唐代衣服的模特

M8/Simlar 5cmF1.5
小洲に集まっていたのは、広州のカメラクラブの撮影会のようでした。
若い人が多かったので、大学のサークルかと聞きましたが、学生もメンバーに入る市民愛好会のような存在と言います。
ざっと30人くらいいますが、みんな日本製のデジタル一眼レフを構えています。
わたしには、機種がよく分かりませんが、中にはキヤノンの5Dと分かる高級機も見られます。

豊かになって生活にゆとりができれば、少し高級な趣味を持つようになります。
カメラは、撮影自体がクリエイティブですし、撮影後のコンピューターを使った作業も、自分の力を発揮できる場になります。
ですが、撮影の基礎のようなことは覚えなくてはいけませんし、そもそも何を撮ったらいいのか分かりません。
カメラクラブに入ってモデル撮影会というのは、自然な流れのように感じます。

彼らの間にまぎれて勝手にモデルを撮ったりしましたが、何も文句は言われないどころか、少し歓迎ムードでした。
自分たちが愛用しているカメラを作っている国から来たのだから、鷹揚に扱ってくれているのでしょう。
日本人の特権かも知れませんが、中国では日本人ゆえにひどい目に合うという危険もはらんでますから、そのへんはおあいこというところです。

小川越しの逆光で、体の線も露わなモデルに感心していると、すぐわきでは休憩中のモデルがいました。
リッチなカメラクラブなのかモデルをふたりも雇っていたようです。
それまでの若い広州のカメラマンとのやりとりを聞いていたらしく、日本人がどうしてこんな所を知っているのですか、と話しかけてきました。
見つめられたら痺れてしまいそうな大きな目で、それにふさわしい優しいしゃべり方をする女の子でした。

少し舞い上がりながら、自分は古いレンズで古い町並みを撮るのが好きで、ここは2年振りの再訪ですと答えました。
すると、さっきからその素敵なカメラが気になっていたんですと、ますますこちらがのぼせてしまうようなことを平気で言ってきます。

確かに、全員が全員、真っ黒なボディに純正の黒いレンズで自分を撮られているのですから、わたしのクロームボディ&クロームレンズは目を引く存在だったでしょう。
それに、1954年のM3登場以来、半世紀この方ほとんど変わることのないライカの外観は、モデルのようなずっとカメラを見続ける職業の人のDNAを刺激する力を持っているのかも知れません。

じゃあ、このカメラで撮らせてくださいと、露出と横縦を変えて数枚シャッターを切らせてもらいました。
モータードライブで延々撮り続けるスタイルとは違って、10秒もかからずに何枚か撮って終わってしまうライカ式の撮影も、また彼女には気に入ってもらえたようです。

できれば、もう少し話でもしていたかったですが、モデル料も払っていない部外者がこんなことをしているだけで、問題視されかねません。
泣く泣く、皆さんに迷惑がかかるから、ではこれでと立ち去らざるを得ませんでした。
今度、モデルを依頼したいのでとか何とか、名前と携帯の番号を聞けばよかったんだと直後に気付きましたが、それなりに格好つけて立ち去ったあとにまた戻ることはためらわれました。
やはり、舞い上がってしまっていたのでしょう。
【M8/Simlar 5cmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Simlar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2010/08/31 Tue

小洲再訪

M8/Simlar 5cmF1.5
炭歩鎮からバスで花都のバスターミナルへ戻ります。
実は、花都バスターミナルは、先ごろ開通した高速鉄道の広州北駅に隣接していて、ここから広州駅へ出れるのではとの読みがありました。
切符売り場に入ると、広州駅ではなく、広州南駅が次の駅かつ終着駅で、これはむしろ次の目的地に近そうなので、切符を求める列の最後尾に並んでみました。

広州北駅を通る高速鉄道は、湖南省の長沙を通って湖北省の武漢に行くことは知っていましたが、各窓口に6、7人は並んでいる人たちはみなそのどちらかに行くはずです。
やりとりを聞いていると、今日のチケットはすでに売り切れていて、じゃあいついつはどうだなどとのやり取りが続いています。

そんなですから列はなかなか進んでいきません。
ただ、数年前くらいの切符売り場で体験したように、わり込みとかそれをとがめるものとの喧嘩のような混沌はなく、みないらいらしつつも整然と列を作っているような状態です。
こんなところも、中国の変化のひとつと言えそうです。

などと感心しながら15分も待ってやっと自分の番になりましたが、まさに列車は行ってしまったようで、次は1時間後というのを聞いて列車への移動を断念しました。
6分に1本出ているという高速バスで広州市站というバスターミナルまで行き、今度は地下鉄を乗り継いで大塘という駅で降り、ここからバイタク利用です。
市站から地下鉄駅までけっこう歩いて、地下鉄のチケットを買うのが行列だったので、もしかしたら高速鉄道を1時間待った方が早かったのかも知れません。
やれやれです。

到着したのは、小洲という村で、2008年12月以来の再訪になります。
バイタクですので、いきなり古い町並みの真ん中まで行ってもらうことも可能でしたが、2年前の記憶をたよりに前回と同じ場所から歩きだしてみました。
小洲は、古鎮と美術学校が隣接したローカルの人と学生が交わる魅力的な村です。
伝統と現代アートが同居していますが、双方が助け合っているような関係もありました。

そんなところですから、2年ほどの間に変化があったりとはなかなか想像できませんでした。
しかし、歩き始めの人民礼堂のベージュの建物が真っ黄色に塗りかえられているのを見て、早くも驚かされることになります。
落ち着いたベージュがよい味を出していたので、わざわざ塗り替える理由は思い当たりません。

続いて着いた、何と読むか分からない明代からの橋はさすがに変わっていません。
ですが、たくさんのカメラマンが並んでいる先には、ピンクの伝統的衣装の美女がポーズをとっています。
これも2年前にはあまり考えられなかった、モデル撮影会の会場となってしまっているようでした。

さすがにこの中に混じってモデルを撮っていては怒られてしまうでしょうか。
いや、わたしは橋を撮ったんです、あの女性はむしろ邪魔です、と言い訳できるよう橋の方にピントを合わせました。
ひどい逆光で盛大なフレアを想像しましたが、このレンズはまったく動じませんでした。
そして、明代の橋は浮かび上がるように捉えられています。
これは2年前同様です。

【M8/Simlar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Simlar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/08/30 Mon

为什么照相机

M8/Simlar 5cmF1.5
朝、深圳のバスターミナルで買ったパンを車内で食べましたが、お昼はローカルのレストランで地元料理を食べたいものです。
さいわい塱頭村には、タクシーを降りたところに2軒食堂があることを確認しています。
いなかを訪れるとまさに困るのが食事で、小さな村では食堂などありませんし、へたをすると飲料水を売る店すらなくひもじい思いをすることになります。

2軒を見比べると1軒は客が何人かいますが、もう1軒は閑古鳥が鳴いています。
旅の定石では、こんな時には客がいる方で食事しなくてはなりません。
地元の人が利用する店こそ、安くておいしいからだというのがその理由です。

しかし、定石飯店の方が中国のいなかならどこにでもありそうな平凡な店なのに対して、閑古鳥亭の方は改革開放以前からちっとも進歩していないようなものすごい空気がありました。
ちょっと悩んで、閑古鳥亭にこんにちはーと入っていきます。

まず、店先の机に腰掛ける店主がキテいました。
60歳くらいと思しきおじいさんなのですが、中国式7つ玉ソロバンを前に上半身裸で新聞を読んでいて、わたしなどが入店してもまったく動じません。
これから食事という時にじいさんの裸はあまり見たくありませんが、まあ、この人が調理するわけではなさそうなので無視すればいいでしょう。

そして外からすぐに見てとれた、もう半世紀くらい経つのではと想像してしまうような古いテーブルとイスが、無人の店内に所狭しと10セットも並んでいるのがすごい迫力でした。
当然、エアコンのないオープンエアで、天井からはファンが1つだけぶるんぶるんと音をたてて廻っています。

奥からお腹の大きな女性が飛び出してきて、まさにそのファンの下のテーブルに着くようすすめました。
何を食べるか聞かれたので、おそるおそるメニューはないのか聞きましたが、やはり無駄な質問でした。
いろいろやり取りした後、シェフのおまかせランチというか、よく分からないので適当に一品作ってとお願いする以外できませんでした。

もうひとつ忘れてはならないのがビールです。
猛暑の中を散策して、限界までのどが渇き水分を求めていますが、薄く感じられてならない中国ビールがチェコのピルスナー並みに美味しく感じられるのはこんな時です。
昼間からひとりで大瓶1本飲めるかとも思いますが、こんな状況ではいつも飲めてしまいます。
アルコールに弱いわたしは、後でだいたいくらくらっと来てしまいますが。

野菜と鴨肉(?)を炒めた料理は一人前にしては多過ぎですが、意外に美味しくご飯もすすんでほぼ残さず食べ切りました。
そのころにはすっかり汗も引いていて、ファンから送られてくる風が十分に涼しげに感じられ、そろそろビールも効いてきて、心地よいまどろみ状態に陥ります。

いや、いけない。
午後にはもう1箇所移動しようと思っていたので、あんまりゆっくりしていてはいけません。
会計を頼むと14元と言いますからだいたい180円というところでしょうか。
20元くらいかなと予想していたので、外国人と分かってもボラなかったお店に感謝して、花都に戻る方法を尋ねました。

バイクタクシーで炭歩鎮のバスターミナルまで戻らなければいけないそうで、バイタクはと聞くと親切にも電話で呼んでくれました。
5元だからそれ以上払わないのよとアドバイスまでしてくれます。
ほどなくバイクが現れたので、なかなかに美味で親切な店に礼を言って手を振りました。
お腹の大きな奥さんとおばさん、それに完全無視だったおじいさんまでが手を振り返してくれたのが、また心地よさをもたらしてくれました。
塱頭村の印象がぐんと上がって立ち去ることができたのが良かったと、風を切るバイクにまたがりながら実感します。

今日の作例は、味わいあるおじいさんにしたかったのですが、ふと気付くところあってこちらの写真にしました。
食事中、奥さんとおばさんがテレビドラマに夢中になっていましたが、わたしはまったく気にしてしませんでした。
何となく1枚撮っておいたという程度なのですが、驚いたことにテレビ画面にレチナかなにか蛇腹カメラが大写しになっています。

けっして鑑定団とかそういう番組ではなく、普通のメロドラマか何かを見ていたはずです。
なぜにカメラが…。
理由にはまったく思い当たるところがありません。
【M8/Simlar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Simlar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/29 Sun

対面過来的

M8/Speed Panchro 75mmF2
塱頭村の古建築のいくつかにプレートが掲げられているのが目にとまります。
「花都区登記文物保護単位」と書かれていますので、日本でいえば市の重要文化財というところでしょう。
ローカルですが、自治体が保護を認定した建造物ということだと分かります。

あれーっと思ったのは、今年の4月公布、8月から実施となっていたことです。
まさにわたしが訪れた時こそ、重要文化財になりたてのほやほやだったのでした。

写真で見たように外観はきれいですが、中に入るとかなり荒れているのが気になります。
草があちこち生え放題で、住民はもっぱら虫たちという感じです。
朽ちているわけではないですが、管理の手は行き届いているとは言えません。

祠堂や書院などの文化財クラスでそんなですから、住宅用の建造物はより老朽化が進んでいるようです。
生活インフラの問題もあって住みにくく出ていく人も多いようで、人が暮らしている建物は数えるほどのようでした。
そういった人たちが古建築群を維持しているのですから、ぜひぜひずっと暮らし続けていただきたいものです。

しかし、すれ違う人を見るまでもなく、古建築に暮らす人のほとんどがお年寄りなのは間違いなさそうです。
近くでいい職が得られればともかく、多くの若者は仕事を求めて外へ出てしまいます。
残った若者も、恐らくは結婚を機にやはり出ていってしまうでしょう。
生活のある塱頭村は、風前の灯なのでしょうか。


さて、今日の作例は、小路の奥の方の家からやってきた貴重な住民であるおじいさんです。
カメラをずっと構えてましたが、臆することなくゆっくりと歩いてきます。
数メートル遅れて、愛犬チビも付いて来ています。

レンズは、スピードバンクロの75mmに付け替えました。
直前にksmtさんが、自身のサイトでに大和路の写真を掲載されたのですが、ここでのスピードバンクロがすばらしく即影響を受けて持ち出したというわけです。

恐らくF2開放とF4の2とおりで撮っているようですが、恐らくF4を多用されていてksmtさんとしては新境地ですが、まずその安定した描写が良いのです。
しかし、その多用されているF4が、時に混じって見られる開放の描写の素晴らしさを引き立てているのです。
開放から非常にシャープなレンズと思っていたのに、ふわーっとした表現やそれによって際立つ繊細さが、このレンズの開放の面白さを再認識させてくれています。

ksmtさんのスピードバンクロは戦中の初期タイプのものですが、残念ながらわたしのはその後改良されたもので、同様の描写は望めません。
コーティングの効果で逆光には滅法強くなっていますが、表現がかなり硬質になってしまっているようです。

暗部の描写はどうでしょうか。
コントラストも上がっているようですが、麦わら帽子の下のおじいさんの飄々とした表情がとらえられているのが印象に残ります。
もうちょっと怖い顔でしたら、撮影者はすれ違いざまに鍬を振り降ろされたのではと心配されていたかも知れないほどです。
【M8/Speed Panchro 75mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Speed Panchro 75mmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2010/08/28 Sat

缺点找不到

M8/Travenar 35mmF3.5
Schacht という名前はドイツでは割とポピュラーなのか、検索するといろいろな名前が引っかかります。
しかし、かつてミュンヘンで創業され、のちにウルムに映ったレンズメーカーの A.C.Schacht は、それほどメジャーとは言えないようです。
M42 やエキザクタマウントの交換レンズを幾種類か、それと同じデザインのライカマウントのレンズも3種類出していますが人気を得るまでにはいたっていません。

詳しいことは分かりませんが、製造したレンズのほとんどは交換レンズだったようで、あるいは他社にレンズ供給をしていたことはあったかも知れませんが、日本のコムラーのような存在だったのではと思われます。
コムラーには良いレンズがありますが、シャハトのライカ用レンズはどれも高性能で、実力あるレンズメーカーだったことは間違いありません。

残念なのは、鏡胴デザインが所謂ゼブラタイプの好き嫌いを分けるものなことで、さらに前述のようにオート絞りの大柄な一眼レフ用レンズとほぼ同じデザインのままでは外観にもこだわるライカファンにはなかなか受け入れられません。
廉価版的なイメージとも重なって、対性能比で不遇をかこつレンズ群となってしまいました。

このトラベゴンは、構成は不明ですが、前玉の貼りだした典型的な逆望遠タイプの広角レンズです。
広角レンズ自体があまり好みでないうえに、逆望遠設計ということで購入してからほったらかしにしてしまっていたのですが、先々月使用したぺりフレックス用のレトロルマックスというレンズが、恐るべき高性能だったので比較の意味で今回持ち出してみました。

すると、これまた驚くほどの高性能です。
特に解像度の高さは秀逸で、細かい部分があいまいさを見せずにしっかり写りだされています。
また、歪曲や口径食もほぼ認められません。
35mmフルサイズでは影響があるかも知れませんが、F値が暗いのを除けばM8で最高性能の広角レンズと言えそうです。
そういえば、先ほど例に出したコムラーの35mmF2.8も同様に高性能でしたが、意外なところで高性能の玉を探しだすというのも、もうひとつのレンズ集めの愉しみと気付かせてくれます。

今日、用事があって実に久しぶりにMSオプティカルに電話したのですが、MSでも 35mmF3.5 レンズを設計して順次出荷しているところだというので、思わずその場で注文してしまいました。
やはり高性能なうえに、MSオプティカルならではのアイディアが詰まっています。
これは、近々モノが届くようですので、すぐにも紹介させていただきたいと思います。
MSオプティカルの新設計ライカ用レンズの中では、価格がリーズナブルなので現行広角レンズの中でもっとも支持を得ることになるかも知れません。

さて、作例ですが、昨日見たほぼ右端の祠堂の脇にご覧のような門があり、くぐったところで自転車の母子とすれ違った時のものです。
自転車をこぎこぎやって来たのですが、階段のところで無理せず自転車を押したところですれ違い、見送ると門の脇を通って過ぎ去っていきました。

今回、すべて開放で撮影していますが、ここでも等倍で確認すると門の石が細かく解像していることに驚かされました。
コントラストがじゅうぶんに高いのに、暗部の表現もしっかりしていますし、逆望遠というとイメージの悪い発色も素晴らしいと思います。
ただ、そうなると、高級コンパクト・デジタル・カメラと突っ込まれると回答に窮してしまうということになりそうです。
【M8/Travegon 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schacht Travegon 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/08/27 Fri

祖先前面睡覚

M8/Travenar 35mmF3.5
黄氏祖祠の文字が見えます。
この建物は黄氏の祖先を代々祀った祠堂です。
塱頭村の歴史はかなり古いようで、なんと1367年に黄氏がこの地に村をつくったという記録があるようです。

その後塱頭村がどのように発展したのかはよく分かりません。
古建築群は、明末清初とせいぜい18世紀のものと思われますので、その間の栄枯盛衰が偲ばれます。
しかし、今も残るこれら建築群は200座を超えるということですから、かなり栄えたことが分かります。

それが代々続いた黄氏によるものであり、現在も住民のほとんどの姓が黄さんだということも、結束の高さを表していると言え、長く続いた繁栄の裏付けということでしょう。
そんな黄氏の祖先はこの祠堂で村中から崇拝されているという訳です。


東京は、猛暑日だ、熱帯夜だと強烈な暑さが続いていましたが、当然、広東省も負けてはいません。
気温は33~35度とほぼ東京と変わりませんが、湿度は60%くらいあって、これは東京の1.5倍くらいになります。
数値を見れば気温は同じだが、蒸し蒸ししているということが分かると思います。

実際、例年は体感的にもその数値通りに感じられていました。
ところが、今年は、東京が暑すぎたせいか、広東省の気候がそれほど過酷に感じられません。
それに風がそこそこ吹いていたので、それほど湿度が感じられず、もしかしたら東京の方が暑いんじゃないかと思われるほどでした。
東京の暑さに慣れてしまったということなのか、そういう自分が恐ろしくも感じます。

そうは言っても暑いことは間違いなく暑いです。
作例写真では小さくて分かりにくいですが、祠堂の入り口のところに親父さんが寝ています。
こんなところなので、一瞬行き倒れの人かとびっくりしましたが、日陰で風の通りがいいこの場所をあえて選んで昼寝しているのだと理解できました。

それにしてもこんなところで昼寝とは。
祖先に対する無礼にはならないのでしょうか。
むしろ祖先に見守られてぐっすり眠れるという感覚なのかも知れません。
高齢の親父さんでしたが、このまま祖先がお迎えにあがるとか、ちょっと余計な心配をしてしまいました。
【M8/Travegon 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schacht Travegon 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/26 Thu

他是鵝子嗎

M8/Travenar 35mmF3.5
塱頭村の古建築群を水塘越しに眺めてみたくなりました。
立派な建物が左右に広がる勇壮な姿が水面にも写る姿は、古鎮の写真としても定番です。
なるほど、村のPR写真やポスターとしては良いのですが、いまさらわたしが焼き直ししても…。

そうお断りする割には五十歩百歩ですが、ガチョウ越しに古建築を見てみました。
水塘は、ハスや他の水生植物で埋め尽くされているケースと、魚を養殖しているケースがほとんどのようです。
ここでもかなりの魚が養殖されていましたが、あわせてガチョウまで飼っているというのは初めて見ました。
もちろん普通の池でガチョウを大量に飼っているのは、広東省ではよく見ることです。

ここでふと思ったのですが、この鳥はガチョウで間違いないでしょうか。
中国と言えば北京ダックで、これは確かアヒルだったはずです。
アヒルとガチョウって同じ鳥だったでしょうか。
それに、アヒルは家鴨と書きますが、広東省では鴨の肉もよく食べます。

この辺の関係がぐちゃぐちゃでよく分かりません。
検索して調べてみましたが、分かったような、分からないような…。

写真の鳥は、どうもガチョウということで良さそうです。
そもそもガチョウはグースなので、ダックではありません。
南中国では立派な食材ですが、寒い地域のガチョウの羽根は羽毛布団に重用されています。

アヒルは、カモを家畜化したものとでした。
それで家鴨という字が使われていることが納得いきます。
中国料理名は漢字四文字または五文字で表記されることが多いのですが、北京ダックは北京烤鴨であって北京烤家鴨ではないので、このあたりも混乱の材料になりそうです。

結局のところ、ガチョウとアヒルは外観的にかなり似ていますが、前者は雁の仲間で後者はカモの品種改良ということです。
他人の空似、ということなのでしょう。
ちなみに、皮蛋はアヒルの卵ですし、フォアグラはガチョウの肝臓です。

こう書いてくると、ガチョウとアヒル、カモで、どれが高級食材で、美味しいのはどれかなどということが分からなくなるばかりというか、まあどうでもよくなってきました。
旅先で食べるのは、その土地の食材でということでまとめさせていただければと思います。
【M8/Travegon 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schacht Travegon 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/25 Wed

紅色T恤

M8/Travenar 35mmF3.5
商店の若いお母さんの道案内は正確でした。
少々不安を感じながらも、路地をひたすら真っ直ぐ突き進んでいくと、広い空間に出ました。
明清代の古建築が並ぶ塱頭村の古村落の正面に出ました。

古村落の裏から歩き始めて正面に到達したのですが、逆ルートになってしまったのには理由があります。
正面にはこのような古建築群によくある祠堂や書院などのやや装飾がかった立派な建築が並びますが、やはりお決まりのようにその向かいには水塘と呼ばれる大きな池があります。
この水塘は今でも実用されていますので、おのずと正面からのアプローチは不可ということになります。

また、古建築群ですが、創建当時は一族が居住できるだけの建物が並んでいたとしても、世代を経るに従って家族の居住スペースは無くなります。
親類の近くに住むとすれば古建築群の最後方に家を建てていくしかありません。
それに時代を経れば電気、水道、ガスなどのインフラの不便な古建築よりも新しい家に住みたいと思うのが世の常でしょう。
そうやって後方へ後方へと家が増えてゆき、やがてはそちらの方が村の中心になっていくことになります。
塱頭村に限らず、後方からアプローチして前面に出るというのは、中国の古建築群においては普通のことと言えそうです。

さて、くだんのお母さんは広場に出たら左に進めと教えてくれたのですが、わたしは右に進みました。
ぱっと見たところ左側はさらに古建築群がずーっと並んでいるのに対し、右側はちょっと先で終わっているのが確認できたからです。
つまり、先に右側を全部見てしまって、残す左側に歩いて行くのが効率的だと判断したということです。

これは予想通りで、右側には塱頭村の入り口を示す門と、その先に宿泊施設である塱頭山庄という建物ありの表示があるだけですぐ終わっていました。
それに、わたしは古建築群でいえば横からの眺めが好きなのですが、ちょうど邪魔するものなくそれが見えたので、さっそくカメラを構えます。

首尾よくバイクが通りかかって、1枚撮影です。
その時は気付かなかったのですが、赤シャツのバイクの青年がこちらを見ていますね。
なんでこんなところで写真を撮るのだろうと訝しがっている気配濃厚です。
【M8/Travenar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schacht Travegon 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/24 Tue

老人家的声音

M8/Simlar 5cmF1.5
いつかこのブログで載せたような写真を見ると進歩がないなと自分でも思います。
しかも、今回は老人にピントが合っていない上に、ばかに露出オーバーです。
ここでは分かりづらいですが、CCDの汚れが目立つ写真も登場します。
マンネリ化による緊張感の欠落は覆うべくも無くなって来ているようです。

今月訪れたのは、広州市北部の花都区にある炭歩鎮塱頭村という小さな古村落です。
いつものように深圳からバスで出発しますが、今回はさすがに事故にあうこともなく順調に花都の中心広州北駅脇のバスターミナルに到着しました。
本来はローカルバスに乗り継ぐのですが、タクシーでも6~700円程度のようでしたので、暑さもあってラクな道を選びました。

炭歩鎮は花都区内ではわりと大きな町ですが、そのなかの塱頭村はほとんど知られていないようでした。
タクシーの運転手は電話のやりとりであちこち聞いていますが、どこにあるのか掴めません。
とにかく炭歩鎮まで行ってから現地の人に聞くとすぐに分かり、それでも道に迷いつつ塱頭村の真ん中まで到着して散策スタートです。

しかし、見渡した限り古村落らしい風情や古民家のひとつも近くには見当たりません。
ちょうどのどが渇いていたので雑貨屋で水を買って、古建築を見に来たのだがと聞くと、客の老婆が付いて来いと案内をかってでてくれました。
ただ、言葉が広東語で何を言っているのかまったく分からず、わたしの言うことも通じているのかよく分かりません。
何もないところへずんずん進んでいくので、申し訳なかったのですが、やっぱりいいですと老婆の案内を無碍に断って村の中心に戻りました。

別の焦点では、わりと若いお母さんが店番をしています。
何も買う必要などないのでしょうが、こういうところが日本人的なのでしょう、水はあるので思わず缶ビールを買ってしまいます。
そして、同じ質問をぶつけてみると、今度は非常に要領よく行き方を説明してくれました。

途中の路地を左に折れてそこからただただ真っ直ぐ歩いて行くと、10分もしないで着くとのことです。
老婆と向かった先とはやはり方向違いでしたが、どこへ連れて行こうとしたのか、かえってその行き先の方が気になってしまうのでした。

さて、歩き始めてここを左に入れと言っていた路地に差しかかりました。
するとくだんのお母さんが、そこを曲がれと大声で叫んでいます。
説明を聞いてじゅうぶんに理解していましたが、彼女の方はかなり心配したのでしょうわざわざ店から少し飛び出したところまで来て見守ってくれていたのでした。
いつも感じることですが、中国でも、地方の人は親切な人が実に多いです。

背中に少々あたたかいものを感じつつ路地を歩くと、すぐにそれっぽい雰囲気になって来ました。
建物もそうですが、長石を並べた当時の舗装が、モザイク風というかパッチワーク風というか、じつに言い味を出しています。

そこで、建物の陰に涼んでいるおじいさんを見つけ、あわててカメラを取り出し撮影したのがこの1枚です。
夏の気だるい暑さを表現すべくわざとオーバー目に撮ったということではなく、前夜ASA640で撮影したのを戻さずにF1.5を1/8000で撮ったというだけのことです。
やはり、暑い暑いといいながら伏し目がちに歩いたときの雰囲気はじゅうぶんに出ていると思います。

おじいさんの前を通りかかったとき、ニーハオと声をかけました。
80歳は優に越えていそうな外観でしたが、しっかりした口調でニーハオと返事がかえってきました。
ただ、声が妙に高くおかしな感じがしました。
おじいさんではなくて、おばあさんだったのですね。
【M8/Simlar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tokyo Opt. Simlar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/23 Mon

终于参加了

M8/Zunow 5cmF1.1
そろそろ帰る時間を意識して夕食を考えなくてはいけないかなと思っていた時、前方から、やあと声をかけられました。
コーヒーをいただいた松屋さんの前で写真を撮っていた時に、少し会話した方でした。
さきほどはどうもどうも、などとあいさつすると、少しうちに寄っていきなさいとお誘いいただきました。
家は、ひとりだけなので、よければ一杯やっていってと背中を押します。

その家は、まさに松屋さんの向かいでした。
ありがたくお邪魔することにしました。
今まで外側から眺めていた古民家の内側を見学する絶好のチャンスです。
なにより先ほど話しをしていたときも感じましたが、このKさんは人柄の良さ丸出しで、そんな人と接する機会は願ってもないことです。

Kさんの昔ながらの友人だというTさんが、すでに一杯やっている中にずけずけでお邪魔しましたが、おふたりとも親切に接していただきます。
わたしはM8を首から提げていたので、戦場カメラマンと呼ばれました。
今考えると、ライカのことはよくご存じだったのかも知れません。

友人のTさんは、もう残念ながら引退してしまったそうですが、漆器の職人さんでした。
奈良井は宿場町と同時に漆器を産業に栄えた町で、隣の平沢が主に食器類を作っていたのに対し、奈良井ではそば用の食器をメインに作っていたそうです。
奈良井にはおそば屋さんが何軒もありますから需要もあるのでしょうね、わたしもお昼はそばでしたがと話しているとどこで食べたと聞かれます。
徳利屋さんというところでしたと答えると、あそこの食器はみなオレが作ったものだと言うのでびっくりしました。
到着早々に食べたそばでしたが、そこでT氏夫妻に食器を手にしながらここは漆器で栄えたところなのだとレクチャーを受けたのですが、その手の中の器やら何やらは今目の前にいるTさんが作られたものだったのです。
不思議な縁を感じずにはいられません。

今度はTさんに漆のレクチャーを受けることができました。
いろいろな興味深い話もありましたが、ちょっとやばそうな裏話まで内緒だよと披露してもらいました。
こんな話をきかせていただけることが、初めて会ってすぐに打ち解けていただけたのだと嬉しくなりました。

Kさんは、林業から漆器店に転じたのだそうです。
その後やって来た親戚のもてなしに忙しく詳しいことは聞けませんでしたが、きっとTさんの制作された漆器を販売されているのでしょう。
娘さんは現在神奈川にいらっしゃるそうで、奥様のことは聞きませんでしたが今ひとりっきりなので、よければ泊まっていきなとまで誘っていただきました。
旅人にとってこれ以上ない言葉でしたが、残念ながら明日は仕事です。
オレたちだけじゃ食えないからと進めていただいた巻き寿司や焼き鳥を遠慮なくパクついて空腹がすっかり満たされました。
その点でもたいへん助かりました。

親戚のみなさんも混じって、祭りの日らしい賑やかさが、旅の感傷を打ち消して気分を高揚させます。
地元の吟醸酒もいただき、すっかり気分は最高潮です。
しかし、もう駅に向かう時間は近づいていました。
中国旅行のときといっしょですが、せめてということでみなさんの写真を撮らせていただくことにしました。
子どもたちはわたしが戦場カメラマンと本気で信じたようですが、こんなしょぼいアマチュアで本当に申し訳なかったです。

ZunowをF2.8に絞りましたが、読みが悪くてTさんら何人かが深度の外になってしまったのは申し訳ないことです。
それでもわたしにとっては、記念に残るとても好い記念写真になったと気に入っています。

ここでカメラマンのマナーの話の続きを少しだけ書かなくてはなりません。
カメラマンのというよりは、ブログをやっているもののマナーなのですが、肖像権やプライバシーなどいろいろな問題があって、国内での撮影では極力顔が出ないことを前提に写真のセレクトをしてきたのですが、奈良井ではほとんど自身に課したルールを破ってしまっています。

そうしなければ奈良井の祭りの写真家成立しないという建前がありましたが、何よりもお世話になった方々に感謝するという意味合いで、積極的にこういう写真を採用したいという気持ちが働いたというのがその理由です。
これによって不快な気持ちになった方もいるかも知れませんが、特別ルールは強引に適用します。

この旅は、祭りのすばらしさの説明した上で誘っていただいたT氏夫妻から始まって、最後の最後に祭りの一員の最後列に混ぜてもらえたKさんやTさんに終わるすばらしいものでした。
なにより、毎年の奈良井巡礼にこのKさんとTさんに会いに行くという口実ができたのが、写真の出来の悪さを補って余りある最高の収穫でした。
【M8/Zunow 5cmF1.1 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/22 Sun

対笛吹説話

M8/Zunow 5cmF1.1
松屋さんでいただいたコーヒーで心も豊かになったところで、そろそろ撮影しながら戻っていきますと言うT氏夫妻と別れてひとりで行動することになりました。
すると、何ということでしょう、それを待っていたかのように雨が本降りになってしまいました。
まるで、T氏夫妻がいたことで小雨が降ったり止んだりで済んでいたのが、夫妻が立ち去るや否や大雨になるのですから、これはわたしが雨男であることを証明しているようなものでしょう。

夕立なのでしょうか、どこかに見えていた青空はなくなり、どんよりと雲が厚くなってかなり暗くなって来ました。
これからが Zunow の時間帯です。
滲みが少し目立たなくなり、ハイライトが濃淡でイントネーションを与えてくれます。
幻想性の増した絵画のような世界が広がります。


ところで、雨宿りしているとき、笛吹きの男性と言葉を交わすチャンスがありました。
ふと疑問に感じていたのですが、お囃子はみな若い人ばかりで超ベテランみたいな人はいないがどうしてか質問してみたのです。
お囃子は定員が決まっていて、一定年齢の若手が入って来ると押し出されるかたちでいちばん年嵩の人が引退するのだそうです。

そうやってじょじょに若返りをはかっているので、現在の最高齢は41歳くらいで、それでも少子化の影響で年齢は上がって来ているのだそうです。
昨年は佐原の祭りでやはりお囃子に注目しましたが、見ている限りでは年齢はバラエティに富んでいて、新入団とか定年退職などということはなさそうでした。

むしろ、和楽器は経験を積むことによって演奏が円熟の域に達したりということの方があるのではないでしょうか。
引退してしまうのはもったいなくないかなと勝手な感想が浮かびます。
しかし、わたしが話しかけた30歳代と思しき男性が、わたしも20年吹き続けてますからというのを聞き、ああ余計なお世話だったかと気付かされもしました。

神事の伝統だからでしょう、祭りには女性は一切ご法度のようです。
それらによって、古民家から座布団を敷いて祭り見学しているのは、子どもと女性、40歳以上の男性ということになっているようでした。
ちょっと戦時中の姿みたいなものを想像してしまったのですが、それはあまりに穿った偏見でしょう。

祭りはこれから佳境に入りますが、そろそろ帰りの時間を意識しないといけません。
それと食事も。
最終便での帰宅ですので、遅れてしまえば帰りつけなくなってしまいます。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/21 Sat

珈琲好喝的珈琲庁

M8/Zunow 5cmF1.1
散策して、雨宿りして、撮影してと、長旅の疲れを差し引いても、かなり疲労がたまってきます。
奈良井宿には、カフェが数店ありますし、むしろ雰囲気に合う甘味処という選択肢まであって便利です。
しかし、祭りの日は、祭りが通る前にみんな店じまいしてしまいます。
観光客が多い書入れ時なのに閉めちゃうというのは、逆に言えば、祭りが観光客のためにやっているわけではないと証明していることになりますね。

駅の方へかなり戻ったところに松屋さんという、素敵なカフェがありました。
そろそろ店じまいの時間のはずだったのでしょうが、祭りが遅れていたため、まだ閉めずに待っていたようでした。
暗くなりつつありましたし、T氏夫妻はひと足先に帰るので、そろそろラストスパートの時間ですが、T氏夫妻は心にゆとりがあります。
落ち着いて歓談タイムとなりました。

どっかと腰を降ろすことしばし、熱いコーヒーをいただきましたが、これが旨い。
実は、わたしはコーヒーか紅茶かとオーダーを問われると紅茶をたのむコーヒー嫌いでしたが、最近になってコーヒーは癌の予防になるという話を聞いて、なるべく飲むようにしていました。
苦味は我慢できますが、それに酸味が絡むのがダメで、毎度薬を飲んでいるような感覚だったのですが、松屋で飲んだコーヒーは、あれ、違うという味わいがありました。

なんと表現したらよいか分かりませんが、味がしっかりしているというか、深い滋味のようなものをコーヒーから初めて感じることができたのです。
もしかしたら単にのどが渇いていたからとか、旅先の気分の高揚感でそう感じただけかも知れないのですが、それはそれでいいでしょう。

やはり、そうではなかったようです。
店主の方のお話では、まず奈良井は水がすごくいいのだそうです。
ここ奈良井だけが、山の蒸留水を水道に使っています。
そう聞き、グラスのコップを口に含んでみましたが、なるほどおいしいような気もしますが、よく分かりません。

その水がコーヒーに合うということかも知れませんし、淹れ方に工夫があるのも間違いなさそうです。
店主ご自身が撮影された写真を見せていただいたのですが、昔の300万画素時代のデジタルカメラだというのに、フィルムを手焼きしたような味わいがありました。
レンズもすごいスペックのものが付いたカメラで、同じようなことをしてもアイディアを駆使して、他の人とはひと味もふた味も違うものにしてしまうオリジナリティを追及される方のようでした。

T氏夫妻のすばらしいところは、話をするのがうまいということです。
相手の意見をうまく引き出して、自分の意見を率直にぶつけるので、話があうと(いつもたいがいそうですが)すぐに打ち解けて盛り上がります。
このときがまさにそうで、店主の方からいろいろなことをお聞きでき、愉しい時間を過ごしましたが、この松屋さんは奈良井では有名店らしく、わたしがここに書いてしまうより、実際に足を運んでいただきたいので、内容については省略します。

人柄については、作例のスナップを見て下さい。
こんなに好い表情をする人を初めて撮りました。
ピントが怪しいですが、それが肖像画風に転じているところもよかったなと思っています。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/20 Fri

穿浴衣跳舞

M8/Zunow 5cmF1.1
東海道五十三次のことは、地元を通ることもあってそれなりの知識はあるつもりでしたが、中山道が六十九次あるというのは知りませんでした。
起点は、東海道と同じ日本橋ですが、西に向かう東海道に対して、北上してから京を目指します。
現在の高崎線、信越線のようなルートで、浦和、熊谷、本庄、高崎、軽井沢と進んで現在の佐久市のあたりに入ります。
そのあたりからでしょうか、南西方向に向かい、中央西線の中津川などを通って、草津、大津で東海道に合流するところで六十九次は終わります。

34番目の宿場といいますからほぼ中間地点に、奈良井宿があります。
奈良井で栄えた3行は漆器造りでしたが、宿場町としてにぎわった理由は、街道指折りの難所だった鳥居峠の手前だったことによるようです。
翌朝の峠越えのために休みをとり英気を養うため、奈良井の宿は木曽でいちばん栄えていたそうです。

現在の奈良井も、鎮神社から奈良井駅のあたりまで、ほぼ1キロにわたって江戸時代そのままの街並みが続いています。
駅から歩いていくと、まずその町並みに驚かされますが、その町並みが1キロほどのあいだ途切れることなく続いていることに衝撃を受けます。

その長い道のりと途中のお酒の振る舞いのためでしょう、鎮神社を出発して上町から進んでいるはずのお囃子は、中町へは予定時刻になっても現れません。
退屈した子どもたちは遊びだし、おとなに聞けばさも毎年のことで慣れてしまった様子で、そのうち来るでしょうと笑っています。

では、この時間を利用して、この日のメインのレンズの紹介をすることにしましょう。
ズノー5cmF1.1は、わたしのもっとも愛するレンズのひとつです。
7、8年前でしょうか、初めて入手した大口径レンズでしたが、その予想を超えた写りにぶっ飛び、たちまち愛用レンズになりました。

その後、アンジェニューの50mmF0,95のレンズヘッドを入手してライカマウント化してもらつたこともあり、大口径レンズは、もうこの2本で十分とヤバい方向へ進んでいくのを防いでくれた理由にもなりました。
ニッコール、フジノン、ヘキサノン、キヤノンそしてノクチルックスと間違って大口径レンズを集めようという無茶から救ってくれたありがたいレンズです。

この怪しげな写りを見ると、初期型の所謂ピンポン玉なのではと誤解を与えてしまいそうですが、これはれっきとした後期型の改良された方のレンズです。
ツボにはまるとピントが来ている部分がシャープで、前後に激しく滲む、このレンズならではの描写を見せます。
しかし、今回はツボにはまったというほどの鋭い写りは見せてくれず、ただただ明るいだけのレンズという表現に終始してしまいました。

そういえば、このレンズはオーストリアの中古カメラショップでネットを通して買ったのですが、今と比べてただでさえ元値が安いところに、20%近いディスカウントのオファーにも応じてもらっています。
今と違っておおらかな時代だったのでしょう。

さて、届いたレンズは、フィルター径57mmという不思議なサイズで、そんなフィルターはどこにも売っていません。
仕方なく購入した店にフィルターはないかメールで問い合わせしました。
探しておこうと返信があってしばらくして、レンズにマッチした銀ピカのドイツ製のUVフィルターが送られてきました。
お金はいらないと書き添えてあります。

その店とは、その後もときどきお付き合いしています。
東欧の方に、珍しいレンズを安く売っている店がありましたが、比較的最近になって、世界一高いレンズ屋のような価格を付けるようになってしまい。
そこからの購入は止めることにしました。
わたしの友人も、価格設定のアドバイスまでしたが聞く耳を持たなかったと失望していました。

それでも、新興レンズ勢力からのオーダーは入っているようで、強気の姿勢は変わらないようです。
いま、レンズ入手に関しては冬の時代です。
それ故にか、レンズメインのブログは長続きせず、友人たちのブログもかなりの停滞傾向です。
そんな傾向を打破すべく、最近入手した面白いレンズの紹介と、友人たちの交流の拡大を水面下で計画しているところです。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(3) | 2010/08/19 Thu

慢的很久

M8/Zunow 5cmF1.1
祭りは、雨で思うようにはかどらないように見えました。
お囃子でいえば、楽器を濡らしてはたいへんですし、演じ手も神事の衣装をまとってますからやはり雨は避けたいのでしょう、傘をさしてもらったり、時には脇にさした状態で演奏したりということもありました。
空模様を見ては、止みそうだからと少し様子を見たりもしますし、たぶん進行は徐々に遅れていっていたのだと感じさせました。

時間を遅れさせるもう一方の要素が、途中振る舞われるお酒です。
どこでも、酒を用意したのだからウチでぜひ飲んでいってくれと誘うのでしょうし、それを断る訳にはいかないでしょう。
一方で、お世話になっている家では、感謝を示す意味でも積極的に飲みに行くということもありそうです。

最初こそほどほどにやっているでしょうが、アルコールが廻るにつれコントロールは難しくなってくるでしょう。
見ていた中で、お祭りだからとへべれけになったり、お酒でトラブルということがなかったのは、実に立派だったと感心しました。
まあ、夜になると状況は変わっていたかも知れませんが。

ここでもうひとつ言及しないといけないのが、観光客のマナー、とりわけ撮影に来た人のマナーです。
お世辞抜きにすばらしい祭りと感じられるものでしたし、祭りでなくとも写真になる旧宿場町ですから、多くのアマチュアカメラマンが集結しています。

わたしの見立てでは、カメラマンの95%がデジタル一眼レフを持った五十歳代以上の熟年カメラマンです(一部銀塩も)。
T氏の話では、交通が比較的至便な名古屋方面から出てきている、カメラクラブなどのグループが特に多いということでした。

もともとが仲間で仲良く撮りたいと考えるからでしょう、どうしても何人もがくっついて、あるいは並んで撮影する傾向が顕著なのは、祭りの開始直後に分かったことでした。
やはりほとんどの人が祭りを古民家から座って見る人を撮るのですが、次に気付いたのが、浴衣の女の子がいたりすると可愛い可愛いと言ってどんどん寄っていってしまうことでした。

図式としてはこういうことです。
座布団に腰掛けた女の子がいて可愛いと誰かが撮影すると、そのグループの人全員が集まって少女を頂点にした扇のように列になって1~2メートルの距離からモデル撮影大会が始まってしまいます。
T氏夫妻もわたしも、女の子はぜひ撮りたいが、すばらしい古民家と他の家族も合わせて、ないしは背景にして撮りたいのに、カメラマングループが人垣になって、そんな写真を撮ることはできなくなります。

状況がひどくなると、女の子やその家族も祭りをみたいのに、カメラマンの壁によってお囃子や獅子舞が見えないということにもなります。
実際、子どもたちが、どいて、見えないから、どいて、と悲鳴のような声をあげているのを聞きました。

グループで来ているカメラマンたちがすべて邪魔だというつもりはありませんし、自分たちだって多くのシチュエーションで邪魔になっていたことを、所詮はよそから来たカメラマンのひとりに過ぎないことを自覚しています。
また、平日行われる祭りの中で、アマチュアカメラマンたちがある意味盛り上げ役になっているということもあるでしょう。
子どもをアイドルのように撮ってもらって、喜んでいる家族もあったと思います。

いろいろと考えれば、批判したり、最悪カメラマン同士でトラブルを起こしたりしないよう、一定のルールづくりが必要かも知れません。
例えば、同じところでは1分以上撮影してはダメとか、背後にも誰かいるはずなのでお互い譲り合いましょうとかということですが、カメラマンも祭りの興奮に触れているわけですから、なかなか冷静に撮影していること自体が難しいことなのかとも思います。

声を掛け合うというのがいいのかも知れません。
一脚にローライフレックスでスタンバイしているT氏の前を遮るように現れた老カメラマンがなかなか動かないので、わたしが申し訳ないですが、後ろでずっと待っているものでよろしければ譲ってくださいと言葉を選んで声をかけたところ、この方はかなり恐縮して移動してくれたということがありました。

ほとんどの人が自分が撮りたいが、他の人だって撮りたいと思っていることを分かっているはずです。
だったら、祭りのような場では、さっと撮って、さあどうぞと周囲の人に場を譲るような習慣をつくればよいでしょう。
気付かないでいる人には、軽く声をかけ合えれば良い。
そいうことが自然にできれば問題は解決ですが、簡単そうでいて、まずは絶対そうはならないことでしょうね。

マナーでより大切な、被写体に対することについて書くスペースと時間がなくなってしまいました。
このことについては、またの機会に。
【M8/Zunow 5cmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/18 Wed

晩上吃什么?

M8/Tessar 2.8cmF8
お昼にそばを食べたことは前に書いたような気がします。
もともとが宿場町だったのが、観光名所に転じていますから、食事を出す店は何軒か見かけました。
そのうちのほとんどはおそば屋さんです。
奈良井も信州ですし、もともと漆器で有名な町でその多くがそば用の食器を作っている土地ということからも、そばが奈良井の名物でそれを食べたのは間違いではなかったと思います。

ただ、最近の冷たいそばはどこでもそうですが、量が少なすぎるのが不満です。
通に言わせれば、2枚頼めばいいだけだのことですが、1000円前後のそば2枚では、庶民の味が2000円ランチになってしまいます。
そば屋さんは和の美を採り入れておしゃれな店が増え、ヘルシーだという理由もあってか、女性客に大いにウケているように見えます。
しかし、もともと腹もちがいいとは言えないそばを歩け歩けの旅先で満腹できるほど食べれないのは、わたしにとって積年の不満になっています。

奈良井宿のホームページを見ると、そばの他では、五平もちやおやきがあげられています。
夜まで滞在するわたしは、何を食べたらいいでしょう。
またそばか、夕食におやきや五平もちでしょうか。

こんなことを書き出すのは、T氏から、祭りの日はそうそうに店が閉まってしまうので、夜までいても食事ができない、パンか何か買っておいてもどこも開いていないので、食べる場所すらないと教わっていたからです。
ですから、T氏夫妻は夕方切り上げて塩尻で夕食を採れるスケジュールを組んでいました。
貧乏省のわたしは、わざわざ奈良井まで行くのならぎりぎりまでいたいし、そもそも遅い時間ほど盛り上がるということですので、最終あずさに接続する7時40分の終電まで粘ることにしました。

そうなると、何か食べるものを確保しなければいけません。
食べ物を確保して列車の中で食べるか、あらかじめどこかそば屋にでもお願いして1食出してもらうかしないといけません。

やはりそば屋さんに、ひとり分出してもらうのは無理なようでした。
とりあえず奈良井の唯一のスーパーが6時半までやっているので最悪食料確保はできそうでした。
さらに聞くと、食道兼土産物屋さんでチンするだけのおやきなら何時でも出せるということでしたので、おやきの夕食が次善策になりました。

7時になればほとんど撮影は厳しくなるでしょうから、おやきを食べにそこまで行くことに決断しました。
では7時まで祭りを愉しみ、撮影に集中することにしましょう。

心の余裕はできましたが、雨は依然降ったり止んだりを繰り返すのでレンズ交換の余裕がありません。
やっと入手したコンタックス用のブラック&ニッケル・テッサー2.8センチをアダプターでライカマウントにした広角レンズは祭りで活躍するはずでしたが、もう1台持参したミノルタCLEに付けっ放しになってしまい、なかなかM8で使うことができませんでした。

またせっかく使用した際にも、F8の暗さから室内を撮ったものに微妙な手ブレを量産してしまいました。
これは、久々に再会したM8使いの友人が、ISO感度を640で固定していると聞いて、快晴でもなければそういう使い方でよかったかと教わったのですが、まさに、後の祭り、となってしまったわけです。
【M8/Tessar 2.8cmF8 F8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 2.8cmF8 | trackback(0) | comment(1) | 2010/08/17 Tue

挂上帘子

M8/Tessar 2.8cmF8
昨日の作例写真は、旧街道に沿った古建築の民家です。
京町屋のように奥行きが広い建物ですが、旧街道に面した部屋は一面に座布団が敷かれ、家族やお盆休みで帰省したと思われる親戚など多くの人が祭りの一団がやってくるのを心待ちにしています。

お囃子、獅子舞、神輿、紙馬と、順番にやって来て、家の前で演奏や儀式を披露します。
それを自宅に居ながらにして、眼前で堪能することができます。
ふだんはすだれで閉ざされていますが、この日だけはすだれを上げて、家族みんなで腰掛けて祭りがやって来るのを待っているわけです。

すだれが上がることで、まずは見ることが難しい古民家の中を奥まで見渡すことができます。
そこで、多くの家が街道に面する方よりも奥行きがずっとあることに驚きます。

そして何よりも、座布団に腰掛けて祭りが通るのを心待ちにしている家族の雰囲気がすばらしく、やがてやって来た祭りを迎える温かい表情も胸を打つものがあります。
これこそ日本の原風景などと誰もが勝手に思うことでしょう。
T氏が言った祭りではなく、祭りを見る人を撮りたいの意味が、ここで初めて納得できます。

浴衣の女の子が可愛いからとか、犬が座布団に腰掛けているのが面白いとか言うだけではなく、おばあちゃんがひとりっきりで見ている姿も、ご夫婦だけが仲良く並んでおくるまなざしも、どれもが好いのです。

それにただ見ているだけという訳でもありません。
祭りの若者に酒や食べ物を振る舞い、労をねぎらいます。
さのやりとりが、またまた好いのです。

お囃子、獅子舞、神輿、紙馬とすべてが通り去ると、駅付近で折り返してまたやって来ますが、きっとそれは真夜中のことです。
鎮神社にいちばん近い上町の家では、いったん片付けが始まりました。

ガラス戸を嵌め直して、すだれを掛けていきます。
しばしの間、ふだんの奈良井宿の古民家に戻る瞬間です。
そうやって少しずつ祭りは進行していきます。
酒を振る舞われた一行は、徐々にスピードを落としていってしまうので、中町、下町の古民家に到達するにはかなりの時間を要するようです。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/16 Mon

帯朋友去那里

M8/Zunow 5cmF1.1
奈良井宿の夏祭りを愉しんだ翌日、東京で小さな歓迎会をやりました。
長らく仕事の関係で遠方に行っていた友人が3年振りに戻ってきたので、もうひとりの友人とお帰りなさいを口実に、オールドレンズ趣味を肴にして呑んだり食べたりの集まりを敢行したのです。

とくに話題豊富なふたりですので、無口なわたしが入っても話は大いに盛り上がりました。
レンズ方面では、やや停滞期に入ったような状況がありますが、これを機に盛り返したいものです。
わたしの方の収穫では、友人のスナップテクニックの隠し技を教えていただいたことがあります。
これは、わたしも実践に採り入れて、この場で紹介できるようになりたいと考えています。

実は、この友人と会うのは3回目です。
年齢的にも若干上ですし、いろいろな意味でレベル差もあって、わたしが友人と言ってしまうのは問題があるかも知れません。
もうひとりの友人についても同様のことが言えます。
ですから、友人というよりは無難に仲間というような表現がいいのかも知れません。

しかし、わたしはこの関係では最悪な体験をしてきました。
それにレンズを探し出して撮影するのは、まったく私的で孤独な作業です。
だからこそ、お互いの趣味を認めあうことのできる信頼のおける友人が必要なのです。


今回、奈良井の夏祭りに誘っててくれたT氏夫妻も、わたしにとってはまったく同じ友人です。
わたしの撮りたいものをよく熟知されていて、そのうえで声をかけてくれました。
祭りを撮影に行くのだと思ったわたしに、不思議な説明をします。
祭りを撮るのではなく、祭りを見る人を撮るのだということです。
どういうことか、よく分かりません。

旧街道に沿った両側の家はふだんすだれで隠れていますが、祭りの日はすだれを上げ祭りの目の前で座布団を敷いて祭りを間近に見ますから、それを撮りたいのですとの説明でした。
やはり分かったような分からないような。

鈍いわたしは現地で目の当たりにして、Tさんの言っていることがやっとのみ込めました。
それを示すための今日の作例ですが、これだけ見ても、何のことかは分からないかも知れません。
より詳しくは、明日説明したいと思います。

最前列の浴衣少女に混じって、2列目の座布団にはワンちゃんが鎮座しているのが確認できます。
これは携帯電話のCMの影響とかそういうことではなく、家族みんなが楽しめる祭りなのだということです。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/15 Sun

金牙与紅髪

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
雨は依然上がりませんが、祭りは始まったようです。
まずはお囃子の楽隊が先陣を切って歩いて行きました。
獅子舞が後を追います。
続いて神輿が。
しんがりは神馬の一行です。

高台にある神社で待っていると、お囃子に続いて見られた獅子舞がユニークでした。
わたしの獅子舞のイメージは、ふたりが唐草の中に入って獅子の口をぱくぱく動かしながら舞い踊るというスタイルです。
中国式はもっと大掛かりですが、やはり人が獅子の胴体に3人入っています。

この祭りの獅子舞は、大きな屋台車です。
中から人が操作して鐘を打ちながら、獅子を舞わします。
高い位置で舞うので、スケールの大きな獅子には威圧感が感じられます。
じっさい、小さな子どもはびっくりしたような目で、腰を引きながら見ている様子でした。

奈良井宿の家並みを背景に、この獅子舞を写したつもりですが、フレーミングが見事に失敗しています。
金色の歯並びと赤い剛毛から、獅子の顔を想像してみてください。

フレーミングがうまくいかなかったのは、114mmという焦点距離のレンズをM8の90mmのブライトフレームで適当に撮ったからということになります。
T氏夫妻と持参するレンズについて話していた時、広角、標準、望遠という組み合わせでもよいという話になり、歴史ある奈良井宿を撮るために1本は歴史的なレンズを持ち出したいという思いがありました。

たびたび使っているこのレンズを再紹介します。
1861年製造のダルマイヤー社の古い真鍮レンズです。
レンズ名はなく、ただ"J.H.Dallmeyer No.2594"とだけ手彫りの刻印があります。
この2594がシリアル番号で製造年が特定できます。
ただ、ダルマイヤー社の創設は1860年とされていますので、少し不自然なような、あるいはいきなり創設と同時に年産2000本以上の大量生産を達成していたのでしょうか。

焦点距離とF値は実測値によります。
レンズ構成が3群4枚のペッツパールですので、F3.6というのは一般的ですが、114mmという焦点距離はかなり短めです。
そのため、MSオプティカルでの精巧なマウント改造を経て、ライカに距離計連動するレンズとして、新しい生命を吹き込まれたことになります。

ペッツパール型は軽量ですが、長くて焦点距離もやっぱり長くて、フレーミングも正確にはできない使いにくいレンズです。
しかし、150年の時を経て再生してもらったレンズを使うことには、通常味わえない快感があります。
レンズ趣味のひとつの究極を感じることができるからです。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(1) | 2010/08/14 Sat

雨傘下演奏

M8/Tessar 2.8cmF8
奈良井宿に着いたころにはもうお昼近かったので、すぐに食事することになりました。
かなり歩いたところで、そばの暖簾が出ているところを見つけいただくことにしました。
徳利屋さんと看板が出ていましたが、この名前は帰り際にも登場することになります。

徳利屋さんはずいぶんと大きな構えの家で、風格いっぱいでした。
ちょっと調べてみると、もと脇本陣で旅館だったころ、島崎藤村や正岡子規などの文豪も泊まったことがあるといいますから、そういうところでいきなり食事できてしまうのが、奈良井のすごいところです。
名物のそばはもちろん美味しかったのですが、デザートで頼んだおしるこも絶品で、エネルギーを十分に蓄えることができました。

さて、撮影開始、そう思いきやT氏夫妻は、まったく落ち着いたものです。
お祭りはまだ始まらないので、あせって撮影したりなどの下品な行為は見られません。
わたしひとり、何でも撮ってやろう精神丸出しになってしまい、恥ずかしい思いです。

昨日の作例では、ようやく祭りっぽい出で立ちの子どもがおばあちゃんに手を引かれながら歩いているシーンを写したものです。
前述のように、T氏夫妻は、この程度には動ぜす、撮影するという気配もありません。
しかし、作例の前方には、祭りが開始される神社の入り口が見えています。
これから始めるのも悪くはないでしょう。

今日の作例は、その神社で、恐らくは神様に奉納するための演奏がおごそかに行われているひとコマです。
わたしのせいでしとしと雨が降っていますが、これをしのぐために演奏者ひとりひとりに傘が差し向けられているのが印象に残りました。
屋根のある場所でという訳にはいかないようで、この場所で音楽が捧げられなければならないようでした。

こちらの神社も名前を調べると鎮神社と書いてしずめじんじゃと読むようです。
わたしは中国語にならって、古い建物が多く残る集落や村を古鎮と呼んでいますが、ここ奈良井古鎮の神社が鎮神社というのは、なにか導かれるようなものを感じました。
【M8/Tessar 2.8cmF8 F8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 2.8cmF8 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/13 Fri

去了奈良井旅遊

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
今日、12日、木曽の奈良井宿に行って、いま戻って来ました。
夏祭りを見に行くためです。
交代で夏休みをとるわたしの勤務先ではお盆休みはありませんが、さいわい残っていた代休を利用して日帰りしてきました。

2名の同行者がいます。
散策会でいつもお世話になっているTご夫妻です。
Tさんは祭りや街撮りで特に人物を撮影したら天下一品の方で、奈良井宿には何度も足を運んでいますし、夫人も写真学校を出られたたいへんな写真技量の持ち主ですから、おふたりにくっついて歩くだけでとても勉強になります。

ですから、正確にはふたりは同行者ではなく、よちよち歩きのわたしの手を引いてくれる幼稚園の先生のようなものです。
足手まといになるだけのわたしを、ぜひ奈良井の夏祭りの良さを体験して欲しいとお誘いいただいたご夫妻には、感謝の気持ちでいっぱいです。

さて、奈良井は長野県でも木曽地方ですから、少し名古屋よりの南信州という位置にあります。
東京方面からは直行できません。
中央線で塩尻まで出て、中央西線の各駅停車に乗り換えて奈良井駅で下車します。

この各駅停車がなかなかやってきませんでした。
7時に新宿を出発するスーパーあずさ1号で9時半には塩尻に着くのですが、接続の電車は10時50分となっていて、この間ひたすらホームで待つしかありません。
そのうち、1時間遅いあずさ3号が到着してしまって、なんだ8時新宿発でもおんなじだつたんだと気付く始末です。
こんなおっちょこちょいな感じの旅がまた愉しいのですが。

そうやって奈良井に着いたのは、もう11時20分ほどでしたが、ありがたいことに奈良井宿の有名な木造建築の町並みは徒歩1分の至近にあります。
ここでまたバスに乗ってとか徒歩20分とかなると、どっと疲れが吹き出してしまいそうですが、奈良井宿は日本有数の古鎮ながら、これほど交通至便な古鎮は世界広しといえどもここだけでしょう(いやなかなか電車が来なくて、こんなに交通不便なのかと顔を歪ませていたのを忘れていました)。

旅のイントロダクションとしては、もう1つだけ書いて終わりにしたいと思います。
天気についてです。
猛暑日が連日続いて、長野盆地もかなり厚いのだろうなあと覚悟していたのですが、着いてみると何と寒いくらいなのです。
冷え症だという夫人の方は、あまりの寒さに駅でホットの缶コーヒーを買ってカイロ代わりに体に付けて暖をとるような状態でした。

実際には25度以上あったのでしょうが、前日までの暑さとの落差が激しく体が順応できなかったのと、山間を吹く風が思いのほか冷たかったこと、それに降ったりやんだりの雨も寒さを感じさせる一因でした。
そうなのです、昨日危惧したとおり、ほぼ1日雨模様に近い天気になってしまいました。

やはりわたしは雨男ということのようです。
後日報告しますが、夕方、それを証明するに十分な出来事も体験しました。
もし、撮影旅行など企画されているようでしたら、ぜひわたしもお誘いいただけないかと期待しますが、それが大切な撮影であれば、わたしには声をかけない方がよろしいかも知れません。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/12 Thu

海参墙

M8/Canon 35mmF2
岩科学校の国道をはさんで向かい側に集落がありました。
少し松崎寄りに戻ったところです。
何か情報があった訳ではありませんが、突然直感的にちょっと寄ってみようと直前で急ブレーキを踏み、細い橋を渡って集落の方に入っていきました。

結論から言えば、この判断は大正解でした。
車がすれ違うことのできない細い道を少し進むと、左右にちらほらとなまこ壁の民家や蔵が見えてきました。
かなり先まで行ってからスペースに駐車させてもらい、ゆっくり歩いてなまこ壁の建造物を撮影していきます。

確か倉敷の通りに町並みそっくりなまこ壁というところがあったのではと記憶していますが、伊豆半島にも多くのなまこ壁が存在します。
わけても松崎とその周辺は、かつて町全体がなまこ壁の建物で占められていたようで、多くは取り壊されましたがところどころ現存してその白く美しい姿で訪れる人の目を楽しませてくれています。

そもそもなまこ壁とはどんなものでしょうか。
意外に歴史はそれほど古くないようで、明治から昭和初期にかけての様式です。
壁に平瓦を貼り、その目地部分に漆喰をかまぼこ状に盛り固めたもので、その形がなまこに似ていることからそのものずはりのなまこ壁という名称が付けられています。

作例では平坦に見えるかも知れませんが、黒い瓦部分に対して白い漆喰部分は5センチ以上盛り上がっています。
もちろん装飾が目的ではありません。
保温や防湿のために考えられたもので、夏場でも案外建物内をひんやりさせるのが、伊豆の気候とフィットしたのかも知れません。

もうひとつの目的が、防火のためでした。
火事自体を抑える効果がありますし、何より家の壁同士が接近した町並みにあって、一軒に火事があっても火が広がっていくことを防ぐことができます。

そんな機能的ななまこ壁ももっとシンプルな構造での設計だって可能なはずです。
しかし、日本人の美意識がはたらいたのでしょうか。
白と黒が絶妙なバランスで、しかも斜めのラインを左右対称に引かせて建物を覆うようなデザインにまとめてしまいました。
機能を追求するだけではなく、そこに見た目の美しさまでもが結実した建築を見ることができます。

住民の方からそんな話を聞いたりしながら立ち話していると、雨が徐々に激しくなって来て、バケツをひっくり返した状態になりました。
たまらず車に戻りましたが、前日まで好天が続いていたので、わたしは雨男なのではという疑問が頭をもたげてきました。

明日、信州に祭りを見に行くのですが、やはり予報が芳しくありません。
お誘いいただいた方にも迷惑がかかりますし、お願いですから天気がもってほしいと願いつつ、床に就こうと思います。
【M8/Canon 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 35mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/11 Wed

想起来小学的時

M8/Canon 35mmF2
棚田のある岩部から海岸に戻るルートと山中を走る2ルートで、いずれも10分もかからず松崎町岩科に出ます。ひなびた田舎としか言いようのない、川沿いの土地です。
さらに少しだけ北上すると、ずいぶん立派な建物が忽然と出現します。
それが岩科学校です。

明治13年に竣工した岩科学校は、甲府の旧睦沢学校、松本の旧開智学校に次ぐ現存する学校建築と言います。
甲府や松本のような都市と比べ、前述のとおり松崎はひなびた漁港ですし、さらに数キロ内陸に入った、当時の岩科村は当時から田舎だったはずです。
なぜにこれほどまでの学校が建ったのか誰もが不思議に思うことでしょう。

文明開化を経て、松崎周辺では教育熱が非常に高まったということです。
岩科にも立派な学校を建築すべく、今でいう官民が一体になって建築費用を集め、地域特有のなまこ壁をもとに、寺院建築と西洋建築の折衷による美しい校舎が竣工されました。

恐らく、明治以降、ここまで立派ではなくとも、木造の美しい校舎を持つ学校はいくつも建てられてきたのでしょう。
しかし、地震国日本での耐震性の不安や火災による焼失、さらには新しいものを良しとするバブル的発想から次々と姿を消していったものと思います。
それが、岩科学校はあまりに立派だったことと、田舎の地にあったことが幸いしたのでしょう、修復などを経て現在まで残ってわたしたちの目を楽しませてくれています。

現在では国の重文に指定され、一般の人が見学できるように整備してあります。
新しい学校もすぐ左隣に建てられていました。
自分たちの両親やおじいちゃん、おばあちゃんの学び舎がすぐ隣にあって、子どもたちも誇り高いでしょうし、文化財や老人を敬う心も自然と培うことができることと思います。

じつは、わたしが卒業した小学校も、明治に建てられた校舎でした。
もちろん、こんなに立派ではありませんでしたが、歩くと床がぎしぎし言うような歴史的な建物でした。
当時は、同級生同士でも市内でいちばんのオンボロ学校と自虐的に呼んでいましたが、反面でこういう学校で勉強していることに自負心がないわけではありませんでした。

しかし、わたしたちの世代以降、学生数が増えたこともあってか、卒業後、すぐに校舎は建て替えられてしまいました。
やはりその時は、みんなでええーっなんでと、がっくりきたことを覚えています。

こんな小学校・中学校の体験をしたからこそ、今になって古い建築に愛着心を持てるのでしょうし、ひいては古いレンズを愛でたりもしてしまうのでしょう。
そんなことを考えさせられた、岩科学校への訪問でした。
【M8/Canon 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 35mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/10 Tue

西伊豆之旅

M8/Canon 35mmF2
先日、軽く伊豆にでかけてきました。
広角レンズを付けたM8をカバンの片隅に入れていたので、何枚かの写真を紹介してみたいと思います。
撮影は、途中立ち寄った西伊豆の松崎だけですが、初めて訪れたこの町はすばらしく、近くゆっくりと再訪したいと思っています。

いきなり分かりにくい写真で恐縮ですが、松崎の南に数キロ走ったところにある石部の棚田からスタートします。
現在では、一般からオーナー制度を採り入れて再生された石部の棚田ですが、その歴史は相当に古いようです。
詳しい歴史は分かりませんが、1820年頃に山津波が起きて棚田が全壊したという記録が残っているとのことです。

その後20年かけて棚田は復活し、10ヘクタール1000枚の規模になって米作りが行われ続けます。
平成になってからも、それは細々と続いたようですが、恐らくは急斜面での過酷な労働や後継者の問題など、規模が大きく縮小したところで、この美しい棚田を残すべくオーナー制度の導入や施設の整備によって、かつての素晴らしい輝きを取り戻しているのだそうです。

写真の茅を葺いて建てた建物は休憩小屋だそうで、この他にも交流館や水車小屋など、棚田の良さを知ってもらうための施設を作って都会の人を受け入れています。
田植えや刈り入れのシーズンには、オーナーはこの地を訪れ、農業体験を通して棚田の良さを知ることができるという仕組みです。

撮影時は、とんでもない大雨でしたが、斜面にあるため風が心地よく抜け、てっぺんまで行くと駿河湾を望むことができます。
緑の棚田越しの青い海は、この土地の素晴らしさを示して余りありました。

かつて10ヘクタールあった棚田で現在でも稲が植えられているのは、20%ほどだそうです。
ざっと見ると残りの80%の何割かは、荒地であったり、果樹畑だったり、野菜が植えられたりしているようでした。

車で一気に山頂まで上がり、ところどころで降りて写真を撮ったりしながら下っていて、唯一出合ったのが写真の女性です。
あいさつして少し話をうかがうことができました。

何も分からずに、果物か何か育てているのですかと聞くと、これが桜の木なのだそうです。
ええっと聞き返すと、桜餅のための桜の葉を収穫しているとのことでした。
松崎地域だけで全国シェアの7~8割だそうで、このあたりでは貴重な現金収入になります。

桜餅、久しく食べてないですし、柏餅などと同様葉っぱをはがしてから食べていました。
周末にでも和菓子屋さんに行って、しっかり葉ごと味わってみることにしましょう。
棚田の情景を思い浮かべながら。
【M8/Canon 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 35mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/09 Mon

徠卡広角之謎

M8/Summicron 35mmF2
昨日、ロス・エクストララックスのことを書いていて、ズミクロンの方の紹介をするのを忘れていたことに気付きました。
また自慢話かとか、いろいろとご批判は当然あろうかとは思いますが、自分の備忘録にもなるので、いったん整理するつもりで記しておくことにします。

この35mmズミクロンは、所謂8枚玉の愛称で呼ばれるレンズです。
ふつうダブルガウスの構成は、4群6枚で済むのですが、35mmズミクロンは2群目と3群目の間に2枚のメニスカスを対称的に置くことで、合計8枚のレンズを使った贅沢なレンズになっています。

もともとツァイスのゾナータイプに対抗するようにダブルガウスでの大口径化を目指したライツでは、1933年のズマールに初めてこれを採用して、ようやくゾナー5cmF2にスペックで追い付きました。
さらにはシュナイダーから供給を受けた1936年のクセノン5cmF1.5では、後群を2分割して7枚にすることでさらに大口径化が実現され、ゾナー5cmF1.5に追い付いています。

スペックで並んだもののユーザーの評判は芳しくなく、レンズ性能で1歩も2歩も遅れていたと自覚していたライツでは、1939年のズミタール5cmF2、1953年のズミクロン5cmF2とやはり7枚構成としますが、今度は前群を改良しています。
ここで、どうにかゾナーに匹敵する評価のレンズに到達できたと設計部門も考えたに違いありません。

そんな中での広角レンズは、オーソドックスなダブルガウスでのズマロン35mmF3.5を1946年に投入し、ライツらしいレンズとして評判をとっていたものと思われます。
これは、現在でも特にモノクロにおいてはその描写が高く評価され、35mmレンズのエース的存在です。

そんな中でもライツは広角レンズの大口径化を目指し、1958年にF2.8のズマロンを投入しました。
しかし、これが実に不思議なことに同じ年に、F2のズミクロンも発売されることになります。
同年デビューのズマロントズミクロンですが、なぜこんなことになったのか、これは研究する価値のあるテーマだと思います。

ふたつのズマロンが4群6枚でしたので、ズミクロンで枚数を増やすのは理解できますが、5cmズミクロンと同様に前群を改変するのではなく、2枚のメニスカスを置いたところに後人は強く惹かれたようで、広角レンズとしてはもっとも評価の高いレンズになっているようです。
面白いのは、さらにハイスペックの1961年のズミルックス35mmF1.4では、前の方のメニスカスが省略されて5群7枚となってしまうことで、これでズミクロン並みの開放からのシャープネスが確保されていればよいのですが、知られるように激甘な開放描写になってしまいます。
この辺のライツの35mmレンズの不思議な不思議な発展史が、ライカは広角で使ってこそのお題目を伴うことで複雑化をたどり、結果的には21世紀を迎えても、ライtの最高の広角レンズは何かという議論に回答を出させないという一因にしているのは何とも面白いところです。

さて、ここから少し自慢話です。
ライカを使い始めたころ、よく分からずに書物などをあたるとライカの最高のレンズは初代ズミクロン35mmF2、通称8枚玉であるとあちこちで目にするようになりました。
描写ももちろんですが、美しいクロームメッキの質や、インフィニティロックが付いていて、その精巧な操作性が素晴らしいとか、文章に惑わされて、気付けばそのオーナーになっていました。

そして、調べるとこのレンズにはいくつかのバリエーションがあったので、それを試したいがために次々と下取りに出しては別バージョンを買いという無駄な行為に走ったのでした。

最初はオーソドックスな、カナダ製のクローム鏡胴でしたが、ドイツ製が希少性があるからと買い直し、M3用ファインダー付きは5cm寄れるのでと買い直し、スクリューマウントは700本程度しか製造されていないと買い直し、ブラッククロームバージョンを見つけてはこれは珍しいと買い直ししました。
今使っているのが、そのブラッククロームのもので、よく考えれば2代目以降はすべてブラックになっているので、ありがたみがないことに気付きましたが、やはりあまり見ないものなので、これを使い続けようと無駄な購入推移を反省しつつ誓ったところでした。

さて、それほどまでに固執した8枚玉ですが、作例をご覧の通り、まつたく活かせていないのが実状です。
このレンズに残る柔らかさを全面に出そうと試みたまではよかったですが、ふんわり感が悪い方向に作用してしまっています。
せっかく激ヤセでスリムになったシンディですが、この写真では元のに体型に戻ってしまったかのようです。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 1st | trackback(0) | comment(1) | 2010/08/08 Sun

不可思議的

M8/Xtralux 9cmF3.5
順平さんに持ち込んだ歴史的レンズは、1900年にハンス・ハーティングがトリプレットをもとに…、否、このレンズのことは今月には受け取れるでしょうから、それ以降紹介することにしましょう。
しかし、そのレンズのフランジバックを微調整しながら合わせるため、M8に付けて彼の店の前を撮影していると不思議なものを見ました。

ふと、地王大廈の方を見上げると、雲の端の方にプリズム状のカラフルな色が付いています。
あわてて順平さんを呼び、あれはなんでしょうと聞くと、彼も初めてみる現象らしく目を見開いて驚いています。
そのうちわたしたちの行動を不思議に思った他の店の人もなになにと出てきて、みんなでしばし天体観測タイムとなりました。

雲ですから天体ではないですね。
虹の形状が崩れたということでもないようです。
とにかく、肉眼で見えた通りに撮影されていますので、これが何かお分かりでしたらぜひご教示ください。
わたしたちにはなんだか分かりませんが、きれいだったので、人物が必ず入っていなくてはならない、のルールを破って、今回作例として採用してみることにしました。


レンズのことに触れておきます。
イギリス、ロス社のエクストララックス9cmF3.5は、オリジナルのライカマウントレンズです。
ライカの交換レンズとして発売されたのか、リードとかウィットネスのような英国製ライカ型カメラ用の望遠レンズとして依頼製造されたのか、情報がないため詳しいことが分からないのが残念です。

コンタックス用の交換レンズとしてもこのレンズをしばしば見ることがあります。
ただ、コンタックス用は名称が Definex となり、焦点距離も3.5inchと表記されますが、銘版部分が同様であることとシリアル番号の近似から、同じレンズの表記違いと思われます。
両者を合わせれば、けっしてごく少量生産のレンズということではなさそうです。
実際、某オークションサイトでも数点出品されていて、高価な英国レンズ群にあってリーズナブルな価格が付いているものもあるようです。

構成も不明です。
しかし、このレンズは絞りより前群が外れるので確認すると単レンズが2枚あり、後群は貼り合わせダプレットなのでテッサー型とみなしてよいかも知れません。
もしかしたら、後群がトリプレット3枚貼り合わせのエクスプレス型ではとの期待もあってよく見ましたが、やはりダプレットで間違いなさそうです。

というのは、テッサー型の9cmと言えばやはりエルマーが先に出ています。
エルマーはF4ですので、後発のエクストララックスは開放F値を明るくするために1枚レンズを増やしたのではとの想像ができたからですが、そうではなかったようです。
ざっと見た限り、エクストララックスの方が前玉の直径が2mmほど大きくなり、2群目と3群目の間隔が幾分空いているようですので、何かしらの大きな設計変更があったのだと想像されます。

エルマー9cmF4は、ノンコートの戦前タイプから非常によく写るので気に入ってましたが、このエクストララックスも、今回の2枚の作例からだけでもかなりシャープでよく写るレンズであることがうかがわれます。
コントラストが低いのではという声が聞かれそうですが、むしろこういうレンズでは諧調です。
コントラスト重視であれば、ライカに合う古いレンズを探すより、もっと近道がありますので。

わたしの手に入れた個体は、外観はかなりくたびれています。
ですが、レンズはほとんど無キズで、オリジナルのコーティングもきれいです。
金銭的に厳しい環境下では、このように外観がボロくて玉が良いというものを探すことになります。
時には、玉自体もちょっとというので我慢しなくてはならないこともしばしばですが、やはりオリジナルの写りを愉しむためには、せめて玉もオリジナルの状態であって欲しいことは言うまでもありません。
そんな意味では、程度の同じくらいのエルマーとほぼ同額で入手できたこのレンズは、わたしにとって久しぶりの良い買い物ということで愛着も一入です。

さてさて、作例写真に戻りますが、怪しげな色は、太陽光が何かにあたって色が分解して雲のスクリーンに投影されたということだと思われます。
けっしてレンズの色収差が現れたということではない、と報告いたします。
【Xtralux 9cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross Xtralux 9cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/08/07 Sat

撮影師的朋友

M8/Xtralux 9cmF3.5
石塞から15分も歩くとメインストリートに出ます。
ここから陸豊へ行くバスは10分間隔程度で走っているようで、待ちくたびれる間もなくそれはやって来ました。
車掌に深圳まで行きたいので、深圳行きのバスが出ているバスターミナルまでと言うと、だったら高速道路の入り口で降りて待ってればすぐ来るよと教えてくれました。

果たして陸豊インター前でバスを降りると、深圳行きのバスが停車していて、今度はそのパスから車掌が降りてきて深圳に行くなら乗れと手招きしました。
今や発車するところだったようで、乗り込むやバスが動き出します。
座席も1つしか空いておらず、わたしが掛けると満員の混雑振りでした。

当たり前ですが、帰りは事故にあうこともなく無事に深圳に到着しました。
これ以上ないような順調な帰り道です。
ありがたかったのは、どうにか待ち合わせ時間通りに、カメラ修理職人の友人、順平さんのところに着けたことでした。

彼には前日にも会って、1本のレンズを託してあります。
最近入手した20世紀初頭の歴史的レンズです。
ソ連製のエルマーコピーレンズを添えて、マウント移植してライカで距離計連動して使えるよう依頼していました。

順平さんは、修理屋であって改造は本業でないし、改造に必要な器械がないばかりかライカボディもないので、フランジバックの確認は、わたしのM8を使ってのトライアンドエラーです。
分解したうえで、フェイクエルマーに取り付け可能なようにレンズ金具を削っていきました。
ある程度のところで、あとはコリメーターなどの測定具を持つ同業者に確認してもらい、OKになったら内側からねじ止めすると約束してくれました。

時間はもう少しかかりますが、次回の滞在時に完成したレンズを受け取ることができるでしょう。

さて、2日続けて順平さんを訪ねたのは、夜、食事をするためでした。
ふたりの親友を紹介したいので、いっしょに飯を食おうぜと誘ってくれたのです。
そうしてやって来たのは、周展さんと楊俊坡さん。
楊さんは、わたしの中国語が心配だったのでと、大学生の息子、哲クンをともなっていて、英語で会話すればこいつが翻訳するからと豪快に笑っています。

周さんは、深圳市青年撮影学会の会長です。
技術はプロ級とのことですが、普段はケーブルテレビ局に勤めていて、機会あるごとに撮影活動しています。
大判の撮影は昔からやっていたようですが、最近は大判でピンホール撮影して長時間露光による芸術世界を生み出しているようでした。

一方の楊さんは、やはり深圳市青年撮影学会にも所属していますが、彼はプロの写真家です。
80年代から活動を始め、中国で人気のある結婚用の写真を撮ったり、暗室でプリンターをやりながら技術を習得し、今では深圳真実撮影有限公司という、会社を興して撮影に本腰を入れています。

ふたりとも青年学会に所属していますが、わたしより少々年上のかなり年季の入った写真家です。
中国語では、写真家は撮影師と言います。
言葉面だけ見ると、前者はセンセイと呼びたくなるような威厳のようなものを伴いそうですが、後者は技術者とかむかしの記念撮影の写真を撮るおじさんをも含めた職業フォトグラファー的な雰囲気を内包してるような感じがしてしまいます。
気さくなふたりが写真家ではなく撮影師を名乗るのは、なんとなくぴったりとフィットしているようにも思えてくるのでした。

楊さんは、自らプリントした作品を数点持って来てくれていました。
深圳真実撮影有限公司なんて会社までつくるくらいですから、フィールドはすべて深圳ですし、人物をテーマに背景と組み合わせた独特の真実世界を撮影しています。
これは、まさにわたしのツボにはまる作品ばかりでした。

不動産広告の看板を持ったいまどき風の若者が必死に売り込みしている様子や、わしはこういうのは苦手でねという顔で高級車から外を見つめる犬とそんな状況を鼻にかける運転手の女性、落書きだらけの壁の前を闊歩する完璧なファッションの女性…。
視覚にダイレクトに訴えるもの、よく見るとにやりとしてしまうもの、どこか背景に潜むものがあるようで行間を読もうとしてしまうもの、いずれも何かを語っている写真ばかりです。

わたしが、こういう写真を撮りたいと思っているんですよと説明すると、楊さんは理解者を得た喜びもあってか、次回、深圳をいっしょに撮影し歩くことを約束してくれました。
ライカM4とM6にズミクロン50mmと35mmの2台で撮影し歩くのだそうです。
だったら明日行きましょうと提案しましたが、暑いときは撮影よりも暗室、涼しくなってから行きましょうとかわされてしまいました。

英語や日本語もちょっとだけ混じって、話しと笑いの絶えない食事会でした。
わたしは、歓迎歓迎と招かれたお客さんのつもりでしたが、会計を見てびっくり、5人でたらふく食べてビール10本以上飲んで3000円しません。
いくら中国でもこれは安すぎ何かの間違いだと思いましたが、逆にチャンスと、わたしの方で支払いしちゃいました。
次回は、南京出身の周さんに当地の料理をご馳走してもらうよう約束も取り付けることは忘れません。

帰り際、その周さんから自作の写真集をいただきました。
ピンホール大判で、北京オリンピックの会場をとらえたものでした。
彼は、わたしに献呈したことを表すサインと日付を書き入れてくれました。
その横のわたしの名前と友に贈るとの崩した文字が、また次回深圳にやってくるための査証のような力強さを放っていました。
【Xtralux 9cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ross Xtralux 9cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/06 Fri

没電

M8/Summicron 35mmF2
思わぬ理由で、この作例が石塞の最後の写真になってしまいました。
とんでもないことですが、スペアのバッテリーを持ってくるのを忘れてしまい、ライカM8は電池がなくなった瞬間に単に重たいカメラ型のネックレスとなって、わたしの首から下がってぶらぶらするばかりでした。

カメラバッグの中を探せど見つからないバッテリーは、途中落としたのではと思い心配になりましたが、帰国後自宅の机の上に見つかりました。
誰かが見つけて届けてくれたわけではなく、やはり直前のパッキングで忘れてしまったようです。
きっとこの暑さのせいでしょう。

M8購入以前に、R-D1のバッテリーをすべて充電し忘れて旅に出て泣いたことがありましたが、それに続く超大型ミスになってしまいました。
充電器は持って来ていたので、電池忘れに気付いていれば、事前のフル充電でどうにかなったはずなので、かえすがえすも悔やまれることになりました。
案内してくれた少女たちを最後にばしばし撮りまくるつもりでしたが、かなわぬ夢となってしまったわけです。

往路でのバスの事故、ノクトンのピント確認ミス、そしてバッテリー忘れと、不運と人為的ミスに情け容赦なく見舞われることになりました。
炎天下の異国の僻地で、これ以上ないダメージを受けましたが、しばらくして思い直すところもあります。

いちおう毎日更新のブログを続けていると、どうしてもブログのための写真という意識下で撮影していることに気付かされます。
もともと撮影技術も何もないような中での更新ですので、そういう状況であること自体は問題ないかも知れません。
写真がうまければ、自由に撮影してその中からセレクトしたものを順次更新するというのが良いのでしょうが、そういうレベルではないと自覚しています。

しかし、わたしは撮影のために旅をしているわけでも、ましてやブログの更新のために旅しているわけでもありません。
旅、撮影、ブログ更新の関係はそれぞれリンクしていますが、あえていえば旅は独立したものですし、その機会に好きなレンズの描写を見るべく撮影し、ブログは旅の日記とレンズのインプレッション・メモというところです。

バッテリー切れで撮影できなくなっても、旅にはなんら影響ないですし、むしろそれをネタに1日分の記事が書けるので、ブログの立場からはありがたいと言っていいくらいです。
そう考えるとサブカメラを持ってくるべきだったかと落胆したり、写真、写真と固執していたことがばかばかしく感じられて、気楽に旅を続けることができました。

実際、旅はその後、小学生くらいの女の子たちに囲まれたり、逆におとなの麻雀大会に仲間入りさせられそうになったり、何かと旅人を放っておかない石塞式のもてなしを味わい続けます。
ただ、また事故ということもないでしょうが、あまり遅いと帰りのバスが心配ですし、すっかりここが気に入ったのでまた来ようという気になったこともあって、適当なところで石塞を後にすることにしました。
長いようで短い滞在だったかと思います。

とは書いてきましたが、次回はカメラ無しで来るということはないでしょうし、たぶん予備バッテリーの確認はかなり念入りに行うだろうことは正直に書いておきます。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 1st | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/05 Thu

石塞簡介

M8/Summicron 35mmF2
石塞そのものの説明がまだだったようですので、今日はそのことについて少し記載いたします。
歴史的にみるとこの地に人が住み始めたのは1000年以上前のことのようですが、石塞の形態になってからも数百年経っていると言われています。
現在住んでいる人の祖先は明の末期に福建省から移住してきたようで、もともとこの地にいたひとと交わっていったと思われます。

その最初に移住してきたのは、黄氏の一族であると記録に残っています。
案内してくれた大学生の黄クンの祖先に違いありません。
そう思うと、黄クンの存在が歴史の生き証人のようにも感じられます。

面積は、およそ1平方キロほどで、周囲は壁に覆われています。
そこに今でも数千人の人口があるとのことでしたが、実際に歩いた印象ではせいぜい数百人くらいのように感じられましたので、町に移住したり出稼ぎに行っている人などもカウントされているのだと思われます。

周囲数キロはまったく平坦で、石塞のところだけ少しだけ盛り上がった丘になっています。
四周が見渡せるので防衛上最適の地として人が住むようになったのでしょうが、神石があったり、これは未確認ですが、風水の上で家を立てるのにふさわしかったこと、湧き水もあったりしたことが、集落を形成したより大きな理由でしょう。

先日紹介した「石城」と書かれたところが中心の門ですが、それ以外に2箇所門がありました。
通常、東西南北に4つの門を設置するのが、風水の関係もあって一版的ですが、何か大きな理由があって門を2箇所に限定したと考えられます。
門が少ないほうが、攻撃を受けにくいでしょうから、治安の乱れていた明清代により守りやすいコンパクトさに徹したと考えましょう。

今日の作例写真は、そのうちの門のひとつです。
石組が三層になっていて、徐々に嵩を上げて行ったかのような村の進化の跡を見るようです。
右側が崩れているのは、攻撃によるものか、経年により自然と崩落してしまったのか、あるいは建設途中に予算がつきてしまつたのでしょうか。

門をくぐるとその壁の厚さに驚かされます。
そして、壁が厚い分スペースが広くなりますので、日陰には人が集まってのんびりと会話を楽しんでいます。
壁に覆われた石塞の中は風がなかなか来ませんが、門のあたりは風の通り道で涼しいのも、住人を引き寄せる理由になっています。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 1st | trackback(0) | comment(2) | 2010/08/04 Wed

屋頂的老人家

M8/Summicron 35mmF2
かの地を旅していると中国は広いと感じることがよくあります。
日本にいても、やはり中国は広い、と思い出させるのが、考えられないようなニュースに接したときです。

最近のニュースでいちばん驚いたのが、山口百恵は楊貴妃の子孫だと信じる人が20%もいるという報道です。
かつて、楊貴妃は日本の山口県に漂着したという伝説があることが、中国のテレビで紹介されたことがあり、当時中国で絶対的な人気を持っていた山口百恵がわたしは楊貴妃の子孫だと語ったという話も同時に紹介されたため、山口百恵=楊貴妃の子孫説を信じる人が、未だ存在するのだそうです。

こんなニュースもあります。
中国科学院紫金山天文台の王思潮教授によれば、最近UFOの目撃情報が多いが、2011年か12年には重大なUFOが目撃される可能性があるということです。
同教授が、過去39年の目撃談をを分析した結果、データとして得られたもののようです。
「UFOは地球外の宇宙飛行機器と関係しているだろう」と述べたとも伝えられているそうですが、中国でこんな発言を繰り返して問題ないのか少し心配です。

誰かの捜索ではと疑いたくなるようなニュースが毎日何件も配信されます。
もちろん中国にも日本のニュースは報道されています。
恐らく中国人をいちばん驚かせているニュースは、最近次々と明らかになっている高齢者の行方不明問題でしょう。

年金の不正受給など犯罪の臭いも感じさせますが、むしろ現在の日本が抱える問題が浮き彫りになっているような気がします。
親子であっても無関心であったり、地域が老人の面倒をみるという社会でなくなってしまったこと、何より隣の人に無関心過ぎるということが背景にあるのではないでしょうか。

きっと中国でも、日本の平均寿命は一気に縮むのではとか、行方不明の老人になり変ってわたしが日本に住むんだとか、日ごろのうっぷんもあっていろいろ揶揄していることでしょう。
日本人として襟を正していただきたいところです。


本日の作例は、屋上で改修作業する人です。
中央の麦わら帽子の方は、このあとすれ違ったのですが、70歳くらいの高齢の方でびっくりしました。
先日の笠・山下コンビもそうでしたが、中国の農村で老人は尊重され常に地域で気にかけられている存在です。
いなくなれば皆が心配しますし、本人自身が強く自己主張するでしょうから、なかなか日本のような問題は起こりにくそうです。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 1st | trackback(0) | comment(2) | 2010/08/03 Tue

三代女性

M8/Summicron 35mmF2
31日付け英新聞の報道によると、さきのワールドカップで北朝鮮を率いた金監督がたいへんなことになっているそうです。
サッカー解説者や他の競技のコーチなどに采配ミスを指摘させ、批判の矢面に立たせたうえで、金正日の後継者正雲に恥をかかせたとの罪で建設現場での労働を課されているとのことです。

同紙はさらに、最近、北朝鮮政府高官が対韓国外交問題の責任をとって同様の労働を課された後に処刑されたことから、金監督の安否も危惧していると報道しています。
このニュースを信じるのならば、このような国家が国際スポーツイベントに参加させていることが問題でしょうし、参加させた以上は関係者の生命を守るために全力をあげてもらいたいと思います。

日本のリーグでプレーしていながら北朝鮮代表に参加して、ワールドカップ後にドイツの2部リーグに移籍した選手がいました。
どうしてだろうと不思議でしたが、これは日本にいては金監督同様の危険があるということで、ドイツに避難したといううことなのかも知れません。
関係機関は、スポーツと政治は別などと逃げないで、事実を調査したうえで、しかるべき対応をしてもらいたいと思います。


さて、親切に案内してくれた黄クンとは別れて、いつものペースでひとり歩きすることにしました。
黄クンは、石塞のいちばんいいところを見せたいとの親切心で案内してくれましたが、実際にわたしが撮りたいのは石塞の日常的な風景です。
いちおう、彼にはそう説明しましたが、わざわざ来た外国人がわたしたちの日常を見たいなんて言うことは、彼の理解を超えていたのかも知れません。

暑い日でしたが、35度超えの猛暑日が続く東京から来てみると30度前後でそよ風の吹く、石塞はむしろ快適な環境でした。
汗は流れますが、気分もいいのであちこち歩き回れます。
人の姿を見れば、所構わずシャッターを切りました。

路地越しに向かい合って腰掛ける親子三代の姿は最高の被写体です。
しかし、ピントに問題ないはずのズミクロンなのに、合焦ははるか後ろにいってしまっています。
会話が伝わって来そうな三人の雰囲気を伝えたかったのですが、これではミスもいいところです。
言葉による批判でしたら、甘んじて受けたいと思います。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 1st | trackback(0) | comment(2) | 2010/08/02 Mon
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