米其林餐庁向導

M8/Frilon 50mmF1.5
この2日ほどの間に、最近あまり感じたかったことのなかった違和感という言葉を思い出させるようなニュースを立て続けに見せられました。

ひとつは、流行語大賞で、2011年は「なでしこジャパン」だそうです。
なでしこジャパンは女子ワールドカップで世界一に輝いたので、スポーツ大賞を受賞するのなら理解できますが、流行語大賞というのはおかしいとはならないのでしょうか。
奇しくもなでしこの選手たちが、ワールドカップから凱旋してマスコミからちやほやされる中で、これが一時的な流行にならずに女子サッカーの安定的な人気に発展してほしいというようなコメントをしていただけに皮肉な流行語大賞に思えます。

もうひとつは、ミシュランレストランガイド2012年版の出版発表です。
この星付き評価は誰がどのように行っているのか、ほんとうに客観性があるのか、2つ星は3つ星より劣るということなのか等々の疑問が思い浮かびますが、そういった評価基準にはまったく触れずに、どこそこが2つ星だとかということを報道しっぱなしな情況が気になります。

創刊時だったか、ウチは載せないでくれと辞退されたレストランが少し話題になったと記憶しています。
掲載されることで観光客とかスノップな連中がどっと来店しては、常連さんなど店に大切な客に迷惑がかかるからという主旨だったと思いますが、この話に店主の良心を感じました。
もちろん伝統あるガイド本に評価されれば嬉しいのは当然ですし、客も増加するのでしょうが、もともと美味しい店なら口コミだけでも繁昌しているでしょうから、やはり先の店主の話の方に説得力があります。
ともあれ、こういう本が出版されるのは自由ですが、マスコミが勝手にヒートアップして掲載レストランを持ち上げ過ぎるのはどうかと思うわけです。

1993年に出版されてすぐに廃刊になってしまった旅行ガイドのグリーンガイドシリーズこそ、復刻させてもらいたいものです。
ギリシャに行った時にたいへんお世話になりましたが、例えば神殿のそれぞれの場所の意味などを詳説してあって、それまで関心のなかったギリシャの文化に大いに引き込まれました。
また、狭いエリアに遺跡や美しい町が点在していて、限られた時間をどうまわるか悩みましたが、このガイドを読み込んでコース設定することができ助けられました。
普通のガイド本とは違い写真がほとんどなく、的確な解説とウィットに富んだ文章で行きたくなる町を選別できるのがユニークです。

レストランガイドも、東京版が出るなら中国主要都市版も出してもらいたいものです。
例えば、深圳あたりの中堅レストランだと、旨いといって店がはやっていたのに突然平凡な味の店に変貌したり、パッとなくなってしまうことがよくあります。
恐らく料理長や厨士まるごと他店に引き抜かれてしまうということのようです。
高級店も例外ではなく、香港の店が引き抜きをするということですが、深圳と香港では給料が何倍も違うでしょうから、引き留めることなんてできないでしょう。

そんな栄枯盛衰の世界で、レストランガイドを毎年出し続けられるのか興味津々です。
それ以前に裏で金銭が行きかって、評価なんてまったく信用できるようなものにはならないかも知れません。
先の日本の良心的店主のような発言は絶対にどこからも出てこないでしょう。
偽ミシュランが出て、読者は混乱するばかりで、結局総倒れになりそうな気がします。
いや、中国で出すべきは味よりも、食材の安全性を評価するガイドブックの方が市民に支持されるでしょうね。
【M8/Frilon 50mmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Futura Frilon 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/30 Wed

望遠礼賛

M8/Summicron 90mmF2
スナップと言えばライカだという人が多いと思いますが、これにはわたしも納得します。
シャッター音が小さいから、ファインダーがスナップに向いているから、両目でフレーミングできるから、一眼レフよりカメラに見られにくいから、操作系が扱いやすいから…、等々いろいろと理由が語られています。

ライカは、広角が逆望遠型ではなく対称型設計で、性能が優れているからというのもあります。
これも正論とは思いますが、ちょっと同意できない部分がなくもありません。
スナップが広角ばかりで撮られている訳ではないからです。
広角はもちろん多用されていると思いますが、標準も使用頻度は高いでしょうし、望遠だってスナップにはたいへん有効ですが、それらが忘れられそうです。

標準レンズは、ライカのレンズ群の中でももともと種類が豊富ですし、ノンライにも名作が目白押しで、レンズ設計のバリエーションや古典的レンズが欲しければマウント改造でもそれが実現できます。
それら豊富なレンズたちをスナップで使うのは、ライカで撮る最大の愉しみです。
ライカでは、50mmのフレームがファインダーのなかで、ちょうどよいサイズの余白を残して浮かんでいるのも気持ち良く使える大きな要因になります。

それが90mmになると、フレームはかなり小振りに感じられます。
そのため以前はあまり積極的に使う気になれない焦点距離でしたが、使えばすぐに慣れるのだということに気付きました。
それが135mmだとなかなか慣れません、というか慣れるということはありませんでした。
今のところ、90mmが最長の焦点距離で、100mmくらいのレンズはその幅が若干狭まったものとして使用可能です。

ただ、先日の85mmF1.5、90mmF2はピントということではかなり厳しいものがあります。
F4に絞ればだいぶ問題は解決しますが、開放では歩留まりの悪さに閉口せざるを得ません。
情けない話ですが、この日20枚くらい撮ってピントが許容範囲内だったのは、今日の作例ともう1枚だけでした。
成功率10%ですが、せめて30%くらいに上げないとスナップで使わなくなりそうで、これは鍛錬が必要です。

もちろんじっくりピント合わせすればこんなことはありませんが、スナップでは構えてからシャッターを切るまでのスピードは重要です。
90mmで撮るような距離なら少し時間がかかっても平気ではと思いがちですが、逆に90mmクラスの高速レンズではレンズが目立つので、ライカの目立たなさが打ち消されるようです。

作例の時も連続でもう1枚撮りましたが、その写真は少女がこちらを見ている絵になっています。
こちらは望遠でも、相手の眼は想像以上に広角だということでしょう。
スナップでは相手に気付かれてもかまわないですが、それは撮ったあとでないといけないということです。

ズマレックスやズミクロンでの開放スナップは失敗も多いかも知れませんが、デジタルなら経済的ダメージはありません。
何より強い表現力を持っているので、成功したときの絵は何ものにも勝るでしょう。
そのためには、まず使用頻度を上げなければどうにもなりません。
【M8/Summicron 90mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 90mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/29 Tue

又来深圳

M8/Canon 35mmF1.5
立て続けになりますが、用ができたためまた深圳に出掛けました。
いつもより滞在日数が短かく、ほとんど自由な時間がとれません。
無理しても2日目に3時間、3日目に1時間半ほどで、どこかに行くとか何かするというほどまでの時間は取れません。
普通であれば、何かするとかあきらめて、カフェで休憩とかそんな過ごし方を考えるところです。

ただ、それでは当ブログの毎日更新が途切れてしまいます。
深圳なら何を撮っても絵になるので、どこでもいいから歩けばなんとかなります。
そこで2日目は行き慣れた大芬油画村へ、3日目はやはり毎度出掛ける東門界隈へ出向き、時間いっぱいスナップを撮って歩くことにしました。
新規開拓も考えましたが、なかなか好い場所が見つからないので、時間の制約も考えると行き慣れたところでよしとします。

大芬油画村は、数ヶ月前に連続で出向きましたが、午前中の短時間を過ごしただけでしたので、今回午後の3時間を歩けたのはここの面白さを人々に堪能させられました。
やはり午前の閑散の中より、午後の活気の方が大芬らしく楽しめます。
絵の好きな人、仕事で絵を探す人、外国人観光客、ここに暮らす子どもたち等々、スナップの彼写体には事欠きません。

もちろん最良の彼写体はここで働く人たちです。
到着してまず目に留まったのは、カフェ兼ギャラリーの細身の美女です。
中国の自己主張の強い女性らしく、やはり自己主張の強烈な服に身をまとい、ポーズを決めているかのような雰囲気です。

話しかけるには絶好のシチュエーションでしたが、今日はスナップだけと決めていたので声をかけるのはやめました。
前に利用してこのカフェが高いのは知っていましたし、外国人、とりわけ欧米人が多く来ているので、日本人ははなから相手にしてくれない可能性もあるからです。
英語の勉強の相手にさせられるかも知れません。

時間のないこの日は、話しかけるとすればもっと地元っぽい雰囲気の人がよいです。
知り合いもいなくはないので、近況も聞ければと思います。
特に着いて早々は、先を急ぎたくなるものです。
【Canon 35mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 35mmF1.5 | trackback(0) | comment(1) | 2011/11/28 Mon

Lentille Nouveau

M8/R-Serenar 5cmF1.5
時間は、1週間あとになります。
19日の土曜日、久々に号令がかかってknpmさん、ksmtさんと撮影散策に出ることにしていました。
ところが、とんでもなく間断なく降り続く大雨で、とても撮影どころではなくなります。
しとしと雨程度なら頑張って撮ることもできるでしょうし、かえって雰囲気の違う面白い撮影ができます。
レンズのコントラストの低さの欠点を逆手にとることも考えられます。

ところがこんな雨では器材に影響が出てしまいます。
予定変更して、東京都写真美術館を訪れることにしました。
本来なら、この日撮った写真でブログを書くつもりだったので、大慌てで日比谷のアンダーシリーズに切り替えた次第です。

昼ご飯のときにおこなわるお互いが持ち合うレンズ自慢はあっさりしたものになってしまいました。
前々から書いているとおり、いまや、簡単に新しくレンズを手に入れるのが困難になっているためで、盛り上がりに欠けます。
そこは、knpmさんがたいへんユニークな改造カメラを持参してきていて、盛り返すことができましたが。

さて、夜になって、そのknpmさんとイングランド風パブで、ペールエールとおとといだかに解禁されたというボジョレーの初モノをいただきます。
前夜いろいろあって4時間睡眠でしたので、この時点でわたしはひとりほぼへべれけ状態になってしまいました。
ところが、酔っているのとは違うところに位置する別のわたしが反応するように、knpmさんの話を聞いて楽しむことができます。

その夜、わたしの印象に強く残ったのが、次に会う時にはわたしが新しいレンズやアイディアを持ってくることを
期待する、というような意味のことを言ってもらえたことです。
いや、ほんとはそんなことは言ってなく、酔ったわたしが何かを勝手にそう解釈しただけかも知れません。
それでも、やはりこうやって不定期でレンズの仲間が集まったりするのですから、最近の動向をそれなりにでも伝えられるようにはしないといけないと思いました。

knpmさんにかけてもらった言葉を胸に、2つほど新機軸と言えるレンズを入手できました。
そういえば、MSオプティカルのMYZKさんともずいぶんとご無沙汰になっています。
レンズが届いたらすぐにも電話しなくては。
やはり、万年筆は主ではなく従であって、レンズ世界に力を注がないといけないと再確認しました。

作例は、この日唯一のカットですが、ノーファインダーで手ブレとひどいものです。
ただ、彼女もボジョレーを飲んでいるのを、わたしのレンズ道再開を祝してくれているものと考えることにします。
あいにくの天気ながら、愉しい1日でした。
【R-Serenar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Seiki-Kougaku R-Serenar 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(3) | 2011/11/27 Sun

像鏡頭一様

M8/Zuiko C 4cmF2.8
わたしが万年筆を好きになるきっかけは、万年筆そのものにありました。
かなり以前、おもちゃのような、それでもパーカー製の万年筆を使ったことがあるのですが、ペン先が引っかかる、インクが突然ドバッと出るなど、とても普段使いできるような筆記具とは言えないものでした。
それから万年筆なんてこんなものだと考えるようになって何年も経ち、くだんの専門店でモンブラン72という60年代のモデルを試し書きさせてもらったところ、これこそが万年筆だったと気付かされたというのが経緯です。

ペンを持つ手に力を入れず、ペン先を神の上に置いて動かすだけでインクが勝手に走り出して紙に定着するという感覚でした。
手を動かす速度や手の重みにかけ方などの変化を与えると、それを反映して線の表情も変化します。
自由自在というにふさわしい書き味を味わった瞬間でした。

すっかり気に入って注文すると、1ヶ月オーバーホールと調整に1ヶ月かかって納品されるとのことです。
とても1ヶ月先の楽しみを待っていられません。
そこで古いモンブランのコレクター書のような本を買い、それをもとにeBayで何本も落札してしまいます。
それらも当たり外れこそありましたが、わたしに形成されつつあった万年筆のすばらしさを確認するものばかりが手元に揃いました。

待望の1ヶ月後、万年筆があがりましたの連絡を受けます。
名人の調整を経たそれは、最初の好印象をずっと上回る最高のフィーリングで、もはや万年筆の大海に沈んでいくことに何のためらいもありませんでした。
一直線に突き進んでしまい自分でも怖さを感じないではないですが。

50年代以前のモンブランには、ライカやノンライツのレンズに通ずるものがあって、それも万年筆購入を助長させる要因になっています。
例えば、モンブランの各モデルはeBayにときどき出てくるという程度の頻度で登場し、あまり出ないレアモデルがあったり、一般的なモデルのレアバージョンがあったりします。
それパターンは、ライカやライカレンズのそれに似ていると言えます。

対抗するペリカンやゼーネケンというドイツの万年筆メーカーは、ツァイスやフォクトレンダーに相応するように思われますし、イギリスのオノトはダルマイヤーっぽいですし、パーカーはずばりコダックに相当しそうです。
かなり強引ですが、レンズの世界を連想させるだけの根拠はあります。

他にも万年筆とレンズを結び付ける要素はいくつもありますが、この辺でやめておきましょう。
あるいは、アンティーク腕時計やクラシックカー、パイプ、鉄道模型…、どれも同じような世界なのかも知れません。
どれかひとつを全うするのが正しい生き方なのだと思いますが、まずいことに二またになってしまいました。
後戻りはできそうにありません。
【M8/Zuiko C 4cmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Olympus Zuiko C 4cmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/26 Sat

火車站的故事

M8/Zuiko C 4cmF2.8
今夜、帰宅に向かう駅で心温まる光景を目にして、ちょっとした衝撃に包まれました。
普通であれば見過ごしてしまうようなことです。
向かいから初老の男性とその息子さんと思しき青年が歩いてきました。
発老の男性は盲目で白い杖を手にしており、青年が慣れた風にサポートしながら雑踏の駅を進んで行きます。

それだけであればごく普通の光景です。
わたしが衝撃を受けたのは、そのふたりがなんとも自然な美しい笑顔だったことです。
何かしゃべりながらだったので笑っていたのではなく、ふたりは無言で歩いていました。
にも関わらずあれだけの笑顔をふたりとも見せられるというのは、そのときふたりはお互いを信頼しきっていて、その相手とふたりでいることに最高の幸福を感じていたのではと直感したのです。
それに、ふたりの笑顔がまったく同じに見えたので親子なのだろうと想像しました。

そしてとっさに思い出したことがありました。
女優、グレタ・ガルボが晩年に言ったとされる言葉です。
正確には覚えていませんが、こんな内容だったはずです。

 わたくしの最大後悔は、結婚しなかったこと。
 この世で最も美しいのは腕を組んで歩く老夫婦の姿だというのに、わたしにはそうすることができない…。

わたしも老夫婦の姿を好いものだと思ったことはありましたが、この話を読むまでは美しいのだということに気付いていませんでした。
老夫婦の姿がなぜに美しいと感ずるのかはグレタ・ガルボとわたしで見方が違うかも知れません。
ひとりだけでも美しいのでしょうが、相手を信頼して身を寄せ合うことが相乗的に美しさを高めるのではないか、外見的な美しさを超えた内面から出てくる美が伝わってくるのではないかと考えられました。

それは、最初の親子のケースと通ずるのではないかと思います。
そうではなくもっと深い意味があるのかも知れませんし、単にわたしの錯覚だったかも知れません。
しかし、それでもわたしはこの一瞬の出来事で、心豊かに帰宅の途につくことができました。
そして、美とは何かということを少しだけ考えるきっかけを与えてもらいました。


アンダーな写真が続いているように見えますが、おとといと昨日はけっしてそうではありません。
木陰というもともと暗い場所で、レンズのくもりによる影響を配慮しつつ、被写体を求めて撮っていった結果です。
かなり以前には何でもかんでもアンダーぎみに撮ってひとり悦に入っていたのですが、それは違うと勘違いを鋭く指摘されて以降は暗い写真を避けてきた嫌いがありました。

Shasindbadさんのレンズ千夜一夜というブログを毎日拝見するに、多くが黒のなかの黒とも言えるシャドウの美を
とり入れた作品は、アンダーというのともまた違う美学があるようで、とても真似のできない世界を感じます。
せめてあの黒を出せないものかと実は模索しています。

その完全失敗作が、今日の作例です。
美しい女性が向かいから来たので、これもShasindbadさんから密かに盗もうとしている腰だめで撮影します。
このままではブログに掲載できないのは分かっていたので、顔を消すべくシャッタースピードを3段上げて、同時にシャドウを黒くシャドウも表出させようと試みました。
結果はこのとおり、説明がなければまったく意味不明の1枚です。
【M8/Zuiko C 4cmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Olympus Zuiko C 4cmF2.8 | trackback(0) | comment(2) | 2011/11/25 Fri

鋼筆画

M8/Zuiko C 4cmF2.8
今週は万年筆のネタで通すつもりだったのですが、脱線というか、そんな考えはすっかり忘れてしまっていました。
実は、昨日も仕事を終えてから銀座まで足を運んで、万年筆のペン先の調整をお願いして来ました。
縦に太く横に細い文字をイタリック体と言いますが、そんなペン先の万年筆が売られています。
ヴィンテージの万年筆のペン先も、同様の加工・調整は出来ないのですかと相談したところ、もちろんできる、との返事をもらいましたので、早速、昨日お願いに出掛けたのでした。

というのは、先日も書いたようにヴィンテージ万年筆を扱って調整まで依頼できる信用のおける店は限られています。
ここでは新品の万年筆も扱っているということもあってか、購入、修理、調整の依頼がひっきりなしで、受け取りまで1~2ヶ月待たないといけません。
イタリック体は、アルファベットで面白い味を出せますので、スペインでお世話になったダヴィドたちにクリスマスカードを書くのに使ってみたいと考えました。
もたもたしていると年越ししてしまいますので、なんとか年内早い時期に間に合わせてもらうようお願いしたという訳です。

そんな依頼をするよりは、イタリック体のペン先の付いた新品を買えば好さそうなものです。
しかし、万年筆はカメラやレンズよりもワールドワイドで歴史も匹敵する広大な世界なので、無制限に買っていてはレンズの泥沼どころか、万年筆の大海にドボンと沈み込んでしまうでしょう。
レンズではオールドの世界に限定しているのですから、万年筆も同様に1950年代以前のものに縛って購入しています。

万年筆メーカーは今では群雄割拠なのかも知れませんが、50年代以前、特に戦前となると、カメラでライカコピーの粗悪品があったように、怪し気なメーカー二級品、三級品と言えるものも多数あります。
あえて三級を買う必要はないですが、日本のライカコピーに名品が多かったように、万年筆でも同様なことが言えるようで、その辺を集める楽しみはあるようです。

個人的な好みの問題で、違うサイズが存在する場合は短いものを選ぶようにしています。
万年筆はどんなに短いものでもキャップを外して本体に付けることで、十分な長さが確保できるので、手のでかいわたしでも問題ないので、よりコンパクトな短い万年筆に惹かれるものがあるのです。
また、万年筆はインクの吸入機構が壊れては使うことができませんが、壊れにくいもの、壊れても修理しやすいものをと考え、どうしてもピストン吸入機構のものが中心になります。

購入したペンは二桁を超えました。
そんなに持っていてもしようがないと知りつつ、やはりレンズ同様にいろいろなタイプを集めたくなってしまいます。

作例は、日比谷公園名物のルーパ・ロマーナ像をスケッチする青年です。
ローマ建国の神話に由来するものだそうで、日独伊三国同盟締結時にイタリアから寄贈されたというので歴史の遺物と言えるのかも知れません。

スケッチと言えば、万年筆画という絵画のカテゴリーがあって、いま、静かなブームとも言われています。
水彩とペン画の好いところを合わせたなるほど素晴らしいものですが、字もまともに書けないのに、わたしには縁遠そうな世界です。
それでも、いつか写真が撮れなくなるなどしたら、挑戦してみたいと思わせる魅力があります。
ただ、そういうことを考えていると、万年筆画のためのペンを揃えたいなどと購入の口実にしてしまいそうなので、当面は封印するつもりです。
【M8/Zuiko C 4cmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Olympus Zuiko C 4cmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/25 Fri

鋼筆的故事

M8/Zuiko C 4cmF2.8
銀座まで出向いて手にしたモノとは、残念ながらレンズではなく万年筆です。

毎日毎日、仕事にプライベートにPCで文字を入力してばかりだと漢字が書けなくなっていっているのを実感します。
なるべく文字を書く努力をしなくては。
わたしは力を入れて書く悪筆なので、筆圧を下げて書く万年筆は絶好のアイテムです。
おかげで多少ですが、読める字を書くこともできるようになります。
筆圧が低いと疲れないというメリットもありました。

また、万年筆は趣味の高いアイテムだということにも気付きました。
もちろん現在でも多くのメーカーが競って新作を出していますが、わたしはそれらに興味はなく、もっぱらヴィンテージと呼ばれる古い万年筆を使います。
古い万年筆を手に入れる方法はレンズ同様で、eBayや専門店がメインになります。

ありがたいことにeBayのこの分野にはまだ中国人が進出して来ていないようで、だいたい相場より安く収まります。
時には、とんでもなく安く落札できてまうことがありますが、ヴィンテージ万年筆人口がそれほど多くないということが理解できるような気がします。
ただ気を付けなくてはいけないのは、万年筆をきちんと整備してから出品しているeBayerは少なく、うっかりするとすぐに故障して修理が必要という事態になる可能性が非常に高いのです。

万年筆の修理をするところは日本には案外少なく、相応の出費と期間を覚悟しないといけません。
レンズ、カメラや時計と同様に中国で安く修理できないかと探しましたが、未だ見つかっていません。
購入の時によく確認しないとかえって高く付く心配があるわけです。
修理費を考慮してそれでも十分安いと判断できればいいですし、怪し気だったが着いてみるとすこぶる調子いいこともあり、運が左右する買い物と言えるようです。

以上は、主に万年筆のインクを吸入する機構に対しての話ですが、ボディのコンディションに関することであれば問題はより深刻です。
古い万年筆はセルロイド製のものが多くクラックとかヘアラインと程度によって呼び名の違うキズがある場合があります。
当然、説明文に明記されるべきですが、気付かないのかわざとなのか、時おり到着して初めてそれに気付く場合もあります。
それらの修理も不可能ではないようですが、そんなものが届いたときは基本的にそれらキズを騙し騙し使うしかありません。
不運だったと諦めるか、自業自得と泣くしかないのです。

そんな心配をしなくていいのが国内の専門店での購入です。
非常に細かいところまで正確に説明がありますので、安心して購入することができます。
そして、より重要なことはペン先を調整してくれることです。
万年筆はいろいろな要素がそれぞれ機能を果たすことで、完璧な筆記具として成立するものだと思いますが、中ではペン先がもっとも大切な役割を持つことは言うまでもありません。

それを書く人のクセまでをも考慮して、完璧な調整を施してくれるのが、今回購入した専門店です。
この調整がなかったり、いまいちだったりだと、ペンポイントが引っかかりぎみで指先にストレスを感ずるなど、万年筆の良さを味わうことができません。
いや、完璧な調整を経た万年筆を使ったことがない人がほとんどなため、万年筆人気が一部にとどまっているのだと思われるくらいです。

わたしは、たまたまこの専門店の扉を開ける機会があったため、このすらすらっと書ける味わいを知ることができ、万年筆の沼にずぶずぶとはまりこむことになりました。
片足はレンズ沼に、もう一方は万年筆沼に。
【M8/Zuiko C 4cmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Olympus Zuiko C 4cmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/23 Wed

奥林巴士的鏡頭

M8/Zuiko C 4cmF2.8
今日からは都内です。
先週、依頼していたものが約2ヶ月かかってようやく仕上がったと連絡があり、土曜に銀座まで取りに行って来たのです。
藤沢くんだりから銀座まで出るとなると、ただ往復するのではもったいないと考えてしまいます。
時間に余裕があればがんがん歩きまわっても、また谷根千あたりに繰り出してもいいですが、今日は千代田線を霞が関で降りて、日比谷公園を抜けて銀座まで歩くことにしました。
時間のない時のわたしの定番コースです。

こういう短時間の散歩では、軽い装備ということで、まずはついこの間のスペイン旅行の帰途のロンドンで購入した小型バッグのハドレーSをまず手にし、カメラはいつも通りのM8でいいとして、レンズを何にするかが悩むところです。
ところが今回は、オリンパスの問題が発覚して連日報道されるようになって、そうだと思い出すレンズがあったのでそれに即決できました。

それは、ある程度量産されたレンズとしてはオリンパス唯一と言えるライカスクリューマウントレンズのズイコー4cmF2.8てす。
比較的数の少ないレンズのようで、4cmという中途半端な画角、F2.8というこれまた中途半端な明るさにも関わらず相場はけっこう高く、当時8万円くらいで売られているものが多い中で、ファインダーとケースが付いて4万円ほどと格安に手に入れました。

理由は簡単で、レンズにくもりがあるという説明だったのです。
普通の人は手を出さないのかも知れませんが、くもりが取れれば好いですし、最悪の場合研磨してもらっても通常の価格より安く入手できたことになるので、考えた末に買うことにしました。
たぶん、2~3年前のことと思いますが、その後なかなかクリーニングに出す機会に恵まれず、すっかり忘れてしまっていたところへ、先の事件が起こったためあっとこのレンズを買ったことを思い出した次第です。
そういう経緯なので、くもりの影響が撮影結果に如実に現れる作例が続くことをご容赦ください。
ついでに言えば、大王製紙が印画紙を製造していたならM8ではなくM6になっていたでしょう。

オリンパスを選択した理由はその程度のことですが、今の報道を見る限り不祥事の原因は一部役員にあるだけで、それ以外の大多数の関係者の方たちは、事件に関わりなくいわば巻き込まれたかたちの被害者と言えるのではないかと思います。
こういう比較は非難されてもやむを得ないかも知れませんが、福島の原発事故によって風評被害にあわれたり、避難生活を送られている方と立場は近いような気がします。
かつては、素晴しいカメラやレンズでわたしたちを楽しませ、いまでは優れた内視鏡で消化器などの検査で健康を守ってくれている同社に対して、こういう時こそエールを送りたい気持でレンズを選び撮影に及んでいます。

そんなくもりレンズは快晴のこの日、普通に撮るとコントラストの極端な低下など、条件的にかなり厳しいものがありました。
しかし、たまたま出掛けた日比谷公園の多くの場所は木陰になっていて、レンズのダメージをも隠すのに役立ちまジた。

ペンタックスやミノルタのように合併などイヤです。
頑張れ、オリンパス!
【M8/Zuiko C 4cmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Olympus Zuiko C 4cmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/22 Tue

我喜歓右辺的

M8/Summarex 8.5cmF1.5
今日、月曜からは新しい場所で話をスタートさせたかったのですが、ネタが揃わなかったのでもう1日深圳の写真です。
ほんとうは、昨日この写真を出して終わるはずだったのですが、1日延ばさなくなり、強面の沈さんをつなぎに使って、今日は本来の深圳シリ-ズ最終回ということになります。

いま、若き友人Sumimomuさんと深圳への旅を計画しています。
突然の大出費があったとか聞いていますのでこの計画がいつ実現するのか、また暗礁に乗り上げた感がありますが、とにかく計画だけは進めています。
そのひとつが、彼のライフワークであるモノクロ撮影ですが、モチーフにはどうしてもモデルが必要だという問題があります。
日本から連れていければいいのですが、そうも言っていられないので、現地で手配するより仕方ありません。

深圳の関係の方に聞いてもらって、プロのモデルを頼むと1日1000元が相場とのことでした。
ただ、探せば600元くらいからいるようですが、ルックスでは期待しないようにとの但し書き付きでした。
相場が12000円というなら、たぶん高いとは言えないのだと思いますが、Sumimomuさんは日本では努力とその人徳によって無償のモデルさんと撮影しているようですので、中国ではわたしがモデルを見つけてあげなくてはと考えました。

とは言え、Sumimomuさんがどういうモデルを求めているのか分かりませんが、不美人でもかまわないかなと思いますが、少なくとも不細工ではまずいでしょう。
モデルをお願いできる程度の関係の知り合いがすでにあまりいないうえに、Sumimomuさんに少なくとも絶望感を味わわせないような外見の女性っていたっけと熟考に熟考を重ねました。

その結論こそ、今日の作例のふたりです。
撮影がまずくてそう見えないかも知れませんが、ふたりともかなり可愛いと言えます。
なにより性格がよくて、面倒なモデルも引き受けてくれそうです。
実際、撮影後事情を話すとふたりとも快くOKしてくれました。
Sumimomuさん、いかがでしょう?

さて、当日、彼女たちの勤務先に赴き、ふたりの写真を撮らせて欲しいんだけど…、と聞くと意外にもふたりとも嬉しそうに快諾してくれました。
仕事が5時に終わるというので再訪するように言われて行ってみると、ひとりしか待っていません。
あれっと聞くと、彼女は美容院に行っているとのこと。
せっかくの機会なのだからと髪型にこだわったことが、実は、これが尾を引くことになります。

さすがに東京より西で1時間時差がある深圳でも6時近くなっては、かなり暗くなります。
それでも公園まで行って撮影しようとしますが、すでにレンジファインダーの二重像もよく確認できないほどに日が落ちてました。
当の彼女にはたいへん申し訳ないですが、とても写真なんて撮っているような状況ではなくなっていました。

写真はすべて手ブレとピンボケばかりでしたが、奇跡的にこの1枚だけ前ピンながら、モデルに相応しいかどうかを判別できうるレベルにとどまりました。
ふたりは仲良しで、ふたりが一諸でこういう機会を得たことが、ほんとうに嬉しいと何度も言っていたのが印象に残ります。
あらためて聞きますが、Sumimomuさん、いかがでがすか?
【M8/Summarex 8.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summarex 8.5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/11/22 Tue

沈先生的肖像

M8/Kino Plasmat 5cmF1.5
東莞駅には無事携帯電話が届けられていました。
わたしが中国で携帯を紛失するのは、今回で4回目です。
うち1度は、日本の携帯を深圳の繁華街でスラレたもので、あとは地下鉄の中で1回と、気付いたらなくなっていたというのが1回あります。
当然、一度も戻って来たことはありませんでしたので、今回返って来たのは初の快挙と言うことになります。

うっかりなくした今回の件は弁解の余地のない自分のミスですが、まったく巧妙な中国人スリのテクニックが発揮されたものだと思っています。
いずれのケースでも、鞄の中にしまっていましたので、いつどのようにして盗られたのかまったくの謎です。
すべて安物ですから被害は大きくありませんが、精神的なダメージというか、見えないものの恐怖みたいなことはけっこう感ぜずにはいられませんでした。

ポケットに入れていた財布を盗られたということは一度もありません。
それで、むしろポケットの方が安全なのかとポケットに入れるようにし、その後はわずらわしいのでベルトを通す革ケースを購入して持ち運ぶようにしています。
実は、これが今回の災難の原因で、お腹の調子が悪くて列車のトイレを利用する際、ベルトから携帯が抜け落ちたりしたらたいへんだと外して手に持ってそのまま座席まで来たため、1等車でベルトを外したりはみっともないかと一時的に座席に置いたまますっかり忘れて下車してしまったといのが真相です。
お腹を壊してトイレへというのを書くかどうかためらいましたが、隠し事はせず、正直に記すことを拙ブログのモットーとすることをこの場で再確認させていただきます。

高鉄に乗って深圳に戻ったのは思いのほか早い時間でしたので、時計の調整をしてもらいに修理店に向かいました。
そのあたりの経緯や飲みに行ったことなどは数日前に書いたとおりです。
酒豪揃いの中で、何回か乾杯をしてしまい、かなりへべれけになったのは覚えていますが、事は記憶についてはかなり怪しいところがあります。

帰国後しばらくして、撮影した画像を見ていたところその時撮ったと思われる沈さんの顔があったのでびっくりしました。
顔つきからすると誰かの話に集中しているときにこっそり撮ったもののようです。
ゴツゴツっとした沈さんの顔は、自身の体ひとつで頑張って来た苦労人に見えるでしょうか、それとも時に悪事まではたらいて成功を掴みとったやくざ者に見えないか、こんな写真なので心配です。。

今回、キノ・プラズマートで数十枚撮りましたが、ピントがしっくり来なかったのが多かったです。
それに夜間の野外撮影でぴったりとまったくブレが見られないのが不思議な気がします。
わたしの場合、酔っ払っていた方が、よほど結果が良いということなのでしょうか。
今回のいちばんのお気に入りになってしまいました。
【M8/Kino-Plasmat 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Kino-Plasmat 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/20 Sun

喜歓、喜歓、喜歓

M8/Kino Plasmat 5cmF1.5
まだ時間はありましたし、これから夕方にかけては撮影には絶好ですが、気分が乗らず帰ることに決めました。
それに東莞駅に紛失した携帯電話が戻っているはずですので、早めに取りに行かないと駅員が後退するなどして再紛失されてしまうかも知れません。
明日、また来いと言われても辛いので、早いところ駅へ駆けつけたいです。

村からバス通りまでの道を聞いて歩き出すと、案外近く10分もかかりません。
バス停もその交差点にありましたが、どちらの方向のバスに乗れば戻るのかが分かりませんでした。
そこらの人に聞いてもよいですが、近くにドリンクスタンドがあったので、喉を潤しつつ聞くことにしました。

このドリンクスタンドですが、なんと呼ばれているのか分からないのでこう書きましたが、ここ2~3年広東エリアに急激に増えた、特に若い女の子たちに人気のテイクアウトの飲み物の店です。
本家は台湾にあって、ひとつは新鮮なフルーツを売りにした店で、そのままフレッシュジュースとして飲むか、牛乳を混ぜてシェイクにしても旨いです。
もうひとつは、珍珠奶茶等のお茶系ドリンクで、奶茶とはミルクティを意味し、中にタピオカのぷよぷよした玉ころがたくさん入った飲み物です。

中国のドリンクスタンドではその双方を扱っている店が多く、台湾スタイルを堅守している店もある一方で、怪し気な雨後のタケノコが跋扈しているのも事実のようです。
中国国内報道でも、記者が取材した店の中には果汁の入ったジュースもお茶の入った珍珠奶茶も皆無で、1杯原価が5円のものを120円で売れ、2坪程度のスペースでオープンできるこのような店が次々とできていると警鐘を鳴らしていました。

この時、飲んだ木瓜牛奶も残念ながらそんな果汁0%の飲み物でしたが、さすがに毒までは入っていないでしょう。
ファンタかサイダーを飲んでいると思えば仕方ありません。
広東ではフルーツが安いので、料金が多少上がってしまってもいいので、木瓜(パパイヤ)や芒果などは本物を用意してもらいたいものです。
先述のとおり、そういう店はちゃんとあるので、探して利用すれば問題ありませんが、初めての土地ではなかなかそういう訳にもいきませんし。

さて、今日の作例ですが、そんなドリンクスタンドのそばで見かけた不思議です。
好き、好き、愛してる、と聴こえてきましたが、それはもちろん写真の女の子が言ったものではありません。
この遊具に乗るとかかる音楽が懐しの一休さんで、この子が乗っている間、一休さんの歌が日本語で流れていました。
アニメの一休さんは、恐らく90年代の中国でも放送されていたそうで、大変な人気だったと聞きます。
放送は当然中国語の吹き替えだったと思われますが、例えば「この橋わたるべからず」の解決法をどのように中国語に訳したのか気になるところですが、日本アニメが国外輸出されたときの常で、テーマソング、エンディングソングは日本語のオリジナルが流されます。

ですから歌詩が分からずとも、メロディはそれなりの中国人に親しまれているとは想像できます。
とはいえ、オリジナルの放送が1970年代のとても古い外国語の曲を、子どもの遊具で流す必然性が分かりません。
コインを入れるとゆったりと上下に動く一休さんの遊具スーパーの店頭などによくあって、深圳などで何度も見かけます。
一休さんが流れる度にかつて見ていた頃の懐しい気持ちになるかと言えばそんなことはなく、なぜ、いま、中国でと、ただただ不思議な気持ちになるばかりなのでした。
【M8/Kino-Plasmat 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Kino-Plasmat 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/19 Sat

電線村

M8/Kino Plasmat 5cmF1.5
径聯村のことを書くのを忘れたわけではありません。
魅力のない村ということでもないですし、村人と会話する機会も持てました。
それでも何か物足りないというか、心躍る瞬間が訪れなかったという印象です。
村に魅力自体を感じなかったのではないので、自分自身の疲れとか、古鎮巡りに飽いてきたとか、そんなことが影響したのかも知れません。

おとといの写真は、一貫して廃品回収の仕事を続けてきたが、今が景気のいちばんいい充実した毎日だよと笑っていた、江西省から出てきて十数年という親父さんの明るく働く姿です。
昨日の写真は、池塘で釣りをしていると、あたりはしょっちゅう来るのに針がかりせずでいらいらしているところにカメラを持った大人が来たので、恥ずかしくて隅に移動してしまった少年たちです。

他にも、よちよち歩きの孫と散歩するおばあちゃん、暗い古民家のなかではなく家の前に道具を出して電子部品の組み立て仕事をするおばさん、昼間っから路上で麻雀する男女混合チームなどなどいろいろな人々を見かけます。
ところが、彼らはみな地元の出身者ではありません。
この周辺にはたくさんの工場が古くから進出していたので、安定した収入を求めて中国各地からやって来た農民たちが、この地に定住してできたコミュニティのようなものなのです。

古くて使い勝手のいいとはいえない古民家は家賃が安い上に、夏場は案外ひんやりしていて、いくつかの不便を除けば暮らしやすく、現金の蓄えもできたことで田舎の家族や仲間も呼び寄せたりしたことで、住民が入れ替わりながら径聯村は新たな繁栄を始めたということのようです。
村はけっして侵略されたわけではありませんが、村の歴史が寸断されたというか、どこかでリセットされたようになっているのは事実と言えるでしょう。
村が荒廃してしまったり、ひいては消滅してしまうよりはずっと好いとは思いますが。


さて、今回、久々にキノ・プラズマートを持ち出してみました。
半逆光下でこのレンズにとってはたいへん厳しい条件ですが、やはりフレアや建物周辺の倍率色収差の出現はM8で撮った時とくに顕著です。
多くのオールドレンズでは、光線条件によって優劣の差が極端になってしまうのは避けられないことです。
デジタルなので撮影後にそれらを補正することは簡単なのだと思いますが、確かに好い写真を見せるためのブログをやっているのであれば、そういうことも好いことなのでしょう。

しかし、わたしの場合はあくまで、レンズの美点・欠点すべてを見たいという欲求がありますので、むしろ欠点が出ているものの方がレンズ固有の収差を考える上ではむしろありがたいことです。
少なくとも自分の写真やレンズをより良く見せたいがために、事後補正する必要は少なくともわたしにはありません。
そうであれば、最初から高性能の現代レンズを使った方がよほどいいです。
ただ、フレアの場合は、画面を見づらくするために肝心の収差が隠れてしまうということがありうるので、やはり取り払うべきとの考え方もあることも付記ておきます。

カメラで撮れば一瞬でその風景を完璧に切り取ることができますが、それでも長時間かけてスケッチをする人がいます。
そして多くの場合、忠実に再現された写真より、シンプルなスケッチの方に惹かれるということの方が多いのは事実です。
同様に、まったくの無収差の写真よりも、収差は顕著でもそこに何かを見出せるものの方に魅力を感じるという人がいても、それはおかしなことではないと思います。
【M8/Kino-Plasmat 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Kino-Plasmat 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/18 Fri

80年代的想法

M8/Lykemar3.5cmF3.5
時計修理職人・沈さんのことを補足的に書いておきます。
小さな修理店には仲間と愛娘のふたりも働いています。
いくら絶好のロケーションにある店とはいっても、3人がフルに稼働するほど客が来ることはまずないだろうと思われます。

沈さんは、娘に修理のノウハウを半年間叩きこみ、彼女がどうにかやって行けるようになるのを見届けてから、やおら手表二手店をオープンさせました。
手表とは中国語の時計のことで、二手はセカンドハンドの中国語訳ですから中古品の意味です。
つまり中古の時計屋を、修理店の1/3のスペースでやりだしたのでした。
なんでも深圳で最初に許可を受けた手表二手店だと自慢たっぷりです。

ただ、スタートしてまだ1ヶ月しか経っておらず、売り物は十数本きりありません。
それでもすでに何本か売り上げているそうで、これからどんどん拡大すると意気込んでいます。
ひいては、相場がずっと安い日本で買いたいが協力してくれと、本気かどうか分からないような笑いながらのお願いをします。
あれっ、 前にもこんな話があったような…?。

それでも、彼はもうばりばりと仕事をするつもりはないのだそうです。
四十代後半にして、もう引退して悠々自適の生活を考えているのです。
だから中古時計販売は趣味でやるようなものだということでした。
そういう発想なら、たまに友人をたくさん招いて、自慢を混えて話に花を咲かせたりするのが何よりの楽しみというのも分かるような気がしてきます。

香港の友だちで、小学校の先生をしているのですが、やはり30代半ばくらいで引退を考えている人がいました。
恩給がわずかながらもらえるし、武漢出身の奥さんの弟を使ってのんびり建築材料の卸でもやろうと計画しているようでした。
その後、彼にはずっと会っていなくてどうしているのか分かりませんが、どうも中国では、とりわけ広東省では、若いうちに懸命に働いて、早めにドロップアウトしてのんびり暮らすというライフスタイルがステイタスになっているように思います。

年取ってまであくせくはたらく必要はない、自分の蓄えがあって、子どもたちが面倒を見てくれればそれが一番と考えるのでしょう。
豊かでなくても家族に囲まれてのんびり生活するのが幸福だと思っているのだとすれば、中国人はいつでも金、金と言っているという認識を変えなくてはいけないかも知れません。

とはいえ、そういう考え方は、今後一気に消え去ることになるような気がします。
1980年代、万元戸という言葉があって、年収が1万元(たぶん当時のレートでも30万円程度でしょう)あるとすごいずこいともてはやされた時代がありました。
物価がたいへん安く定期預金の金利が20%もあったころで、200万円あれば一生遊んで暮らせると言われていたと本で読みました。

若いころ、そんな中で育った沈さんや香港の友だちのような世代は、早くにお金をためてさっさと引退というライフプランができだことでしょう。
ところが、いまの人たちは頑張れば、いくらでも金儲けできるという話を聞いて育ってきたのです。
若くして引退なんて誰が考えるでしょうか。
【M8/Lykemar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kodak Lykemar 35nnF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/17 Thu

豪宴

M8/Lykemar3.5cmF3.5
昨日、時計を調整してもらいにいって懐しい知り合いにあった話しをしておきながら、大切なことを忘れていました。
もちろん時計は簡単に調整してもらい、日差4~5秒になったということです。
また、わたしの時計もクロコ型押しのなかなかに高級感あるバンドを付けてもらい大満足です。
前に利用して、腕は信頼できると思っていましたが、それが確信できました。

中国では時計の修理も革バンドも激安ですが、さすがにお金は受け取れないと言われた時はそういう訳にはいかないとこちらも突っぱねました。
どうしても受け取ろうとしないので、夜会う時にこちらで支払えばいいやと考え直しました。
ところが、その考えはたいへんあまかったと後で気付かされます。

友人と夕食を済ませて話をしていると、携帯が鳴ってその時計修理師・沈さんから、いまレストランで仲間内と飯を食っているのでただちに来るようにと呼び出されます。
住所を控えてタクシーに乗ると驚くべきマンションが林立する場所で降ろされました。
そこは、以前このブログに何度も登場した美女、王老師の家のまん前だったのです。
もっとも彼女は2年前に実家に帰ってしまい、すでにそこには住んでいませんでしたが。
沈さんの家は王老師のマンションの向かいのマンションに暮らしていたとは。

そのマンションの1階にレストランが数軒並んでいて、わたしは王老師と何度も食事をしたものですが、その中の広東料理の店で沈さんたちがテーブルを囲んでいました。
この日たまたま故郷の友人が集まり、時計修理の仲間と合流して久振りに飲み食いとなったとのことです。
自己紹介をすると7人ががやかやと話しだすのでが、ひとり湖南出身の人がいる以外はみな客家の広東人で、その湖南人も商売上理解できるようになった広東語がほとんどで、恐らく客家語混入、たまに普通話が出てくるといった具合で話に全然ついていけません。
みんな白酒で酔っているのか、かなり混沌としているところも多々見られました。

わたしだっていつまでも客観的に見ていられる訳ではありません。
誰かがグラスを持てばみんなグラスを満たして、乾杯が始まりますが、いくらエルマー5cmF3.5くらいの大きさのグラスでも、アルコール度数50度以上の酒を立て続けに飲めば慣れないわたしはすぐグロッキーです。
めったに食べない広東料理ですが、豪勢な海鮮料理は食事を済ませたばかりのわたしの胃にまだ美味しく感ずるものでした。

宴は長く続きましたが12時閉店ということで追い出され解散、となるはずがそのあと高価なマッサージへ行き、戻ってくるとみんなで沈さんが用意したホテルに泊まることになります。
わたしはホテルを別に取っていたのですが。
翌朝は、大ホールのようなレストランへ行きみんなで飲茶の朝飯を食べ、その後沈さんのマンションに移動して珍しいお茶を飲んで解散になりました。

海鮮料理、お酒、高価なマッサージ、ホテル、飲茶…、いくども支払いのチャンスはありましたが、これら全員分すべてを沈さんが払ってしまいました。
たぶん、これらの合計は中国人の平均月収を超えているのは間違いなく、あるいはその倍か3倍くらいいってたのではないかと想像されます。

旧友や外国人が来たということで見栄を張ってのことなのか、中国人の支払いとして当然のことなのか、払って当たり前くらいの高収入なのか、あるいはすべてが当てはまっているのか、とにかくとんでもない太っ腹です。
中国のバブルとはこういうものなのだということなのかも知れません。
日本でもそうだったように。
【M8/Lykemar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kodak Lykemar 35nnF3.5 | trackback(0) | comment(1) | 2011/11/16 Wed

過了6年

M8/Lykemar3.5cmF3.5
この夏父にプレゼントした自動巻の時計が、早くも日差2分ほども進み出したと言います。
この時計、残念ながら国内正規品ではなく、並行品をかなり格安で購入したものでした。
恐らく修理不可と思い、買う前に精度は問題ないか確認して大丈夫と言われていたのに、やはりこんなことになってしまいがっくりです。

そこで思い出したのが、以前、何度か時計を修理や調整してもらった深圳の時計修理店でした。
自分の時計のバンドもポロポロで交換時期に来ていたので、久しぶりに訪れてみます。
そこは大きなショッピングセンターの小さな店舗で、彼がひとりきり仕切っていました。
長いこと行っていませんが、もう無くなっている可能性もあります。

しかし、彼はやはりそこにいました。
わたしが、近づくと、おおっと声をあげて手を差出します。
彼はわたしを覚えていたばかりか、6年振りだぞと言い、前回いつ、何しに来たかも覚えていると断言までするのでした。
当時、古い時計を何本も持っていて、調整やオーバーホールを何度もお願いしましたが、彼にとってわたしは唯一の常連客だったようですし、しかも外国人だったのですから何年経っても忘れることはなかったのでした。

何度もお世話になった人に久々に会えただけで感激ですが、彼がわたしを古い友人として遇してくれたことは感動を残すほどでした。
それに、驚くことに、小さな店は1.5倍ほどにスペースを拡大していて、なんともうふたり一諸に働いていました。
商売が絶好調だということがそれだけで分かります。

ひとりは、修理店ではたいへん珍しい若い女性でしたが、それは彼のお嬢さんだということでした。
弱冠二十歳の彼女は最近働き出したそうですが、わたしのバンドの交換など手つきはかなり堂に入っています。
カエルの子はカエルということでしょう。
それに親父のごついルックスから想像できないほど、なかなかの美人でした。

積もる話もあるし夕食でもどうかと誘われましたが、わたしに先客があることを告げると、ではその後飲まないかと言いますのでこれを快諾しました。
もともと親切な人で、お昼をご馳走になったことはありましたが、ここまで熱心に誘うのはわたしの再訪が本当に嬉しかったのでしょうか。
旧友として認められたのかも知れません。
わたしの方が感動するくらいで、夜の再会が待ち遠しくなりますが、ずいぶん長くなったので続きは明日とさせていただきます。

さて、作例写真ですが、企石村から次に訪れた径聯村の入り口の場面です。
宝石という美しい名前の町まで戻ってバスに乗り、橋頭という大きな町のバスターミナルに着きます。
またバスを探して乗り換えですが、今度は面倒になって待機していたバイタクに乗ってしまいました。
20元というのを粘って交渉して15元まで下げましたが、バスなら2元ですのでそれなりの贅沢です。
昨日、なるべく地元の人とコミュニケートするということを書きましたが、利用する交通機関もなるべくローカルの人と同様にするのがモットーなので、ズルをしたことになります。

径聯のどこに行きたいのとバイタクに問われて、よく分からずに古い家のあるところと答えたのですが、運転手はもっとわけが分からないと径聯付近に着いてからまごまごしているようでした。
そこで、あてずっぽうに、そこを右にとか、あっちの方だったっけとか言っているうちにこの光景が見えて、ここだと降ろしてもらいました。

企石村の古鎮はバスの運転手が知っている程度の知名度でしたが、径聯村の方はより地理に通じているはずのバイタクの運転手が分からないというのでかなり不安でした。
ともあれ、この掃除する親父さんの茶色い後姿を見て、これは何とかなるだろうと直感しました。
ただ、結果的にはあまり正しいとはいえない直感だったのですが。
【M8/Lykemar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kodak Lykemar 35nnF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/15 Tue

我是日本人

M8/Lykemar3.5cmF3.5
深圳日帰り古鎮巡りでは、地元の人とのコミュニケーションを大切にしています。
未だ言葉はかなり怪しく、まともに会話できているレベルではありませんが、言葉は旅における最強のツールですのでせっかくの機会を活かさない手はありません。
話し好きな中国人のようになって、あちこちで声をかけるのが常です。
ただ、わたしは話すのではなく、聞き手になってインフォメーションやブログのネタを得たり、バカ話を続けたり
します。

発音のひどい中国語で話していると、だいたい香港人と間違われます。
香港人の中国語(この場合広東語ではなく普通話=北京語)がひどいのは有名なので、それは当然のことです。
自分から身分を明かすことは通常しませんが、何かの折に日本人とばれると、当たり前ですがかなりびっくりされます。
なんでこんなところに日本人が来るのか、しかもたったひとりで、となるわけです。

ところが、ここ江辺村では会う人会う人、それほど驚いてもらえません。
ちょっと不可解でしたが、それは帰りのタクシーで分かりました。
運転手がおまえは日本人だろうと言うのです。
逆にわたしの方が驚いてたずねると、東莞のこのあたりは日本企業がかなり進出していて工場がたくさんあるので、けっこう頻繁に日本人を乗せているのだそうです。
服装や雰囲気からすぐ日本人と分かったよと笑われました。

別に日本人だと判明してちやほやされたいという訳ではありませんが、言葉の未熟を理解してもらえますし、そこから話も発展するというメリットがあって、それはそれでいいことなのではと思っていました。
草の根外交の立場です。
しかし、そうはならないエリアがあるんだなあということをあらためて知りました。
いや、こんなところまで日本企業のみなさまご苦労様です、というべきですね。

さて、雑談などで時間をずいぶんとられましたので、そろそろもうひとつの村を目指して、江辺を発たなくてはいけません。
燕ちゃんを見送った道を今度はわたしがひとりバス通りに向かって歩いていきます。
途中、村の全景が見渡せるところがあって、ここで撮影したのが今日の作例になりました。
次の経聯村へは来た道を戻って宝石のバス停へ行きまた別のバスに乗ると、彼女が教えてくれていました。

その宝石に着いて昼食をとったのですが、やはりひとりの食事はちょっと寂しく、燕ちゃんを誘いたかったと後悔しました。
四川と広東料理の食堂で、回鍋肉と炒飯という地元の人はあまりとらないだろう組み合わせのオーダーです。
食堂のおばちゃんはわたしが日本人だと気付いたでしょうか
【M8/Lykemar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kodak Lykemar 35nnF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/14 Mon

莱卡鏡頭王

M8/Summarex 8.5cmF1.5
総体的な印象ですが、ライツのレンズの相場はここ2~3年でだいぶ上がってしまったようです。
理由はいくつかあると思いますが、大きな要因としては、ミラーレスカメラがどーんと普及して、高価なライカのデジタルカメラを使わずとも、ライカレンズの描写を手軽に楽しめるようになったということがあると思います。
その先鞭を付けたマイクロフォーサーズの一方の雄が、いま話題のオリンパスなので、ライカレンズの値段が上がってしまったことも合わせて何てことをしてくれたんだと怒鳴りたくなります。

ただ、気になるのは、カメラ部門はともかくとして、内視鏡分野では世界の7割のシェアを誇っているメーカーですので、何か引っかかるものがあります。
トヨタがGMを抜いて世界一に躍り出たときも、ブレーキ欠陥問題が起こり、アメリカ議会で散々議論になったりしてトヨタ車の悪印象を植え付けた上でいつの間にか収束したような展開になったとの記憶があります。
今回は、イギリス人社長の調査から発展したと報道されていますが、ほんとうのところはどうなのでしょう。
タイミング的に世論を二分しているTPP参加を首相が独自に決定したのと符合していますし、後押ししているのが自動車産業界だったり、唐突に自動車税を減税するという話が出てきたりで、これらがすべてリンクしているのではと思えたりするのはうがち過ぎでしょうか。

レンズ性能が理由ということはないと思います。
すばらしくシャープでコントラストもナチュラル、解像力の高さは1943年発売の戦前のレンズとは思えないほどです。
優秀レンズの典型として、わたしはこのレンズがあるならズミクロン90mmF2は不要と売ってしまったくらいです。
唯一の欠点をあげるとすれば、真鍮鏡胴でガラスもふんだんに使われているためやたらに重いということです。
その変わりメッキの質がすばらしく存在感があって、レンズの王様の呼称もうなづけるものがあります。

もうひとつありました。
発色がどうにも冷淡で、あきらかに華やかさに欠けます。
性能比較ということではなく、キヤノンの85mmF1.5と撮り比べると、シャープネスは互角、解像力はズマレックス、しかし発色はキヤノンという結果でした。
ズマレックスがモノクロ時代の設計だからなのでしょうか。

それでも、わたしはズマレックスをヘクトール7.3cmF1.9やタンバール9cmF2.2と同等に評価したいと思います。
今日の作例では失敗していますが、8,5cmF1.5というスペックから想像されるよりもピント合わせはしっくりと来ますし、このレンズで撮っているとクロームメッキのクオリティやヘリコイドの滑らかな動きから、ライツのレンズで撮影しているという悦びを得ることができます。

閑話休題でレンズのことに戻りますが、不思議なのは、ライカのレンズでもズマレックスの相場は上がっているように感じられないことです。
実際、ここ1年くらいの間に数回売られているのを見ましたが、わたしが購入した7年ほど前から価格は変わっていないばかりか、むしろ全般に下がっているかのように感じます。
値段が上がる要素である明るいレンズであることに合致しますし、製造数が4300本ほどと少ない点でも価格上昇組みの筆頭になりそうなものなのに実に不可解です。

重厚なレンズに似つかわしいフードは重量が約80グラムもあって、フィルター30グラムと合わせると、それだけでライカの代表レンズ、エルマー5cmF3.5と同程度の重量になってしまいます。
ちなみにレンズ本体の重量も約800グラムもあって、テリートなどの距離計連動しない望遠レンズを除けば、やはりいちばん重たいレンズということになります。
【M8/Summarex 8.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summarex 8.5cmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2011/11/13 Sun

西光拍買

M8/Lykemar3.5cmF3.5
今回の中国行とは関係ありませんが、本日、中国パワーのものすごさを眼前にました。
ウェストリヒトのカメラオークションに、中国のライカM4コピーと言われる紅旗が出品されていたのですが、熾烈な争いがあって、なんと9000ユーロ、ではなかった90000ユーロで落札されました。
手数料を入れれば1千万円を越えてしまいます。
90mmF2と35mmF1.4にアタッシュケースも付いた完全フルセットだったとはいえ、こんなカメラにこれだけの額を投じるのは中国人以外考えられません。
落札された方にお近付きになって、ぜひとも3本のレンズの試写をさせていただきたいものです。

わたしは、知り合いがウィーンの会場に行くというので1本のレンズの落札をお願いしましたが、やはりこのレンズを欲しいというピッダーと一騎打ちになり予算を超えたところで手を引くかなくなりました。
相手はまだ余裕があったでしょうから完敗です。
長年探していたレンズですが、知り合いの目の前までありながら手の届かないところへと行ってしまいました。

eBayでも他のカメラショップでも、レンズの価格が高騰してしまって手が出ませんなどと嘆いていましたが、ウェストリヒトでもその傾向はまったく変わりません。
長い閲覧期間を設けて、全世界から参加可能なウェストリヒトの方が、よほど価格が上がってしまっているようです。
かつては、かなり安く落札されて、手数料と送料が高くてがっかりというパターンだったと言われるウェストリヒトが今や高値安定のプライスリーダーになってしまったということかも知れません。

かく言うわたしも、実は意に反して1点落札してしまうという失態を演じています。
しかもそれはレンズではなく、長年所有していながらまったく使用していないパルナック型ライカで、カメラが届いてもこのままでは使わない恐れがあります。
だからこれを機に、小型で使いまわしのいいパルナックにフィルムを詰めてスナップするようにしたいと考えています。

今回、ウェストリヒトに出品されていたライカの中で、エルマックス付きやルフトヴァッヘンなどの軍用モデルを別にしても、落札見込み価格はみな高く設定されていました。
そんな中で1台、2000番台とかなりの初期タイプにも関わらず安い見込み価格のライカⅠaがありました。
その値段なら落札しようとビッドしますが、結局、はるか高い価格まで上がって終了しました。
やっぱりそんなものかと思っていた矢先、今度は4000番台のⅡDに改造されたモデルが出てきて、これもどうせダメだろうと同じ価格まで入れたところ落札してしまったという経緯です。
オリジナルのままのIaより距離計が付いて便利になったⅡDの方がずっと不人気ということのようです。

支払いに余裕はないですが、1万番台のⅠaからⅢaに改造されたモデルを売ってどうにか工面したいと考えています。
スローガバナー付きでより便利なⅢaより、機能はシンプルでも4デジットで1920年代製造のⅡDにより魅力を感じます。
それは、先月スペインの帰路、ロンドンのカメラ店に寄った際、店主がやはり4デジットのⅠaを慈しむようにわたしに見せてくれたことも少なからず影響しています。
また、シリアル番号のないエルマーが付いているので、カメラと年代が同じであれば、これはゲルツ玉の旧エルマーということになりますので、レンズにも期待をかけています。


さて、今日の作例は、このレンズが逆光に弱いことを示したものです。
数カット撮りましたが、そのままのものよりいちおうハレ切りしたこの1枚の方が幾分太陽の影響からまぬがれています。
左の建物の上部にあった彫刻が素晴らしかったのですが、それよりも右手の家族の密集具合の方に大いに惹かれました。
3人プラス1匹が四角形に並んでいる配置がなんともユニークです。
その犬も、位置取りのよさが人間っぽく見えて、まるで携帯電話のCMの1シーンのように見えてきました。
【M8/Lykemar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kodak Lykemar 35nnF3.5 | trackback(0) | comment(5) | 2011/11/12 Sat

不象ELMAR

M8/Lykemar3.5cmF3.5
今回はめずらしい広角レンズを入手したので、そのレンズを主体に撮影することにします。
旅にはF1.5レンズを同行させることをポリシーにしているので、50mmのネタが切れた今回は、8.5cmズマレックスをバッグに放り込みました。
標準は、キノプラズマートを久々に選択して、いつもの旅のスタイルの広角・標準・望遠の一式が決定しました。

さて、メインの広角ですが、銘板の表記は"35mm Kodak Wide-Angle Lykemar f/3.5"となっています。
コダックのレンズはシリアル番号が特定できることでよく知られていますが、EOで始まるそれは、戦後すぐの1946年製造ということを示しています。
しかし、分かったのはそれだけで、それ以外のことは一切不明です。
そもそもが"Lykemar"をなんと読むのかが分かりません。
リュケマー?、リケマー?、ライクマー?

アメリカ製のライカコピー機カードンの交換レンズとして作られたという説があるようです。
これも謎多きPam-Britar 105mmF4.5がやはりカードン用望遠という説があって、Ektar 47mmF2と3本で一式ということであれば確かにしっくりきます。
ただ、もちろんそんなセットで使われていたという記録はどこにもある訳ではないようです。

すると引っかかってくるのが、コダック・エクトラとの関係です。
エクトラの広角は、Ektar 35mmF3,3ですが、同じ設計のレンズではないかとの疑問が沸き起こります。
両者を比較するとやはり前玉径は約11mm対約14mmとEktar 35mmF3.3の方がだいぶ大きいですし、トリプレット系という共通点はありますが、構成も違っているようです。
Ektarは2-1-2の3群5枚で必死に探すと辛うじて前群に貼り合せ面が確認できますが、Lykemarにはそれが見つけられません。
後群がどうなのかが気になりますが、玉が小さすぎでわたしの視力では確認できませんでした。
少なくともトリプレットかテッサータイプであることは間違いないと思われますが。

後者ではないかと主張する説があります。
"Lykemar"とは"Like Elmar"の省略形ではないかとするものです。
確かに外観は似ていてエルマー・ライクですが、微妙に違えている面白さもあります。
例えば、日本のエルマーコピー系のレンズはフィルターやフード等がライツのA36を共用できますが、LykemarではA36がぎりぎり入らないという微妙なサイズに作られています。
また、絞り位置もユニークで、エルマーは50mmが1群目と2群目の間で、35mmは2群目と3群目の間にありますが、Lykemarはエルマー50mmと同じ位置に絞りがあります。
テッサーの特許逃れでエルマー50mmは絞り位置を変えたと言われていますが、Like Elnarであればその辺も真似たのかも知れません。

前玉の径もElmarの方が約1mm小さく、中群、後群の形状も少し違っているようです。
外観はかなり似ているものの、レンズ長はやはり少しばかり違っていて、Lykemarの方が2mm近く前玉位置が前に来ています。
何にせよ、戦勝国アメリカは敗戦国のコピーを作る訳にはいかず、Likeなものならシャレも効いていたし良かったというところなのかも知れません。
何一つ謎は解決できませんが、簡単に調べて分かるのはこんなところです。


作例ですが、この日は30度近くまで気温が上がってかなり暑く感じられたのですが、日影にいる地元の人にはちょうどいい気候だったのかも知れません。
軒先で伝統的手法による編み物をしていたおばあちゃんはいつのまにか居眠りしていました。
まさか、そんなことはないよねと近寄って確認すると、かすかに寝息が聞こえてきて安心しました。
【M8/Lykemar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kodak Lykemar 35nnF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/11 Fri

石板路

M8/Lykemar3.5cmF3.5
燕ちゃんはもう行かなくてはと言いますが、わたしははるばる日本から来たのでもう少しここに残りたいと言って別れました。
この道をずっと真っ直ぐ行けばバス通りに着くからと最後まで心配てくれましたが、おっしゃるとおりの1本道なので心配してもらうほどのことではありません。
いつもひとりで歩いているわけですし。

むしろ、ひとりになったことで、わたの方が燕のようにすいすいと動き回り始めました。
江辺村は、700年の歴史を持つ村で、廃墟となった家が目立ちますし、新しく建て替えられた家も多いですが、それでも古建築が立派に残ったなかなかに魅力的な古村落です。
住民にとっても魅力のある土地らしく、小さな村落ながら人口は3千人近くあるとのことです。

いくら美しい村でも人が住んでいなければ、見ても楽しくありません。
遺跡は歴史を感じさせても、わたしにとっては虚構ですし、生活の場でなく研究家のためのものです。
あるいは精巧に再現された映画のセットと同等に思えてしまいます。
また、人の暮らす村であれば恩の字ですが、経済発展した広東省では他省から来たいわゆる外地人が家賃の安い家として住んでいるケースが多く、江辺村では本地人が住んでいるというたいへん嬉しいケースでした。

小さな古村落なので、20分ほど動きまわるとほとんどの道は歩いたことになってしまいます。
すると自分なりにお気に入りの場所が何か所か見つかるものです。
今日の作例の場所こそ、そんなうちの1箇所になります。
前方奥の新しい家が少し残念ですが、壁や瓦屋根が美しいですし、幅の狭い道がゆるやかな上り坂になって前方で右に折れているさまは、その先に何があるんだろうと言う期待感を呼び起こすように感じられます。

何より路面が長い石を並べてあるのがたいへん美しいです。
中国では石板路といって古鎮のマストアイテムのように珍重されています。
現代ならともかく、明清代は大きな石がたいへん貴重だったのみならず、インフラのない遠方の村へ運搬するだけでもたいへんなことで、石板路があるというだけでその村がかつて裕福だったと理解できるくらいなのです。

確証がないのであくまで推測ですが、摩耗具合の弱い石の多いこの小道は、後にかなり手が入った可能性が高そうです。
これまで見てきた古鎮の石板路は鏡面のようと言ったら大げさですが、見事なまでにつるつるになった石が並んでいるケースが多く、ここにもそんな石が散見できましたが、写真手前の石など新しいものにしか見えません。

しかし、だからと言って、この石板路を否定するものではありません。
住民に愛される石板路であれば、それはやがていつか他の古鎮のそれのように、美しく年代を刻むことでしょう。
この石板路が愛されていることは図らずも写真の天秤の女性が証明してくれました。
彼女は素足で歩いているではないですか!
【M8/Lykemar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kodak Lykemar 35nnF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/10 Thu

淡紅色的燕

M8/Lykemar3.5cmF3.5
携帯置き忘れ騒動の遅れを取り戻すべく、あわてて企石鎮江辺村行きのバスを探してバスターミナルを歩きます。
そんなバスがあるのかどうかも分かりませんでしたが、運好くすぐに企石行きというバスがやって来ました。
エアコンこそ付いていませんが、大型バスよりひとまわり小さいだけの準大型といえるバスでした。
料金2元を運賃箱に入れようとしますが、紙幣がつっかえてうまく入りません。
すると運転手がのこぎりのような刃物で、札を押し込むのが面白い光景でした。

20分ほどで企石に到着しましたが、そこは町というより工業団地で、小さな工場がいくつも並んだ地域の路上が終点でした。
そこには別のバスが待っていて、休憩していた運転手に聞くと江辺村へはそのバスに乗って、宝石というバス停で別のバスに乗り換えるとのことでした。
小さな村に簡単に着けると思ってはいませんでしたが、バスに始発から終点まで乗ってさらにふたつ乗り換えとは、そこまで難関だったのかと嘆息せざるを得ません。

しかし、この日はやはり幸運だったようで、そのやり取りを聞いていた女性が、同じ方向に行くのでと乗り換えをアシストしてくれました。
そればかりか、今度はどこで降りるのか分からないところを運転手に聞いてくれ、バス停外の最寄りの交差点で停めてもらうお願いしてくれたのです。
そしてさらに、こんなところに古い村があったのなら見てみたいと、彼女は一緒に下車して案内するように付いて来てくれました。

彼女は、江西省から東莞まで働きに来て3年にもなると言う20歳代前半の小柄な女性です。
名前を聞くと、熊燕と答え、ふたつの動物が合わさった面白い名前でしょと自嘲気味に笑っています。
中国では熊という姓も、燕という名もこせく一般的ですが、なるほど姓名とも動物だと揶揄されたりするのかも知れません。
ただ、華奢な彼女は、どうみても熊という感じではなく、燕というのがしっくりきています。
話していると温和なのが分かる女性で、やはりわたしが迷子にならないよう気遣って案内してくれたようです。

これはお昼でもご馳走しないといけないなと思い、それとなくふってみます。
このあと彼氏と約束があるとのことで、2日連続でカップルに同行するのはイヤなので、お礼はあきらめました。
せめて記念に写真を撮らせてもらおうとしますが、これもあっさり断られました。
写真写りが悪いので、撮られるのが嫌いなのだそうです。

そういうわけでこっそり撮った彼女の後姿が本日の作例写真です。
逆光のフレアが残念ですが、江西省出身の親切なお嬢さんとの接点を示すただひとつの物的証明なのでいたし方ありません。
江辺村でいちばんの名建築、黄氏宗祠を村人に聞きながら見つけ出し、石板の道を勘で進んで南門まで案内ししてくれ、意外に優秀なガイドをしてくれたことも付記しておきます。
つばめさん、ありがとう。
【M8/Lykemar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kodak Lykemar 35nnF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/09 Wed

手機丢了

M8/Lykemar3.5cmF3.5
翌日は、ひとり東莞に向かいました。
11月に入って涼しくなってきたので、撮影師の楊さんにお願いして深圳市内でスナップして歩きたいと考えていたのですが、残念ながら仕事と重なってしまったようで今回は会うことができませんでした。
ひとり市内をスナップするのもいいですが、しばらく中断していた深圳から日帰りできる古鎮巡りを復活させてみることにしました。

広東省の古鎮も、専門書や中国ポータルサイトの百度の検索などで調べたところはかなり行きつくした感があります。
深圳の隣の東莞にも古鎮があって、以前に訪問した南社という村は割と知られています。
再訪する手もありますが、ほとんど知られていない古鎮がふたつあることが分かり、それらにチャレンジしてみる決断をしました。
やはり初めて訪れる土地というのは、フレッシュな感覚を呼び覚ます魅力があるのは間違いありません。

まずは企石鎮江辺村を目指しますが、高速鉄道の東莞駅から10キロほどだということが分かりましたので、そのルートをとることにしました。
深圳駅では状況が変化していてそのことについて、備忘録的に記しておかないといけません。
事故でも話題になったように、中国では高鉄が一気に開通して、ダフ屋が横行したためチケットが入手難になるなどの事態が発生するに及んで、購入時に身分証の提示が求められるようになりました。
身分証(外国人はパスポート)の番号はその場で入力されて、チケットに印字することで転売を阻止しようという狙いです。

それはそれで好いことなのでしょうが、ひとりあたりの購入時間が増えて行列ができたり、混乱が生じたりしていました。
自販機の方はがらがらですが、パスポートは読まないので身分証を持つ中国人でないと利用できません。
仕方ないのでのろのろ進む列に並ぶしかないことになります。
そして自分の番になった時、列車の時間が気になって駅員の言うことを確かめずに購入してしまったところ、わたしの切符は10元程度高い1等席になっていました。

列車は切符売り場の混雑にもかかわらず空いていましたので、勝手に1等にされたのが腑に落ちませんでしたが、気付いたのが列車に乗り込んでからだったのでもう手遅れです。
少し広い座席で、行き先のチェックをしたり、電話をかけたりしているとわずか30分で東莞に着いてしまいました。
あわてて下車して、さあ、どのバスに乗ればいいんだろうと歩いていたところハッと思い出しました。
携帯電話を座席に置いて来てしまったのです。

中国で携帯を置いてくれば、戻ってくるのは絶望的です。
確か、日本、アメリカ、韓国以外のほとんどの国でSIMカードにお金をチャージすればそのまま使えるシステムなので、他人の携帯でも拾ったもの勝ちになるからです。
半ば以上諦めつつも、女性駅員に経緯を説明すると、まあ無理だろうという顔をしつつ終点の広州東駅で調べさせるから待っていてくれと言います。

30近くもへこみつつ待っていると駅員がやって来て、見つかったわよと笑っています。
なんでもそのまま座席にあったそうですが、その顔には、どう、中国も捨てたもんじゃないでしょ、という得意気な臭いがちらほらしているように感じられました。
あとでここまで届くから今日中に取りに来るようにとのことです。

考えてみると、たまたま1等に乗ったのが幸運だったのではないかと気付きました。
わたしの乗った列車は、東莞、石龍と途中停車しましたが、その間そこそこの乗り降りがあるので普通に2等だったら、誰かしらが座席の上の携帯に気付く可能性が高かったはずです。
しかし、1等は途中駅からの乗降はほとんどなく、乗客ももともとお金により余裕があるはずの人たちで、他人の安携帯なんかに手を出す必要がなかっただろうと想像つきます。

切符窓口が勝手に1等座席を売り付けたおかげで、携帯が戻って来た。
自分はなんと幸運なんだろうと、能天気にもそう考えたわけですが、この時30分以上のロスをしていますし、帰りも直行バスがあったにもかかわらず、東莞駅に携帯を取りに立ち寄らなければならなかったので、かなりの時間を浪費しました。
幸運だと喜ぶ以前に、自分の間抜けを反省すべきでした。
そういう発想に至らなかったことがすでに、携帯を紛失するべくして紛失したという結果を招いたのでしょう。
【M8/Lykemar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kodak Lykemar 35nnF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/08 Tue

他們的哈蘇

M8/Summarex 8.5cmF1.5
先週末、中国の深圳を訪れていました。
少し前に台湾に行ったばかりで、あいかわらずの放浪ぶりです。

到着した日、たまに出掛けるレストランへ行くと、よく知っている服務員の女の子が、今日、誕生日でパーティやるから来ないかと誘われました。
誕生パーティと言えば聞こえはいいですが、友だちが集まってカラオケに行くということのようです。
ちょっと微妙でしたが、参加してみることにしました。

中国版高級カラオケボックスのKTVに集まったのは12人ほどでしたが、たぶん全員が20歳代です。
わたしひとり浮いていましたが、女の子が気を遣って次々と話しかけてくれたので退屈はしません。
カラオケも日本の歌だってあるから歌ってと言われますが、拒めば強要まではされません。
ただ、ビールの乾杯は何度かあって、この時は小瓶の青島を飲み干さなければなりませんでした。

少し多めに支払いしてあげようと思っていましたが、会費は取られませんでした。
突然のゲストだからかと思いましたが、どうやらこういうケースでは、誕生日を迎える本人が全額支払うもののようです。
不思議な週間のように感じますが、そのかわりプレゼントをみんなからもらいますし、何より友人たちから祝ってもらえて本人は幸せいっぱいで、酔った勢いもあってか最後は全員と抱擁していました(もちろんわたしとも)。
手ぶらのわたしは翌日プレゼントを買わなくては。

女の子の側でもひとり浮いている感じの子がいました。
みんなよりかなり若く10歳代後半のようですし、色白で可愛らしく、見方によっては子どもの頃の垢抜けない広末涼子と言えなくもありません。
中国人らしくないシャイなしゃべりも好印象でしたが、聞くと誕生日の女の子の従妹だということでした。
明日、その従姉と遊びに行くというので、プレゼントのこともあったので、わたしも図々しく混ぜてもらうことにしました。

そして翌日、広末は彼氏同伴でやってきました。
その彼氏が誰に似ているかはよく分かりませんが、お笑いとかそういう世界にいそうな青年です。
ただ、お笑いどころか、朴訥として無口、憎めないキャラクターです。
彼女が小声で何か言って、彼の方はうなづいているばかり。
そんなふたりの姿は、中国の地方の田舎から大都会に出てきて、背伸びすることもせずにただ楽しく生活しているという輝きを放っているように見えます。

明日早いのでと、夕食をいっしょに食べようと誘うわたしを断って帰ろうとしたので、ではと写真を撮らせてもらうことにしました。
どこで撮ろうかと聞くと、バイクが飾られていた店の前が気に入ったらしく、ここでお願いしますとふたりで笑顔を見せます。
申し訳なかったのですが、わたしはバイクよりもその上のハッセルの絵の方が気に入って背景にさせてもらいました。
写真の中のふたりも、わたしがずっと観察していたあのときの素のままの表情をしています。
【M8/Summarex 8.5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summarex 8.5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/07 Mon

台湾的未来

M8/Pan Tachar 5cmF2.3
万年筆という共通の言語で買い物を愉しんだ後、台湾での最後の晩餐なので、値が張っても旨いものを食べようと意見が一致しました。
わたしたちは、ともにケチなのでいっしょに行動するとリーズナブルにかたよる傾向が顕著です。
お昼は基隆で海鮮をと考えましたが、見つからずに結局屋台だったので、せめて最後の夕食はリッチに行こうと考えました。

いったんホテルに戻って美人のレセプションに相談しました。
どこか近くでと聞いたのがまずかったのか、言われた店に行くと確かに雰囲気はよかったのですが、少し遅れて日本人の団体旅行客がやって来たので、団体を受け入れるような店はご免と店を飛び出してしまいました。
といってもどこへ行くかのアテはないので、またしてもホテルに戻り、あの店はひどい日本人の団体が来た、少し遠くてもいいからもっといいところを教えてとお願いしました。

そこで、教わったのが梅子という名前の台湾料理の店でした。
名前を書いてもらうとわたしはすぐに犬神家の一族を思い出しました。
好きこと聞く、だったでしょうか、きっとよい店でしょう、ポーターに梅子って知っていると聞くと台北ではいちばんの店ですよ、わたしは行ったことがないですがと言うので、外れということはないだろうとタクシーで向かうことにしました。

梅子はうめこではなく、メイズです。
ナショナルフラッグキャリアの中華航空の意匠にも使われているので、おそらく梅が台湾国花なのではないかと思うのですが、その名を冠するからには台湾を代表するレストランなのかも知れません。
実際、料理は今まで食べたなかでいちばん美味しい中国系の料理と言えました。
台湾料理は大陸のそれよりも小皿で食べさせるということもありますが、5皿頼んでビールを飲んでひとり3000円で済みました。
円高の恩恵もありますが、台湾は小額で胃袋をまんぞくさせられるすばらしい町です。
ただ、この店は周囲の客がすべて日本人なのが気にかかりましたが。

さて、わたしたちは翌朝と、じつは前の日の朝も、がんばって早起きして近くの公園に出掛けていました。
地元の人に混じって太極拳に参加するためでした。
2日間6時から8時まで(初日は遅れてしまった)、いくつかあるグループのなかで最初に見かけた太極拳に混ぜてもらったのでした。
弱冠の経験はありますが、まったくの見よう見まねで皆さんといっしょになって必死に体を動かしたのでした。
みなさんには邪魔をして迷惑をおかけしたと自覚していますが、わたしたちにとって旅行中いちばんの時間だったと感謝しています。

太極拳の先生には、電話番号まで教えていただき、次回の再会を約束して来ました。
なかなか書く機会はありませんでしたが、今回の旅で感じたのは台湾人との愉しい触れ合いです。
みないちように親切で、わたしたちを日本人と認めると日本式に頭を下げてあいさつしてから話し始めるという、台湾式の日本に対する礼節をともなった接し方をされていたのがたいへん印象的でした。

よく言われるように高齢者は日本語ができる人が多く、太極拳の場でも日本語で話しかけられ、最近の日本では佐賀県知事の対応はいけませんねと言われるなど、依然として日本に対する高い関心をうかがわせる会話をすることができました。
いつもながらの中国への気遣いからちょっとしか報道されませんでしたが、3月の震災のとき真っ先に多大な援助をしてくれたのは台湾の人たちです。
彼らの多くには日本に対する特別の思い入れがありますし、そうでない人も日本に対する理解は他の国を大きく凌ぎます。
そんなことを強く再認識させる旅でした。

先日のニュースで、パレスチナが圧倒的多数の支持を受けてユネスコに加盟されたそうですが、台湾も国際機関への加盟を申請したり検討したりしている最中です。
われわれの親しくできる隣国は、韓国ではなく、ましてや中国などでもなく、台湾であることは間違いありません。
彼らの力になることはできないものでしょうか。

ただ、これだけの緊張感の中で生活している台湾人は、自分たちの立場をよく分かっています。
よく言われていることですが、ほとんどの台湾人が政治的に望むことは中国へ併合されることではなく、台湾としてただちに独立することでもありません。
彼らは、現状維持を第一だと考えています。
理想を言えば独立なのでしょうが、中国という化け物を前に独立できないということは痛いほど分かっているのです。
そのためには実質的な独立状態にあって、中国とも一定の距離を保っている今の状態がベストではないもののベターな選択なのです。
太極拳の場を含めて何人かとこの話をしましたが、彼らが異口同音に語ったのが現状維持、でした。
【M8/Pan-Tachar 5cmF2.3 F2.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Astro Pan-Tachar 5cm F2.3 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/06 Sun

和平分断

M8/Pan Tachar 5cmF2.3
バスで着いた基隆は港町です。
石垣島への定期船もあるそうで、地名ということであれば日本人にも馴染みのある名前かも知れません。
しかし、駅付近で海鮮レストランに行きたいのだがと何人かに聞いてもこの辺にはないなあと言われるばかりですし、結局屋台で食事するのですが、基隆で面白いところはないか聞いてもやはりないわねえと言われる始末です。

では、古い町並みとか古民家が並んでいるとことかそんなのでいいんだけどと訊ね直すと、あまり忙しくないおばちゃんが屋台仲間に声をかけて、あまり面白くはないと思うけどと言いつつ教えてくれたのが和平島でした。
タクシーに乗って和平島までと言うと、運転手はあからさまにあんなところに行って何するのお客さんと聞いてきます。
いや、古い家とかあるでしょうと答えると、そんなのないよと怪しい返事でした。

和平島は島と言えば島ですが、大きな橋でつながった造船所のある町で古ぼけた感じではありましたが、確かに運転手のいうとおり、古い町並みというような場所は見当たりません。
半分ヤケで道の終わるところで降ろしてもらい、ここで待っているからというタクシーには引き取り願って歩いてみます。
昨日の写真の坂は、この先に寺があると書いてあったので登ってみたのですが、どういうわけか和尚さんは留守のようで、番犬に吠えたてられてすごすごとそのまま下って来るよりほかない寂しい坂でした。

こんなとこいても仕方ないと互いに了解して、早くも戻ることにしましたが、タクシーを追い返した理由は途中パスを見かけたからでした。
やはり10分も歩くとバス停が見えてきたので、そのまま基隆に引き返します。
今日の作例は、バス待ちの間に撮ったものですが、通り名に注目です。
どうやら和平島の通りは、和二路と平一路の2つから成り立っているようですが、島の名称を分割したまったく芸のないネーミングにわたしたちの寂しさも募るばかりです。

基隆では名物のお菓子を買いましたが、戦果はそれだけという状況で、ふたりともうなだれるようにバスで台北に戻りました。
それからは、友人のおみやげ探しが始まります。
安くて持ち運びが楽でしかも安いというおみやげを求めて右往左往しますが、そもそもそんな虫のいいものは存在しません。
戦果はあがらず、翌日も同様の行動にはしることになります。

その後、寄らせてもらった店でわたしは思わぬ成果がありましたので、専門的になりますが記載させていただきます。
小品雅集という万年筆専門店があって、台湾製の万年筆があるという情報があったので出掛けてみたのです。
今年は孫文の辛亥革命から1世紀、つまり中華民国が設立されて100年ということで記念の万年筆があるとホームページにも記されていたので買いに行ったわけです。

ご主人ひとりが切り盛りする小さなお店で、わたしが集めている古い万年筆は扱っていませんが、店主の人柄の良さが凝縮されたような雰囲気があって、実に愉しい買い物ができました。
閉店間際でしたが、台湾のバドミントンチャンピオンだという若い常連客も来ていて、いろいろと話をしながらくだんのアニバーサリー万年筆と、日本の半額で売っていたドクトル・ヤンゼンのインクを数本買い求めました。
しかもこのインク、孫文や曹操はじめ中国人をテーマにした店オリジナルのインクまであってこれはいいおみやげになりました。

時間がなくて確認できませんでしたが、オリジナルのペンケースなどもあったようです。
日本でも店のオリジナル商品をよく作ったりしますが、台湾人もそういうことが大好きで、日本人と発想や好みが似ていると思います。
人件費が安かったり、中国製造などで安いオリジナル品を提供したりということもあるようです。
もしかしたら、古いカメラの専門店もあって、オリジナル皮ケースとかシャッターレリーズとか出しているのかも知れません。
無駄に移動するくらいなら、そういう探索をすればよかったと後悔しきりです。
【M8/Pan-Tachar 5cmF2.3 F2.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Astro Pan-Tachar 5cm F2.3 | trackback(1) | comment(2) | 2011/11/05 Sat

我的九份

M8/Pan Tachar 5cmF2.3
明けて3日目、友人が九份に行ってみたいと計画していたので、出掛けてみました。
九份と言っても台湾に縁のない方には何のことやらですが、一度でも台北を旅行したことがある人なら誰でも知っている有名観光地です。
もともと金鉱で栄えた集落でしたが、金が取れなくなると一気に寂れたため古い町並みがそのまま残ったという小さな町です。
ただし、前述のように台北に行ったことがあるひとなら誰でも聞いたことがあるくらいの有名な場所なので、前日にマイナーな内湾の俗化にむせかえっていた私たちは推して知るべしでした。

着いてみると、ここまですごいことになっているのかと喝采したくなるほどの、観光俗化地でこういうテーマパークなのではというくらいに入口からみやげ物屋や食堂が整列していました。
もはや訪れるのは、大陸中国人と日本人ばかりなりなのか、普通話と日本語が怒号のように飛び交っています。
恐怖すら感じて、わたしたちは人のかたまりをかき分けながら一気にお土産ゾーンを走り抜けました。

しばし進むと、台湾映画「非情城市」のシーンで有名になった急坂があります。
作例がそれですが、映画のひとコマそのもののなかなかの風情と言えます。
というのはウソで、本物の坂にはとんでもない人が鈴なりになって記念写真を撮っていたので、うっかりすると将棋倒しで坂から転落しかねないので、その後別の場所でよく似た坂があり撮影しただけです。

もう九份は十分です。
ここには九分か十分もいただけでうんざりしてしまい、たまたまやって来たバスを待ってくれと停めて飛び乗りました。
予定では九份で食事することになっていましたが、この状況で落ち着いて何かを味わうなんてできそうにありません。
みやげ物屋も観光客もこの地のキャパシティを大幅に上回ってしまっています。
内湾でがっくり来たというのは若干誇張が入っていると告白しますが、九份ではほとんどの人が失望するのではないかと思いました。

しかし、今考えるとあまりに性急な行動でした。
友人もかなり辟易していたので、もう移動しようと同意していたのですが、彼は彼でこのみやげ物屋で知り合いなどに配るみやげを買うことを目論んでいたらしく、それを果たせなかったために台北に戻ってからみやげ物探しに右往左往することになります。

それに2時間近い行程でわざわざやって来たのに10分の滞在で立ち去ることもなかったかなと思います。
じっくり見れば、何かが見えてきて、評価が一変するというのはわたしにもよくあることです。
と書くのは、バスで向かった基隆の町は、なんだか面白みを感じることができなかったからでした。
初日・2日目となんだかんだと楽しみのあった小旅行は、3日目で一気に急降下してしまったかのようでした。
【M8/Pan-Tachar 5cmF2.3 F2.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Astro Pan-Tachar 5cm F2.3 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/04 Fri

柏林鏡頭

M8/Pan Tachar 5cmF2.3
今回持参したアストロ・パン・タハールはたいへん興味深いレンズです。
もともとはクックのリーが自社のデニス・テイラーが設計したトリプレットを改良してつくったスピーディックというレンズがありました。
1920年代のことですが、当時、トリプレットも改良されてF3までの明るさを獲得していましたが、スピーディックはF2.5と1歩前進しています。

アストロがスピーディック型のレンズを製造し始めた年や経緯はよく分かりません。
クラシックカメラ専科で「ドイツ・写真用レンズメーカーの全て」という連載がありましたが、その1回目にアスカニアとアストロが取りあげられていました。
ただし、この記事は非常に短く、資料的価値としては物足りないと言わざるを得ません。
アストロの紹介はわずか25行しかありませんし、スペースを大きくとったレンズ一覧も広く掲出されているものの、すべてを網羅しているとは言い難い中途半端さです。

紹介内容ですが、アストロ社は天体観測用の光学専門に設立されたが、すぐに写真用のレンズも製造するようになったとのことです。
そのような経緯から大口径の望遠レンズに定評があったという紹介がされています。
一覧表では、4枚4群のF2.3(F1.8も)レンズは1926年に世に出たことになっています。
スピーディックと同時期かわずかに遅れたくらいと言えそうですので、だとすればF2.5のスピーディックを改良してより明るくするなどの改良をしたということではないかと想像できます。

パン・タハールは1950年代にも作られたとありますので、意外に息の長いレンズだったようです。
並行してガウス・タハールF2も販売されていたので、明らかに性能で劣るはずのパン・タハールにもなにがしかの評価があったと思われます。

わたしのパン・タハールも製造年代不明ですか、ノンコーティングなので戦前の個体だと考えられます。
誰がやったのか少し素人っぽい改造でロシア製エルマーコピーの鏡胴にくっつけてあります。
ややくもりがあるし、また今ほどアストロのレンズがもてはやされていなかったこともあって数万円ほどで入手しました。
いつかクリーニングしてから撮影に出ようと考えていましたが、そのまま放置状態になってしまい、まずはこのまま撮ってみようと思い直して、レトロを見に行く台湾なら合うのではと今回持参した次第です。

今日の作例は、このレンズでこの状態のものの、想像しうるいちばんの味わいになったように思われます。
老街の空気を思い出させるには、これ1枚で十分と感じられます。
黄昏と薄暮のレンズでした。
【M8/Pan-Tachar 5cmF2.3 F2.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Astro Pan-Tachar 5cm F2.3 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/03 Thu

在市場買東西

M8/Pan Tachar 5cmF2.3
新竹の北門老街は、期待にたがわぬすばらしい町並みでした。
有名な内湾が、完全に観光地になってしまったのに対して、こちらは観光で来る人はそう多くはなさそうです。
観光客に迎合することない丸腰の町が、ふっかけることもない普段着の市場が、横たわっていた、とそんな感じでした。

世には、観光地然としている方が好きという人も多く、にぎやかだったり、みやげ物屋がずらっと並んだりしているのを好んで出掛けたりするようです。
狭い通りに、ご当地名物と言いながらどこでも見かける煎餅を大声で売っていたり、ゆっくり歩く人には邪魔な人力車が何台も待機していたりというのを見ますが、それは迷惑なんかじゃなく観光地ファンの心を熱くするマストアイテムだったのだと気付きました。
そういうところを丸々批判してはいけません。

ただ、そういう場所を歩くと、かなりの疲れをともないます。
同じ場所で好きな人は、「元気をもらった」というのかも知れませんが、わたしは決まって精神的に疲れを感じます。
逆に、今回たどり着いた北門老街は、雑然としていて歩いていてよほど疲れそうなものなのに、リラックスしてしまい疲れを感じません。
ツボにはまった気すらします。

老街の北側は問屋街と小さな工場、古い住宅が並んだ迷路になっていました。
老街の名前通り戦前と思われる建物が多く、住宅の中には日本式の瓦屋根の平屋がいくつもあって懐かしい気持ちにさせてくれます。
人がすれ違える程度の路地が縦横に張り巡らされていて、迷路さながらです。

わたしは興奮しきって、今回、台湾に来た目的は十分に達成できたと友人に告げ、こんなものには興味なかったはずの友人もわくわくしながら歩いていることを隠しません。
何時間でも歩いていたかったのですが、来年以降も友人との旅は継続したかったのでほどほどにしました。
そのまま寺廟がある方へ戻ります。

この寺廟もまたかなり個性的なものでした。
いえ、寺廟自体は台湾や南中国でよく見る一般的なものなのですが、寺廟の入り口から内部スペースまで市場が侵略している、新竹の人にとって信仰とは何、という疑問を投げかける不思議な空間でした。
あるいは祀られているのが商売の神さまで、あやかりたいと商店がどんどん接近していった結果、このような携帯になってしまったのかも知れません。

そして、その寺廟の前の広場に、どういうわけかマーライオン像が鎮座(起立?)していました。
水こそ吹きませんが、シンガポールで見たそれとまったく同じのがでんと置かれていて、しかもその周りは地元の人が腰掛けてくつろいだりしていて、マーライオンはまったく存在感を示せていないいないというのも不思議でした。
こんな調子じゃ自由の女神もどこかにあるんじゃないかと友人が揶揄して、まさかと笑いましたが、なんとその自由の女神には翌日、基隆で遭遇することになります。

さて、作例は、北門老街の市場のひとこまですが、幅2メートルほどの狭い通りにバイクががんがん通るのに閉口していたところでした。
バイクに乗っているということは買い物しないのだろうから、市場はバイク乗り入れ禁止にすればいいのにと話していた眼前で、バイクに乗ったまま肉を買おうとするおばさんがいたのにびっくりです。
ヘルメットにマスクなので会話せずに、指差し注文なのも奇妙に見えました。

しかし、わたしはここであることに気付きました。
ミントタブレットのCMで、古代の人が手紙をいっぱい持たされてポストを発想したり、商品の壺を抱えて箱の中に入るときに梱包を思いついたりするのがあります。
たぶん、かつてこの地を旅したマクドナルドの幹部がバイクにまたがったまま買い物する姿を見て、ドライブスルーを発明したのではないでしょうか。
少なくともわたしは、ドライブスルーを利用するたびに、新竹のこの光景を思い出すはずです。
【M8/Pan-Tachar 5cmF2.3 F2.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Astro Pan-Tachar 5cm F2.3 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/02 Wed

榻榻米

M8/Pan Tachar 5cmF2.3
在来線の新竹駅は日本統治時代の古い建物だそうで東京駅に似て今すし、その前にはそごうデパートがあります。
だからという訳ではなく、ごく普通の地方の町を感じさせることが、我々を落ち着かせてくれました。
観光地ではなく普通の町で、市井の人に混じって歩いている方が台湾ではずっと楽しいと感じるからです。

ですから城門史跡の迎曦門は素通りして、市場や寺廟のある北門老街方面に歩き出しました。
ちょうど日本の地方の町にもありそうな商店街というような通りで、しかしどこもシャッターが降りているということはなく、昭和50年代くらいの関東の町を歩いている雰囲気を感じます。

ほどなくアイスクリーム屋さんがあって、歩道にテーブルを並べていたので、少し暑くもあったので休憩することにしました。
おとこふたりでアイスクリーム屋というのも異様かも知れませんが、テーブルでは地元の男性ふたりが何か議論しているところだったので、夏暑い台湾では普通のことなのだろうと遠慮なく店に入りました。
すると、そのふたりはふたりとも店員で、はいはい、いらっしゃいませとカウンターの中に入って行くのが、また不思議な感じです。

アイスクリームはコーンではなくカップだというので、やはり歩きながら食べるのではなく歩道に腰掛けて休憩することにしました。
ダブルがお薦めのようで、一般的なラムレーズンともはや名前を忘れてしまった台湾のフルーツを頼みました。
手渡されたカップは球がふたつではなく、ハーフ&ハーフという感じでアイスがカップにきれいに詰め込まれていました。
商店で売られているカップのアイスのようでしたが、量的には間違いなく球ふたつより多いのでお得感があります。

続いておもちゃ屋があり、友人が子どもから何とかいう日本のゲームの台湾版を買ってきてと頼まれていたとのことで、中に入って訊ねてみます。
しかし、そこは模型やフィギュアを扱う店で、ざっと見る限りほとんどが日本製なのですが、やはりゲームは扱ってないとのことです。
すぐ先にもう1軒おもちゃ屋があるのでそこに行ってみなさいと言います。

友人は言葉がダメで、わたしはそのゲームがどんなものか分かりません。
そちらの店で、彼の説明を中国語にして訊ねますが、店員は首をひねるばかりでどうにもなりません。
友人と店員がいっしょになって探しますが、結局探し回ったあげく見つからずで、申し訳ないと立ち去ろうとすると、来てくれてありがとう、見つかるといいですねと、こちらがびっくりするくらい優しい言葉をかけてくれるのです。
友人にその言葉を訳すと、飛び上がらんばかりに恐縮して何度も礼を言っています。
彼らのおかげでしょう、翌日そのゲームを無事見つけることができました。

この通りでもう1軒面白かったのが、畳屋さんでした。
おそらく畳という字は和製漢字なのでしょう、台湾では畳を「榻榻米」と表記します。
日本人には何の事だか字面から判断できないのですが、読みは、ほぼ日本語と同じ「タタミ」になります。
わたし個人は、以前「多多米」と表記しているのを見たことがありますが、これだと「トォトォミ」で発音は少し遠くなってしまいますが、意味合いは米が多くて豊かさを表して縁起がいいのでしょう。

畳屋さんに足を止めた理由はほかでもありません。
実は、わたしの祖父が畳屋さんだったのです。
わたしが小学生のときに引退してしまったので、かすかな記憶しか残っていないのですが、畳の張り替えのときに狭い庭に畳を置いて作業する姿はとても格好良く見えていました。
古い道具を使って進める作業を後ろから眺めて、職人魂のようなものを身近に感じていたのでしょう。
この幼少のころの印象は今になっても、職人や手作業する人へのリスペクトとして、わたしの心の中に息づいています。

新竹での思わぬ光景に、台湾で畳の需要がさんなにあるのですかと話しかけました。
すると、意外なことに、新竹では畳の部屋で過ごしている人が多く、仕事が忙しくてたいへんだよと返事がかえってくるではないですか。
もちろん嬉しかったことは言うまでもなく、フローリングの部屋でPCのキーボードをたたきながら、このおじさんとやはりランニング姿で作業していたおじいさんのイメージを重ねるのでした。
【M8/Pan-Tachar 5cmF2.3 F2.3】
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Astro Pan-Tachar 5cm F2.3 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/01 Tue
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