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零下5度

M8/Tessar 2.8cmF8
前夜、食事をしながら連れて来てくれた李さんとおしゃべりしていると、翌日の予定についての話になりました。
磧口から7キロ離れたところにある山間の村落、李家山村というところが素晴らしいという情報を得ていたので、そこへ行きたいと考えていると答えました。
李さんはその李家山村出身で、よければバイクで案内するがと言います。

磧口まで乗って来た面的の運転手が李家山村に行かないかとモーションを掛けて来ていて、協定料金で50元だと言っていました。
協定なので値引きにも応じてくれなかったので、李さんがさらに西湾村にも案内するという申し出は魅力的でした。
ただ、やはりというべきか、ガイド料として30元欲しいとのことです。
算盤勘定するまでもなく、距離が近いとは言え半日付き添ってもらって500円弱ですからそのままにお願いすることにしました。

なによりありがたかったのは、朝の光の中で村を見たいので7時には出発したいとお願いすると即OKしてくれたことです。
先日も書いたように、朝食は10時ごろにとるので7時出発はぜんぜん問題ではありませんでした。

しかし、問題は別のところにありました。
まず、久しぶりに乗るというバイクが不調です。
李家山村は名前の通り、李一族が住む山がそのまま村になったところですから、山の上まで登らないといけません。
この上り坂がいっこうに登れず、わたしはバイクの横で小走りです。

本当にたいへんなのは平地と下り坂でした。
この日、最低気温はマイナス5度。
冷たい風が肌を突き刺します。
始めのうちこそ、冷たい空気に気持ちをリフレッシュなどと言っていましたが、すぐに手の感覚が無くなって、鼻水が滝のように流れてきました。

ちなみに、毎日からっと晴れていて、日中は最高14度まで上がります。
そこまでいかずとも、午前中、陽のあたるところに立っているとほかほかと温かなのが、気持ち良い土地でした。
風もほとんどありません。

さて、指先が痛みを感じるようになったころようやく着いた李家山村のパノラマは絶景でした。
絵に描いたように朝日を浴びて、村全体が輝くようです。

村のことについては、また明日ということにします。
今朝5時起きして、エル・クラシコを観戦しましたので、眠くて仕方ありません。
エル・クラシコとはサッカースペインリーグのバルセロナ対レアル・マドリードのことですが、予想通りホームのカンプ・ノウでは高い集中で相手にサッカーをさせず圧勝しました。
祝杯をあげて就寝することにいたします。
【M8/Tessar 2.8cmF8 F8】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 2.8cmF8 | trackback(0) | comment(1) | 2010/11/30 Tue

餃子的秘密

M8/Xenon 5cmF1.5
当地では5時半に完全に日が落ちてしまうようです。
しばらく薄暮が残りますが、6時になれば完全に真っ暗でした。
暗くなったらすることが何もないのは分かっていましたから、真っ暗になってもふらふらと散策を続けました。

ピーカンの日中撮影が苦手なライツ・クセノンでしたが、暗い中でのスローシャッターではいい色味を出してくれます。
同時に静けさや冷たくピーンと張り詰めた空気も映し出してくれているような気がします。
ただ、手ブレは連発します。
壁や何かに抑えつけながら撮れば問題ないのですが、液晶を確認してブレてなさそうだったので撮り続けたところ、あとあと確認したら微妙にブレていたという、わたしがよくやってしまうパターンでした。

さいわい満月の夜で、どうにか迷わずに宿まで戻ることができました。
宿では主人の李さんが、よければ夕食を5元で出すと言っていたのですが、さすがに安すぎて不安です。
どんなものか確認して食べられそうなら頼んで、ちょっとこれではという内容なら、外へ食事に出ようと考えていました。

それで夕食が始まるのを待っていたのですが、なかなかそんな雰囲気ではなく、どうも夕食タイムは終わってしまった雰囲気です。
尋ねるとやっぱりそうで、毎日夕食は6時頃なのだそうです。
さらに説明するところによると朝食は10時頃で、1日の食事はこの2回だけだと言います。

どうやら、この地域ではこの食事パターンが一般的なようでした。
それではお腹が空くのではと聞くと、合間には特産のなつめや果物を摂ったりするし、習慣だからと笑っています。
就寝時間は10時くらいで6時か7時に起きると言ってましたので、1日8時間以上寝ていることになりますが、これが本来人間がとるべき睡眠時間なのかなあと思わせるものがあります。

李さんは、少し申し訳なさそうに、夕食は外に食べに行くしかないと言い、食堂まで連れて行ってくれることになりました。
後で分かったのですが、そこは友人がやっている店で、どうやら外国人がウチに泊まりに来たと自慢したかったようです。

夕食は、李さんの勧めに従って、卵と野菜の卵焼きのようなものと豚肉の炒め物、それと水餃子を食べました。
水餃子は、もちろん中国中で食べられますが、例えば広東省のような南方では、東北餃子店とか北京料理店のような店にいかないと食べるのが難しくなります。
大雑把に言えば、長江を境にして南方では日本同様に米が主食ですが、北方では小麦が主食になります。

小麦と言えば主に、麺類、饅頭(中に何も入っていないパンのようなもの)、それに餃子です。
餃子もあくまで主食で、おかずではありません。
この時のわたしのように、おかず2~3点と餃子をご飯のように頼むのが常識です。
麺も同様なので、日本にあるラーメン・ライスに餃子をくれなんてオーダーをしたら、主食ばかり3点も頼むことになって、ご飯と食パンとスパゲティを同時に食べるようなもので、中国人はびっくりすると思います。

もうひとつ言えば、漢字の麺の字は、日本ではラーメンとか焼きそばとか長い食べ物の総称ですが、中国では(つまり本来の意味は)小麦食品のことで長い短いを問いません。
実際、このあたりの麺屋さんには1センチ大くらいに小麦をちぎったようなものが麺の代わりに入った食べ物がありましたし、麺類と言った場合、餃子もこれに入ります。

例えばビーフンなんかは、日本では麺と読んでもおかしくないですが、中国では小麦でなく米で作られているのでけっして麺とは呼びません。
では何と言うかといえば、粉です。
そう、ビーフンは米粉と書きますが、その他南方では米で作る長い食べ物が何種もあって、これらは一括して粉類と呼ばれます。
両方を扱うそば屋は粉麺店という看板を出していて、メニューには「牛肉麺(粉)8元」などのように書かれているので、麺か粉かを選んでオーダーします。

目論見から大きく脱線してしまいましたが、この日、わたしは長年の疑問を解く大発見をしたので、餃子を食べたことを書いたのでした。
餃子の読みは、日本語では「ギョーザ」ですが、中国語は「ジャオツ」で微妙に似ていなくもないですが、ちょっと違い過ぎると思っていました。
例えば、拉麺は中国語「ラーミェン」、焼売は広東語「シューマイ」、小籠包は中国語「シャオロンパオ」というように日本に定着した中国料理はかなり近い発音で定着しているのに比べると、違いはは明らかです。
中国語の面子は「メンツ」と日本でも言うので子の字は「ザ」ではなく「ツ」にすればよさそうなものなのです。

それが、李さんが餃子を勧める時に、えっと聞き返すくらいはっきりと「ギョーザ」と発音したのです。
本人は、ジャオツと言っているつもりですが、訛っているので、ギョーザと聞こえました。
この一言だけで断定してしまっていいのかとも思いますが、たぶん、日本の餃子は山西省から来たのです。
なんにも調べず勝手に想像すれば、大昔に山西省の古刹に修行に出た僧が、精進料理として出された餃子の味に感動してレシピも日本に持ち帰り、ギョーザという料理名で広めたことに由来するのではないでしょうか。

真相は、よく分かりませんが、ギョーザの発音が何かの間違いで付いてしまったのではなく、実際にそう発音する地域があることを知ったのはわたしにとっての大発見でした。
中国語を習い始めの頃、何人かの中国人になぜギョーザかと聞いても誰も知らなかったので、これは早速公表しなくてはと思った次第です。

さて、満腹になって店を出る時、わたしが食べ残したブタ肉の炒め物を李さんは店の人に頼んで、袋に入れてもらっていました。
やはり李さんの生活は楽ではなく、一家にとって肉は貴重品なのかと辛い気持ちになります。
李さん申し訳ない、明日はご馳走するので一緒に食事しましょうと伝えようと思いました。
家に着いた李さん、嬉々として肉の包みを広げたかと思うと、愛猫を呼んで食べさせていました。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2010/11/29 Mon

李家的小吃

M8/Xenon 5cmF1.5
目的地に遅く到着して、早く歩きだしたいのはやまやまですが、まずは宿を決めなくてはいけません。
乗合タクシーの面的を降りて運転手とやり取りしている時、通りかかった女性が運の好いことにウチヘ泊まらないかとオファーしてくれました。
もちろんその場で決定なんてできません。
まずは部屋を見せてくれと、あまり期待せずに返事します。

面的を降りたところが磧口の古い町並みが続く古鎮エリアと呼ばれる所でしたが、家はそのはずれの方になるようです。
全長500メートルほどの狭い通りをずっと歩いて向かいましたので、おかげで磧口古鎮の様子が分かりました。
途中、いくつか宿の看板を出している古民家があって、もしこの女性の宿が良くなければそこまで戻ればいいので、これは比較でき助かりました。

5分ほど歩いて着いた家は高台にある古民家で、期待以上の環境でした。
料金も50元だというので、高いというとふたつ隣の部屋なら30元でいいと言います。
ふたつの部屋はまったく同じですが、どういう違いで宿泊料の違いがあるかは分かりません。
いずれにしても400円未満ですから、これ以上値切るのも時間の無駄です。
さっそく荷を置いて、今来た道を戻りました。

まず最初にすべきことが食事です。
今日は、ペットフードのような機内食と持参したパンしかまだ食べていません。
ただ、もう5時近いのでとりあえずそばか何か食べて、人心地ついてから夕食にしようと考えて、さきほど見かけた食事のできる店を目指しました。

日が落ちてきてだいぶ寒かったので、ぜひ麺類をと思っていましたが、包子しかないと言います。
肉まんのようなものですね。
何しろ空腹でしたので2つもらうことにして待っていると、散歩から戻って来たと思しき老人が、寒いからわたしの部屋で食べなさいと招き入れてくれました。

ほどなく娘さんだか、お嫁さんだかが包子を持って来てくれましたが、包子の皿とは別に黒い液体の器もいっしょです。
液体の正体はすぐに分かりました。
醋です。
醋とは、日本でいえば黒酢、その時突然思い出しましたが、ここ山西省は醋で有名なのでした。

包子に醋を浸して食べようとすると、老人がそうではなくまずひと口食べてそこに醋を流しこむんだよと現地流の包子の食べ方を伝授してくれます。
確かに醋が包子のブタ肉と絡まり、さらには包子にも少ししみ込んで、非常に美味しく感じられます。
その包子自体がアツアツで良かったのですが、小米で作った熱いスープも持って来てくれて、体を徐々に温めることができました。
お腹も膨れた満足感も手伝っていたことでしょう。

そんな食事をしながら老人と会話していて分かったのは、この老人が磧口ではかなりの顔役だということでした。
宿と旅行社、それにこの食堂を経営し、撮影美術協会の役員もこなしていると言います。
それならばとカメラを取り出し、撮影させて欲しいと願い出ると腕組みでポーズを決めてくれました。

数枚撮りましたが、1/4と1/8秒で、これ1枚以外は恥ずかしいことに残念ながら手ブレしてしまっていました。
さらに、この写真も後ピンになってしまっていますね。
どうもわたしは縦位置のピント合わせが苦手で、目尻のラインで距離計を合わせたつもりでしたが、ズレてしまっていたようです。
伊藤博文似で、ダンディな男性でしたので決めたかったのですが…。

もうだいぶ外が暗くなってきていました。
ずっと話していたかったのですが、夕暮れの古鎮も散策しなくてはなりません。
そういって出ようとすると少し残念そうでしたが、さすが撮影美術協会の役員だけに、ぜひ撮影して来てくださいと送りだしてくれました。

食事代は5元。
美味しい包子2つとスープでわずか60円でした。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/28 Sun

下午5点半到

M8/Xenon 5cmF1.5
今回は少し遠出しました。
通常月末に出発する中国行ですが、23日火曜日が休日だったので、月曜も休んで4連休にすることで、いつもより1週早く出掛けてきました。

問題は渡航手段で、話題になった羽田空港の国際線ターミナル開港によって、毎月利用していた羽田-香港の夜間発便早朝戻り便がともに廃止されてしまいました。
仕方なく、価格が比較的安く時間帯がまずまずだった成田-香港のキャセイ航空便を利用します。
羽田に慣れてしまうと神奈川県民にとって成田はあまりに遠すぎて、羽田国際線開港が香港への距離を遠くしてしまった感覚です。

さて、今回、いつもより約1日長い滞在ということで少し遠出しようと思い、行き先はかなりの検討を重ねました。
とは言っても2泊3日の範囲なので、贅沢は言えません。
未踏の地で、あまり遠すぎないようなところをいつくかピックアップして、最終的に山西省を選びました。
深圳-太原の航空券が3掛けと激安だったのが主要な理由です。
距離は片道2000キロ近くありますが、6000円と言うのは魅力的でした。

山西省や太原と言ってもあまりピンと来るところではないかも知れません。
中国では、長江より北側を北方と呼びますが、山西省はその北方で、省都太原は北京の南西400キロほどに位置しています。
山西省の北側は内モンゴルで、地図上では間に長城が連なっています。
東側は河北省と山東省に接していて海に面していないことから、内陸部の経済発展から1歩遅れたやや地味な地域のイメージがあります。

このエリアのことは、折々に触れることもあるでしょうからこのくらいにします。
深圳を7時40分に飛び立ちましたが太原着は10時半近くと、やはり距離を感じます。
空港バスで町中に入ってからタクシーに乗り換えてバスターミナルへ出ます。
目的地の磧口行きのバスは1時間半後と言われ、5分後に出るという磧口の手前の都会・離石までのバスに乗り込みました。

離石までは2時間半かかり、そこから磧口までの所要時間は不明ですが40キロ離れているのは確認してありました。
いま、すでに12時で離石着2時半、たぶんスムーズに磧口まで行ければ4時に着けるでしょう。
日没が5時半くらいでしたので、これならなんとか少しは宿をとったり夕方の村を散策したりできそうです。

しかし、12時発のはずのバスはなかなか出発してくれません。
運転手が何やら説明しましたが、訛りがあってよく聞き取れません。
分かった断片から判断すると、どうやらまだ空席があるので満員になるまで発車しないと言ったようです。
かなりあせりますが、残りは3席だけなのでそれほどかからず埋まるという読みなのでしょう。
まわりの乗客も慣れているのか、気にしている人はいません。

しかし、逆に3席だけなのですから、出発しちゃったっていいのではないかと思うのですが、このあたりが広東省や他の沿海部の省とは違う仕来たりということなのでしょう。
予想した通り、20分ほどで座席が完全に埋まり、いざ出発です。
出発してすぐにガソリン補給しているのにも笑わされますが、20分の間になぜ給油しとかないのだと怒っていては、このエリアを旅行なんてできないのだと心を広く持つことにします。

ずっと高速道路を走るルートでしたが、スタートの遅れを取り戻すことはできず3時に離石に到着。
磧口行きのバスを聞くと、もうないので別のに乗って乗り換えろと、これもたぶん出発時間を過ぎて座席が埋まるのを待っていたと思われるバスに乗せられました。
ただ違ったのは、今回はわたしがその最後のひとりだったことで、バスはすぐに発車しました。

45分後、ここで乗換だと三差路で降ろされました。
しかし、ここで待っていたのはバスではなく、軽ワゴンタクシーの通称、面的(メンディ)です。
すでに運転手を含めて9人が乗車している満員状態でしたが、わたしを含めたもう3人を乗せてくれるといいます(この場合、乗せるではなく載せるの字が適当か)。
最前列3人、中間列はわたしも押し込まれ4人、最後列は板であしらえた座席でしたが前向きに乗る3人の間に後向きに2人を見事に押し込みました。

繰り返しますが、これは軽ワゴンです。
女性が約半数でしたが、大人が12人も乗ってしまうのですから、普通のバスに空席があってはいけないわけだと超圧迫感の中で妙に納得できました。
途中、4人も降りたのでだいぶ楽になりましたが、それでもまで超満員軽ワゴンに乗っていると思うと、笑いがこみ上げてきます。

しかし、無茶な乗車をさせてくれているおかげでどうにか日のあるうちに磧口に着くことができました。
書いていて気付いたのですが、前段で触れているように、あまり遠すぎないところ、という理由で磧口を選んだはずなのに、深圳のホテルを出てほぼ12時間経っての到着です。
単に選択ミスなのでしょうが、いまあらためて中国が地図で見る以上に広いということを実感しました。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/11/27 Sat

踢角球

M8/Opic 2inchF2
オピックのシリーズ最終回です。
昨日までは、以前の鎌倉散策の作例でしたが、今日は、同じ週に出掛けたJリーグ観戦の写真を上げました。
何年振りかでJリーグ観戦しましたが、エリア指定チケットでしたので、時に最上段で戦局を眺め、時に最前列で選手の息遣いを聞きして楽しむことができました。

おとといも書きましたが、MSオプティカルはこのキズ玉オピックを室内撮影専用にしてはどうかと提言されています。
スタジアムは、夜の闇という屋根に覆われた室内とも見なせるとすれば、これはそんな作例になっていると言えるでしょうか。
フレア感は否めませんが、シャープネスとボケの美しさは印象に残ります。

MSオプティカルから届いた同レンズのカルテを見てみます。

くもりとキズに関しては以下の記載があります。
「レンズ分解、全12面クリーニングするも、汚れは多少取れたが、くもり大きく残る。」
実際にレンズを見ると、なるほど1枚目と6枚目にくもりが出ています。
合わせて1枚目にはいわゆるクリーニングマークが全面にあって、影響を免れないことは一目瞭然です。
そのためでしょう、レンズ評価に対するコメントは控えられているようです。

干渉計によるテストは、若干の補正不足が見て取れますが、1920年設計で突然現れたF2レンズということを考えると驚異的なまでに球面収差が取り除かれていると言えそうです。
コメントにはこうあります。
「収差はスピードバンクロより少し劣るが良い。レンズくもりでコントラストが悪い。解像力は相当良い。」

昨日あえて触れなかったスピードバンクロは、オピックから11年後の1931年に同じリーが設計したレンズです。
シネ用レンズとしてたいへん好評を博したスピードバンクロは、その後も改良を続けられて長い期間製造されたレンズです。
そのシリーズⅡでは、例のレアアースが使われた高性能レンズで、MSオプティカルが比較しているのがこのタイプだと思われますので、比較相手が悪過ぎます。

また、初期のスピードバンクロは、実はオピックの銘判を違えただけではないのかとの説があります。
そのためにシリーズO(オピック)銘のレンズがほとんど見つからないのではとの裏付けもあるのです。
製造年とシリアル番号の不自然なクロスも認められていて、怪しさいっぱいです。
しかし、残念ながらこのあたりの詳しいことは分かっていないようです。

MSオプティカルの意見にも関わらず、このレンズは山崎光学のアドバイスを受けてみたいと考えています。
研磨を勧められれば、お願いすることになるでしょう。
ただし、それまでにはシリアル番号の近いスピードバンクロを比較のために入手しておきたいとも思っています。
【M8/Opic 2inchF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Anastigmat Series O 2inchF2 | trackback(0) | comment(1) | 2010/11/26 Fri

嚆矢鏡頭

M8/Opic 2inchF2
現代の標準レンズのほとんどがダブルガウスをもとにしたデザインを採用しています。
そのダブルガウスを最初に採用したのが、ルドルフが設計したブラナーです。
1896年のことで、同じくルドルフが設計したテッサーより6年も先んじています。

前々世紀末に登場して現在も主流のダブルガウスタイプですので、この間、改良がくわえられながらも脈々と作り続けられたように考えられますが、3度の挫折を経ていると考えられます。
1つは優秀だったブラナーも、1910年あたりを境に製版用が少量生産されるだけになってしまいました。
前述のテッサーの台頭が原因のようです。
(このへんのデータは、www.ksmt.comの日誌に詳しく書かれています)

ほぼ10年のブランクを経て登場したのが、テーラー・ホブスンのリーが設計したオピックでした。
ブラナーがF6.3からF3.5止まりだったのに対して、驚異的なF2を実現しています。
オピックは、ブラナーの対称性に対して1群目を大きく非対称にした点と、やはりブラナーがフリントガラスを使用していたのに対しより屈折率の高いクラウンガラスを採用した点が異なります。

1920年に登場したことを考えれば驚異的なレンズだったのですが、あえなく3年後に挫折を味わうことになります。
ベルテレが設計したエルノスターの登場です。
エルマノックスというカメラに標準装備されていたため、カメラともども評価が高く、オピックは過小評価されてしまったようです。

しかし、ここではダブルガウス型がすぐに盛り返しました。
2年後の1925年にはトロニエのクセノンが登場し、さらに2年後にメルテがビオターを設計します。

時代はダブルガウス花盛りのように見えますが、実はここにまた落とし穴がありました。
この時期に35mm判カメラが登場するのですが、ツァイスがコンタックス用にエルノスターを改良したF2とF1.5のゾナーを投じたのに対して、ライカはF2ズマールとF1.5クセノンの両ダブルガウスで対抗するものの、軍配はゾナーに上がってしまいます。

その後、ズミタール、ズミクロン、ズミルックスを次々と送り込んだライカは、やっとコンタックスとの競争に追い付きました。
同時に、その後のガウスタイプの発展にも寄与したと言えます。
やがてミラーを装着した一眼レフカメラが35mmカメラの主流になると、バックフォーカスを長くとれないゾナータイプは主役の座から転落してしまうのはよく知られているところです。
(以上はいつものとおりキングスレークの本からの転用です)

以上、天下のダブルガウス型も、紆余曲折を経ているということをメモ的に書きとめてみました。
少し穿った言い方をすれば、ブラナーが同設計でいながらほとんど発展なく途絶えたのに対し、オピックは基本形を後世にずっと伝えた現代レンズの嚆矢と言えるのではないかと思っています。
【M8/Opic 2inchF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Anastigmat Series O 2inchF2 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/25 Thu

我的決心

M8/Opic 2inchF2
キズだらけのオピックは、撮影結果が目に見えるようで、マウント改造の依頼でもぐずぐずと悩むことになります。
このあたりが自分のケチで情けないところなのですが、いくら歴史的レンズでも、ボロくて性能がフルに出ないようなコンディションのものを、新同品と同じ改造費を払っていたらなにか損した気分になるのではと臆病風が突然吹き始めて、哀れオヒックはしばらくレンズヘッドのままで机の上にじっと動かない日が続くことになりました。

そして、優柔不断なわたしにしばしば起こる自問自答が始まります。
どこか第三国で安く改造してもらおうか、とりあえず所有している喜びに浸っていられればそれでいいんじゃないの、いや入手した以上わたしにはこのレンズを使って結果を確認すべき義務がある…。
ときどき机の上に置かれて物言わぬオピックを見ると、いつも同じようなパターンの思考が繰り返されるばかりでした。

決着を打ってくれたのが、このレンズを教えてくれたksmtさんのオピックはどうなりましたかの一言でした。
そうだ、このレンズをどうにかしてやらねば、こんなプログを懲りずに毎日更新している間抜け度合いが色あせてしまうと感じられることでしょう。

そこで考えたのが、この状態でまずはライカマウント化して撮影結果を出し、その後研磨なりの修理をしてどう変わったかを見ることでオピック編を完結させる2段階のストーリーでした。
MSオプティカルに改造を依頼すると、即刻、正確な改造を施されて戻ってきました。
机の上に数ヶ月、MSには2日間、それぞれ滞在したという感じでした。

MSオプティカルには、しばらく使った後、研磨してもらうつもりだと話したのですが、これには待ったがかかったかたちになりました。
確かにキズの影響でフレアが激しく出ますが、例えば室内撮影専用にするとかソフトなポートレート用に使ってはどうかというものです。

なるほど、たいへん考えさせられる意見をいただきました。
レンズに習熟するMSオプティカルでは、レンズのガラス自体はいじってはいけないという信念があるのだと思います。
受け入れるべきだとは思っていますが、研磨後の描写がどうなるか確認してみたいという欲求も強くあります。
この点については一時保留ということにします。

作例は室内ではありませんが、鎌倉のハイキングコースは木々に覆われて室内のような空間をつくりだしています。
そして、MSオプティカルの意見のとおり、先鋭さと柔らかさの同居した期待通りの表現が得られました。
ただ、発色が悪いのはレンズの問題ではないと思われますので、念のため。

【M8/Opic 2inchF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Anastigmat Series O 2inchF2 | trackback(0) | comment(1) | 2010/11/24 Wed

不要即買

M8/Opic 2inchF2
4月にksmtさんと散策した時に、びっくりするようなことを教えてもらいました。
オピック2inchF2が売りに出ているというのです。
そう言いながら若干顔を曇らせていますので、ははーん、相当高い値が付いているのだなと察しましたが、そうではありませんでした。
あまりにもコンディションが悪いということなのでした。

そもそもがオピックは幻のレンズで、ksmtさんも探し求めています。
彼の専門は75mmから100mmの間ですが、それよりも長いオピックを3本も所有しています。
何しろ幻のレンズなので、多少焦点距離が専門領域から外れていてもとりあえずは入手しておく必要があるのです。
ところが、この2インチは状態が悪過ぎて自身は見送り、もしよろしければと2インチを特に好むわたしに振っていただいたという訳なのでした。

銀座の某店にあるというので、いてもたってもいられず、ひとりその足で見に行きました。
なるほどレンズは前玉に無数のキズがあって、くもりも出ています。
くもりだけなら落とせるかも知れませんが、このキズはどうにもなりません。
いくら幻のレンズと言っても、さすがに即決することはためらわれました。

わたしの中で自問自答が始まりました。
この状態では撮影結果は目に見えてる。
しかし、この機会を逃せば2度と2インチのオピックに巡り合うことはないだろう。
だが、こんな状態なのにけっこういい値段が付いているぞ…。

オピックの少し具体的な話は後日させていただくとして、まず書いておかねばならないのは、レンズのどこにもオピックの名称が書かれていないことです。
クックのいく種類かのレンズに見られる表記なのですが、一般名を書かずにシリーズなになにというように刻印されていて、その情報を持ち合わせていないとそれが何と言うレンズか分からないのです。

ただでさえ、よほどレンズに関心がある人でないと聞いたことすらないオピックですが、Series O という表記があるものがオピックだと知る人はもうほんの一握りになるでしょう。
もしかしたら、ksmtさんとわたしのふたりだけかも知れません。
わたしだって、このレンズをパッと見てもすぐにオピックだとは気付かないと思います。
運が良くて、この表記なんだっけ、あぁー、オピックだ!と気付く程度のものでしょう。

レンズは実は委託販売品でしたので、このお店の人もオピックだとは気付いていなかった、あるいははなからオピックなんて聞いたことすらなかったでしょう。
そしてたぶんオピックということを前面に出していないことから、委託に出した所有者も同様にオピックと知らなかったと見る方が自然です。

逡巡を繰り返したわたしは、購入に踏み切るためひとつの勝負に出ました。
委託ですから断られる可能性が高いですが、こんな状態にしては高すぎるので、もう少し値段を引いてくれれば買いたいと言ってみたのです。
すると、その熱心さが受けたのか、店で所有者に交渉してくれることになりました。
結果は明日。

翌日、電話してみると、数千円の値引きに成功したということでした。
一般の常識では、それでもまだかなり高いということになるかも知れません。
しかし、わたしにはそれで十分でした。
やはり、何としても欲しかったのですが、そのままに買ってしまうことはもうひとりのわたしに対して言い訳できない行為だったのです。
ですが、少しでも値段が下がったことで、ほら、ここまで頑張ったのだから、買わないわけにはいかないでしょう、うんそうだよなあ、との会話が成立して、もう満場一致で購入せざるを得なくなったという訳なのでした。
【M8/Opic 2inchF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Anastigmat Series O 2inchF2 | trackback(0) | comment(4) | 2010/11/23 Tue

拍買的恐怖

M8/Opic 2inchF2
これまでずっとレンズの主要供給源だったeBayですが、ここのところ、まったく雲の上の存在となってしまいました。
ビッドを入れども入れども、落札できません。
以前にもそういうことはしばしば起こっていますが、ここ半年くらいまったく落札できなくなって、そろそろレンズの神さまにもうやめなさいと言われているのかなと考えざるを得なくなって来ました。

ここ2年くらいでしょうか、新興国の台頭、つまりは中国・香港・台湾のレンズファンが一気に進出したようでeBayの秋を感じるようになっていました。
それでも、4回くらい欲しいものが出現すると1回くらいのペースでは落札できていたと思われます。
負けたときも、だいたい競り負けで次点となるケースがほとんどでした。
しかし、今では自分の想定するはるか上の価格帯で落札されています。
参加しようとするだけ時間の無駄になってしまいました。

わたしにとって恨んでも恨み切れないのは、新興勢力よりも、マイクロフォーサーズ機の登場です。
ご存知マイクロフォーサーズ+Cマウントアダプターのコンビが、ほぼ無価値だったシネレンズ達を高価格帯へ押し上げてしまいました。
引きずられるように、その周辺のレンズと言うレンズが軒並み価格高騰しています。

マイクロフォーサーズの登場が埋もれていたCマウントの名玉の再評価させたことはたいへん意義あることだと思います。
しかし、その価格の上がり方は異常でした。
100ドルでも誰も目もくれなかった○○25mmF1,4とか××1inchF1.5とかといったちっちゃなレンズが、いきなり500ドルだ1000ドルだと暴騰していくのを茫然と見送るしかありませんでした。

そもそもが安くて性能のいいレンズを救済したということで、マイクロフォーサーズの出現に拍手を送ったのです。
こんなに高くなったレンズを無理して買うのでは意味がないことに気付かないのかななどと呑気に考えましたが、カメラボディは爆発的なヒットをして、専門サイトやブログで煽るように紹介されたシネレンズ達は、そのパイを奪い合う形で価格がうなぎのぼりするのを指をくわえて見ているしかなかったのです。

これこそがオークションの面白さであって恐ろしさでもあるわけです。
店頭で1点売りするのであればバイヤーが値付けにも責任をもって相場が形成されたりもしますが、オークションではふたり以上のピッダーがいるだけでどちらか一方が倒れるまで打ちあい続けなければなりません。
打たれ弱い、つまりは経済力に劣る人間は退場を余儀なくされました。

この状況は副作用も引き起こしています。
かつて何度も利用した安い掘り出し物をしばしば提供してくれていたチェコのショップが、この状況で大儲けしてしまったのでしょう、強気の商売に方針転換してしまい、わたしなどはまったく手の出ない世界になってしまいました。
文句のひとつも言いたいですが、前述のとおり相場感は崩れてしまっていますので、これがわたしの相場だ高いと思うなら買うな、わたしにはいくらでも顧客がいるんだぞくらいの反論をしてきそうです。

いや、実はやはりこの出品者から何度も買い物している友人が、抗議したのだそうです。
しかし、その反応はやはりわたしたちの期待を裏切るものだったようです。
もうひとつ裏話をすると、この出品者は日本でも中古カメラ・レンズをしたいのだが日本の観光ピザを取るのに日本人のインビテーションレターが必要なのだと言ってわたしに依頼して来たことがありました。
彼が豹変する前だったのでわたしは快く応じて、来日の折には日本食でもご馳走しなくてはとまで考えていたのですが、その後儲けた彼は日本での仕入れになんて関心がなくなってしまったのかついにやって来ることはありませんでした。
さすがに恐縮して、50ドル分のレンズをプレゼントすると言って来ましたが、わたしは無視しました。

いずれにしても、現在のオールドレンズ、シネレンズを取り巻く環境はバブルの状況にあると思っています。
いつかそれははじけて、もともとの価格帯に戻るのではないかと。
しかし、少なくともそのXデイが来るのはまだまだ先のような気もします。
その日まで、静かに潜伏しているべきかなと考えている訳です。
【M8/Opic 2inchF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Anastigmat Series O 2inchF2 | trackback(0) | comment(2) | 2010/11/22 Mon

來卡大選挙(下)

M8/Hektor 7.3cmF1.9
また釣り写真になってしまいましたが、遠くから見ていてユーモラスだったので、江の島の最終回に使わせていただきました。
江の島の石鯛釣りはそれなりに有名で、むかしはキロ級がけっこうあがっていました。
最近の状況は知りませんが、この連載の初日の通りの釣具屋を除いた限り、魚拓のほとんどが黒鯛で石鯛は見つけられませんでした。
絶滅したということはないのでしょうが、今や江の島の石鯛は幻の魚となっているのかも知れません。

石鯛からそうそう魚信があるわけもなく、疲れて横になってアタリを待つ姿は珍しいことではないですが、何もふたり揃って同じポーズをとらなくてもいいようなものです。
推測するに、これは石鯛釣りの師匠と弟子なのかも知れません。
師匠は、弟子に石鯛を釣られては面目丸つぶれなので、なかなか技を教えようとしません。

テクニックは一朝一夕に身につくものではない、わたしから盗んでみろと言い放ちました。
従順な弟子は、未だ見ぬ石鯛を釣るには師匠の釣りを一から十までそっくり真似ることだと決断します。
師匠が竿を右45度の方向に向ければ弟子も同じ角度で、師匠が横になれば弟子も同じポーズで竿先を見つめ続けます。
そう、師匠が魚を釣らないのですから、弟子が釣るなど許されません。
ただし、わたしには左右どちらが師匠でどちらが弟子かは、知る由もありませんが。

さてさて、ライカ国総選挙の最終報告を行いましょう。
残すは望遠区だけですが、ここでは下記の通りL党が奇跡の踏ん張りを見せたのでした。

・望遠区(候補者36名・定員2名)
1位当選=タンバール90mmF2.2(L党)
2位当選=ヘクトール73mmF1.9(L党)
次点=エルマー90mmF4三枚構成(M党)

L党のワンツーフィニッシュで、どうにか2議席を確保しました。
ライカで望遠なんて不要との無関心の空気が根強く、結果として投票率が低くなったことで、ファンに愛されるこの2本が当選したということのようです。
また、シャープ過ぎるレンズで撮られるより、ソフトなタンバールやヘクトールで撮られた方が見栄えよく写ると言う政治理念が中高年女性層に受けて順当に票を伸ばしたとの見方もあるようです。
タンバールやヘクトールが勝利するなんて、この苦にもまだまだ捨てたものではありません。
次点だったトリプレット・エルマーですが、これは軽量というライカ国では珍しい路線をとりつつも独特のシャープな写りが旅好きライカファンに受けたものの、最初から旅に望遠なんていらないじゃんという反論を跳ね返すまでには至りませんでした。

恐らくアメリカであれば間違いなく当選した実力者のアポテリートは結果に納得できず、次回選挙では広角区での出馬を決心したと伝えられています。
また、テリート400mm、テリート500mmなど美女軍団ならぬビゾ軍団は、ほとんど得票を得られなかったことから政界からの引退を示唆する発言が飛び出しています。

総選挙後、希土類に強いことで知られる黄色いズミクロン50mmF2は、外務大臣に就任し、早速レアアースの
輸出再開に向けた外相級会談のテーブルに就きました。
また、官房長官に再任したズミクロン35mmF2ですが、盟友ツァイスの工場を接収したロシアとの変換交渉に入ったと伝えられています。
しかし、未だまったく成果があがっていないことは、皆さんのよく知る通りです。

(本記事はフィクションです。登場するレンズの順位は筆者の無責任な予想と願望に基づくもので、実際の選挙がおこなわれることはありません)
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/21 Sun

來卡大選挙(中)

M8/Hektor 7.3cmF1.9
江の島と言えば釣りです。
わたしも中学校のころ、友人と誘いだってよく来たものです。
とくに夏場はフカセ釣りの石鯛が、秋には落ちの黒鯛が楽しみで大きいのはダメでしたが、ガキンチョとしてはまずまずの釣果をあげたと自負しています。

当時は足下から10メートル以内の範囲にポイントがあって、手の届きそうな範囲で釣りを楽しんでいました。
しかし、今の釣りはだいぶ違うようです。
沖めがけて遠投して、わたしの視力ではウキの動きが見えない先の魚を狙っています。
タックルも魚のサイズに比べてヘビーデューティ仕様ですね。

毎日毎日多くの釣り人が狭い範囲で釣りをするのですから、手近の魚はどんどん釣られていくかスレてしまいます。
沖に活路を見出すしかないことは十分に理解できます。
しかし、そんな姿を小バカにするように、沖合を謎の人物が横断していったのは、いったい何だったのでしょうか。


さて、ライカ国選挙の極秘リポートを続けます。
ライカレンズの人気投票予想を勝手にアレンジしてそう呼んでいるだけですが、お付き合いのほど。

1954年に結党された比較的新しいM党ですが、L党の中枢が参加しての結党のため当時から評価は高く、直後には第一党の地位を手に入れました。
一方のL党は1923年結成のA党に端を発する老舗政党で、現在でも熱心なファンに強く支持されています。

と言っても、やはり勢力地図は1960年代初頭には書き変わってしまっていますので、今回の選挙でもM党が圧勝すると言う下馬評は揺るぎません。
むしろL党がひとつも議席を取れないのではないかとの憶測もあります。
選挙区ごとの結果を見てみましょう。

・超広角区(候補者8名・定員1名)
1位当選=スーパーアンギュロン21mmF3.4(M党)
次点=ホロゴン15mmF8(M党)

L党からはただひとりスーパーアンギュロン21mmF4だけが立候補していましたが、事実上M党内での決選でした。
スーパーアンギュロン21mmF3.4とエルマリート21mmF2.8兄弟の3つ巴の戦いでしたが、エルマリートが球面と非球面で票が割れたのに対し、着実に票を伸ばしたアンギュロンが意外なほどの得票で悲願の当選を果たしました。
兄弟の骨肉の争いの間隙を縫って、最高価レンズのホロゴンが次点になったのは、この幻に近いレンズに敬意を表した投票が多かったからでしょうか。

・広角区(候補者19名・定員4名)
1位当選=ズミルックス35mmF1.4初代(M党)
2位当選=ズミクロン35mmF2初代(M党)
3位当選=エルマリート28mmF2.8初代(M党)
4位当選=ズミクロン35mmF2二代目(M党)
次点=ズマロン35mmF3.5(L党)

恐れていたことが起きてしまいました。
L党のエースと言われた実力派のズマロンが僅差で敗れて持参に沈みました。
広角区で議席を奪えなかったL党のショックは量りきれないものがあります。
従来は初代ズミクロンの天下だった広角区ですが、ここ何年かの甘いレンズブームの追い風を受けて、ズミルックスが初のトップ当選を飾っています。
二位の初代ズミクロンは根強い人気がありますが、少し高齢のためか二線ボケが現れ出したこと、コンディションの悪い玉が多くなってきて新しい支持層を得られなかったことで1位の座を明け渡したのではと分析されています。
3位にエルマリートが入ったことは評価に値するが、どうもLもMも気に入っている無党派層の支持が高かったようで、結果的にズマロンの当選を阻んだのではと言うのは評論家の言。
4位の二代目ズミクロンはM党にあっては労働者層に支持されている庶民派レンズで、初代ズミクロンに敵対する勢力がこちらを押している姿が目立ちました。
悲運のズマロンは引退するのではとささやかれもしましたが、モノクロファンからの指示も高く、引退説を完全否定しています。

・標準区(候補者20名・定員3名)
1位当選=ズミクロン50mmF2初代(M党)
2位当選=ノクチルックス50mmF1(M党)
3位当選=ズミルックス50mmF1.4初代(M党)
次点=エルマー50mmF3.5(L党)

なんとここでも番狂わせが起こってしまいました。
L党党首のエルマーがまさかの敗北で、何十年も守った議席を明け渡してしまったのです。
ここでもM党の圧勝でしたが、製造量が多く値段がこなれていて幅広い層に支持されています。
そして、ライカ国の剛腕ことノクチルックスが、無調整でピント合わせできるのか、なぜにそこまでに高価なのかなどの疑問の声をはねのけて堂々の2位当選しています。
3位のズミルックスもノクチルックス同様の近年の大口径ブームの追い風にうまく乗った格好になりましたが、初代クローム鏡胴の美しさが評価されたものでしょうし、逆ローレットやブラックペイントの隠れファンの票まで取り込んだことが躍進を後押ししました。
無念のエルマーですが、やはりこの結果は腑に落ちません。
旧、ニッケル、ショート、ミリタリー、赤など多くのファミリーを持つ、息の長い実力派なのですが、あえて敗因を探るとすれば、ロシア製のフェイクエルマーが台頭して、初心者や俄かファンが違いを理解できなかったことが上げられるかも知れません。
党首の座を後進に譲るのでしょうか、早くもズマレックスがその座を狙っているとL党幹部が非公式の発言を行っているのが気になります。

さて、残すは望遠区だけになりました。
L党の巻き返しはあるのか?
結果は見え見えの茶番ですが、続きはまたあした!
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(1) | 2010/11/20 Sat

來卡大選挙(上)

M8/Hektor 7.3cmF1.9
おとなりの鎌倉では、オバマ大統領来訪と言うことで、ものものしい警備だったとニュースで見ましたが、ここ江の島は静かなものです。
七五三会場では見られなかった、晴れ着の子どもをやっと神社のはずれで見つけることができました。
さすがに、家族・親戚多数同席では、遠巻きから撮るくらいしかできませんでしたが。

露出を何段かオーバーさせて撮るソフト写真では、こんなに距離があっても晴れ着の華やかさがはっきり見て取れるのがいいですね。
まわりの礼服もすっかり引き立て役になっています。

平和な話題から一転、国家機密の漏えいがわが国では問題となっていますが、わたしも某国の秘密を掴んでしまったので、ここに極秘紹介したいと思います。

その某国は、名称は仮にライカ国と呼びますが、世界不況のあおりを受けて自国通貨がみるみる高騰し、基幹産業である写真映像機器の輸出が停滞していました。
無策を批判された政府はつぎつぎと手を打ちますが、効果はなく、ついに財界からの圧力もあって劇的な国会解散となりました。

上院のカメラ院と下院のレンズ院の同日選挙が実施されることになったのです。
カメラ院のことは今回触れないことにしまして、大激戦になったレンズ院の開票結果をお伝えします。
この同日選挙は、ライカの所有者にのみ参政権が与えられますが、自分の所有しているとか使ったことがあると言うレンズに関係なくどのレンズに投票しても構いません。
2大政党から立候補したのは、L党のすべてのスクリューマウントレンズとM党のすべてのMマウントレンズです。
今回、少数政党のR党は候補者の擁立を見送ったのは残念でした。

候補者名簿は、サルトリウス「ライカレンズの見分け方」に記載されました。
L党は35人、M党は62人が名前を連ねています。
つまり最新のレンズは選挙権が発生せず、やはり立候補には至りませんでした。

大きな問題が露見しました。
政党の二重登録です。
選挙管理委員会が以下の候補者がL党、M党双方の名簿に記載されている点を指摘したのでした。
重複記載候補者は協議の結果、より活動実績があると見られる政党に属するとして、下記の通り分別されることになりました。

L党
・スーパーアンギュロン21mmF4
・ズマロン35mmF3.5
・エルマー50mmF3.5
・ズマリット50mmF1.5
・エルマー90mmF4(4枚構成)
・ヘクトール135mmF4.5
M党
・ズミクロン35mmF2
・エルマー50mmF2.8
・ズミクロン50mmF2
・ズミルックス50mmF1.4
・エルマー90mmF4(3枚構成)
・エルマリート90mmF2.8
・ズミクロン90mmF2
・エルマー135mmF4

その結果、最終候補者は、L党27人、M党56人で投票日を迎えることになりました。

・超広角区(候補者8名・定員1名)
・広角区(候補者19名・定員4名)
・標準区(候補者20名・定員3名)
・望遠区(候補者36名・定員2名)

選挙区は、上記の4つに分かれています。
人気の高い広角区の定員が多く設定されていて、不人気の望遠区の定員があまりに少なく感じます。
いわゆる1票の格差が取り沙汰されて、違憲ではないかと提訴する人がいますが、係争中のこの問題にも触れないことにします。

当日開票された激戦の当選結果は如何に?
残念ですが、紙面が付きたので、続きは明日と言うことにいたします。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/19 Fri

謙虚的島民

M8/Hektor 7.3cmF1.9
旧聞になってしまいますが、先週のほぼ1週間、渋谷で Japan Leica Club の写真展"MY HOME LEICA"が開催されていました。
昨日も言及した kinoplasmat さんも所属する Japan Leica Club のグループ展ですので、しっかり最終日のアポイントメントまでとって楽しみにしていたのですが、急遽仕事が入ってしまい約束が果たせませんでした。

たいへん申し訳なかったので、前日思い立って職場を中座し短時間、写真展の見学に行ってきました。
15分ほど流すように見ただけなので、偉そうなことを言ってはいけないとは承知していますが、これがたいへん素晴らしく充実した写真展でした。
往復1時間かけて、15分見に行ったことを後悔するどころか、その場で kinoplasmat さんに良かったということを伝えられなかったことこそが残念に感じられました。

Japan Leica Club という名称は、ライカ愛好家のアカデミックな集団を連想しがちですが、むしろライカを所有している方々がそれぞれのやりたい方向に進んでいくというスタイルのようです。
そんな中で、サイトの中でレンズの個性を追求していた kinoplasmat さんは、自分のやりたいことを表現し尽くしたような独自の作風の写真ばかりを並べていたのに打ちのめされました。
美しくも繊細な独自のスタイルを確立されていたのですね。

レンズもダルマイヤーやロスなど愛用のものを中心にされていたと思いましたが、アストロのシネ用反射望遠レンズの作品も1枚あったのに驚かされました。
ライカではなくマイクロ3/4でしたが、恐らくはこのレンズによるスティル作品の世界初公開ではないかと思います。

また、前回の写真展におじゃました時、声をかけてくださった方がいました。
Neoribates さんという方ですが、この写真展では中心的位置を占められていたのではと思います。
1枚の写真が持つ力という点で、圧倒的な存在感を示していました。
素晴らしいセンスで心をとらえる写真を撮っていると思っていましたが、これは皮相的な見方だったようで、被写体を瞬時に理解してそれを自分のハートを通して表現しているのだと納得しました。
被写体だけではなく、背景も自分のものにして一瞬のスナップにして行くのですから、やはりカメラやレンズは手段であって自身が表現者として完成された作品を作り出していっているのですね。

今回、ざっと拝見した中で気付いたのは、PC上で見る写真と写真展で見る写真とは別物なのです。
CDを聴いてその人の音楽を分かったつもりでいたのに、生の演奏に接することでまったく分かっていなかった、これほどまでにすごいとはと気付かされるのと一緒だと言っていいでしょう。

このおふたりのサイトやブログは習慣的に見ていましたので、その延長線上にある写真しか想像できなかったのですが、実際に目にする写真は自分の頭が想像できる写真像よりも違う次元に存在していたと気付かされたというところでしょうか。
ブログの写真はあくまでバーチャルなもので、実際にプリントされたものとは別物ということでしょう。

わたしは、このことにまったく気付いていませんでした。
去年ちょこっとだけ写真展に数点の写真を出したことがあるのですが、その写真はブログの写真と同レベルのもので、わざわざ写真展に出す必然性のあるものではなかったのです。
それを悟っていれば違う写真展にできたのかも知れません。
いや、むしろ分かってしまった以上、もう到底、写真展に出展する勇気はなくなったというのが実感です。

さて、今日の作例は、江の島最大数の住民といわれるノラネコのうちの1匹です。
顔と左耳、左足が真っ黒で、後日探せばまた見つけられそうな特徴的なネコでした。
それが不思議に魅力的なので、格子越しにしゃがみこんで撮ろうとしますが、その特徴的な顔に自信がないのか、なかなかこちらに向いてくれず、わたしもなかなかその場を立ち去れません。

そんな様子が面白かったのか、少女が現れてネコに良いコ良いコし始めました。
すると、ネコが嬉しそうな表情を一瞬こちらに向けてくれたのです。
チャンス到来でしたが、それから構えて撮ったら、一瞬遅れてしまいました。
しかし、その首を垂れているような仕草が、今日のわたしの文章につながるところありだったので採用します。
ヘクトールの味も出ていると思います。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(2) | 2010/11/18 Thu

神前接吻

M8/Hektor 7.3cmF1.9
ヘクトールを急遽入手したことは、おととい書きました。
ヘクトール7.3cmF1.9は、1931年に登場し1946年まで細々と製造され続けましたが、製造数は16年間でわずか7225本にしか過ぎません。
ライツの製品コードは、HEKONとHEGRAの2つがありますが、前者はブラック&ニッケル、後者はブラック&クロームです。

わたしが最初に購入したヘクトールはHEGRAですが、その後HEKONを入手してHEGRAは手放しました。
鏡胴はどちらも少しボロかったのですが、やはりニッケルの方が美しく感じましたし、何よりも写りに大きな差異がありました。
HEGRAは独特のパステル調の発色をしてそれはそれで魅力的でしたが、HEGRAはコントラストこそ低いクラシックな写りですが、何よりシャープさとふわっとした柔らかさが同居していて独特の奥行き感がたまりません。

ヘクトールは個体差があるとか、いや整備が悪いものが多くて差異が大きいのだとかまことしやかに語られますが、どちらも事実なのでしょう。
パルナックのⅡ型とかⅢ型の時代にヘクトールはとても扱いにくいレンズだったと思います。
5cm標準に慣れた目で7.3cmは中途半端な望遠ですし、開放ではピントがなかなか合わなくて難儀したと想像します。
購入したが使われずに雑に放置されるか、逆にプロが惚れ込んで使い倒してヘリコイドにガタが来たりとオリジナルの状態を保った個体が少なかったことは容易に推測できます。

しかし、ヘクトールの鏡胴バリエーションは2つだけではありません。
オールブラックとオールクロームの個体があることも知られています。
このへんのことは、kinoplasmatさんのサイト「滲みレンズ」に詳しいのですが、残念ながら現在休止中で内容確認することができません。
このサイトのヘクトール特集のために、ヘクトールの市場価格が高騰したという噂の記事なのですが…。

今回入手した個体は、このオールブラックのバージョンです。
シリアル番号上は、先のブラック&ニッケルのものと近いのですが、鏡胴デザインも少し違いがあります。
オールブラックの方にはマウント付近にローレットの刻みがあって、後のバージョンに似ています。
なのに、直進ヘリコイドが採用されています。

アグファのカラーシステム用と思われますが、このシステムが採用されたのは1934年なのに対して、この個体はライカのレンズ番号表のスタートする1933年より古い番号ですから1931~32年製と推定されます。
プロトタイプの個体なのか、あるいはライツがカラーシステムで使えるように改造したのかも知れず、なかなか興味深い1本になつています。

さて、今日の作例ですが、江島神社で七五三の受付をしていたので、晴れ着姿の子どもを撮れるかと待っていた時のものです。
ところが、待てど暮らせど子どもはやってきません。
代わりに来たのが西洋人カップルで、神社の荘厳さに感動したためか、いきなり抱擁を始めたかと思うとチューチューまでしてしまいました。

公衆面前ですごいと思いましたが、さすがにみなさん見て見ぬふりです。
こっそり撮影してみて分かったのですが、見て見ぬふりなんてことは全然なくて、みんなしげしげ見入っていました。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(2) | 2010/11/17 Wed

奥巴马的休日

M8/Hektor 7.3cmF1.9
この日は、鵠沼方面に朝一の用事があったので、さらに足を伸ばして鎌倉に行くつもりでした。
ちょうど気候も好くなってきているので、自転車で来訪する計画です。
もうかなりしばらく、長距離ツーリングに出ていなかったので(といってもわたしの場合往復10キロ程度以上のことですが)、少しの冒険でもあるはずでした。
しかし、家を出てすぐいきなりのパンクで、この計画は断念になりました。
普段からメンテナンスを心がけていないとこんなことになるという典型です。

そこで車で出掛けたのですが、鎌倉だと駐車場に難儀するだろうという読みがあって、近場の江の島に急きょ変更しました。
江の島周辺の駐車場はどこも高いですが、防波堤側の県営駐車場は1日停めて700円しないので、3時間くらいの散策予定にはここへ停めるのがベストでした。

この判断が大正解だったことが帰宅後のニュースで判明しました。
APEC首脳会議で来日中だった米オバマ大統領が、幼少期に訪れた思い出の地を再訪したと話題になっていたのですが、その地こそ鎌倉でした。
そんな中、何も知らずに車で鎌倉に行ってしまえば、大渋滞に巻き込まれるか、VIP来訪のため立ち入り禁止でトンボ返りになっていた可能性大でしょう。

そのオバマ大統領ですが、かつても食べたという抹茶アイスを頬張っている姿が報道されていました。
この時点ですでに「オバマっ茶ソフトクリームというのができていたようですが、大仏周辺を中心に、鎌倉中で抹茶アイスが鎌倉名物アイテムとして席捲してしまうのでしょうね。

ニュースでは、オバマ大統領がふたりの愛娘のために、お守りを求めたということにも言及していました。
大仏のある高徳院で求めたのでしょうか。
由緒ある高徳院までが、お守りを抹茶のような販売をしないだろうと邪推します。
ちなみに、この日は江の島周辺でもたくさんの警察官を眼にしましたし、鎌倉方面道路規制との標識も目撃いたしました。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(2) | 2010/11/16 Tue

四〇年代的風景

M8/Hektor 7.3cmF1.9
少し趣を変えて、大昔に撮った写真を掲載していきます。
という訳ではなくて、昨日の日曜日、江の島を散策して来たときの写真です。
先日、格安で入手したヘクトールのテストも兼ねています。

ヘクトールには微妙なくもりがあって、そのために廉価だったのですが、くもりの程度はわずかなのに室内で撮ってもちょっぴりソフトな描写になってしまうことが分かりました。
好天であれば、ハイライトにかなりのハロが出そうで、タンバール並みのソフトレンズになるのか、それでも踏ん張ってかなり柔らかなオールドレンズのようになるのか試してみたいと思っていました。
あいにく、1日陽の出ないどんよりした天気で、結果は柔らかで超ローコントラストな地味写真の連発になります。

地味といえば、この通りは観光のメッカ江の島にありながら、実に渋い表情を見せてくれます。
昭和40年代の町並みと言いたくなるような雰囲気が、数百メートルの通り全体に漂います。
ヘクトールの出す色からも、いぶし銀と呼びたくなる、わたしが住む藤沢市の中でいちばん好きな風景です。

旅館、魚屋、雑貨屋、釣具屋それに食堂が2~3軒ずつあり、他は普通の民家が多いようです。
こんな風景は、地方の町に行けばいくらでもあって、めずらしくも何ともないのでしょうが、それが地元にあることがミソです。
幼少の頃あった環境が脳にインプットされていて、こんな風景を見た時に記憶の引き出しが少しだけ開いて、わたしに何かを語りかけるというイメージです。

ゆっくり散策できるだけで満足の通りですが、ゆるやかなS字になったところでちょうど人が歩いてくる気配がしてカメラを取り出します。
地元の人だと思いますが、遠距離で1枚失礼しました。
すれ違いざま感謝の気持ちで会釈しましたが、残念ながら反応はありませんでした。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/15 Mon

看小孩的祭祀

M8/Heliar 5cmF4.5
遠州駅からほど近い金守神社で事が行われました。
朝日舞、乙女神楽舞、浦安舞です。
少年少女による伝統的な舞は以前にも見学したことがありますが、正直なところ理解できるものではありません。
しかし、町では熱心に見入る人が数多くいて人垣をつくっているのが印象的でした。

りは最終日のいよいよ最後に舞児還しという神事が行われ、このりを高名なものにしています。
舞児に選抜された少年少女が三島大社の神に仕えるのですが、本殿から肩車で男坂を降りて屋台に乗せられ自宅に送り返されるという儀式です。
この舞児還しがクライマックスになるため、りの間中子どもを大切にするという空気が流れ続けるのかも知れません。

残念ながらその前日に訪れたわたしは舞児還しを目にするチャンスはありませんでした。
ただ、町のおばあさんからいろいろと話を聞く機会があって、舞児還しでは涙が出るほどの感動があるとの説明を聞き、ぜひ来年は体験しなくてはとの思いを強くします。

町でのりでは、多くの人に声をかけていただいたり、逆にこちらから話しかけて質問したり、いろいろとお世話になったという感があります。
どこから来たかと聞かれることが多く神奈川からと答えると、さすがに少し遠方から来ているということで喜んでもらえます。
稚児のお母さんは戸塚出身とのことで、お隣同士だという偶然に驚いたりしました。

こんな風に現地の方と話をする機会が出てくると、話を聞きながらその方の写真を撮れないものかと考えます。
話をしながら、いい表情を見せてくれることが多かったり、自分の記念のためにもシャッターを切りたいという欲求に襲われます。
中国の旅では、実際にお断りして撮ったりすることがありましたが、国内だとなかなか頼みにくい状況がありますし、頼むのではなく自然の姿を撮りたいという欲求があったりしてなかなか撮影することができません。
これは、わたしにとっての大きな課題になっています。

少し気持ちのへこむような話も聞きましたので、それを記すことでりシリーズを終わりにしたいと思います。

の祭りのいちばん外れのエリアになるのが城下というところで、ここには常夜灯が残されていますが、駅から歩くと40分近くかかるところです。
しかし、町ではかつての街道の風情が残るエリアとして観光案内にも載せているところです。
歩きに自信のあるわたしは、当然のごとくがんがんと尋ね歩きました。

なるほど古い商屋の建物がところどころ残っていたり、建物が街道に面して斜め向きに建っていたりで、なかなかに愉しめるエリアだと感じました。
ただし頑張って歩いても30分以上かかりますから、何かポイントとなるようなものがあればいいなと思ったのも事実です。

そしてここである男性から話を聞く機会がありました。
城下は林業と秋葉詣での宿場として大いに栄えたそうです。
しかし、昭和以降は衰退の道をたどり、いまでは後継ぎは出ていく、毎年十数件のお葬式がある寂れつつある町だとの説明でした。

もともと栄えていたのですから立派な建物がそこそこあったのに住人が出てしまって朽ちていったり、多くの職人に後継ぎがなく伝統が途切れたり、流れを止めることが難しくなっているようです。
ようやく観光文化ということで紹介されつつありますが、駅から遠すぎる上、今さら観光でどうこうするのはイヤだというプライドが邪魔することもあって、これもうまくいっていないと言います。

独特の文化がまだ何とか息づいているところと感じましたので、早急にどうにかすれば人が訪れるようになるというのが、この方とわたしの共通意見です。
祭りには城下として参加しているのですから、うまくひとつになることで脱皮してもらえないものかと思います。
例えば限界村落のようなところで無理してどうにかしろというのとは状況が違います。
森の祭りと並行してこの問題が解決されるよう、来年を楽しみにしたいと思い夜汽車で岐路につくことにしました。
【M8/Heliar 51mmF4.5 F4.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Voigtlander Heliar 51mmF4.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/14 Sun

看不見干什么

M8/Canon 35mmF1.5
屋台が一列になって、町中を練り歩き始めました。
これは、夜に行われるねりとはまた違うようです。
町ごとにある屋台は全部で14台になりますので、すべてを見るとかなりの迫力を感じます。

確認した訳ではありませんが、屋台に乗る人引く人、お囃子は、毎回メンバーが変わっているようです。
華やかさが目立つ日中は若手中心、夜のねりは百戦錬磨のベテランというように、大雑把に役割分担があると考えるのが普通です。
このとき見た屋台は若い人が多く感じられましたが、責任ある地位の方は屋台のいちばん上に乗って、全体をコントロールしているように見えました。

しかし、エネルギーにあふれてしまうのか、どこかが止まって並んで動いている全体も停止するという場面がありました。
わたしは通りの片隅に座って、迫力の屋台の更新を低い位置から眺めていましたが、そうすると何かが起きても身動きできず状況が掴めなくなったりもします。

停止時になんだなんだと人が集まったシーンですが、わたしには何が起こっていたのかはまつたく分かりません。
人々の表情からは、興味深さは伝わりますが、それほどの深刻さは感じられません。
ところが、ひとりの少女が下から覗きこむようにして見入っているのを見ては、なんなんだろうかと気になって仕方なくなります。
そこで、彼女にピントを合わせてシャッターを切らしてもらいましたが、やはり今見てもなにをやっていたのかさっぱり分かって来ません。

ヘリアーの紹介に続いて、今日は、もう1本持参した広角レンズのキヤノン35mmF1.5について書き記したいと思います。
と言っても知っていることは何もありません。
大口径広角レンズなので、ファンはそれなりにいると思われますが、どうもキヤノンのレンジファインダー用レンズ自体が不人気なので、あまり評判を聞くチャンスがありません。

このレンズの不人気の理由のひとつは、これはキヤノンのレンズ全般に言えることですが、どうも鏡胴デザインが洗練されていないというか、オールドレンズの品格を失って大量生産商品でござい的な投げやりな雰囲気が全面に出てしまっていることが上げられます。
鏡胴は必要以上に太く、大きさの面からも、全体の雰囲気からもライカなどの高級機にフィットしないのです。

ただ、太い分、操作性はいいと思います。
フォーカスレバーが付いていますがそれは無視して、フォーカスリングを直接掴んで回すことで、左手の親指と人差し指の第二関節あたりだけで軽くスムーズにピント合わせできるというのが軽快でよいです。

レンズ構成は8枚で、発売が1958年なのですが、これは初代ズミクロン35mmF2とまったく同じです。
ズミクロンはダブルガウスの内側にそれぞれ外向きにメニスカスを2枚入れた6群8枚です。
一方このレンズは1群目を貼り合わせにして、3群目は3枚貼り合わせにした4群8枚です。
どちらも、ダブルガウスの変形ということでは間違いありませんが、あまり類例のない変形ということでは共通しています。

設計は、向井二郎氏です。
伊藤宏氏があまりに有名で、やや影が薄いですが、キヤノンでは多くのレンズを設計していて日本を代表するレンズ設計者と言えます。
35mmF1.8、35mmF1.5、35mmF2の3本の35mmレンズはいずれも向井氏の設計ですが、3年間隔で発表されるたびにいちじるしく性能が向上しています。
相当に研究して、一度取り組んだものを徹底的に改良する姿が想像されます。

35mmF1.5は、当時では驚異的なハイスピードですが、それでいて開放からかなりシャープな描写をすることに驚かされます。
発色も良いのですが、枚数を使いながら色ヌケが優れているのかも知れません。

一方で、開放ではピントの合っていないハイライト部分が非常に滲みます。
撮り方によってはソフトフォーカスレンズのような写りになることもあるくらいです。
クセ玉と言えるレベルではないかと思うのですが、なまじシャープなだけにそれがよく目立つのが微妙なところでしょう。
さきほど同枚数、同年発売ということで初代ズミクロンを引き合いに出しましたが、性格的にはやはりズミルックスの方によく似ていると言えます。
【M8/Canon 35mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 35mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/14 Sun

古典手法

M8/Heliar 5cmF4.5
昨日の失敗に続いて、今日は古典的手法、誰もが1度はやってしまうカーブミラーです。
いや、わたしの場合はこれが2回目でした…。
言い訳を許してもらえるのであれば、あまりの人垣と脚立に乗ったカメラマンの多さに、この位置からは他に手がなかったからなのですが。

昨日の繰り返しになりますが、暗部がつぶれない表現にしびれます。
太陽光をまともに受けた銀色の壁が凹凸まで描写されているのに、影のところにいる人もしっかり写っています。
ヘリアー恐るべし。

このヘリアーですが、名前はヘリアーでも構成はヘリアーではないかも知れません。
それどころか、ヘリアーというレンズの多くがヘリアー型ではない可能性があります。
ヘリアーはオリジナルの設計後、性能の問題からすぐに設計変更しているからなのですが、このへんの事情はいつものようにキングスレークの「写真レンズの歴史」に詳しいので(それほどでもないか…)、以下に記します。

フォクトレンダーのハーティングがヘリアーを設計したのは前々世紀の1900年のことです。
1893年のクックのトリプレットをもとに、自由度をひとつ加えるために3群目をダプレットにして、対称型に設計したのではと、キングスレークは推測しています。
しかし、このヘリアーの性能は期待外れのものでした。
周辺球面収差は改善されたものの、コマ収差や非点収差はトリプレットより悪化してしまっています。

2年後ハーティングは、ヘリアーを改良して、前群を厚くした非対称型にすることで非点収差などは改善されます。
しかし、キングスレークは、これでやっとヘリアーもトリプレットと同等品となったが、エレメント数が当初の3枚から5枚になっているから無理もないと、珍しくも皮肉いっぱいな表現をしています。

さらに翌年、ハーティングは、1群目と3群目を反転させる改良を行います。
最初のヘリアーは、メニスカス+凸レンズの貼り合わせ、凹レンズ、凸レンズ+メニスカスの貼り合わせという構成だったのを凸レンズ+メニスカスの貼り合わせ、凹レンズ、メニスカス+凸レンズの貼り合わせという向きに変更したのです。
非点収差こそ悪くなりますが、それ以外のすべてが改善した新設計のレンズはダイナー(デュナール)と名付けられます。

その後ダイナー型の設計は長らく忘れ去られます。
しかし、1916年、フォクトレンダーではなく、ダルマイヤーから同型のペンタックが発売されます。
ペンタックはよく知られるようにたいへんな評判で、その影響もあってか、フォクトレンダーもダイナーを復活させますが、ダイナーの名前は使わずヘリアーとしました。
このため、第1次世界大戦以降のヘリアーは、ヘリアー型ではなく、ダイナー型である可能性が高くなっています。

さて、わたしのヘリアーは、シリアル番号から1909年の製造と分かります。
M型ライカのファインダー接眼窓よりも小さなガラスが付いた真鍮鏡胴の可愛らしいレンズです。
年代としては、ヘリアーに不満を持ったハーティングがダイナーを登場させた後ですが、ダイナーをヘリアー名で販売したと記載されているよりは前のことです。
現時点では、このレンズがヘリアー型かダイナー型か、わたしには分かりません。
しかし、仮に分かったところで、それが一般には大した意味を持たないということは、わたしにも分かります。
【M8/Heliar 51mmF4.5 F4.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Voigtlander Heliar 51mmF4.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/12 Fri

最好看的地方

M8/Heliar 5cmF4.5
うーん、失敗してしまいました。
せっかく、屋台を引いているふたりがいい顔をくれたのに、露出が対応できませんでした。
いつも横着して開放でしか撮らないですし、フィルムではないのでブラケット露出もがんがん使うので、露出で失敗は少ないつもりでしたが、戒めのためにも今回採用します。

それに外したつもりの左側の人物が中途半端に入ってしまってます。
M8のブライトフレームは、R-D1よりは実際に近いですが、それでも正確とは程遠く、信用してはいけません。
およその見当で焦点距離55mmくらいのレンズに対応したフレームになっているように感じます。
以前、ゾナー58mmF1.5というレンズを使った時はしっくりきたように思ったくらいです。

レンジファインダーカメラなのだから、トリミングすることを前提に少々広めにフレームを設定しているのでしょうか。
35mmフルサイズでもないので、そんなに気にすることではないですが、やはり51.6mm規格にぴったりなフレームであった方がありがたいですね。

さて、レンズの描写ですが、昨日の作例と同じレンズては思えないほどシャープです。
今日のは、絞ったかのごとき雰囲気ですが、両者とも開放です。
違いの原因は、昨日が半逆光ぎみでいらない光を拾ってしまってコントラストが落っこちているのに対して、今日はご覧のとおりの順光だということです。
古いローコントラストレンズだからでしょう、暗部がつぶれずに表現されるのが、オールドレンズを使って得られる楽しみということになります。

森町には、ところどころ古い町並みが残っていますが、作例の撮影位置もそんな一角になります。
江戸時代に秋葉山信仰というのがあったのをご存知でしょうか。
火伏せの神として現在の浜松市にある秋葉神社に参ることが流行しました。
その宿場町として森町は繁栄したようですが、昭和に入って東海道が大動脈になるに及んで東海道から外れた森町が取り残されるかたちで町の景観が保たれたようです。

ただ林業などで栄えたという側面もあったとのことで、古民家の建て替えは多く、町並み全体が古いままというところはほとんどありません。
むしろ、ゆっくり散策しながら昔の面影を尋ね歩くという感じになります。

りの中心になっていたのが、当時の面影をそこここに残す通りでした。
道幅が適度に狭く、ところどころにクランクのようになったところがあるのが、いかにも江戸時代の宿場であったことを彷彿とさせます。
その道幅の狭さが、屋台が通るのにぴったりなのがよく分かりました。
【M8/Heliar 51mmF4.5 F4.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Voigtlander Heliar 51mmF4.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/11/11 Thu

笛的秘密

M8/Heliar 5cmF4.5
続けて笛と太鼓の写真になります。
ちょっと可愛らしい感じに見えてしまいそうですが、侮ってはいけません。
これが素晴らしい演奏なのです。

昨日も書いたように太鼓も笛も大きなものが使用されていて、音量が大きいということがあります。
大きいということは音も低く、原にずしーんと響くような迫力があります。
そして、お囃子はりにとって重要なものなのでしょう、かなりの練習を積んだことが分かるようなしっかりした技術もともなっていました。

ここで時間を少し巻き戻させていただきます。
おとといの話になりますが、屋台を真横からとらえた写真です。
この屋台の右側に乗ったブルーの法被の男性が見えますが、朝一番に遭遇したこの方の演奏がもの凄く、わたしは一気にりに引き込まれてしまったのでした。

この方の笛は、圧倒的な音量がありましたが、ただ音が大きいということだけではなく、早いフレーズなどでも一音一音の粒をはっきり音にしていて、実に明確な音楽を奏でていました。
音漏れも無く、お囃子にありながらダイナミックスの幅もあって、音楽の存在感が際立っているのです。
竹の笛ですが、金属製のフルートと同様に扱われています。
むかし愛聴したモーツァルトのフルート四重奏曲をこの笛で聴きたい、思わずそんなことを考えさせられる素晴らしさです。

ずっと後を追って、休憩に入ったところで図々しく素人質問など話をうかがいました。
まず、すばらしい演奏に感動した旨打ち明けたのですが、いえいえわたしなぞはと非常に謙虚に答えられたのが印象的でした。
それでも、かれこれ30年笛を吹いているとのことで、なるほど経験が音楽を自らの肉体の一部としていることがうかがえます。

最初に聞いたのが笛の大きさですが、やはり音量を増すために大きくなったものだとのことでした。
そのため笛は自作されたとのことで、なるほど、楽器が自分の口や手の延長として機能しているのでしょう。
それにしても笛を自作されるとは、職人の域なのかも知れません。

演奏法も通常とは違うとの説明です。
お囃子では、普通、笛も合奏で吹きますが、ここでは奏者がふたりいながら合奏はせず、ふたりが交互に吹く形をとるそうです。
聴いていて気付いたのは、交互に吹くと言っても掛け合いではなく、あくまでひとりが1曲吹いた後、もうひとりに引き継いでいます。
2本のフルートのための協奏曲のようなお囃子があっても面白そうですが、あくまで独自の演奏法にこだわっているようです。

また、町のスタイルですが、これは掛川や藤枝など、この地域には広く伝わっているものだとのことでした。
恐らく横須賀から広まったものではないかとのことです。
少なくとも静岡市と浜松市の間の東遠州と呼べるエリアでは、大きな笛をソロのように吹くスタイルが確立していると言ってよいようです。

短時間でしたが、素人の質問に対して丁寧に答えていただき、より興味を深めることができました。
しかし、これはわたしの設定ミスでしたが、3日間のりのなか日に訪れたということで、この方を除くと若手のお囃子ばかり聴いたことになります。
夜には練りもあったので、そこまで粘ればあるいは笛名人同士の掛け合いとか対決とかという場面に立ち会えたかも知れないのに、夕方戻ってしまったのは返す返すも残念なことでした。
素晴らしい演奏を聴けた喜びと、さらに聴けたかも知れないチャンスを逃した後悔が相半ばした、そんなり体験でした
【M8/Heliar 51mmF4.5 F4.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Voigtlander Heliar 51mmF4.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/11/10 Wed

吹笛的美人

M8/Canon 35mmF1.5
自宅からはかなり遠方になるまで行くきっかけは、川奈の万灯のことを教えてくれた知り合いの推薦によります。
りは、一般的な4輪山車ではなく、牛車が使われているのが特徴で、この動きこそ一見の価値があるとの推薦の言葉でした。

この牛車は、地元では、牛車でも山車でもなく、屋台という名で呼ばれています。
遠州方面では広くこう呼ばれるそうですが、佐原の大でも屋台という言葉を使っていたことを思い出しました。
その形状がよく分かる写真を昨日掲載しました。
2輪で、その車輪のサイズが非常に大きいことがご理解いただけると思います。

朝早い時間でしたので、屋台の前方には誰もいませんが、後方にはお囃子の奏者が乗っています。
このお囃子にも特徴があることがすぐに分かりました。
そこで今日の作例です。
屋台にはどーんと大太鼓が鎮座していて、笛も巨大サイズです。

当然のことながら音量もでかいのですが、お囃子の話は、また明日書くことにします。
ネタに行き詰っているということもありますが、今日の作例では、モデルのようなふたりの美女の方がよほど気になって、お囃子のことなんてどうでもいいと言われてしまいそうです。


話はまったく変わりますが、最近、レンズをこうもだらだらと集めることになった原因は何だったのだろうと考えることがあり、それを後押しする記述にも出合ったので、そのことに言及しようと思います。
わたしが、レンズに嵌ってしまうきっかけとなったレンズは、先週の澳門・香港で使用したジュピター50mmF1.5だったのは間違いありません。
レンズ描写という概念に、眼を向けさせる根本原因はこのレンズだというのは事実です。

しかし、それでもわたしは、当時流行していたクラカメ本などの影響で、クラシックカメラで手に入るものを少しずつ集めるような方向を歩んでいました。
そんな中の1台、見てくれの格好よさとツァイスの最高級でありながら案外廉価だったという理由で買ったコンタレックスに付いていた標準レンズ、ブラナー50mmF2に深くのめりこむことになります。
なんとも滑らか上品で、実物を美化するような描写に感じられます。

ジュピター50mmF1.5体験から2年ほど経過していましたが、ジュピターショックが甦りました。
写真の愉しさは、レンズこそがもたらしてくれる。
だいいち、いろいろなカメラを買ってもメインで使っているのはライカなのだから、カメラを集めるよりも、ライカで使えるレンズを集めた方がずっといいじゃないか。
クラカメ本で紹介されたカメラはどれも高価だし、みんな所有しているが、レンズの方は掘り出し物がいっぱいあるのではないか…。

いま現在、レンズがこれほどまでに溜まってしまうと、そのきっかけになったと言えるブラナーは、人生のターニングポイントと言えるくらいの存在だったのだと考えるに至りました。
そして、そんな矢先に、コンタレックスのブラナーがやはり重要な位置を占めているということを、今日のホロゴンさんのブログを読んで知りました(http://ultrawide.exblog.jp/15431118/)。

あらゆる面で共通点の見出しにくいホロゴンさんを無断て引き合いに出すのは心苦しいですが、偶然の一致のような事柄は、その驚きをすぐに書き写しておかないと、すぐにも鮮度を失ってしまいます。
備忘録ではないですが、こんななことはすぐにも書きとめておかないとと思った次第です。
【M8/Canon 35mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 35mmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/11/09 Tue

中国和届会

M8/Canon 35mmF1.5
中国シリーズの次は、おりシリーズになるのでは。
そんな予想を裏切ることなく、1週間おり写真を続けることになります。
もう、中国もおりも飽きたよ。
そういう声が聞こえていなくはないのですが、ネタの限界としては仕方ない部分もあります。

同じ場所へ通って定点観測することで、季節毎の変化を楽しむという手法がありますが、新鮮味という点ではもの足りないものがありそうです。
いろいろなりに顔を出すことも同様のようですが、一方で地域の特徴のようなものがくっきり浮かびあがったりしますので、そういったことを新発見するような楽しみがあります。
アップされる写真は似たようなものばかりに見えるかも知れませんが、撮影者のテンションは意外に上がっていることが多いのです。

今回訪れたのは、りです。
町といって分かる人がどのくらいいるか分かりません。
新幹線だと掛川駅で降りて、天竜浜名湖鉄道に乗り換え20分ほどのところになります。
静岡と浜松のだいたい中間くらいで、だいぶ山側に寄ったところと言った方がだいたいの位置は分かるでしょうか。

町は、古い町並みがそこそこ残っていて、小京都などと呼ばれることもある、ちょっとした観光地です。
機会があれば行ってみたいとは思っていましたが、町だけにわざわざ出掛ける価値があるかは判断分かれるところです。
東京・神奈川からですと、伊豆やせいぜい静岡市あたりまでは、日帰り圏というか出掛ける気持ちになりますが、静岡以縁になるとだいぶ遠くなるという感覚があります。
ちょうど浜松あたりは遠州と呼びますが、確かに遠いというイメージです(本来は京都から遠いという意味です)。

しかし、先日の川奈の万灯を教えてくれた静岡県在住の知り合いが、りといえばここ町と横須賀だねと教えてくれました。
掛川の隣の菊川の近くに横須賀というところがあって、町を含めたこのエリアの祭りの総本山的な存在だということでしたが、ここは以前から旅する機会をうかがっていた森町にまずは行ってみることにしました。

小田原からこだまに乗るとちょうど1時間で掛川着、乗り換えもスムーズでさらに30分で遠州森駅に着きます。
自宅を出てから2時間半強といったところで、日帰りするにはこのへんが限界かなと思わせる目的地でした。
着いてみれば天気も上々です。
1日のんびりとこの町で過ごしてみたいと思います。
【M8/Canon 35mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 35mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/08 Mon

九巴日日進歩

M8/Anastigmat 90mmF8
澳門・香港の最終回です。
香港編になってから、おとといピークトラム、きのうスターフェリーと乗り物シリーズになってしまったので、今日はダブルデッカーということにします。
わたしが、毎日覗き見ているブログでも、ロンドンのダブルデッカーの写真がアップされていたので、ちょうどいいタイミングにもなりました。

行き先が富山になっていますが、もちろん日本の富山に行くはずはなく、FO SHAN という広東語名の地名のようですが、わたしは香港の富山がどこにあるか知りません。
そこで、5年前に買った地図を見てみますと、5路のバスは虹彩行きと出ていました。
虹彩もどこなのか分かりませんが、恐らくもともと虹彩行きだったバスが少し延長されて富山行きになったと考えることができます。

ここからはでたらめなですが、もともと何もなかったところを開発して町名をビバリーヒルズにあやかってリッチな丘を意味しそうな富山とし、人が多く住むようになってバスが延伸されたのかななどと想像してみます。
そういえば、雪のない香港では北海道旅行が人気ですが、北アルプス、黒部ルートも訪れる人が多いと聞いたことがあるので、あるいは富山の自然にインスパイアされたネーミングされたのかも知れません。

香港に限らずですが、漢字であれっという地名を見ると、その由来を想像してみたりすることがよくあります。
富山なんてありがちな地名は、もともと香港にもあったというのが、もっとも現実的な気がしますが。


大陸側にも行ってみたいということでしたので、半日だけ深圳にも足を伸ばしてみました。
反日デモのニュースも流れている中だったので、友人は不安もあったようですが、深圳あたりではそのような気配は微塵もありません。
勝手知ったる深圳では、案内した庶民的なお昼とちょっと高級店でのディナーが両方とも、香港・澳門よりも安くて美味しかったことで、友人の印象は深圳がいちばん良かったということになってしまいました。

香港にも、もちろん美味しいものはありますが、ほんとうに旨いものを食べたいとなると高額なレストランに行かなければなりません。
深圳にも高級店はありますが、ミドルクラスにも美味しい店がかなりあって、香港の高級店の1/5~1/10の値段で同程度以上の満足が得られます。

加えて、香港を歩いていても東京が中華風になったようなと言ってもそれほど外れていませんし、ここは横浜中華街だよと言ってもまあそんなところかと納得してしまう感覚があります。
深圳では、香港と似ていながら、やはり日本的ではないと感じるものがありますし、かなりの頻度で日本人の頭ではええっとなるような事物に出合うことになります。
そんなところが友人の中枢神経を刺激したということもあったのでしょう。

せっかくなので最後は深圳の写真も出せばよいのですが、深圳ではまったく写真を撮っていなかったことに気付きました。
撮影している時間がなかったからですが、写真に撮れるものではないところに深圳の面白さがあったということかも知れません。
【M8/Protar 90mmF8 F8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Anastigmat 90mmF8 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/07 Sun

坐船到干対面

M8/Anastigmat 90mmF8
香港は、香港島と九龍半島の2つの部分からなっていますが、両者をつなく橋はありません。
あるのは、船と海底トンネルです。
トンネルには地下鉄とバスが通っていて、ほとんどの人がこのルートを利用して島と半島の間を往復しています。

しかし海底に潜ってしまっては、せっかくの景色を楽しむことはできません。
観光客の多くが船を選択することになります。
天星小輪というかなり年季の入った船ですが、英名のスターフェリーと言った方が分かりやすいかも知れません。

九龍半島南端の尖沙咀から香港島中心の中環までわずか1.7ドル(20円弱)と格安です。
もっとも、これは2等の料金で、1等ですとこれより5円も高くなってしまいます!
上層部分の客室に入る1等よりも、揺れが少なく風通しのいい2等の方が人気があるようです。
とは言え、台風でも来ない限りほとんど揺れませんし、10分足らずの船旅なので、船酔いする前に到着してしまいます。

スターフェリーの動力はどういう構造になっているのか、前後両方向に進むことが可能です。
埠頭に頭から接岸しても、戻る時はお尻の方向へ進んでいってしまいます。
そこで、この船に乗る流儀として、乗船したら長椅子の背もたれを反対側に倒すということがあります。
尖沙咀から乗船すると、香港島の高層ビル群がみるみる眼下に迫る迫力を味わえますので、これに背中を向ける手はありません。

スターフェリーの開業はかなり古いだろうなと想像できますが、驚いたことに昨日紹介したピークトラムとまったく同じ1888年の創業とのことでした。
その時と運賃はほとんど変わっていないんじゃないかと心配になってしまいます。

さて、ここでレンズについて触れます。
Carl Zeiss Anastigmat 90mmF8 は、通称プロターと呼ばれるレンズです。
シリアル番号を見ると1902年製と分かるのですが、光学史的にはシンプルな構成のペッツパールやレクチリニアなどから脱して非点収差を取り除くことに成功した近代化されたレンズということができます。
ピークトラムやスターフェリーよりもずっと新しいというのは不思議な感覚になりますが。

ツァイスのアナスティグマットはいろいろな形があります(以下「写真レンズの歴史」から抜粋)。
 シリーズⅠ F4.5
 シリーズⅡ F6.3
 シリーズⅡa F8
 シリーズⅢ F7.2
 シリーズⅢa F9
 シリーズⅣ F12.5
 シリーズⅤ F18
以上の7種類ですが、今回使用したものはF8ですので、シリーズⅡaということが分かります。
構成は、前群ダプレット後群トリプレットの2群5枚です。

設計はルドルフ博士です。
ツァイス・アナスティグマットは知名度の割に短命なレンズです。
その理由は、アナスティグマット設計の12年後の1902年にルドルフ博士はテッサーを設計してしまったからです。

テッサーは、ウナーの前中群とアナスティグマットの後群を組み合わせたと一般に言われます。
アナスティグマットのⅢ~Ⅴ型は後群がダプレットで、ルドルフ博士がその組み合わせいおいて球面収差を大きく取り除いたテッサーを設計した過程が分かっているからです。
一方で、同型ですが後群がトリプレットになっているレンズも存在していて、ロスのエクスプレスやベルティオのオロールなどがありますが、ツァイス自身はこのタイプのレンズを作らなかったことから考えると、エクスプレスやオロールは、テッサーの特許を逃れつつ同様の性能のレンズを作ろうとしていただけのことなのかも知れません。

アナスティグマットは、真鍮レンズとしては非常に目にする機会の多いレンズですが、この時代のレンズの常として焦点距離がやたらと長いものばかりになってしまいます。
90mmというのは、ライカ判では望遠ですが、アナスティグマットとしては焦点距離の短い部類で、探しに探してようやく見つけました。

レンズがキズだらけのエルマー90mmレンズがありましたので、この鏡胴にアナスティグマットを移植しています。
当初、適当なエクステンションリングをテープでとめて使用していましたが、せっかくの歴史的名レンズですので、MSオプティカルにお願いして、きれいに加工してもらいました。

MSオプティカルの説明では、オーバー補正のため開放ではわずかにフレアが出るが解像力はたいへん良いとありました。
なるほど、全体にフレアっぽい画面の中で、シャープさと解像力の高さは見て取ることができます。
とは言っても、F8のレンズですから、開放からシャープで解像力があるのは当然と思われます。
せっかくの名レンズも、それ以上に特徴が見出しにくいのが難点です。
【M8/Protar 90mmF8 F8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Anastigmat 90mmF8 | trackback(0) | comment(1) | 2010/11/06 Sat

英国式山頂纜車

M8/Anastigmat 90mmF8
香港で観光するのはツアーで来た人だけなのかも知れません。

十数年前、香港の最大の観光スポットは、啓徳国際空港でした。
町のど真ん中に空港があって、高層ビルとの間を縫って着陸するのですが、そのときにビルの高層階で事務仕事するOLと目が合って、あまりの可愛さに一目惚れして彼女を探すべくオフィス街をさまよった英国青年がいるとの噂を聞いたことがありました。

観光スポットではないですが、香港最悪の魔の巣窟と言われた場所がありました。
ご存知、九龍城ですが、ここには恐ろしい伝説が掃いて捨てるほどあります。
ここでは麻薬を精製しているとか、誘拐してきた若い女性観光客をここで薬漬けにして売春宿に売り飛ばすとかそんな話です。
7~80年代の香港のダーティなイメージはここから発信されていたとも言われますが、勇気ある旅行者が訪れて、実は単に貧民が暮らすアパート群に過ぎなかったと報告されてから、人気スポットへと昇格してしまいました。

もうひとつ、香港の最低の観光スポットが、タイガーバームガーデンでした。
タイガーバームという塗り薬の大ヒットによって財を成した実業家が、中国の伝説に基づいた庭園を作ったのですが、そこかしこに設置されたトラやらパンダやらその他伝説の動物たちの顔つきがあまりに不細工で、訪れる観光客が感動するどころかみな大笑いするというので、その実業家が怒って全部破壊してしまったとか言われている場所です。

以上あげたスポットはいずれも取り壊されてしまい現存しません。
香港政府は、中国への返還と機を一にするように、ネガティブのものを無くしていきクリーンで健康的な町へと一新するイメージ戦略を立ててしまったようです。
船で生活する人々も地上で生活できるよう住居斡旋し、古い町並みも随時取り壊して高層マンション群に建て替えてしまいました。
後者では、有名な映画のロケ地になった古く美しい町並みがあって、内外の映画ファンから反対運動も巻き起こったのですが暖簾に腕押しだったようです。

そんな中で昔も今も変わらない人気を誇るのが、ビクトリア・ピークでしょう。
香港島の山頂付近が見晴台になっていて、ウォーターフロントの高層ビルを裏側から俯瞰することができるのです。
いわゆる100万ドルの夜景はここからの眺めです。
実際、毎晩8時からレーザーとイルミネーションを駆使したシンフォニーオブライツという電飾ショーが行われていますが、あんなことまですれば1日の電気代だけも100万香港ドルくらいかかっているのではないかと思えてきます。

ビクトリア・ピークに上るには、ピーク・トラムというケーブルカーで真っ直ぐ上がるのが一番一般的です。
今回はじめて知ったのですが、ピーク・トラムの創業は1888年とたいへん歴史あるものだったのです。
そんな時代には当然高層ビルはなく、もっぱら少しでも涼しい島の高台に住んでいた英国人たちの足として建設されたもので、地元の香港人が乗るものではなかったようです。
今ではビクトリアの高台には香港人の金持ちたちが暮らしていますが、彼らの足はトラムではなく高級英国車ロールスロイスになっているというのは何か皮肉な話です。

観光用にせいぜい30年くらい前にできたのだろうと思っていたピークトラムにそんな歴史があると知ったきっかけは、古い車両を利用したツーリストインフォメーションで教えてもらったからです。
もう創設期の車両は残ってないらしく、この車両は1950年代のものだということでしたが、木の内装や渋いグリーンの塗装に英国の面影が残っているような気がします。
そういうわけで、初日のポルトガル風澳門の写真に対抗して、英国風香港の写真にしてみました。
左側の人の背中にもはっきり"ENGLAND"と書いてありました。
【M8/Protar 90mmF8 F8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Anastigmat 90mmF8 | trackback(0) | comment(2) | 2010/11/05 Fri

超広角的博客

M8/Jupiter-3 50mmF1.5
澳門はもう切り上げて、香港へ向かいましょうか。
満足したからということでしたが、わたしの案内がまずかったのかも知れません。
香港まではフェリーで1時間ほどです。
澳門での出国審査、香港での入国審査に少々戸惑いますが、移動自体はスムーズで澳門のホテルを出た2時間後には香港のホテルにチェックインできます。

香港には何度も来ていますので、どこに行きたいというも無く、またにわかガイドになって友人の案内に徹することにします。
ショッピングなど建物の中に入るケースが増えて、カメラの使用機会はますます減ってしまいました。
そこで、今日は趣向を変えてブログの紹介でもさせていただこうかと思います。

「わが友ホロゴン・わが夢タンバール」(http://ultrawide.exblog.jp/)というブログです。
普通、ブログ内でブログを紹介するというと、上から下へと言うか、先輩が後輩のブログを紹介するとか、閲覧者の多いブログが少ないものを紹介するとか、写真のうまい人がこれはおもしろいよと感じたブログを紹介するとか、そんな法則がありそうなものですが、今回はそのいずれにも当てはまりません。

ホロゴンさんは有名な方なので、わたしが紹介する意味すらないのです。
ですが、ホロゴンさんにはときどきコメントをいただいたりご自身のブログに書いていただいたりもしているので、この機会に"返信"させていただこうとも考えました。
というのも、ホロゴンさんのブログにはコメント欄がありませんし、連絡先は知らず、面識もなくで、ここで取り上げる以外に交信(?)する手段が思いつかなかったということもあるという訳です。

現在、わたしは自分のブログを毎日更新するのが手いっぱいで、他の方のブログを読んでいる余裕がない状態です。
そんな中でブログとして唯一毎日拝見しているのが「わが友ホロゴン・わが夢タンバール」です。
なぜか、と問われれば、少し考えて端的に答えると、面白いからだ、となります。
超個性派ブログで、写真も文章も頑固だったりしますから、合わないとか苦手とか感じられる方は多いような気がするのは承知の上です。

実はわたしも、以前はこのブログが苦手でした。
まず写真が理解できませんでしたし、妥協することない文章は時に取っつきにくく感じられます。
それに、更新が1日1回ではなく、4回以上あります。
4日間旅行でもしてしまうと、戻ってから16回分くらいは未読の記事がたまってしまい、閲覧が追い付かないことになります。

しかし、そもそもわたしのブログだって写真に意味なんて求めてないので、理解するとかしないとかそんなものは最初から存在していません。
そして、世のブログのことはよく分かりませんが、少ない知識からでも、よく言うところの上手い写真、目に心地よいシャープさのある写真、ソフトを使って美化した加工品的写真が溢れているような気がします。
そんな中でストレート一本やりのホロゴンさんの写真は異彩を放っていることに気付きました。
ご本人の意図とは違う見方かも知れませんが、時にすごいと驚かされ、時にホロゴンの描写に感心し、時にやはり何だか分からないと突き放された感に苛まれと、1枚1枚に自分勝手に向き合っています。

さて、そのホロゴンさんの最新の記事は、かなり以前にイギリスを旅したときの写真で綴られていて、ホロゴンさんが今のスタイルを確立する前の叙情感あふれるホロゴンさん初心者にも受け入れやすい写真で構成されています。
わたしでも旅先ではこんな写真を撮りたいんだと思わせるものばかりです。

いつもこういう写真を掲載してくれればいいのではと考えそうなところですが、ホロゴンさん自身が先回りしてこんな回答を用意してくれていました。

 たとえは大げさになりますが、
     ピカソに聞いてみてください。
     どうして、あんなに素晴らしい具象画を描いていたのに、
     キュービズムに走ってしまったのですか?
         ピカソは、きっと肩をすくめたでしょう。
 私のような写真素人だって、ピカソのような大画家だって、
     感じるから撮り、感じるから描くのです。

ホロゴンさんらしい、切れ味鋭い表現ですね。

そこで気付いたのが、当初好きになれなかったホロゴンさんのブログにいつの間にやら愛読者になってしまったその理由です。
ホロゴンさんとわたしとはあまりに対称的というか、距離がありすぎることが要因ではないかということです。
すべてが違うので数え上げればきりがないですが、写真1枚の重みが違いますし、レンズ1本にかけるか闇雲に集めるかの違いがあります。
意識はしていませんでしたが、憧憬の念があったということでしょう。

さてさて、ここまで書き進めてきて、いっこうにホロゴンさんのブログの紹介にまで辿り着けていないことに気付きました。
スケールがあまりに違うため、そもそもが紹介しようと考えたこと自体が間違いなんだよと教わるようです。
あわせてホロゴンさんに向けてメッセージを送る作戦も不発に終わりました。
とにかく、いまは誰が見ても美しいと感じられる写真掲載が続いていますので、まずは訪問してみてください。
そして、その魅力をそれぞれに感じ取っていただければと、切に思う次第です。
【M8/Jupiter-3 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Jupiter-3 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/04 Thu

澳門的雷門

M8/Jupiter-3 50mmF1.5
北京に天安門、上海に東方明珠塔と町にはそれぞれの象徴があります。
東京では雷門あたりになるでしょうか。
それが澳門では大三巴、日本語では聖ポール天主堂と呼ばれています。

大三巴は17世紀に創建されたカトリック寺院ですが、貿易で栄えた澳門のシンボルとしてアジア最大の教会の地位を誇りました。
しかし、その後ポルトガルから英国へ覇権が写ると同時に貿易も香港に中心の座を明け渡します。
やがて大三巴は火事に襲われ、ファサードを残してすべて焼け落ちてしまいますが、澳門が衰退してしまっていたためか再建されることはなかったようです。

この話だけでは大三巴は、澳門の衰退の象徴のようですが、不思議とファサードはほとんど無傷に残ったことが、むしろ不死鳥のような存在と見られるのかも知れません。
事実、澳門はギャンブルや金融など独自の道を歩み、中国返還時の混乱も乗り越えて今ではかつてない繁栄の最中にいます。

昨日の大砲台のすぐ下にある大三巴ですが、作例での撮影位置の背中方向へ10分も歩くとおとといの議事亭前地(セナド広場)に到着します。
その間には19世紀建造の教会や中国建築が連なって澳門歴史城区と呼ばれ、世界遺産に登録されているのです。
狭い澳門では、それらほとんどの観光エリアを徒歩で踏破することが可能です。
その意味でも気候のいいこの時期に訪れたのは正解でした。

朝食はホテルのビュッフェだったのですが、友人は大量にとって食べたものですからお昼はいらないと言い出します。
旨くもないビュッフェで大量摂取して、澳門の美食を辞退するとはもったいない話です。
結局、1杯200円の魚翅湯(フカヒレスープ)を飲んでから、蛋撻(エッグタルト)発祥の店を訪れました。
蛋撻のみ澳門のはずれにあるそうで徒歩ではなく的士(タクシー)で向かいました。
路還(コロアン)島というところにある安徳魯餅店(アンドリュー・ベーカリー)は澳門の南端にあって、タクシーで往復1500円もかかりました。
そこまでして食べる80円の蛋撻の味は格別でした。

ただ、店のちらしに京都・大阪にも支店があると書いてあったのを見て、去年京都に行ったときのことをハッと思い出しました。
そう、あのとき河原町で食べたエッグタルトこそ、ここのエッグタルトだったのだと。
【M8/Jupiter-3 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Jupiter-3 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/03 Wed

毎个月澳幣1千万元

M8/Jupiter-3 50mmF1.5
カジノ都市澳門の夜は、わたしたちにとって退屈で早々に眠ってしまいました。
おかげで、6時に目覚めてしまい、健康的な朝を迎えてしまいました。
少し健康とは言えなかったのは、カジノの中に煙でもうもうとしていたためか、喉がいやに痛んだことです。
その分、朝食のフレッシュジュースが美味しく感じました。

今日も、澳門の定番観光コースを散策することにします。
この時期の澳門・香港はすっかり日本の初秋の気候で、湿度の高い時期が続くこの地方にあって、からっと快適に過ごすことができます。
わたしたちはずっと半袖で問題ありませんでしたが、地元の人には寒く感じられるようで、長袖+夜は上着というスタイルが一般的です。
10~11月が、広東エリアの旅行シーズンと言えるでしょう。

そんなわけで、暑い時期だとタクシーが欠かせない足になるのですが、今回はがんがん歩き回ってしまいます。
ホテルで大砲台まで歩くとどのくらいか聞くとタクシーで行けと言われましたが、健康のため我々は歩きたいと聞き直せば20分というではないですか。
日本人は30分以内は徒歩圏です(そんな決まりがあるわけではないですが)、日本でそんな距離にタクシーを使ったらお年寄りに笑われてしまいますと教えて差し上げました。

なるほど砲台は高台にあるので、歩く距離は20分でも上り坂はややしんどいものがありました。
しかし、朝のちょうどいい運動です。
運動といえば、かつての砲台も今では公園になっていて、老人たちの太極拳の練習場になっています。
もうちょっと早く来れば、混ぜてもらっていっしょに太極拳もできたのですが。

さて、その大砲台からだけではなく、澳門の至るところから見えるのがこの異様な形状の建物です。
新葡京娯楽場の入っている葡京酒店、つまりはカシノ・リスボアがあるリスボア・ホテルのビルです。

もともと澳門のカジノは、葡京娯楽場からスタートしたのですが、今は30軒を超えるカジノが凌ぎを削り、その水揚げは本家のラスベガスを上回っているといいます。
本家のリスボアは、真向かいに奇妙なビルを建てて新店舗でも営業して儲けは止まるところを知らないようです。

夜の電飾がまた凄いのです。
前回の澳門行きの時その派手な電飾の写真を掲載しましたが、ここまでするかという電気の使い方をしていました。http://zunow.blog51.fc2.com/blog-entry-656.html
聞くところによれば、リスボア・ホテルの建物の電気代は毎月1億円以上だそうです。
従業員だって千人単位でいるでしょうが、それら固定費を払ったところで、それを上回る収入が湯水のごとく入って来るということですね。

そんなことよりも、澳門にある三十いくつかのカジノの多くが電飾に1億近いコストをかけていて、われわれ日本人をはじめ欧米諸国の庶民が省エネだエコだと小マメにせっせと節電していても、ハイこのとおりドカーンとそんな無駄な努力を一蹴してしまう浪費が行われているというのに理不尽を感ぜずにいられません。
今年の夏の暑さは地球環境の変化による異常気象だと思っていますが、その原因の一端を発見した思いでした。
【M8/Jupiter-3 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Jupiter-3 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(3) | 2010/11/02 Tue

和朋友去港澳

M8/Jupiter-3 50mmF1.5
この週末ポルトガルを旅してきました。
正しくは、かつてポルトガル領だった、現在中国特別行政区になっている澳門です。
急遽、友人と香港旅行することになり、香港には以前にも行ったことがあるというので、では澳門にも足を伸ばしてみようかとなった次第です。

友人は初めてですが、わたしは澳門に2度行ったことがありまして、実質的に当地ではガイドのような役割を担うことになりました。
ひとりですと訳の分からないところをばんばん歩いてしまうわたしですが、今回はそういう訳にもいかず、いかにもな観光地ばかりを選んで進んで行くことになります。
いつもとはだいぶ趣の違う澳門・香港紀行です。

澳門には夕方に到着しましたが、ホテルにチェックインして近くの有名カジノを冷やかしていると、すぐにお腹が減ってきてしまいました。
キャセイ航空の成田ー香港便は時間帯が良い割に安かったのと、機内サービス良さや機内食のおいしさなどで選択したのですが、ここ2年ほど利用しないうちにキャセイは別人になってしまっていました。
コスト削減がすぐさま分かる機内食のまずさで、完食できなかったのです。

少し愚痴を続けさせていただければ、1台のカートにひとりだけでサーブするので、食事が届くまでえらく時間がかかります。
ワインを頼むとコップ半分ほどですからすぐ飲み終わってしまいますので、おかわりすべくキャビンクルーを呼びますが全然来てくれません。
片付けの時ようやく頼めましたが、渋々という態度を隠そうともしないのにはがっかりでした。
定評のあったアイスクリームも廃止されたようですし。

それでいて機内販売は、非常に熱心です。
しかし、言うまでもありませんが、ただてさえ欲しいものはありませんし、あったとしても買うのは帰国便なのでもうちょっと食事をどうにかしてくれと声を大にしたいです。
以前からこんなものであれば、そういうものだと理解していればいいのですが、2年前まで何度か搭乗したときには日系キャリア以上のアジア的サービスがウリで、実際それを期待していたので、この落差には大いに失望しました。
やはり日本航空や全日空を利用するのがよいですね(個人的に日航をお勧めしています)。

そんな具合で、手近な広東料理店で食事し終わると、すっかり日が落ちてあたりは真っ暗になってしまいました。
澳門の夜といえばカジノと相場が決まっていますが、ふたりとも賭け事には関心がありません。
食前に出掛けて、来場者の多くが中国人なものですから、たばこのもうもうたる煙に辟易したこともあって、もう戻る気にはなりません。

どこか行くところはないのかと言われて、結局訪れたのがセナド広場という澳門の中心です。
ガイド役ながら、どこへ行っていいか分からずに超ベタな選択をしてしまったことになります。
多くの観光客が繰り出していて、やはりそのほとんどが大陸からやって来た中国人ばかりです。

カメラがバッグの中に入っていながら、ずっと仕舞われたままだったことを思い出し、とにかく何か撮ろうと構えてみます。
運の好いことに、この地に住んでいるか長く滞在していると分かる母子がいい表情で語らっているところへ、やはり地元民と見える親父さんが顔馴染みのあいさつを始めました。
世界遺産の建物ではなくその母子にカメラを向けたわたしを、友人が不思議そうに見ているのに気付いて先を急ぎました。
【M8/Jupiter-3 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Jupiter-3 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/11/01 Mon
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