スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --

去美術館看絵画

M8/Nikkor S・C 5cmF1.5
滞在2日目も、深夜に及ぶワールドカップ観戦で遅くまで熟睡していました。
そんな中、若き友人の李クンが電話をかけてきて起こされました。
今日、時間があったら会いませんかとのお誘いでした。
午後空いていたので、じゃあいっしょにお昼でも食べましょうとなります。

聞けば、いま布吉にいるといいます。
布吉には、以前何度か紹介したことのある大芬油画村があります。
そんなの聞いたこともないというので、案内することになりました。

李クンは、数ヶ月前たった1度偶然会っただけですが、その場でわたしを大哥と呼び、つまり兄貴ということですが、わたしにとっては友人というよりは弟分です。
まだ十代のようですので、弟というよりは息子と呼んだ方がいいくらいかもしれません。

その李クンにわたしはいま中国にいるなどと知らせたことはありません。
ひょっとすると彼は、わたしに会いたい一心で、毎日のようにわたしの携帯電話に電話し続けていたのかも知れません。
純粋にわたしを慕ってのことかも知れませんし、もしかしたら何か意図があってのことかも知れません。
彼には申し訳ないですが、どうしても警戒心を完全に取り払うことはできませんでした。

さて、ふたりして大芬油画村に着くと、前回からのパターンが再来してそれまでの小雨がバケツをひっくり返したような大雨に変わりました。
絵画ショップめぐりなどやっていられる状況ではありません。
はて、どうしたものか。

大芬美術館があるのは知っていましたが、未踏破だったので大雨のこんな機会を利用しない手はありません。
入場料も気にならないと思ったのですが、そもそも入場フリーでした。
大きな美術館で、地元アーチストの作品をたくさん展示していましたが、どのように運営されているのか、さすが中国だと国や市の補助金だけで美術館が入場無料になってしまうのでしょう。
そのうちに仕分けされてしまわないよう祈りたいです。
【Nikkor S・C 5cmF1.5 F1.5】
スポンサーサイト
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Nikkor S・C 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/06/30 Wed

並行線

M8/Nikkor S・C 5cmF1.5
東京は梅雨入りして久しいですが、中国南部も6月は雨期になります。
先月大雨の中を遠征してひどい目にあったのに、今月もまた、懲りずに深圳を歩いてきました。
もちろん、滞在中はずっと雨でした…。

今回は、雨中バスで何時間という古鎮まで出掛ける気力はありません。
それに夜はずっとワールドカップを観戦していたこともあって、ほとんど写真を撮っている時間がありません。
せっかく新しいレンズを調達したのに残念です。
撮った作例の多くが、そのままブログ掲載といつも以上に、厳しい選択を強いられます(むしろ写真が少ない分選択は楽だったと言うべきか…)。

最初に撮ったのが、今日の作例と言うことになります。
たまに行く四川料理というか、成都の小吃の店です。
牛肉麺とか辣醤麺、担担麺などの麺が人気のようですが、料理類も充実していて、時間を選ばず利用できます。
四川省の友人と出掛けても、ここはなかなか美味しいと言うので、味と辛さは折り紙付きと言えます。

遅い朝食というか早い昼食というのか、10時半の開店にいちばん乗りで牛肉麺をオーダーしました。
しかし、こんな時間だからか、なかなか麺は運ばれてきません。
客は、依然わたしひとりでしたが、他に誰か麺を注文してくれていっしょに茹でるタイミングを待っていたのかも知れません。

そこで仕方なく、向かいのテーブルの女の子をノーファインダーで撮ってみます。
女の子は客ではなく、店員なのですが、熱心に本を見ています。
経理を任されていて帳簿を見ているのか、アルバイトをしていてまだ暇なので小説でも読んでいるのか不明です。
それに集中しているというよりは、することなしに見ているという感じで、たまに顔をあげるので普通にカメラを構えるのは危険です。

カメラの液晶を見るふりをしながら撮っては位置を補正し、数枚にしてやっとこの1枚に辿り着きました。
澄ました表情もさることながら、パラレルに並んだテーブルや椅子の間から覗いているぷらぷらと動く黒いパンプスがおもしろかったので、同時に取り込みたかったのです。
この高さの位置調整が難しかったのですが、これならまずまず納得というところです。
いきなりこんな作例からで、先が思いやられるスタートです。
【Nikkor S・C 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Nikkor S・C 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/06/29 Tue

Be the Reds!

M8/Primoplan 5cmF1.5
ここ数日、神輿だ神輿だと騒ぎながら、神輿がはっきり写った作例がないことに気付きました。
ちょうど、全体が分かる写真がありましたので、御苑&神輿シリーズの最終回に出させていただきました。
オフィスビルと思われる外階段を勝手に失礼して、やや鳥瞰する位置から狙っています。
あらためて見ると、大通りの片側車線を閉鎖しているここでは余裕ですが、狭い路地をぎりぎり通って来たテクニックに感心します。

さて、思い出のワールドカップシリーズも最終回を迎えます。
ホテルのすばらしい部屋に興奮しつつも、夕食をとりに町に繰り出しました。
といってもホテルが有名な明洞にもほど近い繁華街の中にあったので、どこか適当な店をみつけて食事すればいいだけです。

それにしても街中には「Be the Reds」と書かれた赤いTシャツを着た若者たちがあふれかえっています。
韓国の盛り上がっている状況は日本でも伝わっていましたが、実際、現地に身を置いてみるとその凄まじさにたじたじとなる他ありません。
街中にどんとパブリックビューイングの巨大モニターが設置され、何十万という赤Tシャツが見つめていたのですが、数時間経ったとはいえ、彼らのほとんどが祝杯をあげるべく街中に分散していった状況を想像してください。

わたしたちが食事した店の前でも十数名の赤い男女がいて、盛り上がりを見せているところでした。
「テーハンミングク!、テーハンミングク!」
大韓民国コールは、テレビで何度も見ましたし、今日の試合中にも耳にしていて馴染んでいました。
わたしたちもお付き合いで手拍子を合わせてすると、区切れる場面でイエーとハイタッチして、韓国語で何事か話しかけてきました。

すみません、わたしたちは韓国人ではないものでと英語で謝罪すると、あなたたち日本人でしょうと別の青年から日本語で声をかけられました。
日本に留学していたことがあるからとのことです。
その彼に実は昼間、光州でスペイン戦を見てきたし、空港では韓国選手たちにも声をかけたと自慢しました。
するとたちまちその言葉は韓国語に翻訳されて、メンバーたちに説明され、全員からオオーと歓声があがりました。
この状況ですからわたしたちは英雄扱いです。

続いて、「オー・ピルスン・コリア、オーピルスン・コリア」という応援歌の歌詞を教えてくれ、いっしょに歌ってくれと強要されます。
「ピルスン」とは韓国語で「必勝」のことだとのことでした。
わたしたちは「オー・ミス・コリア」と歌っているのかと思っていて、その理由はよく分かりませんが、当時の韓国選手がミス韓国の女性と合コンして何組かカップルが誕生したという話が流布していたので関係あるのかと思っていたことを伝えるとこの男女からは大ウケでした。

ひとりきれいな女性がいたたので、あなたもミスコリアではないかと聞けば、また盛り上がります。
さすがにミスではありませんでしたが、KBSというテレビ局のリポーターをやっているそうで、さすが美人のはずです。
他のメンバーも留学歴のある人が多く、名のある企業に勤める人もいたところからインテリ系を中心に集まっていたグループだったようです。
日本語を流ちょうに話す青年がいるうえに、みんな英語ができて、コミュニケーションで苦労することはありません。

そのうちに店に飲みに行くことになりました。
これを機会にホテルに戻ろうとしましたが、もうすっかり彼らのゲストのようになっていたわたしたちにはそれは許されません。
連れの方は謝罪して開放されましたが、人身御供として差し出されたわたしは、いま食事をした店に彼らと舞い戻ることになりました。

韓国焼酎で乾杯が始まりました。
甘い香りの付いたソジュは、そのアルコール度数と比較して飲み口がいいのが特徴です。
なんでも理由をつけて、チアーズと声がかかれば飲み干さなければなりません。
女性陣からやめた方がいいなどと気遣ってもらったのは覚えていますが、その後のことはさっぱり分かりません。

気付けばわたしは路上で睡眠、ではなくしっかりあのスイート・ルームのベッドで爆睡していました。
聞くとメンバー全員がわたしのホテルを心配して、最寄りのここに違いないと確認して、部屋まであげてくれたのだそうです。

結局この夜も最上階の夜景を楽しむことができなかったわけですが、それも仕方ないでしょう。
手許には、彼らが書いてくれた名前とeメールアドレスが十数名分ありました。
申し訳ないですが、誰がどの名前なのかまつたく覚えていません。
それどころかアルファベットで書いてくれている名前も、男性か女性かすら分かりません。

いちおう帰国後は全員に同内容でお礼と残念でしたねのメールをしました。
韓国がドイツに負けた夜のことです。
そして、そのうちの何人かから返信が来て、少々のやりとりが続き、数か月後、ソウルにて彼らと再会しました。
例の日本語をしゃべる青年が招いてくれたからですが、彼のマンションの立派さにはびっくりしました。
オーストラリアと日本に留学したくらいですから、すごいお金持ちだったのですね。
時間の経過でワールドカップの話題は薄れ、こんどは韓国人で大活躍していた大リーガーのことが話題の中心でした。

その後もメールでの交流は細々と続いていましたが、いつのまにかそれは途切れてしまいました。
そして、はや8年が過ぎ、また今年はワールドカップの年で、韓国も日本も大活躍しています。
彼らは、またソウルのパブリックビジョンに集まって代表の活躍に声援を送っているのでしょうか。
もうみんなすっかりおじさんおばさんになっていることと思いますが。

2002年、サッカーを見るための駆け足の旅をしましたが、今でも目を閉じれば世界中のいろいろな人の顔を思い出すことのできる、わたしにとってのワールドカップでした。
【M8/Primoplan 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Primoplan 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/06/28 Mon

今天也顶层房间

M8/Primoplan 5cmF1.5
神輿は狭い通りをやっと抜け、大通りに出てきました。
ここで歩道を練り歩くようでは、ずっと路地を進んでいるのと変わりません。
片側道路を閉鎖して、なおも豪快に神輿は気勢をあげています。

ここでも子どもたちの笑顔がそこここで見られます。
鉢巻きだけでも、法被だけでも可愛いのに、ふんどしの少年にはやられました。
ちょっとてれてるかののような向かいの少年の仕草も良いです。

さて、話はどーんと2002年7月に飛びます。

金浦空港にはマスコミの殺到もなく、整然としていました。
仁川空港より市街に近いので、地下鉄ではなくタクシーでホテルに向かいました。

運転手は、われわれが光州でスペイン-韓国戦を見てきたことを知ると大いに驚きました。
あれはプラチナチケットだっんだけどよく取れたねと羨ましそうです。
さらに我々が日本人だと知ると、日本は惜しかったねーとねぎらってくれます。
いや、韓国はすばらしい、優勝しちゃうんじゃないとこちらもお返しします。

この前の試合に勝利してベスト8進出が決まった時はたいへんな騒ぎで、タクシーはかなりの距離乗ったのに800ウォンでいいと言ったり(70円くらい)、ホテルは一律8000ウォンになったりの8に因んだ特別価格があちこちであったそうです。
日本でもプロ野球の優勝などでデパートで同様のセールがありますが、韓国の発想は日本を超えているようです。

そんな話を運転手から聞いていて気付いたのですが、日本がベスト16で敗退が決まっていたので、われわれは日本に勝ったの意味で8に因んだセールがあちらこちらで起こったのではないでしょうか。
それなら、さきほどの日本は惜しかったねという言葉は、ざまあみろと言っているのだと解釈できます。
韓国は、ワールドカップの舞台で世界と戦ったのではなく日本と戦っていた、少なくとも国民の何割かにはそういう感覚があったのかも知れないという気がします。

ソウルのホテルもかなり混雑していて、はじめて高級なホテルに宿泊することになっていました。
ホテル前に横付けされたタクシーのドアをベルボーイがうやうやしく開けて、トランクの荷物も運びあげてくれましたが、貧乏旅行専科のわたしにはめったにない体験です。

にもかかわらず、チェックイン時に慇懃な態度のレセプションに、スペイン戦勝利おめでとう、ベスト8進出のときに8000ウォンのホテルがあったと聞きましたが、ここは今日4000ウォンで泊まれないのですかと冗談を飛ばしてしまいました。
あくまで冗談のつもりだったのですが、彼は笑顔になり、少しお待ちくださいと言ってしばらく姿が見えなくなってしまいました。

そして再び戻ると、さきほどの慇懃さが少し消えたフレンドリーな態度で、申し訳ありませんが4000ウォンには致しかねます、そのかわりと言っては恐縮ですが、最上階のスイート・ルームをご用意させていただきました、と信じられないような言葉が返って来ました。
これも、わたしが敗北した日本人だったからでしょうか、期せずして2日続けて最上階のスイート・ルームに宿泊する贅沢を味わってしまったのでした。
【M8/Primoplan 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Primoplan 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/06/27 Sun

空中的代表

M8/Primoplan 5cmF1.5
神輿は路地のクランクをうまく抜けて行きました。
いちぎん盛り上がる場所のようです。
見守っていた子どもたちも、嬉しそうです。
書くことも他にないので、ワールドカップの思い出シリーズの続きです。

ベスト4をドイツと戦うべく、韓国選手たちもソウルへ向かうはずです。
もしかすると同じ飛行機に登場するのかなとも思いましたが、そうではないようでした。
もしいっしょだとすると、金浦空港へ降り立つと世界各国のマスコミが待ち構えていて、空港パニックを避けるため選手たちは最後に降機するつもりだったため、わたしたち一行は否応なしにカメラのフラッシュを浴び、試合を生で見た感想はいかがですかなどと取り囲まれるかも知れないね、などとくだらないことを話しながら英語でなんと回答したらいいのか真面目に考えたりしていました。

妄想を振り払って搭乗した大韓航空機には、信じられない光景が待っていました。
それは、わたしのみならず、すべての男性搭乗客全員が同じ気持ちだったに違いありません。
6、7人いた客室乗務員の全員が、目の覚めるような美人だったのです。

大韓航空のフライト・アテンダントといえば韓国では花形職業でしょうから、もともと美人は多かったでしょう。
しかし、このときのアテンダントは、みな20歳代前半でアイドル歌手のようなルックスです。
ひとり、ふたりではなく、全員が揃いも揃ってアイドルのようなのです。

これを偶然美少女が集中したと考えた人もまたいなかったと思います。
あきらかにこの韓国-スペイン戦を観戦にやってきた外国人のために、国力誇示か韓流のプロトタイプか、恐らくは韓国政府が最後の韓国式ホスピタリティとして選抜アテンダントを用意していたのでしょう。

これは、もうひとつの韓国代表です。
北側にも喜び組なんていうのがありましたが、朝鮮半島に残る文化なのかも知れません。
恐らく日本で同様の措置がなされたということはなかったでしょう。
むしろ日本航空ですと、英語が堪能なベテランのアテンダントが配されたということはあったのだろうと想像されます。

ワールドカップ日韓大会は、これまで大会で1勝もしていなかった開催国の日本、韓国とも大善戦しました。
しかし、日本がベスト16だつたのに対し、韓国はベスト4に大躍進しています。
この差の裏側に、韓国が国家の威信をかけてもうひとつの代表チームまでも編成していた事実を知るのは、わたしの他にどれだけいるでしょうか。
【M8/Primoplan 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Primoplan 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/06/26 Sat

還一個運気好

M8/Primoplan 5cmF1.5
日曜日に御苑シリーズで書き出したとき、ちょっとしたラッキーがあったと書きました。
ひとつは入場無料ということでしたが、もうひとつのプチラッキーは御苑散策中に遠くから賑やかな音がしているのが聞こえてきて、どうやら近くで祭りの最中だと気付いたことでした。
距離はかなり離れていましたが、静かな御苑ではそれがなんとか確認できて、威勢のいい掛け声に祭りの神輿と確信できたことが幸運でした。

音の方を追いかけると、神輿はなぜか細い路地に入っていってしまい、かなりの撮影困難です。
そんな中で、子ども神輿でも担いでくれそうな装い決まった少女が表れて、かたちにしてくれました。
なんともまとまりとか意図とかの見えてこない写真ですが、車がすれ違えないほどの飲み屋街を神輿が進んでいく中で、喧騒に圧倒されたのか、参加できない退屈からか、神輿を背にした少女の表情が何かを語りかけているような気がします。


今回は、ワールドカップ開催期間にちなんで、ワールドカップ韓国紀行のようなものを思い出に浸りながら続けさせていただきます。

スペイン対韓国の試合は、何かと物議を醸す結果となりました。
レフリーのジャッジが韓国寄りだということでしたが、それは現地で見ているとそれほど分かるものではありません。
スペイン・ファンとしては、そういう不利は承知の上で、ゴールを決めて黙らせたいところでしたが、かなわず涙を飲むことになりました。

試合は0-0でしたが、すなわちそれは、延長前後半を戦い、PK戦にもつれ込んだことを意味します。
昨夜に続いてわたしたちの迷走が始まりました。
光州からソウルまで飛行機を予約していたので、空港に向かわなければなりません。
余裕のフライトだったはずですが、延長PKまで行ったことと、昨夜の体験から空港までのアクセスが容易でないことが察せられ大いに慌てることになります。

スタジアム前は大きな通りでしたが、すでに何人もの人がタクシーを捕まえようと虎視眈々と待ち構えています。
みな赤いTシャツの韓国人なので、奪い合いになれば敗北することは目に見えています。
そこで通りをがんがん進んでいき、誰もいないところまで出て、争いのない中でタクシーを拾ってしまう作戦でした。
場合によっては、ダブル、トリプルの裏技を使う覚悟もあります。

しかし、タクシーはなかなかやってきません。
昨日はドイツ対アメリカで、一般の韓国人にはどうでもいいカードでしたが、今日は我が韓国が戦う大切な試合です。
タクシードライバーも仕事そっちのけでテレビにくぎ付けになっていたのだろうとは容易に想像できます。

20分は待ったでしょうか、ようやくタクシーがやって来ました。
わたしたちは必至の形相で体当たりのようにタクシーを止めます。
後方にいた韓国人もダッシュで詰め寄りましたが、間際でタクシーを捕まえられ、無事空港へ向かうことができました。
スペインのかたきは、。わたしたちがとったかっこうです。

ようやくホッとするもつかの間、すぐに渋滞に掴まってしまいました。
車で試合を見に来ていた人が、駐車場からどしどし出て来たことによる渋滞です。
まったく世間にうとい運転手だったようで、なぜこんなところが渋滞するんだと不思議がっていたのですが、スタジアム前でわたしたち外国人をひろったこととやっと結び付いたのか、そうかワールドカップか、とやっと気付いたのがわたしたちにも伝わるオーバーアクションでした。

それが分かれば、運転手も地元の人ですからどうにかしてくれます。
どうにかUターンして、裏道を駆使しながら、急ぐよう指示するわたしたちの要求にこたえて、何とかフライトに間に合う時間に空港まで送り届けてくれました。

ここからが、スペインが敗れたこの日のハイライトです。
チェックインを済ませて、搭乗口へ向かう途中、ものすごい光景を目にしました。
それは、今しがた試合を終えて移動する途中の韓国の選手たちでした。

彼らはまとまってVIPルームのようなところに腰掛けていましたが、とくに仕切りのあるスペースではなかったため、利用客全員が目の前を通るようなかたちでした。
これはすごいと思い、持ち合わせていたミノルタCLEを取り出して撮影しようとしました。
しかし、彼らの疲弊しきった、というより憔悴したような顔と言うのでしょうか、地震のがれきの下から2日ぶりに助け出された人のような限界を生き抜いた表情を見て、それを撮影する行為は慎まなければならないと思わされたのです。

通りかかったすべての人が同じ気持ちだったのでしょう。
写真を撮ろうとする人は誰もなく、みんなそれぞれによくやったとか、おめでとうとねぎらいの言葉をかけているようでした。

わたしもそんな中で、ありがとう、と一言声をかけました。
韓国語ではなく、日本語です。
日本人だということを示したかったという気持ちに咄嗟になったということと、韓国選手の何人かはホンミョンボをはじめ日本でのプレー経験があって、日本語も解してくれるはずだと分かっていたからでもあります。
気付かされたのは、ちょっと前までスペインファンだとか言っていたのが、彼らの姿を見た瞬間に180度転換して韓国応援団になった自分の変わり身の早さでした。
【M8/Primoplan 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Primoplan 5cmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2010/06/25 Fri

日韓世界杯的世界

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
ワールドカップの思い出話を続けさせていただきます。
蔚山で夜の試合を見たあと、汽車で戻った釜山はすでに深夜で翌日にそなえてすぐに就寝してしまいました。
ワールドカップ特需で釜山のホテルの予約がなかなか入らず、ようやく取れた宿は、一流とは言い難かったものの最上階のスウィート・ルームです。
広い部屋でゆつくりくつろいだり、釜山の夜景を眺めたりの余裕がなかったのがいかにも惜しまれました。

次の日、光州事件で知られる光州で見たのは、スペイン対韓国の昼間の試合です。
前日は釜山に午前中に着いたので、有名なジャガルチ市場で昼食をとったり、少しは町歩きの時間もありましたが、釜山-光州間はかなりの距離を高速バスで移動したため、到着するやスタジアムへ急行しなくてはなりませんでした。
昨日書いた終電で蔚山から釜山に必死に戻った理由は、蔚山からでは試合開始前に光州に着くことができないという切実な理由だったのだといま思い出しました。

スタジアムはすでに多くの人が詰め掛けていて、韓国人サポーターの着ているTシャツで全体が真っ赤っかに染まったような状態です。
わたしたちは、外国人向けのチケットを購入したので、ほとんど西洋人ばかりが集まっているエリアでの観戦です。

さっそくハイテンションで試合を待つスペイン代表のユニフォームを着たカップルがいたので、話しかけました。
わたしは韓国人に見えるかもしれないが、実は日本人でスペインを応援に来たのだと自己紹介すると、スペイン人は周囲にいなかったせいか、おおっと盛り上がることになりました。
しかし、その後の会話で彼らはバレンシアから来たのにもかかわらずレアル・マドリッド・ファンだと言い、わたしがFCバルセロナが好きなのでスペインを応援に来たと正直に言うと気まずくなり、会話も続かなくなりました。

今度は、となりに来たガチムチ兄さんふたり組が、オレンジのユニフォームを着ていて思わずあれっと思いました。
オランダ人です。
不思議だったのは、オランダは欧州予選で敗退していて、ワールドカップに参加していなかったのですが、なぜか韓国までやってきていて、しかもオランダのユニフォームを着ているというのがまた意味不明です。
たずねると、次回大会のために偵察に来たのだとこっそり教えてくれました。
オランダ人は、どこへ行っても見かける、旅行好きで、イベント好きで、ジョークが好きな民族のようです。

さて、最後に知り合ったのがアイルランド人です。
アイルランドは、かなり善戦したものの予選は通過できなかったと記憶していますが、彼もまた誇らしげにグリーンの代表ユニフォームを着ています。
そもそもアイルランドは、日本側のブロックに入っているため韓国で試合をする機会はなかったはずです。
これも聞いてみると、日本でははやばやチケットがソールドアウトしたので、近くの韓国で楽しむことにしたんだと言っています。
日本と韓国の関係は、イングランドとアイルランドの関係と似ているのかも知れないなどと想像しました。

恐らくは5万人くらいの観客が来ている一角でしたが、いろんな国籍の人がそれぞれの理由で来ているりがおもしろいなと思います。
その昔卒業旅行でユースホステルを泊まり歩いた時も似たような感覚だったことも思い出します。
若い時だからこそできた旅でしたが、それから何年かして同じような感覚がよみがえろうとは、想像もできませんでした。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2010/06/24 Thu

用3个手指打的

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
ワールドカップは、早くも各組で予選ラウンドの最終戦が行われて、決勝ラウンド進出の明暗が分かれつつあるところです。
内紛があったフランスの撃沈があったばかりですが、スペイン、イングランド、イタリア、ドイツなどの競合国がそれに続く心配を残しています。
ポルトガルも少し不安を残し、デンマーク、セルビアは最終戦で逆転を狙う状況です。

オランダ以外のヨーロッパ勢はことごとく苦戦しているといえる状況ですが、もちろん長丁場ですので、スロースタートして徐々に調子をあげてくるところが出てくるのかも知れません。
イタリアは、毎度そのパターンで上位に上がるというイメージがありますし、特に予選絶好調だった国が失速するのもよくあるケースです。

今後の展開は、わたしなどにはかるすべはありません。
しかし、おしなべてヨーロッパ主要国の試合内容はレベルが低いように見えます。
所属するクラブチームのリーグ戦による疲弊と、クラブチームでの高い年俸が代表でのパフォーマンスの質を下げているとはよく言われる話しです。

わたしが現地観戦した貴重な2002年のワールドカップの最初の試合、ドイツ対アメリカもそんな話を裏付ける内容だったのではと思います。
アメリカ相手に次のワールドカップ開催国が、こんなにがちがちに守っていていいのかなという風に見えました。

それでもゴール裏で観戦していたせいで、ドイツが攻め込んでくるときの迫力は凄まじいものを感じました。
特にフリーキックの時ゴール前になだれ込んでくる長身選手の一団はゴールを予感させるものです。
試合内容はすっかり忘れてしまいましたが、この迫力とまわりにいたアメリカ人サポーターの悲鳴は記憶に焼き付いて離れません。

結局ワールドカップを楽しむとはそういうことなのかも知れません。
テレビの前では誰もが解説者になって評価しようとしますが、現地観戦はサッカーイベントと旅行の融合です。
その時の状態がいろいろな条件をともなって、ひとつの記憶に結晶すれば、じゅうぶんということでしょう。、

会場は、蔚山という町で宿のある釜山まで汽車で戻らなければなりませんでした。
スタジアムまでは送迎バスがありましたが、帰りのバスが見当たりません。
みなタクシーに殺到する状態で、駅までもどる手段が見つからず、列車の時間に間に合うのかかなり不安になります。

するとウルグアイから来たという親父さんが我々に話しかけてきました。
彼も同様に釜山に戻るタクシーを捕まえたいのだが、うまくいかないとのことです。
そして、彼のロンリープラネット・サバイバルキット韓国というバックパッカー向けガイドブックに、韓国でタクシーを捕まえにくい時は、指を2本出してダブルと言えば料金2倍出すからという意味だし、それでダメなら3本でトリプルと言うとたいがい捕まえられると書いてあるということでした。
我々3人なのだから、トリプルでシェアしてタクシー捕まえようとの提案でした。

果たして、タクシーに向かって3本指で合図すると、ピタッと停まってくれました。
我々はどうにか終電の時間に間に合うことができ、ホッと胸をなでおろしました。
しかし、今度は待てど暮らせど列車が出発しません。
情報収集していたオランダ人が言うには、まだ相当数の人がスタジアムから移動できずにいるため終電が発車できないということのようです。

結局、30分遅れ程度で出発してくれたのですが、これは付近の韓国人によれば、この終電の後にさらに臨時の終電を出すことに決めたからとのことでした。
これらの話に確証はありませんが、なんとなく韓国らしい話で真実味があるが、日本だつたら絶対にありえないなどとその場で知り合った人々でうなづきあったのを覚えています。
試合の内容は、ぜんぜん覚えていないのですが。


今日の作例は、ワールドカップとまったく関係ありません。
学生のカメラサークルの活動のようなものに出くわしたので、少し見物していました。
すると男性がおもむろに着にぶらさがるポーズをとり、仲間たちはそれをいろいろな角度から撮り始めました。
まったくわけが分かりませんでしたが、これなんかも御苑の他の写真内容を忘れても、あれはなんだったのだろうかと長らく記憶させる出来事に思えました。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2010/06/23 Wed

因為找不到

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
御苑散歩には、レンズを2本持って行きました。
1本は標準の50mmですが、もう1本はふだんなかなか使わない望遠レンズです。
それでも、この Dallmeyer London とだけ書かれてレンズ名称の刻印のない、この古いブラスレンズはお気に入りなので、こういう機会に積極的に使いたいと思います。

初めて使用したときも書きましたが、このレンズは kinoplasmat さんのホームページに触発されて入手した経緯があります(http://oldlens.com/dallmeyer2638.html)。
1861年製のたいへん古い真鍮製レンズの作例が出ているのですが、いずれも kinoplasmat さんの感性とマッチした素晴らしい作品になっています。

真鍮の輝きが美しい鏡胴で、わたしも欲しいと思ってネット検索したところ、シリアル番号が44番しか違わない同じようなレンズをいきなり入手してしまいました。
ただし焦点距離は114mmと少々短かったため、MSオプティカルでライカマウント化してもらいます。
知りうる限りライカ距離計連動最古のレンズとなりました。

日曜からの作例で、発色がおかしいと指摘をいただきました。
確かにみずみずしい新緑の中での撮影だったのに、葉は枯れかけたような色になっていますし、女性の肌が青みがかって見えます。

カラーの登場するずっと以前の古いレンズだからかと思われがちですが、そんなことはありません。
ペッツパール・タイプの色ヌケ抜群のレンズです。
現代のレンズと変わらない発色をしてくれます。
ただ、露出値がアンダー目になると濁ったような色になりますし、オーバーだと白が青っぽく出てしまうようです。
デリケートなレンズのようです。

今回の発色の問題は、カメラに起因するもの、いえわたしのミスが原因でした。
例のUV/IRフィルターという赤く反射するフィルターを外付けしないと、色が転んでしまうという問題です。
レンズには43.5mmというフィルターねじが切ってあって、これに合致するUV/IRはありませんが、43.5→55ステップアップリングで55mmフィルターを付けて対応できます。

ところが、今回55mmのUV/IRフィルターが見つからなかったのです。
あまり使うサイズでないので、フィルターケースに入っていないといけないのですが。
仕方なしにフィルターなしで撮ったのが、これらの作例です。
やはり、何としてもフィルターを見つけて、御苑の美しい緑の発色を楽しんでいただきたかったと思うと残念です。

そのフィルターは、帰宅後、思わぬところから見つかりました。
もう1本持参していた50mmレンズの方に付いていたのです。
撮影結果の発色にがっかりしましたし、もうボケが始まりかけているのかとも思えて、ショックを隠せませんでした。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(1) | 2010/06/22 Tue

我的世界杯的故事

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
2002年のワールドカップ日韓大会は、わたしにとって生でワールドカップの試合を見る唯一のチャンスでした。
しかし、どんなにしょぼいカードも、日本開催の試合は入手困難です。
残る道は、韓国で開催される試合を見に行くことでしたが、これは案外あっさりとチケットが取れてしまいました。

土日絡みでなるべく面白いカードを2試合とすると、ベスト16の2試合です。
順当にいけば、ドイツ-イタリア戦とスペイン-ポルトガル戦というヨーロッパの強豪を4つも見れる、最高の組み合わせのはずでした。

しかし、イタリアもポルトガルも、なんと地元韓国の前に屈します。
イタリアとの試合はよく覚えていないものの、延長にバッジョが疲労から倒れたように見えたところがシミュレーションを取られて退場、その後イタリアのクラブチームに所属していたアン・ジョンハン(だったか?)が決勝ゴールを決めて、激怒した所属チームの会長に解雇されたのだったと記憶しています。

一方のポルトガルは、激しい雨とそれにも増して激しい韓国のあたりにポルトガル選手がいらいらして、ついにジョアン・ピントが韓国選手を蹴っ飛ばして退場し、試合も完敗してしまったのだと思います。
当時、ルイ・コスタやフィーゴらの黄金の中盤を擁したポルトガルには、その少し前に旅していて、まさにリスボアの町でペンフィカのスター選手だったピントの活躍を見たばかりでしたので、これにはがっかりしました。

さらに韓国は、スペインまでもPK戦で下すのですが、それがわたしの生で見た最後のワールドカップです。
今日の話は韓国ではなく、その韓国にぼこぼこにされたポルトガルです。
たったいま北朝鮮と対戦して7-0とワールドカップではちょっと考えられないような大差で圧勝しました。

ポルトガルは、8年前の恨みを同じ民族である北朝鮮にぶつけたのでしょうか。
あるいは、先般の潜水艦撃沈とか数々の同国の悪事に対する怒りがこの結果に結び付いたのか。
いや、単にポルトガルは次戦ブラジルに敗れた場合、北朝鮮に勝利する可能性が高いコートジボアールと1勝1敗1分で並んで得失点差で決勝ラウンド進出が決まる可能性があるので、大量得点を狙ったに過ぎません。
恐らくそういう状況でなければ、3点目が入ったところあたりで、力を落としてここまで大差にならなかったことが予想されます。

オーストラリア0-4ドイツ、韓国1-4アルゼンチン、北朝鮮0-7ポルトガルとアジア勢の大量失点が目立ちますが、日本もやられないよう祈るばかりです。
それとは別に、国辱ものだと怒り心頭の政府に帰国後強制労働所送りにさせられないか、こちらの方こそ祈らないではいられません。
サッカーと政治はまったく関係ないと言っていた選手がいましたが、この国ではそんなことは関係ないのです。


さて、惰眠をむさぼるというタイトルのシリーズがボツになったので、動く人を撮らなくてはいけなくなりました。
ちょうどバラ園のところに、素敵な女性がいたので斜め後ろから失礼します。
先日、液晶を見ながらのデジタル撮影はいかんと書いたばかりですが、そんなデジタル撮影する人ばかりの中で、ファインダーを覗いてしっかりフレーミングしている若い女性というのが印象的だったのです。
ちょっとホールディングは気になってしまいますが。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(1) | 2010/06/21 Mon

戴着帽子睡覚

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
昨日までの中野と前後してしまいますが、先々週の日曜日にひとり新宿御苑方面を歩いた写真を今週はアップする予定です。
新宿に用事があって出掛けたおりに、天気もよかったので御苑まで足を延ばしてみた時のものです。

当日は、ラッキーなことが2つありました。
ひとつは、新宿御苑ではエコ週間と銘打っていて、入場無料だったことです。
200円がタダというのは、ふだん職場で150円の販売機を避けて、少し先の140円のドリンクを買いに行くせこいわたしにとっては、思わぬ贈り物でした。
無料のせいか、ずいぶん入場者が多いという印象でしたが、広い御苑ですから、まあ大したことではありません。

もうひとつのラッキーについては、後日書くことにします。
200円が無料で大喜びしているくらいですから、もうひとつだってそれほどの幸運ではないことはご想像のとおりではありますが。

東京はすでに梅雨入りしたにもかかわらず、毎日30度近い暑い日が続いていますが、先々週の日曜は間もなく初夏を迎えるというさわやかな気候でした。
暑くはないので散歩には好適でしたし、逆に昼寝する人も多く、全体に緩い空気がいい気分を誘います。

それにしても、その昼寝中の人のなんと多いことか。
ベンチで芝生でうたた寝する人がこれだけいると、近くの工場から眠り誘う薬の成分が風に乗って漂っているのではと自分も寝てしまわないよう気を引き締めてしまうほどです。
日本人は、疲れているのですね。

そこで思いついたのが、睡眠中の人たちばかりをテーマに1週間ブログを書いてみようという企画でした。
開放的な空間では、皆さんそれぞれかなり個性的なスタイルでお休み態勢に入っていますので、じゅうぶんにいけるアイディアと思われました。
しかし、これは何人目かを撮っているときに、こういう撮影ばかりしているのを咎められれば、あきらかに怪しい人物とみなされて警察のお世話になる可能性をはらんでいると気付きました。
疑いをもたれる前に、断念せざるを得ません。

そういうわけで、作例は、幻に終わった企画第1号のモデルの方です。
昼寝中は、帽子をずらして顔を覆うようにするのが正しい睡眠法かと思っていたのですが、膝小僧に帽子をかぶせるというのが個性の主張のように感ぜられます。
一瞬、左右の足が、愛を語る男性とうつむきながらそれを聞く女性の姿のようにも見えたのでした。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(1) | 2010/06/20 Sun

摩羯座的女人

M8/Retro-Lumax 35mmF3.5
ワールドカップが始まって早くも1週間がたちました。
開催前、マスコミはこぞって日本国内では盛り上がってないと、マスコミ自体がそんな報道に盛り上がっていましたが、日本が緒戦に勝利したことで今度は盛り上がりが強調されています。
こういう右から左へみんなが一斉に反転するような報道姿勢は、社会主義の報道規制にもにてちょっと薄気味悪い気がしてしまいます。

今日の日本対オランダ戦のキックオフは夜8時半からでしたが、昼間から某民放が5時間スペシャルを組み、某公営衛星放送が一挙10時間放送で対抗します。
なんでここまでやるのか不思議です。
日本対オランダよりも、この両局のバトルの方が内容が低次元とはいえ、白熱していたかも知れません。

ここまでに、スペイン、フランス、ドイツと欧州の大国が立て続けに敗北していたので、よもやオランダもとの期待があったかも知れません。
しかし忘れてはいけないのは、日本がカメルーンに勝利した試合こそ番狂わせであって、それがそうそう続くということはないということです。

それでもサッカーは1点が遠いスポーツで、実力差が大きくてもラグビーでつくような大差になることは案外少ないものです。
一方的な内容でも引き分けるケースは多いですし、逆にワンチャンスをものにして勝ってしまうという怖さすらあって、まさに日本はそうやってカメルーンをくだしたのです。

それでも負ければ敗因というものがあるはずと、各国のマスコミは躍起になるのは面白いです。
スペインは、前監督のアラゴネスが前半の消極的な布陣を批判しましたが、マスコミでは失点時の中途半端な飛び出しをしたカシーリャスが批判の的になり、さらには彼の恋人までもがリポーターとして試合前後に接近したことが敗因に繋がっていると叩かれる始末です。

フランスは、すべてドメネク監督が批判を一身に負っているようです。
世界屈指のタレントを擁しながらそれをまったく機能されられないのですから止むを得ないでしょう。
こんなことなら、欧州予選のプレーオフでアンリがボールを手で止めた直後に決勝ゴールが決まったことから、ハンドを認めて出場辞退すればよかったと国民から批判されそうで心配になります。

ドイツでは、笛を吹いたレフリーに批判が集まっています。
もともとセルビア寄りのジャッジングだったうえに、イエローカードを連発してエース・クローゼを退場に追いやったからです。
セルビア贔屓だったかはともかく、少なくともカードを出す基準が他のレフリーよりは緩かったのは間違いないと思われます。
そのレフリーは、スペイン人だったのですが、あるいはドイツが勝ち抜けると第3戦で選手を休ませるなど楽になるし、イエローカードを多めに出せば試合が進むにつれて欠場する選手が出てくる可能性が高まることから、スペインを初優勝させたいという気持ちがはたらいたからとも詮索可能です。

日本の敗戦も、考えればいくつか原因を見出すことはできるでしょう。
しかし、国内では、優勝候補のオランダが強過ぎたからだ、日本はよくやったと報道されて終わるのでしょう。
欧州や南米であれば、失点になったキーパーのミスが敗因と大騒ぎになった可能性が高いと思われます。
正面に飛んできたボールを逸らしたからですが、日本でならそういう議論になっても、いやボールがブレたからであれは仕方がないとなるのかなと思います。
第一、その後決定的なシーンをふたつも防いだではないかとも。

いずれにしても、次のデンマーク戦でベスト16進出を決めれば、不問に付されるので頑張るしかないということでしょう。
ある程度仕掛けてくるカメルーンやオランダには機能したディフェンシブな布陣ですが、より引いて戦うデンマークには同じ戦い方は厳しいでしょう。
いよいよ岡田監督の是非が問われる段階が来たと言えそうです。


さて、作例は、散策会@中野の最終回です。
飲み屋さんのようなお店からたくきさんの女の子が出てきて駅方面に向かったのですが、それを店のママのような女性が見送っています。
すると角に差しかかった女性たちが一斉にママに向かって、ありがとう、さよならと手を振り出しました。

店を借りて習い事でもしていたのか、会合の会場として使っていたのか状況は分かりませんが、一斉に手を振るシーンはドラマチックな迫力がありました。
一瞬を逃さずスナップといきたかったのですが、残念、前方からの自転車と後方からの歩行者に阻まれるかたちで構図が決まりませんでした。
本田がシュートしようとしたところマタイセンとファン・ブロンクホルストにブロックされた、ような写真です。
【M8/Retro-Lumax 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Corfield Retro-Lumax 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/06/19 Sat

不是Lumix,就是Lumax

M8/Retro-Lumax 35mmF3.5
レトロ・ルマックスなんて名前に誰も関心を示さないと思ったのですが、すかさず反応がありましたので、少しご紹介することにしましょう。
ただし、レンズ情報があまりに少なく、ほとんどがご本人には無許可掲載の受け売りとさせていただくことを容赦ください。

メーカー名がコーフィールドなっていることで察せられるように、レトロ・ルマックスはぺりフレックス用のレンズです。
ぺりフレックスは潜望鏡ライカの異名を持つライカ・コピー機でずが、距離計ではなくペリスコープと呼ばれる潜望鏡様の原始的なピント合わせを使うため、レンズにも距離計に連動するメカニズムがありません。
マウントやフランジバックはライカと同規格ですので、ライカで使用可能ですが、目測による距離合わせになります。

距離計とは関係ないということは、最短撮影距離の制限がなくなるということでもあります。
鏡胴には「1.5」が最短撮影距離として目盛られていますが、これはメートルではなくフィートで、最短撮影距離は40センチほどとなります。
実際には「1.5」の目盛よりさらにヘリコイド半回転も繰り出せますので、最短撮影距離はなんと約25センチになるようです。
こんなに寄れるライカ・マウント・レンズはちょっとないでしょう。

実は手許にもう1本ぺりフレックス用レンズがあります。
Lumax 50mmF1.9 という大口径とも言える標準レンズです。
こちらには、マウント部に"lens made in germany"," PAT. 575076 LIC'D BY WRAY"の表記がありました。
レイのライセンスによる特許番号575076?
しかもF1.9といえば、思い当たるレンズがあります。

さっそくキングスレークの「写真レンズの歴史」の該当ページを見たら、原註に1944年と括弧がついて同じ特許番号が出ていました。
そうこれは、レイのC.G.ワインが設計した名玉シネ・ユニライトに他なりません。
4群6枚のガウスタイプの後群の貼り合わせを分割して、その4枚目を深いメニスカスにすることで、5枚目の凸レンズを省略してしまった優れたレンズと解説されています。

ルマックスはドイツ製となっていますが、製造はミュンヘンのエナ社で行われていたようです。
エナにはM42の有名レンズとして、エナリート50mmF1.9がありますが、恐らくこのレンズも戦後の特許切れかコーフィールドにレンズを供給する見返りかで、シネ・ユニライトをエナリート名で製造していたのではと想像されます。

そうだとすれば、レイフレックスという一眼レフカメラ用の標準レンズユニライト50mmF2くらいではと思われていたユニライト型のスティルカメラ用レンズにエナリートが加わることになります。
たしか以前に ksmt さんがエナリートを使っていたかと思いサイトを確認しました。
確かに使われてはいましたが、借りものだということで分解することはもちろん、残念ながらレンズの構成についても言及されていないようでした。

レイフレックスもぺりフレックスも、今のようなペンタプリズムとミラーを持つ一眼レフが登場する以前の、プリミティブな一眼レフとしてイギリスを代表するクラシックカメラのような扱いでともに語られることが多くあります。
しかし、その標準レンズまでが、兄弟のように同じ構成であったというのは新たな発見でした。

だいぶ話が逸れてしまいましたが、ここで使用したレトロ・ルマックスには"Germany"の表記がどこにもない代わりに"BRITAIN"の刻印が誇らしげに見られます。
コーフィールドにはエナとともに British Optical Lens Co.がレンズを供給していたと言われているので、このレンズはイギリス製と見なしてよさそうです。

レンズ構成は4群4枚のレトロフォーカスで、ワイド・ルマックスなどのネーミングよりも構成が想像できるところがよいです。
製造年は分かりませんが、本家アンジェニューのレトロフォーカス35mmF2.5などよりずっと後の製造なのでしょう、レンズの暗さを割り引いて判断しても、非常にシャープでコントラストも高い優れたレンズだということが分かります。
根拠もなく、英国製だからなのだろうと英国レンズファンとしての身贔屓もしたくなります。


作例は、途中発見した写真機居酒屋なるお店ですが、わたしが無知なだけでメンバーのほとんどが知っていました。
最初「のとんき」いや「とのきん」かと悩みましたが、上の看板には「Tokinon 50/1.4」とあってレンズ名かとやっと気付く始末です。
残念ながら日曜はお休みだそうで、一杯やるということもかないませんでした。

ホームページを見ると、名前のとおりレンズ好きが集まる楽しいお店のようです。
わたしのまわりにも何人か常連がいるのかもしれませんね、どなたかお店の情報教えてください。
わたしも、上述したルマックスの話を引っ提げて、ぜひ一度お邪魔してみたいと思っています。
【M8/Retro-Lumax 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Corfield Retro-Lumax 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/06/18 Fri

敬礼姿勢

M8/Retro-Lumax 35mmF3.5
二眼レフは、お辞儀するような独特の姿勢で撮影するため、被写体から緊張感を解いて自然な表情が撮れる、とはよく聞くことです。
モデルさんは撮影者ではなくレンズに見つめられるのだから緊張から免れることはない、とわたしなどは思いたいですが、お辞儀姿勢で撮るというのも日本的奥ゆかしさが発揮されるということかも知れません。

では、いまどきの液晶モニターを見ながらのデジタル撮影はどうなのでしょう。
カメラのファインダーから目が離れるので、被写体はレンズと目の双方に見られているようになるので、より緊張感が増すのではないでしょうか。
最悪の撮影法かも、ですね。

ところで散策会の途中、思わぬハプニングがありました。
メンバーの方のローライが故障してしまったのです。
他のメンバーの方でメカニズムに通じている方がいますので、さっそく診断しますが、やはり応急処置等でどうにかなるという状況ではないようです。

ではどうしたか。
ここは中野ですから、有名中古カメラ店もあります。
さすがにローライフレックスをということはなかったのですが、マミヤフレックスを購入して、散策をその後も続けられました。
すばらしい作品を撮られることで誰もが一目置かれる方でしたが、さすが集中して撮影されるとあって、カメラを現地調達されたのには敬服しました。

作例は、そのメンバーではなく、今回、初参戦のゲストの方です。
カメラは二眼レフではなく、クラシックなウェストレベルファインダーが付いた中判一眼レフです。
レンズがかなり特徴があるものですが、これは謎のレンズということで詳細はヴェールに包まれたままです。

作例の被写体も、ヴェールならぬ覆いに囲われていて謎のようですが、中にはたくさんのネコがくつろいでいましたので、きっとそれらを撮っていたのだろうと思われます。
冒頭、お辞儀する姿勢が緊張を解くと書きましたが、それはネコにも通用するものなのでしょうか。
こう書くことを許していただけるなら、シチュエーション次第でちょっと覗きをしているような、見ている方に緊張を強いる姿勢に見えてしまいました。
【M8/Retro-Lumax 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Corfield Retro-Lumax 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/06/17 Thu

三位一体

M8/Retro-Lumax 35mmF3.5
散策会は、中野の商店街をゆっくりと進んでいき新井薬師に到着しました。
まっすぐ歩いて15分程度の距離だと思いますが、寄り道続きでその6倍の1時間半かかっての到着です。
究極のスローライフというか、スローフォトという感じです。

散策会を主宰するT氏は語ります。
もともと厳密には散策コースを決めているわけではありません。
10時に集合して歩き始めますが、昼までは光線のいい側を選んで進んでいき、太陽が真上にのぼったあたりで昼食タイムをとります。

いくつかポイントを決めてはいますが、つねに太陽の位置を意識しながら光線が生きる方向を目指して、その中での出合いを大切にしていくということでしょう。
そこでまたよいものを見つけ出す名人がいます。
おお、良いですねと言って、しばし集中撮影タイムになったりするのです。

今回は、新井薬師でお昼近くになったため、駅方面に少し折り返して食事をとりました。
さあ、午後はどこへ向かうかと思えば、来た時に面白いところがあったのでと商店街まで一気にもどり、1時過ぎにカフェタイムとなつてしまいました。
今回、話題豊富なゲストが見えていたこともあって、カフェタイムは長時間にわたり、結局ここで解散となってしまいました。
これはあきらかに撮影時間より、おしゃべり時間や買い物時間の方が長い、珍しい散策会です。

何人かは、商店街付近に再々度戻ります。
マンションに囲まれた一角に古くて味のある飲み屋さんがまだ頑張っていますが、一方立ち退いてしまつたスペースが白い布で覆われていて、シュールな空間が生まれていたのです。

ここでは、「清酒大関」(野球賭博とは関係ないでしょう)、「once upon a time」、「おでんとお酒の研究会」がひとつの看板の中でそれぞれ主張しています。
そのため、相互に関連付かないところが気に入りました。
わたしもいちおう中将姫光学研究所などと名乗っているので、研究者同士の仲間意識が働いたということもあります。
この空間があまりにすばらしく、猫がいっぱいいたので、案外この素晴らしい看板に気付いた人はいなかったのではないかと思っています。
【M8/Retro-Lumax 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Corfield Retro-Lumax 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/06/16 Wed

什么都好吃

M8/Retro-Lumax 35mmF3.5
中野の商店街をひたすら歩きましたが、なかなか写真を撮るチャンスは巡って来ません。
まったく何もないわけではありませんし、むしろ目に新鮮な飲食店やら、たまに通るコスプレに近いいでたちの若い人などはぜひ撮らせていただきたいくらいです。

そういかなかった理由のひとつは、50mmレンズを付けていたことがあげられます。
商店街の路地はかなりの細さで、散策会のメンバーがある程度分散しているとはいえ、縦に並んだようなかっこうでは人物スナップや人物を点景的に取り込んだ撮影は難しいです。
広角35mmも持参していましたが、最初に付けていたレンズを数枚撮っただけで替えてしまうには抵抗がありました。

しかし、そんなことを言っていては、いつまでたっても広角レンズの出番はなくなります。
とうとう50mmは見限って、35mmに交換しました。
しかし、この35mmは普通のライカレンズではありません。
そのちょっとした特徴を活かして、少しだけ普段ではできないことをやってみたいと思います。

さて、中野の商店街は個性的な店が並んでいましたが、飲食店街を抜けると小売店の中にもそういった存在が際立ってきます。
せんべい、たこ焼き、韓国のくるみクッキー、てんぷら、そば等々、メンバーは撮影を忘れて買い物に奔走しているようです。

わけてもこの製麺所はいちばん人気で、とうとうメンバーだけで行列ができてしまいました。
見るからに腰のしっかりした麺類が、5種類も並んでいてこれは悩みそうです。
わたしは購入しませんでしたが、お買い上げの皆さんには、ぜひその感想をお聞かせいただきたいものです。

レンズは、ライカマウントですが、距離計に連動しません。
つまり目測になるのですが、距離表示がフィートで、距離とメートル換算の二重の手間がかかり、W杯観戦で寝不足になったぼんやり頭には正直かなり面倒です。

ただ、デジタルですからトライ&エラーが効くので気が楽ですし、F3.5というのも普段F2とかF1.5の50mmレンズを使っている習慣から、どうにかなるだろうという根拠なき自信を起こさせます。

作例は、60センチほどの距離からの目測撮影ですが、おおむね一発で決められたとにんまりです。
前方の人物も(というよりもこころ優しいメンバーの皆さんと書くべきでした)、ややがさついた感じはありますが、優秀な50mmF2開放で撮ったような芯のしっかりしたボケ味です。
まずは作戦成功と言いたいですが、撮影に少し時間がかかり過ぎているのであまり自慢になりません。
【M8/Retro-Lumax 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Corfield Retro-Lumax 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/06/15 Tue

中野的木桶

M8/Planar 50mmF2
昨日、日曜は、東京では梅雨前最後の好天気、かつ気温もそれほど高くならないという、絶好の撮影日和です。
メンバーの中に、そうとうな晴れ男(女?)がいるということでしょう。
そういうわけで、月例の散策会があって、ゲストも多数参加で中野近辺を歩いてきましたので、そのときの写真を何枚か出させていただきます。

中野は新宿から近いので小田急沿線在住のわたしにはアクセス便利ですが、なにがあるのかがよく分かりません。
サンプラザがありますが、スカイツリーのようには撮影の対象になるものか疑問です。
あと、お宅の殿堂みたいなビルもあったはずですが、紳士淑女の散策の対象になるはずがありません。
他に何かあるのでしょうか、あるからこそ中野になったと思いますのでこれは楽しみにすることにしましょう。

しかし、毎度いつものことですが、この散策会は撮影よりもおしゃべりが、というよりいつもわたしは聞き役ですが、メインとなってなかなか写真を撮っている暇がなかったりします。
しかし、これはよくよく考えてみると、多くのメンバーがローライクラブにも所属しているので、ロールフィルム1本ないしは2本を1日かけて撮る感覚だとすれば、皆さんこのくらいのおしゃべり時間でちょうどよいのかも知れません。

ここぞという時に集中して撮影、それ以外の時間は和気あいあいとおしゃべりを楽しむ。
デジタルだと枚数に制限がありませんので、しゃかりきになって何枚も何枚も撮影しようとしがちですが、ここは中判カメラを扱う気持ちでやろうよと教わるような気持ちです。

さて、中野駅の北口からいかにもごみごみしたような小道を進んでいくと飲食店街が広がっていました。
駅前から飲食店がたくさんあるのは当たり前ですが、狭い路地に小店が延々と続くさまは、早くも独特の雰囲気を感じます。
勝手に想像するならば、もともとヤミ市として始まって、それぞれの個人事業主が小さな店舗を持つようになり、やがてそれが先へ広がるだけではなく2階3階へと立体的かつ複雑に展開していったが、ある時点でその成長が止まってしまった…。

そのときのままの店なのか、中野の歴史を意識した小道具を演出させただけの店なのか、ちょうど撮影しやすいところで最初の1枚のシャッターを切りました。
初夏の日差しを浴びた道具たちがいい表情でしたが、逆光もものともしないレンズならではの表現をしてくれました。
もう少しタイミングを遅らせて、黒装束の女性を中央に置きたかったですが。
【M8/Planar 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Planar 50mmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2010/06/14 Mon

紅茶好喝的茶屋

M8/Fujinon 3.5cmF2
もうそろそろ引き返さなくてはと思いますが、もうちょっとだけと先に進んでしまいます。
龍湖古塞には何かがありそうで、この先に被写体が潜んでるかも、もうすこしだけ前進、などとずるずると足が前に出てしまうのです。

このままではいかんなあ、と思います。
若き日の沢木耕太郎さんが長いバスの旅をしていたときヨーロッパで旅を終えるきっかけを求めたように、わたしも古塞を引き返す何かを見つけなければなりません。

確か沢木さんは、ポルトガルの西のはずれ、サグレス岬まで辿り着いて宿をとり、朝目覚めてみると宿は大西洋に面していることに気付いたのでした。
まさに日本から香港を起点についにユーラシアの最西端に着いたことを悟った瞬間でした。

そして、その宿は紅茶を売りにした喫茶店も併設していて、朝食時に美味しい紅茶を飲みながらある符号に気付いたのです。
茶を意味する単語は、日本語、中国語の茶をはじめ、インドのチャイなどアルファベットの「C」で始まりますが、それがどこかから(肝心なことを忘れていてすみません)英語のTeaやフランス語のTheのように「T」で始まる国々を歩いていることに気付きます。
しかし、ポルトガル語では何というか覚えていないのですが(またか!)、「C」ではじまる言葉に戻るのです。

「C」で始まった旅が延々と「T」の地域を歩き、そしてまた「C」になった…。
これも旅を終わらせるひとつの要因になったのです(そうだったと記憶しているのですが、間違いだったら申し訳ありません)。

昨日お茶屋さんの話題を出しましたが、このとき「深夜特急」を思い出していれば、あるいは古塞を立ち去る絶好の機会になつていたかも知れません。
しかし、実際にはそうはいきませんでした。
まだ目標を見出せないまま、先に進むしかなかったのです。

そんな中、わたしにはチャンスは訪れました。
「禮門」の前に腰掛けて待ち構えていた、レモン型の顔をしたおじいさんこそそれでした。

たぶん、雨は降るし、仲間のじいさんは亡くなっちまうしと、ぼんやりたばこをくゆらせていたところだったのではと想像します。
それがカメラをもったわたしが通った瞬間、顔色を変えて話しかけてきたのです。
潮州語でしょうか、正気なんと言っているか分かりませんでしたが、破顔一笑、わたしの写真を撮ってもいいかの問いに、なんとも言えない好い表情を返してくれたのです。

これこそわたしが待ち望んだ、サグレス岬であり、紅茶の美味しい喫茶店でした。

帰りは、雨脚が強くなり、大通りまでのバイクタクシーがなかなか現れずに難儀しました。
それだからこそ、ずぶぬれで帰るきっかけもつかめず、ひたすら何かを求めて歩き続ける自分を想像して、禮門のおじいさんへの感謝の気持ちを強くしたのでした。
【M8/Fujinon 3.5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon 3.5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2010/06/13 Sun

茶商説

M8/Fujinon 3.5cmF2
さらに歩いていると雨が激しくなってきました。
そういえばお昼もまだでしたし、軒先を雨を避けながら歩いてすれ違った老人に食事ができるところはないか聞いてみたのですが、龍湖古塞の中にはないようでした。
古塞に来て何をしたというわけでもありませんが、もう帰るつもりになっていました。

生活感がいっぱいの村で、葬式のためかひと気がないのがゴーストタウンめいていて、村から早く出て行けと言われているかのようです。
夜には戻って深圳の用事があったということもあります。
とにかく、広い古塞をくまなく見ようとするには時間がありませんし、てきとうなところまで直進したら、また違う道を戻ってそのまま帰るということにしました。

作例の写真ですが、古塞のお茶屋さんです。
中国では普通に真空パックとかカンに入ったお茶も売られていますが、茶葉を確認したり時には試飲したりして買うために、計り売りが主流です。
市場などでは、分銅をずらして計る天秤秤をよく見ますが、逆に店舗なのに上皿天秤秤というのがすごいですね(この秤の名前が思い出せなくて辞書で調べてしまいました)。

お茶はテーブルの上に少し見えていましたが、そんなに種類は多くなさそうです。
それよりも人が不在で、店を開けっぱなしで葬式にいってしまったのか。
ふつうに考えれば中国では考えられないことですが、外から人がほとんど来ないから構わないということでしょうか。

潮州の山間部の方では、主に烏龍茶系のお茶の栽培は盛んなようです。
昨日の夜、宿の少女に淹れてもらったお茶もそんなひとつで、名前は失念しましたが、なにか風雅な名前のお茶でした。
そして潮州から東へちょっと行けば、烏龍茶どころの福建省になります。

そういえば、思い出すことがあります。
もう何年も前、2回目くらいに中国へ行ったとき、深圳で烏龍茶を買い求めた時のことです。
その店主が潮州人で、何種類ものお茶を試飲しながら、いろいろなことをレクチャーしてくれました。

まだ、中国語がぜんぜんしゃべれなかった頃です。
細かく味や香りの違いを説明してくれるのですが、意味がまったく分からなくて困り、紙に単語を記したりしてもらいました。
詳しくは忘れましたが、「清香」とか「濃香」などの文字を見ながら、うなづきつつ1杯1杯確認していったような気がします。

そして最後に彼が書いたのが、われわれ潮州人とあなたがた日本人が茶商にはいちばん向いている、茶の微妙な味わいは他の人たちには分からないから、というようなことでした。
潮州人がお茶を日常的に愛飲するのはお茶の味が分かるからで、それは日本人も同じである、そう彼は言ってお茶を梱包してくれたのです。
ただ、その時使用したのは天秤ではなく、デジタルで表示される電子秤だったはずでした。
【M8/Fujinon 3.5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon 3.5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2010/06/12 Sat

有点俯瞰

M8/Fujinon 3.5cmF2
中国の古い町並みは、瓦屋根の連なりが見事ということがよくあります。
チャンスがあれば高台にのぼって見下ろすと、個々の建築と町並みの形成の融合美を堪能できるのです。

龍湖古塞のすぐわきには韓江という大河が流れていて、その土手が高く盛り上がっているのが、この辺一帯ではもつとも高い場所のようです。
さっそく駆け上がってみると、瓦屋根の連なりを愉しむまでの高さこそありませんでしたが、龍湖古塞がいかに広いかが確認できます。

もともとこの地に人が生活を始めるようになって1000年ほど、古鎮としての骨格ができあがってから200年ほどが経っているようですが、当時としては大きな町だったのではと感じられます。
根拠があるわけではありませんが、韓江の水運を利用した交易で栄えたのかも知れません。

しかし、建築は古びてこそいるものの、じゅうぶんな古建築というものは見つかりません。
寺廟とそのまわりの建物は古いようですが、明代はおろか清代の建築も数えるほどしかないようです。
昨日、戦前の雰囲気色濃くと書きましたが、まさにその当時の建築が主流ということなのかも知れません。

ここでは、レンズのことに言及しないといけません。
今回、広角として持ち出したのはフジノン3.5cmF2で、これは恐らく以前から好き嫌いの好みを分けていたレンズではなかったかと思います。

理由は、これも想像になりますが、35mmF2というスペックではズミクロンのそれも初代8枚構成のレンズが代名詞のように存在します。
これより明るい、ズミルックスF1.4、キヤノンF1.5、ズノーF1.7と言ったレンズたちは、性能に対して個性的という評価で愛用されてきています。

しかし、F2になるとなぜか初代ズミクロンを基準に同程度のシャープネスが求められ、それに伍する実力がないと性能の劣るレンズの烙印を押される傾向にあるようなのです。
キヤノン35mmF2が基準を満たした勝者のレンズであり、残念ながらフジノン35mmF2は敗者の地位に甘んじています。

前述のようにこのレンズを愛好する人も少なくないようです。
個性的レンズだということで言えばその理由はさまざまだと思いますが、わたし自身は周辺の弱さやシャープなようでいくぶんぼんやりした表現をすることが気になっているという
程度でした。

今回ピクセル等倍の絵を見て気付いたことがあります。
シネ・ヴェロスティグマットの後ということもあって、なかなかのシャープネスを感じていたのですが、これは拡大するとかなり解像度は低いことが分かりました。
シャープでありながら解像度が低いというのが、実に不思議でこのようなパターンは初めてでしたが、これがシャープなようでいくぶんぼんやりの説明に他なりません。

ともあれ、わたしのフジノンは鏡胴のメッキがあちこち剥がれた見た目に怪しい個体で、一見レンズ自体はキズやくもり、カビなどの問題のないオリジナル状態のようです。
しかし、調整の失敗などがあって、本来の調子が出ていない可能性は否定できません。

そんなことをあれこれ思いめぐらす梅雨前の週末の夜でしたが、たったいまワールドカップ南アフリカ大会が開幕しました。
最初のゲームからなかなか興味深い試合です。
4年振りに悩ましいひとつきを過ごさなくてはいけなくなりました。
【M8/Fujinon 3.5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon 3.5cmF2 | trackback(0) | comment(1) | 2010/06/11 Fri

性格相反的姐妹

M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5
龍湖古塞の門を入ると、そのひなびた町並みに早くも打たれました。
時が止まったかのような戦前の世界のようです。
しかし、困ったのは人気がほとんどないことです。
恐らく、葬式がまだ続いていて、どこかに村民みんな集まってしまったのではないかと思われました。

せっかくの古い商店の店構えも、これではラーメン博物館のつくりものの昔の街並みのように見えてしまい、わたしには面白くありません。
犬でも猫でも店番してたりとか、何かより生活感が出るようなものを求めてみますが、依然雨が降ったり止んだりの影響か歩くほどにうら寂しい空気が漂うようです。

そんな中で、広場のようなところに遊ぶ少女は貴重な被写体でした。
最初カメラを向けたときは逃げられましたが、撮る意思なしと見せかけてこっそりスナップです。
ねばった甲斐あってカメラは意識外の自然な表情になったかと思っています。

今回、この写真を採用したのは、kinoplasmat さんの最新の更新記事として、同様のレンズ、同様のスナップ作例があがっているからです(http://oldlens.com/raptar51mmf15.html)。
レンズの詳細は、kinoplasmat さんのサイトをご覧いただければと思いますが、Wollensac のほぼ同じスペックの約 2 inchF1.5 でありながら、まったく描写が違うことに驚かれるだろうと思います。

kinoplasmat さんの Raptar のピント面は、剃刀のようなシャープな切れ味で、鋭い表現を見せています。
わたしの Cine-Velostigmat の F8 と同様なのではないかと思いましたが、ボケ味は同傾向で同じ設計の可能性が見えてきます。
Raptar がシャープだと言いましたが、それ以上に解像力が高いだろうことも予測されます。
ディテールが恐ろしいまでにくっきりと出切っているからです。

ピント面だけ見れば、現代のレンズにこれだけの表現力を持つものもきっとあるでしょう。
しかし、こんなクセのあるボケ、つまりは収差が完全に残った状態の現代レンズはあり得ません。
これが無くなれば単に最新高性能レンズに化けてしまうわけで、そこまで行きつかないところでひとつの完成形を示しているところに、このレンズの良さが際立つのですし、オールドレンズを愛好する愉しみも同じところに見出せるのです。

掲載された31枚のスナップもたいへん魅力的です。
kinoplasmat さん独自の世界で、ロンドンの人々が実に表情豊かに捉えられています。
その手法のヒントは以前うかがったことがあるので、わたしも真似してみようと思っていますが、広角ならばまだしも 2inchF1.5 でやるには相当な熟練を要するはずです。
今はまだ、上の作例のように気配を殺しつつ一瞬に撮ってしまうという手法に頼らざるを得ません。

あらためて上述の kinoplasmat さんの写真を見てみると、スケートを10枚目の手をつないでスケートする少女では、レンズの驚異的な性能が出ていますし、7枚目の3人の女性や18枚目の人物配置の妙まで取り込まれた立体感あふれるものなど何度も繰り返し見たくなる傑作が目白押しです。
M8的発色が目立ってしまっているのが唯一残念ですが、わたしの目指すべき撮影の方向性に対するひとつの回答を教えていただきました。
【M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Cine-Velostigmat 2inchF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/06/10 Thu

汕頭潮州都有

M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5
咄嗟の判断でもうひとつの土楼に立ち寄ったものの、生活の内部を覗き見たような罪悪感を感じました。
すぐに切りあげて、再度、汕頭行のバスに乗り込みます。
汕頭に隣接した潮州にも、いくつか古鎮があるのは知っていましたが、道中購入した地図に汕頭から潮州へ向かう途中に龍湖古塞という有名な古鎮があることを確認できました。

今度のバスにも車掌がいて、行き先を聞いてきます。
またしても助かったと、まずは汕頭に行って、そのあと龍湖に行きたいと地図を示しました。
うまくバスなどを乗り継げるよう最適な場所で降ろしてもらうためです。
料金は15元。
100キロほどあるはずですがわずか200円以下ですから、日本の路線バスの初乗りとそう変わりません。

車掌がいて、運転手は雑事をする必要がないからでしょうか、来た時よりも30分近くも早く汕頭市内に入ったようでした。
大きな交差点を曲がったところで、車掌が龍湖に着いたと大声をあげています。
礼を言ってバスを降りながらここで潮州行きのバスを待てばいいのかと聞くと、いやここが龍湖だと言います。
えっ? と思ったものの半分バスを降りかけているので、確認がとれません。

すぐにバイクタクシーが寄って来たので、龍湖古塞へと頼みましたが、誰もそんなところは知らないと答えます。
地図を出してここなんだけどと、示したところで、バイタクが唖然としています。
理由を問うと、おまえが行こうとしているのは潮州の龍湖のようだが、ここは汕頭の龍湖でまったく違うところだと厳しい顔つきです。
今度はわたしが唖然とする順番でした。

そこまで行ってくれないか頼みましたが、遠すぎてイヤだし、そもそも龍湖古塞がどこにあるのか分からないと拒否されてしまいました。
ただ、汕頭方面へ行くクルマがある交差点まで行って、そこで乗り換えなさいと勧めてくれます。
ここではもはや交渉する気力もなく、言い値の10元で連れて行ってもらいましたが、純朴なバイタクのおやじさんはわたしの間違いに同情したのか、相当な距離を走りましたので、この10元は妥当な額に思われました。

交差点ではタクシーが客待ちしていて、龍湖までとバイタクの親父さんが説明してくれました。
50元だと言うので、高い40元と返すとあっさりOKでした。
これは失敗したかと少し後悔です(帰りは別のタクシーで30元)。
それでもタクシーで早く着ければ帳消しになるものの、これは確認しなかったわたしが悪いのですが、このタクシーが乗合タクシーで他に客をふたり拾ってまわり道したため、それなりに高いわりにあまり早くない中途半端な乗り物となってしまいました。

そうして到着した龍湖古塞でしたが、いきなりぶつかったのが奇妙な行列でした。
揃いの古びた服を着た人たちを先頭に何人もの人がぞろぞろと歩いています。
タクシーがやり過ごしたところで、わんわん泣く女性が見えてきてすべてを察しました。

葬列です。わんわん泣いているのは、たぶん家人とかではなく雇われたいわゆる泣き女でしょう。
何か書かれた紙を路上に撒きながら歩いている男性もいて、縁起がいいものではないことを忘れ、伝統的行事を目の当たりにできたことに少々感謝します。
人々の歩みに重々しさはなく、きっとピンピンコロリと大往生された方のお葬式だったのだろうと想像します。
【M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Cine-Velostigmat 2inchF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/06/09 Wed

還有別的土楼

M8/Fujinon 3.5cmF2
そば屋で呑気に待っていると、汕頭方面行のバスがやってくるのが見えました。
わたしが、三饒を発つ時間がやって来ました。
後部座席に座りこむと、ほどなくして1泊を過ごした町を後にします。

旅は時として不思議な感覚を喚起するものです。
遠くへ来れば来るほど、そこを立ち去る時、強い郷愁のような気持ちを感じることがあります。
あたかもその土地が、もう行ってしまうのかとわたしの腕をつかんで強く引いている気さえしました。
これはけっして嫌な気持ちではありませんし、この感覚があるからこそ、戻ってからもまた次の旅に出て行くということでしょう。

乗り合わせたバスは、来たときと違って車掌が乗車していて、座席をまわって行き先を尋ねながら料金を徴収しています。
これは絶好のチャンスでした。
じつは、昨日三饒へ向かうバスの車窓から土楼と思しき建物が見えたのです。
その直後の村の名をなんとなく覚えたので、そこまで行きたいと告げ、近くに土楼が見えたのでと付け加えました。

しかし、車掌はカタブツのような男で、土楼だったら三饒の道韻楼に行けばよい、途中に土楼なんてない、と聞く耳を持ちません。
少し押し問答になりましたが、結局、土楼が見えたら下車する、見つからなかったら汕頭まで乗車するからと少し折れる形で納得してもらいました。
自分としては、間違いなく遠くに土楼を見たつもりでしたが、もしかすると見間違いかも知れず、ひょっとすると夢か何かみていたのではと不安にさせる車掌の強気振りでした。

しかし、途中までずっと見覚えある風景が続いたので、自信が甦りました。
記憶していた村を過ぎると、果たして土楼と思しき巨大な建造物がどーんと現れて、車掌にほらほら土楼でしょうがと得意げに話しかけます。
完敗を認めた車掌ですが、あそこは見てもつまらん、見るなら道韻楼なのになどとぶつぶつ言いながらも運転手に停止を指示しました。

こんな具合だったので、もしかすると、これは一般に知られていない、訪れるものなき未発表土楼との期待が高まります。
ですが、結果を先に言えば、車掌の言ったあそこはつまらん、こそが正解でした。

門にはしっかりと玉田楼という銘がかかげてありましたが、大きさで言えば道韻楼の3分の2程度。
門をくぐると、穀物やら薪やらごみやらが雑然と置かれ、各戸にもトタンで継ぎ接ぎして増築したような跡があって、悲しいほどに雑然としていました。
老婆がひとり腰掛けていたのであいさつしましたが、返事がかえってきません。
あらためて全体に異様な雰囲気を感じます。

長居をするところではないな、そう感じてそうそうにバスを降りた街道まで戻りました。
ここは、遠巻きに外観だけを眺めるための土楼だったのだと思うことにしました。
【M8/Fujinon 3.5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon 3.5cmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2010/06/08 Tue

她的位子

M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5
世界遺産クラスの道韻楼ですが、見どころがすごくいっぱいかと言えば、村単位で古い建築が並んでいるような古鎮にはかないません。
土楼は非常に大きいですが、ひとつの建築物にすぎないですし、円形にかたちが整い過ぎているので変化に乏しいということもあります。
その見た目のインパクトとは別に、ブログで何枚も写真をあげるには少し厳しい気がします。

それに暗くなりかけてから到着しましたし、滞在中ずっと雨で撮影がだいぶ制限されたということもあります。
えー、もう終わっちゃうのと不満の声も聞こえてきそうですが、道韻楼の紹介は昨日で終了です。

昨日の女の子たちが自分の家に招いてくれましたので、また少し部屋の中を見学しています。
古い家具とか鍋が階段に5個も並んでいるところなど、おもしろいところがありますが、そんなのばかりずっと見ているわけにもしきません。
少しいっしょにテレビを見たあと、8時半を廻ったのを機に彼らに別れを告げました。
もしかしたら、この間に王さん夫妻が戻るのではと期待しましたが、結局これもかなわずじまいでした。

仮にすべてを見尽くしたとしても、こんなところまで来る機会は二度とないかも知れず、もっともっとのんびり滞在するという選択もありました。
せっかく子どもたちとも仲良くなったし、さすがに昼くらいまでいればお世話になった王さん夫妻とも再会できるでしょう。
しかし、朝食抜きでお腹が空いてきたのと、むしろ帰り道に別の古鎮に寄ってみたいという気持ちがあったので少々早めに道韻楼を切り上げたということがあります。

道韻楼付近で朝食がとれればよかったのですが、あいにく見つけられませんでした。
止むなく来た道を戻って、バス停近くの食堂エリアに出ました。
昨日の夜、麺の専門店が一軒だけあるのを確認していたので、朝食はここでと決めだのでした。

おはようと声をかけて、ここの名物と思われたブタ肉団子の麺を頼みました。
女性がひとりで店を切盛りしているように見えていたのに、中では小学生の娘がワンタンを作っているのが微笑ましいです。
ワンタン麺にすればよかったか。

ちょうどわたしと入れ替わりに中にいた3人が出て行って、客はわたしひとりになりました。
そのタイミングを見計らっていた女性が、娘のためにそばをちょうど作り終えたところでした。
娘は、何か叫ぶと、それを合図に弟と妹が裏から現れました。

ひとりだけかと思ったのに、兄妹ふたりもいっしょに朝食をとるようです。
小椀にふたりの分を取り分けて与えています。
そして、小さな妹のためには専用の椅子もしつらえてあげています。
足をぷらぷらさせながら食べる妹の可愛かったこと。

今回主力で使用したウォレンサックのシネ・ヴェロスティグマットは今まで見てきたようにかなりのクセ玉です。
全体にコマフレアの影響が大きいですし、周辺部はかなり流れます。
それでいて、中心部は適度なシャープネスがあって全体のバランスをとるので、撮影時にはそれを活かした構図が求められます。
もちろん、ただ毎度日の丸構図では芸がないので、そういった面も考慮した工夫が必要です。

作例のケース、あどけない少女の表情の中で特にもぐもぐする口もと、それにぷらぷらと落ち着かないはだしの足、それが上下に分かれてしまって、これを納めるのはかなりの難問です。
どうすればよいのか。
はい、至近距離でこっそり撮影したわたしは、ただ、全身をぎりぎりに収めるのに精いっぱいで、何かアイディアを生み出す余裕などありませんでした。
【M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Cine-Velostigmat 2inchF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/06/07 Mon

茉莉花的香味

M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5
昨日、夕食をご馳走してくれた王さん夫妻は、自宅で子どもたちに授業をしていると聞いていました。
それは朝7時半からということでしたので、授業参観させてもらおうと目論んでいました。
しかし、よく考えてみれば今日は日曜日ですから、授業はないようです。

それにしても、王さんの家の玄関には閂がかかり、早朝から出掛けてしまっているようです。
来る時に田を突っ切って歩きながら、すでに働いている人々を見たので、もしかすると王さんたちも早くから田に出たのかも知れません。
昨日、ご馳走してくれた食事も彼ら自身で育てた野菜だとすれば、美味しいと食べたわたしに笑顔を向けた意味も理解できます。

しかし、この古い建物の中で、ふとくだらない空想をしたりもしてみます。

激しい雨の中、疲労困憊の旅人が飢えを感じて客家の土楼の門を叩くと、老夫婦が現れ旅人を不憫に感じたのか食事を与えてやりました。
感謝した旅人は、翌朝老夫婦の野良仕事を手伝うべく早起きして、昨夜の門をまた叩きますが返事がありません。
おかしいと思い、なおも門を叩いていると、隣の家の扉が開き老夫婦と同年輩に見える老婆が顔を出しこう言いました。
その家にはもう何十年も人はいないんだよ。
おまえが会ったのは、500年前この土地にやってきたわたしたちの祖先だったのだろう、昨日は命日だったからね…。

お世話になったふたりには失礼なようですが、むしろ敬愛の念でこんな空想にふけってしまったわけです。
それくらい翌日にお会いできなかったのは残念でした。


さて、道韻楼には100人強の人が暮らしているということでした。
作例の子どもたちは、昨日も会って雨の中いろいろと話相手になってくれましたが、写真を撮ろうとすると拒否されるのでした。

ですが、今朝もう一度わたしが来たことはかなり意外だったらしく、昨日以上に歓迎ムードで接してくれました。
道韻楼の門には机が置いてあって、そこで入場料を徴収するようになっているようでしたが、昨日も今日も誰もおらず、タダで出入りできました。
つまりは、入場する人はほとんどいないので、わざわざ徴収係をおくより、タダにしてしまえということでしょう。
そんな中で二日続きで来てくれたというのは、子どもたちにとって自分たちの住まいを認めてもらったというような誇らしさを感じさせるものだったのかも知れません。

カメラを向けると叫び声をあげながらダッシュで逃げていた右の少女も、今日は顔をそむける程度までに心を開いてくれていました。
彼女の肘の下に白い花が見えますが、その花を彼女は手折って、恥ずかしそうにわたしに手渡してくれました。
香りを嗅ぐようジェスチャーで示します。

懐かしいような澄んだ香りがしました。
これは茉莉花のようです。
ジャスミンですね。
彼女たちからの歓迎のプレゼントのようです。

わたしはそれをカメラバッグの中にそっとしまいました。
旅の間中、彼女たちや王さん夫妻の気持ちがこもったお守りのように大切にするためでした。
【M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Cine-Velostigmat 2inchF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/06/06 Sun

炸圈或者比薩

M8/Fujinon 3.5cmF2
早々にシャワーを浴びて荷物をまとめると、安宿を出ることにしました。
しかし、玄関には鎖が巻き付き、これは外からの侵入防止だと思いますが、中から外へ出ることもできません。
時計は6時を指しているので、7時まで待てということでしょうか、宿の朝は早くはないようです。

少しフロア内を探すと小部屋があって、中からかすかに寝息が聞こえてきます。
そっとドアを開けると昨日の少女が、ではなく眠っていたのはおっさんの方でした。
申し訳ないですが、遠慮なくたたき起こして玄関を開けてもらいます。

外は驟雨というのでしょう、起きた時は降っていなかったのに、シャワーを浴びている最中は滝のような雨が来て、今は霧雨のような霞んだ状態です。
湿度が高いのは少し不快ですが、おかげで気温が下がってそれを帳消しにします。

道韻楼へ直行しますが、昨日とは違い田んぼの中を突っ切ってショートカットすることにしました。
ところで、日本で田というと米をつくる土地に限られますが、中国語では野菜でも果物でも農作物が植えてあれば田と言います。
だから畑とか畠という字は和製で、中国には存在しません。
と言う訳で、わたしが突っ切ったのは、何か分からないいろいろな種類の野菜畑のある農道です。

この近道は大成功で、10分少々で道韻楼に到着しました。
いえ、実際には写真を撮りながらのんびり歩いたのでもっとずっと時間はかかっているかも知れませんが、昨日よりだいぶ早く着いたという感覚です。

子どもたちがよいことを教えてくれます。
空き家のところに中へ入れるようなことが書いてあったのですが、昨日は鍵がかかっていて中へ入れませんでした。
しかし、昨日も見かけた子どもたちが、ここは鍵がかかっているわけではなくて、こうすれば開くのと扉を開いてくれたのです。

1階には書画がかけてあったりで本来はギャラリーにしたかったようです。
失礼ながらここはパスして、2階へ上がり窓から外を眺めると、なかなかによい眺望です。
ふと気付くと、ここは3階建てで、もうひとつ上まで上がれました。
さらに眺望はよくなりましたが、35mmレンズでは全貌を捉えることができません。
28mm、できれば21mmを持ってくるべきでした。

申し訳ありませんが、切れている部分は想像で土楼の全貌を補ってください。

まず、いちばん内側に1階建のドーナツ型の建物があります。
次に、すぐ外側に同じ高さのドーナツがあります。
さらに外側に2階建のドーナツです。
そのドーナツ間には屋根があって3層がひとつに繋がっています。

部屋はどのように分かれているのでしょうか。
今度はこの円をピザと考えて、9本の切り込みを約20度おきに入れるとピザは18等分されます(実際には出入り口があるので19等分か?)。
このピザ一切れ一切れが一世帯になり、1階3部屋、2階3階1部屋の間取りが18戸ある集合住宅となります。

屋根が少しゆがんだりしているので、かなり華奢な建物という印象がするかも知れません。
しかし、少なくとも外側はかなり厚い土壁になっていて、それに外側は高さもありますので、全体を見て歩くとかなり堅牢な建物と気付きます。

以前に何度か紹介している広東各地の囲屋とか開平の調楼と同様、外敵からの防衛という意味があることは一目瞭然です。
客家は中世の時代に長江周辺から大きく移動した民と言われています。
その土地に根ざす前に、自分たちの身を守る必要があったのです。

道韻楼は、1477年から110年かかって完成しました。
それから423年経って、わたしはやって来たということになります。
電気やガスなどのライフラインが整ったことを除けば、おそらく当時とほとんど変わらない姿そのままに人々が生活する、時間が止まったかのような空間でした。
【M8/Fujinon 3.5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon 3.5cmF2 | trackback(0) | comment(9) | 2010/06/05 Sat

賓館的喝茶

M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5
道韻楼がある三饒は、東西に長い広東省の東のはずれ、饒平県の北の方にあります。
初日に紹介した饒平のバスターミナルは、ほんとうに東のどん詰まりのような所で、もう8キロほど進むと隣の福建省という位置です。

出発した深圳から乗り継いだ汕頭まで約400キロ、汕頭から饒平まで約60キロ、そして饒平、三饒間はおよそ50キロですから、だいたい500キロの道のりだったことになります。
東京から東名・名神と進んで京都南インターまでが504キロだそうです。
京都に1泊旅行したんだと思えば距離的には納得です。

今回惜しむらくは、高速の大渋滞と大雨で、運が悪かったのだと諦めるしかないですが、アクセスと天気に恵まれれば、東京から京都へ旅行する感覚で(ただしバスでの貧乏旅行)楽しめるはずです。
ただ、コスト対時間の関係でいえば、航空機で廈門へ飛んで、乗合タクシーで南靖の有名な土楼群を見に行く方がずっと良いというか、よほどまともな行動と言えそうです。

今回もできれば、道韻楼に泊まりたかったのですが、家の中は拝見できましたし、ロケーション的にも街中ということで無理に建物内に宿泊しようとするのは断念して、素直にバスを降りたあたりに見かけた安ホテルに荷を解くことにしました。

来る時は分からなかったので20元を10元に値切ってバイタクにまたがりましたが、やはり歩いても15分ほどで戻ってこれましたので距離にして2キロないでしょう。
3元ないしは5元の距離ということで、当然ボラレたことが確認できました。
大した損失ではないですが、親切そうな顔をしたバイタクの親父が知らん顔して4倍も7倍もふっかけているのだと知ると、少し悲しい気持ちになります。

宿は典型的な地方の賓館、つまりは安宿です。
アメニティ一式、テレビ、エアコン、お湯の出るシャワーなどはありますが、歯磨きの毛がごわごわで歯に悪そうですし、テレビがまともに写るのは3局くらいだけ、エアコン付けるより窓を開けた方が涼しいくらい、シャワーは自分でガスボンベのバルブを緩めて着火させる方式で爆発しないか不安いっぱいと、何に付け中途半端です。

1泊100元だというので、高いと一言言うと、じゃあ80元と即刻20%オフですが、実際は50元くらいまで下がりそうな雰囲気です。
身分証を出せと言われて、外国人なので身分証はない、パスポートでいいかと聞くと、露骨にしまったという顔をします。
100元から下げなきゃよかったということでしょうか。

近隣に安食堂が何軒もあって食事には困りません。
王さん家で夕飯はご馳走になっていたので、食べなくても良いのですが、まだ7時前ですることが何にもないので、冷やかし的に1軒で地元料理をと注文してみました。
海から50キロ離れた内陸部でしたが、大雑把な区分けで潮州料理にあたるここのローカル料理は海戦のようで、魚の胃袋とブタと野菜を炒めた料理を作ってくれ、なるほどこれは非常に美味でした。

土産屋も何もないところで、雨も降ってるしで食後はホテルに舞い戻るしかありません。
すると受付がおっさんから少女に代わっていました。
しかもおっさんが今日は外国人が泊まっているぞとしっかり引き継いだようで、わたしを見るやすぐに質問攻撃が始まります。
いつもなら面倒なだけですが、なにしろすることがないうえに、若い女の子相手とあっては願ってもない展開でした。

わたしがバックパックを背負っていて、下手くそな発音で話す言葉にいかにも外国人旅行者の典型を見たのでしょう、尊敬のこもった対応が何より快適です。
お茶までご馳走してくれたのですが、香港や台湾でよく見る小さな茶器で鉄観音茶などをすする工夫茶は、潮州が発祥と言われるくらい普及しているので、20歳くらいの少女でも実に見事な手さばきでした。

ずいぶんと長いこと雑談していましたが、それでもやっと9時です。
わたしももう少し若ければ、きっと何か別の展開が待っていたのかも知れませんが、そういう期待を持っていることを悟られるのが恥ずかしくなって、部屋に戻ることにしました。
客はわたし以外にももう1組2組いるようでしたが、わたし以上に退屈ですることのない少女は、仕方ないのでテレビでも見るからと言って、わたしに別れを告げました。
夜だけ働いている彼女にもう2度と会うことはありません。

わたしも部屋に戻り頑張ってニュース番組を1時間ほど見ましたが、退屈の限界でついに眠りに就きました。
たぶんまだ10時くらい。
実に健康的です。
実際、翌朝は5時に目が覚めてしまったくらいでした。
【M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Cine-Velostigmat 2inchF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/06/04 Fri

来我家吃飯

M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5
深圳を出たときには東側の座席にに座ったので強い日差しを直撃して、すっかり安心しきっていました。
しかし、饒平から三饒への道は内陸に入り込んで行くため、わずかずつ高度が上がると雲行きはにわかに怪しくなってきます。
そして、間もなく三饒というときに恐れていた雨がぽつぽつと落ちてきたのでした。

バスを降りた時はまだ傘がなくても問題ない状況で、群がるバイクタクシーと交渉して10元で念願の目的地までやって来ました。
その建物は、郊外に忽然と現れるというイメージだったのですが、村の中心からこそは外れるもののじゅうぶんに街中にあると言えるロケーションだったのが不思議でした。
門の上に大きく道韻楼と書かれていて、ここで間違いないとは分かりましたが、まわりは普通の民家だらけで案内でもしてもらわなければ気付かないようなところにぽつねんとしています。

道韻楼はいわゆる客家土楼という巨大古建築です。
円楼とも呼ばれるように大きなドーナツ状の建築を細かく仕切って部屋にした、集合住宅と言ってもなかなか理解してもらえないでしょうか。
福建省の永定や南靖には土楼が密集していて、世界遺産に登録されているので知る人も多いかも知れません。
数年前、その永定を訪れた感動は忘れ難く、また、いつか土楼への気持ちを忘れることはありませんでした。

永定よりアクセスのずっとよい三饒でしたが、それでも長旅の末にようやく道韻楼に入り込むと、ほどなく豪雨に変わりました。
折りたたみ傘は持参していましたが、撮影どころの騒ぎではありません。
到着が遅くすでに暗くなりかけてましたので、すっかり途方に暮れて屋根の下に立ちつくすばかりです。

そんな時でした。
買い物から戻った女性が、お上がりなさいと声をかけてくれました。
大雨の中の窮地から救ってくれたありがたさと、できれば見たいと思っていた土楼の生活の一端をいきなり拝見できるというありがたさの二重の感謝を感じる話しです。
お礼を述べて遠慮なく中へ招じ入らせてもらいました。

王さん夫妻は、小学校の先生をしていましたが数年前定年退職して、娘も結婚して家を出ているためふたりで暮らしています。
地元出身ですが、実は客家ではないというのが驚きでした。
三饒は、客家の多いエリアですが、潮州人ももともとのローカルとして多く存在していて、道韻楼の住人もけして客家だけではないのだそうです。

定年退職したということは年金や恩給で暮らしているのか聞くと、そんなものはもらっていないとのことです。
近所の子どもたちに勉強を教えて授業料をもらって生活しているということでしたが、なるほど部屋の奥に黒板があって子どもたちにやさしく教える夫妻の姿が想像できました。

まだ6時前でしたが、もう夕食なのだということで暇を告げると、何を言っている食べて行きなさいと強く勧めてくれました。
こういうときの食べて行きなさいは、中国の、それもいなかでは社交辞令ではないようです。
こちらもあらためて邪魔でしょうからと帰ろうとすると、王さん夫妻は少し悲しそうな顔をしたように感じました。

では遠慮なくいただきますよと食卓につき、夕食をご馳走になりました。
想像されるとおり、食事は白粥、キュウリの漬物をスープにした料理、卵と野菜の炒め物とたいへん質素なものでした。
しかし、味付けは素晴らしいもので、お粥はおかわりするし苦手のキュウリも美味しくがつがつといただきました。

言葉の問題もあるので賑やかな食卓にすることはできませんでしたが、想像するにふたりの単調な生活に多少の変化をもたらしたことでまったく邪魔な訪問ではなかったのではと思うことにします。
おふたりには、また明日朝来ますのでと告げて、道韻楼を後にしました。
【M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Cine-Velostigmat 2inchF1.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/06/03 Thu

巴士遅到

M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5
今回、おおむね3日間滞在する日程で、中国に行きました。
うち2日間は所用に費やし、中日に比較的近い古い村を訪れて撮影する計画です。
しかし、前日になって初日の予定をドタキャンされてしまいました。
まる1日予定が空いてしまったかたちです。

当然困ってしまうわけですが、中国と付き合っているとしばしば起こることです。
逆にチャンス到来と考えることにしました。
日帰り予定の古鎮巡りを、1泊にしてなかなか行けないところまで足を延ばしてしまえと発想転換したのです。

とは言っても、すでに深夜に深圳到着していて、どこへ行ったらいいか熟考する必要がありました。
真っ先に浮かんだのが、連州の千年瑶寨です。
2度行ったことがありアクセスなどに不安がないからですが、村の素晴らしさにもかかわらずやはり3度目となると魅力がかげるのは否めません。

代わって浮上したのが、三饒という村です。
前々から広東省の古鎮を紹介する本の中で、いつかは行ってみたいという思いがあったので、この機会を逃す手はありません。
ただ、はっきりとした場所等は分からないので、ある程度手探りの旅になることは覚悟しなくてはなりません。

3時間ほどの睡眠をとって、早朝、深圳のバスターミナルに行くと最寄の饒平行きは9時台の1本だけでしたが、隣の都市と言える汕頭へは7時20分から20分おきにバスがあることが分かりました。
確認すれば4時間で着くというので、160元と高いチケットを即買しました。
11時半に汕頭に着くのなら、恐らく1時間程度で饒平まで出れるとして、まあ三饒まで遅くとも3時には到着できると計算しました。

高かったバスの理由は分かりました。
乗車したバスは、今まで利用した中で最も豪華なバスで、行き先表示のところに「航空商務座」と誇らしく書かれた、航空機のビジネスクラス並みの座席を売りにしているバスなのでした。
確かにたいへん快適ですが、前夜3時間睡眠のわたしは、即座に眠りに落ちたのでそのありがたみをそれほど享受したとは言えません。
それよりも、「航空」と自慢しながら普通のバスと変わらない大きな問題にがっかりすることになります。

バスは順調に滑り出して、高速に入ったのを合図に、わたしはすぐに爆睡モードに入りました。
そして、なにか怒鳴っている親父の声に目を覚まされました。
気付くとバスは停車していて、サービスエリアの休憩に入っているようです。

しかし、そうでないことはすぐに分かりました。
何分も微動だにしないような激しい渋滞にはまっているようでした。
怒鳴る親父は恐らく潮州語のようで何を言っているのかはさっぱりでしたが、恐らく高い金を払っているのに遅れやがって馬鹿野郎と運転手に噛みついているのは一目瞭然です。
これは想像ですが、航空商務座だったら、航空機みたいに飛んでさっさと目的地まで連れて行けとも言っているのではないかと思いました。

いつの間にかわたしはまた眠ってしまっていたのでどのくらいの渋滞だったかとか、その原因とかは確かめられなかったのですが、到着は2時半と3時間も遅れたのには驚きました。
7時間乗車していたことになるからです。

汕頭のバスターミナルから饒平までのバスは比較的多いようで10分後に乗り継ぐことができました。
むしろ乗り継ぎが良過ぎて、昼食がとれなかったくらいです。
そして予想通り饒平のバスターミナルには1時間後に到着します。
昨日の作例のところです。

汕頭バスターミナルの売店で地図を購入して、三饒を探したのですが、それはあっさり見つかりました。
それで饒平で三饒行きのバスはあるかと聞くと、ここでも10分後にあるとの返事でした。
ここでも乗り継ぎの良さに幸運を感じます。
なにしろ予定を3時間も遅れてしまっているので、無理してでも早く到着する必要があります。

地図で見て汕頭-饒平間と饒平-三饒間がほぼ同距離なので想像がつきましたが、やはり三饒までは1時間かかるとのことでした。
これならどうにか5時に目的地到着が可能のようです。
こんな地方なら渋滞もないでしょうし。

果たしてバスは快調に飛ばし、修正した予定通り5時前に三饒に到着しました。
ただ、予定通りではなかった重要な事態に見舞われてしまいます。
少し文章が長くなり過ぎましたので、その不測の事態については明日につづくとさせていただきます。
【M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Cine-Velostigmat 2inchF1.5 | trackback(0) | comment(3) | 2010/06/02 Wed

7号窓口

M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5
上野駅やローマ・テルミニ駅など、ターミナル駅には旅情をかきたてるものがあると思います。
男女が抱擁して別れを惜しんでいたり、たくさんの荷物がその人の人生のスタートを暗示していたり、背伸びした少年の冒険だったり、実際に見たというよりは、映画のシーンでの印象なのかも知れませんが、確かにある種の駅には独特の旅情があると言えるでしょう。

中国の場合は、ターミナル駅のようなところは近代化され過ぎているか、ひどい雑踏で治安が悪そうとおもうばかりで旅情と結び付かないような気もします。
むしろローカルのひなびたバスターミナルにそれを感じました。
広い中国では、まだまだ鉄道よりもバスが人々の足だからということもあるからでしょう。

ここは、広東省のはずれもはずれの饒平という町のバスターミナルですが、旅情を誘うにはじゅうぶんな雰囲気に包まれています。

聞いたこともないような町の行き先が書かれた古いバスが整然と何台も並んでいるのが、どれでもいいから勘で飛び乗ってやれという気にさせます。
老夫婦がこれから乗る長距離バスに少し緊張の面持ちで、長椅子にかけているのが微笑ましかったりします。
入り口には、野菜売りのおばさんが、まったく売れないので投げやりになったのか、べたーっと座り込んでいるのに同情したりもします。

建物だって不思議に満ちています。

バスの切符売りといえば無愛想と相場が決まっているのに、妙に親身に対応する女性が頑張っています。
ここまででかい時計が必要かと訝しがらざるを得ない、巨大時計がコチコチと時を刻んでいます。
窓口の番号が左から右にではなくその逆に並んでいるのが、何故なのか理由を求め思考してしまいます。
それに、窓口は10番まであるのに、切符売りはひとりだけというのも、無駄と不思議のどちらかなのかを一考せざるを得ません。

そんな中、キーボードを提げた不思議な少女が現れました。
こんないなかのバスターミナルにはあまりに不釣り合いですが、誰も不思議とは思わないのでしょうか。
考えてみれば、そこにはライカをぶらさげてその少女をスナップする男がいたわけで、不思議と言えば土地の人にはわたしのことだったのかも知れません。

今回の旅は、こんなかたちでスタートしました。
【M8/Cine-Velostigmat 2inchF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Cine-Velostigmat 2inchF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/06/01 Tue
| home |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。