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用客家語説話

M8/Pan Tachar 5cmF2.3
日本にまつわる良い話からスタートした内湾でしたが、その後の印象は良いものではありませんでした。
ひなびた田舎の村を想像していって、実際ひなびていないこともなかったのですが、それ以上に俗化が激しくて、ザ・観光地とも呼びたくなるような不自然さに閉口することになります。
とくに駅前から続く老街と呼ばれる古い通りは、みやげ物屋から食堂までえらく賑やかで、鎌倉の小町通りか江の島の参道みたいだと笑ってしまうくらいでした。

日本時代の警察署や映画館なども内湾のウリですが、それらも映画のセットのように見えて感動がありません。
この地域に多くいるという客家のレストランで食事して満足を得たこともあって、次の村とか行くのはやめて、新竹の町へ向かおうかということになってしまいました。
客家料理は、わたしは深圳などで何度も食べていますが、友人は初めて食べて日本で食べる中華料理に近くて油っこくなくて食べやすいと好評でした。

食事と言えば、ホテルの朝食が今日一日の失敗の伏線になっていました。
ビュッフェになると貧乏症のわれわれは何でもかんでも取ってしまい、残してはいかんとすべて平らげてしまいます。
冷めた料理で別段旨いものもないのは承知しているのですが、どういうわけかいつも少量ずつ多くのものをとってしまういやしいクセが出てしまうのです。
そんなことをすれば、12時過ぎてもぜんぜんお腹がすかず、1日の予定を狂わしてしまうのは分かっているはずなのですが。

それにしても、この日は平日だというのにかなりの人出でした。
台北の近郊で、ガイドブックにも出ているようなところを訪れて、閑静でひなびた村を期待すること自体が大きな間違いだったのでしょう。
翌日はもっと、痛い目にあうことになるのですが。

作例は、ローカル線の車内のひとコマです。
一両編成でもワンマンではなく、車掌がいてその車掌は切符の受け取りなどがあるので、ドアに近い座席に陣取っていました。
印象的だったのは、こういうシチュエーションでは顔見知りの乗客とずっとおしゃべりしていそうなものなのに、乗客とではなく乗客の連れの犬とずっとにらめっこしていたことでした。
言葉こそ互いに発しませんでしたが、両者の間には会話が成立しているように見えました。
【M8/Pan-Tachar 5cmF2.3 F2.3】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Astro Pan-Tachar 5cm F2.3 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/31 Mon

第三次蜂蜜

M8/Pan Tachar 5cmF2.3
明けて台湾2日目は郊外の旅に出ます。
台北から西南に100キロほど離れた新竹という町へ行き、そこから山側へ進んで行くと自然と古い町が点在する期待できそうなエリアがあります。
大雑把なところはネット検索で確認しておいて、現地の情報は前日書店の旅行本コーナーで、新竹とその周辺を紹介したガイドブックを購入しました。
観光情報はなくてもかまいませんが、周辺地図とアクセス方法が知りたかったからです。

台北から新竹までは台湾版新幹線の高鉄を利用しました。
昨日は地下鉄が安いということを書きましたが、高鉄の安さもそうとうなものです。
東海道新幹線であれば、東京~熱海相当の距離だと思いますが、それでたった700円ほどです。
東京~熱海は、在来線でも1890円しますが、新幹線だと特急料金が2190円追加されます。
5倍以上高いことになります。
日本の方が台湾よりも物価が高いのは間違いありませんが、さすがに5倍も違いません。

さて、台北の次の駅は板橋ですが、ちょうど東海道新幹線なら品川に停まるのと同じような感じです。
もし時間も金もないが台湾新幹線に乗ってみたいという向きには、この区間のみ乗車してみるのもよいでしょう。
台北~板橋間は所要6分、料金はわずか100円です。
当然、切符は当日駅で購入すれば問題ありません。

台湾高鉄と言って思い出すのが、中国高鉄が日本でも大問題になった事故を起こした時、すぐに台湾高鉄は記者を集めて我々の高鉄は日本の技術システムで動かしているのであんな事故は起こり得ませんと説明していたことです。
日本の新幹線は運航上では死亡事故を起こしていないし、3月の大地震でも初期微動を察知して新幹線は全停止していてひとりのけが人も出していないというと、記者たちはみな納得して台湾の高鉄が中国のそれのような事故を起こす心配はないと納得したということでした。
台湾が中国ではなく日本を信ずるエピソードです。

快適な新幹線では、もうひとつよい気持ちになることがありました。
下車する人は、みな自分で出したゴミは持ち去りますし、リクライニングしたシートは必ず元に戻します。
日本の新幹線でもみんなそうしている、途中駅から乗車する人へのマナーですが、台湾では車両や運行システムだけではなく、こういったマナーもしっかり受け継いでいるのです。
中国の高鉄では当然こんなことは実施されていません。
パクリだと言われ外観までそっくりな車両を中国独自の技術だと言いきる彼らに、乗客マナーのことまでが見えているはずもないのでしょう。

いろいろ感心しているうちに新竹に到着しました。
名前は新竹ですが、在来線の新竹駅からはずっと離れた郊外にあって、日本の感覚では新新竹と呼ぶべき駅です。
新竹の町中へ向かうにはバスやタクシーが多くありますが、わたしたちは山の方へ向かうので、竹東方面行のバスに乗り込みます。
竹東からは、ローカル線がとりあえずの目的地の内湾まで走っています。
これが1両のみのディーゼル列車で、のんびりと単線の線路を進んで行く姿はなかなかの風情でした。

さて、ここでようやく作例の紹介です。
内湾名物と思われる長い吊り橋を渡ってなおも細い道を進んで行くとハチがぶんぶん飛んできてびっくりさせられました。
その先には、養蜂している人が巣の様子をチェックしているようでした。
声をかけて写真を撮らせてもらいましたが、刺されないのかと聞くと、大丈夫、刺されたら針は取ってあげるよと呑気なことを言っています。

あなたたちは日本人でしょう、ちょっと待ってと蜂蜜を取り出しました。
ああ、買わされるのかなあと思っていると、われわれのミネラルウォーターのペットボトルを寄こすように言い水の中に自慢の蜂蜜を入れてしゃかしゃかゆすって蜂蜜ドリンクを作ってくれました。
続いて市販の蜂蜜でも別のボトルで同様のものを作ります。
自然の蜂蜜と加糖した市販のものと見分け方を教えるねと言います。

ペットボトルに蜂蜜を入れて30秒ほどボトルを振り続けると水と蜜が完全に混じり合いますが、表面にかなり泡が出ます。
それは自然なものも市販ものも変わらないのですが、1分も待つと市販ものは泡が完全に消えてしまいます。
一方の自然の蜂蜜はずっと泡は消えずにしばらくの間残ります。
さらに飲み比べると、味には大きな差がありました。
市販のものは砂糖水に近く、自然ものは蜜の澄んだ味がはっきり感じられます。

なるほどよく分かったと感心すると、美味しかったでしょうよければこの蜂蜜をどうぞと一ピン手渡されました。
こうやって買わされてしまうんだなあとある意味感心して、いくらなのかと聞くとお金はいらないと、あまりに想定外の回答がかえってきました。
ここからが、わたしたちを引きとめて話したかったことだと語りはじめました。

彼は、地元の人ではなく地方出身で、以前、台北に出てきて仕事を探してなかなか見つからなかったときに、養蜂でもやってみないかと誘われ、そんなことできるのかと思いつつも半信半疑で挑戦してみたのだそうです。
そのとき技術指導に来ていたのが、日本人の養蜂家だったのだそうです。
中国語ができない養蜂家は、その分必死になって指導してくれ、最初なにひとつできなかった我々が養蜂家として自立できるまでにしてくれたのだと最大限の感謝の気持ちを込めて語ったのです。
わたしは日本人にたいへん感謝し尊敬している、だから、今日久しぶりに見かけた日本人にぜひわたしの蜂蜜を食べて欲しいのでどうぞ持っていってくださいと、わたしの手の中にビンを押し込むようにしました。

ありがとう、分かりましたと言って蜂蜜を受け取りました。
わたしはこういう話には弱く、さすがに涙するまではいきませんでしたが、感動して胸が熱くなる思いでした。
そこで考えたのが、日本で台湾人旅行者にあったら、この話を披露したうえで、何かプレゼントを進呈しよう、そのひとも話に感動して、台湾に戻ってからわたしと同じ行為をおこない、それが日台間で永遠に続くかも知れない、と。
それにしても、今年は、オーストラリア、スペイン、台湾と旅行しましたが、そのいずれでも蜂蜜をもらっているというのが不思議な符合です。
自然の蜂蜜は何年でももつと言いますし、花の種類によって違う味が楽しめるのも実にいいです。
【M8/Pan-Tachar 5cmF2.3 F2.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Astro Pan-Tachar 5cm F2.3 | trackback(0) | comment(2) | 2011/10/30 Sun

公交車還是地鉄

M8/Xenogon 35mmF2.8
わたしは、旅先の乗り物としてはパスを愛好しています。
どこへ行っても、運賃は安いですし、空港、駅、ホテルと目的地を結ぶ乗り物としてたいへん便利な存在です。
庶民的な乗り物で、車内が生活的な雰囲気に満ちているのは楽しいですし、走っているのも町中の人の多いところなので、車内を見ていても車窓を眺めていてもどちらでも旅を楽しむことができます。

難としては、乗車法や支払いなど地域によってさまざまで、路線が複雑なところが多いということもあって慣れないと乗りにくいというところがあります。
バスは避けて地下鉄やタクシーを推奨するガイドブックは多いようです。
バスが乗りにくいとすれば、利用しているだけで現地の人に近付いているとも言えるわけで、それだけでもバスに乗る価値があるように考えてしまいます。

バスに乗ると乗客と運転手に一体感が感じられることがしばしばです。
乗降の際に乗客が運転手にあいさつする姿は普通で、韓国のバスに乗ると乗客と運転手がみんなそうやっている姿を見て感心する旅行者も多いのではないでしょうか。
一方、あきらかに外国人で降りる場所が分からずに困っていそうな人がいると、かならず他の乗客が助けてくれます。
バス自体が、集合離散を繰り返す小さなコミュニティのようです。

ところが、地下鉄になると品位が落ちるような気がするのはなぜでしょう。
我先に座ろうと乗り込むものが目立ちますし、運転手にあいさつして乗降する人は皆無です(当たり前か)。
地下鉄が駅に到着するたびに大量の人が一度に降りて、同じくらいの人が乗っていく姿は個ではなく人間の塊が移動している風にしか見えません。
せっかく見知らぬ町に来たのに、町を見ながら移動せずに隠れるように地下に潜ってしまうのはもったいないとも言えます。

などと言っても地下鉄は旅行者にとって主要な移動手段です。
ホテル前のバス停からは1路線しか走っていなくて、目的地が合致していない時はわたしたちも地下鉄にはたいへんお世話になっていました。
最低区間は20元ですから、邦貨にして50円ほどと安く、やはりホテルから3分のところに駅があったので利用価値は高かったのです。

台北ではラッシュ時には3分間隔、日中でも5分間隔ほどの頻度で列車が来ますし、ホームや乗り換え通路に行き先別の列車が何分後に到着するというような表示が出ていて、電車待ちでいらいらするなどということとは無縁です。
ホームでもみんなきちんと整列乗車していて、台湾人のマナーの良さを実感しました。
改札を出てからの駅の表示は、東京の地下鉄と同様に出口番号と主要な建物、地図がリンクされていて迷うことはありません。
漢字と英文が併記されているので、特に日本人旅行者には使いやすく感じられると思います。
それは車内でも同じで、現在駅、次の駅、その次の駅が電光表示されているので、神経質にならなくても乗り過ごしたりなどの心配は不要です。

車内では、日本と違って本や新聞を読んでいる人はほとんどいません。
ましてや、いい大人が漫画を熱心に読むなどと言う姿は皆無でした。
寝ている人もあまりいなかったのですが、たまには作例のような人もいなくはないようです。
台湾人も疲れているのでしょうね。

ただ、撮りたかったのはこの人ではなく、実は吊革の方です。
ちょっと分かりづらいかも知れませんが、バーとバーの間には20センチほどの間隔に8本の吊革がずらーっと並んでいました。
これに全員が捕まるとしたら、かなり痩せぎすな人たちが8人、全員進行方向を向いてくっつくように列をつくるのだろうなあと、わたしは友人とまじめな顔で話し合いました。
しかし、当然のことながら、何度も乗った地下鉄の車内で、そんな奇妙な光景は一度として見ることがありませんでした。
【M8/Xenogon 35mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schneider Xenogon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/29 Sat

台北再訪

M8/Xenogon 35mmF2.8
昨日までの青山シリーズとは時間が前後しますが、先日、友人と台湾を旅して来ました。
4年振りの訪台でしたが、そのときは男ふたり、女ひとりの不思議な3人組でした。
今回は、その唯一の女性がわたしを見捨てて結婚してしまい、メンバーはふたりに縮小されての台湾再訪です。
美人の脱退は大きな戦力ダウンですが、男性ふたりだけになってその分身軽な旅になりました。

4年前の台北はたいへん印象の好いものでしたが、今回さらにそれは高まりました。
いつも大陸の方に行っているので、それだけでも好印象なのは当然なのですが、やはり4年の間に変わっていることはあるようです。
4日間の滞在ではそれがどういう変化なのかを見出すことはできませんでしたが。

渡航に際して目に見えてありがたい変化がありました。
当時なかった羽田→松山便というのができていて、アクセスがかなり便利になったのです。
松山と言っても愛媛の松山坊ちゃん空港のことではなく、台北市内の国内線用の空港を一部の国際線にも利用できるようにしたため、羽田の国際線化に合わせて就航するようになったようです。
日本統治時代の名残でしょうか、この松山以外にも、板橋、府中、三重、松江等あれっと思うような地名があちこちにあります。
漢字の国だからあたりまえなのではと思うかも知れませんが、例えば、香港とか深圳、上海に行っても日本人の名前にありそうな地名とかまれに見つかりますが、東京と同じ地名はまずめったに見つかりません。

目に見える大きな変化は、有名な観光地に行くと大陸からの観光客があふれているということでした。
4年前に見た記憶はまったくないので、この間に日本と同様、団体に限って中国人の入国を認めたのだと思われます。
台北101という高層ビルがあって、ドバイのブルジュ・ハリファに抜かれるまで世界一の高さを誇っていたためここの展望台はたいへん人気があります。

わたしたちも登ってみたのですが、大声でがやがやしている団体をたくさん目にしました。
大陸からやって来た中国人のグループが何組もいたのですが、服装が垢抜けていないのでかなり内陸部から来たのだろうと想像でき、うるさくしないとか、国際マナーだとか言ってもしかたないことが分かります。
気にせず、ゆっくり眺望を眺めたりしていると、係員の若い台湾人青年が日本語で話しかけてきました。
せっかく来ていただいたのに、大陸の人がこんなにうるさくして申し訳ないと恐縮しているのでした。

この件ばかりでなく、全体に台湾人のマナーというか礼儀正しさのようなものが向上しているように感じられました。
日常から中国人を見かける機会が増えて、人のふり見て我がふりを直したのだということでしょう。
台湾が中国に統一されれば我々もああなってしまうんだと恐怖を感じたのかも知れません。
世界的にマナーが悪いことで有名な中国人と、同一視されてはかなわんという気持ちが起きたのは間違いない所だと思います。
少し極端な表現になりましたが、もちろん中国人でもマナーを身に付けている方は少なくありませんし、日本人でも礼儀知らずなのが少なからずいることも事実ですので、あくまで総花的な話です。

101の余談としては、展望階までのエレベーターの係りの女性がみんなすごい美少女ばかりだったことです。
高層ビルからの見晴らしではなく、彼女たちを写真に撮る日本人がわたしたちも含め少々いたことを報告しておきます。
あまり過剰になると、中国人から日本人のマナー云々という話が飛び出しかねないので注意が必要です。

101を降りると階下では、大量に行き来する大陸中国人に対して、天安門事件を思い出せとか共産党の犯罪とかの抗議活動をしているグールプがいくつかありました。
そんなことは承知でしょうし、それらの台湾人グループと接触していたなどと帰国後ばれたらたいへんなことになってしまいます。
残念ながら、そんなのを聞いているのはわたしだけのようでした。

さて、台北でも変わらないものはたくさんあって、その代表は名物のスクーターの群れです。
ホーチミンの無秩序振りには負けると思いますが、台北でも大通りが赤信号になると50台くらいが停止線のところにすらっと並んだりして迫力面でけっして劣りません。
それに前述のとおり、台湾人はマナーが良いので、旅行者に危険を感じさせることもないのがよいです。

台湾にはジャイアントという自転車ブランドがあって、日本も含め世界中に愛好者を集めています。
台北の町中にはジャイアントに乗った人たちがたくさんいることだろうと期待しましたが、涼しいこの季節でもその姿を目撃することはありませんでした。
自転車は週末のツーリング用であって、市内で通勤通学に使うためのツールにはなり得ていないようでした。
あるいは、台湾人には自転車なんて中国大陸のようにお金のない人が乗るものだという意識がまだ残っているのかも知れないなどと想像してみました。
【M8/Xenogon 35mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schneider Xenogon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/28 Fri

Miss(take4)秋田

M8/Portrait 100mmF2.3
ここ数年、月に3回以上のハイペースで撮影をしています。
何かのついでにカメラを持っていってちょろっと撮ったというのも含めてですが、その前は年に数回の旅行の時だけということを考えれば、飛躍的に撮影機会が増えた、あるいは増やしたということになります。

外に出ていくのは愉しいことですし、健康的でもあるので積極的に出掛けたわけですが、数あるレンズたちがわたしを外に連れ出したという方が正しいかなと思います。
奇妙な言い方に聞こえるかも知れません。
でも、念願のレンズを手に入れてそれが郵便で届いたという経験をお持ちの方であれば、その意味することは理解いただけるのではと考えます。

ひとりでの場合もあれば、今回のように仲間をともなうこともあります。
その場合は、自分のレンズを自慢したいという気持ちが多かれ少なかれ働きます。
また、同伴者の方でも、そんな自慢話を聞けるのを愉しみにしている側面があります。
ただ、自慢ばかりの人もいて、閉口させられることもありましたが。

レンズを使えないほど所有しやがってと批判する人がいて、無駄なことをするなともっともなことを言っています。
しかし、わたしはレンズ趣味を生涯の愉しみとするつもりです。
どれだけ生きられるのかは分かりませんが、仕事をしなくなれば一挙に時間ができます。
自由になるお金はほとんどなくなっているでしょうが、今のデジタルのシステムでもフィルムやDPEは不要でコストがかからないのですから、ありがたい趣味です。
そのころの器材がどのように変化しているかは、とんと分かりませんが。

いま、中将姫光学研究所などとふざけた名称を名乗っていますが、言うまでもなく光学研究などという高度なことはまったくできていません。
いつか実際に勉強して、光学を理解しその観点からレンズを語りたいという夢があります。
そのためにレンズを集めているのだという大義名分もあるのですから、それをとやかく言われても困惑するばかりです。
「良い写真」を撮りたくて写真をやっている人は多いのでしょうが、そういう人ばかりが写真を撮っている訳ではないことを理解すべきでしょう。

今週、収差位置に被写体を持っていって失敗してしまいましたという写真をこれだもかと出してきた理由がここにあります。
良い写真を目指す人にはあからさまな失敗作でも、レンズが好きな人には収差やレンズの特徴がよりよく分かります。
そんな写真は邪道ですが、カメラを持つ人全員が正道のみを歩いていく必要はないでしょう。
ソフトで修正したりトリミングしたり、写真をよく見せる手段はいくつかありますが、失敗作をそのまま出すというのはその対極として存在が否定されるほど無茶な考えとは思いません。

先日レンズをワインに例えましたが、もし開栓したワインがあまりに特徴的すぎたとしたら、ノーマルなワインとか調味料を足して味をよくさせるよりも、それがそのワインの個性だとそれを楽しむのがわたしの発想です。
ただ、保存状態が悪くて味が化けたり、料理と合わなくて特徴が活かされないなどのマイナス要素は排除しなくてはなりませんが。

さて、ksmtさんがミスあきたに話しかけているところを撮らせてもらいましたが、今まで後ピンの連続だったのが近距離ではなぜか前ピンになってしまいました。
そのため右の美女がソフトフォーカスにはぴたっときています。
等倍で見ると、しっとりと美しく、このレンズの特徴がいちばん出ている作例に見えます。
こういうレンズこそが、研究するに値します。
フィルターを落として割ってしまったので、買い直す頃にまた研究を再開することにしましょう。
【M8/Voigtlander Portrait Objective 1a 100mmF2.3 F2.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Voigtlander Portrait Objective 1a 100mmF2.3 | trackback(0) | comment(4) | 2011/10/27 Thu

竿灯在関東

M8/Kino-Hypar 5.5cmF3
今から111年前の1900年という世紀の変わり目に、恐るべき超広角レンズが誕生しました。
ゲルツのハイパーゴンです(Hypergon。ハイペルゴンやヒューペルゴンとも呼ばれることがあるが、「写真レンズの歴史」の表記に準じることにします)
レンズ構成は2群2枚ですが、外観は小さなガラス玉のように見えます。
構成図を見ても、厚さが2ミリほどしかない薄い球状のメニスカスが対称に並んだ玉そのものと言える不思議なレンズ構成です。

鏡胴はその玉が半分埋まってしまったクレーターのようなもので、前面にたくさんの文字が書かれていて気難しいレンズという印象を深めます。
なによりこのレンズの外観的な特徴となっているのが、アームで脱着できる歯車が付いていることです。
プロアーなどを利用してこの歯車を風の力で回すのです。
何のためかと言えば、画面中央と周辺の光量差があまりに大きいので、中央部の歯車を回転させて光量を減らすことで画面全体を均一にしようというアイディアです。

と書いても何のことか分からないかも知れません。
よく超広角レンズで周辺が黒く光量不足になっている写真がありますが、光量が足りているところの光を減らして、全体を同じ程度の暗さにすれば超広角独特の周辺減光を消し去ることができます。
そのままでは暗いので、全体の露光時間を増やせば、あたかも普通のレンズで撮ったような画面全体が一定の露光を得た写真になるということです。

そのハイパーゴンの製造本数は不明ですが、まず薄いレンズを加工する技術は相当のものでかなり高価だったようですから、あまり製造されなかったものと想像できます。
わたしは一度だけ中古カメラ店のウェブサイトで見たことがありますが、歯車が消失しているにも関わらず50万円ほどの価格が付けられていました。
希少性故に高価なのでしょうが、それでもその時のレンズはすぐに売れてしまいました。
日本にもハイパーゴンを所有されている方はいらして、作例を自身のウェブサイトなどに立ち上げておられるようです。
ですから幻のレンズとか国宝級いうほどではないかも知れませんが、かなりの希少レンズであることは間違いありません。

その希少レンズをついに冩楽彩のおふたりが入手されました。
先日、初の撮影をされたようで、まだプリントは上がっていないようですが、たいへん興味深いことにレンズの外観や撮影シーン、歯車を回す様子などが動画を含めて紹介されています。
ここまで紹介されたのは世界初の快挙でしょう。
ハイパーゴンの外観はまるで機械部品かスピーカーのウーハーか何かのようで、とてもレンズには見えません。

こんなレンズですので、露光時間の計算は難しく、超広角ということで指やその他のものがうっかり写しこまれることもよくあり、最初の撮影が失敗に終わっている可能性は低くありません。
しかし、こういうほとんど前人未到のマニュアル無き手探りの撮影では失敗は当たり前ですし、トライアンドエラーで撮影法を習得するのが当然の道筋です。
暖かい眼で、結果を心待ちにしたいと思います。

ハイパーゴン入手のニュースを聞いて、日曜の青山に持ち出したのは、同じゲルツのキノハイパーでした。
名前もよく似ていますが、こちらはトリプレット構成の平凡なレンズです。
Hypergonに対してKino-Hyparとスペルも少し違っています。
どこにでもあるレンズというほどではありませんが、当然、希少度では月とスッポンの差があります。
それでも、ハイパーゴン入手の知らせを聞けば、自分でもそれにまつわる何かを持参して、遠方からの祝砲を上げたくなるというものです。

ところが、2度あることは3度ある、の例えどおり、またしても美味しい中央部を空間にして画面の下と上に被写体をもってくるこのレンズにはあり得ない構図をとってしまっています。
せっかく人出が少なかったために撮りやすかった竿灯ですが、竿灯は流れ持ち手はもわもわになっています。
祝砲を上げるどころか、まるで竿灯と持ち手が、主人公のイチョウ並木の添え物のようなお粗末な作例となってしまいました。
【M8/Kino-Hypar 5,5cmF3 F3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Goerz Kino-Hypar 5,5cmF3 | trackback(2) | comment(2) | 2011/10/26 Wed

鏡頭就是葡萄酒

M8/Portrait 100mmF2.3
若き友人sumimomuさんにお貸ししたレンズにカビが発生していたという問題があって、今年になってようやく防湿庫を購入しました。
そのレンズのみ革ケースの中に長年入れっぱなしだったので、起こるべくして起きたカビ事件ですが、sumimomuさんはわたしのレンズ資産の全滅を心配したのか、強く防湿庫に保管することをすすめたので、わたしも重い腰を上げたという経緯があります。
防湿庫は高価ですし、狭い部屋のどこに置いていいのか考えただけで頭の痛い問題だったからです。

いちばん大きな防湿庫でも全レンズが収まるのか不安でしたが、トレイを追加することでどうにかなりました。
昨日も書きました通り、その後レンズはほとんど増えていないので、今のところどうにかなっています。
防湿庫がカビ防止のみならず、そのキャパシティがレンズの増殖の歯止めとなればいいというところでしょうか。

防湿庫を眺めていて思い出したのは、何年か前、友人の結婚祝いでプレゼントしたワインセラーでした。
この防湿庫とワインセラー、実によく似ています。
友人夫妻がそろってワイン好きということで、奮発してワインセラーを贈ったのですが、ふたりがレンズファンだったら防湿庫にすべきだったかはよく分かりません。

もちろんワインは防湿庫に入れてはいけません。
湿っているコルクが乾燥して、ビン内に空気が入ってしまう可能性が高まるからです。
防湿庫にワインは入っていませんが、中のオールドレンズは何となくヴィンテージのワインに似ているような気がします。
レンズの味とかボケ味という表現をするのですから、ワインと結び付けるのもあながち的外れとは言えないでしょう。

そんな風に考えていたことがあったのですが、つい先日、sha-sindbadさんのブログ『レンズ千夜一夜』の中で、

 とてもとても、老成し、熟成した、まったりとした描写
 (中略)
 思わず、このボルドーの味わいを思い出しました
 (ご本人には無断で抜粋)

とボルドーの貴腐ワインに例えてレンズを評価されました。
わたしは、この希少なワインを賞味したことはないですが、その言わんとするところ、自分なりに理解できたつもりになりました。
まさにワインを引き合いに出された表現は、我が意を得たり、とこぶしを握りしめたくなるものでした。


さて、大きく出た割には、あんまりな今日の作例ですが、レンズは変われどその性格は同じで、中央部はシャープ周辺は流れるレンズで、この使い方はいただけません。
昨日と同じ失敗例です。
中央女性の着物のウェストや三線のあたりはなんとかシャープですが、顔やスカートは面白い収差の形がはっきり出ていて、このレンズの特性がうかがえます。

久しぶりに聴いてうっとりできた沖縄民謡をこんな写真で表現したのは演奏者の皆さんには申し訳ありません。
ただ、レンズの特性を知ってそれを活かした撮影の仕方をすべきなのと同様、やはり沖縄民謡はお店の中や狭いホールでアンプラグドで聴きたいなと思いました。
その場合、もちろんワインでなく、泡盛で。
【M8/Voigtlander Portrait Objective 1a 100mmF2.3 F2.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Voigtlander Portrait Objective 1a 100mmF2.3 | trackback(0) | comment(2) | 2011/10/25 Tue

樹上的女孩子

M8/Kino-Hypar 5.5cmF3
昨日、日曜日は、久々のksmtさんとの散歩でした。
予報がかなり悪かったのですが、スペイン以来のわたしの晴れ男振りが継続していて、雨が降るどころか晴れ間ものぞかせるまでに回復しました。
気温がかなり上がって半袖シャツでちょうどいいくらいです。
表参道に集合して、食事とコーヒーブレイクを挟んで4時間ほど青山から赤坂へと歩きました。

このエリアは、わたしにはもっとも不似合いな場所と言えますが、ksmtさんは勤務地が近くにあった関係で自分の庭のようにすいすいと歩いていました。
町は、ちょうど青山祭というイベントの最中で、東北復興への思いという参加者の気持ちともあいまって、実によい空気が流れています。

歩いていてまず話題になったのが、最近、まったくレンズが買えなくなってしまったということです。
つい先日、ksmtさんから珍しいレンズがeBayに出ていると教えてもらいました。
レイ・シネユニライト50mmF1.9です。
35mmF1.9を所有していますが、50mmを見るのは初めてで、かなりめずらしいレンズとは言えると思います。
ただ、レイのレンズは人気があるはずもなく、うまくいけば200ドルくらいで買えるのではと期待が膨らみました。

しかし、空けてびっくり、落札価格は2550ドルというとんでもない額にまで上がったため、わたしは全然話にもならず入札参加することもできませんでした。
シネユニライトなんて、数年前であれば誰も知らない無名レンズだったはずですが、どうしてこんな価格がつくのか理解不能です。
このレンズにこれだけの価格がつくとなると、もはやわたしが出る幕はなく、今後、一切レンズが買えなくなってしまうのではと落ち込みました。

ksmtさんがこの日持参したのは焦点距離の異なる2本のエルノスターでした。
エルノスターは一眼レフへのマウント改造が難しいレンズということもあって、希少性、性能などと比較してけっして高くないレンズでした。
これも入手困難で、当初は5cmF2という希少焦点距離をを探していましたがまったく見つからず、比較的ポピュラーな85mmF1.8ですら手に入らない状況です。

今や円高の進行はすさまじく、先日も戦後最高値を記録したところで、海外からレンズを探し出すにはまたとない時期です。
しかし、それ以上にレンズ相場の値上がりは激しく、相場観をものともしない新興諸国の参入もあって、メリットを享受できる機会はありません。
レンズを増やすことはあきらめて、撮影により力を入れなさいと神の声を聞くかのごときです。

さて、作例ですが、その神の声を無視するかのように、レンズの特性に反する1枚になってしまっています。
もともとCマウントのため周辺部が激しく流れるレンズなので、中心に被写体を置かなくてはいけないのに、かなりの高さまで木登りする少女の位置を強調しようとするあまり、周辺部にある顔が激しくブレたようになってしまいました。
今回の青山コースはこの失敗パターンが連続することになります。
聞く耳を持たないとはこういうことなのだと複数の写真が証明してしまいました。
【M8/Kino-Hypar 5,5cmF3 F3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Goerz Kino-Hypar 5,5cmF3 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/24 Mon

欧洲最后一天

M8/Summilux 35mmF1.4
カギとありがとうのメッセージを机に残して、ダヴィドのアパートを後にしました。
日曜、朝5時のバルセロナは、まだ眠ったような状態で、時おり通りかかるタクシーが徐行して乗らないかと誘いますが、首を振るとすごい勢いで去っていくというくらいしか私を相手にするものはありません。
空港行きの列車の入り口が分からずまごついていると親切なホームレスが、迷いながらそこまで案内してくれました。
手を出して来たので、一瞬金を寄こせと言っているのではと思いましたが、握手を求めていると分かり握り返すと、気を付けてと優しく声をかけてくれました。

案内の見つからない空港行き列車とは不親切だとは思いつつも、いざこれに乗ってしまうと後は表示に従ってチェックイン、荷物検査、入国審査、少し待って搭乗とあまりに機械的に進んで行くことに気付きます。
ちょっと分かりづらくて、旅行者をあせらすくらいの方が、本当はありがたいことなのかも知れません。

ローコストキャリアの小型機は来た時と同じくガトウィック空港へ到着しました。
まだ午前中ですが、ヒースロー発、香港経由、成田行きの便は夜のフライトです。
本当は、ロンドンの知り合いと会うつもりだったのでこんなスケジュールにしましたが、彼はドイツへ出張してしまい、この間をひとりで過ごすことになりました。

ガトウィックからの列車がヴィクトリア駅に着くので、ここのバスコーチに荷物を預けて身軽になって散策し、夜また戻って荷物をピックアップしてから空港行きのコーチに乗るというのがリーズナブルかつ効率的な方法です。
スーツケースを引いてずっと歩きたくはないので、どこにレフトラゲージがあるのか調べたら、空港への移動とかも同時に出てきて、自分としては珍しく完璧なスケジューリングができてしまいました。

完璧といってもそれは荷物の処理と空港へのアクセスだけで、その日何をするのかは全然決めていません。
サッカーでも観たいと思いましたが、残念ながらロンドンエリアでは試合が無いようです。
行き当たりばったりでいこうと考え、ビクトリア駅にツーリストインフォメーションで地図をもらって歩いて散策することにしました。
しかし、このインフォメーションは、観光バスの紹介所のような施設で、みんな何かを訊ねチケットを買っています。
非常に低姿勢になりながら、地図をもらうのが精いっぱいで近くに何かないかなどの質問はあきらめました。

地図は見ますが場所を確認するだけで、あてのない散策開始です。
とはいえ、すぐに観光客であふれるゴシック教会があり、さらに進むとテムズ川を挟んでビッグペンが現れます。
この間、名物バスのダブルデッカーやブラックキャブことロンドンタクシーのみならず、ヨーロッパらしい多くの自転車や馬にまたがった警官まで通って、ロンドンというテーマパークに来たかのようなにぎやかさでした。
そもそもが、ロンドンはバルセロナに比べてずっと涼しいに違いない、もしかしたら霧に煙ってるかもと考えて長袖にしていたのですが、スペイン以上に好天で暑く、自分がロンドンにいるとは信じられないくらいです。

実はロンドンではひとつだけやることを決めていて、ビリンガムのカメラバッグを買おうと考えていました。
今回会えなかった知り合いから、ライカ専門店を紹介してもらっていて、ウェブサイトを見るとビリンガムの特約店のようだったので、ここだけは訪れようと考えていました。
ですから、地図を見ながら気ままに歩いたとは言っても、方向的にはその店の方を目指して歩いていました。

途中サンドイッチとスープの昼食をとりながら2時間以上歩いたところで店は見つかりました。
さすがライカ専門店です。
赤いロゴの看板が目立つので、かなり遠くからでも、あったと見つけることができました。
お目当てのスモールハドレーはやはり日本の並行店の3分の2ほどと安く、ビリンガムのサイトでしか買えないとなっていたオリジナルの名刺入れもゲットできて満足です。

バルナック時代の中古品の品ぞろえもなかなかで、アクセサリーを何点か買い求めました。
店主も親切な方で、いろいろと教えてもらいましたが、もう少し早く来ればヘクトール7.3センチの新同品が見られたのに残念だったねと言います。
そのヘクトールは、つい先日、日本の超有名コレクターN村氏が来て買っていってしまったよと笑っています。
N村氏が来たのでロンドン中の中古カメラ店から、コレクティブルなライカ関連アイテムはなくなってしまっているだろうから、他店に行く手間が省けたんじゃないのと言われ、今度はふたりで大笑いしました。

ビリンガムはこのまま使いますか、と聞かれます。
さすが、この店主はよく分かっています。
ロンドンでビリンガムを買えば、そのまま肩から提げてスナップしたい気持になろうというものです。
使い古したカメラバッグはかっこいいものですが、生地がやわらかで馴染むビリンガムは新品でも肩、手、腰にフィットしてすぐさま自分のものになります。
ロンドンに寄った目的を完全達成した気分でした。

それは、今回のヨーロッパの旅が終わったことも意味していました。
まだ時間はだいぶありますが、ビリンガムを手にしてしゃかりきになって歩く意味を失いました。
少し歩きましたが、疲れも出てきて目についたカフェに入り、おすすめのビターをちびちびやることにしました。
あとは、戻りの時間を調整して、帰国の道を目指すだけです。

最後の作例ですが、いくつか候補が上がったものの、前々日、前日との関連で今回も自転車ものをチョイスしました。
ふたりの美女に惹かれたということもありますが、何となく象徴的な意味があるような気がしたということもあります。
今回の旅は、駆け足を避け、なるべくスローを心がけましたが、ゆっくり歩くという理想とはほど遠いものだったのが、徒歩ではなくさりとて車でもない、自転車の速度の旅だったように思えたのです。
歩くような旅が理想と考えながらも現実としては無理ですし、上り坂でゆっくりになり、下り坂は勢いよく降りてしまう自転車の特性も、自分の旅のスタイルそのものだったかなと妙な納得感がありました。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/23 Sun

巴塞羅那之夜

M8/Summilux 35mmF1.4
バルセロナ到着時は、ダヴィドにとってもらったちょっと値の張るホテルに宿泊せざるを得ませんでした。
しかし、それを埋め合わせるようにダヴィドは自分がバルセロナに持っているアパートに泊るよう鍵を渡してくれました。
翌日は早朝の飛行機に乗るので、寝るためだけのベッドを借りれたのは助かりました。

なぜダヴィドがバルセロナの町中にアパートを1室持っているのかよく分かりませんでしたが、学生に部屋を貸して収入を得ているということのようでした。
女子学生が3人暮らしているので、君が1泊することは伝えておいたが、よろしく頼むと言われました。
その学生と仲良しになれるのではなどと、下心丸出しでバルセロナに向かいます。

スペイン版新幹線のAVEは料金が高いだけあって、乗車すると車内音楽を聴くようにと車掌がイヤフォンを配ります。
スペイン国鉄「Renfe」のロゴが付いた袋に入っていて、鉄っちゃん向けにはいいお土産だと思いますが、通常の感覚ならこんなもの要らないからその分料金を下げてほしいといいたくなります。
使わずに座席テーブルに置いていく人も多いので、5個くらいもらって帰りました。

到着駅からダヴィドのアパートまでは地下鉄を乗り継いで30分ほどかかりましたが、事前に確認しておいたのでスムーズです。
この移動の時に、翌日の空港へのアクセスも見ましたが、1番か2番の空港行きの鉄道に乗れば間に合います。
5時台の出発ですが、公共交通機関が使えるのでこれも助かりました。

駅到着からアパート探しは難儀するかと覚悟していましたが、これも案外あっさり見つかってしまいます。
コンセルから簡単スペイン語のレクチャーを受けたので、歩いている人に広場の場所と通りの場所まですぐに聞き出せました。
ヨーロッパの都会では住所が分かっていれば、あとは通り名と番地ですぐに見つけ出すことが可能です。
部屋は1階と聞いていましたが、ヨーロッパ式の1階は日本で言うところの2階です。
玄関のカギを開けて、部屋では呼び鈴を押しましたが反応なく、そこでも鍵を使って入って行きました。
やはり誰もいませんでした。

ここで困ったことがありました。
部屋はリビングの他に4つありますが、どの部屋で寝ていいのか分かりません。
ダヴィドの説明では3部屋は女子学生が使っていて、会いている1部屋をわたしにあてがってくれたようですが、誰もいなくてはそれがどの部屋だか自分で見てまわるしかないのですが、どの部屋もきれいに整理されていて使用中のようなそうでないような何とも判断できない状態です。

まずはシャワーを浴びたかったのですが、ヨーロッパのアパートでは夜遅くに使用するのは非常識と聞いたことがあるのを思い出して、部屋でジャグリングの練習をしていて下の階の住人にヘイヘイと箒で天井を叩かれるCMの映像が頭の中で広がってしまい、断念せざるを得なくなりました。
ちなみにバス・トイレの中は、実にきれいに女性用のシャワーアイテムやコスメ類が並んでいて、それらもわたしの使用を拒むかのような雰囲気がありました。

夜10時を過ぎていましたが、地図を頼りにサグラダ・ファミリア教会まで歩いてみました。
ここでも俄かスペイン語で時より道を訊ねては進み、ライトアップされた聖家族教会の威容に息をのみます。
今日の作例はその写真にしようと思いましたが、さすがに有名なこの教会の写真を出しても凡庸すぎるので、昨日の自転車つながりで、目の美しい少女たちの作例にします。

またダヴィドのアパートに戻りますが、学生たちは戻っていません。
結局、わたしはこのアパートの住民とは会うことがなかったのですが、わたしに気を遣って彼女たちは別のところに泊ったのか、逆にわたしを避けるためだったのか、あるいはバルセロナの女子学生の週末とはこういうものなのか、今度、ダヴィドに聞いてみずにはいられません。

遅い昼食でお腹が空きませんでしたが、さすがに12時くらいになって何か食べたくなります。
近くのパルへ行って、サンドイッチとビールが、スペイン最後の夕食になりました。
部屋が分からないのでリビングのソファで寝ることにしました。
4時までの3時間なのでベッドで熟睡するより、かえって安全でした。

大きな通りからやや引っ込んだ位置にあるとはいえ、古い石造りのアパートはたいへん静かで寂しさを感じないではありません。
女子学生でなかったとしても、ここの住民と会って何か会話した後にゆっくり眠れたらとも思いました。
しかし、短い時間とはいえバルセロナのアパートの住民になれたことで、1週間近く前に着いたときとは違うくつろいで気分で眠れたこの夜は、けっして悪いものではないなと考えたのも事実でした。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/22 Sat

聖地巡礼

M8/Summilux 35mmF1.4
コンセルとの昼食は愉快なものでしたが、お互いにもたもたして時間も浪費してしまいます。
2時に昼食をとれば5時にはバルセロナへ到着できると見込んでいたのですが、結果的には8時になり、その夜は食事するのみで翌朝早々に帰国することになります。
コンセルが別れを惜しんで最後の晩餐ばりに昼食に2時間もかけ、わたしがバルセロナを散策したいので3時半の電車に乗りたいと恐縮のあまり言えなかったのが原因です。

さらに、飲みものはと聞かれて、最後なので地元の赤ワインにしようと言ったのもまずかった。
ハウスワインというイメージだったのですが、コンセルは平気な顔でボトルをオーダーしてしまいました。
困ったことにこのワインが濃厚で旨く、食事ともフィットしていて、ふたりでちょうど半分半分を飲みきってしまいました。
わたしは真っ赤な顔でふらふらしていましたし、コンセルは平気な顔でしたがやはり少し足元がおぼつかない状態です。
彼女は、無事、タウイまで帰れたのか…。

送ってもらった駅でもタッチの差で特急列車に乗り遅れてしまいました。
駅の表示では、5分後にバルセロナ行きがある絶妙のタイミングでしたが、もう間に合わないとチケットを売ってくれません。
後で分かったのですが、航空機の搭乗並みの荷物検査があるためチケットの販売は10分ほど前に締め切ってしまうようです。
次のバルセロナ行きは1時間半後のAVEのようです。
AVEはスペイン版新幹線ですが料金が高く、乗り遅れた特急AVANTより10分早いだけで、運賃は倍近くになってしまいます。

1時間半は、駅周辺で過ごさざるを得ませんが、レイダの駅前はすぐ旧市街となっていて散策時間はあっという間に過ぎてしまいました。

まず、中国人と思しき若いカップルが駅前で困ったようでしたので、声をかけました。
服装や物腰がスペインで何度も見ている中国人とは明らかに違ったので、台湾人か香港人とすぐ分かり英語で話しかけたのです。
彼らは台北から来たとのことで、すぐ中国語に切り替えて事情を聞くとホテルを探しているとのことで、名前を聞けば先ほど見かけたホテルだったので案内しました。
丁寧に礼を言うふたりは、やはり中国人というよりは日本人そのものです。
台湾には、日本の文化が生きているとよく聞きますが、わたしもそう思いますし、先週台湾旅行をしたのでそれは確信に変わっています。

もうひとつは、バルセロナからやって来た自転車野郎3人組みです。
これから1ヶ月かけて、サンチャゴ・デ・コンポステラを目指すのだそうです。
自転車による聖地巡礼の旅ですね。
写真を撮らせてくれと頼むと、えーっ、何でおれ達なんか撮るんだと照れながらも、なかなかいい表情をしてくれます。
わたしの旅はもうすぐ終わりますので、旅を始めたばかりの彼らにたすきを託した気持ちになりました。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/21 Fri

筆記本与鋼筆

M8/Summilux 35mmF1.4
ライカの他に、今回の旅には大切な道具を持って出掛けていました。
手帳と万年筆です。
手帳の方は、ペンのクリップでホールドできるようになったポケットサイズ。
万年筆は、モンブラン262という1950年代のライカM3くらいに古いものです。
これは、もともと複写用、つまりカーボン紙に書くための固いペン先を持っていて、出入国カードの記入にも使える優れモノです。

航空機内やバス、列車の移動中はあまりすることがありません。
寝てしまうか、音楽を聴くか、さもなくばぼんやりと景色を眺めているかです。
カメラやレンズの手入れをすることもあって、こういう時間は楽しくないわけではありません。
特に今回は、久しぶりにM6も持って行っていたので、M8では味わえない空シャッターを各速度で切る楽しみを味わうことができました。

しかし、今回、手帳を初めて持参したことで、空いた時間の多くがこの手帳との格闘に費やされました。
ただでさえ字の汚いわたしは、揺れる車内で文字を書くのはかなりの難儀でした。
とはいえ、万年筆には不思議な力が宿っているようで、ソフトに筆を走らせることで、机に向かってボールペンで書くよりもよほどマシな文字になったりするものなのです。
それでも、ひどい乱筆であることに違いはありませんが。

普通に日記をつけたり、ちょっとしたメモを残したり、時には知り合った方に名前やアドレスを書いてもらったりもしました。
また、ペンケースサイズのスティックのりを持参していて、チケットとかレシート、飲みもののラベル、砂糖の袋に書かれたイラスト等々、紙類はばんばん手帳に貼り付けていきました。
もちろん、ワインやビールなどのラベルの横には、その特徴などを自分なりに書いて、ソムリエの真似ごとなどもしてみます。

字のみならず、絵もさっばりですが、それでも時間のある時にところどころイラスト風のものも描いてみたりしました。
鉛筆ならまだしも、線が太く(Mくらい)書き直しのきかない万年筆では、初心者にはどうにもならない世界です。
ただ、描いているときはまたけっこう楽しく、万年筆画という世界もあるようですので、今後はそれなりのものが描けるようレベルを上げたいと思わないではいられません。

ヘタ文、ヘタ字、ヘタ絵の三拍子そろったひどい手帳ですが、それでも帰国後に読み返すとその時のことがありありと思い出されて、また愉しい気分になったりします。
旅行中も、楽しそうに書き込んでいる手帳を覗かれることしばしばで、やはり、もう少し字や絵をどうにかしないといけません。
センスが問われ、自分にはけっして向いているとは思いませんが、ぜひ習慣化して継続してレベルアップしたいと考えています。

そういえば、バルセロナの近郊に城壁の町として知られるモンブランというところがあります。
このモンブランはカタルーニャ語由来のようで、カタルーニャ語とフランス語の近親性が分かると思いますが、そのモンブランから来ているという夫妻とエル・マラドールで知り合いました。
わたしはモンブランを愛好しているのでぜひモンブランへ行ってみたいと、持参の262を見せながら言うと、ぜひその時は遊びに来て下さいと、その262で手帳にアドレスを書いてもらいました。
手帳や万年筆と旅が最もつながった瞬間でした。

あと蛇足ですが、カタルーニャ語と書いて思い出したのが、当地の地名です。
タウイの拠点となる町、ポン・デ・スエルトですが、ポンはフランス語と同じく橋の意味で、スエルトの方も古いカタルーニャ語で橋という意味だと聞きました。
これは、ローマ人がこの地にやって来た時に現地人に地名を訊ねると、地名なんて無く大きな橋があるので「橋」と呼んでいるという意味でスエルトと答えたところ、ローマ人はスエルトを地名と誤解してスエルトの橋という風に命名してそのままこの地の地名に転じたということでした。
ある本にスエルトは塩と関係あるのではと書かれていましたが、そうではなく、橋の橋というような意味になってしまいます。
日本人が、チゲ鍋と言ってしまっているのと同じ現象ですね。

同様にアラン谷も、アランが現地の言葉で谷という一般名詞を表していたのに、それをローマ人が地名と誤解してアラン谷と名付けたそうです。
谷の谷ですね。
ちなみに、一昨年の夏わたしが訪れた四川省の奥地に美人谷というところがありますが、そこ出身の美人歌手でアランという女の子がいて日本語の歌を歌ったりもしています。
アラン谷と美人谷のアラン、関係ありそうで、全然の別物でした。

さてさて作例は、レイダのロマネスク教会です。
閉鎖されてしまっていてがっかりしましたが、、よく見ると鐘楼のてっぺんが不思議な携帯です。
盆栽かちょんまげのようですが、あっと思い出したのは、スペインの教会の鐘楼にはしばしばコウノトリの巣があるということでした。
たぶんそうだろうと思い、合流したコンセルに確認すると、まさに正解でした。

しかし、わたしが見ていた間、コウノトリは姿を見せませんでした。
コウノトリとはよく聞く名前ですが、どんな鳥なのかはまったく分かりません。
ところが、そこで連想したのがペリカンです。
そのペリカンがヒナに食事を与えるイラストが天冠に描かれたペリカンの万年筆を次回は持ってこようと、早くも考えたりしてしまいました。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(1) | comment(0) | 2011/10/20 Thu

西班牙語的練習

M8/Summilux 35mmF1.4
ダヴィドとは昨日のうちにお別れをいいましたが、姉のコンセルとのお別れはもう少し先のことになります。
彼女は、件のバー改装のための書類手続きに向けて県庁のあるレイダまで行かなくてはならなくなったので、そこまで送ってくれることになったのです。
レイダからバルセロナまでは国鉄やバスの幹線のため、1時間程度で到着できるというありがたい話でした。

それに、今になって気付きましたが、コンセルはわたしがバルセロナに戻る日を気にしていました。
PCに向かっている時間が長かったようでしたので、わたしに合わせて急ピッチで書類の作成を間に合わせていたのかも知れません。

コンセルとしては異例の早朝8時出発でしたので、バー改装のための意気込みが伝わります。
中年女性のコンセルの運転では、かなり時間がかかるのかと覚悟していましたが、意外にも平気な顔で100キロ前後のスピードを出しています。
タウイからレイダまでバスで2時間ほどの道のりでしたが、彼女の運転でもそれを上回る時間帯に到着することになります。

わたしはスペイン語がさっぱりで、彼女は英語がおぼつきません。
車内では長い沈黙が…、となることはなく、ずっと会話が尽きることはなく、あっという間にレイダに着いた感があります。
スペインとフランスの間のカタルーニャですから、静かにしていることなんてあり得ないのでしょう。
それにしても次から次へスペイン語と英語を混ぜて会話を続けるのはすごいバイタリティだと思います。

わたしも、このタイミングを利用して、スペイン語を教わることにしました。
これは、いくらですか。
○○は、どこですか。
××は、ありますか。
等々の、今までそんな文章すら知らなかったのかと言われそうなものです。

しかし、これらはレイダとバルセロナでかなり役に立つことになります。
それにしても、スペイン語は発音が比較的やさしいとはよく聞きますが、何度か聞いただけでそのまま通じたことでそれが実感できました。
逆に、ふだん使うことが多い中国語はしばしば通じないケースが非常に多いので、両者には顕著な差があるということですね。

さて、レイダには到着しましたが、その場でサヨナラというのも申し訳ないので、せめていっしょにランチでもとってお別れできないかと申し出ました。
コンセルもすっかりそのつもりだったらしく、なんとか昼までに手続きを終わらせるから、それから美味しいものでも食べましょうとなります。
これも、県庁職員相手に事情を説明して、早く終わらせるように進めさせたらしいようでしたが。

1時にレイダのメイン広場で待ち合わせということで、それまでひとりで歩くことにしました。
レイダのカテドラルは、古い王宮と隣接して高台の城壁の中にあって、いちばんの名所になっています。
巨大ゴシックのカテドラルを見て回るのはなかなかの重労働です。
平面が広い上にバーチカルにも広がっていて、ひとつひとつ見ていては、足と首がくだびれてしまうのです。

写真を撮るのも同じで、全体を撮るには35mmではとても抑えきれるものではありません。
しかし、どうしたことか、隅に大きな鏡が横たわっていて、それを低位置で見ると、高さが表現されているような気がしました。
ちょうどふたり組が歩いて来たので、ノーファインダーで低い位置から撮影したところ、首のところが切れてしまいましたが、それも奇妙な味の写真に一役買ってくれました。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/19 Wed

下次見

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
気の置けない友人を10年振りに訪れる旅、短い間ですが、十分堪能しました。
明日は、朝からバルセロナへ戻り、さらに翌日はロンドン経由で日本を目指します。
いろいろとしたりなかったこと、行きたいのに行けなかった場所はありますが、旅とはそういうもの、次のチャンスが訪れることを期待しましょう。

タウイ最後は、親友ダヴィドのことを少し紹介しましょう。
彼の人となりをお話したいのですが、わたしの文章力ではとても無理な相談です。
いつだかぽつりぽつりと語った、彼自身のことを中心に据えます。

彼が幼少のころのタウイは本当に何もない寒村で、訪れる人もほとんどなかったようです。
ある日ダヴィドの家に村唯一の電話線が引かれ、村の誰か宛の電話があると彼がその家まで伝令に走っていたといいます。
彼の家がいちばん村の入口に位置していたからでしょう。
そこで、農業を営んでいた彼の両親が、自宅を改造してレストラン・バーを始めました。
村、唯一のお店です。

自由闊達で頭の切れたダヴィドは、もしかしたら村で最初の大学生となってバルセロナに学びました。
わたしは、哲学専攻と誤解していましたが、よくよく確認すると言語学でした。
フィロソフィーとフィロロジーを間違えたのですね。
このときに、英語、フランス語、ドイツ語を習得しました。

明るい性格で多くの友人をつくり、趣味の音楽にも没頭した彼は、卒業後仕事には就いたようですが、思い立って
アメリカに出発します。
1年以上の滞在で、今度はワールドワイドに人脈を作ります。
これから世界へ向けて羽ばたこうという機運は高まっていたというところでしょう。

しかし、父の急逝により彼は激しく動揺します。
その翌年、母も後を追うようにガンで亡くなってしまいました。
彼には姉がいましたから、このまま自分の道を進むこともできたはずです。
しころが、彼は決心して故郷に戻ったのでした。
両親を継いで、エル・マラドールの経営を一手に引き受けたのです。

時は、1990年代。
ツーリズムは過熱し、観光立国のスペインには多くの人が訪れましたが、フランス、イギリス、ドイツ、オランダなどから静かな旅を愉しむ人たちがけっして大人数ではないものの途切れることなく訪れました。
彼の言語力はそこに役だったでしょうし、それ以上に彼の人柄そのものが訪れる人を魅了したのではないかと思います。
わたしがそうであったように。
ガイドブックにも店が紹介され、そこには短く、素敵な人がつくる素敵な料理を味わえると書かれていました。

世界に飛びただそうとした彼が、小さな村でずっと静かにしているというのは難しいことでした。
しかし、それに止まらせるだけの方法もあったようです。
それが5月と10月の閑散期を利用した旅でした。
彼は、アジアや南米を何度も歩き、空気や文化を自身の知識と感性に取り込みます。

そして、これこそがより重要だったと思うのですが、日常では友人たちが彼を支えました。
親友たちと音楽を奏でることで、しあわせを感じ、さらに自分を高めていきます。
ギター、ベース、ヴォーカルをこなし、いくつも曲を書きました。
若いころはハードロックを今ではブルースのような音楽をカタルーニャ語やスペイン語、時に英語で歌いあげます。
近くスタジオでのレコーディングの計画があるということで、CDを真っ先に送ってもらうことになっています。

わたしが滞在中、ひょっこり現れた親友キムとのジャムセッションは、たいへん印象的なものでした。
キムのギターによるインプロヴィゼーションは圧倒的でした。
見ると妙に細い煙草を口にしています。
脳を刺激し、インスピレーションを得ることで、あのような音楽が奏でられるのだと笑っていました。
その後、ペースをつかむと、今度はダヴィドと絶妙の掛け合いで盛り上げました。
ダヴィドの音もすばらしいですが、下から支えるペースがダヴィドを引き立てているのを聞くと、音楽そのものはキムから流れてきているように感じられました。


さて、出発前夜、わたしは早朝に発たなければならなかったので、夜のうちにダヴィドに別れを告げなければなりませんでした。
同時に、宿代と食事代を精算してもらいます。
前回はダヴィドが受け取りを拒否して、わたしが無理に払うようなかたちだったのですが、ユーロやスペイン経済が危機にあるいま、さすがにそんな悠長なことは言いませんでした。
ただ、通常の宿代は60ユーロだが40ユーロに負けてくれ、3食豪勢にとって飲みものもフリー状態だった食事も1日あたり40ユーロだけくれということでスムーズに支払いできました。
お土産にと、姉のコンセルがデザインしたマグカップを手渡してくれます。

もう深夜の1時で眠る時間です。
何と別れの言葉を言ったらよいのか…。
いや、何も言葉は要りませんでした。
固く抱擁し、わたしは楽しかったと言い、彼はそれはよかったとだけ言いました。
わたしたちは、意外にもにこやかに互いの部屋までいっしょに歩き、いよいよここでお別れという場面で、次は必ずいっしょにカンプノウでバルサのサッカーを見るぞと彼が言い放ちました。
わたしは、もうここへは来れないかも知れないと思っていたのですが、彼は少し遠まわしに近いうちにまた来いと言ったようでした。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/18 Tue

Free Catalunya

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
夜に到着した初日と、自分で運転してフランスまで足を延ばした日を除くと、ダヴィドが短いドライブに連れて行ってくれました。
ランチの後のカフェタイムが終わってからディナーの準備の前までなので、だいたい5時から7時くらいの間です。
ずっと天気が良かったので、同時にきれいな夕日も愉しむことができました。
そして、何よりふたりだけでいろいろと無駄話をすることができたのが、なにより最高の時間になったのです。

最初は、アイゲストルデス国立公園という自然公園で、地元民の特権で一般車両進入禁止エリアを越えて大自然の中に突入して行きました。
ピレネーの雪解け水が源という清流の澄んだ美しさが印象的です。
ここをずっとトレッキングするために訪れる人も多くいるほど、自然満喫のピレネーの真珠です。

2日目は、尾根線に沿って牧場を訪れたりしてから、友だちの店によってビールを飲んで談笑です。
幼なじみがいるのはもちろん、ルーマニアから来た女の子やコロンビアから来た女性もいました。
いずれも現地の男性と結婚して、家でバーや商店をやっています。
ルーマニアの子はまだ20歳で可愛らしかったのですが、コマネチって知っていると聞くとみんなよく知っていて、その女の子がコマネチの実家の隣の隣くらいの村出身だと笑っていました。
美人を輩出する地域なのでしょう。

最後は、見晴らし台経由で町へ食材の買い出しに出ました。
素朴な礼拝堂の前にある見晴らし台は、谷下には小さな村があり、前方にはピレネーの峰々が連なっています。
3400メートルのピレネー最高峰も近くに見えます(すみません、名前は忘れてしまいました)。
先客の青年ふたりが雄大な景色を前に何やら語り合っていましたが、それが、人生について、彼女のこと、ユーロ暴落の問題のいずれであってもおかしくない包容力を感じました。


ダヴィドからはさまざまな話を聞きましたが、何よりも印象に残っているのは、カタルーニャは独立すべき、でした。
10年以上前に訪れた時は、わたしの意地悪な質問に独立する必要はなく、多様な文化を誇るスペインのひとつの顔だと、カタルーニャを誇っていましたが、この間に考え方が大きく変わったようでした。

スペインでは、北東部のバスク地方がたいへん独立志向が強く、ETAなどの過激な組織の活動もあって国内では緊張関係にあります。
カタルーニャも虐げられ続けてきた辛い歴史があるものの、バスクほど過激に急進的な考えを持つ人は少なく、ちょうど多くの台湾人が答えるように、現状維持で良いと平和を謳歌する姿が大勢だったのだと思われます。

ダヴィドがぽつりと言った、スペインの他の地域の人は我々のことを好きではないんだという言葉が胸に突き刺さりました。
それに、バルセロナは商業の中心ですが、ここで稼いだ金を全部マドリードで使われていると憤ってもいました。
フリー・カタルーニャ! とシュプレヒコールをあげるデモもおこなわれているそうです。
事態は想像以上に深刻なのかも知れません。

今のカタルーニャ自治州は、バルセロナ県、ジローナ県(ダリの美術館や別荘で有名)、タラゴナ県(カザルスの生家や博物館があります)、レイダ県(タウイはここ)の4県だけの狭いエリアですが、アンドラ公国という小国家がありますし、フランスにもピレネー沿いにカタルーニャ語圏が広がっていますし、往時はトゥールーズのあたりまでカタルーニャ王国だったといいますから結構な面積です。
独立となったらアンドラを取り囲んで、フランス側の地域もカバーしてしまうことでしょう。

加えて、またサッカーのことになりますが、FCバルセロナは世界一のクラブですし、スペイン代表も半数以上がカタルーニャ人です。
そのままワールドカップに出場しても、カタルーニャがいきなり優勝してしまうかも知れません。
サッカーにおいては、十分に独立的地位は占めていると言えます。

このブログでは政治の話には深入りしないのがモットーでした。
カタルーニャが、南スーダンに続くことができるのか、注視するにとどめましょう。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/17 Mon

聯合国教科文組織

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
NIKEのトレーニングスーツに細いもみあげ、見覚えある後ろ姿です。
FCバルセロナのヴィリャではないでしょうか。
ちょうど前夜、同じくバルセロナのプヨルがタウイから40キロほどの村の出身だと聞いていたので、彼の招きでガールフレンドを伴ってやって来たのかも知れません。

さっそくダヴィドに、ヴィリャが来ていると知らせました。
ダヴィドは、一瞬、えっという顔をしてましたが、すぐにヴィリャのところにオーダーをうかがいに行きました。
そして、その足でわたしのところへ来て、あはははは、と思いっ切り笑い出しました。
やはり別人だったようです。

手前のカップルはニセモノでしたが、奥に見える女性と話している老人は意外な人物だと分かりました。
ユネスコのお偉いさんだということです。
ボイ谷のロマネスク教会群は2000年に世界遺産に登録されたらしく、その視察のためにユネスコの委員の皆さんが雁首そろえて最大の見どころであるサン・クリメンにやって来たのでした。
そういえば、手前にイースターエッグを並べたモニュメントが突貫工事で作られていましたが、このためだったのですね。

ところで、この世界遺産とはなんなのでしょうか、また、登録されるとどんなメリットがあるのでしょうか。
正直なところ、わたしにはまったく分かりません。
日本ユネスコ協会連盟のウェブサイトをざっと眺めてみましたが、いまひとつ前の質問に答えてくれるような事柄は書かれていないようです。
「世界遺産は、地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から現在へと引き継がれてきたかけがえのない宝物です。現在を生きる世界中の人びとが過去から引継ぎ、未来へと伝えていかなければならない人類共通の遺産です」
となっていますが、よく分からない表現です。

世界遺産・厳島神社は人類の歴史によって生み出されたかけがえのない宝物ですが、日本にあまたある古く信仰を受け続けた神社は人類の歴史によって生み出されたことも未来へ伝えなければいけないことも否定されているのでしょうか。
むしろ世界遺産に登録されている有名物件の方が、すでに国や地域によって丁重な扱いを受けています。
わざわざ世界遺産だ、と別格にするまでもなさそうな気がします。

登録されるメリットについての言及はまったくありませんでした。
オリンピックなどと同じで観光客が増加してお金を落としていくという経済効果があるということでしょうか。
あるいは、ずばり登録される際にユネスコからどーんと補助金のようなものが出るのかも知れません。
観光業界の人や域内の飲食店その他メリットを共有することは可能でしょう。
世界遺産とは、お金に関するやり取りのための看板ということだと考えてみたくもなります。

なぜ、こんなひねくれたことを書くかと言えば、少なくともタウイの人々には歓迎されていないからなのです。
世界遺産になったからといって、急激にお客さんが増えたということはありません。
ボイ谷の魅力は世界遺産になったからではないことは言うまでもないですが、旅する人が行き先を選択するのに世界遺産かどうかなど考慮にいれることもないのです。
日本人など団体で来る人は世界遺産をありがたがるようで目に見えて増加しましたが、そういう人たちは残念ながら目の前に素敵なカフェがあってもコーヒー1杯飲むこともせず立ち去ってしまいます。

一方で世界遺産になることで数々の規制がかかるようです。
ダヴィドの姐コンセルは、ラ・プラーサというバーを経営していますが、建物が老朽化していてリノベーションしなくてはと言っていますが、ユネスコの条件がうるさいため改装は遅々として進まないと嘆いていました。
数日前にもPCと向き合う姿の写真を出しましたが、彼女がずっとしていた作業はその書類整備などということだったのです。
ダヴィドも、口ではなく金を出してほしいんだがといら立ちを隠しません。

でっぷりした老人を筆頭に数人の職員が視察に訪れたようですが、あきらかに地元の人には歓迎されているとは言えません。
もし、彼らがわたしのところへ来たら、わたしの住む町の近くでも世界遺産の候補になろうとしているが、わたしたちに世界遺産は不要ですから、選ばないでください、と言ってやろうと思っていましたがあいにく誰も来ませんでした。
と思っていたら、握手しに人の良さそうな老紳士が現れました。
市長さんだそうです。

上述のことを話しかけましたが、英語がまったく通じずあきらめました。
そこでダヴィドにこう提案しました。
きみ自身が市長になって、ユネスコに強気の交渉をすればいい、拒否されたら世界遺産なんか脱会するんだ、と。
ふたりで、大笑いになりました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/16 Sun

最好吃的面包

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
アラン谷とフランスへの旅はつつがなく終わりました。
ダヴィドには3時には戻るからと前日告げての出発でしたが、実際に戻ってきたのは8時でした。
事故にでもあったかとか、車に乗ったまま日本に戻ってしまったのかとか心配したのではと聞きましたが、いいや別にと笑っていました。
少しは、心配してくれよ。

それにしても貸してもらったBMWのX3はすばらしい乗り心地でした。
ほんとに欲しくなったくらいです。
今日の新聞にBMW1シリーズの広告が出ていて、1シリーズはBMWの中でも最廉価なクラスだと思うのですが、そのいちばん安いものでも308万円となっています。
もちろん値引きはあるのでしょうが、税金等諸費用を払えばそれより高くなるのでしょう。

ダヴィドは、友人がカーディーラーに勤めていて、安くするから買って欲しいと言われて思いきったそうです。
それでも通常28000ユーロくらいのところを24000ユーロ諸経費込みだと言っていました。
いまユーロは値崩れしているので、とびきり安く感じられます。
次回、スペインに行った時に同額で売ってもらって、日本まで走ってそのまま個人輸入なんてことはできないのでしょうか。
登録費用とか税金とかで結局メリットもなくなつてしまうんでしょうねえ。

話は変わりますが、ダヴィドのつくる料理が旨いということは以前に書いたと思います。
わたし自身に思い入れがあるから採点が甘いのだとの指摘もありそうですが、滞在中、バルセロナ在住歴のある日本人ファミリーが来た時も料理、ワインともにたいへん褒めていたことを思い出しました。
料理自体が旨いし、ハモン・ハブーコは滅多にメニューに載らない高級品なのにこんな田舎にあるだけでもすごいと注文して美味しい美味しいと味わっていらっしゃいました。
ハモン・ハブーコは、ご存じイベリコ豚の高級生ハムハモン・セラーノの中でも最上級のもので、世界最高のハムだと言われているそうです。
どこのレストランにもあるという代物ではありません。

そこで、わたしはこの素敵な日本人ファミリーに前日にダヴィドからたまたま聞いていた話を説明しました。
小さなレストランでも、実質ひとりで切り盛りしていると書き入れ時は、オーダーを聞いてからすばやく調理して出さなくてはならない。
それに、村に数日滞在する人たちが多いので、美味しいものを提供しなければ、また来てはくれない。
だから考えた、良い仕入れをして食材にこだわり、それが生きる調理法は何か、待たせずにすばやくできる調理法はどんなものかと。
料理自体がうまいわけではなく、食材がよくて調理法が良いだけなんだ、と。

自然に恵まれたタウイの村なら食材豊富だろうと想像しがちですが、高度1500メートルほどあるため採れるものはかなり限定されます。
オリープが美味しかったので、自家製かと聞くと、気温が低過ぎてここではオリーブの木なんてないとの返事でした。
山で育った牛や羊それにソーセージやチーズ、わずかな野菜、ちょっと豊富なきのこ類、ジャムになるペリー類等々を除くと、町まで行って専門店で買ってくるしかありません。
あとは、いかに工夫して料理するか、です。
そんな話をファミリーは、よく聞いて納得して下さいました。

バゲットのパンだって、バターを付けずとも、甘みがあって小麦の馥郁たる豊穣が口に広がる絶品の味でした。
一度、食材を買いに行くというので一緒に連れて行ってもらったことがありましたが、このパンはポン・デ・スエルトの人気店で大切に作られているものだと知り、修行させてもらって日本でパン屋を開業できないものかと真剣に考えさせられました。

ちょうどバゲットをかかえて街角に立つ颯爽とした女性がいたので、写真を撮らせてもらえないかお願いしましたが、ええーっと断られてしまいました。
残念と、パン屋に入るとこの女性は店頭でご主人と娘さんを待っていたらしく、ちょうどふたりがやって来る場面を目撃できました。
娘さんがママに会って嬉しそうに何かやり取りしているさまが何とも可愛らしく、おもわず店内から撮影に及びました。
撮られるのを拒んだお母さんは手とパンだけ出演してもらいます。
美味しい食事がとりもってくれた、素敵な1枚になりました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/10/15 Sat

両坐教堂

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
車がスペインを越えてフランスに入ったとき、このまま東進していけばやがて日本に着いてしまうんだななどと考えたりしました。
このまま日本に帰ってしまおうかと。
フランスをずっと横切れば、ストラスブールあたりからドイツに入れるはずです。
旧東ドイツを抜けるとそのままチェコ、やがてスロバキアと、恐らくはこの車のままで走って行けると思われました。

しかし、その先が分からない。
スロベニア? クロアチア? ポーランドだっけ?
いま、ずるして地図を見たら、ハンガリーやポーランドには接していますが、スロベニア、クロアチアはずっと南でした。
それよりもウクライナに入ってずっと進めば一気に東へ進んで行けます。
ウクライナは、ロシアと決別して西寄りの路線を歩んでいたから、このまま入国して車を運転し続けられるかも知れません。

次はロシアとの国境ですが、万一ここもユーロ圏の車がフリーパスであれば、時間はかかろうとも日本へ近づいて行けます。
そういう道があるかは知りませんが、シベリア鉄道に沿ってノヴォシビリスク、イルクーツク、ハバロフスクと聞き覚えのある町を結んでいくと、ナホトカかウラジオストックまではもうあとちょっとです。
この2都市までくれば、新潟か横浜までフェリーで辿りつけるのではないでしょうか。

どれだけの日数がかかるのか想像もつきません。
昼夜走り続けるシベリア鉄道がハバロフスクーモスクワ間を1週間近くかかると聞いたような気がするので、ひとりで運転する車ではトータル1ヶ月近くかかるのかなと想像します。
ロシアの国境では、賄賂を欲しがる税関職員に数日足止めを食らうかも知れませんし、せっかくロシアに入るならモスクワでCSKの本田を応援して行きたい、もしかしたらウクライナの片田舎で農家の娘と恋に落ちる可能性も否定できない…。


昨日のサン・マリー大聖堂と今日のサン・ジュスト・ド・バルカブレールのバジリカは向かい合うように建っています。
向かい合うといっても、両者の距離は数キロ離れています。
しかし、サン・マリーは小高い丘の上にそびえ、サン・ジュストは草原にぽつんとたたずんでいるので、間に障害物もなく向き合っているといえるわけです。

両方とも11世紀のロマネスクの建築ですが、残念ながらサン・マリーはその後ゴシックの手が入ってしまっていて全体の姿としては美しくないというのが率直な感想です。
大聖堂とあるだけにこんな田舎にも司教座が置かれたので、ゴシックの時代に入ってより大型の建築にしようと、狭い丘の面積に無理に増築しようとしたことが失敗だったのではと想像します。

サン・ジュストは、ずんぐりとしたロマネスクの素朴な建物が愛嬌を感じさせます。
死を暗示させる糸杉がすっくと立ち、門口から教会に向かってお墓が並んでいるというと暗欝としていそうですが、サン・ジュストの優しさが全体の雰囲気までもやわらげていました。
美しい建築がある風景をわたしが愛する理由です。

ちょうど草を食んでいた羊がいたので主役になってもらおうと思いましたが、どこかヘンです。
暑い夏の間は、ウールのコートは脱いでしまうということなのですね。
右側の羊は刈り方がお粗末だったのか刈った後に生えてきて早くも冬の準備に入りつつあるのか奇妙に見えますが、左の子羊はすっきりしていてより可愛いですね。
この関係が、ちょうどサン・マリーとサン・ジュストのそれと似ているような気がしました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/10/14 Fri

蘋果酒

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
アラン谷では、3つの村を見て歩きました。
X3の運転はラクで、快適に移動できたのもこの地にじっくりとどまらせる原因でした。
雪崩博物館というところがあって、シーズンオフで休館していましたが、たまたま見たいと予約していたグループが入館するタイミングに訪れたため、よかったら一緒に見ていってくださいと見学させてもらえる幸運にも恵まれました。
戻ってダヴィドに写真を見せると、ガイドの青年は以前タウイで働いていた知り合いだと叫び、こんなところにいるのかと感慨深げに眺めている姿が印象に残りました。

さあ、今度はフランスを目指さないといけません。
前日、ダヴィドからこんな注意を受けていました。
フランスへ行くのなら気を付けるのは、食事時間の違いで、スペインでは2時くらいに昼食をとるが、あちらでは2時にはどのレストランも閉まってしまうので、空腹で泣きたくなかったら早めに食事することだ、と。

にも関わらず、アラン谷を12過ぎに出発しました。
フランス国境までは30キロもなく、これならいくらなんでも食べそこなうことはないと踏んでの余裕の運転です。
前回、西仏国境に門番がいてみんなスルーしていましたが、わざわざパスポートにハンコを押してくださいと頼みに行ったのを覚えています。
しかし、いまや門番小屋はなく、道路に国境線があるわけでもなく、「FRANCE」と書かれた標識だけが陸路国境を越えた目印とはなんとも呆気ない限りでした。

この旅唯一のフランスでの昼食です。
せつかくですから、そこそこのものを食べたいと、小さな村はパスして中規模の町のいちばんのレストランでひとりフレンチをきめようと考えていました。
というのは、わたしはフランスを2回旅したことがあり、地方では美味しいものも食べましたが、どうも総じてまずいものばかりして食べていないイメージがあって、フランス料理に満足していないという理由がありました。
特にパリはひどく、食べるものすべてが塩辛く、ワインのつまみにもならない食事の連続でした。
ここは今までのイメージを一気にくつがえす美味を堪能したいとの思いです。

好事魔多し、という言葉はこの場合誤用なのでしょうが、結局、今回も失態を犯します。
地図を見ながら進んでいたのに、いつの間にかバイパスを走っていたらしく、気付かないうちに通過してしまいました。
1時を廻ってこれはまずいと思い、通りがかった村でおしゃれなレストランを見つけたので、ここで十分と入りました。
寒村に見えましたが、地元の人などでけっこう席が埋まっています。
ところが、ランチをと言うと、もう終わってしまったとつれない回答でした。
灰色の美しい瞳の娘がフランス語訛りの英語で、遅すぎると言うと、こちらも「シー、シー、いや、ウィ、ウィ、マドモワゼル」とスペイン語で返事しかけてここはフランスだと思い出してフランス語もどきで返事します。

絶望的な気持ちになりましたが、仕方ありません。
どこか途中で食べ物屋があるかもときょろきょろしながら目的地であるサン・ベルトラン・ド・コマンジュに向かいました。
ロマネスクの回廊を持つフランスでもわりと有名な教会です。
そのことがさいわいして、道すがら1軒も食事をする場所は見つからなかったのですが、教会前にみやげ物屋とともに開いているレストランがありました。

観光地のレストランの値段とお味は推して知るべしですが、メニューそのものがパテとサラダ、チキンがメインとエル・マラドールで食べたものとほとんど変わりありません。
味は比べ物にならないくらい、ダヴィドの調理の方が圧倒的です。
じゃあ、この店は全然ダメだったかといえば、美味しいシードルが飲めましたし、給仕の女の子が今どきのフランス娘風で結果オーライになりました。
特にシードルは車を運転するのでワインは控えておこう思っていたところ、ブルターニュ料理も出す店だったためにグラス出ししていて3杯も飲んでしまいました。
万一、飲酒運転を咎められたら、えっ、サイダー飲んだだけなんだけどと言い訳まで考えて。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/13 Thu

这辺厳禁停車

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
わたしがライカを使い始めたのは、十年ちょっと前からになります。
前回、スペイン旅行したときはミノルタTC-1を持っていったのをよく覚えています。
すばらしいタウイのロマネスク建築を高性能カメラで撮影したいと奮発して購入したのです。
フィルムは、リバーサルの方がよいと勧められて、プロヴィアを20本も持参したような気がします。

しかし、結果は散々、とまではいきませんが、カメラの知識がまったくないままに絞り値をマニュアル操作できるいわばAE機構を持ったカメラを持っていってもなんのことやら使いこなせるものではありませんでした。
特に夜間ストロボ撮影したものは、無意味に絞っていたため考量不足で、妙に薄暗いものばかりで、カメラが壊れてるんじゃないかと文句を言いに行ったくらいです。

この失敗と、されでも何枚かあったお気に入り写真が、わたしをライカに向かわせました。
大きな一眼レフではなく、長旅に向いたコンパクトなカメラをとの考えからいろいろと調べて購入したのが、沈胴エルマー付きのⅢfでした。
苦労しながら撮るすべて手操作による写真は、当時のわたしにはあまりに魅力的でした。
ただ、これではあまりにスローなので、携帯性を弱冠犠牲にしてM6を購入しました。
カメラ経験がなかった当時、TTLがこんなにもありがたいのかと没頭し、Ⅲfは完全に出番を失います。

エルマー1本やりだったところ、夜間にも撮影したいと手に入れたのが、ストロボ、ではなくジュピター50mmF1.5です。
絞ったエルマーに慣れた眼は、ジュピター開放の夕景に完全に痺れさせられました。
レンズのなんたる表現力。
アベノンの広角も手に入れて、わたしの器材は固まったのですが、そのときにはもう毎年行っていたヨーロッパに関心が無くなっていました。

ライカのスタイルが定着すると時を同じくして、アジアをバックパックもどきで歩くことが旅のスタイルとなってしまいました。
タフなアジアの旅にライカというのはあまりしっくりこないようですが、バッテリーが露出計のみなので長持ちかつ切れてもどうにかなり、汗や大雨などに対する防水性の高さは、ライカを持つ必然性すら感じられるほどでした。
それにライカはアジアでは高価なカメラだとあまり知られていないメリットもありました。

6年前にドイツには行きましたが、わたしにとって今回のカタルーニャが実質的な最初のヨーロッパでのライカ旅と言えます。
しかも、いつものM8に加え、モノクロを装填したM6の2台態勢です。
もっともM8では1000枚以上撮ったのに、M6では2本撮るのがやっと。
トライXを使いましたが、やはり日中絞らざるを得ないので、どうも調子が出なかったということが尾を引きました。

カタルーニャの旅でもライカが注目されることがなかったのは幸いでした。
田舎はまったく安全ですが、バルセロナは犯罪率が高く、バッグのティッシュを入れていたポケットのファスナーを開けていただけで、親切な地元の通行人から気を付けてと声かけられるくらいスリ、ひったくりの類が多いのです。
さすがにダヴィドは、おお、レイカか、いいカメラ使ってるんだなと感心していましたが。

作例は、アラン谷の村で、農作業から戻るおじいさんをスナップしたものです。
置きピン、ノーファインダーの古典的手法ですが、しゃれた金文字のスペイン語の看板にピントも露出も合わせてみました。
家の由来でも書かれているのかと思っていたのですが、帰国後調べてみると、こちら側には駐車しないでくださいと書いてあるだけと判明してがっくり。
わたしの通り道だから、停めないでとおじいさんが書いたと解釈することにしました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/10/12 Wed

那是他的坐位

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
旅行前にはレンタカーで走り抜けるつもりでしたので国際免許を取得していました。
結果的に、レンタカーは借りなかったので、国際免許は無駄になったようになってしまいましたが、旅においてこのような変更はよくあることで、そんなに気にすべきことではありません。
保険と同じで、加入はしておいたが、最終的に使うことはなかったと考えればよろしい。

ところが、わたしのそんな気持ちを知ってか知らずか、こんなありがたい申し出をしてくれました。
いろいろと案内してやりたいが、客が多くてそれができない、あしたはオレの車を使ってひとりでどこかへ行ってみたらどうだ、と。
ありがたい話で、感謝の言葉と共にキーを受け取りました。

行き先について相談すると、ここから比較的近いバル・ダランとさらに少し走った先からフランスに入るのでそのあたりまで行ってみることにしました。
前回もフランスまで走ったはずですが、今回は通貨が統合されているので、その便利さを体感するだけでもいいかなという軽い気持ちです。
行きたいところはたくさんありますが、日帰りということを考えるとあまり欲張らずにこの程度の走行でよしとします。

車種は、BMWのX3というたいへん運転しやすい車です。
問題は左ハンドルのマニュアル車ということですが、わたしの場合すぐに慣れてしまいました。
というのは、以前毎年のようにヨーロッパを旅していた時、いつもレンタカーを借りていて、それがいずれも左マニュアルだったからですが、現地でとまどわないように日本でも中古の左マニュアル車を買って当時は毎日運転していたのです。
もっとも車は古い小型のポンコツとも呼べるプジョーで、クラッチもハンドルもとても重く、恐ろしく運転しにくい車でした。
F3の免許を持っている友人ですら、運転させるとすぐにエンストしてしまう、扱いにくいシロモノでした。

翌日は、いつもより早く起きて薄暗いうちから出発しました。
何年振りか思い出せない国外での運転ですが、やはり5分も走るとすぐに慣れてしまいました。
山間の道の割に道が良く交通量も少ないためたいへん快適で、ずっと100キロ以上で安定した走行が可能です。
カーブが多いので、大型車の追い越しだけはどうにも四苦八苦しましたが。

タウイからバル・ダランの中心の町ヴィエリャまでは約60キロで、1時間と見積もっていましたがあまりに会長で40分ほどで着いてしまいます。
そのバル・ダランとは、Vall d'aransと書きます。
つまりアランの谷という意味ですが、ピレネーの山中、フランス国境との手前に横たわる峡谷エリアのことです。

おもしろいのは、スペインからの道路が長らくなかったため、閉ざされた地域として独自の文化が発達してきたところだということです。
しかし、1950年代にスペインからのトンネルが開通してどうにか行き来できるようになり、何年か前にトンネルが高速道路張りの立派なものに生まれ変わったことで一気に開けてしまいました。
いまや、避暑やスキーのリゾートとしてかなり俗化してしまったようですが、言葉や習俗など独自性は失われてはいないようです。
もっとも通りすがりの旅行者には、そのようなオリジナリティを見出すことは困難ではありますが。

バル・ダランの地図は失ってしまったので、何と言う村を訪れたのか現在不明です。
ヴィエリャがちょっとした都会だったのでやり過ごして、東へ5分も走った村にロマネスクの教会があることを知っていたので、まずはその村の写真からです。
日中日が当たると25度以上になって暑いくらいでしたが、何しろ朝方はやたらに寒くてピレネーの奥まで踏み込んできたなという実感を強くしたのを思い出します。

そんな中、子猫ちゃんの指定席はいちばん暖かな窓辺と決まったのでしょう。
アラン谷の習俗のひとつを見たような気がしました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/10/11 Tue

朋友的姐姐

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
エル・マラドールは、1時にオープンするそうです。
スペインはランチが12時ではなく、2時から始まるのが一般的だからというのがその理由です。
商店や美術館などでも、2時から5時まで休みと書かれたところが多くあって、ははあ、この時間に食事してその後シエスタに入るんだなと納得します。
ただ、カタルーニャでは、今ではほとんどシエスタの習慣はないんじゃないかなあとも聞きましたが。

ダヴィドは、12時くらいに起床するようです。
遅いぞと一喝したことがありましたが、うちはバーもやっているんだから、勘弁してくれと笑っていました。
ただ、コンセルは10時に店を開けて、朝からサン・クリメン教会詣でに訪れた観光客の朝食やコーヒーの要求に対応しています。
そうそう、ちなみにこの地が明るくなってくるのは8時過ぎで、夜の7時ごろはまだまだ明るい状態でしたので、ヨーロッパ標準時間に合わせると西のスペインはだいぶ遅れて1日がスタートするのだなと分かりました。
7月くらいだと夜中の10時でもまだ明るいということでしたので、その時期に訪れればずっと撮影してられますね。

わたしは好きになった女性でもなければ、個人のことを細かく聞いたりことはあまりありません。
ですから、ダヴィドのことも詳しくは知りません。
大学で語学を学んでアメリカに留学したこともあるということで、英語、フランス語、ドイツ語はかなり達者です。
当然スペイン語は国語ですし、普段はカタルーニャ語という母語で会話している語学の達人です。
一緒に山に行った時美観を見て、日本語でbeautifulは何と言うんだと聞かれ、「美しい」だよと答えると、数日後に現れた日本人に向かって「美しい!」と言ってすごいと言わしめたセンスがあります。

ダヴィドには最低ふたりのお姉さんがいて、ひとりは、わたしがお世話になっているペンションの主です。
ふたりの息子がいて、兄のネフューズは小学生ながら英語ができるのでいろいろな場面でわたしを助けてくれました。
平日は学校に行っていて、ほとんど会える時間がないのが残念でした。

もうひとりの姉がコンセルです。
彼女は独身で、朝はここエル・マラドールで、昼以降はサンタ・マリア教会前のラ・プラサというバーを切り盛りする働き者です。
彼女も英語はそこそこできたはずですが、しばらく使わないうちにすっかり忘れてしまったようで、会話が思ったようにできなかったのが残念でした。

写真はそのコンセルですが、前回はまだなかった携帯を駆使し、なんとリンゴ印のコンピュータにずっと向き合っていたのはあまりに意外でした。
写真はエル・マラドールの店内から撮ったもので、前の石積みの建物がサン・クリメン教会、おっと家で飼っているアヒルたちも写ってましたね。
手前に写っているのは、近くの養蜂場で作っている土地の蜂蜜です。
加糖しないので、甘みがそれほどでもなくあっさりした美味しさで気に入りました。

コンセルは、シャツや小物などのデザインも行って2階に小さなショップを開いていました。
意外な才能のある女性だったとちょっと意表をつかれた思いです。
ダヴィドとコンセルは閑散期の5月や10月にホリデイをとってそれぞれに旅行するのをライフワークにしていて、ダヴィドが南米やアジアを得意フィールドにしていたのに対し、コンセルは何度もアフリカを訪れたということでした。
アフリカの旅で何かインスパイアされるものがあったということなのでしょう。

わたしは旅は軽装備を心がけていますが、カタルーニャ1週間超の旅では中型スーツケースを持ちださざるを得ませんでした。
荷物を減らすために衣類はポロを持っていって、着終わったら廃棄するというパターンでいたのですが、そのうち一番アバンギャルドな感じのシャツを着ていたところコンセルが気に入って譲ってくれと申し出ました。
これはポロではなく、韓流アイドルでも着れば似合いそうなものの、わたしが着たら何誤解してるんだと怒られそうなもので、最後にここで着てサヨナラするつもりでいました。
だから、ありがたくコンセルに献上しました。
もしかしたら、コンセルはあれを着て、今も庭のテーブルでカタカタとキーボードを叩いているのかなあと想像したら、なんだか楽しくなってきました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
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Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/10 Mon

叔叔羊倌

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
散歩から戻ったちょうどそのタイミングで、どこか遠くから、カランコロンカランと牧歌的な音が響いてきました。
これが何の音かはすぐに分かりました。
羊飼いが羊を引きつれて山を登っているのです。
道路に走って行くと、まさに彼らがこちらに向かって進んで来るところでした。

羊飼いのおじいさんに写真を撮らせてもらいます。
「フォトグラフ パルファボール」というでたらめスペイン語を理解したからではなく、わたしの勢いにたじろいだだけかも知れませんが。
ただ、1枚撮ると2枚目からは帽子を取ってポーズをきめてくれました。

しかし、そんなにゆっくりはしていられません。
腹をすかした羊たちが30頭余り待っていますし(実際に数えてしまうと眠くなるでしょうからおおよその数です)、2頭の優秀そうな牧羊犬も彼のまわりで待機しています。
歩み始めた一行に、トロンといっしょに付いていくことにしました。

道をはずれて山道に入りかけたところで、あっと気付きました。
そうか、ここもそうだし、先ほど通った山道もそうだが、これらはみんな羊たちがとおるための道だったのだ、と。
途中、広い草原があったり水場があったのは、まさに羊たちが寄り道するためだったのですね。
それにしても、カランコロンと楽しくなってくるような、羊たちの大移動です。

どこまで着いていこうかと思っていたところ、それは突然に断ち切られてしまいました。
牧羊犬が、付いてきたわたしにではなく、トロンに向かって吠えかかり、トロンは逃げていかざるを得なくなります。
犬が、あるいはわたしも、同行することは羊たちのストレスになるのかも知れず、それを察知した賢い牧羊犬が追っ払ったということのようです。
わたしも羊飼いに礼を言って、ふたりすごすごと退散しました。

エル・マラドールへ戻って遅い朝食をいただくことにします。
もう12時近いのにダヴィドは起きて来ず、コンセルがPCで仕事をしながら、何を食べようかしらと聞いてきました。
昨日は、クロワッサンにカフェオレだったので、今日は、トーストに自家製ブラックベリージャムとカフェオレの組み合わせでいただきます。

手作りジャムが美味しいのはもちろんですが、冷たい牛乳を入れただけのカフェオレがどうしてこんなに旨いのか分かりません。
コンセルは砂糖を入れずにエスプレッソすら飲むわたしにびっくりしています。
地元の人は、たいていカフェオレにも砂糖をふた袋入れていますから、日本人の感覚ではそちらの方が驚くに値します。
パンが美味しい理由は、翌々日判明しましたが、それについてはまた後日。

さすがに午前中からアルコールをとる人はいませんが、ランチタイム以降はビールやワインは普通に飲まれます。
なにしろ空気が乾燥しているのでビールが旨いんです。
いろんな人が来て庭で思い思いにビールを飲んでいる人を見ますが、多くが小瓶のビールを少しずつ飲んでいます。
ほんとはワインの方が合いますが、つまみにはオリーブが最高です。
白いの黒いの2種類ありましたが、風味にそれぞれ特徴があって好みもあるでしょうが、交互に食べても楽しめました。

チーズのつまみも無くはないようですが、今回は一度も食べませんでした。
前回の旅でダヴィドに羊のチーズの瓶詰をもらったにもかかわらず、まずくてとても食べられなかったという苦い思い出が尾を引いていました。
写真のおじさんにはたいへん申し訳ないですが。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/09 Sun

導遊一起爬山

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
ダヴィドと姉のコンセルの他にも懐かしい顔がありました。
犬のトゥクです。
トゥク、トゥク! と声をかけると彼は嬉しそうに近づいてきましたが、後ろ足が不自由でゆっくりとしか進んで来れません。
それでもかたわらまで来てわたしの足に顔をさすりつけるので、強く頭を撫でてやります。
彼は、後ろ足をかばいながら、わたしの脇に横になりました。

ダヴィドが驚いて、トゥクを覚えていたんだと言います。
しかし、彼はトゥクではなく、フロックだ、トゥクは亡くなったんだと残念そうに説明してくれました。
前回訪れたのは10年以上前で、そのときトゥクはすでにおじいさんでしたので、こんなに元気なはずがありません。
それでもトゥクが亡くなっていたと聞くと、旧友を失った悲しみを感じずにはいられません。
しかし、いま、フロックという新しい友ができました。

もう一頭、友だちになったのがトロンでした。
熊のような真っ黒な体は1メートル近くもあるのに、まだ生まれて7ヶ月にしかならないというのが驚きでした。
彼もまたおとなしく、名前を呼ぶとやはりゆっくりと傍らに寄り添って、頭をなでるとうっとりとします。
にもかかわらず、トロンという名前は嵐という意味なのだそうです。

また明くる朝、早起きしてカメラを手に散策に出ることにしました。
扉を閉める音に気付いたのでしょう、どこからともなくトロンが走って来て、僕も連れてってくれとついてきました。
いえ、ついてきたのではなく、彼はガイドとなって村の案内をしてくれます。

サン・クリメン教会の前の坂を3分も登るとタウイのメインの集落になります。
ここには、もうひとつのロマネスク建築、サンタ・マリア教会があります。
サンタ・マリアは、サン・クリメンから遅れること半年で献堂されましたが、このふたつの教会は並行して建造されたのでしょう、非常によく似ています。
フロックとトロンのように。

もちろん前回来訪した時もこのあたりはじつくり歩いていますから、勝手知ったる再訪という感じです。
しかし、ここから先がトロンのガイドの独壇場でした。
以前は気付かなかった村を抜ける細道があって、彼が先導してどんどんと進んで行きました。
途中、キリスト像が飾られた道しるべのようなものがあるところくらいまでは、畑があったり見晴らしだいがあったりの歩道でしたが、じょじょに道は心細くなり獣道のようになります。

途中、泉から流れ来ている水場があったり、岩場が続けば忽然と野原が広がっていたり、野趣にあふれたハイキングコースの風情です。
左側はつねにがけで、はるか下にはボイとエリル・ラ・バルの村落が小さく見えています。
朝日がじょじょに高くなると、初めに遠くだったエリル・ラ・バルが帰り道のころにはボイが日を浴びて村全体がきらきらと輝くようでした。

往復2時間に満たないちょっとした遠出でしたが、朝の新鮮な空気をいっぱいに吸って気分爽快にエル・マラドールまで戻ってこられました。
なぜ、山の尾根に沿って道がずっと続いているのか、ハイキングコースというには案内も何もなく不思議でしたが、戻ってきてすぐにその理由が分かりました。
同時に名ガイドのトロンがとんだ災難に遭います。
それらについては、明日、回答と報告をさせていただければと思います。

作例は、トロンと仲好しのティグレットです。
抱き上げてもじっとしているおとなしい美少女ですが、名前のティグレットは小さなトラという意味なのだそうです。
なるほど英語のタイガーがラテン語起源なのが分かりますね。
彼女はトロンより3ヶ月ほど年上だそうで、彼の良きお姉さん役なのかも知れません。
真剣な顔つきで話し合っているのが分かります。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2011/10/08 Sat

世界最漂亮的

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
わたしが滞在した村をタウールと表記しましたが、タウイと訂正します。
前者はスペイン語(カスティーリャ語)で、今回はカタルーニャに意味があると言ったばかりですので、カタルーニャ語表記にあらためるということです。
これまでの滞在でタウールと呼ぶのが習慣化していましたが、地名や人名など彼らにとって重要なことがらには配慮しないといけません。

バルセロナから車を飛ばしても3時間かかるタウイ村を、人々が訪れる理由はほかでもありません。
スペインでいちばん美しい教会と言われる、このサン・クリメン教会があるからです。
わたし個人は、スペイン一どころか世界一美しい教会と思いますし、自然と人工物の調和ということでいえば世界一美しい建造物とさえ思います。
もちろん美しさの基準はひとそれぞれですから、いや、どこそこの何々の方がもっと美しいとか意見は百出すると思いますが、実際にここを訪れた人は案外わたしに同意する人も多いのではと考えます。

なぜにそれほどまでに美しいと感じられるのでしょうか。
ひとつは、その造形にあると言えます。
1123年献堂と言われるロマネスクの様式は、大地にどっしりと腰を据えた安定感が心に安らぎを与え、横にそびえる鐘楼ともバランスが抜群で、装飾のほとんどない外観ながらいろいろな方角から見ることで美しさを何倍も愉しむことができます。

また、ピレネーの山間の峡谷にあるため、太陽がずっと差しているわけではなく、時間帯によってさきざきに表情を変えるのも魅力的です。
レンガ大の石を積んで建てられた外面は絶妙の凹凸があって、それらが陰影をもたらし表情をより複雑にします。
ですから、夜明け時、朝、午前、午後、夕方、夜のライトアップとそれぞれの時間の顔を眺めるのも好いです。
季節によって環境も大きく変わるので、これは衣装を変えたかのような変化を感じられることでしょう。

教会には、もうひとつ大きな魅力を持っています。
それは、持っていたと表現すべきかも知れませんが、後陣つまり教会の後ろ側の円になった部分に「荘厳のキリスト」と題されたフレスコ画が描かれているのです。
これは前々世紀末にアメリカの収集家に持ち去られるのを防ぐため美術館に移設され、現在掲げられているのは忠実に再現されたレプリカになっています。
しかし、小さな明かり取りのみの暗い教会堂内の中で見るキリストは文字通り荘厳であって、それがレプリカであることを忘れさせます。

ボイ谷とその周辺には、同様のロマネスク教会を多く有しています。
ところが、サン・クリメンほど造詣が美しいものは存在しませんし、他は保存状態が悪かったり、民家に隣接していたりで、やはりここが唯一無二の存在と言えます。
スペイン、フランス、イタリアには、数多くのロマネスク教会がありますが、町中にあるものはほとんど例外なく後世にゴシック様式などの増改築の手が入ってしまい、魅力が大きく後退しています。
こんな田舎でも、建て増しされたり放棄されて廃墟になる可能性は高いのですから、千年近くにわたる村人の信仰心と審美眼があって、現在のわたしたちの目を楽しませてくれると言っていいのではないかと思います。

作例の右側に見えているのが、バー・レストランのエル・マラドール。
わたしが過ごしたところです。
世界一の教会の真後ろ、最高のロケーションです。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/07 Fri

到就宴会

M8/Summilux 35mmF1.4
いただいたビールを飲み終わろうという頃、友人は唐突にあらわれました。
お互いおおっという驚きを一瞬見せた後、がばっという激しい感じで抱擁を交わしました。
くだんのイギリス人夫妻に友人が来たのでと紹介してから、彼の家に向かいます。

教会前には少し離れてもう1軒レストランがあって、友人はてっきりそちらをいると思っていたら見つからず、こちらで歩道のテーブルでひとりいるのに気付いて駆けてきたそうです。
わたしは、一刻も早く迎えてもらうべく外にいたわけですが、ここから20キロ離れているので2~30分はかかるだろうとタカをくくっていて、わずか10分ほどでやって来るとは思ってもいませんでした。

早く着いた理由はすぐ分かりました。
10年前はフロントガラスが割れたゴルフだったのが、いま、新車のBMW・X3に乗っています。
ゆるやかな登りは120キロで飛ばせるのも、道がだいぶ良くなっているというという事情もありました。
20キロの道のりも、こんな調子で走れれば、久しぶりとあいさつしているうちに到着してしまいます。

友人の名は、ダヴィド。
スペインのカタルーニャ自治州、レイダ県のボイ谷にあるタウールという村で生まれ、いま、エル・マラドールというバー・レストランを経営しています。
経営といっても田舎の村で、観光のピーク時とランチの忙しいとき以外は、すべてひとりで切り盛りするオーナー券クック兼ウェイター兼バーテンダー兼掃除婦兼ちょっとした旅行ガイドといった存在です。

夜の9時ごろの到着でしたが、ペンションをやっている姉の部屋にわたしを案内してから、ディナーの客が来たのをさばいたりとかなり忙しく働いています。
しかし、それも落ち着くと腹が減ったろうと、ふたりでのディナーを手早くつくってくれました。
前菜はサラダとトマトとオリーブを塗ったカタルーニャ式パン、メインは大きな自家製チョリソーにポテトが添えられています。
飲みものはどうすると聞かれ、地元の赤ワインをたのみました。

いずれもたいへん美味です。
友人だからヨイショしているということではなく、掛け値なしに旨い。
料理のことについては、また後日書きますが、ちょっとした秘密があったのでした。
また、食後にデザートを食べるかと聞かれ、お腹いっぱいでいいよと遠慮しましたが、あきらかに失望しているようでした。
デザートも彼の自慢で、ぜひ食べさせたかったようで、以降はがんがんいただくことにしました。

そのうちに、4人組のブラジル出身の女性がやって来ました。
ずっとこの村に滞在していたが、明日、働いているバルセロナへ戻らないといけないのでこれからちょっとしたパーティをここでするのだそうです。
また、彼女たちとは別にやはりブラジル出身で、ワインで有名なリオハでアートクラフト活動をしている兄さんも合流して、女4人、男3人の饗宴が始まりました。

飲みものはカタルーニャ・シャンパンのカヴァで、わたしは冷静にカウントしていましたが4本も空けていました。
話は早口のスペイン語で大盛り上がりですが、当然、わたしにはちんぷんかんぷんです。
すると英語ができる誰かが、わたしが退屈しないよう気遣って訳してくれたり、わたしに話をふってくれたりします。
みんな地震のことを聞きたがったのでていねいに説明しましたが、何よりも世界中から支援があったことの感謝の気持ちを日本代表として伝えることは忘れませんでした。

それにしても困ったのは、彼女たちが薬を始めてしまったことで、室内に異様な臭いがこもってきます。
ちょっとハイになった英語のできるブラジル女性が隣でずっと話をして盛り上がっていたので、このままやばいことになるのではと半ば期待したりもしましたが、それは杞憂に終わり、ようやく4時になってお開きになりました。
わたしもうすうす気付いていましたが、翌日ダヴィドが説明したところでは、彼女たちは2組の同性愛者で男には全然関心がないのだそうです。
いずれにしても初日からハードな夜を過ごしてしまいました。

翌朝、というか、もう11時になってやっと目が覚めました。
軽くシャワーを浴びてエル・マラドールに行くとダヴィドの姿もまだありません。
かわりに姉のコンセルがいて、ダブルハグで久しぶりの再会を喜び合いました。
前回の滞在でたいへんよくしてくれた彼女は昨夜会えず少し心配しましたが、元気で良かった。

ちいさなタウール村の小さなレストラン、エル・マラドールですが、帰国までずっとここで過ごすことにしました。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(4) | 2011/10/06 Thu

欧元的変化

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
もう十年以上前のことなので、前回のカタルーニャの旅の記憶はかなりあやふやです。
この間、変化したことはたくさんあるはずで、各論的に言えば何本か指を折ることができますが、総論ではひとつのことしか思い当りません。
通貨の変更です。
当時、ペセタだったスペインの通貨単位は、ユーロになっていました。

記憶があいまいなので誤解でしたら申し訳ないですが、当時のペセタは日本人にありがたい通貨だったのではなかったかと思います。
米ドル、英ポンド、ドイツマルク、フランスフランはもちろんのこと、チェコ・コロナ、ハンガリーフローリンから香港ドルまで日本円よりもずっと高額で、何かを買う旅に少し面倒な計算に辟易したものですが、ペセタは円とほぼ同額だったのです。
鮮烈に覚えているのは、スペインのたいがいのところで生ビールは100ペセタ(円)で飲めたので、日本で飲むペットボトルの烏龍茶の2/3だと感動したことです。
もちろんビールだけではなく、多くのものが日本よりもだいぶ安く、非常に旅しやすい国として認知されていました。

通貨単位の統合は、各国の物価も馴らしてしまうのでしょうか、今回かなり物価が上昇してしまったことが強く感じられました。
また生ビールを例にとると、だいたいどこでも1.5ユーロでした。
今の為替レートで150円と言うことは1.5倍になったということですが、ユーロはご存じの通り暴落していて、少し前のレートに当てはめれば200円以上ですので2倍になったという方が現実に近いと思われます。

生ビールの価格の変化がすべてだとは言えませんが、この数字はじつに象徴的なような気がします。
おととい書いた3つ星ホテルの120ユーロは、8000ペセタだったと言えばだいたい合っている感じがしますし、ちょっとしたレストランのメニューと呼ばれる定食は15ユーロ前後が多かったので、これも1000円と言うとしっくりきます。

わたしは経済のことはさっぱり分からないので、どうして10年の間にこれほどの変化があったのかも理解できません。
通貨切換え時にいっせいのせでこういうことになったのか、時間を経ることでユーロ圏内の物価格差が平均化していったのか、両者の複合的なものなのか…。
いずれにしても、物価上昇しているうえに、ここのところ中国ばかり旅行してかの地の物価感覚が染みついていたので、前回のカタルーニャの旅に比べてかなりつつましい行動になったことは否めませんでした。

作例写真のお嬢さんですが、繁華街のブティックで働く、ごく普通の女の子のようです。
スペインでも建物内での喫煙が禁止になったようで、日本と同様に建物すぐ外で喫煙する光景を多く見ました。
こんなのも、スペインの変化のひとつでしょう。
女性の喫煙率は高いのか、あちこちで美女たちがいけているポーズで煙をくゆらせています。
中には客待ちしているプロの女性ではと声をかけるエッチな親父もいるのではと気になったりしました。

さて、写真の題材はいくらでもありますが、あまりゆっくりもしていられません。
だいぶあちこちと歩いてしまって道に迷いつつ、バスターミナルへ戻ってきました。
5時間以上の長旅でしたが、疲れがたまっていたせいかずっと眠っていて、気が付いたらもう着いていたというような感覚でした。
おかげで途中の風景を楽しみ損ないましたが。

バスを降りたら電話をよこせと言われていました。
いよいよもうしばらくで、友人との10年以上と時を経た再会を果たすことになります。
教会の前のレストランで電話を借りることにして、少し緊張しながら受話器を手にしました。
今行くから、の声が実に心強く響き、ようやくホッとできました。

そんな様子を見ていたらしいイギリスから来たという夫婦が声をかけてきました。
ここまで来た経緯と、十何年振りかで友人に会う興奮を伝えると、いい話だと笑ってビールをご馳走してくれました。
わたしは感謝の気持ちを伝え、友人が気付かないといけないのでとことわって、ビールを手に歩道に並べられたテーブルの方で待つことにします。
彼らは、早く来てくれるといいねとあたたかい言葉で見送ってくれました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2011/10/05 Wed

就是卡特琳娜

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
第2日目。
さっそく友人の待つ村へ向かうことにしました。
レンタカーを走らせるか、バスに揺られるか、方法はふた通りしかありません。
もともとレンタカーを借りるつもりで国際免許を取得していたので当然そのつもりでした。
しかし、友人がゆっくりバスでくればいい、迎えに行くからと言うので、その言葉に甘えることにしました。
初日のホテル、サッカー観戦、食事で2万円近く使ってしまったことで、少し弱気になっていたのも影響したようです。

朝起きてすぐ北バスターミナルへ行き、1日1便のチケットを購入します。
2時15分発だというので、あと数時間だけバルセロナを見て歩くことにしました。
ただ、スーツケースを預けるのにコインロッカーを利用すると5ユーロもして、スペインの物価が高くなったことを思い知らされました。

バルセロナの地図は、前日に駅のツーリストインフォメーションで入手していましたが、あまりにシンプルでどこへ行くべきかよく分かりません。
あてもなくふらふら歩いていれば十分ですが、カテドラルがバスターミナルから近いのがすぐ目についたので、そちらの方向へ歩いてみることにしました。

祭りの中での好天と言うことで、午前中からけっこうな人手があります。
よく見れば観光客がかなりの比率のようですが、スナップの題材には事欠きません。
バスは6時間近くかかると聞いていたので、リーズナブルなケパブとビールでお腹も満たしました。
ちょうどいい、腕慣らし、腹ごなしの時間になりました。

たまたま目的地に選んだカテドラルの前は、サルダーナの選手権のような催しで大盛り上がりでした。
サルダーナは、カタルーニャの民族舞踊ですが、シンプルで美しいメロディの音楽に乗って男女が手をつなぎ合って踊るのがたいへん印象的です。
そして、このカタルーニャという言葉こそが旅のキーワードであり、昨日、謎かけのように旅について最初に言ったことの回答と言えます。
わたしは、スペインではなく、その一角にある土地を旅してきたのでした。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/10/04 Tue

巴薩的守護高僧

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
1週間強のお休みをいただきまして、何度か予告したとおりスペインに行って来ました。
ただ、旅している間気付いたのですが、行き先は、正しくはスペインではなかったかも知れません。
微妙な問題が絡んでくるので、断定的な言い方はできないのですが。

スペインではなかったようだということで、ブログ上には多くの人が思い描くようなものは一切登場しません。
白い家の村とか、巡礼の道とか、フラメンコと闘牛とか、太陽と情熱とシエスタとかですね。
では代わりに何があるのかと問われれば、それもなかなか思いつきません。
ゆったりとした静かな生活とか、週末の愉しみとか、食べものや飲みものへの感謝とかそんな感じになるでしょうか。

前置きがこんなだと、いかにも旅がつまらないものだったのだなという印象になってしまいそうなので、いつものとおりの日記スタイルでだらだらと書いていきます。


土曜日の午後にバルセロナ空港に到着してまず最初にしたのが電話でした。
バルセロナから200キロ以上離れていますが、いちおう現地の友人で、時間が取れれば空港まで迎えに来てくれることになっていました。
しかし、電話口で申し訳ないが忙しくて行けなかったのでということで、バルセロナのホテルを取っておいてくれました。

ただ、これが120ユーロとわたしにとっては、かなり高価な値段でした。
これは後で分かったのですが、到着した日からバルセロナ市でメルセ祭という伝統行事があって、知り合いの宿はことごとく満室だったのだそうです。
友人はバルセロナに部屋を持っていて泊めてもらえるてはずだったのですが、お祭りの関係で鍵の受け渡しの段取りがつかず、それもダメになってしまうという、あまり良好とは言えないスタートになってしまいました。

恐縮した友人は、わたしが楽しみにしていたサッカーを好い席でしかもタダで見させようと手配してくれました。
彼の親友がFCバルセロナ(以下、愛称のバルサと表記)の年間チケットを2枚持っているので、その人に友人の日本人といっしょに見に行ってくれと頼むということでした。
そして、実はこれも不発に終わります。
やはり祭りのためはるばる来た別のスペイン人がすでにそのチケットを入手してしまっていたようでした。
メルセはバルセロナの守護聖人だそうですが、信仰のないわたしにはたいへん厳しいお方のようですね。

そんなやり取りの電話をしつつホテルにチェックインし、レセプションでバルサのホームスタジアム、カンプノウへの行き方を訊ねると、一瞬えっと驚いた顔をしたあと外へ出て左の方をみてくださいと笑って言います。
なんとカンプノウは目と鼻の先だったのに、全然気付いていなかったのでした。

そして、すまんがチケットはダメだったと連絡をもらったのがキックオフ1時間前です。
試合開始は夜の10時で、友人の友人と食事になるかも知れないと空腹を我慢していたときに辛い知らせでした。
ひとりで見に行けばいいだけなので、カメラひとつ持ってカンプノウに行くと、すでにチケットは売り切れていました。
ダフ屋の姿もちらほら見られるので、折衝がうまくいけばどうにかなりそうでホッとしましたが。

しかし、ここへ来てやっと幸運が訪れました。
老人がスペイン語で話しかけてきました。
近くの人に訳してもらうと、老人の知り合いが急遽来れなくなったので、その席を50ユーロで買ってくれと言うのです。
ちょっと怪しげではありましたが、人の良さそうなおじいさんで、素直に付いていくと、友人の会員証で自動ゲートをパスして簡単にスタジアムの中に入って行けました。
座席はゴール裏であまりいいとは言えませんが、70~80ユーロすると聞いていたので、ダフ屋で買うことを考えればかなり安く入場できたと言えそうです。
ありがとう、おじいちゃん…。

もうひとつ幸運だったのは、試合開始後強い雨が降ってきたのですが、わたしの席付近は屋根があって影響なく見ることができたことです。
作例写真は、隣の隣くらいの座席で観戦していた十代半ばくらいと思しき麗しきバロセロニスタです。
まだ練習しているところだというのに鋭い視線を送っているのが印象的でした。
結果も、難敵アトレティコ・マドリード相手にメッシのハットトリックを含む、ヴィリャ、ペドロのMVP揃い踏みの圧勝でした。
バルサに対しては、守護聖人がほほ笑んでくれたようです。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/03 Mon
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