石橋与農婦

M8/Angenieux M1 50mmF0.95
羊楼洞は、なかなか楽しい村でしたが、1本の石板街だけでは狭すぎです。
近くに新店という同じような石板街があるとの情報を得ていたので、曾夫妻には別れを告げ羊楼洞を後にしました。

新店はすぐ近くの村ということでしたが、30キロ離れていて三輪タクシーで隣村まで出て、そこからはバスでまた隣の村で下車し、そこから別のバスに乗り換えて行くとのことでした。
しかし、折悪く雨が落ちてきてしまい、三輪タクシーを乗り継いで行きました。
三輪タクシーと表現しましたが、これはタイのトゥクトゥクと同様のもので、乗り心地はいま一つですが、運賃はトータル300円弱とかなりの割安です。
運転手も、外国人が来るとは想像もできないでしょうから、ボルこともしないようです。

当日のうちに赤壁に出なくてはいけないので交通手段を調べようとしましたが、三輪タクシーが停車したその場所が村のバスターミナルで、そこには唯一の目的地である赤壁行きのミニバスがしっかり停車していました。
最終の時間を聞くと5時半だとのことで、さらにそれまでスーツケースを預かってもらえないかたのむと人の良さそうなおばさんが簡単に引き受けてくれました。
そればかりか、傘を持たないわたしに、あそこで売っているよとわざわざ案内してくれます。

新店は、歩いた印象では羊楼洞と同じような規模に感じられましたが、直行バスがあるなど、思った以上に開けているのかも知れません。
こちらの石板街は半分がそのまま商店街になっていました。

雑貨が並ぶ商店街は、あまり風情のあるものではありません。
少しがっかりいながらもさらに歩き続けると石板街は終わってしまいました。
そして、代わって開けたのがご覧のような風景です。

川の水は濁っていましたが、石橋と緑のある川の風景は、19世紀の絵画を見るような風情がありました。
雨の中、しばしたたずんでいると別世界にやって来た気分濃厚です。
【M8/Angenieux M1 50mmF0.95 F0.95】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux TypeM1 50mmF0.95 | trackback(0) | comment(2) | 2009/09/30 Wed

太平天国鏡頭

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
今夜も引き続き、レンズについて言及することにします。
今日の作例は、撮影時に液晶確認したときに、クリアな発色とヌケの良さを感じたのですが、こうしてあらためて見るとどうも勝手が違うようです。

やはり少し青っぽく感じられます。
肌のしっとりした質感はすごくいいのですが、肌の色が少し不健康な印象です。
ボケは非常によく見えますが、このくらいの近距離で望遠で写してきれいにならない訳がないとも言えます。
ふだん長いレンズを使わないので、この辺のことが分かりません。

MSオプティカルの"レンズ改造移植カルテ"にはどんなことが書かれているでしょうか。

まず、お断りしないといけないのは、このレンズにはアタリがあったようで、偏芯があったのを直してもらっています。
そのうえで、カムを補正したMS90mmヘリコイドに接続して、ライカに正確に距離計連動するよう改造されています。
ちなみに、オリジナルのレンズは、ヘリコイドではなくラックアンドピニオンという歯車の噛み合わせでレンズの繰り出しをしますが、当然これはじゃまになるので外してあります。

最短撮影距離は1.6メートルで、この作例はその最短距離でのものです。
おもしろいのが、ペッツパールタイプのレンズは像面湾曲があるので、中心部で距離合わせする場合、他は若干、前ピンになると注意書きがありました。

干渉計による球面収差のテストを見るとわずかの補正不足になっていました。
そこでのコメントは、フレアなくコントラスト良いというものです。
また、なかなかヌケの良い像はペッツパールらしく、解像力もまずまずだと褒めています。
F5.6くらいのペーパー絞りを作ればパーフェクトと、フォローもしっかり書かれていました。
そして、後ボケが美しいということと発色はニュートラルとも説明されています。

MSオプティカルの評価は、このタイプのレンズとしてはパーフェクトに近いと言えそうです。
やはり優れたレンズなのですね。

ところで、このレンズが製造された1861年は江戸時代だと指摘を受け、少し日本や世界の当時の状況を見ることにしました。

1867年が明治元年ですので、1861年は幕末の真っただ中です。
1860年桜田門外の変、62年生麦事件、63年薩英戦争と維新前夜を思わせる出来事が続いています。
アメリカでは南北戦争の最中にリンカーンが大統領に就任しました。
中国では太平天国の乱が、ヨーロッパではイタリア独立戦争やドイツ統一戦争が起きていて、日本のみならず世界中が激動の時代にあったことが分かります。

ペッツパール・レンズの成り立ちについては、コダックの50mmF1.6レンズを紹介した時に記述しています。
シュバリエがペッツパール・レンズを完成させたのは1840年のことになりますが、それ以降光学メーカーとペッツパールのバリエーションをいくつも生み出します。
今回使用した Dallmeyer もそんなレンズのうちのひとつですが、基本的に前群は同型をとりますが、後群を変形させるのが普通のため、正確な構成は分かっていません。

さて、この旅のメインで活躍してもらうはずのこのレンズでしたが、羊楼洞から30キロほど離れた新店という村に移動した際にトラブルが発生しました。
ヘリコイドが外れてしまい、以降の撮影は不可能となってしまったのです。
いずれ直すつもりでいますが、今回ご紹介の3枚はたいへん貴重な作例となってしまいました。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(6) | 2009/09/29 Tue

古鏡頭簡介

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
予告したとおり、今日はレンズのことを記載させていただきます。
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 と表記しましたが、Dallmeyer はもちろんイギリスのメーカー名で、レンズ名はありません。
その代わりに、鏡胴に大書されている 2594 というシリアル番号をレンズ名の代わりにしました。
レンズには焦点距離もF値の表記もありません。
114mmF3.6 というのはこのレンズの前オーナーが、4・1/2インチF3.6と書いていて、その値はおおむね正確と判明したことから、mmに換算して 114mmF3.6 とここでは表記させていただくことにしました。

レンズは金色に輝くいわゆるブラスレンズです。
絞りは、スリットに絞り板を差し込むタイプですが、その絞り板は付属していませんでしたので、どうせ開放だけだからと構わずレンズだけ使用しています。

Dallmeyer 社の初期のレンズ番号は資料が出回っています。
シリアル番号 2594 というのは、1861年という同社最初期のもののようです。
148年前ですから、少なくともわたしの使用したことのあるレンズではもっとも古いものということになります。

この年代でこれだけ明るいレンズとなれば、レンズ構成の答えはもう出ています。
ペッツパール型です。
このタイプでは、以前コダックの 50mmF1.6 というレンズを使用したことがありますが、R-D1 を用いながらもイメージサークルが小さく、きれいな円にブラックアウトしてしまいました。
しかし、中心部の恐ろしいまでのシャープさと色ヌケの良さは魅力的で、フルイメージのペッツパール型のレンズを探さないわけにはいかない状況が生まれました。

19世紀のペッツパール型レンズのほとんどは、このレンズ同様焦点距離の記載がないようです。
大判用が多いのだとすれば、とてもライカ用にマウント改造して使えるレンズは存在しないのかと思っていました。
それでも、もし135mmがあればずはりの焦点距離ですから、時間があればカタログなどチェックはしていました。

そんな折、福音がもたらされました。
いつものように kinoplasmat さんのサイトを見ていると、新着情報として"Dallmeyer 5inch f3.6 No.2638 made in 1861"がアップされたのです。
ペッツパール型のオールドレンズです。
5inch といえば130mmあまりで、これと同じものを手に入れることができれば、あるいはヘクトールの鏡胴などを転ずることでどうにかなるかも知れません。

それにしても、kinoplasmat さんの Dallmeyer 5inch レンズは、たいへんに美しい外観のレンズです。
そればかりか 5D で撮影された作例も魅力いっぱいで、解像力やコントラスト、発色も含めて現代のレンズと何ら見劣りしません。
それでいてやはりオールドレンズらしい周辺に出る上品な滲みや完璧なボケは、kinoplasmat さんらしい小さな風景空間を絶妙に切り取った絵をより盛りたてているようです。

とりあえず目標ができました。
こんな古いレンズですからまずは出てこないのでしょうが、わたしが生きている間に1度か2度は入手のチャンスもあるはずです。
じゃあ、さっそく大手オークションサイトでも見てみるか…、なんとその場に Dallmeyer 2594 114mmF3.6 が出品されていたのでした。
焦点距離は若干短く(これはかえってライカマウント用には幸いでした)、同じF値、鏡胴デザインの類似、製造番号が近いことなど、kinoplasmat さんのレンズと兄弟とも言えそうです。
ただ、コンディションはだいぶ悪かったのですが。

届いたレンズは、早速MSオプティカルに送り、ライカマウント化が可能か打診しますが、ふたつ返事でやってみましょうと言っていただきます。
返事を聞いてこのレンズが、次回の旅のメインレンズになるであろうことが確信できました。
じっさい、めずらしいレンズのオーダーでは特に闘志を燃やすMSオプティカルは、わずか数日でライカマウントのこのレンズを届けてくれたのでした。


作例は、泊めていただいた家での麻雀の様子です。
昨日もそうでしたが、アンダー目のせいかずいぶんと渋い表現になってしまいました。
これはこれで非常に好きな絵ですが、どうもだいぶ kinoplasmat さんの作品とは様子が違います。
別物レンズなのでしょうか。

そういえば、この麻雀卓は食事用テーブルを転じたものだと昨日書きましたが、麻雀牌がでかい中国では卓が小さく感じます。
よく見たら牌が3段重ねで積んでありますね。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(14) | 2009/09/28 Mon

短夜

M8/Dallmeyer 2594 4 1/2inchF3.6
Angenieux の大口径レンズで撮っていたので、ほとんど真っ暗になるまで石板街をうろうろしてしまいました。
今夜世話になる家に戻ると、曾さん夫妻は食事の準備をして待っています。
ずいぶん遅かったわねと奥さんが笑い、3人だけでもちょっと賑やかな夕食が始まりました。

曾さんの家は表示こそ出ていませんが、少し前まで食堂をやっていたようで、いまはそのテーブルがそのまま麻雀卓になっています。
雀荘というよりは、麻雀サロンのような雰囲気で、翌日は高齢のご近所さんが集まって3卓がフル稼働していました。

その1卓をテーブルに食事するのですが、石板街を通る人はけっこう多く、それぞれにこちらに向かってあいさつしますので賑やかというか、忙しい感じなのです。

夫妻は、わたしをウィグル人かと聞いて来ました。
背が高く、発音がひどいものだからそう思ったとのことでしたが、さすがに日本人だと分かるとかなりびっくりしたようで、ドラマなどでよくある食べていたものが、うっと喉に詰まるようなあまりにベタな反応をしたのが、こちらにも驚きでした。

あとは質問攻めが待っていて、忙しくなるのはわたしの方です。
日本のあらゆることを聞かれ、日本について知っているあらゆることを説明してくれます。
必ず給料の話題は出てこれがいちばん困るのですが、正直に答えたところ、意外にもそんなもんなのかという反応でした。
聞けば、息子が赤壁の病院に勤めていて月収が20万円ほどあるそうです。
地方としてはかなり高収入ですが、日本人ならその何倍ももらっているかと思っていたようです。

食事は、もと食堂だったこともあるのでしょうか期待以上に美味しく、大満足でした。
ちょうど新米のシーズンだったため、ご飯は日本で食べるのと同様以上に美味しく、すすめられるままにおかわりしてしまいます。
メインは、ブタ肉の燻製を煮戻したもので、これも美味でしたが、味的には7月の四川の旅で食べたものとそっくりで、これぞ中国農村の美味といえるかも知れません。

困りものだったのが、夫妻は村では聞こえた酒豪だったことです。
飲めなければ無理しなくていいよと、ちょっと口を付けると注ぎ足すのは日本と同じですが、こちらではアルコール度数の高い白酒を飲むのが最大の違いです。
食事は味が濃い目の塩分強めで、喉が渇くものですから、ついコップの白酒をすすってしまうのですが、途中乾杯が何度かあったりで、コップ3杯も飲んで食事終了時にはダウン寸前でした。

そんな訳で9時前には眠ってしまい、翌朝5時半にはすっきり目覚めてしまいました。
この日は朝から、かなり凄いレンズを使いましたので、そのレンズのことに言及するつもりでしたが、長く書き過ぎましたので、続きは明日とさせていただきます。
【M8/Dallmeyer 2594 114mmF3.6 F3.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Dallmeyer 2594 114mmF3.6 | trackback(0) | comment(6) | 2009/09/27 Sun

悪魔的手

M8/Angenieux M1 50mmF0.95
全長1キロに満たないメインの通りは、明や清の時代からの舗装路です。
板状の石をいっぱいに敷きつめて、道路全体がモザイク模様のように見えます。
このように長石で舗装された街路を中国語では石板街と呼び、古鎮では多く見られる風景です。

昨日のS字に曲がっている通りはいちばん古い部分で、中央は面積の広い石を横向きに、サイドは少し小さな石を道に沿って並べています。
整然としていて、すっきりした感じが強くします。
もちろん、雨水を逃がすために一番端を一段高くしてあったり、サイドの石を少し傾斜させるなどの工夫もあります。
何より明代からの石ということですので、永年の人や車、家畜などの往来によって摩耗していて、それが何とも言い表し難い表情を作っています。

ただ、実用的かと言えば、正直やはり歩きにくいのは確かです。
雨が降れば滑りやすいですし、微妙な凹凸には簡単に足をとられますので、携帯を見ながら歩くのはやめた方がよさそうです。
子どもなんかでも、遊んでいて走って転んで怪我するというパターンが多くありそうです。

今日の作例は、宿泊先の曾さんによると、20世紀になってできた石板街の外れのいちばん新しいところだそうです。
なるほど石の並びの規則性がずれていましたし、石そのものがまだまだ表情を持つには至っていません。
道幅も利便性を考えてか、だいぶ広がっています。

しかし、建物は一部に古い木が使われていたりで、街の古色蒼然とした風格は十分にあります。
ちょうど可愛らしい髪の女の子と目があったので、近距離のテストの撮影をしてみましょう。

自然な表情のままでいい感じに撮影できました。
おっと、その様子に気付いたおじいさんが、門のところで何やら言っています。
撮るなと怒っているのかと思いましたが、なにやら女の子に注文を出しているようです。
笑えとかこうポーズしろとか言っているようですが、女の子はまったく無視。

じいさん、あろうことか女の子の顔をぐーっと引っ張って、最後には平手打ちをを食らわしました。
一瞬、間があって、女の子が、びえ~んと大泣きを始めます。
これはひどい。
じいさんも思いどおりにならないことに怒っているようで、ドアをばんと閉めて部屋に戻ってしまいました。

大泣き少女と取り残されたわたし。
近所の人が何事かと集まらないかひやひやしましたが、そう言うこともなく、なだめすかして10分後にようやく泣きやんでくれました。

じいさんの行動は理解に苦しみますが、それよりなにより女の子に迷惑をかけてしまい、申し訳なかったです。
翌日、日本から持参したおかしを持って訪問しましたが、扉には大きなカギがかかっていて、女の子には残念ながら再会できませんでした。
【M8/Angenieux M1 50mmF0.95 F0.95】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux TypeM1 50mmF0.95 | trackback(0) | comment(2) | 2009/09/26 Sat

歳美麗的湾曲

M8/Angenieux M1 50mmF0.95
最初に訪れたここ羊楼洞は、武漢から100キロ強の、赤壁市にある古鎮です。
赤壁と聞いておおっと反応される方は、中国の歴史に通じていると言えるでしょう。
比較的最近封切りされて日本でも話題になった中国映画「レッドクリフ」でも描かれていた、三国志の赤壁の決戦の舞台となった地だからです。
レッドクリフという映画の原題は、そのものずぱり「赤壁」です。

三国志ファンには、わざわざ訪れる方もあるようですが、河に面した断崖に「赤壁」と大書されているだけで、特におもしろいところではなさそうです。
そもそも赤壁の中心から30キロ以上離れた所にその史跡があるそうで、時間の関係もあってわたしは行っていませんのでご了承ください。
実は、三国志は読んだことがありませんし、映画も正直、退屈でした…。

武漢から赤壁へは鉄道で113キロありますが、特別快速列車だと1時間ちょっとなので、感覚的には新宿から江の島まで急行で行くようなものです。
それで約300円ですから、貧乏旅行者にはありがたい話です。

しかし、その赤壁駅から羊楼洞までは、タクシーを使うことになってしまい、約1000円かかりました。
バスなら100円程度で済んだのですが、飛行機が遅れたため予定が狂い、大奮発のタクシーになってしまいました。
本来は、このタクシーも初乗り50円でしたので、うまく利用すれば良い足になるのですが。

遠路はるばる到着した羊楼洞ですが、1キロに満たない通りに沿って古建築がかなり残っているものの、古鎮としての規模はあまりに小さく、わざわざ出掛けるだけの価値があるかは疑問かと言うところです。
着いてみて分かったのですが、そもそも宿泊施設がありませんでした。
80年代に建てられた賓館があったのですが、何らかの事情で閉じられていて、町はずれで半分廃墟のように佇んでいました。

それで、たまたま目があった人の良さそうなおばあさんに、宿泊施設を探しているのですがと尋ねると、ウチヘ泊まっていけという話になって、実家を出た息子の部屋をあてがってもらえたのは幸いでした。
日が落ちる前に到着したくて高いタクシーを使ったのに、宿探しでずっとうろうろしているようでは意味がなくなります。
きれいに整頓された部屋にカバンを放り投げるや、街歩きを始めました。

1本道の両側に古民家があるだけの町ではあまりに変化が乏しいですが、すっかり気に入ったのが、このS字になった界隈の眺めです。
真っ直ぐでもよさそうなものなのに、どういう理由でS字カーブができたのか、今思うと不思議な気がしてきました。

防衛上の理由、かつてあった川を埋め立てた名残り、風水優先のため、建設当時から景観について配慮していた…。
想像するだけで楽しいですが、次回、もしまた行く機会があれば、その理由を語ってもらいたいものです。

作例ですが、少女と左端の女性、右の男性は親子で、最初左側で談笑していたのに、何かのきっかけでお父さんがささーっと逃げて、少女がすーっと追って行った瞬間です。
ピントが合っていませんが、人の配置がおもしろいので、道のカーブの美しさとも合わせて採用します。
人物が星形に配置されていますので、やはり道が曲がっている理由は風水が有力ということになるでしょうか。
【M8/Angenieux M1 50mmF0.95 F0.95】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux TypeM1 50mmF0.95 | trackback(0) | comment(4) | 2009/09/25 Fri

銀周旅遊

M8/Angenieux M1 50mmF0.95
大方の期待を裏切ることなく、また未だ懲りることなく、5連休を中国に過ごしました。
もはや、ふだん中国にいて時間があるときに日本に滞在しているような気がすると言ったら大仰ですが、感覚はかなり麻痺していて、少なくとも海外旅行しているという気はまったくしません。
それは、新鮮な気持ちが薄れてしまっているということにも通ずるのですが…。

もちろん5連休は日本だけの話で、中国は翌週に国慶節と中秋節を挟んだ連休に入るため、この週は比較的交通機関が空いているようです。
国内線の航空券もかなり安かったので、今まで行ったことのない、今後もあまり行く機会のないだろうところを目的地にルートを検討してみました。

東京からはいつも通り比較的安価な香港まで飛び、陸路深圳まで移動します。
ここから時間、費用、目的などを吟味して、深圳~武漢~南昌~深圳を4日で巡ることにしました。
武漢は湖北省の省都、南昌は江西省の省都ですが、都会にはあまり関心がありません。
それぞれの省の古鎮をまわってきます。

最初に訪れたのが、羊楼洞という村です。
武漢からは2時間程度の距離ですが、飛行機の遅延と接続する鉄道の便が悪かったため、ようやく夕方到着しました。

古い街並みより何より最初に目についたのが、この不思議な光景です。
これは体罰でしょうか、それとも体験学習?

親御さんはわりとシリアスな顔をしていて、子どもの方は何だか嬉しそうです。
どちらかのお姉ちゃんがやってきて、けげんそうに見つめています。
結局、何だったのかは分からず仕舞いですが、こういう旅のスタートは何か期待感を膨らませてくれます。
【M8/Angenieux M1 50mmF0.95 F0.95】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux TypeM1 50mmF0.95 | trackback(0) | comment(4) | 2009/09/24 Thu

粉紅色的浴衣

M8/Xenon 50mmF1.5
この日の最後は、縁日のひとこまから。
神社に接して小さな公園がありますが、そこいっぱいに夜店が並びます。
市内もはずれのはずれ、田舎ですので人出は多いとは言えないのですが、前日が大雨だったせいでしょう、かなりの子どもたちが手を引かれてやって来ていました。
近くに小学校もあるので当然ですが、こんなに子どもがいたんだと少しびっくりしました。

ゆかたの子たちもいて、かなり暗くなってはいますが、スナップには絶好のシチュエーションなのですが…。
こんな中にカメラを持ってうろうろ歩くことは、さすがにためらわれました。
ご近所さんもいるかもしれない状況です。
すごすご引き下がらざるを得ないでしょう。

しかし、小さなチャンスを見逃しません。
帰り道、植え込みを乗り越え、低いフェンス越しに夜店がとらえられます。
ここでは28mmはきついので、なぜか持参していた大口径標準レンズで、距離をやや当てずっぽうにスナップしました。
大人は上半身が隠れて、子どもたちの背丈ぴったりの、出来すぎの角度になっていました。

気分はパパラッチで、万一こんなところで写真を撮っているのをとがめられれば、わたしはこの町には住めなくなるでしょう。
まさに人生をかけたスナップだとわたしは思っています。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schneider Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(8) | 2009/09/18 Fri

這個星期也有祭祀

M8/Elmarit 28mmF2.8(1st)
日本民家園をそうそうに引き上げた理由は、地元の神社に例祭があったからです。
日のあるうちにもどって、東北の祭り撮影の第一人者である友人に対抗しようという目論見でした。
時間を計算して出発したつもりでしたが、道に迷ったりしているうちに、神社到着はもう日が落ちる直前になってしまいました。

三々五々祭りに向かう人たちを後ろから撮ってみましたが、手ブレしてしまいます。
広角で、8分の1秒なら大丈夫かと思ったのですが、びしっと呼吸を止めるとかしないとダメです。
しかし、参道に入ると強い照明があって、15分の1でいけそうです。
ゴーストがだいぶ出ましたが、露出はちょうどいいくらいでしょう。

やはり普段使っているレンズよりも性能が上なのでしょうか、暗部の表現が実にしっかりしています。
また、ちょうちんは中心から端の方までまつたく滲みません。
文字がくっきり出ています。
どこかけなすところはないでしょうか。

というわけで、また文献頼みで、写真工業出版社の「ライカのレンズ」を読み返してみました。

この「ライカのレンズ」シリーズは他社製のライカマウントレンズも加えて、「世界のライカレンズPart4」まで継続するわたしには座右の書です。
さまざまな執筆者が書いている中で、レンズは重複することなく300本ほどが紹介されています。
ですが、どうしたわけか、この初代エルマリートはふたりの執筆者にダブって紹介されています。
編集がIさんですので、このへんの事情は確認したいところです。

さて、おひとりは、レンズの外観や機能の記述が中心でしたが、一方の"Seriousフォトクラブ"の川村志郎さんは、このレンズを本当に使いこんで習熟されたことが分かる、すばらしい文章を書かれています。
無許可でたいへん恐縮ですが、少しだけ引用させていただきます。

「コントラストと解像力のバランスが良く、トーンの微妙なグラデーションを拾ってくれる。そのうえしっとりした描写の深さには、『豊潤な描写』とでも形容すればよいのだろうか、まさに衝撃的な感動を覚えたものであった」。

解像力はけっして非常に高いという訳ではないのに、うまくシャープネスを表現しているような気がしていたので、「コントラストと解像力のバランスが良く」という表現になるほどと強く納得しました。
「しっとりした」という部分はアウトオブフォーカス部分のわずかな滲みと関係ありそうで、これもなるほどと感心できる言葉の選び方をされていると思いました。
プリントをして感じたとのことですから説得力があります。

パクリの上塗りで恐縮ですが、最後に初代エルマリートに対する思い入れを感じる力強い文があったので、ぜひとも紹介させてください。

「TTL露出計が使えないことに対し、知人の中に不平を述べる人がいるが、私個人としては、これほどのレンズを設計してくれた設計者に対し、礼を失しているとさえ思う」…。
【M8/Elmarit 28mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmarit 28mmF2.8(1st) | trackback(0) | comment(4) | 2009/09/17 Thu

麒麟檸檬

M8/Elmarit 28mmF2.8(1st)
民家園を出て早々家路を目指します。
来るときは向ケ丘遊園駅から歩いたので、帰りは生田駅まで歩いてみることにしました。
遊園と生田のだいたい中間、やや遊園寄りかと思っていたからです。
が、これは大失敗で、道に迷いつつ延々1時間歩くことになってしまいました。

途中、専修大学のグラウンドでアメフトの試合をやっていたので金網越しに撮影したりもしましたが、28mmでは何とも迫力不足な運動会風になってしまいこれはボツです。
小田急の歩道橋では呆けたハトが遠くを見つめているのがユニークでしたが、やはり28mmはその表情を捉えるところまでは届きません(某総理とかけている訳ではないです)。
やはり、フットワークで撮るべき画角なのだと今さらながらに再認識します。
逆にアジアの街角で、子どもたちと遊びながら撮るなんてシチュエーションではいいのでしょう。

線路に沿って五反田川と書かれた、川というより水路のような流れがありました。
てっきり五反田の方から流れて来ているのだと思いましたが、その先の生田駅の真上の小山に五反田神社があったので、どうやらこのあたりの古名が五反田らしいと気付きました。
では、その五反田神社までのぼって、今日の散歩を締めくくることにしましょう。

残念なことに1週後が例祭で、この日は人気もないさみしい雰囲気でした。
神社は元来さみしい所にあるのが普通ですが、森の中だったり広い敷地を持っていたり、荘厳さがともなうという意味でさみしさとは別の感情を持つものですが、町中というか住宅地のわきという立地にあるのがかえってさみしい感じを与えてしまいます。

そんな中、異彩を放っていたのが、ぽつりと置かれた懐かしのキリンレモンの冷蔵庫でした。
この青と黄色が風雪を得て実にいい色に化けています。
人物は見かけませんでしたが、ぽんと置かれた軍手は何となく人のぬくもりを感じます。
そして、いい感じで傾きかけた西日がふわっと照らしているのも絶妙の演出です。

またレンズを上に振ってしまったので、格子部分がいかにも広角な末広がりになってしまいました。
しかし、思ったとおり軍手や布部分の質感がよく出ていますし、冷蔵庫の枯れた色がそのままに描かれています。
ボケが広角とは思えないくらいきれいです。
半逆光のフレアも、このケースでは雰囲気作りに役立っていないでしょうか。

静物撮影の名人が見れば全然ダメなのでしょうが、わたしの実力ではこれだけ撮れれば満足です。
28mmレンズも、少し見直しました。
【M8/Elmarit 28mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmarit 28mmF2.8(1st) | trackback(0) | comment(4) | 2009/09/16 Wed

第一世代珍珠

M8/Elmarit 28mmF2.8(1st)
ひょんなことからエルマリート28mmF2.8を手に入れました。
いわゆる第一世代とか9枚玉と言われる古いレンズで、1965年に設計されたようですので、もう40年以上も前のオールドレンズです。

実はこの1965年というのが曲者で、まだM3、M2が販売されていた時代です。
とにかくカメラに付けばよかったので自由に設計でき、歪曲のない高性能な対称型レンズとした代償に後群が大きくはみ出ることになってしまいました。
M5やCLでは露出計が干渉してしまって使用できませんし、M6以降のカメラでも露出計は正常に作動しないとされています。

M8も、当然ながら露出が狂うことになっているのですが、試してみるとどんぴしゃに合います。
作例がまさにそうですし、若干オーバー目になるコマはありましたが、総じて許容範囲だったことを報告します。
なぜかは、よく分かりません。

一見すると、硬すぎないが端正な描写で、さわやかな発色と暗部の表現の良さで噂にたがわぬ高性能と見えるのではないでしょうか。
しかし、細部を見るとピントがはずれた部分のハイライトは適度に滲んでいますし、ボケにも少しクセがあるようで、なかなか侮れないレンズです。

ところでこのレンズ、前述のように露出計に制限があるなどやや使いにくいにも関わらず、たいへんな人気レンズらしくかなり高価です。
理由を考えてみましょう。

まずは、製造本数が意外に少なそうだということ。
これはライツからのアナウンスがなくよく分かりませんが、確かにあまり市場では見かけません。
それに、デザインの良さ。
ウェストのくびれたようなグラマラスデザインに12501という角型のかっこいいフードが付きます。この姿が痺れますし、初期タイプはフィートのみの距離表示が赤い文字というのもクールです。
あと、初期のM用広角レンズに独特のインフィニティストッパーが付いているというのが、ポイント高し。

最後が、対称型レンズ神話です。
エルマリート28mmF2.8は第4世代までありますが、この第1世代のみ対称型で以降レトロフォーカスに変更されたという誤解がありますが、少なくとも第2世代は同様に対称型ですし、ライツ自身はすべて対称型だと主張しています。
対称型広角レンズは、一般的に一眼レフでは使えないので、ライカファンとしてはレトロフォーカスでないということが大きなポイントとなるわけですが、それに伴って誤解が蔓延して結果として第1世代の価値を押し上げている面があります。

今回、使ってみてデザイン面での話には納得しますが、対称型云々で性能が良いというのはやはり怪しげだと感じました。
むしろ、特徴ある不思議な描写に惹かれます。

ただ、わたしは第2世代を持っています。
それも最初期型と呼ばれる、インフィニティストッパーの付いた第1世代とよく似たデザインのものです。
高価な同スペックレンズをふたつも所有する意味があるか、少し考えてみる必要がありそうです。
ましてや広角をあのり使わない訳ですし。
【M8/Elmarit 28mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmarit 28mmF2.8(1st) | trackback(1) | comment(4) | 2009/09/15 Tue

和志願者一起

M8/Elmarit 28mmF2.8(1st)
日本民家園と聞くと、かなり地味な施設という印象を受けます。
実際、1970年代に全国から移築された古民家を、生田緑地の広大なスペースに並べて展示しているだけですから、本来地味と言えばかなり地味な存在のはずです。

しかし、出掛けてみると、印象はだいぶ異なります。
あれっと思うような、どこか華やかな雰囲気があります。
家族連れやカップル、時には女の子同士といった入場者層がたいへん多いのが理由のひとつのようで、遊園地と言えば言い過ぎですが、テーマパークの先駆けなんだと思えば合点が行きます。

美しい古民家を撮影するもよし、四季の花を撮るもよし、子どもを点景的に入れるもよしで、案外ブログ用写真のネタにはことかかない所だと気付かされます。
こういう時こそ、撮り慣れない28mm広角レンズをいろいろと試すチャンスだと気分も盛り上がりました。

民家園では、すべての古民家が内部まで見学できますが、うち4軒の家屋を順に内部公開していて、座敷に上がることができるようになっています。
囲炉裏に火を起こしていますので、来訪者は腰掛けて自宅にいるように寛いだりできますが、これは煙で屋根の萱を燻して長持ちさせる効果も併せ持ちます。
来訪者サービスと実用が兼ねられたアイディアです。

さらにそれら民家には、市で募ったボランティアの方が数人待機していて、古民家を管理するとともに来訪者のための解説をしてくれるのです。
座敷の居心地のよさもあって、ここで話しこんでしまうのが常で、せかせか生活を送っているわたしにとっては珍しくもスローライフ的な時間を過ごすことができたかのような優雅なひと時です。

ちょうど長い梁の話しをしたので、これとちょっと頑固そうなボランティアの方をいっしょに捉えられるのは広角ならではかと少し安易ですが、1枚撮らせていただきました。
煤を吸ってどす黒くなった木や漆喰、庭の緑など、意外にいい色が出るものだと感心しました。
しかし、ピントを合わせたはずの男性が、周辺のためか画質の低下を見ています。
また、レンズを少し上に傾けているので、左右の垂直線が曲がってしまった点なども、広角を使うとこうなるんだっけと気付かせてくれました。
古民家についてはもちろんですが、なぜかレンズのことも勉強させてくれる日本民家園なのでした。
【M8/Elmarit 28mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmarit 28mmF2.8(1st) | trackback(0) | comment(2) | 2009/09/14 Mon

第一張

M8/Elmarit 28mmF2.8(1st)
土曜はあいにくの天気で、M8を持って出掛けましたがあまり撮影ができませんでした。
新宿に用があったので、周辺を散歩して撮ったのが昨日の1枚です。
そのあと、新宿西口写真修錬会の仲間(というより先輩なのですが、この仲間という表現に惹かれます)と会って、その足で半蔵門に向かいました。

ここには、日本カメラ博物館がありますが、不運なことに展示替えのため休館でした。
メインの用事は楽しい話を交えたうえで済ませますが、なんとも中途半端な週末になってしまいました。

先々週から始まった行事のために、土曜の夜は朝の7時まで寝ずに過ごします。
あ、いえ、怪しい話ではなく、今年もFCBarcelonaを応援すべく、日曜か月曜の早朝を彼らとともに過ごすつもりでいます。
今節も、絶好調ヘタフェとのアウェイ戦を、粘ってものにすることができました。
火曜日のチャンピオンズリーグのインテル戦を見据えてのメンバー編成でしたので、去年とも違うスタイルでの勝利と言えます。

満足感いっぱいに寝て、起きてみるともう11時。
昨日とはうって変わってすばらしい天気で、雑用を済ましてから家を飛び出しました。
写真を撮るのが目的で、当初は横浜に行くつもりでしたが、すっかり遅くなったので、熟考の末、生田の日本民家園へ向かいました。

前回、と言ってももう半年も前になりますが、日本民家園で年間パスポートチケットを購入していたので、基本的に以降1年間だけ無料で何度でも入場できます。
元来がケチなわたしは、なるべく民家園を利用してせっかくのパスポートをフル活用するつもりでしたが、案外こういうチケットを買うと理由なく足が遠のくものだったりします。
まだ春遠き3月の殺風景と閑散とした雰囲気が記憶に残っていたからかも知れません。
最寄りの向ケ丘遊園駅までは定期券がカバーするので交通費もかからないというのに、半年もブランクを空けるとはもったいない話でした。

その半年振りの民家園は、そのままの姿だったのは言うまでもありませんが、多くの来訪者を迎えてやはり、前回とはだいぶ印象の違う空間でした。
だいたいが、ここを第2のホームくらいに頻繁に訪れていらっしゃるgさんやkさんのページで、そんなことは百も承知だったのに。

最初に目に飛び込んできたのは、写生する少女でした。
日陰にべたーっと座って熱心に筆を動かしている姿が好印象だったのでが、2枚目を撮ろうとすると、こちらの気配を察したか水を汲みに歩いて行ってしまいました。
やはりこういうスナップシーンでは、一瞬で1枚撮って、何事もなかったかのように次を目指さなくてはいけないのです。
【M8/Elmarit 28mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmarit 28mmF2.8(1st) | trackback(0) | comment(6) | 2009/09/13 Sun

今天看的電視節目

M8/Elmarit 28mmF2.8(1st)
ここ、2~3年のことでしょうか、テレビを見る時間がぐっと減りました。
並行して、見るべき番組を見落とすケースも増えましたが、今、ちょうど7月の旅に引き戻されるようなドキュメンタリーをやっていて久し振りに引き込まれました。

その番組とは、NHK BS世界のドキュメンタリー「ダライ・ラマ 亡命への21日間」です。
制作はNHKと日本の会社の共同のようで、外国作品ではありません。

ドキュメンタリーはそもそもが客観的なもので、視聴者はそれを見て自由に感じることができるという建前があります。
しかし現実には、最初に問題があって、それをカメラが追い、説明が綴られているので、視聴者はその程度の大小を自由に感じられても、考え方そのものは制作者側の意図に自然としたがうかたちを免れません。

この番組が特殊だったのは、あきらかに現在の中国に対する配慮があって、見た人がすぐにチベットが正しく中国は悪だと思うとは限らないというかたちにまとめていることです。
具体的には、チベット問題のはじまりなどは一切触れないで、中国がチベットに進行する根本理由に気付かせないという工夫がありますし、毛沢東とスターリンとのやり取りを挿入することで、ソ連にけしかけられて中国がチベットに侵攻したような印象を与えています。

また、アメリカに対しても配慮した構成でもあったようです。
ダライ・ラマのインド亡命には、彼の実兄らが彼に知らせずにCIAと連絡を取り合って協力体勢を作っていたことが語られます。
が、インタビューに登場した当時のCIA関係者は共産主義の拡大防止こそが目的であって、ダライ・ラマが亡命を果たすとチベットとの協力は薄れニクソンの訪中を機に解消したと言います。
この問題は、すでに終わったことだと言っているようにとれます。

ダライ・ラマの亡命は1958年のことで、すでに半世紀前になります。
共産軍は当時、青海と四川を制圧し、チベットやウィグルにせまるところまで西進していました。
共産軍の将軍は、友好的な手紙を書いてダライ・ラマの所在をさぐりますが、ダライ・ラマは自分を暗殺するためと悟り、時間稼ぎの返信を送ります。
そんなやり取りが続くことでダライ・ラマは自分がラサにいることは、彼を守ろうとする民衆を巻き込むことになり、もっとも平和的解決の手段として亡命を決意します。
夜間、馬を駆り、遠く南のインドを目指して出発したのでした。

インドのダラムサラに到着するまで2週間以上の逃亡で、共産軍も追手を出しますので、かなり緊張を強いられる状況だと思うのですが、驚いたことにこの時のダライ・ラマやその一行を撮影した写真が何枚か番組内で紹介されました。

はっと思い出しましたが、ちょっと調べると、ライツが製造番号555555番の金メッキされたⅢfをダライ・ラマに贈呈したのが1951年だそうです。
あるいは、まさにこのカメラで亡命の一部始終が撮られたのではと想像します。
ドキュメンタリーとは一切関係のないことですが。

番組は、最近亡命してダラムサラに辿り着いた青年の語りで終わります。
ダライ・ラマ法王の写真を飾ることすら許されない今のラサには自由があると言えるのでしょうか。
そう訴える彼の腕は、国境付近で撃たれた銃弾の跡がなまなましい傷となっていました。


今日の作例は、新宿駅のそばのオフィスビルからです。
青年ふたりが漫才の練習をしているところのようです。
彼らには申し訳ないですが、わたしがテレビをあまり見なくなった理由は、どんな番組にもお笑いタレントが我が物顔でつまらないコメントをしたりして見るに堪えないからです。
彼らがテレビに出ていたとしても、わたしがそれを目にすることはないでしょう。
【M8/Elmarit 28mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmarit 28mmF2.8(1st) | trackback(0) | comment(2) | 2009/09/12 Sat

相機市的収穫

M8/Kinic 40mmF2
先月、新宿で中古カメラ市がありました。
職場の近くということもあってこっそり覗いてみたのですが、喉から手が出るほど欲しいレンズはあったものの、ずいぶんと高い値札に失望して帰るだけでした。
いえ、実際には古い「クラシックカメラ専科」のバックナンバーを見つけて、何冊か買って帰ったのでした。

そのうちの一冊、「№37 ライカブック’96」にたいへん興味深い文章があって、これだけでもレンズを入手したのと同じくらいの価値があったと嬉しくなりましたので、ここに紹介します。
それは、脇本善司氏の「距離計用ニッコールレンズの発展」です。
タイトルから、ニッコールレンズの解説集のように感じてしまいそうですが、そういう面もいくらかはあるものの、内容としては脇本氏が東大の小穴教授に学んだ後に日本光学に入社してレンズを設計してきた半生をつづったエッセイと呼ぶべき読み物です。

脇本氏は、在学中に終戦を迎え、その後大学院に進んで有名な小穴教授の研究室に入られ、しばらくの後に日本光学の求人を知って入社されています。
すでに、ニコンカメラは発売された後で、初期の50mmF3.5、50mmF2、50mmF1.5、85mmF2などのレンズは世に出ていたようです。

そんな中、最初のレンズの仕事が、85mmF2の修正だったとあります。
大学院を出て間もない脇本氏は、さっそく学んだ知識を結集して修正にとりかかりますが、当初簡単に思われた修正は、地道な計算を経ないと無理であることを悟ります。

次に、当時理想のレンズと言われたゾナーの欠点を見出します。
近接領域で性能が著しく落ちるという欠点です。
ライカ用ニッコールの50mmF1.4、F2レンズは、近接側に1.5フィートまで繰り出せますが、これはユーザーへのサービスとしてダブルヘリコイドを採用したのですが(ツァイス・ゾナーとの差別化をはかるため?)、わざわざ性能の悪い部分をさらけだしてしまった訳です。
どう悪くなるのか、試してみたくなります。

文章の白眉は、複写用のレンズの設計に関わる部分です。
従来のマイクロレンズは、英文字の複写にこそ使えましたが、依頼のあった国会図書館の漢字の原稿をコピーするには解像力が低すぎでした。
新しい設計が求められた時期に、アサヒカメラのカメラ診断室の連載が始まり、外国製のカメラは日本光学に性能測定が依頼されました。
その時に測定したローライフレックスについていたクセノタールが抜群の解像力を見せていたため、これをもとにマイクロニッコールが設計されたということです。

ところで、4群5枚のクセノタールは、キングスレークの「写真レンズの歴史」でガウス省略型にカテゴライズされていますし、わたしもそう考えていました。
しかし、脇本氏はクセノタールを前群がガウス後群がトポゴンという表現をされています。
また、4群6枚(1+2+1+2)のエルニッコールは、前群ガウス、後群オルソメターと書かれています。
キングスレークの本では、同様の構成にミニチュア・プラズマットが取り上げられていて、前群ガウス、後群プラズマットの複合型と分類しています。

こういったことは、どちらかが間違いでどちらかが正しいということではなく、レンズの発展で見た場合と、大雑把な構成で分けてその仲間というようにした場合とでは、解釈が変わってくるということに過ぎません。
ただ、キングスレークはクセノタールがトポゴンの後群を使っていると気付いていない可能性が高そうで、脇本氏が日本光学での測定データの分析から後群トポゴンという表現の裏付けを得ていた可能性も秘めていて興味深く感じたのでした。

少し長くなってしまいました。
この他にも、巨匠ベルテレが登場するエピソードなど、時代を反映した面白い話が詰まっています。
レンズや日本光学について興味のある方には、わざわざ探しだして読む価値のある文章と思い、紹介させていただきました。


最後の作例は、相模の国に伝わるささら踊りです。
あまり知られていない踊りと思いますが、地元藤沢市では盆踊りの原型で、ここから盆踊りは全国に広まったという説を主張しています。

ささらという竹を組んだ素朴な音を出す楽器を伴奏に、少し愁いを帯びた旋律が、夏の終わりにぴたりとはまっています。
地元のお母さんたちが、伝統を守っている姿ともあいまって、ちょっとじんとくる踊りでした。
【M8/Kinic 40mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Kinic 40mmF2 | trackback(0) | comment(6) | 2009/09/11 Fri

有揺手防止対策嗎

M8/Kinic 40mmF2
今朝メールボックスを開くと、以前M8を購入したカメラ店からM9がいよいよ発売されるというDMが届いていました。
09年09月09日だからM9ということのようですが(時差の関係で1日遅れ)、去年の8並びの日にも世界中から非難を浴びつつ開催されたイベントがあったような気がします。
われわれは、フィルムカメラに自由を! などと叫んだり、M9に水をかけたりしなくてはいけないでしょうか。

メールの冒頭の言葉にまず驚かされます。
「ウル・ライカまたはM3以来、もっとも重要なカメラのことがライカ社よりアナウンスされていることをご存じのことと思います…」

M9はフルフレームサイズ化され、いくつかの改善を得たようですが、M3以来もっとも重要という表現は的を射ているように思えません。
M8の後に出たM8.2を引き合いに出せば、せいぜいM8.5くらいの進歩具合という程度ではないでしょうか(ここでいうMはマグニチュードではありません)。

R-D1、M8とライカマウントのデジタルカメラを使用してきた人にとって、フルフレームのM9はまさに福音といえるのでしょう。
特に広角域にこだわって使っている方は、本来の焦点距離でない少し狭まった画角での撮影にストレスを感じていたはずです。

しかし、標準レンズがほとんどのわたしには、あまりこのことは問題になりません。
むしろ、R-D1、M8とAPSサイズを使い続けてきたことで、それに合わせたイメージサークルの小さいレンズが増殖してしまったことを考えると、周辺がケラレてしまうフルフレーム新発売と言われても、わたしは何を今さらと嘆きたくもなってきます。
IRフィルターが不要というのも一般的には朗報でしょうが、すでに9サイズも購入済みで、ステップアップリングも13個揃えたとあっては、嫌がらせかと憤ってみたりもしてしまいます。

M8とM9を併用するのが理想的なのでしょうが、現状ではさすがにそこまで贅沢はできません。
M8の相場も一気に下がるでしょうから、それもちょっと悲しいです。
というわけで、まったく関心が向かないカメラとなっています。
とんだM3以来の最重要カメラです。

蛇足ですが、カメラ店のメールはこう結んでいました。
「うれしい驚きをもたらす$6995というプライスタグを付けられたM9は、すべてのライカ撮影家にとって所有する必要のあるカメラです。
わたしたちは2週間以内にお届けするつもりでいます。
さあ、電話かメールであなたのM9をご予約ください!」


本文とは全然関係ない作例で恐縮です。
鎌倉からの帰り道、自宅のそばの神社で例祭をやっていました。
手ブレしちゃっています。
M9には手ブレ防止機構は付いているのかな?
【M8/Kinic 40mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Kinic 40mmF2 | trackback(0) | comment(12) | 2009/09/10 Thu

英格蘭制鏡頭的秘密

M8/Kinic 40mmF2
せっかく入手した珍しいレンズですが、うまくテストするチャンスがありませんでした。
この後も含め、かなり辛い状況下の撮影になっています。

今回使用した Kinic 40mmF2 は出所不明のレンズで、少なくともスティルカメラ用のレンズではないでしょうが、何のためのレンズかはまったく不明です。
レンズヘッドを見つけ出しので、例によってMSオプティカルの宮崎さんにライカマウント化してもらいました。
フィルター径が25mmほどの可愛らしいレンズです。

Kinic という名前のレンズはしばしば目にしますが、F2.5のものがほとんどで、F2の Kinic は珍しいと思います。
ですから、本当は50mmがあれば良かったのですが、40mmでもF2を発見できたのは好しとしなければいけないでしょう。
50mmF2.8の画像を見ると、妙に細長くてもしかしたらDマウントなのかも知れません。

クックのレンズは、名称が同じでも焦点距離によって構成をずいぶんと変えているようです。
50mmクラスで言うと、有名な Speed Panchro はダブルガウスですし、Ivotal は未確認ですがエルノスターのようです。
Kinic も違うタイプのレンズ構成を期待したのですが、宮崎さんの回答には少し失望させられました。
4群6枚の普通のダブルガウスということでした。

クックのレンズや Kinic については、最近 ksmt さんが自身のサイトの日誌の中で詳述されています。
実は、その日誌の記事はわたしがマウント改造依頼と前後して始まったため、特殊構成の期待感が大きくなり、それがしぼむのもまた大きかったという経緯がありました。
ksmt さんには、新発見のニュースが届けられず残念無念です。

作例は、画面に太陽こそ入ってませんが(?)、真逆光という悪条件です。
コーティングのないレンズですので、コントラストは落ち、フレアっぽさは避けられませんが、少女の描写はなかなか優れているように思いました。
ボケも周辺のコマ収差を除けば、案外と素直できれいなものです。
さすが、クックのシネ系のレンズというところでしょう。

ところで Kinic という名称ですが、英語式にカイニックと発音するのか一般的なキニックなのかがよく分かりません。
スペルは旧ユーゴスラビア人の名前を連想させるものがありますので、いっそのこと、キニッチとしてはどうかと思いますがいかがでしょう。
【M8/Kinic 40mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Kinic 40mmF2 | trackback(0) | comment(4) | 2009/09/09 Wed

我們也想在這里挙行

M8/Tele-Snowva 135mmF3.8
わたしは、中古カメラ屋さんが苦手です。
もともとカメラの経験がなかったのに、いきなりライカから入ったので、浅い知識を見破られる怖さがありました。
それと、わざわざ名店にでかけますので、入ってしまった以上は何か買わなくてはという気持ちがはたらき、無駄遣いの心配があります。

カメラ屋に行けなくて、レンズを買うのに何か良い手段があるのでしょうか。
時代は、こんな人間を受け入れる風を吹かせてくれました。
そのころ始った eBay というインターネットオークションサイトがあり、ここでは落札さえすればメールの交換だけで余計なコミュニケーションを必要とせずに、いろいろなレンズが入手できました。

それ以上にありがたかったのが、価格の低廉さでした。
レアなアイテムでは、相場より価格が吊りあがることも時にはありましたが、eBay に登録している人がまだまだ少ない時代は、ちょっとしたものでは送料に毛が生えた程度でレンズやアクセサリーが入手できました。

カメラショップが出品しているアイテムですと最低落札価格があったりしてメリットはなかったのですが、一般の方が父の使っていたものですなどと出品されたカメラは故障などのトラブル回避のためか、なかなか入札がつかなかったりします。
わたしが欲しいのはレンズだけなので、カメラは壊れていても構わないですし、キズやレンズもクモリ程度ならちょっとしたメンテでそのまま使えるケースがほとんどなのでそういうものこそ積極的に入札参加します。

不要なカメラボディはとっておいても仕方ないので、別のところで売ったりしました。
時にはわたしの入札価格+送料よりも高く売れたりして、レンズがただで入手できたうえにマウント改造費も出てしまうことすらありました。
そうでなくても、欲しいと思ったレンズが次々と海外から届いていました。
古き良き時代です。

あれから十数年、eBay は全世界の人気サイトになって久しいものがあります。
特にレンズ関係におけるアジア勢力の台頭がめざましく、欧米にあるレンズたちは根こそぎ東アジアに大移動しているのではないかと、現地ファンの怒りが心配になるほどです。

2年くらい前までは、それでも検索テクニックや落札テクニックを駆使して、ぽつぽつとレンズを落札してきましたが、Cマウントシネレンズにまでも火が付いた今では、まったく歯が立たなくなりました。
入札はことごとく Outbid されていて、サマリーを見るとここ何ヶ月かで15連敗しています。
これだけレンズを所有して、もうそろそろ止めた方がいいのではという、eBay の配慮かも知れません。
少し頭を冷やす時期のようです。


さて、話は変わって今日の作例ですが、昨日と同じ鶴岡八幡宮の結婚式からです。
伝統的な式はたいへんに美しいもので、その様子をあますところなくお見せしたいところです。
しかし、こんなブログで新郎新婦さんの顔が特定できてしまうような写真を使うことはできません。
アイディア不足でこんな写真しかご紹介できないことを残念に思います。
【M8/Tele-Snowva 135mmF3.8 F3.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Arco Tele-Snowva 135mmF3.8 | trackback(0) | comment(8) | 2009/09/08 Tue

対、去鎌倉吧

M8/Kinic 40mmF2
そろそろ鎌倉か。
2ヶ月も行かないでいると、少し恋しさを感じてくるようです。
週末は天気も良かったので、M8にテストレンズ2本をフォグの小さなバッグに放り込みました。

土日でブログ1週間分の写真を撮ってきて、それを並べるというパターンに対応できるのが鎌倉です。
しかし、それ以上に愉しいのが、鎌倉はコンパクトな町でありながら、歩いているとちょっとした発見に感心できることです。

それにはちょっとしたコツがあって、だいたい散歩コースというのは決まってしまうものですが、少しずつずらすことで変化をつけ、初めて歩く道をつくったり、同じ道でもいつもとは逆方向にルートをとることで新鮮な気持ちで散策することが重要です。

もうひとつは、休日の鎌倉はすごい人出で、混雑しているところまで歩いているとすぐに疲労感を感じてしまいます。
人の多い中の方がシャッターチャンスは多く、ブログの指針のほとんどがそう言うところで撮影したものばかりというのも事実ですが、鎌倉を散策するのであれば半分くらいは静かな所を歩いた方が気持ちがよくなります。
ストレスからの開放もひとつの目的にしたいところですので、リフレッシュできるような場所も求めて歩くべきでしょう。

今回は、時間も短かったので、鎌倉駅からバスに乗ってみました。
金沢八景行きのバスに鎌倉霊園まで乗車し、鎌倉駅まで歩いて戻って来るルートです。
鎌倉霊園から朝比奈の切通しはすぐで、このあたりはほぼ横浜市金沢区になり、歩行距離がだいたい4キロくらいでいい感じです。
運動不足とメタボも同時に意識しています。

朝比奈切通し、十二所神社、光触寺、明王院は、初めて訪れましたが、鎌倉の外れらしい静寂と風情が同居したすばらしいところです。
十二所神社はちょうど例祭にあたっていて、ぜひ見て行ってと誘われましたが、時間がなかったのが残念です。
明王院は、写真撮影禁止となっていました。
理由は分かりませんが、過去にあったトラブルが想像されて、何ともさびしい気持ちになります。

杉本寺に着いたときは4時半になっていて、もう門は閉ざされていました。
これはまずい。
1週間くらい涼しい日が続いていたので、この暑さが誤算でした。
調子にのって歩いたので、汗だくになってただでさえスタートが遅いのに休憩を採り過ぎました。

写真は数えるほどにしか撮っていないので、今回も八幡様まで一気に戻っていつものパターンでお茶を濁さなくては。
どうやらお日柄が好かったようで、いつものパターンの結婚式に間に合ったのは幸いでした。
【M8/Kinic 40mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Kinic 40mmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2009/09/07 Mon

河豚与蝎子

M8/Ultrastigmat 50mmF1.9
ロシア街があれば、やはり日本街もあると言うので行ってみました。
なぜか新築の一軒家がきれいに並んだ住宅展示場のような空間が広がっていて、戦前の日本風建築を期待して出掛けた身には肩透かしです。
今までまったく見なかった、日本からのツアー団体もいて、やはりここは何なのだろうかというようなつまらなさそうな顔でぞろぞろ歩いています。

ここで唯一おもしろかったのは、入口にあったふぐ屋さんで、かんばんに大きく安倍晋三の文字が掲げられています。
店番の女の子にどうして安倍晋三なのか聞きますが、要領を得ません。
オーナーが安倍晋三かいと聞くも、いや中国人だと言うし、オープン時の首相の名を勝手にいただいたのでしょうと結論付けました。
その後の首相交代のスピードはすさまじく、かんばんの付け替えも間に合わず中国人老板は後悔したことでしょう。

日本街が10分で済んでしまったので、予定が狂いました。
ここで思い出しのが、前回の四川の旅で教えてもらった阿蘭のことで、彼女のCDを探してみることにしました。
残念ながらCDはありませんでしたが、DVDを購入することができました。
それに阿蘭は現地でも知名度は高いようで、店員にたずねるとさっとDVDを手渡してくれます。
値札は15元で、店では絶対に正規版と言い張っていましたが、ちょっと安すぎます。
Voice of Earth というアルバムで、日本でリリースされたDVDをアジア各国に頒布するためにライセンスされたものだと但し書きがあります。

曲は、ほぼすべて日本語のものですが、1曲だけ四川省でロケされた映像があります。
出身地の丹巴周辺なのかも知れませんが、わたしが旅して歩いたところではありませんでした。
ここに登場する町並みはチベットの風情があってなかなか魅力的です。
それに阿蘭はやはりたいへんに美しい女性です。
美人谷への思いがふたたび募ってやみません。

閑話休題。
駅近くに戻って散策すると夜市がお昼にも営業しているのに出くわしました。
最後のお昼でしたから、少し豪勢な食事をとろうかとも考えていましたが、少しお腹が空いていたのと帰国便のソウルの乗り継ぎに2時間近くあるのでそこで韓国料理を食べようということになり、ここの屋台で適当につまみ食いすることにしました。

中国に行って小吃は楽しみのひとつですから、あちこちで買っては食べしてすぐ満腹になります。
白眉は臭豆腐で、いままで中国に同行した友人や新宿の某店で誘った友人は食べるのを拒否しましたが、鉄っちゃんは予備知識がなかったせいか、これは旨いと喜んで食べてくれました。

どうしても手が出なかったのが、ここ昆虫屋でした。
名前は偽りありで、昆虫の姿はなく、手前から奥に向かって、サナギ、ムカデ、クモ、でかいサソリ、カップルが手にしている小さいサソリ、その他正体不明の虫系生き物が串焼きになって香ばしさを振りまいています。

奥の黄色いやつはドリアン餅で、唯一美味しそうに感じられましたが、中からクモがぽろりとかっていう仕掛けがあるのかも知れず、やはり手が出ません。
こんなんで商売になるのか人ごとながら心配になりますが、広い中国、きっと愛好家も百万人単位で存在していて、店じまいの時間には在庫も捌けてているのでしょう。

旅も終わりになって、鉄っちゃんに中国らしいものを食べ物の数々を見せることができ、満足感いっぱいに帰路につくことができました。
【M8/Ultrastigmat 50mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Gundlach Ultrastigmat 50mmF1.9 | trackback(1) | comment(6) | 2009/09/06 Sun

走在俄国街

M8/Ultrastigmat 50mmF1.9
昨日のレンズの歴史の続きではないですが、今日は大連の歴史を少しだけ。

日露戦争のメイン舞台にもなっているので、歴史ある都会のイメージがありますが、もともと大連は地方の小さな町に過ぎませんでした。
都市として開けたのは日清戦争をきっかけにします。
海に面した大連は、防衛施設が築かれることで徐々に開けました。
が、戦争に敗れた清は、1898年ロシアに大連の租借を余儀なくされます。

ロシアは大連を貿易の拠点とすべき都市計画を進めます。
大連駅や大連港が続けざまに造られました。
しかし続いて勃発した日露戦争によって、1905年には租借権が日本に移ります。
日本は、ロシアが築きつつあった都市計画を引き継いで、西洋近代建築をつぎつぎに建てていきました。

しかし、第2次世界大戦末の1945年に日ソ中立条約を破棄して参戦したソ連に、大連はまたしても占拠されてしまいます。
1951年までソ連の管理下に置かれた大連ですが、改革開放後の1990年代に入って外国企業の誘致によって、多くの日本企業が進出してきています。
それに、朝鮮半島と遼寧省が隣接しているほどの至近ですので、韓国企業の進出は日本以上のようです。

このようにあまりに外国に対して開かれ過ぎていた町であったせいか、他の中国の町に比べて、わたしたちにはオープンな歓迎ムードが感じられました。
食事やタクシーなどは当たり前ですが、瀋陽行きのキップを買うときなども行列の中にも関わらず丁寧に対応してくれ、中国ではなく台湾にいるような錯覚を覚えるほどでした。
蹂躙の歴史というイメージでいたので、むしろ反日感情の矢面に立たされるのではと心配もしていたのですが。

町並みの中には、外国が色濃く残っています。
宿泊した大連賓館は、かつてロシアの都市計画でできた広場に日本が建てて運営していたクラシックホテルでしたし、その広場に接するすべての建物が当時のままの姿で残っています。
鉄っちゃんは旧満鉄に関わる施設をいつくか早起きして見てきたと言ってましたが、これらも当然当時の日本が建てた西洋建築です。

一方、ロシア人が大連駅を建造したこともあって、駅のそばにロシア街があります。
赤の広場風の遊園地みたいな建物があったり教会も残されていますし、例のキリル文字の標識もあったりして現在でもロシアとの関係が続いていることをうかがわせます。
ロシア街には土産物屋が多くあって、大方の予想通りマトリーシュカがずらっと並んでいますが、売っているのは黒竜江省とか山東省から出てきた中国人でした。

それと気になったのは、大連賓館をはじめとして日本による建築物の多くが銀行などに転じて未だ活用されているのに対し、ロシア街はせっかくの建築物の多くが休眠状態だったことです。
一部、レストラン程度には転用されていましたが、放置されているさまが目立ちました。
ロシアが所有権を主張したりなど、問題発生しているのでしょうか。
どうしても、日本の北方四島の返還問題が連想されてしまいます。
【M8/Ultrastigmat 50mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Gundlach Ultrastigmat 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2009/09/05 Sat

3枚玉的発展

M8/Ultrastigmat 50mmF1.9
このウルトラスティグマットについては、依然として新しい発見はないのですが、その流れであるトリプレット=エルノスター=ゾナーを傍観しておきたいと思いました。
今回も、キングスレークの「写真レンズの歴史」を基に、つまりは転載によって記述していることをお断りいたします。
早く"Vade mecum"を入手しなくては。

まずは、1893年のテーラーによるクックのトリプレットに始まります。
彼は、同じ屈折率の薄い凸レンズと凹レンズを並べるとペッツパール和(非点収差と像面湾曲を示す数式の和)がゼロになるので、2枚の凸レンズの間に両凹レンズを入れることで、収差の少ないトリプレットを開発しました。
これ以前にもトリプレットタイプの凸凹凸と並んだレンズは、ダルマイヤーやツァイスなどでも設計されていましたが、中央の凹のエレメントが弱かったため、クックの先駆とはなりませんでした。

続いて1900年にフォクトレンダーのハーティングがヘリアーを設計します。
ヘリアーは、1、3枚目の凸レンズを貼り合わせのダプレットに変更することで、レンズ設計の自由度を増やし、収差を減らすことを目指しました。
ヘリアーは、ハーティングが考えるほどには収差を除けなかったのですが、コンピューター設計の現代になって復活を遂げます。
2006年のコシナのヘリアー・クラシック50mmF2と2009年のMSオプティカルのアポクォリア50mmF3.5の優秀な限定レンズです。

ヘリアーの変形では、1919年のダルマイヤーのペンタックがあります。
ヘリアーのふたつのダプレットの向きを逆にしたもので、F2.9の明るさを実現したうえに、収差はかなり抑えられたために優れたレンズとして、発売当時から高い評価を得ています。

時代を少し戻ります。
トリプレットを明るくするために3枚目を凸レンズ2枚に分割した4群4枚レンズが設計されました。
もともとはボシュが1900年に試みていましたが、1924年になってリーによって完成します。
彼のレンズ名をとってスピーディック型と呼ばれますが、このタイプでより有名なのはアストロのパン・タハーです。
キングスレークが非点収差が悪くなっていると書いているとおり、パン・タハーは周辺で同心円状のボケが激しさが面白いレンズです。

トリプレットをより明るくしたのは、先日書きましたが、マイナーというアメリカ人で、これは1916年にガンドラック社からウルトラスティグマットとして発売した今回使用しているレンズです。
1枚目と2枚目の間に凸レンズを入れた4群4枚で、このタイプのレンズはシネ用として多くのメーカーから発売されています。

このタイプのレンズの完成度を高めたエルノスターを設計したのは、エルネマン社のベルテレです。
ウルトラスティグマットから3年、1919年のことです。
このレンズは短命にも関わらず、エルマノックスというフォーカルプレーンカメラに搭載されたことで名声と商業的な成功を得ます。
2枚目をメニスカスにした4群構成ですが、初期のF2タイプでは1、2群目をダプレットにした4群6枚、改良型のF1.8タイプでは2群目を3枚貼り合わせにした4群6枚です。

トリプレットの凸凹凸の1枚目と2枚目の間にメニスカスを置いたタイプのバリエーションは多く、これらも基本的にはエルノスター・タイプと呼ばれています。
その優秀性故でしょう、多くのメーカーからこのタイプのレンズが発売されました。
有名なものとして2つあげると、アンジェニューのType Yという名のほとんどの望遠レンズと、マイヤーのプリモプランがあります。

エルノスター・タイプで忘れてはいけないのが、スイス・ケルン社のスイター・レンズ群です。
構成図が見つけられなかったので、これは kinoplasmat さんのサイトからの借用になりますが、50mmF1.4、50mmF1.8、25mmF1.4の各Cマウント・スイター・レンズはすべてエルノスター・タイプです。
またアルパ用のレンズとして有名なマクロ・スイター50mmF1.8も、後群の凸レンズの前にもメニスカスのダプレットを置いた5群7枚のエルノスター・タイプです。

そして、エルネマンがツァイスに吸収されたことでベルテレもツァイス社の設計者として活躍します。
1930年、エルノスターを発展させたゾナーを設計して、ついにトリプレットは究極のかたちに発展しました。
F2は3群6枚、F1.5は3群7枚、発展の軌跡をたどればトリプレットからゾナーへの流れが理解できますが、このゾナーだけを見てもトリプレットを連想することはもはやできません。

ダブルガウスの発達に押されて、表舞台から消えていたゾナーですが、これも最近になって一部のレンズファン向けに復活しています。
MSオプティカルの2007年のMSモードS50mmF1.3と来月発売予定の名称未定レンズ25mmF1.1です。
ゾナーが長らく追及されなかったのが不思議なことですが、最近になって宮崎さんによってたいへん明るいレンズとなって好評を得ているのはご存じのとおりです。
世間がガウス、ガウスと騒いでいるうちに、トリプレット系列の個性的な写りは忘れかけてしまったようですが、名作が多いうえに新しいレンズも細々と世に出ている研究しがいのある分野と言えます。

さて、今日も、おととい、昨日と続いて大連駅のそばのオールドエリアからです。
ちょっとセクシーなお姉さんが歩いて来たので、カメラを構えかけましたが、一瞬先に通ったのび太メーク(?)の少年の方がユニークと気付き慌てて撮った1枚です。

ふたりは姉弟に見えます。
姉が正統派トリプレットとすれば、弟はやんちゃなスピーディックと言ったところでしょうか。
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Gundlach Ultrastigmat 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(4) | 2009/09/04 Fri

新的古鎮

M8/Ultrastigmat 50mmF1.9
わたしたちは、今回の旅行では見事なまでに鉄道に関する場所以外訪れていません。
瀋陽には、北京のそれと並ぶ故宮があって世界遺産になっていますが、見学する以前に検討の候補にすらあがっていません。
大連の最大の観光地は旅順で、日露戦争の要塞などが日本人にとっての見所ですが、やはり足を向けることはありませんでした。

鉄っちゃんも気を使って、わたしが行きたいところがあれば、ぜひそこも加えましょうと言ってくれていました。
わたしは古鎮と呼ばれる古い村を訪れるのをライフワークにしていますので、当然この付近のそういった村をリサーチしましたが、どうも遼寧省を始めとした東北三省には古鎮と呼べるものは存在しないようでした。
適当に想像すると、東北部は木造の家が中心でしたが、開放以降石やレンガの家に建て替えられて訪れる価値のあるような古民家の集落が無くなってしまったのかも知れません。

行きたいところが全くないと告げるのも悲しいので、じゃあ北朝鮮レストランで食事したいと願い出ました。
夕食なら鉄道見学には影響しないので、これはあっさり採用され、瀋陽で食事を果たすことができました。

さて、リレータクシーで瀋陽に戻り、わたしたちは夜汽車で大連に戻りました。
瀋陽から大連への快速特急は時間が合わなかったので、6時間ほどかかる遅い夜行列車をホテル代わりにしてしまうというアイディアでした。
駅前の外国人不可の旅社(安宿)に中国人になり済ましてチェックインして、シャワーを浴びてすっきり気分で瀋陽を後にします。

やってきた列車には「烏蘭浩特⇔大連」と書かれていて、ウランバートル発の国際列車かと思われました。
瀋陽は、北京発モスクワ行きとか、平壌行きとかの国際列車の停車駅だと聞いていました。
これは、モンゴル発の国際列車だとふたりで少し興奮気味でしたが、残念ながら後で調べると、ウランホトという中国内モンゴル自治区の町でした。

ふたりとも疲れが溜まっていたようで、寝台の中でそこそこ眠ることができ、旅の最終日の大連の町にさわやかに降り立ちました。
空港へ行くまで5時間ほどありますので、どこへ行くか協議します。
旅の初日に市電に乗って、実に雰囲気のいいところを通り過ぎたので、今度はそこで市電を撮影したいということになりました。

停留所を降りたところにちょうど「老辺餃子」というどこかで聞いたような店があって、朝食をとりました。
餃子がうまかったのは言うまでもありませんが、少し興味深い話を聞くことができました。

この餃子店も、かれこれ30年近く商売している老店ですが、このあたり一帯が100年ほどの歴史のある大連ではもっとも古い町なのだそうです。
しかし、大連の再開発地区の中心で、もうしばらくで町はすべて解体されることになっていると言います。
そう説明するおかみさんの眼は悲しげで、オリンピック前の北京で立ち退きを余儀なくされた多くの市井の人々のことが思い出されました。

鉄っちゃんは、ここでしぱらく市電を撮影したいというので、今回初めての別行動ということで、わたしは取り壊し直前のこの町を散策してみることにしました。

歩いてすぐ気付きました。
ここは、わたしにとって新しい古鎮とも呼べる、散策の喜びを味わえるところです。
鉄道にどっぷり嵌まるのも案外と楽しい経験でしたが、最後の最後にこんな庶民の生活の息遣いが感じられる町を歩けたのは、偶然とはいえ、はるばるやって来た甲斐がありました。
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Gundlach Ultrastigmat 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(8) | 2009/09/03 Thu

的士的故事

M8/Ultrastigmat 50mmF1.9
調兵山ではSL乗車体験もできて、満足のうちに瀋陽に戻ります。
面倒くさいのでタクシーで戻りましょうとうながされて、駅前で客待ちしていた運転手と交渉します。
あっさり200元でOKになり、粘って少し下げるより急いで戻るべくそのタクシーに乗車しました。
しかし、これがとんだ食わせものだったのです…。

われわれを乗せた車は快速に飛ばし、と思いきや住宅街の方へ入っていき、客をふたり拾いました。
どうやら乗り合いタクシーに化けてしまったようなのですが、運転手は謙虚な親父さんで申し訳ないがと恐縮しているので許してしまいました。
ここでゴネなかったのが大きな失敗になります。

このタクシーは、のちのち分かるのですが、調兵山ではなく、途中の町、鉄嶺から来たものでした。
およそ30分後鉄嶺に着くや、ふたりの客は降りていきました。
が、途中電話連絡していた別のタクシーがやって来て、われわれもそちらへ移ってくれと言われます。

新しいタクシーもあろうことか瀋陽に向かう別の客をふたり拾いました。
やれやれという感じです。
しかし、やり取りはスムーズで、時間のロスはあまりないため、文句を言うほどでもありません。

さて、幹線道路を高速で飛ばしていたタクシーですが、またしても電話でやり取りを始めました。
いやな予感がしましたが、果たして、反対から来たタクシーと並んで停まるや、またしても乗り換えてくれと来ました。

そのタクシーにもしっかり4人の客が乗りこんでいて、客が4対4でそっくり入れ替わります。
今までのタクシーは鉄嶺のもので、鉄嶺に向かう4人を乗せてそのまま鉄嶺に引き返しました。
言うまでもなく今度のタクシーは瀋陽から来ていたタクシーで、瀋陽に行きたいわたしたち4人を詰め込んで瀋陽にとんぼ返りするという訳です。

手際よい連携のもとに瀋陽に戻ったものの、さすがに行きの2倍の時間がかかってしまいます。
それで貸し切りだった行きと同じ200元というのは納得いかず、下車時に負けろとゴネてみました。
これは、明らかにルール違反で文句は乗り換えの段階でつけなくてはいけません。
やはり、前の運転手から200元と引き継いでいるし、それまでの金も払っているからと受け付けてもらえません。

料金は200元では高いと感じ、これなら半額の100元で済んだはずだと思いました。
しかし、よく考えると乗合タクシーに乗ったということは100元×2人で200元はやはり適正ということになるのか。
むしろ高速等使っても200元だった行きのタクシーが安すぎだったのか、何だか分からなくなってきました。

少しいらいらぎみのわたしをなだめるように鉄っちゃんが言ったことには説得力がありました。

「こんな面白いシステムを体験できたのだからいいじゃありませんか。
調兵山でSLに乗った時、終点の手前駅で30分も停車してSL同士のすれ違いがありましたよね。
あれはおかしいと思うんです。
調兵山の鉄道局は、このタクシーのシステムこそ見習うべきですよ!」
【M8/Ultrastigmat 50mmF1.9 F1.9】
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Gundlach Ultrastigmat 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(10) | 2009/09/02 Wed

従世界之車窓

M8/Summilux 35mmF1.4
調兵山の駅で写真を撮っていると、3編成あったSLは順次発車していきました。
せっかくの機会ですから、最後の列車に乗車してみました。
初めてのSL乗車体験です。

昨日の繰り返しになってしまいますが、広い中国と言っても一般の人が乗車できるのはここだけです。
週末や季節限定ですが、むしろ日本の方が、会津、真岡、大井川、山口などSL乗車の機会が多いのが現状です。
たぶん、またここに来ることはないでしょうから、最初で最後の貴重な体験と心して座席に腰掛けました。

発車からしばらくは、ずん、ずんと力強い蒸気機関車の引っ張る感覚がありますが、加速しきってしまうと普通の列車と変わるところはありません。
行きは先頭車両でしたので機関車の躍動する音の迫力を感じましたが、最後尾に乗った帰りはSLに乗っているというありがたみは薄れてしまいます。
銀河鉄道999に乗ってる気分で車窓の風景を楽しむことにしました。

乗客は、ざっと2割くらい埋まっているという感じです。
土日の状況は分かりませんが、この日は月曜でよそ者はわたしたちだけ。
他はすべて、地元の人がしっかり足として利用しているという様子でした。

3両編成ですが、各車両に車掌がいて停車駅ごとにホームに降りて安全確認等するのは、新幹線を含めた中国の他の列車と変わりません。
車掌がすべて女性というのも同じです。

その車掌は、たいへん友好的なおばさんで、わたしはSLそのものより印象に残っています。
わたしたちは終点まで乗車して、同じ列車で折り返して帰ってきたのですが、発車時間をこと細かく教えてくれるのはもちろん、キリスト教会があると教えてくれたり、停車時間の長い駅で降りて写真を撮るようアドバイスくれたり親切この上ありません。

乗車券は、片道わずか1元ですが、これすら払わなくていいからとタダにしてくれました。
恐縮して日本から持ってきていた飴を1コ差し上げたところ、おかえしのリンゴを4コもくれて恐縮することしきりです。

そういえば、先月も深圳からの列車に置いてけぼりを食らって次の列車の車掌さんにお世話になりましたっけ。
中国ではバス旅を愛しますが、鉄路の旅に切り替えるのもいいかも知れません。
【M8/Summilux 35mmF1.4 F1.4】
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Leitz Summilux 35mmF1.4 1st | trackback(0) | comment(2) | 2009/09/01 Tue
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