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亜州的収集家

M8/Super-Six 2inchF1.9
ライカの試作機が、オークションで1億5千万円で落札!
日曜のNHKニュースで報道されたそうです。

ドイツの高級カメラメーカー「ライカ」が1923年に作った試作品のカメラです。
28日、ウィーンで行われたオークションで、1923年に試作されたライカが、カメラとしては過去最高額となる132万ユーロ(日本円にして1億5000万円余り)で落札されました。
カメラは今でも完全に使える状態で、落札したのはアジアのカメラ収集家だということです。

以上は、報道された要旨ですが、オークションサイトを見るとM型ライカでもとんでもない落札額が出ていて、ライカMP2が、52万8千ユーロで取引されています。
レンズもすごいことになっています。
ツァイスの超大口径レンズが2本出品されていましたが、Super-Q-Gigantar40mmF0.33が6万ユーロ、有名なブラナー50mmF0.7が9万ユーロと、まったく手も足も出ないような高額が付けられました。

カメラはもともとがコレクティブルな存在で、従来から希少アイテムは高い値段でやり取りされています。
使わなくても展示しておくだけで存在感を放つカメラに比べると、レンズは単体ではいかにも地味な地位にあると言えます。
しかし、そんなレンズたちもここ数年、大口径レンズ、希少レンズの人気が急上昇して、カメラにも劣らない価格が付くようになってしまいました。
それにしても1本1千万円のレンズって…。

1億5千万円のライカを落札したアジア人というのも気になるところです。
日本のライカコレクターとして有名な中村信一さんが落札したのなら、入手後にその特徴等を発表してくれたりなどあるでしょうからわたしたちにも楽しみが残されます。
ですが、常識的に考えればあの超大国の成金資産家だと想像してまず間違いないのではないかと思われます。

もちろん開かれたオークションでは誰もがどんな金額でも落札する権利があります。
しかし、少なくともわたしが知るレンズの世界では、その超大国の資産家の参入によって相場が崩壊してしまっている事実には目をつぶれないところがあったので、それがより広い分野に拡大していくことを危惧せざるを得ません。
かつて世界のライカの多くが日本に集まって来たと言いますが、それを凌ぐ勢いであらゆるコレクティブルなカメラやレンズが超大国に呑み込まれてしまうのでは…。


さて、作例写真は足利学校の講堂だったところです。
たたみが気持ち好くてどつかと腰を降ろしてしまいましたが、中には横になってしまう人までいました。
暑い日だったのですが、風が通って爽やかな気分になるんですね。
この環境は、講義を受ける人にとってプラスなのかマイナスなのか、この時点ではにわかに判断できず、柱にもたれながらじっと黙考してしまいまったのでした。
【M8/Super-Six 2inchF1.9 F1.9】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer Super-Six Anastigmat 2inchF1.9 | trackback(0) | comment(2) | 2011/05/31 Tue

到学校去

M8/Super-Six 2inchF1.9
早くも関東地方は梅雨入りしたようですが、先週は夏を思わせる暑さの日がありました。
そんな暑い土曜日に足利まで散策に出掛けましたので、そのときのことをお伝えしたいと思います。
盟友ksmtさんも同行です。
いや、もともとはksmtさんが、足利なんてどうかと誘ってくれたのでした。
北関東には、いくつか魅力的な町があって、足利へもいつかは足を運びたいと考えていたので、この機会にぜひと、わたしの方が同行させてもらった次第です。

足利は、館林と桐生の間にありますので群馬県と誤解されがちですが、栃木県の西端に近いロケーションです。
JR両毛線と西武伊勢崎線が市を横断していますが、東京方面から一本で行ける東武特急で行くことにしました。
始発の浅草ではなく、2駅目の北千住から乗ろうとしたのですが、これがたいへんな騒ぎになってしまいました。

千代田線で北千住に到着したのですが、東武特急のホームがどこにあるのかさっぱり分かりません。
ホームが1階2階のように立体的になつているので、階段を行ったり来たりで探しますが、電光掲示されている特急の出るホームがどうしても見つからないのです。
ようやく見つかった駅員に聞くと、地面に赤い線が引いてあってこれを辿ると特急ホームまで行けるとの説明です。

その赤い糸を手繰るように階段を降りていくと先ほどもあった別のホームです。
しかし、線はそのホーム上をさらに伸びていて、その通り進んでいくと、なんとホームの途中から、確か5番線だったのが1番線に変わるという構造だったのです。
そこへ電車が滑り込んで来て、確かにホームの真ん中あたりは通過しましたが、先端部分で停車しました。

あれに乗らなくてはとダッシュすると、今度は改札があって通してもらえません。
戻って特急券を買って来いと言われます。
たぶんこの列車を逃すと次は1時間先になってしまうでしょう。
大慌てで切符売り場で切符を購入すると、憎々しい改札を抜け、まさにわれわれが乗り込んだ瞬間、列車のドアがプシューッと閉まるぎりぎりのタイミングで足利への旅はスタートしたのでした。

足利はちょうど1時間後に到着しました。
さあ、まずは足利学校へ、となるところでしたが、まずは駅構内の観光案内所で地図とお昼のアドバイスをもらいます。
もし、足利を訪問予定の方がいらっしゃいましたら、必ず足利市駅にある案内所に寄るように。
ここの案内の女性が美人で、わざわざ立ち寄る価値大です(いつもいるのか分からないのですが…)。

というわけで、紆余曲折ありましたが、ようやく足利学校到着です。
中学生が遠足(?)でいっぱい来ていて、学校という雰囲気を高めていました。
しかし、学校の門にある扁額が学校というのも変ですね。
もっとも学校と書いていないとまったく学校には見えないかも知れないですが。
【M8/Super-Six 2inchF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer Super-Six Anastigmat 2inchF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/30 Mon

祝他們

M8/Topcor 5cmF1.5
楊さんとの散策は、回を重ねるごとに楽しくなりますが、それにともなって時間が短くも感じられます。
あっという間にお開きの時間になってしまいました。

楊さんは、友達の友達の結婚式の撮影に行かなくてはならないと言うことだったのですが、突然、おまえも付いて来いと言いだしました。
いや、さすがにそれはと断ると、時間があるのであれば、オレのアシスタントということで行けば大丈夫だと言うのです。
中国人の結婚式にも興味あるだろうから、自分のカメラで撮っていてもかまわないしと尚も押されて、しぶしぶ同意することにしました。

気掛かりは、シドニーで買ったセント・ジョージ・バンク・ドラゴンズの赤白ボーダーのジャージを着ていたことです。
しかし、早めに会場に着いて新郎の家族らと話しているうち、心配していたとおりのことが起きてしまいました。
あなたも、ぜひゲストで参加してほしいと言われてしまったのです。
そもそもわたしの中国語力を過小評価している楊さんはわたしが気付いていないと思っているのかも知れませんが、わたしのことをアシスタントだと紹介せず、中国文化に興味を持つ日本人でぜひ見てみたいと言うので連れて来たと説明しているのが分かりました。
いちおうご家族には固辞しますが、やはりゲスト出席ということになってしまいました。
汗臭いジャージ姿で。

会場は、香格里拉酒店という高層ホテルの最上階で、土曜夜のシャングリラホテルの結婚式の費用は相当なものだったと思われます。
給仕するのは日本のように学生バイトなどではなく、男女とも揃いも揃って長身のエリート社員だということです。
シャングリラは外資系で給料がいいので、中国の大学生にとって人気の就職先になっているので、頭が良くて容姿端麗でないと勤めることができないということでしょう。
モデルのような美人がすっと現れてワインを注いでくれたりして、ついつい目が行ってしまいます。

料理も定番の、紅焼魚翅湯(フカヒレスープ)、龍蝦(ロブスター)など高級食材目白押しですが、みなさんが鲍魚だと興奮したアワビがちっちゃなトコブシだったのは、輸入元の日本の震災の影響かも知れません。
ところで、中国には何度も行っていますが、フカヒレは初めて食べました。

中国では、大きなレストランを借り切って数百人規模の結婚式が平然と行われたりしています。
メンツを大切にする中国人は、規模の大きさこそが新郎新婦の幸せの大きさと比例するのだとばかり、相方の家で無理をしてしまうようです。
しかし、深圳で暮らしているような富裕階級ではむしろ、そのような悪習を断じて、親戚と本当の友人のみを呼んでこじんまりとした、思い出深いものにするよう考えているということが分かりました。
無駄に大きな式にするのではなく、規模を抑えた分豪華にして、参加者にも満足してもらおうと言う発想です。

結婚式と書いて来ましたが、中国では結納のような儀式は行わず、日本で言う披露宴そのものでした。
そのものと言うより、恐らくこのようなホテルでは日本式の披露宴をコピーしていると思われました。
司会者の存在、ケーキ入刀やシャンパンタワー、親のあいさつ、新郎新婦の返しのあいさつ、その他日本にいるのと全然変わりません。
ただ、上司のあいさつとか、友達が歌をうたったりという要らない演出はカットされていました。
そういえば思い出しましたが、新婦があいさつする盛り上がり場面では、長淵剛の乾杯のインストルメンタル版が流れたのにはびっくりしました。

日本で言うところの、宴もたけなわというタイミングで新郎新婦が各テーブルをまわって乾杯し、ひとりひとりにお礼をしてまわります。
わたしのことは途中で聞いたのでしょうかやって来るなり、英語で来ていただいてありがとう、今後ともよろしくなどと言いだしたので、やはりふたりはインテリだと理解しました。
いつもならいきなりの英語でビビるところですが、つい先日までオーストラリアの英語武者修行(?)が聞いて、突然のことにも何とか英語であいさつを返すことができホッとしました。

隣だった新郎の遠縁のおじいさんの白酒のお付き合いをしたことも手伝って、わたしもすっかり幸せな気持ちでいることができました。
幸福のおすそ分けをいただけたことは、おふたりやご家族のみならず、楊さんにも感謝しないといけません。
ふたりにあらためて乾杯です。


さて、その乾杯が効いたのか今朝、もうひとつの歓喜がもたらされました。
FCバルセロナがチャンピオンズリーグを制し、4度目の欧州王者の座を勝ち取ったのです。
ラインズマンがオフサイドを見逃す失点こそありましたが、完璧な内容で、ファンを楽しませながらの完勝でした。
喜びと同時に少し複雑な気持ちもどこかに感じられます。
優勝決定のホイッスルは、長かったバルサの2010/11シーズンの終了の笛でもあったからです。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/29 Sun

決勝前夜

M8/Topcor 5cmF1.5
旅とも写真とも関係ない話になってしまいますが、今から数時間後に、UEFAチャンピオンズリーグの決勝が行われます。
イングランドのマンチェスター・ユナイテッドとスペインのFCバルセロナの対戦です。
ちょうど一昨年と同じカードになったわけですが、両チームの監督は変わっていませんし、メンバーも多くが当時のまま残っています。
2-0で完勝したバルサでしたが、マンUも必死でリベンジに来るでしょうから、よりクロスゲームが期待できるはずです。

ここへ来てバルサには故障者がほとんどいなくなり、いっけん不安要素がなくなったように見えます。
しかし、グァルデイオラ時代になってから常に緊密日程でハイレベルの戦いを続けて結果を出し続けてきたバルサが、前々週にリーガの優勝を決めてしまったことから、レギュラーメンバーが短期間試合を離れて休養したことがかえって心配に感じられます。
シーズン最後半でディフェンダーの欠場者が多く、メンバー固定できなかったことも縦のスピードのあるマンU相手ではやはり心配要素ですし、得点源のヴィジャがことごとくゴールを外していたシーンも目に焼き付いています。

そして、最近になってさらなる不安の種が出て来ました。
決勝会場のウェンブリーがあるロンドンまでバルセロナから空路で移動しますが、アイスランドで火山の噴火があって予定を繰り上げてロンドンまで移動したようです。
予定を変更したことは、管理されたスケジュールの中で練習と試合をこなしていく選手にとっては、問題の端緒となりうることです。
しかし、それ以上に不安を感じるのは、昨年も同様のシチュエーションがあったことが悪夢のようにちらつくからなのです。

昨年のチャンピオンズリーグ準決勝、バルサ対インテルの第1戦は敵地ミラノの開催でしたが、当時好調だったバルサはインテルならアウェイでも悪くて引き分けあわよくば大勝するのではとの思惑がありました。
ところが、アイスランドで火山噴火がありヨーロッパの空路が閉鎖されてしまい、過密日程にあったバルサは直前の10時間半のバス移動を強いられます。
結果もまさかの1-3の2点差負けで、ホームの第2戦はがちがちに守られた結果1-0で勝利したものの、ホームでの敗退の屈辱を味わわされたのでした。

などと書きましたが、わたしには理由なきバルサ快勝の予感があります。
2年前より得点力が増したこともあって、いつも通りにボールポゼッションをキープできれば結果も再現することになるでしょう。
勝者は、12月におこなわれるFIFAクラブへの出場権を獲得することになります。
横浜で開催された2006年には目の前で敗れ、優勝した2009年はUAE開催でしたので、ぜひ今年は世界一になる瞬間をこの目に捉えたいものです。


さて、今日の作例は、店番に退屈する少女です。
あまりに退屈で、店前にあった邪魔な鉄柱を脚力でねじ曲げてしまいました。
この黄金の足さえあれば、将来の足球中国女子代表のストライカーとして活躍するのではないでしょうか。
いや、体の柔らかさは将来のプリマドンナか。
私にとっては、素敵な表情とポーズのアンバランスさが何より魅力的でした。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/05/28 Sat

布列松的影響

M8/Topcor 5cmF1.5
アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成という大書があります。
400ページを超える写真集で、11000円もしました。
もう7年も前に買った本ですが、いまだ全頁通して見たことがありません。
写真があまりに多すぎてとても見きれないからで、いつも途中までとか、途中省略とかしてしまいますが、それでも1枚1枚の写真のすばらしさに新鮮な感銘を受けます。

深圳で撮影をともにした楊さんも、カルティエ=ブレッソンの作品を愛していて、同じ写真集の中国版を所有しています。
彼もわたしも、多かれ少なかれカルティエ=ブレッソンに影響を受けながら撮影しているのかも知れません。
もちろん、写真のレベルについては比較すべくもありませんが。

帰国してから久しぶりに写真集成のページを開いてみましたが、人物スナップでありながら圧倒的なスケール感を感じます。
同じライカを使って、人物を狙っていながら、カルティエ=ブレッソンに迫るような写真は撮れないものでしょうか。
とても撮れるような気がしません。

もし、カルティエ=ブレッソンと同じシチュエーションにいたらどうでしょうか。
やはり、彼と同じようには撮ることはできないでしょう。
それでも、いくつかのチャンスでは、彼にせまれる写真をものすることができるかも知れません。
何しろ器材ではひけをとりません。

そう考えると、カメラを持つこと、外へ出ることは当然のことですが、それが撮れるかもしれない場所まで出向いて行くのが、カルティエ=ブレッソンになるための道です。
楊さんと深圳を歩いて、目を見開いてスナップして行ったことは、それを体現したことであるかのように思われます。
カルティエ=ブレッソンのスペインやコートジボワール、中国などの写真に彼が新鮮な目で見て撮影していったことが伝わる写真が多数ありますので、同じような偶然が生まれることを期待したいです。

と、大上段にかまえて作例写真は、スケールのぐっと劣る今までどおりのものになってしまいます。
泣き叫ぶ少女をなだめるというよりは一喝しながら母親が手を引っ張って歩いて行きました。
わたしには聞き取れませんでしたが、少女はお菓子を買ってくれと駄々をこねていただけだそうです。
子どもをあまやかすケースが多い中国ですが、毅然と接するお母さんもまた中国的でした。

昨日の作例では、スローなシャッターが災いしましたが、今日は効果的に利用することができました。
足の振れ具合がいい感じだと思います。
足と言えば、よく見るとさすがに母娘だけあって、ふたりの脚のかたちがそっくりです。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/27 Fri

用六十分之一拍照

M8/Topcor 5cmF1.5
昨日も書いたとおり、町中で寝ている人をたくさん見かけました。
数時間の散歩で20人くらいがあちらこちらで気持ち良さそうに午睡しています。
こんなに暑いのになぜだろうかと考えましたが、確かに歩いていると暑いですが、じっとしていればそれほどでもなく風通しのよいところではけっこう爽やかだったりします。
動いていると暑いけど、横になってれば気持ちいいから寝てしまおうとみな考えたということでしょう。

それを体現しているのが作例の彼女でした。
木陰ですが、とても寝やすいとは思えない状況下で爆睡しています。
大理石の椅子に深く腰掛けて、鉄パイプのような背もたれに肘枕しています。
もう一方の手にはお昼かなにか食べ物でしょうか、ビニール袋をぶら下げています。
椅子に直接置いてしまうと、持っていかれてしまうと心配するほど熟睡するつもりだったということが分かります。

よく見れば、足のかたちが何とも悩ましいです。
脚をきれいに揃えればよさそうなものですが、左右の足が不思議な位置関係にずれ込んでいます。
寝始めからこんな姿勢だったのか、じょじょにこのように足が動いて行ったのか教えてもらいたいと思いました。

オーギュスト・ロダンのカタログを探せばこんなブロンズの小品が見つかりそうな気がします。
そんなことを言っては芸術への冒涜になってしまうでしょうか。
いずれにしても、この日目撃した、眠る人、の中の最高傑作でした。

しかし、作例写真の方は、最高傑作とはいきませんでした。
今回はF5.6のみで撮影を続けたのですが、ふだんずっとF1.5とかF2とかの開放ばかりで撮り続けていたので勝手の違いに順応できていませんでした。
日中の撮影ではほとんど1000~8000分の1秒しか使わないので、手ブレの心配はまったくなくカメラの扱いがやや雑になっていたようです。

作例の場所は完全に日かげで、顔がぎりぎり判別できるくらいに露出を上げたため、シャッターは1/60でした。
1/60で手ブレしていてはいけないのですが、町中スナップでは相手に気付かれないようにカメラをさっと構えて秒殺(というか数千分の一秒殺)して、撮影したことを悟られないようにカメラを低い位置に戻します。
しっかりホールドすることなく、レリーズ時にカメラを上下させては1/60でも微妙にブレてしまうのですね。
絞ったときはシャッタースピードを十分に考えた上で撮影しないといけません。
いや、そもそも女の子は寝ているのですから、じっくり撮っても影響なかったのでした。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/26 Thu

椰子樹下睡覚

M8/Topcor 5cmF1.5
深圳の気温はすでに30度近くだったのではないかと思われます。
ひんやりしていたブルーマウンテンズと比べると、じりじりとした暑さでした。
シドニーだってかなり乾燥していましたから、深圳は余計に暑苦しく感じられたかも知れません。

いややはり楊さんにとってもかなり暑い1日だったようです。
4~5時間の散策でしたが、昼食も含めて3回も休憩しています。
ランチは、やはり広東料理店でローストしたアヒル肉を中心に食べましたが、これはかなり旨かったです。
日本のレストランでは、この系統は鶏肉くらいしか無く、たまにカモ肉がありますが、中国ではガチョウやらアヒルやらもあって、むしろそちらの方が美味しいようです。

さらにコーヒー好きの楊さんは通りかかったマックカフェでアイスコーヒーを飲みます。
この店は、1980年代後半にオープンした中国のマクドナルド1号店として有名で、ガイドブックにもそう紹介されたりしていました。
その旨楊さんに説明すると、へぇっと感心して、相席だった地元の中学生をつかまえてそう説明し、何だか悦に入っています。
茶目っ気のある楊さんは、平気でいろいろな人に話しかけるので、その会話が中国語学習に少し役立ったりもします。

それにしてもこの日は、街中で寝ている人をよく見ました。
寝ている人々の姿を撮っているだけでも、ブログを1週間は続けられるほどです。
深圳は空気が悪く、暑いこともあってけっして快適とは思えないのですが、忙しい町にあってみなさんお疲れなのでしょう。

作例は、赤い上着を頭からかぶって寝ている女性です。
近づいてみると寝息を立てて熟睡しているのは20歳代前半と見える若い女の子でした。
肘かけに少し不自然な姿勢で手を置いていて、あまり寝心地は良くなさそうに見えるのですが…。

ただ、後方のビルのミラーガラスに写ったヤシの木やゆがんだビルが、彼女の見ている夢を象徴しているようです。
南の島でバカンスに寛いでいるか、大きなオフィスビルで女社長として辣腕をふるっているかのきっとどちらかでしょう。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/25 Wed

過重裝載

M8/Topcor 5cmF1.5
前月楊さんと撮影した時は、M8をモノクロモードにしてJPEG撮影しました。
楊さんがM4-PとM6でモノクロ撮影しているのに倣ったものです。
モノクロだと言うことだけを真似ても、彼我の差はあまりに大きいですが、彼の撮影スタイルを学ぼうという気持ちがあるからには、こんなことだけでも共通点を作ろうと思わざるを得なくなります。

それでも開放ばかりで撮るところは私流を貫いています。
今回は、カラーに戻したうえで開放へのこだわりは捨て、すべてF5.6で撮ることにしました。
もちろんこれも楊さんがF5.6とF8のみで撮影していることに倣ったということです。
ただし、F5.6はこのレンズを愛好するトプガバーチョさんからのアドバイスを実践してみたかったということがあります。

オーストラリアの後半ですでにF5.6を何枚か試しましたが、なるほど風景などでは実に締まったいい絵になるのだなあと感心しました。
しかし、トプコールのF5.6が、例えばガウスタイプのF5,6やゾナータイプのF5.6とどういう違いがあるのかてんで分かりません。
それどころか、現代のレンズ、コンパクトカメラのレンズとの違いもなかなか見えてこない状態です。

持ちかえってPCで等倍サイズで見て分かったのが、恐ろしいまでの解像力の上昇でした。
開放でもかなり解像力は高い方のレンズですが、絞ったことでここまで上がるのかというくらいシャープになります。
特に輪郭線がきりっとしますので、こういうところがエッジの切れ味なのかなと思わせます。

スナップではこういうことは案外重要なのではないかと思います。
作例写真では、自転車が未だ安定速度でないために微妙に左右に振れていて、それをこらえようとする漕ぎ手の顔が歪んでいるさまが、浮き上がっています。
もし、いつものように開放であれば、ここまで表情がはっきり出せるとは思えないですし、とっさの中で顔ではなくこの人の右手くらいでピント合わせして、表情は少しボケてしまったかも知れません。

いずれにしても、動きがあるものを開放で撮ると、合焦面が一点になってしまい、それのみが狙いの時は好いですが、ここがもう少しはっきり出したかったというケースはしばしば出てきてしまいます。
楊さんとの散策では、開放のこだわりと絞った楊さん流スナップの双方を試すべきなのだと思っています。

さて、楊さんとの散策は、モノクロ、F5.6と続きましたが、いよいよ次回はM6&モノクロフィルムに挑戦するつもりでいます。
一昨年、四川の旅にミノルタCLEでモノクロ撮影したのは記憶していますが、あくまでM8のサブというか合間に撮影した程度でした。
M6は何年ぶりで使うのかも思いだせないほどで、シャッターが正確な速度を出すのか少し不安です。
それでも、かつて長らく一筋に愛用していたM6を久々に使えるのが、楽しみで楽しみで仕方ありません。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/24 Tue

25001336

M8/Topcor 5cmF1.5
シドニーからは直帰せずに、香港にストップオーバーしました。
いつものように深圳まで移動して、2日間滞在します。
すっかり友人となった撮影師の楊さんが待っていてくれて、初日の夜は海鮮料理をご馳走してくれました。
そして、2日目はいっしょにスナップに繰り出すことになりました。

しかし、その海鮮レストランで白酒をオーダーしたからたまりません。
実は、楊さんもわたしもそれほど呑める方ではないので、ちびちびやっていればそれでよかったのですが、まったく呑めない順平さんの奥さんがけっこういけるくちで、これが間違いに向かう要因でした。

4人で食事しながら話をするわけですが、その話が大きく盛り上がったり逆に途切れたりすると、誰からともなく干杯と声がかかります。
すると順平さんを除く3人は互いに小さなグラスをかちんと合わせて一気に飲み干さなければいけません。
干杯とは文字通り、杯を干す行為であって、中途半端に残すことは許されないのです。
中国でのマナー本などには、逃げ道として「随意」というと干杯しなくていいことになっていますが、ビジネスではなく仲間の集まりでそんなことするのも無粋です。

結局、あまり美味しいとは思えない高粱でつくった白酒を気持ち悪くなる一歩手前くらいまで呑み続けて解散になりました。
順平さんの奥さんのみ涼しい顔ですが、あわれ男性陣はみなふらふらしています。

翌朝、予定通り楊さんはホテルまで車で迎えに来てくれましたが、様子がヘンです。
哀れ、愛車の前方に擦った跡が激しくあって、道中何かがあったようです。
失礼かなと思い気付かぬフリをしていましたが、昨日の酒が影響していたのだとしたら、まことに申し訳ないとしか言いようがありません。

そのせいかは分かりませんが、楊さんの家付近の広東料理店で飲茶の朝食をいただいてから車は自宅の駐車場に戻し、そこから歩いて撮影を開始しました。
楊さんは、夜から撮影の仕事があるということで、夕方までの撮影ということにします。
わたしも明日の早朝に帰国の途につくので、スケジュール的にはありがたいところです。

さて、今日の作例は、深圳でいま進出甚だしいドリンク屋スタンドというのか、冷たい飲み物を売るお店です。
といっても果物を絞ってジュースを出すというのはほとんどなくて、香料たっぷりのマンゴー味シェイクとかキウイ&オレンジシャーベットとか、信用してよいのか分からないようなものばかりです。
ちょうどつい先日の中国紙の報道でも、フルーツ名を使っているのに1%も果汁が入っていないものばかりで、体には良くないと警告を発したと伝わっています。

そういえば、鉱泉水と呼ばれるペットボトルのミネラルウォーターも、中には水道水やひどいのには河の水をろ過した水を使っている偽物が後を絶たないとは中国ではよく聞く話です。
ドリンクスタンドがダメ、ミネラルウォーターがダメでは、いったい何を飲めばいいのでしょう。
やはり白酒?

この店は、まだ開店前なのかシャッターが半分上がりきってないですが、そこに印字された数字が不気味です。
電話番号と思われますが、ほとんどが3つずつ、しかもかなりきれいに整然とプリントされています。
いったいどういう意味でしょうか。
今度、楊さんに会ったら、どういうことか教えてもらいたいと思っています。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/23 Mon

南方的星星

M8/Topcor 5cmF1.5
オーストラリアの旅、最終回です。
ブルーマウンテンズ2日目に少し奮発したホテルに移動し、せっかくですから若干豪勢な食事を楽しもうと思ったのですが、シーズンオフの平日ということでホテルでは食事ができないと言われました。
町まで出てディナーしてくれと、申し訳なさそうに付け足します。

ほとんどの宿泊客が車で来ているようなのでそれでも問題ないのですが、のこのこ徒歩でやって来たわたしは、夜道を20分歩いてカトゥーンバの町まで出ないといけません。
そのカトゥーンバの町もホテルと同じような事情でドアを閉じている店が目立ちます。
金土日のみディナーをやると書かれたレストランがあって、そのへんの事情がよく分かります。
開いているのは、タイ料理屋2軒と中華料理2軒、それにケパブ屋2軒とすべて2軒ずつなのが不思議でした。

これまで食べていないオーストラリアの料理をと考えていたので、これらは見送ることにして、非常にシックなつくりが昼間から気になっていたカフェに入ってみることにしました。
外から見た限りでは、他の店にほとんど客がいなかったのに対して、このカフェだけは満席に近い客がいたので、料理も期待できそうだったからです。

残念ながらカフェということで、オーストラリア料理といえるほどのメニューはありませんでした。
しかし、ウェイターに相談すると、この辺ではよく食べられているカボチャのスープがあるというのでお願いし、料理はビーフのハンバーガーと悩んで、バラマンディ・バーガーというのにしてみました。
店にはワインやビールなどのアルコール類は一切なかったので、アップルジュースをたのんで、最後の晩餐にします。

バラマンディといっても一般の人には何のことか分からないと思いますが、これは魚の名前です。
わたしはひと頃ルアーフィッシングに凝ったことがあって、オーストラリアのバラマンディはいつか挑戦してみたいターゲットだったのです。
バラマンディは、スズキによく似た魚で、日本の四万十川河口近くなどに生息する幻の魚、アカメが近縁のようです。
ファイティングスピリットがあり、ルアーでヒットさせると、フックをはずそうと猛ダッシュしたりジャンプするなどして釣り人を魅了するといいます。
体長も大きいものでは1メートルを超える、淡水魚としては大型の魚です。
釣りをやめてだいぶ経ってから、いただくことになったのは我ながら不思議な感覚ですが、白身で意外に淡泊な味は、フィレオフィッシュをずっと美味しくしたハンバーガーでした。

いえ、食べ物のことを紹介したかったのではなく、そのとき接してたスタッフの皆さんがあまりに暖かく親切で、すっかり感動してしまいました。
長く離れていた旧友が久しぶりに帰って来た、というように歓待してくれます。
やはり日本の惨状とわたしの受けたであろう心の傷をたいへんに気遣いながら、地震のことやその後のがんばりについて話を聞こうとします。
わたしも、つたない言葉で必死になって説明します。
ぼろぼろの英語でも、相手に熱心に聞く意思があれば、じゅうぶんに伝わるもののようです。

ずいぶん仕事の邪魔をしてしまったので、明日のランチにまた来ることを約束して宿に戻りました。
約束通りたずねると、待っていたといってリザーブしていた昨日より良い席に案内してくれました。
満席に近い客がいるにも関わらずです。

ランチなので昨日美味しかったカボチャのスープとパンケーキをたのみましたが、このパンケーキもたいへん美味です。
聞くと少し離れた場所に農場を持っていてすべてオーガニックで栽培した野菜や穀物、果物などで作ったものしか出さないのだそうで、美味しいだけでなく安全な食品だと自慢しました。
そうだ、もしよければその農場を見に来ないかと誘ってもくれます。
午後、早めにシドニーに戻るつもりでしたが、予定変更して農場まで連れて行ってもらいました。

農場までは高速道路を1時間も走ったところにありました。
途中、農機具や干し草を買ったりしますし、道中は途中からずっと左右が牧場の道で、夕日に緑が美しくまるで小旅行のようです。
ようやく着いた農場ですが、規模はかなり大きく、敷地内でカフェとパン工場まで持っていました。
オーガニックで育てた小麦から作る焼きたてのパンやピザの美味しさが評判で、田舎の国道にぽつんとあるカフェながら多くの人で賑わっていました。

さっそく到着したメンバーでピザをいただきましたが、これは今まで食べたことのない美味しさです。
生地というかパンの部分が甘みがあって食感と歯ごたえが好く、自然の恵みとか平凡な言葉しか思い浮かびませんが、この旅最高のご馳走でした。
彼らも、これを食べさせたくて連れて来たんだよと笑っています。

よければ農場や工場ではたらく従業員たちに紹介したいというので、彼らがみんなで食事している中へあいさつに行きました。
わたしが昨日今日と話したわたし自身のことや、日本の地震のことを交えて紹介してくれました。
それは、かなり長いものだったのですが、20人くらいいたでしょうか、みんな親身になって熱心に聞いてくれます。

その後、わたしに対して何かしゃべれと声がかかりました。
もちろんこれまでの感謝の気持ちでいっぱいでしたし、震災に対する外国の人たちからの支援に対するお礼ということもあったので、何か言わないといけないと思いました。
しかし、突然のことですし、しかも英語で何を言えばいいのでしょう。
窮鼠猫を噛むではありませんが、みんなが食い入るように見つめる中で、まるで演説するような環境で、にわか日本代表のような感謝とこれからの決意を述べました。
それは5分くらいのものだったと思いますが、30分以上に感じられるわたしにとってたいへん辛い時間でしたが、みんなが暖かく声をかけてくれて救われました。

農場と農作物を見せてほしいということをお願いしていたのですが、それどころではなくなって、農場を案内する頃にはすっかり夜になっていました。
遅くなってしまったため、電車で帰るつもりがあのホステルまで2時間かけて送ってもらうことにまでなってしまいました。

やはり農場は真っ暗で、このへんに何があると説明してもらってもまったく見えません。
そんな説明をしても無駄だと気付いたのか、話はいつの間にか、オレも若いころには旅したなあとかそんな話になりました。
そこで突然思い出したことがありました。
むかし読んだ本の中で、オーストラリアをワーキングホリデーで働きながら旅して、いつも夜は野宿だったが南十字星がずっと見守ってくれていたというような話でした。

それ以来南半球を旅する機会があったら、南十字星を見てみたいと思っていたと言うと、みんなで南十字星探しが始まりました。
知名度の割には地味な存在のようで、なかなか見つかりませんでしたが、青年があれがそうだとわたしのすぐ横に立ち指差した先を見るよううながしました。
ちょっと分かりにくかったのですが、彼の指先に顔を近づけてよく見直すと、その先には確かに十字架のかたちが明るく輝いているのをはっきり見ることができました。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/22 Sun

床与早餐

M8/Topcor 5cmF1.5
5月は、南半球オーストラリアは秋だということも忘れていました。
シドニーでは、日が出るとそこそこ暑くてTシャツでいてちょうどいい初夏のような気候だったので、秋だということに気付かなかったのです。
ブルーマウンテンズに着いて、紅葉しているのを見てびっくりしてしまいました。

たしかに夜はかなりひんやりしますし、曇っていると涼しいのですが、やはり日が出ると半袖で十分です。
作例のように、楽しそうに戸外でランチをとる姿がそこここで見られました。
わたしも対抗してアウトドアで食事します。
といっても、ホステルの無料パンに、スーパーで買ったチーズとハムを挟んでつくったサンドイッチです。

それでも、ワインでもあれば雰囲気は一気に増しますが、かわりの豪州式の濃厚な牛乳がサンドイッチにぴったりしでした。
ワインは、初日の夜、カトゥーンバの町で地元産のシラーズを薦められ購入し、テイクアウトの夕食のケパブとともに愉しみました。
これは旨かったですし、翌日はメルローを堪能しました。

オーストラリアではせめてワインをの目的も達成できましたが、がっくりだったのはワインショップでトラベル用ワインオープナーを見つけて買ったのに、3000円以下のワインにはコルクが使われておらず、1度も使う機会がなかったことです。
しかし、3本飲んだワインはすべて1000円前後でしたが、ビジネスクラスの機内でいただいたオー・ポルドーのカベルネ・ソーヴィニオンにひけをとらないほどすべて美味です。
おかげで、帰りのエコノミーで飲んだものは、甘くてぶどうジュースに感じられました。

宿についても言及しておきます。
カトゥーンバでは2泊したのですが、ブルーマウンテンズロッジというカントリースタイルのホテルを見つけました。
料金も5000円ほどと安かったのですが、シャワーはシェアしないといけませんでした。
そこで、翌日は部屋にシャワーのあるホテルに移りたいとロッジのオーナーに言うと、いいところがあるとブティックホテルを紹介してくれました。

このホテルは、オーストラリア滞在中、唯一しっかりしたホテルでしたが、リゾート地のウィークデイ利用と言うこともあって、7000円ほどとこのクラスとしてはかなり割安でした。
このあたりに点在したホテルは、モーテルタイプとブティックホテル(日本で言えばペンションとリゾートホテルの中間的存在)があり、後者では30000円くらいまでするところもありました。
もっともそういう宿は、絶好のロケーションで部屋からブルーマウンテンズの山々を一望できることを売りにしています。

わたしのホテルも眺望こそありませんが、手入れの行きとどいた庭園があって、積もった枯葉が秋色の空間を作り出していました。
今までの宿ではM8のバッテリーを充電するために冷蔵庫のコンセントを抜かないといけないような状況でしたが、ここにはドライヤーが常備されていて、熱いシャワーにふかふかタオルと当たり前のことをやっと利用することができます。

周囲にB&Bがあるせいか、このホテルでも朝食が付いていました。
ただし、コンチネンタル・ブレックファーストで、わたしには十分でしたが、少しものたりないかも知れません。
困ったのは平日のため夕食を出さないことで、夜は町はずれの宿からカトゥーンバの街中まで20分歩いて食事にいかないといけません。
実はそのおかげで、旅の最後にすばらしい出合いをすることになるのですが、それについてはオーストラリアの旅最終回の明日書くことにします。

このホテルには宿帳があって、世界各国からの旅行者が名前と出身国、感想を書き込んでいました。
ぱっとめくってみると、オーストラリア、イギリス、ドイツ、オランダ、アメリカ、ブラジル、アルゼンチン、シンガポール、タイと世界各国からの書き込みが見られます。
Very Nice, Great, Cozy, Good sleeping, Wonderful...とみなさん、いろいろな言葉で宿を称賛しています。

日本人の書き込みが見られなかったので、わたしはペンをとって次のような感謝の言葉を書くことにしました。

この地を訪れた日本人を代表して感謝申し上げます。世界中の皆さんからの援助と励ましの言葉をいただき、ありがとうございました。
次はわたしたちが皆さんをもてなす番です。
ぜひ、日本にいらしてください。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/21 Sat

澳大利亜的少数民族

M8/Topcor 5cmF1.5
わたしは、中国では少数民族を訪ね、生活を垣間見せてもらうことをライフワークのようにしています。
オーストラリアでは、アボリジニと呼ばれる先住民族が知られていますので、彼らと接することは今回の旅の目的のひとつにしていました。
しかし、事前になんらリサーチもしていなかったため、現地に入ってから自分の考えがいかに適当であったかを思い知らされることになります。

愚かにも、オーストラリアにはアボリジニ族という民族がいるのかと思っていましたが、そうではありませんでした。
アボリジニとは、原住民と言う意味の単語なのだそうです。
しかも、少し差別的なニュアンスを含んだ。

ホステルでそう教わったわたしは、先住民族と言う言い方に切り替えなくてはなりませんでしたが、何と言えばいいのか分かりません。
Original people? Native people?
結局、答は分からず、帰国後すぐに調べて Indigenous people というのだとやっと知ることができました。

そのオーストラリア先住民は、ひとつの民族だけではなく、700以上の民族があることが知られているようです。
先祖は、恐らく5万年以上も前に上陸したとされ、隔絶した大陸の中で、独自の文化をはぐくんでいきます。
ブーメランやアボリジナル・アートと呼ばれる素朴な美術は、その端的なもので、日本でもよく知られるところです。

1788年、イギリス人がオーストラリアを侵略し植民地化します。
免疫を持たない先住民は、外国人と接したことによりさまざまな病原菌に感染して亡くなってしまいます。
また、初期移民の多くが、イギリスの流刑囚だったため、ハンティングのようにして先住民を殺戮してしまうようなことが実際にあったようです。

白人による先住民の殺戮はさらに続きますが、あまりに生々しくここに記すのは避けることにします。
一例として、タスマニア島にいた4万人の先住民は絶滅したそうです(某団体による調査捕鯨船への暴力行為はこれらの再現?)。
オーストラリアの先住民すべてが絶滅する危機もどうにか乗り越え、現在では35万人(オーストラリアの人口の約2%)にまで回復しています。
ただ、いまだ差別は存在し、格差の問題も解決していないようです。


作例写真は、スリーシスターズの近くで、観光客相手に民族楽器を演奏することで収入を得ている青年です。
あいさつして近づいて行くと、どうぞ隣にかけてと、いろいろな話をしてくれました。
近くの集落に住んでいて、毎日のようにやって来ては、低く深く響く楽器を吹いて観光客を楽しませています。
名前はコーラー。
写真では、怖い顔を自演していますが、こんな白塗りでも明るくおだやかな表情が、彼のやさしい人となりをよく表していました。

前述のように先住民のことを知ったのは帰国後のことだったので、彼とは日常的なことしか話はしませんでした。
今思えば、白人に対してどう考えているかとか、オーストラリアは本来どうあるべきだとか、本来聞くべきことはいっぱいあったかも知れません。

ですが、あの場でそんなことを聞いても所詮は興味本位でしかないと言わざるを得ません。
日本人のわたしは、先住民の価値観を共有できるとは認められないでしょうから。
それは、お互いをよく知ってからできる会話と言うことになります。
ほとんどただひとり見かけた先住民の彼とは、もう少し早く知り合えられればよかったのですが。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/20 Fri

三姐妹

M8/Topcor 5cmF1.5
グレートバリアリーフとエアーズロック。
わたしがオーストラリアと聞いて思いだせるのはその程度のものです。
しかし、わたしが滞在したブルーマウンテンズもそれらに匹敵するような重要なエリアであることは帰国した後知りました。
昨日、軽々しくオーストラリアの軽井沢のように表現してしまいましたが、とんでもない認識不足だったようです。

ホステルでもらったちらしにも、いかにすばらしいか記載されていましたが、語学力不足で一部しか理解できず、到着してから買ったトレッキングガイドは、面倒くさくて地図以外読むことすらしませんでした。
唯一、当地の英文フリーペーパーに、ただ一部分だけ日本語で書かれた記事が印象に残りました。

太古の時代、オーストラリアの先住民族同士がいさかいを始め、それは戦争にまで発展しました。
一方の民族には美人で名高い3姉妹がいます。
戦局が悪くなってきて、3姉妹の略奪を恐れた聖職者が魔法で彼女たちを岩に変えて身を隠します。
しかし、こともあろうにその聖職者が戦死してしまい、誰も彼女たちを元に戻すことができなくなってしまいました…。

このような伝説だったと思います。
その3姉妹とは作例写真の3つ並んだ岩です。
人物写真ばかり毎日出しているこのブログで人が写っていないと思われたかも知れませんが、この3つの岩こそ美人姉妹なのです。
ついでに言えば、左側の岩の左側にくぼんだところがあって橋で渡れるようになっているのですが、そこに人がいるのが見てとれます。

滞在中、毎日会いに来た3姉妹でしたが、この朝見た光景は強い日差しを浴びて、背景には雲が渓谷沿いに低く白い絨毯をつくってたいへん美しいものでした。
前日とこの日は、トレッキングしてひとり周囲を歩いてみましたが、緑と清流に包まれて全身でも自然を味わい、この地を訪れたことを感謝せずにはいられません。

さて、ブルーマウンテンズについても説明しないといけません。
コーヒーとは関係ないことは前に書きました。
ここでは、本来現地で入手した資料等を独自訳してご紹介したいところですが、手抜きでオーストラリア政府観光局の紹介分を一部抜粋させていただくことにします。

ブルーマウンテンズの特徴は、植物が自生し動物が生息する、世界でも抜きん出た多様な生態系があることが挙げられます。
そこには地球上に現存するユーカリ種の90種もが自生しています。
ごつごつした台地と深い谷を覆うユーカリの大森林から細かい油分の粒子が大気中に放たれ、これが明るい陽射しに作用して、青い霞が生まれます。
そうして山が青く見えることから、ブルーマウンテンズと言う名前で呼ばれることになりました。

ただひとつだけ残念なのは、トレッキングコースの先に、シーニックワールドという施設があって、このすばらしい自然をぶち壊しにしていることです。
ロープウェイや急勾配鉄道があって一面の大自然で異様をさらしています。
おまけにこの鉄道がアトラクションになっているそうで、乗客が悲鳴や歓声をあげるので視覚的のみならず聴覚的にも不快感をあおります。

自然を愛するはずのオーストラリア国民ですが、この存在はどうしたことかと問いたいと思います。
某反捕鯨団体の皆さんにも、ぜひこの姿を見てもらい、彼らにはまず時刻にあるシーニックワールドの撤去と自然の復元を達成してから、他国の文化を批判なさいなどと何とはなしに考えざるを得ませんでした。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/19 Thu

雪鉄龍DS

M8/Topcor 5cmF1.5
この美しいシルエット、シトロエンDSのようです。
未だファンの多い名車ですが、日本ではまったく目にしたことがありませんでした。
思わず駆け寄って、何枚も写真を撮ってしまいました。

そんな様子を見ていたのでしょうか、車の主がやって来ました。
車にいたずらするなとか言われるかと怯みましたが、にこにこしているのでそうではなさそうです。
案の定、いい車だろう、と話しかけて来ました。

シトロエンDSは1955年に発売されたが、わたしのは残念ながらずっと後期の1965年頃のものなんだと紹介してくれます(実際は1974年まで製造された)。
今の車では絶対に味わえない独特の走りがそこにはあると自慢も始まりました。

わたしも負けません。
いま撮影しているカメラは最近のデジタルだが、これのもとはDSより1年早い1954年にデビューしたライカM3で、このカメラだってそのフィーリングを活かしている。
レンズはさらにその1~2年後に設計されたもので、描写の味わいは独特でDSの走りにも匹敵するんではないかと思う。
メーカーの合理化によってすぐに製造中止されてしまったため、あまり市場に出てくることのない希少なものである等々。

さすがに彼は、カメラやレンズには関心が無いようでしたが、わたしが彼の話を聞いていた時そうだったように、じつに興味深げににこにこした表情を崩さず聞いていてくれました。
言葉が伝わりづらくても、畑が違っても、旧き好きものを愛するという共通点で通じ合えるものがあるのですね。

カトゥーンバは、シドニーから鉄道で2時間、ブルーマウンテンズ国立公園の観光の拠点で、同時に避暑地のようでした。
軽井沢のような存在と言えます。
芸術家や自由業の人も集まっているようです。
40歳代前半に見えた彼も、そんなひとりなのでしょう。

彼は、もう出掛けなくてはとわたしに別れを告げ、車を駆って去って行きました。
ですが、なぜか彼が乗って行ったのは前方に停めてあったゴルフの方です。
主人公のはずのシトロエンDSは、取り残されたように1台その場に置かれたままでした。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/18 Wed

垃圾回收

M8/Topcor 5cmF1.5
カトゥーンバの2日目、早起きして朝の空気を楽しもうと歩き始めると、びっくりするような光景を目にしました。
車から手が伸びて、大きなゴミ箱をつかんでゴミを呑み込んでいます。
トラックがロボットに変身する映画を連想させます。
宿を出てすぐの場面だったので、あわてて宿に戻り、カメラを取ってきました。

なんだかボケボケになってしまいましたが、ゴミ箱のゴミを回収する様子は伝わるかと思います。
運転席の真後ろから伸びたアームが上から伸びてきてゴミ箱をホールドし、そのまま持ち上げて真上のところで上下反転させて中のゴミを車の上部にある入口に落とし込んでいきます。

撮影して見とれていると、運転手が顔を出してこっちへ来いと手を振りました。
なんで写真を撮るんだと怒られるのかなと恐る恐る近づくと、おまえはこういうことに興味があるのなら詳しく教えてやろうと言っています。
こっちへ来いと助手席側に座らされました。

説明が始まり、それが逆だとすぐに分かりました。
イギリスの影響と言う共通点があるからなのでしょう、オーストラリアは日本と同じく車は左側を通行します。
なのに写真では分かりにくいですが、運転手は右ではなく左に座っています。
そして助手席と思った右側の座席も助手席ではありませんでした。
なんとこの車は、両側にハンドルが付いています。
いえ、ハンドルばかりかクラッチ、アクセル、プレーキのすべてが左右両座席に付いていました。
彼の説明では、普通に運転する時は右側の座席に座り、ゴミ回収するときは作業しやすいように左座席に移動するのだと言います。

続いてこれを見ろと座席の真ん中にあるモニターを示しました。
一見カーナビのようですが違います。
回収したゴミをモニタリングするためのテレビなのだそうです。
ゴミはリサイクルと焼却用の2種類に分別することが各家庭に義務付けられていますが、この車はリサイクルゴミ回収用で、このモニターを目視してリサイクルゴミ以外のものが混入していないか確認するのだそうです。

カトゥーンバは保養地のような人口の少ない土地で、幅の広い道路の左右に別荘のような大きな家が一定間隔で並んでいます。
それぞれの家の前の道路と歩道のあいだくらいに色違いのゴミ箱が2つ置いてあって、彼は確か黄色だったかの箱を車を器用に操作して次々とゴミを回収していきます。

いくつか質問しました(仕事中でしたので短時間でしたし、わたしの語学力の問題で誤解があるかも知れませんし、何より突っ込んだ質問ができていないことはあらかじめご了承ください)。

このようなシステムは家屋の密度が高いシドニー中心などの都会では実施していないが、郊外の町などでは多く採用されている。

運営は地方自治体が行っていて、専門の業者が(たぶん)入札して事業を請け負っている。

各家庭は、おおむね月1000円程度のシステム利用料(?)を自治体に支払っている。

各家庭の分別はしっかりしていて、ほとんどきちんとリサイクルゴミが入っている、等々。

そんなことを答えながらも淡々と仕事をこなす彼の姿はたいへん印象的でした。
とかくゴミの回収と言うとあまり表に出たがらないようなイメージでしたが、彼はプライドを持って働いていることが如実に分かります。
ゴミは生活する上でかならず出てくるもので、それを本来やらなければいけないリサイクルに確実に回すことがひいては地球にやさしいということになるのだと思いますが、それを実践しているのが我々なのだと言う自負があるということなのでしょう。

日本でも子どもの将来なりたい職業に大工が選ばれているようですが、建物と言う目に見えるものを作る大工は、リサイクルの過程に関わるゴミ回収の仕事がいずれはゴミを再生させるという目に見えないものを作る仕事と変わらないのだと言うふうにも考えられているようです。
素晴らしいことです。

仕事の邪魔したことを詫びつつお礼して車から降りると、逆に興味を持ってくれたことをありがとうと握手してくれました。
ささやかですが、日本でも紹介できないかと思った次第です。

直後、幸運にも、今度は焼却ゴミの回収を目撃することができました。
車両は若干違いましたが、観察するとやはり両サイドにハンドルが見え、同様の発送で回収していることが分かりました。
しかし、回収法はだいぶ異なっていて、こちらはふたりひと組で、運転手がリサイクル同様アーム操作でゴミ箱を持ちあげましたが、それは車両後部の台に乗せられ、あとはもうひとりがゴミ箱を反転させて回収口に落とし込んでいました。

車両後部の構造は、日本のゴミ回収車とそっくりでゴミが投入されると鉄板状のものが回転するようにして、ゴミを奥まで押し込んで行きました。
それと、車体に書かれた会社名がリサイクルのそれとは違っていましたので、焼却ゴミの方は違う会社が落札したことが分かります。

欧米では押しなべて日本より進んだゴミのリサイクルが行われているようですので、たまたま見かけたオーストラリアの郊外方式がどれだけ良いものなのかは分かりません。
わたしの説明もつたないですし、もっと突っ込んで確認すべきところもあったでしょう。
ただ、わたし自身は、オーストラリアの地へ来て本来目にするべき美しい風景や街並み以外に、このような生活に接した部分を垣間見ることができて、この地へ来た甲斐があったとようやく感じられたところです。
ほんのちょっとしたところからその国の社会の一端が見えてくることがあったりすると思いますが、ゴミ回収システムもきっとそんなひとつと言って同意してもらえるでしょうか。


【M8/Topcor 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/17 Tue

澳大利亜的藍山

M8/Topcor 5cmF1.5
オーストラリア滞在を短くできればありがたかったのですが、残念ながら認めてもらえませんでした。
ルール上変更不可ですし、ダメだろうなと半ば期待してもいなかったので、発想を切り替えることにします。

シドニーにずっといても仕方ないので、のんびりできるリゾートのようなところへ行けないかなとは考えていました。
ホステルには、ツアーやホテルのパンフレットが壁一面にずらーっと並んでいて、シドニー付近では海と山の両方の選択肢がありそうだと分かりました。
郊外のビーチで波の音を聞きながらのんびり過ごすというのも魅力的でしたが、山を個人トレッキングしたりペンションのような宿でまったりするというのも良さそうです。
市内の散策で海は観ましたし、5月は初秋で紅葉も楽しめるというので、山の方を調べてみることにします。

何か所かあるように見えたシドニー近郊の山ですが、パンフレットをよく見るといずれもひとつの国立公園のエリアだということが分かりました。
その公園とは、ブルーマウンテンズという名前で、もしかしたらコーヒーの産地か何かではなかったかななどと寝ぼけたことも考えます(コーヒーのブルーマウンテンはジャマイカでした)。

ほんとはまたツーリストインフォメーションまで行くべきなのですが歩いて30分以上かかるので、手抜きでホステルのレセプションで聞いてみます。
青年は、ブルーマウンテンズはすばらしい、、ぜひ行くべきだと大絶賛で、アクセス方法を調べてくれます。
こういう宿ですから、パンフレットまで置いているツアーではなく、個人で行けと真っ先に言うところに信頼を感じました。

鉄道は、セントラル駅から毎時09分に1本だけでていることを調べてくれたことに礼を述べます。
ところで、そんなに薦めるあなたは何度も行ったことがあるのか聞くと、行ったことがないと言います。
オーストラリア人ってああいう自然が大好きなのではと再度聞くと、いや、オレはブラジル人なんだと笑っています。
行ったことのない外国人の推薦と言うことで信頼は揺らぎますが構いません。

むしろ心配なのは観光客が多すぎることで、さいわい明日は月曜なのできっと空いているでしょう。
それにパンフレットにワールドヘリテージと書いてありましたので、世界遺産のようなので、選ばれただけの理由があるところだと期待できます。
ただ、日本だと世界遺産ならパンフレットのいちばん目立つ所にそう書きそうなものなのに、文章を読んで初めてそれと分かる程度にしか世界遺産と書かれていないことに、感心しました。
世界遺産だから行く価値があるのではなく、これこれこういうものがあってそれで世界遺産になった、世界遺産かどうかは行くか行かないかの判断基準ではない、というのが健全な発想と言うことです。

月曜の朝、駅前のスーパーでちょっとした食材を調達しました。
前にも書きましたが、わたしが宿泊したホステルはパンが自由に食べられるのがウリだったのですが、宿泊した土日には入荷せず食べられずにいたところ、月曜朝のチェックアウト時にパンが運ばれて来たのでしっかりもらったのです。
パンだけでバターも何もなくては味気ないので、スーパーでチーズやハム、ミルクなどを買い足して、宿での朝食用に、あるいはトレッキングする場合はランチ用にするつもりです。
スーツケースはホステルに預けましたが、カメラ用のバックパックは食材と着替えでパンパンになってしまいました。

スーパーの買い物で時間調整してうまい具合に教えてもらった1時間1本の列車に乗り込みましたが、どうも様子が違います。
カトゥーンバという駅で降りろと言われていたのですが、地図を見るとそのずっと手前行きだと分かります。
結局、その終着駅で40分ほど待って次の列車がカトゥーンバまで行くと駅員に教わりましたが、最初からその電車に乗っていれば、40分を無駄にする必要はなかったのですが。
いったいレセプションのブラジル人は何を調べていたのでしょうか。

作例は、カトゥーンバの朝見かけたホームレスです。
高原と言うか、山間の土地なので、夜間はかなり冷え込むのですが、バス停で一夜を明かしたようですね。
翌々日カフェで、オーストラリアでは外国人に対してワーキングホリデーがあるように、国民もバックパックひとつで移動しながら仕事をする青年が多いと聞きました。
その彼にこの写真を見せて、彼も働きながら移動しているそんなひとりだろうかと聞くと、いいや、違うホームレスだと断言します。
どうして分かるのとたずねると、下に置かれたウィスキーがその証拠だと笑って答えてくれました。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/16 Mon

聖佐治龍

M8/Topcor 5cmF1.5
前日、航空会社のオフィスの位置をツーリストインフォメーションに聞きに行った時、もうひとつ質問をしていました。
この土日にサッカーかラグビーの試合があれば、ぜひ見に行きたいので日程を調べてほしいというものです。
フットボールかラグビーという聞き方をしたら、フットボールのゲームがあるというのですが、そのフットボールとは日本で言うラグビーのことでした。
よく分かりませんが、ラグビー王国のオーストラリアにはラグビーはなく、サッカーもラグビーもフットボールと呼ぶようです。

まぎらわしいのでここでは日本式にラグビーと表記しますが、その競技場がシドニー空港から比較的近いということが分かりました。
空港へ安く行く鉄道とバスを乗り継ぐ方法、そしてまた空港から競技場までの行き方までも指南してもらいます。
そこで、まずは空港へ行って、フライトスケジュールの変更をお願いし、ついでに空港なので無料のインターネットを借り、その足でラグビーを見に行こうという虫のいい計画を立てました。

しかし、はるばるやって来た空港で早速挫折感を味わわされます。
航空会社の対応はかたくなで、日程変更には一切応じようとしません。
やぶれかぶれで震災の影響を理由にどうしても香港まで早目に戻らなくてはならななったと説明しましたが、まったく同情のかけらもなく、ないしは軽くウソは見破られて、何が何でもこいつの言うことなんか聞かないという態度です。
時間の無駄ですのであきらめました。
チケットに書かれた通り、木曜の朝までオーストラリアにとどまらざるを得ません。

続いて空港のフリーインターネットアクセスコーナーに向かいましたが、ここでも用事を済ますことができません。
プライベートな事柄は表示できないような設定になっているようで、開きたいページに進んでくれませんでした。
結局、この夜、ホステルそばのコンビニに行って、ビールはありませんと言われつつPCを借りて用事を済ませました。

この分ではラグビーも観れないのではと不安になります。
実際、インフォで聞いた鉄道駅は最寄り駅では無く、いろいろ尋ねても誰も場所を知らないと言います。
最後の手段で、タクシーに聞いたらそこまで2キロほどだというので、お詫びしてそのタクシーを利用せず、歩いて競技場を目指しました。
なるほど、もう1駅乗車すれば徒歩10分でしたが、手前の駅だったので30分以上歩くことになりました。

つぎにチケット売り切れの心配がありましたが、指定席はほんとうに売り切れていたものの自由席というか芝生席が試合開始1時間前でも入手できました。
2500円ほどです。
入場するや否や、記念にとラグビーのジャージを買ってしまいました。
これは13000円ほどとかなり高価でしたが、もう勢いです。

そこで観たのが、セント・ジョージ・バンク・ドラゴンズという赤と白を基調にしたジャージのチームでした。
かなりの人気チームで、ほとんどの人がそのジャージを着て応援しているので、わたしもスタンドに溶け込むべく買ったばかりのジャージに着替えます。
ほとんど満員の2万人が集まり、いい盛り上がりを見せつつ試合に入ります。

しかし、このラグビー、わたしたちが見慣れているそれとは少しルールが違います。
タックルを受けてボールが出せなくなると、モールやラックというものがなく、そのまま相手が離れてダウンボールしてその地点から組み立て直すことになるようです。
パスをばんばんつないでいき、つかまるとそこをポイントにパスをつないでいく、時にパントで突破を狙う、そんな繰り返しのラグビーです。

ノックオンがまったくなく、スクラムも2回くらいしかありませんでした。
そんな中で、ホームのドラゴンズがトライを立て続けに奪って圧勝しました。
すばらしい、大盛り上がりです。
作例は、トライが決まって大歓声が上がった瞬間ですが、選手が集まるのはもちろん、テレビカメラマンやボールボーイまでグラウンドに乱入してしまっているのがなかなかユニークです。

そのドラゴンズに関して、後日譚というかちょっと繋がりある話があるので、ついでに書き留めておきましょう。
ひとつは、セント・ジョージ・バンクという名前から分かるように、同名の銀行が存在するということが分かりました。
見つけたのでさっそく、クレジットカードのキャッシングをすると、他行でとられる手数料がかかりません。
レートの比較をしていないので、本当にお得かは分かりませんが、以降はここでキャッシュを引き出すことにしました。

もうひとつ、これは話が飛んで、香港空港でのことです。
いよいよ旅の終わりの帰国日、着るものがなくなって仕方なくドラゴンズのジャージを着て空港を訪れました。
X線検査のところで、香港の空港職員に、おぉ、ドラゴンズと呼び止められました。
なんでもこの職員はシドニーに留学経験があって、週末に何度か試合を見に行ったのだそうです。

非常に懐かしい思い出だなどと言うので、わたしにとってもオーストラリアを旅した大切な思い出だと握手を交わしました。
固いはずの空港職員と話をして、握手までしたなんて、初めての体験でした。
ドラゴンが香港にとって重要な動物たからなのかも知れませんが、飛行機の中から自宅に着くまで、いい歳してこんな恰好で移動したのは、かなり恥ずかしかったものです。
もちろん、日本の税関職員はドラゴンズには何の関心も示しませんでした。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/15 Sun

旅伴

M8/Topcor 5cmF1.5
いつだったか夜、カメラを持ってシドニーの街を歩いていたら、声をかけられたことがありました。
スケートボードの20歳くらいの青年で、何というレンズなのと聞いているように感じました。
まさか、カメラのことを尋ねているのだと思い、これは一眼レフではなくてなどと説明し始めると、知ってるよライカでしょ、だからレンズは何か教えてよ、と同じことを2度も言わせてしまいました。

東京光学のトプコール5cmF1.5というレンズさ、だいたい55年くらい前の日本製レンズ…。
すげえ、小さいのにF1.5かあ、トプコンは聞いたことがあるけど、ライカ用レンズは始めてみた。
どうして、そんなに詳しいの。
愛用のカメラがベッサなんだ、サンキュー、素敵なものを見せてもらって。

そんな会話をして、彼はボードに乗って去って行きました。
あっというまの出来事です。

電車に乗って郊外に行った時はこんなことがありました。
首からカメラを提げて改札を出ると警備していた警官に呼び止められ、一瞬びびっているとクールなカメラだね、フィルムなのと声をかけてきたのです。
いや、デジタルです、ほらと液晶を見せ、1920年代から続いている小型カメラの元祖で、今でも当時のレンズが使えるようにデジタルになってからも同規格で作られ続けてるんですと説明すると、すっかり感心しています。

その55年ほど前のレンズの描写を液晶で見せると、何ごとかといつのまにか集まった警官とギャラリーが、すげえとか声をあげています。
すげえ、は大げさですが、たぶん、ここにいる人すべてライカも東京光学も知らないに違いありません。
彼らにとってカメラは、ニコンかキヤノンのいずれかなのでしょう。

これは別の場面でしたが、現地の人にいちばんうけたのが作例の写真でした。
わたしは、新しい一眼レフを使ったことがないので、最新レンズを逆光で撮って目立つゴーストが出るのか分からないのですが、きっとこんな画像を作っているようでは欠陥レンズとして返品されてしまうのでしょう。
ただ、彼はしきりに美しいと嘆息しています。

3月に中国へ持参したこのトプコールは偏芯があったため、MSオプティカルの手により修理してもらいました。
そしてトプコンレンズの第一人者トプガバーチョ氏からトプコール5cmF1.5の素晴らしさの太鼓判を押していただいたので、このゴールデンウィークはトプコール1本で行こうと決心したのです。

別にトプコールでなく、ニッコールでもキヤノンレンズでも外観はそっくりですから、同じようにシドニーを歩いていれば同様に声がかかったことでしょう。
にも関わらず、わたしにはこの曲折を経て復活したトプコールを持っていったことが、何人かからカメラやレンズに対して声をかけてもらった理由ではないかと思っています。
ひとり旅では、カメラやレンズまでもが旅の相棒です。
そんないとしい連れに対して声をかけてもらって嬉しくないはずがありません。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/14 Sat

東悉尼酒店

M8/Topcor 5cmF1.5
物価が高いことは幾度か書きましたが、困ったのが食事でした。
せっかくの旅だからとまともなレストランへ入って、せっかくだからグラスワインもなどとやっていると1食5000円は下らないようです。
こういうことを比較しても不毛だとは承知しつつも、たった1食が貴州省の旅の5日間の全費用と同額などと考えると途端に腰がひけてしまいます。

昼間の街歩きで観察してみると、アジアのレストランだとだいぶリーズナブルだということが分かってきます。
日本食は高価ですが、韓国料理は若干安くなって、中国料理はそれに準じるようです。
タイ料理になるとぐっと安くなって、インド料理はお手頃、そしてレバノンのケパブになると最安でした。
ハンバーガーやピザのテイクアウェーなんかだと、タイ料理より高い場合もあるので注意が必要です。

朝昼とケチって夕食はちょっとだけ贅沢という選択もありましたが、心配症のわたしは夜もリーズナブル路線をとって、オーストラリア最後の晩餐を少しリッチに、ただし残金に不安があれば最後までケチろうと考えました。
せっかくアジア料理が揃っているので、毎晩、違う国の料理を食べてやれとまで徹底することとします。
もちろん日本食は不要ですし、香港まで戻る予定なので中国料理もパスです。

しかし、この誓いもタイ、レバノン、インドネシアと来て挫折してしまいました。
ホステルと例のコンビニの間にロンドンパブ風の店があって、そこにビストロの表記があったので、今夜はビールでフィッシュアンドチップスにしよう、そう突然思い立ったからです。

少し遅い時間だったせいでフィッシュアンドチップスはなく、黒板にあったメニューの中からラザニアを選びました。
飲み物はと聞かれて、即、ビターと答えるつもでしたが、ここでもわたしは小心者になってしまい、少し考えてオーストラリアでいちばんのヤツをとか言ってしまいます。
出てきたのは、軽いラガータイプのビールでした。
たぶん日本人だか、韓国人かは分からないけど、彼らが飲んでいるのはこういうやつだろうからと気を使ってもらった結果かも知れません。
いまさらビターがなんて言えませんし、もう1杯という余裕もなしです。

テーブルについてビールを大事に大事にゆっくり飲んでいるとラザニアが来ました。
なにか以前、外国キャリアの機内食で食べたことがあるようなそんな味でした。
となりのテーブルの青年がひとり書き物をしながら何か話しかけて来ました。
しかし、聞き取れず、Sorry.と聞き返しますが、やはり何と言っているか分かりません。
今度は、向こうが Sorry.と言ってそれっきり話しかけられなくなりました。
せいぜい旅行者かとか、ここは初めてかとか聞いただけだったと思うのですが。

カウンターにもちらほらビールを飲む人がいるので、何か話しかけてみようかななどと思っていたのが、いまのやりとりで自信喪失してしまいました。
ずっとローリングストーンズがかかっていて、マザーズリトルヘルパーなんて懐かしい曲も流れて、まずいラザニアに替わってこの曲がビールの相手になりました。
しかし、ビールも最後の1滴まで飲みほしたところで、しずかに席を立つことにしました。


それから数日、わたしはシドニーを離れたりしましたが、明日はオーストラリアを発つという夜遅くに同じホステルに戻ってきました。
コンビニでエジプト人店員にお別れを言った後、その向かいにくだんのパブ・ビストロが営業しています。
見ると閉店間際のようで客がありません。
よし、もういちどここに入ってみようと扉を開いてみました。

もう片づけをしているところでしたが、ビール一杯いいですかと聞くと、遠慮なくと笑顔で迎えてくれました。
何にしますかと聞くので、ビターをと答えれば、ビターも3種類あると言います。
少し考えて、今日はオーストラリア最後の夜だから、最後に会話したあなたの薦めるものにしたいんですと言ってみました。
だったら、これですね、そう言いながらサービングされたビールを目の前に置き、どこへ帰るのかと聞きます。
あなたがたをはじめ多くの国から助けていただいたところです。
日本か、あのツナミはひどかった…。
会話がわたしにしてはたいへんスムーズに進みました。

旅の間ずつとそうでしたが、地震のこと、原発のことはたいへんなオーストラリアの人にとってもたいへんな関心事です。
ルイスと名乗ったこの青年も真剣な目をして聞きいるので、自分なりに懸命に説明を試みました。
そこへ店の奥からショートヘアの素敵な女性が現れました。
わたしのことを明日日本に帰るお客さんだと紹介するので、名前を言って右手を差し出します。
彼女はリーだと名乗ります。

この店は、彼女の父親がドイツのライン河の村から出てきて、苦労して手に入れたものだということでした。
150年前に建てられた古いホテルを当時の内装のまま、このパブ・ビストロとして経営しているそうです。
ちょっと待ってねと言って彼女は奥からこの建物を印刷した絵ハガキをプレゼントしてくれました。
パブの宣伝用に作ったものですが、歴史的建造物としての立派な観光用絵ハガキ葉書と変わりません。
よく見ると彼女の両親とおぼしき名前が入っていました。

夜にしか来ていなかったので外観を気に留めていませんでしたが、黄色い3階建ての木造はバロック教会のような力強さがあります。
この少し経年変色した古い絵ハガキは、この旅最高のお土産でした。

もう閉店時間をまわっていましたが、1杯だけ飲むのと彼女が何かスピリッツのようなものを自分で注ぎ乾杯します。
リーって Lee なのと聞くと、彼女は絵はがきの裏にスペルを書き込んでくれます。
驚いたことにまず「リー」とカタカナで書いて、ハイスクールで日本語を習ったことがあると笑いました。

リーの正しいスペルは Leigh でした。
説明がなければレイと誤読していたでしょう。
お互い飲み終わりました。
ひとり片づけしていたルイスもとうに終わらせてわたしが出ていくのを待つばかりなのに気付きます。
遅くまで失礼しました、今度来る時は上の部屋に泊めてくださいと言って、席を立ち、ふたりに見送られてホステルを目指しました。

お見せできないのが残念ですが、彼女の書いた Leigh の字体は、パルナックライカの軍艦部分に書かれた Leica にそっくりでした。
もし、わたしがまたシドニーを訪れることがあるとすれば、最初に来なくてはならないのはこの The East Sydney Hotel になるでしょう。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/13 Fri

澳大利亜便利店

M8/Topcor 5cmF1.5
昨日の写真のことに言及するのを忘れていました。
歩きまわってフリーマーケットを見つけたのですが、その入り口で衣類を並べる金髪の美女を狙ったものです。
ホームの中国ではかなり大胆に撮影できるようになってきましたが、アウェイではまだまだで、このくらいの距離がないとシャッターを切れない体たらくです。

旅行中、きれいな女性を多く見かけましたが、ミニスカートは彼女ひとりで異彩を放っていました。
また、フリーマーケットの内部もかなりの美女があちこち出店していて、わたしは売り物ではなく売り子の方に目を奪われていたことを告白しなくてはいけません。
シドニーを訪れた男性諸氏は、週末はフリーマーケットへ。


さて今日の話ですが、今回のホテル、いやホステルというべきでした、そのホステルの最大の自慢はロケーションのよさです。
たとえば、シドニー空港はシドニーのダウンタウンまで10キロほどしか離れていませんが、空港駅から地下鉄に乗って10分ほどでそのダウンタウンの中心タウンホール駅に着いてしまいますが、そこからまた徒歩10分でホステルに到着します。
空港イミグレーションを通過して、わずか30分でもう部屋に入れてしまいます。

もちろん同様のロケーションのホテルは他にも多くあります。
しかし、リーズナブルな宿はどちらかと言うとアクセス不便な(でもかえって環境は良い)、郊外型だったりします。
街中に拠点があるということはマイナス面もありますが、わたしのように1日延々と歩きまわるようなタイプには、ぐるっとシドニー中心1周するなどのケースでちょうど良かったと言えそうです。

ホステルはロケーションがいいことから、さらにレストランやカフェ、パブ、レンタカー、コンビニ、ネットカフェなどが徒歩3分以内にあると強調しています。
到着日の夜は、無事オーストラリアまで着いたことを祝おうと、ビールでも買って部屋でひとり乾杯するつもりでしたので、コンビニが近いのはありがたいことでした。

さっそくコンビニへ出向きますが、徒歩1分と目と鼻の先でした。
ところが、コンビニにはビールやワインなどアルコール類は販売されていないようです。
いちおう店員に「ビールはありますか」とたずねますが「ビールはありません」とつれない返事にがっくりきます。

とんで翌々日、今度はネットで調べごとが必要だったので、ホステルにてネットカフェの場所を聞きました。
すると驚いたことに、おととい、昨日と行ったコンビニがネットカフェだと言います。
たしかに昨日、コンビニにPCが置かれているのは確認していますが。

作例写真も、これは他のコンビニですがPCが何台も置かれたコンビニの様子がご理解いただけるかと思います。
昨日同様、わたしは腰が引けていて、美女にピントが合っていないのが情けないです。
オーストラリアの田舎からやって来た、育ちのよい酪農家のお嬢さんという感じが良かったのですが。

さて、ホステルそばのコンビニにさっそく出向くと、わたしと気付いた店員に、いらっしゃいませではなく、おととい、昨日と同じく「ビールはありません」があいさつ代わりに声をかけられました。
真面目な顔で言ってから、一瞬間を置いてニコッと笑う茶目っ気たっぷりな対応です。

PCを借りるとしばらくして彼は話しかけて来ました。
そして、やはりわたしが日本人だったかと確認すると、地震のことを熱心に聞き、お悔やみの言葉を語りかけてきます。
今度はわたしが彼に訊ねる番で、少しエスニックな顔立ちから南米の人かと思っていたら、まったくのはずれでエジプト人だと言うのでかなり意外でした。
今度はムバラク大統領のことや国民の改革意識を礼賛する話に転じます。
ちなみに彼がイスラム教徒なのでアルコールを置かないのではなく、コンビニではたいがいどこにもアルコールはありませんでした。

延々と話してしまい、ネット使用が半分、雑談半分と言う感じだったからか会計の際、実際の半分くらいの使用時間だったよねと言ってくれましたが、それも申し訳ないので、雑談時間も含めて会計しましたが、1時間あたり300円くらいとまあまあな値段だったので不満はありません。

彼との話はわたしの語学力の問題もあって、あんまりしつこいものではなく、それでいて丁寧に明るく語りかけてくれているのが、印象に残りました。
シドニーを出発する日もフライト時間が早朝だったため、アクセス便利な同じ宿に戻って宿泊したのですが、深夜寝る前にコンビニを訪れて水を買い求めました。

すると、やはりあのエジプトの青年がいて、数日振りに現れたわたしに一瞬あれっという顔をしたのを見逃さず、わたしの方から「ビールはありますか」と先生のあいさつをして、彼の笑いを誘いました。
それでもやはり彼の返事は「ビールはありません」です。

そして、ビールではなくミネラルウォーターをレジに差し出しながら、明日の朝帰国してしまうので、サヨナラを言いに来たんだと説明します。
彼は、ごく自然に右手を差し出し、握手を求めました。
わたしと同じく友情に近い感情を持っていたのだと理解します。
しかし、わたしたちの間に本当の友情がめばえるまでには、あまりに時間が短すぎでした。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/12 Thu

悉尼賓館

M8/Topcor 5cmF1.5
ひとりになって困ってしまったのが宿の問題でした。
ふたりですと、ひとりあたり宿泊費が半額相当なので、まだいいのですが、最長6拍することを考えるとできるだけセーブしたいところです。

しかし、オーストラリアの物価は想像以上に高く、シドニーのホテルも例外ではありません。
わたしの感覚で言うと、日本で言うちょっといいビジネスホテルクラスで12000円以上もします。
いつも中国で2000円出せば、同等以上のホテルに泊まれていましたし、日本でも地方都市の出張などでは5000円くらいから同クラスがあったことを思うと、このレベルの宿泊は辞退することにしました。

日本を出発する前夜、検索して見つけたのは、1泊6000円ほどの宿でした。
いくつかあるホテルブッキングサイトを見比べて、シングルルームで最低ラインがそのあたりと分かりました。
その中で、オンライン予約で500円ほど割引になること、ダウンタウンで比較的アクセスしやすいロケーションにあること、パン・コーヒーが自由にいただけるとあったこと、そして何より同クラスのシングルがシャワーは共同だったのにここは部屋にシャワーがあると明記されていたのが選択の理由でした。

夜8時空港到着ですが、ホテルのホームページには夜10時までにチェックインするように書かれています。
昨日も言及したとおりシドニーまでビジネスクラスにしてもらったため、シドニー空港では優先入国審査というおまけが付いて、鉄道もスムーズ、さらに空港で手にした地図が分かりやすく、ホテルまで余裕で着いてしまいました。

ところが、ホテルの看板には、ホームページのホテル名には付いていなかったバックパッカーの文字が躍っています。
ちょっとやる気なさそうなワーキングホリデー崩れと言った臭いぷんぷんの南米っぽい雰囲気のおばさんが、対応してくれましたが、わたしの存在はあきらかにその場に不似合いだったでしょう。
なにしろ宿泊者のほとんどが20台でみな青春謳歌中といったところへ、リモワのジュラルミンスーツケースのおっさんがやって来たのですから。

しかも、昨日入れたばかりの予約が入っていないといいます。
よく調べるよう依頼しますが、やはりやる気が見られない態度で、ないよ、あんたの予約、みたいにそっけない対応です。
結局、絶対二重請求にならないという言葉を信じて、その場で2箔をお願いせざるを得ません。
その場で、ということでネット予約割引500円×2箔は適用されません。

仕方ない、でも明日の朝食用にパンをもらおうとすると、もう夜だから無くなってしまったとのつれない返事です。
明日の朝取りに来てと言ってから、いやまて土日は休みだから、月曜の朝に取りに来てとふざけたことをぬかします。
これは月曜に分かるのですが、パンは食パンで届けられ、日本のそれの倍くらいの量で袋詰めされていて、それを2、3枚持っていく人もいなくはないのでしょうが、みんな袋ごと持っていくという争奪戦になり、結局のところはパンはいつでも食べられるように準備されたりはしていないのでした。

さらに部屋に入ってがっくり、記載通り部屋にシャワーは付いていましたが、なんとトイレは共同です。
なんでそんな構造にしたのか、オートロックなのでいちいち鍵をもってトイレに行かなくてはならず、夜の10時以降レセプションが閉まってしまうため、夜中に寝ぼけてトイレに鍵を忘れていったら一晩を廊下で過ごさなければならないという心配から水分を控えなくてはならなくなってしまったのでした。

さらに言えば部屋にはタオルすら備え付けてありません。
シャンプー、ボディソープがあるはずもなく、洗面所に誰が使ったとも知れないチビた石鹸がぽつんと置かれるばかりです。
施設の古さは推して知るべし、中でも残念なのはシャワーから熱いお湯が出ないことで、夜や朝にちょっと冷え込む中ではえいやという気合いが求められます。

結局、事前に調べたメリットで生き残ったのはアクセスの良さくらいなもので、すべて裏切られました。
でも、そんなことはまだ良かったのです。
よりわびしい気持ちにさせたのは、屋上やキッチン、プレイルームから聞こえてくる、宿泊者たちの笑い声でした。
若者たちが集う宿ですから、ひとりふたりで宿泊していた彼らも自然と互いに仲良くなって、いっしょに食事をつくって食べたり、ゲームして遊んだり、語り合ったり、場合によっては男女が親密な仲へと発展したりということすらあります。

わたしも卒業旅行でヨーロッパのユースホステルなどを泊まり歩いた経験があるので、その様子は手に取るように分かるつもりです。
せめて自分が30台前半くらいなら、何気なく通りかかったふりをして飛び入り参加なんて姑息なことも考えるのですが、今や遠くに聞こえる盛り上がりを羨みつつ引っ込んでいるより仕方ありません。
ひとりでオーストラリアまでやって来て、ますます孤独感つのる一夜になってしまいました。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/11 Wed

朋友没過来

M8/Topcor 5cmF1.5
友人と歩くことになっていたオーストラリアですが、とんでもないことになりました。
渡航のほんの1週間前、先方の都合が悪くなりキャンセルしてきたのでした。
すみません、ひとりで愉しんで来てください、と。

ちょっと待ってください、たいへん困ります。
いまさらひとりで行けと言われてもまったく地図すら見てもいなくて、オーストラリアをどう歩いていいのやら皆目見当もつきません。
よほど自分もキャンセルしようかと悩みましたが、ここが旅ばかりしてきた大馬鹿モノのよわったところで、あらたな旅のスタートラインに立たされたような気持ちに切り替わってしまい、ぜひひとりで行ってみようと気持ちが傾いてしまいました。
結局、ひとりシドニーへ旅立つことになります。

ひとつ目算はありました。
羽田→香港→シドニー→香港→羽田という路線を発券していましたが、シドニーの滞在を短縮するというものです。
もともとFIXチケットで変更不可のチケットですが、いろいろと事情を説明することで変更してもらえるのではとの期待がありました。

そこで香港到着時に航空会社のカウンターで変更の申し出をしたのですが、経由地の香港ではどうにもできませんので、シドニーで問合せてくれとの返事です。
分かったのでシドニーのオフィスのアドレスをくださいというと、調べたあげく電話番号しか分からないと言います。
少し雲行きが怪しくなってきました。

そのお詫びという訳ではないと思いますが、香港の搭乗口でボーディングパスを差し出すとちょっと待ってと、シドニーまでビジネスクラスに変更になりました。
約9時間のフライトがビジネスクラスになったのはありがたいことでした。
そして、この旅唯一のすばらしい食事、ワイン、快適さを堪能することになります。

機内食との落差があまりに激しいテイク・アウェイ・ショップのミートパイに舌鼓ならぬ舌打ちをしたあと、ツーリスト・インフォメーションを訪れました。
航空会社のオフィスの位置を教えてもらうためです。
結局、市内にはなさそうで、空港へ行くしかなさそうということになりました。
明日、向かうことにします。

フレンドリーなインフォメーションの女性に、英語の練習とばかりいくつか質問してみました。
「シドニーを訪れるのに最高の時期はいつでしょうか」。
「わたしは、まさに今だと思います」。
「どうしてですか」。
「いま秋ですが(南半球の5月が秋だとこのとき初めて知った!)、ほとんど毎日曇っていて、雨が降り、突然日を出すんです。1日にいろいろな天気が愉しめ、その晴れた瞬間の美しさが素晴らしいのです」。

なるほど、インフォメーションに着いた時は雨がぽつぽつ来ていましたが、外に出ると上がっていて、いままさに雲が切れて日が顔を出すところでした。
人物に露出を合わせたのがよかったのか、雲と青空もかろうじて表現されて、シドニーの美しい天気がなんとなく表現されたような気がします。
レンズのボケのよさも一役買っていそうです。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/10 Tue

肉餡餅

M8/Topcor 5cmF1.5
昨日、ギリシャ人がなんて書いてしまったので、ヨーロッパを旅して来たかのような誤解を与えてしまったかも知れません。
じつは、彼らも釣りのためにはるばるやって来た旅行者でした。
訪れたのはオーストラリアです。
29日金曜日の夜、シドニーの空港に降り立ちました。

少なくともブログを始めてからは、アジア地域に出掛けていませんが、そろそろヨーロッパに行きたいという旅の虫がわたしの中でうずいていたのです。
そんな中、もう半年も前になりますが、友人からオーストラリア行きを誘われたのです。
ゴールデンウィークに有給を絡めれば10連休になるので、どうかという話でした。

大自然とかそういったものにのはそれほど関心のないわたしは、あまり気乗りする話ではありませんでした。
しかし、一方でその友人の誘いを断るのも容易ではありません。
まあ、行ったことはないし、2度と行くこともないだろうから、ここは誘いを受けることにしようかと軽い気持ちで同意しました。
また、休める時期が若干ズレているのを逆手にとって、現地集合のかたちをとり、わたしは香港経由のフライトで現地ストップオーバーすることで、香港にも2日間滞在できるということも後押ししてくれました。

さて、そういうわけで訪れたシドニーですが、もともとが積極的に行こうとしていたわけではないので、自主性のない旅になってしまいます。
作例写真は、けっして美女を狙ったものではなく、本来は背後のスタンドがメインです。

到着の翌朝、何か食べに行くのに、宿の人に何かいい店はないかと聞いて教わったところです。
パイやホットドッグなどを出す店で、シドニーではたいへん有名だそうで、いつも人であふれているとのことで、不安を感じつつ歩いて行きましたが、御覧のように客なんてほとんどいません。

事前になにをオーダーすればいいか聞くと、ひとことミートパイだとのことでした。
ミートパイ、未だ食べたことのないものですが、なにか食欲をそそる響きがあります。
パイというとアップルパイやパンプキンパイという単語が浮かんできて、甘いものというイメージです。
確か、シュガーパイ、ハニーパイ、フ、フ、フー、フ、フ、という曲があったようにも記憶しています。
まだ見ぬミートパイ目指して期待に胸ふくらませ、教えられたスタンドに一直線に向かいました。

客は、ただひとりおじいさんがいるだけで、ちょうどまさにミートパイをオーダーしています。
良い香りとともに差し出されたミートパイを、老人はそのままカウンターで慈しむように頬張り始めました。
素晴らしき、シドニーの朝の情景に感じられます。

ようやくミートパイを受け取り、わたしはカウンターでなく歩道に据えられたベンチに腰掛けて味わうことにしました。
がぶりとひと口。
しかし、これがわたしにはちっとも旨く感じられません。
ミートパイが何たるかはまったく知りませんが、ビーフの詰まったパイを連想していれば、わたしが食したそれは少し苦いミートソースが入っているだけでひき肉がちょろっと入っているだけです。
訳が分からず、がっかりするばかりでした。
名物に旨いものなし、だったでしょうか。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/05/09 Mon

希腊人的釣魚

M8/Topcor 5cmF1.5
今日から復活します。
1週間の休みでずいぶんとリフレッシュできました。
このゴールデンウィークは、被災された方には大切な時間だったでしょうし、被災地までボランティア活動に出向いた方も多かったと聞きますので、本来そんな呑気なことを言っていてはいけないとは思いますが。

リフレッシュは気分的なものもそうですが、肉体的にもかなり来ていたので、双方に効果があったと言えそうです。
とくに四十肩(五十肩?)という持病も得て体はかなりがたがたでったので、かるい運動もできたのが良かったと思います。

写真でも分かるように、今回はどうも中国へ行ったのではなさそうです。

埠頭で釣りをしているのは兄弟と思われるギリシャ人です。
釣れた魚をみるとアジでした。
そこで、どうやって食べるのかと聞いてみました。
すると意外にも、わたしたちは明日大物釣りに行くのだが、そのエサを釣っているんだよとの答えです。

かなり高齢に見えましたし、お腹もずいぶんと出ていて、大物釣りというイメージと程遠かったのですが、週末にボートをチャーターするというのでかなり本格的です。
聞き慣れない魚名で、どんな魚か分からなかったのは残念ですが、1メートル以上の大型も釣れると言います。
あるいは、彼らも日常を離れたリフレッシュを考えて、一発大物を狙うのかも知れません。

ただ、いずれにしてもこんなものでブログ再開というのは、今回の旅も写真に関してはあまり期待できそうもないということを語って余りありそうです。
だからリフレッシュなのであって、撮影は二の次とご理解ください。
そう言ったことは、旅の速度と同様にゆっくり話させていただければと思います。
【M8/Topcor 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Topcor 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/05/08 Sun
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