一家人消失

M8/RUO Kino 4.2cmF1.5
大鵬所城には昨年2月に訪れています。
それが4回目の訪問となっていたので、実に今回の滞在が5回目ということになります。
わたしは、ひとつところに繰り返し出掛けるのは好みではないので、かなり異例のことになります。
それでも訪れたのは、去年の訪問で大鵬所城に住む一家と知り合い、その家族をたずねみようと思い立ったからでした。

門を入ってすぐの古民家に住んでいたのですぐにも訪ねるつもりでしたが、ひと目見て愕然とさせられました。
なんと、家は跡形もなく消えていて、そこは入場券売り場とちょっとした広場に変貌しています。
なんということでしょうか。
怒りがこみ上げてきて、関係ないチケット売りのおばさんに、どうして家を壊したんだ、ここにいた家族はどうしたんだと詰め寄ってしまいました。
もちろん、おばさんはそんなこと知るよしもなく、いきなりいろいろ言われて当惑するばかりです。

あの一家に会えなかったのはかなりショックでした。
子どもたちにとチョコレートを買って持ってきたのですが、それを嬉しそうに頬張る顔が見られないのはいかにも残念です。
また、前回は3月の震災前で、彼らは夫婦揃って近くの原発で働いていたので、福島のことと絡めて聞いてみたいことなどいっぱいありました。
彼らは対岸の火事と考えているのでしょうか。

もうひとつの怒りの原因は、せっかくの古民家を平気でつぶして、意味のない広場に変えてしまう無神経さです。
中国では、オリジナルがないがしろにされ、センスのない改悪をするということをしばしば見かけます。
北京オリンピック前に市内の伝統的家屋や町並みを大破壊したり、山に緑を増やせとのお達しを受けて緑色のスプレーで山中を塗装した等は記憶に新しいです。
たのむからそのままにしておいてくれと、叫びたくなったこと枚挙に暇がありません。

ここで思い出したのは、少し前に小さく新聞に載ったニュースです。
中国の経済NGO団体が、ネパールにある仏教の聖地ルンビニを大規模開発しようと画策しているというものです。
ネパールには中国マネーが入ることで潤い、中国も鉄道を敷設して直通列車を走らせようという計画です。
そういったインフラ整備によって、ネパールの資源を持ち去り、インド近くまで大規模輸送ルートをつくるという軍事的意味があることが指的されています。

同時に、仏教の聖地がブッダ・テーマパークのような施設にされてしまうと、仏教界からは猛反対が起こっています。
ところが、ネパールの要人がすでに買収されていたりなど、余談を許さない状況のようです。
小さな扱いでご存知ない方も多いかも知れませんが、政略と文化的の二重の意味ではっきりNOを言わないといけないことに思います。
すべての仏教国がひとつになって反対していくべきでしょう。
せっかく知り合った家族が忽然と消えてしまったという次元の話ではありません。
【M8/RUO Kino 4.2cmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
RUO Kino 4.2cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/31 Tue

春節放暇

M8/RUO Kino 4.2cmF1.5
今日からまた、中国深圳の作例になります。
4日間滞在して、1日半の時間がとれたので、何度か訪れている大鵬所城と中国式の初詣に出掛けてきました。
行き先としては、新鮮味に欠けますが、それを補って余りある珍しいレンズを連れ出しています。
このレンズとの悪戦苦闘が、今回の滞在の全てだったかも知れません。

否、悪戦苦闘といえば、もうひとつありました。
今年の中国正月、春節は1月23日で、22日から28日までの1週間が公休日になっていたため、影響を受けることになりました。
影響の度合いとしては大したことはなかったのかも知れませんが、中国の巨大なスケールを考えるとわずかの影響でも個人にとってはかなりの大きさになってしまいます。

成田から香港までの便が、驚くほど空いていたので油断してしまいました。
香港から深圳へ入るには入国審査を受けなくてはいけません。
中国と香港の間では一国両制が生きているので、香港に到着して空港で入国し、香港から深圳へ入る際に香港の出国審査と中国の入国審査を立て続けに受けるのです。

日本の空港にある自動化ゲートのように、香港でも一定の条件を満たして手続きをおこなえば、入出国審査を機械でおこなうことができ、たいへんスムーズに行き来できます。
香港空港は、旅行から戻って来たと思われる中国人でごった返していましたが、前述の手続きは済ませていますので問題ありませんでした。

ところが、香港と深圳の出入国審査ではもろに影響を受けることになりました。
中国人や香港人とは違う外国人用レーンに並ぶので、ここでも影響なしと踏んでいたのですが、各国の華僑や台湾人が多かったらしいのと、中国人でも他国のパスポートに切り替えている人が相当多いようで、たいへんな長蛇の列ができています。
いつも1分から5分、長くて10分くらいで通過できるところが、1時間かかってしまいました。
それが香港の出国で、レーンの多い深圳の入国では30分並び、深圳に到着するまでにへとへとです。
そればかりか、その日の予定もキャンセルになってしまい、そのがっくり具合も疲労の蓄積に一役買うことになりました。

もうひとつの負の影響は、春節休みの店が多かったことです。
これは当然想定されていたことなので、覚悟はしていましたが、例えばいつも食べに行くそば屋さんとかがやっていないと寂しいですし、店はやっていたのにいつものちょっと可愛い女の子が帰省中でがっくりということもあって、なんだか滞在の密度が減ってしまったような気になりました。

大鵬所城のような観光地は、そんなことはありません。
住民の何割かは帰省してしまったのかも知れませんが、地元の人は変わらず生活していたでしょうし、観光客目当ての人には書き入れ時です。
混雑を心配して午前の少し早い時間に出掛けてみました。
ところが、いきなり残念なことを知らされることになります。
【M8/RUO Kino 4.2cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
RUO Kino 4.2cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2012/01/30 Mon

Petzval倶楽部

M8/Elmar 90mmF4
レンズ価格が高騰する前は、競って大口径レンズを使う傾向があったように思います。
ライカの標準レンズでいえば、ズマール、ズミタール、ズミクロンのF2レンズは、大口径レンズと呼べると思っていたのですが、F1.5、F1.4より明るくないと大口径とは言われなくなり、大御所)ノクチルックスがF1で大口径の王座になり、国産大口径ではキヤノン、ニッコール、フジノン、ヘキサノン、ズノー等がそれを追随する番付が定着したかのようでした。
さらには、アンジェニュー、シュナイダー、キヤノンのF0.95レンズたちがマウント改造によって巷に登場すると、F1.5レンズは普通レンズのように見做されているかのようです。

しかし、もうF2より明るいレンズはたいへん高価で、よほどの覚悟と運がないと手に入れることが困難になっています。
では、どこへ向かえばいいのか。
わたしの場合は、たまりにたまったレンズがあるので、それらの研究に打ち込めば好いのです。
もちろんそうするつもりですが、やはりレンズ探しも継続したい気持ちが消えることはありません。

再び、ではどこへと自問すると、2つの答えがあります。
ひとつは、何度か書いたブラスレンズ探しです。
だいたいが75~135mmとどうしても焦点距離は長くなってしまいますが、19世紀のレンズでマウント改造によってライカで使えるようになるレンズはわずかながらに存在します。
まずは、そういうレンズをのんびり探したいと思っています。

もうひとつは、初期シネカメラ用の50mmレンズ探しです。
その代表は、キノプラズマートということになってもはや入手困難ですが、少し暗くなれば他にも知られざるレンズは多くあるようです。
以前に手に入れた、ゲルツ・キノ・ハイパー5.5cmF3、クック・シネマトグラフ2inchF3.1、さらにはガンドラック・ウルトラスティグマット50mmF1.9などは、そういうレンズで、1920年代としては大口径と言える面白そうなレンズがぽつぽつと存在していたことが分かります。

この系統のレンズとして50mmF3.5と2inchF3.1のシネとはっきり書かれたレンズを立て続けに入手することができました。
1本は改造も終わったので近々紹介するつもりです。
運が良かったということもありますが、かなり安価に手に入れられたことで、この分野のレンズはゆっくりペースになっても探し続けたいと考えたのでした。

さて、先にかかげたブラスレンズの方ですが、その代表であり、マウント改造までして使う価値があるのは、なんと言ってもペッツパールです。
100mm前後のものは、恐らく4×5をカバーしないようで、数はたいへん少ないですが、現代では使い道があまりないという理由で不人気のようです。
フォクトレンダーやダルローでそんなレンズが出てきたのを見たことはありませんが、わたしはダルマイヤー114mmというのを入手していますので、きっとどこかに存在しているのだろうと考えています。
メーカー名の刻印がないものであれば、稀に出で来ることもあるので、そういうものを購入するのもいいのかも知れません。
なにしろ資料がほぼ皆無ですし、同様のことをやっている人もいなそうなので手探り状態ですが、それだけに探しがいもあって楽しみもあります。

わたしにずっと先んじているのが、ksmtさんです。
作例は、フォクトレンダーのペッツパール・レンズを構えた姿ですが、これが浅草を歩いているとひと目でksmtさんだと分かるのがすばらしいです。
この日遅刻したわたしは、途中合流すべく雑踏の中をさまよいましたが、この金色が目立っていたのですぐに見つけ出すことに成功しました。
そこで思ったのですが、どこから見ても一目瞭然なペッツパール使用者の集団、ペッツパールの会を結成するのが、当面の夢としたいと思います。
【M8/Elmar 9cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar 90mmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2012/01/29 Sun

今年新目標

M8/Elmar 90mmF4
せっかくの浅草ですので、浅草寺にお参りしました。
そういえば、わたしは年末年始を中国で過ごしたので、これが初詣ということになるでしょうか。
しかし、当然のことながら本堂はものすごい人でごった返しています。
最前列まで出れずに、みんな賽銭を放り投げている状態でした。

わたしはサイド攻撃でするすると前に出て、きちんと礼をして願い事をしました。
「今日のように楽しい仲間と撮影が続けられますように」というものでしたが、わたしは昨日も書いたように鎌倉へはときどき出掛けますし、旅の先々でお寺や神社を訪問するので1年中願い事ばかりです。
以前は、何々レンズが手に入りますようにとかM8を両手に抱えて差出すように念じたこともよくありましたが、最近はその場の思いつきで、現実的なことをつぶやくのが常になりました。

さて、本堂から今来た雷門方面を見下ろすと、低い午後の光がとてもきれいです。
同行のksmtさんと並んでハレ切りしながら、角度を微妙に変えながら何枚も撮影しました。
コントラストがもともと低目の戦前のニッケルエルマーですが、こういうシチュエーションではちょぅどいいくらいではないでしょうか。
見た通りのやわらかな光の当たり方や、空気感が再現されていると思います。

昨日の3.5mmF3,5、それ以前の横浜での13.5cmF4.5と5cmF3.5と合わせて、エルマー・カルテットの完成です。
個人的には山岳エルマー10.5cmF6.3も加えたかったのですが、本数が多過ぎであきらめました。
それでも、今回のエルマー・カルテットはすべて、ようやく揃ったニッケルまたはブラック&ニッケルの1927~33年製造のオールドレンズたちです。

今年最初のブログで、2012年の抱負を書いたのですが、そのひとつがライツの古いレンズを見直す、というものでした。
もちろん、ただ使えば見直したということにはなりません。
自分なりの一定の評価を出すための工夫がないといけないと思っています。
ただ、今回はそういうアイディアが出る前の試運転のようなかたちでとにかくレンズを持ち出すことだけしか考えていませんでした。

出来うることは比較すること、同スペックの同世代レンズとか、戦後のレンズとか、あるいは同じエルマーでも後のタイプと比較するとか、いろいろと考えられることはあります。
とくにコンタックスのレンズとの比較は積年の目標でもあったので、実現すべき時が来たと思っています。
少なくとも、レンズを闇雲に入手して、ただ適当に撮って終わりとする段階からは、一歩脱却しないといけないかなと考えます。
大風呂敷を敷いても、大したことができないのは分かっていますので、できることを少しずつ試していければいいでしょう。
【M8/Elmar 9cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar 90mmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2012/01/28 Sat

闘牛愛好人

M8/Elmar 35mmF3.5
昨日とは、時・所とも変わって、1月14日の浅草になります。
横浜はすごい人出だったとため息をつきましたが、浅草はさんなものではありません。
ただでさえ土日は人が集まるというのに、この日は初詣の人あり、新東京タワー(という名前でしたっけ?)を実に来た人ありで、とんでもないことになっていました。

わたしは少し遅れて合流したのですが、それに追いつこうと混雑を突き進むうちに気分が悪くなる始末です。
こういうのを人酔いというのでしょう。
自分もその一員なので文句を言うのははばかられますが、日本人はみんなが行くところへ集中する傾向が強い民族のような気がします。

折しも、今日のニュースで、政府が富士山と鎌倉を、世界遺産の候補としてユネスコに推薦することを正式に決めたとのニュースが流れました。
まえまえから疑問だったのですが、世界遺産に登録されることにどのようなメリットがあるのでしょうか。
地元で商売されている方のほとんどには売上が上がるなどのプラス要素があるのは間違いないと思います。
きっと皆さん、世界遺産を大歓迎でしょう。

では、ふつうの市民や鎌倉が好きでよく訪れる人にとってはどうなのでしょうか。
週末の鎌倉は浅草とそう変わらない人出だと思いますが、小町通りや一部の神社仏閣に人が集中していたのが、どんどん拡大していってしまうと思われます。
市民も鎌倉愛好家も鎌倉の静けさを気に入っているのであって、賑やかだから好きなのではないと思うのです。
そっとしておいてもらえないものでしょうか。
もしくは、世界遺産に登録されるとこれだけのメリットがあると、みんなに理解できるような説明が欲しいものです。

前の週の横浜の人ではローカルや近郊の人がほとんどだと思いますが、浅草では全国各地はもとより、外国からも集結しているようで、あちこちで外国語が飛び交うのを耳にします。
そのなかでいちばん目立つのは中国語ですが、それはみんな団体で、彼らが大声だからです。
お寺も神社もある浅草では、むしろ西洋人が歩いている方がたいへん気になります。

おみくじを引いて、内容を訳してもらっているふたり組の一方の背中に、沖縄闘牛の文字が踊っていました。
闘牛愛好家のスペイン人たちだったのでしょうか。
物怖じせずに旅を楽しむ姿には経緯を表したいと思います。
こんな外国からの旅行者はけっして少なくないと思うのですが、彼らに鎌倉が世界遺産になったら来てと言っても、答えはきっと、世界遺産かどうかなんて問題ではなく、好いところならぜひ行きたいね、に違いありません。
【M8/Elmar 3.5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar 3.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/27 Fri

拍得一般般

M8/Elmar 50mmF3.5
昨日、今日の作例で、いよいよ旧エルマーの登場です。
旧エルマーとは何か、どうやって入手したかについては何度か書いたので今日は省略しますが、ライカⅠ型でも初期のタイプについていたゲルツ工場で製造されたガラスで作られたのが旧エルマーで、さきのカメラオークションで落札した四千番台のⅠ型改造のⅡDにその旧エルマーが付いて来たのでした。

さすが旧エルマーで、その後のものとは写りがまったく違います…、といこうはなく、わたしの目には普通のエルマーと区別がつきません。
あるいはじっくり比較することで、差異が浮かび上がってくるかも知れません。
それは、今後の楽しみとしてとっておくことにします。
いや、放っておくと外観がそっくりな普通ニッケルショートエルマーと取り違えてしまいますので、これは近日中に必ず比較します。

そんな具合なので、今回の2枚のパッとしない作例では良いんだか良くないんだかの判断材料にすらなりませんね。
この日もすべて開放で撮っているのですが、夕方4時くらいからだいぶ暗いうえに、山手の洋館の中に入ったりしたため、スローシャッターの多くは手ブレしてしまいました。
手ブレをまぬがれたものも被写体ブレしていたり、被写体の顔がはっきり写っていたりで、ブログに掲載できるものがこれくらいだったので仕方なかったのですが。

直感的な印象で言うと、1920年代のレンズとしてはかなりシャープと言えますが、突出しているかといえばそれほどでもないような気がします。
また、解像力はあきらかに高いとは言えません。
よいところ中位というところですが、これも製造年代を考慮すれば良しとすべきところなのかも知れません。
コントラストも想像していたより、少し低く感じます。
とりたてて、特徴が見出せない、それで、どうしても比較することの必要性を思うわけです。

散策の方は、山手の商店街でお茶を飲んだ後、長躯、馬車道まで出て食事して解散になりました。
実に朝から晩まで、ずっとksmtさんと行動をともにしたことになります。
ずっとわたしに付き合ったksmtさんもうんざりだつたことでしょうが、思いもかけず、その翌週も同行の撮影になりました。
毎月1~2回くらいのペースで同行できるのがいいかなと思っていますが、こんな風に立て続けになることがあれば、合わない時は数ヶ月のブランクになったりもして、この付かず離れずな関係がわたしは気に入っています。
【M8/Elmar 5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar(Nickel) 5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/26 Thu

愛好掃墓

M8/Elmar 50mmF3.5
出初め式のプログラムはまだまだ続いていましたが、そろそろお昼の時間も近づいてきましたので、中華街方面に向かいました。
今回、初めて見学した出初め式ですが、以前からずっとこんなに人出があったのでしょうか。
カメラを持った人がこれだけ多いのを見ると、カメラを買ったはいいが何を撮ればいいか定まらない人、ブログを始めたはいいが何を書いたらいいか分からない人が、このボリュームの何割かを形成しているような気がしてなりません。
もちろん、わたし自身がその両方に該当しているので、とやかく言う資格はあまりないのですが。

ゆっくり歩いて中華街に到着すると、恐れていたとおり、またすごい人出に圧倒されることになります。
ランチタイムなので当然ですが、ものすごい人の流れがあるうえに、人気店の前には行列ができてそれを堰止めたりしていて、ほとんどカオス状態と呼びたいくらいでした。
いつも困るのは、中華街の中でどこが美味か知らないし、ここは旨いと連れて行ってもらったところでも大したことなくて満足を得られた経験がまったくありません。

中国であちこち食べてもなかなか美味には出合わないのですから、観光地のレストラン街でそんなに旨い店がなくてもあたりまえです。
幸いこの時はお腹が空いていたので、よほどのはずれの店でない限り、満足感は得られるはずです。
たまたま歩いていた先に上海料理で10品くらい付いて1000円というあきらかに質より量という店があり、席も空いていたのでいただいてみることにしました。
味はいたって普通でしたが、なにしろ腹ペコだったので満足度は高かったです。

安くて旨いこんな店があるよ、などの情報を期待したいですが、なにしろネット上の口コミ情報はまったく信用できないことが明白になって、有益な情報はやはりお金を払って買わないといけない時代に戻ったのだと痛感します。
そういえば、少し前に話題になったミシュランに、中華街の店は何軒掲載されているのでしょう?

さて、お昼を食べ過ぎたので、今度は歩いて消化のアシストをしてやらないといけません。
山下公園、みなとが見える丘公園、山手ゲーテ座と延々歩いて、外人墓地に到着しました。
今度は時間が少し遅いせいか、人がまたいなくなってしまいました。
どうも今日は人がいるところいないところが極端です。

撮るものもなく手持無沙汰にしていると、いままで墓地の管理小屋か何かだと思っていた小さな建物が、ちょっとした資料展示室のようになっているのに気付きました。
面白かったのは、山手の墓地なのでカトリック、少なくともキリスト教の墓地だと思っていたのですが、プロテスタント、ケルト、ユダヤ、フリーメーソン等々いろいろな宗教や結社などのお墓があって、文字通りの外人のための墓地だったと分かったことです。
お墓の意匠もそれぞれの象徴を図案化したもので、そういった説明を読むことで西洋文化の一端を理解することができます。

墓地をめぐって、歴史上の人物や有名人の墓に参るのが静かなブームだと聞いたことがあります。
墓マイラーとか言うのだそうで、とくに女性に人気のようですが、有名人はいなくても外人墓地をつぶさに見て歩けば、いろいろな発見があったりしてマイラー人口が急増するかも知れません。
【M8/Elmar 5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar(Nickel) 5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/25 Wed

啦啦隊姑娘

M8/Elmar 135mmF4.5
昨日に続いてエルマー135mmF4.5の作例です。
では、明日以降も続くのかと言えば、レンズを切り替える予定です。
何故かということは明日書くことにさせていただきますが、結果的にはレンズをとっかえひっかえしたのが正解でした。

正解だった理由は、今、書きます。
このレンズを使ったすべての写真に写ってはならないものが写り込んでいるからです。
といってももちろん霊的現象がとかそういうことではないのでご安心ください。
縦位置での左端にセロテープが写り込んでしまったのです(横位置では下に写っていますが、ということはわたしは縦位置では右手を下にして親指レリーズするクセがあると気付かれるでしょう)。

昨日、今日の作例はそのテープの位置に複雑なものがなくて、わりと誤魔化しが効くものを出しています。
その位置が例えば群衆だったりするものは、ぐちゃぐちゃっとなっていてひと目でこれはひどい、何があったんだと思わせるような写真になってしまいました。
9割方がそんなかたちだったので最初は、レンズに異常があったのかとびっくりしたくらいです。

真相はこういうことです。
今回使ったエルマーは、距離計との連動がずれていて、そのまま撮ると後ピンになってしまいます。
修理しなくてはいけないのですが、こういうケースでの応急処置としてカムのところにセロテープを貼り付けるというのがあります。
1枚貼るごとに撮ってみて、トライアンドエラーでぴったりピントが合えばOKになります。
この時はテープを4枚貼ってぴったり距離計と合ったので、これなら使えると横浜に持って行ったのでした。

レンズ装着時はもちろんテープが付いていることを確認したのですが、ヘリコイドを動かしてコロと接するやいなやテープの内側がポロっと剥がれてしまったようです。
コロと密着しているので完全には剥がれず、距離計とも正確を保ったまま、しかしテープはCCDで結像する前で妨害するように立ちふさがってしまったのでした。
この作例では左後方の窓のうち、いちばん上と2番目が他と比較してぼんやりしているので、その影響具合が分かると思います。

ただ、わたしの感覚では、そんなのは大したことではありません。
むしろこのレンズが逆光に打ち勝てず、せっかくのきれいなお姉さんたちの勇姿を超ローコントラストにしてしまったことの方が問題です。
うまくハレ切りして撮れれば、くすんだ赤色のレンガを背景に半逆光に浮き上がる躍動感、みたいな写真になったはずですが、エルマーは眠い写りという印象を残すような結果になってしまい、レンズに申し訳ないことをしてしまいました。
【M8/Elmar 13.5cmF4.5 F4.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar 13.5cmF4.5 | trackback(0) | comment(3) | 2012/01/24 Tue

不是最高

M8/Elmar 135mmF4.5
長きにわたった年末年始の中国旅シリーズも一息ついて、いきなりドメスティックな写真になります。
これは、1月7日に横浜をksmtさんと散策したときのものですが、もう2週間も経って昨年のできごとのような感覚です。
見ると天気はよかったようですが、このころすでに現在のように寒かったか思い出せません。
記憶のあいまいになる前に記録してやれというのが当ブログの目的のひとつですが、すでにあやふやになってしまいそれを呼び覚ましながら定着させていくことになります。

午前中、赤レンガ前で横浜の消防出初め式があるというので、まずは見学して気の向くままに散策続けて夕方解散のコースです。
冬場はこもりがちで、運動不足なのでこれをきっかけによく歩こうと考え、桜木町駅に早めに着いてぐるーっと大回りして赤レンガを目指しました。

もちろん、その間になにかあれば撮影するつもりだったのですが、土曜の朝のみなとみらい地区はせっかくの天気にも関わらず出足がにぶいようで、あまり人気がありません。
日本丸の前も無人だったし、遊園地もまだ開園していません。
びっくりだったのは、途中出くわした大行列で、聞くとカップラーメン博物館だかができたんだそうで、家族連れが、最後尾と書かれた看板を持つ女性のところまで延々並んでいるのでした。
カップラーメンはあんまり子どもに食べさせたくない食品だと思うのですが、そういうところではなかったのかも知れません。

そこから赤レンガまでまた無人地帯で、結局40分ほど歩いて8枚撮影のみです。
お気に入りのレンズを入手されて「2時間で、374枚撮りました」と書かれているSha-sindbadさんとは、同じレンズ交換式のデジタルカメラを使いながら、とんでもない違いにため息が出そうです。

どうしてこうも極端なのでしょう。
赤レンガ倉庫に着くと、ものすごい人出で出初め式会場付近は身動きできない状態になっていました。
ここまであまり人とは出合わなかったですし、出初め式なんて地味なイベントを見に来る人なんてそうはいないだろうとタカをくくっていたのですが、見通しは完全に誤っていました。

はしごに登って演技する職人さんを下から見上げるように撮影するイメージを持って出掛けたのですが、この状況では不可能です。
人垣の後方からではどうにもならないので、かなり離れたところまで下がってレンズも135mmに取り換えです。
ずいぶん離れたので、無限でいいのかなと思いましたが、さすがレンジファインダー連動の最長焦点距離レンズだときちんとピント合わせしないとピンボケ連発です。

ちょうどはしごには縦線横線があるので、縦位置でも横位置でも距離計を合わせやすかったのは助かりました。
M8には135mmのフレームがないので、フレーミングを合わせるのに苦労したからです。
離れた距離が中途半端だったようで、下で支える人たちとはしごの最上段で演技する人を同時に取り込めなかったのです。
慣れない135mmをライカで使う難しさです。
ですから、トップでない位置での演技の作例を出さざるを得なくなってしまったのでした。
【M8/Elmar 13.5cmmF4.5 F4.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar 13.5cmF4.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/23 Mon

一碗甘粛菜

M8/Biotar 75mmF1.5
昨日で甪直の旅の話は終えたのですが、1日蛇足を追加するのが拙ブログのならわしになっています。
いつもなら女の子の写真ですが、今回は趣を変えて土産屋の邢クンをとりあげることにしましょう。

甘粛省の出身の邢クンですが、まず両親が先に甪直にやってきて木工品を中心の土産屋を始めて成功したようです。
ただちに邢クンもやって来て、その向かいで雑貨を主にした土産屋を開きました。
わたしは店の前を通りかかったとき、木工の仏像に惹かれて中に入ったことで彼と知り合います。

仏像は近くで見ると細工が雑で、正直、期待はずれでした。
彼は脈があると見たか、他にもいろいろあるぞととっかえひっかえ仏像を見せてくれますが、最初に見たのがいちばんマシなくらいで、ロクなものがありません。
全部断りました。
あいまいな態度でいると経験上しつこくすすめられるのが分かっているので、必要ないことをきっぱり断らないといけません。

ようやくそのとき、彼はわたしが中国人ではないことに気付いたようです。
後で思ったのですが、その反応の悪さが彼の商売のセンスそのものだったと言えそうです。
彼とは、その後ずっと話込んでしまい、食事の時間になるとよかったら食べていってほしいとお椀を持ってきました。
甘粛の伝統料理だそうで、小麦の幅広麺のようなものと鶏ベースのスープに鶏肉や野菜などで煮込んだ、麺となべ料理の中間のようなものでかなり美味しいものでした。
西方独特の味わいのようです。

ここまでしてもらったのだから雑貨の方でちょっとしたものでも買ってあげようと考えました。
そこで店内のものを一品一品見て回ったのですが、残念ながら欲しくなるようなものが何一つありません。
前述のように扱い品目にセンスがなさ過ぎます。
値段は安いので、なんでもいいから買おうと思っているのですが、どれもこれもタダでも要らないようなガラクタばかりでした。
なにも考えずに仕入れしているのではないかと思われました。

唯一これはと思ったのが木製の名刺ケース兼スタンドでした。
これ自体やはり欲しくなるようなものではありませんが、名前を彫ってくれると書いてあったので、わたしは要りませんが世話になっているksmtさんのお土産にしてしまおうと考えたのです。
www.ksmt.comと彫ってくれとお願いすると、驚いたことに、この商品が売れたのは初めてでもちろん名前を彫るのも初体験だと言っています。

難しかったと言いながら手渡されたそれは…、あまりにもひどいものでした。
グラインダーのような機械で手で彫るのですが、ここまでひどいのならわたしが自分でやった方がましだったように思います。
ご馳走になってなければやり直しを命ずるところですが、悪びれない彼の顔を見るとわたしは黙って受け取るしかありませんでした(わたしだってそれを何食わぬ顔でksmtさんに進呈したので同罪ですが)。

邢クンと話をしていて彼がとんでもなくお人好だと分かりましたが、それだけに商売は大丈夫なのだろうかと心配になります。
とくに中国では、少し汚ないくらいでないとダメで、こういうタイプの青年がうまくたちまわっていけるのか気になって仕方ありません。

扱うものも性格も、甘粛の田舎そのものから脱していないということなのでしょう。
翌朝も彼に会いましたが、このときも別の故郷の料理を旨そうに食べていました。
毎日そんな食生活のようですが、郷に入れば郷にで、甪直の料理を食べることから現地のことを知り、性格とセンスを磨くべきではないかと思いました。
頑張れ、邢クン。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
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Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(6) | 2012/01/22 Sun

旅遊結束

M8/Angenieux 50mmF1.5
年とると記憶がかなりあやしくなるもので、去年の正月に貴州に行ったのは覚えていますが、おととし、さきおととしがどこだったかさっぱり思い出せません。
調べると、
2012年江蘇省の古鎮に1泊
2011年貴州省の少数民族の村に数日
2010年貴州省の少数民族の村に数日
2009年江蘇省の古鎮に日帰り
と分かり、ああ、そうだったっけと思い出してきました。

この4年間、正月は江蘇の古鎮に短時間か貴州の山奥に割と長期間の2パターンの旅しかしてなかったようです。
行き先と期間から旅の傾向も2つに分かれます。
一期一会ということはありますが、はっきり言えるのは、旅は長いほど、遠くへ行くほど面白いということです。
今回の旅も2009年の旅もどちらも楽しいものでしたが、その重みは昨年、一昨年とは比べモノになりません。

わたしは、旅の醍醐味をその重さ濃さ深さに求めてきましたが、今回のようにあっさりしたものだって悪くありません。
旅がいつも濃厚ではいつしか疲れてしまうでしょう。
旅のスタイルがどうであれ、まずは家を飛び出すことです。
家を出た瞬間に責任はすべて自分が負い、楽しみはひとり占めする、それが旅の良さだともう一度思い出せればそれで好いのではないでしょうか。


この日は大晦日で、深圳の友人と過ごすことにしていたので、午前中には甪直を発って上海の空港を目指さないといけません。
散策から戻ると荷物をスーツケースのなかにまとめ、宿を後にします。
お世話になった臭豆腐の老夫婦にも礼を言おうと立ち寄りました。
わざわざありがとう、また来ておくれと見送ってもらいます。
カメラをバッグのなかにしまっていた今回の旅はすでに終わっていて、うん、また来ますねと返事したことで、次の旅が始まったのだと思いました。
【M8/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/21 Sat

是蘇州麺?

M8/Angenieux 50mmF1.5
宿泊した部屋には家庭用のエアコンが付いていて、温度が30度に設定されていました。
いくらなんでも熱過ぎだろうと25度てスイッチオンしましたが一向に温まりません。
結局、30度に戻してやっと寒さから解放されますが温かいというほどにはなりませんでした。

木造の古民家は建てつけがいまひとつでエアコンの効きが悪いのか、そもそも中国製のエアコンはこんなものなのかよく分かりません。
ただ、30度に設定していると音をたてて空気が飛び出ているのが見てとれます。
心配どおり翌朝起きるとのどが痛み参りました。
この時以来今に至るまで、風邪というほどの症状にまではなっていないものの、せきがひどくて困っています。
乾燥対策という基本を怠った報いですね。

ペットボトルの鉱泉水をまるまる1本飲んで、まだ薄暗いうちから外に出てみました。
なるほど、6時半くらいになるともう動き出している人の姿がちらほら見られます。
調理に使うのでしょう炭に火を入れる人、薪のようなものの束を持って歩く人、朝から植木に水をやる人とちょっと日本の朝とは違う風景です。

橋の上でぼんやり立っているおじいさんがいます。
何をやっているのかさっぱり分かりませんが、遠目から1枚撮影させてもらいます。
おはようと声をかけて近づきましたが、やはりなにしているかの謎は解けません。
橋の中央がかなり高くなっているので、ここからの景色を毎朝楽しんでいるのだろうと結論付けることにしました。

そんなのもろもろをやり過ごしながら村の入り口の街道の方へ歩きました。
その街道の交差点の手前に2軒レストランが並んでいて、左側の方に入ります。
昨日の夜、ここで食事したのですが、いろいろ事情があって少ししか食べられなかったのですが、そのおかみさんがこんなふうに言うのです。
 明日の朝、よければ、またおいで。
 うちの麺は、甪直では古くからの店として有名なのよ、と。

そんな話を聞いて行かないわけにはいきません。
なるほど入ったのはまだ7時くらいだったと思いますが、かなりの人で混雑していました。
ところが、テーブルは中国式の円くでかいヤツですので、みんな相席でかけていて待たずに座れます。
ただ、注文の仕方がよく分からず、カウンターに並んで前の人たちがたのむのを凝視してようやくなんとなく飲みこめました。

壁には何種かの麺のメニューが書かれていましたが、麺そのものは1種類しかなく、あとはトッピングをカウンターに並んだ皿から選んで会計してテーブルに持ち帰り、しばらくして運ばれてきた麺に各自入れて食べるというシステムでした。
そのトッピングの皿は、肉、魚、野菜、目玉焼き、なんだか分からないのと、10種以上あって、一見再度メニューのようですが、すべて麺に入れていっしょに食べるためのものだったのです。
どれも冷めてしまっていて、これでは旨くないのではと少しがっかりでしたが、自分の番になるとカウンターのおばさんがさすがにわたしを覚えていて、良く来た良く来た、この人は日本人なのよとまわりに説明するなど余計なことまでして歓迎してくれるので今さら要らないという訳にはいかなくなって、見よう見まねで辛そうな肉と目玉焼きをとってテーブルに舞い戻りました。

運ばれた麺はほんとにスープと麺だけで他に具は入っていません。
ただ、そのスープは深茶緑というか、なんとも濃厚な色をしていてちょっと驚かされました。
肉と目玉をぶち込んでよくかき混ぜ、まずはスープから。
これが見た目通りに濃厚で、あっさり系(または激辛)が多い中国では異色の味ですが、こんなの初めて食べたという旨さです。
色のもとは分かりませんが、何かの肉と野菜を相当に煮詰めた味で細麺で食べることからも、九州の濃厚とんこつラーメンが連想されました。
味そのものは全然似ていませんが。

冷めた肉と目玉も麺の中に入れれば、当たり前ですが熱くなってまずいということはありません。
ラーメンのチャーシューだって考えてみればあとから載せるだけですね。
わたしはふだんとんこつ系のラーメンばかり食べているので、あっさりスープだと物足りないと感じることがほとんどですが、この麺はたいへん美味しくいただけました。

中国へ行くたびに麺類を何度も食べるので、これまでに食した麺は何百杯となっているはずですが、これは旨いと思ったものは数えるほどしかありません。
四川省峨眉で食べた牛肉麺、同じく成都の雑醤麺、北京の炸醤麺などは感動するくらい旨かったのですが、有名な担々麺や刀削麺で特別に美味と感じるものに出合ったことはないのです。
この時食べた麺は前述の麺たちに匹敵するレベルですが、非常に残念なことに、何という麺なのか名前が分かりません。
【M8/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/20 Fri

隣河房間

M8/Angenieux 50mmF1.5
せっかく歴史ある古村落へ来たのですから、古民家へ泊ってみたいとは誰もが考えることでしょう。
甪直にも、客栈と呼ばれる民宿のような施設が数件ありました。
ところが、中国人にはみすぼらしい宿にわざわざ泊りたくないという感覚があるのか、近くのもっと大きなホテルに行ってしまう人が多いようです。

河に面した感じの好い客栈が2軒ありましたが、シーズンオフのせいか1軒は門を閉ざしていましたので、必然的にもう一方に行くことになります。
部屋は5つくらいありましたが、さいわい河側の部屋が空いているというので値段を聞くと200元、他の部屋は80元とずいぶん開きがあります。
部屋の大きさや設備に大差ありませんが、なにしろ河側部屋にはベランダがあって景色がいいというのでまずは見せてもらうことにします。

なるほど、ベランダは部屋の外側ですが、そこもまたガラス窓で覆われていて、ちょうど主の奥さんが孫を抱いて外を見ているところでした。
のんひりと外を眺める姿にいいなあと惹かれましたし、夜、ここにビールを持って来て暖房の聞いた中でちびちびやりながら夜の甪直をぼんやり眺めるのも冬の夜長にはいいかも知れないと考えたら、この部屋以外に考えられなくなりました。

ひとりだから100元にしてよと交渉してみます。
人の好さそうな主は100元はちょっとと笑っていますが、結局150元ということで交渉成立です。
ラッキーと思ったものの、後で他に宿泊者はないばかりか、ここ何日も誰も泊っていないと聞き、しまったやはり100元で引かなければよかったと後悔してしまいました。
そればかりか、ベランダにいた奥さんも旦那と連携して演出のために座っていたのではと疑う始末です。

もちろん主は印象どおりの人柄のいい人で、長年の旅慣れた客とのやり取りで培った接客技術で、わたしの質問にてきぱきと答えてくれます。
英語はさっぱりできませんが、外国人は泊らないかと問えばアメリカ人はときどき来るし、台湾人は多いなあとの返事です。
台湾を外国と言っているのがすばらしいですが、アメリカ人が来た時はどんなやり取りをするのでしょう。
この親父さんと若いアメリカンバックパッカーが紙に数字を書きあって値切り交渉する姿を想像して、思わず吹き出してしまいました。

さて、今日の作例は、その部屋からの眺めです。
窓を少し開けて窓枠にカメラを押し付けて4秒のシャッターを切りました。
中国式の赤いちょうちんにも灯がともっていると好い感じだったと思いますが、F1.5開放でも意外に細部まで描写してくれるものですね。
上海の夜景は100万ドルのと言わているようですが、この夜景は他の部屋との差額120元の夜景と名付けたいと思います。
【M8/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2012/01/19 Thu

紅色囲巾

M8/Biotar 75mmF1.5
滞在した年末のこの地方の気温は、最高が8度くらい最低は氷点下2度くらいと、出発したときの東京よりも若干寒いくらいでした。
ただ、日中はからっと好い天気で風もなく、体感温度からけっこう暖かく感じます。
が、それも3時くらいまでで、日がかげってくると一気に気温が下がるようです。

わたしは、東京でのそれと同様、フリースのシャツにカシミアのコート(中国で1万円程度で作ったもの)で歩いていましたが、何度かそんな格好では風邪をひくぞと心配されました。
コートは、綿入れの安物であまり温かくない外套を連想させるからのようです。
ついこの前までみんな裕福とはいえない中国では綿入れの上着が当たり前で、その時の記憶と連動しているのでしょう。
作例のように、いまでは子どもでも色も華やかにダウンとか着ていて、確かにチャコールグレーのコートは地味で寒々しかったかも知れません。

ところで、作例の女の子がダウンの上から、赤いスカーフをしているのがユニークです。
中国の小学校、中学校では男女を問わずこの赤いスカーフを付けますが、ただかわいらしいということでいくら赤でも子どもだけに政治的な意味ではないと思っていました。
ところが、調べてみるとこれがおおありだったのです。

中共の少年組織に中国少年先鋒隊というのがあって、これに入隊した子どもがその証しとして首に赤いスカーフを巻くことが許されるのだそうです。
共産党員になるにはかなり高いハードルがあると聞きますが、少年先鋒隊の方はほとんどの子どもが入るようです。
それで、わたしは学校の制服の一部だとずっと誤解していました。

この子たちは、きっと思想教育を受けて、優秀者は幹部候補に抜擢されてなんていう中共のシステムがあるのでしょうね。
子どもたちのあかるい笑顔を見ていると、考えたくもないですが。
可愛らしかったスカーフが、悪の象徴のように見えてきてしまいました。
子どもたちがスカーフを外す時、それが、わたしが中国をより身近に感ずる時と言えるでしょう。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2012/01/18 Wed

鏡頭朋友們

M8/Angenieux 50mmF1.5
遠方のレンズ仲間から、朗報が届きました。
これまで撮りためてきた写真をレンズの解説とともにまとめたものを、近く公開する予定になったのでと連絡をくださったのです。
いつもレンズについて多岐にわたって説明いただく方なので、知識はすばらしくそれを裏付けるだけの撮影もされていて、これは類例のないした資料的価値を持つものになっていると言えます。
もちろん、資料としてだけでなく面白い読み物になつているので、完成が待ち遠しいです。

などと書いていたら、kinoplasmatさんから行方不明だったレンズがやっと届いたとの連絡が入りました。
このレンズこそは、わたしも懸命に探して見つけられない、珍しくも、レンズ史上の価値のあるもので、早くそのインプレッションをお聞きしたいものと願っています。
そういえばksmtさんも、入手したばかりのフォクトレンダーのペッツバールガあまりに良かったせいか、ペッツパールをもっと集めると意気込んでらしたのを思い出しました。

Summimomuさんは、トリプレットタイプの問合せをして来て、わたしが貸すと言っているのに中判でも使いたいからとローライコードを入手予定のようです。
先日、手に入れたばかりのフォクトレンダー・ビテッサのウルトロンがすごく良かったと報告してくれたばかりだと言うのに。

かく言うわたしは、この前、清水の舞台からえいっと飛び降りてスピードバンクロをオーダーしたのですが、昨日になって中国のカメラ修理の友人から、もう1年以上前にお願いしていたレンズのライカマウント改造が仕上がったとのメッセージを受け取りました。
実は、これもテイラー・ホブソンの1920年代の名作です。
今度、訪問の際に手渡してもらうのが楽しみです。

いずれも、これらはここ2.3日のことです。
ついこの前まで、レンズの価格が上がってしまったと嘆き、周囲の動きも停滞気味かと見誤っていたのですが、にわかに活気づいて来たようです。
写真は、個人が撮ってその技量を高めるものですが、レンズ趣味という要素が加わると、情報を交換したり、教えを乞うたり、意見をぶつけ合ったりとレンズ仲間の連携と言うものが形成されます。
とくに気の置けない仲間とのこういった付き合いほど楽しいことはなく、同時に、レンズ蒐集へのモチベーションを高めてくれる素敵な繋がりともなっています。


さて、作例ですが、まず昨日のものですが、保聖寺という1500年もの歴史を持つお寺の境内からです。
この建物のなかに有名な羅漢の木彫り像があるので見学に行ったのですが、カメラを手に入ったせいか撮影厳禁と強い口調で言われ、逆にそう言った女性の思い切り弛緩した姿を撮ったものです。
冬の夕方のいい空気感が気に入っています。

今日の作例は、やはり夕方の甪直に現れる手漕ぎの舟です。
遅い時間になって観光客が減るとやって来るのは、他の水郷の村と同様ですが、なにをしているかお分かりになりますでしょうか。
実は、このおじさんたちは、河に投げ捨てられたゴミをすくってまわっているのです。
美観を保つための、恐らく毎日続けられているボランティアだと思います。

中国にだってもちろんゴミ箱はありますし、そこへ捨てるのが普通です。
ところが、それでもゴミ箱ではなくそこいらに捨ててしまう人が少なくないのです。
日本にもそういうのはいますから、その比率が中国ではかなり高いと考えれば想像つくと思います。
とくに河は、そこへ捨てても流れによって目につかないところへ運んでしまうので、そのような人々の絶好のゴミ捨て場になっているようです。

はい、河は国内に留まるものではないことは言うまでもありません。
一部は東南アジアへ、ほとんどは日本海へと流れつきます。
ちょっと前に大問題になっていた越前クラゲはそれが原因だという説が有力視されているようです。
黄砂と同様の問題です。
こんな作例からそこまで話を発展させるのもどうかと思いますが、少なくとも自然分野では日本と中国は大きな関連で結ばれています。
このまま放っておいては環境に影響を受けるのは時間の問題ではないかと心配になります。
【M8/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(3) | 2012/01/17 Tue

新年会的鏡頭

M8/Angenieux 50mmF1.5
おといの土曜日、kpmtさん、ksmtさんと集まり新年会を兼ねて浅草あたりを散策しました。
確か、前回は大雨、今回もくもりがちの寒い天気と、この3人が集まって撮影にぴつたりの日和に恵まれるということがなかなかないのですが、そんなことはどうでもよくなるくらいわたしにとって楽しい時間でした。

多くのレンズが値上がってしまい、なかなか手が出せない時代になってきたということは再三書いていますが、そんな中でも3人とも少しずつレンズを入手しているところが、やはり盛り上がりのピークでしょう。
kpmtさんは、発注したレンズが、なんと運送トラブルで到着が遅れてしまい、今回、そのわたしも懸命に探しているレンズを拝見することはできませんでした。
その代わりに、ズミルックスのブラックペイントやテイラー・ホブソンの1920年代のF2レンズ、さらにはダルマイヤーのF1レンズなど、超レアものと呼ぶにふさわしいレンズを一気に3本持参いただきました。

わたしは、B&Nエルマー・カルテットで対抗します。
つまりブラック&ニッケルまたはニッケルのエルマー35mmF3.5、50mmF3.5、90mmF4、135mmF4.5の4本ですが、それなりに苦労して揃えたこれらレンズにはあまりおふたりの感心は向かずでした。
合わせて、かなり以前にレンズヘッドを入手しながら、なかなかライカマウント化できなかったルオ・キノ42mmF1.5というレンズを自慢しました。
これは、写真用レンズとしては、完全に落第点なのですが、写りがかなり個性的なので、近々作例をお見せしようと計画中です。

今回の白眉は、ksmtさんのフォクトレンダー・ペッツパールということになるでしょうか。
1871年頃に製造されたレンズですが、状態は驚くほど良く、撮影結果になるとさらに驚くほど先鋭で、そんなに古いレンズだとは思えません。
この日の写真ははやくもwww.ksmt.comにアップされていますので、ぜひそのすばらしい写りを堪能いただきたいと思います。

kpmtさんもわたしも、ksmtさんのとほぼ同年代のダルマイヤーのペッツパール型レンズは持っていますが、写りはそれぞれに違うような気がしています。
焦点距離はそれぞれ違いますし、本来であれば適切なフォーマットサイズで撮影すべきことは承知していますが、それでも35mm相応のサイズでいいので、いろいろと比較できたらと考えています。

わたしはフォクトレンダーかダルローに焦点距離が75~100mm程度のものがないかとずっと探しています。
タイプは違いますが、見つけたレンズにフォクトレンダー・ポートレイトオブジェクティブ1a100mmF2.3というのがあって、思いもかけない面白いレンズに出合うことはあったのですが、未だ本命を見つけられていません。

唯一の例外が、恐らく75mm前後ではないかと書かれていたペッツパールタイプのレンズを見つけたことです。
ただし、これは刻印が一切ない、メーカー不詳のレンズになります。
当然、製造年も不明ですが、販売していたところでは、諸々の特徴から1870年くらいだと書いていました。
今となればその根拠を聞いておけばよかったのですが、ともかく、75mmのオールドペッツパールは入手困難なはずと購入に踏み切ってしまいました。

どうも焦点距離は75mmより長そうだったので、手許に保管していましたが、今回のksmtさんの作例を見て、どうにかしなくてはという気持ちが強まりました。
一躍ペッツパール第一人者になったksmtさんの助言を受けながらどうするか検討に入りたいと思っています。
わずかに数名ですが、世に出てから180年も経った古くさいレンズが、こんなにも喜ばれているなんて、設計したペッツパール本人は想像できたのでしょうか。
【M8/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2012/01/16 Mon

臭豆腐的味道

M8/Angenieux 50mmF1.5
やさしい顔立ちをした老夫婦と知り合いになりました。
写真のような細い河に沿った家で臭豆腐をつくって売っているのですが、対岸の方がメインのとおりで人の流れはそちらばかりであまり商売になっていない様子です。
それでもめげずにたまに人が通ると、やさしい声でいかがですかと声をかけています。
わたしが人の多いのを避けてたまたま河のこちら側を通った時、小腹も空いていたので、じゃあくださいといただいてみたのです。

臭豆腐のことは、知っている方も多いと思いますが、なにかで発酵させた(わたし自身がよく知らない)豆腐を油でからっとあげた中国中南部で特に人気のおやつです。
名前のとおり発酵臭があって、中には強烈なヤツもあるので外国人では苦手な人が多いのですが、食べてみるとけっこういけるのでわたしは大好きです。
とくに、今回のように寒い時にあつあつのをふぅふぅしながら食べるのは、風物詩的な好さもあってよいものです。

おとといの作例の手前の青頬っかむりのおばちゃんが作っているのが、その臭豆腐です。
ひと口サイズなので、ビニール袋に入れてもらったりして楊枝に刺して歩きながら食べるのが普通です。
わたしは歩き疲れていたので、この夫婦の話でも聞きながら休憩しようとそこに立って食べ始めました。
すると、おじいちゃんが家に入って自分の椅子をとってきて、座って食べなさいと自分の横に置いたのです。
おかげでゆっくり楽しく話し込むことができました。

おふたりとも、この地で生まれ育ったそうで、いわば古鎮の現代史の生き証人です。
話はいろいろと興味深かったですが、わたしの方も観光客が通るたびにオーバーアクションで旨い旨いなどとやって臭豆腐店の経営に貢献すべく努力してみましたが、結局は何の役にも立てませんでした。
ほんとうに美味しかったんですが。

老夫婦は、緑がきれいで花も咲き乱れる5月に再訪するよう勧めてくれました。
しかし、こんな冬枯れの平日でも多くの人が訪れるのですから、そんな好い日に来ればとんでもない人出でしょう。
確かにそんな光景も見てはみたいですが、わたしにはこんな日がちょうど好いと思われました。
そのときは、また臭豆腐を食べに顔を出してみたいです。
おなじ笑顔で歓迎してくれるふたりが頭の中に浮かんで来ます。

さあ、夕方になって観光客は激減して、静かで落ち着いた雰囲気になってきました。
団体は完全にいなくなりましたが、個人で来ている人達はまだ少し残っていますが、彼らも落ち着いた古鎮を楽しんでいて邪魔ではありません。
ずっとこのくらいだと好いのですが…。

橋の上でドレスの女の子がポーズしています。
その場で貸衣装に着替えて写真を撮る商売をやっているところがあちこちにありましたが、この時間でもがんばっているようです。
今日だけでも何度も見た光景ですが、彼女はかなり美人だったので1枚失礼させていただきました。
いや、雰囲気が良くなって綺麗に見えただけかも。
【M8/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/15 Sun

恐怖之高鉄

M8/Angenieux 50mmF1.5
なぜこの地を訪れたのかというところから、甪直の話に戻します。
上海に深夜到着して翌々日のお昼ころに上海を発つという日程だったので、上海郊外に行くとしてもアクセスのいいところを選ばなければなりませんでした。
3年前は同様に深夜に上海に着いて、翌日の夕方に発つスケジュールの時は上海からの直行バスで片道2時間近くかかる同里を訪れました。
今回は、より長い滞在時間を有効に使いたいと考えます。

いろいろと調べて浮上したのが、昆山まで高速鉄道で出てそこからタクシーを使う作戦でした。
上海から昆山へは一昨年に高速鉄道が開通して、50キロを20分で結んでいます。
上海駅そばのビジネスホテルをとったので、チェックアウトして1時間後には甪直に着けると踏んだのです。
いや、それでは早すぎると考えて、前段で紹介した正儀に数時間滞在してから、またタクシーで甪直に向かう2個所滞在の贅沢プランに変更しました。

高速鉄道利用案は大正解で、日程を順調に進めることができたのですが、ちょっと引っかかるところもありました。
ひとつは、高速鉄道の駅は昆山南という新駅で町のはずれにあるため、路線バスがうまく利用できずすべてにタクシーを使わざるを得なかったことがあります。
また、テロ防止のためか、中国の鉄道駅やバスターミナルには必ずある荷物預かりがなかったのです。
おかげで、数時間だけ滞在の正儀にまでスーツケースを運んで行かなくてはならなくなりました。

もうひとつは鉄道なのですが、上海発蘇州行きの高速鉄道は時間に正確でなかったのです。
と言っても、遅れたのではなく、定刻より数分早く出発してやはり数分早く到着してしまいました。
このときはちょっとラッキーくらいに感じる程度でしたが、帰りには待てよと思いなおします。

行きは上海駅からの乗車でしたが、戻りは上海虹橋駅という空港と一体化した駅に停まる列車を利用しました。
その列車の行き先、温州南というのを見て思い出します。
昨年あった中国高速鉄道の大事故は温州であったことを。
日本よりよほど複雑な運行ダイヤを組んでいる中国では、そのダイヤこそが生命線で、遅れはもちろん早く着いたことにも喜んでいる場合ではありません。
いずれ第二の事故が、というのはわたしの杞憂でしょうか。

昆山からタクシー圏内の古鎮はいつくかありますが、甪直を選択した理由は今日の作例のなかにあります。
昨年の同時期に貴州の少数民族の村を訪れてできれば今回もと考えて果たせないと分かっていたのですが、江南水郷の本に、甪直の女性は独特の服装をしているため江南の少数民族と呼ばれていると書いてあったのです。
水を象徴する青い服を基調に、赤い頭巾や白い前掛け、藍染のズボンに草履など伝統的な衣装を守っているとのこと。

ぜひ、そのすばらしき文化を見たいと意気込んだのですが、当初はまったく見かけませんでした。
そして夕方になってこうやって見つけたのですが、女性は手前の観光舟のおんな船頭たちです。
訪れたのが寒い時季だったからかも知れませんが、伝統を守っているのは観光客に見せるためだけのようでした。
しかも、本で見たような厳格なものではなく、見てのとおり服装はかなりラフと言わざるを得ません。
【M8/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(3) | 2012/01/14 Sat

感謝他

M8/Perar 35mmF3.5
昨日に続いてMSオプティカルについて思うことを。

宮崎さんのレンズが世に出たのは、さまざまな偶然が重なった、歴史の幸運の産物だとわたしは考えています。
どんな偶然かと言えば、まずは時代です。
ちょうど宮崎さんが最初のレンズ、50mmF1.3を設計したちょうどそのころ、一部のレンズファンに大口径レンズ嗜好の流れが芽生えていました。
その後に起きる大口径ブームに先んじていたことになる、あるいは、ブームの火付けに一役買っていたことになると言えるかも知れません。

時代のことを考えると、もしライカの全盛のころであれば、胡散臭いレンズと相手にされなかったかも知れませんし、インターネットの登場前であれば話題にすらならなかったかった可能性が高いと思われます。
また、コシナによるフォクトレンダーやツァイスイコン機の製造により、レンジファインダーカメラユーザーのすそ野が広がったのも追い風になったと思います。
とにかくタイミングは、ここしかないという絶妙な時だったのではないでしょうか。

さらに、その背景になっているのは、宮崎さんが改造を手掛けたいくつかの大口径レンズがあったのだと思います。
すでに、アンジェニューとキヤノンのF0.95、ニコンのF1.1などをライカマウントに改造した経験があったはずですが、その際、レンズの構成や収差を調べたことで大口径レンズの理解が深まったはずです。
同時に、大口径レンズを求める人がかなりいて、彼らが近距離で撮ってボケ味も楽しんでいることを知ったことでしょう。

改造を手掛けたオールド大口径は性能に問題があり、ボケも美しいとはいえないものが多かったことから、もっと優れたものを自分で設計してやろうと考えたのではと想像できます。
図面段階では、F1クラスまで設計できていたと聞いていますが、性能とコスト、需要をはかりにかけてF1.3に抑えることでそれらのバランスが取れたレンズに仕上がったと言えます。
レンジファインダーカメラ最盛期にズノー、ニコン、キヤノン、フジ、コニカ等がF1.1~1.2の大口径を製造しましたし、F1.4~1.5のレンズは多数作られました。
その中間を埋めるF1.3は厳密にはズノーになくはありませんでしたが、かなり新鮮な印象があり好意的に受け入れられました。

また、研究され尽くされた感のあるガウスタイプではなく、ゾナータイプを突き詰めた独自性も評価を高めたポイントです。
ガウスタイプでは、過去のレンズの後塵を拝することになりますが、ゾナー5枚玉の大口径と言うのは恐らく類例がありません。
同時にゾナーでガラス枚数を減らしたことはコストダウンにも大きく貢献してくれました。

レンズは限定約200本製造されましたが、この数字も絶妙でした。
製造数は多いほどコストを吸収できますが、多過ぎては調整や発送が困難になりますし、そもそもそんなにたくさん熟れるのかリスクが高まります。
一定期間に工場から仕掛かり品が届いてそれを組み上げて調整後発送するための数量として、200本は実に的確だったようです。
販売価格も10万円をぎりぎり超すことなく、それでも売り切れば十分に資金を回収できます。
また、ユーザーの側でも、世界に限定200本のレンズを所有する悦びを得ることができました。

飛ぶようにという訳ではなかったようですが、少し時間を経てレンズは完売しました。
大口径ブームにミラーレスブームが加わった今では、欲しいという問合せが間断なく寄せられているそうです。
200本に限定したことによる、市場の枯渇感を生み、次の大口径レンズ設計の火種を残したと言えます。
いずれにしても、光学に対する豊かな知識、大口径レンズを多く見てきた経験、自ら組み上げて調整する技術、儲けようとしたりしないレンズに対する真摯な姿勢、夢を実現させんとするバイタリティ、それらすべてが備わっている人は世界中みても宮崎さんくらいなのではないでしょうか。

そのどれかひとつでも欠けていたら、MSオプティカルのレンズは世に出なかったかも知れません。
そんなことを考えながら、ペラーでの撮影を楽しみました。
あつあつの臭豆腐を味わいながら、宮崎さんのレンズを同時代に仕える喜びを感謝しながら。
【M8/Perar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
MS Optical Perar 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(4) | 2012/01/13 Fri

拐杖的老人家

M8/Perar 35mmF3.5
甪直に着いてレンズはビオターからペラーに変更しました。
MSオプティカルの、いまのところ最新のレンズです。
わたしは、オールドレンズを集め、それを実際に使うこと楽しみにしているので、現行レンズはまったく持っていないのですが、MSオプティカルのレンズだけは例外にしています。

設計した宮崎さんをレンズの師と仰いでいるからというのがひとつの理由です。
そして、もうひとつ、宮崎さんのレンズ設計にはオールドレンズの研究が根底にあるからという大きな理由があります。
宮崎さん自身もおっしゃっていますが、改造依頼されたものを含めて多くのオールドレンズに接し、収差補正や硝材、ガラスの厚さ、曲率などをつぶさに調べた結果が少なからずレンズ設計に反映しているということです。
そんな話を聞いていてそのレンズに興味を抱かないはずなく、MSオプティカルのレンズは完成するやいなや最初のロットを送ってもらっていました。

最近よく思うのは、宮崎さんのレンズは、わたしたちが何気なく考えるよりも世界のレンズ史においてずっと重要な位置を占めるのではないかということです。
いまだかつて、個人がレンズを設計、発注、組立、調整、そして世界のユーザーに向けてディストリビュートまでしたなんてことがあったのでしょうか。

カメラの世界では、安原一式が受注前金製造のようなかたちで個人生産をした例がありますし、小規模メーカーがレンズを設計・販売した例も複数あります。
前者は、レンズについてはもともとあったものを転用していたはずですし、後者は、レンズメーカーに在籍していた人を雇用するかして設計させたものではなかったかと記憶しています。
もともと光学には関わっていたとは言え、写真用レンズ設計者でない人が、ひとりで設計から販売までやってのけてしまいかつ評価されているというのは最初で最後の出来事のように思うのですがいかがなものでしょうか。

さて、このペラー35mmF3.5は、売り文句どおりに色抜けがすごく良いので、派手な色が目立つシチュエーションを順光で撮ると現代レンズらしい写りになってしまい、高性能は理解できますがあまり面白くありません。
昨日や今日の作例のように、逆光などの悪条件下で撮ると、コントラストの高さより暗部の諧調が出たり、ハイライトが飛ばずにむしろ質感が強調されたりなどのオールドレンズのような味がよく出るように思います。
色抜けよりも、モノトーンに美点が隠れていたかと言うような。

また、トリプレットは立体的に描写するとよく聞きますが、この作例にもそんな気がするのは贔屓目というものでしょうか。
広角はあまり使わないので、構図とかに悩むことが多く、今日もこんなんでよいのだろうかと心配でした。
ところが、Shasindbadさんのレンズ千夜一夜の今日の写真が妙に似ていて、なんだか笑いがこみ上げてきました。
もちろん写真そのもののレベルは、Shasindbadさんのレベルにはとても及ばないのですが。
【M8/Perar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
MS Optical Perar 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/12 Thu

香腸与魚干

M8/Perar 35mmF3.5
甪直は、日本ではほとんど知られていませんが、江南六大水郷のひとつとして中国ではわりと有名なようです。
甪の字は用事の用の上にちょろっと髭が生えたようですが、日本ではもちろん中国でもほとんど使われない文字のようです。
地元の人は、甪の字が訪れた人に覚えてもらえるということで気に入っているようです。

もともとは甫里という平凡な名前だったのですが、甪端という古代に村の守り神だった一角獣にちなんで改名されたのだそうです。
ちょうど水郷の村甪直には、南北と東西に3本ずつ河があったので、この甪の字は地形を表しているようだと、村人からも歓迎されたとも言われています。

さて、タクシーを降りるとそこが村の入り口なのですが、そこで中国語で門票と言うチケットを買わないといけません。
門票は78元もします。
これは1000円弱程度ですが、単に古い村に入るのに1000円というのは日本の感覚でも安くはありませんし、ましてや中国人にとっては4~5000円払っている感覚なのではと思います。
ただ、文字どおりの抜け道もあって、村はいろいろな所から入って行けますので、違うところから入れば門票を買う必要はありません。
そのかわり、門票がないと開放された大きな民家とか博物館などの見学ができないようになっています。

甪直に限らずですが、中国の有名な古鎮は、せっかくの古民家が並ぶ町並みのほとんどすべてがみやげ物屋になってしまっています。
せっかくの風情がぶち壊しですが、そういえば会津の大内宿もおんなじようなものなので、人が集まるところはどこも変わらないのかも知れません。
民家を動態保存するという意味でも止むを得ないということになりそうです。

日中は団体客も多く、騒々しいことこの上ないので、村はずれの観光客が行かないところを選んで歩きました。
昨日のおばあちゃんたちもそうですが、人々が中心エリアの喧騒など無関心のように緩い空気を生んでいるのが心地よいです。
それに、みやげ物屋をやっているのは、地方から来た外地人と呼ばれる人も多いので、買い物しながら地元の人とコミュニケーションとってるつもりが、相手はそんなこと全然興味ないなんてこともしばしばだったりです。

作例は、逆光で分かりづらいかも知れませんが、女性が腸詰や魚を干しているところです。
こんな姿をあちこちで正儀や甪直のあちこちで目にしましたので、この地方の冬の風物詩と言えるかも知れません。
ただ、風物詩というにはあまりに安直というかありがたみのないことに、電気コードを木と木の間に結んで針金とハンガーで吊っているのです。
洗濯物のようでした。

それでも美味そうなので売ってもらいたいくらいでしたが、残念ながら日本の動物検疫に引っ掛かるので断念せざるを得ません。
と書いて今思ったのですが、魚だったら問題なかったはずです。
伊豆の網代あたりで売っている干物とどう違うのか、食べ比べするチャンスをみすみす逸していたことにやっと気付きました。
【M8/Perar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
MS Optical Perar 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(8) | 2012/01/11 Wed

的士司機

M8/Perar 35mmF3.5
正儀を11時くらいに出て、甪直を目指しました。
バスを乗り継いで行ってもいいですが、10キロほどしか離れていないことは確認済だったのでタクシーを使うことにします。
しかし、幹線通りまで出て待ちますが、車はビュンビュン通るもののタクシーは1台としてやって来ません。
あとで知ったのですが、このあたりでは町のど真ん中以外タクシーはなく、本来なら白タクを頼まないといけないのでした。

ところが幸運が訪れます。
たまたま町中から客を乗せたと思われるタクシーがやって来たので構わず手を上げると、運転手がそこで待っててくれこの客を届けてすぐ戻るからと大声で言ってくれました。
その客は恐らく正儀まで来たようで、タクシーはものの3分で戻って来ます。
甪直までの20分ほどの道のりで1度もタクシーは見かけなかったので、自分がいかに幸運だったかを噛みしめつつ到着しました。

そういえば、この運転手さんが実に好い人だったということを思い出しました。
タクシー待ちをしていたわたしを見て、たぶん日本人だろうと予感したのだと言います。
昆山は、上海郊外ということで、日系の工場が多くあるので、たまに日本人を乗せることがあるそうで、彼らが決まって礼儀正しかったことに関心していたのだそうです。

それで、本屋で日本語学習書を買ってきて必死に覚えたそうで、あいさつや自分が何歳とか、仕事は何ですかとか、簡単な言葉はかなりきれいな発音で話すことができました。
しかし、それが限界でそこからの会話まではまったく無理とのことです。
やはり本だけの語学の勉強ではとても会話するレベルにはなれないようです。
それで初めて中国語を少し話す日本人が乗ったのでいろいろと質問したり、昆山のことを説明してくれたりで、楽しい移動をすることができました。

わたしも最初は本で勉強して、少しして中国人留学生に教えてもらうというように中国語を勉強したので、この運転手さんの苦労や歯がゆさのようなものが分かるような気がします。
それに、この運転手さんのような、心優しい日本ファンの中国人はかなりいるようなのです。
今後はぜひいろいろな障害が取り払われて、こういう人たちとの交流が進むといいなあと思います。

さて、作例ですが、甪直の道端で日向ぼっこするおばあちゃんが好い感じだったので声をかけて1枚撮らせてもらったものです。
椅子まで持ちだしていますから、ここが冬場の日向ぼっこの定位置なのでしょう。
92歳とのことですが、言葉がしっかりしていてこちらのたどたどしい中国語をちゃんと聞き分けていました。
陽に当たることが、体に好く、ボケ防止になつているのかも知れません。

おばあちゃん単独撮影のつもりでしたが、隣のおじさんも自民党の石破氏にそっくりでいっしょに撮ってしまいました。
そういえばこの人たちもたいへん温和で物腰柔らかでした。
顔は似ていてもあんないやらしいしゃべり方はしません。
なんだか、今度はわたしが中国人に関心していますね。
【M8/Perar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
MS Optical Perar 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/10 Tue

餛飩与青団子

M8/Biotar 75mmF1.5
正儀に着いてまず最初にしたのが、朝食をとることでした。
朝、起きてから直行したということもありますが、スーツケースを抱えたままやってきたので、その店に預かってもらうつもりでいたのです。
餛飩店というのが何軒かあって、この地域で多く食べられているようでしたのでその1軒でいただいてみることにしました。

餛飩とは日本でいうところのワンタンです。
ただ、中国では雲呑というのもあり、日本のワンタンはこちらが由来のようです。
知識不足で、餛飩と雲呑の違いはよく分からないのですが、恐らく前者は中国全体に見られ、後者は香港あるいは広東発祥と思われます。
いずれも小麦の薄い皮に肉や野菜等の餡をつめたものをゆでてスープで食べるものですが、雲呑の方は香港ということで小エビが入っているのが普通ですし、ワンタン麺として食べるのが最もポピュラーです。

それぞれの読み方ですが、餛飩がホゥントゥンのように発音し、雲呑はユィントゥンのように読むので、いずれもワンタンではありません。
ところが、雲呑の広東語の読み方は、そのままワンタンだそうで、おそらく横浜中華街で出されていた広東料理店の雲呑がそのまま日本全国に広まったのだろうと思われます。
その他の地方の料理の餛飩が広まっていたとすれば、ワンタンではなくホントンのような名前で定着したでしょう。
山梨県で有名なほうとうは餛飩が由来だそうですが。

この餛飩ですが、日本のギョーザの3分の1くらいの小ささなので、すべてひと口でするすると食べられます。
トリ出汁の熱いスープも意外に濃厚で体もあたたまります。
もちろんスーツケースは、店の奥に置いてと快く預かってもらえました。
最高のスタートを切れたようです。

続いておとといの写真ですが、屋台のような店で女性が作っているのはおもちのようなお菓子で、注目は前ボケの方の白い皿に入った緑の物体です。
これも地元の名物のようなものなのですが、名前はそのまま青団子というのでした。
美味しいというので数個買って食べましたが、中に餡子が入った日本の草団子そのままです。
わたしは、ずっと団子という言葉も団子そのものも日本の純国産だと思っていたのですが、どうやらそうではなかったということのようです。

というより、中国研究家以外のほとんどの日本人は、団子が日本以外から来たものだとは露とも思っていないでしょう。
実は、昨日、ksmtさんと散策したときのこと、平安京の町並みや建築などどう考えても当時の日本だけでできたもののはずはなく、中国からやって来た一団によって形成されたのだと思いますという話を聞き、団子のことを思い出したのでした。

さて、正儀をおおむね見終わって、もう移動するかと朝の餛飩店に戻りました。
大切なスーツケースを預かっていただき感謝いっぱいです。
ところが、来た時と同じように店はオープンなままなのに、気の好いおばさんの姿がありません。
トイレにでも行ったのかとしばらく待ちましたが、いっこうに現れませんでした。
行き先不明のまま、わたしのスーツケースは通りからでも見えるところにぽつんと置かれたままになっていました。
もちろん被害はなかったので問題ありませんでしたが、少し、あれえという感じで次の目的地を目指しました。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/09 Mon

Biotar 簡説

M8/Biotar 75mmF1.5
"Biotar 75/1.5"で検索をかけるとかなりのヒットがありますので、詳細な情報が得られるはずです。
そこに時間を費すことも考えましたが、以前買ったまままったく開かれることない Hartmut Thile の"Carl Zeiss Jena"という本にレンズ名別の簡単な説明があったことを思い出し読んでみました。

ちなみに、この本は通称「ツァイスの電話帳」と呼ばれる"Fabrikationsbuch Photooptik Carl Zeiss Jena"の副読本と呼べるような本です。
「電話帳」の方は、ツァイスがこれまでに製造したレンズを製造番号順に名称、焦点距離、F値、本数、カメラ名、製造年月日が一覧になった台帳です。
ツァイスレンズファン必携の1冊で、古いレンズを見つけるとこの台帳を繰ることで、レンズの由来を知ることができるのですが、残念ながら製造番号が欠番になっているところも多く、完全な資料とまではなっていません。
逆にそこを想像で埋めるという楽しみはあるのですが。

さて、Thiele の本ですが、手にとるまですっかり忘れていたのですが、ドイツ語で書かれていてわたしにはまったく読むことができません。
ただ、世の中は便利になっていて、ドイツ語翻訳サイトがありますので、そこに全文入力して翻訳実行ボタンをえいっとクリックすると、無茶苦茶な訳文に化けるものの丁寧に見ていけば意味を解することができます。
わたしが直した訳文と原文を記載させていただきます。

「最初のBiotarは、1910年、18×24mmフォーマット映写レンズ用にロールのモーリッツが設計しました。
それには、
8.5cmF1.8の光学データです。
しかし、焦点距離が長過ぎたためレンズは非常に重くて扱いにくく、カール・ツァィスは量産まではしませんでした。

1928年、ヴィリー・メルテが、左右対称のブラナー・タイプを発展させた新しい型を設計しました。
彼/それは、映画撮影用にF1.4レンズを考え出したのです。
Biotar(Bio=生活、ここを明るく照らす、tar=音を追加したもの)は、焦点距離2.5cmから7cmまでが市販されました。
それは、映画用レンズの中で最も明るく、画質もすばらしいものでした。
メルテは、さらにレンズの収差を減らすことができると考えました。

次にメルテが発表したのが、小型撮影用カメラ、コンタックスとロボット用 Biotar 4cmF2でした。
また、コンパーシャッターに取り付けるレンズもいくつか設計されました。
有名なのは、ナイト・エクザクタ用の Biotar 8cmF2です。
また、1936年にはそのドレスデンの一眼レフカメラ用に、Biotar 58mmF2 という大口径標準レンズを供給します。
望遠レンズとして最高の明るさだった Biotar 75mmF1.5 も投入されます。
この2本は、レンズ交換式小型カメラの焦点距離の異なるレンズとしてもっとも重要なものでした。

Biotarの他のバージョンは、航空パイロットとレントゲン撮影機のためのものでした。更なる機能は、x-光線-X
レントゲン用 Biotar (R-Biotar F0.9)は、1932年に世界に登場します。
のちに、より明るいF0.85が追加されました。

Biotar は1965年まで製造され続け、その後、Pancolor にと移行します。
総生産数は502000本ほどでした」

内容的には、それほど、という感じですかね。
以上の翻訳作成にあたって、ドイツ語の入力に約1時間、翻訳の手直しにまた1時間、これだけの労力に見合ったものだったか。
冒頭書いたように、普通に検索してコピー&ペイストすれば、時間は短かく内容もずっとましだったかなあという気がしてなりません。
これも3連休の過ごし方ということでしょう。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/08 Sun

貧困人的SUMMILUX

M8/Biotar 75mmF1.5
最近このボヤキが多くなって恐縮ですが、ライカの純正レンズはすっかり値上がってしまい、安いうちに買っておけばと後悔することがあります。
ズミルクス75mmF1.4もそんな1本で、ちょっと前まで安いもので15万円くらいで出ていたのが、いまは倍以上になってしまいました。
つまりは、いまの金額でかつては2本買えていたので、そうなればこの巨大レンズでステレオ写真も撮れていたのです。
冗談はさておき、75mmという画角がライカでこんなにも使いやすいと分かっていれば欲しいレンズでした。

今回入手できたビオター75mmの写りを見ると、ズミルクスの無念を晴らすことができます。
もちろん、このビオターは少量製造されたと言われる純正ライカマウントではなく、最も廉価なエクザクタマウントのものをMSオプティカルで改造いただいたものです。
廉価と言っても、いまやエクザクタマウントでも10万円以上するようで、たまたまその3分の1程度で売られていたものを先月発見して、年末の旅に間に合わせるべく宮崎さんにお願いしました。

安かったにも関わらずレンズはガラス、鏡筒ともたいへんきれいで、戻って来た時にはMSオプティカルのオリジナル・コネクターを介してアダプターが付けられた姿は新品のようです。
宮崎さんには仕事を急がせてしまい申し訳なかったのですが、そんな状況でも距離計連動の精度は完璧に出してきてくれていました。
乱視のわたしはピンボケを何枚も作ってしまいましたが、その程度はいつもの50mmF1.5と同程度で、歩留まりの好い大口径レンズと実感しました。

MSオプティカルのレンズ改造と言えば、宮崎さんによるカルテによる診断ですが、かなりの高評価を得ていました。
まず球面収差はやや過剰補正ですが、これはポートレイトを意識した開放でのフレア感を表出するためのものかも知れません。
ただ、強いハイライトでもフレアはあまり感じられず、開放でも十分使える、というよりは開放以外では使いたくないレンズです。

また、コントラスト、解像力とも開放から「よい」の判定で、コントラストはすでにF2で「大変よい」、解像力もF2.8で「大変よい」と書かれています。
そして両者ともF4になると「パーフェクト」の診断でした。
つまりF4以上は、F5.6でもF8でも深度は深くなりながら、描写は変わらないということです。
コメントには「コントラストは、開放~F2で大口径にしては大変よい」と絶賛されています。

ところでレンズ構成ですが、これが、なんとオーソドックスな4群6枚のガウスタイプのようです。
ライバル、ライツのズマレックス85mmF1.5が後群に1枚足した5群7枚、ズミクロン90mmF2ですら後群貼り合わせを分離させた5群6枚なのに対して実に潔さを感じます。
先にあげたズミルクス75mmF1.4を調べてみると、前群の貼り合わせを分離に、最後群をダプレットにした5群7枚でした。

この4本は、いずれもダブルガウスとその変形なのが面白いですね。
ただ、枚数が増えたり、構成が複雑なレンズほど性能が上なのかは微妙なところと言えそうです。
少なくとも同様のスペックであるズミルクスとは比較してみたくなります。
ビオターを入手してズミルクスは不要になったはずなのに…。
やはり、レンズというものは、その存在自体が魅力を放っているので、似たものを手に入れたとしても、それでもう良いとはならないのです。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2012/01/07 Sat

干萝卜

M8/Biotar 75mmF1.5
江蘇省と浙江省、それに上海市の一部に江南の水郷古鎮は相当数点在しているようです。
水運や漁業、その他の産業で清代までに栄えた村々は、その河や運河が邪魔をして近代の発展に取り残されたので
しょう。
それに、彼ら自身の美意識が町並みを保存に向かわせたということもありそうです。
戦争や文革が村をどのように変えたのか分かりませんが、結果的にはこのエリアに20以上の古鎮を残すことになりました。

世界遺産に登録される村が出れば、007のロケ地になった村もあります。
普通に映画やドラマのロケ地になったということであれば、それこそ数えきれないくらいでしょう。
そんな中で正儀という古鎮はほとんど知られていません。
実際、昆山という最寄りの町の駅に着いてタクシーに乗った時、運転手は正儀という地名は知っていたものの、そこに古鎮があるとは初耳だと言い、途中、道を訊ねながらそこへ向かったくらいです。

着いてから分かったのですが、周囲一体が正儀という比較的大きな町で、その中の老街と呼ばれるエリアのみが古鎮だったのです。
こぢんまり過ぎていますし、新しい町との境界もあいまいで、はずれの方まで行くと線路があって列車がそこそこの頻度で通っていきます。
どうも、古鎮の風情というか古鎮の品格というか、そういうものに欠けているようです。

そんな無名の正儀ですが、歴史自体は江南随一と言われているようです。
それが現在とどう繋がっているかは不明ですが、なんとこの地には6000年前から人類が生息していた形跡が見つかっているそうです。
それで正儀は6000年古鎮と言っているようですが、そんな石器時代に古鎮が形成されるはずがなく、この表現はあきらかに無理があります。

古鎮になりきれない古鎮、そう呼びたくなります。
そういえば、着いてすぐ入った店で朝食をとっていたとき、なんでこんなところに来たんだと聞かれたのを思い出しました。
住民にも自分たちが住んでいるのが古鎮だという自覚はあまりないようです。


今日の作例は、この地域の名産品の大根を干しているところです。
塩をまぶした大根を薄切りしたものを1日干すそうで、ちょっと塩っからいけど美味しいよと笑っていました。
家の中でやればよさそうなものなのに、こんなところへ並べて平気というのはよそから人がやって来ない証拠というところでしょうか。

ちなみに、いちばん奥に見えているのが鉄道の橋脚です。
また、1枚また1枚と並べられた大根が、この村の歴史の長さを象徴しているようにも見えます。
それに、これだけ大根があるなら細いところへ並べずに、中国で普通に見られる大きな円の籠に並べて庭に置いた方が、片づけるのも楽だろうにと思ってしまいます。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2012/01/06 Fri

小宝宝

M8/Biotar 75mmF1.5
今回訪れたのは、いわゆる江南の水郷と呼ばれる古鎮です。
上海と蘇州の間には、このような村がいくつか点在していて、わたしもこれまで、西塘、烏鎮、同里という名村を歩いてきました。
それらに匹敵する古鎮ということで、甪直を選択します。
せっかくですので、すぐ近くの正儀という村にも寄ったので、まず最初の数枚はその正儀で撮った作例です。

気温が8度~-2度くらいと東京より若干寒いですが、天気は上々で風もなく日中は暖かに感じました。
おかげで、日向に暖を取りに出て来る人が多く、被写体にことかきません。
歩いては立ち止り撮影して、声掛けられては立ち話してと、愉しい散策ができました。

しかし、行き先についてはかなり曲折がありました。
去年、一昨年と中国貴州省の少数民族の村を訪れたので、ぜひ今度も奥地まで足を運びたいと考えていました。
ところが年末年始の仕事の日程がなかなか決まらず、航空券購入競争に大きく出遅れて、気付いたときには10万円を超える値段になってしまっていました。

さすがに、香港や中国に10万円の航空券を買う気にはなれなく、マイレージを使って往復できないか調べてもらいます。
もう時期的には無料航空券がある状況ではなかったのですが、運好く某航空会社に行きは成田→上海が、帰りは香港→成田がそれぞれ1席だけ空いているという回答でした。
必要マイルは通常の倍でしたが、悩んでいては無くなってしまうと思い即予約を入れます。

上海から深圳へは中国国内線の航空券を別途購入します。
すぐに深圳まで飛んでもよいのですが、せっかく上海経由ですからどこかへ寄ってみたいと考えて、先述のように甪直に行ってみることにしました。
仕事のスケジュールも決定して、成田-上海-甪直-深圳-香港-成田の旅が確定しました。
短期間に移動ばかりする忙しい旅になりそうてす。


昨日の300年前に建設されたという景福橋に続いて、今日も正儀古鎮からです。
赤い帽子が縁起物を感じさせる赤ちゃんがいたのでそっとカメラを向けたのですが、すぐに抱いていたおじいちゃんにばれてしまい、ほらほら写真撮っているぞ笑って笑ってとやられてしまいました。
日の丸構図ですし面白くもないのでボツになるはずでした。

ですが、ふとあれっと思い、採用することにします。
服や顔つきから女の子だとばかり思っていたのですが、どうやら間違いだったと気付いたからです。
それにしても、朝の気温はまだ0度くらいだったはずですが、出しちゃってて寒くなかったのかなあと気の毒になる作例です。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2012/01/05 Thu

2012年快楽

M8/Biotar 75mmF1.5
明けまして、おめでとうございます。

年末年始の休みをいただいたうえでの新年の再開ですので、内容刷新と写真レベルの向上を検討したのですが、アイディアはなく撮影技術が一朝一夕に上達するわけもありません。
進歩なく、ひとまず今年も同じスタイルを続けることになりました。
よろしくお願いいたします。

それでは、年頭にあたって2012年の抱負を語ることにしたいと思いますが、なかなかそれも…。
ひとつは、昨年末にいわゆる旧エルマーと覚しきレンズを入手しましたので、いくつかある戦前の5cmF3.5というスペックのレンズを多用したいと考えています。
できれば、レンズ比較で構成や描写の違いを見極めたいとも思っていますが、そこまでできるかどうか…。

もうひとつは、やはり戦前のライツのレンズをがんがん使いたいということです。
わたしがライカを始めたころ、レンズの情報はライカを使っているカメラマンなどが書いた本がほとんどそのすべてでした。
カメラ店に通っている人は店から情報を得ることができたでしょうが、一定程度の知識がなければ店員さんと話をすることすらできませんから、ただただ本やらムックやらに頼るわけです。

そこで得られるライカレンズについての話では、ことごとくMマウントレンズの評価が高く、スクリューマウントの方は一部の例外を除いてことごとくひどいものだったと記憶しています。
特に、ヘクトール2.8cmF6.3、エルマー3.5cmF3.5、ヘクトール5cmF2.5、ズマール5cmF2、ヘクトール7.3cmF1.9に書かれたものはほとんどダメレンズだということぱかりでした。

これら戦前のライツのレンズたちはそんなにもひどいものばかりでしょうか。
確かに、古い設計で新種ガラスは使われておらず、コーティングもないので、コントラストが低くシャープネスもものたりないのは間違いないかも知れません。
ところが、このうちのいくつかを使ってみると、たいへん面白い写りをすることに気付きます。
バルナックライカではレンズを絞って使うのが当然ですが、開放で撮るとまったく違ったレンズの顔が見えて来るということではないかと思えるのです。

それと戦前の古いレンズは整備不良のケースが多く、写らないレンズだと誤解されているような気もします。
ぜひ手持ちのレンズでそういった誤解を解けないかと考えています。

レンズ全般が高価になってしまったため、こんなことくらいしか書けません。
今年は、これを入手しようとか考えることは少なくとも難しくなりました。
海外の市場に対してはせっかく円高のメリットがあるのですから、レンズの相場が少しでも下がることを今年の希望ということにいたします。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(8) | 2012/01/04 Wed
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