感謝您們

M8/Summicron 5cmF2
山手西洋館シリーズは、昨日7館目を見終わったところで完結しました。
今日は、今年最後のブログ更新のつもりでしたので、最後にふさわしい写真をと考えていました。
清水寺で今年の世相を漢字一文字で書いて見せたりとか、いうような最後はこの定型でというものを確立できればと思っていたのです。
ですが、アイディアが出て来ません。

では、どこかに年の瀬を表すものとか、師走を連想させる慌ただしいもの、新年の準備シーン、しんしんと降り積もる新雪、干支の動物の可愛らしい姿…。
なんでもよかったのですが、それも果たせずでした。
せめて何か撮りに繰り出そうという計画も仕事が押したり、車検に出したばかりの車をぶつけられたり、去年さぼった大掃除をせざるを得なかったりで、この土日は写真どころではなくなってしまいました。

引っ張り出されたのは、おとといの外交官の家の外観です。
7つの西洋館はいずれも文化的、歴史的価値が高く、後世に残すべき遺産と言えるものです。
とりわけ、この外交官の家は国の重文指定されていますし、その美しさをあますところなく眺めるためでしょう、夜は美しくライトアップされて冬の夜の冷たい空気の中で非常に映えています。

さて、では、今年一年、自身のことを振り返ってみようかと突然に考えたりもしましたが、もう夜の2時近くなって今からそんなことやってたらいつ寝られるか分からなくなってしまいます。
だいたい、今年は滑り出しからイヤなことがあって、思い出しただけで先に進んで行かなくなりそうです。

そんなことよりも、ここは1年の感謝の気持ちを申し上げる場とさせてください。
いつもいつも傲慢な文章ばかり書いていて、身勝手なヤツだとのご批判を受けていることもありますし、最後くらい少しだけ殊勝なことも書かなくては。

今年も、撮影にお付き合いいただいた皆さま、写真談義・レンズ談義に花を咲かせていただいた皆さま、拙ブログにコメントいただきました皆さま、そして、何よりご覧いただいている皆さまにあらためまして感謝申し上げます。
辛いこともあった1年でしたが、おかげさまで、どうにか乗り切ることができました。

来年は、より内容を充実させてと申し上げたいところですが、何より、もう限界に近い領域に達しているというのが本音でして、これ以上の進歩は今後無いだろうと断言せざるを得ません。
写真の技術や撮影センスは、じゅうぶんに上達の余地があるのは承知していますが、突然に開花するということも期待薄です。
継続は力なり、に重きを置いて来年も続けていくつもりです。
今後とも、今まで以上の叱咤激励を賜りますよう、よろしくお願いいたします。

わたしは明後日の出発にそなえて、ただいまから旅支度に入ることにします。
無事戻りましたら、新年、第1週には再会できる所存です。
それでは、皆さまに於かれましては、好いお年をお迎えください。
【M8/Summicron 5cmF2 F2】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 50mmF2 Collap. | trackback(0) | comment(8) | 2010/12/27 Mon

比利時啤酒的味道

M8/Cinor 5cmF2
山手西洋館巡りも最後のブラフ18番館に辿り着きました。
昨日の外交官の家と同じイタリア山庭園にありますが、オーボエとピアノのコンサートが4時までだったので、もうすっかり日が翳ってきています。
その分来館者もぐっと減って、落ち着いた雰囲気になって来ました。

世界のクリスマスのテーマ国はベルギーです。
わたしにとってベルギーは、フランスとドイツに挟まれた小国というイメージですし、かなり以前に通過するように入国したことがあるのみです。
記憶では、ブリュッセルの空港に降り立ってそのまま中央駅に行き、列車でリエージュに行きました。
短時間見て、オランダのマーストリヒトへ移動し、やはり短時間見学してドイツのアーヘンに泊まりました。
このリエージュ、マーストリヒト、アーヘンは互いに隣接していて、それぞれに歴史的に重要な町です。
短時間に移動できることからこのような旅程を組んだのですが、結局、ベルギーには半日程度しか滞在しなかったことになります。

ただ、この時は、リエージュの見学のほか、ブリュッセルでは小便小僧を冷やかしに行き、移動の列車と昼食時にベルギービールをいろいろ飲んだのをよく覚えています。
ベルギーの上面発酵ビールであるトラピストビールの類は日本では高価で、有名なシメイも500円以上しますが、ベルギーのスーパーでは3分の1以下で入手できたのでありがたかったのですが、おかげてリエージュの街中を歩いている時は酔っ払ってふらふらしていたのではないかと思われます。

ベルギーで有名なのは、リエージュではなく、名前のよく似たブルージュですが、残念ながら訪れていません。
また、ベルギーというとすぐに思い出せるワッフルもチョコレートも現地では食さず、ビールばかり飲んでいたことになります。
他にベルギーで知られるものって何かあるかとか、知っているベルギー人と言ってもなかなか思いつきません。

ベルギー人で、検索すると、こんな人が上がって来ました。
画家のヴァン・ダイク、ルーベンス、ファン・エイク、デルヴォー、マグリット、作曲家のフランクとヴュータン、小説家のシムノンなどはわたしでも知っています。
フランドル学派の画家はオランダ人と、その他フランクやシムノンなどはフランス人と混同していました。
名前の響きや活躍した場などで、出身国がぼかされてしまうのはよくあることですが、ベルギーにとってはPR不足か気の毒なことです。
よく皮肉に言われるのはオーストリアのことで、ドイツ出身のベートーヴェンを自国のオーストリア人と、オーストリア出身のヒトラーをドイツ出身と思わせるのに成功しています。

さらに見ていくと、えっ、あの人はベルギー人だったの、という意外な有名人もいます。
筆頭は、オードリー・ヘプバーン、サキソフォーンを発明したサックス、プロレスのカール・ゴッチなんて名前があがっています。
ノンフィクション界からも、名探偵ポワロやフランダースの犬のネロもあがっています。
ベルギーは意外な有名人の宝庫と言えるかも知れません。

さて、ブラフ18番館ではコンサートではありませんでしたが、ピアノの演奏が静かに行われていました。
フランクの宗教曲であればよりよかったかも知れませんが、モーツァルトのアヴェ・ベルム・コルプスやカヴァレリウ・ルスティカーナなどのアレンジ曲でもじゅうぶんに胸に響くものを感じます。
他に聴いている人もまばらでしたが、部屋に暖かさが広がっていくような空気です。

やはりここでも撮影はためらわれ、すっかり暗くなって来たので帰路に着くことにしました。
しかし、玄関を出てアプローチを歩いていると、遠くピアノの音が聞こえてきます。
まだ、演奏は続いていたのでした。
音に導かれて建物の壁沿いに進んでいくと、まさに窓の先でピアノを弾く姿が認められました。
ここからなら構わないでしょう。
ここで最後の1枚を撮影して、今度こそ家路を目指しました。
【M8/Cinor 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
SOM Berthiot Cinor 50mmF2 | trackback(0) | comment(1) | 2010/12/26 Sun

奇怪的房子

M8/Summicron 5cmF2
これまで5つの山手西洋館をかなりの駆け足で巡って来ました。
人出があまりに多くてもたもた見ていたら邪魔になりそうということもありますが、より重要な理由は、この6番目の洋館にありました。
外交官の家でコンサートを聴くことでした。

山手西洋館では頻繁に無料コンサートが開催されます。
わたし自身も、この7月、同じ外交官の家でバイオリンとピアノのデュオリサイタルを聴いています。
そのときの演奏がすばらしいものだったので、せっかく山手を歩くこの機会にもう一度聴きたいと考えました。

しかし、到着は開演10分前で、すでに席はなくやはり立ち見になってしまいました。
この日はオーボエとピアノのデュオです。
この叙情的でどこかユーモラスでもある音色の楽器は、年の瀬の寂寥感もクリスマスのハピネスのどちらも表現して暖かな気持ちになりました。

ただ、水を差されたのが、演奏中の写真撮影する人がいることでした。
気持ちは分からなくはないですが、音量が小さな木管楽器の演奏では、撮影音は気になるものです。
撮る本人も迷惑は承知しているようで、申し訳なさそうに1枚撮って止めたりするのですが、最後までずっと撮影し続ける女性がいたのにはがっかりしました。
どうせただで聴いている演奏なんだから構わないでしょうくらいに思っているのか、時おり響くデジタルカメラの疑似シャッター音が、まじめに聴き入っている聴衆をバカにするかのようでした。

わたしもチューニングするシーンでもあれば撮影してここに載せるつもりでいましたが、この女性の活躍のおかげでカメラを出す気にもなりませんでした。
せっかく演奏で暖かい気持ちになったのにいつまでもイライラしていても仕方ありません。
さいわい、ここにもドイツをテーマにしたクリスマスの飾りつけがあります。

展示がドイツなので、レンズもドイツのものに切り替えます。
先週、入手したことをお話ししたトリウム・ズミクロンです。
開放で30枚くらい撮りましたが、他の同時期のズミクロンであるDRズミクロン、固定鏡胴との違いが分かりません。
3者の比較テストをやらないといけません。

さて、2階に、すごく人気を集める展示がありました。
ドイツのいなかの家をミニチュアで再現したものですが、よく見てみればお菓子の家でした。
ちょうど制作された洋菓子研究家の女性がいて、完成までの苦労を教えてくれます。
自身で焼いたクッキーやベーグルなどを外壁や屋根に並べていくが、それ自体に重みがあるせいかすぐにも崩れてしまったのだそうです。

山手西洋館のクリスマス企画に合わせてお菓子の家の制作を委嘱されてから数か月、展示まであとわずかのところで土台ができ、あとは持ち前の創意と工夫で、ディテールを仕上げていったそうです。
窓のオレンジはステンドグラスのイメージで、飴を使って微妙に色合いを違えたりリアリズムが追求されています。
アプローチ部分も可愛らしさが演出されていて、この方のセンスがみなぎっていました。

ただ、誰もが思ったに違いない疑問をわたしも感じていました。
この家、展示後には食べられちゃうのでしょうか。
【M8/Summicron 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 50mmF2 Collap. | trackback(0) | comment(0) | 2010/12/25 Sat

打倒俄羅斯

M8/Ultrastigmat 50mmF1.9
エリスマン邸の並びにあるベーリック・ホールには名前の通りホールがあって、しばしば催しが行われるようです。
わたしが訪れた時は、フィンランドにゆかりがある女性が講師になって、クリスマスに飾る花の装飾のようなものを作る教室が開かれています。
何組かの小学生くらいの子どもとお母さんが対象のようで、楽しげな空気がホール全体に広がっていました。

ここでは、フィンランドがテーマ国になっていて、ドレスやクリスマスディナーの調度などが展示されています。
針葉樹が配されていたり青白い照明が使われていたり、暗示にかかりやすいわたしは、いかにも北欧のクリスマスが演出されているように感じました。

フィンランドといえば、サンタクロースの故郷だったように思いますが、そういうイメージは本国にはないからなのかサンタが特に登場するということもありません。
今日はちょうど聖夜ですし、あるいはサンタさんもあちこち出張で忙しかったのでしょう。

ニュースによるとロシアのメドベージェフ大統領が当地のテレビ番組に出演して、日本に北方領土を返す気はないと明言したようです。
わたし自身が政治音痴ですし、いつも書いているように当ブログでは政治ネタを回避しているのでそちら方面に向かわないよう無難な線で続けますが、ロシアに接する国はいずれも不幸を背負っているわけです。

ロシアはきっと日露戦争の恨みを永遠に忘れないのでしょうし、いまでは嫌われ者同士で仲良くなったように見える中国ですら比較的最近までソ連との間に領土などたくさんの問題を抱えていました。
チェチェンは言うに及ばず、バルト三国、アフガニスタン、北オセチア、中央アジア…、ソ連に組み込まれていた国は独立に際して多かれ少なかれ紛争やら軍事介入やらに巻き込まれています。
ウクライナでは親米路線の大統領が当選するや暗殺されかかったり、ライフラインをストップさせたり、こんな露骨なことが行われていいのかと驚かされたのは記憶に新しいところです。
いずれにしても経済援助では、見返りに北方領土が返還されるとはとても思えず、相当強引な外交を展開するか、血を流すかしなければ状況は変わらないのではないでしょうか。

フィンランドも長くロシアの圧政下で苦しみ、独立を果たしたのはなんと1918年のことです。
その歴史はあまりに複雑で、ここで紹介しようと思って関連書を見ましたが、書き起こすには膨大すぎ断念しました。
その独立に少なからず影響を与えたと言われるのが、シベリウスの作曲した「フィンランディア」(1899年)です。
重々しい出だしはロシアの圧政を暗示し、やがてフィンランド的な旋律が朗々流れるとそれは勝利の歌となるというもので、愛国的過ぎるという理由でロシア政府が演奏禁止にするなどして民衆がひとつになることを恐れたようです。
いくら演奏禁止にしても、水面下ではフィンランドの国民の間で聴かれるようになって、結果的に応援歌のような役割を担っていったと考えられます。

映画ダイハード2でも、フィンランディアの音楽が重要な役割を果たしています。
空港テロのストーリーですが、ちょっと笑えるテロリストが乗って逃げようとした航空機を爆破するラストのシーンの後、フィンランディアの有名な旋律が流れます。
じつは、ダイハード2を監督したのはフィンランド人のレニー・ハーリンで、テロリスト=帝政ロシア、主人公の勝利=フィンランドの独立をそのまま表現したのではと考えられます。
かなり露骨な音楽の使い方ですね。

シベリウスでは交響曲第2番ニ長調も、フィンランディアに通じるところのある曲です。
圧政からの解放という雰囲気ではないですが、やはり第4楽章は勝利の賛歌が高らかに鳴り響きます。
実は、わたしはクラシックを生で聴いたのがこの曲が初めてでした(実際は前プロ、中プロも聴いているはずですが…)。
そして、この第4楽章にしびれてクラシック音楽を聴き始めるようになった思い出深い曲なのでした。
【Ultrastigmat 5cmF1.9 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Gundlach Ultrastigmat 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2010/12/24 Fri

瑞士巻之旅

M8/Switar 50mmF2
もう10年以上も前のことになりますが、友人と冬のヨーロッパを旅行したことがあります。
フランスとスイスを1週間ほど巡る旅を計画しました。
詳細なルートは忘れてしまいましたが、リヨンあたりの空港からレンタカーを借りて、ジュネーブに入りスキーして、その後は南下して温暖なプロバンスを楽しんでから、マルセイユからTGVに乗ってパリに出て帰国、というようなものだったと記憶しています。

車はわたしが運転しましたが、冬のヨーロッパなんて初めてですし、ましてやスキー場に向かうドライブということでかなり緊張しました。
助手席の友人がそんなわたしをリラックスさせるべく気遣ってくれるし、ミシュラン地図もきちんと読みこなして優秀なナビゲーターを務めてくれたおかげで、無事目的地に近付いて行けました。

しかし、スイスとの国境で驚くべき事態が待っていて、結局わたしたちはスイスに入国せずにフランスに逆戻りすることになりました。
実は、この友人は在日韓国人で韓国籍だったのですが、韓国人がスイスに入国するには事前にビザを取得しておかなければならなかったのです。

日本人はビザ不要でそれが゛当たり前と思っていたので韓国人にビザがいるかどうかなんて発想が起きませんでしたし、友人は友人で航空券から旅程までわたしに一任していたので寝耳に水の話です。
わたしは友人に詫びて、友人はしようがないと言いましたが、その後の車内の空気はかなり重いものになりました。

こんなことはわたしたちだけかも知れませんが、(西側の)ヨーロッパはひとつであると考えがちです。
ドイツやフランス、イタリアなどの周辺国とスイスが違うなんて考えてもみませんでした。
そういえば、小学校の社会科だったか、スイスは永世中立国だと習ったような気がします。
やはりEUにも加盟していないし、現地通貨はスイス・フランが使われ続けているのを確認したのは、ずっとのちのことです。

山手西洋館のエリスマン邸ではスイスをテーマにしたクリスマスのデコレーションが鮮やかでした。
白い雪と赤い屋根や花が、国旗をも象徴しているのでしょうか。
ホワイト・クリスマスの世界ですから、子どもたちにもいちばん人気だったようです。
わたしがそんな様子を見ながら思い出したのが、むかしの旅のことだったという訳です。

さて、友人の希望だったスイスでのスキーはかないませんでしたが、フランス側のスキー場でじゅうぶんに楽しむことはできました。
ランチでも、定番のチーズフォンデュをいただきましたし、ロッジ風のホテルに泊まれてヨーロッパ式のスキーライフの一端は味わえたと思います。
その後もシャトーヌフ・デュ・パープのワイナリーを訪れたり、少し前にはやったプロヴァンスの空気にも触れたりと友人にも満足してもらえる好い旅になったと思っています。

その後、何度かヨーロッパに出掛けましたが、残念ながらその友人と出掛ける機会はありませんでした。
スイスにも足を踏み入れていません。
【M8/Switar 50mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kern Switar 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2010/12/23 Thu

我喜歓蕭邦

M8/FED 50mmF2
今年は、ショパンの生誕200年の年だったそうで、ピアノコンサートを中心にこれを祝う催しが目白押しでした。
出身地ポーランドや生涯を過ごしたパリでも、記念するコンサートなどはもちろんあったのでしょうが、こういう冠イベントがとにかく好きなのが日本です。
年末の第9と同様、ネコも杓子もで、ショパン、ショパンとやるのは、アニバーサリーとは言ってもあんまり意味がないような気もするのですが、どんなものでしょう。

もうひとつ、ショパンといえば、どうしても引っかかってくる問題があります。
ショパンの音楽は女性的と言うか、もっと言えば女性が聴くための音楽という印象があまりに強くて、偏見とは知りつつも男性にとってわたしはショパンが好きですと言えなくさせる見えざる力を感ぜられずにいられません。
強引に例えると、演歌好きの親父さんがいて実は氷川きよしのファンなんだけど、あれだけキャーキャー言われる彼を公衆面前では好きと言えない。
これが、ショパン=氷川きよし説です。

そう書くと、ショパン通とまではいかなくとも、かなりショパンを聴いていたのかと誤解されるでしょうね。
実は、ぜんぜん知りません。
少し聴いたのが、練習曲集とマズルカ集、あとはせいぜい協奏曲くらいです。
第9は、フルトヴェングラーやワルター・コロンビア、バーンスタインのベルリンの壁コンサートのCDなんかを持っていて、年間6~7回聴くのに比べて、ショパンはさっぱりです(当然ですが、氷川きよしは聴いたことがありません…)。

まったくどうでもいい前置きが長くなってしまいましたが、山手西洋館の3番目に訪れた山手234番館はポーランドをテーマにクリスマスの展示を行っていて、テーマも「ショパンの国のクリスマス」となっていました。
まず、ポーランドと言う国が、ヨーロッパにあっては実に地味で、ポーランドだと全面に出してもパッとしないと判断してショパンの国と表現したのだとしたら悲しいものがあります。

それに、ショパンはポーランド人なのでしょうが、それにもましてフランス人というイメージが重ならないでしょうか。
わたしは、ポーランドからフランスに移民した両親から生まれた、フランス生まれフランス育ちだと思っていました。
しかし、調べるとショパンは、ポーランドで生まれ、ワルシャワで音楽を学んだれっきとしたポーランド人でした。

20歳のとき、ウィーンに出て音楽活動をはじめますが、ちょうどその直後にワルシャワ蜂起が起こって、ウィーンに反ポーランドの空気が流れます。
1年少々でパリに移り、39歳で亡くなるまで、作曲、演奏、ロマンスと華々しく活躍しました。
チャイコフスキーやドヴォルザークが東欧の作曲家のイメージがより強いのに対し、やはりショパンはポーランドよりフランス的です。

でもよく考えると通俗名曲のチャイコフスキーやドヴォルザークが好きですというよりも、ショパンが好きと言った方が少し繊細な知性みたいなものを感じさせるような気もします。
音楽は、けっしてイメージの中で語ったり、作曲家間に優劣をつけたりするべきものではないと思うのですが、どうしたことか今日の話はそんなことに終始してしまいました。

正直に言うと、この3人の作曲家の曲の中では、チャイコフスキーのくるみ割り人形の序曲がいちばん好きです。
まあ、つべこべ言ってはみたものの、わたしのレベルはそんなものだというところです。
そういえば、くるみ割り人形のバレエはクリスマスのお話でしたね。
そういうわけで、ポーランドのレンズが無かったということで、代役にロシアのクセ玉で撮ってみました。
【M8/FED 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fed 50mmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2010/12/22 Wed

英格蘭的空気

M8/Xpres 2inchF2
突然、思い立って、日曜の午後に7つの西洋館巡りをしたわけですが、季節がらということでいずれも多くの人で賑わっていました。
さすがにおとこひとりで撮影して歩いているというのはわたしを覗けば皆無で、多くが女性二人組とカップルで、家族連れも少し見られたかという程度です。

わたしは、かなり浮いた存在だったはずですが、それをカバーしてくれたのがライカだったと思います。
パルナックタイプやM3あたりだともっと良かったと思いますが、ライカに古いレンズを付けて、意識して気難しい顔をしつつどこからともなくすっと撮影していましたので、仕事か何か理由があって写真撮影しているように誤解を生じさせていたのではと思っています。

M型ライカには、同じ愛好者に対しては惹きつける親近感のようなものを発しますし、そうでない人にとっては普通とは違う特別な機材と言う印象を与えているのではないかと感じます。
中国旅行時などには一眼レフでない何だかヘンテコなカメラと思われているケースが多くありますし、日本やヨーロッパでは特殊機材と思わせるということで、ライカ自体が放つ力をシチュエーションによって使い分けられるようになればいいと以前から考えていました。

さて、山手の西洋館というとメルヘンチックな外観だったり、パステルカラーだったりとおとぎの世界の瀟洒な建物を想像するかも知れません。
実際そんなイメージどおりといえる建物も多くありますので、山手西洋館はとくに女性に人気があるのでしょう。

しかし、ここ横浜市イギリス館は、かなり渋く地味な建築です。
山手西洋館マップという地図があるのでこれがあれば一目瞭然ですが、これら資料なしにイギリス館を探そうとしても見逃してしまうかも知れません。
ル・コルビュジエ風と言えば言えなくもないですが、少なくとも、山手西洋館の7つの建築の中では異色と言えそうです。

中に入ってみると、西洋館だなと感じさせる家具調度はもちろん、細部に至るまで日本人の西洋趣味とは違う空間が広がっていました。
たとえば家具などは、明治期に西洋家具をつくる職人がいて、ひとつひとつ手作りしていましたので、一般的な家庭とは違う雰囲気までも作り上げていたということのようです。

イギリス館ということで、安易にレンズをロス・エクスプレスに変更しています。
開放では、かなりのソフト描写を見せる魅力的レンズですが、イギリス館の外側はソフトにしてもあまりピンとくるものがなく、これはむしろF8くらいに絞ってきりっとシャープに表現した方が良さそうでした。

ところが室内に入っていくとエクスプレスは徐々に力を発揮してくれます。
特に照明が入るところでは抜群の味付けになりました。
記憶の中の英国式クリスマス世界です。
シルエットの男性までもが、英国の神父のように見えます。
いや、英国はプロテスタントなので牧師としないといけないですね。
【M8/Xpres 2inchF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross Xpres 2inF1.9 | trackback(0) | comment(2) | 2010/12/21 Tue

聖誕節在西方式建筑

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
気付いてみると、もう今年もあと2週間になっていました。
当ブログももたもたしてはいられません。
2010年最後を飾る特集で締めて、新年を迎えたいと考えました。

横浜・山手の西洋館では、毎年「世界のクリスマス」という特別展示を行っています。
歴史的建造物として、現在では横浜市の所有になっているいくつかの西洋館はふだんから一般公開されていますが、この期間のみ各館にゆかりのある国のクリスマスらしいデコレーションをおこなって、それぞれの国のクリスマスをしのんで楽しんでもらおうという催しです。

ヨーロッパでは、家の中を飾り立ててクリスマス当日を家族と静かに過ごしますので、若干華美なところもあるかも知れませんが、各国のクリスマスの様子がよく分かるのではないかと思います。
日本ではここ何年か自宅を電飾でちかちかさせるのをよく目にするようになりましたが、ああいったものもどこかにあるのかも知れませんが、どこか東南アジアのいなかの飲み屋さんめいていてどうも違和感を感じずにはいられません。

この世界のクリスマスをとりあげようと思う理由がもうひとつありました。
山手西洋館は7つあって、それぞれの国をテーマにクリスマスに対応していますが、7ということはちょうど1週間分です。
1日1つずつ紹介していって、国が違うのだからレンズもすべて変えていくのもおもしろいかも知れないと、アイディアがすぐまとまりました。

せっかくだからテーマになっている国のレンズを使いたかったのですが、ポーランドやフィンランド、ベルギーもあってこれらの国のレンズは所有していませんので、そこまで厳密にこだわるのはやめます。
むしろレンズ比較的な意味を若干込めて、F2くらいの大口径標準レンズで製造国はそれぞれ変えることにしようと考え、以下のように組み合わせを考えてみました。

山手111番館 ハンガリー Minolta Super-Rokkor 50mmF1.8
②横浜市イギリス館 イギリス Ross Xpres 2inchF2
山手234番館 ポーランド FED 50mmF2
④エリスマン邸 スイス Kern Switar 50mmF1.8
⑤ベーリック・ホール フィンランド Gundlach Ultrastigmat 5cmF1.9
⑥外交官の家 ドイツ Leitz Summicron 5cmF2
⑦ブラフ18番館 ベルギー SOM Berthiot Cinor 5cmF2

午後、関内駅で降りて中華街の脇をかすめて港の見える丘公園を突き抜けして、最初に着いたのが山手111番館です。
わたしとしてはかなり珍しく、訪問順を綿密にスケジューリングしたのですが、寝坊もあって1時間近く遅れて歩き始めました。
そのせいで、かなりあせっていて、最初の山手111番館はやり過ごす形になってしまいました。

これでいこうと思っていた、建物の外から窓越しにクリスマスツリーに見入る少女と言うのがよかったのですが、ガラスの反射でぐちゃぐちゃになってしまい没にせざるを得なかったのが残念です。
逆光でコントラストが落ちて、どこの建物かも分からないような作例になってしまいましたが、他にないのでいたしかたないところです。

せっかく、お膳立てを整えたで最初が肝心だったのですが、はやくも企画倒れの気配濃厚となってしまいました。
先週も、ゴースト付きの写真は使ったばかりですし。
山手111番館の庭側は、喫茶店になっているので、もっと余裕をもつたスケジュールでコーヒーでもすすりながら撮影すべきだったといきなりの反省スタートです。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2010/12/20 Mon

俱楽部世界杯

M8/Summilux 35mmF1.4
世間での注目度がいまひとつだったようですが、昨夜(今朝?)クラブワールドカップの決勝が行われました。
欧州からインテル・ミラノが、南米からインテルナシオナルが出場していて、決勝はこのインテル対決になるはずでした。
4年前、わたしの目の前でバルセロナを決勝に沈めたインテルナシオナルでしたが、今年は準決勝でアフリカ王者のマゼンベに不覚をとり、決勝はそのマゼンベと順当勝ちしたインテルになりました。

冒頭書いたとおり、わたし自身も注目度の低い大会でしたが、理由は、単にバルセロナが出場していないことです。
思い起こせば、今年の4月でした。
欧州チャンピオンズリーグの準決勝にコマを進めたのは、バルセロナ、バイエルン、インテル、リヨンとバルセロナを倒せそうな強豪が姿を消していて、連覇はかなり確実性の高い状況でした。
しかし、インテルとのアウェイゲームのタイミングでアイスランドの火山噴火が起こり、航空便の欠航してバスで長時間移動するハプニングのためコンディション調整がかなわず、まさかの敗退を喫してしまいました。

このときの監督はポルトガル人モウリーニョですが、彼はあっさりインテルを捨てて10/11シーズンにレアル・マドリードの監督に就任してしまいました。
バルセロナとレアルは超ライバル関係にありますが、2年連続してバルセロナに優勝を許したレアルが財力を使って欧州制覇した監督を招聘したかったのと、かつてバルセロナに在籍していたとき不遇をかこったモウリーニョがインテルでも倒せたし復讐の絶好機と考えたのと、両者の思惑が一致したということかも知れません。

10勝2分無敗と絶好調でバルセロナのホーム、カンプ・ノウに乗り込んだレアルでしたが、あっさり0-5で玉砕しています。
まさかの大敗と言う人が多かったようですが、案外実力差を冷静判断してこのような結果になることを見抜いていた識者もかなりいたようです。

話はそれましたが、というよりは、書きたかったのはやはりバルセロナのことでしたが、クラブワールドカップはインテルが危なげなく勝利しました。
マゼンベも非常に面白いチームでしたが、まだ組織としてのまとまりが未完成のこれからのチームとの印象です。
スピードを活かしたサイドアタックや、速いサイドチェンジでインテルをあわてさせるようなプレイが見られなかったのが残念です。

一方のインテルには、実にユニークな特性がありました。
インターナショナルのイタリア語であるインテルナツィオナルという正式名のとおり、登録23選手中外国人が18人もいます。
自国選手である5人のイタリア人のうち、2人はゴールキーパー、3人はディフェンダーでしたが、試合に出場した選手はゼロです。

ここでも引き合いに出して恐縮ですが、バルセロナはプリメーラ(トップチーム)登録選手が27名いますが、うち15名はスペイン人です。
さらに言えば、最近の先発メンバーに定着している11名のうち8名はスペイン人ですし、バルセロナの下部組織出身のメッシはアルゼンチン人というよりバルセロナ人とみなされるべきかも知れません。

自国選手がひとりも出場していないインテルを、ミラノの人は、イタリアの人は自分たちのクラブと思っているのかが気になります。
バルセロナが、バルセロナ市民、カタルーニャの人々、スペイン人に広く愛されているのと対照的なのではと思います。
強引に例えるなら、今でさえ、何場所もの間、外国人力士が優勝している相撲界で、幕内力士全員が外国人になってファンが納得するかということを考えてしまいます。
それとも、これらもグローバル化、世界基準、ということなのでしょうか。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(0) | 2010/12/19 Sun

不安全鏡頭

M8/Summilux 35mmF1.4
Angenieux 50mmF1.5、Tele-Elmarit 90mmF2.8と立て続けに高価なレンズを買ってしまい、今年いっぱいは苦しい生活になりそうです。
実はそれに先んじて、安価なレンズも買っていました。
ライカスクリューマウントのSummicron 5cmF2沈胴です。
もちろんズミクロンが安価なレンズなはずはなく、安かったのはコンディションが悪かったからです。

アメリカの中古カメラ屋さんでしたが、ホームページのカタログにそのズミクロンがなんと150ドルほどで出ていました。
コンディションのレーティングではUglyとなっています。
英語の弱いわたしは、脳内返還で、Ugly→アグリー→Agree、あれ、同意するだっけと一瞬誤解しかけましたが、Ugriest Dogの不細工犬を思い出して、ああ、醜いだったと理解します。

説明文はシンプルで、Cloudyとあるだけです。
くもりだけなら取りさることも可能でしょう。
こうしている間にも、同時に見ていた別の人がオーダーしてしまうかも知れません。
深く考えることなく、オーダー・サブミットしてしまいました。

ほどなくして届いたレンズを見て、まずは驚いてしまいました。
Cloudyとは言えコンディションはUglyですから、かなりボロいレンズかと思っていたのですが、
クロームはぴかぴかでほとんど無キズの美品と言ってもかまわないくらいの状態です。
これは、手違いで違うものが来たかなと思いましたが、レンズはやっぱり白くくもっていました。

しかし、よく見ると、くもりは前玉だけでした。
きれいにてせきるかと思いクリーニングしてみると、気持ちきれいにはなりましたが、やはりそんなにあまくはなく、くもりは第2面でした。
レンズを開けられれば引き続きクリーニングできますが、ここは無理せず、予定通り作戦に移ることにしました。

先月、中国へ出掛けた際に持参して深圳のカメラ修理屋・順平さんにくもり取りを依頼したのです。
順平さんはレンズ・クリーニングは得意ですが、特にライカのレンズは相当数クリーニングして来た人です。
果たして、くもりレンズがぴかぴかのクリアレンズとして甦るのに15分とかかりませんでした。
M8でテストすると、真っ白だった画像もクリアになって、オリジナルの写りを取り戻したのだと確信します。

修理代は100元で、短時間のクリーニングにしては高いと思いましたが、きれいになって文句はありません。
手間はかかりましたが(それとて自分で分解クリーニングする手間ではなく、中国まで待って行く手間だけです)、合計15000円でズミクロンを入手したことになります。

これだけですと、ラッキーなよくある話ですが、じつは、このズミクロンは普通のズミクロンではありません。
いわゆるトリウムレンズを使った、いわゆるラディオアクティブ・ズミクロンです。
コーティングのため一見しただけでは分かりにくいですが、角度を変えたり、白い紙の上に置けばレンズが黄色くなっているのが分かります。
放射能が出ているはずですので、あまり見ていると被爆してしまいます。

トリウムレンズのズミクロンはけっして珍しいわけではありませんが、どこにでもあるというほどでも無いようです。
ただ、黄変しているレンズでもランタンガラスのものもあると言われていて、そのへんは実際に放射線量を測定してみないと正しいことは分からないようです。
ただヒントとして、トリウムガラスは光の透過率の現象があると言うことなので、適正露出で撮影してアンダーになるようなら、トリウム使用の可能性が高まります。

今回購入したレンズは、説明文にシンプルですが"Rare Earth"と表記されいました。
希土類を使ったレンズと言うことですね。
それだけを理由にトリウム使用とは断言できませんが、シリアル番号はズミクロンが発売される前年の1952年製ということを示しているのは面白い事実です。
それに、話題のレア・アースを中国に持ち込んで見てもらったというのも、象徴的でまた面白いと思います。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(0) | 2010/12/18 Sat

銀色的肥仔

M8/Summilux 35mmF1.4
昨日、アンジェニュー50mmF1.5を購入したと書きましたが、実は、もう1本高価なレンズを入手しました。
もうすぐボーナスと言うことで、気が大きくなってしまったようです。
実は、先にアンジェニューの小包が届いて、舞い上がってしまって、もう1本の存在を忘れていたのですが、今日、それが届いたのでした。

レンズは、ライツのテレ・エルマリート90mmF2.8です。
テレ・エルマリートには、5群5枚の初代と、4群4枚の2代目がありますが、今回購入したのはその初代タイプで、クローム鏡筒のものです。
前期はクロームのみ、後期になってブラッククロームのみが生産されたのですが、そのクロームのファット・エルマリート(鏡筒の太いところからこのニックネームがあります)は、M用レンズとしては比較的珍しいレンズとしての扱いを受けています。

1964~74年と比較的長い期間製造されたレンズでしたが、クローム鏡筒は最初の2年間造られただけで、その後ブラック鏡筒に変更されてしまったからです。
正確な製造本数のアナウンスはされていませんが、一説ではクロームはわずか数百本しか作られなかったのではと言われています。

そのため市場価格はかなり高価で、数年前まで20万円以上が相場でした。
ライカの望遠レンズはたいへん不人気で、製造数の多いエルマリート90mmF2.8ですと、30000円程度で入手可能ですので、クロームのファットエルマリートがかなり高かったことがご理解いただけるかと思います。

しかし、製造数が極端に少ないからこそ高価になるのであって、欲しいという人もまたかなり少ないとなると相場もこなれていくものです。
恐らく、現在では10万円内外でそこそこの状態のものが入手可能なのではないかと思われます。

今回、わたしが入手したものは、アメリカの中古ショップで6万円を切る価格で出ていました。
ずいぶん安かった上に、若干のスレがある程度で鏡筒はなかなかのものですし、レンズにもキズやくもりはなく、状態に不満はまったくありません。
そればかりか、レンズには元箱、バブルケース、フロントキャップが付いたコンプリート状態でした。
かなりのお買い得、というよりは、たぶんショップがエルマリートの方の相場価格を付けてしまったのでしょう。
ラッキー! でした。

まだ撮影はしていませんが、クロームのM8に実にフィットします。
クローム同士の相性ということもありますが、ファット・エルマリートは鏡筒はやや太いですが、一方で全長はかなり短く無限遠の状態では標準レンズにしか見えません。
多くの人が、初代ズミルックス50mmF1.4クロームではと勘違いするのではないでしょうか。

鏡筒が太目のうえ、フォーカスリングのローレットの幅が広くて操作性が実に良好です。
先ほど90mmレンズは不人気と書きましたが、もちろんそれは性能によるものではなく、広角のファインダーフレームに慣れている人は90mmのフレームが小さすぎて使いづらいというのが主な理由です。
しかし、これはあきらかに慣れの問題で、ふだん広角の使用頻度がそれほど高くなく、75mmレンズはかなり使うわたしにとって90mmのフレームはそれほど使いづらいものではありません。

むしろ普段使わない90mmを使う時は、被写体との距離感覚が大切で、これに慣れてしまえば小さなフレームは、逆に余白が多いことからフレーミングがしやすいということにすぐに気付くことができるはずです。
性能については折り紙つきで、某誌のレンズテストで驚異的な解像力と言う数値が記録されたそうです。

見た目に美しく、手に触れて愉しいレンズですが、使わなければ意味がありません。
正月休みに、できれば先のアンジェニュー50mmF1.5といっしょにデビューさせたいと計画中です。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(4) | 2010/12/17 Fri

S21的憂鬱

M8/Summilux 35mmF1.4
50mmF1.5というスペックが好きで、レンズを集めています。
古くは、マイヤー・キノプラズマートがありますし、ライツにはクセノン、ズマリットが、ツァイスにはゾナーがあります。
少し珍しいノンライツスクリューマウントレンズとしては、フォクトレンダー・ノクトンとかシュナイダー・クセノンがあげられますし、かなりレアなノンライツではベルティオ・フロールやアンジェニューS21なんていうのもあるようです。
国産勢では、キヤノン(精機光学)、日本光学、東京光学、田中光学などにも存在します。
もっとも数が多いのはジュピター3でしょうか。

さらに探していくと知られざるものも存在するようですが、他のカメラ用、レントゲン用、プロジェクター用、用途不明のものも改造によってライカマウント化が可能な時代です。
35mmフォーマットをカバーしそうなものでは、30種ほどがリストアップされました。
のんびり集めていきたいなあと考えています。

前にも書きましたが、今は、レンズを蒐集するのに厳しい時です。
ライカ・マウントのアンジェニューS21は、むかしから入手不可能レンズでしたが、同じレンズのエクザクタ・マウントはほんの1年ちょっと前なら1200ドル前後で入手可能でした。
エクザクタというカメラの不人気故ですが、このマウントでもけっして製造量が多かった訳ではありません。
何かのきっかけで人気に火が付いてしまったようで、この半年に3回ほど売りに出されるのを見ましたが、いずれも3000ドルをオーバーしてしまっていました。

約3倍の価格高騰ですが、なぜに安価なうちに買っておかなかったのかと(と言っても10万円以上のレンズですから安価とは言えないですが)、後悔することしきりです。
このレンズは前玉にキズありと言うのが多くて、そういうのを見送っているうちに価格がどどーんと上がってしまったというのが実状です。
そして、なまじ少し前の価格相場を知っていると、高くなってしまったものにはなかなか手が出せなくなります。

このレンズ入手には裏技があることを聞いていました。
アンジェニュー社がコダックのシネカメラ用にデザインを変えて、もちろんマウントも変更して販売していたレンズがあるというのです。
そのシネカメラ名は忘れてしまいましたし(もしかしたら最初から聞いていなかったかも)、やはりかなり珍しいレンズのようでした。
それでも、エクザクタ・マウントのものを入手するよりは可能性があるように思われました。

そして、先日、ついにコダック・アンジェニューのダブルネーム50mmF1.5がオークションにかかっていたのを発見します。
価格高騰しなければ、ぜひ落札したいと願望のもと、かつてのエクザクタ・マウント版の価格を意識しながら入札参加します。
狙っていたのはわたし以外にも数名いたようですが、結局、エクザクタ価格よりも少々安く落札することができました。

しかし、到着したレンズを見て愕然とせざるを得ませんでした。
エキザクタのそれとはあきらかにサイズが違い、ひとまわり以上小さかったのです。
M8でチェックすると、このサイズはカバーしていましたし、フランジバックも余裕があることは分かりました。
さっそく、MSオプティカルへ送り、事情を説明しました。

MSオプティカルでは、かつてエクザクタ・マウントのS21を10本近くライカ・マウントに改造した経歴があるそうです。
レンズをひと目見るなり、35mmフルサイズは周辺がかなり厳しいと思ったようですが、第1面と最終面のレンズの曲面は見覚えのあるそれではないかと思ったようでした。
球面収差の特徴もよく記憶しているということで、干渉計で計測していただきましたが、少なくともその特徴はS21とまったく同じだということでした。

そして、もうひとつ裏付けとなるのが、レンズ構成も同じだということでした。
50mmF1.5というスペックのレンズは、ダブルガウスをはじめ、プラズマート、ゾナー、ペッツパール、エルノスター、スピーディックなどいろいろな構成があります。
中でもダブルガウスが多いのですが、通常の4群6枚ではなく、1枚追加した5群7枚が一般的です。
そんな中、例外的にオーソドックスな4群6枚で50mmF1.5を実現したのが、アンジェニューS21だったのです。
今回入手したレンズも、同じ4群6枚だったことから、同一レンズの可能性は高まったという訳です。

ごたごたと書き連ねましたが、結局のところは、まだレンズの来歴は未解決のままです。
何しろマウント改造依頼したばかりで、まだ手許に戻っていないので、楽しみに待っている段階です。
S21は、ごく最近ジオグラフィックさんとksmtさんが立て続けに作例を発表しました。
それらが、わたしをこのレンズの購入に走らせたのは間違いありません。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(7) | 2010/12/16 Thu

壘球的故事

M8/Summilux 35mmF1.4
先日、愛車の車検があって、ちょっと痛い出費をしました。
しかし、戻って来た車は快調で、燃費の悪さからエコカーに買い替えるかと少し悩んだことがばかばかしく感じられました。
エコの観点から考えれば、まだまだ乗れる車を売ってエコカーに買い替えるというのは矛盾です。
限界まで乗り潰して、車としての生涯を全うするよう見守りたい考えです。

車検は、毎度同じご近所の整備工場にお願いしたのですが、すっかり親しくなった社長から、ローカルで恐縮ですが、ちょっと驚く話を聞きました。

工場まで車をとりに行った時の話です。
ひととおり整備内容の説明を受け、雑談していた時でした。
事務所にソフトボールのポスターが貼ってあったのを見て、あれ、山田恵里ですね、アジア大会は見れなかったんですが、活躍したんですかね、と何気なく聞きました。
すると、大活躍だったよ、優勝したし、ホームランも打ったしね、と満面の笑みです。

以前にも自慢げに書いたことがありますが、ソフトボールの山田恵里選手はわたしの地元が生んだスーパースター(?)です。
もちろん面識はありませんが、アテネ・オリンピックで銅メダルを取ったのを機に知ることになり、以降こっそり応援してきました。
一昨年の北京オリンピックで優勝したのは記憶に新しいところです。

社長も、同じような経緯でファンになったのだろうなと思って話題をふると、そんなミーハーな話ではありませんでした。
このひとは、なんと山田選手を育てた指導者だったのです。
小学生の野球を指導していて、兄とともにやって来た山田選手に野球をすすめたのがまさにこの社長だったのです。

山田選手のご両親もアスリートだったそうで、小学校低学年ながら彼女の運動センス、特に足の速さなどは傑出していたそうです。
男の子たちに混じって、早くからレギュラーを獲得し、市内の野球関係者からはそれなりに知られる存在でした。
社長は、この間もコーチとしてずっと指導を続けた、野球の育ての親のような存在だったようなのです。

彼女は、中学でも野球を続けましたが、高校ではプレイできないことが分かりました。
そこでソフトボールに転向します。
すでに直接の指導はしていませんでしたが、社長はソフトボールを勧めたひとりでした。
とはいえ、野球とソフトは似て非なるもの。
1年目からレギュラーを獲得しますが、そのギャップを克服するのには本人の並々ならぬ努力があったと言われます。

社会人になってすぐに代表入りした山田選手を支援すべく、講演会を立ちあげたのがこの社長だったのです。
すでに世界レベルになっている彼女を指導することはできませんが、後方支援で支え続けたのでした。
結果、アテネ五輪、北京五輪で中心選手として活躍することになります。

さて、社長が大切にしているものだと、山田選手からプレゼントされたというグローブや、手袋、帽子などを見せてくれました。
実際に試合で着用したもので、いずれも日本代表のものでした。
彼女の恩師への気持ちのこもった贈り物です。
図々しいですが、わたしもそのパワーをわけてもらうべく、それぞれ着用させてもらいました。
手袋は意外にもぐっとフィットしていい感触です。
彼女の大きな手のひらが想像されました。

この地に越して来てから、車のことではずっとお世話になってきた、優しい優しいおじさんでしたが、まさかそんな深~い話があったとは。
いまソフトボールは非常に不遇の時代で、オリンピックに続いて、アジア大会からも締め出されることが決まったようです。
それならば、ぜひ来季のリーグ戦を応援に行ってみよう。
いただいた山田選手のサイン色紙を前に、そう決意しました。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(0) | 2010/12/15 Wed

諾貝爾獎

M8/Summilux 35mmF1.4
今日の朝刊やニュースで報道されていたので、見た方もいるでしょう。
中国の南方都市報という新聞の一面に、中国政府のノーベル平和賞授賞式への対応を批判する暗示的な写真が使われているというのです。
大見出しには「アジアパラ大会(パラリンピックのアジア大会)が今夜開催され1万発の花火が広州を照らす」のような意味の文字が躍っているのに対し、すぐ下の大きな写真は何とも地味な3脚の椅子、5羽の鶴、平らな台、鶴に手のひらを差し出す人のシルエットが写っているだけです。

無人の椅子が授賞式を欠席した象徴で、鶴=和、平=平、手のひら=獎がそれぞれ同じ発音のため、和平獎(中国語で平和賞の意味)を暗示させているのだといいます。
障害者のための競技大会が開催されるという写真であれば、もっとふさわしい写真があったはずですが、大会が開かれる広州を代表する新聞は、なんとも不思議な写真を掲載したのです。

新聞を手にとった中国語の分かる人のほとんどが、その見出しと写真のギャップにおやっと思ったはずです。
そして、その無人の椅子の象徴的な意味も多くの人に理解されたことでしょう。
鶴などの意味はどうだったか、わたしの理解力ではよく分かりません。

繰り返しますが、南方都市報は中国を代表する新聞です。
市内のどこのスタンドでも売られていますし、広州初の航空機に登場すると無料で配布されるのもこの新聞です。
そして、中国では新聞などのマスコミは政府の管理下に置かれていて、間違っても政府批判することは許されません。
政府幹部が汚職容疑などと言う場合の批判は、できなくもないですが、それですら多くのケースで編集部そっくり解雇などの醜聞へと転じるのが常です。
写真に批判の意味を込めることは可能でしょうが、これほど露骨では、文章で批判するのと大差ありません。

このことは、何を意味するのでしょうか。
編集部の意思に反して、どこかで写真の差し替えが行われたのか、それとも日本で報道されるように政府に対する暗黙の抗議なのか。

抗議としても、アジアパラ大会の開幕を知らせる日本の記事に、開幕式でたくさんの鳩が羽ばたいたのかと思ってよく見るとタンチョウヅルだったので驚いたというような報道があって、あるいは大会の主催者が鳩ではなく鶴を使うことで、暗黙の抗議の輪を広げようとしたのではとの見方もできそうです。

政治の領域には首を突っ込まない、特に中国のそれには、がこのブログのモットーなので、このあたりでやめておきますし、自分の意見も入れていないことをご容赦ください。
ただ、こんな報道を見ると、写真にはなにか象徴的な意味があるのではと勘繰りたくなるのも人情というものでしょう。

今日の作例では、3人が腰掛けた椅子、頭のツルっとしたおじさん、平坦な道、手のひらをかざして写真を撮る女性が写っていますが、何も象徴的な意味は有しておりません。
朝鮮半島の緊張から、日本の主要都市に向けて中国のミサイルが配備されているのだから日米合同演習なんて意味ないことだとのたもうた北京大学教授の談話など、平和のありがたみを近頃強く感じてはおりますが。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(2) | 2010/12/14 Tue

鏡頭是都來卡的

M8/Summilux 35mmF1.4
先週の土曜日、ksmt さんが六本木の写真展を見に行かれるというので、同行を願い出ました。
せっかく久しぶりにご一緒するならと、散策と昼食もセットでということになります。
ではどこでという話になりますが、六本木のそばで散策したこともなく、よく分かりません。
じつは、ksmt さんご自身がこのエリアに精通していたので一任すればよかったのですが、外苑いちょう並木周辺でいちょう祭りをやっているようなのでその辺からスタートでいかがとわたしが出しゃばったためそう決定しました。

当日、千駄ヶ谷駅で待ち合わせて歩き始めるのですが、Canon EOS 5D 一筋で撮り続ける ksmt さんが、なんとライカ・オンリーの装備で来ています。
と言っても、カメラはやはり 5D で、持参のレンズ4本がすべてライツなのでした。

さらに言えば、レンズはすべてヘクトールです。
73/1.9のLマウント2本、125/2.5のビゾ用1本、150/2.5というこれはプロジェクター用が1本です。
いずれも、ksmt さんご自身によるマウント改造が行われ、5D で無限も出るようにして使われています。

ちょうど、今日の作例と同じモチーフで、比較写真を撮られていました。
内容はサイトをご覧ください(http://www.ksmt.com/panorama/101204roppon/101204roppon.htm)。
焦点距離まで違うヘクトールでの比較は、なかなかに興味深いものがあります。
プロジェクター用レンズが、シャープな写りの中で案外と滲むのが印象に残りました。

不思議だったのは、同じ73/1.9で描写がまったく違います。
しかもシリアル番号は12番しか違わないということですから、ライツとしては同じロットのレンズでしょう。
個体差なのか、何か別の問題があるのか、面白い問題提起ですが、これをきっかけにヘクトール研究家のK氏とわたしも一応2本のヘクトールを持って加わり、比較大会の開催が検討されています。

それにしても、重い4本のレンズをバッグに入れて、ライツの比較をする ksmt さん、わたしも見習わなくてはいけません。
当日のわたしは、ズミルックス35/1.4クローム・バージョン1本だけのお気軽参戦で、申し訳ない限りです。

滲むということでは、ズミルックスはヘクトールを大きく凌ぐようです。
樹木の方では踏ん張っていますが、金属のハイライトではもう堪えきれずに、ああ、だめだと滲みを隠すことができなくなっています。
クラシックカーの上品さを強調しているように見えるのがいいですが、ヘッドライトが点灯しているように見えるのがもつといいですね。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(2) | 2010/12/13 Mon

害臊王女

M8/Xenon 5cmF1.5
山西省の旅は、今日でもう最終回です。
いや、これまで2週間続けてきましたので、もう、ということはないですね。
わずか2泊3日の旅を15日に拡張させるのですから、かなり強引で無理のある作業でした。

ブログを日刊で更新するということは、かなりの労力がいることです。
例えば写真が優れていれば写真に語らせて文章は添えもの程度で続けていくことができますが、写真は凡庸で内容も自分の日記でもあるというスタイルを続けるとなると、実際に起こるできごとなどに話題性がないと止まってしまいます。

通常、土日のいずれかで写真を撮って来て、1週間それをネタにブログを続けます。
定期的に3~4日間で中国へ出掛けていますが、そこで撮って来た写真は、ブログ2週間分に拡大します。
さらに1週間以上旅することがたまにありますが、その場合は3週間のロングバージョンにします。

いずれのケースでも写真は質より量でぱかぱか撮ってきますが、よく行く鎌倉や横浜では書く内容に事欠きがちになります。
それが、中国をはじめとした外国では、目新しいことに出合ってばかりで、2週間、3週間とブログを続けてもどうにか詰まることなく最終回まで進むことができます。
中国旅行は、写真の下手くそなプロガーの聖地と言っていいのかも知れません。


さて、時間を気にしてそろそろ戻ろうかと3輪タクシーの運転手に声をかけると、すぐ近くにもうひとつ古い町が残っているが見て行かないかとたずねます。
それだつたら早く言ってくれればありがたいのですが、かといってまったく見ないで帰るのも後ろ髪を引かれるでしょう。
駆け足で見るから速攻で連れて行ってと頼みます。

場所は意外にも道路をはさんですぐ目の前で、同じ梁村に属するようです。
すでに時間が押していましたたので、村の入り口から建物がなくなって畑の始まるところまで、本当に走って見て歩きました。

今度は、中学生くらいの女の子ふたりが楽しげに話をしながら自転車で来たので、すっとカメラをかまえました。
昨日の小学生同様にシャイだったのでしょうか、ふたりともちょっとうつむいてしまい、自然体とはいえない写真になってしまいましたが、最後の1枚として、これはこれでいいのかも知れません。

3枚ほど続けざまに撮らせてもらったあと、ふたりの背中に向かってありがとうと言って手を振ると、右側の子はしっかりこちらを見ていて、手を振り返してくれました。
自転車でなければ、追いかけて声をかけたいところですが、お互いが手を振りあってさようならと言っているようでした。
このちょっとした出来事が、終わりよければすべてよし、さあ、帰ろうと背中を押してくれたようでした。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/12/12 Sun

密着主義

M8/Xenon 5cmF1.5
荷車に野菜を積んだ人が通りかかりました。
ネギですかと聞くと、そうこのあたりの特産だと答えます。
大きな2輪の荷車は引くのではなく、押すタイプでしたが、その後ろ姿はちょっとコミカルで付いて行きます。
古い窰洞の鍵を開けて中に入ったかと思うと、中は倉庫になっていました。

もともとは住居として建てられた窰洞も、住む人を失えば朽ちていく運命です。
廃墟にしてしまうくらいなら、倉庫としてでも活用して古い窰洞が保存された方がまだずっとよいことです。
とは言っても、古建築は人の生活があってこそで、古民家の美しさはそこに暮らす人々の営みによって保たれるのだと思います。

梁村で出合ったのは老人ばかりでした。
平日の昼間ですのでそれは当然でしたが、子どもの姿もほとんどなく、中国の農村域ではどこでも見られる空洞化を感じずにはいられません。
梁村から平遥までは10キロほどしかないので、この地で観光業に従事している青年・壮年層の人もいるのでしょうが、多くが太原や北京の労働力になっているに違いありません。
そんな中でシャイな女の子たちを目撃できたのは、たいへん幸運なことでした。

この仲好しのふたりを見ていて思い出したことがあります。
中国では、特にスキンシップが尊ばれていると感じることがよくあります。
話をしていると相手の体に触れてきたり、同性同士が手をつないで歩いていたり、見知らぬ人と体が接触してもエチケット違反にならないということもあります。
あるいは、行列の時に前の人とかなりくっついたり、エスカレーターに一段あけずにすぐうしろに立つのもそれと関係あるかも知れません。

寒冷な華北では、スキンシップがより進化して密着文化とでも呼べそうな体験をいくつかしました。
磧口の李さんなどは、窰洞のベッドの上で会話する時わたしに体をぴったりくっつけていましたし、彼のバイクの後ろに乗った時にはもっと前に出て密着するよう指示もされています。
バスに座った時は、必ず隣の人と肩や足が密着している状態でした。

太原から離石へのバスの中では、隣は高校生くらいの女の子でしたが、やはり出発から体をくっつけてきます。
座席の幅は狭いですが、女の子であればくっつかない状態を保つことは可能なはずです。
寝ているわけではなく、途中から眠ったようでしたが、そのときには完全にこちらに体をあずけるようにしていました。

もちろん彼女がわたしに特別な関心を持ったとかということではありません。
他の人も同様ですから、この地に於いては赤の他人とでも体が触れあうことは自然な行為のようです。
少し話が飛躍しますが、最近、特に意見の衝突する中国ですが、彼の地まででかけてスキンシップのもとで話をすれば解決の糸口が見えてくるかもしれません。
電話ではダメですし、首脳会談のように椅子が離れてしまっていては意味なしです。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/12/11 Sat

坐三輪車去郊外

M8/Xenon 5cmF1.5
福聖恒客栈をチェックアウトして、太原空港へ向かうバスに乗るにはあと2時間半くらい。
少し中途半端な時間が残りました。
このまま平遥を歩くには長過ぎ、郊外に行くには短いかなという感じです。
それでも宿をチェックアウトしたのは、郊外の村まで足を伸ばしたいと考えたからで、オフシーズンだというのにツアー団体客の多い平遥に見切りをつけることにしました。

その郊外の村は、梁村といって平遥から10キロほど離れています。
やはり明代の建築が多く残されていてすばらしい古鎮ですが、惜しむらくは近隣の平遥があまりに高名なため、その影にすっかり隠れてしまっている村です。
平遥と同様の建築が見られるためわざわざここまで来る人は多くないようで、鄙びた農村的な雰囲気を味わえそうです。

バスで行けるとありましたが、時間を考えて3輪タクシーをチャーターすることにしました。
ちょうどホテルを出たところで声をかけられたので、渡りに舟と60元というところを40元に値切って颯爽と出発します。
ただ、この地の3輪タクシーは荷台の方にサスペンションが付いていないようで、がしゃんがしゃんとやたらと揺れます。
激しい凹凸では体が宙に浮くくらいの衝撃ですので、普通の4輪タクシーを見つければよかったかと後悔の念、無きにしも非ずです。

30分近くかかって最初に着いたのは寺院でした。
しかしここはなぜかチベット仏教の寺院で、チベット人の僧侶が迎え入れてくれました。
時間が無いのでゆっくりもできませんでしたが、政府がテロリストと名指しする人を崇拝していると伝え、寺を後にします。

移動すると、今度は中国式の寺廟があって、おじいさんがエクササイズ(?)を楽しんでいます。
あいさつすると、やはりここまで訪れる人は多くないということで、歓迎してくれます。
3輪タクシーの運転手も合流して、この人外国人だよと教えると、いよいよ感激して周囲の古い建造物や木の装飾などを案内してくれました。
いずれも、普通に人が生活している古民家なので、門を入ってさあさあ中へと導いてくれなければ到底自分ひとりでは見つけることができなかったので素晴らしいガイドと言えました。

そんな家で暮らすおばあさんが、突然の外国人の訪問に驚いて、おじいさんや運転手といっしょにくっついて来たのには笑ってしまいましたが。

今回の旅では、クセノン50mmF1.5、テッサー28mmF8、マクロスイター75mmF1.9、テッサー28mmF8とレンズを使い、また最初のクセノン50mmF1.5に戻ってきました。
このクセノンは、所謂ライツ・クセノンと呼ばれるもので、以前使用したシュナイダー・クセノンとは違うレンズです。
ライツ・クセノンもシュナイダーの製造だというとややっこしいですが、ライツ・クセノンは5群7枚のガウスタイプなので、3群7枚ゾナータイプのシュナイダー・クセノンとは外観も構成もまったく別物のレンズです。

ライツ・クセノンは、コンタックスのゾナーに対抗するためシュナイダーから供給を受けた大口径レンズと言われていて、性能で大きく劣ったため売れ行きが芳しくなくて実質的に7年ほどしか製造されていません。
確かにコントラストが低く、周辺の流れる全体にも甘いレンズですが、今回の作例を見ていくとわたしにとってはかなり魅力的に感じられるレンズでした。
わたしの個体には残念ながら後の手によるものと思われるコーティングが施されてしまっていますが、それでも逆光にはまつたく弱く、使いづらさはなかなかのものです。

シリアル番号を見ると1939年の製造で、同時に使っていたコンタックス用テッサー28mmF8のブラック&ニッケル・バージョンは1936年の製造といずれも戦前の古いレンズです。
それでも、好天の順光ではレンズ性能が発揮されて、合焦部でのじゅうぶんなシャープネスを感じることができます。
この2本に加えて逆光でも力を出し切れる望遠のマクロスイターを組み合わせたことが、古い町を撮るための最高の outfit になりました。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/12/10 Fri

福聖恒客栈

M8/Tessar 2.8cmF8
いつも旅行記と称しては偉そうなことばかり書いてますが、旅先では失敗が多いですし、たまには悪いこともします。
大っぴらに書くことではありませんが、平遥ではたぶん城壁に入るのは有料で、これを支払わずに侵入してしまいました。

平遥の通りを歩いていて愉しいのはせいぜい8時くらいまでで、それ以降は店がいっせいにオープンして明清の町並みの趣はなくなります。
それではと城壁の上をぐるっと歩いてみようかと考えます。
城門に隣接して階段があってここから城壁に上がるようで、ちょうど30人くらいの団体が入場しているところでした。

後につこうと思いましたが、入り口のところでカチャカチャと入場者数をカウントする服務員がいるのを見て、入場券を買わないといけないのかと気付きます。
きょろきょろしてもチケット売り場が見当たらないので、この団体の仲間のふりをしていっしょに入場してしまいました。
いちばん最後の人がカチャカチャ服務員にお前は人数オーバーだと咎められたかも知れませんが、そんなことは放っといて先に進んでしまいました。

そうやって薄笑いを浮かべながら上がった城壁は、万里の長城に幅や造りがよく似ています。
ただアップダウンがないという違いはありますが。
少し高いところから平遥を見渡せますのでそれなりに上った意味はありましたが、すぐに飽きてしまいます。
当初1周するつもりでしたが、6キロあると聞いて四分の一周で断念しました。

振り返ると、さきほどいっしょに入場した団体ははるか後方にいます。
やはり、なにかしらトラブっていたのかも知れません。
申し訳ない、と日本語でお詫びを叫びますが、そのままホテルに戻ることにしました。

作例写真では「福聖恒」の文字が見られますが、この福聖恒は建物の名称であって、ホテルの名前にもなっています。
恐らく清代の創建と思われる四合院建築で、当時の装飾が保存状態もよく、異空間を作り出していました。
内装も、当時の家具などを再現していますが、当然、トイレやシャワー、テレビ、電話などは設置されていて一般のホテルと見劣りするわけではありません。

この福聖恒だけが特別なのではなく、平遥には歴史的建築を利用した同様のホテルが恐らくは50くらいはあるようです。
料金はだいたいのところ100~400元くらい。
平均すると2500円前後というところのようでした。

わたしはホテルをできる限り予約しない主義ですが、このホテルは通常価格400元を220元に下げていて、仮予約するとプロモーションでさらに半額にするというので掟を破ってブッキングしてしまいました。
平遥到着がだいぶ遅くなった上に、迎えに来てもらったので、結果的に予約したたのは正解だったと言えます。
ただ、やはり移動をともなう旅でホテルを予約してしまうと行動が制限されてしまいます。
自ら自由を失うような行為は、自由の無い国ではなおさらのこと、慎むべきでしょう。

部屋は快適でした。
ただ、バスタオルがないなど、もともと400元もするホテルとしては、アメニティがいただけません。
何しろ前日シャワーを浴びられなかったので、その辺は突っ込みたくなりました。
【M8/Tessar 2.8cmF8 F8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 2.8cmF8 | trackback(0) | comment(1) | 2010/12/09 Thu

四人八輪

M8/Macro Switar 75mmF1.9
どいた、どいたー。
背後から声が上がったので振り向くと、複数の自転車がこちらの方に向かってきていました。
お神輿のような物体もいっしょにあります。

よく見れば、そのお神輿は4台の自転車に括りつけられています。
重いものを運ぶ素晴らしいアイディアと感心しましたが、よく考えれば、これはかなり危険な状況ではないでしょうか。
ひとりがバランスを失ってよろけたり、スピードが合わなくなったりしただけで全員転倒は免れません。
後ろのふたりはニュートラルにしてハンドルだけ注意すればいいのでしょうが、前方のふたりは速度と方向性の呼吸をぴたりと一致させる必要があります。
市井の人ではなく、雑技団のメンバーだったのかもしれません。

当然、この物体はお神輿ではありません。
すぐ前で停車して何やら準備を始めたので、図々しく話をうかがうことにしました。
何日か前、地元のご婦人が亡くなり、今日、葬儀が行われるのですが、その式典に使われる装具がつぎつぎと運び込まれる最中だったのです。
それらは次々と組み立てられ、日本のモノトーンのイメージとは違う、原色の世界の式典の準備が着々と進められていきます。

きっとこの古い町並みの中を、泣き女をともなって伝統的な葬送の行進が行われるのでしょう。
ぜひ見学したいものですが、午後3時頃になると聞いてこれはあきらめざるを得ません。
夕方のフライトで深圳に戻らないといけないのです。

それにしても葬儀だというのに、悲しみの空気というものが感じられません。
亡くなられたご婦人は85歳の高齢で、大往生で天に召されたとのことで、死んだという事実は別として病気を得たりとか苦しんだとかということがなく、人々は本人には良いことだったと捉えているようでした。

死生観というのはひとつの学問のようで、世界中で多くの人が研究しています。
わたしはまったく無関心でいましたが、異文化を語る上では重要なテーマだとの認識はあります。
言葉の問題がありますし、タブーの領域に踏み込むかもしれないというより大きな問題がありますので、この場ではもちろん今までそんな話をしたことはありませんでした。
今後は、この壁を打ち破る努力が必要かと考えています。

作例の中に杖のおばあさんが写っていますが、姿勢が美しいのと威厳にあふれた表情が印象的で、この前に失礼して数枚撮影させていただいていました。
設営しているところを神妙な顔で見守っていたこのおばあさんは、亡くなったご婦人のお友達だったのかも知れません。
まずは、この方の死生観からだった、と思いました。
【M8/Macro Switar 75mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kern Macro Switar75mmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2010/12/08 Wed

正宗的刀削麺

M8/Macro Switar 75mmF1.9
平遥は、早くから世界遺産に登録され、雲南省の麗江と並んで中国で最も有名な古い町と言えます。
周囲約6キロを城壁で囲われた中に、明代からの古建築が完璧に近い状態で並んでいます。
これまで訪れた古い村は古鎮と呼ばれますが、一定規模以上の町は古城と言うように、かつての都市は城壁に囲まれていたことをうかがい知れる貴重な場所です。

事前の調査では、その古建築の多くが、ホテル、土産物屋、酒吧(中国式の騒々しいバー)などに改装されているようなので、9月に訪れた湖南省鳳凰古鎮のような喧騒が予想されます。
しかし、11月末の閑散期でそうとうの寒さにもなっているので、騒々しいというほどでもないだろう、むしろ訪問するには好機と考えてあえて出掛けることにしました。

店が開いてしまうと雰囲気が変わってしまいますので、早起きしてうす暗いうちから歩き始めます。
平遥は、朝の早い町のようで、すでにかなりの人が自転車やバイクで通勤している姿を目にします。
恐らくこの日も零下5度くらいなのでしょう、吐く息は真っ白で、いただいた手袋をしていても指先は凍るようでした。

城門で撮った昨日の作例は、わたしがカメラを向けたので笑っているように見えるかも知れませんが、そうではありません。
おじいさんにとっての健康法なのか、なんにもないのに、はっはっはと笑っていたのです。
朝日を思いっきり浴びた白い歯が見事です。

城内の通りで撮った今日の作例も、この町の様子を伝えるようでなかなかにユニークです。
朝一番では馬が食料を引いて配達しているのを見ましたが、こちらはロバでしょうか、いやラバか?
平遥周辺は、観光で栄えていることもあってちょっとした都会ですが、郊外まで出ると馬やロバが労働力になっているのが不思議でない田園風景が広がります。
しかし、世界遺産の街中に動物を引いてやって来ると言うのはあまりに意表をついていて笑いたくなります。

それにしても寒いです。
かなり勢い込んで歩いているので、体は少しポカポカしていますが、手も足も指先の感覚は麻痺していますし、鼻水が滝のように流れて枯れることを知りません。
足も疲れてきたのでどこか休憩したいところですが、あまりに早くから歩き始めたので、オープンしている店が見当たりません。

ホテルへ戻るべきかと思い始めたころ、この馬(ロバ? ラバ??)に遭遇して少しついて歩くと、幸運なことにそば屋さんを見つけることができました。
飛刀削麺と表記してあるので、もちろん刀削麺を注文します。
この刀削麺こそ、山西省の名物、恐らくは発祥の地と呼ばれています。

東京都内にはあちこちに西安刀削麺というレストランがあって、あたかも刀削麺が西安の名物のような誤解を生じているようです。
もちろん西安にも刀削麺屋さんはたくさんありますし、何よりこの西安刀削麺というレストランの料理は美味ですが、やはり中国で刀削麺といえば山西なのです。

強引な比喩を言えば、中国で高知うどんというチェーン店を展開して流行させられれば、中国人はうどんという食べ物は高知の名物だと思うでしょう。
確かに高知の人もうどんをよく食べるかも知れませんが、日本人はすべてうどんは高地じゃなくて香川だ、讃岐だと言うに違いありません。
それが西安刀削麺と山西の関係と言えます。

この話はわたしが気付いたことではなく、日本に住む中国人の友達から聞いた話の受け売りです。
数年前、西安刀削麺で食事した彼女は美味しいと思ったのですが、東京のあちこちに同レストランの視点があるのを見て、このままでは東京の人が刀削麺イコール西安のものという誤解をするのではと危惧していたことを思い出したのです。

当時、わたしは山西省と聞いても中国でも遠い彼方で、そんなとこまで行くことはないだろうと思っていました。
しかし、今回こうして山西省に足を運ぶ機会を得て、刀削麺を食べるに及んで、以前に聞いた話を思い出したという次第です。
旅の間、3回も刀削麺を食べましたが、新宿で食べた西安刀削麺に勝るものがなかったことは、正直に告白しないといけません。
【M8/Macro Switar 75mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kern Macro Switar75mmF1.9 | trackback(0) | comment(2) | 2010/12/07 Tue

遥远的

M8/Macro Switar 75mmF1.9
磧口から平遥までの大移動が始まりました。
地図を見るとわずか120キロあまり、しかもうち半分くらいが高速道路です。
2~3時間で着けると踏んでいたのですが…。

まず、この地域の都会である離石までバスで行かなくてはいけませんが、40キロほどに1時間半かかっています。
バスはなるべく乗客を乗せようと、主要な町で15分停車したり、どうしたことか途中の小さな村から来たと思われるバスとすれ違いざま全乗客を受け入れたりして、スピードは考えずに大量輸送手段を目指しているかのようでした。
ずっといらいらさせられ疲れました。
いずれにしても、これで2時間で到着なんて夢は早くもついえました。

そして離石では、意外な事実を知って愕然とすることになります。
バスは、行きとは違う停留所に到着したのでした。
昨日、離石に到着した時、磧口行きのバスはないと言われたのは、その時間になかったわけではなく、単にそのバスターミナルから出ていたわけではないという事実です。
親切を装って、乗り継いで行けるよと別の行き先のバスに案内した親父に騙されていたという訳です。

いまさら泣いても仕方ないので、平遥行きのバスをたずねましたが、朝一本あるきりだと言うことでした。
もしかすると、別の行き先を勧められて乗り換えろと言うかなと思えば、また明日の朝出直してこいとさらりと流すのでこれはどうゆら本当のようです。
磧口の人はみな離石まで行けば平遥行きのバスがあるからと異口同音に説明していました。
バスは確かにあることはありましたが、こんなんでは親切に説明する意味がありません。

結局、もと来た道をなぞるように太原に行くことにしました。
太原から平遥行きのバスを探そうと思ったのと、最悪、夜行列車はありそうだったので、なんとかなるだろうと思ったからです。
次の太原行きのバスを待ちながら、磧口で離石行きのバスを待つ間、太原へ直行するバスが30分早く出て行くのを見送りましたが、あれに乗っていれば今頃は太原に到着していたでしょう。

結局、太原のバスターミナルに着いたのは6時半になっていました。
バスに乗ろうと磧口の橋の脇に着いたのが1時だったので、旅先にあっては貴重な午後の半日をまったく無駄に過ごした気持ちです。

予想はしていましたが、やはりすでに平遥行きのバスは終わっていました。
あとはもう鉄道に期待するしかなく、タクシーで駅に向かい、長い長い当日券窓口の最後尾に並びます。
20分も並んでいたので、電光掲示で次々表示される列車案内の中に10時くらいに平遥方面への列車があることが確認できました。

ようやく自分の順番になりました。
こういうケースではまず、わたしは外国人なので中国語が少しだけしかできないが、優しく対応してください、ということにしています。
延々と続く切符を求める人の列で、販売服務員もいらいらしていることと想像しますが、途中、こういうヘンなヤツが現れると息抜きに思うのか、かなり親切に対応してくれるケースが多いと分かったからです。

いま7時なので、もつと早い平遥行きがあればよかったのですが、残念ながらわたしが見ていた列車がいちばん早いようです。
しかも、チケットには無坐と書かれていて、悲しいことに満席なので立っていろとてうことのようでした。
1時間半程度なので座れないのはどうにかなると思いますが、立錐の余地もないほどだったらどうするかなどと考えると一気に憂鬱になります。

太原から平遥までは100キロありますが、チケットはわずか100円です。
調べると800キロ離れた終点の宝鶏まででもたった1000円。
昨日の太原から離石までのバスが距離は150キロ程度で運賃850円でしたから、鉄路がいかにチープな移動手段かが分かります。
こんなんじゃ、旅行者が列車の指定席を取るのは至難の技ということになりそうです。

ともかく移動手段は確保できたからでしょうか、急にお腹が空いたのを感じて、駅前で食事することにしました。
するとバスのチケットを売る親父と出くわします。
列車の指定席が入手困難なら、ここで長距離バスの商売をするのはいいアイディアです。
どこ行きかと聞くと西安だと言うのでがっかりしていると、どこへ行きたいのか問われ平遥だと答えると8時にバスがあるから着いて来いと歩き出しました。

怪しげな建物に連れて行かれ不安になりましたが、すでに客が10人くらい待っていてウソではなさそうです。
親父が60元というので高すぎるとは思いましたが、ヤツのコミッションも含まれてのことでしょうし、言い値を支払って別の係員からチケットを受け取りました。
闇バスのような存在かとも疑いましたが、チケットにはバス会社が運営する夜行バスで、8時に太原駅前のビルを発車し、翌朝どこそこへ着くと言うようなことがしっかり印刷されています。
本来、その行き先への直行バスですが、その途中の町なら降車できるシステムのようです。

出発まであと30分あるので食事できないかと言うと、スタッフや乗客たちがあそこで食べろと向かいの食堂を教えてくれました。
ここで麺をいただくのですが、店の奥さんとふたりの子どもがたいへんに親切でした。
外国人が店に来たのは初めてだと興奮気味でしたが、日本に対しては崇拝のような気持ちがあるようです。
何か日本のものを見せてくれというので、お金などを見せたりしていると、千円札を売ってくれないかと懇願してきます。
公定レートで交換しましたが、ほんとうは一万円札が欲しかったようです。
娘が美人だったので、彼女に翌日平遥を一日案内してくれれば進呈しようかなどとくだらないことを考えましたが、この家族が日本を崇拝していることを思い出して、くだらないことを言うのはよしにしました。

ほぼ定刻通り出発したバスは、2時間で平遥付近に到着しました。
高速を走らず、一般道を使うので鉄道より遅いようですが、バスは寝台タイプで横になったままで着くので楽なものです。
ただ、わたしの後の親父の足が臭かったのはきつかったですが。

平遥入口の交差点では、トラックがスタンバイしていてわたしと入れ替わるように大量の荷物が積み込まれました。
ここの名物の牛肉だそうです。
バスのスタッフは親切でしたし、雑談もするような仲になっていたので、このトラック運転手に話して平遥の町まで連れて行ってくれるよう掛けあってくれました。
出発の際には、渡れの言葉とともに、平遥のお土産は牛肉にしろよと笑いながら手を振ってくれました。

いかにも実直なお父さんという外観の運転手にトラックに乗せてもらい、ようやくホテルまで行けるかと思ったら、最後の乗り換えが待っていました。
トラックは、平遥の街中に入れないのでと恐縮して、ホテルに電話して町の外れまで迎えに来てくれと指示してくれます。
迎えの車を待っている間、会話をしようと努めますが、あまりに訛りがきつく磧口の人たちと以上に会話が続きません。
お互いに沈黙してしまいますが、そのとき見たこのお父さんの無骨さがこの地の人の典型的な優しさに感じられます。

ほどなくして車がやって来て、ようやくホテルにチェックインできました。
時計を見ると11時過ぎで、磧口を出て10時間が経過しています。
すごく無駄な時間でしたが、振り返ればこの間出合ったすべての人が親切で、単なる移動とは違う、旅をしていたのだとも思えます。
すみません、かなり端折って書いたつもりなのにだいぶ長くなってしまったところが、わたしの旅を象徴しているということなのでしょう。
【M8/Macro Switar 75mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kern Macro Switar75mmF1.9 | trackback(0) | comment(1) | 2010/12/06 Mon

美麗的石坡

M8/Macro Switar 75mmF1.9
旅に持ち出すレンズをどう決めているのか気になります。
ここぞの旅なら、いちばん信頼のおけるレンズを持ち出すでしょうし、治安のよろしくないところへ行くのであれば万一の盗難に備えて取り返しのきくレンズになるでしょう。
移動していく旅なら軽い装備になるし、定点的に活動できる旅ならこれをチャンスといろんなレンズを持ち出したくなります。

デジタル一眼レフは重いですが、ズームレンズ一本で済めばトータルでは軽装備になるかも知れません。
レンズに潔い方は、どんなシチュエーションでもレンズ1本というスタイルを貫き通します。
いずれも交換レンズ不要派ですが、シンプルであればあるほど旅も撮影もできる人だとのイメージが高まるのは間違いなさそうです。

それらに反論するのは、どのレンズをその旅に持って行くか悩むのも旅の愉しみ、です。
どのレンズを連れて行くか、どの組み合わせで連れて行くか、そんなことで悩めるのはレンズを蒐集している贅沢の最たるものだと思っています。

わたしは、現地で計画的に撮影するというわけではありません。
美しい風景よりも、現地の人の素朴な笑顔に写欲を感じるタイプなので、こういう使い分けをしようとレンズを持参するより、単に広角・標準・望遠と3種持って行ってシチュエーションで使い分けるのが楽ちんです。
3本にするのは、ライカにはレンズカプラーという便利なレンズキャップがあるからです。
レンズカプラーというのは、両端にレンズを装着できるレンズキャップで、2本のレンズを1つにまとめられるので、カメラバッグの省スペースにたいへん便利です。

さらに具体的に言えば、昨年10月以来、中国へ行く時に50mmF1.5レンズを使うことにしています。
標準レンズが50mmF1.5に固定されるので、それに応じて広角と望遠を選択するようにしているのです。
今回は、まずライツ・クセノン50mmF1.5を使うと決めましたが、このクセノンは甘口の柔らか描写で逆光に弱いレンズですから、望遠はシャープで逆光に強いものをということでマクロ・スイター75mmF1.9が選出されます。
広角は、始めていく土地で風景を摂る可能性もあるので35mmではなく28mmをということで、テッサー28mmF8に決定します。

実際には、もっともっといろいろな要素を比較検討しながら、自分の個性を主張しつつも各種レンズがなるべく均等に使われるよう配慮して決定しているつもりです。
とにかく、前述のとおり、レンズをあれこれ悩むのは愉しみですし、居ながらにして旅が始まっているのだと思うと気持ちも高まって来るのが良いと思っています。
わたしにとっての醍醐味ですね。

さて、次に向かう平遥をめざすために少々早めに磧口を経つことにして李さんの家に戻りました。
黄河に面したメインの通りから家までは、けっこう急な坂を登らないといけません。
慣れた李さんは、するすると上がって行きましたが、その背中を追いつつ、あらためてその坂の美しさに気付きました。

こういう段差も階段と呼ぶのでしょうか。
いえ、おそらく積雪時に下まで滑らないようにつけた段差で、これは階段とは少し違うようです。
この段差部分が真っ直ぐではなく、うねったようになっているのがまず美しく感じます。
そして、レンガ大くらいの大きさの石を敷き詰めた広がりが良いです。
さらには、長年の人の往来で、いい具合に中央の石がすり減っているのが風格を表現するかのようです。

李さんの家の外壁には、歴史的建築物を表すプレートが付けられています。
建物の名前は「天聚隆」です。
18世紀に建てられたこの家は、油屋さんで、石が油で黒ずんでいる具合が当時のこの家や町の繁栄を示していると書かれています。

この油がなんの油かが書かれていません。
近くの河原に、ずっと火がつけられたままの筒が付き出たところがあり、天然ガスを採掘しているのかと思っていましたが、もしかすると石油なのでしょうか。
この疑問は解決できないままに、平遥へ向けてバスに乗り込むことになりました。
【M8/Macro Switar 75mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kern Macro Switar75mmF1.9 | trackback(0) | comment(4) | 2010/12/05 Sun

早餐的故事

M8/Macro Switar 75mmF1.9
そろそろお腹がすいてきましたね、と李さんが声をかけてきました。
では、と朝食に行くことにしました。
なんでもここ西湾村の反対岸によいレストランがあるそうで、黄河の支流である小さな川を渡ると言います。
橋はだいぶ手前だったと思えば、大きな石を並べて歩行者用の橋にしていました。
川幅はけっこうありますが、もともと乾いた黄土高原ではこんな橋でも十分に用が足すということなのでしょう。

確かにちょうど対岸あたりに通りがあって、民家が両側に並んでいました。
そのうちの何軒かは雑貨屋やフルーツ屋、レストランになっていましたが、李さんは迷うことなく1軒の新しいレストランに入って行きました。
弟さんが経営する店だと自慢げです。
そのとき、店内の時計が目に入りましたが、ちょうど10時を指していました。
昨日、朝食はいつも10時だと言っていたその通りなので、李さんの時間管理のすばらしさに感心してしまいます。

ここにはメニューがなく、李さんが任せろと注文を入れてくれました。
なんだかずいぶんいっぱい頼んでないかと思えばその通りで、料理4皿に主食の麺、喉も渇いたろとビン入りの梨汁飲料まで2本運ばれてきました。
メニューがないので名称不明ですが、豆腐料理、卵・トマト料理、ブタ肉料理、キノコ料理と具材や調理法はバラエティに富んでいます。

しかし、朝からこんなに食べられるのだろうかと心配になる量です。
案の定ふたりで三分の一程度しか食べられません。
あとから来た麺は、うどんに近い太さでしたが、茹でてあるだけでスープも具材も載っていません。
お好みでトマトペースのソースをかけたり唐辛子や酢、砂糖などを加えて好みの味にしてもいいと言っています。
感覚的には白飯と同じで、おかずを麺の上に載せていっしょに食べるというのがオーソドックスなスタイルのようでした。

おそらく店で手打ちしているのではなく、製麺所のものを湯がいて出しているだけだと思うのですが、腰があってしこしこしており、やはりうどんに似た食べ物でした。
李さんは、お気に入りのキノコの炒め物料理の汁をたっぷりかけてネコまんま風に食べています。

食事中気にしてしまったのは、店の手伝いをしていた十代後半の姉妹で、たぶん店主の娘でしょうから李さんの姪になると思うのですが、これがなかなか可愛いんですね。
わたしたちへの給仕が終わると、テレビを見ながら麺をすすり始めるのですが、その横顔がまた良いのです。
せっかくですから、李さんを通じて親しくなりたいところですが、真面目な李さんはどうだうまいだろうとか言うばかりで、わたしの心を理解するにはついに至りません。

こんなことを書いていると思いだすのが、2年前に訪れた西安のことで、西安では驚くくらいみんながみんな可愛い女性ばかりでした。
それはもちろんわたしの主観ですが、昨年、西安を旅した知り合いがいて感想を聞いたら真っ先に答えたのが、女性がみんなきれいだったということでしたから、やはり事実なのではと確信します。

その西安がある陝西省は、ここ山西省の西隣ですが、残念なことに今回の旅で見た女性は以前の西安に遠く及びません。
なぜだろうと考えてひとつ思い当たるのが、西安は一般にシルクロードの起点と言われることです。
つまり、西域からやって来た違う民族と長く交わることで美人が生まれたという説ですが、気候風土は西安と太原でそれほど大差があるとは思えないので、混血によって美女が生まれる説には一定の信ぴょう性が感じられます。
中国ではそういった謎の解明は行われていないのでしょうか。

ここで閑話休題ですが、朝食を大量にオーダーしてしまった以上、あまり残すのは失礼だし、姉妹をがっかりさせるかもしれないという心配から、限界を超えた量を食べてしまうことになります。
逆に美人姉妹に、この人こんなに食べたのとあきれられたような気がしないでもありません。
いま考えるに、彼女たちも呼んで、こんなに食べられないから、一緒に食べましょうと誘えば良かったのでした。

埋単、と言って回計しますが、料金は500円にも満たないものでした。
梨汁だけでも200円近かったので、これはいくらなんでも安過ぎです。
李さんが連れてきたのでサービスだったのかも知れませんが、大量に残すは、サービスさせてしまうは、姉妹と友だちになれないはで、心残りの食事になってしまいました。
【M8/Macro Switar 75mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kern Macro Switar75mmF1.9 | trackback(0) | comment(2) | 2010/12/04 Sat

花椒木做的

M8/Tessar 2.8cmF8
李さんのパイクに跨り、西湾村へ移動しました。
下りばかりの別ルートだったので、バイクの不調とは関係なく歩かず済んだのは助かりました。
それよりなによりありがたかったのはいただいた手袋で手がずっと楽だったことです。
ご夫婦の暖かさが、指先にそのまま伝わるようでした。

西湾も山の傾斜に沿って広がる村ですが、規模は小さく、バイクを置いて石板の坂道を歩きました。
李さんが案内してくれたのは、村いちばんの大きな家で、11代200年続いている大きな古民家でした。
もともと裕福な家柄だったのでしょう、今まで見た民家とは違うデコラティブさが印象的です。

折しも、中庭では木材を切断しているところでした。
ははーん、冬に備えて薪を用意してるんだなあと聞くと、加工用のものだとのことでした。
そういえば、今まで見た暖房はすべて練炭を使っていましたし、そもそも木は貴重品で燃したりしないようでした。

あらためて建物を見ても、その精緻な木の装飾の具合がよく分かります。
もともと3連の窰洞式の建築ですが、2階に木造りの小部屋が乗っています。
1階の扉のパターン、2階の柱周りの装飾、職人の手になるものでしょうか、たいへんに見事です。

実は、この家では木材加工を代々行っていて、恐らくは家の装飾も自らの手で施されたようです。
上階は見学できるようになっていて、古道具や衣装が飾ってあります。
ちょっとした民族博物館のようになっているので、見学者のための売店まで作っていました。

やり過ごそうとすると李さんに見ていったらと勧められます。
売られていたのは、ここで制作された櫛と置物でした。
木彫りの仏像などを数点持っているので、まずは置物に関心が向きますが、みな大きすぎてさすがに購入意欲は起こりません。

売店のウリものは櫛の方のようで、小さな店に実に多様な種類が置かれていました。
製造工程までが記されていて、この家で伝統的に櫛を作り続けてきた歴史を見るようでした。
木の種類が5、6種あって、自慢は雲南省から取り寄せた木を使った櫛とのことでした。
見せてもらうと、感触は木というより石で、緑色の自然な模様が付いています。
雲南なら大理石の間違いではないかと尋ねましたが、非常に有名な木だということでした(名前を忘れてしまったのは残念です)。
値段も300元(3800円くらいか)といいますので、このあたりの人の月収以上ではないかと思われました。

ハンドメイドの櫛ってやつぱり高いのかと驚きました。
製造工程の中で、櫛の歯の先端部分を丸める加工の部分などの手間が大変そうに感じましたが、櫛一本作るのもかなりの作業と感じたからでした。

よく見ると花椒の木で作った櫛もありました。
花椒は、四川料理で有名な麻辣味の麻を出すのに欠かせない調味料で、舌がびりびり痺れるあれだといえばピンとくる方も多いのではないでしょうか。
こちらは30元と十分の一の値段でしたが、高いと一喝して25元にしてもらい購入しました。
旅先ではあまり買い物をしない週間ですが、その土地に深く関係するようなもので、持ち帰りに負担にならない、さらには財布の負担にならないものならいいでしょう。

誰かに進呈しようかと思っていましたが、この日の夜2日ぶりの入浴をしたあと、そういえばと思いだしてバックパックのポケットからこの櫛を出して梳いてみました。
これが、なかなかにいい感触でした。
頭に櫛の歯があたっても痛くなく、そのまま滑って行きます。

一方で、よく見れば歯は微妙に長さが揃っていないものもあって、いかにも手作りな、しかも安いものだから若干手を抜きました感が漂っています。
これは、自分のものにしよう、まだ櫛を使えるだけのものが残っているんだし、とその場で決定しました。

花椒の木だというので櫛をペロッと舐めてみましたが、特に舌が痺れるとかということはありませんでした。
唐辛子のカプサイシンが髪の毛に良いと聞いたことがあるようなないような気がしたのですが、櫛にそんな期待をしてはいけないですね。
【M8/Tessar 2.8cmF8 F8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 2.8cmF8 | trackback(0) | comment(0) | 2010/12/03 Fri

窰洞是什么

M8/Tessar 2.8cmF8
山西省の多くは黄土高原と呼ばれる土地で占められています。
おとといの作例写真の背景は山岳地帯のようにも見えるかも知れませんが、せいぜい標高数百メートルの高さの山が連なっているさまはまさに高原です。
太原から離石までの高速道路を走っている間は、ずっとこんな地形が続いていました。
そういえば一昨年訪れた西安のある陝西省は、山西省の西隣ですが、やはり郊外はまったくおんなじ風景だったことが思い出されました。

黄土は、西域の砂漠の砂が風や黄河を代表する河川によって運ばれて積年のうちに厚く堆積してできたもののようです。
川から運ばれたものは、栄養分とともに流れ着いているので肥沃な土地を生みます。
風によって飛来して堆積したものは、不毛の地を形成していったのでしょう。
低い土地は農耕に適することから自然に村落が形成されるのは自然なことです。

200万年前から形成が始まった黄土はたいへん固いという特徴がありました。
そこに横穴式の住居をつくって住み始めたのは、4000年前からと言われています。
不毛の地では木が少ないですし、砂が堆積したのですから石もありません。
黄土は固いですが、いったん崩れると粉末状になってしまい加工は難しいようです。
それらのことから、横穴式の住居が定着するのにはじゅうぶんな必然性があると言えます。

より重要な理由として、横穴式住居は、夏涼しく冬温かいという特徴があります。
もともと、このエリアは夏は40度に、冬は零下20度になる過酷な気候の地です。
気候条件が風土が作りだしたのが、横穴式住居だったわけですが、これが中国では窰洞(ヤオトン)と呼ばれています。

今回、わたしが見た窰洞は、ほぼ同じサイズでした。
形態はかまぼこ型で、目測で幅2.5メートル、奥行き4メートル、高さ2.5メートルほどです。
中には大きなベッドがかなりの面積を占有していますが、このベッドには4人くらいまでが同時に寝れるようでした。
わたしは、ひとりで寝ましたが、大きすぎてちょっと落ち着かない感じがしました。

窰洞は特殊な住居ですが、古い資料では4000万人がこの窰洞で暮らしているとありました。
しかし、若い世代は窰洞を捨てて、憧れである西洋式の住居に移り住んでしまう人が後を絶たないようです。
廃墟になりかけた窰洞はたくさん見かけましたし、おとといの写真でいえば、ど真ん中に穴だけ開いているのが見えるのがまさに廃墟です。

しかし、一定年齢以上の人にとっては、前述の通りの夏涼しく冬温かな住み慣れた我が家です。
今日の作例は、休憩時に招き入れられた窰洞の内部です。
200年は経っているということでしたが、壁は清潔に保たれていますし、臭うようなこともなく、温かで快適な空間でした。

自慢の窰洞のベッドに腰掛けて得意げにたばこをくゆらせる姿をキャンディッドしました。
入口が南を向いているのでしょう、採光が好く、明るい雰囲気のもとでいろいろな話を伺うことができ、本日のブログのネタを提供していただいたのに感謝です。
【M8/Tessar 2.8cmF8 F8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 2.8cmF8 | trackback(0) | comment(1) | 2010/12/02 Thu

紅棗的味道

M8/Tessar 2.8cmF8
ガイドしてくれている李さんを残して、ひとり李家山村を散策しました。
零下5度の空気が肌を刺し、目の前に広がる光景に目を奪われと、別世界に来た不思議な感覚が夢の中にいるようです。

かなり急峻な山肌に穴を穿って部屋を作る窰洞(ヤオトン)という住居や比較的平らなところや山頂部分には中国伝統の四合院建築を土の道が四通しています。
カッパドキアとか中東の山岳地帯を思わせる風景です。
建物はかなり古く、恐らく200年以上経っているだろうとのことですが、丁寧に扱われているためか古さや不潔感とは皆無です。

山は45度の傾斜があって地形をうまく利用した建築と道が設計されていて、遠くからでは現実離れして見えていたものが、間近にすると理にかなったものだなあと感心します。
とは言え、歩いていると見るものすべてが目新しく、インディ・ジョーンズにでもなったかのごとくの気分です。

物音がする窰洞を覗くと、向かうからもこちらを見る目があります。
羊でした。
愛嬌のある目ですが、警戒心は強いようです。
カメラを向けると少したじろいで後ずさりしてしまいました。

今度は、その様子をうかがっていたお婆さんと目が合いました。
笑顔でニーハオと声をかけると、向こうでも顔を崩してニーハオと返します。
こんな朝早くから何やっているんだろうとやはり警戒していたようで、ちょっと怖い顔に見えましたが、あいさつした途端に顔を崩して、寒いでしょう、よければ家にお上がんなさいと招じいれてくれました。

窰洞の中は入ってすぐに大きなベッドがあって、脇にある釜は炭に日が入れられて暖房になっていると同時に、暖気がベッドの下を通ってオンドルの役割も果たしています。
実は、わたしが泊まったのも窰洞だったのですが、奥行き・高さのサイズやベッドの配置等まったく同じでした。

寒さで痛さを通り越して無感覚になっていた指先を釜にかざして温めました。
するとこのお婆さんがタンスから手袋を出して、持って行ってとわたしに手渡しました。
もちろん遠慮しましたが、こういうケースで断るのは失礼と思い、ありがたく頂戴しました。

壁には何枚もの写真が飾ってあります。
美人の写真があって娘さんかと聞くと、そう3人娘がいると答え、これが長女、こちらが次女、こっちが三女と教えてくれましたが3人ともきれいです。
今ここにいるのかと鼻息荒く尋ねると、残念なことに3人とも結婚して出て行ってしまったとのことでした。

それとは別にこのご夫婦といっしょに写っているさまざまな人たちがいます。
非常にたくさんの人がこちらを訪れて、人柄のいい夫妻と写真を撮ってお礼のてがみといっしょに写真を送ってくれたということでした。
大学生が多いと言っていましたが、外国人が来たのはあなたが初めてだと笑っています。

うちのナツメは美味しいから食べてごらんと勧めました。
なるほど李さんの家でいただいたものとは、色や弾力が違っていて、なかなかにおいしく高級感あるものでした。
よければ買って帰ってと言うので持てるだけと小袋いっぱい分もらうことにしました。
もしかしたらふっかけられるかと思いましたが、旦那さんが天秤ばかりで丁寧に量って8元と言います。
4~50元は覚悟していたので、ちょっと拍子抜けしてしまいます。

これから朝食をつくるからと言ってもらいましたが、これ以上李さんを待たすわけにはいきません。
事情を話してお暇することにしました。
いただいた手袋は、わたしにとって今回の旅のいちばんのsouvenirになりました。
souvenirは単にお土産と言うことではなく、 「訪問場所などの思い出となるような記念品」と言う意味です。

このように書くとご夫婦との会話はスムーズだったと思われてしまいますが、やはり訛りが強くて話していることがなかなか聞き取れなかったことを正直に記します。
作例写真では、ご主人がヌンチャクの持ち手が長くなったような器具で、何かの植物をほぐしているようでしたが、何のためかと何度聞いてもさっぱり分かりませんでした。

ピンクの帽子は、きっと娘さんのをかぶっているんだろうなあと、今になって想像しています。
とってもいい感じのご夫婦でした。
【M8/Tessar 2.8cmF8 F8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 2.8cmF8 | trackback(0) | comment(2) | 2010/12/01 Wed
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