任させる制度をつくって禅宗を管理したことに由来するものです。
南宋時代の中国で学んだ栄西らは禅宗を日本に伝えますが、時は鎌倉時代となって幕府は次々と鎌倉に禅宗寺院を開山します。
その管理方法としてとられたのが、中国にあった五山制度だったということです。

妙本寺は、日蓮宗なので禅宗の五山制度とは関係なかったのです。
それは、帰宅後調べてみて分かったのですが、やはり漫然と歩くのではなく常に関心を持って確認することが散策を楽しくする重要なポイントです。
今になって考えれば、円覚寺と建長寺には座禅会の案内がありましたが、妙本寺では見かけませんでした。
そういう違いから何かを感じることができなくてはいけません。

ちなみに鎌倉時代の五山は次の通りです。

建長寺
円覚寺
壽福寺
浄智寺
建仁寺
(建仁寺のみ京都で他は鎌倉)

現在の鎌倉五山。

一位 建長寺
二位 円覚寺
三位 壽福寺
四位 浄智寺
五位 浄妙寺

現在の京都五山。

一位 天龍寺 
二位 相国寺 
三位 建仁寺 
四位 東福寺 
五位 万寿寺

なお、現在、日本の全ての禅寺のなかで最高位の格式として、京都五山、鎌倉五山の別格扱い最高位に南禅寺が位しているのだそうです。
【M8/Z7 50mmF2.9 F2.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux Z7 50mmF2.9 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/11 Sun

他的兒子

M8/Angenieux Z7 50mmF2.9
先日、アンジェニューZ7は引き延ばしレンズのようだがよく分からないと綴ったところ、早速、情報をお寄せいただきました。
レンズを真剣に語らせたら右に出るものなしと言われるジオグラフィックさんからです。
特にアンジェニューなどフランスレンズに通ずるジオグラフィックさんですから当たり前とも思えますが、Z7は引き延ばしレンズです。
モノクロはほとんどされていないジオグラフィックさんがこのレンズを解説してくれたのですから、何し感謝すると同時に、驚愕せざるを得ませんでした。

そこで教わったのは、Z2が1947年~52年に製造されていて、Z7が1952年~64年なので、後継レンズと言えるということです。
わたしの予想は、この2本はトリプレットで片や撮影用レンズ、片や引き延ばしレンズで並行して製造されたレンズだろうというものでしたので、たいへん意味ある情報をいただいたと言えます。
後継であるならば、Z7はZ2を純粋に改良したレンズと言えるでしょう。
また、撮影レンズと引き延ばしレンズレンズの垣根が実は無かったということも言えるということです。

kinoplasmatさんのZ2は曇りがあったのですが、クリーニングできれいになったと聞いています。
ここはぜひ、わたしのZ7と比較させてみたいものです。
ペラールで盛り上がった、トリプレットレンズのひとつの指標になることを期待できるのではないかと思います。

さて、今日の作例ですが、本覚寺前のお魚屋さんです。
ここまで来ることはあまりないのですが、ここを通るとなぜかいつもこのご主人が店頭で魚をさばく姿を目にしています。
必ず撮影してきましたが、このあたりのむかしながらの美しい雰囲気とともに、ここに紹介させていただきます。
わたしにとってのもうひとつの鎌倉です。

先にレンズの話題を出しましたが、この描写はどうでしょう。
やはり立体感は乏しいように感ずるのですが、実に精緻に描き出すことができるレンズと分かります。
さすが、ライカ、アルパ、レクタフレックス等に供給された高性能レンズの跡取りです。
すっかり気に入ってしまいました。
【M8/Z7 50mmF2.9 F2.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux Z7 50mmF2.9 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/10 Sat

小平的朋友

M8/Angenieux Z7 50mmF2.9
昨日に続いてレンズのことに言及します。
オリジナルのライカマウントレンズではなく、どうやら引き延ばしレンズとおぼしきレンズヘッドをマウント改造
したものとは書きましたが、今日はその辺をもう少しくわしくお伝えしたいと思います。

レンズヘッドの入手はけっこう前のことで、まだ、この手のレンズの値段が上がる前のことだったと記憶しています。
ベルティオやボワイエの50mmF3.5やF2.8クラスのレンズヘッドがどっとeBayに出品されたことがあって、小出しにすればいいものをいちどきに大量に出てきたので、どれも100ドル内外で落札されていました。
その中に紛れて出ていたのが、このZ7だったのですが、やはりまわりに埋もれるかたちで100ドルくらいで落札してしまいました。

今ほど円が高くはなかったはずですが、それでも送料込みで1万数千円というところです。
当時の感覚では、こんなレンズにちょっと出し過ぎたかなという感想でした。
申し訳ないですが、4~5万円以下で入手したレンズをMSオプティカルへライカマウントへの改造依頼をする気が起きません。
凡庸な外観のレンズは写りも期待できないような気がしてしまい、しばらくしてこのレンズの存在すら忘れてしまいました。

中国のカメラ修理名人の順平さんから、友人でマウント改造ができる人がいると教えてもらったのはその後のことです。
一眼レフ用のレンズが主ですが、ライカ用距離計連動もロシア製エルマーコピーのヘリコイドを犠牲とすることで可能とのことでした。
それから1年余りで数本のレンズをライカマウント化してもらっています。
機器などに制限があるため、F3.5より暗いレンズでないとできないなど制約はありましたが、1本あたり数千円の改造費でしたので、それだけでもたいへんありがたいことでした。

しかし、こつこつと地道に改造を続ける努力が実を結んだようで、もっと明るいレンズもできるようになったとの話が舞い込みました。
さっそく、F2.9からF2までのレンズを何本か持ち込んでみます。
何ヶ月か経過しましたが、F2.5のレンズともにマウント化を完了したのが、このZ7 50mmF2.9です。
これはロシアン・エルマーではなく、ロシア製F2.8レンズのヘリコイドを使ったものですが、エルマーを使ったものがいかにもとって付けたような外観なのに対して、一見、オリジナルのレンズのようなデザインにまとまっているのが、彼の進歩を物語っていてあまりあります(F2.5の方はベースのレンズの絞りリングが改造レンズの絞りと見事に連動していてさらにすばらしいのですが、これは明日からの遠征に使用予定です)。

MSオプティカルとのお付き合いはと問われれば、もちろん今までどおりずっと続けるつもりです。
宮崎さんはレンズ改造のスペシャリストであると同時に光学の先生でもあるのです。
本当にお願いしたいレンズは宮崎さんに、安価だけど面白いかも知れないというレンズは、順平さんのお友達にというように使い分けることに決めています。
宮崎さんの負担を軽くしなければいけないと考える理由もあるのですが、そのことについても、いずれ時が来ればぜひ説明させてください。
一部のレンズファンにとっては、とても驚くべき話です。
【M8/Z7 50mmF2.9 F2.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux Z7 50mmF2.9 | trackback(0) | comment(2) | 2012/03/09 Fri

黒白反転

M8/Angenieux Z7 50mmF2.9
万年筆ケースやレリーズボタンの話を続けて、肝心のレンズのことをおざなりにするところでした。
今回使用したアンジェニューのレンズについて、今日は書かないといけません。
とは言っても、今回もレンズのことはよく分かっていないのですが。

Angenieux Type Z7 50mmF2.9 は、残念ながらオリジナルのライカマウントではありません。
アンジェニューの50mmでは、F1.8やF1.5のライカマウントは数が少ないながらもよく知られていますが、F2.9もやはり少数の存在が確認されています。
これはType X2なので、今回のレンズとは同一ではありませんが、同じトリプレットなので傾向の近いレンズと考えられます。
ただ、このレンズの作例を見つけるのは困難だろうと思われました。

わたしはすっかり忘れていました。
この希少なライカマウントレンズを、あのkinoplasmatさんが所有されていたのです。
さっそく作例を拝見しました。
くもりがあるとのことで、フレアがやや目立っていますが、開放からピントが合ったところはかなりシャープで、やはり傾向としてはわたしが使ったX7とよく似ていると思いました。

ただ、わたしのレンズは絞り指標の目盛りが、F2.9、F4、F5.6…ではなく、1、2、4、8、16、32とふられています。
これは、引き延ばしレンズの表記と思われます。
撮影結果を眺めていて気になったのは、立体感に乏しいということでした。
どれも、のっぺりしているように感じられたのですが、それは引き延ばしレンズだからということなのではと想像しています。

一方、kinoplasmatさんは、「非常に奥行きを感じさせる立体感の描写に優れたレンズ」と評されていました。
一般にトリプレットは立体的な表現に優れると言われていますので、その特長がよく出た設計なのでしょう。
ここで勝手に想像するなら、シャープでコントラストもいいX2の立体感や自然な表現力を犠牲にして、引き延ばしに対応すべく解像力を引き上げる改良を行ったのがX7なのではないかと思いました。
わたし個人の好みは立体感あるX2の方ですが、X7タイプのレンズはあまり経験がなくかなり目に新鮮な描写のレンズとの印象を持つことができました。

さて、作例ですが、昨日から建長寺に移動して撮影しています。
昨日のものは法要かなにかで、消防団の皆さんとお坊さんが並んで歩いていたのですが、お寺の中なのに鳥居をくぐって歩いているのがユニークでした。
曇りだったにも関わらず、石の道がハイライトで飛び気味なのが気になるところです。

今日は、わたしが密かに、鎌倉三大石段と呼んでいるうちのひとつですが、中途半端な高さから撮ってしまったため広角のようになり、段の歪み具合などうまく表現できませんでした。
そのかわり歩いていたふたり組の上着とバッグが白黒逆になっているのがユニークで面白い効果を生んでいます。
まるで、ポジとネガの関係のように。
【M8/Z7 50mmF2.9 F2.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux Z7 50mmF2.9 | trackback(0) | comment(2) | 2012/03/08 Thu

快門按鈕

M8/Angenieux Z7 50mmF2.9
昨日のお気に入りのレザークラフトの店のことですが、肝心なところまで話が進まないうちに終わらせてしまいました。
今日はその続きの後編とさせていただきます。

ペンケースがすっかり気に入ったわたしは調子に乗って、続けざまにパスポートケースをオーダーしました。
パスポートにペン類、航空会社や空港の会員カードが入れられる革のケースを先のペンケースと同様のつくりで作成してもらったのです。
これもすばらしいできでしたが、パスポートケースは普段使いのものではないので、そんなものをオーダーする必要があったかと逡巡することになります。

そこで、今回はいよいよカメラに関するものをオーダーする時が来たと考えたのです。
この店で過去に製作されたものとしてレンズポーチがウェブサイトに載っていました。
それもなかなか美しい作品で候補になったのですが、わたしは懸案だったM8用のハンドクリップを作ってもらうことにしました。
現在使用しているウッドのグリップは、撮影中の使い勝手は最高ですが、いかんせん重過ぎでした。
それにバッテリー交換のときなど、まずグリップをはずして、それからまた底ぶたをはずしてと手間がかかります。
そこでM6用のグリップのような底ぶたと一体化するようなデザインで革製のものを、いざオーダーに向かったのです。

しかし、これはあえなく却下されてしまいました。
革のような柔らかな素材ではネジ穴ひとつでは底ぶたにぴったりと固定できないのです。
言われてみれば当然のことで、わたしがすっかり舞い上がっていたのと、この店なら何でも作ってくれるという幻想が冷静さを失なわせていたようでした。
その日はすごすごと退散せざるを得ません。

後日、代案を持ってレザーの店を再訪します。
シャッターレリーズボタンを作ってもらうことにしたのです。
革のレリーズボタンではありません。
銀製です。
実はこの店、ふたりの職人さんがいて、というかご夫婦で仕事されていて、奥さまはレザー職人なのですが、旦那さんは銀細工職人としてさまざまなアクセサリーを作っておられたのです。

銀のアクセサリーなんてわたしには無縁と思っていましたが、もう4~5年使っているレリーズボタンがポロポロになって来たので、そろそろ新しいのが必要になっている時期でした。
このボタンのネジは活かして、銀のお皿を付けてもらうようオーダーを受けてもらいます。
デザインについてですが、これは以前からあたためていたアイディアがありました。
ブログの名前と同じ中将姫をデザインしてもらおうと考えていました。

中将姫は伝説の人物ですが肖像画から銅像、漫画等何種類もの彼女と言われるものが存在します。
それらをひととおりコピーして持参し、この店オリジナルの中将姫像をレリーズボタンに刻んでほしいと依頼しました。
よくコインに描かれているようなレリーフ風のものを思い描いていたのですが、彫金ではあのようななめらかな凹凸は無理とのことでした。
そこで、いろいろと相談し、いくつものデッサンを描いてもらい、最終的に互いに納得して、これぞというものでレリーズボタンを作成してもらえることになりました。

それから1ヶ月、鎌倉からの帰りに店により、レリーズボタンを受け取りました。
すばらしい。
デッサンでは髪をなびかせ少し陰鬱な感じの表情を見せていた中将姫ですが、彫金されてみると髪がデザイン化されてアールヌーヴォー風になります。
ハンドメイドの味も加味されて、指に触れる銀の感触とともに魅力ある小さなアクセサリーです。

今日も興奮して、すっかり長くなってしまいました。
鎌倉の帰り道に受け取っているので、まだ未使用です。
最初の実践が今週末の遠征になり、楽しみ倍増です。
【M8/Z7 50mmF2.9 F2.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux Z7 50mmF2.9 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/07 Wed

男子禁制

M8/Angenieux Z7 50mmF2.9
ここのところすっかり気に入っている店があります。
飲食店、ではありません。
レンズ関係の店かといえば、それも違います。
前に言っていた万年筆の店か、関係あるのですがそうではありません。

オーダーメイドができるレザークラフトの店、が正解てす(勝手に質問して、不正解を並べ、最後に解答というのは一種の自問自答?)
昨年、万年筆を数本入れて持ち歩けるケースがほしくて探したのですが、見つからなくて困っていると、万年筆店のご主人にだったら作ってもらえばよいと教えてもらい、その店は大繁盛でオーダーを受けてもらえず、あちこち探してやっと見つけたのがその店でした。

そもそも万年筆は、いっぱんに短中長の3種類がありますが、わたしはコンパクトな短かいタイプのものばかり購入しました。
他人から見れば、でかいわたしの手にはアンバランスかも知れませんが、けっして書きにくいということはありません。
市場的には、短かい万年筆は数が少なめですが、女性向きという概念があるためか総体的に中や長より価格が安いのも、短かいものを集める動機になっています。

一方でペンケースは、サイズ別に作られている訳ではなく、大は小を兼ねるということで、長いペンを基準に大きさが決まっています。
ということは短かいペンを入れると無駄なスペースができてしまうし、いかにもケースとペンの大きさがアンバランスなのが、お兄ちゃんのお下がりの服を着せられている可哀そうな弟のようで、万年筆たちに申し訳ない気がしてしまうのでした。

また、レザーのペンケースはとんでもなく高価なものもあって、6万円とか8万円なんてものも平気で売られています。
ハンドメイドで手間を考えればそのくらい取らないとやってられんということかも知れませんが、さすがに1万円の万年筆を8万円のケースに入れるというのは本末転倒になってしまうでしょうし、貧乏症のわたしは高価なペンケースを保護するためのケースが必要になってしまいます。
万年筆のマトリョーシカ状態です。
念のため申し添えれば、相応しいペンがありオーナーがいるからこそ、そのような高価なペンケースが存在するということです。
ペンケースを非難する意図はありません。

閑話休題。
さて、見つけ出したハンドメイドレザーの店ですが、万年筆ケースなんてものはかなりマニアックなようで、作ったことがないとのことです。
それを予期していたわたしは、図面ではなく、あらかじめ段ポール工作で見本を製作して持ち込み、こんな感じでお願いしたいと依頼しました。
この作戦は結果的に大正解だったようです。

オーダーから1ヶ月後、できましたとの連絡を受けお店を再訪すると、期待を大きく上回る可愛いペンケースがわたしを待っていました。
形と機能的な部分を説明するために段ポール見本を作って、基本的な部分はすべてお任せだったのですが、わたしの万年筆が1950年代のモノ中心だということからでしょう、重厚感たっぷりのまるで同年代のライカのケースを思わせるクラシックな装いのケースに仕上っていて、ひと目見てこれは好いと飛び上がらんばかりでした。

思ったとおり、サイズは4本のペンとカード1枚を収納できながらワイシャツの胸ポケットにぴったり入ります。
既製品より長さが5センチほど短かいからです。
しかも、モンブランやペリカンといった大メーカーの既成のペンケースよりも安く仕上てくれたのです。
オーダーでは失敗も多いと聞きますが、これなら大満足です。
こうなると万年筆よりケースの方に愛着が湧いたりと、やはり本末転倒な状態にはなってしまったのですが。

今日の作例は、昨日に続いて円覚寺からです。
どうも修行に見えていたのは男性だけではなかったようで、何名かの女性たちが道場と思われる建物に吸い込まれていきました。
あれっと思い、付いていったのですが、竹でこの先入るべからずとばかり仕切りを作られてしまいました。
それにしても石段のへこみ具合を見ると、ここには相当数の女性が修行に訪れているようです。
【M8/Z7 50mmF2.9 F2.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux Z7 50mmF2.9 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/06 Tue

修行的第二天

M8/Angenieux Z7 50mmF2.9
今週は、ほとんど地元の鎌倉からになります。
実は、来週末に1泊での遠征を予定していて、鎌倉行には必然があります。
来週の前哨戦としての意味でしょうか。
いえ、来週の遠征に備えて、その前はおとなしく近場でお金と時間をセーブしたいということです。

自宅から鎌倉の寺院までは1時間近くかかってしまいますが、それでもカメラを持って散策するには、家の前の目久尻川を除けば、もっとも身近な場所です。
日曜日、夕方から用事があり、5時間しか時間がとれず、ということは正味3時間が散策に与えられた時間です。

ちょっと短かいですが、鎌倉には駅近の寺院があって案外どうにかなるものです。
しょっちゅう行っているのに、行くたびにスナップの題材を提供してくれるのが円覚寺です。
しかも、北鎌倉駅から徒歩30秒とアクセスも抜群で、今回のような短時間の散策には欠かすことのできないところです。

いつもと違い朝に到着しましたが、円覚寺の雰囲気も午後とは違っていました。
まず、まだ訪れる人が少ないですし、いつも真っ先に見学する弓道場はまだ閉ざされていました。
寒さですっかり遅くなっていた梅が咲きだしたというとで、三脚持参で熱心に白い梅を撮っている人が数人います。
可憐な花びらとほのかな香りの梅は好きですが、わたしの撮影の対象ではありません。
やり過ごしてどんどん進んで行きます。

居士林という修行道場から、修行に訪れたのでしょう、若い人がどっと出てきました。
見事な列をつくって仏殿の方へ向かっていきます。
雨模様ということで、みんな黒いコウモリ傘を右手に持っているのが不思議な感じです。
一列で坂をくだる姿はとても絵になる光景でした。

もし、1泊2日の修行なのだとすれば、初日にすっかり自信をつけたということをうかがわせます。
わたしにとっても、とても酔い滑り出しになりました。
【M8/Z7 50mmF2.9 F2.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux Z7 50mmF2.9 | trackback(0) | comment(2) | 2012/03/05 Mon

路上占卜

M8/Perar 28mmF4
文化大革命のとき禁止されていたと聞きますが、現在の中国では占いがたいへん盛んのようです。
大きな寺院に行くと必ずお坊さんが占いしているのを目にしますし、路上での占いは街中での日常の光景です。
そういえば、ほとんどの建築物は風水師の意見を多く採り入れていると言うので、風水は占いとは別物なのでしょうが、非科学的なものを信じるということにおいては日本を大きく凌駕します。
お金に対する執着という現実的なものへの崇拝も、また傑出していますが…。

ホテルからの散策で、歩道に占い師が並んでいるところを見つけました。
5メートルくらいの間隔で6人の占い師が商売しています。
見るからに胡散臭そうな風貌の人ばかりに見えますが、なんと全員に客がついていて、みな繁盛しているようでした。

占いの種類はいろいろあるように見えました。
ノートにいろいろ書き込んでいるところは姓名判断のようでしたし、顔を観察しているのは顔相占いとでも言うのでしょうか。
手相を見ている人はいませんでしたが、ひっきりなしにしゃべっているのはわたしには聞き取れず、何占いかは判然としませんでした。
香港で有名な小鳥が加えてきた番号札で占うやつや、西洋式のタロットみたいなものはありません。
中国伝統のものばかりということでしょうか。

娘ふたりを引きつれて熱心に話を聞く若いお母さんが、今日の作例です。
占い師は、マント風のコートに同色の帽子をかぶった若い男で、占いというよりは探偵物語風です。
かなりオーバーアクションに鼻先に指を持って来てもったいぶったように何か言うのですが、よく聞き取れません。
母子ともにすごく真剣な目で聞き入っているところを見ると、かなり際どい話をしているように感じます。

しかし、よく考えてみると、占いはかなり突っ込んだことを聞きますし、場合によっては情け容赦ない未来が宣告されるので、旦那や親友を連れていくなら分かりますが、子どもたちといっしょというのはヘンですね。
無理に推測するなら、子どもたちを見てもらおうとしたら、突然、占い師がお母さんを指差して、あんたの顔にはたいへんな相が出ているなどと突然始めたのかも知れません。
ただ、3人の表情からは、まだ良い話なのか悪い話なのかも判然としないのですが。

それにしても、いくら膝だめとは言え、これだけ接近してるにも関わらずまったく気付かれないというのはものすごい集中力ですし、それほどすごい話をきいているということでしょう。
わたし自身も一度現地の占いに挑戦してみたいと思っています。
いつか捨て身のレポートを報告できることでしょう。
【M8/Perar 28mmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
MS Optical Perar 28mmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/04 Sun

説明書過来了

M8/Perar 28mmF4
引き続きペラールの作例を今日、明日と出していきたいと思います。
広州を歩いた前日、夕食前に深圳市内のホテル近辺を散歩した時のものです。
もともとどんよりした天気だった上に、薄暮前の太陽光線の影響を受けにくい状況でしたので、よりこのレンズ本来の写りが分かるものになっていると思います。

ペラールのほぼ完成版ができた際、宮崎さんからはいちはやくプロトタイプというかたちで送られてきました。
シリアル番号は、そのプロトタイプを示す"000"と刻印されています。
同封されていた説明書を失くしてしまったため、それ以上書けることがありませんでした。
ところが、その窮状を不憫に感じられた方から救いの手が差し延べられました。
暖かいメッセージとともに説明書の写しを送っていただいたのです

以前に交流があることはあったのですが、基本的には面識のない方です。
ご自身でもペラールを入手されていて、わたしの作例のまずさを見て、あれでは可哀そうだせめて説明書を送ってあげようと思い立たれたのではないかと思われます。
この方のブログでは、最近気に入られているマクロスイターの写真が多く出てきますが、お気に入りの町のとりわけ好きなところを優しい眼差しで切り取っているのが伝わってきます。
もっともっと写真の数を増やしていただきたいブログです。
善意でお送りいただいたペラール説明書ですが、善意ではなくわたしをレンズ仲間なのだからという気持ちでお送りいただいたのではと写真を拝見しながら考えました。

では、さっそく送っていただいた説明書を読み、レンズの特徴などの情報を一部ご紹介させていただくことにしましょう。
まず、構成はトリプレットなのですが、昨年トリプレットの35mmを出して以来、28mmで同構成は可能かずっと研究し続けた成果だと書かれています。
そういえば、以前電話で話をしたときに、28mmもできたと聞いて世界初ですねと言ったところ、実はニコンのコンパクトカメラで先例があって、それを意識しながらも手法を変え工夫を採り入れて独自のものにしたと語っておられました。

開放からコントラストも解像力もたいへん高いのですが、周辺部は像面湾曲の影響がわずかに出て解像度が下がるとあります。
広角では普通のことですが、面白いのはさらにその外側では画像が良好に戻るとされていることです。
F5.6から周辺部の劣化も改善されて、画面全体が均質になるようで、小さなレンズながら実力の高いことを知らしめてくれます。
歪曲のなさでは周辺部でも0.3%以内に収まって、これはマクロレンズ並だということです。

やはり、これまでのわたしの作例はどう考えても説明と合致しなさすぎますね。
公園で二胡を演奏する親父さんをとらえた今日の作例は、どうにかその片鱗を見せてくれているでしょうか。
座っている人を撮るにはいつもの腰だめではダメで、さらに位置を落とした膝だめでこの角度が得られます。
これだけ接近しても怪しまれない膝だめ、実に心地よいです。
【M8/Perar 28mmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Speed Panchro 35mmF2 | trackback(1) | comment(4) | 2012/03/03 Sat

長車

M8/Perar 28mmF4
ちょっと信じがたいことかも知れませんが、週末ということもあって黄埔軍校旧址はかなりの人出でにぎわってました。
恐らくは中国建国以来、共産党がこの施設を引き継いでいるでしょうから、かつて学長だった革命の英雄、孫文も共産党の関係者のような位置付けで説明されていたようです。
孫文は、国民党から国父と慕われて、お札の肖像にまで使われているにも関わらず、です。

教室だったか寄宿舎だったところが展示室に広く使われていて、わたしは気分も悪く中に入りませんでしたが、大長征だとか抗日戦とか南京大虐殺とか、得意になって書かれていたのでしょう。
中国人だってけっしてバカではありませんので、冷めた視線で眺めている人が多いのだと思いますが、純粋な子どもたちは信じてしまうことでしょう。

施設はかなり広く、見どころは何か所もあるようでしたが、小さな船着き場から町方面の船が出ていることを知ったので、この場を立ち去ることにしました。
そういえば、消滅していた深井古村を紹介していたサイトでは、船で戻ることを勧めていて、景観を堪能できるとあおっていましたが、工場と倉庫地帯のどこで景観を楽しめばよいのか理解に苦しむ20分ほどの船旅でした。

船は町に着くのでそこから広州の中心へ戻れるとも書かれていましたが、船が着くのはやはり船着き場で、いきなり町中へ到着するわけがありません。
印刷して持ち歩いたこのサイトの内容には騙されてばかりです。
仕方なく、他の乗客たちがそうするように、いかにも港湾地帯という道路を15分ほど歩いて大通りまで出て、バスを見つけました。

広州の小さな旅最後の作例は、その船着き場付近で見かけた重そうな鋼鉄を満載した巨大なトラックのある風景です。
日本の基準だとあきらかに過積載ですが、それを見る限りではかなり貧弱なゴムで固定しようとしているように見えます。
トラックそのものが危険物に思えてなりません。
先月、定員オーバーの園児を乗せたバスの事故以降、急行バスは定員を守るようになったようだというようなことを書きましたが、どうもトラック関係は未だ野放しということのようです。

ずっと開放だけで撮り続けましたが、最後になって絞った作例も必要だと気付きました。
ほぼ唯一のF8の作例です。
あきらかにシャープネスは増したのですが、あいかわらずコントラストがぱっとしません。
このとき、絶対に何かがおかしいと、ようやく疑いを持つようになったのでした。
【M8/Perar 28mmF4 F8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
MS Optical Perar 28mmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2012/03/02 Fri
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