油漆

M8/Eptamitar 5cmF2
明日からゴールデンウィークということで、毎日更新で疲弊かつネタ切れの拙ブログも休暇をいただくことにしました。
連休明けまで長々休んでしまうことをお詫び申し上げます。
復活後は充電完了して内容も充実…、というわけにはいきませんが、少しのリフレッシュということでご容赦いただけるでしょうか。

野毛大道芸シリーズでは、神様や江戸時代からさまよう女性を取りあげたので、最後はふたりの美少女で締めくくることにしましょう。
目の前のおじいちゃんカメラマンたちから、もっと笑顔になってくれればいいのにという声が聞かれましたが、見知らぬ人からカメラを構えられたり、化粧にも似たペイントを受けていることから来るちょっと緊張した表情がまたいいと思いました。
でも、おじいちゃんカメラマンも、はい、笑って~とか無粋な行動に走らなかった分、撮影マナーはけっして悪くなかったと言えるでしょう。

しかし、ここでもわたしは日の丸構図を心がけなくてはいけないのをすっかり忘れて、平凡なフレーミングをしてしまいました。
ただ、着物の花の意匠が実にシャープに発色よくとらえられているのに対して、女性の顔付近はわずかにソフトになって、かえって具合がよくなったようにも感じられます。
ボケも中央部分はなかなかに美しいのですが、周辺では少し暴れている様子が見て取れます。
ズミタールとは似て非なるレンズと言えそうです。

オフィチーネ・ガリレオについては、トプガバチョさんの有名なイタリアカメラのサイトがあって、有名なコンドールなどの機種が紹介されています。
ただ、レンズのことについては、大きく扱われていませんので、あらためてご教示いただきたいところです。
FOTOCAMERE ITALIANNE(http://www.topgabacho.com/)
【M8/Eptamitar 5cmF2 F2】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Officine Galileo Eptamitar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/28 Thu

与七的相遇

M8/Eptamitar 5cmF2
続いてお会いできたのが、みたまさんでした。
紹介文は、
「江戸の時代より男を求めてさまよい続けている一人の女。
嫁ぐ準備は出来ております。
あとはあなたに出会うだけ。
さぁ、出会いませう」とあります。

そんな年には見えなかったのですが、江戸時代からご存命なら、かなりのご高齢ですね。
アラハンくらいになるのでしょうか。
ぜひ、いい出会いがあることをお祈り申し上げます。

なんて考えていたら、わたしの前にいた青年が、まさにその出会いの幸運を射止めたようでした。
わたしの目の前でみたまさんはハートをかかげ、青年はついにそれを受け取りました。
ついに愛を成就したということでしょう。
積年の夢がかなった瞬間に立ち会えてわたしも幸運でした。


さて、ずっと放ったらかしだったレンズのことに言及していかないといけません。
Officine Galileo は、もともと Ogmar 9cmF4 というエルマーとよく似たライカマウントレンズを持っていたので、若干は馴染みのある名前でした。
イタリア製のオリジナルレンズというのが新鮮でしたし、このレンズはたいへんよく写ります。

ただ、資料はあまりに少なく、他にどんなレンズがあるのかもはっきり分かりません。
5cmf2という比較的大口径のライカマウントレンズもあるということは分かっていましたが、かなりのレア玉で入手困難とされていましたので、なんとなく意識はしつつ日常的には忘却という、珍しいノンライツレンズのわたし式の捉え方をずつとしていました。

そして、ある日某オークションに出品されているのを目撃します。
Eptamitar 5cmF2 なんて書いてあってもなんのことだかさっぱり思い出せません。
しかし、Officine Galileo とあれば、イタリアのあれかとすぐにピンと来て、このレンズを入手できる千載一遇の
チャンスが来たことを直感します。

オークションでは、こういうとき、もう二度と出合えないだろうという概念から冷静に脱却できるかがポイントになります。
出合えないと思ってしまえば、もう天井知らずの金額の張りあいになる可能性大です。
それに近いシチュエーションになったのですが、今回は相手の落札希望者がまた出合えるさと比較的早く折れてくれたようです。
けっして安い金額ではありませんでしたが、ノンライツの珍品としては、まずまずの金額で落札できました。

どんなレンズなのか調べたくなりますが、検索をかけどもかけども資料が出てきません。
結局、出品者の記載による、1950年製造ということと、ズミタールのコピーだということしか分かりませんでした。
Summitar と Eptamitar とは名前まで一部借用なのがまた不思議です。
沈胴でインフィニティロックの付いた外観デザインはズミタールにそっくりです。
フィルターは合いませんでしたが、キャップは誂えたようにすうっと入って行きました。
ズミタールは戦後すぐの1946年には絞り値の大陸系列を倍数系列に変更していますが、1950年のこのレンズは大陸系列の絞りがそのまま使われています。

レンズデザインについては構成図を見たわけではないので推測が入りますが、ズミタールコピーを裏付ける部分があって驚かされています。
ズミタールは4群6枚のガウス型の基本設計を若干変更して、1群目を単玉から2枚張り合わせに変更しています。
エブタミタールの1群目2群目を見ると、光の反射によって張り合わせ面がやはり2面あることが分かります。
シムラー(トプコール)5cmF1.5と同様に2群目が3枚張り合わせの可能性を否定はできませんが、普通に考えれば、ズミタールと同じ、2-2-2-1と並んだ4群7枚と見るのが妥当でしょう。

ズミタールは1933年から55年まで製造されたロングセラーですので、これを手本にした可能性は高いと思いますが、戦前レンズを戦後にコピーする必要があるのかは不思議です。
何か改良点があるのかも知れませんが、残念ながらこれ以上のことは分かりません。

ギリシャ語で数字の7を Hepta というそうですが、この H をとると Epta となって、Eptamitar は7枚玉の Summitar というように解釈できないことはないです。
ただ、Summitar はもともと7枚玉なのでもうひとひねりどういう意味かを考えないといけません。
ちなみに、Septac や Septon なども7枚玉というところから派生したレンズ名であることはよく知られています。
【M8/Eptamitar 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Officine Galileo Eptamitar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/27 Wed

白色的拐杖

M8/Eptamitar 5cmF2
"to R Mansion"のステージが終わると、基本的に本日の大道芸のプログラムはほぼ終了の状態です。
ただ、ステージを使わず、会場周辺を回遊しているパフォーマーも何人かいて、そのうちのひとりが作例の"Slayers 早太郎"です。
ずいぶんと長身の方で、背の高さではわたしも負けていないつもりでしたが、やはり彼の方がずっと高かったようです。

野毛大道芸では、公式ガイドブックを無料配布していて、彼についても解説があります。
「現代に忘れられし神『はやたろう』が降りてきた!! 3mほ超える巨人が今年も野毛の街を練り歩き暴れます…」。
わたしたちが目撃した時はイベントの終了時ということもあってか、少し疲れがみえていたようで、暴れるというほどの無法ぶりは見られませんでした。
むしろ杖をついていて、高齢者のようないたわらないといけなさそうな雰囲気です。

しかし、神様ですから杖はついても、写真のように威厳に満ちたポーズは忘れません。
神の降臨なので、みな畏怖の目ではやたろうを見つめているように感じられます。
写真なんか撮っている不敬者はわたしくらいのようでした。

はやたろうとて、大道芸が終わってかの地へまた飛び立たなければなりません。
それには少なからぬ費用がかかるようで、手前の少女が手助けせんとばかりかごに投げ銭を募っています。
彼は、無事黄泉の国まで帰ることができたでしょうか。

さて、今回使用している Eptamitar ですが、どうにも中心がシャープで周辺が一気に怪しくなるような描写をします。
はやたろうのような長身だと股間のあたりがいちばんシャープになってしまい、あまりこのレンズ向きの被写体とは言えなかったようです。
いやむしろ、取り巻きのギャラリーがシャープに捉えられてしまっていますね。

周辺の崩れは35mmフルサイズでより顕著だと想像できますが、M8でもけっこう流れていてやや同心円上に非点収差の形跡が見られます。
日の丸構図に徹することができれば、かなり楽しめるレンズだと感じられます。
何しろ中心部の表現はすばらしく、本家のズミタールに勝るとも劣らない高性能だと思います。
【M8/Eptamitar 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Officine Galileo Eptamitar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/26 Tue

某公寓

M8/Eptamitar 5cmF2
昨日の意味不明な写真とぐだぐだな文章で、鎌倉の章は終了しました。
しかし、終わらすことができないこともありました。
肝心なレンズについてです。
途中、広角に切り替えたため、メインのレンズはあまり使うことなく撮影終了となってしまいました。

ゴールデンウィークには、どこかふらふらしてくるつもりですので、その前週になる日曜日には、同じレンズを再度使わないといけません。
先週もご一緒したksmtさんが野毛の大道芸を見に行くと言っていたので、当日、合流させてもらいました。

レンズ再テストのような企画なので、わざわざ野毛まで出向くまでもないのですが、ただカメラをもって歩くよりもこういう催しを見たりした方が楽しいです。
大道芸はヨーロッパで見たことはありましたが、野毛では初めてです。
ksmtさんの案内でじつくり愉しみつつ、何枚か撮影もさせてもらうことにいたしましょう。

ところが、着いた時間が遅すぎました。
いろいろ用事を済ませて桜木町駅に着いたのが3時近くで、プログラム上、もう各ポイントでの出し物はもうひとつずつしか残っていません。
少しずつ見て移動という手もなくはありませんが、それでは先に書いた大道芸を楽しみながらというところから外れてしまいます。
どれかに絞って、じっくり鑑賞することにしました。

ksmtさんの勧めもあって、"to R Mansion"というユニットのステージを見ることにしました。
「とあるマンション」と読むそうで、かなり動きのあるパントマイムを少しだけストーリー仕立てしたようなパフォーマンスだったかと解釈できました。

大道芸というと、マジックやジャグリング、音楽演奏などを取り囲んで見るというイメージでしたが、それらを組み合わせたりしてスケールアップしたものをステージに乗せたようなものも、ひとつのショーとして大道芸のカテゴリーになっているようです。

子どもも大人もいっしょになって楽しめるステージというのはよいですね。
テンポがいいのであきませんし、見ている方をどきどきさせてしまうような素人臭さもなく、安心してずっと見ながら、時折カメラを構えさせていただきました。
隣の女の子がはははっと笑うとこちらもつられて微笑んでしまう、そんな一体感もいいものです。
大道芸、意外に楽しいですねえ。
【M8/Eptamitar 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Officine Galileo Eptamitar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/25 Mon

再来一次去

M8/Eptamitar 5cmF2
kinoさんは、もう何年振りかの鎌倉だったそうで、ときどき記憶をたどるようにしている姿が印象的でした。
楽しみにされて来たのが伝わりましたが、その期待にこたえられたかと言われれば、そうはうまくいかなかったかなという気がします。

ひとつは、鶴岡八幡宮で結婚式の式典が準備されながら見られず、流鏑馬の馬場のセッティングしているところながらやはり本番は翌日とのことで見学できずと、ぎりぎりのところで体験できないという不運を連続して味わわされたことがあります。
また、これまでほぼ100%近い確率で着物女性と遭遇してきて、この日も最後の最後で着物美人がいたのですが、それはあいにくと帰りのバスの中でした。
これまた、ぎりぎり撮影できないという不運です。

京都・奈良でもそうだと思いますし、別の目的地での旅でも同様ですが、偶然好いチャンスを得られてその訪問がより充実したりするものですが、今回の鎌倉はそれがまったく紙一重で空振りが続き過ぎました。

鎌倉を1日で効率よくまわるのであれば、30分刻みくらいの日程を立てて次々進んでいくのがいちばんです。
しかし、そういう効率至上主義はおもしろくないので、とりあえず北鎌倉集合で円覚寺、明月院を振り出しに以降は次どうしましょうか、じゃああっち方面へゆっくり歩いてみましょう、なんて具合に気ままに歩いて偶然その場で面白いものを見られればという旅のようなスタイルをとったことが結果的にうまく作用しなかったという結果に終わりました。
その意味では、お詫びしなければいけないところですが、そうしたところで何を誤っているのかよく分からなかったりという結果も目に見えてきます。

最後は、報国寺の開門時間に間に合わず、近くのカフェで休憩しました。
それぞれが、あんみつ、ところてん、ぜんざいを食べてはんなりとくつろぎました。
もう少し計画性があれば、杉本寺の時間を調整して報国寺には間に合ったでしょうし、この休憩後バスに乗って鎌倉駅そばでまた反省会という展開になるような失敗もなかったでしょう。

次回は、勝手気ままとそれを妨げない計画を組み合わせた企画を練りたいと思います。
いま、計画中ですので、鎌倉での失敗に懲りずぜひ参加いただきたいです。
これを読んでいる方でも、わたしも時間と体力は何とか、という程度の方なら歓迎いたしますので、ぜひ、次回わたしたちとご一緒されますようお声かけください。
【M8/Eptamitar 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Officine Galileo Eptamitar 5cmF2 | trackback(0) | comment(4) | 2011/04/24 Sun

維也納的少女

M8/Eptamitar 5cmF2
明月院を辞して昼食をとり、鶴岡八幡宮をぐるっと一回りしたあと杉本寺に向かいました。
その間、撮影ゼロではありませんが、もっぱらお話することにシフトしています。
とくに、kinoさん、ksmtさんは歴史に造詣が深く、鋭く盛り上がって浅学のわたしが入りこむ余地がありません。

別の話題では、"Gundlach Turner-Reich"をガンドラック・ターナー・ライヒと読むのは、英語とドイツ語の混在で無理があって、「ガンドラック・ターナー・リーク」か「グントラッハ・トゥルネル・ライヒ」とすべきではというものでした。
BMWほピーエムダブリューと呼ぶのにBenzをベンズと呼ばないのも変かとか、言語によって地名が変わるのはややこしく、ミュンヘンは英語でムニーク、フランス語でモナコになりモナコ公国といっしょになってしまうとか、そんな話でした。

その時わたしがしかけて結局しなかったのが、ドイツ語でもドイツとオーストリアでは発音が違うようだと言うことでした。
ウィーンで知り合ったSusanneという女性がいますが、「スーサンヌ」と自己紹介を聞くと美しいウィーン女性的な響きを感じました。
しかし、国境を越えたドイツでは、このスペルのままで「ズーザンヌ」になります。
何だか、体が屈強で気の強いおばさんに変身したような気がしました。

この件は、これで終わりにするつもりでしたが、テレビで"のだめカンタービレ"という映画をやっていて、見ると話に見ていると、ウィーンでコンチェルト(この単語もなぜコンツェルトではないんでしょう?)を成功させて、音楽界にはなばなしくデビューするというシーンが今あったので、スーサンヌのネタでいくことに方針変換します。

大学を卒業して3年ほど経った夏、1週間ほどの休みをとれると分かってひとり旅を計画しました。
卒業旅行でヨーロッパを周遊したので、またいつかヨーロッパと思っていましたが、今回は周遊する時間はありません。
熟考の末、前回足を伸ばせなかった東欧へということでブダペストに行ってみることにしました。
ウィーンから入ることにすれば、前回ウィーンには滞在していますので、初のひとり旅の不安を多少なりとも解消してくれるでしょう。

当時のハンガリーの物価は滅茶苦茶に安く、卒業旅行の延長感覚で旅してまわり、ラスト3日間を過ごしたウィーンでも貧乏旅を継続するようなかたちでした。
のだめカンタービレでも使用していたウィーン楽友協会ホールでのコンサートも、普通のチケットではなく卒業旅行の時のように格安の無座席券を購入しました。

ロシアのオケの演奏会で、座席は9割ほども埋まっていますが、立ち見はわたし以外ひとりもいません。
いや、ひとりいました。
無座席券だからといって立っている必要はないらしく、後ろの壁を背に床に座っています。
しかも、金髪の美人。

前プロが終わった後がのだめ同様何かのピアノ協奏曲で、セッティング時に彼女の近くへ行ってあいさつしてから、ちょっと距離をとりつつ並ぶように座ってコンサート鑑賞しました。
協奏曲も終わって休憩に入ると、どちらからともなく会話が始まりました。
自己紹介した彼女こそスーサンヌでした。

コンサートがはねてからカフェで、カフェも看板になってからは路上で、ずっと話をしていました。
おそらくウィーン郊外出身のようでしたが、いまはこの近くにひとり暮らしをしていて、仕事は幼稚園の先生だと言います。
音楽が大好きで、ときどきこうしてコンサートを聴きに来るといいますが、話してみると、ウィーンに住んでいるので古典音楽が身近にあるからとかそういうことではなく、例えばメインで演奏されたストラヴィンスキーは初めて聴いたが、リズムが体を前のめりにさせるようで面白くたいへん気に入ったなどと、わたしがクラシックを聴いて言えることとはおよそ異なる新鮮な言葉が飛び出してきました。
わたしが、せいぜい頭で音楽を聴いているのに対して、彼女が感性でとらえているのがよく分かり、生で管弦楽曲を聴いてこんな感想が自然と出てくるところに惹かれるものすら感じます。

わたしはドイツ語はさっぱり分からず、何度か書きましたが英語もかなりの低レベルです。
しかし、彼女の英語はわたしを凌いで滅茶苦茶でした。
彼の音楽がダイナミックだと言うところで"His music is dynamic."と言っているようですが発音は「ヒズ・ミュジーヒ・イズ・デュナミーヒ!」となっていて、英語のスペルのままドイツ語読みしたような新感覚の英語を話してきます。

言葉が通じないことがしばしばでしたが、そのたびに彼女は意思を伝えようと体を乗り出して、懸命の表情で語りかけてくるのが愛らしくも感じられました。
とくに金髪の長い髪と灰色の瞳が印象に残っています。
美人でしたが、身長も180センチだと言うことでした…。

翌日、空港へ向かうわたしを見送るために、約束通り西駅までやって来てくれた時には熱いものがこみ上げるのを感じました。
ありきたりのあいさつを交わして、列車のステップに乗って振り返ると、彼女は突然わたしを抱きとめて左右の頬を合わせました。
自分が映画の中の主人公になったのだとわたしを錯覚させるのに、これほどの別れはなかったでしょう。
帰国後1か月以上は、我ここにあらず的なボーっとした生活をしていました。
【M8/Eptamitar 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Officine Galileo Eptamitar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/23 Sat

拍櫻花的弁法

M8/summaron 28mmF5.6
中国人と知り合ってわたしが日本人と分かると、かなりの確率で出る話題が桜のことです。
食事していたレストランで、田舎から出て来たばかりの16歳くらいの垢抜けない女の子が、わたしを日本人たと知り、次の料理を持って来た時に日本の桜はきれいですね、などと言います。

桜は中国語で、櫻花です。
簡体字という省略された漢字を使う中国ですが、桜は櫻と表記します。
また、櫻花はインホワと発音しますが、中国語を勉強する前から何度か聞かされたせいで、わたしが最初に覚えた中国語の単語になりました。

以前滞在したときに櫻花は日本の国花なんでしょうと聞かれました。
たしかに桜は日本でいちばん愛されている花ですが、国家は歴史的な経緯から菊の花なんですとわたしは答えました。
しかし、これは帰国後ふとしたことで、桜も国花だと言うことが分かりました。
多くの方がご存じのことであえて書くまでもないのかも知れませんが、日本の国花は菊と桜だと記しておきます。

中国の国花についてもわたしは誤解していました。
むかし何かの本で牡丹が中国国花と読んだ気がしたのですが、やはり誤りで、中国ではまだ国花を制定していないが正解でした。
中国は国土が広すぎでひとつの花で国家全体を代表させるのが難しいからということでした。
北方の牡丹、菊、南方の蓮、梅、蘭などが候補に挙がっていて、絞り切れずにいるようです。

中国女性と親しくなって何度か言われたことがあるのが、桜の写真を撮ってきてくれというものでした。
これは、わたしにとって最も厳しい依頼のひとつです。
桜を見た目の美しさのとおりに撮影する方法が分からないからです。

ひとつは露出の問題で、ソメイヨシノのようなほぼ白と言える極薄ピンクのようなあの色を出すのがたいへん難しいということがあげられます。
撮る写真のどれもが真っ白にしか見えません。
白のような反射率の高い色はどうしても飛んでしまうということなのでしょうね。
邪道ですが、夕日を浴びているようなところを利用するとイメージに近く撮れることがありますが、それでもやはり真っ白になるケースが多いです。

もうひとつは、枝が主張してしまうと言うことです。
せっかく花がいい色具合かなと思えるものでは、気ままにあちこち曲がりくねる枝や幹の方が目立ってしまっていて、肉眼で見る印象とに開きが大きすぎます。
もっともそれは、肉眼の方が勝手に補正をかけて花が浮き出て枝はわき役のように脳が読んでいるということなのかも知れないですが。
これが逆光になると最悪で、花はきらきらと輝いていますが、完全に真っ黒い影になった枝がみだれ髪のように暴れています。

これの簡単な解決としては、咲きっぷりが見事で、ほとんど枝が露出していないような桜を狙うと言うてがあります。
ということで、この場合枝垂れ桜などはあきらめざるを得ません。
それでも、幹ですら太くて画面全体に占める割合が高い立派なものになるとやはり邪魔ですので、それをどう処理するかなど頭の痛い部分は残ります。

最後の問題は、枝垂れ桜などを除くと、桜は造形的に美しいものはまずめったにないということです。
たとえば高い桜をよく見ると、途中何十年か前に成長が止まってその後何年かしてまた伸びたかのようにかくんと段になっていたりします。
左右均等なもの、一定方向に伸びているもの、全体が安定した形状のもの、そういうことがらを造形的な美しさと呼ぶとするから、それに合致する桜はまず見つかりません。

そんな考え方をするのは、職人によって手入れされた樹木を見過ぎて来たからでしょうか。
桜に盆栽のような美しさを求めるのが間違いなのかも知れませんが、桜の写真のほとんどで枝がそれぞれ勝手に伸びて立体としてのぐちゃぐちゃした落着きの無さを感じさせるところが、どうも気に入らないのです。

これの解決策は、造形的に美しい桜を見つけるか、美しい部分をうまく切り取って撮影すると言うことになります。
こういうテクニックに秀でた方はいらっしゃるようで、一部をうまく切り取った美しい桜の写真を見せてもらえることもあります。

こんな頭の痛いことばかり考えなくてはならないのでは、実物を見たことがない人のために桜の写真を撮るのはイヤになってしまいます。
明月院の桜はたいへん美しかったのですが、撮影したものはやはりどれも不発に終わりました。
中国の女の子に桜の写真を撮って来てと言われても、こう答えるしかありません。
桜の美しさは写真では伝えられない、だから桜を見に日本においで、そしたら桜をパックに撮ってあげるよ、と。
【M8/Summaron 28mmF5.6 F22】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summaron 28mmF5.6 | trackback(0) | comment(4) | 2011/04/22 Fri

穿和服的美女

M8/summaron 28mmF5.6
明月院の花の美しさは昨日記したとおりです。
4月16日でしたが、来年もこの時期になったらぜひ足を運びたいと思います。
ただ、花がこれだけあるので、華の方も欲しいと贅沢な欲求も出てきます。
同行のおふたりもどちらかというと人物が主要なモチーフの写真を撮っておられるので思いは同じようでした。

着物の女性が欲しいですね。
誰からともなく、そんな声が上がります。
ksmtさんは自信たっぷりに、ここで待っていればいずれ現れるだろうと言います。
彼のサイトでの鎌倉や京都、奈良などの古都での写真には必ずと言っていいほど着物姿の女性が登場しますが、ksmtさんの科学の力では証明できない類のパワーによって吸い寄せられるようにやってくるのだそうです。

もともと、京都・奈良・鎌倉は着物の人が多いじゃないかと言われればその通りですが、撮影中のタイミングで現れてくれるとなると京都・奈良は分かりませんが、鎌倉ではそう簡単なことではありません。
ksmtさんの持てる力なのだと、わたしは確信しています。
着物女性を待つ手もありましたが、お昼を大幅に過ぎてここでは見られず、結局、最後の最後でそんな女性を目撃することになりました。

そんな中でも、着物姿でこそありませんでしたが、わたしたちを熱中させる女性が現れました。
お堂のところで、ひざをついて礼するなどの一連の美しい所作でお参りしていた女性でした。
浅学なわたしには、それがどういう意味を持つものかは分かりませんでしたが、美しいと言うよりも、信仰心の高貴さを印象付けるものだったと言うべきでしょうか。

あのとき声をかけて話を聞いてみたかったんですが…、あとで、そうkinoさんがぽつりと言ったのも印象的でした。
わたしたちに遠慮して、声をかけることができなかったのでしょう。
もう思い出せませんが、すらっとした清潔感あふれる美女だったと記憶しています
【M8/Summaron 28mmF5.6 F22】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summaron 28mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/22 Fri

春天爛漫

M8/summaron 28mmF5.6
円覚寺ではほとんど散ってしまっていた桜ですが、隣の明月院に行くと枝垂れ桜が満開でした。
それだけではなく、モクレン、みつばつつじ、やまぶき、しゃくなげ、つばきの花々が咲き誇っています(花の名前がまったく分からないのでこの部分ksmtさんのサイトからコピー&ペイストさせていただきました)。
どんよりしていた空がいつのの間にか晴れ渡って来ました。

kinoさんがぽつりと「春爛漫ですね」と言いましたが、なるほど、この光景を言い表す言葉としてこれに勝るものはないと感心しました。
ksmtさんは、ここの庭師がすべての花が今日満開になるよう手入れしたのではと、表現されましたが、やはりこの状態を言い表す最上の言葉とまたまた感心してしまいました。

標準レンズしか持って来られなかったkinoさんは、狭い院内で枝垂れ桜をうまく捉えられないと嘆いています。
ksmtさんはいつも75mm以上の望遠レンズしか持って来ないので、こんな中でもバズーカ砲のような360mmレンズで構わず撮影しています。
わたしはいつもの週間で広角レンズも持って来ていますので、さっそくズマロン28mmF5.6に付け替えます。

ただ、開放にしたつもりが逆に最少絞りの方へ絞りをセットしてしまっていました。
妙にスローシャッターだなあと思ったものの、花の迫力に押されてしばらく気付かなかったのです。
昨日までの作例よりはずっとシャープですが、拡大してみると解析現象の影響かものの輪郭がややぼんやりしたような写りになっていました。

そういえば、2年ほど前、やはりksmtさんとともに関西からGeoさんを案内したことがありました。
しかし、その時は真冬で、花なんてこれっぽっちもなく、この日の百花繚乱と比べると申し訳なくなります。
明月院といえば何をおいても紫陽花が有名ですが、花を楽しむ以前に人の多さに辟易してしまいます。
むしろ、枝垂れ桜を見に来てくださいと、この時期にお誘いしたいと思っています。

ところで作例写真ですが、もうちょっと桜のきれいなものがよいかとも思ったのですが、面白さでこちらを採用しました。
人物が小人のように小さく小さく見えます。
【M8/Summaron 28mmF5.6 F22】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summaron 28mmF5.6 | trackback(0) | comment(2) | 2011/04/20 Wed

你們不是一個人走的

M8/Eptamitar 5cmF2
原発の収束が未だ達成されない福島県に隣接しているせいでしょうか、栃木県の観光地を訪れる客が激減していると報道されていました。
もちろん日光や那須などは原発の影響があるはずもないのですが、前年比で9割以上観光客が減少しているとのことで、関連産業は死活問題に直面しています。

さらに離れた神奈川県の箱根や静岡県の熱海でも、6~7割減少しているということですから、少なくとも関東では自粛ムードが根づいてしまった感があります。
鎌倉には人手があった方だと思いますが、4月の土曜日としては、かなりさみしい状況だったのは間違いありません。

被災によって製造業や農業・漁業が大きな打撃を受けていることは報道されていますし、外国では日本への渡航自粛などもあり外国人観光客が半減したと聞きました。
こんなことでは日本のあらゆる産業が疲弊してしまいます。
政府は、農産物や水産物の安全性をもっとアピールし、自粛することがまわりまわって被災地の復興にマイナスになることを訴えていかないといけないでしょう。

千葉県で福島からの転校生が放射能汚染されていると心無い言葉をかけられたり、つくば市では福島県からの避難者に対して放射線測定を義務付けていたと報道がありました。
言うまでもなく、福島原発は関東地方に電力を供給するために設置されています。
恩を仇で返すということなのか、少なくとも自治体が風評の発生源になるようなことでは見通し暗いです。

中国では上海モーターショーに展示される海外から上陸した自動車がすべて放射線検査を受けさせられたと報道がありました。
日本の車だけ測定すればよさそうなものですが、他国の車もすべてやるところが、中国式の日本への配慮なのかも知れません。
放射線量のデータについては日本政府が海外にも発表しているはずですが、政府というものは正しい発表はしないものだと考えているのか、独自に検査してしまう訳です。
つくば市は、中国政府と同レベルだと自覚してください。

先日はたばこのことを書きましたが、さらに身近なところでは、電磁波のリスクというのもあります。
わずかな放射線量の変化で一喜一憂している人は、毎日向き合うPCや携帯電話から発生する電磁波のリスクをどう考えているのでしょうか。
影響度合いはまだ研究の段階のようですが、妊娠中の女性がお腹の子どもを考えて電磁波カットのエプロンを着るのをよく聞くと、一般の人だって直接浴びた電磁波の影響がゼロのはずはないと思わずいられません。

政府も海外に向けても国内向けでも「冷静な対応を」と判で押したように繰り返します。
当初はパニックなどもありましたが、いまは「冷静に考えて」、なるべくなら福島県や北関東の野菜は控えておこうとか、自国民を安心させるために日本からの食品は輸入しないでおこうと判断しているはずです。
「冷静な」というよりは、科学的根拠に基づいたというべきですし、その客観的データをもっと発信しないといけません。

説教臭い話ばかりしてしまいました。
じつは、こんな中で鎌倉に何組かの外国人を見かけました。
何かにおびえるような素振りをなく、春の鎌倉を愉しんでいます。
日本を信用して来てくれたのだと感謝せずにいられません。
【M8/Eptamitar 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Officine Galileo Eptamitar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/20 Wed

M9的誘惑

M8/Eptamitar 5cmF2
先週末、kinoplasmatさん、ksmtさんをともなって鎌倉散策して来ました。
おふたりともたいへん忙しいので、なかなかお会いする機会ができませんでしたが、ようやくこの土曜日に実現しました。
ほんとは、かまくら祭りをみんなで見に行く計画をたてたのですが、これは祭りそのものが中止になってしまいました。
それではと、桜満開時期に日程を組んでもらいましたが、これはわたしが中国へ飛んでいる日取りでした。

第3案として実施された土曜でしたが、天気がパッとしませんし、桜は当然散ってしまっています。
地味な散歩になりそうな気配です。
仮に大雨で撮影そのものができなかったとしても、ずっとレンズの話をしていれば退屈は一切ありません。
カメラの話ではなく、撮影の話でもなく、やはりレンズの話です。

しかし、kinoplasmatさんとは昨年の夏以来お会いして、ライカM9を購入予定と話してましたが、やはり今回M9で参戦されていました。
そのkinoさんの仲間たちですが、R-D1で皆さんスタートされていましたが、M8が出るやM8へ以降、現在は全員がM9を使われているとのことです。
もしかしたら、未だM8のわたしは希少動物のような存在なのかも知れません。

さらに昨日、ショッキングな出来事があって、さらに事態は深刻になってきました。
フィルム一筋でデジタルの表現を忌避していたかに思えたHologon158さんが、なんとM9を購入して、もう使い始めたと言うのです。
何かの間違いであってほしいと願っていますが、もはや完全に取り残された感に苛まれています。

ただし、フルサイズになったM9では、イメージサークルの小さなレンズでは周辺が黒くケラレるので、M8が生きる場面はまだまだあります。
そい告げるとkinoさんは、M9は画素数も増えているので、ケラレた周辺を切ってトリミングすれば、M8で獲ったのと同じになりますからと答えました。

これには返す言葉がありません。
まったくそのとおりで、トリミング自体を否定するという考え方もありますが、M8ユーズとしてのAps-H3図へのカットであれば、トリミングとは概念そのものが違うと言えます。
カメラを1台ということであれば、M9を持てば十分で、M8のアドバンテージだと思っていたことは、その説得力を完全に失ってしまいました。

M8の価格がこなれて来た時と同じM9への隘路に立たされているようです。
と言っても、まだ買ってませんよ。
【M8/Eptamitar 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Officine Galileo Eptamitar 5cmF2 | trackback(0) | comment(4) | 2011/04/18 Mon

不是誰也

M8/Summicron 35mmF2
尺八でしょうか、いいえ煙管です。

先日の出張は同僚と同行で、彼がひかり号で帰るのを見送ろうとすると、小田原乗り換えのわたしが乗車しないのを見て、
"こだまですか?"
と聞くので、
"いいえ誰でも"
と答えたのですが、さっぱり受けませんでした。
そこで、しつこく上記のような書き出しにしてみたわけです。

煙管は、広東省で広く見かけるたばこの吸煙方法です。
草状のたばこは雑貨店などに普通に売られているようで、竹と木で自作した煙管に詰めて、煙管の下部は水を張ったバケツに突っ込んであります。
インドや中東などに多い、水たばこと同じものだと思われます。

屯門のバス停付近の家の軒先で見かけたので、頼んで撮影させてもらいました。
まわりに家族が円座になっていましたので、おじいちゃん、ほらほらいい顔してとか冷やかされています。
そのせいで、ちょっと照れたような表情になってしまいました。

たばこの害については、実数データを示されるものの、まだ科学的裏付けが希薄と考えるのか、まだまだ喫煙そのものが激減することはないようです。
裏付けが弱いと言えば、今回の原発事故にともなう放射能の人体に対する影響もよく似た状況と言えるかも知れません。
ただ、たばことは逆に、かなり低いハードルをつくってこのレベルだと乳児は摂取をひかえるようになどと政府が言っても、それより低い数値でもおとながこれはまずいと避けようとしているのが現状です。

未知のものに対する不安ということでしょう。
愛煙家の方にはたいへん恐縮ですが、発がん性の危険ということで、放射能とたばこの近似性をとらえるならば、放射能○○シーベルトは、たはご××本吸ったのと同じ発がんリスクですと説明したらどうなんだろうと思います。
これだと、愛煙家はそんな程度なのかと安心するかも知れないし、逆に嫌煙家はそんなに危険なのかと過剰な反応をして、かえって混乱するでしょうか。

日本での喫煙者は年々減っているのでしょうが、中国ではあまりそういう話を聞きません。
たばこを吸う中国人に体に悪いよと言っても、ほとんど気にしている風ではないのです。
よく言われることに、人が多すぎる中国ではさまざまな人口抑制策がとられていますが、たばこの害を隠すことがその一環なのだというのがあります。
同時に儒教思想などから出生するうちの男性の比率が著しく高い中国ですので、たばこを吸う男性が減少することでバランスを取っているのではとまで言い切る人もいます。
わたしも、知り合いの中国人を肺がんで失っているので、とても人ごとには思えません。

さて、ちょうどここの家の人に深圳への行き方を聞くと、何番のバスに乗ってどこそこで乗り換えてと丁寧に教えてくれました。
やはりダイレクトでバスターミナルへ行くバスは無いようでしたが、来る時来た道をなぞるようにバスが戻ったので乗り換えは容易でした。

バスターミナルへ着くと、あらゆる方面のバスに遅れが出ているようでした。
清明節の影響は午後になってさらに高まり、折り返し発車するバスが到着しないため、1時間近く遅れての出発になりました。
以前、知り合った女の子と食事の約束をしていて、非常に楽しみにしていたのですが、結局2時間遅れでお茶だけになってしまいました。
屯門の小さな旅の失敗は、最後まで尾をひく形です。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 1st | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/17 Sun

釣什麼東西

M8/Summicron 35mmF2
いつも8~9割は、いつも必ず広角レンズ、望遠レンズも持参しています。
標準レンズが好きなので、50mmレンズを3本持っていって比較しながら撮った方が面白そうなのですが、それをしたことがありません。
広角・標準・望遠の3本を持っていくのは、いろいろなシチュエーションで対応するために始めたやり方で、わたしの旅のスタイルとして確立してしまっているものです。

望遠が75mmの時は標準レンズ同様の使いまわしで使用頻度が高いですが、90mmや135mmになるとなかなか使えません。
広角の方でいえば、28mm、35mmはライカのためにあるような焦点距離ですし、ライカM8のAPS-Hフォーマットはそれぞれ35mm換算で、37mm、47mm相当になるので標準レンズ派にとっても使いやすいはずです。
しかし、これも好みの問題でしょうか、使用機会が多いとは言えません。

旅に出て、持参した交換レンズをまったく使わなければ、カメラバッグの中に石ころを入れているのといっしょです。
わずかでも使おうと取り換えたりしますが、短時間しか使わなければその焦点距離に馴染めず、また出番が減りがちという使わない交換レンズスパイラルに落ち込むことしばしばです。

ライカを使っている方の焦点距離別使用割合はどのようになっているのでしょう。
おそらくライカの純正レンズあるいは、コシナなどの現行ライカマウントレンズを使用している方であれば、圧倒的に広角の使用頻度が高いのではないかと思われます。
特に35mmは、ズミルックス、ズミクロン、ズマロン、エルマーといずれも人気が高く、カメラのファインダーも視野的にしっくりきて、やはりライカの焦点距離だと感じます。
35mmという手堅い写りのものが多くなりがちな焦点距離において、前述のライカレンズたちは、いずれも個性的な描写力を持っているということが使用頻度を後押ししているということもあると思います。

ノンライツレンズやマウント改造までしたレンズがメインだと状況はまったく変わります。
個性的レンズの多くが50mmにあるばかりでなく、各種レンズ構成の典型がこの焦点距離に集中していることもあって、標準レンズのシェアが圧倒します。
広角レンズよりも、レンズの個性が撮影結果に明確に出るのも、50mmレンズの愉しみです。
この分野では、多くの方が標準レンズを使用していることは間違いないでしょう。

そういう言い訳的な概況を述べておいて、いきなり今回の使用レンズに戻ります。
ラプター50mmF1.5をさんざん使用したあと、後半戦に入ってズミクロン35mmに取り替えました。
マウント改造標準レンズから、ライカ純正広角レンズへのバトンタッチという王道パターンです。

そのズミクロン35mmF2ですが、いわゆる8枚玉と呼ばれるこのレンズ最初期のものです。
もっとも人気のあるレンズのうちの1本ですが、比較的入手が難しいレンズのようです。
「ライカレンズの見分け方」によれば、8枚玉ズミクロンは、スクリューマウント577本、Mマウント約20000本しか製造されていないようです。
Mマウントのものもおよさ半数はM3用のファインダーと一体化したいわゆるメガネ付きレンズです。

一般的な8枚玉ズミクロンの1万本という製造本数が、ほんとうに少ないのかはよく分かりません。
ですが、製造されたM型ボディの数量やライカユーザー、コレクターの数を考えれば、やはり希少なレンズと言っていいのかも分かりません。
性能が向上したとみられる2世代目の6枚になったズミクロンの方が、価格も安いのに人気ではずっと8枚玉の後塵を拝しています。
ただ、希少なはずの8枚玉ズミクロンは、探すとかなりの頻度で市場に見つけることができるのは、やっと入手した8枚玉も使ってみると案外たいしたことが無くて手放してしまうというケースが多いのではと想像してしまいます。

屯門の帰り道で池に仕掛けをセットする家族がいましたので、これは広角でちょうどいいかなと思ったのですが、露出がかなりオーバーになってしまいました。
すごいシャープなレンズと言われますが、開放ではオーバー目なことも手伝ってけっこうふわっとした描写です。
8枚玉の作例としては、物足りないものとなってしまいました。

仕掛けも、なんという魚を獲るのですかと聞きましたが、魚ではないと言います。
ウナギ? いいえ、カエル? いえいえ、エビ? 違います。
何とかですと教えてくれるのですが、これがどうしても聞き取れません。
春先、淡水の池で長い網の仕掛けで獲れる生き物、はて、なんだったのでしょう。

ところで、もう1本、望遠レンズについて言及していません。
実は気に入っているテレエルマリート90mmF2.8を持っていったのですが、一度も使うことがありませんでした。
高価なレンズが、かばんの中で重しになっていました。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 1st | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/16 Sat

女性在石板路辺

M8/Summicron 35mmF2
美しい古建築の祠堂でしたが、どうも事前に資料で見ていたのはここではないようでした。
大きいとは言ってもひとつの祠堂ですので、建物が3つ並んでいるだけで、それだけのために来る価値があると紹介しているはずもないのです。
門番の老人にそのことを聞いてみました。
たぶんあそこのことだろう、老人はちょっと考えてからそう答え、わたしに道順を教えてくれました。

しかし、これがけっこう複雑でした。
距離も3キロあると言います。
真っ直ぐ着いて30分、迷えば1時間以上覚悟しないといけません。
もうひとつ離れたところに目的地がありましたが、そこへ行くのはあきらめており、せめて老人の教えてくれる場所までは是が非でもたどり着かないといけません。

もう一度言ってくれを2回繰り返すと、さすがに老人に何だこいつという雰囲気が現れ始めましたので、ここは自分が中国人でないことをばらして、申し訳ないが中国語が不完全でと詫びました。
老人は、そうだったのかと言い、申し訳ないのはわたしだ、日本は地震がたいへんだったねえと道順とは関係ないことまで言いつつちょっと待っててくれと外へ行ってしまいました。
しばらくすると老人が自分のバイクに跨ってやって来ました。
後ろに乗んな。

開けてくれるように案内してくれた女の子がいて、この祠堂に入れたのですが、今度はこの老人が案内してくれて南門の古鎮へ行くことができます。
事前に用意したコピーを忘れてやって来て途方にくれましたが、ふたりの親切のリレーによってどうにか目的のひとつを果たすことができました。
今日の作例写真の風景には何となく見覚えがありました。

草木の手入れをしている女性にあいさつして、話を聞くことにしました。
しかし、この女性は聾唖者で残念ですが村の情報などは聞くことはできませんでした。
ところが彼女はたいへん明るい女性で、自分のハンディキャップはものともせず、一生懸命になってわたしに意思を伝えようとしています。

ちょっと待ってという仕草をしたと思うと、近くにあった植物を示して、ジェスチャーでこれを煎じて飲むとのどの痛みに効くとか、こっちは頭痛薬だとか説明してくれるのです。
葉の形を見せてこういう特徴があるとか示してくれたりもします。

それが、いまその場のわたしに役立つ情報であるという訳ではありません。
ですが、彼女はわたしのために伝わらないもどかしさをものともせず、わたしに知ってもらいたいんだとばかりに必死で説明してくれた姿が、こんなことぐらいでは負けませんと言った東北沖地震の避難所のおばあさんを始めとした被災地で絶望に近い状態でも明るくがんばっている方々の映像と重なりました。
満面の笑顔でここに来てくれてありがとうと言っているように見える彼女の手をとって握手して、わたしは彼女に背を向けた瞬間、泣きました。
震災の辛い辛い映像を見続けても泣くことはありませんでしたが、困難と明るく立ち向かう姿が完全にオーバーラップしたのでしょうか、なぜかこの時は涙がこみ上げてきました。

ここまで送ってくれた老人は帰ってしまったので、同じ道のりをたぶん30分以上かけて戻らなくてはなりません。
そんな時間の制約があったので、ざっと一通り見て回って村を辞することにしました。
恐らくは数世帯が残るだけの小さな忘れられた村のようでしたが、わたしにとっては忘れられない訪問になりました。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 1st | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/15 Fri

木綿樹的毽子

M8/Raptar 50mmF1.5
古くて立派な祠堂がありました。
おそらくこのあたりの村の祖先が祀られているのだと思われます。
後ろ側が高台になっていて内側がうかがえましたが、かなり立派な建築です。

正面にまわると中へ入れるようになっていましたが、残念なことに鍵がかかっていました。
近くの家で遊んでいる女の子がいたので祠堂の中へ入れないのと聞くと、わたしを怖がっているのか家の中に引っ込んでしまい顔だけこちらに出して様子をうかがう仕草です。
もう一度、話しかけましたが、ますます警戒感を強めているのが分かります。

こんなときには奥の手があります。
じつはわたしは外国人だとばらしてしまいます。
わざわざ来たのに祠堂の中が見られないのは残念なのでと、にこにこと話しかけると、えーっと驚いて、思った通りこちらに寄って来て、どこから来たのと聞いてきました。

すかさず、日本だよと答えます。
この前地震があったの知ってるでしょと言いながら、東京ではこのくらい揺れたんだよと彼女の肩を持ってゆさゆさと左右に揺らして見せます。
地震のことはニュースで知っていて、恐ろしい津波の映像も見たそうですが、地震の揺れ方のことは知らなくて、そんなに揺れたのかと目を丸くしています。
いや、この揺れは東京で、津波があった東北は、もっともっと揺れたんだと説明すると女の子らしく、被災地の人が可哀そうだと心配することを健気に言ってくれました。

このシャイな女の子は小学校6年生で、祠堂はいつも開いているはずなのにと一旦閉まっているのを確認してから、ちょっと待っててと友達に管理人を呼びに行くよう指示してくれました。
先日は、この辺の人が排他的でというようなことを書きましたが、実際そういうところもあるものの、道を教えてくれたおばさん、昨日の写真のモデルになってくれたおばあちゃん、この少女と、ちょっとだけ親しくなることで
内面を垣間見ることができるのが、こういうちょっとした旅の愉しみと言えるのではないかと思います。

以前、
「旅行者はその場限りの人間同士の付き合いで、どこでもちやほやされるのが当たり前です。
旅とか、一見の出会いでの付き合いを人の良さと勘違いしているのであれば危険だと思う」
というような批判がありました。
一面ではその通りなのでしょうが、人との出合いを疑心暗鬼の中で続けるくらいなら旅なんかしてもちっとも面白くありませんし、わたしの場合写真を撮る意味も失います。
それとこの言葉をよく読むと、じつはその場限りの関係だけでなく、仲間や友人だと思って付き合っていたのに、ちやほやしていただけで仲間や友人としての付き合いだと勘違いしていれば危険だと言っているようでもあって非常に怖いことを書くものだと思いました。

閑話休題。
今日は、この女の子たちの写真を使おうと思っていたのですが、この祠堂の雰囲気が伝わるのは後からやって来た年下の子供たちを撮った写真の方でした。

向かい合う子どもが持っているのは"キワタノキ"の花です。
広東では春先に、大きな木にオレンジ色の花が咲き誇っているのをよく目にします。
木が燃えているようにも見えるので、わたしはこれを火焔樹というのかと思っていましたが、いま調べてみると火焔樹はまったく違う花で、さらに調べていくとキワタノキということが分かりました(参照;キワタノキ)。

この花がバドミントンの羽根にそっくりなので、子どもたちが蹴って遊び始めました。
中国には毽子という蹴鞠のような遊びがありますが、それを真似したのですね。
女の子の方が少し潮田玲子に似ていたので、中国のイケシオとふたりを勝手に呼んでみました。
【M8/Raptar 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/14 Thu

瓦格納的肖像

M8/Raptar 50mmF1.5
中国の田舎へ行くと排他的な人が多くて、よそ者には冷たいのが常です。
それでいて、好奇心いっぱいという人もけっこういて、救われることしばしばです。
今回も、交差点にいた太っちょのおばさんが困っている人はほっとけないよ、というタイプの人で、そういえば古い家が並んだところがあったわと、行き方を教えてくれました。

ずっと真っ直ぐ歩いて行けば分かると言うので遠距離を覚悟しましたが、何のことはない徒歩10分かかりません。
1キロちょっと離れていたに過ぎなかったわけです。
それなのに地元で生まれ育った人たちは、その存在を知らなかったというのが不思議です。

田んぼを見渡す位置におばあちゃんが座っていたので声をかけましたが、ずっと土地で暮らしてきたのでしょう難解な広東語で返事されてしまい、まったく会話になりません。
改革開放以降は標準語の普通話が当然使われていますが、ずっと広東語一筋で生きて来た老年世代は、急に普通話を使えと言われてもしゃべれるはずもなく広東語の会話しかできないのです。
ただ、テレビは普通話で放送されているからでしょう、しゃべれなくとも一定程度の聞き取りはできるようです。

このおばあちゃん、額が真っ直ぐ広くて、いかにも頭脳明晰という雰囲気を醸しています。
写真を撮らせてくれとお願いすると、最初はダメダメと笑ってましたが、尚も真剣に迫るときりっとした顔でポーズを決めてくれました。
まるでワーグナーのポートレイトのようです。

わずかにフレアっぽさが残るのは、ガウスタイプの特徴だと思います。
そのガウスタイプのもうひとつの特徴は二線ボケが出やすいことですが、このレンズではその傾向が無いとは言えないもののうるさいというまでひどくなることはありません。
クセのあまりない美しいボケ味を得られるレンズだと思います。

また、ピント位置より前の方がなぜか深度がぐんと深く感じられます。
おばあちゃんの目にピントを持って来ていますが、手や傘などボケ量は小さく、崩れることがありません。
開放の描写としては出来過ぎている感じすらします。

ただ、このラプター50mm(51mm)F1.5は、個体差があるようです。
kinoplasmatさんともうひとつ見つけた作例は、JunYさんの"fullcolorapartment"で、そのことに触れられています。
JunYさんの所有されている固体は逆光に弱いとのことで、その点はわたしのものとは違うようですが、一見したところでは、シャープネスや手前に深い深度など同傾向のレンズであると言えると思います。
オシロスコープ専用に納入されたレンズで個体差が大きいというのも、また不思議な気がします。

気になるのが製造年ですが、今のところウォーレンサック社のシリアル番号表を入手できていないので、正確なところは一切分かりません。
しかし、kinoplasmatさんのサイトに「S用のNikkor50mmf1.4が使われていたが、後にこのRaptarに変更されたらしい」と情報がありました。
日本光学のNikon Sシリーズの最終機S4も、一眼レフの最初の機種Nikon Fも1959年発売です。
とすれば、Wollensak Raptar 50mm(51mm)F1.5も遅めに見積もっても1960年代前半以前に設計されたのは間違いないでしょう。
暫定的に50年前のレンズだと決めておきたいと思います。
わたしの所有する50mmF1.5シリーズの最終形であり、完成形と言えるかも知れません。
【M8/Raptar 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/04/13 Wed

没帯旅遊書

M8/Raptar 50mmF1.5
もうかれこれ2年半近く、毎月のように中国へ行って当地の古鎮巡りを続けています。
もともと計画のない気ままな旅をできればと思っていますが、時間の制約があってそうも言っていられません。
そこで、気まま感を最大限残しつつ時間をフル活用できるように、行き先を簡単に調べて、往復の交通機関をチェックすることを、わたしのスタイルにしました。

たとえば今回の目的地、屯門へ行くバスは深圳のいつくかのターミナルから出ていますが、当日、ターミナルへ行ってここからは出ていないとなっては途方に暮れますし、そこから出ていても次の便は2時間後だと言われればむなしい気分になるでしょう。
本当は、じゃあ、どのターミナルへ行けばいいんだと聞いていった方が未踏の地を訪れる面白さがありますし、2時間後か、じゃあゆっくり飯でも食うかくらいのゆとりも欲しいです。
そこは、時間のない日帰り旅ですので、現地にいちばん早く着けるバスはどこから何時に出ていて、終バスは何時だからこのくらい滞在できると割り切った行動が必要です。

現地情報については、なるべく調べてから行った方がいいというのも一理ありますが、それでは新鮮味が薄れるという考えもあります。
これは、折衷案ということで、情報の出ているサイトなどを印刷していって、その中身は事前に読まないことにしました。
現地が無人で情報を得られなかった場合などに、仕方ないと言って取り出して読もうというものです。
当地の人とコミュニケーションをとって情報を得ることは旅のひとつと言えますが、印刷したものを読んでしまうことは旅という行為には当てはまらないと思うのです。

それによって、現地で見逃してしまうものなどが結構あります。
若いころであれば、たいへんにもったいないことだと思って予習に力を入れていたと思われますが、いまは、調べることによってわたしの歓声が失ってしまうことの方が多いような気がします。
そんな具合ですから、わたしの紹介する作例写真には大したものは写っていません。
同じ様に自分のスタイルを貫いて理解者の多いとは言えない先輩撮影家の提唱する"ロボグラフィ"の傍流というるのではと思ったりもします。
ご本人は否定されるかも知れませんが。

さて、今回、実はかなり致命的に近いミスを犯してしまいました。
これまでにも毎回チョンボの連続で、電車に乗り遅れたとか、反対方面のバスに乗ってしまったとか、携帯電話を掏られたとか、現地で知り合った女の子の携帯の番号を書いた紙を紛失してしまったとか、カメラが壊れたとか、電池の充電を忘れて撮影できなかったとか、ちょっと振り返っただけでも枚挙に暇がありません。
今回は、行き先を印刷した紙を持参するのを忘れてしまったのです。

印刷しても読まないことにしてるのだから別にいいのではと思われることでしょう。
わたしも無いことに気付いた時は、そう高をくくっていました。
しかし、今回行こうと思っていた2箇所の地名がどうしても思い出せなかったのです。
珠海市屯門区南門までは覚えていたのですが、その先は分からず、またそこから10キロほど離れた2つ目の目的地はまったく地名の足がかりすら思い出せません。

それでも南門まで行けばどうにかなると思っていました。
バスターミナルから乗ったバイタクには南門の古い家がたくさんある有名な所まで行ってくれとお願いして着いたのが、おとといと昨日の写真の場所でした。
なかなかいい感じではありますが、この程度の街並みは広東省には当たり前にあるので、あえて来るほどのものではありません。
もっと古い家のあるところを知りませんかと2、3聞きましたが、さあ、知らないねとにべもなく、行き詰ってしまったのでした。

そこで勘にたよって付近を徘徊したところ、やや古めの建物が並んだところに出て心躍りましたが、平凡な家並みばかりでまた違ったようです。
軒先に腰掛けて遊んでいた少女にここ以外で古い家があるとこ知らない、と尋ねてみましたが、知らないと強い語気で突っぱねるような返事が返ってくるばかりでした。
その口調も、それから敵意とまでは言わないまでも心を開くこと無きかのごとくな表情も、それまで聞いて知らないなと言った大人たちとよく似たものだと後で気付きました。
【M8/Raptar 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/12 Tue

掩盖臉不掩盖脚

M8/Raptar 50mmF1.5
今は残念ながら休止中なのですが、kinoplasmatさんのサイト"滲みレンズ"に"Raptar 51mm(2.04inch)F1.5"というレンズが紹介されています。
「果たして、実写の結果は、正直『驚きました』。ピント部分の『切れ』は、いままで見てきた50mmレンズの中で『もっとも優れている』かもしれません」と書かれています。
わたしのように何でもかんでも褒めてしまうのと違い、kinoplasmatさんはシビアにレンズを評価する人です。
すばらしい作例も魅力的で、オールドレンズファンの多くが手にいれたくなるレンズと言えます。

今回わたしが使用したレンズも、"Raptar F1.5"ですが、上述のレンズとは微妙な違いがあります。
まず焦点距離の表記が、kinoplasmatさん紹介レンズが51mmなのに対し、こちらは50mmと刻印があります。
これについては、マウント改造してくれたMSオプティカルが焦点距離を計測してくれていて、「51mm(短い)」と書き込まれていました。
短いというのは、ライカ標準レンズの焦点距離51.6mmよりも短いということを指摘しています。

kinoplasmatさん紹介レンズは、2.04インチと刻印されていて、この表記の面白さを強調されていますが、これがまさに51.6mmではなく51mmをインチ換算したということなのでしょう。
と思い調べると、51mmは2.008インチで、2.04インチは51.82mmになるようです。
これはどういうことなのか、訳が分からなくなりました。

もうひとつの微妙な違いは、両者ともオシロスコープ用の記録用のレンズで、わたしのレンズが"DUMONT CRO"というオシロスコープ用でそう刻印されているのですが、kinoplasmatさんのは米国ネバダ州の核実験施設のオシロスコープ専用だったことです。
DUMONT CRO というのは、DUMONT社のCROという機種のオシロスコープということのようで、同機種用のレンズは、75mmF1.9、75mmF2.8の方が一般的だったようで、検索するとこれらレンズの作例も見ることが可能です。

結局のところ、この2種のレンズは同じものなのでしょうか。
MSオプティカルによれば、同じもので間違いないと思いますと太鼓判を押してもらいました。
焦点距離の点や球面収差の出方がまったく同じだということが理由です。
わざわざ表記を変えているくらいですから何かしらの変更があるのかも知れませんが、少なくとも基本設計は同じと考えてよいのでしょう。

高性能のレンズですので、ガウスタイプに1枚追加したような5群7枚構成を予想していたのですが、驚くべきことにガウスの日本である4群6構成だそうです。
ガウスタイプの50mmレンズでF1.5、F1.4というレンズは少なくないですが、その中で4群6枚というのは恐らくアンジェニューとこのレンズだけかも知れません。
実際、MSオプティカルも、このレンズのアンジェニューS21と球面収差の補正パターンがよく似ていると指摘しています。

さて、今回すべてを開放で撮影しましたが、被写界深度の深さにまず目が行きます。
今日の作例も、マスクの美女にピントを合わせたつもりが後ピンになって後ろ向きのおじさんにピントが来ているように見えますし、拡大するとやはり美女にもピントが来ているようにも見えます。
すごい深度ですが、この手の大口径ファンには浅い深度を喜ぶ人が多いので、かえってマイナスかも知れません。

日本では花粉の舞う時期になるとマスクをする人が多くなって、たとえば通勤の電車の中ですごく美しい眼をした女性がマスクなんかしていると、ああ~、マスクをとると相当な美人なのだろうな、見れなくて残念などと思うことしばしばです。
作例写真のバイクの女性も、同様のことが言えます。

そこでわたしが提案したいのが透明素材のマスクを作ってくれないかということです。
せつかくの美人の顔が隠れてしまうという問題もありますが、マスクで顔が隠れているのは防犯上も問題があると言われているので、透明マスクは存在意義が大きいと思われます。

バイクがそれほど多いとは言えない中国華南地域では、作例のようなリユーザブル・バイク用マスクを見たのは初めてです。
ベトナムやタイでは必需品となっていますが、どうしたことかかの地ではマスクを着けたままの方がよさそうなバイク女性が多いのが不思議です。
【M8/Raptar 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/11 Mon

清明節的堵車

M8/Raptar 50mmF1.5
餃子と赤ワインで満腹した翌朝、かなりの早起きをして珠海市の屯門に向かいました。
今日はひとりきりです。
深圳で撮影することをライフワークにしている楊さんは、写真をとるためにどこかへ出掛けることはしません。
先月は高要にひとり出掛けてから、翌日楊さんと撮影したので、昨日いっしょだった友がいないということに少なからぬ違和感を感じないではありません。

しかし、ひとりというのはまったく気楽なものです。
ぎりぎり5分前にバスターミナルに到着してチケットを買い、いままさにエンジンをかけたバスに飛び乗ります。
バスは空いていて、こういうときいつもそうなのですが、みんな前の方の座席に詰めて座っていましたが、かまわず後ろの方にどっかと腰掛けました。

7時半出発のバスにはぎりぎり間に合ったし、そのバスは空いていて楽に腰掛けて眠っていけます。
すべてが順調にスタートを切ったかのようでしたが、1時間後、早くも様子は一変します。
道路渋滞が始まりました。

じつは、この日から清明節の3連休が始まっていました。
清明節は、お彼岸のようなもので、中国中で墓参りしている姿を目にします。
ただ、マイカーが普及したこともあって、郊外に遊びに行く人がどっと増えたため、やれ春節だ、清明節だ、労働節だ、国慶節だと言っては渋滞、渋滞また渋滞と言う訳です。

昨夜は遅くに帰ってから、サッカー中継を観戦して3時間ほどしか寝ていません。
バスがのろのろ動いている間ずっと爆睡していましたので、どのくらい混雑していたのかよく分かっていません。
ただ、3時間ほどだと聞いていた屯門に着いたのは、11時半でしたので、1時間ほど遅れて着いたに過ぎなかったようです。
中国のバスは、渋滞にはまるとその遅れた時間を取り戻そうと、渋滞が解消した瞬間にすっ飛ばすのが普通です。
そんなことから、1時間半の間渋滞していたのだろうと推測されました。

屯門のバスターミナルは郊外にあって、目的地の南門へ行くバスはありません。
バイタクの親父によれば、5元で南門行きのバスが出るところまで連れていくとのことです。
なんで、ダイレクトで南門まで行ってくれないのか聞きましたが、南門までは20キロも離れているので20元かかるぞと言われます。
20キロ20元は激安です。
運転手の気が変わらないように、ちょっと高いけど時間が無いから直接行ってくれと頼みました。
ラッキーです。

しかし、時間がないというのに気を使ってくれたようで、かなりのスピードで走りだしました。
推定80キロくらいでしょうか、速度計を見ましたが壊れていて針は0を指したままです。
50ccのバイクとしては限界速度でしょう、いや、道は舗装されているもののけっこう凹凸はあって転倒しないのか気が気でなく、わたしの忍耐も限界です。
15分ほどで到着しましたので、ほんとに彼の言う通り20キロあったのか分かりませんが、そうだとすればやはりぴったり時速80キロで走行していたことになります。

風と恐怖心で髪の毛を逆立てながら、散策を開始しました。
古い町並みは、騎楼という広東独特のアーケードのような建築が続いていて好い雰囲気です。
しかし、着いたと思えばもうお昼。
まずは昼食から旅をスタートすることになりました。
【M8/Raptar 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/10 Sun

你比玫瑰漂亮

M8/Raptar 50mmF1.5
楊さんとの街上拍照、最後の1枚です。
街上拍照とは、先日来た楊さんからのメールに書かれていました。
そのまま訳せば街中撮影ですが、路上スナップと言っていいでしょう。
わたしも、今後、路上スナップのことを街上拍照と呼んでみたいと思います。

中国で街上拍照をするにあたって有利なことがいくつかあります。
まず中国では、撮影しても人権とか肖像権とかそんなことを言い出す人はまずはいません。
撮られたくない人はもちろんいますが、写真を撮ったり撮られたりすることに自由があふれます。

そして、中国では路上に被写体がずっと多く存在します。
作例は、花屋さんの女の子ですが、店内で作業せずに店の前にテーブルを出して、そのうえでラッピングの作業などをしていますので、どうぞ撮ってください状態です。

このときは撮影時に彼女たちと眼が合って、何で撮るんだとか言われていたようなのですが、楊さんが構わず撮り続けるんだという通りに、縦横変えたり、露出をいじったりして10枚以上撮影しました。
その楊さんは、彼女たちに街上拍照しているところで特に美人の写真を撮ってるんだよと説明しています。
女性モデルを撮影するときに、ひっきりなしにしゃべりながら撮影するカメラマンではないですが、楊さんも、ひたすら何かしゃべり続けます。
君たちは、その花より美しいと言っているのが耳に入りました。
彼女たちの表情は、このおっさん何言ってんだかなのか、満更でもないなのか、どうも全社のような気がします。

このあと、彼の友人の子どもの送迎をしたことは昨日書きました。
少年を送り届けてから、同じマンションにある楊さんの家に行きます。
これが高級マンションの最上階20階で、眺望が最高ですし、楊さんが一気にセレブのように見えてしまいました。

リビングにはソニーのPCがぽつんと置かれていて、日本製の印画紙にプリントしたデータはエプソンのスキャナーで大部分取り込まれているようです。
隣は、せっかくの眺望を暗幕で覆ってしまうという、贅沢な暗室で、さっそく前回一緒に街上拍照したときのプリントを自慢げに見せてくれます。
スナップ中も普通のおじさんだった楊さんが、売れっ子写真家に変貌したかのようです。

さんざん歩いてお腹が空いていましたので、順平さん夫妻が合流してくるとすぐに食事が始まりました。
豪華中国料理が並ぶということは無く、奥さんの手づくり餃子に長城ワインの夕食ですので、あくまで庶民的な味わいです。
ただ、いつもまずい長城ワインも、この日飲んだいただきものだという木箱入りのそれはかなり美味で、メルロー風味なのに餃子にぴったり合いました。
水餃子もやはり絶品で、ひと口サイズのつるつるっとしたやつは、飽きもこなくていくらでも食べられてしまいます。

食事中の話題はほとんどずっと地震のことでした。
中国のニュースでも連日、日本の被災の模様はリアルタイムで報道されていて、状況はこちらも驚くほどよく知っていました。
だから、最初に出たのが、パニックを起こさず、忍耐強く頑張っているのがすごいという、世界各地での評価と同様のことでした。
わたしが計画停電で信号が消えても、ほとんど交通事故もないという話をすると、それは初めて聞くようで、さらに感心しています。
中国だったらたいへんなことになるだろうと言っていますが、それにはわたしも同感です。

話は原発事故のことになります。
わたしは安心させるつもりで、家は原発から250キロ以上も離れていると言ったのですが、彼らは一様にそんな近いのかと驚いています。
広い中国の感覚では、250キロは隣町ということなのかも知れませんが、それにしても心配し過ぎです。

何かあれば、ここにずっと滞在してもいいとまで言います。
冗談で言っているのかと言えば、そんなことは無く、みんな真面目に心配してくれているようです。
わたしは少し考えて、やはり真面目な顔でこう答えました。
ご心配ご迷惑をおかけして申し訳ないですが、大丈夫です。
あなたたちが最初に言ったように、われわれは忍耐強くがんぱっています。
それは原発と戦っている人たちも同じで、彼らは間違いなくすぐにもそれに勝利しますから。
【M8/Raptar 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/09 Sat

有閑主婦

M8/Raptar 50mmF1.5
この日、楊さんの家で食事に招待されていました。
先月、お昼にレストランで食べた餃子が旨かったのでそう言うと、いやウチのが作る餃子はもっと旨いぞ。
来月、スナップを撮ったら、夜は家で飯食ってけ。
そうだ、酒も呑もう、そう一方的に決められてしまいました。

その前に用事があるということで、そろそろスナップの方もラストスパートです。
タクシーに乗り込み女性、それを見送る女性、彼女に抱えられたカメラ目線の子犬という構図の1枚ですが、何か非常に現在の深圳の象徴のような感じがします。
旦那は忙しく働いていて、子どもは全寮制の学校、暇を持て余した主婦が土曜の昼に集まって高級ランチをとりながら、旦那の悪口を言い合ってストレス発散した帰り、というところではないでしょうか。

まったく似合わない柄の服や、自慢するためだけに飼っている室内犬は愛情のかけらもありませんので犬の方もなつかずそっぽを向いているのが、滑稽でなりません。
犬のマダムの方に写真を撮っているのを咎められましたが、英語でわたしは中国語ができませんと返すと、相手にしてられないとばかり次に来たタクシーで去って行きました。

そのあとの楊さんの用事というのが、にわかに作例と少し関係してくるものでした。
友達の息子さんが全寮制の高校に入っていて、週末に帰宅するのを学校まで迎えに行くというものでした。
スナップを終えて地下の駐車場まで下りると、高級車がずらつと並んだ中では割と地味なポロが楊さんの愛車でした。
中国では、車を持つこと自体がたいへんで、ステータスでもあるわけですから、車種は二の次なのかも知れません。
ともかく、忙しい友人夫妻に代わって自由な時間のある楊さんが、彼らの息子を学校まで迎えに行くのが、毎週土曜の決まりごとのようです。

学校までも10キロ以上離れていて近いとは言えないのですが、メインストリートから校門への通りに入った瞬間、すごいことになっていました。
500メートルほどの通りなのですが、やはり子どもを迎えに来た親御さんの車がびっしり並んでいて、なかなか進んでいきません。
そればかりか、一刻も早くわが子のもとへ急ごうとする車が、無理に割り込もうとしたり、もたもたしている車がいるとクラクションをシャワーのように浴びせたり、およそエリート校の門前とは考えられないような混沌世界が繋がっていました。

のろのろとなかなか進まない車列と反対方向からは、ぞろぞろと生徒たちがやはり列をなして歩いてきます。
500メートル歩けば大通りですから、わざわざ来てもらわなくたって自分でバスで帰ればいいだけです。
ほとんどの子たちが、そのまま海外旅行できてしまいそうなキャスターケースをごろごろと転がしています。
中身は1週間分の洗濯物だそうです。
寮生活と言っても、3食食堂だし、掃除は専門の会社がやり、洗濯は母親(お手伝いさん?)任せで、本人たちは勉強して寝るだけのようですね。

ようやくたどり着いた校門前ですが、どんな奴なのかと見れば、青白い顔した、確かに勉強はできそうだけどそれ以外は…、というわたしが思い描いていた通りの少年がやって来たので、思わず笑ってしまいました。
後部座席のわたしが自己紹介をしても全然関心を示しません。
ふつう、突然外国人があいさつすればびっくりするものだと思いますが、日本人を舐めてるのかも知れません。
17歳、高校2年生とのことでしたが、今後、彼はどんな人生を歩んでいくんだか、わたしもまったく関心ありません。
【M8/Raptar 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/08 Fri

労働在麦当労

M8/Raptar 50mmF1.5
雑踏で人酔いしたのはわたしだけではなかったのか、楊さんが、少し休憩しましょうとわたしを誘いました。
楊さんは、コーヒーを飲む習慣があるそうで、カフェを探したのですが見当たらず、結局、マックになってしまいました。
もう10分ほど歩けばおしゃれで美味しい喫茶店があって、その場で挽いてくれるコーヒーが100円ほどなので
そこまで案内するつもりだったようですが、そこは次回ということになりました。

前回もそうだったのですが、楊さんはお茶代やお昼代をいっさいわたしにの払わせようとしません。
ここは地元だし、案内しているのだからと笑いますが、案内いただいているお礼としてわたしとしてはご馳走したい気持です。
意外なところが頑固です。

では、後ろで待っている間失礼して、カウンターの女の子を撮っちゃいましょう。
こういうところでは珍しく、お化粧していてなかなか可愛いです。
ちょっと後ピンになってしまいましたが、深圳のマクドナルドはどこも混んでいて、写真なんて撮るチャンスはないのでよしとしましょう。

などと書いている今、宮城県でたいへん大きな余震がありました。
ニュース番組が、そのまま地震の様子を伝えています。

そこで思いだしたのが、この子ではありませんが、翌日だったか夕食を食べに行った食堂で店員に日本人だとばれて地震のことが話題になりました。
16歳と言ってましたが、小学生に見えてしまうような可愛らしい女の子で、半月前江西省南昌市の田舎から深圳に出て来たばかりだそうです。

その彼女が突然言ったひとことに面喰ってしまいました。
地震って何ですか? と聞くのです。
生まれてこの方、地震を体験したことは一度もないようです。
漢字の国ですから地が震動するというのは分かりますが、地震がどうして起きるのかとか、そもそもが地震とはどのような現象かも分からないと胸を張っています。

驚きつつも、考えてみれば、地震そのものを体験したことが無ければ、映画か何かで地震の場面でも見ないことには地震がどういうものかすら分からないのは当然のことかも知れません。
大地震の映像と言うのは、一般的には揺れている瞬間ではなく、地震で倒壊した建物とか、今回のような津波の爪痕とか、地震そのものではなく地震による被害が映し出されるのを見るに過ぎないわけですから。

そこでわたしは、彼女を椅子に座らせて、東京の揺れはこのくらいあったと、背もたれを揺らして地震を再現してあげました。
実際には地面が揺れているから、建物全体が揺れて、もう少し大きいと立っていられなくなると説明するだけで、彼女は十分に恐怖を感じているようでした。
中国もエリアによっては大地震がしばしば起こる地震国ですが、多くの国民は地震時の避難法ばかりか地震そのものを知らないのかも知れません。

さて、わたしが見ているのはニュースジャパンという番組で、秋元優里さんというキャスターが地震の模様を実況しました。
この番組と秋元さんのことは、以前にこのブログで書いたことがあって、その時は否定的だったのですが、実はその後毎日のようにこのニュースを見ていたら、わたしはすっかり秋元さんのファンになってしまっているという体たらくです。

シリアスな報道番組なはずなのに、最後の天気予報のところで、必ず目をくぎ付けにしようとの意図見え見えのカットがあります。
この場面で、カメラがサイドからのややローアングルに切り替わって、それに合わせて秋元さんがカメラ方向に体全体を向けるのですが、いつも短めのスカート姿なので、見えそうで見えない、いや今日はハプニングで見えるのではと思わせるような天気予報からのエンディングになります。

馬鹿らしいとしか思えないエンディングが毎晩繰り返されるのですが、それをいかにも超真面目かつ冷たい感じすらする秋元さんが淡々とこなしているのを見続けるうちに、ミイラ取りがミイラになってしまったというところでしょうか。
こんなくだらないことを考える番組ディレクターの術中にはまったとも言えますが、いややはり、秋元さんだから惹かれているのだと思われます。

そのエンディングは、震災後には自粛されてしまいました。
不真面目だと番組でも十分に自覚していたということでしょう。
あの足をぴたっと揃えてカメラに向かうシーンが、国民に勇気を与えるのではという判断は残念ながらなかったようです。

さてさて、どんな時でも冷静沈着、感情が現れることなどけっしてなかった秋元さんですが、いまほどの地震では冷静を装いつつも、激しく動揺しているのが画面から伝わりました。
今、実際に激しく揺れている中で、実況するのですから冷静でいられるはずはありません。
こんなときに不謹慎ですが、彼女の素の姿を見てしまったようで、わたしはますますファンになってしまいました。

ニュースは、宮城、福島、岩手の放送局の中継を次々に映し出しました。
中では、それって本物か、またこの番組の作りじゃないのかと思わせるところがありました。
岩手の中継ですが、放送局が「岩手めんこいテレビ」、キャスターが野牛あかねさん(柳生ではありません)。
確かにめんこい女性ですが…。
【M8/Raptar 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/07 Thu

酷的女孩子

M8/Raptar 50mmF1.5
湖貝路は迷路のようになっていて、マラケシュのスークにも劣らない混沌があります。
わたしは、混乱、パニック、満員電車、行列等々、本来いるべき人数以上に人がたくさんいるところは苦手です。
息苦しく、あるいは、いらいらっとしてしまいます。
しかし、漢民族には高い順応能力が備わっているのか、もともと人がいっぱいの中で育ってきたせいなのか、全然平気なようです。

平気というよりは、混乱したような中でも堂々と渡り合っていけるだけの力強さが無いと中国では生き抜けないということもありそうです。
そう言えば、むかしお付き合いのあった王老師はこういう場ではひ弱な存在で、後から来た人に呑み込まれているのが可哀そうでした。
そこが中国人っぽくなくて好かったというところもあったのですが。

市場では店員にも当然のことながら強靭さが求められます。
いかにも力のありそうなおばさんとか、小柄でおとなしそうなのに機関銃のようにまくし立てることができる青年とか、見ている方がどきどきするくらい客との間には丁々発止のやり取りが見られます。

逆に掴みどころのないようなタイプも、市場で成功を収めるもののようです。
客が、口角泡を飛ばして何かがなり立てていても、軽くいなしつつやわらかく対応してしまいます。
これは働くうちに身に着いたというケースもあるのでしょうが、大概はその人に自然に備わった能力なのではないかと思われます。
熱くなった客は、店員の人柄にクールダウンされて冷静さを取り戻すという訳です。

そんな典型が、今日の作例写真で、それはわたしの目の前で展開されました。
総菜屋さんのような屋台ですが、いかにもやり手という二人組の女性が安くしろとばかりがんがんまくし立てています。
店員の女の子はそれをにこにこと聞くだけで、反論しようとすらしません。

のれんに腕押し、という言葉がすぐに浮かびました。
そして、案の定、何を言っても無駄だと観念したかのように、札を投げ捨てるようにして買い物した二人組は立ち去って行きました。
その間、手前のオーナーとおぼしき、女の子のお母さんだか雇い主だかは、知らん顔で作業を続けるばかりでした。

数分間の出来事でしたが、言葉が聞き取れないやり取りは、まるで無声短編映画を見るような面白さに満ちていました。
とは言え、ずっと背中を押されたりして、人ごみの中で息苦しかったのも事実です。
わたし自身が、どのような状況でも動じない能力を身につけなければなりません。
彼女のように。
【M8/Raptar 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/06 Wed

蘋果小妹

M8/Raptar 50mmF1.5
ちょっと長袖では汗ばむくらいでしたが、天気は上々で、散歩は楽しいものでした。
前回同様、おしゃべりしながら、眼光は鋭く、さくさくっと流していきます。
楊さんは、今日は暑いからゆっくり歩こう、時間もあるし、その方がいい場面を撮れるからね、と言ってくれます。

今回の案内は、かなり力が入っていて、わたしひとりでは再現不可能な複雑なルートを歩いて行きました。
楊さんもけっして考えてルートどりしているという訳でもなく、なんとなく勘で、あっちこっちと進んでいるようです。
たまに、その嗅覚が発揮される場面があって、日傘の麗人が青空の広告の前でバス待ちしているのが落下傘で降下しているように見えるシーンに出くわしたり、階段の脇で公衆電話をかけている青年がそのまま階段に腰掛けて夢中になって話しているのを目撃したり、スナップのネタはそこここに待ち構えています。

街角情報も吹き込んでくれます。
真新しいアパートがずいぶんと狭い間隔で並んでいるエリアがあります。
路地の幅は1メートルもありません。
こんな建物をなんて呼ぶか知ってるかと聞かれます。
答えは、握手楼。
向かいのアパートの人と握手できるくらい近いからそう言うとのことですが、わたしに言わせれば香港映画でアパートからアパートへ飛び移るシーンを連想させるので、ジャッキー・チェン楼とでも呼んだ方が日本人には分かりやすいよと答えます。

何でもないような街中の短い通りでは、ここは女性が春をひさぐところだと説明します。
床屋やレストランが何軒も並んでいますが、そういう雰囲気ではなく俄かには信じられません。
その床屋を覗いてごらんと言うので通りざまに見ると、確かに女性が数人並んで座っていますが、普通の従業員に見えます。
あの女の子たちがと聞くと、そうだよと笑っていますが、わたしをからかっているようにも見えますし、街歩きで裏事情まで知りつくした楊さんが、こっそり教えてくれたともとれます。
さすがに、この通りでは撮影はやめておくことにしました。

その後、複雑に道を曲がっていくと、馴染みのある深南路に出てきました。
10分も歩けば何度も足を運んでいる東門の繁華街ですが、そこへ至る少し手前でまたまた狭い路地に入って行きました。
湖貝路とあります。

都会の一角に清代とおぼしき古建築がずらっと並んだ、取り残されたような街が残っていたのでした。
しっかりと現地の人の生活があって、まるでわたしがいつも足を延ばす広東省郊外の田舎の古鎮そのものです。
わたしにとって、被写体の宝庫のような凝縮された生活臭ぷんぷんの街並みが、こんなところに横たわっていたとは。

しかし、今になって思うのは、この湖貝路も売春街も、後日ひとりで行こうと思ってもたどり着ける自信はありません。
気の向くままに歩いていたように見えましたが、楊さんは、わたしがひとりでやって来ないようにわざと迷路のように歩いたのかなとも思えてきました。
【M8/Raptar 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(3) | 2011/04/05 Tue

去還是不去

M8/Raptar 50mmF1.5
行くべきか、とどまるべきか。
当然のこととして、今回はかなり迷いましたが、結局、今月も中国へは出掛けてきました。
航空券は震災の前に予約してあったのですが、いろいろな影響を考えて、便を変更して滞在時間は減らしました。
本来、変更不可の予約でしたが、状況を考慮した航空会社の計らいで、わがままを認めてもらった次第です。

少なくとも中国や香港から日本への観光旅行は激減しているはずですし、日本からあちらへもキャンセルした人は多いでしょうから、当然のごとく行きも帰りも座席は空いていました。
震災は、航空会社にも影響が甚大なようで、東京-香港間の複数便のフライトは東京の鉄道のようにフライトを中止するなどして対応しているようでした。

事前のニュースとして、北京で日本からの乗客から大量の放射性の物質が検出されたとして空港から病院へ直送された人がいると聞いていました。
香港でも、日本からの便は入国前に特別な検査を受けさせられるのではと考えていましたが、特にそういうことはありませんでした。
北京では、どのような経緯で、あんな事態になったのか確認する必要があります。

地震や原発事故の中国での反応等は、追って記していこうと思います。

悩んだ中国行きでしたが、背中を押してくれた人がいました。
先月、街中スナップを指南してくれた写真家の楊俊坡さんです。
こんな時こそ、沈んでいないで、積極的に行動しなくてはいけない、もちろん身動きできないような状況なら仕方ないが、ぜひわれわれにも日本の実情を伝えてほしい、そんな趣旨で深圳へ来るよう諭してくれたのでした。

もちろん、来るからには、前回と同じようにスナップして歩こう。
そう約束した楊さんは、前回集合に少し遅刻したにも関わらず、今回はだいぶ早く現れてわたしの到着を待っていてくれました。
彼なりのわたしに対する励ましだったのかも知れません。

今回も商業の中心地、東門近くの人民橋にある龔順平さんのカメラ修理店に集合して、そのまま歩いてスナップを開始します。
前回は西北方向に向かって歩き始めてましたが、今回は、正反対に東南方向でした。
楊さんには特に歩くエリアに対する決まりがある訳ではなく、やはりただ単に前回と反対に向かって歩いたというだけのようでした。

楊さんがTri-Xを使うのに合わせるということで、M8の白黒モードで今回も撮影しました。
条件を近づけるということだけで、それほど意味のあることではありません。
ただ、白黒にぴったりくる写真とそうでないものがあって、フィルムであればプリント時に恐らくカバーできると思うのですが、J-PEGではどうにもなりません。
撮影時に何か工夫が必要なのですが、まだそれができるまでのレベルには程遠いところにいます。

作例写真は、麺屋さんで食事の直前に撮ったものですが、これは白黒にぴったりのモチーフだったようです。
高校生と思しき制服の美少女ですが、難しい露出条件の中で、うまくいったかなと言える感じに全体がまとまってくれました。

手前の椅子が邪魔なようですが、これをわたしの解釈で表現すればこうなります。
背もたれはミス深圳の審査員が合否を表示したもので、合格のボタンを押すと白く点灯します。
審査員の皆さん、お願いします、ポンポンポンポン、ポン、5人全員が合格ボタンを押しました!
【M8/Raptar 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/04 Mon

他的鏡頭

M8/Hektor 7.3cmF1.9
ぼたもち寺のすぐ隣に八雲神社がありました。
ここでも復興祈願して、また少し先と表示されている安養院を目指しました。
この辺まで来るのは初めてです。
しかし、まだ5時前というのに安養院は閉まっていました。

夕刻になったのと、こちら側は観光客の流れがもともとないことから、これ以上先へ行くのはあきらめることにします。
材木座に向かって、まだまだ寺院が並んでいるのですが…。
といっても、また日があって撮影可能ですので、最後に、大定番の鶴岡八幡宮に行って締めくくりにすることにしました。

八幡さまで手を合わせると、この日は合計7箇所の寺院と神社で被災地の復興をお祈りしてきたことになります。
こんなことは何の役にも立たないかも知れないでしょうし、そんな労力があるならもっと役立つことをしなさいとお叱りを受けそうですが、まず写真を撮らなければいけないという状況があって、では鎌倉へ行くかと場所を決めて、それから鎌倉なら行く先々のお寺さんで復興祈願すればいいのではという順序で決めて実行してきたことですので、どうかご容赦ください。

すでに日は傾きかけていましたが、参拝者はまだまだかなりのものでした。
鎌倉へはレジャーで来たのかも知れませんが、こんな大災厄があって、誰もが神様に祈らなくてはという気持ちだったのではと察します。
個人的なお願いもあったでしょうが、やはり誰もが被災した方々のことを祈ったことでしょう。

さて、何かないかと散策していると、三脚上の不思議なカメラが目に留まりました。
近づくとボディは紅茶か何かの缶でできていて、手作り感がいっぱいです。
針穴写真です。
中判用のポラロイドパックを使っているようで、タイマーできっかり露光して気合いの入った、かつ何かわくわくするような撮影を楽しんでいるようです。

邪魔しては悪いと思いつつ声をかけました。
わたしはこういう手づくりの作業が楽しくてたまらないんです、という雰囲気を全身に湛えたような青年が面倒がらずに受け答えしてくれました。
それに、ポラロイドですので、その場で作品も見せてもらえます。
実に雰囲気のある絵が浮かび上がっていて、たくさんいるはずの参拝客は1分以上の露光で跡形もなくなっているのが、またあれっという感じで面白く思えます。

わたしも、本日の最後で面白いものを見せてもらえたという満足に浸れて、幸せ気分で帰路に着くことができました。
ヘクトール7.3cmF1.9は2枚貼り合わせが3群並んだ3群6枚のトリプレットですが、彼の使用レンズは、焦点距離は約35mmで、F値は聞き忘れ、レンズ構成は0群0枚ということになります。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/03 Sun

徳国鏡頭書

M8/Hektor 7.3cmF1.9
ふとしたきっかけで1冊の本を手に入れました。
Hartmut Thiele著 "Deutsche Photooptik von A-Z"
ドイツの写真用レンズABC順、のような意味かと思います。
全編ドイツ語の本で、読物ではなく資料と言った方がよいようです。

ツァイスの電話帳と呼ばれる、ツァイスのレンズをシリアル番号順に並べた"Produktionsbuch Photooptik Carl Zeiss" のシリーズも、同じ著者(というより編者、ないしは資料作成者)のようです。
どのように元資料を集めたのか、すごい労力だったのではと想像します。
また、資料を1冊にまとめるという発想も後の研究者やレンズファンにはありがたいことです。

ドイツ・フォトブックの方は到着したばかりでざっと見ただけですが、やはり資料的な価値は高そうです。
メーカー順、レンズ名順のふた通りでドイツのレンズが一覧になっていますし、主要メーカーのシリアル番号表、設計者名とそのレンズの一覧、レンズ特許の一覧、さらにはレンズシャッターの一覧まで、かなりのところを網羅しています。

メーカー順レンズの一覧で言うと、メーカー名、レンズ名、F値、焦点距離、フィルムフォーマット、何群何枚か、製造数(?)、製造開始年、備考が記されています。
ところどころプランクになっているのも目立ちますが、かなり根気強く調べたであろうことが想像されます。

自分の所有しているレンズのそれらデータを確認するのもいいですが、暇を見つけてここに出ている面白そうなレンズをチェックして、その実物を探したいなどとよからぬことを考えてしまいます。
Bopa Auromar 50mmF2.5
Schulze und Billerb. Euryplan 90mmF2.2
等々、パラパラっとめくっただけで聞いたこともないような、魅力的スペックのレンズが見つかります。
またしても、「無きを数えて 足れりと思う 時やなからん」です。

さて、作例ですが、早くもソリゴールに飽きてしまい、ヘクトールに交換して散策続行して、着いたのが常栄寺です。
別名は「旗持ち寺」武将に仕えて傍らで旗を持っていた故事に関係するのでしょうか。
調べると、まったく間違っていました。
下記のような故事が由来だそうです。

文永8(1271)年、日蓮は、幕府に捕らえられ龍ノ口の刑場に引き立てられようとしています。
この地に住んだ桟敷の尼が、供養として胡麻のぼた餅を差し出しました。
すると、その後、奇跡が起こり、日蓮は刑場に連れて行かれるものの死罪を免れた…。

今では、毎年9月に常栄寺でぼたもち供養が行われているそうです。

たいへん失礼しました。
はたもち寺ではなく、ぼたもち寺でした。
35mmから73mmに切り替えたことによる、わたしのフレーミングミスでした。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/02 Sat

小猫与姑娘

M8/Soligor 35mmF3.5
昨日の本覚寺から妙本寺は一直線です。
これまで通ったルートは、鎌倉駅周辺の平坦な道でしたが、妙本寺は山の上にあるというイメージです。
鎌倉の円覚寺や建長寺に次ぐ大きさがあるのではないかと思います。

そういえば鎌倉五山という言葉があるのを思い出したので、調べてみます。
建長寺、円覚寺、寿福寺、浄智寺、浄妙寺とあって、妙本寺は入っていません。
寿福寺、浄智寺はちいさいけどなあと思いますが、五山というのは大きな寺院ベスト5を言っているのではなく、禅宗の寺であって、いずれも国家が管理監督する官寺なのだそうです。

妙本寺は、駅から近く、たいへんに閑静、緑の深い地、由緒ある古刹、拝観無料などすばらしき条件を兼ね備えているにも関わらず、いつ行っても参拝者が多くない不思議な寺院です。
前述の五山の寺院や八幡さまに鎌倉宮などの人気と比べると不思議なまでに静かですが、テレビや雑誌で紹介されたレストランには行列ができるという、日本人の行動の志向から外れているというだけのことだと思われます。
観光客が少ないという意味では、これが本来の寺院の姿なのかも知れません。

作例写真は、日向ぼっこする子猫、それに語りかけるおばあちゃん、そして多分わたし同様に被災した方々をお見舞いし復興を祈願する女性の図です。
これぞ、日本がひとつに団結して、やがて平穏が訪れる姿を示していると感じられます。
いや、もうちょっと寄って、スポットライトのおばあちゃんと子猫の表情を捉えるべきだったか。

ソリゴールの作例は今日で最後になりますが、国産レンズシャッター機のソリゴールのオリジナルレンズ探しははかどらず、謎は解明できていません。
そうだと思い出して、クラシックカメラ選書のレンズテスト上下巻をチェックしましたが、35mmf3.5というスペックで紹介されているのはキヤノンのレトロフォーカス型レンズだけでした。
紹介されているレンズは1960年からで、5年後のものになりますし、このころになるとレンズシャッター機すら大口径競争の真っただ中という感じで、F3.5なんて相手にされてなかったのかも知れません。

無断で書かせていただき申し訳ありませんが、ミランダ研究会さんのサイトにたいすへん有力な情報が記載されていました。
まず、「ソリゴール製品はあまりにも品目、種類が多く収拾がつかないのである。ソリゴールの収集をコンプリートするのは、かなり壮大なプロジェクトになるのではないだろうか?」と記されています。
ソリゴール自体の研究があまりないことも示唆されているようです。

そして次です。
わたしのレンズのシリアル番号は4桁ですが、そのあとに「K」と入っているのがプロトタイプか何かを意味するのではと根拠のない仮説をしていました。
違っていました。
なんと、「1960年のオートメックスの記事ではKナンバーのレンズがコーワ製造であると紹介されていたことから、Kはコーワの頭文字と考えられる」とありがたくもたいへん貴重な情報です。

しかし、そのあとは行き詰ってしまいました。
コーワから発売されたカメラはレンズシャッター一眼レフ・レンジファインダーなどがあり、35mmレンズもあったのですが、固定レンズも交換レンズもF3.5ではなくF2.8だったのです。
有名な50mmF1.4大口径レンズを付けたレンズ交換式レンジファインダーカメラ、カロ(コーワ)140の広角も35mmF2.8でしたが、その写真を見るとやはり前玉が奥に引っ込んでいて、わたしのソリゴールによく似ています。
ただし、構成は未確認で、関連性もまったく不明です。
ようやく1歩進んでまた半歩下がったようなソリゴールの謎でした。
【M8/Soligor 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Soligor 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/04/01 Fri
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