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M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
今回の散策紹介はとても短くて、今回が最終回です。
最後は、巣鴨のとげぬき地蔵まで足を延ばしているのですが、あちらではほとんど写真を撮らなかったので、最後も六義園の写真からになります。

二胡のコンサートが六義園で行われると聞いたので、今回はこれを聴くのが散策のハイライトでした。
実際、演奏した中西桐子さんの演奏はすばらしく、わざわざ出掛けた甲斐がありました。
ksmt さんもけっこう気に入っていただいたようなので、今回は視覚と聴覚の双方で楽しめる散策だったと言ってよさそうです。

二胡の演奏は、断片的にこそ聴いていたものの、ちゃんとしたものを聴くのは初めての体験です。
曲は、軍隊朝の中国作曲家の曲を除くと、ポピュラーな歌謡曲などのアレンジがメインですが、これは退屈させないための配慮としていたしかたないところでしょう。
残念だったのは、生で聴いて生きる弦楽器なのですが、PAを使用して微細な音の美しさが伝わらなかったことです。

たしかに二胡は音量の小さな楽器ですが、仮に音が小さかったとしてもダイレクトで聴く繊細さを楽しみたかったです。
おそらくその方が聴衆も音を聴き逃すまいと集中力が高まって、一体感も生まれたのではないかと思われます。
楽器の性格上、何かしら伴奏がつかないと難しいのかも知れませんが、アンコールの""はソロで存分に輝いていたので、選曲次第でどうにでもなるのではないでしょうか。

さて、今日の作例ですが、まず最初にお断りしておきますが、これは演奏中のものではなくチューニングしているところで、あくまで演奏を聴きにきているので、カメラを構えたのは曲の合間だけです。
そんな理由もあってか、なんともパッとしない作例になってしまいました。
彼女の顔にピントを合わせたのですが、だいぶ前ピンのようです。

スカートの表現を見ると、木漏れ日の優しさをうまく表現して、すっきりといい発色をしているので、他の部分のぼんやり感ががっかり来ました。
プロフィールによると彼女はまだ十代の女子大生です。
写真では音が伝えられない分、その可愛らしさで代弁させたかったのですが、これでは伝わりませんね。

ところが、ksmt さんの作例では、最近購入された Dallmeyer Stigmatic レンズでかなり甘く表現されています。
ピント部分がシャープで、外れたところがにじむ幻想的世界ですが、それがピタリと嵌っています。
曲間で聞いた彼女のホワッとしたしゃべりから想像される性格までが描出されているような気さえします。
ご本人に見せたい写真です。

二胡ですが、実はわたしはこの楽器を所有しています。
蛇皮が使われているため、サンフランシスコ条約に抵触するので国内持ち込みが難しいのですが、わたしはなんにも知らずに中国で購入して日本に持ち帰ってしまいました。
もう10年以上前の話なので、時効成立でしょう。

少しだけヴィオラを齧ったことがあったので、弦が少ない二胡はフィンガーリングもボーイングもどうにかなるだろうと舐めていたのですが、これがどうにもならない代物でした。
弓が弦の内側にある二胡では、一定の角度が保てないとすぐに隣の弦か楽器を擦ってしまいますし、指板で抑えつけずに弦を指で強く触れているだけですので、しっかりした音がなかなか出てくれません。

結局すぐに挫折してしまったのですが、これはいつか復活させたいと思っていました。
中西桐子さんの演奏を聴いて、いたく感動はしましたが、まだまだ自身で演奏に挑戦したいという気持ちには傾きません。
安易に始める前に、もっと演奏を聴くことから始めようと思ったからです。
生で聴く機会はなかなかないでしょうから、まずはCDからですね。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】

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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
DallmeyerDallac 135mmF4.5 | trackback(0) | comment(8) | 2010/04/28 Wed

前和后

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
根津神社から六義園まではちょっと距離があって、のんびり歩いて30分近くかかってしまいます。
途中、古寺や神社が密集していてときどき足を止めたのと、昼食時でお店を探しながら歩いたからでしょう。
それに久々に会った ksmt さんとは話がはずんだということもあります。
この4月に大きな変化のあった ksmt さんの話はいつもながらに興味深いものでした。

初めて訪れた六義園ですが、ろくぎえんではなく、りくぎえんと読むのだそうです。
古今集の分類法が6つあることに由来する名称ですが、和歌の庭の異名も持っています。
築園は5代将軍綱吉の時代で、明治には三菱の岩崎彌太郎の別邸になります。
先月の岩崎邸に続いて、またまた岩崎家のかつての持ち物を訪れたことに感心します。

もちろん今では、東京都が管理する花の庭園として、一般に公開されています。
八重桜が見事でしたし、馬場の後までありました。
由緒ある庭園だけに、普通の公園よりも徹底して植物などは管理されているようです。

ksmt さんの意外な一面として、植物、特に植木に造詣が深いことがあります。
園内には、何本ものクロマツとアカマツがありましたが、かなりのてまひまをかけて剪定がおこなわれていると言います。
松葉を剪定していくのは相当な手間なので、手を抜いて抜けないことはないのですが、ここでは完璧な仕事がなされていると言います。

それのみならず、枝の中央にある若枝もカットしないとすぐに枝がぐんぐん伸びてしまいます。
しかしそれは ksmt さんに言わせれば、あえて美しい姿を残しつつ、伸びたときにはまた剪定しますということをアピールしているのだろうということでした。

植物のデテールを見て管理の裏側まで読む、まるで写真の細部からレンズの特徴を見抜くのとよく似ています。
さすが ksmt さんと脱帽です。
今回は、そんなksmt さんに敬意を表して、比較をお休みしてエピソードを紹介しました。

作例ですが、昨日の根津神社のものとは同じレンズとは思えないほどに締まった描写に驚かれるのではないでしょうか。
絞ったからではないのかと疑いを持たれるかも知れませんが、残念ながらこのレンズは差し込み式の絞りが付いていなかったので、作例はすべて開放です。

光の状態次第で、大きく表情を変えてしまうレンズのようです。
植木職人の背後と前方の松の具合で、手入れのビフォー・アフターの様子がよくお分かりいただけると思います。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2010/04/27 Tue

還没開花

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
東大キャンパス内をざっと一周して、赤門前の法真寺の八重桜を楽しんだあと有名な根津神社に到着しました。
ゆっくり歩いて15分ほどの行程です。
つつじ祭りの真っただ中での好天気とあって、神社内はすごい人出で賑わっていました。

しかし、つつじの方はぱっとしません。
一見きれいに咲き誇っているようですが、このところの天候不順がたたっているようで、まだまだ満開には程遠い状況です。

おまけにつつじ園に入るには入園料200円が別途必要とのこと。
わたしたちは、特にを接写したりとかということもないので、中にまで入っていく必然性はありません。
遠巻きに眺めるだけです。

人が多過ぎて、なかなかこれぞという撮影機会がありません。
ここは無理かとあきらめるたのですが、何か催しがあるのでしょう、はっぴ姿の女性がいたのでこれでお茶を濁すことにします。
構図も主題もまったくさえない絵ですが、若干の人を除いてほとんど後ろ向きになったところを捉えたので、これを採用してみます。

今日も、ksmt さんのブラナーと比較してみることにしましょう。

まず、写真ははっきり有意差が出てしまいました。
思い切ってつつじを省略した ksmt さんの作例は、人物配置に優れはっぴの女性たちを見上げる少女がややアウトオブフォーカスになったために滲んだ、幻想的な美しさを持つ1枚になっています。

ブラナーは、すこぶるシャープなレンズと紹介されていましたが、はっぴの文様にそれが出ていて、ペッツパールでは対抗できません。
しかし、ボケが二線傾向でざわついた感じになってしまっています。
この辺は、ペッツパールの方が、はっきりきれいと言えそうです(撮影距離が違うので単純には比較できません)。

ハレ切りでコントラスト減少を多少は抑えましたが、ブラナーではしっかりしているのにペッツパールは白っぽさが顕著です。
専用フードを自作したいところですが、ただでさえ長い鏡胴がさらに延長されるのは使いまわしの上では辛くなりそうです。

シャドーになった木の表現を見るとペッツバールガがぜん踏ん張っていることが分かります。
コントラストが落ちているからかも知れませんが、これぞオールドレンズの真骨頂です。
F値にゆとりのあるブラナーは、すでに現代寄りの性能だったと言えるのかも知れません。

ところで、根津神社を出る前に出店の間隙を縫って歩く老人が、つつじの鉢を持っているのが目にとまりました。
つつじをじっくり撮っていなかったので、これを持ってつつじ祭りの写真とすべく何枚も撮影しました。
しかし、長焦点なうえに雑踏で思うような構図が得られず、目論見は失敗に終わりました。

そんなわたしをあざ笑うかのように ksmt さんは、わたしが狙った通りの作例をアップされていました。
ピントも構図もばっちりで、どうやってこんなのを撮ったのか脱帽します。
レンズの比較もいいですが、そんなことより技術が同レベルでなければならないという前提があることを失念していました。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】

thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(2) | 2010/04/26 Mon

比較他的和我的

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
今日、日曜日は久しぶりに ksmt さんと合流して散策に出掛けました。
去年の12月以来、じつに4ヶ月振りのことです。
写真は、ほぼふたり同じところで撮っていて、ksmt さんの優れた絵で楽しんでいただければと思います
(http://www.ksmt.com/panorama/100425nezu/100425nezu.htm)。

いつも同行で撮影散策すると、ksmt さんが先にご自身のサイトにアップされて、若干遅れてわたしが日刊ブログで後追いするかたちです。
そのため、ksmt さんの出していない被写体の写真や微妙に趣向の違う写真をわたしはアップするよう心がけていました。

今回は、むしろいつもと趣向を変えて、ksmtさんが撮ったものと同様の写真でレンズ比較になるよう計らってみました。
ksmt さんの使用レンズは次の通りです。

J. H. Dallmeyer Stigmatic Series I No 1. No. 59591 (f4/150mm)
Planar 1:3,6 F=110mm D.R.P. 92313 Serie Ia No 36606 Carl Zeiss Jena
DALLMEYER SUPER-SIX ANASTIGMAT F/1.9 F=3" 371051

それでわたしは次の1本のみ使用しました(ksmt さん式に表記)。

J. H. Dallmeyer No. 2594 (Petzval type f3.6/114mm)

ksmt さん3番目のスーパーシックスを除く3本は、いわゆるブラス・レンズで、いずれも歴史的レンズと言えるものです。
その古さを競うのではなく、当時の高性能レンズたちの写りを見比べてみようというのが今回の趣旨になります。

東大赤門という日本の最高学府からスタートした散策は、キャンパス内を撮り歩いてから、次の目的地目指して本郷通りを北上します。
その時に見かけた、居酒屋のオブジェ的存在と思われる魚の頭と骨が不思議だったので、ふたりで撮影しました。

ksmt さんは、ブラナーを使って少し引いた斜め位置から、おおむね全体を捉えていますが、わたしは例によって人物のシルエットを入れたくて、少し強引に角度のないところから歩道に向かって撮っています。
カメラ自体の違いが大きいでしょうし、露出も違うので比較自体が問題となりそうですが、早くも描写の差異に驚かされます。

同じF値に同様の焦点距離で、比較にぴったりの両レンズですが、こうも違ってしまうものなのですね。
温かみのある発色ややわらかみがブラナーに顕著なようです。
それにブラナーの方が、ずっと被写界深度が深いように思えます。
これが、シンプルなペッツパールと難産の末に生まれ出たダブルガウスの違いということでしょうか。

とはいえ、解像力こそ平均以下かも知れませんが、シャープさやボケの美しさはこの1枚だけでも如何なく発揮されています。
実は、かなり取り回しのデリケートなレンズなのですが、晴天下ではおおむね力を発揮してくれたので安心しました。

早くも同じカメラでの撮影をしなくてはと思わさせます。
となるとわたしの方でぜひブラナーを探し当てないといけません。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(2) | 2010/04/25 Sun

腰越的故事

M8/Leonon 5cmF2
まったくの私事ですが、腰越というとどうしても思い出すことがあるので、この項の最後ということもあり、少し記してみたいと思います。

わたしは鎌倉の隣の藤沢市の小学校の出です。
いつのことか忘れましたが、腰越近くから来ていた担任の先生から、腰越の伝説という話を聞いたことがあります。
詳細はすっかり忘れてしまいましたが、どうしても記憶から消し去れない事柄があって、腰越と聞くとそのことを思い出してしまうのです。

それは、腰越は今でこそこの字で表記されますが、かなり以前には、子死越と呼ばれていたということです。
かつて、この地から子どもを生贄として差し出したので、子どもが死に向かって越えていったの意から付いた名称です。
誰に何のために生贄になったか忘れましたが、子ども心に腰越には近寄り難い恐ろしい土地のイメージが付いてまわったものです。

図書館で地誌でも繰れば調べがついたのかも知れませんが、子死越の伝説は詳細が分からないまま長年月を経ます。
しかし、インターネットで居ながらにして情報が得られる現在では、思い出した時が調べ時で、簡単にこの謎が解けてしまいました。

それは、江の島に伝わる「天女と五頭竜伝説」に由来します。
およそ1500年前のむかし、鎌倉にある底無し沼に五つの頭を持つ龍が住んでいました。
この五頭龍は、次々に災厄を引き起こし、村人を苦しめたため、人身御供として子どもを差し出すようになったのです。

子どもが死のために越えたという説がある一方で、天女と五頭竜伝説では子どもを失った老人が死んだ子どもを恋したったという故事にちなむとしているようです。

やりたい放題の五頭龍でしたが、ある日現れた天女に恋してしまいます。
妻として迎えたいと申し出ますが、天女は五頭龍の悪事を非難してこれを退けます。
激怒した龍はさらに大暴れするかと思えば、翻意して善龍となることで天女を得ることになるのでした。

以降は、日照り時には雨を降らし、大波が来れば身を呈してこれを止め、台風がやって来れば跳ね返すなどして、村のために活躍します。
やがて、年老いた龍は、江の島を見守るように体を横たえて眠りにつき、龍口山となって村を守るようになったのでした。
すばらしい話ですね。


さて、よさこいは無事終了して、満福寺で解散となりました。
境内では、なおも中高生のブラスバンドや日本舞踊などが披露されています。

義経まつりのイベントですから、天女と五頭竜伝説とは一切の関係はないかも知れません。
ですが、龍が見守っているおかげで、今では小さな子どもたちも安心してよさこいを披露することができた訳です。
ほんの少し、土地の歴史を思い起こさせてくれる一日でした。
【M8/Leonon 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leotax Leonon 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2010/04/24 Sat

都是媽媽

M8/Leonon 5cmF2
子どもたちのよさこいが始まりました。
龍口寺から満福寺まではおよそ500メートル。
江ノ電が唯一路面電車になるその区間で、よさこいが行進していきます。

そのまえにミス鎌倉がオープンカーに乗って手を振りながら通っていきました。
モデル風美女3人組でしたが、残念ながらわたしの前を通過するときは反対サイドに顔が向いていてこれは不採用です。

次は、マーチングバンドです。
やはり地元の高校と中学のブラスバンドがはなやかに通り過ぎていきます。
ブラスバンドはコンサートホールで聴くとぷかぷかした感じが響き渡るのが好きになれないのですが、野外では響かずに音が抜ける感じがして印象がとても良いです。
それに音楽自体はずっと続いているのに、違う楽器が次々と通り過ぎて行進していくと、3D映画のような立体感を味わえるのもまた面白いところでしょう。

おおとりになって、ようやくよさこいが始まりました。
まずは言い訳ですが、もともと道幅が狭いところへ観衆が前にせり出してしまったことで、思い描いた角度や距離で獲れなくなってしまいました。
こんなクローズアップのようにするつもりはなかったのです…。

ボケのおもしろさを優先して採用したため、緊張感の緩んだ曲と曲の合間の作例になってしまいました。
この写真でよさこいの楽しさを伝えていないことをお許しください。
実際には、ちびっ子とは思えない真剣なまなざしあり、子どもらしい笑いあり、一生懸命と覚えられないで廻りきょろきょろの子ありで、全体の熱気を含めて見ているだけで楽しさいっぱいでした。

その時は、よさこいを楽しむのと撮影に夢中で、ずいぶん観客が来るおりなんだなあと呑気に考えていました。
でも、この写真を見れば一目瞭然でした。
観客のほとんどが子どもたちの父兄だったんてすね。
ふんわり滲みの面白ボケですが、その表情や仕草がしっかり残っていて、それと気付かせてくれました。
【M8/Leonon 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leotax Leonon 5cmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2010/04/23 Fri

巻頭巾

M8/Leonon 5cmF2
ぷらぷらと龍口寺まで出向くと、子どもたちがどっと集まって出番を待ち構えていました。
地元小学生が、よさこいを披露するためにスタンバイしていたのです。
よさこいりは高知の夏りとして有名ですが、何かの縁があって義経まつりでも催されるのでしょうか。
鎌倉や腰越の伝統とは違うかもしれませんが、これはこれで楽しみです。

さて、子どもたちはいちように黒いTシャツにバンダナ姿で、このへんもはっぴ姿などのりの伝統とは異なる雰囲気です。
作例でも、よさこいを指導する先生(?)はバンダナを鉢巻にしていますが、子どもたちはかぶっているかたちです。
慣れないことなので、先生が子どもの頭にかぶせてあげている姿が印象的でした。

さて、なんとなく高知の伝統行事程度に認識していたよさこいですが、調べると古いりということではないのですね。
調べたことを要約してみます。

よさこいの歴史は戦後に始まります。
戦後の不況を吹き飛ばそうと、高知はおとなり徳島の阿波踊りに負けない踊りをつくろうと企画します。
踊りのスタイルは日本舞踊に範を得ますが、阿波踊りが素手で踊るのに対抗してよさこいでは鳴子という道具を持って踊るというアイディアが生まれ、それがよさこいの大きな特徴になります。

1回目のよさこいりは1954年8月に開催されます。
伝統をもとに手作りされたよさこいは、時期もあって、しばらくは盆踊りのような形式で続けられていたようです。

そして1970年代前半になって、新しい解釈のよさこいが現れ始めます。
よさこい鳴子踊りの曲が自由にアレンジされるようになり、サンバ調、ロック調などの独自のスタイルでの踊りが流行します。
盆踊り=子どもや年長者のものというイメージから、若者たちにも自由に参加してもらえるという道が模索されたのが成功したのではないかと想像されます。

それによって、「お金を払って踊り子に来てもらう」から「お金を払ってでも参加する」りへと進化したと言います。
たとえば、トラックの荷台に生バンドを載せて、そのあとに踊り手が続くというグループが出現していますが、野外ライブ+舞踊、という他で例をみない自由な形態です。
そうした独自の進化が、全国的な知名度を上げ、今では日本中からの参加者を集める祭りに発展したということです。

以上、祭り通にとっては常識的なことかも知れませんが、地方の有名な祭りというと、何百年の歴史というイメージが真っ先に浮かんでしまうわたしには新鮮なよさこいの歴史でした。

転載で今日のブログを終わらすのも恐縮なので、蛇足を付け加えましょう。

よさこいが始まった1954年は、最初のM型ライカである、ライカM3が登場したのと同じ年です。
よさこいが変化した1970年代前半にはライカM5が登場しています。
M5自体はハイコストのため成功せずに短命でしたが、これは最初の露出計内臓M型ライカとして、M6、M7、M8、M9と継承されて現在にも継承される分岐点となったライカと言えば言えなくもありません。

そうこじつければ、よさこいの歴史がM型ライカの歴史とぴたりと符合すると言ったら、それは違うと笑われてしまうでしょうか。
【M8/Leonon 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leotax Leonon 5cmF2 | trackback(0) | comment(8) | 2010/04/22 Thu

夜過来的時候…

M8/Leonon 5cmF2
2時から始まるイベントにはまだだいぶ時間がありました。
やはり、しばらくぼんやりと海を眺めて過ごします。
春の海です。

潮が引いた岩場も、なかなか味のある表情です。
大きさも形も揃わない岩に白や緑の文様が、幾何学模様のような味わいを出しています。

味わいと言えば、今回使用した Leonon 5cmF2 の描写も不思議な味があるというのは間違いありません。
しかし、この場合の味は、レンズが高性能であるというのではなく、逆に性能に問題があることに起因します。
各種の収差です。
立体感やハイライトの滲みは、それを強調すべく設計されたものではなく、無理に明るい F2 レンズを作ろうとした結果、球面収差と非点収差が前面に出てしまったということだと思われます。

ライツのかつてのレンズなどに意識して収差をわずかに残すことで立体感を強調するなどという設計思想があったと言われます。
それが本当だとしても、この Leonon の登場した1950年代後半は、いかにシャープでハイコントラストな大口径レンズを作るかと躍起になっていた時代です。

ライカM3が1954年に発表されるや、日本のカメラメーカーはレンジファインダーを見限って一眼レフの開発に一斉に移行したと言われます。
すでに開発するだけの余力がなかったであろうレオタックスカメラ(昭和光学精機)は、なおもレンジファインダー機の改良に最後の力を振り絞りますが、1959年にあえなく倒産してしまいます。
そんな中で自社名を冠して発売した Leotax Leonon 50mmF2 でしたが、当然ながら自社では製造できず、かなり小規模な光学メーカーに生産委託したと言われています。

それだからこの程度の写りと言えばそれまでですが、スティルカメラ用50mmF2レンズとしては他に類を見ない奇抜な、あるいは言い換えると味わいある写りと言えなくもありません。
写真を真面目に考えるひとには一目で写らないレンズと分かるくらいではないかと思いますが、類型を見ないという点では特徴あるレンズとして逆評価されるべきレンズです。

レオタックスに標準装備された50mmF2レンズは、トプコールやフジノンなど高性能のものばかりでしたので、なおのこと際立つ存在です。
あとあと気付いたのですが、このタイプのレンズは絞るにつれて描写が大分改善されますので、本来そういう比較もするべきでした。
それは、いつかまたの機会ということになります。


今回は、ひたすら開放で無意味に岩を撮っていたところ、どこからともなく釣り少年が通りかかったので点景的に入ってもらいました。
すると、おととい触れた「スタンド・バイ・ミー」がまた頭の中に流れてきます。
これは、オリジナルのベン・E・キング判ではなく、少し斜に構えた歌い方のジョン・レノン判の方になります。
ジョン・レノンのCDをむかしよく聴いていたということもありますが、Lennon と Leonnon がよく似ているということからの連想でもあるというわけです。
【M8/Leonon 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leotax Leonon 5cmF2 | trackback(0) | comment(4) | 2010/04/21 Wed

小鲱魚

M8/Leonon 5cmF2
前掛けの似合うお母さんに付いて、江ノ電に沿って歩いて行きました。
どこかの家に戻るだろうという予想ははずれて、そのまま海の方まで進んでいきます。
信号を渡ったと思うと、あれよあれよとしらす干ししている建物に入っていきました。

そこまではさすがに付いていけませんので、海辺の低いテトラポットに腰掛けてしばらく海を眺めることにしました。
鎌倉高校前のサーフィンで有名な海岸ですが、今日は完全なベタ凪です。
波っ気はほとんどありませんが、それでも頑張ってサーフィンする人がひとりだけ見えます。
作例の右端に黒点で写っているのが、まさにそのサーファーです。

そういえば、かつて湘南サーファーが一大ブームになった時、陸サーファーという言葉が生まれたのを思い出します。
陸サーファーも多くはいちおうサーフィンはするのですが、弱腰で知られていて、まず海の状況を確認してから、うーん今日は波が荒いので危ないからサーフィンはやめようと本気で言っていたという伝説があります。

この日は、そういう彼らにぴったりのコンディションだったというわけです。
風が無いということではしらす干しにもぴったりということでしょう。
くだんのお母さんの家のお嫁さんではと思われる女性が作業しています。
手さばきは、さすがにもう慣れていて、あと30年も経てば、お母さんを継いで風格いっぱいに線路脇を闊歩することでしょう。

写真を撮らせてもらったお礼ではないですが、お土産にしらすを買って帰ることにしました。
生も美味しいですが、このあとしばらく撮影していることを考えて、釜揚げしらすの方にしました。
江の島で売られているしらすも、ここ腰越で獲ったものを売っているのだそうです。
鮮度と安さで、こちらで買うのがいちばんと、これは例のお母さんが真顔で説明してくれます。

写真はいつこうに面白いものが撮れませんでしたが、まるで私鉄沿線途中下車の旅のような展開になって来てしまいました。
もちろんしらすは、美味しかったですよ。
【M8/Leonon 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leotax Leonon 5cmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2010/04/20 Tue

站在我的傍

M8/Trinol 105mmF3.5
先週の土曜は、ひさびさの散策会でした。
しかし、残念ながら参加はかないませんでした。
朝、もう出発しないとという時間でしたが、家を出ようにも土砂降りで、これでは撮影どころではないと断念します。

ところが、それから1時間もせずに雨はあがり、10時の集合時間頃には太陽が顔を出すありさまです。
散策会は決行されたようで、お詫びのメールは入れますが、さすがにこれから2時間かけて合流というのも辛いです。
家でじっとしていても仕方ないので、近隣の腰越で行われる義経まつりを見に出掛けることにしました。

この自宅から都心まで2時間近くかかるというのは、旅行をする感覚がともないます。
距離や時間はそれほどではないですが、出発地が雨でも目的地は晴れているかも知れず、その逆の可能性もあります。
出るとき大雨ですと得てして出発を断念しがちですが、まあ現地が雨なら、例えば美術展や写真展を見ればいいやという余裕を持たなくてはいけません。
ただ、雨なら中古カメラ屋に行くというのは、絶対にいけません。
理由は、言わずもがなでしょう。

さて、鎌倉市のホームページには、義経まつりは1時から腰越の満福寺で開催とだけあって、詳細には触れられていません。
とりあえず12時半ころ、その満福寺に出向いてみましたが、どうやらここでは来賓あいさつとか一般にはあまり聞いていたくないようなことがらばかりで、写真を撮るなら2時に龍口寺へ行くよう勧められました。

龍口寺までは徒歩5分です。
1時間半もの時間どうすればいいのか途方に暮れてしまいます。

満福寺のすぐ下は江ノ電が走っているのですが、この区間は特に線路と民家が接近していることで知られています。
そのぎりぎりと思われていた線路に実は通路があって、女性がふたり歩いているではないですか。
シチュエーションはいささか違いますが、頭の中にスタンド・バイ・ミーが響きます。
思わずわたしも童心に帰って、ふたりの後を追ってしまいました。
【M8/Trino; 105mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
National Trinor 105mmF3.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/04/19 Mon

在星巴克

M8/Hektor 7.3cmF1.9
今回の中国行最後は、恒例のパターンで女の子の写真で締めることにします。
といっても少々辛い話になるのですが。

ここ半年以上お伝えして来た深圳のコスプレ・カフェですが、大きな変化がありました。
先月くらいのことのようですが、ウェイトレスの女の子たちがふたりを除いて全員解雇されたとのことでした。
解雇の理由ははっきり分かりませんが、どうも経営的にいまひとつパッとしないため、働き振りが気に入らない女の子たちを一新してしまったということのようでした。

話は以前から聞いていたので、深圳に着いたそうそうに出掛けてみました。
店の外観などはまったく変わっていませんでしたが、なるほどようやく親しくなった女の子たちはことごとくいなくなっていました。
面識だけあったひとりの女の子に、久しぶりねと声をかけられましたが、あまり愛想もなく経緯などを聞く気が起こりません。

ドリンクを頼んでから雑誌を読みつつ女の子たちを眺めましたが、こう言っては申し訳ないですが、ルックス的に大きくレベルダウンしてしまったのには失望させられました。
まるで、今までの女の子たちが可愛いから天狗になって仕事をさぼっていたので、不美人にすればよく働くだろうと考えたかのようです。

以前にも紹介したように、ここはウェイトレスがメイド服やセーラー服で給仕するのが特徴と言えるカフェです。
香港人の老板(社長さん)が経営する漫画喫茶なのですが、日本のサブカルチャーを取り入れることで、漫画から日本文化を愛好する現地の若者にアピールするためということでしょう。
であれば、日本のメイド喫茶からイメージするような美少女がいなくては、趣旨にそぐわないこと甚だしくなります。
腑に落ちないまま、はやばや店を後にしました。

コスプレ・カフェではいちばん親しかったのが Cyndi でしたが、彼女もご多分にもれず首を切られたひとりです。
突然の事態に泣きじゃくって報告してくれましたが、ようやく立ち直って今はデパートで働いています。
ひと月振りに会うと、少しやせ細っているのをわたしは見逃しませんでした。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(3) | 2010/04/18 Sun

坐着書上看書

M8/Tanar 5cmF1.5
かつて世界一大きな本屋と言われていたのが、深圳書城です。
建物の1階から5階までずらっと書籍が並んでいて、以前出掛けた時は圧倒されたものでした。
しかし、今では深圳市内だけでもこの程度の規模の書店は5軒ほどありますし、恐らくいちばんになりたがるのが好きな中国にはどこか別の所により大きな書店が誕生していることでしょう。

中国では書籍の値段はかなり安く、たぶん同程度の日本のものと比べると4分の1、5分の1という価格設定になっているように感じます。
ただ、問題は中国語が読めるかということになります。
写真の多い旅行ガイドブックなどは、語学力がなくてもどうにかなるので、わたしは何度も深圳書城のお世話になりました。

困ってしまうのが、本が傷みやすいことです。
製本技術か製本用ののりに問題があるようで、本を大きく広げるとページがばらけることがよくあります。
ガイドブックは旅行に持参すればいいのですが、必要なのが数ページですと重い本1冊持ち歩くよりコピーで十分となりますが、コピー時にページをガバッと広げてそのまま製本がばらばらになるという経験をさんざんしてきました。

それでも自分でやらかしたのなら諦めもつきますが、購入時すでに本がばらばらになりかけていたり、そこまでいかないまでも開き癖のようになった本をつかまされることが多々ありますので注意が必要です。
その原因こそ、作例の彼らだと言えばよいでしょうか。

30分や1時間はぜんぜん平気で同じ本を読み続けますから、薄い本であればたぶん読み切ってしまうでしょう。
わざわざ本など買う必要はないと考えている人も多いかも知れません。
著作者や出版社の厳しい現状が垣間見えるようです。

本の読み方にも異議を唱えないといけません。
写真の中には、立ち読みしている人はなく、みんな座り込んでしまっています。
書棚の角に座っているのはマナーの良い方で、本棚を背に床にベターっと座るものあり、本の上にどすーんと座るものありでお行儀が悪過ぎです。

ただ、本を読む集中度はかなり高いようで、M8でパシャーンとシャッターを切っても誰も気付きませんでした。
彼らには、書店と図書館の区別は存在するのかなどと考えてふと気付いたのですが、この様子なら日本で問題になっている書籍の万引きは存在しないかも知れません。
【M8/Tanar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tanaka Kogaku TanarH.C. 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/04/17 Sat

従重慶来的少女

M8/Hektor 7.3cmF1.9
また戻って来てしまったので、仕方なしにバス停前の市場を覗いてみることにしました。
大きな体育館くらいのサイズの建物の中に、肉や魚、野菜、雑貨などの個人店舗がぎっしり並んでいる中国でごく一般的な屋内市場です。
見て歩くのは楽しいですが、さすがに買えるようなものはなく、冷やかして歩くのはお店の人に悪い気がして、撮影まではなかなかできません。

果物なんかは、日本だとまったくないかあっても高価なので、少しだけ買って帰りの車中で食べてみるなんて愉しみがあります。
しかし、まだ寒いこともあって、バナナやみかんなど華南ならではのフルーツが見当たらず、これも断念せざるを得ません。

まあ、こんなものかと歩いていると、あまり見かけないおもしろい店舗がありました。
重慶干面と書かれた麺のお店です。
話しかけると、重慶や四川ではこういう麺を干して売る店はわりとポピュラーだということでした。
ただ、当地ではそば屋で普通に食べても50円とかそんなものなので、あえて麺だけ買って帰って自宅で調理するまでもないのかも知れず、その辺は微妙なようでした。

四川のそばは美味しかったので、これはぜひとも賞味したかったのですが、あくまで麺は売ってくれるだけで調理はできないとの答えでした。
しかし、わたしがよほど食べたそうな顔をしていたからでしょうか、店の女の子が、何軒か先にある店にこの麺を持ち込んで、調理してくれるよう頼んでくれると言います。

じゃあ、その干麺を1杯分くださいと言うと、あれはあくまで保存用に干しているので、こちらを食べるべきといま打ち立て(?)のそばを手渡してくれたのでした。
2元(30円弱)と言われてそんな安いのと一瞬驚きましたが、完成品のそばで50円程度なのですから特に安いというわけではないかと気付き直します。

女の子は、数軒先の食堂へ行って、これでこのお客さんにそばを作ってやってと麺を手渡しました。
潮州料理の食堂で四川風のそばを作れるはずもなく、出てきた潮州そばあひる肉トッピング、四川麺入りは、なんともちぐはぐ感の強い、くだんの女の子には申し訳ないほどうまくないそばになっていました。
なにしろせつかくの新鮮だからという麺が、ゆで過ぎでコシがなくなってしまっています。
ただ、ローストしたあひるだけが、唯一美味でしたが。

旨ければ最高ですが、期待はずれだったとしてもこういう昼食はそれなりに楽しめるのがよいです。
少なくとも食べるまでの経緯と期待感は、普通では経験できないものです。
美味しいものを下調べしてたずねて行くのもよいですが、旅らしさということでは、こんな麺はまさに一期一会といえるでしょう。

さて、もうそろそろ虎門経由で深圳に戻らないといけません。
しかし、まず虎門に行くバスはそばを食べた店のまん前です。
とはいえ、またあの超鈍行でのんびり進んでいくのかと思うと、少しばかり憂鬱にならざるを得なくなります。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(2) | 2010/04/16 Fri

逆流回上車点

M8/Hektor 7.3cmF1.9
呑気なバスは再出発しましたが、のんびり具合は変わりません。
来る時は気付かなかったのですが、バスは基本的にどこでも乗り降り自由だったのです。
交差点や自宅前、どこでも乗客は待っていて、降りようと思っていた古建築があったあたりは5キロ程度しか離れてなかったと思うのですが、30回近くは停車してしまいます。
所要20分というところでしょうか、車内はあっという間に満員です。
運転手が靴を身に行っても大勢に影響なしだったわけです。

どこでも停車するバスは中国の至るところにありますが、たぶんそのほとんどが農村部などいなかのバスのはずです。
乗客の絶対数が少ないうえ、村と村の間には何にもないのが普通なので成り立つシステムです。
都市部のバスで同じことをやれば、なかなか進んでいかない超鈍行バスになり下がるのは自明のはずなのですが…。

郷に入れば郷に従うばかりですので、わたしも古建築が見えてきたら降車します。
「シャーッ!」と叫ぶのが中国式で、これは降りることを意味する「下」の中国語読みです。
だいぶ混雑してしまうと大声を出さなければ運転手は気付いてくれません。
外国人には緊張の瞬間になります。

窓からみとめたとおり、古建築はあることはありましたが、ほんのぽつりぽつりある程度でした。
それらは確かに清代の100年は経とうかという立派な建物です。
しかし、それ以外は古いというよりはきれいでないと言うべき、作例のようなボロい建物です。
恐らく1950~60年代に煉瓦で建てられた、倉庫と大差ない粗末な住宅でしょう。

それでも何かあるかも知れないと住宅地をずんいずん進んでいきました。
やはりごくまれに古建築があって少数の新築家屋があり、その間はすべて煉瓦家屋という感じです。
村全体がすすけた印象です。

作例の家はたまたま「毛主席万歳」と書かれていたのと、通常赤地の上に書かれるのが黄色というのが珍しかったので撮影したものです。
言うまでもなく赤は共産主義を表すのですが、黄色は中国では皇帝の色だとよく聞きます。
あるいは、毛主席の勝手気まま振りを皮肉ったものだったのかななどと想像しながらシャッターを切りました。

好奇心だけでバスを降り、15分ほど散策を続けましたが、これといった収穫はありません。
なおも小道を歩き続けると少し離れたところをバスが通るのが見えました。
今度はあれに乗って虎門のバスターミナルまで戻ることにしました。

バスが見えた通りまで出たところで、妙な感覚に襲われます。
なんだかここって見たことなかったっけ?
ああ、気付いてみれば、まさにバスに乗車した白沙の市場前のバス停でした。

あとで地図で確認してやはりと気付いたのですが、ここを出発したバスはかなりの距離を走ったところでぐるっと回ってまったく反対方向に向かって進みます。
ヘアピンのようなイメージです。
わたしはたまたま乗車地点の300メートルほど北側に差しかかったところで下車して、そのまま南に向かって歩いたため元に戻って来てしまったのでした。
恐るべき偶然ですが、もしかしたら逆水流亀村堡の亀に導かれて逆流して来たのかも知れません。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2010/04/15 Thu

司机看一看東西

M8/Canon 35mmF2
バス停に舞い戻りました。
実は、来るときに途中バスの車窓から古い建物がちらほら見えていたので、そこへ行ってやろうと考えたのです。
始発ですから路上に2台のバスが停まっていましたが乗客はいません。
正式な時刻表があるとも思えない路線バスでしたが、ほどなくすると運転手はエンジンをかけて出発しました。

その最初のバス停付近に人だかりがあります。
といってもバス待ちというわけではなく、小さな商店に人々が殺到していました。
運転手は、唯一の乗客であるわたしに何やら声をかけると、またエンジンを切ってバスを降りてしまいました。

どうしたのか聞き返すと、店で靴の特売をやっているので見たいということでした。
はあ~? と思いましたが、どうせ暇ですから、じゃあわたしもと付いて行きました。
特売の靴は、大量に投げ出されるように店先に大量に置かれていましたが、一目見てこれは欲しくなるようなものはないと気付かせるほどしょぼい品揃えです。

運転手は、お気に入りを探すべくとっかえひっかえ靴を眺めていましたが、やはりひどいものばかりと気付いたからか、あきらめてバスに戻っていきました。
バスに向かって歩いているのがその運転者です。
ひとりだけとは言え、いちおう乗客がありながら特売のくつを見たいという理由でバスを停車させてしまう緩さがわたしにはたまりません。

虎門に着いてから35mmレンズに交換していたため、ぎりぎり作例のような当時を記録するような写真を撮ることができました。
そのレンズは、キヤノンの35mmF2ですが、これはレンジファインダー・キヤノンの最晩年に登場したレンズです。
1963年登場ということは、ライカM3発表から9年も経っています。
このカメラの登場が、国産ライカ・コピーに引導をわたしたことになっており、それからずっと後のキヤノン35mmF2はライカのレンズ群に対抗しうる性能を有していたことでしょう。
これより後には一眼レフ用にも転用された19mmF3.5しかありません。

しかし、この構成を見て驚きを隠せませんでした。
4群7枚と言う構成は、2代目のズミクロン35mmF2(いわゆる角付きを含めた7枚玉ズミクロン)と同様の構成です。なんだズミクロン・コピーかと思えばそうではなく、なんとキヤノンのこのレンズに遅れること6年で7枚玉ズミクロンが登場しています。

ライツが高性能で名を馳せたこのキヤノンの35mmF2の存在を知らずに7枚玉ズミクロンを出したとは思えません。
どの程度の影響があったのでしょうか。
何しろ初代ズミクロンは6群8枚で、簡単に言えばその3群目を取ってしまったのが7枚玉のズミクロンでと見なし得ます。

写りはそっくりです。
すごくシャープでコントラストも高い。
しかし、ここでも驚きなのは、ボケは先に出ていたキヤノンの方が自然で美しいと言えるのに、ズミクロンの方ははっきりした二線傾向にあります。
ただ、それ以上のことは残念ながら、わたしには説明ができません。
両者の徹底した比較が必要でしょう。

わたしはどうも、このシャープでハイコントラストな写りが苦手です。
この作例で言えば前ボケにキヤノン35mmF2ならではの主張があるかも知れません。
ですが、他の部分を見ても特徴を見出すことができないでいます。
最新コンデジで撮った作例でございとやっても、誰も気付かないのではないかと思ってしまうのです。
【M8/Canon 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 35mmF2 | trackback(0) | comment(6) | 2010/04/14 Wed

亀尾坐老人家

M8/Canon 35mmF2
逆水流亀村堡を立ち去ろうとすると、門のところに老婆が腰掛けていました。
深いしわをたたえたその顔は、穏やかというよりはけわしさが前面に出ているように感じられます。
通りがかりでこんなことを言ってはいけないかも知れませんが、老婆の人生の辛苦振りが写しだされているように感じてなりません。

おとといの井戸汲み女性も昨日の赤ん坊を抱く少女も、地方から出稼ぎにやって来た人たちでした。
何度かこの周辺には工場の進出が多いと書きましたが、その下請け、孫請けを含めて安い労働力としての地方からの出稼ぎ労働者も多く受け入れられています。

かつて民工潮とか盲流という言葉が存在するほど、地方からの労働力は都会にさえ出ればどうにかなる的な行き当たりばったりなものが主流でした。
子どもを預けっ放しの長期間出稼ぎや家族離散といった負のイメージをともなうものです。

それが、空き家を借りることによる、家族全員でその地に根を張った新しい出稼ぎのかたちが確立していたのでしょう。
はかれない苦労も多いとは思いますが、明るい彼らの表情を見て、ホッとするものを感じました。

しかし、一方でもともとの住民はごくわずか残っているだけだという彼らの言葉が気になります。
古い石の建築は、わたしが崇拝するのに反比例して暮らしにくさが顕著になります。
ましてや、このあたりは都会ですから、誰もが不便な生活を捨てて、近隣にできはじめている高層マンションに移りたいと思うことでしょう。

そうして、ひとり減りふたり減りして、残ったのがバイタク運転手の親父であり、この写真の老婆なのではと思えます。
中国の発展はあまりに早く、一例をあげれば、家庭に電話が設置されるようになる前に携帯電話が普及しきるという具合です。
どこかで時間がどーんと進んでしまって、家族はつぎつぎ出ていき、老婆が、親父が取り残されていったのではないかと寂しい気持ちとともに考えてしまいます。
家族はもちろん、ずっといっしょに暮らしていた近所の人たちはいつの間にか地方から来たよそ者に代わってしまったというわけです。


そんな具合ですから、逆水流亀村堡という古建築群の風変わりな名称の由来は分かりませんでした。
帰国後検索してみると、次のような簡単な説明を見つけました。
曰く、四方を池に囲まれたこの建築群は、まるで池で亀が遊んでいるように見えるからこの名前が付いたとのことです。

かつて北端にあった高い建物が亀の頭と言われていたようです。
四隅には、やはり少し高い建物があってそれぞれが足だったと思われます。
撮影したこの位置は橋ですが、なるほどさしづめこれが亀の尻尾と言うことなのでしょう。
【M8/Canon 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 35mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2010/04/13 Tue

五圓太貴了

M8/Canon 35mmF2
虎門は、深圳から北西に高速バスで1時間強くらいのところにあります。
その中間に深圳空港があって、前後には宝安、福永、沙井、長安などの鎮があって、内外の多くの企業が一帯に工場を構えています。
華南に進出した日本企業も周辺に進出しているケースが多く、このエリアは意外に日本人に馴染みのあるところのようです。

バスは、虎門の中心にあるバスターミナルに到着しましたが、そこからまた白沙村行きの路線バスが出ていたのですかさず飛び乗りました。
逆水流亀村堡がとせこにあるのかは分かりませんが、白沙村にあるのは間違いないので、そこから捜索開始します。

終点・白沙村のバス停の前が市場になっていて、バイタクが1台しっかり客待ちしていました。
恐る恐る逆水流亀村堡を知っているか聞きます。
実は、虎門バスターミナルでもあちこち聞いて誰も知らなかったので、少し及び腰になっていました。
すると、バイタクの親父さんは、そこなら知っている、なぜならわたしはそのそばに住んでいるからという回答が待っていました。

料金を聞くと5元と言います。
バイタクは地元の人には3元の最低価格が設定されているようですが、よそ者には5元からという不文律があるようなのを体験的に会得しています。
意外に近くなのかもと思いつつ、バイクの荷台に跨りました。

その近さは意外なんてものではありませんでした。
羽田発伊丹行きの航空機が、離陸後上昇していると思っていたらやがてすぐに下降を開始して瞬く間に着陸するかのように、バイクは加速しきるとすぐに減速しあっという間に到着してしまいました。
所要20秒、歩いても5分かからない目と鼻の先だったのです。

いくらなんでも、すぐそこだから歩けと言えばいいようなものを、しっかり瞬間芸的に5元せしめたのでした。
真顔で着いたぞと言う親父さんに、わたしは怒る気になれず、ハハハッと笑うしかありませんでした。
これはトラブルとは言えないと思いますが、どうも中国でバイタクに乗ると、一筋縄でいかない喜劇のような世界が待ち構えているようです。


さて、そんな気分が散策する姿に現れていたのでしょうか、昨日の井戸のところでは美味しいからどうぞと水をご馳走になり、少し歩いたところでは女の子と知り合いになりました。
写真では緊張したからでしょうかあまり可愛く見えませんが、切れ長の涼しげな眼をした美しい少女です。

外国人を初めて見たと言ってましたが、前述のように外国企業が多く進出しているエリアですので知らないうちに外国人を見ていた可能性は高いと思います。
ただ、眼や鼻のそっくりな弟の方は、たぶんわたしが初めての外国人ということで間違いないでしょう。
【M8/Canon 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 35mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2010/04/12 Mon

別的地方汲水

M8/Canon 35mmF2
1時間そこそこの大鵬所城だけではもの足りません。
翌日のもう半日ある時間で行けるところを探すべく、その夜ネット検索しました。
もちろんグー○ルは使いません。
百度というポータルサイトで、近隣の東莞市に古鎮はないかと検索を繰り返しました。

東莞には南社という古鎮が比較的有名でばしばしヒットしますが、すでに2007年6月に出掛けていました。
なおも執拗に検索を続けますと、ピンと来るところがありました。
ほとんど見落としそうなところに出ていた村で、読んでもわざわざ行くまでもなさそうな小さくしょぼい所のようです。

しかし、それだけに訪れる者はほとんどないでしょうし、ましてや日本人初踏破そして本邦初公開(?)の可能性は高いと言えそうです。
なぜピンと来たかというのは他でもありません。
名前が気にいったのです。
東莞市虎門区白沙村逆水流亀村堡、なんだか長ったらしくて、面白そうな名前ではないですか。

いい加減長時間の検索にうんざりして、翌朝は何も考えずにここへ行けばいいと、さっさと眠りに就いた訳です。
さいわい深圳から虎門へのバスはたくさんあります。
村が想像以上にしょぼくても何かしら撮影してくることは可能でしょう。

ホッとできたのは、作例のとおり、大鵬で撮れなかった井戸水汲みの場面から逆水流亀村堡でも撮影できたことです。
無茶な理由でやって来た村でも、それなりに楽しめてしまうのが、中国古鎮の懐の深さということにしておきましょう。
今回の中国シリーズは昨日で終わりと見せかけて、もう1週引っ張ることにいたします。
【M8/Canon 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 35mmF2 | trackback(0) | comment(4) | 2010/04/11 Sun

涼茶在老房子

M8/Hektor 7.3cmF1.9
1時間ほどの滞在でしたが、以前との変化と無変化を愉しんだり、インタビューを受けたり充実の時間でした。
帰りの長い道のりが憂鬱でしたが、そろそろ大鵬所城を後にしなくてはなりません。
聞けば、前の通りに大鵬汽車站へ行くバスが10分間隔で走っているそうで、それならもう少しだけ時間がとれそうです。
大鵬所城に入ったとき気になっていた、お茶屋さんのところに戻ってみました。

古民家の土間にテーブルを並べただけの小さな茶屋でしたが、メニューも涼茶しかないようです。
誰もいなく薄暗い店に入って、店番の若い青年にお茶をオーダーしました。
やはり古い家具を使ったテーブルとイスは、なかなかに居心地の良さを感じさせます。

すぐに運ばれてきた涼茶は、予想に反して冷たいものではなく、熱いお茶でした。
お茶は少しの苦みを感じさせた後、口中に柔らかな甘みの余韻を残します。
この清涼感こそが、涼茶たる所以でしょう。

ですが、考えてみれば、香港でも深圳でも涼茶スタンドというのがあって、体にいいブレンド涼茶というのが何種類もあります。
味わうシチュエーションで、まったく違うものだと錯覚してしまうのは、旅先でよく起こす混乱です。
頭や舌が、感傷のフィルターによって適確に判断できなくなってしまうのでしょう。

そうそう感傷に浸っている時間はありません。
軒先で地元の親父さんたちと話しこんでいる青年に、茶代をわたしてバス停に向かいました。
なるほど3分も待つとすぐにバスはやって来ます。
迷う時間すら与えられず大鵬汽車站に着くと、たいへん幸運なことに深圳の中心まで行く快速バスがあったのでした。

リクライニングできるふかふかシートは快適で、座るやたちまち爆睡してしまったようです。
途中のルートは不明ですが、気付くとほぼ1時間で見覚えある深圳の幹線道路を走っていました。
大鵬での短時間のできごとが遠い昔のように感じられます。
涼茶は眠り誘う薬で、バスは時空を瞬時に移動する音速ジェット機のようでした。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2010/04/10 Sat

自豪鏡頭

M8/Hektor 7.3cmF1.9
ある方の金言にこんな言葉があります。
欲しいと思ったレンズは、念ずれば、やがて自らやって来る。

わたしの場合インターネットで検索しまくっているので、やって来るというよりは、強引に探し当てると言った方が正しいですが、この言葉が真実だと思えることが立て続けにありました。

先月、ブラック&ニッケルのツァイスとライツのレンズに言及しました。
ミイラ捕りがミイラにとはこのことと猛省すべきなのですが、そのブラック&ニッケルの中望遠の2本が欲しくて欲しくてどうにもならなくなりました。
いずれも高価なレンズでしたので、反面で見つかるとたいへんなことになると、半ば見つからない方がいいのだがなどと自己矛盾を起こしたりしていたのですが、やはり2本とも安価なものを発見してしまいました。

ツァイスのそれは、次の機会に持ち出す予定ということで、またその時とさせていただきます。
ライツの方は、今回持ち出したヘクトール 7.3cmF1.9 になります。
ブラック&クロームからの乗り換えです。

ヘクトール 7.3cmF1.9 の製造本数は、7225本とけっしてすごく少ないというものではありません。
しかし、その中でオールブラック、オールクローム、ブラック&ニッケル、ブラック&クロームとバリエーションが多いのですが、ほとんどがブラック&クロームでブラック&ニッケルはほとんど見たことがありません。
最初に見た売りに出ていたブラック&ニッケルのヘクトールこそ、今回使用したこのレンズに他なりません。

バージョン違いレンズは、通常高額になるものです。
ニッケル部分がくすんだクロームに見えたからか、あるいは単にブラックペイントの剥がれがひどいからなのか、某カタログに出ていたこのレンズは、ブラック&クロームのヘクトールよりも安いくらいの値札が付いていました。
オーダーをかけたら、ご免なさい値段を付け間違えましたとの回答をもらったことが昔ありましたので、祈る気持ちでメールを入れたところ、何事もなくそのブラック&ニッケルはやって来たのでした。

ライツのシリアル番号表は1933年から始まっているので、正確ではありませんが、この個体は1932年製造と思われます。
ヘクトールは、1931年製造開始ですから、初期タイプとしてブラック&ニッケル外装されたのだと理解できます。
しかし、鏡胴の距離目盛とレンズヘッド部の絞り目盛の象嵌の状態が違いすぎるため、あるいはレンズヘッドが好感された可能性があります。

そういう疑問を割り引いても、やはりオールドレンズを入手することには、たとえようのない喜びがあります。
それが念じることでやっと手に入れたレンズであれば、なおのことです。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2010/04/09 Fri

囲中囲

M8/Hektor 7.3cmF1.9
2年半振り3回目の訪問ということで、大鵬所城を歩いて新鮮な感動というのは得られません。
歩きながら前回のことを思い出したり、逆に変化した点に気付いたり、そんな感じです。
昨日、戦前と変わらない姿などと書いたばかりですが、この2年半の間にけっこう変化したところがあるのに気付かされました。

ごく簡単な土産屋があるだけだったのが、お茶を飲める店や雑貨屋が営業していたり、未舗装の路地が真新しい石畳に生まれ変わったりしていました。
これは、きっと来訪者が増加したことと関係あるのに違いありません。
よくなった反面、少しだけ寂しくも感じます。

これは、懐かしくも予想通りの変化だ、そう感じたのが今日の作例です。
前回、この泉で水汲みしているシーンをとりあげたのですが、その当時は柵がありませんでした(http://zunow.blog51.fc2.com/blog-entry-502.html)。
それが、ついに安全性重視でご覧のように変化しています。

井戸の深さは推定3メートルほどで、水深は浅そうでしたが落ちれば大けがは免れないでしょう。
幼児なら、生命の危険すらあります。
井戸完成から今回わたしが見るちょっと前までの長い期間、穴がぽこんと空いているだけだったというのがたいへんな驚きでしたので、これはいちばん嬉しい変化と言えます。

しかし、同じ2枚の写真を並べて変化がないじゃんと気付くこともあります。
いや、むしろ前回よりもひどくなっています。
来訪者が増えたはずだというのに、今回もまた洗濯物がこれ見よがしに翻っています。
じつは、このあけすけさが、わたしが大鵬所城を愛する最大の理由だったりするわけですが。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(3) | 2010/04/08 Thu

所城簡介

M8/Hektor 7.3cmF1.9
大鵬所城は、わたし自身3度目ですし、前回の滞在は2007年10月でして。
その時の模様は、このブログで紹介させていただいています。
もう、2年半前のことになりますので、もう一度大鵬所城のことを簡単に説明いたしましょう。

ここは入場料が20元必要です。
チケットを買うとパンフレットをくれますので、その文章をそのまま転載です。

大鵬所城は、深圳市東部の大鵬半島に位置します。始まりは1394年にさかのぼります。
中国海防の軍事要塞として、明朝、清朝の時代は植民侵略を守り、南中国の海岸線防衛で重要な役割を果たしました。
明清代の海防軍事城堡としての体裁と風貌を残していることから、文物的・科学芸術的重要な価値を持っています。
1839年大鵬所城の将軍に率いられた兵士たちにより阿片戦争の主戦である九龍海戦に勝利したことは、中国古代史から近代史へのターニングポイントとなり、ゆえに大鵬所城は歴史的価値も有していると言えるのです…。

肝心の現況が出ていません。
人口は不明ですが、古民家のほとんどに住民がいて、1000人以上は住んでいるのではと想像されます。
面積も、非常に大雑把にいえば、300メートル×300メートルで90000平米くらいはありそうです。

客家の古建築でよく見られる囲屋の形式で、要は高い壁で四角く囲われた内側に古民家が碁盤状に並んでいます。
正面の南門を中心に東門、西門と3つの出入り口があります。
写真の上方に写っているのは東門で、左右には延々と高い壁が連なっています。

左上にちょこっと写りこんでしまっているのは街灯で、電線も目立っています。
しかし、それらを除くと小型リアカーを引く男性を含めて、戦前からほとんど変わらない姿が保たれているように思われます。
あっ、よく見たら東門の右側に高いテレビアンテナが目立ってましたか。

広東省でも少し地方の客家囲屋を訪れると、廃墟とまでいかないまでも住人が激減して荒れてしまっているところが多いです。
その点では、客家人がそのまま暮らしている大鵬所城は生きた古民家群として、訪れる価値の高いところです。
【M8/Hektor 7.3cmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 7,3cmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2010/04/07 Wed

拍和被拍

M8/Tanar 5cmF1.5
大鵬所城を歩き始めると、さっそく賑やかなグループに出くわしました。
赤いチョッキを来た子どもたちで、ざっと40人くらいいます。
小学校の課外授業のようです。
落ち着いて歩きたいので、子どもたちとは反対方向に進みましたが、それからしばらくしてまたばったり鉢合わせしてしまいました。

こういう巡り合わせなのでしょう、観念して彼らとともに古い生活道具などが展示してある古民家に入っていきました。
逆に子どもたちをモデルに何枚か撮ろうと発想を切り替えます。
ですが、狭い古民家に大勢が一度に入って来たので、なかなか写真撮影は難しいものがありました。

子どもたちを観察すると実に熱心に見学していて、少し不思議なくらいでした。
みんな一様に展示物の案内文を読んで、ノートを取っています。
よく見ると、チョッキの背中に「晶報 陽光少年小記者」と書かれています。

晶報は、深圳の地方新聞ですから、子ども向け社会記事を少年小記者を動員して書かせようということでしょう。
子どもに社会活動させることで新聞社としての地域貢献をすると同時に、小記者の家庭では新聞を購読してくれるという一石二鳥を期待しているのでしょう。

そうでした、彼らは記者なのです。
同じ古民家にいたわたしは、いきなり取材を受けることになってしまいました。

「質問してもいいですか」
「はい。でもわたしは外国人なので、うまく回答ができるかどうか…」
「この建物や展示を見て、どう思いましたか」
「ええっと、そうですね。客家の人たちが伝統を重んじていることが理解できました。建物や道具は大切に使われ、それが代々受け継がれています。中国の発展は目覚ましいですが、こういった点は見習ってほしいです…」

通じたかは不明ですが、咄嗟にしてはよくできた回答ができたかなとホッとしていると、パシャ、パシャと馴染みの音がしてきます。
引率のホントの記者(?)から、こんなやり取りを何枚も撮影されていたのでした。
「外国人訪問者にインタビューする小記者」のようなキャプションで記事になってしまうのでしょうか。
密かに彼らを撮るつもりが、逆撮られとなって、また彼らから逃げるように立ち去ることになったのでした。
【M8/Tanar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tanaka Kogaku TanarH.C. 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2010/04/06 Tue

女神光臨

M8/Tanar 5cmF1.5
月末の中国行は、仕事の関係で月初になりました。
といっても1週ずれただけで、いつもとなんら変わるところはありません。
ただ、疲労のピークで深圳に滞在したため、予定を狂わされることになります。

滞在2日目に、恒例の古鎮巡りの一環として片道4時間かかると想定される佛崗を目指すつもりだったのですが、あっけなく寝過ごしてしまい、朝のバスを逃してしまいます。
遅いバスでは滞在時間が無くなりますので、佛崗はあきらめざるを得ません。

仕方ないので深圳市内ということで、すでに2回行ったことはありますが、大鵬所城へ向かうことにしました。
市内と言っても、中心から約50キロも離れています。
路線バスを乗り継いで行くと2時間半もかかってしまいました。
これだとずっと遠いと思っていた佛崗とそう変わらないと言ったらウソですが、近場に変更したという感覚が無くなりました。

実は、市内の大鵬所城に目的地変更したことで余裕をこいてしまい、朝からフットマッサージに行って昼食後に出発しました。
リフレッシュということと、歩き疲れる前に足をほぐしておけという作戦です。
しかしその寝坊に次ぐ出遅れにより、現地滞在が1時間ほどになってしまいました。
これでは愉しみながら撮影というのは、経験上なかなか難しくなります。

でも、スタート早々、歓迎してくれる女の子がいて、以降愉しみながらの散策と撮影を可能にしてくれました。
大鵬の女神です。
少し後ピンですが、それはご容赦を。
【M8/Tanar 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Tanaka Kogaku TanarH.C. 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/04/05 Mon

我的尾道

M8/Cinor 50mmF2
出張最終日はいちばんつらい仕事が待っているはずでした。
前夜、いい歳した大人が数人で、明日は頑張りましょう、おう!、と声を掛け合うなんて初めての経験です。
何とか6時くらいまでに仕事を片付けないと、終電ならぬ終飛行に遅れて、尾道にもう1泊になってしまいます。

決意も固いそんな日の朝ですら、次はいつ来れるか分からない尾道に別れを惜しむべく早朝の散歩をしてしまいました。
時間は前日と同じですが、今日はホテルをチェックアウトしなければならず、10分は短縮せざるを得ません。
それでも天気に恵まれて、眠い目をこすりながら朝の陽ざしの尾道を歩き始めました。

時間の関係もあって、ルートは昨日とは逆回りにした程度になりました。
ただ、昨日寄ったところははしょれるので、少しだけ先まで歩くことができました。

途中コンビニでおにぎりを調達したのですが、これを食べるのに絶好の場所を見つけました。
志賀直哉がかつて暮らした旧居があって、いまでは一般公開されているのですが、さすがに早朝は門を閉ざしています。
しかし、、軒先までオープンになっているので、日差しが直射する縁側に腰掛けて、坂に広がる町並みやそれが切れるところから始まる海、さらには対岸に浮かぶ向島までの眺望を楽しみながらの朝食は最高の贅沢に感じられます。
志賀直哉だって、かつて同じ景色を眺めながら食事したかも知れません。
遠い過去の文豪との接点は、何もその作品の中だけとは限らないと自慢したくなってきます。

作例の民家は、その志賀旧居のすぐ下にある美しい古民家です。
朝食の美味しさの記憶と、左手の路地で見た屋根の上でのんびり日向ぼっこする子猫の動きの記憶があいまって、尾道の中でも実にお気に入りの地点となりました。

なおも歩くと、坂道写真館なんて魅力的なギャラリー(?)があったり、有名な三重の塔とは別の、天寧寺のもうひとつの三重の塔が民家の間ににょきっと建っていて驚かされたり、愉しみはつきませんでした。
しかし、いかんせん時間が足りません。
きつい仕事へ向けて戻る時がやってきました。


こうしてどうにか無事出張から戻ってみると、ひとつのことに気付きます。
つらい出張というだけのことであれば、負の記憶だけが残って、ひいては尾道自体の印象が悪くなっていただろうと思われます。
しかし、こうして尾道やわずかな時間でも鞆を歩いたことが、彼の地のイメージを向上させています。

そうしてわずかに撮って来たしょぼい写真を眺めただけで、そんに記憶がよみがえることでしょう。
その時は、つらかった仕事の記憶も、仕事をがんばったと美化されて頭の中に浮かび上がるに違いありません。
早起きが三文の得というのは、わたしにとってはそういうことになりそうです。
【M8/Cinor 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
SOM Berthiot Cinor 50mmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2010/04/04 Sun

架橋的問題

M8/Cinor 50mmF2
わずか10分。
夢のような時間はあっという間に過ぎ去りました。
これだけの滞在で書くのはおこがましいですが、において避けて通れない架橋の問題に少しだけ触れることをお許しください。

架橋の問題というのは、簡単にいえばの町中の生活道路が対面通行できないほど狭く、拡幅や山側に道路新設ができないことから海に長い橋を通そうというものです。
しかし、その橋は江戸時代から存在する常夜灯と波止の沖を通ることから、歴史的景観を破壊するものだと反対が出て、ついには工事差し止めの訴訟が起こる事態になったという問題です。

今回、車でその細い道を通り、なるほど街中のほとんどの区間ですれ違いができないことが分かりました。
しかし、ところどころ退避できる空間もあり、交通量次第ではそれほど問題にならないのではとの感想も持ちました。
日本の道路事情で言えば、恐らくこのくらいの道路というのは全国中に存在しているでしょう。

朝夕は住民だけでもそこそこの交通量はあると思われるものの、恐らくは通勤通学ということでいえば同じ方向に進むのでしょうから大きな障害になっていないと思われます。
やはりわたしたちのような外来者が邪魔になっているのだと考えなくてはなりません。

だとすれば、こういうケースでは許可車以外進入禁止にするのがもっとも簡単で効果的な方法ではないでしょうか。
町の入り口付近に大駐車場を設置すれば、狭いですから歩いてもたかがしれています。
レンタサイクルを設置してもいいでしょうし、可能であればパーク・アンド・ライドを導入して、マイクロバスを運行させられれば理想的です。

一方、を歩いて気付いたことがあります。
歴史的景観とか世界遺産を目指すという言葉から、整然とした古い町並みと海辺には常夜灯がぽつんとした風景を想像していたのですが、実際にはちょっと違っていました。
前々日の写真のように、浜辺には小舟がびっしりと並んでいます。
これは、いかにも雑然と言う印象を残すものなのです。

わたしはこれがダメだとはちっとも思いません。
釣が好きで、子どものころから港を見なれたわたしには、船が並んでいるのはむしろ好きな風景です。
ましてや住民の方には見なれたごく普通の風景と言えるでしょう。
仮にこの風景の中に新たに橋ができたとしても、それほど違和感は感じないと思うはずです。

そんなことから、架橋に賛成する住民は景観が悪くなるのを止むなしと考えているというよりは、橋ができても変化はほとんどないと考えているのではと思えるフシがあります。
実際のところはどか分かりませんが、景観がよそ者が騒ぐほどの変化もなく、生活道路が増設されるとなれば賛成するのは当然のことです。

しかし、それでもよそ者としてのわたしは、橋は造ってほしくないと考える派です。
人間の手の加わっていない自然と生活の中で長い年月の間に形成された建造物がフィットしてこそ美しい景観になるのであって、そこにあたらしく人工のものを付け加えるのは、避けえるのであれば避けてもらいたいと単純に思います。
ただ、それでも闇雲に反対するのではなく、住民ひとりひとりが納得する形での解決を望みます。
彼らの祖先に対する感謝と敬意は忘れては、子孫が町に誇りをもって守っていってくれないだろうと思うからです。
【M8/Cinor 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
SOM Berthiot Cinor 50mmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2010/04/03 Sat

左拐就到

M8/Cinor 50mmF2
渡し船乗り場の駐車場から、小走りで常夜灯方面を目指しました。
10分後には車まで戻っていなくてはいけないので、ほんとうに行って戻って来るだけになります。
それでも、ここに来れただけで感謝しなくてはいけないでしょうが。

常夜灯へは海沿いに進めると思っていたのですが、そうはいかないようです。
途中、若干の遠回りで街中の路地を入っていかなければなりませんでした。
路地の十字路を左に曲がったところで思わず息を呑むことになります。
両サイドが古民家のみ並んだ、100年以上変わらない美しい町並みです。

いくら10分だけでも写真を撮る時間はあります。
ここで出張バッグからカメラを取り出し、何枚かばしばし撮影しました。
露出を少しずつ変えてみましたが、そうすることによって雰囲気が変わるのは当然のことです。
しかし、この風景は想像以上に露出変化に機敏に反応したような気がします。

それは、まるで魅力的な女性が表情の微妙な変化で雰囲気を大きく変えるのに似ているような気がしました。
作例は、一段オーバーで撮った適正露出と思われる見た目に近いものですが、日差しが当たらない路地が柔らかなボケと滲みをともなって抒情空間に感じられます。

路地の向かい側から手前に向かってが、いちばん美しい町並みの情景のようで、のホームページなどはその写真が使われています。
同じでは面白くないので、ちょうど右端の建物から出てきた若旦那(お客さん?)が、雰囲気のある方でしたので、こちらを主題にした方を採用しました。

平日だというのに、観光客がそこそこ歩いていて、ただでさえ狭い通りはにぎわいがあります。
それがイヤと感じたなら朝早く来るしかないようです。
突然の来訪者たるわたしにはまつたく気になりませんでしたが。
【M8/Cinor 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
SOM Berthiot Cinor 50mmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2010/04/02 Fri

看不見的常夜灯

M8/Cinor 50mmF2
気温が低いばかりか、風は冷たく、確かにこの日はかなり寒かったことは間違いありません。
同行した同僚が、寒いんで先に車に戻るから、少しひとりで見てきたらと声をかけくくれました。
これは、あきらかにわたしを気遣ってということでしょう。
出張バッグを肩に下げたまま歩くわたしを見て、中にカメラがあって撮影したがっているのを察したのではと思われます。

待たせては申し訳ないので、では速攻で行ってきますと常夜灯の方へ小走りで向かいました。
狭い鞆の浦ですが、せいぜい10分くらいで戻らないと悪いと思えば、さっさと撮影しながら常夜灯を見て、そのまま戻るしかありません。

港へ出ると、すぐにその常夜灯が視界に飛び込みました。
なるほど美しい姿です。
ひどい逆光でしたが、かまわず撮影して液晶で確認します。
思った通りフレアで真っ白けでしたので、左手でハレ切りするとだいぶ改善されました。
それが、この作例です。

現代のコーティング・レンズで撮れば、美しい仕上がりになるのかも知れませんが、致し方ありません。
いえ、むしろこの状況でゴーストが出ていないのは、年代を考慮すれば逆光に強いレンズなのかも知れません。
もうちょっとコントラストが出てくれればよかったのですが、これでは常夜灯がシルエットになって浮かび上がった実際に見えた状態とも違います。

少し絞ればだいぷ変わったのかもしれないですが、テストとしなかったのは我ながら失敗でした。
普通の感覚ならボツにするところですが、この後普通に撮った常夜灯の写真があまりに平凡だったので、冒険的に出してみます。
この写真あたりから、周辺の光量落ちが顕著になります。
【M8/Cinor 50mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
SOM Berthiot Cinor 50mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2010/04/01 Thu
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