没人谷

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
誰もが期待したような、美人谷の美女ポートレイトでなく申し訳ありません。
恐らく誰もが予想したように、美人谷で美女に会うことはできませんでした。

美人谷に美女はいないと書くと、たいへんに失礼ですが、世話になった家の主人高さんによると、こういう事情があるそうです。

美人谷の評判は高く、ほとんどの女性は中学校卒業と同時に、歌舞に優れた者はそれより早く、村を出て北京や成都などの大都会で働きにでます。
チベット民族ショーのような催しがある施設やホテル、芸能プロダクションのようなところが多く、現金収入の少ない村にとって貴重な収入源です。

今度来るのであれば、春節(中国正月)がいい。
この時には美女たちはみんな戻ってきていて、春節を祝う饗宴が催されるから。
そういうわけで、来年の春節にはぜひ訪れたいと言ってみたものの、それはかなり難しいことでしょう。

ところで、高齢の女性とは村の中でかなり会ったのですが、たしかにみな美形で、若いころは美人だったのだろうと想像できるおばあちゃんばかりでした。
それで写真を撮らせてもらうよう頼んだのですが、一様に恥ずかしがって撮らせてもらえません。
美人だったプライドがあって、おばあさんになった今では、あんまり撮られたくないということかも知れません。
そういうわけで、元美女のお尻で、ここはがまんしていただきたいと思います。

そうだ! 思い出しました。
このあと丹巴の町で教えてもらったのですが、丹巴出身の美人で、日本で活躍する歌手がいると言います。
名前を忘れていたので調べようがないかと諦めていたのですが、"美人谷"という検索で一発で出てきました。

阿蘭という名前です("阿"というのは日本語にあえてすれば"~さん"という意味なので、蘭ちゃんというべきか)。
http://alan-web.jp/index.html
坂本龍一の目にとまってイメージソングを歌ったというプロフィールは輝かしいものですが、日本で有名なのでしょうか。

蘭ちゃんは、丹巴出身のようですが、この村出身かどうかは分かりません。
しかし、こんな美人が大挙して戻る春節は、やはり村に行かなければという気にさせられます。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F1.8】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(12) | 2009/07/31 Fri

美人谷全景

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
辛苦の山道を越え、ようやく辿り着くことのできた桃源郷。
正式名称を丹巴県丹底郷所ス山というこの村こそ、伝説の地、美人谷です。

この村で生まれた女性は、すべてがすべて美人。
ただ、美しいだけでなく、教養や歌舞にもすぐれ、典雅たることこの上なし。
いつの頃からか、この村は美人谷と呼ばれるようになったようです。

わたしは、2年前、同じ四川省の九寨溝を旅するにあたって美人谷のことを知り、それ以来ずっと気になっていました。
木陰でおしゃべりする女性たち、一列になって踊る女性たち、愁いをふくんだ瞳でレンズを見据える女性たち、民族衣装に身を包んだそのすべての女性があまりに美し過ぎました。
いつか訪れなくてはならない、そしてその機会はついにやってきた訳です。

はやく美人谷の美女を紹介したいところですが、丹巴県の愛称を紹介するのを忘れるわけにはいきません。
千稠之国(稠は実際には石ヘン)がその名です。
稠(実際には石ヘン)とは、稠楼、すなわち石の塔のことで、写真に見るような塔があちらこちらに見られます。

千稠というと大げさに聞こえますが、実際に数百はあるようで、あるいは盛時にはほんとうに千以上あったのかも知れません。
塔は、村にひとつだけの場合もありますが、多くは集中して同じ村にいくつもあったりするケースが多いようです。

その塔が何の目的で建てられたのかは、未だ不明なのだそうです。
この地では戦争が多かったからとか、異民族が伝えたとか、いろいろな説がまことしやかに伝えられますが、決定的とは言えません。
民俗学的には解明が急がれるのでしょうが、いち旅人としては謎は謎のまま永遠に解かれることなく残っていて欲しいと願ってしまいます。
【M8/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(10) | 2009/07/30 Thu

到桃源郷的遠遠路

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
丹巴から25キロほど、暴れる川を横目にバスで北上すると、丹底という村に着きます。
そこから、山道を1時間も登ったところこそ、わたしが今回目指した桃源郷とも言うべき土地です。

昨日の川の流れで想像いただけるように、山道は急峻で険しく、いちおう車でも上がれることになっていましたが、かなりの料金を請求されるとの情報を得ていました。
それに、桃源郷に向かうのだから1時間くらいの山登りは、むしろかの地に対する礼儀だくらいに思っていました。

歩き始めは割りと平坦で、昨日の川とは違う白く澄んだ渓流に沿って進んでいきます。
朝からいい天気で、気温もかなり上がっていたので、すぐにのどが乾きました。
ためしに渓流の水を口に運んでみると、とても冷たくなんともおいしく感じられます。

行く手に突然ヤギの親子が現れたり、木陰でウシが休んでいたり、水溜りには黒ブタが静かに水浴びしていたりします。
それに、ところどころにタルチョと呼ばれるチベット仏教の経文が書かれたカラフルな布が掲げられていたり、ラチェという名の石積みの塚が現れたりします。
きつくなってきた上りも、新鮮な楽しみに満ちていると感じます。

しかし、歩けど歩けど桃源郷は姿を見せてくれません。
暑さと不慣れな山登りと道を間違えたかとの危惧に、一気に不安な気持ちになりました。
時計を見ると、もう2時間近くも経っていました。
ちょうど、小さな木陰があったのでどっこいしょと腰掛け、痛む足を確認すると、足の裏の皮が空豆大にペロンと剥がれていました。
こんなものは見なければ平気なのですが、こうやって確認してしまうと途端に歩けなくなってしまうものです。

じつはずっと前から気になっていたのですが、車が通った跡こそはっきりしているものの、人が歩いたという形跡がいっさい認められないのです。
道を間違ったか、そもそもが歩いてくるようなところでなかったか、2日続けて宿が変更になっているくらいだから今日も何かの問題が待ち構えているのか。
よろよろと上りを再開して見つけたラチェで、まじめに手を合わせずにはいられません。

そして程なく、後方から軽トラがやってきて、憐れふらふらと歩いていたわたしを拾って村まで運んでくれたのでした。
どすんどすんと荷台を揺らしながらの行程は、約15分。
歩き続ければ、やはり1時間以上かかったことでしょう。
軽トラは村の入り口に道路標識を据え付けるために、この日たまたま通りかかったとのことでした。
運転手と自分の幸運(?)に感謝です。

やっとの思いでたどり着いた桃源郷の村ですが、こんな行程から分かるように宿というものは存在しないようでした。
どこかに頼んで泊めてもらわなければなりません。
昼過ぎの時間が悪かったのが、家は30軒くらいは密集してありましたが、人の気配がなかなかありません。

村中歩いて、いちばんはずれにようやく作業中の人を見つけました。
家を自ら改装している最中でした。
事情を話すと、それならぜひ家に泊まってくれと温かい顔で迎え入れてくれました。
空腹を悟ったのか、作り置きの食事も振舞ってくれます。

ツァンパという麦をこねたパンのような主食に、ブタ肉の脂身、それに蘇油茶というバター茶。
疲れた体になんとやさしい味でしょう。
炭火で暖められた蘇油茶は、一口すするたびに継ぎ足してくれ、飲み終わることはありません。

ようやく、落ち着けたという安堵感、懐かしい蘇油茶の味、やさしい高さんの心遣いに感情が高まってくるのを抑えることができなくなりました。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(8) | 2009/07/29 Wed

像河流

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
旅にアクシデントは付きもので、むしろそれを愉しまなくては、と以前に書いたことがありましたが、今回ほどトラブルや予期せぬ出来事に見舞われた旅はありません。

1泊目の宿からしておかしかったのです。
深夜到着ということもあって、成都空港からのリムジンバスの終点付近にホテルを予約していました。
チェックインしようすると名前が取り消されているといいます。
当日の電話連絡がとれなかったので、キャンセルされていたのでした。
日本から飛行機乗り継ぎで深夜着だから連絡取れませんと確認していたのに、上海の旅行社は約束を守ってくれませんでした。

すごすごと満室だというホテルを出ると、てぐすね引いた三輪タクシーの親父さんが待ち構えています。
いま12時半で、6時間後には丹巴行きのバスに乗らねばならないので、この親父さんの言いなりで宿を見つけてもらうしかありませんでした。
この人はたいへん良心的だったようで、なかなか快適な3000円ほどの宿に泊まれました。
コミッションは、1000円くらい取られていそうですが。

そして、次の日の宿まで…。
やっとたどり着いた丹巴ですが、バスターミナルのそばにチェックインしました。
最初の成都以外、宿はその場で決める気ままな旅ですが、さすがに長時間バスに揺られて最寄の安ホテルに落ち着いたかっこうです。
街をひやかし、広場で踊りを見たりしてから、夕食をとっていると後から来た若者たちが何故かわたしのことを知っていて、おまえ今日着いた日本人だろ、飯食い終わったらすぐ宿に戻るんだと少々命令口調で言います。
何でも前夜大雨が降ったので、わたしが取った宿は崖崩れの危険があり、地方政府から宿泊禁止令が出たという冗談のような話でした。

急いで戻ってみると、果たして他の宿泊者はもちろん、近隣の商店すべても含めてすでに避難した後のようで、電気はすでに消されていました。
よく見ると、宿を切り盛りしていた奥さんとその親戚の1階の食堂のおばさんと娘、さらに夏休みでひとり来ていた親戚の女の子の4人だけが、暗がりにぽつんとわたしの帰りを待っていたのでした。

宿を引っ越すはめになりましたが、聞けども空いているところはありません。
先に避難した宿泊者から埋まっていったということでしょう。
どうしたらよいでしょう、そう不安気に奥さんを見ると、じゃあ親戚の家があるから泊まっていけばいいとすすめてくれどうにか野宿は避けられました。

さて、親戚の家に着くと、これが案外普通のアパートですし、調度も新しいもので先の安宿よりも快適に過ごせそうでした。
清潔なダブルベッドの部屋をあてがってもらい熟睡しました。
夜中にトイレに立ったとき、おばさんと子供たちはいっしょに寝ていたようですが、奥さんはベッドか足りなかったようでひとりソファーに横になっていて目が合ってしまいました。
申し訳ないと思いつつまた眠りに着きましたが、こんな場合善意の旅人として、旦那は出稼ぎに行っててずっと会っていないといっていたまだ若い奥さんに、一宿一飯のお礼をすべきだったのではとあとあとまで悩まされることになります。


さて翌朝、いったん丹巴の街を離れ、少し離れたところへと向かいました。
4000メートル級の山々が連なるこの地域では、夏場には雪解け水と湧水で、川がものすごい轟音を響かせています。
対照的に静かで落ち着いたような、丹巴地方独特のチベット式の白い建築が凛々しい姿を見せていました。

川が流れる方向とは逆へ逆へと登っていった先に、今回の旅の目的地があります。
話を聞けば、誰もが一度は訪れたくなる桃源郷。
わたしは澄んだ空から容赦なく降り注ぐ日差しに耐えながら、そこを目指してひたすら歩き続けました。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(6) | 2009/07/28 Tue

歩行街広場

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
旅は、四川省の成都からスタートしました。
夜の12時を過ぎて成都に降り立ち、せっかくだからと宿のそばでそばを食べます。
雑醤麺。
これが、最高にうまい。
一昨年の四川の旅では一度も食べなかったのですが、四川省全体でもっともポピュラーな麺のようで、以降行く先々で目にし、食することになります。

翌朝は、6時半のバスに乗るため、4時半に起きて早めにバスターミナルに着きましたが、ここでもバスチケットをゲットして時間を持て余してしまって食べたのが雑醤麺でした。
よく考えれば、昨夜食べてから5時間ほどしか経っていないのに、また雑醤麺かよという感じです。

バスチケットを手に目指したのは、四川省北西部の丹巴という町です。
成都からは400キロほど、調べるとバスで6時間とも、8時間とも書かれています。
一般に交通インフラは年々進歩するはずですから、6時間で着くと考えたいところですが、結局10時間かかってしまいました。
進歩どころか、大型トラックが頻繁に通れば舗装は乱れますし、大雨でがけ崩れも珍しくないようです。
そのあたりのことは昨日の写真で想像つくでしょう。

何よりも痛かったのが、交通ルートが変更になっていたことでした。
6時間かかると書かれていたネット情報は3年ほど前のもので、途中、都江櫃などを通る北回りルートだったのですが、実際には雅安経由の西回りルートでした。
都江櫃は、昨年の地震で小学校崩壊など被害が多かったところですから、その影響でルート変更されたのかも知れません。
丹巴自体は多少揺れがあったようですが、地震の被害のなかったところで、それを前提に目的地として選んだのですが、思わぬところに地震のつめ跡を感じずにはいられないものです。

すでに中国のバス旅には慣れていたわたしも、さすがに悪路を含む10時間はきついものがありました。
それ以上にきつそうだったのは、最後尾に座っていたスコットランドから来ていた若い男性の二人組みで、そうそうにぐったりした気配です。
体を重ねるように寝ていたので、相当にきついのだろうなと同情しましたが、同情するまでもなくふたりは単にホモなだけでした。
ひとりがスコットランド伝統のスカート様の衣装で、なかなか勇ましく話しかけたりしていたのですが、さすがに仲間にされても困るので、途中からふたりだけにしておくことにしました。
目つきや雰囲気でもっと早く気づけばよかった…。

さて、ようやく着いた丹巴の町、近場の名所を巡ったあとに、さっそく散策してみます。
もう夜の8時だというのにうっすら日が残っていて、だいぶ西に来たことを実感します。
広場ともいえない道が膨らんだところが、にわかに賑やかになりだしました。
そうここはチベットの町で、彼らの民俗の踊りが始まったのでした。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(6) | 2009/07/27 Mon

夏天的旅

M8/Zunow 3.5cmF1.7
夏の声を聞くころ、ことしはどこへ行こうかと旅の虫が騒ぎ始めます。
だいたいが適当に検討して、このへんでどうかとあたりをつけ、じゃあこの日付でとのんびり詰めて、旅費の安くなる9月に旅立つというのがパターンです。

今年もひとりだったので、日程はかなりいい加減。
マイルがいつの間にか貯まっていた某航空会社のサイトで検索すると、信じられないことに提携航空会社の成田⇔広州便が7月はほとんど空いています。
だったらばと、2週間後の、つまりは7月第3週の予約を入れ、じゃあ広州から先はどうしようかと、順序が逆の旅の計画がスタートしました。

そうはいっても、行きたいと思っていた候補はすでにいくつかありましたし、この時期に行くべき決定的な場所も絞られます。
もう少し悩ませて欲しいくらいあっさりと、旅の概要が決まってしまいました。

深夜に到着した成都から、翌朝のバスはかなりの苦行でした。
申し訳ありません、続きはまた明日から、と言うことで。
【M8/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(4) | 2009/07/26 Sun

盛暑詞候

M8/Fujinon L 5cmF2
手もとにクラシックカメラ専科№44"特集 富士写真フィルムのカメラ"があります。
タイトルのとおり、フジのカメラが網羅されていますが、残念ながらライカ・マウント交換レンズの説明はありませんでした。
6×6のスプリングカメラや一眼レフ、プロ用の645カメラ等の立派なラインアップはありますが、フィルムやらコンパクトカメラやらが誌面の大半を占めてしまっています。
資料としてはすばらしいですが、ここまで載せるならレンズにももっと光をあてて欲しかったとも思われます。

時間がなく、今ぱらぱらとめくっただけですが、設立に関しては簡単に引用させていただこうと思います。
富士写真フィルムは、戦前、大日本セルロイドが、セルロイドの需要を高めるため、映画用フィルムの国産化をめざして設立された会社です。
大量の良質な水ときれいな空気が必要とされたため、工場用地の検討がおこなわれ、箱根外輪山に位置する南足柄の地が選ばれています。

続いて、やがては写真関連総合メーカーとしての発展をめざして、光学工場が近隣の小田原に建てられます。
しかし、太平洋戦争に突入したことで、民生用のカメラやレンズの製造はできなくなり、軍用光学機器
製造することで、恐らくは光学技術を大幅に高めたものと思われます。
それが、戦後スプリングカメラの製造から始まって、1954年の Fujinon 5cmF1.2 という高性能の大口径レンズに繋がってったのでしょう。
このあたりは、わたしが神奈川県民として誇れる大きなひとつです。


さて、昨日の写真館のすぐそば、龍口寺にやって来ました。
ここは、以前にも紹介したことがありますが、鎌倉や江の島から近く、日蓮にゆかりがあって建築物がすべて素晴らしいにもかかわらず、なぜか訪れる人が多いとは言えない、静かな穴場的な存在です。
美しい五重塔がありますが、ずっと待っていても訪れたのは写真の女性ただひとり、何とももったいない話に感じます。

ややくもりのある Fujinon L 5cmF2 には少し厳しい条件でしたが、暗部の木組みが何とか再現されていて好ましい描写と言えます。
この女性も、あいさつを交わしてくれる明朗な性格で、せっかくですから話しのひとつでもできればよかったのですが、時間がせまっていたこともあり、そのまま帰路に就くことになってしまいました。


まだ梅雨明けして数日。
夏休みだなんて言うと、なんと気の早いとお叱りを受けてしまいそうですが、今日から1週間ほど早めの夏休みを取ることにいたしました。
その間、ブログの方もお休みをいただくことをお許しください。

これまた少し早いですが、暑中お見舞いのご挨拶に代えさせていただきます。
どうぞ、お体に気を付けてお過ごしください。
【M8/Fujinon L 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon L 5cmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2009/07/17 Fri

奥林巴斯的山

M8/Fujinon L 5cmF2
ノンライツ・ライカ・スクリューマウント・レンズはライカの誕生とほぼ同時にあまりに多くの数が作られ、それは現在でも続いています。
いったい何種類あるのでしょう。
きっと数えた人は多いのでしょうが、何種類あったという報告は聞いたことがありません。
よくあるプロトタイプ、設計はされてるが製造されたかは不明、途中から設計が微妙に変わったといわれるが詳細不明等々、どうカウントしていいか分からないケースは多数あります。

ボディ中心の記述ですが、ノンライツ信者のバイブルと言える"LEICA COPIS/HPR"には368種のレンズが掲載されています(紅旗用のMタイプのものもあり)。
これでも明らかに漏れているものがあり、当然現行のレンズなども入ってませんので、不完全といえば不完全です。
これを補完するという動きはあってもよさそうですが、あまり聞かないところ鑑みると、どうもノンライツ完全化というのは聖域のように考えられているのかも知れません。

わたしにとっても、ノンライツに関する聖域と呼べそうなものがあります。
例えば、ノンライツの王者とも言うべき Hugo Meyer ですが、名玉である Kino-Plasmat や Makro-Plasmat の純正のスクリューマウントレンズは見たことがありません。
入手は難しいでしょうが、いつか触ってみたい、いえできれば使ってみたいものです。

国産ノンライツの聖域は、オリンパスがあげられます。
有名な Zuiko C.4cmF2.8 こそ所有していますが、それ以外にも
・5cmF1.1
・5cmF1.5
・5cmF3.5
・9cmF4
・13.5cmF3.5
の少なくとも5本の Zuiko レンズが存在したことが知られています。
恐らくは、オリンパスを名乗る前の高千穂光学時代のレンズのはずです。

"世界のライカレンズPart4"の巻末にその5cmF1.5が紹介されています。
Kino^Plasmat によく似た鏡胴デザインで、残念ながら作例はありませんが、文章からはなかなかの特徴を持つレンズだということがうかがえます。
ノンライツ全制覇は、到底不可能ですが、このレンズを探すのは今後の目標に据えても許されるでしょうか。


さて、作例ですが、江の島裏道から桟橋を戻り、江の電の江の島駅から少し腰越駅の方に歩いたところです。
ちょうど囃子の音が聞こえてきて、近いなと思い、有名な古い写真館の前で待ち伏せしました。
島の中でもお祭りの準備をしてまたが、島の中の神社と腰越の神社が合同でおこなう、伝統的な祭礼のようです。

こんなところで、カメラを構えて待つと、みんなそっぽを向いてしまいます。
角度を工夫し、ささっとスナップする術で対応すべきでした。
【M8/Fujinon L 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon L 5cmF2 | trackback(0) | comment(1) | 2009/07/16 Thu

露地的珈琲庁

M8/Fujinon L 5cmF2
2日続けて、新しく買ったレンズの話しを書きました。
実は、もう1本密かに購入していまして、今日はそのことを書こうか迷いました。
これも国産ライカ・マウントです。
このレンズは国産ノンライツのどん詰まりにあるようなレンズだからと聞いてしまったので、安易に出すのが躊躇われ、今回はやめることにしました。
もったいぶって恐縮ですが、来月には使ってみて、"秘宝館"として紹介させていただければと考えています。

なぜ立て続けにレンズを3本も買ったかと言えば、夏季一時金が出たからにほかなりません(わたしの会社では夏のボーナスをこう呼び習わす)。
従来であれば、海外のショップに目を向け、少々高価でも普段買えないようなもの、掘り出しものを探していました。
ですが、昨今の大不況や円高による割安感があるはずにも関わらず、そういった物件が激減してしまっています。

激減したというよりも、相場がばーんと跳ね上がったと表現した方がよいでしょうか。
その理由までは書きませんが、間隙を縫って超掘り出し物を発掘するか、そんな根性がなければ今は静観の時期のような気がします。

一方で、割安感を得られるものもあることに気付きました。
それが、国産ノンライツ・レンズ群です。
美品こそまだ値上がっているようなのですが、ちょっとしたキズがあったりなどという玉は、かなりの格安で市場に現れています。

これを機会に国産ノンライツ再見直しなんてやってみたのですが、意外にも国産レンズの方が資料が少ないことに気付きました。
おそらくこれらは、カメラ雑誌などで特集化するなどすでに取り上げられてしまっていて、何を今更という状況ということなのでしょう。
ならば、まずは自分で使ってみようということです。


今週の作例は、自転車で江の島までやってきた時のものです。
参道やら土産物屋の江の島ではなく、裏通りの江の島ともいうべきところで撮っています。
手作りケーキがウリのこの喫茶店は、1月に ksmt さんと訪れてましたが、今回はお祭りがあるようで、残念ながらお茶を飲むこともできませんでした。

白主体の地味な絵ですが、強いハイライトになることもなく落ち着いた諧調を表現していると思います。
色味は渋めのようで、派手なシネ系レンズに見慣れると新鮮な気がします。
また、中央部は距離があるにも関わらず立体感があるように見えるのは、少しエコひいきでしょうか。
絞り羽根欠落のショックからは、じゅうぶんに立ち直ってしまいました。
【M8/Fujinon L 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon L 5cmF2 | trackback(0) | comment(6) | 2009/07/15 Wed

又買別的

M8/Fujinon L 5cmF2
先週末、香港からの友人 Checkie さんと会っていたとき、ノンライツRF友の会のメンバーは某所で会合を開いていました。
ゲストに写真工業前編集長の市川さんを招いていて、かなり濃密な内容だったようです。
さらには、クラシックカメラ関連の本をものされている写真家、萩谷さんも参加されたと聞きました。

萩谷さんは、国産ライカ・マウント・レンズ研究の大御所とも言える方で、その萩谷さんこそが、市川さんが編集された"世界のライカレンズ Part2"の中で、Fujinon L 5mF2 の記事を書かれてます。
ライカ・マウントのフジノンに関する資料を見つけることができなかったわたしにとって、この萩谷さんの記事はたいへん貴重なものです。
恐縮ですが、少し引用させていただきます。

フジノンのライカ・マウントといえば、5cmF1.2 があまりに有名ですし、国産大口径レンズの中では性能の高さでも定評があります。
わたしは、5cmF2 の方が先に開発されて、それを改良するかたちで、5cmF1.2 が開発されたのかと思っていました。
しかし、驚くべきことに、5cmF2 は1957年秋の発売に対し、5cmF1.2 はそれに先んじること3年の1954年にすでに発売されていたということです。

フジでは、ライカ・マウント・カメラを製造していません。
5cmF1.2 についてははっきりしたことは分かりませんが、ライカ・マウントの交換レンズとして発売されたということなのでしょう。
一方、5cmF2 は、レオタックスの標準レンズとして供給されていたとのことです。
しかし、発売からわずか半年後の1958年春には、標準レンズの座はトプコールに奪われてしまいます。
奪われたというと言い過ぎで、まあ何かの事情があって変更されたということのようですが。

この約半年の間にレオタックスの標準レンズとしては Fujinon L 5cmF2.8 も同時に販売されていますが、その2本のレンズが単独で売られてたという記録はないそうです。
レオタックスがかなりの売れ行きだったとしても、半年の販売では、この両フジノン・レンズの製造量はかなり少ないものと想像されます。

そんなこともあって、今回 Fujinon L 5cmF2 を少々強引に購入したのですが、性能自体の高さはよく理解することができました。
そこで、気になっていた 5cmF2.8 が新宿某店に売られていたのを思い出し、今日、見に出かけました。
これもかなり安い出モノで、見ればやはり前玉に拭きキズがありましたが、5cmF2 ほどではありません。
何より当然ですが、絞り羽根は全部揃っています。

即決できず、優柔不断モードが働きはじめました。
ここで店員が背中を押してくるでしょう。
と思えば、店員ではなく意外な伏兵が現れました。
店長と何やら話していた人がいきなり声をかけてきたのですが、それが何と1年近くも会っていなかったカメラの先輩だったのです。
久しぶりの再開でしたのですっかり話し込みましたが、ここで会うも何かの縁だからと、屁理屈一閃、レンズは持ち帰りの運びとなりました。

とまあ、たかだか中古レンズ1本買うのに、ブログ全編を費やしていますが、いろいろな人とのご縁が交錯して手元にやってきたという気分でいます。
なお、文末で恐縮ですが、フジノンの前身のライカ・マウント・レンズ、クリスター 5cmF2 の"世界のライカレンズ Part4"の記事は、ノンライツRF友の会主宰のチャーリーさんの手になるものです。
【M8/Fujinon L 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon L 5cmF2 | trackback(0) | comment(6) | 2009/07/14 Tue

自爆物語

M8/Fujinon L 5cmF2
誰が呼んだか知らないけれど、黄色い手榴弾という別名を持つカメラ屋さんがあります。
意味あり気な呼び名ですが、先日この手ごわいネーミングの意味を痛感させられることになりました。

銀座に用事があった帰りに、久し振りに黄色い手榴弾に寄りました。
行き先は、中古の委託品売り場ですが、行ってもまず買い物をすることはありません。
しかし、その日はちょっと珍しいレンズが、かなり安い値札を付けていたので見せてもらうことにしました。
やはりと言うべきか前玉に拭きキズが多く、中玉にもわずかにクモリが見てとれます。
それでも価格を考えると、たとえばオーバーホールやレンズ研磨で再生できるのだし、やはりお得感があるように思われました。

そこへ、店員がそっと背中を押します。
この程度のキズやくもりは写りには影響ないですよ。
それに、このレンズは今日値下げされたばかりなんです。
ね、安いでしょう…。

結局、持ち帰ることになったレンズは、Fujinon L 5cmF2 というフジノンのライカマウント・レンズです。
超大口径の F1.2 ではありません。
クセノタール・タイプの隠れた名玉の F2.8 でもありません。
書籍やネットでもそれほど見ない、忘れられがちな F2 です。
どんなレンズか予備知識がなかったので、逆に興味津々で手に入れたという側面もあります。

もちろん喜々として帰宅します。
週末は、これ1本持ってテストに行こうと考えるのも楽しくなります。

帰宅後、あらためてレンズを見直して驚くべき事実に気付きました。
いや、気付くのが遅すぎたと言うべきか。
絞り羽根が1枚なかったのです。

そういえば、今日値下げしたということは、長らく売れずに置かれていたということです。
多くの人が見たものの、レンズ状態と絞り羽根欠落に購入意欲をそがされたレンズを喜んで持ち帰った。
そそっかしく情けない話、いえ、これぞレンズ愛好家のとるべきすばらしい行為と言えるでしょう。
みんなが敬遠する名玉を復活させようというのですから。
どうせ開放しか撮らないから絞りは関係ないし、だいいち写りには影響ない状態なんだから…、あっ、作例の右下の白い貼り紙のところが滲んでいる!

銀座で安全ピンを抜き、自宅でドカーン。
誰が名付けたか、黄色い手榴弾とは、なんとすばらしい名前でしょう。
【M8/Fujinon L 5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Fujinon L 5cmF2 | trackback(0) | comment(8) | 2009/07/13 Mon

厳禁播放

M8/Kinetal 37.5mmF1.8
絵馬というのは、見えるところにかけるのですから、やはり読んでもよいのものなのでしょうか。
願いごとは、人に知られると叶わないと、よく聞きますが。

わたくしごとで恐縮ですが、大昔の大学受験の時、お茶の水近辺にある学問の神様に合格祈願に行ったことがあります。
慣例に従って、絵馬に一筆したためて吊るしてきました。
さて、翌日いつものとおり登校すると、級友たちから笑われるは心配されるはの事態になっていました。
聞けば、夕方のテレビのニュースで、受験の話題とともにわたしの絵馬が写し出されていたというのです。

絵馬に書いた内容が原因に違いありません。
「家庭が貧しく浪人できません。どうか合格させてください」
その横にわたしのフルネームです。
ニュースとしては面白半分で取り上げたのでしょうが、本人の事前承諾はとって欲しかったです。

テレビで放送されるとはすごいとか言っている大馬鹿者もいましたが、お前のうちは貧乏だったのかという同情が大勢を占めました。
冷静に確認すると、放送を見たのは2人だけとのことでたが、クラスへの伝播の仕方は恐るべきものがあります。

クラス40名のうちの2人であれば5%が見たということになりますが、近所の人とか両親の知り合いとかが20人いれば1人は見ている計算です。
歩いていて石を投げられたり、風評被害にあったりしないかたいへん心配になったのをよく覚えていますし、今でも絵馬を見るとその時のことが思い出され暗い気分になったりします。

その願いごとは叶ったのか。
たしかに浪人はしなかったので、叶ったといえばいえます。
ただ、ちょっと合格した先が…。


ところで、絵馬を見ている女性の写真をブログに掲載することは、どうなのでしょうか。
テレビニュースとしょぼいブログでは比較するのもふざけていますが、シチュエーションとしては似ているといえそうです。
このくらい顔が小さくはっきりしなければスナップとしては許されるかと思って、もう少し寄った写真を差し置いてこちらを採用しています。
わたしの高校時代ならまったく問題なしですが、プライバシーとか肖像権とか個人の権利の考え方は恐ろしいまでに進んでしまっているので…。
【M8/Kinetal 37.5mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Kinetal 37.5mmF1.8 | trackback(0) | comment(4) | 2009/07/12 Sun

它的歴史

M8/Kinetal 37.5mmF1.8
イギリスのヨークに本拠を置く、クックは現役でシネ・レンズを製造している歴史的メーカーです。
現役ですから現行のラインアップを紹介するサイトもちゃんとあります(Cooke Optics)。
そして、そのサイトの中でわたしたちにとってありがたいのは、ヒストリーのタイトルでクックの歩みが簡単に紹介されています。

1890年から10年刻みで説明されていますが、最初のレンズがクックのトリプレットです。
1921年には、早くもスピードバンクロが登場します。
文章中、リーの設計したシリーズ0と紹介されていますから、これはオピックのことに他なりません。
完全対象のブラナーを改造して、非対称にしガラスもフリントから屈折率の高いクラウンに替えることで、F2という明るさを実現しています。

スピードバンクロの発展や大判レンズなどの記述を経て、1950年代にシネ用レンズが多く開発されて、いくつかのレンズが列挙されています。
しかし、その一群とは別に"1959 Cooke Kinetal 16mm Prime Lenses"という一項が設けられています。
クックが、キネタルをスピードバンクロと同様に重要視していることが分かります。

おととい7種類がオークションで売られていると書きましたが、その他に12.5mmと100mmがあって、合計9種類のラインアップになるようです。
また、短い文章を読むと1950年代にフィルム原料の質的向上とコストダウンがあって、高精度で軽量な16mmシネ・カメラが台頭したことが分かります。
それに合わせて設計されたのが、キネタルのシリーズということでしょう。


肌の質感の再現性が素晴らしい旨記したところ、それが分かるように拡大をとのご意見をいただきました。
拡大ではありませんが、寄って撮影したものの中で、その肌の質感や発色の良さなどが分かりやすそうな作例がありました。
ボケなんかも好いと思うのですが、いかがでしょうか。
【M8/Kinetal 37.5mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Kinetal 37.5mmF1.8 | trackback(0) | comment(6) | 2009/07/11 Sat

粉紅色的小妹

M8/Kinetal 37.5mmF1.8
大仏のある高徳院から長谷寺へは目と鼻の先くらいの移動です。
意外に撮るもののない高徳院に比べて、長谷寺は鎌倉の寺らしい上下移動も含めた奥行きと変化があって、被写体には事欠きません。

撮るものはいっぱいなのに、ひとりピンクのワンピースで目を惹く少女がいて、ずっとその娘をおっかけてまいました。
日本の子供であれば、両親とくっついて行動したがるでしょうし、親の方でも人が多い中ではひとりで行動させたりしないと思います。
しかし、西洋ではこんなに小さなうちから個人主義の主張が始まるのでしょうか。
ずっと家族とは別々、目についたところに向って進むし、気に入ったところではずっと佇んでいます。
父親が声かけして寄って来ても、またひとり歩いて行ってしまう。
わがままなのとはちょっと違う自己主張的ひとり歩きは、おっかけていたというより、歩く先々で彼女が目立っていたというふうに訂正します。

作例は、まったく面白みが感じられないもので申し訳ありません。
しかし、縮小前の”原画”で確認すると、とてもレンズの実力が分かる作例でした。
ピントの合った少女の肌がなめらかに描写されていたり、ワンピースの襞がしっかり出てるだけで感心するところですが、背後の人たちとそのさらに後の木々となだらかにボケて、実によい感じに距離感を表現していることが見てとれます。

前ボケも秀逸です。
周囲に少し流れがありますが、端でも中央付近はきれいにボケています。
わずかに見える木漏れ日は、周辺近くでもくらげ状になっておらず、少しゆがんだ程度の変形にとどまっています。

解像度の高さ、球面収差、コマ収差の補正、色抜けの好さ等、M8で使う高性能広角レンズとしては理想の1本と見ました。

ずっとモデルになってくれた少女へのお礼も込めて。
【M8/Kinetal 37.5mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Kinetal 37.5mmF1.8 | trackback(0) | comment(4) | 2009/07/10 Fri

角落很黒

M8/Kinetal 37.5mmF1.8
試しに Cooke Kinetal を某オークションサイトで検索すると、なんと7種類の焦点距離がリストアップされていました。
9mmF1.9、17.5mmF1.8、25mmF1.8、37.5mmF1.8、50mmF1.8、75mmF2.6、150mmF3.8。
他の焦点距離のものも製造されていたのかも知れませんが、まずはこれだけいろいろな Kinetal がずらっと並んだことが驚きです。

わたしは、37.5mmF1.8、50mmF1.8 の2本を所有していますが、残念ながらいずれもレンズ構成は不明です。
しかし、9mmF1.9 と 150mmF3.8 が同じ構成とも思えませんし、これはまったく設計の違うレンズもすべて Kinetal 名で統一して販売していたということで、例えばライツのズミクロンなどと似ています。

ただ、ズミクロンではF数をF2で統一していて、この辺の事情は異なります。
Kinetal はシリーズとして、発売時にすべてを同じ名前でカタログに載せたのでしょうが、広角ではあきらかに逆望遠が採用されていて、標準や望遠がガウス発展形だとしたら、描写の傾向に統一感がなくなる可能性があり、メーカーとして苦心したことが想像されます。

このネーミングはオールドレンズが好きで、レンズ構成が気になる人にとっては好ましい傾向とはいい難いものがあります。
Angenieux の Type S1 とか Type R1、Type Z3 などレンズ構成を記号化するネーミングの方がありがたいと言えます。
Cooke では、Speed Panchro はダブルガウスのみを意味するようですが、他の名称はいろいろな構成が入り乱れてて、頭の痛いメーカーです。

関連して思い出したのが、Zeiss の Sonnar と Planar のことです。
ゾナーは言うまでもなくゾナー型というレンズ構成の名前になっているので、恐らくは Sonnar 名のレンズはすべてゾナー型と思われます。
Planar はプラナー型と呼ばれることはないものの、典型的なダブルガウス設計の歴史がありますので、基本的にはこの路線かと思いましたが、ビオメター型(クセノタール型)構成のブラナーもあるらしく、一筋縄でいかないツァイスのネーミングに少しいらいらさせられます。

さて今日の作例ですが、キネタルの周辺光量が分かりやすいものを選んでみました。
周囲が最初から暗いものを選べばかなり目立たせずにすみますが、空を撮ると一発で分かるようになります。
こんな具合だと、レンズ先端でケラレてるんではないかと心配になります。
もうひとつ、レンズを向けたのはアメリカから観光に来た女子高生トリオでしょうか。
この3人の不思議なファッションセンスにも、少し心配をしたくなりました。
【M8/Kinetal 37.5mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Kinetal 37.5mmF1.8 | trackback(0) | comment(9) | 2009/07/09 Thu

白色的背面

M8/Kinetal 37.5mmF1.8
Checkie さんの日本語は達者で、聞けば、やはりかなり以前に日本に語学留学していたそうです。
共通の趣味の話題ということもありますし、英語の助けも可能ですから、思った以上に会話はスムーズでした。
なるほど、このくらいしゃべれるとレンズの性能のことや描写についていろいろと議論もできて、国際交流レベルに何とか達するなあと感じた次第です。
同時に、いつか香港や他国にも存在するオールドレンズファンの方々と会った時のことを考えると、同程度の英語がしゃべれないといけないということです。

しかし、その Checkie さんとの会話で少し困ったのが、固有名詞のことでした。
彼の言う Cooke は"コックス"と聞こえ、我々の言う "ダルメイヤー(Dallmeyer)"は何のことか通じず、何度か言って"ドールマイヤー"ですねと理解してもらうような有様でした。
中国の地名についても、彼の母語は広東語で普通話は少し勉強した程度らしく、なかなかの苦労を味わうことになりました。

そんな Checkie さんですが、ご関心の向きは、ぜひ彼の香港老花会というフォーラムを覗いてみてくださ。
香港のみならず、大陸中国、台湾の方の投稿もあって、なかなか賑やかで楽しげな印象です。
鎌倉へ来る前の京都の写真がいくつも並んでいて、うん、これは正しく Checkie さんの人柄が出ている写真だと思わせる作例に溢れています。
2つのスレッドから機材が分かりますが、レンズは Kino-Plasmat と Speed Anastigmat という同構成フォーマット違いの妙が楽しめるようになっています。

さて、作例ですが、初日から高性能、高性能と騒いでいたにも関わらず、恐るべきアラが浮き上がって来ました。
このサイズでは分かりにくいですが、記念撮影の海自さん(?)の真白き制服に沿って青々とした色収差が表れています。
エッジの立った先鋭さと、あい反することのようですが。

これは、どう解釈したら好いのでしょう。
白が滲むのが良いのか、色収差が出るのが良いのか。
周辺の光量落ち以外に非の打ちどころ無しと思ってたのに、いきなり暗がりから後頭部を一撃されたような衝撃でした。
【M8/Kinetal 37.5mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Kinetal 37.5mmF1.8 | trackback(0) | comment(8) | 2009/07/08 Wed

又没有関心

M8/Kinetal 37.5mmF1.8
1週前の土曜日に、川崎市民ミュージアムで写真展の鑑賞をおこなったことは記しました。
ここで、ある方が国内3本目と言う Noctilux 50/0.95 という究極レンズをありがたくも開示いただき、拝見する機会があったのですが、興味を感じなかったなどとブログに書いています。
これは厳密に言えば、Noctilux に興味がなかったというよりは、別のレンズに神経が集中しきっていて、Noctilux を見る余裕がなかったという方が正しい言い方になります。

その、別のレンズこそ、今回鎌倉で使用した Kinetal 37.5/1.8 です。
ミュージアムのレセプション会場の隅でぼんやりしていた私に、中原水産工房なるレンズマウント改造施設を細々運営する庭師さんから、自信に満ちた力強さで手渡されたのがこのキネタルだったのです。

Arriflex 16 用と思われるシネレンズを入手してかれこれ半年余り。
M型ライカを所有していない中原水産に傾斜カムは不可能、との陰口を叩かれている時もあり、わたしも、半ばあきらめかけていました。
それが、いま眼前にあります。
しかも、前回の Arriflex-Cine-Xenon に勝るとも劣らない仕上げで。

アリフレックス・レンズであることが一目で分かる、外観の美しさを損なわない設計センスはもちろん、このような改造に求められる操作性についても、仕上げの高さがうかがわれます。
ヘリコイドは絶妙のトルクを見せていますし、カムの金属や絞り操作のローレット部品など細部のこだわりもさすがです。
深川精密工房直伝の技術が如何なく発揮されているのが理解できました。

早速のレンズテストと、このすばらしいレンズを国際的に知らしめるのに、土曜の鎌倉行に持ち出すのは最高のタイミングであるように思われます。
さっそく、香港のオールドレンズ愛好家 Checkie 氏にレンズを見ていただきました。
そして、その反応は実に意外なものでした。

すばらしいですね。でも、わたしはライカを持ってないのですよ…。

Checkie 氏は、ksmt さんと互いのキヤノン5Dにそれぞれの Kino-Plasmat 75mmF2 と F1.5 を交換して試用するなど楽しんでいましたが、ライカマウントの出る幕はついぞありませんでした。

わたしはひとりさびしく、レンズテストに集中しましたが、久々の広角で距離感がいまひとつです。
作例では、寄りが足らず、ではと接近したところ睨まれる始末。
庭師さんには申し訳ないですが、世界に名を知らしめるチャンスは一瞬にして失ったことのみ報告しておきます。
【M8/Kinetal 37.5mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Kinetal 37.5mmF1.8 | trackback(0) | comment(12) | 2009/07/07 Tue

熱烈歓迎光臨

M8/Kinetal 37.5mmF1.8
先週の土曜日、ksmt さんとわたしは外国からのVIPを迎えるべく鎌倉駅に集まりました。
時間通り、家族を伴って現れたその要人とは、香港人の Checkie 氏。
"香港老花会"というオールドレンズ愛好のためのネット・フォーラムを主宰する趣味人であり、香港最大のメガバンクの中枢をを仕切る金融スペシャリストでもあるようです。

日本語達者な Checkie 氏は、オールドレンズの情報ソースとして、ksmt さんのサイトをよく閲覧されていたようで、いつしか両者は掲示板でやり取りしたりメールを交換する仲になったようでした。
そこで、夏休みに日本旅行するのを機に、鎌倉案内を口実にお互いのレンズを試し合いたいという思惑が一致して、今回の国際会合が実現したという運びです。

Checkie 氏は、たまたま超大口径レンズヘッドを入手していて、これの改造は MS-Optical 以外はできないと判明したことから、MS-Optical とは知己であるわたしがそのレンズをいったん受け取って改造依頼するという理由で、この会合に合流することになったのでした。

鎌倉駅の改札にやって来た Checkie 氏、あきらかに歳上で地位のある方ですが、人当たりのやわらかさ、飾り気のなさに、非常に好感を持ちました。
海千山千の世界を生きる香港人は、古い中国人のDNAと結びつくのか、かなり押し出しの強いキャラクターという人物を多く見かけます。
ましてやオールドレンズ愛好なんて言う趣味の行きつく先の先のようなところにいる人ですから、かなり心配していたのですが、これは好い意味で裏切られました。

冒頭から旧知の間柄のように盛り上がって、鶴岡八幡宮まで繰り出します。
八幡さまは、七夕の飾りもあったりして夏祭りの雰囲気でした。
子どもたちが奏でる祭囃子のリズムは、遠来の客人に日本的印象を植え付けるに十分だったと思われます。
【M8/Kinetal 37.5mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Cooke Kinetal 37.5mmF1.8 | trackback(0) | comment(8) | 2009/07/06 Mon

没有関心

M8/Kino-Hyper 5,5cmF3
また日曜の晩がやって来ました。
これは、当ブログの技術指導者であり(?)、機材提供もいただいている深川精密工房がブログアップ時に使う常套文句です。
故淀川長治氏の番組か何かからパクッているのかも知れませんが、毎週日曜の夜に更新されるので、愉しかった土日もあっという間に終わってしまった惜別を表現しているようです。
このブログのファンには、土日最後の愉しみでもある訳ですが。

わたしの方は毎日更新ですが、土日の写真を月曜から日曜まで連続させるパターンなので、やはり土日の終了と同時に、1週間の終了も意味します。

さて、川崎市民ミュージアムでは、友の会の重鎮であるT氏が作品を出展しているグループ展も鑑賞しました。
T氏の作品は、ライカによるモノクロで、オーケストラのゲネプロと思われるシーンをとらえたものです。
同じくオーケストラの演奏シーンをモチーフにした作品を展示された方が他にもいらっしゃって、各奏者や指揮者のもっとも美しい一瞬や演奏が始まる前の緊張などを写し取っていました。
T氏は、奏者や楽器がテーマになっていても、鳴っている音楽の方を表現しようとしているように感じられました。

M型のライカでズミルックスなども使用されているとのことでしたが、メインのレンズは何とマウンテン・エルマーだとお聞きして、あらためて作品を見直してしまいました。
このレンズが精巧に楽器のディテールを描き出すのではなく、弦の振動やそれが空気を震わせている感覚を表現できるのではと改めて考えました。

プリントの技術のことは一切分かりませんし、相変わらず稚拙な感想ですが、実際に手焼きされた作品は絵画と同様の訴える力を持っているという印象を強くしました。
ここのところずっとデジタルで機械プリントすらしませんし、写真展にもずっと足を運ぶことすらしてませんでした。
撮ることと見ることは等価に感じられます。
晴撮雨鑑、雨や暑い日は鑑賞に行きたいと強く思いました。


作例は、親友TO氏のスナップです。
肩から首からいろいろカメラを提げているのもすごいですが、こちらを向いているレンズがばかにでかくて高価そうなのが威圧的です。
最近、受注生産で販売され、まだ国内には数本しか存在しない超高級レンズなのだとか。
レンズを見せていただいたのはたいへんありがたいことですが、あまり興味を感じませんでした。
それが、レンズなんかより写真の方が大切なんだ、と気付かされたからだとしたら素晴らしいことなのですが。
【M8/Kino-Hypar 5,5cmF3 F3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Goerz Kino-Hypar 5,5cmF3 | trackback(0) | comment(4) | 2009/07/05 Sun

希望的肖像

M8/Kino-Hyper 5,5cmF3
急にシャープなで全体に均質な画になっていますが、絞りがF6.3あたりに動いていました。
フィルターを触ったりしていたのが原因のようです。
いつも馬鹿のひとつ覚えで開放ばかりですので、こんなミスならお許しいただけるでしょうか。
ちなみに、推定1930年代レンズは、絞りが所謂大陸系列になっていまして、F3、3.5、4.5、6.3、9、12.5、18、25と並んでいます。

八景島をあとに、電車を乗り継いで川崎市民ミュージアムにやって来ました。
この日のノンライツRF友の会の後半戦は、恐らく初の試みである写真鑑賞です。
しかし、1時間余りの間にふたつの展示を見るという鑑賞と言う優雅な言葉とは程遠いものでしたが。

ハービー山口さんは、ほとんど写真家を知らないわたしにとって、本を何冊か読みテレビでも見たことのあった、そして何よりライカでスナップを撮っているということで、数少ない馴染みある写真家です。
主に、最近の作品、日本の著名人を撮った作品、激動の89年東欧での作品、以前のローライ二眼レフの作品、日本を飛び出しロンドンで活躍したころの作品というように分かれていました。
だんだんと時代を遡るような展示順だったかも知れません。

稚拙な感想ですが、わたしにはこの5つの展示が、それぞれに一貫したテーマを根底に持っているように感じられます。
そうであれば、作品はカメラとレンズを通して、その時の撮影者の気持ちがストレートに表現されている純粋さがあると言えます。

最近の作品での多くが、F1.4とかF2といった大口径レンズを開放かその近くで、被写体を浮かび上がらせて撮影しているようでした。
これは、もちろんわたしにとってたいへん親しみの持てるスタイルです。

もうひとつは、被写体からすばらしく好い表情を引き出しているということです。
そして、彼らはみな女性も男性も美しい。
並みのルックスだったり少々不細工でも、好い表情が人を美しく変えるとか、ハービー山口さんが撮影すれば美しくなれるということではありません。
もともと美しい人々を、絶妙の表情で撮って、最高の作品に仕上げているのです。

映画に置き換えれば、優れた映画監督はどんな不細工な大根役者でも、オレが撮れば見違えるように素晴らしくなるからといって配役することはないでしょう。
少なくとも、自分が評価する外見と演技力をもった役者を選ぶはずです。
そして、映画監督としての力と役者の力が響き合うことで、より高いレベルの映画ができるのだと思います。
これと同じことが、ハービー山口さんの写真美学として存在するのではと感じたわけです。

短時間の見学では、乏しい感想しか生まれませんでした。
会期は8月16日まで続くそうですので、日を改めて、またじっくり見に行くつもりです。
【M8/Kino-Hypar 5,5cmF3 F6.3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Goerz Kino-Hypar 5,5cmF3 | trackback(0) | comment(2) | 2009/07/04 Sat

哭什麼?

M8/Kino-Hyper 5,5cmF3
明日開幕するツール・ド・フランスは、自転車好きの日本人の注目をかなり集めていることは案外知られていないようです。
ふたりの日本人が出場するからですが、実は1996年以来13年振りの参加であり、その前は戦前にひとりいるだけなので、とんでもない快挙なのです。

ケイリンがオリンピック競技に採用されるなど、日本の自転車競技の水準は世界レベルかと思っていたのですが、ロードレースに関して言えば、世界までとてつもない差があるのだそうです。
その差を克服して、今回出場を決めた新城幸也選手と別府史之選手は、世界中から尊敬を集めています。

ところでその別府選手は、神奈川県茅ケ崎市の出身。
実は、高校はわたしの後輩になります。
県下の超三流校として有名人を輩出することもなく、現在廃校になった母校ですが、高校には非常に少ない自転車部があったため、世界を目指す逸材を誕生させることができました。
自転車の楽しさが少し分かって来た面識の無い先輩として、ぜひ応援したいと思っています。


関係ない話から始まりましたが、写真は八景島のショー会場からです。

ご覧になられた方もいらっしゃるかと思いますが、アシカが愛嬌をふりまき、ペンギンがおどけ、イルカが縦横無尽に飛びまわる、楽しく愉快なショーで、怖いとかびっくりさせるといった類のものではありません。

少年よ、何がそんなに悲しいのか。
その理由を教えてくれたまえ。
【M8/Kino-Hypar 5,5cmF3 F3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Goerz Kino-Hypar 5,5cmF3 | trackback(0) | comment(4) | 2009/07/03 Fri

只三片的玻璃

M8/Kino-Hyper 5,5cmF3
暗い館内では手ブレ連発でした。
技術の問題は大いにありますが、それにもましてあまり気合いを入れて撮影するという気分ではなかったことで、手抜きカットを量産してしまったことが原因と思われます。

そんな中の何気ない1枚は、背景に解説の文章や非常階段表示が写りこんでしまい、ガラスの断面が中央を分割してしまっているという手抜き具合ながら、ブレを逃れて何となく面白い絵になりました。
いいのは少年少女たちの表情だけなんですが。

これでおしまいでは、短すぎるのでレンズのことについて言及してみたいと思います。

まず、メーカーのゲルツについてですが、1886年にベルリンに設立された光学機器メーカーとして特に有名です。
ゲルツが開発したアンシュッツ・フォールディング・プレス・カメラは、世界初のフォーカルプレーンシャッターとその最高速1/1000秒で大きな成功を収めます。
設立者カール・パウル・ゲルツは、エミール・ブッシュのもとで働きはじめ、やがて独立してゲルツ社を興したのですが、ブッシュでの影響が大きかったようで、フーフをレンズ設計者に雇い入れ、1892年に名玉ダゴールを世に出します。
ダゴールは、4年間で3万本を売るという信じられないような記録を打ち立てました。

1900年に登場したハイパーゴンもたいへんに有名なレンズです。
ボール状の薄いメニスカス2枚だけを使った超広角レンズで、周辺光量不足を補正するため中央にゴム風船で回転させる風車を付けているのがたいへんユニークです。
ところでこのハイパーゴンは、Hypergon ですが、キノ・ハイパーは、Kino-Hypar です。
スペルの微妙な違いが、レンズの性格の違いの大きさを表現しているようで、また面白いですね。

さて、1899年にはニューヨークにゲルツ・アメリカン・オプティカル・カンパニーが設立されます。
しかし、ゲルツ、コンテッサ・ネッテル、エルネマンなどのドイツ光学機器メーカーが大合併して、ツァイス・イコンという一大コンテルンに改組してしまいました。
その際、ニューヨークのゲルツ社は独立した会社として残ることになりましたが、これはダゴールの成功が大きかったものと推測されます。

ニューヨークのゲルツ社はそのダゴールといくつかのシネレンズなどを製造していました。
そのうちのひとつが、トリプレットのキノ・ハイパーで、1939年に16mmシネカメラのボレックスの高性能で廉価なレンズとして採用されます。

では、次にトリプレットの歴史を見てみましょう。
イギリスのクック社に勤めるH.デニス・テーラーが1893年に最初のトリプレットを設計しました。
通常3枚の単玉だけでは収差の補正は困難と考えられていましたが、テーラーは3枚のエレメントと2つの空気間隔があれば5個の自由度が得られるので、ザイデルの5収差すべてを補正できることを発見します。
これこそテーラーが天才と言われる所以で、貼り合わせでないたった3枚のガラスで、アナスティグマット・レンズが生まれます。

しかし、当時のトリプレットは画角が狭く、いちばん明るいⅡ類でもF4.5と、キノ・ハイパーが誕生するまでには少々時間がかかったようです。
やがてテーラー・テーラー・ホブソン社のH.W.リーが1919年にF3のトリプレットを開発したとありますので、キノ・ハイパーはリーのトリプレットによるものと思われます。

ちなみにトリプレットをより明るく、より広角にという試みはその後も続き、コダックは新種ガラスを使ったF1.9や非球面プラスチックレンズのF1.2を開発したようです。
また、トリプレットを明るくする試みは、ガラス枚数を増やすことで一気に実現します。
エルノスターやゾナーなどがあまりに有名ですが、トリプレットがエルノスターに発展する前のひとときだけ開いた可憐な一輪の花のようなレンズも存在しました。
それについては、その希少なレンズを入手しましたので、近いうちにご紹介できるものと思います。
【M8/Kino-Hypar 5,5cmF3 F3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Goerz Kino-Hypar 5,5cmF3 | trackback(0) | comment(4) | 2009/07/02 Thu

午餐時間

M8/Kino-Hyper 5,5cmF3
さあ、やっとメインの八景島シーパラダイス篇が始まります。
集合場所で待ちますが、どうも様子がおかしい。
友の会総帥C氏が携帯でやり取りしながら顔を曇らせているのが伝わって来ました。
当日の参加者は7名ほどのはずでしたが、ことごとく途中参加宣言が出され、結局八景島からの参加者はT氏とわたしを含めた3人だけになってしまいました。

海の遊園地をライカを提げたいい歳した3人で歩くという、なかなか体験できない半日を過ごす興奮を味わわせていただきました。
確かに屋外をうろうろしてしまうと、ライカ3人組は目に着いたかも知れません。
ですが、ほとんどの時間を過ごした屋内水族館のエリアは薄暗いので、アンリ・カルティエ=ブレッソンばりに姿を消すことに成功していたのではと、企画したC総帥の思惑を再認識できたのでした。
われわれは、まさに、魚のごとくすいすいと撮影に泳ぎ回ります。

しかし、今回テストの Kino-Hypar 5,5cmF3 は、もともと明るいレンズではないうえに、室内で発色などにおいて力を発揮できないのかも知れません。
被写体プレもありますが、ガラス越しのねむい表現を凌ぐ面白みというものを描出できませんでした。

それに、涼しい顔して通り過ぎるこの動物が、トドだかセイウチだかも忘れてしまいました。
【M8/Kino-Hypar 5,5cmF3 F3】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Goerz Kino-Hypar 5,5cmF3 | trackback(0) | comment(6) | 2009/07/01 Wed
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